Comments
Description
Transcript
研究実施終了報告書(PDF:4938KB)
(様式・終了-1) 公開資料 社会技術研究開発事業・公募型プログラム 研 究 領 域 「 社 会 シ ス テ ム /社 会 技 術 論 」 研究課題「環境創造型農業を実現するための 社会システムの研究開発」 研究実施終了報告書 研究期間 平成16年12月~平成19年11月 谷口吉光 ( 秋 田 県 立 大 学 地 域 共 同 研 究 セ ン タ ー 、教 授 ) 1 【190401】 目 次 1.研究テーマ 3 2.研究実施の概要 3 3.研究構想 7 4.研究成果 4.1 水質改善技術確立のための圃場ブロック実験 (圃場ブロック実験グループ) 9 4.2 広域農業コミュニティのためのブロードバンドセンサ ネットワーク基幹系の構築 38 (情報システム研究グループ) 4.3 参加型合意形成支援システムの構築 (合意形成支援グループ) 4.4 水質改善技術の社会経済的評価手法の開発 (社会経済的評価グループ) 4.5 66 87 考察:本研究が社会システム/社会技術論に対する 本研究の含意 108 5.研究実施体制 120 6.成果の発信やアウトリーチ活動など 125 7.結び 129 2 【190401】 1.研究テーマ (1)研 究 領 域 :社会システム/社会技術論 (2)研 究 総 括 :村上陽一郎 (3)研 究 代 表 者 :谷口吉光 (4)研 究 課 題 名 :環境創造型農業を実現するための社会システムの研究開発 (5)研 究 期 間 :平成16年12月~平成19年11月 2.研究実施の概要 (1)研究開発目標 環境負荷を減らし、清浄な自然環境と豊かな生態系を創造する「環境創造型農業」 の推進が日本農業再生のための最重要課題のひとつになっているが、有機農業や環境 保全型農業等の技術は圃場(田畑1枚)単位の個人技術にとどまっており、地域全体 を環境創造型農業に転換するための社会技術・社会システムの研究開発はこれまでほ とんど手つかずであった。 そこで本研究は、秋田県大潟村における環境創造型農業の取り組みを事例として、 農業者による地域農業環境の管理・改善を可能にする社会技術・社会システム(環境 創造型農業システム)を研究・開発することを目的とする。環境創造型農業システム は「協働の場システム」 「環境管理システム」 「技術開発システム」 「評価システム」 「情 報システム」の5つのサブシステムから成るものと考える(図 1)。本研究では大潟村 の農業者との共同研究によって、これらサブシステムを実験的に構築し、それに必要 な社会技術・社会システムの内容を解明する。 地域環境の漸次的・継続的改善 =環境創造型農業の実現 技術開発システム 情報システム 評価システム 環境管理システム 合意形成支援システム 図1 環境創造型農業を実現するための社会システムの模式図 3 【190401】 (2)研究開発項目 以上の目的を達成するために次の研究を行った。 ①圃場ブロック実験グループ(図 1 の技術開発システムに対応 代表 金田吉弘・秋 田県立大学生物資源科学部教授)研究実施項目:水質改善技術確立のための圃場ブロ ック実験 ②情報システム研究グループ(同情報システムに対応 代表 行松健一・秋田大学工 学資源学部教授)研究実施項目:環境創造型農業を支える情報システムの構築と評価 ③合意形成支援グループ(同合意形成支援システムと環境管理システムに対応 代表 谷口吉光・秋田県立大学地域共同研究センター教授)研究実施項目:農業者の合意形 成メカニズムの解明、多様な主体が協働できる社会的場の形成条件の解明 ④社会経済的評価グループ(同評価システムに対応 代表 谷口吉光・秋田県立大学 地域共同研究センター教授)研究実施項目:水質改善技術の社会経済的評価手法の開 発 (3) 研究成果 ①水質改善技術確立のための圃場ブロック実験 本実験の目的は、農業者の栽培圃場で、そこで実際に営農している農業者の協力を 得ながら、農業排水負荷の少ない農作業方法を開発することである。3 年間の調査の結 果、農作業方法と水質の関係については以下のことが明らかになった。①田面水に含 まれる懸濁物質、全窒素、全リン濃度は無代かき区の方が代かき区より全般的に低か った、②しかし代かき区では圃場ごとのデータのばらつきが大きく、無代かき区と同 等の水質の圃場があった、③排水路での巻き上げによると思われる懸濁物質の発生量 が無代かき 11.6 トン、代かき 11.8 トンあった、④環境会計分析の結果、無代かき栽 培に要する農家の費用負担は 6,985 円/10a であった(松田、2007)。 また、排水負荷の少ない農作業技術の開発という点については次のような成果があ った。①研究者にとっては無代かきが水質改善に有効であるのは予想していたが、代 かき区でも同等の水質の圃場があることがわかり、排水負荷の少ない代かき法へと認 識が広がった、②農業者には経験の少ない無代かき栽培に取り組み、中には予想外の 効果を実感した人もいた、③排水路からの負荷の大きさに気づかされるとともに、圃 場からの流出水による巻き上げ防止のために流出水を受け止める古タイヤを排水路に 沈めたり、水中堤を築いたりするという農業者の知恵を知ることができた、④共同研 究を通じて研究者と農業者が問題解決プロセスを共有したことにより、新たな事実の 発見、認識の共有、相互理解の深化、信頼感の醸成などの効果があった。⑤共同研究 における役割分担は農業者の実践を研究者がデータによって適切に評価・検証すると いうことであり、それが順調に進められれば、一種の PCDA サイクルを回すことになる、 4 【190401】 ⑥研究成果をマニュアル化することによってブロック実験の成果を地域に普及するこ とが可能になる。 ②広域農業コミュニティのためのブロードバンドセンサネットワーク基幹系の構築 本研究は、農業コミュニティにおいて有用なフィールド情報を効率的に収集、流通、 活用する情報通信基盤の構築技術を開発し、実用に供することを目的として進めてき た。具体的には、大潟村の圃場から得られるフィールド情報を収集し、遠隔地(居住 区域)に伝送してリアルタイム利用するためのシステムを試作し、実際に運用して技 術課題の抽出と評価を行った。以下に述べる具体的なソリューションを示すことがで きた。 ① 無線 LAN 技術を用いたフィールド情報収集システム 圃場からの排水量を常時計測するため、居住地域から約 7km 離れた地点に水位計と ビデオカメラを備えた情報ステーションを設置し、その情報を無線伝送するシステム を構築した。本研究の成果をもとに、電源系の見直しや新たなセンサとの組み合わせ を検討することで、農地での様々な情報収集が可能であるとの見通しを得た。また、 そのことを農業従事者にも実際のシステムを通して理解してもらった。 ② 用水路の水位自動計測システム 農業用水の管理主体である大潟村土地改良区から、用水路の水位監視を自動化でき ないかとの要望が出てきた。これまでに最長5kmの用水路に数カ所のセンシングポ イントを置き、Wi-Fi 無線のタンデム伝送によって水位データを収集する方法で、既製 の類似製品の1/2以下のコストで実現可能であることを実験的に確認した。 ③ GPS を利用したフィールド情報収集システム 圃場ごとの転作状況を簡便な GPS 付き携帯端末を用いてチェックし、その結果を地 図上に表示するシステムを試作してその有用性を確認した。 ④ 農業排水の汚濁状況観測システム 圃場でのビデオ監視の応用形態として、幹線排水路出口(南部排水機場)付近で水 質汚濁状況を常時ビデオで監視するシステムについても検討した。技術的には十分実 現可能であるが、カメラの設置場所やコストの点で解決すべき課題が残っており、本 研究の期間内に実現することはできなかった。 ③参加型合意形成支援システムの構築 農業者による地域農業環境の管理・改善を可能にするには、①地域の農業・環境情 報の体系的収集、②農業・環境の実態に関する認識の共有、③営農活動が環境に与え る影響の科学的な評価、④関係者間で対策の協議、⑤地域全体の農業実の改善という 一連の作業が必要になる。その際、種々の地域農業環境情報を視覚化(visualize)す 5 【190401】 ることが有効ではないかと考え、地理情報システム(GIS)を中心に置いてシステムを 構築することにした。 具体的には次のような作業を行った。①地域農業環境情報を視覚化できるシステム を提供するために、佐藤敦らが製作した GIS を利用させてもらい、そこに大潟村役場 が 2006 年に実施した「大潟村環境保全型農業実態調査」(回収率 85%)のデータを入 力し、約 8000 枚の圃場を単位とした大潟村の環境保全型農業の詳細な実態図を得るこ とができた。②またこれ集計することによって、環境保全型農業の実施面積を極めて 精確に把握することができた、③入手可能な既存の農業環境情報として、干拓直後か らの土壌養分の変化、農業用排水路の水質等のデータを視覚化した、④2007 年 5 月か ら 11 月にかけて毎月 1 回、研究者、農業者、行政、JA、土地改良区などから構成され る研究グループを実験的に開催し、上記の画像情報の活用法や環境創造型農業に向け た合意形成について検討した。 視覚化の効果に関しては次の知見が得られた。①一般の農業者は GIS の俯瞰図を見 てもリアルな反応や活用法についての生き生きしたアイディアは生まれにくかった、 ②環境に関心の高い農業者は栽培方法と水質の関係など環境に関して具体的なアイデ ィアを提起した、③研究者や農業指導員等は、自分の問題意識からさまざまなアイデ ィアを提起した、④村全体を映す衛星写真は多くの人の関心を引いた、⑤画像情報と 非画像情報を組み合わせることによって、現実感覚の複層化による気づき、新たな現 実感覚(イメージ)の創出、親近感や想像力の刺激等が期待できる、⑥複数の要因間 の因果関係を分析するには GIS の単純な重ね合わせでは不十分な場合が多い。最後に、 上述のような各種視覚的情報を構造化し、今後の研究に役立てるために「大潟村農業 環境情報サイト」を構築した。 ④水質改善技術の社会経済的評価手法の開発 上述のように、農業排水の負荷を削減する技術を様々な側面から開発・普及する方 法を検討してきたが、これだけでは十分ではない。消費者(都市住民)がこうした技 術で栽培された農産物の価値を理解し、積極的に支援する行動を取る必要がある。し かし、現在の市場的価値判断で評価されるのは、農薬や化学肥料の使用を削減した「有 機農産物」 「特別栽培農産物」だけであり、水質改善技術で栽培した農産物が高い市場 評価を得ることはほとんどない。 そこで本研究では、水質改善技術で栽培した農産物(主として米)の評価を高める ために、①こうした米のブランド化を検討するために実験的にブランド販売を行う、 ②こうした米の社会的機能を評価するために大潟村の環境直接支払い制度を検討する 予定であった。しかし、先行する研究サブグループの遅れと米をめぐる社会情勢の変 化によって、研究計画を変更せざるを得なくなり、2007 年 11 月 23 日に米流通企業と 6 【190401】 消費者団体の関係者を大潟村に招いて、 「農家の環境保全努力をどのように評価・支援 するべきか」という公開研究会を開催した。 この研究会で私が提起したのは次の点である。①これまで環境に配慮した農家の経 営基盤は圧倒的に「慣行価格の上乗せ(加算金)」という高付加価値販売に支えられて きたが、米価暴落のなかでこのアプローチは行き詰まりを見せている、②高付加価値 販売に加えて、行政による環境直接支払い、市民による農業支援のための寄付・投資、 環境をテーマにした地域農業のブランド化(地域環境農業ブランド)の重層的基盤を 構築する必要がある。 (4) 考察:社会システム/社会技術論に対する本研究の含意 ①農業環境分野における社会技術の意味 ②問題-解決型アプローチと協働的研究 ③視覚化による認識共有の効果と課題 ④プログラムマネージャーの役割 3.研究構想 環境負荷を減らし、清浄な自然環境と豊かな生態系を創造する「環境創造型農業」 の推進が日本農業再生のための最重要課題のひとつになっているが、有機農業や環境 保全型農業等の技術は圃場(田畑1枚)単位の個人技術にとどまっており、地域全体 を環境創造型農業に転換するための社会技術・社会システムの研究開発はこれまでほ とんど手つかずであった。 そこで本研究は、秋田県大潟村における環境創造型農業の取り組みを事例として、 農業者による地域農業環境の管理・改善を可能にする社会技術・システム(環境創造 型農業システム)を研究・開発することを目的とする。環境創造型農業システムは「協 働の場システム」「環境管理システム」「技術開発システム」「評価システム」「情報シ ステム」の5つのサブシステムから成るものと考える(図 1)。本研究では大潟村の農 業者との共同研究によって、これらサブシステムを実験的に構築し、それに必要な社 会技術・社会システムの内容を解明する。 7 【190401】 地域環境の漸次的・継続的改善 =環境創造型農業の実現 技術開発システム 情報システム 評価システム 環境管理システム 合意形成支援システム 図1 環境創造型農業を実現するための社会システムの模式図 以上の目的を達成するために次の研究を行った。 ①圃場ブロック実験グループ(図 1 の技術開発システムに対応 代表 金田吉弘・秋 田県立大学生物資源科学部教授)研究実施項目:水質改善技術確立のための圃場ブロ ック実験 ②情報システム研究グループ(同情報システムに対応 代表 行松健一・秋田大学工 学資源学部教授)研究実施項目:環境創造型農業を支える情報システムの構築と評価 ③合意形成支援グループ(同合意形成支援システムと環境管理システムに対応 代表 谷口吉光・秋田県立大学地域共同研究センター教授)研究実施項目:農業者の合意形 成メカニズムの解明、多様な主体が協働できる社会的場の形成条件の解明 ④社会経済的評価グループ(同評価システムに対応 代表 谷口吉光)研究実施項目: 水質改善技術の社会経済的評価手法の開発 8 【190401】 4.研究成果 4.1 水質改善技術確立のための圃場ブロック実験 (圃場ブロック実験グループ) 秋田県立大学 生物資源科学部 金田吉弘 1.八郎潟干拓地の水環境 我が国で第2位の広さを誇っていた八郎潟を干拓した後に残った水面は、八郎潟残存湖 (以下、八郎湖)と呼ばれており、現在では水道原水、農業用水および内水面漁業など多 方面に利用され、八郎潟干拓地および周辺 12 市町村の貴重な淡水資源となっている。そ の面積は、東部承水路と調整池を併せて約 39km 2 、西部承水路は約 6.5km 2 であり、総貯 水量は約 1.1 億 m 3 と試算されている。 図1 八郎潟干拓地の概要 大規模水田農業が営まれている干拓地における水田用水は、周辺堤防 19 カ所の取水口 から取水された後、排水は小排水路、支線排水路および幹線排水路を経て南・北両排水機 場および浜口排水機場から再び八郎湖に排出されている(図1)。このように八郎湖の水は 主として農業用水として循環利用されており、水田排水は八郎湖における大きな汚濁負荷 源の一つになっている。図2に示すように、懸濁物質(以下、SS と表記)、化学的酸素要求 9 【190401】 量(以下、COD と表記)、全窒素(以下、T-N と表記)、全リン(以下、T-P と表記)いず れの項目についても横ばいかやや上昇傾向を示しており、水質環境基準を超えている現状 にある。 図2 八郎湖における水質項目の経年変化 (片野) 10 【190401】 図3には、片野による八郎湖に流入する年間の物質負荷量とその割合を示した。干拓地 から流出する割合は、COD は 41%、T-N は 40%、T-P は 63%と試算され、八郎潟干拓 地では八郎湖の水質環境に負荷を出さない農業のあり方が強く求められている。 20.8 COD 5,399t/年 59.3 18.3 17.9 36.7 窒素 803.2t/年 19.9 リン 155.7t/年 22.2 59.9 45.0 北部機場 周辺河川 南部機場 (数字は%) 図3 八郎湖に流入する年間の物質負荷量とその割合 (片野のデータから作図) 一般に、水稲の一生に必要な灌漑水は ha 当たり 10,000~15,000 t といわれ多量の灌漑 水が必要になる。図4に示すように、特に灌漑水を多く利用するのは代かき時期と田植え 後約 30 日間である。そこで問題になるのは、水田の代かき作業に使われた水は、移植作 業を容易にするために移植直前に水田系外へ強制的に排出されるということである。 代かき作業は、水田における特有の作業であり、耕耘後に湛水してから土を細かく砕土 する作業のことをいう。代かき後の土壌は単粒化して泥状になるため、①移植精度の向上、 ②漏水防止、③除草などの効果がある。代かきは、土壌の団粒構造を破壊し、土壌が単粒 化するが、作業機の大型化に伴って土壌の単粒化はさらに促進されるようになったと言え る。 図4 水田における慣行的な水管理 11 【190401】 図5に示すように、かつて、1950 年代、我が国がまだ畜力に依存していた時代には、作 業能率などの関係から、作土全体を細かくすることは困難であり、作土の表層のみを細か くし下層土には大土塊が存在するような土塊分布が一般的であった。 しかし、機械の大型化や作業機の改良により効率的なロータリ耕が主流になると作土全 体が耕耘・砕土され均一な細かい土塊が全体に分布するようになった。 このことが、1950 年代に比べて現代の代かき作業では泥状化が促進される大きな要因と もいえる。 圧密層 水 図5 耕起方法の違いが土壌に及ぼす影響 12 【190401】 八郎潟干拓地圃場では写真1のように、移植前の強制排水に伴い水田から流出する泥状 化した土(懸濁物質:SS)は、排水路を経由して直接八郎湖に流れ込むことになる。 代かき作業 強制落水の様子 (排水路に大量の 泥がたまる) 田植え作業 写真1 代かき作業と移植直前の強制落水の様子 13 【190401】 この泥水には、窒素、リンなどの肥料成分が吸着した粘土粒子が含まれる。また、八郎 潟干拓地のように1筆が 1.25ha の大規模圃場では、図6のように水田内の流出水による 表層の巻き上げによる泥量も多くなる。 秋田県農林水産技術センター農業試験場大潟農場(農林水産省土壌肥料指定試験地) (以 下、秋田農試と表記)の調査によれば、稲作期間中に水田から排出される T-N 量と SS 量 のうちそれぞれ約 50%、約 80%は、代かき~田植え時期に集中する。 排水ゲート 用水路 排水路へ 代かき後の水田表面 排水流線 図6 代かき水の表面排水にともなう懸濁物の流出機構 八郎湖においても、懸濁物質量は代かきから移植時期にかけて、特に増加することが明 らかにされている(図7)。干拓地水田土壌の 80%(12000ha)は、粘土含量が平均 51% という重粘土壌で占められている。そのため、粘土含量が少ない土壌に比べて、水田の代 かきにより土壌が分散しやすく、微細粒子は SS として排出されやすい特性をもつ。さら に、SS は分解されやすい有機物を含み、八郎湖に沈降・堆積した後に嫌気条件下で分解さ れるため、COD を高め、溶存態の窒素やリンが溶出しアオコ(写真2)が発生するなど富 栄養化をもたらす原因にもなっている。 写真2 アオコ発生の様子(2007) 図7 時期別の懸濁物質(SS)量の変化(佐藤ら) 14 【190401】 2.無代かき栽培法の特徴 表1には、無代かき栽培方法を慣行の代かき栽培と比較して示した。無代かき移植栽培 では耕起後、慣行法のように代かき作業を行わず、表面土壌を砕土した後に灌水し、自然 浸透による表面水の減水後に移植する。そのため、流出量は慣行の代かきに比べ少なく、 落水した場合でも代かきを行わないので水は泥状にならず、泥水の流出はない。 これまで、無代かき栽培は、農家では土壌の地耐力維持や物理性改善、また秋田農試で は水田一筆からの汚濁物質流出の削減効果を明らかにしてきたが、大規模水田群における 効果の実証は本ブロック実験が初めてである。 表1 慣行栽培と無代かき栽培の特徴 慣行栽培 時期 作業内容 使用機械 目的と内容 無代かき栽培 時期 作業内容 使用機械 目的と内容 育苗 3月~4月初旬 元肥散布 4月中旬 (灌水) 耕起 ロータリー ブロードキャスター 肥料・育 追肥2回 苗土混和 育苗 除草 3月~4月初旬 元肥散布 ブロードキャスター 育苗は慣 行栽培と 追肥2回 同じ 5月初旬 代かき ドライブハロー (落水) 5月中旬 5月下旬 6・7月 秋 移植 除草剤散布 追肥 収穫 動力噴霧機 田植機 コンバイン (落水) 5月中旬 5月下旬 6・7月 秋 移植 除草剤散布 追肥 収穫 動力噴霧機 田植機 コンバイン 除草、漏水防止、脱窒防止、均 平など 5月初旬 4月中旬 耕起 均平 砕土 (灌水) 畦畔代かき ドライブハロー プラウ ロータリー レーザーレベラー 土の乾燥、 大きな土 圃場を もっと細 漏水 除草、稲わ 塊を細かく 平らにす かくする 防止 らを埋め込 る する む ・無代かき栽培はプラウによる耕起やレーザーレベラーによる均平などの作業を要する。 ・プラウによる耕起や均平は本田の乾燥が必要であるため、春の天気に左右されやすい ・畦畔代かきは漏水防止のため、圃場の外周のみ代かきを行うことである。 ・漏水を防止するため畦畔代かきを行う農家もいる ・この例は最も一般的に行われているやり方である。レーザーレベラーのない農家はドライブハローで均平を取るなどやり方は多種多様である。 作成:松田 2007.12 15 【190401】 3. 圃場ブロック実験の設計と調査方法 図8に代かき水田群と無代かき水田群の配置図を示した。写真3にはそれぞれの水田群 の田植え直前の様子を示した。また写真4ではこれら水田群の圃場の様子を示す。 無代かき群(30ha) 上流 下流 無 代 か き 水位・ 流速測定 水位・ 流速測定 水位・ 流速測定 用 水 路 中流 小排水路1km 代 か き 代かき群(30ha) 支線排水路 図8 圃場ブロック実験に供試した水田群の配置 代かき区 無代かき区 写真3 代かき水田と無代かき水田の田面の様子 (田植え直前) 16 【190401】 大型機械での代かき 田植え直後の田面(5月末) 有機認証圃場での除草作業 代かき水が出される小排水路 写真4 実験圃場の様子 八郎潟干拓地における圃場は、1km の小排水路の両側に 30ha の水田が配置されるのが 基本である。30ha から流出した汚濁水は小排水路を経て、支線排水路、幹線排水路を経 て南・北両排水機場から八郎湖へ流入する(写真5)。 下流位置 支線排水路 1km 小排水路 上流位置 写真3 小排水路と支線排水路の合流点 写真5 写真4 排水路の全景 写真6 17 【190401】 本ブロック実験では、11 名の農家の協力のも とに、2005~2007 年の3カ年にわたり1km の排水路において、上流、中流、下流(写真 6)および用水路(写真7)の SS、T-N、T-P 濃度を測定した。 また、2006 年には下流で、2007 年には上 流、中流、下流において、水深と流速(写真 8)を測定し、排水量を求め両ブロックにお ける負荷物質排出量を算出した。 図5 用水路の様子 写真7 写真8 写真6 下流地点における水深・流速測定と試料採取の様子 さらに、2006 年と 2007 年には、協力農家 11 名に落水直前の田面水深の測定を依頼し、 同時に田面水を採取してもらい、秋田農試が水質(SS、T-N、T-P)を測定し、1筆圃場 ごとに排出量を算出した。 測定は3カ年とも、用水流入日(4月 24 日頃)から移植最終日(5月 26 日頃)まで毎 日行い、移植後はおおよそ7~10 日おきに収穫時期(9月 25 日頃)まで測定した。 本報告では、用水路へ水が流入した日から田植終了時までを「田植期間」、田植終了時か ら収穫時までを「灌漑期間」と表示した。この際、田面水質には農家の作業内容が大きく影 響すると考えられたことから、秋田県立大学地域計画学研究室では農家に作業日誌の記帳 を依頼し、作業時間と田面水質の関係を明らかにした。 18 【190401】 4.作業方法と田面水の懸濁物質濃度の関係 図9には、無代かき農家と代かき農家の田面水の懸濁物質濃度(SS 濃度)を示した。無 代かき水田における SS 濃度は代かき水田に比べて明らかに低いことがわかる。しかし、 代かき水田の SS 濃度は農家間で大きな違いが認められた。 (田植期) 3750 無代かき 代かき SS濃度(mg/L) 3000 2250 1500 750 0 a b c d e f g h i j k 圃場 図9 無代かきおよび代かき水田の懸濁物質(SS)濃度 (2005年) (田植期) (田植期) 10 4.0 無代かき 無代かき 代かき T-P濃度(mg/L) T-N濃度(mg/L) 代かき 3.2 8 6 4 2 2.4 1.6 0.8 0 0.0 a b c d e f g h i j k a b c 圃場 d e f g h i j 圃場 図10 無代かきおよび代かき水田の全窒素濃度 (2005年) 図11 無代かきおよび代かき水田の全リン濃度 (2005年) 図 10、図 11 には、それぞれ田面水の T-N 濃度、T-P 濃度の分布を示した。T-N、T-P とも SS と同様に、代かき水田に比べて無代かき水田でバラつきが少なく濃度が低い。し かし、代かき水田では、SS と同様に農家間での違いが大きい。 そこで、秋田県立大学地域計画学研究室では農家自身に記入を依頼した作業日誌をもと に、代かき作業に要した延べ時間と各物質濃度との関連を検討した。図 12、13、14 には それぞれ代かき時間と SS、T-N、T-P の関係を示した。 19 【190401】 k SS(mg/l) 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 0 0 2 4 6 8 時間(h) 10 12 14 16 図12 代かきに要した延べ時間と田面水の懸濁物質濃度の関係 (2005年) (地域計画学研究室:鈴木、菅原調査) T-N(mg/l) 10 8 6 4 2 0 0 2 4 6 8 10 12 14 16 時間(h) 図13 代かきに要した延べ時間と田面水の全窒素濃度の関係 (2005年) T-P(mg/l) (地域計画学研究室:鈴木、菅原調査) 4 3.5 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 0 2 4 6 8 10 12 14 16 時間(h) 図14 代かきに要した延べ時間と田面水の全リン濃度の関係 (2005年) (地域計画学研究室:鈴木、菅原調査) この結果、田面水の SS 濃度、T-N 濃度、T-P 濃度いずれも、代かき時間との相関が認 められた。このことから、代かき水田の田面水質が農家間で大きな差がみられたのは、農 家の作業時間の違いが影響しているものと推察された。 20 【190401】 また、図 15 には、懸濁物質濃度と全窒素濃度、図 16 には懸濁物質濃度と全リン濃度の 関係を示した。懸濁物質濃度と全窒素、全リンの間には高い相関が認められ、肥料に由来 する窒素やリンは懸濁物質中の粘土などと結合しながら流出することが示唆された。 相関係数:0.73 6 5 用水路 無代かき 代かき T-N(mg/L) 4 3 2 1 0 0 200 400 600 800 1000 SS(mg/L) 1200 1400 1600 1800 図15 懸濁物質濃度と全窒素濃度の関係(2006年) 相関係数:0.91 2.5 T-P(mg/L) 2.0 1.5 用水路 無代かき 代かき 1.0 0.5 0.0 0 200 400 600 800 1000 SS(mg/L) 1200 1400 1600 1800 図16 懸濁物質濃度と全リン濃度の関係(2006年) 21 【190401】 5.排水路の養分濃度 (1)懸濁物質(SS)濃度 図 17 および図 18 には、2005 年と 2006 年における排水路下流地点における懸濁物質濃 度(SS 濃度)の推移を示した。いずれの年も、SS 濃度は田植期間で高く、それ以降にな ると低く推移している。2つの水田群についてみると、田植期間においては代かき水田群 に比べて無代かき水田群が明らかに低かったが、それ以後は両水田群に明確な違いは認め られなかった。このことから、排水路における SS 濃度は、代かき水田における田植前の 強制落水が大きく影響していることがわかる。 2000 田植期 灌漑期 SS濃度(mg/L) 1600 無代かき 代かき 1200 800 400 0 25 27 29 1 3 5 7 9 4月 11 13 15 17 19 21 5月 23 25 27 6 6月 4 29 7月 12 8・9月 日付 図17 排水路下流の懸濁物質濃度の推移 (2005年) 2500 田植期 灌漑期 SS濃度(mg/L) 2000 1500 無代かき 代かき 1000 500 0 24 26 28 30 4月 2 4 6 8 5月 10 12 14 16 18 日付 22 24 26 15 18 6月 7 7月 8月 図18 排水路下流の懸濁物質濃度の推移 (2006年) 22 【190401】 (2)全窒素(T-N)濃度 図 19 および図 20 には、2005 年と 2006 年における排水路下流地点における全窒素(T-N) 濃度の推移を示した。無代かき水田群では、2006 年の田植期間の数日を除いては、田植期 間とそれ以後の灌漑期間で濃度の大きな違いは見られず、灌漑期間でも高まる場合も認め られた。これは、灌漑期の水温上昇に伴い沈殿泥由来窒素の内部溶出の可能性が考えられ る。一方、代かき水田群では、田植期間に高くなり、その後の灌漑期間は無代かき水田群 とほぼ同じ濃度レベルに低下した。 6.5 田植期 灌漑期 T-N濃度(mg/L) 5.2 無代かき 代かき 3.9 2.6 1.3 0.0 25 27 29 1 3 5 7 9 4月 11 13 15 17 19 21 23 25 5月 27 6 4 6月 7月 29 12 8・9月 日付 図19 排水路下流の全窒素濃度の推移 (2005年) 7.5 田植期 灌漑期 T-N濃度(mg/L) 6.0 無代かき 代かき 4.5 3.0 1.5 0.0 24 26 28 4月 30 2 4 6 8 5月 10 12 14 16 18 22 24 26 15 6月 日付 18 7 7月 8月 図20 排水路下流の全窒素濃度の推移 (2006年) 23 【190401】 (3)全リン(T-P)濃度 図 21 および図 22 には、2005 年と 2006 年における排水路下流地点における全リン(T-P) 濃度の推移を示した。リンも窒素と同様に無代かき水田群では田植期間と灌漑期間ではほ ぼ同様な濃度で推移したのに対して、代かき水田群では田植期間で高くそれ以後に低下す る傾向が認められた。特に、田植期間に極めて高いピークを認める場合があるが、水田郡 内農家圃場からの落水直後の採取の影響と考えられた。 2.5 田植期 灌漑期 T-P濃度(mg/L) 2.0 無代かき 代かき 1.5 1.0 0.5 0.0 25 27 29 1 3 5 7 4月 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 5月 6 6月 4 7月 29 12 8・9月 日付 図21 排水路下流の全リン濃度の推移 (2005年) 5 田植期 灌漑期 T-P濃度(mg/L) 4 無代かき 代かき 3 2 1 0 24 26 28 4月 30 2 4 6 8 5月 10 12 14 日付 16 18 22 24 26 15 6月 18 7 7月 8月 図22 排水路下流の全リン濃度の推移 (2006年) 24 【190401】 (4)全有機炭素(TOC)濃度 図 23 には、全有機炭素(TOC)の推移を示した。TOC は、これまでの SS、T-N、T-P 濃度と異なり、田植期間以後の灌漑期間においても高い濃度を示していた。また、田植期 間は代かき水田群が無代かき水田群に比べて高く推移する傾向にあるものの灌漑期間では 無代かき水田群においても高くなる傾向が認められた。この理由として、灌漑期間の水温 の上昇に伴い排水路の底泥からの溶出が考えられた。 50 田植期 灌漑期 TOC濃度(mg/L) 40 無代かき 代かき 30 20 10 0 24 26 28 30 4月 2 4 6 8 5月 10 12 14 日付 16 18 22 24 26 15 6月 18 7 7月 8月 図23 排水路下流の全有機炭素濃度の推移 (2006年) 25 【190401】 (5)排水路の上流・中流・下流における懸濁物質濃度 図 24 には、無代かき水田群排水路の上流・中流・下流の懸濁物質(SS)濃度を示した。 無代かき水田群では田植期間の中流で高い日も出現するが、場所による差は小さく、田植 期間と灌漑期間の大きな違いは認められなかった。 5000 田植期 灌漑期 SS濃度(mg/L) 4000 上流 中流 下流 3000 2000 1000 0 24 26 28 30 2 4 6 4月 8 10 12 14 16 18 5月 22 24 26 15 18 日付 6月 7 7月 8月 図24 上流・中流・下流の懸濁物質濃度の推移(無代かき水田群:2006年) 図 25 には、代かき水田群排水路の上流・中流・下流の懸濁物質(SS)濃度を示した。 代かき水田群における SS は無代かき水田群とは明らかに異なり、上流>中流>下流の順 に推移する傾向が見られた。これは、上流から下流に移動する SS が増加した排水路水で 希釈されたことや、移動中に沈降することが原因と考えられた。また、上流において 6 月 下旬と 8 月中旬に SS の高いピークが認められたのは、それぞれの時期に中干しと最終落 水によって排水路の底泥が巻き上げられたことが原因と推察された。 5000 田植期 灌漑期 SS濃度(mg/L) 4000 3000 上流 中流 下流 2000 1000 0 24 26 28 30 4月 2 4 6 8 5月 10 12 14 16 18 日付 22 24 26 15 18 6月 7 7月 8月 図25 上流・中流・下流の懸濁物質濃度の推移(代かき水田群:2006年) 26 【190401】 (6)排水路の上流・中流・下流における全窒素濃度 図 26 には、無代かき水田群排水路の上流・中流・下流の全窒素(T-N)濃度を示した。 各地点における全窒素濃度の推移には、一定の傾向は認められず図 27 に示す代かき水田 群より低く推移した。 15 田植期 灌漑期 T-N濃度(mg/L) 12 上流 中流 下流 9 6 3 0 24 26 28 30 2 4 6 4月 8 10 5月 12 14 16 18 22 24 26 15 6月 日付 18 7 7月 8月 図26 上流・中流・下流の全窒素濃度の推移(無代かき水田群:2006年) 一方、図 27 に示した代かき水田群における全窒素濃度は、5月2日から 17 日までの田 植最盛期の期間には下流に比べて上流、中量で高く推移していた。さらに、灌漑期間では 下流に比べて上流で高く推移する傾向が見られ、SS に結合した窒素が上流から下流にかけ て希釈されたことと沈降の影響が考えられた。 15 田植期 灌漑期 T-N濃度(mg/L) 12 上流 中流 下流 9 6 3 0 24 26 28 30 4月 2 4 6 8 5月 10 12 14 日付 16 18 22 24 26 15 6月 18 7 7月 8月 図27 上流・中流・下流の全窒素濃度の推移(代かき水田群:2006年) 27 【190401】 (7)排水路の上流・中流・下流における全リン濃度 図 28 には、無代かき水田群排水路の上流・中流・下流の全リン(T-P)濃度を示した。 リンの濃度は、上流・中量・下流でほぼ同じ濃度で推移していた。また、図 29 に示すよ うに、代かき水田群における全リン濃度は、採取地点により大きく異なる傾向が認められ、 下流に比べて上流、中流で高く推移する傾向にあった。さらに、代かき水田群では灌漑期 においても上流で高くなる傾向が見られ、懸濁物質の沈降に伴い全リン濃度も下流にいく に従い低下することが推察された。 7.5 田植期 灌漑期 T-P濃度(mg/L) 6.0 上流 中流 下流 4.5 3.0 1.5 0.0 24 26 28 30 2 4 6 4月 8 10 12 5月 14 16 18 22 24 26 15 6月 日付 18 7 7月 8月 図28 上流・中流・下流の全リン濃度の推移(無代かき水田群:2006年) 7.5 田植期 灌漑期 T-P濃度(mg/L) 6.0 上流 中流 下流 4.5 3.0 1.5 0.0 24 26 28 4月 30 2 4 6 8 5月 10 12 14 日付 16 18 22 24 26 15 6月 18 7 7月 8月 図29 上流・中流・下流の全リン濃度の推移(代かき水田群:2006年) 28 【190401】 6.排水路からの流出量 2006 年には、下流地点において試料採取時に水深と流速を測定することにより流量を求 め、各項目の分析濃度を乗じて水田群からの排出量を算出した (1)水田群別の排水量 図 30 には、田植期間と灌漑期間における積算排水量を示した。無代かき水田群におけ る排水量は、代かき水田群に比べて田植期間および灌漑期間それぞれ 49%、43%減少した。 代かき水田においては無代かき水田に比較して代かき時の田面水が多く、代かき後の湛水 深も深い傾向が認められたことから、田植期間の排水量が増加したものと考えられた。ま た、灌漑期間は排水路の水深や流速は田植期間に比べると明らかに低下するが、田植期間 に貯まった水が徐々に流出した結果、代かき水田群では排水量が増加したものと推察した。 300000 110000 無代かき 代かき 240000 水量(ton/94days) 水量(ton/33days) 88000 (田植期間) 66000 44000 無代かき 代かき (灌漑期間) 180000 120000 60000 22000 0 0 無代かき 無代かき 代かき 代かき 図30 水田群別の排水量 (2006年) (2)懸濁物質(SS)流出量 図 31 には、無代かき水田群と代かき水田群から排出される懸濁物質量(SS)を示した。 両水田群とも明らかに田植期間の排出量が多かった。また、無代かき水田群の田植期間に 排出される SS は、代かき水田群に比べて 40%減少したものの、灌漑期間においては量的 には少ないが代かき水田よりも増加する傾向が認められた。灌漑期間における懸濁物質は、 中干しや収穫前の排水に伴う沈殿泥の巻き上げも大きな要因と考えられた。 75 灌漑期 田植期 -1 SS負荷量(t・30h ) 60 45 30 15 0 無代かき 代かき 図31 水田群別の懸濁物質排出量 (2006年) 29 【190401】 (3)全窒素(T-N)流出量 図 32 には、無代かき水田群と代かき水田群から排出される全窒素量を示した。両水田 群とも田植期間よりも灌漑期間に排出される量が多かった。無代かき水田群の田植期間お よび灌漑期間に排出される全窒素量は、代かき水田群に比べてそれぞれ 45%、34%減少し た。代かき水田群における灌漑期間の排出量が多かったのは、田植期間に排出された懸濁 物質由来の窒素が代かき水田群で多かったこと、6月以降の水温上昇に伴い沈殿泥からの 窒素溶出が増加したことが原因と考えられた。また、全期間に排出される無代かき水田群 の全窒素量は、代かき水田に比べて 38%減少した。 1000 灌漑期 田植期 -1 T-N負荷量(kg・30h ) 800 600 400 200 0 無代かき 代かき 図32 水田群別の全窒素排出量 (2006年) (4)全リン(T-P)流出量 図 33 には、無代かき水田群と代かき水田群から排出される全リン量を示した。両水田 群とも灌漑期間の排出量は田植期間よりも約 50%増加したが、代かき水田群の灌漑期間排 出量は無代かき水田群の約2倍と多かった。代かき水田群の灌漑期間リン排出量が多かっ た理由としては、窒素と同様に田植期間に排出された懸濁物質由来のリンが無代かき水田 群より多かったこと、6月以降の水温上昇に伴い沈殿泥からのリン溶出が増加したことが 考えられた。また、全期間に排出される無代かき水田群の全リン量は、代かき水田に比べ て 49%減少した。 250 -1 T-P負荷量(kg・30h ) 200 灌漑期 田植期 150 100 50 0 無代かき 代かき 図33 水田群別の全リン排出量 (2006年) 30 【190401】 (5)全有機炭素(TOC)流出量 図 34 には、無代かき水田群と代かき水田群から排出される全有機炭素量を示した。両 水田群とも灌漑期間の排出量は田植期間に比べて約3倍増加した。無代かき水田群の田植 期間排出量および灌漑期間排出量は、代かき水田群に比べてそれぞれ 49%、45%減少した。 また、全期間に排出される無代かき水田群の全有機炭素量は、代かき水田に比べて 46%減 少した。 7500 -1 TOC負荷量(kg・30h ) 6000 灌漑期 田植期 4500 3000 1500 0 無代かき 代かき 図34 水田群別の全有機炭素排出量(2006年) (6)化学的酸素要求量(COD)流出量 図 35 には、無代かき水田群と代かき水田群から排出される COD 量を示した。前述の各 項目と同様に、両水田群とも灌漑期間の排出量は田植期間に比べて約3倍増加した。無代 かき水田群の田植期間排出量および灌漑期間排出量は、代かき水田群に比べてそれぞれ 49%、45%減少した。また、全期間に排出される無代かき水田群の全有機炭素量は、代か き水田に比べて 46%減少した。 10000 COD負荷量(kg・30h -1 ) 8000 灌漑期 田植期 6000 4000 2000 0 無代かき 代かき 図35 水田群別のCOD排出量(2006年) 31 【190401】 7.水田群からの懸濁物質流出に及ぼす排水路の影響 図 36 には、田植期間における水田群別の全圃場からの SS 排出量と排水路を経由した SS 排出量を示した。 圃場からの排出量は、落水直前の田面水深と田面水 SS 測定値をもとに秋田農試が算出 した。各ブロック内の圃場からの SS 流出量の合計は、無代かきブロック 12.7t、代かき ブロック 28.6tであり、いずれも排水路を含めた水田群からの流出量に比べて少なかった。 水田群と圃場から流出した SS 量の差は、無代かきブロック、代かきブロック各 11.6t、 11.8tであり、排水路内に沈澱していた SS 由来と考えられた。 図36 田植期間における圃場と水田群からのSS排出量(2006年) 32 【190401】 8.まとめ 各 30ha の代かき水田群と無代かき水田群からの SS、全窒素、全リン、COD 排出量を 推定した結果、以下の点が明らかになった。 ① 無代かき水田群は代かき水田群に比べて、田植期間の SS、全窒素、全リン、COD 排出量は、それぞれ 40%、45%、50%、50%削減された。 ② 灌漑期間の排出量は、田植期間に比べて SS を除きいずれも増加していた。無代か き水田群の灌漑期間の全窒素、全リン、COD 排出量は、代かき水田群に比べて、そ れぞれ 34%、50%、45%削減された。 ③ 田植期間においては無代かき水田群、代かき水田群でそれぞれ 11.6t、11.8t の排水 路由来 SS 排出量があり、最大で全排出量の 40%程度と試算された。 以上のことから、無代かき水田群における水質保全効果を明らかにすることができたが、 写真9のように排水路内での SS の沈降や落水による底泥の巻き上げが、水田群からの水 質汚濁物質排出量に影響していることが明らかとなり、水質保全に向けて重要な課題であ ることが判明した。 排水路中での沈殿泥巻き上げの様子 写真9 また、地域計画学研究室による農家の聞き取りや農作業日誌などの調査により、無代か き栽培は春先に降雨が多い場合などには砕土作業が遅れることや砕土率が低下し移植精度 に影響すること、除草に対する効果が代かきに比べて劣ること、さらに均平化を図るため にレーザーレベラーなどの新たな農業機械が必要となることから、新規導入農家にとって は取り組みにくい対策技術となっていることが明らかになった。 また、環境社会学研究室との関連研究として、農作業と田面水水質の関係をより精密に 解析するために、 「農作業・田面水質関係分析シート」を圃場一枚ごとに作成した。これは 農作業情報と田面水質という異なる専門分野で収集・解析された情報を、問題解決のため 33 【190401】 に組み合わせたものである。例として、代かき栽培圃場と無代かき栽培圃場のシートを章 末に 1 枚ずつ掲載した(図 37、38) 今後の取り組みとしては、農家が現状の経営の中で取り組みやすい技術から経験を踏ま えて段階的に選択できるような技術提案が必要になる。 図 39 には水田群からの汚濁負荷低減のための段階的対策(案)を示した。重要なことは、 農家の経営の中で確実に実践できるレベルから段階を踏むことである。八郎湖の貴重な水 を利用する農家自らの実践は、八郎湖の水質再生のための大きな役割を果たす。 レベルⅥ ↑ レベルⅤ ↑ レベルⅣ ↑ レベルⅢ ↑ レベルⅡ ↑ レベルⅠ 排水路における沈澱泥の巻き上げ対策 無代かき移植 田植え直前の落水なし 水田ハローによる浅水代かき(水:土 2:8) 代かき時の落水なし 代かき1回 畦畔の漏水対策 図 39 水田群からの汚濁負荷低減のための段階的対策(案) 34 【190401】 農作業・田面水質関係分析シート S36 圃場番号 H15年 作付履歴 日照 代かきの有無 代かき H16年 5/15 5/16 5/17 5/18 5/19 5/20 5/21 5/22 5/23 5/24 5/25 5/26 5/27 5/28 5/29 5/30 5/31 図 37 0 25 9 0 0 0 0 5 0 0 0 3 4 1 0 14 1 2 0 19 4 0 0 6 5 0 0 0 0 7 0 0 0 0 1 1 4 0 0 3 13 0 7 3 0 0 0 0 21 3 0 0 12 0 0 0 0 7 3 0 0 7.5 0 0 3.8 0.8 5.7 9.7 0 6.4 3.4 0.8 0.3 0 9.2 9.8 0.1 4.3 0 0 0.9 1.6 0.9 12.3 0.5 2.4 9.1 0.1 6.2 6.6 3.4 7.7 1 11.3 12.3 0 0 0 8.2 12.9 0.9 5.8 3.4 0 7.7 10.6 12.8 2.5 9.6 1.1 10.5 12.6 6.1 0 0 5.2 5.9 11.1 0 0 0.1 0.1 H17年 減農薬・減化肥 あきたこまち 減農薬・減化肥 あきたこまち 減農薬・減化肥 あきたこまち 平均 降水量 日付 (mm) 時間 風速 (時間) (m/秒) 4/1 4/2 4/3 4/4 4/5 4/6 4/7 4/8 4/9 4/10 4/11 4/12 4/13 4/14 4/15 4/16 4/17 4/18 4/19 4/20 4/21 4/22 4/23 4/24 4/25 4/26 4/27 4/28 4/29 4/30 5/1 5/2 5/3 5/4 5/5 5/6 5/7 5/8 5/9 5/10 5/11 5/12 5/13 5/14 栽培区分 減農薬・減化肥 あきたこまち 2.7 1.9 5.3 2 3.1 4.9 2.1 3 2.5 1.5 3.6 3 2.5 3 2.4 3.6 5.6 1.4 2.3 3.7 2.7 2.5 2 4.9 4.2 4.3 2.5 4.8 1.9 2.4 2.7 2.1 1.3 2.2 3.8 2 3.7 5.4 1.5 1.6 3.7 3 2.5 3.5 面積(ha) 1.15 農作業行程 元肥料散布(ブロードキャスター、トラクタに装着して使用)(マルイノ有機(鶏糞、一番安い 土が30~40%出ているくらい に水を入れる 耕起、水入れ 代かきは①まず外周2回・② 次に内側をかける 荒代かき ゴミを浮かさないように、水 は少なめに入れる だんだん土が固まっていく。 わざと一週間置いて、草を生 やしてから代かきをする。ス ズメノテッポウをおさえる。 代かき、ゴミ上げ 代かき手直し 採水 水深 (cm) 6.0 3.4 田植え 1.3 除草剤散布 1.5 1.3 1.7 2.3 1.8 補植 3.2 4.4 2.1 2 1.2 3.5 4.4 2 3.1 2.8 pH 7.61 EC (dS/m) 0.213 SS (mg/L) 71 農作業・田面水質関係分析シート 35 TOC T-N(mg/L) T-P(mg/L) (mg/L) 8.8 1.98 0.19 代かき区圃場15枚中の順位 SS:1位、T-N:1位、T-P:2位 (???データミスかも?) (代かき圃場の一例) 【190401】 農作業・田面水質関係分析シート M1 圃場番号 作付履歴 日付 日照 降水量 時間 (mm) (時間) 3/27 0 0 0 0 1 1 4 0 0 3 13 0 7 3 0 0 0 0 7.7 1 11.3 12.3 0 0 0 8.2 12.9 0.9 5.8 3.4 0 7.7 10.6 12.8 2.5 9.6 5/19 21 1.1 図 38 平均 風速 (m/秒) H16年 一回目のプラウを3月中に終 えておくと土が乾いてよい。 レベラーまでの期間が1ヶ月 くらいあくようにするとよい。 農作業行程 1回目プラウ(クローラー型トラクター、プラウ) 5/1 5/2 5/3 5/4 5/5 5/6 5/7 5/8 5/9 5/10 5/11 5/12 5/13 5/14 5/15 5/16 5/17 5/18 5/20 5/21 5/22 5/23 5/24 5/25 5/26 5/27 5/28 5/29 5/30 5/31 無代かき 栽培区分 減農薬・減化肥 あきたこまち H17年 面積(ha) 減農薬・減化肥 あきたこまち 減農薬・減化肥 あきたこまち 減農薬・減化肥 あきたこまち 2.32 代かきの有無 H15年 3 0 0 12 0 0 0 0 7 3 0 0 10.5 12.6 6.1 0 0 5.2 5.9 11.1 0 0 0.1 0.1 2.7 2.1 1.3 2.2 3.8 2 3.7 5.4 1.5 レベラー 1.6 レベラー、元肥散布(ソーケン土100袋、ソーケンちから330袋、放線有機60袋)、砕土 3.7 3 2.5 3.5 水入れ 3.4 1.3 1.5 1.3 畦に沿って代かきして回った(ドライブハロー)その後、田植え(あきたこまち600箱、ペー 1.7 スト肥料15k/10アール 水深 EC SS TOC T-N T-P pH (cm) (dS/m) (mg/L) (mg/L) (mg/L) (mg/L) 13.0 2.70 0.24 2.1 7.38 0.201 41 2.3 1.8 3.2 4.4 2.1 2 1.2 3.5 除草剤散布(イノバー) 4.4 2 3.1 2.8 農作業・田面水質関係分析シート 36 田んぼ内の傾斜はつけな い。また、天気のよい年に しっかりレベラーをかけておく ようにしている。 今年、この田んぼは肥料の 試験田としていたため、有機 肥料をいろいろ入れてみた。 砕土率悪く、植え付けも悪い 田植え直前の田面水を採取、 落水せず 無代かき区圃場14枚中の 順位 SS:6位、T-N:7位、T-P:7位 (無代かき圃場の一例) 【190401】 <圃場ブロック実験グループ担当者(敬称略)> ○秋田県立大学 土壌環境学研究室 教授 金田吉弘(とりまとめ責任者) JST 研究補助員 岡田 綾 (試料採取・分析・データ整理) 准教授 佐藤 孝(試料採取・分析指導) 院生 松田英樹(農家調査・試料採取) ○秋田県農林水産技術センター農業試験場大潟農場(秋田農試) 主任研究員 原田久富美(現、農林水産省) (田面水質調査まとめ) 主任研究員 ○秋田県立大学 渋谷 岳 (田面水質調査まとめ) 環境社会学研究室 教授 谷口吉光(農家意向調査まとめ、農作業・田 面水質関係分析シート) ○秋田県立大学 JST 研究補助員 楡井寿枝(農家調査・試料採取) JST 研究補助員 佐藤順子(農家調査・試料採取) 地域計画学研究室 教授 佐藤 了(農家調査まとめ) 准教授 中村勝則(農家調査とりまとめ) 学生 鈴木 学生 菅原大和(農家調査) 彰(農家調査) ○協力農家(11人) 伊藤一孝、川崎節男、北村賢造、後藤幸三、佐藤誠、富樫春吉、三好昌紘、三浦重信、 宮野武義、森田悟朗、米谷雄人 ○大潟村役場 ○JA 大潟村 ○大潟村水土里ネット(大潟土地改良区) 37 【190401】 4 .2 広域農業コミュニティのためのブロードバンドセンサネットワーク 基幹系の構築(情報システム研究グループ) 秋田大学 工学資源学部 情報工学科 行松健一 (1)研 究 開 発 目 標 本研究グループの目的は、環境管理の手法を農業分野に適用する「環境創造型 農業」を実現する上で必要となる情報システムを、工学的見地から研究開発する ことにある。 (2)研 究 実 施 内 容 及 び 成 果 1. は じ め に 本 研 究 で は 、第 一 段 階 と し て 情 報 シ ス テ ム の 開 発( 平 成 17年 度 ~ 平 成 18年 度 )、 そして第二段階として、構築したシステムの動作実験を行い、その際に農家や大 潟村関係者にも利用してもらい、そこからニーズの発掘およびそのニーズに対応 し た 拡 張 を 行 っ た ( 平 成 19年 度 ) 。 以 下 、 2で は 第 一 段 階 の シ ス テ ム 開 発 に 関 し て 検 討 か ら 評 価 ま で 示 し 、3で は 第 二 段 階 と し て シ ス テ ム の 拡 張 を 含 め た 最 近 の 検 討 について示す。 2. 独 立 電 源 と 無 線 LAN技 術 を 用 い た 広 域 農 地 で の 情 報 ネ ッ ト ワ ー ク 構 築 に 関 す る 検討 本章では、秋田県大潟村を適用対象と想定した農業支援のための情報ネットワーク 構築に関する検討結果を述べる。ここでの目標は、リアルタイムビデオ信号も伝送し 得る 10Mbps オーダの通信ネットワークであり、現状では電力供給手段のない圃場全体 をいかに安価にカバーするかが、最大の研究課題である。具体的には、IEEE 802.11b/g 規格の公衆無線 LAN 用機器と小型風力/太陽光発電システムを用いた系を考え、現地 での気象条件や地理的条件を考慮したシステム設計法を検討した。さらに、検討結果 の妥当性を検証するため、実験システムを大潟村に構築し、実機による動作実験を行 った。技術的には、IEEE802.11b/g 規格の機器を用いて通信速度 10Mbps 以上での長距 離無線伝送を達成することが最も大きな課題であったが、3 区間構成のマルチホップ無 線伝送によって、排水路の水位を測定するための水位計と監視用ビデオカメラの情報 を、約 8km 離れたサーバに正常に伝送できることを確認した。また、本章の内容に関 しては、農業情報学会論文誌「農業情報研究」に論文として発表済みである。 38 【190401】 2.1 はじめに:ネットワーク設計の観点から 近年、農業や畜産業の分野でも最先端の情報通信技術が様々な領域で活用されてい る。たとえば、温度や日照時間を測定するセンサや監視用のビデオカメラを農場や牧 場に配置し、ネットワークを介してその情報を遠隔地に伝送することで、作物や家畜 の生育管理や外部侵入者の監視などに役立てようとする試みである[1]。必要な情報を 自動的に常時監視・収集することができれば、様々な変化に即応できるだけでなく、 省力化によって生産効率も大幅に向上することが期待できる。 情報通信技術の急速な進歩によって、こうしたシステムを構築するための製品 や要素技術は多様な選択肢が用意されているが、実際にこれらを農業や畜産業の 分野に導入する場合、都市部のオフィスや一般家庭を対象とする場合とはかなり 環境条件が異なっており、最適なシステムを構築するには独自のアーキテクチャ を考える必要がある。その一つが必要な電源をいかに確保するかという問題であ る 。 通 常 、 第 2次 産 業 や 第 3次 産 業 が 行 わ れ る 場 や 、 住 居 と い っ た 生 活 拠 点 に は 必 ず商用の電力線が張り巡らされており、通信機器やビデオカメラ等も含めたセン サを動作させるための電気エネルギーを確保するのは容易である。しかし、農業 を は じ め と す る 第 1次 産 業 の 生 産 現 場 で は 、商 用 電 力 の 供 給 は 必 ず し も 必 須 で は な い。したがって、こうした環境の中でエレクトロニクスをベースとする各種の機 器を動作させるには、専用の電源を用意する必要があり、それが機器の設置形態 やコストに大きな制約条件を与えることになる。この課題に対して、必要な電力 をできるだけ安価にかつ安定的に供給する方法の検討が必要と考えられる。本研 究では、風力と太陽光による発電方式の有効性と問題点を検討している。 これまでの研究例として、太陽光発電と蓄電池を使用した構成[2]や太陽光発電と風 力発電と使用した構成[3]が検討され、その有用性や実現性が報告されている。我々は、 検討の第一段階として、比較的安価に入手可能な民生用の風力・太陽光ハイブリッド 発電機を取り上げ、大潟村という地域独特の気象条件に対する適用可能性と無線 LAN 機器との整合性を検討した。また、広域性を考慮したシステム設計法の確立も必要で ある。すなわち、本研究のもう一つの大きな技術課題である対象エリアの広さに関係 するものである。 情報通信ネットワークのいわゆるラストワンマイルを経済的かつフレキシブルに実 現する方法として、携帯電話や無線 LAN など、無線方式が広く用いられるようになっ たが、その電波到達範囲は使用する電波の周波数帯や供給電力、通信速度、アンテナ の大きさなどに大きく依存する。携帯電話の場合は、一つの送信アンテナで半径数 km をカバーするが、使用できる帯域、従って通信速度はたかだか数百 Kbps であり、動画 となると、現在携帯電話で使われている QVGA サイズ(320×240)で 15fps の映像転送が 限界と考えられる。また、商用の携帯電話ネットワークが日本全国をあまねくカバー 39 【190401】 しているわけではない。一方、IEEE802.11b/g 規格の無線 LAN は、数千円から数万円の コストで数十 Mbps のリンクを構築できるが、安価な一般家庭/オフィス用機器では電 波到達範囲が高々数百 m であり、大潟村のような広域農地(農家の居住地域から最も 遠い圃場までは 10km 以上の距離があり)に適用するには限界がある。無線 LAN の技術 を農業用に適用する試みは、深津・平藤らが開発したフィールドサーバ[1]などで行わ れているが、フィールドサーバ 1 台の通信距離が数百 m であり、通信速度は数 Mbps で ある。通信距離については、専用の指向性アンテナを使用することで数 km まで通信可 能との予測はあるものの、実際には行われていないのが現状である。そこで、我々は 商用サービスとして提供されている公衆無線 LAN のアクセスポイント間接続用に開発 された無線規格 IEEE802.11b/g 使用機器を利用して、通信距離と通信速度の性能を向 上させる方法を試みることにした。指向性アンテナを含む無線機器のコストは一桁程 度高くなるが、通信距離 10km 以上、通信速度 10Mbps 以上の通信リンクを実際に構築 することができれば、大潟村などの広域農地に十分適用できると考えている。なお、 通信速度 10Mbps 以上という目標は、現在道路や空港などで利用されている監視用ビデ オカメラ(VGA サイズ(640×480)、30fps)を複数台農地に設置し、常時遠隔監視でき るようにするためである。 本報告では、上記の 2 つの技術課題、すなわち、①効率的な電気エネルギーの確保 と、②10Mbps 以上の通信速度で 10km 以上の伝送が可能な無線伝送方式の実現について、 これまでに検討した内容と大潟村に構築した一次試作システムの実験結果を報告する。 また、実験結果をもとに、大潟村のような広域農地に通信ネットワークを構築するた めの技術指針について考察した結果を述べる。 10km 2.2 大潟村と環境創造型農業 技術的な内容を述べる前に、対象とす る秋田県大潟村の現況と、そこで進めら 総合中心地 れている環境創造型農業について簡単に 述べる。大潟村は図 1 に示すように、東 20km 西約 10km、南北約 20km の広大なエリア であり、その大部分は稲作を中心にする 農地である。約 500 世帯の農家は総合中 心地と呼ばれるエリアに集約的に居住し ており、行政機関や農協、学校などもす 図1 べてそのエリア内にある。居住地区には 大潟村 電気、ガスは言うに及ばず、ブロードバンドネットワーク環境(例えば NTT の B フレ ッツ)も提供されているが、農業生産現場である広大な圃場では、ごく一部の電力線 40 【190401】 と電話線を除くと通信・電力設備は全くなく、携帯電話が唯一の通信手段である。 大潟村は今から約 40 年前に干拓によって新たに生まれた農地であり、全国からの入 植者が機械化された大規模農業を行っている。多くの農家が減農薬農法や無代掻き農 法などを積極的に取り入れ、環境との調和を図りつつ、効率的な農業経営を行ってき ている[4、5]。しかし、その取り組みはまだ十分とは言い難い。特に大きな課題は、 上記のような取り組みが農家単位に個別に行われており、コミュニティとしての連携 がまだ十分には行われていないという点である。また、様々な取り組みの結果をデー タに基づいて定量的に評価し、それをもとに次の新たなアクションを起こすというサ イクルがまだ確立していない。こうした課題を克服するための取り組みが、 「環境創造 型農業」[6、7]である。著者らは、秋田県立大学と連携して、環境創造型農業を実現 する社会システムを研究するプロジェクトを作り、環境創造型農業を支援する情報ネ ットワークの構築に関わる検討を進めている。 環境創造型農業を実現する上で、全圃場をカバーするブロードバンドネットワーク がなぜ必要なのかを簡単に述べる。まず、多数の大規模農家からなる農業コミュニテ ィでの円滑な生産活動と新しいアクションプランの実施には、正確な情報の収集と共 有が不可欠であるということである。特に大潟村のような広大な農地を持つコミュニ ティにおいては、生産現場である圃場が住居から数 km 以上離れており、人がその状況 を常に把握しようとすると、多くの負担がかかることになる。そこで、圃場の状況を 常時監視し、その情報をリアルタイムで伝達する手段があれば、生産性の向上に大き く寄与できると考えられる。圃場から収集する情報としては、温度などのセンサ情報 だけでなく、広大な農地の状況を視覚的にとらえることのできるリアルタイム動画情 報も有用である。また、単に圃場の情報を一方的に収集するだけでなく、圃場での生 産活動に従事している人々が、必要に応じて即座にネットワークを介した情報交換が 行えるような環境を整えることは、今後の農業では不可欠と考えられる。現に、大潟 村では多くの農家が携帯電話を常時携帯し利用している。より高性能な小型情報端末 とそれらをネットワーク接続できるブロードバンド無線ネットワークがあれば、動画 像を含む情報交換や圃場での情報検索なども容易におこなえるようになり、農業コミ ュニティのメンバーが常に連携して、正確な情報にもとづくより効率的な生産活動が 達成できる。こうした環境をいかに低コストで実現するかが、本研究の主要な目標で ある。 農業コミュニティへ情報ネットワークを導入するにあたって、大きな課題がもう一 つある。それは、実際に生産活動を行っている農家に情報ネットワークの有用性を認 識してもらい、多少のコスト負担があってもそれを導入しようと考えてもらえるかど うかという問題である。前にも述べたように、産業の情報化という点で、農業などの 第 1 次産業と第 2 次、第 3 次産業とは大きな隔たりが存在する。すなわち、情報化は 41 【190401】 農業活動にとって必須ではなく、また個人経営が大部分を占める農家にとっては、情 報化のための新たなコスト負担は容易には受け入れがたい。幸い、我々が対象として いる大潟村は、すでにブロードバンドネットワークへの加入率も高く、パソコンなど を活用した意欲的な農業経営を行っている。したがって、情報通信技術に対する関心 は相対的に高く、安価で便利な通信サービスが提供されれば、それを積極的に活用し ていこうという潜在ニーズは十分にあると考えられる。 2.3 環境創造型農業を支援する情報通信システム これまでに述べたことをもとに、我々が目標としている農業支援情報通信システム の実現イメージを描くと、図 2 のようになる。圃場には各種のセンサやビデオカメラ を配置し、無線技術を基本とする通信ネットワークを介して、大潟村の域内ならどこ からでもそれらの情報にリアルタイムでアクセスできるようにする。 また、農業機械に搭載した情報端末や農業従事者の携帯端末を用いて、いつどこにい ても双方向のリアルタイム通信(VGA サイズ(640×480)でフレームレートが 15~30fps、 伝送レートが数 Mbps 程度の高画質テレビ電話など)が行えるようにする。このネット ワークは、インターネットを介して外部ともつながり、流通業者や消費者との間で情 報交換が可能となる。その際には、RFID 技術を使った ID タグなどを併用することも考 えたい。さらに、このシステムは、通信機能だけでなく、収集した情報を有効に活用 するためのデータ処理機能やデータベース機能、データを地図情報にマッピングして 表示する機能などを併せ持ち、トータルとして農業活動を支援するものにしたいと考 えている。図 2 のシステムを実現するにあたっての主要な技術課題を、表 1 に示す。 気象情報など 0145-896 AAAAA 2359-224 BBBBB RFIDタグ 衛星リンク ライブカメラ 無線LAN 0145-896 AAAAA 2359-224 BBBBB 無線通信端末 光ファイバ網 多数のパソコンを 活用したグリッド・ コンピューティング 農業情報 ネットワーク 生態系 温湿度センサ RFIDタグ 水質センサ RFIDタグのついた 農産物等の流れ 市況情報など 0145-896 AAAAA 2359-224 BBBBB インターネット 0145-896 AAAAA 2359-224 BBBBB GISを利用した情報表示 情報化物流システム 図2 農業支援情報通信システムの構成イメージ 42 【190401】 表1 農業支援情報通信システムの主要技術課題 技術項目 研究のねらい 検討課題 ワイヤレス・センサによる リアルタイム情報収集技術 • 農耕地等において温湿度、 水質などを多地点で常時監 視し、その情報をリアルタイ ムで収集する • 厳しい環境条件下で、低電 力稼働できる高性能センサ • 半径10km以上のエリアを カバーする無線LAN 分散型情報入出力・蓄積 ・処理技術 • 農家に配備されたパソコン の情報入出力機能や処理 能力を活用し、協同体として 必要な機能や処理能力を低 コストで実現する • 分散処理用オペレーティン グシステム • 多様な入出力インタフェー スを正規化するミドルウェア 地理情報をベースとした 多次元情報表示技術 • 空間的、時間的に分布する 多種多様な情報を有機的に 連結して表示し、有効な判 断材料を提供する • 地図情報管理システム (GIS)とアプリケーションとの 効率的な連携 • データベースの構成と配置 RFIDタグを用いた 個別情報記録・更新・ 流通管理技術 • 生産から最終消費までのあ らゆる情報を記録し、生産者 と消費者の両方に有用なト レーシング・システムを実現 する • 農産物へ直接添付可能な RFIDタグと情報入出力方法 • RFID技術の生態系調査へ の適用 図 2 に示すようなシステムの実現へ向けた第一段階として、圃場に設置した水位セ ンサの測定データとビデオカメラの映像を約 8km 離れた地点に設置したサーバに転送 するシステムを試作し、その動作と性能を評価することにした。水位センサは、前述 の「環境創造型農業を実現する社会システムの研究開発プロジェクト」の一環として 進めている無代かき農法による農業排水汚濁軽減効果を評価するプロジェクトで使用 するもので、排水路の水位を常時測定することで、農業排水の排出量を長期間にわた って計測することを目的としている。また、ビデオカメラは遠隔で方向やパン、ズー ムをコントロールでき、約 330 度の範囲にわたって圃場の様子をリアルタイムに監視 することができるものである。 農業情報収集システムの電源確保法の検討 圃場に配置された機器に電力を供給する方法には、a.電力線による給電、b.自然エ ネルギーである水力、風力、太陽光などを利用した発電、c.ディーゼル発電や燃料電 池のような燃料を用いた発電、d.電池の利用などが考えられる。このうち、a は新たに 電力線を敷設しなければならず、そのためのコスト負担が大きい、c、d は燃料の補給 や電池の交換が必要、という問題があり、今回は b の方法をとることにした。水力に 関しては圃場の用排水を利用することが考えられるが、本来農業用の重要設備であり、 改造等によって農業そのものに影響を与える恐れがあること、発電に必要な流量がど こででも確保できるとは限らず、流量の季節変動も大きいため、今回は検討対象から 除外した。それに対して、風力発電と太陽光発電は発電機の設置場所さえ確保できれ ば、農業への影響が軽微でかつ比較的安定して電力が得られること、家庭用の比較的 安価な製品でもある程度の発電能力があることから、今回はこの方式を検討すること にした。ここでは、一般家庭用として市販されている風力と太陽光発電両方を用いた 43 【190401】 ハイブリッド発電機を用いて、大潟村の気象統計データ(気象庁ホームページ)から 発電量を推定した。併せて気象条件から発電量が得られない期間があることを述べ、 バッテリ併用による効果を検討した。 風力及び太陽光による発電量 風力エネルギーP(W)の理論値は、次式のように風速の三乗に比例する[8]。 P= 1 ρAV 3 2 ここで、ρ(kg/m 3 )は空気密度、A(m 2 )は受風面積、V(m/s)は風速である。本研究で使用 する風力発電機(ゼファー社製 Z-500XP)の発電能力については、製品ホームページに 風速がそれぞれ 4、 5.5 、6 、8 、10 、12.5 (m/s)の場合の目安値[9]が与えられて いる。またこの他に機器固有のカットイン動作およびカットアウト動作を考慮した。 すなわち 2.5m/s 以下では発電電力は 0W、12.5m/s 以上では 450W( 一定値)としている。 他の風速での参照値を得るため、カットインとカットアウトの間の区間において、 3 次のスプライン関数による補間を行い、参照値を求め、目安値とともに図 3 に示した。 風力発電機の発電電力は、時間毎の風速[10]を用いて求めた。風速と発電電力の関 係は非線形であるため、1日の平均値よりも瞬時値を使用するのが望ましい。このデ ータは 10 分毎に更新・公開されるものであるが、過去の統計値として参照できるのは 時間毎の風速なのでこれを利用した。 500 カットイン風速:2.5m/s 最大発電能力:450W(風速12.5m/s) 発電電力(W) 400 300 200 100 目安値 3次スプライン補間 0 2 4 6 8 10 12 風速(m/s) 図3 風速と発電量の関係 一般に、発電能力は装置の大きさに依存し、大きいものほど発電能力は高いが、最 近の機器は小型でも高い発電能力が得られるようになってきている[11]。今回使用す 44 【190401】 る装置は、一般家庭用を想定したプロペラのブレード直径 117cm の比較的小型のもの であるが、以下に述べるように、無線機器を動作させるには十分な発電能力を持って おり、導入の容易さや経済性を重視して、この機種を採用することにした。 太陽光発電による発電量は時間毎の日射強度・角度、温度条件、発電効率等で決ま る[12]が、概算値であれば日照時間だけで算出可能である。風力発電と同様、大潟村 の気象データから各日の 1 時間毎の日照時間を参照した。また日照時間と発電量の関 係は、風力と同様に製品(ゼファー社製 SM128H)のホームページに提示してあるデータ [9]を参考にし、気象庁のホームページから各都市の年間日照時間(2005 年)を利用し て求めた。参考としたデータを図 4 に示す。 200 年間発電量(kWh) 180 札幌 160 新潟 神戸 東京 熊本 140 120 0.08(kWh/h) 大潟村 100 80 1000 1200 1400 1600 1800 2000 2200 日照時間(h) 図4 日照時間と発電量の関係 発電量は日照時間に概ね比例するとし、発電効率を表す比例係数には図中の最悪値(熊 本)を参考に 0.08(kWh/h)を用いることとした。また図中に大潟村の日照時間をプロッ トした。年間(あるいは 1 日)発電量の目安についてはこのグラフから得ることがで きる。 また、使用した太陽光発電のパネルは、寸法 803(W)×1,248(L)×46(D)mm の多結晶 シリコンを用いたモジュールである(表 5(後出)参照)。 2.4.2 発電量の年間変動 風力及び太陽光による発電量の項目で触れた機器を使用することを想定して、上記 の方法で、2005 年 1 月 1 日~2005 年 12 月 31 日の気象データをもとに年間の発電量の 変動を見積もった。その結果を図 5 に示す。ここで圃場には太陽光発電のパネルを 2 枚使用しているため太陽光発電量を 2 倍してある。 1日 あ た り の 発 電 電 力 量 の 平 均 値 は 風 力 が 339Wh、 太 陽 光 が 581Whで あ り 、 合 計 は 920Whで あ る 。 一 方 、 北 東 北 の 日 本 海 沿 岸 と い う 地 理 的 条 件 か ら 、 風 力 発 電 電 力 、 45 【190401】 太 陽 光 発 電 電 力 と も 0の 日 が 存 在 す る 。 ま た 農 繁 期 と そ れ 以 外 の 期 間 で は 、 風 力 発 電と太陽光発電の大小が逆転する。もちろん用いている装置の規模にも依存する 量であるが、冬季に風の強いこの地域の特徴を表している。また風力発電、太陽 光発電を併用することで互いの特性を補い、期間の区別なく使用可能なシステム 構成の可能性を示している 4000 風力 農繁期 3000 2000 予想発電量(W) 1000 0 4000 太陽光 3000 2000 1000 0 4000 風力+太陽光 3000 2000 1000 0 2005/1/1 2005/4/1 図5 2.4.3 時間経過(日) 2005/10/31 2005/12/31 風力および太陽光発電量の見込み 使用可能電力量とバッテリ容量 発電量の年間変動の項目から得られた結果から、平均では1日あたり 900Wh 以上の 電力消費が可能である。とはいえ発電電力が 0 となる日もあるように、風力や太陽光 によって発電される電力量は短時間にも大きく変動する。そこでいったんバッテリに 蓄電し、そこから電力を必要とする機器に供給することにより変動の影響を軽減する 手法が考えられる。このバッテリの容量とその効果を見積もることとした。ここでは、 算出した 1 日あたりの発電電力量を連続する数日間で平均値を求める。例えば、4 月 1 日から 10 月 31 日までの期間において、平均化日数が 6 日間であれば、4 月 1 日~4 月 6 日までの発電電力量の平均値を求め、その次に 1 日ずらして再度発電電力量を求める という処理を 10 月 25 日~10 月 31 日まで繰り返す。求めた平均値の中から、最小発電 電力量を使用し、利用可能電力量と必要バッテリ容量を見積もった。大潟村について、 平均値を算出する日数と1日当たりの平均発電電力量の最小値の関係を求めると、図 6 のようになる。図では風力発電電力量と太陽光発電電力量、その合計電力量を示し、 ここでは 4 月 1 日から 10 月 31 日の農繁期とそれ以外を分けた。図 6 の農繁期の 46 【190401】 データにおいて、平均化日数が 8 日では、風力による最小発電電力量は約 8Wh、太陽光 による最小発電電力量は約 190Wh である。しかしながら、総発電量の最小発電電力量 は約 340Wh である。このことから、風力発電と太陽光発電を組み合わせた相乗効果に より、連続平均化日数では、単純にそれぞれの最小発電電力量を加算するよりも大き な発電電力量が得られることがわかる。農繁期外においても、風力発電の比率が大き くなるものの、同様の相乗効果が見られ、農繁期外での使用も可能となる。図 6 にお いて、たとえば 10Wの機器を 24 時間使う際に必要な 1 日あたりの電力量は 240(Wh/ 日)である。この場合、農繁期では最小発電電力量と総発電電力量の交点に対応する 平均化日数は約 6 日である。従って最悪値に備えるためには 1,440(Wh)のバッテリ容量 が必要となる。 600 平均化日数×発電電力=バッテリー容量(2520Wh) 総発電量(農繁期) 最小発電電力量(Wh) 500 総発電量(農繁期外) 農繁期 2005/4/1~10/31 農繁期外 2005/1/1~3/31 2005/11/1~12/31 400 300 太陽光(農繁期) 200 風力(農繁期外) 100 太陽光(農繁期外) 風力(農繁期) 0 0 2 4 6 8 平均化日数(日) 10 12 14 図6 連続平均化日数と最小発電電力 2.4.4 ネットワーク構成と消費電力 ネットワーク構成については、サーバとセンサ地点間に無線の中継地点を設けた多 段接続の構成であるため、中継点への電力供給とセンサ設置地点への電力供給への要 求条件が異なる。 中継点には、中継する両側の区間用にそれぞれ無線装置が設置してある。中継地点 間に使用した JRL-710SU の消費電力は 10W、中継地点とサーバもしくは計測地点間に用 いた JRL-710ALS の消費電力は 7W、合計 17W の電力消費である。これらの無線装置は日 本無線社製、また消費電力は仕様値を参照している。 計測地点には、無線装置とセンサ装置が設置してある。中継地点と接続する無線装 置の消費電力は 7W、またセンサの消費電力は IP カメラが 16W、水位センサが 1W であ り、合計で 24W である。 47 【190401】 発電量の年間変動の項目で見積もった発電機器は、最も消費電力の大きい計測地点 に使用している。ここではまずこの地点での発電量の見込み、必要バッテリ容量の目 安を示す。その後、使用した本機器に標準装備のバッテリを用いた場合の適用性につ いて検討する。 計測地点の 24W の機器を 24 時間フル稼働するためには、1日あたり 576Wh の電力が 必要である。この日数は図 6 からこの電力を平均的に確保するには 14 日以上、実際に は 28 日以上(農繁期)の平均化が必要である。従って 16,128Wh 分、例えば定格容量 1,344 Ah、定格電圧 12V のバッテリが必要となる。 実際には機器標準搭載のものとして、ここには定格容量 210Ah、定格電圧 12V のバッ テリを使用している。フル充電時 2,520Wh の電力を供給でき、フル充電後であれば約 4.4 日間連続して発電量がなくても電力供給可能な容量である。この場合に使用可能な 1 日あたりの消費電力は次のように見積もることができる。まず、図 6 中に平均化日数 ×発電電力=2,520Wh のグラフを描く。次にこのグラフと総電力量のグラフの交点を求 める。その縦軸を見ると約 300Wh であることがわかる。これが 1 日に消費可能な電力 である。総発電電力が日数×消費電力と一致するため、バッテリが徐々に減少するこ とはない。参考までに1日当たりの消費電力が 300Wh の機器を使用すると、フル充電 後、バッテリだけで約 8.4 日間の給電が可能な値である。 この電力は、24 時間連続動作時の消費電力 576Wh の約 52%である。従って例えば 1 日の 2 分の 1、つまり 12 時間程度の使用には耐えることになる。実際、カメラを動作 するのが日中(半日)であること、カメラの定格消費電力にはズームや回転などの制御 時の最大値であること、からほぼ充分なバッテリ量と考えられる。 2 箇所の中継地点については、計測地点より消費電力が小さいことと、中継地点は計 測地点より経済的な駆動方式が可能ではないかとの見込みから、計測地点より小規模 の発電機およびバッテリを使用している(表 3、表 4 (後出)参照)。 2.5 無線 LAN 技術を用いたブロードバンド広域ネットワーク構成法の検討 大潟村のように、既設の通信設備や電力設備がほとんどない環境で数 km 以上の情報 伝送をするには、ケーブルの敷設が不要な無線通信方式が経済性、導入容易性の点で 優れているといえる。特に、無線 LAN の普及によって民生品の価格が大幅に低下し、 かつ関連製品の入手が容易な IEEE802.11b/g 方式が適用できれば、大きなコスト負担 なしに農地での情報ネットワーク構築が期待できる。そこで、数 km から数十 km の伝 送距離を想定して、IEEE802.11b/g 方式によるシステム設計を試みた。 48 【190401】 2.5.1 指向性通信とマルチホップ方式 一般に、IEEE802.11b/g 方式の機器を用いた無線 LAN システムでは、無指向性のアン テナを用いて広範囲から自由にアクセスできるようにするが、その場合、通信可能距 離は高々数百 m である。したがって、本検討で想定しているような数 km~数十 km の距 離の伝送を実現するには、アクセスポイントを数十台用いたマルチホップ接続をする が必要となる。しかし、民生用機器ではマルチホップ接続の段数に制限があること、 制限範囲内であっても段数が増加するにつれて遅延が増大し、その結果としてスルー プットが著しく低下してしまう[1]。そこで、本検討では、長距離伝送リンクについて は指向性アンテナを使用し、できるだけ少ない段数のマルチホップ構成で実現するこ とを目標とした。水位計と IP カメラの設置場所とサーバの設置場所は、図 7 に示した とおりであり、その距離は直線で約 7km である。 適切な指向性アンテナを用い 居住地区 (サーバ) れば、7km 程度をシングルホップ 居住地区 中継地点1 中継地点2 中継地点1 5.0km 中継地点2 300m 圃場 2.5km で接続することも不可能ではな い。実際、著者らは樹木に葉が 排水路沿い の保安林 生い茂っていない時期に、中継 地点を設けず直接接続する形態 の予備実験を行ない、通信でき 中 ることを確認している。 このように指向性を高めるこ 中継地点 1 央 幹 中継地点 2 線 排 水 路 計測対象 圃場 とで伝送距離を伸ばすことは可 能であるが、その一方で途中に 図7 無線ネットワークの構成 障害物がない「見通しのよい」 伝搬路が必要となる。キャリア周波数 2.4GHz 帯を使用する IEEE802.11b/g 方式は霧や 雨などの影響は小さい特徴があるが、伝搬路の途中に木や建築物などの障害物がある と通信能力が大きく低下する。実際に、伝搬路の途中に防風林がある場合の実験にお いて、電波の吸収・反射のためスループットが著しく低下することが報告されている [1]。図 7 に示されている伝送区間では、その途中に位置する排水路や道路沿いに 10m 以上の高さのポプラ並木があり、こうした障害物の影響を無視できない。そして実際 に使われる時期には樹木に葉が生い茂る頃であり、見通しもより制限されると考えた。 そこで途中の障害物の影響を避けて確実に伝送リンクを設定するために、図 7 に示さ れているようにマルチホップ方式をとることにした。その結果、無線リンクの最大距 離は、約 5km となっている。 マルチホップ構成として実証実験するもうひとつのメリットは、複数地点での測定 への展開可能性を有していることである。中継点には二個のアンテナが収容されそれ 49 【190401】 ぞれ無線装置が接続されている。そしてそれらが互いに接続される構成を採っている が、ここには LAN のインターフェースが使用されている。従ってこのインターフェー スにセンサ機器を接続することで中継地点を計測地点とできるのである。今回の検証 実験ではこの拡張は行っていないが、このように、マルチホップ接続は多地点測定の ためのネットワーク基盤にもなりうるものと考える。 2.5.2 伝送速度と受信電界強度 まず必要な伝送速度は、使用するアプリケーションに依存し、例えば通常の温湿度 や水流・水位といったセンサ機器および IP カメラであれば 5Mbps~10Mbps 程度であれ ば十分である。本検討では 10Mbps 程度を伝送速度の実現目標値とした。 次に無線リンクについて考える。無線リンクのデータ伝送速度、スループットは伝 搬路の特性によって適応的に決まる。このスループットは、無線のキャリア信号成分 と雑音成分の比である C/N(Carrier To Noise)比で決まり、また雑音成分は伝送路の条 件が良ければ送受信装置特有の値となる。このようにスループットは受信電界強度の 関数であるが、雑音については装置のばらつきがあり、また受信電波の状態自体も一 般に不安定で確定的ではない。従ってメーカでもこの特性については保証できず、一 応の目安があるということであった。この目安的な値としては受信電界強度-70dBm で スループット 18Mbps、 -77dBm で 9Mbps ということであった。従って無線区間設計に 当たっては受信電界強度-77dBm 程度を目標としている。 受信電界強度は、送信側の出力、アンテナ形状から定まる送信側および受信側のア ンテナ利得、機器の接続に用いるケーブルの損失、伝播距離に依存する空間伝播損失、 から定まる。受信電界強度の算出式を以下に示す。 受信電界強度(dBm)=無線機出力(dBm)+送受信アンテナ利得(dBi) -空間損失(dB)-送受信ケーブル損失(dBi) 今回は、センサの設置場所や障害物を避けるために選んだ中継ポイントの場所など から無線機器の設置地点が先に決められたため、所定の受信電界強度以上になるよう な利得を持つアンテナを選定して使用することにした。 2.6 アプリケーション 最適なネットワークを構築するには、それを利用して実現したいアプリケーション からの要求条件が明確になっていなければならない。しかし、本研究は「農業の分野 で情報通信技術がどのように活用できるか」ということ自体が検討課題であり、現時 点で明確なニーズが顕在化しているわけではない。そこで、将来農業分野で利用でき そうなアプリケーションのひな形をある程度想定し、そこでの要求条件を満足する形 で、ネットワークの検討を進めていこうとしている。以下に、現在想定しているアプ 50 【190401】 リケーションの内容を述べる。 2.6.1 水位センサによるセンシングデータの収集 これは、前にも述べたように具体的なニーズのあるアプリケーションである。ただ し、農家からの直接のニーズではなく、環境創造型農業実現のための研究用である。 具体的には排水路に設置された水位計を用いて排水路の水位を 10 分間隔で 24 時間常 時計測し、そのデータを数 km 離れた建物内に置かれたサーバに転送する。1 回あたり の転送情報は、日時とそのときの水位のみであり、高々数バイト程度である。 2.6.2 画像による監視と情報収集 動画カメラである IP カメラは、広い範囲を常時監視し、時々刻々の状況変化を人間 が直接的に把握しやすい視覚情報として伝達することができる。したがって、農業の 分野でも様々な利用が可能な端末、広義のセンサとも考えられる。特に、大潟村のよ うに多くの圃場が農家から 10km 以上離れている場合、そこでの様子がリアルタイムで 遠隔監視できれば、非常に有用である。たとえば、ビデオの映像を見て圃場の風の様 子がわかれば、田植えの可否、施肥や農薬散布の可否が自宅に居ながらにして即座に 判断できる。このような用途であれば、風になびく稲穂の様子や水面の状況が判別で きれば十分と考えられ、数万円で入手可能な汎用のビデオカメラ程度の性能でよい。 より正確に風速や風向を観測するには、機械式(すなわち電源の必要がない)風速・ 風向計を設置し、その状態を画像として読み取ってパターン認識処理によって数値を 推定するという方法も考えられる。ただ、経験を積んだ農作業者にはとっては、 ビデ オカメラの画像によって“様子”がわかるだけでも、状況判断に有効であろう。もち ろん、農作物等の盗難監視などにも役立つ。こうしたアプリケーションを想定すると、 情報の転送レートは MPEG2 程度の数 Mbps であり、5~10Mbps 程度のストリーミング転 送ができるネットワークを用意すれば充分である。 利用目的によっては、動画で常時監視するのではなく、必要なときに必要な場所の 静止画が得られるシステムでも充分である。その場合は、動画に比べてかなり高い解 像度のカメラを用いても、ネットワークを介して転送する単位時間あたりの情報量は 少なくなるので、ビデオ用のネットワークを考えておけば、高精細静止画を用いたア プリケーションにも十分対応できる。たとえば、病害虫による被害などの小さな兆候 を確認するには、高解像度のカメラを使用し、特定の箇所の高精細なズーミング画像 をとることが有用と考えられる。撮影は、圃場に設置された固定カメラを用いて行う 方法だけでなく、圃場で農作業をしている人がデジタルカメラで撮影し、それを遠隔 地にいる専門家に送って診断してもらうといった利用法も考えられる。その場合は、 リアルタイムで診断結果を圃場にフィードバックし、必要に応じて再撮影を依頼する 51 【190401】 というケースも想定しなければならない。こうしたことが可能になれば、新規就農者 が農場での様子を撮影し、遠隔地にいる経験者に助言をもとめるといった使い方もで きる。最近は、撮影した画像を直ちに無線で送信する機能が組み込まれたデジタルカ メラも市販品されており[13] 、圃場をカバーする無線ネットワークさえ構築できれば 容易に実現可能である。 静止画転送に必要な伝送速度の推定をおこなっておく。デジタルカメラで JPEG 圧縮 された画像のファイルサイズは数百 KB から 1MB 程度である。上記のようなリアルタイ ムのフィードバックを可能とするには、できるだけ短時間に転送できることが望まし い。1枚の写真の撮影にかかわる全動作には、撮影箇所の決定から撮影データのメモ リへの書き込み完了までが含まれ、これを数秒~10 秒程度であると考えると、1枚あ たりの転送時間が1秒程度、すなわち 1Mbps 程度の伝送ができれば十分である。 2.6.3 IP 無線電話 大潟村は圃場を含めて携帯電話の通話可能エリアにはなっているが、広大な面積の 割にはトラフィック量が少ないため、必要最低限のアンテナしか設置されていないと 想定され、FOMA などの第 3 世代携帯では電波状態は決して十分とはいえない。しかし、 これまでにも述べたように、リアルタイムビデオ画像などを見ながら圃場と居住地域 とで双方向の情報交換が行えれば、農作業がより効率化し、自然環境の変化への迅速 な対応も可能になると思われる。この情報交換は JA や役場と結んだ音声が主体になる と思われる。こうした情報通信環境を公衆携帯電話ネットワークの強化で対応する方 法もあるが、地域の特性に即してタイムリーに対応するには、専用の IP ネットワーク を整備し、そこでビデオ画像や音声も扱えるようにするのが望ましい。 その場合、以下のような要求条件を考慮する必要がある。 - 広大な農地全体をカバーするネットワークであること、同時に通信設備(電源 を含む)が農業の妨げにならないこと - 小型携帯情報端末でビデオ画像と音声の双方向通信をおこなうことを前提とす ると、少なくとも数 Mbps の双方向通信が可能なネットワークであること - 設備投資、維持管理からなるネットワーク導入のコストが、効用を上回らない こと こうした要求条件を満足する解の一つとして考えられるのが、本研究で取り上げて いる汎用無線 LAN 技術を利用した IP 無線ネットワークである。 2.7 検証実験と考察 大潟村に機器を設置して、実証実験をおこなった。使用した機材の概要を表 2~表 5 に示す。 52 【190401】 圃場には、水位計と IP ビデオカメラを設置し、そこから得られる情報を、無線リン クを介して約 7km 離れた場所にあるサーバに転送する。すべての機器は 24 時間無人で 稼働するように設計した。無線機器は圃場とサーバ設置場所以外に、中継用として途 中 2 カ所に設置し、3 ホップで伝送する方式をとった。圃場と 2 カ所の中継地点には風 力発電機と太陽光発電機を組み合わせたものをそれぞれ設置し、各地点で必要な電力 を供給する。サーバ設置場所は商用電源を使用している。圃場の機器配置の様子を図 8 に示す。無線伝送用の指向性アンテナ、風力発電用風車、太陽光発電用パネル、IP ビ デオカメラ及びバッテリと配線類が収容されている接続 BOX から構成される。これに は水位センサも接続されている。 表2 居住地区設置機器 機器 仕様 無線LAN 日本無線製 JRL-710ALS IEEE802.11b/g対応無線LANブリッジ 消費電力:7W 中継点1との通信 無線LAN用アンテナ 日本無線製 NZA-600A 利得19dBi 指向性(水平18度,垂直18度) 発電機器 なし 注:アンテナは地上約40mの建物の屋上に設置 表3 中継点1設置機器 機器 無線LAN 仕様 日本無線製 JRL-710ALS IEEE802.11b/g対応無線LANブリッジ 消費電力:7W 居住地区との通信 日本無線製 JRL-710SU IEEE802.11b/g対応無線LANアンテナ一体型 消費電力:10W アンテナ利得 6dBi パッチアンテナ(水平60度,垂直60度) 中継点2との通信 無線LAN用アンテナ 日本無線製 NZA-660A 利得19dBi 指向性(水平18度、垂直18度) 発電機器 ゼファー社製 アウル ECO-10ZXP 風力発電部: サイレント風力発電機 Z-501 定格出力 400W(風速12.5m/s) 太陽光発電部: 大型単結晶モジュール SQ-75R 出力 62W バッテリー Concorde Battery Corporation社製 GPL-27 定格容量 95Ah、定格電圧 12V 53 【190401】 表4 中継点2設置機器 機器 無線LAN 仕様 日本無線製 JRL-710ALS IEEE802.11b/g対応無線LANブリッジ 消費電力:7W 圃場との通信 日本無線製 JRL-710SU IEEE802.11b/g対応無線LANアンテナ一体型 消費電力:10W アンテナ利得 6dBi パッチアンテナ(水平60度,垂直60度) 中継点1との通信 無線LAN用アンテナ 日本無線製 NZA-660A 利得19dBi 指向性(水平18度、垂直18度) 発電機器 ゼファー社製 アウル ECO-10ZXP 風力発電部: サイレント風力発電機 Z-501 定格出力 400W(風速12.5m/s) 太陽光発電部: 大型単結晶モジュール SQ-75R 出力 62W バッテリー Concorde Battery Corporation社製 GPL-27 定格容量 95Ah、定格電圧 12V 表5 圃場設置機器 機器 仕様 無線LAN 日本無線製 JRL-710ALS IEEE802.11b/g対応無線LANブリッジ 消費電力:7W 中継点2との通信 無線LAN用アンテナ 日本無線製 NZA-660A 利得19dBi 指向性(水平18度、垂直18度) 発電機器 ゼファー社製 ECO-30EXP 増設型 風力発電部: パワーアシスト風力発電機 Z-500XP 定格出力 450W(風速12.5m/s) 太陽光発電部: 多結晶シリコンモジュール SM-128H 出力 260W(130W×2) バッテリ Concorde Battery Corporation社製 GPL-4D 定格容量 210Ah、定格電圧 12V センサ機器 IPカメラ 水位センサ ELMO社製 PTC-401C IP 画像サイズ 704×240、フレームレート 30fps 消費電力:16W 池田計器製作所製 ELP-1200 消費電力:1W以下 54 【190401】 中継地点との通信用アンテナ 風力発電用風車 IPカメラ 太陽光発電パネル 制御機器 排水路 水位センサ 図 8 圃場の機器配置 2.7.1 ネットワーク特性 最初に各無線装置間の電波特性を測定した結果及び計算値を表 6、表 7 に示す。無線 の電界強度の計算値はあくまで参考値であり、無線区間の環境が大きく影響し、直接 スループットにも影響するので実測値にも注意する。この測定結果では計算値より良 い結果が得られている区間と悪い結果が得られている区間がある。悪い結果を示した 中継 2-圃場間には見通し区間に樹木が確認されているためその影響の可能性がある。 いずれの区間も受信電界強度の目標値(-77dBm)が得られていることが分かる。 表6 電波受信電界強度:計算値 測定区間 無線機出 力[dBm] ケーブル 損失[dB] アンテナ 利得 [dBi] 空間損 失[dB] アンテナ 利得 [dBi] ケーブル損 失[dB] 受信電 界強度 [dBm] 居住地区-中 継1 10 6 19 114.06 19 6 -78.06 中継1-中継 2 11 0 9 89.41 9 0 -60.41 中継2-圃場 10 6 19 108.06 19 6 -72.06 表7 電波受信条件 測定区間 電波強度 計算値 [dBm] [dBm] 居住地区-中継1 -72.03 -78.06 中継1-中継2 -65.53 -60.41 中継2-圃場 -70.62 -72.06 55 【190401】 次に各無線区間で測定したスループットを表 8 に示す。受信電界強度が小さいと言 う意味でもっとも電波条件の厳しい居住地区-中継 1 の区間で最も低くなっている。 但しその場合でも 15Mbps 以上が得られており、設計条件を充分満足している。また、 圃場からサーバまでの全区間を通したスループットは 9.6Mbps であった。これは、マ ルチホップ伝送を行っているため、中継地点での遅延や誤り訂正区間の増加によって スループットが低下したと考えられる。ただし、今回使用した IP ビデオカメラ、水位 センサのデータ転送には充分なスループットであり、正常に動作することを確認した。 図 9 は、サーバでのデータ取得時の画面である。IP ビデオカメラについては、サーバ から操作することによって、方向やパン、ズームがリアルタイムで制御できることを 確認した。 表8 スループット特性 測定区間 スループット [Mbps] 居住地区-中継1(注1) 15.6 中継1-中継2(注1) 17.3 中継2-圃場(注1) 17.3 居住地区-圃場(注2) 9.6 注1:無線装置のdiagコマンドによる測定 注2:端末によるnetperfによる測定 IPカメラ映像画面 センサデータ取得画面 図9 データ取得画面:センサデータ及びIPカメラ 2.7.2 電源系の特性 今回試作した独立電源、センサ、無線伝送系からなるシステムが正常に動作するこ とは確認している(4 月~7 月の期間)。長期的な電源系についての評価は今後、実施 する予定である。 56 【190401】 2.7.3 農地への機器の設置 通信機器や電源装置、センサなどエレクトロニクス関連機器を設置するにあたって、 その場所が農地やその周辺部である場合、オフィスや住居などの屋内設置、都市部で の屋外設置と比較して、特有の工夫が必要である。 通常、エレクトロニクス機器を屋外に設置する場合、風力発電用のプロペラやソー ラーパネル、アンテナなどを除いて、金属製の箱などの適切な容器に入れ、それを電 柱や建物などに固定する。しかし、農地の場合、そうした構造物が機器の設置予定場 所に存在するとは限らず、設置に必要なスペースは確保できたとしても、軟弱な地盤 であることが多い。今回実験を行った大潟村が該当する。そこで、3 カ所の機器設置場 所に新たに高さ 5~8m の鉄柱を1本ずつ建て、それに無線機器やアンテナ、IP ビデオ カメラ等を固定した。これは農地にエレクトロニクス機器を設置する方法としては、 一つの現実的な解であると言える。 この鉄柱は特殊な工事をしないで地中に埋め固定してある。これが圃場と中継地点 の3箇所である。一方、有線系にすると数百 m おきに 10 本以上の電柱が必要であると 考えられる。この場合はさらにケーブルを張る作業も必要になることから、導入の容 易さと言う意味で無線系の優位さを示すことができる。 今回のようなシステム構成での別の課題は、風力発電用のプロペラやソーラーパネ ルに関するものである。高速回転するプロペラによる人への被害の可能性であり、特 に今回のシステムのように地上から約 1.5m の位置にプロペラがある場合は、防護柵な どの対策が必要である。さらには、シリンダ型の回転子の採用、プロペラの高所設置 などが考えられる。また、これらの機器が何らかの原因で破損することへの対策も必 要である。特に、ソーラーパネルについては、人為的な損傷や小石などの飛来物によ る損傷の可能性がある。これについては、設置した装置の状況を今後長期にわたって 観測し、有効な対策を検討していきたい。この場合、近傍に IP ビデオカメラを設置し ておけば、これらの機器の監視と防犯目的にも利用できる。 2.7.4 発電能力およびバッテリ能力に関する設計手順 他の条件への適用を想定し、手順を整理すると以下の様になる。 例えば将来のセンサ機器の増設や、また発電のための気象条件が更に厳しい場合に は、発電能力を向上させる必要がある。この場合は、まずその気象条件で平均発電能 力が得られるように、発電機の機種変更や増設を行う。今回検討した大潟村では、期 間によって風力発電の発電電力量が大きい場合と太陽光発電の発電電力量が大きい場 合がある。こうしたことを考慮しながら可能であれば相補的に使用する。 次に、バッテリを用いて最悪の気象条件への対策を考える。平均日数、使用機器の 消費電力から所要バッテリ容量を見積もる。一般にはバッテリ容量が大きければ大き 57 【190401】 いほど悪条件に対応できるが、大きさが大きくなるなど別の問題も発生する。最悪条 件に完全には対応できない場合には、機器動作時間を制限するなどして対応する。 この手順を図 10 に示した。この図で 2.の機器の消費電力の部分からからはじめて も良い。但し発電機に現実的な選択肢が得られない場合もある。その場合を避けるに は図に示した手順の方が考えやすい。また、3.の平均化時の最小発電電力は発電機の 発電能力強化によって増加する値である。その方法をとる場合は機器を変更し最初の 計算から行う。 地域 発電機機種・台数 1.当該地域の1日平均の発電電力(以下消費電力)見込み ・発電機の発電特性 ・風速・日照時間の気象データ 2.設置機器の1日平均の消費電力(以下消費電力)見込み ・発電電力≧消費電力を確認 発電電力≧消費電力でない場合 ・発電能力の強化 ・機器使用時間(消費電力)の制限 3.平均化日数と1日平均最低発電電力の関係 ・消費電力≧最低発電電力 となる平均化日数分の バッテリ容量(≧消費電力×平均化日数分)を確認 バッテリ不充分の場合 ・バッテリ能力の強化(機種変更・増設) ・機器使用時間(消費電力)の制限 ・発電機の強化 図10 電源関係検討手順 2.8 本章のまとめ 環境創造型農業を支援する情報通信システムの第一歩として、大潟村の圃場と居住 区域とを結ぶ約 8km のマルチホップによる無線伝送システムを構築し、商用電源の得 られない環境でも比較的低コストの設備を使って情報伝達が行えることを、実験的に 実証した。本論文では、実験システムの具体的なコストは記載していないが、実用シ ステムを導入する際には、農家あたりの初期投資がパソコン 1 台の購入費用程度であ る数万円から数十万円、また維持管理のコストは月額数千円から 1 万円程度に収まる ようにしなければならないと考えている。そのため、できるだけ民生品を用いてシス テムを構築することが重要であり、今後引き続きその可能性を追求していきたい。 今回の実験は 2006 年 4 月の田植え作業開始以前に水位計による計測ができるように 進めたため、コストに関しては必ずしも最適設計システムとは言い難いが、 「広域農地 でのネットワーク構築という特殊性と民生品の規格がどこまで整合できるか」という 58 【190401】 点に関しては、ある程度の見通しが得られたと考えている。今後は、この結果を踏ま えてさらに検討を進め、実用システムへとつなげていきたい。なお、国内では大潟村 ほどの広域農地はあまりないが、商用電源の得られない環境にネットワークを構築す るというニーズは海外も含めてかなりあると想定され、本検討の成果は大潟村に限ら ず広く適用可能であると考えている。 最後に、本研究プロジェクトの共同研究者であり、環境創造型農業に関する様々な ご意見、ご助言をいただくとともに、大潟村での実験にあたって多大なご尽力をいた だいた秋田県立大学生物資源科学部 谷口吉光教授、金田吉弘教授に厚く感謝の意を表 します。また、実験を行うにあたって多大なご協力、ご助言を頂いた大潟村の方々、 実験システムの設計と構築に尽力いただいた NTT アドバンステクノロジー社関係各位 に、感謝の意を表します。 本章での引用文献 [1]深津時広・平藤雅之(2003)圃場モニタリングのためのフィールドサーバの開発。農 業情報研究 12-1:1-12. [2]岩野浩三(2000) 稲作農家栽培支援「広域水田水管理モニタリングシステム」の紹 介、第 12 回農業情報ネットワーク全国大会 IT 農業講座 <http://www.jsai.or.jp/taikai/tsukuba/sori.html>、2006 年 7 月 19 日参照. [3] 水沼守・加藤忠・端俊一(2003) 無線 LAN による圃場の情報化、NTT 技術ジャーナ ル、vol.15 No.1:49-52. [4] 金田吉弘(2001)庄子貞雄監修 大潟村の新しい水田農法-苗箱全量施肥・不耕 起・無代かき・有機栽培-、農文協、 東京、 203-225. [5]谷口吉光 (2005)大規模稲作地域における競争的農業経営の確立と持続的地域発展 の葛藤-秋田県大潟村を事例として-、農業問題研究、57:22-29. [6] 秋田県大潟村(2001) 秋田県・大潟村環境創造 21、 <http://www.ogata.or.jp/kankyo21>、 2006 年 7 月 19 日参照. [7] 谷口吉光(2004) 環境創造型農業を実現する社会システムの研究開発 提案概要 (JST ホームページ http://www.ristex.jp/activity/koubo_shakai/shakai_2004_02.html)、 2006 年 7 月 19 日参照. [8]清水幸丸(2005) 風力発電入門 パワー社 [9]Zephyr ECO ハイブリッドパワーシステム <http://www.zephyreco.co.jp/main_pro4.html>、2006 年 7 月 19 日参照. [10]気象庁ホームページ 気象統計情報、 <http://www.data.kishou.go.jp/etrn/index.html>、 2006 年 7 月 19 日参照. 59 【190401】 [11]伊藤瞭介(2006)「ここまできた小型風力発電機」.日本風力エネルギー協会「風力 エネルギー」、Vol.30:24-29. [12]山田興一・小宮山宏(2002) 太陽光発電工学、日経 BP 社、 東京、 162-165. [13]NIKON(2005) <http://www.nikon.co.jp/main/jpn/whatsnew/2005/0901_p1-2_02.htm> 、 2006 年 7 月 19 日参照. [14]ゼファー株式会社 <http://www.zephyreco.co.jp>、 2006 年 7 月 19 日参照. [15]岩野浩三(2000) 稲作農家栽培支援「広域水田水管理モニタリングシステム」の紹 介、第 12 回農業情報ネットワーク全国大会 IT 農業講座、 <http://www.jsai.or.jp/taikai/tsukuba/sori.html>、2006 年 7 月 19 日参照. [16]佐藤敦・高橋正・佐藤孝・太田健・近藤正(2001)庄子貞雄監修 大潟村の新し い水田農法-苗箱全量施肥・不耕起・無代かき・有機栽培-、農文協、 東京、 203-225. 3. シ ス テ ム の 適 用 へ 向 け た 検 討 3.1 シ ス テ ム の 拡 張 今回構築した情報収集ネットワークシステムの動作実験の段階で、天候が悪い 日 が 数 日 続 く と 電 源 が 切 れ る 現 象 が 見 ら れ た 。 こ れ は 、 IPカ メ ラ に 内 蔵 さ れ て い る曇り止め用ヒータが予想以上に電力を消費したためではないかと思われる。そ こ で 、 太 陽 電 池 パ ネ ル を 1枚 増 設 し 、 実 際 の 農 作 業 時 間 帯 で の 利 用 を 考 慮 し 電 源 タ イマーを用いて夜間は電源を落とすことにより電力消費を抑えることで改善が見 られた。しかしながら、電源に関しては引き続き発電量、消費電力、バッテリ残 量 等 を モ ニ タ リ ン グ し 、そ こ か ら 最適な運用形態を検討する必要 秋田県立大学 がある。 追分キャンパス 次に、システムを実際に農家や NTT 大 潟 村関 係 者 に 利用 し て も らい 、 フレッツ網 そ こ から ニ ー ズ を発 掘 す る ため 、 当 初 ネッ ト ワ ー クを 敷 設 し た「 秋 田県 立大 学 追分 キャ ン パス」、「 秋 情報受信点 秋田大学 田県立大学大潟キャンパス学生 寮」、「秋田大学」の 3 拠点の他に 「大潟村役場」、 「大潟土地改良区」、 5km センサ設置場所 中継ポイント 2.5km 「JA 大潟村営農支援センター」を 大潟村役場 土地改良区 JA営農 支援センター 図11 ネットワーク構成 加 え た。 ネ ッ ト ワー ク の 構 成を 図 11 に示す。 60 【190401】 現在、IP カメラで定点観測を行った圃場の画像を載せたアンケートを作成し、農家 がよく訪れると思われる大潟村役場および JA 大潟村営農支援センターに設置している。 アンケートが集まり次第、そこから IP カメラを利用したニーズの発掘を行う。アンケ ートの一部を図 12 に示す。 図 12 アンケート用紙(一部抜粋) 61 【190401】 3.2 GPS 端末および GIS を利用したフィールド情報収集システムの構築 平成 19 年度から開催された「GIS 等を使った環境創造型農業の推進手法の研究会」 において、大潟村役場や JA 大潟村より圃場の転作状況を簡単に集計できるようなシス テムについて要望があった。そこでの問題点は、約 9,000 枚ある圃場を紙ベースでチ ェックするため、その後コンピュータへ情報を入力し、集計を行うことが大変負荷の かかる作業であることが分かった。そこで、 GPS 端末(HP 社製 IPAQ rx5965)を用 いたソフトウェアを作成し、その場でボタンを押すだけで、その位置情報、日時、付 加的な情報を端末に保存し、表計算ソフトウェアや GIS ソフトウェアにそのデータを インポートするだけで、簡単に集計ができるシステムの構築を行った。システムの構 成を図 13 に示す。 位置情報 データ インポート ボタンを押すだけで位 置情報(北緯、東経)、 日時、方位、ボタン番号 を保存する. GIS ソフトウェア データフォーマット 2007/10/23,18:56:30,39.727863,140.133187,285.070007,1 日付 , 時間 , 北緯, 図 13 東経, 方位, ボタン番号 GPS を利用したフィールド情報収集システム 研究会において、作成したシステムのデモンストレーションを行った結果、転作状 況の確認以外でも病害虫の発生状況や圃場の生物調査などにも利用可能ではないかと の意見を得ることができた。また、実際に圃場で計測を行った場合においても、現在 地を正確に把握し、GIS ソフト(地図太郎)を用いて現在地を表示することが可能であ った。今後の課題としては、GPS の精度が 5m~10m 程度であるため、圃場の境界で計測 を行った場合に圃場 1 枚の位置を特定することが難しい。そのため、確実に圃場 1 枚 を特定するために、位置情報を元にある程度の範囲に絞った圃場情報を提示し、観測 者が選択し、確認できる仕組みを作成する必要がある。 62 【190401】 3.3 用水路の水位自動計測システム GIS 等を使った環境創造型農業の推進手法の研究会において、水の管理に関する要求 があった。特に農業用水路の水位管理は重要であり、必要以上に用水路の水位が高け れば圃場に流れ込んでしまう。また、少なすぎても必要なときに水が使えない。現状 は人手により、用水路を周って水位を監視している。そこで、これらの用水路の水位 を自動計測し、データを収集するシステムの構築について検討を行った。 大潟村の農業用水路は 19 本あり、ほとんどが直線状であり、長いものでは 5km にわ たっている。この用水路の取水口、排水口、中間地点の 3 点で水位を測定する場合で あっても、大潟村全体では 57 台の装置が必要となる。そのため、現在の農業情報収集 システムで使用している機器を使うにはあまりにコストがかかる。そこで、市販品で 構成することで 1 台あたりのコストを下げ、最終的に大潟村全体で利用できるような システムを作成することを最終的な目的とした。現在想定しているシステムについて、 測定対象の用水路を図 14、システムの概要を図 15、使用する機器を表 9 にそれぞれ示 す。 5km 測定地点 図 14 大潟村の用水路 63 【190401】 既存の農業情報収集シ ス テ ム の 中 継 2or 中 継 3 2~3km へ スループット:数百 kbps 地表からの高さ 2~4m 図 15 表9 システムの概要 水位計測システム使用機器 機器 水位センサ 仕様 クリオテクノス社製 KT-700L 型クリオ通信システム ・ KT-125L-010 型圧力式水位検出部 測定精度:±1.0cm ・ KT-485I 型イーサネット変換機 水位検出部のデータをイーサネット信号へ変換 無線機 BUFFALO 社製 WLI3-TX1-G54 IEEE802.11b/g 無線 LAN イーサネットコンバータ 水位センサからのイーサネット信号を無線 LAN に変換 アンテナ BUFFALO 社製 WLE-HG-DA 2.4GHz 無線 LAN 屋外遠距離通信用 平面型指向性アンテ ナ 利得 9dBi、指向性(水平 65±5 度、垂直 58±5 度) バッテリ CCB 社製 12DD-100 定格容量 100Ah、定格電圧 12V 表 9 に示す装置を用いて、約 5km を 2 ホップで無線伝送ができるシステムの実現を 目標に実証実験を行った。水位のデータのみ扱うため、データ量は小さく数百 kbps 程 度の伝送速度で十分である。 無線通信の場合、アンテナの高さがスループットに大きな影響を与える。アンテナ 64 【190401】 の高さが低い場合、地表から反射された無線電波との干渉によりスループットが低下 する。そこで、送受信のアンテナの高さを変えた場合のスループットを測定した。図 16 にパッチアンテナ間距離が 3000m における送受信アンテナの高さによるスループッ トを示す。 スループット[Mbps] パッチ-パッチ 3000m 2 1.8 1.6 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 受信6m 受信5m 受信4m 受信3m 受信2m 1 図 16 2 3 4 5 送信側高さ[m] 6 7 アンテナの高さとスループットの測定結果 図 16 より、送受信アンテナの高さがそれぞれ 2m-4m、3m-3m、4m-2m において約 300Kbps のスループットが得られ、アンテナをそれほど高所に設置しなくても十分なスループ ットが得られることを確認し、システムが十分実現可能であることを確認した。 (3)研 究 開 発 成 果 の 社 会 的 含 意 、 特 記 事 項 な ど 本研究で構築したネットワークシステムは大潟村を対象としている。しかしな がら、農地のように電源がなく自然環境条件の悪いところでもネットワークシス テムを構築することが可能であり、その構築方法についての指針を与えることが できたのではないかと考える。そのため、山間部や過疎地域など企業がコスト的 な面でネットワークサービスを提供できない地域へ低コストでサービス提供でき る可能性を示すことができた。 (4)研 究 成 果 の 今 後 期 待 さ れ る 効 果 本研究のように、農業分野へネットワークシステムを導入することはあまり試みら れていない。特に大潟村のような広大な地域で、かつ圃場には電気やネットワークの ようなインフラがない場所で本研究のような実証実験は行われていない。このように 厳しい環境下でネットワークシステムを構築する手法は、日本国内だけでなく様々な 国や地域にも応用できる技術ではないかと考える。また、中国など日本に比べて広大 な地域での農業に対しても、本研究のシステムにより様々な環境情報をセンシングお よびモニタリングすることで生産管理および農作業の効率化を図ることができるもの と期待される。 65 【190401】 4.3 参加型合意形成支援システムの構築(合意形成支援グループ) 秋田県立大学 地域共同研究センター 谷口吉光 (1)研究目的 「環境創造型農業」においては、その地域で農業に従事する農業者が地域農業環境 の管理と改善を行うことをめざしている。日本のように、個々の農家が小規模で、農 地も小さくかつ分散している場合、地域全体の農業環境の概要を把握するには、農地 1枚ごとの営農情報を集約し、環境領域の情報との関連解析を可能にする情報システ ムが必要になる。そのようなシステムを基盤として、提供されるわかりやすい情報を 地域の農業者や関係者が共有し、現状を理解し、課題を発掘し、課題解決のための行 動を取り、その結果をモニタリングして検証し、現状を理解し・・・という PDCA サイク ルを稼働させることによって、地域農業環境は漸進的・継続的に改善されると考えら れる。 以上のことをもう少し理論的に言えば、農業者による地域農業環境の管理・改善を 可能にするには、①地域の農業・環境情報の体系的な収集とわかりやすい提示、②そ れに基づく農業・環境の現状に関する関係者間の認識共有、③農業と環境の相互連関 に関する科学的な解析と評価、④それに基づく関係者間で対応の検討、⑤環境改善の ための行動という、一連の作業が必要になる。このようなシステムは理論上のもので あり、これを一気に実現することは不可能であるから、現時点では部分的な要素を組 み合わせながら徐々に構築していくしかない。そこで本サブグループではシステムの 基礎部分に絞って構築することにした。 (2)研究方法①:地域農業環境情報を視覚化するシステムの構築 ① 大潟村を対象とした地理情報システムの構築 地域農業環境情報を、多くの関係者に理解可能な形で共有してもらうには、それ らを視覚化(visualize)することが有効だと考えられる。視覚化のツールとして 地理情報システム(GIS)が最も有用ではないかと考え、GIS を中心に置くことにし た。幸い、本プロジェクトが活動を開始した 2005 年時点で、秋田県立大学の佐藤 敦特 認 教 授 のグ ル ー プ が別 の 研 究 のた め に 大 潟村 全 域 を 対象 と し た 圃場 単 位の詳 細な GIS を構築中であったために、その完成を待って 2006 年末から利用させても らうことができた。 しかし、さまざまな地域農業環境情報を簡便に視覚化するためには、市販の GIS ソフトを利用することも必要だと考え、「地図太郎」を利用して別種の GIS も作成 することにした。 66 【190401】 ② 衛星画像と解析ソフトの購入 GIS と並んで地域農業環境情報を視覚化する効果的なツールとして衛星画像を取 り上げ、その有効性を検討するために衛星画像を利用できる解析ソフト (PG-STEMAER;PIXONEER 社製)を購入した。また利用する衛星写真として、宇宙航 空開発機構(JAXA)が撮影した衛星画像(ALOS-AVNIR-2、2006 年 9 月 29 日撮影) を購入した。 ③ 「平成 18 年 大潟村環境保全型農業実態調査」の入力・集計 上記の GIS に入力する地域農業環境情報として、大潟村における環境配慮型農業 の実態を圃場単位で把握できるデータが必要だと考えた。2006 年度に、大潟村役場 と共同で、全農業者を対象とした圃場単位の「環境保全型農業実態調査」を実施し たので、そのデータを(2)①の GIS に入力・集計作業を本サブグループで担当し た。このアンケートは、大潟村の農家 538 戸の圃場台帳から一人一人の回答用紙を 作成し、栽培様式として「有機栽培」から「慣行栽培」「その他」までの7項目、 作業形態として「直播」から「慣行作業」「その他」まで8項目を指定して、圃場 ごとに両者を組み合わせて回答してもらうという非常に詳細な調査であった。図1 に、実際に配布された記載方法と回答用紙(記入済み)を例として示した。回答用 紙に「5-DF」とあるのは、記載方法の栽培様式「5」の「減化学肥料栽培」と、作 業形態の「D」の「浅水代かき」と「側条施肥」を同時に行っているという意味で ある。この農家は圃場ごとの農法の違いはないが、非常に多様な農法を駆使してい る例もあった。 67 【190401】 このように回答するには非常に煩雑な調査だったにも拘わらず、対象農家数 538 に対して回収数 455(回収率 84.6%)という非常に高い回収率を示した。また、記 入の仕方もほとんどの回答が圃場ごとにきちんと記入されていた。そういう意味で 極めて信頼性の高いデータが得られたといえる。 図1 大潟村環境保全型農業実態調査の調査用紙 左:記入方法の連絡、右:回答用紙 ④ 干拓以後の土壌成分データの入力 農業が環境に及ぼす影響を見るひとつの次元として「土壌成分」がある。本プロ ジェクトのメンバーである金田吉弘教授の助言によって、八郎潟が干拓されて以来、 圃場の主要土壌成分がどう変化してきたかに注目することにした。幸い農林水産省 と秋田県農林水産技術センター農業試験場(以下、秋田農試と略)が継続して行っ ている下記の土壌調査報告書のデータが利用できた。この報告書には、村内圃場の 16 カ所の調査地点で、pH、全炭素(T-C)、全窒素(T-N)、有効態リン(P 2 O 5 )、カ ルシウム(CaO)、マグネシウム(MgO)、カリ(K 2 O)、ナトリウム(Na 2 O)の8項目 のデータの変化が 1960 年代から 1984 年までの約 20 年間にわたって記録されてい たので、それをエクセルに入力・集計した。 68 【190401】 引用データ出典: 「農林水産省指定 八郎潟中央干拓地土壌説明書(第一期土壌調査)」(1960~1963) 「農林水産省指定 八郎潟中央干拓地土壌調査成績書(第二期土壌調査成績書)」(1965 ~1975) 「農林水産省指定 低湿重粘土水田に関する土壌肥料試験成績書(1979~1984) ⑤ 干拓以後の農業用排水の水質データの入力 農業が環境に及ぼす影響を見るもうひとつの次元として「農業用排水の水質」が ある。これについても、八郎潟が干拓されて以来、大潟村内の農業用排水路および 八郎潟残存湖の水質がどう変化してきたかに注目することにした。これについても、 上記の調査報告書に、村内 20 ヶ所の調査地点で、pH、電気伝導度(EC)、蒸発残渣、 全窒素(T-C)、全リン(T-P)、COD(生物化学的酸素要求量)の6項目のデータの 変化を 1960 年代から 1984 年までの約 20 年間にわたって記されていたので、それ をエクセルに入力・集計した。 ⑥ 動植物に関する調査データの入力 大潟村全域を対象とした生きものの調査はまだ存在しない。数は少ないが、陸生 植物や水生植物の調査、特定の圃場を対象に複数の生きものを調査する「田んぼの 生きもの調査」、トンボや渡り鳥など特定の野生動物に関する調査のデータが断片 的に存在する。こうした調査データは地域農業環境情報としては不完全であるが、 貴重なデータであるし、より充実した調査を将来実施するための参考資料としても 有用である。本サブグループとしてはいくつかの調査データの所在を確認したが、 具体的なデータを入手することができなかったので、仮想的に「田んぼの生きもの 調査」と「渡り鳥調査」のデータを入力・作成して、表示した。 ( 3 ) 研 究 方 法 ② : GIS等 を 使 っ た 環 境 創 造 型 農 業 の 推 進 手 法 の 研 究 会 以上のように、地域農業環境情報の視覚化を進めた結果、2007 年春に上記(2)① の GIS に、(2)③の大潟村環境保全型農業実態調査のデータを入力し、農法ごとに 色別表示した画像が完成した。そこで、5 月から大潟村の農業者 6 人、大潟村、JA 大 潟村、大潟土地改良区の担当者、秋田農試、秋田大学、秋田県立大学の研究者に参加 してもらい、「GIS 等を使った環境創造型農業の推進手法の研究会」(以下、研究会と 略記)を立ち上げた(研究会の構成メンバーは章末参照)。研究会は 07 年 5 月 31 日 から始まり、11 月 30 日まで毎月 1 回、合計6回開催した(表1)。 研究会では、作成した環境保全型農業 GIS、土壌成分 GIS、農業用排水水質 GIS、衛 星画像などを順次メンバーに見てもらい、その活用法や環境創造型農業に向けた合意 69 【190401】 形成について検討した。 表1 GIS 等を使った環境創造型農業の推進手法の研究会の概要 秋田県立大学 20 人 2007. 第 1 回 GIS 等を使った 5.31 環境 創造 型 農業 の推 進 ク の デ モ 実 演 と 活 用 に つ い て 、 GIS ソ フ 手法の研究会 トの活用について意見交換 秋田県立大学 2007. 第 2 回 GIS 等を使った 6.28 環境 創造 型 農業 の推 進 旨説明と、センサーネットワーク活用に 手法の研究会 ついての意見交換 2007. 第 3 回 GIS 等を使った JA大潟村 7.28 環境 創造 型 農業 の推 進 農協会館 18 人 研究会の主旨説明。センサーネットワー 18 人 本研究会参加農業者を交えての研究会主 GIS ソ フ ト を 用 い た 大 潟 村 環 境 保 全型 農 業の実態の画像表示、センサーネットワ 手法の研究会 ークとの関連づけについて、意見交換 2007. 第 4 回 GIS 等を使った JA大潟村 8.23 環境 創造 型 農業 の推 進 農協会館 11 人 大潟村の土壌統と環境保全型農業の関係 について、センサーネットワークを活用 手法の研究会 した用水路水位計測の検討 2007. 第 5 回 GIS 等を使った JA大潟村 11.2 環境 創造 型 農業 の推 進 農協会館 14 人 大潟村の土壌統と環境保全型農業の関係 について考察、用水路水位計測と GPS 端 手法の研究会 末を利用したセンサーネットワークのデ モ、データを統合する情報サイトの案に ついての検討 2007. 第 6 回 GIS 等を使った JA大潟村 11.30 環境 創造 型 農業 の推 進 農協会館 12 人 「大潟村農業・環境情報サイト(仮称)」 の検討、センサーネットワークとの関連 手法の研究会 づけ、公開研究会での議論結果の紹介、 来年度の計画案 (3)研究成果①:地域農業環境情報の視覚化 ① 大潟村環境保全型農業 GIS 上記の(2)①で言及した大潟村の GIS が図2である。大潟村の圃場約 8,000 枚を特定 できるほか、道路・用排水路・住宅等を特定できる。これに大潟村環境保全型農業実 態調査のデータを入力した地図を何種類か作成したが、圃場が特定できるため、個人 情報保護の観点から本報告書には掲載しなかった。 70 【190401】 図2 大潟村環境保全型農業 GIS(圃場情報を入力していない白地図状態のもの) (佐藤敦らより提供) 71 【190401】 また、この GIS を利用して、環境保全型農業の実施面積や実施人数を様々な切り口 で集計することができる。表2は JAS 有機栽培や特別栽培の面積と人数を集計したも のである。これによると、JAS 有機栽培(転換期間中を含む)の実施面積 663ha(人数 103 人)、無農薬無化学肥料栽培が面積 70ha(25 人)、無農薬栽培が面積 45ha(20ha)、 無農薬減化学肥料栽培が面積 2ha(1 人)、減農薬無化学肥料栽培が 227ha(35 人)、無 化学肥料栽培 89ha(23 人)、減農薬栽培 482ha(55 人)、減化学肥料栽培 308ha(38 人)、 減農薬減化学肥料栽培 3,521ha(301 人)、慣行栽培 1,598ha(197 人)という結果にな った。これまでも大潟村では同種のアンケート調査が行われてきたが、これほど詳細 で正確なデータが得られたのは初めてである。 また、表 3 は水質保全技術等を集計したものである。これによると、不耕起栽培 17ha (7 人)や無代かき栽培 223ha(25 人)のような水質改善技術はまだまだ大潟村では普 及が進んでいないことが明らかになった。反面、浅水代かきが 3,031ha(264 人)とか なりの広がりを見せていることが今回初めて明らかになった。施肥法についてみると、 側条施肥 1,145ha( 95 人)、苗箱まかせ(肥効調節型肥料を苗箱に施肥する技術)3,750ha (288 人)という結果になった。 しかし、今回の調査で明らかにできたのは、農業者が 1 枚の圃場で様々な技術を組 み合わせていることであった。そのなかから整地法と施肥法の組み合わせをそのまま 集計したのが表 4 である。これを見ると、直播きについても、「直播き+浅水代かき」 が 3ha(1 人)、 「直播き+浅水代かき+側条施肥」が 12ha(1 人)、 「直播き+浅水代か き+側条施肥+苗箱まかせ」が 14ha(1 人)という多様な組み合わせのなかで実施さ れていることがわかる。このような多様性を解明できたのは今回の調査法によるとこ ろが大きい。 72 【190401】 表2 大潟村における環境保全型農業の実態:有機・特栽関係(2006 年) 栽培様式 面積(ha) JAS有機栽培(転換中を含む) 人数 663 103 無農薬無化学肥料栽培 70 25 無農薬栽培 45 20 無農薬減化学肥料栽培 2 1 減農薬無化学肥料栽培 227 35 89 23 減農薬栽培 482 55 減化学肥料栽培 308 38 減農薬減化学肥料栽培 3,521 301 慣行栽培 1,598 197 144 27 無化学肥料栽培 その他(畑など) 合計 表3 7,149 825 大潟村における環境保全型農業の実態:水質改善技術等(2006 年) 栽培方法 面積(ha) 人数 直播き 45 6 不耕起 17 7 223 25 浅水代かき 3,031 264 側条施肥 1,145 95 苗箱まかせ 3,750 288 慣行作業 1,570 154 57 9 158 53 9,996 901 無代かき その他 畑 合計 73 【190401】 表4 大潟村の環境保全型農業の多様性(2006 年) 作業形態 面積(ha) 直播き 人数 16 3 3 1 直播き・浅水代かき・側条施肥 12 1 直播き・無代かき・側条・苗箱 14 1 不耕起 13 5 4 2 120 16 無代かき・苗箱まかせ 63 5 無代かき・側条施肥 26 3 1,148 112 浅水代かき・側条施肥 165 17 浅水代かき・側条施肥・苗箱まかせ 244 18 1,323 102 浅水代かき・慣行作業 136 13 側条施肥 259 25 側条施肥+苗箱まかせ 425 30 1,396 106 281 24 1,153 117 57 9 158 53 7,016 663 直播き・浅水代かき 不耕起・苗箱 無代かき 浅水代かき 浅水代かき・苗箱まかせ 苗箱まかせ 苗箱まかせ+慣行作業 慣行作業 その他 畑 合計 74 【190401】 ② 大潟村を対象とした衛星画像 大潟村を含む八郎湖を映し出す衛星画像が図 3 である。これは 2006 年 9 月 29 日 に撮影されたもので、稲刈りが終わった圃場が茶色で見分けられる。 図3 大潟村と八郎湖を映した衛星画像(2006 年 9 月 29 日撮影) ALOS;AVENIR-2、宇宙航空開発機構(JAXA) 75 【190401】 ③ 土壌成分 GIS 大潟村における干拓以後の土壌成分の変化を視覚化するために、まず GIS ソフト「地 図太郎」を使って 16 カ所の調査地点を特定できる土壌成分 GIS を作成した(図 4)。そ れぞれの調査地点の番号は原調査の地点番号を表し、 ()内の数字は圃場番号を表して いる。調査地点ごとに上述した8項目の土壌成分データが存在するわけだが、GIS 上の 調査地点をクリックすると、土壌成分の変化を示すグラフのページにリンクするよう にした。図 5 は、一例として調査地点 44(圃場番号 H20)の土壌成分グラフを表示し たものである。 図4 大潟村における土壌成分 GIS 76 【190401】 900 7.50 800 7.00 700 CaO(mg/100 g) 300 調査年 3 .9 0 MgO(mg/100g) 3 .6 0 3 .5 0 3 .4 0 3 .3 0 300 250 200 150 100 3 .2 0 50 3 .1 0 K 2 O (mg/100g) 0.40 0.35 0.30 0.25 0.20 0.15 0.10 19 84 19 83 19 82 80 60 40 20 19 82 19 83 19 84 19 82 19 83 19 84 40.0 19 81 年 代 19 60 19 84 19 83 19 82 19 81 19 80 19 79 調査年 19 80 0 0.00 調査年 60 Na 2 O (mg/100g) 35.0 30.0 25.0 20.0 15.0 10.0 5.0 50 40 30 20 10 干拓後の土壌成分の変化(調査地点 19 81 19 84 19 83 19 82 19 81 19 80 19 79 調査年 19 60 年 代 0 0.0 19 80 19 60 年 代 19 81 100 0.05 19 60 年 代 調査年 120 0.45 図5 19 80 19 60 年 代 19 84 19 83 19 82 19 81 19 80 19 79 年 代 19 60 調査年 19 79 0 3 .0 0 19 79 T-C(%) 3 .7 0 T-N (%) 調査年 350 3 .8 0 有効態P2O5(mg/100g) 19 84 19 60 年 代 19 84 19 83 19 82 19 81 19 80 19 79 0 19 60 年 代 100 4.00 19 83 200 4.50 19 82 5.00 400 19 81 5.50 500 19 80 6.00 600 19 79 6.50 19 79 pH(H 2 O抽出 ) 土壌成分調査地点No.44(H20圃場) 8.00 調査年 No.44:H20 圃場) ※調査地点とグラフをリンクさせて表示できるしくみになっている 77 【190401】 ④ 農業用排水の水質 GIS 大潟村における干拓以後の農業用排水の水質の変化を視覚化するために、GIS ソフト 「地図太郎」を使って 20 カ所の調査地点を特定できる土壌成分 GIS を作成した(図 6)。 調査地点ごとに上述した 6 項目の水質データが存在する。GIS 上の調査地点をクリック すると、水質の変化を示すグラフのページにリンクするようにした。図 7 は、一例と して幹-2(幹線排水路 2 番)における水質グラフを表示したものである。 図6 大潟村における農業用排水路の水質 GIS 78 【190401】 調査点No. 幹線排水路-2 〔八郎潟干拓地中央部 みゆき橋付近〕 (各値とも年平均値) 8 .0 0 2 .5 7 .8 0 2 T -N ( ppm) 7 .6 0 pH 7 .4 0 7 .2 0 7 .0 0 1 .5 1 6 .8 0 0 .5 6 .6 0 6 .4 0 0 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1979 1980 1981 1982 調査年 1984 0.20 1 .2 0 0.16 1 .0 0 T- P (ppm ) EC(mmho/cm) 1 .4 0 0 .8 0 0 .6 0 0 .4 0 0.12 0.08 0.04 0 .2 0 0 .0 0 1979 1980 1981 1 9 82 1983 0.00 1984 1979 1980 調査年 1981 1982 1983 1984 調査年 700 1 0 .0 600 8 .0 500 C OD(ppm ) 蒸 発 残 渣 (ppm) 1983 調査年 400 300 200 6 .0 4 .0 2 .0 100 0 .0 0 1979 1980 1981 1 9 82 1983 1979 1984 1980 1 9 81 1982 1983 1984 調査年 調査年 図7 干拓後の農業排水の水質の変化(調査地点 幹線排水路-2:みゆき橋下) ※調査地点とグラフをリンクさせて表示できるしくみになっている 79 【190401】 ⑤ 田んぼの生きもの調査 GIS 「田んぼの生きもの調査」は、NPO 法人田んぼ等が提唱している農業者自身による水 田の生物調査である。近年大潟村でも少しずつ実施されるようになってきた。この調 査は圃場を特定して行うため、個人情報保護の観点から、本サブグループでは実際の 調査データではなく仮想的な GIS を掲載する(図 8 は調査地点を示し、図 9 が調査概 要を示す)。 図8 大潟村における田んぼの生きもの調査地点(仮想図) 80 【190401】 図9 大潟村における田んぼの生きもの調査の紹介(仮想図) (大潟村住民団体主催による活動) 81 【190401】 ⑥ 渡り鳥調査 GIS 本研究プロジェクトのメンバーである行松健一教授が試作した「GPS を利用したフィ ールド情報収集システム」を利用すれば、地域全体を対象とした渡り鳥の飛来状況調 査が可能になる。まだ実際の調査は行っていないので、仮想的な GIS を掲載する(図 10)。 ① ③ ② 図 10.大潟村内外における渡り鳥調査地点(仮図) 82 【190401】 ☆観察メモ☆ 地点① 調査日時:2006年12月10日 午前 調査地点:○○圃場にて たくさんのハクチョウたちが 田んぼの落ち穂をひろって食べていた! 一生懸命食べている姿がかわいくて、 寒いけれど、みんなで見入ってしまった。 〔観察できた種類〕 ・オオハクチョウ ・コハクチョウ ☆観察メモ☆ 地点② 調査日時:2007年2月11日 午前 調査地点:○○圃場上空にて 日本内でも観察するのが難しい、 ハクガンの群れを観察(計9匹) 風切り羽が黒いのが特徴! ☆観察メモ☆ 地点③ 調査日時:2006年12月10日 調査地点:西部承水路南部 AM にて こちらも写真にとらえるのはとても難しい、 クロツラヘラサギを観察できた! 調査メンバーみんな大感動!! 図 11.大潟村における渡り鳥観察会の調査地点とその様子(仮図) (大潟村住民団体主催による活動、2006 年度の冬期間) 83 【190401】 (4)研究成果②:GIS 等を用いた合意形成支援システムの可能性と課題 以上のような画像・映像情報を用いて、地域農業環境情報の視覚化が認識共有化や 合意形成にどのような効果があるかを研究会の議論を通じて検討した結果、次のよう な知見が得られた。 ① 一般の農業者は自分の圃場に対してはリアルな感覚を持っているが、それ以外の圃 場については知識や実見した経験があまりない。そのためか、環境保全型農業 GIS の俯瞰図を見てもリアルな反応や、活用法についての生き生きしたアイディアは生 まれにくかった。環境に関心の高い農業者からは栽培方法と水質の関係など環境に 関して具体的なアイディアが提起されたが、GIS のデータに即した提案は少なかっ た。 ② それに対して、村全体を映す衛星写真は多くの人の関心を引いた。衛星写真を掲示 しておいただけで、研究会メンバーは写真を見ながらおもしろそうに意見交換をし ていた。これは上林徳久氏が指摘するように、GIS に比べると衛星写真の方がはる かに情報量が多く、生活者の日常生活から生まれる経験知を働かせる余地が大きい ことを示しているように思われる。言いかえると、研究者が特定の問題関心から作 成した GIS が、その問題について一定の関心や知識のない人の想像力を刺激するの は難しいようである。 ③ GIS を見ながらさまざまなアイディアを提起してくれたのはむしろ研究者、農業指 導員、行政担当者であった。彼らから出たのは、たとえば病害虫の発生予察への活 用、栽培履歴の営農指導や施肥設計への活用、転作状況の把握などであった。日頃 から地域農業全体を対象とした仕事をしている専門家は抽象的な GIS データを自分 の問題意識に引きつけて想像力を働かせるということがわかった。 ④ 以上のように、GIS 単独では一般の農業者の想像力を刺激することが難しいことが 明らかになった。しかし、GIS をベースに衛星写真、個別事象の写真、図表等の画 像情報、文字やデータ等の非画像情報を組み合わせて表示することによって、抽象 的な GIS にリアルな経験知を働かせる余地が生まれることが明らかになった。いわ ば、抽象的なデータとリアルなデータを効果的に組み合わせることができれば、現 実感覚が複層化し、新たな発見、現実に対する新たな感覚やイメージ、親近感など が生まれる可能性がある。 ⑤ 地域農業環境は多くの要因が複雑に関係しており、相互関係を解明するのは容易な ことではない。たとえば栽培方法と農業排水の水質の関係を取ってみても、栽培方 法 GIS と農業排水の水質 GIS を重ねただけでは相互関係の解明にはつながらない。 たとえば、大潟村の場合八郎湖の富栄養化に対する農業排水の影響は主として代か きと田植え直前の強制落水にあることが明らかになっている。代かきと田植えは 5 84 【190401】 月に行われることが多いので、栽培方法と農業排水の水質の関係を解明するために は 5 月の農業排水の水質が重要になる。このように GIS には地域農業環境の諸要因 間の因果関係を推定するための発見的機能があるが、実際に因果関係を解明するに は別の実証研究が必要になる。 (5)研究成果③:「大潟村農業環境情報サイト」(案)の構築 このように、本サブグループの研究によって、地域農業環境情報の視覚化の効果に ついていくつか重要な知見が得られたが、より多くの情報を収集しながら、一層の解 明が必要である。そこで、今後の研究に役立てるために、上述の各種の画像・映像情 報を統合し、簡易に利用できるように、 「大潟村農業環境情報サイト」(案)を構築した (図 12)。 図 12 視覚化された農業情報・環境情報を統合するための 「大潟村農業・環境情報サイト」のトップページ(案) 85 【190401】 <GIS 等を使った環境創造型農業の推進手法の研究会参加メンバー (敬称略)> ○秋田県立大学 教授 谷口吉光(全体とりまとめ責任者) 教授 金田吉弘(土壌肥料学研究者の立場からの意見提供) 准教授 近藤 正(農業水利学研究者の立場からの意見提供) JST 研究補助員 楡井寿枝(GIS データベース入力や画像作成、研究会準備・連絡調整) JST 研究補助員 佐藤順子(GIS データベース入力や画像作成、研究会準備・連絡調整) JST 研究補助員 岡田 綾(GIS データベース入力や画像作成、研究会準備・連絡調整) ○秋田大学 教授 行松健一 准教授 橋本 助教 仁 内海富博 他、秋田大学大学院生、学生4年生ら (センサーネットワークや GPS 端末および GIS を利用したフィールド情報収集 システムの構築についての提案と情報提供、ニーズの抽出) ○秋田県農林水産技術センター農業試験場大潟農場(秋田農試) 主任研究員 渋谷 岳(秋田農試側としての意見提供) ○大潟村農家(6人) 角田和太留、倉石健司、相馬喜久男、矢久保 諭、小玉公彦、武田泰斗 (農家の立場から、GIS 等を使った環境創造型農業の推進に対する意見提供) ○大潟村役場(産業建設課) 加藤光行、小林豊 他 (行政の立場から GIS 活用に対する意見者) ○JA大潟村(営農支援センター) 菅原博樹 他 (農協における営農支援の立場から GIS 活用に対する意見者) ○大潟村水土里ネット(大潟土地改良区) 近藤一彦、金野貴志 他 (水路管理などを行う土地改良区の立場から GIS 活用に対する意見者) 86 【190401】 4.4 水質改善技術の社会経済的評価手法の開発(社会経済的評価グループ) 秋田県立大学 地域共同研究センター 谷口吉光 (1)研究目的と方法 本研究プロジェクトでは、大潟村をフィールドにしながら、農業排水の負荷を削減す る農業技術を様々な側面から開発・普及する方法を検討してきたが、首尾よく水質保全 効果が高い技術を開発したとしても、それだけでその技術が普及するわけではない。多 くの消費者(都市住民)がこうした技術で栽培された農産物の価値を理解し、積極的に 購入することが必要である。それに加えて、そうした農産物を通常栽培(慣行栽培)の 農産物よりも高い価格で購入してくれれば、農業者には大きな励みになり、水質保全技 術は大いに普及するだろう。 しかし、従来の市場的価値判断で評価されるのは農薬や化学肥料の使用を削減した「有 機農産物」(JAS有機農産物)や「特別栽培農産物」(減農薬農産物など)だけであり、 水質保全技術(たとえば無代かき栽培)で栽培した米が高い市場評価を得ることはほと んどなかった。これでは農業者が水質保全技術に取り組む動機付けは得られない。実際、 大潟村で取り組まれている環境保全型農業技術のなかで普及が進んでいるのは、高価格 が期待できる有機農産物や特別栽培農産物と、省力・低コスト技術である肥効調整型肥 料(苗箱まかせ)等であり、水質保全効果が高い不耕起栽培や無代かき栽培は著しく普 及が遅れている。2006年の大潟村の調査によると、JAS有機栽培が663ha、特別栽培が 4,744ha、苗箱まかせ3,750haとかなりの拡がりを見せているのに対し、不耕起はわずか 17ha、無代かき223haにとどまっている(表1)。 そこで本研究では、水質保全技 表1 大潟村における主要な栽培様式(2006 年) 栽培様式 JAS有機栽培(転換中を含む) 面積(ha) 術で栽培した農産物(米)が消費 人数 者の正当な評価を得るために、◇ 663 103 特別栽培 4,744 498 苗箱まかせ 3,750 288 するためにブランド販売実験を 浅水代かき 3,031 264 行う、◇こうした米の社会的機能 側条施肥 1,145 95 直播き 45 6 不耕起 17 7 直接支払い制度を検討すること 223 25 を計画した(図1)。このうちブ 無代かき 出典:大潟村 こうした米のブランド化を検討 を評価するために大潟村の環境 ランド販売実験については、先行 する研究サブグループの研究の遅れと米価の大幅下落という社会情勢の変化によって、 実験を行うことができなかった。また直接支払い制度の提案については、本研究プロジ ェクトで直接実施することはできなかったが、筆者が座長をしていた「環大潟村水域・ 87 【190401】 水質改善連絡協議会・環境保全型農業推進分科会」において議論を進め、2006年12月に 答申した「大潟村環境創造型農業推進計画」(案)のなかで提案した(章末の資料参照)。 「水質改善米」のブ ランド化の検討 市場による評価 農産物価格 への転嫁? 無代かきや代 かき栽培等の 水質改善効果 財政支出によ るコスト負 担? 政策による評価 環境直接支払い等、 新しい農業補助制 度の提案 図 1 社会経済的手法の研究方法 以上のように、本サブグループでは研究期間を通じてはっきりした実験や調査を行うこと はできなかったが、筆者なりに研究テーマについて考察を進め、環境保全に取り組む農業者 の努力を正当に評価するための「新しい農業評価の枠組み」を考案した(次ページに記載) 。 そして、2007 年 11 月 23 日に米流通団体と消費者団体の関係者を大潟村に招き、 「農家の環 境保全努力をどのように評価・支援するべきか」という公開研究会を開催し、筆者の提案を 検討してもらった。 (図 2) 公開研究会の概要 ○期日 2007年11月23日(金) ○会場 秋田県農業研修センター ○報告とパネルディスカッション 山本伸司氏(パルシステム消費生活協同組合) 長谷川満氏(株式会社 大地) 原 耕造氏(全農) 市村忠文氏(ふーどアクション21) ○聴衆 大潟村農業者・研究者等 約30名 図 2 公開研究会の様子 88 【190401】 (2)「新しいエコ農業評価の枠組み」について この研究会で筆者は次のような内容の基調報告を行った。 「環境に配慮した農業」(以下、蔦谷栄一氏にならって「エコ農業」と略)がこれか らの日本農業の柱になることは間違いない。農林水産省も2007年度から「農地・水・環 境保全向上対策」を実施し、2007年11月には「生物多様性国家戦略」を発表するなど環 境重視の姿勢を強く打ち出している。しかし、これまでエコ農家の経営基盤は圧倒的に 「慣行価格の上乗せ(加算金)」という高付加価値販売に支えられてきた。これは米価 がある程度の水準で維持されていれば農業者の経営を支えることができたが、最近のよ うな米価大幅下落の局面では加算金も下落するから農業者の経営を支えることが難しく なっている。しかし、近年、高付加価値販売に代わる新しい農業評価の提案が各地でな されているので、これらの動向をふまえて「新しいエコ農業評価の枠組み」を提案した い。 ここでは、環境保全に取り組む農業者の努力を評価する手法を4つのアプローチにま とめてみた。第一は、先ほどから述べている「高付加価値販売」である。高付加価値販 売とは、農薬や化学肥料の削減によって農産物の安全性を高め、環境保全効果を高めた ことから農産物に付加価値が発生したとして、農産物を高く販売するアプローチである。 これまで、エコ農産物の価格形成は圧倒的に高付加価値販売アプローチであった。図3 で示したように、一般的には高付加価値販売には栽培方法によって付加価値の階層があ り、JAS有機栽培(または同等のPB規格)が最も付加価値が高く、次いで特別栽培(ま たは同等のPB規格など)、慣行栽培が最も価値が低いと見なされている。実際、農産物 価格も、慣行栽培の価格に「JAS有機加算金」や「特別栽培加算金」として数千円を上 乗せするという形で価格決定をする場合が多い。 しかし、最近の農産物価格の価格低迷によって加算金も下落している。特に、米につ い て は 2007 年 度 の 大 幅 な JAS有機、または同等規格 価格下落(俗に言う「1万 円米価」)という状況下で 特別栽培、または同等規格 は若干の加算金がついても 農家経営の維持すら難しく なっている。 慣行栽培 高付加価値販売アプロー チは、エコ農業の経営基盤 を市場の価格形成機能に依 存させる方式であるが、今 図 3 高付加価値販売アプローチ 89 【190401】 後エコ農業の一層の推進のためには、市場原理に依存しない、より安定した支援のアプ ローチが求められている。 最近注目されている第二のアプローチは「環境直接支払い」である。これはエコ農業 を行うためにかかる追加的費用を行政の補助金で補填するというアプローチである。な ぜエコ農業の支援を財政負担で行うのかという疑問については次のような理由で説明で きる(図4)。エコ農業は「安全な農産物の生産」と「地域の環境の質の向上」という2 つの価値を作り出す農業と見なすことができる。前者の価値は(たとえば「安全な農産 物」という形で表現されているが)、農産物に付与されると考えられるから、エコ農業 に要する追加的費用(有機質肥料の購入や除草に要する賃金など)は農産物価格に転嫁 されるべきものだと考えられる。エコ農業を「高付加価値農産物」と見なす根拠はここ にある。他方、後者の価値(「環境にやさしい農業」などと評される)については、環 境は公共財(あるいは宇沢弘文のいう社会的共通資本)と考えられるから、その質の向 上に要する費用は財政支援など公共的負担によるべきだと考えられる。以上の理由から、 エコ農業に対する経済的支援策のひとつとして環境直接支払いは正当化されるが、現実 にこれが社会的な拡がりを見せるようになったのはガットウルグアイラウンドやWTO (世界貿易機関)における農産物自由化の圧力が強まり、関税率の引き下げなど自由化 による農業者の収入減少を補填する方策として注目されるようになったからである。 エコ農業は2つの価値 を作り出している 安全でおいしい 農産物を作る 地域の環境を よくする これは農産物の価値なので 必要な費用は価格に上乗せ するべき これは環境という公共財の 価値なので必要な費用は 税金で支払うべき これが環境直接支払いの根拠 図 4 環境直接支払いの根拠 第三のアプローチは、全農の原耕造氏が提唱している「民間型環境直接支払い」であ る(図5、6)。これはエコ農業を支援したいという消費者(市民)が、エコ農産物を購 入する際に、一定額の「環境直接支払い」を支払い、それを基金として積み立て、エコ 農業者への支援に使うという制度である。一見すると高付加価値販売と同じように思え るが、それとの違いは民間型環境直接支払いでは「環境直接支払い」が農産物価格と別 に支払う点にある。原氏のいう「環境直接支払い」は、一般市民がエコ農業者に対して 90 【190401】 いわば「寄付」をすると考えるとわかりやすい。エコ農産物の価値に対する「加算金」 ではなく、エコ農業者を支援する意志表示としての「寄付」なのである。 また行政が行う環境直接支払いとの違いは、「民間型」が一般市民の任意の寄付を原 資とするのに対し、「行政型」は税金を原資とする点にある。行政型を実施するには新 しい法制度を作り、財源を行政予算のなかで確保しなければならないが、現在の政府の 財政状況ではエコ農業の推進に十分な財源を確保するのは難しいし、また時間がかかる。 それに対して「民間型」は政府の動きを待つことなく、意識ある市民が自発的に始める ことができる点で時宜にかなった制度であるといえる(図7)。 「民間型」は非常に斬新な、おそらく世界に先例のない制度であり、実際のシステム 構築や運用には多くの試行錯誤があるだろうが、その普及を大いに期待したい。 民間型環境直接支払い制度の概要 変貌した生産者 環境直接支払い 調査活動支援 覚醒した消費者 環境支払い基金 マイレージ・活動促進 環境NPO 自然保護団体 地域活動団体等 生物多様性農業支援C 図 5 民間型環境直接支払い制度(原耕造氏による) 民間型環境直接支払い認証の仕組み 認証申請 地域活動組織 認証 【検査項目】 生産工程記帳 分別保管 活動計画 市民の参画 生きもの調査 データの公開 HPの開設 ブログの作成 検査報告 生 物 多 様 性 農 業 支 援 セ ン タ | 認証申請 流通店舗 複数店舗可 認証 【検査項目】 検査報告 検査依頼 加工工程記帳 分別保管 会員登録 PRソフト導入 データの公開 店頭情報開示 送金システム 生物多様性活動検査員 図 6 民間型環境直接支払い認証の仕組み(原耕造氏による) 91 【190401】 エコ農業は2つの価値 を作り出している 安全でおいしい しかし、国の動きを待つ 農産物を作る のではなく、意識のある 消費者が自発的に産地に これは農産物の価値なので 寄付をする仕組みを作る 必要な費用は価格に上乗せ (民間型環境直接支払 するべき い) 地域の環境を よくする これは環境という公共財の 価値なので必要な費用は 税金で支払うべき 図 7 行政型環境直接支払いと民間型環境直接支払いの違い (図 4 を一部修正して提示) 第四は、筆者が「地域環境農業ブランド」と呼ぶアプローチである。これは、野生生 物の保全等をテーマに地域農業全体を特徴づけ、農産物の有利販売に結びつけようとす るアプローチである。たとえば兵庫県豊岡市では、野生復帰したコウノトリのエサ場と して水田を利用するために「コウノトリ育む農法」という技術の普及が図られている。 これは、農薬や化学肥料の使用削減と「中干し延期」等の水管理技術を組み合わせて、 コウノトリのエサとなる水田の小動物の増殖を図ろうとする技術である。この技術で栽 培された米は「コウノトリ育米」というブランドで販売されている(図8)。 兵庫県豊岡市「コウノトリ育み農法」 図 8 「コウノトリ育む農法」の紹介の様子(兵庫県豊岡市にて、筆者撮影) 92 【190401】 「地域環境農業ブランド」は全国に広がりつつある。宮城県大崎市では蕪栗沼と周辺 の水田をラムサール条約登録し、「冬期湛水田(ふゆみずたんぼ)」などの技術で渡り 鳥の越冬地とエサ場を提供するという取り組みが進められているし、滋賀県では琵琶湖 特産のフナ寿司の原料であるニゴロブナを増やすために水田をニゴロブナの稚魚の住処 とする「魚のゆりかご水田」の取り組みがある(図9)。いずれも生物保全を促進する農 業技術で栽培された米をブランド化して販売している。 「地域環境農業ブランド」は高付加価値販売に似ているけれども、こうした農業技術 は米の品質や安全性の向上に寄与するというよりは、生態系保全という点で水田環境の 質の向上に資する技術である。従って、その米を買うことによって消費者がエコ農業に 取り組む地域農業を支援するという意味の方が強いと考えるべきだろう。米の付加価値 向上というよりは、消費者による地域農業への寄付という意味が強い。 図 9 魚のゆりかご水田の様子(滋賀県 JA グリーン近江大中の湖支店 生産部会による、筆者撮影) キノヒカリ特許栽培 以上、農業者の環境保全努力を評価・支援するための手法として「高付加価値販売」 「行政型環境直接支払い」「民間型環境直接支払い」「地域環境農業ブランド」の4つ のアプローチを検討してきた。「高付加価値販売」が農産物の商品特性に対する経済的 評価なのに対し、それ以外の3つは環境保全・環境創造に取り組む農業者の行動に対す る社会的評価という点に大きな特徴がある。支払われる金に対する意味づけも「商品の 価値に対する対価」ではなく、「農業者の行動に対する支援・寄付」という意味の方が 強い。 筆者はこれらの手法を組み合わせて、図10のような「新しいエコ農業評価の枠組み」 を作成してみた。上記の4つのアプローチはいずれも一定の根拠と効果があるが、この なかのどれか1つだけで農家の環境保全努力を十分に評価・支援できるとは言い難い。 93 【190401】 従って、これらに従来から存在する「産地ブランドや個人ブランド」を加えた5つのア プローチを重層的に展開することによってエコ農業に取り組む農業者の経営基盤を支え る必要があると考える。 地域的・点的 産地ブランドや個人ブランド 地域環境農業ブランド 市民による寄付・投資 ある程度のプレミアム 国による環境直接支払い 広域・国家規模 これらの仕組みを重層的に展開することによって、 エコ農業の経営基盤を支える必要がある。 図 10 新しいエコ農業評価の枠組み 次に、以上の議論を大潟村に当てはめた場合にどうなるか検討したい。大潟村におけるエ コ農業の取り組みは 1970 年代後半に始まり、すでに 30 年に及ぶ実績がある。そのなかには 「除草剤 MO(CNP)の使用中止」(1983 年)、「農薬の空中散布中止」(1990 年)、「馬場 目川上流部のブナ植林運動」 (1993 年)など全国に先駆けた取り組みも見られる。その後 1990 年代に米流通自由化の流れに乗って、村内に数多くの出荷団体が形成されたほか、個人産直 も盛んになり、大潟村は「個人・出荷団体による米産直」というビジネスモデルを確立した。 しかし、1995 年の食糧法施行以来、米流通自由化はますます加速し、全国の米生産者や産地 が産直に参入するに及んで先行者利益を享受してきた大潟村の優位性は失われ、米価下落傾 向の下、大潟村の農業経営は難しさを増している。 しかし、同時にこの時期村では地域環境農業への模索が進められてきた。それは 1997 年の 後継者世代による「連続講演会 稲作農業者の生き残る道」、98 年旧秋田県立農業短期大学 との共同研究「環境保全プロジェクト」、01 年「21 世紀大潟村環境創造型農業宣言」、06 年「環境創造型農業推進計画」(「大潟村版環境直接支払い」を提案)、07 年「農地・水・環 境保全向上対策」の指定と続いている。 他方、大潟村は全国最大の環境保全型稲作産地である。表1に示されたように、JAS 有機 栽培 633ha、特別栽培 4,744ha という規模は間違いなく全国最大である。また面積は必ずし 94 【190401】 も多くないとはいえ、不耕起栽培、無代かき栽培、直播など新しい取り組みも盛んである。 あるいは生物多様性との関連で、田んぼの生きもの調査に取り組んでいるグループもある。 しかし、同時に大潟村を取り巻く八郎潟残存湖(通称「八郎湖」)の富栄養化は年々深刻 化の度合いを増しており、これが大潟村の産地イメージを損なう恐れが出てきた。2007 年 12 月には八郎湖が全国 11 番目の「湖沼水質保全特別措置法」(湖沼法)の指定を受けるに至っ た。八郎湖の水質悪化の原因として農業排水の負荷(窒素、リン)が挙げられており、大潟 村にも農業排水の負荷削減が強く求められている。 このような状況下で、目下の大潟村農業の課題は、八郎湖への負荷を減らす技術の開発・ 普及を地域ぐるみで推進する社会システムを地域環境農業ブランドとして構築することであ る。米産直時代に確立した団体・個人ブランドはたくさんあるので、これに地域環境農業ブ ランドが加われば環境創造と農業振興のための強力な推進力になろう。本章の最後に添付し た「八郎湖への環境負荷を減らし、豊かな生きものを生み出す大潟村農業をめざして- 大潟村環境創造型農業推進計画(案)」は、このような問題意識に立って、筆者が座長を 務めた「環大潟村水域水質改善連絡協議会・環境保全型農業推進分科会」が 2006 年 12 月に黒瀬喜多大潟村長に答申した計画である。JST の本プロジェクトと連携しながら進 めてきた分科会であるし、村独自の環境直接支払い制度を創設するなど本プロジェクト の研究に結びつく主張があるので本報告書に盛り込むことにした。 (3)公開研究会における議論 以上の基調報告に対して、パネルディスカッションでは次のような意見が出た。 ●高付加価値販売の今後 司会 高付加価値販売が今後どうなるのか4人の方に伺いたい。基調報告では米価低迷によ って高付加価値販売が難しくなるという予想が示されたが、みなさんの見通しはどうか。 A氏 ヤマハがピアノも知らない人たちにピアノをどういうふうに普及させたかというとま ずヤマハ音楽学校を広げていった。価値あるものでも価値のわからない人にとっては何の価 値もない。農産物でも同じで、まず農産物の価値を分からせることが必要だ。だから有機農 産物をありがたく食べてくれる消費者をいかに作り出していくか。固有のターゲットに向け て濃い情報発信をしていかなければならない。自分は「農産物は高く売るべきだ」と思う。 今までの大量生産大量消費はできるだけ物を安く作り安く売るのが正義だったが、これから は資源有限で価値ある物を高く買うという価値観を広げるべきだ。 環境直接支払いについていうと、農家に所得補償することによって農産物の価格を下げて もいいという論理が出てくる危険がある。所得補償してもらって後は何を作ってもかまわな いということになるかもしれない。まずは農産物を高く買う消費者を開発することが基本だ と思う。 95 【190401】 B氏 JAS 有機の米作りには生産コストに見合った適正価格があるので、JAS 有機をやってい る農家が余分にお金をもらって裕福な暮らしをしているとは思わない。また金持ちだけが高 い農産物を買っているわけではない。流通側の責任として、生産側の事情を消費者にきちん と説明していかなければいけないと思う。 これからなお米価が下がっていくと、JAS 有機と一般の価格差が市場では大きくなりすぎ て「何で JAS 有機はこんなに高いのか」という風潮になる可能性もある。その時に「なぜこ の値段なのか」「この安い値段で農家がやっていけるか」「安すぎないか」と消費者に聞いて みたい。この米を作るのにどのくらいの時間と肥料と手間がかかっているか説明したら消費 者も理解してくれるだろうと思っている。 ただ、あまりにも格差がつきすぎるという危惧はある。全国的に有機米が増えていく可能 性があり、これからも値崩れも起きてくる可能性もある。 C氏 マーケティング理論からいうとプレミアムというのはどういうマーケットを指してい るのか。国産農産物における有機農産物のシェアがわずか 0.16%の中ではプレミアの議論も 意味があるが、有機のシェアが 10%、30%というマーケットを前提にしたら、プレミアム議 論は通用しないだろう。マーケットというのは共通の価値観のベースがあって、その中で差 別化される部分が「プレミアムマーケット」だと思う。 ●環境直接支払いについて 司会 続いて、環境直接支払いについてみなさんの意見を伺いたい。 A氏 畑や田んぼを守っていく、環境に優しくて生物が対応していけるようなものを自分た ちが守っている。そのことに対してわれわれが感謝して公共性としてそれにお金を支払うと いうのは当然のことだ。国民合意を形成していくべきだと思う。 いくら金があっても周辺の農地や川が荒れて、台風が来ると土砂崩れが起きたり、農薬を 散々まいて水が枯れてしまうような状態でいいのか? 美しい村の風景があってそこで若い 人たちも働いている。そういうことを作っていくために意図的に我々は公共財としてのお金 を使おうと意図的に掲げる必要があるし、それは国がやればいいというだけじゃなく自分た ち自らも払うことを呼びかけるべきだ。その場合、集めたお金はどう使われたかというフィ ードバックは絶対必要だと思う。 B氏 環境支払いというが、今国はあまり当てにならないと思っている。FTA がアジアと日 本を結ぶ中で、FTA がらみの農家補助というのは環境省とは別に当然出て来るわけだが、国 としては「農地・水・環境保全向上対策」くらいが限界なのかなのではないか。農業と環境 96 【190401】 の問題というのは、滋賀県は琵琶湖の問題があるし、福島県も猪苗代湖の問題があったわけ で、要するに地域差がある。 私は環境を維持するには、水田のように水を張るというのが大事だと思っている、熊本市 は地下水が毎年減っていて調べたら減反で水を張らなくなったためという事例が出ている。 それで熊本では県で金を出して減反の田んぼに水を張ったという。これから田んぼに対して 県がどうするか考えるべきだ。 それから、畦(あぜ)の除草剤の問題が非常に増えてきて、畦をコンクリート化するとい うのが 1 つある。5 月の早苗の緑が景観として美しいのに、畦畔(けいはん)が除草剤で茶 色になっていてせっかくの景観を破壊している。畦を維持することが田んぼ作りに大事だと 思う。 C氏 環境直接支払いについては、基本は国がやることだ。自分としては国民会議でも設置 して広く 1 億 2 千万人に訴えかけるべきだと思う。訴えかけられた方も基本的なことを知ら ないと思うので理解を求める国民的運動をしなければいけない。 自分はその呼び水として「民間型環境直接支払い」をやって意識を高めていこうと思って いる。大潟村も野鳥の中継基地が水田や八郎湖ということをわかっていくことが大事だと思 う。 D氏 先ほど欧米では直接支払いが進んでいるという話があったが、なぜ欧米がそうなった かというと農業が環境を破壊してきたという歴史的な事実がある。できるだけ環境を破壊し ないような農業を求めてきた。日本はそういう意識が弱いが、その中で環境直接支払いをし っかりやらなければならない。農林省予算が 3 兆円切ってきたが、国としてどこに重点を置 くかということも含めて考えていかなくてはいけない。 ●大潟村の環境創造型農業の方向性について 司会 みなさんは、今の大潟村の現状を踏まえた上でこんなふうに進んでいくべきじゃない かというご意見をお願いします。 A氏 大潟村の生産者はやる気もあって力もあるし、いろんなグループもあって元気もいい が、大潟村全体の地域アピールがなかなかできていないのではないか。競争意識は絶対必要 だが、統一的な村をどう作っていくのかという議論が必要だと思う。大潟村の生産者が「自 分たちが農業と地域を変えるんだ」という熱い志で情報発信をやらないとだめだ。 B氏 今日配布された新聞には「八郎湖が湖沼法指定になる」という記事が出ているが、そ ういうニュースが出ると、八郎湖が非常に汚いというイメージが広まってしまう。風評被害 97 【190401】 の心配もある。消費者は非常に環境に対しては敏感だ。さっき話した畦に関しても、生産者 が自分たちで管理するとか、生産者がただ生産しているだけでなく、他に何か環境対策をや っているかということが問われてくる。 C氏 行政から流れてくるものを待っているのではだめだ。大潟村が前の時代の農業のモデ ルだったならば、新しい地球環境の「生物多様性大潟村戦略」じゃないが、生産調整論も何 も全部ひっくるめた形で、経済合理性から生物多様性に価値転換をするくらいの飛躍がほし い。農業だけじゃなくすべての価値転換を行えば、全国のモデルになっていくのではないか と期待している。 D氏 徳島の上勝町は「おばあちゃんの葉っぱビジネス」で有名になったところだが、これ は日本の市場をかなり独占している。ここはごみゼロ運動もやっていて、 「ゴミがない町の葉 っぱはきれい」というイメージができて、それが葉っぱビジネスのイメージアップにもつな がるという好循環が生まれている。農業は教育も環境とも関わるし、老後福祉の問題とも関 わってくる。大潟村もこれから先高齢化も進んでくると思うが、それを含めて今後どうする か。大きいところも小さいところも一緒になって村づくりに取り組んでいかなければいけな いと思う。 引用文献 谷口吉光、2007 八郎湖と共生する農業をめざして:秋田県大潟村における環境創造型農業 の取り組み、科学、77-6:600-604。 谷口吉光、2006 農業環境政策の転換にどう対応するか、第7回韓日中環境保全型稲作技術 国際会議報告書、17-22. 谷口吉光、2005 大規模稲作地域における競争的農業経営の確立と持続的地域発展の葛藤: 秋田県大潟村を事例として、農業問題研究、57:22-29. Yoshimitsu Taniguchi, 2005 “A Participatory Approach for building sustainable rice-farming systems in the reclaimed farmland of Ogata, Japan”、Proceedings of the World Rice Research Conference, Tsukuba, Japan: 411-412. 谷口吉光、2004, 環境創造型農業による村づくりをめざす大潟村、戦後日本の食料・農業・ 農村 第9巻 谷口吉光 農業と環境、農林統計協会 2003 347-362 エコ農業の価値実現と農産物販売:秋田県大潟村の環境創造型農業宣言を 事例として、農業経営研究、40-4:68-71 ページ。 98 【190401】 (4.4 章末資料) 八郎湖への環境負荷を減らし、豊かな生きものを 生み出す大潟村農業をめざして -大潟村環境創造型農業推進計画- (案) 平成 18 年 12 月 環大潟村水域水質改善連絡協議会 環境保全型農業推進分科会 99 【190401】 1.これまでの議論の経過 八郎湖の水質悪化の原因として、農業排水に含まれる SS(懸濁物質)、窒素、リンなどの 影響が指摘されてきた。農業排水の窒素やリンを削減するには肥料の施用量を減らすことが 重要だが、大潟村ではすでに化学肥料の施用量が全国の●程度にまで減っている。そこで次 に注目されているのが、代かき水に含まれる SS、窒素、リンの削減である。そこで、本分科 会では代かき水の水質改善を中心にして、八郎湖の水質に対する営農上の負荷を削減する方 法の解明と実施方法を検討してきた。この間議論してきたのは次の点である。 (1) 耕起・代かきの改善方法を検討するための圃場ブロック実験 これは平成 17 年から 18 年にかけて、F19 と F21 地区の各 30ha を無代かきブロックと代か きブロックとして、農家の協力を得ながら、水質改善に効果のある耕起・代かき方法が何な のかを追求してきた。その結果、次のことが明らかになった。 ① 無代かき栽培の方が、代かき栽培と比べて水質改善効果が大きい。 ② 無代かき栽培は春先に雨が多いと実施が難しく、天候を気にしながら作業しなければなら ないという欠点がある。しかし、3月下旬に早めにプラウしておけば、乾燥・砕土作業に 余裕ができるという報告もある。また、無代かき栽培にはプラウやレーザーレベラー等の 機械がないと安定的に実行するのは難しいという課題もある。 ③ 代かき栽培では圃場による水質の差が大きいが、水質がよい圃場の共通条件は①代かきの 回数が3回以下(荒代かき、代かき、手直しを含む)、②代かきが終わってから田植えま で7日以上空けている、③本田・育苗どちらにも化学肥料を使っていないことなどがある。 しかし、まだはっきりした原因はわかっていない。 (2) 大潟村における環境保全型農業の実態調査 推進計画を立てる前提として、村の環境保全型農業の実態調査が必要だという認識から、 平成 18 年に村の全農家を対象として圃場単位のアンケート調査を実施している。このデータ を集計して、GIS の地図に入力して村全体の実態を把握したい。 (3) 滋賀県の環境こだわり農業の視察 先進地として、平成 18 年 6 月に滋賀県の環境こだわり農業の視察を行った。その仕組みや 進め方に参考になる部分が多かった。 以上の成果をもとに、本分科会は、八郎湖の水質に対する営農上の負荷削減を目的として、 以下の「八郎湖への環境負荷を減らし、豊かな生きものを生み出す大潟村農業をめざし て-大潟村環境創造型農業推進計画-」(案)を提案する。 100 【190401】 2.大潟村の環境保全型農業の現状と課題 (1)八郎湖の水質改善と大潟村農業 大潟村は、化学肥料と農薬の使用量を減らす「特別栽培」(無農薬栽培、無化学肥料 栽培、減農薬減化学肥料栽培の総称)の面積が約 5,000ha、化学合成資材をまったく使 わない「JAS 有機栽培」の面積が約 700ha と全国最大の規模である(2003 年、JA 大潟村 調べ)。また単位面積当たりの化学肥料や農薬の使用量は全国の数分の一から十数分の 一という低い水準に達している。 しかし、八郎湖に対する農業排水の負荷量は減っていない。専門家の間では、八郎湖 の水質改善のためには耕起・代かき法に注目して、不耕起・無代かき栽培などの普及が 必要だという意見が強い。しかし、不耕起栽培には①専用の田植機が必要、②農家の努 力に対する市場評価が得られない等の理由で普及が進んでいない。同じく無代かき栽培 も①プラウやレーザーレベラーなど機械が必要、②農家の努力に対する市場評価が得ら れない等の理由で普及が進んでいない。 他方、圃場ブロック実験の結果、代かき栽培圃場では田面水の水質に大きなバラツキ があることが明らかになっている。そこで、代かき方法、田植え前田面水の水深、落水 の方法などを工夫すれば、代かき栽培でも環境負荷を大きく減らせる可能性がある。ま た、冬期湛水不耕起水田のような新しい技術が大潟村でも実践され始めている。 以上のように、水質改善のためにさまざまな方法が考案されている。これらを組み合 わせて、大潟村から八郎湖への農業負荷の発生量を大幅に削減する仕組みを作ることが 求められている。 (2)生きものと共生する大潟村農業 近年「生きものと共生する農業」という考え方が広がっている。宮城県大崎市(旧田 尻町)では蕪栗沼と周辺水田のラムサール条約登録、兵庫県豊岡市の「コウノトリと共 生する農業」、福岡県の「田んぼの生き物調査」に対する環境直接支払いなど、生き物 との共生をめざす地域農業再生の機運は全国に広がっている。 このような動きを受けて、大潟村でも生きものと共生する農業を広げていく必要があ る。すでに「大潟の自然を愛する会」や「こがむしの会」のような住民の活動がある。 しかし、生きものと共生する農業を実現するには課題も多い。①大潟村は八郎潟を干拓 して作られた村であるから固有の生態系というものがなく、新たに生態系を模索しなが ら作り上げていかなければならない、②また農地や水利施設などの農業基盤は大規模近 代農業を前提に作られているため、必ずしも生き物に配慮した構造になっていない、③ 加えて農業者の意識もまだまだ生きものには向いていない等々である。従って、取り組 みは①意識啓発・環境学習、②農業を通じた環境創出、③八郎湖の自然再生などを組み 101 【190401】 合わせてねばり強く取り組んでいく必要がある。 以上のように、八郎湖の水質への負荷を削減し、生きものと共生する農業を「環境創 造型農業」注) と呼ぶことにして、それを地域ぐるみで推進することが求められているの である。 注)化学肥料や農薬を削減する農業は一般的に「環境保全型農業」と呼ばれてきた。大 潟村では 2001 年に「21 世紀大潟村環境創造型農業宣言」を発表し、八郎湖と周辺地域 の環境の質を改善する「環境創造型農業」を地域全体で推進することを宣言している。 本計画はこの宣言の内容をより具体化するものである。 3.基本方針 基本方針1 環境創造型農業の普及により、八郎湖への環境負荷を大幅に削減します。 基本方針2 農業を通じて生きものと共生し、豊かな生態系を創り出します。 基本方針3 以上の取り組みに都市住民・消費者の関心と支援を集め、大潟村の地域イメージを 高め、ひいては農産物の販売促進に結びつけます。 102 【190401】 4.具体的な施策の進め方 (1)「大潟村環境創造型農業実施協定」(仮)を制定する この協定は、化学合成農薬や化学肥料の使用量を 5 割以下(※)に削減するとともに、代 かき水(濁水)の流出防止など八郎湖への環境負荷を削減し、生きものとの共生を図る技術 を用いた栽培を行うことについて、農業者と村長が協定を締結して、環境創造型農業の普及 を図ることを目的とする。 申請者の資格は大潟村の農業者個人または農業生産法人とする。 協定の期間は5年間とする。 協定を締結し、生産計画に定める方法で栽培を行うと「大潟村環境創造型農業者」の認定 を受けることができるほか、経済的支援(環境直接支払いなど)を受けることができる。 ※1 具体的な数値は秋田県の特別栽培農産物認証制度に準じる。 協 定 農業者 村長 農業者の役割 ○化学合成農薬と化学肥料の使用量を慣 行の5割以下に削減すること ○農業排水の負荷削減 ○その他環境に配慮した措置 ○協定の有効期間(5 年間) 「大潟村環境創造型農業者」 の認定 村の役割 ○農業者の取り組みデータを集計、取り組 み状況をモニタリングする。 ○目標達成状況をモニタリン・評価する。 ○農業者に対して経済的支援を行う。 経済的支援 (大潟村環境創造型農業直 接支払いなど) 103 【190401】 (2)栽培基準(次の①から③の要件を満たすことが必要です) ① 化学合成農薬と化学肥料の使用量を慣行の5割以下に削減すること (詳細は秋田県特別栽培農産物認証制度に準じる) ② 八郎湖・周辺環境への環境負荷を削減する技術を実施すること ※次の表のうち、課題ごとに●なら1技術、○なら3技術以上を実施する。 課 題 技術の名称 具体的な内容 農業排水の削 ●不耕起栽培の実施 耕起・代かき作業をしない。 減 ●無代かき栽培の実 代かき作業をしない。 施 ●冬期湛水の実施 冬期間水田を湛水し、耕起・代かき作業をしない。 ○水田からの濁水の 次の①~③をすべて実施する。 流出防止 ①あぜ塗り、けい畔シートの利用、けい畔の補修等に よる漏水防止対策を行う。 ②浅水代かき等により田植前(直播を含む)の強制落 水を行わない。あるいは上水落水を行う。 ③代かき後湛水深を 6cm 以下に保つ。 ○緩効性肥料の施用 肥効を調節した化学肥料を施用するか、施肥田植機を 利用して側条施肥をする。 または局所施肥 ○土壌診断に基づく 土壌診断に基づいて資材を必要量だけ施用する。 施肥 ○田面水のモニタリ 田面水の水質をモニタリングして、自分の水田の水質 を把握しておく。 ング 周辺環境に配 ●周辺環境に配慮し 次の①~③をすべて実施する。 慮した病害虫 た農薬の使用 雑草防除 ①廃液の出ない種子消毒法の実施(温湯消毒、粉衣消 毒等)または種子消毒の廃液を適正処理する。 ②農薬散布後数日間の落水、漏水を防止する。(※農 薬を使用しない場合は実施したと見なす) ③液剤を使用する場合は、薬液が残らないように調製 する。やむを得ず残った場合は散布むらの調整等に利 用する。(※液剤を使用しない場合は実施したものと 見なす) (有機資材を ●ワラのすきこみ ワラを焼却したりせず、水田にすきこむ。 使う人のみ)有 ●地域資源を利用し 地域内の有機資源を利用した資材を利用する。 機質の適切な た有機質資材の利用 利用 農業用廃プラ ●農業用廃プラスチ 使い終わった肥料袋、ハウス被覆フィルム、農ビ、農 スチック対策 ックのリサイクル ポリなど)、マルチ用ビニール、農薬容器などを野焼 きや不法投棄せず、JA等の回収に出す。 104 【190401】 ③ 生きものと共生する活動を実施すること ※次の表に掲げる活動のうち、全体から2活動以上を実施する。 課 題 活動の名称 具体的な内容 生きものを知る、 ○田んぼの生き物調査の 自分の水田で年 1 回以上調査するか、他の農 生きものの視点で 実施 家の調査に参加する。 見る ○自然観察会などへの参 干拓博物館などが行う自然観察会などに年 1 加 回以上参加する。 生き物の住み家や ○水田ビオトープの設置 圃場の一部にビオトープを作る。 通り道を増やす ○魚道の整備 水田と水路をつなぎ、魚類が行き来できるよ うにする。 ○鳥などの巣の保存 倉庫や圃場などに巣箱を設置するか、巣を片 付けずにおく。 八郎湖の水質改善 ○大潟村内外で行われる 八郎湖の水質改善や植生再生活動など、大潟 や植生再生活動に 環境活動への参加 村内外で行われる環境活動に年 1 回以上参加 参加する する。 (4) 目標達成状況の把握 八郎湖の水質悪化や生態系の危機的状況を考えると、大潟村から八郎湖・周辺環境への大 幅な負荷削減は確実に実行する必要がある。そのために、農業者の排水負荷削減の取り組み を集計・評価するだけでなく、それが実際の農業排水の水質改善に反映されているかどうか をモニタリングする必要がある。 そのために県立大学はじめ関連機関と連携し、圃場、支線排水路、3 箇所の排水機場の 3 段階で負荷量のモニタリングを行う。 ① 圃場:どのような栽培管理をすれば排水の水質がどうなるかを農業者自身が把握し、技術 改善に役立つように、希望する農業者の圃場田面水(田植前落水直前)の水質分析を行う。 その結果を集計・分析して農業者に返却し、次年度の営農に役立ててもらう。 ② 支線排水路:大潟村をいくつかのブロックに分け、各ブロックの取り組み改善を進めるた めに、それぞれの環境負荷量をモニタリングし、改善状況を農業者に知らせ、改善が不十 分なら一層の努力を促す。 ③ 排水機場:南部、北部、浜口の3機場から八郎湖への排水負荷量をモニタリングし、大潟 村からの排水負荷総量の削減状況を把握し、改善状況を農業者・関係機関に知らせ、改善 が不十分なら一層の努力を促す。 105 【190401】 (5)地域イメージの向上と農産物の販売促進 以上の取り組みが大潟村の地域イメージの向上に役立ち、ひいては農産物の販売促進につ ながるように、次の措置を行う。 ① 村と協定を結んで「大潟村環境創造型農業者」に認定された農業者には、専用のシールの 使用を認める。 ② 村は「大潟村環境創造型農業者」制度をPRして、認定された農業者のイメージアップを 支援する。そのために、村の環境創造型農業活動をHPなどを通じて情報発信する。 ③ 村は、環境創造型農業の活動を、村の農業者の消費者交流やエコツアーなどに利用できる ようにする。たとえば、①無代かき栽培の圃場に看板を立てて、見学を認める、②エコツ アーのための年間行事カレンダーやマップを作成する、③現場で取り組みを詳しく説明で きるガイドを養成するなど。 (6)目標 平成 21 年度までに、次の目標を設定する。 1 「大潟村環境創造型農業実施協定」を結んだ農業者の数と水田面積 現状 目標 (平成 15 年度) (平成 21 年度) 「大潟村環境創造型農業者」の認定数(人) ― 500 人 水田面積 ― 7,000ha 項目 2 八郎湖へ流入する大潟村からの営農由来の負荷の削減 現状 目標 (平成 15 年度) (平成 21 年度) SS ― 現状の 30%削減 T-N ― 現状の 30%削減 T-P ― 現状の 30%削減 項目 3 生きものと共生する活動の実施 項目 自然観察会等への参加人数 106 現状 目標 (平成 18 年度) (平成 21 年度) ? 現状の 2 倍 【190401】 (7)各主体の取り組み(今後の議論へ) この事業は大潟村村民が一体となって推進するため、農業者や農業団体、出荷団体お よび消費者等がそれぞれ次のような責任を持って主体的に取り組みます。 ① 農業者等 ② 農業団体 ③ 出荷団体 ④ 消費者 (8)推進体制の整備・強化 ①広報・啓発の実施 環境創造型農業の推進を図るため、広報・啓発活動を積極的に実施します。 ②関係機関との連携 ④ 試験研究の推進および技術支援 (9)進行管理と評価 行政評価システムの中で、推進計画に沿った施策の進行管理と評価を定期的に行いま す。 以上 107 【190401】 4.5 考察:社会システム/社会技術論における本研究の含意 秋田県立大学 地域共同研究センター 谷口吉光 (研究代表者) 筆者の専門は社会学(環境社会学、農業食料社会学)である。社会学者である筆者が 研究代表者となり、土壌肥料学者(金田吉弘氏)や情報通信工学者(行松健一氏)と共 同研究を実施するに当たっては、共同研究の進め方について筆者なりの理論と実践的工 夫があった。それがどこまで成功したかについては今後の検証を仰ぐしかないが、その 検証の材料として、社会システム/社会技術論における本研究の含意について筆者の考 えを簡潔に述べておきたい。 「社会技術の研究開発の進め方について」(社会技術の研究開発の進め方に関する研 究会)によれば、社会技術のとらえ方に2つの視点がある。ひとつは「技術の対象や目 的」に着目する視点であり、この視点から見ると社会技術は「社会システムを構築して いくための技術」と定義される。もうひとつは「技術の根源や根拠」に着目する視点で あり、ここから見ると社会技術は「理科系の科学と科学技術、並びに文科系の科学と科 学的技術とを包括したもの」と定義される 1)。それに続けて次のような一節がある。 「文 科系の科学と科学的技術なしには、望ましい社会システムの構築はあり得ない。問題は、 その社会構築に関わる文科系の科学技術が、必ずしも理論化・実証化された段階にまで 成熟していないということである」 2)。 筆者は「文科系の科学と科学的技術」という言葉には違和感を感じる。社会学という学問 は本来的に現実批判(あるいは反省)という性格を持っている。しかし、科学的技術 (technology)は本来的に手段的ないし道具的(instrumental)な概念であるから、 「文科系 の科学と科学的技術が必要」と言われると、社会学の批判的性格を封じて手段的な学問に転 ずるべきだと言われているように感じるのである。 しかし、同時に現代社会が抱える諸問題の深刻さを考えると、理科系・文科系を問わず問 題解決に貢献すべきだとも思う。何より、筆者自身が「研究の目的は現場の問題解決に貢献 すること」と考えてこれまで研究と実践を積み上げてきた。問われているのは、現実の問題 解決に対する社会学独自の貢献方法は何かということである。ここではそれを「問題-解決 アプローチ」として提示したい。その前段として、農業環境分野における社会技術の意味に ついて触れておく。 (1) 農業環境分野における社会技術の意味 社会技術を「社会システムを構築していくための技術」と定義した場合、農業環境分野に おいて社会技術はどのような意味を持っているだろうか。本報告書で前述したように、日本 108 【190401】 のように個々の農家が小規模で、農地も小さくかつ分散している場合、地域全体の農業環境 の保全・改善を図るためには多くの農業者の認識共有化と合意形成が欠かせない。しかし、 これまでの農業政策の進め方を見ると、個々の農業者の主体性や自立性を尊重するどころか、 むしろ地域共同体の圧力(いわゆるムラの論理)を利用して農業者の主体性や自立性を圧殺 する場合が大部分だったように思う。また補助金による誘導という手法も農業政策において しばしば用いられてきた。確かに金の力は大きいが、それによって農業者が助成金に依存し、 主体性を放棄するという弊害も生み出してきた。 環境創造型農業システムの構築に当たっては、そうではなく農業者個々の主体性や自立性 を踏まえた上での合意形成を図らなければならない。その場合のキーワードは、意思決定プ ロセスに対する「農業者の参加」ということである。同時に、農業環境問題の解決のために は、理科系の研究者の参加が欠かせない。本研究のフィールドである秋田県大潟村では八郎 湖の富栄養化という環境問題を抱えているが、この解決のためには土壌肥料学や農業水利学 など理科系研究者の協力が不可欠である。もちろん行政や農協、土地改良区などの関係機関 の参加も絶対に必要になる。 ここにおいて求められるのが、関係者の利害と科学的妥当性を考慮しながら、望ましい問 題解決に到達するように意思形成過程をコーディネートする技術である。農業分野における 社会技術の一つは、この意思形成過程のコーディネート技術にあると思う。 こうしたコーディネーションの仕事をするためには、①農業者を始めとする多様な関係者 の利害状況と主張、②理科系研究者の主張とその根拠、③当該の環境問題について広範な認 識と、具体的な課題を取り巻く状況に関する「見取り図」を持ち、④意思決定過程の成り行 きに対して一定の見通しを持っている等の条件を満たすことが必要である。 社会学はこうしたコーディネート技術の基礎となる現実認識を構築するのに好都合な方法 論を持っている。舩橋晴俊氏は、環境社会学を例に、社会学のこの特徴を次のように言い当 てている。 「(環境)社会学は、①社会諸現象を把握するにあたってのミクロ・メゾ・マクロの視点の 重層性、②注目する要因の多元性と開放性、③社会調査の手法の豊富なレパートリー、④人 間学的関心にもとづく問題意識の批判性ゆえに、個々の環境問題の全体像を把握するのに最 も都合のよいアプローチと言えよう」 (下線引用者)3) 舩橋氏はこの文章をこれ以上解説していないので、筆者の理解にもとづいて補足したい。 ①で言っているのは、社会学的分析は社会現象のミクロ・メゾ・マクロのどのレベルでも可 能であり、かつこれらのレベルを組み合わせることができる。ゆえに重層的な分析視点を持 つことができる。②で言っているのは、社会学は社会現象を引き起こす諸要因のうち、どの 要因でも分析することができる。従って複数の要因を多元的に分析することもできるし、新 109 【190401】 たな要因が出現しても扱うことができる。③で言っているのは、社会調査の手法には聞き取 り調査・アンケート調査・文献調査など非常に幅が広いということである。④で言っている のは、社会学の基礎には人文学の伝統があり、人間に対する共感的な姿勢がある。社会現象 を分析するときに、そこで弱者、被害者、住民の視点に立って、問題を引き起こす要因を批 判的に見る傾向があるのはこうした人間学的な姿勢があるからである。 筆者は舩橋による社会学の特徴付けに大いに同意するが、なお 2 点追加したい。それは社 会学的分析において要求される高度な抽象能力と、 「理解」という方法の重要性である。社会 学は人間の行動と諸関係を扱う学問であるが、人間の行動と諸関係が関わる現象なら、どの ような現象でも一定の分析をすることができる。それを可能にしているのは、多種多様な現 実から必要な概念を抽出するための高度な抽象能力である。たとえば、本報告書4.4では、 環境保全に取り組む農業者の努力を評価するための社会的経済的手法について論じているが、 現実にはバラバラに生起している諸現象を「高付加価値販売」「行政型環境直接支払い」「民 間型環境直接支払い」 「地域環境農業ブランド」の4つのカテゴリーに整理し、かつそれを図 1(前述した94ページに示した図を次ページに再掲)のような重層的な形に構造化し、 「こ れらの仕組みを重層的に展開することによって、エコ農業の経営基盤を支える必要がある」 と述べた。自画自賛のようだが、このような類型化の作業には高度で複雑な抽象化能力が必 要である。これらの仕組みには経済学的に把握できるもの(高付加価値販売など)と、社会 的な性格が強いもの(民間型環境直接支払いや地域環境農業ブランドなど)があるので、そ れらを一元的に整理してカテゴリー化するには、「エコ農業の経営基盤を支える社会的仕組 み」という一段抽象的な概念を設定する必要があった。 こうした抽象化の作業が社会学に特有のものだとは言えないが、経済学、法学、人類学な どの社会諸科学が自らの学問のアイデンティティにこだわって研究対象を限定する傾向があ る(「この現象は経済学では分析できない」等)のに対し、社会学はとにかく人間が関係する あらゆる現象に立ち向かい、一定の分析を加えようとする。それを支えるひとつの武器は高 度な抽象化能力である。 110 【190401】 地域的・点的 産地ブランドや個人ブランド 地域環境農業ブランド 市民による寄付・投資 ある程度のプレミアム 国による環境直接支払い 広域・国家規模 これらの仕組みを重層的に展開することによって、 エコ農業の経営基盤を支える必要がある。 図 1 新しいエコ農業評価の枠組み(4.4の図 10 を再掲) もうひとつ、社会学的分析の特徴として筆者が追加したいのは、マックス・ウェーバーが 社会学固有の特徴と述べた「理解」という方法である 4) 。端的に言って、社会学があらゆる 社会現象を扱うことができるのは、人間が関わる限り、現場に出かけていって関係者に話を 聞くことができるからである。社会学者は関係者に質問をし、関係者はそれに答える。その 回答は言語によってなされ、当然理解可能な形で話される(付言。理解可能だからといって、 すべての回答が簡単に理解できるわけではないのは当然であるが) 。社会学者は関係者から与 えられた回答の意味を理解するように努め、理解した内容を言説の形で再構成する。個人を 対象とした聞き取り調査であれ、集団を対象としたアンケート調査であれ、社会現象を「理 解する」という作業をしている点では同じである。 さて、話を意思形成過程のコーディネーションに戻そう。社会学的研究手法には以上のよ うな特徴があるので、地域農業環境問題を研究する社会学者は、その問題に関わる多くの関 係者に会って話を聞き、それぞれの主張の意味を理解しようとする。次に社会学者は自分が 「理解」した関係者の主張の意味を言説として再構成し、それをつき合わせて相互の連関を 把握しようとする。その作業に成功すると、社会学者はその問題に関する関係者の相互連関 を俯瞰する見取り図を作成することができる。この俯瞰的な見取り図はたとえば片桐新自氏 の主体連関分析と共通する部分がある。5) このような俯瞰的な見取り図がうまくできているかどうかは、その問題の関係者がその見 取り図に納得するかどうかで決まる。しかし、すべての関係者が自分の置かれた位置に満足 するような見取り図はおそらく存在しない。ある関係者が満足する見取り図は、それに敵対 111 【190401】 する関係者から見れば不満足なものであろう。しかし、見取り図作成において、社会学者が 重視する関係者(重要な主体)がその見取り図に満足し、自分たちの置かれた状況を認識す ることができたり、一定の行動の方向性を得たりすることができれば、見取り図作成は成功 したと言っていいだろう。もちろん、こうした作業は社会学者だけに特権的に許されている わけではない。社会学的訓練を受けた者でも、凡庸であったり、扱う問題との相性が合わな ければ説得的な見取り図を書けるとは限らないし、逆に社会学的訓練を受けたことがなくて も、広範な関係者の話を聞いて説得的な見取り図を書くこともできる。公害問題の分野でこ れに成功した著名な例として宇井純氏を挙げることができる。宇井の自主講座「公害原論」 は、公害の被害者・公害反対運動の参加者のために書かれた公害問題の見取り図であり、そ れがいかに説得力があったかは、初期の講座の記録がただちに筆記・印刷され、関係者に配 布されたという事実から知ることができる 6)。 説得的な見取り図を作成できれば、それに基づいて関係者を集めて意思形成作業を始める ことができる。社会学者は見取り図を書くだけで実際の意思形成作業に関わらない場合もあ るだろうし、自らが意思形成作業のコーディネーションに関わる場合もあるだろう。すぐれ た見取り図を作成する能力と、それに基づいて関係者間のコーディネーションをする能力は 必ずしも同じではない。しかし、調査をする過程で社会学者が現場の関係者とよい人間関係 (ラポール)を築いていれば、社会学者にすぐれたコーディネーションができる可能性があ る。 以上述べたことを要約すれば、①農業環境分野における重要な社会技術のひとつは意思形 成過程をコーディネートする能力である、②社会学はその研究手法の特徴を生かして、問題 に関する独自の俯瞰的な見取り図を作成することができる、③社会学者が説得的な見取り図 を書ければ、それに基づいて説得的なコーディネーションを行える可能性がある。 (2) 問題-解決アプローチと協働的研究 社会技術論のもうひとつの大きなテーマに、異なる分野の専門家の連携(いわゆる「文理 融合」)と、研究者と実践者の連携(適切な言葉がないので「研実連携」と仮に呼ぶことにす る)をどう進めればいいのかという問題がある。本プロジェクトにおいて、筆者はこの問題 に対するひとつの回答を用意した。それは「問題-解決アプローチ」と「協働的研究」であ る。 「文理融合」や「研実連携」の必要性が叫ばれながらなかなか一般化しないのはなぜか。 筆者の考えでは、村上陽一郎氏が言うように科学はもともと「分科の学」であり、専門性が 持つセクショナリズムを根絶することは不可能だと思う 7) 。ただ、異なる専門家や実践者が ある問題の解決のために協働しようという強い動機づけを持った場合には、彼らは自らの枠 を乗り越えようとするだろう。要は、そのような協働に向かう強い動機づけをどうしたら与 えられるかである。理論的に言えば、そのような協働が起こるのは、取り組もうとする問題 112 【190401】 が非常に深刻であり、研究者も実践者もつまらないセクショナリズムを超える必要性を共有 する場合であろう。 筆者が考える「問題-解決アプローチ」とは、ある問題をニーズと見、解決策をシーズと 見て、両者をマッチングすることによって問題解決を図るという「ニーズ-シーズアプロー チ」ではない。 「ニーズ-シーズアプローチ」においては、ニーズを抱える実践者とシーズを 持つ研究者が必ずしも協働する必要はない。適切なシーズ(技術)を現場に提供すれば問題 が解決されると想定されている。しかし、現場のニーズに真に適切なシーズが存在しない場 合もあるだろうし、適切なシーズが存在する場合でも、それを現場に適用する際に必要な調 整(adjustment)がなされなければそのシーズが適切に機能するとは限らない。 それに対して、 「問題-解決アプローチ」は、問題を抱える現場の実践者と解決策を持って いるかもしれない研究者を集めて「問題解決を考える場」を作るところから始まる。関係す る人々をまず集めるのである。 「問題解決を考える場」を運営するに当たっては、まず何より も参加者間で問題意識を共有することを目的とする。そして重要だと思われる課題について 何らかの継続的な共同作業を開始する。共同作業はできれば数年に渡って継続することが望 ましい。なぜなら、共同作業を続けることを通じて、参加者間で問題解決のプロセスを共有 することが必要だからである。文理融合や研実連携といっても、具体的な共同作業や話し合 い、時には酒を酌み交わしながらの親密な語り合いなどを通じて、人間的な信頼と共感が参 加者間で生まれてこなければ実現は難しいだろう。逆に、このような人間的信頼関係ができ れば、もはや研究者と実践者のどちらが「参加」しているということではなくなる。研究者 と実践者が問題意識を共有し、お互いの立場の違いを尊重しながらも、対等で真剣な研究が 実現した時、それを「協働的研究」を呼びたい。 本研究プロジェクトを通じて作った3つの研究会やワークショップは、このような「問題 解決を考える場」として意図されていた。この中で最も長期間継続したのが圃場ブロック実 験の研究会であり、3 年続いた。3 年続いたのは、年に 1 回しか行えない圃場ブロック実験の データの信頼度を確保するために 3 年間の実験が必要だったからである。3 年間で 3 回行っ た実験は機械的に前年の実験を繰り返すのではなく、その年に得られた知見を加えて実験計 画が拡充されていった。ある意味で、PDCA サイクルを 3 回まわしたことになったが、毎年新 しい発見があり、結果的にブロック実験は大変知的刺激に満ちたものになった。具体的な発 見を列挙すれば次の通りである。 ① 初年度は水田からの環境負荷だけに注目していたが、排水路由来の負荷の重要性に気づ き、2 年目からは排水路の水質測定を始め、結果的にそれが排水路由来の負荷計量に結 びついた。 ② 初年度は無代かき栽培の有効性を検証することが主たる目的だったが、圃場田面水の水 113 【190401】 質を測定したところ代かき栽培でも無代かき栽培と同等のよい水質の圃場があったこ とから、代かき栽培の水質改善効果に注目するようになり、2 年目からの代かき圃場に おけるより精密な水質測定に結びついた。 ③ 農業者には経験の少ない無代かき栽培に取り組み、中には予想外の効果を実感した人も いた。 ④ 排水路からの負荷の大きさに気づかされるとともに、圃場からの流出水による巻き上げ 防止のために流出水を受け止める古タイヤを排水路に沈めたり、水中堤を築いたりする という農業者の知恵を知ることができた。次年度以降の実験課題になっている。 ⑤ 共同研究を通じて研究者と農業者が問題解決プロセスを共有したことにより、新たな事 実の発見、認識の共有、相互理解の深化、信頼感の醸成などの効果があった。 ⑥ 共同研究における役割分担は、農業者の実践を研究者がデータによって適切に評価・検 証するということであり、それが順調に進められれば、一種の PCDA サイクルを回すこ とになった。 ⑦ 研究成果をマニュアル化することによってブロック実験の成果を地域に普及すること が可能になるところまで研究成果の実用化が進んだ。 このように「問題-解決アプローチ」は、活動を始めた当初は具体的な解決策が見えない が、共同作業を通じて予想もしない発見や視野の拡大があるところに面白さがある。圃場ブ ロック実験の場合では、結果的に実験終了時に、研究成果のマニュアル化という段階にたど り着くことができた。かなりよい成果を挙げたと言えるだろう。 それに対して、合意形成支援システムと社会経済的評価手法の開発については、同じよう に研究会やワークショップを立ち上げたが、 「問題-解決アプローチ」の利点を十分発揮した とは言い難かった。合意形成支援システムの研究会は半年間に 6 回の研究会を開催したが、 GIS に関しては農業者からのフィードバックを対する対応がスピーディに行えず、せっかく の研究会の議論を活性化することができなかった。それに対してセンサ技術の活用に関して は、農業者からの要望に対して秋田大学グループがすばやいフィードバックを提供してくれ たため、比較的短期間にいくつかの技術の萌芽を作り出すことができた。具体的には次の 3 点である。 ① 用水路の水位自動計測システム:圃場でのフィールド実験で無線とセンサを組み合わせ 114 【190401】 た情報収集が可能であることがわかり、農業用水の管理主体である大潟村土地改良区か ら、用水路の水位監視を自動化できないかとの要望が出てきた。これまでに最長 5 km の用水路に数カ所のセンシングポイントを置き、Wi-Fi 無線のタンデム伝送によって水 位データを収集する方法で、既製の類似製品の 1/2 以下のコストで実現可能であること を実験的に確認しており、近い将来実用化できる見通しを得ている。 ② GPS を利用したフィールド情報収集システム:大潟村のような広いエリアでは、位置情 報を利用した情報収集も有用である。圃場ごとの転作状況を簡便な GPS 付き携帯端末を 用いてチェックし、その結果を地図上に表示するシステムを試作してその有用性を確認 した。これについては来春からでも利用可能な状況にある。 ③ 農業排水の汚濁状況観測システム:圃場でのビデオ監視の応用形態として、排水路出口 付近の水質汚濁状況を常時ビデオで監視するシステムについても検討した。これまでの 研究成果を利用することで、技術的には十分実現可能であるが、カメラの設置場所やコ ストの点で解決すべき課題が残っており、本研究の期間内に実現することはできなかっ た。 社会経済的評価手法の開発に関しては、水質保全技術で栽培した農産物(米)が消費者の 正当な評価を得るために、①こうした米のブランド化を検討するためにブランド販売実験を 行う、②こうした米の社会的機能を評価するために大潟村の環境直接支払い制度を検討する ことを計画した。このうちブランド販売実験については、先行する研究サブグループの研究 の遅れと米価の大幅下落という社会情勢の変化によって、実験を行うことができなかった。 また直接支払い制度の提案については、本研究プロジェクトで直接実施することはできなか ったが、筆者が座長をしていた「環大潟村水域・水質改善連絡協議会・環境保全型農業推進 分科会」において議論を進め、2006 年 12 月に答申した「大潟村環境創造型農業推進計画」(案) (前述 99~107 ページ参照)のなかで提案した。 結果的に、社会経済的評価手法の開発に関しては研究期間中にはっきりした実験や調査を 行うことはできなかった。2007 年 11 月 23 日に米流通団体と消費者団体の関係者を大潟村に 招いて、 「農家の環境保全努力をどのように評価・支援するべきか」という公開研究会を 1 回 開催したが、一度だけの研究会では「問題-解決アプローチ」の利点を発揮することはでき なかった。 このように本研究プロジェクトを通じて「問題-解決アプローチ」を全面的に展開するこ とはできなかったが、その有効性を例証することはできたと考えている。 115 【190401】 (3)視覚化による認識共有の効果と課題 社会技術の議論において「俯瞰」ないし「俯瞰的視点」というのは非常に重要な概念であ る。俯瞰という言葉を文字通り解釈すれば、高所から見下ろす視点という意味であり、鳥瞰 と同義であろう。本研究プロジェクトにおいても、この言葉を 2 つの意味で使った。ひとつ は GIS や衛星画像などを使って地域農業環境情報を視覚化することによって得られる「俯瞰 図」の効果という文脈においてであり、もうひとつは社会学的研究手法を使って独自の「俯 瞰的見取り図」を作成できるという文脈においてである。社会技術論における「俯瞰」の概 念と、本研究における2つの「俯瞰」がどう関連しているのかをここで検討したい。 これまで社会技術論における「俯瞰的視点」の意味について、堀井秀之氏が提唱された次 の一節をもとに考えたい。 「社会技術のもうひとつの特長は、問題を俯瞰する、つまり高所から広く全体を見渡すと いう視座にある。社会問題を解決するには、その複雑性に対処する技術が必要である。問 題を俯瞰し、問題の全体像を把握することを支援する技術が複雑性を克服する手段となる。 問題の全体像把握を支援する概念は『構造化』と『可視化』である。構造化とは、全体 を構成している全ての要素を並べ上げ、その性質と構成要素間の関係を明確にすることを 意味している。可視化はいうまでもなく見えにくいものを目に見えやすくすることで、構 造化された情報を可視化することによって、複雑な問題の全体を把握することが可能にな る」8) 筆者の専門は社会学であるが、堀井氏は工学が専門である。その専門の違いが「俯瞰」の 定義によく表れている。筆者の視点から見ると、筆者と堀井氏の違いは次の 3 点にまとめら れる。第一に、堀井氏は社会問題を、その問題を取り巻いている社会的利害関係や権力関係 から切り離して、あたかも「もの」のように扱っている。そのことは上の引用文の「構造化 とは、全体を構成している全ての要素を並べ上げ、その性質と構成要素間の関係を明確にす ることを意味している」という一文に端的に表れている。しかし、筆者から見ると、社会問 題の解決を、問題を取り巻く社会的利害・権力関係から切り離して議論することなど不可能 である。社会学的に言えば、社会問題とは社会関係のひとつの現実的様態につけられた名前 に過ぎず、問題を実体的に見なして、あたかも知的・工学的に処理できるという堀井氏の前 提は受け入れがたい。 第二に、堀井氏は「問題の全体」という言葉を簡単に使っているが、複雑な社会問題の「全 体」把握そのものが実はきわめて困難な仕事ではないのだろうか。堀井氏の構造分析も可視 化も、問題の全体把握が簡単にできることを前提としているが、肝心の問題の全体把握の方 法に触れられていないのは方法論としては片手落ちであろう。それに対して、筆者の社会学 的俯瞰図は、上述したように、ある問題に関わる関係者に入念な聞き取り調査を行い、そこ 116 【190401】 から得られた意味連関をもとに「俯瞰的な見取り図」を作成し、それを関係者に提示して重 要な主体からの納得が得られたことをもってその俯瞰図の妥当性の基準とするという考え方 を提示した。 第三に、上述の2つの相違点と関連するが、堀井氏は問題把握や構造分析を論じる際に、 問題を取り巻く社会関係から超然とした絶対的・客観的視点があり得るという前提に立って いるように思われる。しかし、複雑な社会問題の解決を考える場合、絶対的・客観的立場が あると考えること自体が問題解決を阻害する危険性がある。複雑な社会問題の解決プロセス には絶えず不確実性(uncertainty)がつきまとう。従って、解決プロセスに関わる関係者は 自分の発言や行動が誤謬を含みうるという前提に立つ必要がある。そもそも問題解決プロセ スのマネジメントで PDCA サイクルや生態系管理における順応的管理などの概念が重視され ていることはそのことを示している。 以上、 「俯瞰」の概念について、堀井氏と筆者の相違点を検討した。次に GIS や衛生画像を 通じて、文字通り「俯瞰的」に地域を見ることの有効性と限界について検討しよう。この問 題を扱った4.3の結論部分を引用する。 ① 一般の農業者は自分の圃場に対してはリアルな感覚を持っているが、それ以外の圃場につ いては知識や実見した経験があまりない。そのためか、環境保全型農業 GIS の俯瞰図を見 てもリアルな反応や、活用法についての生き生きしたアイディアは生まれにくかった。環 境に関心の高い農業者からは栽培方法と水質の関係など環境に関して具体的なアイディ アが提起されたが、GIS のデータに即した提案は少なかった。 ② それに対して、村全体を映す衛星写真は多くの人の関心を引いた。衛星写真を掲示してお いただけで、研究会メンバーは写真を見ながらおもしろそうに意見交換をしていた。これ は上林徳久氏が指摘するように、GIS に比べると衛星写真の方がはるかに情報量が多く、 生活者の日常生活から生まれる経験知を働かせる余地が大きいことを示しているように 思われる 9)。言いかえると、研究者が特定の問題関心から作成した GIS が、その問題につ いて一定の関心や知識のない人の想像力を刺激するのは難しいようである。 ③ GIS を見ながらさまざまなアイディアを提起してくれたのはむしろ研究者、農業指導員、 行政担当者であった。彼らから出たのは、たとえば病害虫の発生予察への活用、栽培履歴 の営農指導や施肥設計への活用、転作状況の把握などであった。日頃から地域農業全体を 対象とした仕事をしている専門家は抽象的な GIS データを自分の問題意識に引きつけて 想像力を働かせるということがわかった。 ④ 以上のように、GIS 単独では一般の農業者の想像力を刺激することが難しいことが明らか 117 【190401】 になった。しかし、GIS をベースに衛星写真、個別事象の写真、図表等の画像情報、文字 やデータ等の非画像情報を組み合わせて表示することによって、抽象的な GIS にリアルな 経験知を働かせる余地が生まれることが明らかになった。いわば、抽象的なデータとリア ルなデータを効果的に組み合わせることができれば、現実感覚が複層化し、新たな発見、 現実に対する新たな感覚やイメージ、親近感などが生まれる可能性がある。 ⑤ 地域農業環境は多くの要因が複雑に関係しており、相互関係を解明するのは容易なことで はない。たとえば栽培方法と農業排水の水質の関係を取ってみても、栽培方法 GIS と農業 排水の水質 GIS を重ねただけでは相互関係の解明にはつながらない。たとえば、大潟村の 場合八郎湖の富栄養化に対する農業排水の影響は主として代かきと田植え直前の強制落 水にあることが明らかになっている。代かきと田植えは 5 月に行われることが多いので、 栽培方法と農業排水の水質の関係を解明するためには 5 月の農業排水の水質が重要にな る。このように GIS には地域農業環境の諸要因間の因果関係を推定するための発見的機能 があるが、実際に因果関係を解明するには別の実証研究が必要になる。 以上を要約すると、次のように言えるだろう。 ① 生活者の生きた経験知を刺激するには、GIS のような抽象的な地図ではなく、むしろ生の 情報を多く含む写真の方が効果的なようである。 ② 地域農業環境情報の相互関係を把握するには、GIS や写真に問題発見的な効果を期待でき るが、実際に因果関係を追求するには、別の実証研究が必要になる。 ③ むしろ GIS の利用方法としては、GIS をベースに写真、図表等の画像情報、文字やデータ 等の非画像情報を組み合わせて表示することによって、現実感覚の複層化を促し、そこか ら新たな発見、現実に対する新たな感覚やイメージ、親近感等の創出の方に期待が持てる。 (4) 「文理融合」「研実連携」型研究におけるプロジェクトマネージャーの役割 最後に、社会学者である筆者が代表研究者を務める際に配慮した事柄について述べて おきたい。上述したように、「文理融合」「研実連携」型研究プロジェクトを成功させ るには、「問題-解決アプローチ」によって参加者間の問題意識の共有と人間的信頼関 係の醸成に努めることが重要である。それに加えて、次の3点が重要になる。 ① 「俯瞰的な見取り図」を書くのが社会学者であるとすれば、プロジェクトマネージ ャーは研究プロジェクトそのものについても見取り図を書き、状況の変化に応じて 絶えず見取り図を修正しなければならない。実際には、本研究プロジェクトでも十 分な配慮ができずにトラブルを引き起こしてしまったこともあった。それでも、3年 118 【190401】 間にわたって延べ70名ほどの研究者と実践者の関与を得て一定の成果を挙げるとこ ろまで持ってきたのだから、本プロジェクトのマネジメントはまず及第点をつけて もよいと思っている。 ② 研究プロジェクトに関する俯瞰的な見取り図を描くと同時に、プロジェクトマネー ジャーは研究テーマを取り巻く社会情勢についても一定の見取り図を書いておく必 要がある。本研究プロジェクトについていえば、研究推進中にも大潟村や農業全体 の情勢は刻々と変化していた。たとえば、2007年4月から大潟村に農林水産省の「農 地・水・環境保全向上対策」が適用されたこと、2007年12月に八郎湖が「湖沼水質 保全特別措置法」の指定を受けたことなどが本研究プロジェクト実施中に起こった 大きな出来事であった。プロジェクトに影響を与える可能性のある情勢変化を絶え ず関知し、適切に対応しなければ、肝心の研究プロジェクトの目標達成も難しくな る場合がある。 ③ 最後に、「問題-解決アプローチ」を成功させるには、なによりプロジェクトマネ ージャー自身が私心を捨てて、参加者の誰よりも熱心に問題解決に貢献しなければ ならない。それがプロジェクトマネージャーに科せられた倫理的・道義的責任であ る。 注 1) 社会技術の研究開発の進め方に関する研究会、 「社会技術の研究開発の進め方について」 、 3 ページ。 2) 同上、4 ページ。 3) 舩橋晴俊、 「環境問題の未来と社会変動」、舩橋晴俊・飯島伸子編『講座社会学 12 環境』 、 東京大学出版会、1998 年、220 ページ。 4) マックス・ウェーバー(林道義訳) 、『理解社会学のカテゴリー』、岩波新書、1968 年。 5) 片桐新自、 『社会運動の中範囲理論』 、東京大学出版会、1995 年、100 ページ。 6) 宇井純、 『公害原論I』 、亜紀書房、1971 年、1 ページ。 7) 村上陽一郎、 『科学・技術と社会』 、光村教育図書、1999 年、9 ページ。 8) 堀井秀之、 『問題解決のための「社会技術」 』 9) 筆者との議論の中での発言。 119 中公新書、2004 年、iv ページ。 【190401】 5.研究実施体制 (1)体制 本研究プロジェクト組織 圃場ブロック実験グループ 秋田県立大学 生物資源科学部 生物環境科学科土壌環境科学研究室 水質改善技術の圃場ブロック実験を担当 情報システムグループ 秋田大学工学資源学部情報工学科 行松・橋本研究室 研究代表者 谷口吉光 環境創造型農業を支える情報システムの構築と評価を担当 合意形成支援グループ 秋田県立大学 地域共同研究センター 環境社会学研究室 農業者の合意形成メカニズムの解明、 多様な主体が協働できる社会的場の形成条件の解明 社会経済的評価グループ 秋田県立大学地域共同研究センター 環境社会学研究室 水質改善技術の社会経済的評価手法の開発 連携組織 環大潟村水域水質改善連絡協議会 環境保全型農業推進分科会 座長:谷口吉光 委員:大潟村農業者 8 名、JA 大潟村、 大潟土地改良区、大潟村役場、秋田地域振興局等 圃場ブロック実験への支援(05~08 年度) 、大潟村環境創造型農業推進計画の策定 (04 年~06 年) 、2007 年度大潟村環境保全型農業実態調査実施(07 年) 秋田県立大学生物資源科学部生物環境科学科地域計画学研究室 教授:佐藤 了、准教授:中村勝則 圃場ブロック実験における環境会計分析(05~08 年度) 秋田県立大学生物資源科学部生物環境科学科土壌環境科学研究室 教授:佐藤 敦 合意形成支援システムグループに GIS を提供(07~08 年度) 秋田県農林水産技術センター農業試験場大潟農場 主任研究員:原田 久富美、主任研究員:渋谷 岳 圃場ブロック実験の田面水分析(05~08 年度) NTT アドバンステクノロジ(株)コアネットワーク事業本部 ユビキタスネットワーク事業ユニット グループ長:岡田勝行 他 3 名 情報ネットワーク構築のための技術支援(05~07 年度) 120 【190401】 (2)メンバー表 ①圃場ブロック実験グループ 氏 名 所 属 役 職 研究項目 参加時期 本プロジェクトメンバー 秋田県立大学 圃場ブロック実験 金田吉弘 生物資源科学部 平成16年12月~平成20年3月 教授 (とりまとめ責任者) 生物環境科学科 圃場ブロック実験 秋田県立大学 (他グループとの連絡 谷口吉光 地域共同研究セン 平成16年12月~平成20年3月 教授 調整等、全体責任者、農 ター 家調査まとめ) 圃場ブロック実験 岡田 綾 科学技術振興機構 研究補助員 (試料採取・分析・デー 平成 16 年 12 月~平成 20 年 3 月 タ整理) 秋田県立大学 圃場ブロック実験(試料 佐藤 孝 生物資源科学部 平成 16 年 12 月~平成 20 年 3 月 准教授 採取・分析指導) 生物環境科学科 秋田県農林水産技 主任研究員 術センター農業試 (農林水産 原田 圃場ブロック実験(田面 久富美 平成 17 年 4 月~平成 19 年 3 月 水質調査まとめ) 験場 大潟農場 省) 秋田県農林水産技 主任研究員 術センター農業試 (農林水産 圃場ブロック実験(田面 渋谷 岳 平成 19 年 4 月~平成 20 年 3 月 水質調査まとめ) 験場 大潟農場 省) 秋田県立大学 圃場ブロック実験(農家 松田英樹 生物資源科学部 平成 18 年 4 月~平成 20 年 3 月 大学院生 調査・試料採取) 生物環境科学科 圃場ブロック実験(農家 楡井寿枝 科学技術振興機構 平成 16 年 12 月~平成 19 年 12 月 研究補助員 調査・試料採取) 圃場ブロック実験(農家 佐藤順子 科学技術振興機構 平成 16 年 12 月~平成 20 年 3 月 研究補助員 調査・試料採取) 121 【190401】 連携メンバー ○協力農家(11人) 伊藤一孝、川崎節男、北村賢造、後藤幸三、佐藤誠、富樫春吉、三好昌紘、三浦重信、 宮野武義、森田悟朗、米谷雄人 ○大潟村役場 ○大潟村水土里ネット(大潟土地改良区) ②情報システム構築グループ 氏 名 所 属 役 職 研究項目 参加時期 本プロジェクトメンバー 環境創造型農業を 秋田大学 支える情報システ 行松健一 工学資源学部 教授 平成16年12月~平成19年11月 ム基盤の構築と評 情報工学科 価 橋本 仁 同上 准教授 同上 平成17年4月~平成19年11月 内海富博 同上 助教 同上 平成18年4月~平成19年11月 同上 研究補助員 同上 平成 17 年 5 月~平成 18 年 12 月 同上 大学院生 同上 伊藤勇樹 同上 大学院生 同上 越谷淳平 同上 大学院生 同上 軽部雄介 同上 大学院生 同上 松本千尋 同上 大学院生 同上 平成 18 年 4 月~平成 19 年 3 月 三浦康太 同上 大学院生 同上 平成 18 年 4 月~平成 19 年 11 月 小澤 美沙子 五十嵐 平成 18 年 1 月~平成 18 年 3 月 秀平 平成 18 年 1 月~平成 18 年 3 月 平成 18 年 1 月~平成 18 年 3 月 平成 18 年 4 月~平成 19 年 3 月 122 【190401】 吉田和仁 同上 大学院生 同上 平成 18 年 4 月~平成 19 年 11 月 同上 大学院生 同上 平成 19 年 4 月~平成 19 年 11 月 同上 大学院生 同上 平成 19 年 4 月~平成 19 年 11 月 ラジ・ イクバル 伊藤光弘 連携メンバー NTT アドバンステクノロジ(株)コアネットワーク事業本部 ユビキタスネットワーク事業ユニット グループ長:岡田勝行 他3名 ③合意形成支援グループ 氏 名 所 属 役 職 研究項目 参加時期 本プロジェクトメンバー 秋田県立大学 谷口吉光 参加型合意形成支 地域共同研究セン 平成16年12月~平成20年3月 教授 援システムの構築 ター 秋田県立大学 金田吉弘 生物資源科学部 教授 同上 平成16年12月~平成20年3月 教授 同上 平成16年12月~平成19年11月 准教授 同上 平成17年4月~平成19年11月 助教 同上 平成18年4月~平成19年11月 主任研究員 同上 平成 19 年 4 月~平成 20 年 3 月 研究補助員 同上 平成 16 年 12 月~平成 19 年 12 月 生物環境科学科 秋田大学 行松健一 工学資源学部 情報工学科 秋田大学 橋本 仁 工学資源学部 情報工学科 秋田大学 内海富博 工学資源学部 情報工学科 秋田県農林水産技 渋谷 岳 術センター農業試 験場大潟農場 楡井寿枝 科学技術振興機構 123 【190401】 佐藤順子 科学技術振興機構 研究補助員 平成 16 年 12 月~平成 20 年 3 月 同上 連携メンバー ○協力農家(6 人) 角田和太留、倉石健司、小玉公彦、相馬喜久男、武田泰斗、矢久保 諭 ○大潟村役場 ○JA 大潟 営農支援センター ○大潟村水土里ネット(大潟土地改良区) ④社会経済的評価グループ 氏 名 所 属 役 職 研究項目 参加時期 本プロジェクトメンバー 水質改善技術の社 秋田県立大学 谷口吉光 地域共同研究セン 教授 会経済的評価手法 平成16年12月~平成20年3月 の開発 ター 楡井寿枝 科学技術振興機構 研究補助員 同上 平成 16 年 12 月~平成 19 年 12 月 佐藤順子 科学技術振興機構 研究補助員 同上 平成 16 年 12 月~平成 20 年 3 月 連携メンバー 山本伸司氏(パルシステム消費生活協同組合) 長谷川満氏(株式会社 原 大地) 耕造氏(全農) 市村忠文氏(ふーどアクション21) (3)招聘した研究者等 氏 名(所属、役職) 招聘の目的 滞在先 小林信一(筑波大学大学院、キックオフシンポジウムの基 秋田市 教授) 滞在期間 2005.3.17. 調講演の講師として 124 【190401】 6.成果の発信やアウトリーチ活動など (1)ワークショップ等 参加 年・ 名称 概要 場所 人数 月・日 2005. 公開研究会『環境創造型農業の 秋田ビュー 約 基調講演、本プロジェクトの紹介と関係者 3.17 実現と「社会技術」』 ホテル 100 人 によるパネルディスカッション 2005. 2005 年度ブロック実験 大潟村 30 人 本実験の関係者、協力農家へ実験の主旨説 4.21 説明会 農協会館 2005. 2005 年度ブロック実験 大潟村 11.24 結果報告会 農協会館 2006. 2006 年度ブロック実験 大潟村 3.10 説明会 農協会館 2006. 2006 年度ブロック実験 大潟村役場 3.17 採水方法説明 2006. 2006 年度ブロック実験 3.21 採水方法確認、水位計測練習 2006. 明、協力依頼相談、実験方法の検討 20 人 本実験の関係者、協力農家へ 2005 年度の実 験結果報告、意見交換 約 20 人 本実験の関係者、協力農家へ 2006 年度の実 験にむけての相談・説明 約 20 人 採水に加えて、水位測定の実施についての 説明・協力依頼 圃場現地 約 10 人 現場での水位測定器操作練習 ブロック実験協力農家への作 大潟村 5人 聞き取り調査 10.18 業日誌確認聞き取り調査 農家自宅へ 2006. ブロック実験協力農家への作 大潟村 5人 聞き取り調査 10.24 業日誌確認聞き取り調査 農家自宅へ 2006. ブロック実験協力農家への作 大潟村 5人 聞き取り調査 10.25 業日誌確認聞き取り調査 農家自宅へ 2006. 2006 年度ブロック実験 秋田県立大学 10 人 大学メンバーでの実験結果検討 12.15 中間結果 2006. 2006 年度ブロック実験 大潟村 30 人 本実験関係者、協力農家へ 2006 年度の実験 12.22 中間結果報告会 農協会館 2007. 2006 年度ブロック実験 大潟村役場 3.6 最終結果報告会 験結果報告 及び 2007 年度ブロック実験の 及び 2007 年度ブロック実験の相談・説明 学内検討会 結果の中間報告 20 人 本実験の関係者、協力農家へ 2006 年度の実 説明会 2007. 第 1 回 GIS 等を使った環境創造 5.31 型の推進手法の研究会 秋田県立大学 20 人 研究会の主旨説明。センサーネットワーク のデモ実演と活用について、GIS ソフトの活 用について意見交換 125 【190401】 2007. GIS やセンサーネットワークの 農業試験場 6.18 利用法に関する検討会 大潟支場 2007. 第 2 回 GIS 等を使った環境創造 秋田県立大学 6.28 型の推進手法の研究会 7人 研究会への農家参加候補者に対する主旨説 明と意見交換 18 人 本研究会参加農業者を交えての研究会主旨 説明と、センサーネットワーク活用につい ての意見交換 2007. 第 3 回 GIS 等を使った環境創造 大潟村 7.26 型の推進手法の研究会 農協会館 18 人 GIS ソフトを用いた大潟村環境保全型農業 の実態の画像表示、センサーネットワーク との関連づけについて、意見交換 2007. 第 4 回 GIS 等を使った環境創造 大潟村 8.23 型の推進手法の研究会 農協会館 11 人 大潟村の土壌統と環境保全型農業の関係に ついて、センサーネットワークを活用した 用水路水位計測の検討 2007. 第 5 回 GIS 等を使った環境創造 大潟村 11.2 型の推進手法の研究会 農協会館 14 人 大潟村の土壌統と環境保全型農業の関係に ついて考察、用水路水位計測と GPS 端末を 利用したセンサーネットワークのデモ、デ ータを統合する情報サイトの案についての 検討 2007. 公開研究会 大潟村 11.23 「農家の環境保全努力をど 秋田県農業研 費者団体、農業者、研究者によるパネルデ のように評価・支援するべき 修センター ィスカッション、来場者との意見交換 約 50 人 谷口より基調報告後、農産物流通団体、消 か」 2007. 第 6 回 GIS 等を使った環境創造 大潟村 11.30 型の推進手法の研究会 農協会館 12 人 「大潟村農業・環境情報サイト(仮称) 」の 検討、センサーネットワークとの関連づけ、 公開研究会での議論結果の紹介、来年度の 計画案 (以降、予定) 2008. 2007 年度 未定 1月 ブロック実験最終結果報告会 (大潟村を予 及びブロック実験全体結果報 定) 30 人 本実験の最終報告、総括、議論、 今後へ向けての提案 告 2008. 第7回(最終回)GIS 等を使っ 未定(大潟村 1月 た環境創造型の推進手法の研 を予定) 20 人 本研究会の最終報告、総括、議論、 今後へ向けての提案 究会 2008. 本研究プロジェクト最終報告 未定(大潟村 3月 会(仮称) を予定) 100 人 本プロジェクトの最終報告、総括、議論、 今後へ向けての提案 126 【190401】 (2)論文発表(国内誌 7 件、国際誌 1 件) ・Yoshimitsu Taniguchi, A Participatory Approach for building sustainable rice-farming systems in the reclaimed farmland of Ogata, Japan”、Proceedings of the World Rice Research Conference, Tsukuba, Japan: 411-412 (2005). ・佐藤敦・佐藤了・金田吉弘・谷口吉光 「2005 年度 環境保全型農業推進研究調査報告書」 (2006). ・佐藤敦・佐藤了・金田吉弘・谷口吉光 「2006 年度 環境保全型農業推進研究調査報告書」 (2006). ・谷口吉光、農業環境政策の転換にどう対応するか、第7回韓日中環境保全型稲作技術国際 会議報告書、17-22 (2006). ・橋本仁、内海富博、行松健一:”独立電源と無線 LAN 技術を用いた広域農地での情報ネット ワーク構築に関する検討,” 農業情報学会誌, Vol.16, No.1, pp9-21 (2007.4) ・谷口吉光 「八郎湖と共生する大潟村農業をめざして:秋田県大潟村の環境創造型農業の 取り組み」 『科学』77-6:600-604(2007) . ・金田吉弘・岡田 綾・原田久富美・佐藤 孝・佐藤 敦・佐藤 了・谷口吉光(2007.8)大規模 水田群からの汚濁負荷に及ぼす農耕法の影響、日本土壌肥料学会講演要旨 53 集、P177 ・佐藤敦・佐藤了・金田吉弘・谷口吉光 「2007 年度 環境保全型農業推進研究調査報告書」 (刊行予定) (3)口頭発表(国際学会発表及び主要な国内学会発表) ①招待講演 (国内会議 0 件、国際会議 0 件) ②口頭講演 (国内会議 7 件、国際会議 1 件) ・Yoshimitsu Taniguchi, “GIS-Based Participatory Management Systems for Building Sustainable Farming Systems: The Case of Ogata, Japan”, 2006 Annual Meeting Rural Sociological Society, August 13, 2006, Louisville KY ・内海富博、橋本仁、行松健一:”無線 LAN 技術を用いた広域農業コミュニティにおけるブロ ードバンドセンサネットワークの検討,” 電子情報通信学会第5回センサネットワーク研 究会, SN2006-50、pp.81-88 (2006.12). ・谷口吉光 「環境問題の解決に環境社会学はどのような貢献ができるか」 、環境社会学会セ ミナー、2007.12.8. ・ 越谷淳平、行松健一、橋本仁:“農業支援用データ共有システムへのグリッドコンピューティ ング技術適用法の検討”、情報処理学会 平成17年度第1回東北支部研究会、講演番号9 127 【190401】 ・伊藤勇樹、行松健一、橋本仁:“農地からの情報収集を目的とする 802.11 無線 LAN を用いた長 距離アクセス方式に関する検討”、情報処理学会 平成 17 年度第1回東北支部研究会、講演番号 10 ・軽部雄介、行松健一、橋本仁:“Zigbee技術を用いた農業用低消費電力センサネットワーク構 成法の検討”、情報処理学会 平成18年度第1回東北支部研究会、講演番号4 ・松本千尋、行松健一、橋本仁: “Web カメラを用いた遠隔ビジュアル計測を実現するための画像 処理方法の検討”、情報処理学会 平成 18 年度第 1 回東北支部研究会、講演番号 6 ・吉田和仁、行松健一、橋本仁(秋田大)、内海富博(秋田大): “広域圃場用水路における無線 LAN を活用した水位計測用ネットワーク構築法に関する検討” ③ポスター発表 (国内会議 0 件、国際会議 0 件) (4)新聞報道・投稿、受賞等 ①新聞報道・投稿 ・シンポジウム:「環境創造型農業の実現と『社会技術』 」, 秋田魁新報、2005.3.17. ・報道発表:「圃場から映像送信~監視システム開発へ」 、秋田魁新報、2007.8.20. ②受賞 なし (5)特許出願 なし (6)その他特記事項(今後の展望) ① 本プロジェクトの成果を大いに発展させる形で、大潟村の「農地・水・環境保全向上 対策推進協議会」と秋田県立大学・秋田大学との共同研究が2007年度から始まる可能性 がある。そこでは圃場ブロック実験、センサーネットワーク、GISをもとにした合意形成 支援システム、無線LANやGPS端末を利用したフィールド情報収集システムなどが共同研 究の対象になる可能性がある。 ② 社会経済的評価システムの展開形態として検討された「大潟村環境創造型農業推進計 画」(案)が2008年度から大潟村で実施される可能性がある。 ③ 大潟土地改良区が農業用水路の自動水位計測の手法として、本プロジェクトで研究し たセンサーネットワーク技術を採用する可能性がある。 ④本研究の成果を発展させるため、情報ネットワーク技術に関してH20年度~H22年度の 科学研究費補助金を申請しており、引き続き技術検討を進めていく予定である。 128 【190401】 7.結び 稲作が 1 年 1 度しか行われないこと、冬期間は雪で屋外作業ができないこと、地域を面的 に対象とした調査が多く、それでも一つ一つの調査を丁寧に行うことに時間をかけたこと、 すべてのサブグループが農業者等さまざまな関係機関と協働しながら研究を進めたこと等を 考慮すれば、本研究はこの 3 年間極めて精力的に実施してきたと総括したい。 得られたデータと知見の多くは先進的でユニークな価値を持つものと確信している。 圃場ブロック実験を見ると、本研究はこの種の土壌肥料学の研究としては次の点で前例が ないようである。①30ha×2 ヶ所の計 60ha の大規模試験区を設定したこと、②水田だけでな く排水路の水質まで測定したこと、③11 名の農業者の協力を得て、彼らが営農する水田を使 用した実験であること、④単なる水質測定ではなく、研究者と農業者が水質改善技術の開発 研究であったこと。 また、センサーネットワーク構築については、現在通信インフラや電力インフラがほとん どない約 150km2 の広大なエリアを有する大潟村でいかに情報のセンシングを行い、その情報 を収集するかという研究課題が例のないものであった。 合意形成支援システムについては、07 年に大潟村が全農家を対象に行った圃場単位の環境 保全型農業の実態調査は約 8000 枚の圃場に関する極めて詳細な調査であり、今後の活用が期 待できる。また、様々な地図や衛星写真等の画像データを収納した「大潟村農業・環境情報 サイト」(案)は、今後大潟村の環境創造型農業推進計画等における合意形成のツールとして 利用が期待できる。 129 【190401】