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発電機起動停止モデルを用いた国内卸電力市場の構造分析
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 発電機起動停止モデルを用いた国内卸電力市場の構造分析 Analysis of Wholesale Electricity Market Competition with the Unit Commitment Model * 興 Kaoru Kawamoto Kou Sakanashi 河 本 薫 ・ 坂 梨 ** (原稿受付日 2009 年 7 月 30 日,受理日 2009 年 12 月 9 日) In this paper, we have developed a unit commitment model of Japanese electricity market from 2005 through 2007 and checked its validity comparing electricity generation with actual data by each fuel type. Using this model, we estimated marginal costs of electric supply by each of 9 electric companies and identified “sell or buy position” of each company on hourly basis. Then we compared JEPX prices with marginal costs estimated above and examined the reasonableness of JEPX prices. Finally, we simulated hypothetical market within which electric companies are economically rational players, and estimated the potential of electricity trading among market players. 1. はじめに る限り反映したモデルを開発した.両モデルの対比を表 1 に示す.本モデルを用いて 9 電力会社の限界発電コストを 競争的な電力市場を実現するには,卸電力市場の流動性 推定し,経済合理的な市場参加者は限界発電コストで入札 を高める必要がある.その期待を担って,日本卸電力取引 するという仮定のもとで,JEPX 取引価格の妥当な水準を限 所注 1(以下,JEPX と呼ぶ)は 2005 年 4 月に開設された. 界発電コストとの対比の観点から考察した.さらに,理想 しかしながら,2007 年度における取引量は国内電力需要の 的な市場においては市場参加者の限界発電コストが収斂す 約 0.2%に留まる.経済産業省電気事業分科会 1)は,卸電力 るまで取引は行われると仮定し,卸電力取引所の取引ポテ 市場の流動性を向上する方策として JEPX 取引量の増加と ンシャルを推計した. 市場監視の徹底を掲げている.特に圧倒的なシェアを有す 以下,2 章においてモデル構造の概要を述べる.3 章にお る一般電気事業者(以下では、簡略化のために「電力会社」 いては,9 電力会社の限界発電コストを算出し,JEPX 取引 と呼ぶ)に,取引量増加に向けた努力を期待している. 価格の妥当な水準について考察する.4 章においては,卸 本研究においては,電力会社の電源運用をユニット単位 電力取引所の取引ポテンシャルを推計する. かつ時刻単位の分解能でシミュレーション可能な発電機起 動停止モデルを開発し,2005~2007 年度における 9 電力会 表 1.本モデルと資源エネルギー庁モデル 2)の対比 社(一般電気事業者 10 社のうち沖縄電力を除く 9 社)の限 分解能 界発電コストを推定した.電力会社が保有する全ての発電 所を対象とした発電機起動停止モデルは大規模で複雑であ 時間 本研究 365 日×24 時間 エリア 9 電力エリア別 需要 9 電力エリア別 ×365 日×24 時間 ・出力,燃料種,効率 ・変動 O&M 費 ・最小停止時間 ・最小運転時間 ・出力変化速度 ・起動コスト ・メンテナンススケジュール ・9 電力エリア間の連 系線容量と送電ロス ・燃料価格 ・電力会社間融通 ・運転予備力 資源エネルギー庁 12 ヶ月×平休日 ×24 時間 東日本,西日本別 り,またモデル化に必要なデータの開示は限られている. そのため,例えば経済産業省資源エネルギー庁 2) は,発電 発電所 所運転制約の一部や連系線制約を捨象したモデル(詳細は 入力デー タ 文献 2 を参照)を用いて市場検証を行っている.筆者らは, 非開示なモデルパラメータについては,例えば欧州の同型 発電機データなどの関連情報から推定することで,発電所 の運転制約やエリア間の連系線容量などの制約条件を出来 連系線 その他 注1 電力の現物取引および先渡取引を仲介する一般社団法人.2005 年 4 月より取引を開始した.平成 21 年 4 月 13 日時点で取引会員 は 44 社. * 大阪ガス(株)情報通信部 〒541-0046 大阪市中央区平野町 4-1-2 e-mail [email protected] ** 大阪ガス(株)企画部 〒541-0046 大阪市中央区平野町 4-1-2 東西日本×12 ヶ月 ×平休日×24 時間 ・出力,燃料種,効率 ・変動 O&M 費 ・燃料価格 第 25 回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンスの内容 2.電力会社の発電所運用をシミュレーションする発電機 をもとに作成されたもの 25 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 総計 500 ユニットを超える発電所の起動停止問題は規模 2.電力会社の発電所運用をシミュレーションする発電機 が大きく,汎用の最適化ソルバーで解くことは困難である. 起動停止モデルの開発 2.1 筆者たちは,大規模な発電所起動停止問題の最適化ソルバ モデルの概要 ーとして定評のある米国 Ventyx 社の MarketSym を用いた. モデル化の対象は,9 電力会社の発電所と販売需要であ MarketSym は, 発電所起動停止問題を 168 時間毎に分割し, る.発電所には,長期契約している卸電気事業者や IPP の 動的計画法を応用した独自アルゴリズムにより,各 168 時 発電所を含む.これら発電所および需要は各社供給エリア 間において総運転費用を最小化する発電所運用パターンを に紐付き,エリア間は連系線の運用容量注 2)からマージン注 3) 効率的に探索する.50 以上の企業や公的機関が価格予測や を差し引いた範囲内で送受電可能とする.筆者らが開発 市場監視に用いており,最近では,欧州委員会 した発電機起動停止モデルは,エリアごとに需給バランス 2.2 がら,9 電力会社の発電所の総運転費用(燃料費および運 る.原子力発電はマストラン電源であること,一般水力の 停止パターンおよび出力パターンを時刻単位で導出する. 発電量は降水量等により外生的に決まること,また,揚水 火力発電所は計 403 ユニットをモデル化し,最大出力・最 発電のポンプロスや発電機ロスは見かけ上の電力需要増加 小出力・発電効率・起動速度・出力変化速度・最低停止時 としてモデル化されることを考えれば,前記目的関数は火 間・最低運転時間・点検停止日程を制約条件とした.火力 力発電所の総可変費用に縮約できる. 発電所の内訳を表 2 に示す.原子力発電所は計 55 ユニット 火力発電所の可変費用は,燃料費,運転メンテナンス費, をマストラン電源としてモデル化し,点検停止日程を制約 および,起動費から構成される.ここで,1MWh 発電するの 条件とした.揚水発電所は計 42 ユニットをモデル化し,最 に必要な燃料消費量(以下,ヒートレートと呼ぶ)を,式 大出力・最小出力・揚水時消費電力・総合効率・貯水量上 (1)に示すとおり発電機出力を引数とする凸2次関数とし 限・水位回復を制約条件とした.一般水力発電所は電力会 て定式化する.HRi,t は火力発電所 i の t 時点におけるヒー 社エリア毎に集約し,最大出力・最小出力・月間発電量を トレート(GJ/MWh)を,gi,t は火力発電所 i の時刻 t におけ 制約条件とした.さらに,連系線容量や送電ロス,運転予 る出力(MW)を,αi,βi,γi は火力発電所 i のヒートレート 備力も制約条件としてモデルに反映した. 関数のパラメータを表す.式(1)に発電機出力および燃料単 一方で,モデル化できていない制約条件もある.例えば, 価(単位熱量あたり燃料価格)を乗じると,1 時間あたり 国際的に燃料市場が逼迫している場合など燃料調達は制限 燃料費となる.運転メンテナンス費は,可変費部分だけを されるかもしれない.LNG 価格は相対契約により決まるた 対象とし,発電量に比例するとみなす.起動費は,発電所 め,電気事業者によって LNG 価格は異なる.また,地理的 を一度停止した後に再び運転させるときに必要な燃料費用 立地条件などから運転制約を受ける火力発電所もあるだろ である.実際は停止時間が長いほど起動用燃料消費量も大 う.これら制約条件については,公開情報から妥当な推定 きくなるが,本モデルにおいては停止時間に関わらず一定 は困難であることから,モデルに反映していない. とみなす.以上より,総発電コストを表す目的関数は式(2) で与えられる.ここで,VMi, SFi ,fi,t は,各々,火力発 表 2.火力発電所の燃料種別および所有者別の内訳 石炭火力 LNG 火力 (内,複合型) 石油火力 残渣油、高炉ガス 目的関数 目的関数は,計算期間における発電所の総可変費用であ 転メンテナンス費)を最小にするように個別発電所の起動 卸電気事業者 が欧州 6 カ国の卸電力市場における市場支配力検証に用いている. を保ちながら,かつ,後述する多数の制約条件を満たしな 9 電力会社 3) 電所 i における運転メンテナンス費(円/MWh),起動用燃料 IPP 消費量(GJ) ,発電所 i が消費する燃料種の時刻 t における 48 23 14 196 (125) 1 (1) 5 (5) 96 4 14 0 22 7 単価(円/GJ)を表す.また,ui,t は火力発電所 i の時刻 t に おける状態変数(ui,t=1:運転中,ui,t=0:停止中)を,I は全ての火力発電所の集合を,T は計算期間の終了時刻を 表す. HRi,t = a i ´ g i2,t + b i ´ g i ,t + g i 注 2) 連系線の送電量は,連系線の熱容量を超えないだけでなく, 系統安定度や電圧安定度,周波数維持面から定める限界値を超え てはならない.連系線の運用容量とは,当該連系線の熱容量や系 統安定度,電圧安定度,周波数維持面から定まる系統運用上の各 限界値のうち最小の値として定義される.同一の連系線であって も,送電方向により運用容量は異なる場合もある.詳細は,文献 10)を参照. 注 3) マージンとは,系統異常時の対応や系統を安定に保つために 各地域間連系線に確保しておく容量.詳細は,文献 10)を参照. φ= T SS{HR i ,t t =1 iÎI 26 ´ fi ,t ´ gi ,t + VMi ´ gi ,t + SFi ´ fi ,t ´ max (ui ,t - ui ,t -1 ,0 )} (1) (2) Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 2.3 制約条件 2.3.1 システム制約条件 各時刻におけるエリア毎の需給バランスは,式(3)のとお り定式化できる.ここで,r は電力会社の供給エリアを表 (9) 定し,式(10)のとおり定式化する.ここで,I’は副生ガス hk,t,exl,t は,各々,時刻 t における原子力発電所 q の出力 や残渣油を主燃料とする発電所の集合を表し,gi*は前記集 (MW),揚水発電所 j の出力(MW),一般水力発電所 k の出力 合に含まれる発電所 i の当該月間(month)における発電量 (MW),連系線 l の送電量(MW:受電は正,送電は負)を表 を表す. す.Ir,Qr,Jr,Kr は,各々,エリア r に立地する火力発電 å 所の集合,原子力発電所の集合,揚水発電所の集合,一般 g 線の集合を表す. 2.3.3 gi, t + ncq,t iÎI r , qÎQ r , jÎJ r , kÎK r ,lÎLr + ps j ,t + hk ,t + exl ,t t = 1,....,T ) i ,t = g * i , month : " i Î I ' , t = 1 ,...., T (10) t Î month 水力発電所の集合を表す.Lr は,エリア r に接続する連系 å( if (ui,t - ui,t -1 ) = 1 then gi ,t = g imin 合,月間発電量は工場稼動状況により外生的に決まると仮 Dtr はエリア r における t 時点の電力需要を表す. ncq,t, psj,t, = (8) また,副生ガスや残渣油を主燃料とする火力発電所の場 し,R はその集合(電力会社 9 社の供給エリア)を表す. Dtr if (ui ,t -1 + ui ,t ) = 2 then |g i,t - gi ,t -| 1 £ rampi 原子力発電所の制約条件 運転可能な原子力発電所は常に最大出力で運転するとみ なし,式(11)のとおり定式化した.ここで,ncqmax は原子力 (3) 発電所 q の最大出力(MW)を表す. "r Î R nc q ,t = nc qmax , t = 1,...., T , " q Î Q また,各時刻において,需要変動やトラブルに備えるた めに,所定の運転予備力を確保しなければならない.運転 2.3.4 (11) 一般水力発電所の制約条件 予備力は,運転中の火力発電所の余剰出力(=最大出力- 一般水力発電所の出力上下限は,式(12)のとおり定式化 現状出力)と一般水力発電および揚水発電の余剰出力から した.ここで,hkmin は水力発電所 k の最小出力(MW)である. 構成され, 式(4)のとおり定式化される.ここで,gimax,psjmax, hkmin £ h k ,t £ h kmax , t = 1,...., T , "i Î I hkmax は,各々,火力発電所 i の最大出力(MW),揚水発電所 j の最大出力(MW),一般水力発電所 k の最大出力(MW)を表 (12) また,一般水力の発電量は降水量等により決まるとみな t r す.また,R は,エリア r において t 時点で必要な運転予 し,式(13)に示すとおり月間発電量を外生的に与えた.こ 備力(MW)を表す. こで,hk,month*は水力発電所 k の当該月間(month)における発 Rtr £ 電量を表す. å [uit ´ ( gimax - git ) + ( psmax - ps jt ) + (hkmax -hkt )] j (4) iÎI r , jÎJ r , kÎK r åh t = 1,....,T , "r Î R 2.3.2 k ,t = h k* , month : "k Î K (13) tÎmonth 火力発電所の制約条件 2.3.5 火力発電所の運転制約は,出力上下限,最小運転時間(起 揚水発電所の制約条件 揚水発電所の出力上下限は,式(14)のとおり定式化した. 動後は所定時間を経過するまで停止不可能) ,最小停止時間 ここで,psjmin および vj,t は,揚水発電所 j の最小出力(MW) (停止後は所定時間を経過するまで起動不可能) ,および, および時刻 t における状態変数(vi,t=1:発電中,vi,t=0: 出力変化速度に関する制約から構成され,各々,式(5),式 停止中)を表す. (6),式(7),式(8)のとおり定式化した.また,起動直後の v j,t ´ psmin £ ps j ,t £ v j ,t ´ psmax j j , t = 1,....,T , "j Î J 出力は最小出力であることを式(9)のとおり定式化した.こ (14) こで,gimin,Minupi,Mindowni,rampi は,各々,火力発電 また,上池貯水量の上限について,揚水時の電力消費か 所 i の最小出力(MW),最小運転時間,最小停止時間,出力 らポンプロスおよび発電ロスを差し引いた電力量を上池へ 変化速度上限(MW/時間)を表す. の流入量,発電時の発電量を上池からの流出量とみなし, 上池貯水量を蓄電量とみなすことで式(15)のとおりモデル "i Î I , t = 1,....,T 化した.ここで,puj,τおよび pdj,τはτ時点における揚水 ui,t ´ g imin £ g i ,t £ ui ,t ´ g imax (5) ui ,t - ui ,t -1 £ ui ,t ,t = t + 1,...., (t + Minupi - 1) (6) PSHIGHj は揚水発電所 j の最大蓄電量を表し,ηj は総合効 u i ,t -1 - ui ,t £ 1 - u it ,t = t + 1,...., (t + Mindown i - 1) (7) 率を表す. 発電所 j の揚水時電力消費量および発電時発電量を表し, 27 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 t 0£ ( pu å t j ,t h j - pd j ,t ) £ PSHIGH j は工場稼動状況により外生的に決まると仮定し,実績値 , t = 1,...., T , " j Î J =1 や 2003 年度まで公表されていた計画値 4)を引用した. (15) 原子力発電所については,点検停止スケジュールを電力 さらに,計算開始時点と計算終了時点では,上池貯水量 会社のプレスリリースなどから引用した.一般水力発電所 の水位は同じと仮定し,式(16)の制約条件を加えた. T ( pu å t j ,t h j - pd j ,t ) = 0, " j Î J 2.3.6 については,個別にモデル化せず,電力会社エリアごとに (16) =1 集約してモデル化した.電力会社が保有する一般水力発電 所については,月間発電量は実績値 連系線容量の制約条件 電力は自流式の月間発電量 連系線の運用容量からマージンを差し引いた範囲内で送 6) 水式発電容量 こで,exl,t は連系線 l の t 時点における送電量,exl+は連 を月間時間数(月間日数×24 8) を加えて推計した.卸電気事業者および公 営電気事業者が保有する一般水力発電所については,平成 系線 l の順方向の運用容量から順方向のマージンを差し引 15 年度まで公開されていた計画月間発電量および月間最 いた値を,exl-は連系線 l の逆方向の運用容量から逆方向 大電力に各エリアの実績出水率 のマージンを差し引いた値を表す. 9) を乗じて推計した.揚水 発電所については,最大出力は公表値 £ ex l ,t £ ex l+ , t (17) = 1,....T , "l Î L を引用し,月間最小 6) 時間)で割ることで推計し,月間最大電力は最小電力に貯 受電可能とすることから,式(17)のとおり定式化した.こ - ex l- 8) を引用し,最小出 力は最大出力の 25%と仮定し,揚水時の消費電力は最大出 力と同じと仮定した.最大蓄電量は,上池貯水量 2.4 6) パラメータ推定 使用水量 火力発電所の運転条件については,最大出力を除き公表 8) を最大 8) で除して最大出力を乗じることで推計した.総 合効率は一律 74%と仮定した. されておらず,2003 年度まで公表されていた年間発電効率 時刻別電力需要は,電気新聞に掲載されているエリア毎 4) と欧州における発電種別の標準的な運転条件(表 3)5)を の日最大電力および日電力量と季節別休平日別代表ロード 参考に推定した.最小出力は最大出力の 25%と仮定した. カーブから推定した.運転予備力は,エリア内需要の 5%と 定期点検スケジュールについては,2003 年度まで公開され 仮定した.連系線の運用容量は電力系統利用協議会資料 11) ていた点検スケジュール 4) から電力会社別×発電種別×月 を,連系線のマージンは電力系統利用協議会資料 10)を参考 別に発電容量ベースの平均点検率を算出し,2004 年度以降 に推定した.但し,四国電力と関西電力の連系線上には橘 はその値で一定と仮定した.需給逼迫時には定期点検を延 湾火力が位置するため,四国電力と橘湾間の連系線と橘湾 期すると考えられるため,月間最大電力時の火力供給力 6) から関西電力間の連系線に分割してモデル化した.燃料価 を参考に補正を行った.卸電気事業者および IPP の発電所 格は,財務省貿易統計の前月 CIF 価格を引用した. については,定期点検スケジュールを設定せず,代わりに さらに,電力会社の実際の発電所運用を出来る限り再現 2003 年度まで公開されていた発電計画値 4)を参考にして月 するため,上記で述べたパラメータ設定に加えて,電力会 別の最大供給電力を想定した.卸電気事業者のうち共同火 社間融通および卸電気事業者・IPP からの購入について, 力は,発電量の一部を工場に特定供給し,残りを 9 電力会 月間電力量と月間最大電力を実績に合うよう外生的に与え 社に供給する.本研究では 9 電力会社の需給を対象とする た.電力会社間の融通量および卸電気事業者からの購入量 ため,共同火力については電力会社への供給分に相当する については月間実績値 6)を引用し,最大電力は 2003 年度ま 発電容量を仮想発電所としてモデル化した.また,副生ガ で公表されていた月間計画値 スや残渣油を主燃料とする発電所については,月間発電量 らの月間購入電力量および月間最大電力については,実績 4) を参考に推定した.IPP か 値は公表されていないため,2003 年度まで公表されていた 表 3.欧州における火力発電所の標準モデル(文献 5 引用) HR1* HR2* HR3* HR4* 石炭火力 1.28 1.06 1.01 LNG 火力 1.28 1.06 LNG 複合 1.79 1.20 月間計画値 4)を引用した.2004 年度以降に運開した IPP に Ramp%** Minup*** Mindown*** ついては燃料種や規模が類似している IPP の計画値を参考 1.00 33% 48hr 48hr に推定した.IPP からの購入量については,実績値ではな 1.01 1.00 33% 12hr 16hr く計画値を用いていることに留意されたい.また,電力会 1.10 1.00 50% 8hr 8hr 社間融通および卸電気事業者・IPP からの購入について電 石油火力 1.28 1.06 1.01 1.00 33% 12hr 16hr * HR1,HR2,HR3,HR4 は,負荷率 100%におけるヒートレートを 1 とした場合の,負荷率 25%,50%,75%,100%におけるヒートレート. ** Ramp%は,ランプレート。これに最大出力を乗じた値が,出力変 化速度の上限値となる. *** Minup および Mindown は,最小運転時間および最小停止時間. 力量と最大電力を外生的に与えるため,連系線容量の制約 は計算結果に影響を与えないことに留意されたい.なお,4 章の計算においては,電力会社間融通や卸電気事業者・IPP からの購入を外生的に与えないため,連系線容量の制約が 計算結果に影響を与える. 28 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 2.5 あることを意識されたい注 4. シミュレーション結果と実績値との比較 モデル計算結果から発電量を燃料種別に年間集計し,実 25 JEPX (システムプライス) LNGを保有する電力会社の限界コスト LNGを保有しない電力会社の限界コスト 績値と比較した.図 1~図 3 に示すとおり,何れの年度に 20 おいても一般水力・揚水・原子力・石炭発電については実 績値とほぼ一致する.一方,石油火力は実績値を 150~300 15 円/kWh 億 kWh 下回り, LNG 火力は実績値を 150~300 億 kWh 上回る. この原因の1つとしては,現実には LNG を柔軟に調達する 10 ことは難しく,LNG 火力の発電容量に余力があっても焚き 増せない場合もあるが,本モデルでは LNG が柔軟に調達可 5 能であると仮定している影響が挙げられる.もし,上記影 響が主な原因であるならば,2005~2007 年度において 150 0 ~300 億 kWh の発電量に相当する潜在的 LNG 需要があった 0 と推察される. 1000 2000 3000 4000 5000 6000 累積時間 7000 8000 9000 10000 図 4.電力 9 社の限界発電コストと JEPX 価格(2005 年度) 25 3.9 電力会社の限界発電コストの推定 JEPX (システムプライス) LNGを保有する電力会社の限界コスト LNGを保有しない電力会社の限界コスト 本モデルを用いて,2005 年度~2007 年度の 3 年間に渡っ 20 て,9 電力会社の限界発電コストを時刻単位で推定した. 時刻別の特徴を捨象せず大局的に考察するため,年度別に 円/kWh 15 8760 時間分の限界発電コストを降順に並べ替えて累積度 10 数化し,デュレーションカーブを描いた.結果を図 4~図 6 に示す.時間軸の同期は保たれないため厳密には縦軸方向 5 で比較できないが,各系列について季節性や時間性は大き く違わず,大局的な考察には堪える.構造的に理解するた 0 め,石炭火力の限界発電コストは 5 円/kWh 以下,石油火力 0 の限界発電コストは 10 円/kWh 以上,LNG 火力はその中間で 1000 2000 3000 4000 5000 6000 累積時間 7000 8000 9000 10000 図 5.電力 9 社の限界発電コストと JEPX 価格(2006 年度) 25 一般水力 原子力 石炭火力 LNG火力 石油火力 新エネ 揚水 JEPX (システムプライス) LNGを保有する電力会社の限界コスト 実績 LNGを保有しない電力会社の限界コスト 20 計算 2,000 4,000 6,000 億kWh 8,000 10,000 12,000 15 円/kWh 0 図 1.燃料種別発電量のモデル値と実績値比較(2005 年度) 10 一般水力 原子力 石炭火力 LNG火力 石油火力 新エネ 揚水 5 実績 計算 0 0 2,000 4,000 6,000 億kWh 8,000 10,000 12,000 0 注4 原子力 石炭火力 LNG火力 計算 2,000 4,000 6,000 億kWh 8,000 10,000 3000 4000 5000 6000 累積時間 7000 8000 9000 10000 2005 年度~2007 年度の 36 ヶ月間で,原油価格は 33,000~ 63,000 円/kL,LNG 輸入価格は 32,000~60,000 円/t,一般炭輸入 価格は 6,300~9,300 円/t で推移した.送電端発電効率を 36%と仮 定すると,石油火力の発電単価は 8.8~17.0 円/kWh,LNG 火力の発 電単価は 5.8~10.9 円/kWh,石炭火力の発電単価は 2.4~3.5 円 /kWh で推移したことになる.また,LNG 複合火力の発電単価は, 送電端発電効率を 48%と仮定すると,4.4~8.2 円/kWh で推移した ことになる.これらに運転メンテナンス費を加えれば,石炭火力, 石油火力,および,LNG 火力の限界発電コストの価格帯は,各々, 5 円以下,10 円/kWh 以上,5~11 円/kWh に区分できる. 石油火力 新エネ 揚水 実績 0 2000 図 6.電力 9 社の限界発電コストと JEPX 価格(2007 年度) 図 2.燃料種別発電量のモデル値と実績値比較(2006 年度) 一般水力 1000 12,000 図 3.燃料種別発電量のモデル値と実績値比較(2007 年度) 29 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 4.卸電力取引所の取引ポテンシャルの推計 図 4~図 6 に示すとおり,電源構成や発電効率の違いか ら,9 電力会社間でデュレーションカーブの形状は異なる. 本章では,理想的な市場においては市場参加者の限界発 特に,LNG 火力を保有する電力会社のデュレーションカー 電コストが収斂するまで取引は行われると仮定し,卸電力 ブは石炭,LNG,および石油火力の限界発電コストを反映し 取引所において 9 電力会社,卸電気事業者,および,IPP た 3 段構造であるのに対し,LNG 火力を保有しない電力会 の間で取引されるポテンシャルを推計した.具体的には, 社は 2 段構造となる.9 社間で限界発電コスト水準のバラ これら電気事業者の卸電力取引を実績(2.4 で外生的に与 ツキは大きく,縦軸方向で比較すると乖離幅は 6 円/kWh を えた電力会社間融通量や卸電気事業者・IPP からの購入量) 超える場合もある.また,価格帯によって 9 社間での限界 に限定した場合を出発点(以下,ベースラインと呼ぶ)と 発電コストの大小関係は異なり,特に高価格帯においては し,これら電気事業者が限界発電コストで取引所に入札す LNG を保有しない電力会社の限界発電コストが LNG を保有 ると仮定して事業者間で限界発電コストが収斂するまでの する電力会社の限界発電コストを上回るのに対し,低価格 取引量を取引ポテンシャルと定義した.ここで,ベースラ 帯においてはその反対の傾向がみられる.これは,ピーク インは,2 章の計算条件に基づくシミュレーション結果に 時間帯における限界発電ユニットが LNG を保有する電力会 相当する.ベースラインにおいては,3 章で示したとおり 社は石油火力もしくは LNG 火力であるのに対し LNG を保有 事業者間で限界発電コストが異なる(事業者間の売買は現 しない電力会社は専ら石油火力であるため,また,ボトム 状相当量に限定されるため,限界発電コストの格差は解消 時間帯における限界発電ユニットが LNG を保有する電力会 されない) .一方,事業者間で限界発電コストが収斂した状 社は石炭火力もしくは LNG 火力であるのに対し LNG を保有 態とは,所有者に関係なく全ての発電所の限界発電コスト しない電力会社は専ら石炭火力であるためと考えられる. が等しい(厳密には,部分負荷運転中の発電所の限界発電 一方,図 4~図 6 を比較すると,燃料価格上昇の影響で後 コストが等しい)と考えられることから,電力会社間融通 年度になるほど限界発電コストの水準は高い傾向にある. 量や他社購入量を外生的に与えずに国内の総発電費用を最 また,原子力発電所の停止など一時的要因の影響で,年度 小化するよう発電所を運用した状態と等しいと仮定し,本 ごとにデュレーションカーブの形状は大きく変化し,9 電 研究で開発した発電機起動停止モデルを用いてシミュレー 力会社間での限界発電コストの大小関係も年度ごとに変化 ションを行った.すなわち,2 章における計算条件から電 している. 力会社間融通量や卸電気事業者・IPP からの購入量を所与 次に,図 4~図 6 において,JEPX 価格(システムプライ とする条件を除いてシミュレーションを行った. ス注 5)と 9 電力会社の限界発電コストを比較した.全般的 2005 年度~2007 年度における 9 電力会社の限界発電コス な傾向としては,JEPX 価格は 15 円/kWh を超えるピーク期 トを図 7~図 9 に示す.一部の電力会社間で限界発電コス 間において 9 社の限界発電コストを大きく上回り,それよ トに乖離が残るのは,連系線容量の影響で取引量は制限さ りも低価格な期間では限界発電コストを上回る幅は小さく れるためである.具体的には,東京-中部間および北海道 なり,期間によっては一部電力会社の限界発電コストを下 -東北間で容量制約による市場分断が最も多く発生し,東 回る場合もある.図 4~図 6 を比較すると,2005 年度はほ 北-東京間,北陸-中部・関西間,中部-関西間,中国- ぼ全期間を通して JEPX 価格は 9 社の限界発電コストを上回 25 るが,2006 年度はピーク期間を除けば JEPX 価格は 9 社の JEPX (システムプライス) 限界発電コストの平均程度に位置し,2007 年度は両年度の LNGを保有する電力会社の限界コスト LNGを保有しない電力会社の限界コスト 20 中間的な傾向にある.なお,モデル上で限界発電ユニット が LNG 火力である時間帯においては,現実には LNG 調達不 足のために石油火力を焚き増す場合もあり,限界発電コス 円/kWh 15 トを過小評価している可能性に留意すべきである.しかし ながら,それ以外の時間帯や LNG 火力を保有しない電力会 10 社の限界発電コストを解釈する場合には前記の影響は小さ く,これら結果に限定した解釈だけで JEPX 取引価格の妥当 5 性について考察することも可能である. 0 0 注5 連系線制約による市場分断がないと仮定した場合の全市場で の約定価格.JEPX は,約定価格についてシステムプライスのみを 公表しているため,本研究ではシステムプライスを用いて分析し た. 1000 2000 3000 4000 5000 6000 累積時間 7000 8000 9000 10000 図 7.理想的な市場における電力 9 社の限界発電コストと JEPX 価格(2005 年度) 30 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 25 格帯においては 1~2 円/kWh 上回る. JEPX (システムプライス) 次に,2 章の計算条件に従ったシミュレーション結果と 2 LNGを保有する電力会社の限界コスト LNGを保有しない電力会社の限界コスト 20 章の計算条件から電力会社間融通量や卸電気事業者・IPP からの購入量を所与とする条件を除いたシミュレーション 結果について,事業者別に時刻単位で発電量を集計し,後 円/kWh 15 者が前者を上回る時間帯は上回る量を「売りポテンシャル」, 後者が前者を下回る時間帯は下回る量を「買いポテンシャ 10 ル」とし,各々の年間累計値を求めた.電力会社間融通量 および卸電気事業者・IPP からの購入量の実績値と,それに 5 追加して取引される売買量ポテンシャルを図 10 に示す.例 えば,「電力会社売り(潜在) 」は,各電力会社の「売りポ 0 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 累積時間 7000 8000 9000 10000 テンシャル」を前記手順に従い算出し,9 電力会社につい 図 8.理想的な市場における電力 9 社の限界発電コストと て合計した値である.「卸事業者売り(潜在) 」は,各卸電 JEPX 価格(2006 年度) 気事業者ないし IPP の「売りポテンシャル」を前記手順に 従い算出し,全ての卸電気事業者および IPP について合計 した値である.一方,「電力会社売り(実績)」は,2.4 で 25 JEPX (システムプライス) LNGを保有する電力会社の限界コスト LNGを保有しない電力会社の限界コスト 外生的に与えた電力会社間融通量に相当する. 「卸事業者売 り(実績)」は,2.4 で外生的に与えた卸電気事業者および 20 IPP からの購入量に相当する. 実績売買量(電力会社間融通量および卸電気事業者・IPP 円/kWh 15 からの購入量の実績値)は年間約 2,200 億 kWh(国内電力 需要の約 23%) ,それに追加して取引される売買量ポテンシ 10 ャルは年間約 300 億 kWh(国内電力需要の約 3.1%)である. 5 売買量ポテンシャルのうち, 「売りポテンシャル」の約 3 分の 2 は電力会社が占め, 約 3 分の 1 は卸電気事業者や IPP 0 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 累積時間 7000 8000 9000 が占めるのに対し, 「買いポテンシャル」の大半は電力会社 10000 が占める.売買量ポテンシャルの全量が取引所で売買され 図 9.理想的な市場における電力 9 社の限界発電コストと JEPX 価格(2007 年度) ると仮定すれば,卸電力取引所における 1 日あたりの取引 ポテンシャルは約 8500 万 kWh となり,2007 年度における JEPX 取引量(1 日あたり約 770 万 kWh)を大きく上回る. 九州間においても容量制約による市場分断が一部の期間で みられた.また,図 4~図 6 と見比べると,LNG を保有する 3,000 卸事業者買い(潜在) 買い 電力会社の限界発電コストは変化が小さいのに対し,LNG 電力会社買い(潜在) を保有しない電力会社の限界発電コストは大きく変化し 2,000 LNG を保有する電力会社の限界発電コストに接近している ことが分かる.これは、LNG を保有しない電力会社は LNG 電力会社買い(現状) 1,000 億kWh を保有する電力会社と比べて規模が小さく,連系線により 両者が統合された市場においては後者の需給構造の影響を 強く受けるためである.仮に,連系線制約が無い場合を想 0 電力会社売り(現状) 定すると,9 電力会社の限界発電コストは図 7~図 9 におい -1,000 て LNG を保有する電力会社のデュレーションカーブ群の中 卸事業者売り(現状) ほどのレベルに収束する.JEPX 価格を連系線制約が無い場 -2,000 合の限界発電コストと比較すると,2005 年度はほぼ全期間 電力会社売り(潜在) を通して限界発電コストを 4~5 円/kWh 上回り,2006 年度 -3,000 は限界発電コストを 1~2 円/kWh 上回り,2007 年度は高価 売り 2005 格帯においては限界発電コストを 4~5 円/kWh 上回り低価 卸事業者売り(潜在) 2006 2007 図 10.理想的市場における電気事業者間の取引量 31 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 存在を示している. さらに,連系線マージンを開放し空き容量を拡大すれば, 売買量ポテンシャルは年間約 20 億 kWh(国内電力需要の約 次に,JEPX 価格を限界発電コストと比較したところ, 0.2%)増加する.但し,これら結果を解釈する際には,LNG JEPX 価格が 15 円/kWh を超えるピーク期間は JEPX 価格が 9 を柔軟に調達できると仮定している点などモデルと現実の 社の限界発電コストを大きく上回るが,それよりも低価格 違いに留意すべきである.また,既に電力会社は JEPX を活 な期間では乖離幅は小さくなり,期間によっては一部電力 注6 用し,IPP からの調達を弾力的に行うなど 会社の限界発電コストを下回る傾向にある.参考までに、 ,これら取引 ポテンシャルの一部は既に実現していると思われる.また, 経済産業省資源エネルギー庁 2)は 2005 年度を対象に分析を ここでの売買量ポテンシャルとは,実績売買量(電力会社 行い,昼間時間帯は JEPX 価格が限界発電コストを大きく上 間融通量や卸電気事業者・IPP からの購入量の実績値)を出 回るが,夜間時間帯は両者が同レベルの結果となり,本分 発点として追加的に取引されるポテンシャルを算出したも 析結果と同様に JEPX 価格が高価格な時間帯ほど JEPX 価格 のであり,売買ポテンシャルの一部には既存の電力会社間 が限界発電コストを上回る傾向を示している.完全競争市 融通や卸電気事業者・IPP 購入の反対売買も含まれる可能 場においては市場価格と限界費用は一致するという観点か 性があることに留意されたい. らは,市場価格が限界費用を上回る場合には市場支配力の 可能性が疑われる.一方,金本 12)によれば,ピーク時の発 電を行うピーク電源は,1 年に数時間の発電のために高価 5.まとめ な発電機を保有していることになり,発電量 1 単位あたり 筆者らは,9 電力会社の電源運用をユニット単位かつ時 の平均費用は非常に高いため,限界発電費用を上回る価格 刻単位の分解能でシミュレーションできる発電機起動停止 でなければコスト回収できない. また, 小笠原 13)によれば, モデルを開発し,国内卸電力市場を分析した.本モデルは, 限界発電コストの推定には誤差を伴うため,それだけを用 発電所や連系線の基本的な制約条件を出来る限り反映し, いて市場支配力を正確に評価することは難しい.市場支配 また,非開示なモデルパラメータについては関連情報から 力の行使を判断するには,限界発電コストとの比較だけで 適切な方法で推定していることから,現実市場の近似モデ なく,固定費を含めた収益性評価や入札カーブと限界発電 ルとみなせる.モデルの妥当性を評価するため,燃料種別 コストの比較なども併せて検討しなければならない. 発電量を実績値と比較したところ,一般水力・揚水・原子 一方,JEPX 価格と限界発電コストの関係を年度間で比較 力・石炭発電については実績値とほぼ一致し,石油火力は すると,2005 年度はほぼ全期間を通して JEPX 価格は 9 社 実績値を下回り,LNG 火力は実績値を上回る傾向にあった. の限界発電コストを上回るが,2006 年度はピーク期間を除 これは,現実には LNG を柔軟に調達することは難しいが, けば JEPX 価格は 9 社の限界発電コストの平均程度に位置し, モデルでは LNG を柔軟に調達可能と仮定している為と考え 2007 年度は両年度の中間的な傾向にある.このように,両 られる.故に,本モデルの計算結果を解釈する際には,LNG 者の相対関係が経年的に変化する理由としては,JEPX の流 を柔軟に調達できると仮定している点に留意すべきである 動性は低く入札量の増減により価格が大きく変動すること が,モデル計算結果のレベル感や経年変化傾向については や,電力会社による JEPX の活用は発展途上の段階にあり入 現実市場を考察する上での参考になると考える. 札戦略が変化していること,また,本研究では分析の対象 まず,本モデルを用いて,2005 年度~2007 年度の 3 年間 に渡って 9 電力会社の限界発電コストを時刻単位で推定し, 年度別に 8760 時間分の限界発電コストをデュレーション に含めなかった PPS 注 7 の取引量が変化していること注 8 が考 えられる. さらに,理想的な市場においては市場参加者の限界発電 カーブに表すことで,9 電力会社のコスト水準を比較した. 各社の限界発電コストは電源構成の違いを反映して異なり, 特に LNG 火力を保有する会社と保有しない会社の間ではデ コストが収斂するまで取引は行われると仮定し,卸電力取 引所において 9 電力会社,卸電気事業者,および,IPP の 間で取引されるポテンシャルを推計した.前記ポテンシャ ュレーションカーブの形状が大きく異なる.これらの差異 ルは国内電力需要の 3.1%程度であり,現状の JEPX 取引量 は,電力会社間で JEPX 取引を行う経済的インセンティブの 注7 Power Producer&Supplier の略称.特定規模の需要家 (現在 は契約電力 50kW 以上の需要家)に電気を小売りするために電力会 社の送電線・配電線などを使って電気を送る特定規模電気事業者 を意味する. 注8 文献 14)によれば,2006~2007 年度において,JEPX 売約定量 に占める電力会社(一般電気事業者)の割合は 4.9%~70.8%,買約 定量に占める電力会社の割合は 24.2%~71.3%の間で変動している. 見方を変えれば,PPS など電力会社以外の市場参加者の取引量も大 きく変化していると推察される. 注6 2 章の計算条件に基づくシミュレーションでは、電力会社間融 通や卸電気事業者からの購入量は実績値に合致するよう外生的に 与えているのに対し,IPP からの購入量は実績値が公表されておら ず代わりに計画値を用いた.故に、2 章の計算条件に基づくシミュ レーション結果と,2 章の計算条件から電力会社間融通量や卸電気 事業者・IPP からの購入量を所与とする条件を除いたシミュレーシ ョン結果の差には,IPP からの購入量の計画値と実績値の違いが影 響している. 32 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 31, No. 2 (2007 年度時点で国内電力需要の約 0.2%)を大きく上回る. 2)経済産業省 資源エネルギー庁; 売買量ポテンシャルのうち「買いポテンシャル」の大半は 析, 2006 年 3 月. 電力会社が占める.但し,既に電力会社は JEPX を活用し, 3)London Economics; Structure and performance of six European IPP からの調達を弾力的に行うなど,これら取引ポテンシ wholesale electricity market in 2003,2004 and 2005, 2007. ャルの一部は既に実現していると思われる.なお,理想的 4)経済産業省 資源エネルギー庁;電力需給の概要,1995 年~2003 な市場においては事業者間の卸電力取引が増加する結果, 年. 東京-中部や北海道-東北などで連系線制約による市場分 5)Global Energy Decisions; EU Database product specification 断が観察された. Ver1.0, 2006. 本研究の成果は,9 電力会社が JEPX を活用する経済的イ 電気事業制度改革の実効性分 6)社団法人 日本電気協会; 電力調査統計月報, 2005 年 4 月~2008 ンセンティブとその取引ポテンシャルを定量的に示したこ 年 3 月. とにある.JEPX の取引量拡大は,電源運用の全体最適によ 7)経済産業省 資源エネルギー庁; 電源開発の概要,2007 年 3 月. る発電コストの低減といった直接的な効用に加えて,価格 8)株式会社 日刊電気通信社; 電力発電所設備総覧, 2005. 指標の提供という副次的な効用ももたらす.JEPX が価格指 9)電気事業連合会;発受電速報,2005 年 4 月~2008 年 3 月. 標として認知されれば,それを指標とするスワップなどの 10)一般社団法人 電力系統利用協議会; 電力系統利用協議会ルー 金融商品が取引されるようになり,事業者にリスクヘッジ ル 手段を提供できる.また,デマンドサイドマネジメントに の考え方, 2009 年 7 月. おいて,リアルタイムプライシングの価格指標の役割を担 11)一般社団法人 電力系統利用協議会; 供給信頼度評価報告書 うことも期待される.JEPX は,取引量増加を目指して週間 (平成 21 年度 定期評価),2009 年 5 月. 型先渡しなど新たな商品の導入を図ってきたが,未だ取引 12) 金本良嗣; 電力市場設計の経済学:メモ, 2002 年 9 月. 量は流動性を確保するに充分なレベルと言い難い.新たに 13) 小笠原潤一; 電力市場における市場監視について~その 2, 創設される時間前市場に期待するとともに、例えばマーケ エネルギー経済; 2006 年 2 月. ットメーカー制度 注 9 を導入するなど取引インセンティブ 第 4 章系統運用ルール(特別高圧)第 9 節連系線等の空容量 14) 一般社団法人 日本卸電力取引所; 取引監視・取引検証 四半 を高めるような取組みにも期待したい. 期報告(平成 18 年度夏期~平成 19 年度冬期), 2006 年 11 月~2008 今後は,本モデルを用いて卸電力市場における競争状態 年 5 月. を継続的に評価していく予定である.特に,LNG 調達制約 15)経済産業省 資源エネルギー庁; 発電・卸電力市場の競争環境 を考慮した分析方法を追求し,現実市場に対する考察力を 整備について,2007 年 9 月. 向上したい.また,本研究では分析の対象に含めなかった PPS も含めた卸電力市場の分析を行っていきたい.一方, 低炭素社会に向けて太陽光発電や風力発電の普及が予想さ れる中で,これらの大規模な普及が電力会社の発電所運用 へ与える影響を評価し,太陽光発電や風力発電と電力会社 の発電所を併せた全体的な観点からの CO2 排出量の削減効 果を評価したい.さらに,発電に伴う CO2 排出量の抑制が 求められる中で,CO2 排出量に応じてコストが発生する状況 を想定し,これらコストを限界発電コストに計上して電源 運用シミュレーションを行うことで,9 電力会社の限界発 電コストや取引ポテンシャルがどのように変化するか評価 していきたい. 参考文献 1)経済産業省 総合資源エネルギー調査会電気事業分科会; 今後 の望ましい電気事業制度の在り方について, 2008 年 3 月. 注9 常に売り値・買い値を同時に提示して相場をリードするプレイ ヤーとなる制度.北欧市場などで採用されている.詳しくは,文 献 15)を参照. 33