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中東・南アジア(MESA)地域の 安全保障問題

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中東・南アジア(MESA)地域の 安全保障問題
中東・南アジア(MESA)地域の
安全保障問題におけるインドの意義
神戸大学
准教授
1.2
1世紀のグローバル社会の変貌とインド
国際文化学部
中
村
覚
日本に加えて,中国,韓国,ASEAN 諸国と躍進
米国のグローバル戦略が,インドの長期的な
する国々が多いアジアへと米国の外交戦略が重
台頭を期待している。2
1世紀に入り,
「中東・南
心を移したのは,経済戦略や将来性を考慮する
アジア(MESA)
」地域の国際政治には,東アジ
ならもっともであるが,中でも,いささか「先
ア諸国,ロシア,インドなどから政府系機関や
物買い」にも見えるインドに最高級の賛辞が送
多くの多国籍企業が新たに参入しつつあり,も
られたのである。
はや冷戦時代の二極的思考も,米ブッシュ政権
オバマ米大統領は,慎重に言葉を選んでいる
時代のような単極的思考も通用しない多極構造
が,2
0
0
9年1
1月2
4日,ホワイトハウスでのシン
が MESA に成立している。各国の影響力が交錯
印首相訪米の歓迎式典で,
「両国間のパートシッ
する中,インドは,MESA に権益を有する日本
プは2
1世紀を決定する」と述べていた。これは,
や米国にとって注目するべきアクターとなって
インドに対する長期的な期待感を十分に伝えた
いる。本稿がインドについて特に注目したいの
発言であった。そして,同大統領は,本年1
1月
は,その経済的躍進よりも,MESA やインド洋
5日からのアジア諸国歴訪に際しては,インド
の国際的安全保障において,重要な安定要因と
を最初の訪問国に選び,4日間滞在したのであ
なる可能性である。以下では,米・印関係の推
る(以下,「オバマ大統領の訪印」と略す)
。そ
移や,インドの中東政策や海洋戦略に関して素
して,インドの国連安全保障理事会の常任理事
描する試みとしたい。
国(UNSCPM)入りへの支持を表明した。核兵
器を保有するインドが UNSCPM となれば,米
2.米国のインドへの熱い視線
英仏中露に匹敵する国際的な地位を獲得するこ
R.
O.
ブレーク米国務省南・中央アジア担当
ととなる。
補佐官は,2
0
1
0年9月3
0日サンディエゴの世界
日本の報道では,国際政治におけるインドの
問題評議会での講演で,まだよく知られていな
役割に関する評価は低いままである。だが,オ
い南アジアの側面であると前置きしながら,
「米
バマ大統領の2
0
0
9年のアジア歴訪の際にはイン
国外交にとって第一に重要な地域は,ヨーロッ
ドは訪問国には含まれていなかったこと,そし
パからアジアにシフトしてしまった」と述べた。
て2
0
1
0年のアジア歴訪では中国が含まれなかっ
さらに,
「民主主義の繁栄,経済的将来性,本物
たことを合わせると,米国のアジア政策におい
の人的資本,米国との協力の実績の点で,アジ
て,
「中国からインドへ」という変化の兆しが現
アにはインドに匹敵する国はない」と述べた。
れたのだと言えよう。
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米国のインド重視政策へのシフトが,長期的
では,政治的関係は確立しているのだろうか。
に持続し,本物となるのか否か,この問いは,
冷戦中には冷え切っていたサウジアラビアと
2
1世紀のグローバル社会の行方を左右する重大
インドの関係は,GCC の枠組みを活用して慎重
な要素になるだろう,と考えられる理由が十分
に改善された。2
0
0
3年9月にインド・GCC 政
にある。
治対話がニューヨークで開始され,翌年,2
0
0
4
2
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0
3年にゴールドマンサックスが発表した
年には,ムンバイーに舞台を移して GCC・イン
BRICs 報告書では,2
0
3
0年過ぎにはインドの
ド産業会議が開催された。そして2
0
0
5年に,イ
GDP は,中国,米国に次ぐ世界三位に達する可
ンド代表が,リヤドで開催された国際テロ対策
能性が予測されていた。その後の様々な機関に
会議に招待され,両国は,テロ対策協力で合意
よる類似の報告書の中でも,インドは,おおむ
する成果をあげたこととなった。ただし,両国
ね三位に達すると予測されている。ただし,中
間関係では,カシュミール問題と,
パキスタン・
国とインドの経済的過熱はバブル的な要素が含
インド関係の取り扱いが課題である。
まれているはずであり,やがて成長抑制要因が
6年のアブドッラー国王のアジア歴訪の際
2
0
0
働き出すであろうから,直線的にインドの経済
には,インド訪問が実現し,デリー宣言の共同
が成長するわけではないだろうという見方もま
発表という成果をあげたが,この機会にサウジ
だ根強い。だが,オバマ大統領は,「
〔訳者注:
側は,カシュミール問題は,パキスタンとイン
中国ではなく〕インドが米国にとって最大の貿
ドの直接対話で解決されることが期待される,
易相手国にならないとは言えない」と発言した。
とインドに配慮した立場を表明した。さらにア
おそらくその根拠は,国連経済社会理事会人口
ブドッラー国王は,インドの後で訪問したパキ
局2
0
0
8年報告書が,2
0
5
0年時点でインドの人口
スタンで,インドがイスラーム諸国会議機構
(同年1
6億1,
3
8
0万人)が中国(1
4億1,
7
0
5万人)
(OIC)のオブザーバー資格を獲得できるように
を上回るという長期予測などであると見られ
パキスタンが取り組むべきである,とパキスタ
る。
ンにインドとの関係改善の労をとらせるような
発言をした。
3.インドの中東政策:
サウジ側がインドの取り込みを図る理由に
は,イランとのライバル関係が背景にある。イ
GCC,イラン,アフガニスタン
次に,インドの中東政策に焦点を当ててみた
ランは,中東諸国の中では一足早く1
9
9
7年から
い。現在,最も重要である湾岸政策,アフガニ
ルックイースト政策を開始していたが,2
0
0
2年
スタン政策,イラン政策に関して,検討するこ
にイランの核兵器開発疑惑が浮上した後ではサ
ととしたい。
ウジアラビアは,イランのインドなどへの資源
2
0
1
0年では,インド経済は,中東・アフリカ
輸出を妨害しようとし始めたのである。サウジ
や,アジア諸国との貿易に強く依存するように
アラビアのルックイースト政策は,米国へのサ
なっている。地域別の割合では,輸出入共に,
ウジの依存を低下させる目的だけによるもので
はないということである。
「西アジア・北アフリカ」地域,日本でよく使わ
インドの側では,サウジアラビアとの関係改
れる呼称に言い換えるなら,中東・北アフリカ
地域(MENA)の重要性が最も高くなっている。
善には,パキスタン問題が動機にあった。2
0
1
0
また,インドにとって中東との関係では,石油
年2月末には,インドのシン首相がリヤドを訪
取引が第一の優先事項であり続けるだろうが,
問し,リヤド宣言が両国で署名されたほか,犯
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罪者引き渡し協定が締結され,テロ対策協力の
スタンが,
「ムンバイー事件」の容疑者の裁判を
枠組みがさらに一段階強化された。2
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0
8年のム
迅速に進めていないと批判している。また,パ
ンバイー同時多発テロ事件(以下,
「ムンバイー
キスタンの情報機関 ISI が,2
0
0
8年のカーブル
事件」と略す)で実行犯が属していたラシュカ
のインド大使館爆破事件(死者5
8名,負傷者1
4
1
レトイバは,インド系サウジ人1名が資金源と
名)や「ムンバイー事件」
,近年のターリバーン
なっていたが,インドは,サウジアラビアが,
の勢力拡大に関与しているのではないかと恐れ
パキスタンやカシュミールへのテロ資金規正を
ている。まとめるとインド政府は,カシュミー
強化することを期待している。
ルへのターリバーンやパキスタンによる関与を
Samir Pradhan 氏は,2
0
0
8年に GCC 諸国には
排除するために,アフガニスタンの平和構築が
約4
5
0万人のインド人労働者が滞在しており,外
進展することを期待している。
国人労働者の中で最多だという。1
9
8
0年代以
インド政府は,アフガニスタンの平和構築に
降,GCC 諸国は,アラブ域内で政治紛争が発生
1
3億ドルを拠出しているが,これは「少額」で
するたびにアラブ各国からの出稼ぎ労働者への
あるにも関わらず,5
0
0億ドルを拠出した米国
依存を低下させていったが,代替としてインド
による援助よりも着実であるとして,アフガニ
人労働者が増やされることになったのである。
スタン側から高い評価を受けている。米国によ
これは,GCC 諸国とインドの間では,大きな紛
る援助は,NGO 団体による下請けの連鎖を生
争の事案がないことを反映した結果だと言え
み出すなどの理由で,非効率で時間がかかり,
る。
印象の悪いものとなっている。現在では,米国
インド人だけではないが,多くの外国人労働
政府も,インドによるアフガニスタン支援の方
者が,GCC 各国で差別的な視線や行為を受けて
式を高く評価するようになっている。
おり,彼らの人権状況の改善が望まれる問題で
イラン問題では,インドのシン首相が,対イ
あると言えるが,その改善に関しては,インド
ラン経済制裁が効果を上げるかは疑問であると
と GCC 諸国の間では「将来」に先送りされたま
0年4月に発言した経緯などがあり,インド
2
0
1
まである。インドは,先鋭な政治的争点をつく
は国連対イラン経済制裁の実施段階で協力に踏
らないようにしながら GCC との関係を強化し
み切るか否か懸念される国と見られてきた。た
てきた。また,インドと GCC 関係は,石油取引
だし,インドは,イランとの石油取引や投資拡
ばかりではなく,ガス,投資,医療,IT,宇宙技
大に利益を見いだすものの,核兵器の拡散によ
術,高等教育などに及ぶ,多層的な関係へ進む
る湾岸の不安定化というリスクを受け入れる意
兆しが現れている。インドは,湾岸の安定度を
志はないようである。
また,インドにとって,米国間の関係改善は
高めていると言えよう。
アフガニスタンの平和構築プロセスの成功
まだ途上であり,イランとの関係よりも,米国
に,インドは戦略的な国益を見いだしている。
との関係に魅力を感じている。実際に「オバマ
インドは,1
9
9
0年代から2
0
0
1年まで,タ ー リ
大統領の訪印」では,次項でふれるが,米国か
バーン政権がカシュミール問題の大義のために
らインドへ垂涎の土産がもたらされた。また,
戦うムスリム戦士たちをアフガニスタンで訓練
2
0
1
0年6月1
7日公表されたピューリサーチセン
していた過去を忘れることはない。インドにと
ターの調査「オバマは,自国よりも外国で人気
ってカルザイ政権は,ターリバーンの抑制力と
が高い」が示すところでは,イランに対する軍
しての戦略的価値がある。インド政府は,パキ
事攻撃に賛成したインド人は5
2%と高い割合を
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示した。この理由は,イランの核開発の経緯に
体化してしまうなどの多くの批判が集まった。
は不明な点が多いとしても,パキスタンのハー
だが,奥智之氏が,米国がインドの民生用原子
ン博士が関与したと見られることから,インド
力協力に踏み切った理由として簡潔に指摘して
でのイランの印象が悪くなっているため,と考
いるが,「パキスタンを核実験成功へ導いた
えられている。まとめると,インドの国益や世
カーン博士〔表記はママ〕
が『核の闇市場』を構
論は,イランよりも米国の側に近いと言えそう
築したのとは異なり,インドは核技術・核兵器
である。
を開発してきたが,他国に売ることはなかっ
インドの中東外交は,GCC との経済的相互依
た」
。また,インドは,1
9
9
9年に核兵器の先制不
存関係を強化しており,また,カシュミール問
使用を宣言した。
題の非政治化や,パキスタンへの対抗でサウジ
そこで現在では米国は,インドが将来の核不
アラビアとの協力を徐々に強化してきている。
拡散に貢献するという立場である。「オバマ大
また,国際テロ対策では当事者としての強い関
統領の訪印」では,
核や軍事の分野で多くの「手
与が期待され,アフガニスタン復興で一定の役
土産」がもたらされた。米国は,インドが,ワ
割を発揮しそうである。イランと米国の対立で
ッセナー・アレンジメント(WA)
,オーストラ
は,米国寄りの立場を示しそうである。
リア・グループ(AG)
,原子力供給国グループ
(NSG)などの核不拡散レジームへの正式参加を
4.インドの安全保障政策:
支持する方針を示した。さらに,インド宇宙開
核,PKO,海軍,米国
発機構(ISRO)とその4つの付属機関,防衛研
インドの貿易は,EU,北米,アジア・ASEAN
究開発機構(DRDO)
,国営のブハラ・ダイナミ
へとグローバルに展開する射程を獲得するに至
ック有限会社(BDL)に対する米国輸出管理法
ったので,海上輸送路の確保は,インド経済に
の再輸出規制の対象リストから除外する方針が
とって死活的に重要な課題となっている。そこ
表明された。
で,インドの核政策,安全保障での国際貢献,
さらに米国は,インドへの武器供与に積極的
インド洋での海軍戦略などに関して検討する。
7軍用輸
となった。ボーイングからの1
0機の C1
1
9
9
8年のインドの核実験以降冷え込んでいた
送機や,GE からのテジャス軽戦闘機用エンジ
米印関係は,1
9
9
9年のパキスタンの政変や,
ンのインドへの売却契約,約5
0億ドルが成立に
2
0
0
0年のクリントン大統領によるインド訪問を
向けて進められている。さらに Firefinder レー
契機に改善に向かい始め,ブッシュ政権,オバ
ダーの米国からの供与,情報交換,ミサイル防
マ政権と着実に強化されてきた。これは,安全
衛に関する交渉を行っている。これまでインド
保障面での協力強化を伴うものとなった。2
0
1
0
は,空母,潜水艦,主力戦闘機の調達ではロシ
年7月2
3日,マレン統合参謀本部議長は,
「米印
アからの輸入に,また,レーダーなどの先端の
間による軍事協力の緊密化は,地域と地球を安
軍事技術ではイスラエルに依存してきた。2
0
1
0
全にする」と述べた。インドの軍事力や安全保
年1
1月1
1日,詳細は不明ながら,インド国防相
障政策は,グローバルなインパクトをもつので
は,今後は,軍艦については輸入に依存せず,
あろうか。
国内での製造を増やしていくという方針を発表
2
0
0
8年1
0月1日に調印された米印原子力協定
した。インドの武器調達の行方が MESA の国際
に関しては,
核拡散防止条約(NPT)に違反して
安全保障環境に影響を及ぼすことになるか,注
いるという見解や,同条約の履行レジームを弱
視されるだろう。
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インドは,これまで国際安全保障分野で貢献
に盲従しているとは評価できない。
度が高い国の一つである。国連 PKO に対する兵
2
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0
7年4月には初めて,日本,シンガポール,
員と警察官の派遣による人的貢献では,2
0
1
0年
オーストラリアを加えた多国間演習を実施し,
1
0月時点で,一位パキスタン,二位バングラデ
2
0
0
9年9月には沖縄沖で日米との多国間合同演
ィシュに次ぐ三位にあり,8,
7
0
4名を派遣して
習を実施した。また,2
0
0
9年1月にはインド洋
いる。ただし,インドは,これまでに,国連 PKO
でロシアとの合同演習も実施した。インド海軍
に対して,最多の人員となる1
0万人以上を派遣
は,多国間合同演習の実績を蓄積しつつある。
してきた実績がある。南アジア諸国が PKO 要
実際の活動実績では,インド海軍は,アデン
員を多数派遣している理由には,国際貢献とい
湾やアラビア湾で,2
0
0
8年から2
0
1
0年6月まで
う目的の他に,兵士の賃金が安いことや,本国
7隻の船を護衛した。そのうち,
の間に,1,
0
3
では得られない実戦経験の獲得を重視している
9
0
3隻は,自国籍船ではなく,
5
0ヵ国に及ぶ他
点が指摘されていることから,インドの発展が
の国籍の船であった。インド海軍は,NATOや
続いた後で,これまでの派遣水準が持続するの
EUNAVFOR(EU 海軍)と協力して,海賊対策
か,ポイントとなる。
の任務を遂行している。インド海軍は,国際的
な責任を分担している。
さらに注目したいのは海軍の動向である。
2
0
0
7年5月にインド国防省は,インド海軍の軍
また,インド海軍は,2
0
0
4年の「ツナミ」災
事戦略を表した文書「海上を使用する自由」を
害発生の際に人道支援を展開したが,活動の
公表した。その中では,インド洋の安全の観点
ピークとなった1月3日には,3
2隻の船,2
2機
では,
「域外諸国の海軍の戦略目標は,インド自
のヘリコプター,5,
5
0
0人の水兵を派遣してい
身の戦略目標と幅広く一致しており,利益の衝
た。これらは,地域国として最大規模であった。
突はない」と明言している。軍事力使用のドク
また,インド海軍は,2
0
0
6年には,ベイルート
トリンは,近隣諸国との衝突やテロ対策活動,
での民間人救出作戦のために印海軍の軍艦4隻
自国民や自国の在外資産の保護などの自国のた
を派遣し,インド人,ネパール人,スリランカ
めの目的だけではなく,近隣諸国の支援活動や
人,レバノン人,計1,
4
9
5名を救出した。インド
PKO 活動などの国際公共財の提供を含んでい
海軍は,合同演習や国際協力活動の実績を通じ
る。
て,東は沖縄沖から,西は地中海までの外洋を
行動範囲としつつある。
1
9
9
2年から米海軍と印海軍は,
インド洋で「マ
ラバール」合同演習を毎年実施してきた。ま
インドは,核不拡散に貢献できるだろうとい
た,2
0
0
1年の不朽の自由作戦では,マラッカ海
う米国の信頼を獲得し,兵器の近代化を進めて
峡で高価値船(HVS)を護衛する任務を遂行し
いるが,過去の PKO 活動の実績やインド海軍の
た。パキスタンの Khurshed Alam 氏によると,
ドクトリン,国際協力実績を見て,米国の戦略
インド政府は,米海軍に対して,冷戦中はディ
に合致しているだけではなく,将来にわたり,
エゴ・ガルシアからの撤退を求めていたが,現
国際公共財の提供という役割を期待できるもの
在では,インド洋において唯一本当に信頼でき
である。ただし,中国と似ているが,インドの
るパートナーだと見なしているという。ただし
急速で大規模すぎる発展や近代化が,国際協調
インド政府は,拡散防止イニシアティブ(PSI)
よりも,独自路線を目指し始める要因になる可
に関しては,国際法に適合しないとの理由でメ
能性を考慮に入れておきながら,今後の動向を
ンバー国とはなっていないように,米国の戦略
フォローする必要もあろう。
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米国が,対中国カードとしてインドに注目し
湾岸政策は,ムンバイーを拠点として,指揮さ
たのは,
2
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0
1年の海南島事件だったと言われる。
れていた。このような歴史を想起すると,もし
また,近年,中国海軍が,香港から東アフリカ
も米国がインドと固い絆で結ばれ,インドが国
沖までを活動範囲とする海上覇権を目指すので
際社会で責任を果たす国家として成長し続ける
はないかという「真珠の首飾り(The String of
なら,米国は,真の意味で大英帝国の遺産を継
Pearls)
」戦略の脅威が議論されている。インド
承し終えたことになるのかもしれない。
の場合は,パキスタン,スリランカ,バングラ
インドは,テロ対策,湾岸やインド洋の国際
ディシュが対印包囲網を構成する脅威を懸念し
安全保障政策では,米国との強調を保つ見込み
ていると言われる。とはいえ,中国海軍は,パ
が高いようである。ただし,インドが軍拡に走
キスタンのグワダル港開発地区の建設などを支
るのは,紛争のリスクが高い安全保障環境や近
援しているが,実際には環インド洋地域でまだ
隣諸国との外交関係の不安定さへの対応策であ
どこにも「軍港」を確保していない段階であり,
るとしても,2
0年後も一人あたり GDP が3,
0
0
0
また,明白な軍事的な敵対行動を特定の国に対
ドル台と予測されているインドの経済成長にと
してとったことはない。印・中関係は,冷戦後
っては,本来,望ましいとは言えない残念な問
に「解凍」され始めたばかりであり,今後の両国
題である。
関係は,友好的に強化されていく可能性も現時
本稿は,どちらかと言えば,インドの可能性
点では十分にある。だとすると,インドの安全
に関して,多くを語りすぎたかも知れない。イ
保障政策は,予測しがたい事態の変化に対する
ンドが,英国や日本を超える米国の多面的な
「ヘッジ」や「安全弁」としての意義付けが可能
パートナーとなるまでにはハードルが多い段階
であるように考えられる。
である。今後のインドの発展の妨げになる可能
性のある要因としては,経済運営の失敗,エス
5.まとめ
ニック紛争やテロ事件の発生,人権や民主主義
かつての大英帝国には,インドが最大の「資
の過剰な政治争点化,ヒンドゥーナショナリズ
産」であった。インドは,大英帝国のための,
ムの非合理性などが,懸念される。だが,イン
豊富な資源や労働力の供給源となっただけでは
ドの外交実績は,「言葉よりも行動」という好評
なく,インド人兵士は,大英帝国の主な戦闘に
価も受けている。2
1世紀の国際政治,とくに中
動員されていた。その兵員数は,のべ1千万人
東・南アジア政策は,インドを育て,将来性に
以上で,負傷者数は1
0万人以上,戦死者の数は
賭けようとする米国の意志を織り込んでいく必
3万6千人を数えたと言われる。また,英国の
要があると言える。
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