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IFRSのいま IFRS を取り巻く現代的課題

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IFRSのいま IFRS を取り巻く現代的課題
国際シンポジウム 科学研究費プロジェクト「早稲田会計研究センター」
IFRS のいま
─ IFRS を取り巻く現代的課題 
〈日 時〉 2012年2月9日
(木) 13:30 〜 17:30
〈場 所〉 早稲田大学・早稲田キャンパス 井深大記念ホール
〈主 催〉 科学研究費プロジェクト「早稲田会計研究センター」
〈共 催〉 早稲田大学グローバル COE プログラム《企業法制と法創造》総合研究所
〈国際シンポジウム 次第〉
13:30 司会挨拶
米山正樹(早稲田大学商学学術院教授) 13:35 開会挨拶⑴
上村達男(早稲田大学法学学術院教授) 13:40 開会挨拶⑵
辻山栄子(早稲田大学商学学術院教授) 13:45 基調講演⑴「公正価値会計の問題点─批判と代替案」
Yuri Biondi(仏国立科学研究センター主任研究員) 14:45 基調講演⑵「会計のグローバルスタンダード化の政治力学」
Tomo Suzuki(オックスフォード大学准教授) 休憩(15:55 〜 16:20)
16:20 パネル・ディスカッション
(モデレータ)
辻山栄子(早稲田大学商学学術院教授) (パネリスト)
Yuri Biondi(仏国立科学研究センター主任研究員) Tomo Suzuki(オックスフォード大学准教授) 17:30 閉 会
本報告は,早稲田大学グローバル COE プロ
進め方について2012年に判断を下すとされてい
グラム「企業法制と法創造」総合研究所と早稲
た。その判断の時期を間近に控えた2011年6月
田会計研究センター1との共催により,2012年2
からは企業会計審議会における審議が再開され
月9日に早稲田大学で開催された公開シンポジ
ているが,中間報告公表後の3年の間に IFRS
ウム「IFRS のいま─ IFRS を取り巻く現代的課
を取り巻く世界情勢は大きく様変わりしている。
2
題」の全記録である 。
特に米国においては,日本の中間報告に多大な
周知のように,2009年6月に日本の企業会計
影響を与えていた2008年当時のいわゆる IFRS
審議会から公表された「我が国における国際会
ブームがすっかり影をひそめ,2011年に結論を
計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)
」に
出すとされていた米国企業への IFRS 適用に関
おいては,日本の IFRS アドプションの今後の
する SEC の判断は棚上げにされている。
59
そのような状況下で,今後日本が IFRS に対
行われた。基調講演では,研究者の立場から公
してどう向き合っていくべきかということを見
正価値会計に対して忌憚のない批判を加えてい
極めるためには,IFRS を取り巻く世界情勢に
た Yuri Biondi 氏の論調とは対照的に,終始非
関する正確な情報収集と,それに基づく現状分
常に抑制的で慎重な表現に努めていた Tomo 析が欠かせない。本シンポジウムは,そのよう
Suzuki 氏の論調が印象的であった。まさに政治
な問題意識のもとで開催された。IFRS を議論
力学の最前線で情報収集に当たられている氏の
するうえでは,理論的な側面と制度的な側面の
立場が如実に表れているように思われた。それ
両面から分析を加える必要がある。そこで本シ
にもかかわらず,この講演記録を改めて読むと,
ンポジウムでは,現在この問題に世界的に最も
講演内容は非常に示唆に富み,かつ興味深いも
精通し,積極的に活躍している2人の論客を海
のになっていることに驚かされる。
外から招聘した。第1講演者の Yuri Biondi 氏
本記録が少しでも読者の便宜に資すれば幸い
には,主として IFRS における公正価値指向に
である。
関する分析と,すでに IFRS を導入している欧
州で公正価値会計がどのような帰結をもたらし
ているのかという点に関する報告を依頼した。
第2講演者の Tomo Suzuki 氏には,
氏の専門で
ある社会経済学(Social Economics)の観点か
ら第2の問題,特にアジアを中心とした各国の
近年の動きに関する報告を依頼した。
当日は200人を超える満場の参加者を得て,
両
講演者の基調講演とパネル・ディスカッション
を含めて約3時間の充実した情報交換と討議が
60
司会挨拶
早稲田大学商学学術院教授
米山正樹
皆様,こんにちは。お忙しいなか,またお寒
いいたします。(拍手)
いなか,お集まりいただきましてありがとうご
それではまず,開会にあたりまして早稲田大
ざいます。ただ今より,
「IFRS のいま─ IFRS
学法学学術院の教授であられ,またグローバル
を取り巻く現代的課題」と題しまして国際シン
COE の所長でもいらっしゃいます,上村達男先
ポジウムを執り行いたいと思います。私は,本
生よりご挨拶を賜りたいと思います。よろしく
日の司会を務めさせていただきます,早稲田大
お願いいたします。
学商学学術院の米山と申します。よろしくお願
開会挨拶⑴
早稲田大学法学学術院教授
早稲田大学グローバルCOEプログラム《企業法制と法創造》総合研究所所長
上村達男
ただ今ご紹介いただきました上村でございま
でもさまざまな状況を経験しています。当初は,
す。本日は,国際シンポジウム「IFRS のいま」
戦後の壊滅状態のなかで産業警察的に不正行為
ということで,辻山先生を中心に非常に関心の
を取り締まることしかできませんでした。その
あるシンポジウムが開催されますことを嬉しく
当時の会計は保守主義会計であり,秘密積立金
思います。また,われわれグローバル COE が
もそんなに悪いことではないという状況だった
共催という役割を果たせますことを大変嬉しく
と思います。そこから,資本市場あるいは証券
思います。
業者を育成するという段階になりました。そし
グローバル COE は,企業と市場と市民社会
て,ここ20年くらいの間に資本市場を中心に
という3つのキーワードをあらゆる法律分野が
ルールを整備していくというなかで,会計もそ
共有し,研究を行う研究所であります。日本は,
のような位置に置かれることになりました。
金融商品取引法(旧証券取引法)の第1条で公
いってみれば,資本市場の規制の3段階をわず
正な価格形成の確保を真正面から謳った,おそ
か半世紀の間にすべて経験したということにな
らく世界で最初の国ではないかと思います。そ
ります。
の公正な価格形成とは,真実価値がきちんと示
そういう意味では,アジアの諸国にはその第
され,それを前提とした投資判断が競争的に集
1段階の国もあれば第3段階の国もありますの
中し,そしてできたものが公正な価格だという
で,IFRS に対する受け止め方も国によって違
ことですので,会計基準は周辺のインフラでは
うと思います。それに対して,アジアで外国法
なくて,まさにど真ん中の中枢的な制度だと考
を学んできた日本の研究者たちが,そういう資
え,研究を行ってきたところであります。
本市場の状況をみながらそれぞれの国の立場で
日本は,比較法が非常に得意で外国法をずっ
その問題を評価していくことが,非常に大事な
と学んできた国でして,
外国法研究150年の歴史
視点だと思っています。
があります。それから資本市場の規制という点
資本市場がグローバルであっても,ルールは
61
グローバルではありません。米国も州法だった
先生と Suzuki 先生をお招きして開催されるこ
りするわけですね。ですから,法を専門にする
とを大変嬉しく思います。両先生の議論を検証
人間としては,IFRS というものが本当に会計
して,学ばせていただきたいと思っている次第
独自のルールなのか,それとも法のルールなの
です。両先生,今日はよろしくお願いいたしま
か,おそらく両方が関係していると思いますが,
す。心より歓迎いたします。(拍手)
その辺もきちんと検証しながらこの問題に取り
組んでいきたいと思っております。
○米山 上村先生,どうもありがとうございま
そういった問題意識がグローバル COE とし
した。それでは引き続きまして,今回のシンポ
てはあるということで,辻山先生を中心とした
ジウムを企画された,早稲田大学商学学術院教
会計の企画に非常に強い関心をもっています。
授の辻山栄子先生よりご挨拶をいただきます。
本日,その1つの大きなプロジェクトが,Biondi
よろしくお願いいたします。
開会挨拶⑵
早稲田大学商学学術院教授
科学研究費プロジェクト「早稲田会計研究センター」代表
辻山栄子
ご紹介いただきました辻山でございます。本
わっています。2011年に最終結論を出すといわ
日はお忙しいなか,大変多数の方々にご来場い
れていた米国でも,その結論はいまだに出てお
ただきまして誠にありがとうございます。心よ
らず先送りされている状況です。
り御礼申し上げます。できるだけ講演時間に十
そのようななかで,今後日本が IFRS に対し
分な時間を割きたいと考えていますので,私か
てどう向き合っていくべきかということを見極
らは本日のシンポジウムの趣旨についてごく簡
めるためには,何よりも現状に対する分析が非
単にご説明させていただき,ご挨拶に代えさせ
常に重要な意味をもっていると思います。また,
ていただきます。
日本に限らず IFRS アドプションの問題を考え
ご承知のように,2009年6月に日本の企業会
る場合には,2つの側面からの検討が必要であ
計審議会から「中間報告」と呼ばれる「我が国
ると考えます。第1には,そもそも IFRS はど
における国際会計基準の取扱いに関する意見
のような基準であり,特に公正価値を重視した
書」が公表されました。そこでは,IFRS アド
会計基準というものがどういう意味をもってい
プションの今後の進め方について2012年に判断
るのか,何を目指しているのかということに関
を下すということになっていました。まさに今
する分析が必要だと思います。第2には,世界
年は2012年そのものであります。そして,2011
各国が現在,この問題にどう向き合っているの
年6月から企業会計審議会でこの問題に関する
かということを正確に知る必要があるだろうと
検討が再開されています。そのようななかで本
思います。
日を迎えているわけですが,中間報告が出され
本日のシンポジウムは,その意味で現在この
ました2009年の初頭までは,まさに米国におき
問題に最も精通している新進気鋭の,第一線で
まして IFRS アドプションの機運が絶頂期に達
活躍されている論客をフランスとイギリスから
していた時期でした。
その雰囲気を受けて,
2009
お二人お招きしています。第1報告者の Yuri 年にあの中間報告が出たわけですが,ご承知の
Biondi 先生は,現在はフランスで活躍されてい
ように世界の動きというのはその後大きく変
ますがイタリアのご出身でいらっしゃいます。
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彼には,第1の問題であります公正価値会計に
○米山 辻山先生,どうもありがとうございま
ついて理論的な分析を行っていただきます。加
した。基調講演に先立ちまして,講演者の紹介
えて,すでに IFRS を導入している欧州で公正
をさせていただきたいと思います。第1講演は,
価値がどのような帰結をもたらしているのか,
Yuri Biondi 先生による「公正価値会計の問題点
何が起こっているのかという,まさにわれわれ
─批判と代替案」です。
がいま最も知りたいことについて論じていただ
Biondi 先生はイタリアのご出身です。ミラノ
きたいと思います。第2報告者の Tomo Suzuki
のボッコーニ大学で修士号を取得され,イタリ
先生は日本の方ですが,現在はオックスフォー
ア・ブレシア大学とフランス・リヨン大学で会
ド大学で教鞭をとっていらっしゃいます。Su�
計・経済・ファイナンスの博士号を取得されて
zuki 先生からは,ご専門であります社会経済学
います。また,2010年にはパリ大学・ソルボン
(Social Economics)の観点から第2の問題,特
ヌ校で,フランスの研究指導資格(HDR:ha�
にアジアを中心とした各国の近年の動きを伝え
bilitation à diriger des recherches)を会計・経
ていただきたいと思います。Suzuki 先生から
済・法律の分野で取得されています。現在は,フ
は,IASB 発足前から集めてこられたこの問題
ランス国立科学研究センターの主任研究員でい
に関する膨大なインタビューを基に,非常に興
らっしゃいます。これに加え,アメリカ会計学
味深いお話を伺えるのではないかと思います。
会の財務会計基準委員会(FASC)の議長,な
どうか最後までご清聴いただきたいと思いま
らびに学術雑誌である Accounting Economics
す。第Ⅱ部ではパネル・ディスカッションも予
and Law : A Convivium の編集主幹もされてい
定しておりますので,そちらにもぜひ積極的に
ます。主な研究分野は,財務会計の経済分析と
ご参加いただけたらと思います。どうぞよろし
伺っています。
くお願いいたします。
(拍手)
それでは,Biondi 先生からご講演を賜りたい
と思います。よろしくお願いいたします。
基調講演⑴
「公正価値会計の問題点─批判と代替案」
仏国立科学研究センター エコールポリテクニーク 主任研究員
アメリカ会計学会 Financial Accounting Standards Committee 議長
Yuri Biondi
ありがとうございます。この度は,お招きい
会計への要求がグローバル化するなかで,金融
ただきまして誠にありがとうございます。皆様
市場向けの情報と会計をいかに調整していくか
の前でお話しできますことをとても嬉しく思い
という点を説明したいと思います。
ます。
⑴ 会計に関する現状
私は本日,3つの点について触れたいと思い
ます。まずは,会計に関する現状について,グ
(会計改革と2つの会計モデル)
ローバルな観点および欧州の観点からお話しし
ます。そのあと理論的な観点から,公正価値会
さて,会計改革といわれるものが,何十年に
計,あるいは IASB が採っているスタンスにつ
もわたって続いてきました。われわれは,グロー
いて検討したいと思います。最後に,企業と社
バル化と金融化に依存した国際的な会計基準の
会に対する会計の役割を考えたいと思います。
コンバージェンスに向かっています。グローバ
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ル化とは,財やサービスを取引するための市場
ロジック」で,伝統的なものといえます。特定
を作り,そこに世界中の企業が参加することを
の経済プロセスを通じて財やサービスを生産し
意味します。他方,金融化では,グローバルな
提供する事業体というものに注目するものです。
市場や企業をサポートすることが金融機関を含
これは,事業体が収益を生み出す過程で投下し
む金融市場に期待されています。そして,
FASB
たコストを測定しようとするもので,その目的
と IASB は会計基準を発表し,それを世界中で
は企業が生み出した利益の測定にあります。
用いるよう主要な監査法人に求めてきたわけで
(世界的な会計改革の背景とその現状)
す。
しかし,この会計改革というのは採用される
では,なぜこのような会計改革が起こったの
会計モデルに依存します。2つの基準設定主体
でしょうか。そこには社会的あるいは政治的な
は新しい会計モデルを展開しようとしてきまし
問題や思惑があります。会計基準のグローバリ
た。いわゆる公正価値会計です。公正価値会計
ゼーションの始まりは,国際的な通貨システム
は,価格システムの写像を前提とする新しい会
の危機と時を同じくしています。1960年代,世
計のやり方だといえます。この場合のレリバン
界経済はさまざまな問題を抱えるようになりま
スは,投資家を含むステークホルダーに対する
した。そこで,米国のニクソン大統領は70年代
説明責任というよりも,むしろ株価とのつなが
初頭に当時の金融体制を放棄することを宣言し,
りにあります。つまり,会計データは企業の株
金本位制ではなくドル本位制に移行したため,
価と直接的につながるものとして考えられてい
ドルが国際通貨となりました。
ます。そして,これこそが会計データに要求さ
ちょうどその頃,FASB と IASC が設立され
れる唯一の意義であるとされています。これは
ました。当時はそれほど目立つ存在ではありま
従来のモデルとはかなり異なるもので,金融市
せんでしたが,その頃から会計改革が進められ
場が中心であること,中心性(centrality)を基
ていたのです。会計改革は,金融体制の大きな
礎とした金融経済に会計を合わせようとしてい
変化の主要部分でありました。金融体制の変化
るようにみえます。
は金融市場を経済の中心に据えることになった
しかし,実際には2つの異なる会計モデルが
のですが,新たな会計のやり方もそれを推し進
存在します。1つは,市場,特に金融市場の中
めました。会計改革の動きは2001年以降,さら
心性を基礎とした「金融ロジック」であります。
に強いものとなりました。ご存じのとおり,
これは,会計の基礎が現在の価値,つまり時価
FASB と IASB の連携があったわけです。
と割引モデルによる価値であるというものです。
IASB は,あたかも IFRS が世界100 ヶ国以上
この金融ロジックは,あらゆる勘定科目をそれ
に広まっているかのように見せることで,自ら
ぞれの市場価格で測定するもので,その目的は
の基準の普及に大きな成功を収めました。しか
企業の正味の価値あるいは資産や負債といった
し,規制当局の観点からみれば,ほとんどの国
要素の公正価値を測定することにあります。
で IFRS は実際には採用されていません。IFRS
もう1つは,これとはまったく異なる「会計
を採用したあるいは IFRS にコンバージするこ
Criteria
Reference
Financial logic
Current value
Market ­— Spot
(fair value)
(market or discounted)
Asset in isolation
Accounting logic
(historical)
Entity — Process
Invested cost
Asset in the whole entity
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Purpose
Net Worth
Incomes
とを決めた多くの国は,90年代に世界銀行の推
この決定によってさまざまな対立が生まれま
奨のもとでそのような決定をしたものと考えら
した。この7年間を振り返っても,欧州各国と
れます。世界銀行のニューヨークの事務所で役
IASB の間で少なくとも3つの重大な議論があ
人にサインをさせ,IFRS の採用または IFRS に
りました。それはアドプションの前からすでに
近づけることを強要したともいえます。EU で
始まっていました。欧州の銀行は,金融商品を
も奇妙なことが起きました。統一通貨を導入す
全面的に公正価値で評価することに対して非常
ると決めた国の会計基準を調和化するのにあ
に困惑していました。ロビー活動や異議申立て
たって,
これについても新たな会計方法(IFRS)
をすることで,欧州議会または欧州委員会に
に委ねてしまおうということになりました。EU
IAS 32と IAS 39を導入させないようにしまし
におけるこのような強制的な承認は2002年に起
た。それにより,2005年の IFRS の導入時には,
きました。
この2つの基準は除かれ,大きな議論となった
このような公正価値会計への移行は,会計基
わけです。
準の世界的なダイバージェンスと懸念を呼び起
リーマンショックの最中だった2008年,欧州
こしています。たとえば,中国は自国基準が十
の金融機関は再び IASB への批判を強めざるを
分に IFRS にコンバージしていると宣言してい
得ませんでした。公正価値測定の停止を要求し
ますが,いまだに独自の会計基準を有し,公正
たのです。それに比べて,米国での動きという
価値会計はそれほど採用されていません。さま
のは大変興味深いものです。実はこれに先んじ
ざまな理由から国内の会計に与える公正価値会
て,米国はリーマンショックの直後,国内銀行
計のインパクトを抑えようとしています。また,
の救済および投資家の保護を目的として金融商
IASB が金融負債を公正価値で測定するよう求
品への公正価値測定適用を中断させました。
めたときも,不快感が示されています。欧州で
FASB は独立の基準設定主体ではありますが,
さえも,IASB が金融資産に関して全面的な公
依然として SEC という公的機関から基準設定
正価値測定を要求したときには非常に大きな問
を委託されているだけなのです。SEC は法律の
題となりました。
もと,政策あるいは一般的な利害の観点で投資
家を保護するという使命をもっています。この
(欧州における会計主権の放棄とその現状)
種 の 利 害 が 生 ず る よ う な 状 況 で は,SEC が
欧州の事例は特異なものであります。という
FASB に 干 渉 し, 特 別 な 会 計 方 針 を 要 求 し,
のは,通貨が統一されている唯一の大きな経済
FASB はそれをそのまま導入することになりま
圏であり,
会計主権を放棄しているからです。
日
す。ところが,欧州ではそうはいかなかったわ
本や中国,米国,英国,ブラジル,インドなど
けです。IASB は,公的あるいは一般的な利害
は,いまだに独自の通貨と会計基準を維持して
ではなく,会計基準そのものに関心があるから
います。そういった国々は,他の国と調整やコ
です。そこで数ヶ月間,欧州ではほとんど IASB
ンバージェンスについて議論する一方で,国際
に脅しをかけて IFRS の手直しをさせようとし
的な機関に会計基準や通貨の政策を委譲しては
たのです。
いません。欧州はそれらを行った唯一の経済圏
同じ状況がギリシャ危機でも再発しました。
といえます。欧州委員会は,各国の会計基準の
ご承知のとおり,2011年8月にギリシャ危機が
調和化から,
IFRS の採用へと向かいました。少
その頂点に達しました。市場ではギリシャ国債
なくとも90年代から調和化は行われ,1998年に
が投げ売りされ,デフォルト状態のような値段
その動きが加速化し,2002年には IASB を欧州
しか付かず,ギリシャは市場で借り換えができ
の会計基準設定主体とすることを決めたわけで
ないという状況でした。欧州では銀行レベルで
す。
も金融制度レベルでも大きな危機を迎えました。
65
そこで欧州中央銀行は,すべての主要銀行およ
ます。イエール大学の経済学者である Shiller
び各国の財務省に市場外でギリシャ国債の取引
も,同じような比較を行っています。市場にお
をできるような仕組みを用意するよう説得しま
ける株価と会計データから推測されるファンダ
した。少なくとも2015年から2018年までは市場
メンタル・バリューをみています。どの時点を
で借り換えをしなくて済むように,借り換えに
見ても,両者が一致することはありません。こ
応じるよう説得をしました。ユーロ誕生以来の
れらの証拠 は,単に市場が正しく,会計データ
最も重大な出来事であったギリシャ危機の最中,
が間違っていることを意味しませんし,市場に
IASB の会長は金融商品の評価に市場価格を用
おける株価と会計データとの間には決定的な違
いないという欧州民間銀行の決定を批判する書
いがあるということは明らかです。
簡を欧州証券監督機構に送りました。しかし,
以上のように,公正価値会計には明確な理論
それは政治的な介入でした。なぜなら,IASB
的背景がありません。The Economist のなかで
は主権を有する機関ではありませんので,基準
Shiller は,市場は本質的に熱狂し極端なもので
の執行および適用を決定するということを期待
あり,われわれがリーマンショックやエンロン
されていないからです。IASB は,自分たちの
事件,その他の危機などでみてきたように,こ
正当な権限を超えて,金融商品の会計処理に関
ういった問題を通常予測できないとしています。
3
する修正に反対したのです。
(伝統的な会計理論の再考)
⑵ 公正価値会計の理論的な検討
それでは2つ目のポイントに移りたいと思い
ます。市場が常に正しいとは限らないのであれ
このような議論は,通貨地域の財政的な利害
ば,時価を会計に用いて市場に追随する必要は
にとって,また金融制度の持続可能性あるいは
ないわけです。それでは,過去のようなやり方
銀行と企業の適切な運営にとって繊細かつ重要
をしたらどうでしょうか。ここで,会計の純粋
なものです。したがって,理論的な観点からさ
な理論あるいは古典的な会計原則を見直してみ
らに検討する必要があります。
たいと思います。つまり,具体的な生産のプロ
セスを有する事業体から生み出される利益を会
(「市場は常に正しい」という幻想)
計が測定するというものです。
IASB は,金融経済の観点,つまり公正価値
私が日本とドイツ,イタリアの会計学者の論
会計モデルを主張しています。そこでは,金融
文を読み,学んだ教訓をお話ししたいと思いま
市場は常に正しいという前提が置かれています。
す。まず1つとしてインベストメント・ロジッ
ここで,その前提に対して反証となるような証
クというものがあります。これは,貨幣の時間
拠をお見せしたいと思います。分別のある人間
価値を考慮し,将来を割り引くことでその時点
であれば,危機を経験した後に「市場は常に正
の企業価値を予測しようとするものです。しか
しい」などとはいわないでしょう。
し,われわれにはそれとはまったく異なる理論
まず,会計データから推測される企業価値と
があります。企業に投資を行っていますので,わ
株価の関係を統計的な観点からみてみましょう。
れわれは企業で起きていることを,長期的な実
危機の間,両者の相関が金融業と非金融業のそ
績を通じて確かめる必要があります。この会計
れぞれで低くなっているのがわかります。同じ
システムは,取引が完了している記録という点
ような比較を世界の市場で繰り返してみても,
で信頼のおけるものであります。われわれは自
特に違った結果にはなりませんでした。会計
身が予想した企業の潜在的な価値と,実際の収
データから推測される企業価値を計算してみる
益あるいは配当を比べるわけです。これが,コ
と,時価とはまったく異なるという状況になり
ントロール・ロジックです。つまり,われわれ
66
は市場で現在の企業価値を確認する一方,会計
資源は資産計上すべきであって,費用とすべき
システムで長期にわたる利益の創出を確かめる
ではないということになります。その資源の市
わけです。
場性は要求されず,資源の利用がより決定的な
このような考え方に従えば,FASB と IASB
ものとなります。他の資源との組み合わせによ
が現在行っていることは,会計ではないという
るシナジーを見出せるか,あるいはその資源を
ことになります。それは一時点の企業価値を測
売却してしまった場合に企業が競争優位を失い,
ろうとするものであり,伝統的な会計が行って
事業利益の創出ができなくなるかということが
きたことではありません。伝統的な会計は,事
決定的に重要となります。たとえその資源に関
業体によって生み出された利益を長期にわたっ
する市場価格が特定できなかったとしても,そ
てみていくもので,企業を継続的な事業体とし
のような資源を資本化しなければなりません。
てみています。こういった考え方は,会計がグ
これは何も新しいことではありません。アメリ
ローバル化される前から,普遍的に受け入れら
カ会計学会のモノグラフである Ijiri(1975)4は,
れてきました。ですから,日本や米国,欧州諸
研究開発費を資本化し,その後の期間にわたり
国を含む世界中の先進国および規制当局におい
償却することを求めています。
ては,このような考え方をみることができます。
次は,特殊な無形資産であるのれんについて
以上のように,われわれは会計システムに企
考えます。のれんは,研究開発費と関連するわ
業が生み出した実際の業績の測定を求めていて,
けですが,市場での取引に依存していますので,
予測的な数字は求めていません。会計は価値を
とても特殊なものといえます。IASB によれば,
評価するものではなく,制御装置であるとされ
のれんは企業結合を行うにあたって支払われた
ているのです。そのためには,投下されたコス
金額の残余であるとされています。市場取引の
トと生み出された収益に関する信頼性のある表
結果である譲渡価額は,公正価値の最善の証拠
現を提供できるように実際のフローに焦点を当
であると考えられています。そればかりか,そ
てなければなりません。
の後償却をしなくてよい証拠であるとされてい
ます。のれんは無期限に存在し続け,場合によっ
(公正価値会計の具体的な問題点)
ては永久の無形資産になります。ここ10年をみ
IASB は,自分たちの会計制度が一番だとし
ると,米国の上場会社の少なくとも3分の1は
てきました。その会計制度が唯一の最高のもの
のれんの減損処理を行っていません。この10年
であるならば,これから取り上げる3つの問題
間,米国でさまざまな出来事があったことを考
はどうなのでしょうか。3つとは,
無形資産,
の
えると,とても奇妙に感じます。
れん,金融負債です。これらについて,2つの
会計のロジックは異なります。企業結合は極
ロジックでどう違うのかをお話ししたいと思い
めて特異な状況のもとで記録されますので,会
ます。
計資料との照合が求められます。譲渡価額は価
それでは,無形資産について研究開発費への
値の証拠とはならず,この金額で計上していい
投資を例にお話ししたいと思います。すべての
のか,価格はミスリーディングではないかと確
企業は,多額の資金を投資し,重要な研究開発
認されるわけです。のれんは歴史的に疑い深い
プロジェクトを行います。公正価値会計によれ
ものとして扱われてきました。100年前には,の
ば,現在価値で測定できないことを理由に,こ
れんは会計士や弁護士によって却下されるもの
れらの支出のほとんどは資産計上されません。
であり,少なくとも永続的なものでないことを
特許を獲得するなどしない限り市場性はないの
認識するために,即座に切り下げられるか,投
で,とてもリスクの高い投資になります。
資から生み出された実際の利益を確認するため
しかし,会計のロジックは違います。有用な
に明確な償却パターンのもとで償却されていま
67
した。
かによって2つの異なる意味が存在します。公
3つ目の例である金融負債について考えます。
正価値会計では,レリバンスは企業価値を測定
公正価値会計によれば,金融負債も公正価値で
することを意味し,信頼性はすべての資産と負
測定されます。これは大変奇妙なものといえま
債の現在価値を参照することを意味します。伝
す。
もはや企業を生産的な実体とみておらず,
資
統的な会計モデルでは,レリバンスは企業が生
産と負債のポートフォリオとみているのです。
み出した実際の利益の測定を意味し,信頼性は
つまり,企業は資産を保有するのと同じように
入手可能なフローまたは資金を確認することを
負債を保有していると考えられています。欧州
意味します。
の銀行も米国の銀行も,今年の利益の多くは信
われわれはどちらの場合もレリバンスと信頼
用力の悪化からもたらされました。銀行は自ら
性を得ることができます。取得原価の場合,わ
の債務の価値が下落したことで,それを利益と
れわれは会計士を信じます。会計士は,将来の
して計上することができたのです。これは実に
企業価値に関する自らの見解を示すのではなく,
変わった利益の概念であります。
はたまた経営者による将来利益の予想を信じる
繰り返しになりますが,会計のロジックは異
のでもなく,実際の業績に関する信頼のおける
なります。金融負債を決して時価で測定しては
情報を提供します。これは,決してレリバンス
ならないということになります。
金融負債は,
法
がないことを意味しません。アナリストと投資
的または経済的な観点から債権者に対する将来
家にとって,このような信頼のおける会計情報
の義務であり,額面価額で返済されるわけです
はマイルストーンになります。この種のロジッ
から,その価額で計上されるべきです。信用リ
クは,投資をするということが株式を保有して
スクの低下を認識すること,あるいは時価を参
市場で売買することを意味するのではなく,企
照することは,全く意味のないことで合理的で
業に対してコミットメントを提供することを意
はありません。
味するのだということをアナリストと投資家に
思い起こさせるでしょう。
(レリバンスと信頼性の意味)
IASB は,投資家が望んでいることを理由に,
公正価値会計による会計改革が行われるべきで
⑶ 会計の役割と会計方法の改善策
(会計が果たしている役割の再確認)
あると主張してきました。しかし,もはや投資
家はそれに賛同しないでしょう。投資家はこの
われわれは,金融市場への情報提供によって,
数年間で多額の資金を失いました。IASB は,
公共の利害における会計の役割をあきらめるべ
「われわれのシステムは意思決定に関連してい
きではありません。会計は経済と社会において
るのだからレリバントであり,市場価格に基づ
さまざまな役割を果たしています。たとえば,会
いているのだから信頼性が高い」として,自ら
計は他の制度において経営者の業績や配当の規
のシステムにおけるレリバンスと信頼性を主張
制に関する指標などの役割を果たしています。
します。
さらに,会計は企業を規制または統治する方
レリバンスと信頼性には,どのモデルを使う
法である一方,株式市場全体の価格形成を助け
Relevance, for
Reliability, through
Fair value
Historical basis
Value of the firm
Incomes actually generated
Current values
(market or discounted)
68
Actual flows and funds available
るものでもあります。それゆえ,会計は市場取
経済活動を表現し,形成し,そして統制するも
引を行うすべての人に共通の知識を提供するわ
のです。公正価値会計の支持者,特に IASB と
けですから,
市場価格に依存すべきではなく,
株
FASB はこの会計ロジックを忘れてしまい,投
価形成の灯台のような独自の情報源であるべき
資銀行のようなあるいは弁護士のような考え方
なのです。公正価値を基礎とする会計モデルが
をしているのです。「会計」をするのではなく,
いかに市場を不安定にさせるか,そして取得原
金融経済を行っているといえるでしょう。
価を基礎とする会計モデルがいかに適切な株価
金融危機は,この世の中には会計士がまだま
形成に寄与しているのかを示す文献もあります。
だ必要なのだということを思い起こさせてくれ
ました。適切な会計を行う必要があります。適
(改善策の提案)
切な会計ロジックに戻る必要があります。事業
われわれは,公正価値会計による会計改革を
会社の経済活動に関する共通の知識を開示する
展開するのではなく,純粋な会計のロジックに
必要があります。どうもありがとうございまし
従えばいいのです。私は論文のなかで3つの改
た。(拍手)
善を提案しています。1つは,研究開発費の資
産計上です。企業のより良い資金調達を助け,
○米山 Biondi 先生,ありがとうございました。
研究開発への支出を促す従来型の償却方法を提
引き続きまして,第2講演に進みたいと思いま
案しています。2つ目は,会計士やアナリスト,
す。講演者は,Tomo Suzuki 先生です。ご講演
証券業者にとって難問といえる企業価値の測定
のタイトルは,
「会計のグローバルスタンダード
を試みる代わりに,株主資本コストの測定を試
化の政治力学」です。それでは講演に先立ちま
みるべきであるということです。
われわれは,
株
して,先生をご紹介させていただきます。
主資本を1つの資金調達源であるとみなし,他
Suzuki 先生は,日本の大手監査法人で勤務さ
の資金源と同じように報酬を与えていると考え
れたのち,ロンドンスクール・オブ・エコノミ
るべきです。3つ目は,未実現のキャピタル・
クスで社会科学哲学の修士号を取得されていま
ゲインまたはロスと,実現した事業収益とそれ
す。また,オックスフォード大学で,会計・経
に伴う費用を区分する必要があるということで
済・社会科学哲学の博士号を取得されています。
す。そうでなければ,最近のスキャンダルでも
その後,ロンドン大学の講師を経て,現在はオッ
あったように,新たな株主から調達した資金を
クスフォード大学のサイードビジネススクール
現在の株主や経営者に配分してしまうというこ
で准教授として教鞭をとっていらっしゃいます。
とが起きます。これは,ねずみ講のスキームを
このほか,プリンストン・ウェールズのサステ
会計基準に取り入れたようなものであり,適切
ナビリティ・アカウンティング・ファウンデー
な会計手法ではありません。むしろ,会計不正
ションにも積極的に貢献され,IFRS と持続的
を助長してしまうので,それらをしっかりと分
成長の関係について研究をされています。さら
ける必要があります。
に,中国やインド,東南アジアなどの新興諸国
の中央政府に太いパイプをお持ちで,そこでの
⑷ 結論
会計政策に強い影響を及ぼしていらっしゃる方
であると承っております。
20世紀において,日本と米国,欧州,特にド
それでは,ご講演を賜りたいと思います。よ
イツとイタリアの学者は,事業会社を生産的な
ろしくお願いいたします。
プロセスとみる会計モデルを開発してきました。
これはいまだに純粋な会計ロジックに立った適
切な会計方法です。このような会計は,企業の
69
基調講演⑵
「会計のグローバルスタンダード化の政治力学」
オックスフォード大学 サイードビジネススクール 准教授
Tomo Suzuki
ご紹介に預かりました Suzuki でございます。
際的な標準化が進みますと,そこには誰かしら
よろしくお願い申し上げます。
のリーダーシップが働くことになります。今回
プレゼンテーションを始める前にお伝えした
は,IFRS が誰のポリティクスによるものなの
いことがあります。まず,今回お招きいただき
かということをお話しさせていただきたいと思
ましたことを非常に光栄に思います。辻山先生
います。また,誰のポリティクスかわからない
をはじめ,早稲田大学の皆様には非常にお世話
けれども,そういう人たちのポリティクスがほ
になりました。
どうもありがとうございます。
第
かの国,たとえば東南アジア諸国やインド,中
2に,IFRS を今後日本でどうしていくかとい
国に降りてきたときに,どのような影響を与え
うことに関しましては,日本にとって非常に重
るのかということについても簡単に触れてみた
要なことだと思っています。私の講演が何かし
いと思います。
らの誤解を生むようなことがあってはいけませ
⑴ 研究遍歴
んので,まずボトムラインをきちんと押さえて
おきたいと思います。私は日本が今後も IFRS
(研究者としてのバックグラウンド)
をより良いものにしていくために積極的な意見
発信をしていくべきだと考えています。
まず,私がいままでしてきた仕事を紹介させ
それでは,プレゼンテーションに移らせてい
ていただきます。私はあまりスタンダードな学
た だ き ま す。 タ イ ト ル は「Politics of Global 者ではありません。かつては,日本で大手監査
Standardization」です。まず,
学者として IFRS
法人に勤めていました。ただ,もともと哲学者
をどのように分析するかといったら,おそらく
になる夢がありましたので,少し小金を貯めた
20くらいの異なるアプローチがあると思います。
のちに英国に渡り,日本ではあまり流行らない
Biondi 先生が公正価値会計のことについてお話
社会哲学というものを学びました。特に,客観
ししましたので,私はそれとの掛け合わせとし
性理論や認識論というものに非常に興味をもっ
て,グローバリゼーションという視点について
ていました。昔,会計というものをかじったこ
お話しさせていただきます。
とがあり,経済学にも興味があったものですか
この講演の構成は,次のようになっています。
ら,会計や経済学における数字の客観性あるい
最初に,私の研究の歴史をご紹介させていただ
は人がどうして企業や経済のパフォーマンスを
きます。次に,一般的には情報を標準化すれば
認識するようになるのかといったプロセスに非
するほど物事はわかりやすくなるという誤解が
常に興味がありました。また,最近の方は,会
よくあるのですが,そうではない場合もあると
計はファイナンスのため,あるいは投資家のた
いうことを申し上げたいと思います。それから,
めにあるという見方をお持ちのようですが,私
標準化するということは,必ずしもすべての方
にはそういったバックグラウンドがありました
が満足できるものではありません。情報は色々
のでもう少し広く考えています。会計が与えら
な人が色々な見方をして色々な評価をすること
れたときにどういう人がどういった影響を受け
によって価値が高まっていくものですから,国
るのかということをなるべく広く捉えようとい
70
う研究姿勢であります。
とおっしゃいます。それもきちんとデータとし
て取っておきます。2005年を超えた頃から,皆
(IFRS に関する問題意識と調査手法)
さんだんだん興味を持ち始め,「俺はこう思う」
まず1999年に,何となく欧州のほうで IFRS
というように意見がどんどん出てきます。ただ,
がだんだん大きくなってきたことを受けまして,
その段階では会話というものがありませんので,
私は今後10年間の研究計画を立てました。そこ
アクティブ・インタビューという手法を用いて,
で,まず1つの仮説を立てました。IASB が政
「この人たちはこういっていますけれど,あなた
治的にも内容的にも非常に成功して,2005年く
はどうですか」といったコーディネートをしま
らいまでに世界中の多くの国や地域で受け入れ
す。最終段階では,意見がだんだん煮詰まって
られればグローバリゼーションは起こるが,上
意見の対立があるなかで,最終的にはどの辺に
手くいかなければその後さまざまな抵抗が起こ
落ち着けたらいいのかなということを考えます。
るのではないかと予想しました。
この最終段階まで行きますと,どうしても研
私は,とにかく静かに皆様から意見を伺って,
究者としてその対象から完全に距離を置くこと
IFRS が色々な国に投げられたときにどういっ
ができなくなります。「どうですか」と聞く瞬間
た変化が起こるのかということを見守ってきま
に,顔の表情などで自分の意見が出てしまいま
した。ただ,すべての国を見ることはできませ
す。一般的な米国型の研究ですと,それはバイ
んので,インドと中国,日本,東南アジアの一
アスであるとか,良くない研究であると判断さ
部の国,それからお膝元の欧州について調べて
れる原因になるのですが,欧州のほうではそれ
きました。IFRS に関するステークホルダーを
はアクナッレジド・バイアスと呼ばれ,マイナ
すべて洗い出し,グループ分けし,1年ごとに
ス面もあるけれども,自分でバイアスがあると
彼らを訪ねて意見を伺うということを10年間繰
いうことをわかりながらインタビューをするこ
り返してきました。
とでお互いの理解を深める方法論として認知さ
実は,去年がデータを10年間積み上げ終えた
れています。これまで,それに従って仕事をし
11年目だったわけですから,1つはインド政府
てきた次第です。
から「あなたがそういうデータを集めたのなら,
インドで議論になっているからちょっと報告を
出してみてくれないか」というお話をいただき,
企業省の大臣にレポートを差し上げた経緯があ
⑵ 公正価値会計が関係者の行動に与え
る影響
ります。また,日本においても去年似たような
今日一緒に登壇しています Biondi 先生とは,
状況がありましたので,ある方からレポートを
2007年に Social Economic Review という社会
出してくれないかというお話もいただきました。
経済学の研究雑誌で公正価値会計の特集を組ん
ただ,本日の話はそういったものとはまったく
だ経緯があります。Biondi 先生からは先ほど,
別に,私がいままで集めてきましたデータをも
公正価値に関する非常に Biondi らしい批判が
とにお話しさせていただきたいと思います。
展開されたわけでありますが,私なりの見解を
日本の方には馴染みがないかもしれませんが,
もう1つだけ付け加えたいと思います。公正価
欧州のほうではいま申し上げたような研究手法
値会計を理解するにあたって,皆様があまり議
が確立されています。初めのころは,ただ皆様
論していないことがあります。何かといいます
からの話を伺うだけです。
「IFRS というのが出
と,公正価値会計をロジックとして考えて批判
てきましたが,どのようにお考えですか」と尋
をするだけではなくて,実際に導入されたとき
ね,答えをもらうというものです。最初のうち
に人間の行動がどう変わるかということです。
は皆様,
「何のことだか知らない。興味もない」
71
(エンロン事件における公正価値会計)
えるという確約を取ってきたら,エンロンに雇
私もそれほど研究しているわけではありませ
われてもいいよ」という条件を付けるわけです。
んので,ここではエンロン事件についてのビデ
右下の彼がエンロンの CFO の Andrew Fastow
オをご覧いただきたいと思います。皆様,エン
です。かつて,アーサー・アンダーセンに勤め
ロン事件があったのはご記憶にあると思います
ていました。
が,何があったかもう一度簡単に確認しておき
ましょう。エンロンは,
1985年に設立され,
2001
年に倒産しました。
1998年にはおよそ3兆円,
そ
の翌年にはおよそ4兆円,さらにその翌年には
およそ10兆円を売り上げた急成長し成功を収め
た会社だと認識されていました。いま過去を振
り返ってみれば,これが本当だったのかなとい
う疑問が湧くわけですが,当時は米国で7番目
に大きな会社で,フォーチュン誌では最も素晴
らしい会社だとされていました。投資家はその
企業像を信じて株を購入したため,株価は上昇
しましたが,その翌年にはガクンと下落して倒
産してしまうという事件が起こったわけです。
この事件の面白いところは,小さな証券会社
では,ここで何が起きるかというと,Mark
のそれほど頭の良くないアナリストや投資家が
to Market Accounting を使って数字を操り,先
主人公なのではなくて,大手の経済新聞や経済
ほどお話ししたような売上の急激な伸びを作り
雑誌,大手企業のアナリストや経営者が,こう
出すわけです。それに対して,アナリストが「そ
いった虚像を信じてしまったというところだと
れは本当ですか」と尋ねると,
Jeff は「君は Mark
思います。なぜこのようなことが起きたのかと
to Market Accounting を知らないのか」と,
いう点については,もちろんさまざまな理由が
Andrew も「君は連結会計がわからないのか」
あると思いますが,その1つに公正価値会計が
と,アナリストたちを馬鹿にし,プレッシャー
あったと考えられます。
をかけるといった行為がずっと行われていまし
まず,ビデオをご覧いただく前に登場人物を
た。Jeff は Mark to Market Accounting,あるい
簡単にご紹介させていただきます。一番左上が
は今日のコンテクストでいえば公正価値会計の
Ken Lay でエンロンの CEO です。その右側が
ようなものを使って,自らの頭のなかにあるア
その取締役会のメンバーで,世間一般に最も賢
イデアを現在の利益として計上してしまおうと
いと思われている人たちです。しかし,このな
企んでいたのです。監査法人と SEC から Mark
かで会計をきちんと理解していたのはほんの数
to Market Accounting の使用に関する許可が
人であろうといわれています。それから左下が
もらえると,シャンパンで祝うというシーンが
Jeff Skilling です。彼はハーバード・ビジネス・
ございます。【ビデオ上映】
スクールを卒業後,マッキンゼーに入り,エン
(公正価値会計と関係者の行動)
ロンからのジョブ・オファーを受けました。彼
はそのときに面白いことをいっています。
「いい
こうしてビデオだけをご覧いただきますと,
よ,
ありがとう。だけど1つだけ条件がある。監
非常に不公平ですよね。あたかも公正価値会計
査 法 人 の ア ー サ ー・ ア ン ダ ー セ ン と SEC に
を使う企業がすべて悪いことをするといったバ
行って,僕が Mark to Market Accounting を使
イアスを私が皆様に与えていると捉えられてし
72
まうかもしれません。ですので,少し訂正させ
せますよ」という真面目な会計士の方もいらっ
ていただきます。
しゃいます。しかし,こういったことは決して
私が申し上げているのは,公正価値会計を使
特異な例ではありません。こういった証言はい
うと会社の経営者がみんなこうなるという話で
くつでもご紹介できます。
はもちろんありません。ただ,これまで公正価
以 上 の よ う に, 通 常 い わ れ て い る よ う な
値会計が世界的に広がってきた過程をみますと,
逆のレトリックが使われてきたと思います。
「フェアである」
,「透明性が高い」などという
ものをそのまま鵜呑みにしてはいけないのです。
「フェアである」
,
「透明性が高い」
,
「比較可能性
こういったものが与えられたときに,人間がど
が高い」といった言葉を使って公正価値会計が
のような行動を取るのかを,皆様に考えていた
導入されてきたという経緯があります。このビ
だきたいと思った次第です。ここまでが,公正
デオをご覧いただくことによって,
「そういった
価値会計そのものについての批判への付け加え
ことが本当なのか」
,
あるいは「違った側面もあ
でした。
るんじゃないか」ということを皆様にご理解い
⑶ 標準化と内在するポリティクス
ただくという意味で,私はバランスを取りた
かったわけです。もう一度申し上げますが,私
はこのビデオがすべてであるとは決して思って
(標準化と情報に対するさまざまなニーズ)
いません。ただ,この会計を導入した時に,悪
ここからは,標準化にはどのような問題があ
用しようとする人が当然出てくることも念頭に
るのかという話に移らせていただきたいと思い
置いておかないといけないと思います。
ます。冒頭でも申し上げましたが,グローバリ
去年,ある団体から講演を依頼されましてこ
ゼーションが一般的に良いと思われている背景
のビデオを見せたのですが,
「日本では絶対にそ
には,「情報を標準化すれば,人はより物事を理
んなことは起きない。もう J-SOX を導入して非
解できる
(The more you standardize, the more 常に良い内部統制ができたんだから,あなたが
you know)」という一般的な考え方があるよう
いうようなことは心配ない」とおっしゃった方
に思われます。実は,これが真かどうかは少し
がいました。だからといって,
「オリンパスの事
考えていただければわかることです。
件が起こったじゃないか」とつまらないことを
ケインズは,株の投資を美人投票に例えまし
申し上げるつもりはありません。私が心配して
たが,美人投票の基準と自分の妻あるいは夫を
いるのは,企業の方あるいは会計士のメンタリ
選ぶ評価基準はまるっきり違います。私が妻を
ティにどういう影響が及ぶのかということです。
選ぶときにはおそらく堅実であることを基準に
先ほども申し上げましたように,私はさまざ
して選ぶわけですが,Biondi 先生であればきれ
まな方とお話しさせていただいています。これ
いな方を選ぶとか,あちらの方であればもっと
は,2011年末に日本を代表するような企業の経
リッチな方を選ぶとか,人によって評価基準が
理部門のトップの方にインタビューしたときの
当然違います。そこには評価基準を1つにする
話です。彼は,
「J-SOX があるからといってこん
ニーズはないと思います。
なスキャンダルが起こらないことはないよ。
ただ,それが株を選ぶということになってく
IFRS を使うと,エンロン事件で使われたよう
ると少し違います。ある程度の標準化が必要に
な会計手法ではないにしても,公認会計士から
なります。それは,限られた時間とコストのな
『こんなことができますよ,
あんなこともできま
かで選択をしなければならないからです。それ
すよ,だからぜひ IFRS を任意適用しませんか』
を妻あるいは夫を選ぶ例だといけませんので,
ということをいってくる」といいました。もち
アップルであるとかオレンジであるということ
ろん,
「この会計を使えば,
本当の公正価値を出
を考えてもう一度再現します。リンゴあるいは
73
オレンジでもいいですし,アップルという会社
いいますが,どのような手法によってグローバ
あるいはオレンジという会社を投資対象とする
リゼーションを達成しようとしてきたのかを考
コンテクストでも構いません。昔は,投資家は
えたいと思います。類型論としては,パブリッ
レンズH,つまり取得原価会計を使っていたわ
ク・セクターに任せてグローバリゼーションす
けですが,最近はレンズF,つまり公正価値会
ることもできますが,現実にはプライベート・
計で見始めています。私は当初,別の代替的な
セクターである IASB がそれを行っています。
会計が出てきたのは良いことなのかと思いまし
グローバリゼーションは取得原価会計でもでき
た。ただ,作成者側の要求が満たされていない
ますが,IASB は公正価値会計でそれを行って
点に問題があるように感じます。リンゴからす
います。それから,会計を規制するにあたって
れば「私のサクサク感をもっと評価してくださ
は,国内の機関にそれをさせることもできます
い」
,オレンジであれば「私のみずみずしさを
が,IASB は国際的な機関にやらせるべきだと
測ってください」ということになるのでしょう
いっています。では,国際的な機関による規制
が,そうした要求がなかなか聞き入れられなく
が良いとしても,国際的な基準がいくつあった
なっていると思います。
らいいのかという話があります。1つだけしか
さらに,国は課税をしなければいけないわけ
認めないのか,あるいは米国基準と日本基準,欧
ですが,その課税標準をどこにもってくるかと
州基準といった複数の基準を認めるのかという
いう情報ニーズがあります。それから,従業員
ことです。この点について IASB は,とにかく
も自分の給料を決める基準としてどういった数
唯一の国際基準じゃないといけないとしていま
字を用いるのかというニーズがあります。ほか
す。それから,原則主義が良いのか,細則主義
には,国の政策者として統計を取るのにこう
が良いのかという話がありますが,IASB は原
いったデータが欲しいというニーズもあります。
則主義が良いとしています。
ですから,企業活動を評価するにあたって情
報に対するさまざまなニーズがあります。本当
はそこに情報の市場ができ,一定の標準化が
あって,最適な情報が機能すればいいのですが,
どうも現実をみてそんな感じはしません。つま
り,企業の声があまり反映されていなかったり,
課税当局がほとんど何もいわなかったりするの
です。昔のドイツであれば,Accounting for Employee という概念がありましたが,いまは
そういったこともほとんどなくなってきました。
それから,日銀あるいは経済産業省などの統計
を扱う箇所が会計にこうやってくれということ
はほとんどなくなっています。それは当然,投
資家の重要性がわかってきたからということで
このように,現実としてはスライドの右側で
しょうが,本当の意味での投資家が誰なのかと
物事が進んでいますが,これが良いかどうかと
いう疑問も解決されていないように私は思いま
いう議論があまりされていません。そのような
す。
議論がないわけではありませんが,それを総合
的に判断するあるいは学界で取り上げるという
(基準作りに内在するポリティクス)
ことが比較的少ないように感じます。こうした
IASB は投資家のために会計をやっていると
グローバリゼーションのフレームワークが現実
74
にうまく機能するのかということを考えてほし
職なされていなくなってしまいました。去年の
いと思います。私自身も答えはありません。実
David Tweedie の退任パーティーのときなど半
はこれも「インサイド・ジョブ」というビデオ
分内輪だけの会でしたので,皆さん安易な言葉
を用意していましたが,時間がありませんので
を使い,「これで公正価値会計は過去のものだ
簡単にその内容を説明させていただきます。
な。フル・アドプションもなくなったな」とおっ
デリバティブとか金融商品というものの資本
しゃるんです。何をいっているかというと,
市場における規制がどのように行われて,その
Mary Barth などの非常に公正価値会計に固執
規制の仕方が2008年の金融危機にどのような影
していた方がボードメンバーだったのですが,
響を与えたのかということを謳ったドキュメン
彼女らがいなくなってしまいましたので,内輪
タリー映画です。1つには,私を含めて学者と
では「公正価値会計は過去のものだ」というん
いうものの責任が問われています。たとえば,
です。それから,フル・アドプションというの
ニューヨークのコロンビア・ビジネス・スクー
をずっと唱えてこられた David Tweedie もい
ルの Hubbard は,ブッシュ政権のエコノミッ
なくなってしまったので,
「フル・アドプション
ク・アドバイザーでした。彼は,
「景気の後退が
はなくなったな」というのです。いま何を申し
起こったとしても,資本市場ではあまり起こら
上げたかったかといいますと,IASB というも
ないし,起こったとしても振れ幅は小さい」と
の自体の性格が変わってきているということで
いう進言をブッシュ政権にするわけです。
す。
学者が一生懸命考えて「そうなんだ」という
Biondi 先生は,IFRS の公正価値会計を否定
ならいいのですが,その背景をみると彼は大手
されていましたが,ある意味であまり問題のな
の投資銀行から億単位の研究資金をもらってい
いことだということもできるかもしれません。
たのです。そうした背景のなかで,金融商品に
というのは,日本の会計基準自体が,非常に公
ついては政府に規制をさせるのではなくて,自
正価値会計に近づいてきた,あるいは IFRS に
主規制にさせるべきだという進言をブッシュ政
近づいてきた。しかも,公正価値会計を支持し
権にするわけです。そうした自主規制というの
てきた人たちが IASB からいなくなってしまっ
が最終的に金融危機に結びついたのではないか
たので,ある意味では公正価値会計というのは
ということをこの映画は謳っています。これは,
問題としては小さくなっているかもしれません。
この映画製作会社の1つの立場であって,必ず
ただ,グローバリゼーションについてはいまだ
しも真実だということではないですが,会計に
問題が残っているように思います。
おいてもそうしたことを考慮しなければいけま
(IFRS におけるレトリックの内実)
せん。
どのようにグローバリゼーションが進んでい
(IFRS に内在するポリティクスの変化)
くのかということの続きですが,1つにレト
IASB が,一体誰なのかという話もあります。
リックという考え方があります。これは別に新
IASB に15,6人のボードメンバーがいるのはご
しいことでもなければ,会計に特異なことでも
存じかと思いますが,その方々は各界のエキス
ありません。どの世界でも政治をやっている以
パートであり,非常に尊敬される方であり,実
上,レトリックは付きまといます。レトリック
際に一生懸命働いている方だと思います。彼ら
といった場合,日本ではネガティブな響きがあ
は彼らなりに世界の資本市場のために頑張ろう
るかと思いますが,英語の場合はそうでもない
という心構えがあって,それを否定しようとは
のです。レトリックというのはよく機能する場
思いません。以前はこうした方々が非常に熱心
合もあれば,ちょっと悪く機能する場合もあり
に頑張っておられたのですが,いまはもうご退
ます。
75
IASB はレトリックを使って自分たちの会計
ボードを設けていますが,これもどうも3,4
を世界に広げようとし,それが非常にうまく機
名の政府関係者しか参加していないということ
能していたと思います。比較可能性あるいは透
で批判を受けています。
明性,公正価値,ハイクオリティといった,彼
⑸ IFRS アドプションをめぐる各国の
対応
らがいつも使う言葉はうまく機能してきたと
思っています。
ただ,
1つだけ気になるレトリッ
クがありました。彼らはこの会計が効率的な金
融市場のものだというんですが,私は学者とし
(東南アジアにおける IFRS アドプション)
てこのことがすぐには響いてきませんでした。
そういった過程で行われたグローバリゼー
もちろん,単純化されたファイナンスの理論に
ションが,実際に機能するのかということを考
よれば,すぐに効率的な資本市場ができるとい
えていただきたいと思います。皆様はよく,米
うのはわかりますが,単純化された仮定という
国あるいは欧州をご覧になりますが,東南アジ
のをどんどん取り除いて現実的なものに落とし
アはあまりご覧にならないと思います。インド
たときに,グローバルな公正価値会計がすぐに
ネシアやマレーシアといった東南アジアでは,
効率的な資本市場に結びつくのかと私はずっと
国連や国際通貨基金,世界銀行,アジア開発銀
疑問に思っていました。
行が「IFRS を積極的に使ってください。使わ
ですから,私は IASB に非常に近い人たちに
ないと私たちはお金を貸しませんよ」というこ
聞きました。
「IFRS による世界統一が,どのよ
とで,形式上 IFRS を採用せざるを得ないこと
うに資本コストの低減につながるのでしょう
になりますが,実際に機能するかというとなか
か」と聞くと,ある一人の方は,非常にまじめ
なか簡単にはいかないというところがあります。
で良い方だと思うのですが,
「先生,
実は私もわ
たとえば,インドネシアとマレーシアの主要
からないのです」といいました。別にボードメ
産業はパームオイルの栽培です。パームオイル
ンバーだからといって,すべてをわかっていな
の木を1本1ポンドで買ってきます。そうしま
ければいけないという話ではないのですが,皆
すと,最初の仕訳で借方に生物資産1ポンド,貸
様もここは完全にはお分かりになっていない部
方に現金となります。その木は5,6年もしま
分なのかなと思います。
すと果実が成りますので,それを絞ってオイル
それから,グローバリゼーションを進めるう
を採取し売ることで利益が出ます。それがいま
えで,基準設定に関する公平で透明なプロセス
までの取得原価会計の通常のプロフィット・
というのが機能します。彼らは「公開草案を出
カーブです。
して,コメントをもらって,ちゃんとやってい
ます。きちんとウェブサイトで公開されていま
す」といいます。ただ,私たちが公開草案に対
するコメントをいくら出しても,それに対する
反応はよくない,つまり,ほとんど聞いてもら
えないというのはよく聞く話だと思います。
また,IASB は IFRS が130 ヶ国で使われてい
るといいますが,小さな国々をみていると,国
際機関から半強制的に押し付けられたという面
もあります。それから最近は,プライベート・
ボディによる規制だといわれるものですから,
政府関係者の人たちも入れたモニタリング・
76
公正価値会計を適用すると,IFRS であれば
ます。ダイバージェンスというようなお考え方
IAS 41「農業会計」をそのまま適用すると,1
ではなくて,コンバージェンスを推し進めて,
年目の終わりにこれだけの利益が出てしまいま
必要な場合にのみカーブアウトする方向でお考
す。なぜかおわかりですか。借方の生物資産1
えになったらどうですか」というお話をさせて
ポンドが,その年度末に再評価されるからです。
いただいた経緯があります。そのあとは,国と
どうやって再評価するかといいますと,この木
してはコンバージェンスし,必要なものについ
が50,60年生きている間に生み出される正味の
てはカーブアウトするということになったよう
現金収入を割り引いて計算します。
です。現在,インドでは8つのカーブアウトが
ロンドン証券取引所に上場している4社が,
設けられているようです。
この会計をやっています。私はその4社がいく
(中国における IFRS アドプション)
らの割引率を使っているのか調べたところ,1
社が8.5%,1社が18.5%というように割引率が
Suzuki は,IFRS で統一することに対して反
大きく違いました。これはちょっとおかしな会
対なのかといったら,全然そんなことはありま
計だろうということで,私はマレーシアの農業
せん。中国についても政府の方と少し仕事をさ
大臣にお会いして,
「こうした会計はちょっとこ
せていただいた経緯がありますが,
「中国に関し
ちらの国の主要産業のサステナブルな成長には
ては積極的に国内の会計基準を変えて,国際的
向かないのではないでしょうか」という話をさ
なハーモナイゼーションを達成したほうが良い
せていただくと,「これはちょっと困ったもの
ですよ」ということをお伝えしました。
だ」とわかっていただけました。その大臣は昔,
中国では,国家会計学院と呼ばれる国内基準
統計学の勉強をなさっていて,こんな割引率の
設定主体が,北京と上海,厦門の3ヶ所にあり
会計というものを正式な財務諸表の数字にされ
ます。そこに企業のミドルクラス以上のマネー
ては困るということをすぐにお分かりいただけ
ジャーが義務として会計を学びにいき,会計の
ました。マレーシアとインドネシアでは,カー
知識をどんどん新しくしていったという経緯が
ブアウトあるいは基準のエンドースメントを
あります。現在の中国の正式な立場は,
「We are 使って,実務でこのような会計が行われないよ
already fully converged with IFRS」というも
うにしています。
のです。いままで一生懸命やってきた経緯があ
るからそういえるのでしょう。やはり中国も,国
(インドにおける IFRS アドプション)
際社会の仲間入りをして,よりよい取引をした
インドでも似たようなことがあります。イン
いということがあるのでしょう。
ドで会計基準を作っている組織のトップの方が,
「こんな会計を私たちの国に導入してしまった
ら,
会計専門家が悪魔の手先になってしまう。
ど
うして IFRS がインドにとって良いのですか。
Suzuki さん,わかるなら教えてください」と,
顔を真っ赤にして非常に怒っていました。
そうしたことをまとめた報告書をインドの大
臣にご報告申し上げましたところ,大臣は「ア
ドプションどころじゃない。ダイバージェンス
しないといけない」ということまでおっしゃっ
たので,
「大臣,それは行き過ぎだと思います。
国際的なハーモナイゼーションは必要だと思い
77
しかし,彼らが使っている IFRS というのは
かを決めるとしておきながら,その判断を今日
このような状態です。
この赤い本が本物の IFRS
まで延ばしています。SEC の Schapiro 委員長
で,厚さはおおよそ11センチあります。それで
が1月に「In a few month we will announce」
は,fully converged Chinese GAAP はどれくら
といったのですが,いまのところ何の声明も出
いあるかというと,1センチ2ミリくらいです。
されていません。10月の選挙までは何もいえな
それにもかかわらず,中国は「We are already いだろうという予想もあります。しかし,日本
fully converged」といいます。そこまでいえる
はそれとは別に国内できちんと意見形成して,
だけの政治的な力もありますし,実際にいまま
方針を決めなければいけません。それにあたっ
での過程から国際的な水準に合わせる努力を一
ては,IFRS が国内の会計あるいは会計士,企
生懸命してきたという自負もあるのでしょう。
業の経営者にどういった影響を与えるのかを,
ここでもやはり,
私たちは「130 ヶ国が IFRS を
理論的なものだけではなくて,きちんとした聞
使っている」という内実をよく理解しないとい
き取り調査によって把握しなければならないで
けません。
しょう。ただ,それと同時に,この標準化とい
うのは,国内だけの話ではなくて,海外からど
(日本における IFRS アドプション)
のようにみられるかという側面も非常に強いも
それでは,日本におけるコンバージェンスは
のですから,それをきちんと配慮してあげない
どうだったのでしょうか。最初は,
IASB が使っ
といけません。
てきたレトリックに従っていたというところが
(IFRS アドプションに関する意識調査)
あったと思います。それから,IASB と一緒に
お仕事なさっている会計士の方あるいは金融庁
少し面白い調査をしたことがあります。去年
の方,JICPA の方が,なるべくそういった人た
9月から今日まで行ったものですが,「あなた
ちと仲良くすることによって,国際化を図ろう
は,IFRS を強い形で導入することに賛成です
と努力してきたと思います。そうした方々の努
か,反対ですか」という質問をして,賛成ある
力がなかったら,同等性評価をもらえるような
いは反対と答えてもらいます。それは実にざっ
現在の日本の会計基準はなかったわけです。
くりとしたところになりますので,今度は「仮
そうした努力を否定するようなものではあり
に日本が強い形でアドプションをしたとき,日
ませんが,ある意味で国際化というものにどん
本の経済社会が受けるベネフィットを1から10
どん進みすぎたということはあったかもしれま
で表現してください」という質問をします。1
せん。金融庁もそうですし,日本経済新聞も一
は「たいした影響はない。ベネフィットなんて
方的に「国際化は良い」
,あるいは「IASB は良
ほとんどない」ということで,10は「日本の将
い」と報じたと思います。それから,私たち学
来を明るいものにして,非常に素晴らしい」と
者も非常に注意深く検討しないまま学生に,
「こ
いうものです。
れは良いものだ」と,試験でも学生が「これは
強い形での IFRS 導入に反対だという人たち
良いものだ」というようなことを書くという時
は,どこに点数を付けると思いますか。当然の
代が,5,6年続いたと思います。その後,IFRS
話で,ここ(スライド左下参照)に付けますよ
のような会計モデルが実際に導入されたときに,
ね。「アドプションなんてしたって,日本の経済
現実の会計がどうなってしまうのだろうかとい
は何にもよくならない。何の意味もない」とい
う懸念が広がってきました。おそらく自見大臣
うわけですよね。逆に,IFRS 導入に賛成の方
はさまざまな団体から突き上げられて,去年6
はどれくらいつけると思いますか。これはまだ
月の発表に至ったのだろうと私は考えています。
データ集計中ですので確定値ではありませんが,
米国は去年のうちにアドプションするかどう
これくらい(スライド左上参照)でした。必ず
78
遠くないうちに最終的な立場を決めていかなけ
ればいけません。もう一度まとめの意味で申し
上げます。世界各国が IFRS を使っている,あ
るいは IFRS を適用しているといわれますが,
中国におけるアドプションの実態やインドにお
ける8つのカーブアウトというものが存在しま
す。それから,米国についても決断を先延ばし
しています。日本の場合は,各関係者の方が一
生懸命お考えになっているところだろうと思い
ます。
私のプレゼンテーションは非常に話が飛びま
したが,国際的にみて IFRS アドプションが一
しも10に近くありません。IFRS を強い形で適
方向に進んでいるわけではないということを皆
用すればもちろん良い影響があるだろうけど,
様にご理解いただいて,日本が今後どのような
10まではいかないというのが1つのメッセージ
方向に進んだら良いのかということをもう一度
です。
考え直していただく機会になったならと思って
逆に,日本が現在の任意適用のままだと,海
いる次第でございます。ご清聴ありがとうござ
外から後ろ向きだとみられる可能性があります
いました。(拍手)
よね。それは絶対に避けなければいけないと思
いますが,そのリスクの大きさを1から10で表
○米山 Suzuki 先生,ありがとうございまし
現してくださいという質問もしました。
IFRS 賛
た。それでは,ここで一度休憩に入りたいと思
成派の方は,これくらい(スライド右上参照)
います。
のリスクがあるとお考えですね。彼らは,リス
クはあるだろうけどこれまでに日本の会計基準
が随分国際化されてきたので,仮にアドプショ
ンしなくてもそれほど大きなリスクはないと考
えているように思われます。
逆に IFRS 反対派の方はどこにつけると思い
ますか。私の予想では,ほとんど影響がないと
いうことになるかと思ったら,そうではなくて
これくらい(スライド右下参照)なんですね。
私
はこの結果はすごく重要だと思います。
IFRS に
反対している人でも,このままの任意適用では,
レジェンド問題のようなリスクはそれなりにあ
ると考えているのだろうと思います。このリス
クというのは,ケアしていかなければならない
ものだと思っています。
⑹ 結論
このようなデータを用いながら,日本はそう
79
パネル・ディスカッション
(モデレータ)
(パネリスト)
辻山栄子
Yuri Biondi
Tomo Suzuki
○米山 お待たせいたしました。
ただ今より,
第
が,活発な議論になるのではないかと思います。
Ⅱ部のパネル・ディスカッションを始めたいと
第Ⅰ部ではお二人から非常に興味深いお話を伺
思います。第Ⅱ部は,辻山先生にモデレータと
いましたが,第Ⅱ部ではフロアとのコミュニ
してご登壇していただきます。そして,先ほど
ケーションを通じて,議論していきたいと思い
ご講演くださった Biondi 先生と Suzuki 先生に
ます。
はパネリストとして同席していただきます。そ
冒頭でも申し上げましたが,会計基準をめぐ
れでは,ここから先の進行は辻山先生にお委ね
る問題というのは,会計基準の中身の問題とグ
いたします。よろしくお願いいたします。
ローバリゼーションのもたらす意味という2つ
○辻山 ご紹介ありがとうございます。第Ⅱ部
の側面から議論していく必要があると思います。
のパネル・ディスカッションにも多くの方にお
本日は,会計基準の中身の問題,特に公正価値
残りいただきましてありがとうございます。心
会計などの問題に関していただいた質問は非常
より御礼申し上げます。
に少なくて,時期も時期ということで日本の進
10通のご質問をいただいています。これを最
むべき道についてのご質問が多いように感じま
後まで捌けるのか時間的に少し不安もあります
す。私のほうでお名前と内容を読み上げさせて
80
いただきまして,お二人にお答えいただきたい
版を用意して,日本の大手企業2500社に投げて
と思います。
10日間でデータを回収・集計し,ようやく日本
の企業がどのように経営されていたのかを知る
(質問1 東南アジア諸国における IFRS アド
ことができたそうです。つまり,ベトナムのよ
プションと日本の役割)
うに発展途上国では,複式簿記を標準化し,そ
○辻山 会計研究科の学生である平賀様からい
の教育をきちんとして,データを作り上げると
ただいた質問です。東南アジアの会計制度およ
いうところから始める必要があると思います。
び株式市場の整備と日本の役割という題のご質
それから,私はシンガポールで「この IFRS
問です。「先ほど,Suzuki 先生からお話しいた
についてどうみているか」というインタビュー
だいた東南アジアの株式市場に,私は興味を抱
をしたことがあります。シンガポールは IFRS
いています。東南アジア地域では,タイやイン
を積極的に導入していこうというスタンスです
ドネシア,ベトナムなど日本経済の成長を支え
が,会計士あるいは経営者に話を聞くと,
「Now�
る市場がありますが,こういった国の成長およ
adays we can buy the transparency」というの
び日本の成長を考慮すると,
株式市場の整備,
と
です。どういうことかといいますと,公正価値
りわけ安心して投資できる環境の整備として会
会計をやるようになって,シンガポールでは評
計制度の充実が必要だと考えられます。日本が
価人のビジネスがブームになったそうです。い
こういった東南アジア諸国の株式市場,特に会
ままで会社の人たちは,会計士と喧々諤々やら
計基準の整備や充実という面で貢献できる強み
なければいけない場面がたくさんあったのです
をぜひ伺いたいと思います」とのご質問です。
が,公正価値会計になってから評価人を使うよ
こちらの質問は,日本の役割ということですか
うになったそうです。評価人を使うということ
ら,お二人からお答えいただきたいと思います。
は,会社が評価人にお金を払って,評価人が「こ
まずは Suzuki 先生からお願いいたします。
のバリューは X(エックス)です」というわけ
○Suzuki ご質問ありがとうございます。非常
です。会社がその評価人にお金を払って,都合
に難しい質問で,私がその質問にお答えできる
の良い数字を出してもらうという現実があるよ
資格があるかといったら,まったくないという
うです。私がいまご紹介したのは,シンガポー
のが実情でございます。
ルのある一面だけであって,それがすべてだと
いまのご質問は,東南アジアを一括りにして
は思いませんが,公正価値会計を導入したとき
いますが,東南アジアのなかでも非常に温度差
にそういったことも起こり得るということを頭
があります。たとえば,前の国税庁長官で,現
に入れておかなければいけません。
在の TKC の会長である大武さんは,ベトナム
いま2つの例を申し上げました。1つは発展
で複式簿記の普及活動をなさっています。いま
途上の国,もう1つは先進国ですが,東南アジ
の若い人たちは,会計は昔からあったと思われ
アといっても国によって問題の質は違うと思い
ているようですが,終戦直後の日本の複式簿記
ますので,そこにおける日本の役割といわれま
あるいは財務諸表の質というのは非常に低かっ
しても,私には答えがありません。
たという事実があります。米国がまず日本を再
○Biondi 私は Suzuki 先生以上にこの件につ
生するために,日本の企業がどのように経営さ
いてお話しする資格はないと思います。しかし,
れていたのかあるいは国民経済を知る必要が
会計と資金調達あるいは資本市場について,欧
あったそうですが,とにかく日本の会計あるい
州での経緯をみることでお話しできると思いま
は複式簿記のレベルが低すぎて全体が見えな
す。
かったそうです。そこで,非常に単純だけれど
われわれはこの30年間,経済学者によって金
も標準化された損益計算書と貸借対照表のガリ
融市場,特に株式市場が経済発展の中心である
81
と思い込まされてきました。私たちは経済の中
ない場合の具体的なリスクについてです。
「すで
心が企業であると以前は思っていたわけです。
に日本基準もコンバージェンスが進んでいる状
私は現在もそうであると信じていますが,米国
況下で,アドプションしない場合の具体的なリ
経済は金融市場を経済の中心におき,金融化あ
スクとして Suzuki 先生が触れていたレジェン
るいはグローバル化というものを推し進めてき
ド問題が想像されますが,そのほかにどのよう
たわけです。
なものが考えられますか」とのことです。2つ
そのようにして進められてきたグローバル化
目は,世界的な基準作りへの日本の参加の仕方
あるいは国際的な取引というのは,生産国が世
についてのご質問です。グローバルベースでの
界の債権国になるのを確かなものとしました。
基準作りに日本も積極的に参加すべきだという
生産に焦点をあてずに金融化に移行した国は,
のが堀様のお考えのようですが,その場合にど
純債務国になり,今日の財政問題あるいは銀行
のように関わっていくのが最善とお考えですか
に関する問題を抱えることになったわけです。
とのご質問です。
金融市場を経済発展の中心あるいは目的にしな
それから,次は匿名の方からの「任意適用」
かった国は,金融市場を生産活動の資金調達手
対「強制適用」というストレートな質問です。
段としています。
「任意適用のままでも,日本に対する見方は本当
何をいいたいかというと,株式市場の役割を
に変わらないとお考えでしょうか。日本はいま
どう理解するのかということを注意深く考える
のポジションを維持できるのでしょうか。それ
必要があると思います。また,金融市場が要求
はどのような根拠によるものですか。一部で
している情報に関して会計がどんな役割を果た
あっても強制適用する必要はないのでしょう
しているのかを注意深く考える必要があると思
か」とのご質問です。
います。
3人目の方ですが,宮宇地様から国際政治力
学と IFRS の関係ということで Suzuki 先生への
(質問2 アドプションしない場合のリスク)
ご質問をいただいています。
「世界的に統一され
○辻山 ありがとうございます。ただいまから
た単一の会計基準の実現は,金融危機後の G20
ご紹介する質問は,
「アドプションをむしろすべ
の合意事項となっており,IASB はこの合意事
きだ」
,
「しないとどうなるのか」
,
「なぜ公正価
項のもとで IFRS の開発をしていると理解して
値会計が悪いのか」といったものであります。
います。そうすると,第一に日本の金融庁がこ
これらは,お二人のご報告を聞いて,当然それ
の国際合意事項に背を向けて日本基準を堅持す
に反対するということでコメントをいただいて
るといった選択肢は力学的にないのではないか
いるのかなと思います。会場にいらっしゃる
と思いますが,この点はどうお考えでしょうか。
方々の意見分布はわかりませんが,少なくとも
それから,この合意事項が今後,国際政治力学
コメントをいただいた範囲では,今日のお二人
のなかで徐々にフェードアウトしていく可能性
の報告に対して異議のある方々からの質問が集
があるのでしょうか」とのご質問です。
中しているようです。
「アドプションしない場
○Suzuki ご質問ありがとうございます。皆様
合は一体どうなるのか」という非常に危機感の
からいただいたご質問は,非常に現実的もので
こもったご質問だと思います。そういう意味で,
あり,本質的でタイムリーな問題だと思います。
これからご紹介する3名の方のご質問には共通
私はよく「true empirical」という言葉を使い
する面がありますので,まとめてご紹介させて
ますが,通常,米国の学者がファイナンスある
いただきます。
いは会計で「empirical」といった場合,データ
まず,堀様から2つの質問をいただいていま
を使って回帰をかけて数字をきれいに出すとい
す。1つ目は,日本が IFRS をアドプションし
う統計学的なものを呼ぶのですが,もともと
82
「empirical」というのは英国の言葉でありまし
G20というのは何なのかという議論があります。
て,経験主義のもと,実際に起こっていること
それから,その声明に法的強制力があるのか,そ
を細かく丁寧に拾い上げるというもので,私も
の声明がどこまで詰め切れているものかという
英国で学者をしている関係上,その立場を貫い
問題もあるかと思います。しかし,その声明を
ております。いまから申し上げる内容も,私の
読んでみてもよくわかりません。昔は,IFRS や
懸念というよりも皆様からご意見を伺ったなか
IASB といった言葉をその声明のなかに入れて
で得られた皆様がお持ちの懸念だと思います。
いたのですが,最近はそういった言葉を使わず
まず,皆様が共通して危惧されていることと
声明が発表されているようです。
して,アドプションしなかった場合にリスクが
こうした声明の合意がだんだん弱くなってい
あるのかということがあると思います。簡単な
くようなことがあるのかという点ですが,私に
調査でご覧いただきましたように,アドプショ
はそのように映ります。以前のように「IASB
ンしたくないとお考えの方でも,
「アドプション
の会計基準をもって統一の会計基準を作ってい
しないとなるとやはりリスクはある。無視でき
くのだ」という声がだんだん弱くなってきてい
ない」とみているように思います。数字として
るのが現実ではないかと思います。もしかした
は2とか2.5なので,
「その程度なら無視すれば
ら,私の理解が間違っているかもしれません。
いい」とおっしゃるかもしれませんが,私はそ
それから,任意適用がいいのか,強制適用が
うは考えていません。
いいのかというご質問がありました。もちろん,
現在の任意適用のもと,IFRS を適用してい
これには賛否両論あります。「任意適用は国家
る会社が3社ほどあり,10社から20社が適用し
主権をきちんと保って,国内でいままで築き上
ようとしていますので,その関係者の方々に
げられてきた関連法規あるいは関連する文化に
「なぜ御社は任意適用のもとで IFRS の準備を
マッチした方法ではないか」と考える方がい
進めているのですか」と伺いました。実は,
らっしゃいます。一方で,
「全体的な会計の統一
IFRS 導入から得られるメリットは感じていな
が図られず骨抜きになるからダメだ」という方
いという方が多くて,それよりも IFRS を導入
もいらっしゃいます。その辺もきちんとした国
しないことによるリスクを回避したいという意
内の合意形成がなし切れていないのだろうと思
味が大きいとおっしゃっています。それが私も
います。
すごく気になっているところで,個々の企業が
○Biondi 繰り返しになりますが,私は日本語
そのように対応しているということは,国全体
もわかりませんし,日本出身でもありませんの
としてもきちんと担保しないといけないのだろ
で,日本について何も申し上げられません。
うと思います。
IASB が日本のニーズを理解しているとも思え
だからといって,すぐにアドプションに結び
ません。これは非常に大きな問題です。会計を
付くかというと,そこにはおそらく政治的な判
制度として考えた場合,会計は法制度の一部に
断あるいは政治的な力学というものが入ってく
なるわけです。法制度には政治力が働いていま
ると思います。つまり,多くの企業が IFRS の
す。それから,会計はその制度の一部であり,
適用に意義を見出せないにもかかわらず,強制
人によって人のために確立されたものです。制
適用できるのかという議論があります。これを
度を通じてやっていくというのが適切なやり方
多数決で決めていいかというと,それも別だと
だと思います。ですから,アドプションは憲法
思います。最終的には,きちんとした国の機関
上正しくありません。憲法上の権利として,法
の方がお決めになることだと思っています。
制度を設定する権利がありますが,アドプショ
それから G20についての質問がありました。
ンはその権利を放棄してしまう可能性があるか
私もそれを調べてみた経緯があります。まず,
らです。ここで話をしているのは,いかにハー
83
モナイゼーションあるいは統一するのかという
お考えなのかということについても伺いたいと
ことです。そのためにどういった制度を通じて,
思います。
会計基準を国際的に機能させるのかを考えなけ
○Biondi 欧州の事例は,特別なものであると
ればいけませんが,私としては,強制適用では
考えます。そもそも,ハーモナイゼーションの
なくコンバージェンスが正しい道だと思います。
作業を始めたのは70年代のことです。コンセン
これは,先ほど申し上げた憲法上の権利に関す
サスのもとでその作業を行っていましたので時
る問題もさることながら,欧州の場合には加盟
間はかかりましたが,90年代には満足できるレ
国各国にそれぞれ固有の問題があるからです。
ベルまで達しました。
ですから,国際的な取引や規制について,す
しかし,やがて通貨制度の変更あるいは主要
べての国が関わっていかなければいけません。
な機関の統合などにより,金融のグローバル化
G20というのは1つの枠組みにすぎません。実
が以前よりも進んできた結果,欧州委員会は欧
際に金融危機以降,特に公正価値会計に関して
州で IFRS を採用するといい出しました。つま
は議論や批判が高まっています。金融の安定の
り,内部的なハーモナイゼーションの作業では
欠如がその問題を明らかにし,その後フランス
なく,IFRS を導入するといったわけです。分
の主導のもと,より良い金融市場の規制あるい
析によれば,IASC から IASB への移行には,欧
は会計制度というのが議論になっています。で
州委員会によるこの決定と FASB との連携が
すから,危機の前と同じような形で取り組むと
あったと思います。それによって IASB のプロ
いうわけにはいかなくなると思います。
ジェクトはまったく別のものになってしまいま
○辻山 私から少し補足させていただきます。
した。かつては,さまざまなオプションがあっ
先ほどのご質問にありました G20の合意事項が
て,公正価値会計もその1つに過ぎず,それほ
だんだんフェードアウトしているのかというこ
ど存在感はありませんでした。しかし,FASB
とですが,現に G20の声明を時系列で並べてみ
との連携が始まってからはコンバージェンスの
ますと,直近のものについては IFRS という文
作業を進め,その結果 FASB の基準を取り入れ
言が消えています。G20がかなり厳密に分析し
ることになりました。これが2000年代の動きで
て,あまり直接的な言及をしないようになって
す。
きているというのが現実なのかもしれません。
その当時,企業あるいは国の規制当局は,
IASC や IAS というもの,あるいは米国での動
(質問3 欧州における IFRS アドプション)
きについてあまり注目していませんでした。そ
○辻山 ところで,Biondi 先生への追加的なご
のようななかで,コンセンサスもなしに突如と
質問ですが,先生の主張は「アドプションには
して欧州委員会がアドプションという方針を採
慎重であるべきだ。しかし,会計基準の調和化
択することを決めたのです。欧州議会において
は重要であって,コンバージェンスも重要であ
全会一致で可決されたわけですが,賛成票を投
る。それから,そういったコンバージェンスさ
じた人たちは会計について全然わからない人た
れた会計基準を各国が相互に認めていくという
ちばかりでした。おそらくは「国際的なコンセ
ことが望ましい方向ではないか」ということで,
ンサスだから進めるべきだ」ということで採択
かなり踏み込んだご発言だったと思いますが,
に踏み切ったのでしょう。
「Biondi 先生は欧州で IFRS が適用されたこと
ところが,銀行はその公正価値会計について
をどのようにお考えなのか」というのが私の1
憂慮し始めました。その結果,世論を巻き込ん
つ目の質問です。それから,現に欧州は市場が
で議論が行われ,制度としての IFRS の問題点
統合されていますが,もし経済圏が統合されて
も明らかになってきました。しかし,もはや欧
いなかったらアドプションしないのが当然だと
州は自分たちの会計基準を設定できなくなって
84
いました。民主的な制度のもとで問題点の指摘
クオリティな会計基準を作るベースと考えられ
ができるべきものが,欧州の憲法というレベル
ていた公正価値会計が後退すれば,IFRS が世
においてできなくなってしまい,欧州に対して
の中で受け入れられやすくなるという非常に皮
責任をまったく持たないところが会計基準を作
肉な状況が起きているのかなと思います。この
るようになっていたのです。いってみれば,そ
問題については,後ほど会計基準の中身の問題
の規制に関する自らの権利を放棄してしまった
を議論させていただく際に取り上げたいと思い
ということです。もちろん民主的な方法でこの
ます。
状況を変えることはできるはずですが,すでに
あと3名の方から,IFRS のグローバリゼー
IASB に付託してしまっているわけですからそ
ションに対するご質問をいただいています。こ
んなに簡単には変更できないでしょう。
れは先ほどのような「IFRS をアドプションす
このような状況下で,今日では,各国当局に
べきだ」という立場ではなく,中立的な意味で
おいて新しい規制当局が作られています。たと
「本当にどうしたらいいのか」というご質問です。
えば,フランスでは IFRS を採択してからおよ
最初は,宮下様からの他の国や地域との比較
そ10年になるわけですが,Accounting Stand�
における日本の IFRS 導入度についてのご質問
ards Authority という組織が作られました。そ
です。少し長いのですが読み上げさせていただ
こでは,非上場会社に関してフランスの観点か
きます。「昨年の自見大臣の談話以来,『日本が
らさまざまな問題が取り扱われています。イタ
後ろ向きになった,後退した』とする見方が多
リアでも同じような機関が作られました。しか
く見られます。中間報告によって,日本が強制
し,憲法上の権利の放棄はいまだに続いていま
適用するとの期待が形成されたため,それから
す。
みれば後退なのかもしれませんが,中間報告は
このように欧州の状況はとても特異なもので
何ら決定あるいは公約をしたものではないと
あります。全体像をご提供できなかったかもし
思っています。一方で,日本は任意適用を開始
れませんが,アドプションに伴ってこういった
しています。同等性評価以降も,東京合意に基
問題が起きています。
づきコンバージェンスの作業を継続している。
サテライト・オフィスも東京に設置されるなど,
(質問4 日本における IFRS アドプションの
すでに IFRS を導入しているといってもいい立
必要性)
場かと思います。一方,期待との比較はさてお
○辻山 先ほど,Suzuki 先生のご講演のなか
き,日本の現状は他の国や地域との比較におい
で,
「IASB のボードメンバーのなかに公正価値
て,どのようなポジションに位置づけられるの
会計派がいなくなって,徐々に軌道修正されて
でしょうか。中国があの状態でフル・アドプ
いくだろう。むしろ,今後のボードメンバーの
ションといえるのであれば,日本も堂々と IFRS
構成を考えると,公正価値会計に対する懸念と
を導入しているといってもいいのではないか」
いうのは,それほど大きな問題にならないかも
というのが第1の質問であります。
しれない」というご指摘がありました。一方,
次は,吉田様からのご質問です。
「日本の IFRS
すでに IFRS を導入している欧州では,いま公
導入に対する海外の投資家の意見はどのような
正価値会計に対する重大な懸念から,国内の会
ものでしょうか。特に海外投資家が比較しやす
計基準設定力を何とか立て直そうという動きが
いように,当社も IFRS 導入を推進しています
出てきているということでありました。
が,実際に海外の投資家が日本の IFRS 導入を
したがって,今後 IASB がどのように公正価
どのくらい望んでいるのか,どういった意見が
値会計と向き合っていくのかということは,わ
あるのか教えていただきたい。IFRS ベースで
れわれにとって非常に重大な関心事です。ハイ
財務諸表を開示していない現在も,数十パーセ
85
ントを外国人株主が占めている状況を,どう捉
作っていこうという理念もあったでしょうし,
えればよいのでしょうか」とのご質問です。
会計がよくわからない政治家が決めたという側
最後の質問です。
「日本はあくまでも独自性
面もあったと思います。
を貫くべきか,もしくはどこかの国と連携して
それに対して日本は,IFRS アドプションと
進めるべきか。もしそうであるとすれば,どの
いうのは何なのだろうかと,本当によくお考え
国と一緒に共同行動をとるべきか。それはなぜ
になっていると思います。「ここまですんなり
でしょうか」とのご質問です。いずれもニュー
アドプションする方向で進んできたけれども,
トラルな視点で今後どうしたらいいのか,ある
会計理論そのものだけではなくて,その周辺の
いは現状をどのように考えたらいいのかという
税や企業統治,企業経営,中小企業に大きな影
ものです。
響がありそうだ」ということがこれまでの検討
○Suzuki 先ほどの質問のなかで少し誤解が
でわかり,ステークホルダーがそれらを政治家
あります。中国はフル・アドプションとはいっ
に進言して,政治的な判断としてここは一度立
ていません。
「We are fully converged」といい,
ち止まるということを決めたのだと思います。
アドプションという言葉は使われていません。
これはもしかしたら,欧州よりも進んだ民主主
中国が国際的に「している」といった時の言葉
義の結果かもしれません。それを悪かったと捉
と行動があまり一致していないのに比べて,日
えるのも1つですが,起こってしまったものを
本が「われわれの会計をなるべく国際的にハー
一度ポジティブに捉え直して,もう一度日本の
モナイズしていく,あるいはコンバージしてい
立場を決めていこうというのも1つの考え方だ
く」といった時の努力というのは,並大抵のも
ろうと思います。
のではないと思います。
「これは何としてでも,
日本がアドプションすべきかという話は国内
日本の証券市場をきちんと国際的なものに保っ
だけの話ではありません。米国の動向もみてい
ていくのだ」ということで,時間もお金も組織
かなければいけないと思います。それこそ金融
も精神的にもものすごく努力なさっています。
庁は,米国が2009年辺りにアドプションをする
その実質的なものを自信をもって海外にアピー
のではないかと予想し,それをみてから日本の
ルしていくという体制がなければいけないと思
立場を決めようとしていたと思います。ただ,
います。
その後米国の立場が変わったり,他の国々でも
去年6月に自見金融大臣がご発言されたとき
アドプションあるいはフル・コンバージェンス
に,おそらく皆様「これはもしかしたら後ろ向
といいながら中身が伴っていなかったり,IASB
きなのではないか」とお感じになられたと思い
自体の将来も比較的不安定だということをおっ
ます。ただ,それをもって IFRS アドプション
しゃる方がいるように,状況というのが変わっ
は失敗であったという判断を下される方もいま
てきています。
すし,あれは一つここで止まって状況を見てい
中国が,今後10年間で大きく成長するときに,
ると判断された方もいます。
このまま薄い会計基準でいくのか,あるいは自
先ほどの Biondi 先生の話のなかで,欧州はな
分たちの会計基準をもって国際的にやっていこ
ぜか知らないがアドプションを決めてしまった
うとするのかという点があげられると思います。
という話がありました。実は,私も欧州の経緯
中国国内にはお金が余っていますから,中国企
を調べたことがあります。欧州は歴史上,どん
業がたとえば欧州市場で資金調達する必要はな
なに小さなことでも,あらゆる政策で喧々諤々
くて,逆にさまざまな国の企業が中国に進出し,
もう永遠にやっていく地域ですが,IFRS に関
将来的には資金調達もしたいとなったときに,
してはあっという間に決定されました。それは,
中国政府の合理的な選択としては当然,自国の
Biondi 先生がいったように,統一的な市場を
会計基準をもって国際的な会計基準にしようと
86
すると思います。あるいはそれはないにしても,
のだと思います。同等性評価まで持ってこられ
中国が国際的な基準作りに積極的に参加するこ
た段階で,いますぐに日本が IFRS を使わなく
とが考えられます。
てはいけないという声は聞いたことはありませ
ですから,さまざまな状況のなかで,日本が
ん。
アドプションという選択肢を取るべきなのか,
今朝シンポジウムに参加する前に,日本で一
あるいはさらなる国際的な統一あるいはハーモ
番大きな乗り物の会社に行っていました。
「御社
ナイゼーションを達成していくべきなのかは非
は IFRS を準備されていますか」と伺ったとこ
常に政治的にも難しい判断だろうと思います。
ろ,
「強制適用であればやらなきゃいけないので
日本の独自の基準を保つべきなのかという点
粛々とやってきましたが,去年の大臣のご発言
について1つの例をあげたいと思います。企業
によって,プロジェクトは解散しています。い
や金融庁などの方々に伺うと,
「のれんに関して
まは何もしていません」とおっしゃっていまし
はどうも日本基準が良いような気がする」と
た。「それで大丈夫なのですか。心配ではない
おっしゃる方が非常に多いです。のれんについ
ですか。投資家さんが IFRS でデータをくれと
ては,日本が国際的な会計基準に合わせないで
いうことはありませんか」と聞くと,
「うちは米
独自のものを維持しようという感じになってい
国基準でやっていますので,それ以上は求めら
ますが,私も会計学者として,日本基準には会
れたことがありません」とお答えになっていま
計の純粋な理論としていいところがあると思い
す。現時点で米国基準を使っている会社につい
ます。そういったところまで完全に捨ててし
ては,IFRS を使ってくれという声はあまりな
まって合わせていくのが良いのかは,確かに疑
いのかなと感じます。私の調査にバイアスが
問に思うところです。ただ,そういったところ
入っているかもしれませんので,その辺は割り
以外で,レジェンド問題などになってはいけま
引いてお聞きいただければと思います。
せんので,本当に難しい問題だと思っています。
○Biondi 追加で発言させていただきたいと
それから,日本に IFRS を適用せよという声
思います。これまでの歴史を振り返ってみます
が欧州で強いのかという話ですが,これについ
と,グローバルな金融市場の構造が確立された
ても調査しています。12年前に英国で日本株を
のは第二次世界大戦後です。当時,米国がすべ
買うファンド・マネージャーを全員洗い出して,
ての国に対して債権国であったというのは歴史
その人たちにインタビューをした経緯がありま
的な偶然だと思いますが,システムはドル基軸
す。
その当時はそういった方が147名ほどいたと
に変わり,資金も投資家も米国にあったという
思います。同じことを昨年末からやり始めたと
状況です。
ころ,日本の市場が小さくなってきているとい
しかし,徐々にそのシステムも変わってきて,
うことで,
57名程度だったかと思いますが,
ファ
最近では世界の債権国は中国と日本,ドイツで
ンド・マネージャーが少なくなってきています。
す。歴史的にみて,会計は一般に債権国から始
日本を見るというよりはアジアを見るように
まっています。というのは,やはり投資家が投
なって,日本はそのアジアの一部でしかなく
資対象に会計をやらせるからです。したがって,
なってきたという部分があります。そういった
グローバルな金融市場の構造をみていかなけれ
方々に「日本は IFRS を使うべきか」と尋ねる
ばなりません。すでに機能していないブレト
と,10年前には「日本の会計基準が違うのは気
ン・ウッズ体制の見直し,会計基準もグローバ
になる」という方が,程度の差こそあれ結構い
ルな金融市場に合わせていくべきだと思います。
ました。いま同じことを聞くと,
「あまり関係な
また,債権国が今後発言権をもつことになると
い」といいます。というのは,日本の会計が実
思います。
質的に良くなったという認識がものすごくある
87
(質問5 公正価値会計の有用性)
による会計基準のグローバリゼーションという
○辻山 ありがとうございます。グローバル化
ものが始まる2000年以前は,先進国で一致した
に関して白黒はっきりとした答えは出ませんが,
考え方が共有され,会計基準もそれに基づくも
データに基づく中立的な情報提供という面では,
のであったという点です。
これまでの議論で若干の示唆を得られたのでは
そのうえで,フロアからのご質問を2つ紹介
ないかと思います。
させていただきます。まず,公認会計士の金子
次に,会計基準の中身に関するご質問をいた
様からいただいた公正価値会計についてのご質
だいています。私も企業会計審議会のメンバー
問です。「まず,公正価値会計の定義を示してく
として議論によく参加していますが,そこで何
ださい。それから,活発な市場で取引されてい
名かの方から「日本独自論」という話が出ます。
る金融商品を公正価値で評価することにどのよ
「日本は独自だ。特に企業会計原則の世界に固
うな問題があるのでしょうか。そして,有形固
執している人がいて,非常に独自な印象を受け
定資産の再評価モデルを選択可としている点で,
る。もう少し世界に目を向けなければいけな
IFRS に関する公正価値偏重という誤解がある
い」というようなことをおっしゃるわけです。
のではないか。こういう見方があるということ
あるいは,
一般論としても,
「日本の会計学者は
についてどう思われますか」とのご質問です。
独特な考え方を持っているのではないか」とい
それから,同じく公認会計士の高橋様からの
われます。
ご質問を読み上げさせていただきます。「日本
しかし,事前に Biondi 先生から本日のご講演
の海外子会社のトップは世界のグローバル企業
についてのお話を伺ったときに,
「あなたの考
と異なり日本人が多い。日本企業の競争力を高
え方は,欧州でマジョリティなのか,マイノリ
めるためには,海外子会社も現地人にすべきだ
ティなのか」と伺いました。
「当然,
学界ではマ
と思う。この場合は,IFRS における投資家の
イノリティではない」とのお答えをいただきま
視点を採用した方が整合的だと思います。その
した。彼は,私も参加していますアメリカ会計
ような条件でも,公正価値会計ではなく取得原
学会の FASC という委員会の議長を務めてい
価会計のほうが理論的に優れているのでしょう
ますが,そこでの議論やさまざまなところで議
か」とのご質問です。
論する都度,今日 Biondi 先生が披露された議論
Biondi 先生からお答えいただきたいと思いま
というのは,必ずしも一部の学者の見方ではな
す。もし,補足的にコメントがあれば Suzuki 先
いということがわかります。また,日本の会計
生からもよろしくお願いいたします。
学界の見方と非常に似通っています。彼の出身
○Biondi 公正価値といった場合,2つの考え
はイタリアですので,ルカ・パチョーリの国で
方があります。単に公正価値といいますと,資
非常に簿記の世界を忠実に守っているのかなと
産と負債を測定する方法であり,時価が入手で
いう印象を受けました。これはいま思いついた
きる場合にはそれをみて,そうでない場合には
もので冗談ですが,少なくとも学界では彼の考
モデルを使って推定するというものです。こう
え方は特殊な考えだというようには捉えられて
いった方法には,市場あるいは外部の参考情報
いないわけです。
が必要であり,それを会計に使うことになりま
Biondi 先生の考え方のエッセンスは,実際の
す。この段階では,取得原価が取引価格を参照
取引として何が起き,どういう富が実際に生み
するのと同じように,測定方法に関する1つの
出されたのか,
これは金融工学の富ではなく,
投
やり方でありますが,モデルになりますと状況
下された資本の回収状態という事実をウォッチ
が変わります。私が講演で用いてきた公正価値
しなければならないというものであるかと思い
というのは,より根本的な会計モデルを意味し
ます。私が非常に興味深いと思ったのは,IASB
ます。
88
会計基準を統一化するといった場合,会計モ
もちろん,両方の会計モデルが認められるべ
デルが必要になりますから,どのモデルを基に
きではあります。有形固定資産に関する IAS16
するのかという問題があるわけです。IASB が
も,取得原価会計とともに再評価モデルを認め
使う公正価値に関しましては,2つ問題がある
ていました。ただ,ほとんどの企業は再評価モ
と思います。まず1つ目は,モデルがないとい
デルを採用していませんでした。問題が始まっ
うことです。IASB は個別に会計基準を作って
たのは FASB との連携です。IASB は,2001年
いるわけですが,会計基準全体に対するきちん
から公正価値会計への移行に必死になり,米国
とした一貫性が十分に配慮されていないという
基準と一致させるためにいくつかの基準を改訂
問題があります。会計システムを作っていると
し,特に金融資産および金融負債に関しては公
いうよりも,これは単にさまざまなレシピを集
正価値を強く要求し始めました。
めた料理本を作っているといえるでしょう。会
そして,金融危機に伴って,金融機関に問題
計士というのは料理をするように情報を作り出
が生じたわけです。彼らは公正価値会計が最も
していいのかという問題があります。これが基
しっくりくるのは金融機関であると考えていた
本的な問題であります。
わけですから大変なことだと思います。すべて
それからもう1つの問題は,市場価格として
の金融機関が膨大な負債を有しているにもかか
の時価を会計の根本的な出発点とする点にあり
わらず,公正価値の適用が見せかけの利益を生
ます。これは会社に対する見方を変えることを
み出し,投資家にリスクについて警告ができな
意味します。市場の視点から企業をみるという
かったのです。金融機関は危機の最中,規制当
のは,企業がもはや生産のプロセスではないと
局に対して「公正価値会計の適用を停止してく
いうことを意味します。企業をヘッジファンド,
れ」と主張しました。
あるいは資産と負債のポートフォリオとしてみ
このまま公正価値会計を適用し続ければ,わ
ることになります。資産と負債にはそれぞれ市
れわれは破綻します。市場に依存しない会計制
場の参考値がありますので,市場価値で業績を
度なくして,適切な市場機能の確保はできませ
測定しようということになります。問題は,企
ん。何世紀にもわたって,金融市場なしに会計
業や銀行はヘッジファンドではないということ
というのが行われてきたのは事実ですし,われ
です。もちろん,企業や銀行をヘッジファンド
われは今後もそのような会計を行うことができ
にさせて,その種の会計を適用することはでき
ると思います。
ますが,投資家や社会に貢献させるためには,
○Suzuki 2点だけ付け加えたいと思います。
企業をヘッジファンドにさせるべきではありま
1つは,活発な市場がある場合でも,公正価値
せん。企業には,経済的な取引をし,財やサー
会計を金融機関と金融商品に対して適用するこ
ビスを提供するという生産のプロセスが存在し
とに問題があるかという点です。流動性が確保
ますので,そのプロセスを報告するためには公
さ れ て い て, し か も 金 融 商 品 の 保 有 目 的 が
正価値会計ではない他の会計モデル,つまり取
ディーリングであるのであれば,私は限りなく
得原価会計が必要なのです。また,企業は財や
問題は小さいと思います。ただ,論点をすり替
サービスを提供することを通じて,投資家に報
えるわけではありませんが,これに関連して気
酬を支払います。銀行もやはり金融サービスを
になっていることがあります。これは,ただ単
提供することを通じて,投資家に報酬を支払い
に皆様への情報提供であります。
ます。こういった企業の側面をみますと,企業
オックスフォードで先生をしていますと,教
や銀行が会計をするにあたって,たとえ活発な
え子たちが大手の投資銀行に就職します。彼ら
市場があったとしても時価を参照すべきではな
は,新たな金融商品の開発に携わることがあり
いと思います。
ます。いままでに似たようなメールを3通もら
89
いましたが,彼らの話では,公正価値会計がで
よく公正価値会計と取得原価会計といいます
きてから与えられる仕事の質が少し変わってき
が,私はこれがミスリーディングなのではない
ているそうです。何を申し上げているのかとい
かと思います。問題の本質は,ストックのバリュ
うと,これは私の得意な行動学的な部分になり
エーションに焦点を当てるのか,フローに焦点
ますが,ある一定の会計が与えられたときに人
を当てるのかということだと思います。フロー
間の行動がどう変わるかという話です。どう変
に焦点を当てれば,取引に着目することになり
わってきたかというと,金融商品を新しく開発
ますので,その結果としてストックの評価は取
する際に,明らかに流動性のあるものと中くら
得原価になります。逆に,ストックに焦点を当
いのものとを混ぜた金融商品を作りなさいとい
て公正価値を使えば,利益はその差額になりま
われるようになったそうです。そうすると,価
す。ですから,今日の Biondi 先生の報告であり
格があるのかないのかよくわからないという部
ました,フロー・アカウンティングとストッ
分があって,監査人がいくらだといいにくいそ
ク・バリュエーション・アカウンティングと
うです。そういったものをいっぱい作っておく
いったほうがわかりやすいのかなと思います。
と,監査のときに困るだろうということまで考
(質問6 保険契約に対する公正価値会計の適
えて仕事しているそうです。
用)
ほかの質問で,取得原価会計がいいのか,公
正価値会計がいいのかというご質問がありまし
○辻山 最後のご質問に答えていただきたいと
た。私はオックスフォードから日本に来る2週
思います。最後は,ファイナンシャル・プラン
間くらい前に,MBA の学生の試験を採点して
ナーの岩渕様からのご質問です。IFRS と保険
きました。
「公正価値会計が取得原価会計より優
金融商品について,
「朝日生命にプレステージと
れている。
議論しなさい」という問題です。
「は
いう商品があり,IFRS を理解するとこの利点
い,優れています」
,
「いいえ,そうではありま
が理解できると思う反面,客観性としてはゆが
せん」と回答したら半分しか点数はもらえませ
んだ市場に投じた時に悪用されるリスクがある
ん。どういうことかというと,公正価値会計に
と思います。この件についてどう考えるのか客
も良いところと悪いところがあって,取得原価
観的な評価をいただきたく思います」とのご質
会計にも同じようなところがある。それはどっ
問です。
ちのシステムが良いという話ではなく,置かれ
IASB は,保険会計について1990年代から議
た状況や目的に合わせて変わるということです。
論を続けているのですが,まさにいま公正価値
レンズHとレンズFの両方があったほうが情
会計を使った新しい会計モデルが開発されてい
報量は多いかもしれませんが,それをやって
るところです。私は朝日生命のプレステージと
いったら色々な会計ができてしまって,時間も
いう商品はよくわかりませんが,公正価値会計
お金もかかりますので,ある程度の集約が必要
の意味をよく理解するのには非常によくできた
になります。しかし,どこに集約させようかと
商品だけれども,市場がゆがんでいると悪用さ
いうことはどうしても政治的な過程を経て決ま
れるケースもあるということかと思います。
るものだということでした。
だから,
単純に「公
○Biondi 保険契約というのは,一番よく議論
正価値会計が良い」
,
「取得原価会計が良い」と
されている会計基準の1つであります。しかし,
いう話ではないということを認識いただけたら
IASB でも保険契約をどのように会計処理すべ
なと思う次第です。
きかについてコンセンサスを得ることは難しそ
○辻山 ありがとうございました。最後の質問
うです。彼らは,全面的な公正価値会計に移行
に移る前に,私からも少しコメントさせていた
しようとしましたが,規制当局や会計士,保険
だきたいと思います。
会社によって拒否されています。
90
また同時に,保険というのは金融システムの
と「あの人たちはおかしい」と考えると思いま
中核であります。ですから注意深くみる必要が
す。ですから,いま欧州でどのような議論が起
あります。
今年,
私はアメリカ会計学会の FASC
こっているのか,それから公正価値会計を世界
の議長として,委員とともに公正価値会計に関
がどう見ているのか,それからグローバリゼー
して討議資料を作成することを決めました。辻
ションについて世界の現実がどうなっているの
山先生ともその問題について検討していますが,
かということについて,少しでも生のデータを
現時点では明確な答えはありません。ただ,単
お示しできたのであれば,本日のシンポジウム
純に公正価値会計にすべきだということにはな
の目的は達成されたのではないかと思います。
らないだろうと思います。IASB は長年にわ
最後までお付き合いいただきましてありがと
たってこれを議論してきたにもかかわらず,コ
うございました。(拍手)
ンセンサスが得られていないわけですから,
○米山 皆様,長時間にわたりお付き合いくだ
もっと議論して保険商品をどのように会計処理
さいましてありがとうございました。これをも
するのか検討していかなければならないと思い
ちまして,国際シンポジウムを閉じたいと思い
ます。
ます。改めまして,パネリストのお二人,それ
からモデレータの辻山先生に拍手をしていただ
(閉会の挨拶)
きましたら幸いでございます。ありがとうござ
○辻山 私の不手際で最後の質問を急がせてし
いました。(拍手)
まって申し訳ありませんでした。いまの議論に
注
あった保険会計もそうですが,今日のご報告の
なかでお二人から非常にいい例を出していただ
1 同センターは,科学研究費補助金(基盤研究
B課題番号:22330140)
「研究課題:財務会計に
おける基礎理論の国際比較」の研究活動の一環
として開設されている組織である。
2 ただし,当日の筆記録に基づき,読者の便宜
と紙幅を考慮して一部修正加工している。
また,
当日投影されたパワーポイント資料,配布資料
については,紙幅の関係上,ごく一部を除き掲
載を割愛している。なお,本原稿の編集作業は,
早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程の山
﨑尚,Suandi Aprilia Beta の2名が担当した。
(文責:辻山栄子)
3 ここでは,さまざまな文献における統計的検
証が紹介されているが,主として,以下の文献
が取り上げられている。
Lev, B. and P. Zarowin. 1999. “The Bounda�
ries of Financial Reporting and How to Extend Them”. Journal of Accounting Research, 37 (2):
353-385.
Healy, P. M. and K. G. Palepu. 2003. “The Fall of Enron”. Journal of Economic Perspectives,
17 (2): 3-26.
Curtis, A. 2012. “A Fundamental -AnalysisBased Test for Speculative Prices”. The Accounting Review 87 (1): 121-148.
きました。特に印象深いのは Suzuki 先生から
出していただいた農業会計の会計モデルです。
要するに,投資した期に将来のキャッシュフ
ローで再評価しそれを当期の利益とし,その以
降の利益は割引率の分だけになるというもので
す。そういった会計モデルと,毎年どのぐらい
農産物が収穫できたのかという会計モデルが,
世界的な論争になっているということだと思い
ます。今日の Biondi 博士のご説明のなかでもあ
りましたが,伝統的な会計はそうではなかった
ということが非常に象徴的に示されていたと思
います。
昨年,同じようなシンポジウムを開催させて
いただいた際にお招きしたイエール大学の
Shyam Sunder 先生の言葉のなかで印象深かっ
たのは,人の考えを変えるのは非常に難しいと
いうことです。おそらく今日お越しくださった
オーディエンスの方々も,ある意見をもってこ
の場にお座りになっていると思います。ご自分
の意見に沿った主張であれば,
「なるほど,
優れ
たことをいうなあ」と思いますし,違っている
91
Shiller, R. J. 2003. “From Efficient Markets
Theory to Behavioral Finance”. Journal of Economic Perspectives, 17 (1): 83-104.
4 Ijiri, Y. 1975. Theory of Accounting Measurement, Studies in Accounting Research (10).
American Accounting Association.
92
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