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セッション1 「世界経済の動向を踏まえた日・印経済情勢

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セッション1 「世界経済の動向を踏まえた日・印経済情勢
セッション1 「世界経済の動向を踏まえた日・印経済情勢」
モデレーター
財務総合政策研究所総務研究部長
鵜田晋幸
このセッションでは、河野BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト、カ
スリア・イクリア所長より発表頂く。
プレゼンテーション1:日本経済の現状〜なぜ成長率が高まらないのか?
BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト
河野龍太郎氏
過去3年間、日銀の金融緩和により円安が進展、輸出企業の業績は大幅に改善し、株
価は2倍に上昇した。一方で、経済成長に目を向けてみると12四半期中5四半期がマイ
ナス成長で、平均成長率は年率0.7%に留まっており、それ以前の3年間の平均成長率年
率1.6%と比較して大きく低下している。特に、2014年から2015年の8四半期では、そ
の半分にあたる4 四半期がマイナス成長である。
それでは何故、日本経済は成長しないのだろうか。2014年の消費税増税や2015年以
降の中国をはじめとする新興国の経済減速だけでは理由を説明できない。安倍政権発足
前の2012年、公的需要は東日本大震災の復旧・復興で膨張していたが、2014年後半に
は当時の水準をさらに7兆円も上回っており、それ以外にも様々な補助金、法人税減税
等などが並行して打ち出された。強い緊縮財政が取られたとは言い難い。また、新興国
経済の減速は、原油など資源価格の下落を引き起こし、交易条件を大幅に改善させると
いうプラス要因ももたらしており、必ずしも低成長率に直結するものではない。
日本経済が低成長に留まる理由に関して私が分析した結論を申し上げると、従来
0.3%と推計されていた日本の潜在成長率が0%近くまで低下しているためであると考
えている。安倍政権発足時に存在していた2%程度のデフレギャップは2013年の高成長
を経て、2014年以降は解消されている。失業率も低下を続け、2016年1月は3.2%とな
っており、私が完全雇用として想定する3.5%を下回る水準である。経済成長が停滞す
る中での失業率の低下は、まさに日本の潜在的成長率が低下していることが原因である。
日本経済は、2014年の前半からほぼ完全雇用状態となっている。日本の労働力人口
は1997年をピークに減少しており、国内での若年労働力の確保は難しい状況だ。こう
した背景から、円安下にあっても輸出企業は国内での生産能力を増やさず、輸出価格を
維持することで利益を拡大してきた。そのため、過去3年間、日本の輸出数量は全く増
えず、マクロ経済全体のパイも増えなかった。
団塊世代の引退による人手不足を補うべく、女性や高齢者の労働者数が増加している
が、そうした人々の労働時間は短いため、労働者数とその平均労働時間を掛け合わせた
総労働時間は全く増えていない。これは、GDPが全く増えていないことと整合的であ
1
る。また、平均労働時間の減少は、労働力が不足しているにも関わらず毎月勤労統計が
示す月給ベースの平均賃金が伸びないという現象にもつながっている。
かつて、人口動態による労働力の減少は、資本蓄積や全要素生産性の上昇で補うこと
が期待されていたが、筆者の試算では、全要素生産性はむしろマイナス領域に入ってき
た可能性がある。完全雇用に入り経済のスラック1が解消された後も、積極的な財政政
策や金融緩和が実施されているが、これが資源配分を歪め、全要素生産性、延いては潜
在成長率をますます低下させているのではないか、懸念される。
実質賃金が増えていない点について、多くの通説ではデフレを原因として挙げるが、
私の分析は異なる。90年代から2000年代に実質賃金が下がった一番大きな理由は交易
条件の悪化であり、交易条件の悪化を引き起こしたのは、2000年代に大きく進んだ原
油価格の上昇だ。原油価格の大幅上昇で輸入物価が上がり、日本から産油国に所得移転
が起こったというのが、実質賃金が低下したことのマクロ的な要因である。実質賃金低
迷の元凶はデフレではなく、それ故、円安政策でデフレ脱却を目指しても実質賃金上昇
の処方箋とはならなかった。
こうした状況の中、経済に関する懸念事項が二点挙げられる。一点目は企業の日本経
済の先行きに対する見通しが低下していることだ。企業経営者が設備投資あるいは人件
費を増やすことに消極的なのはまさに成長期待が低下していることが背景となってい
る。二点目は、円安修正への懸念である。現在の為替レートは実質ベースでみると、1973
年以来の水準まで低下している。海外からの訪日客の増加はこの歴史的な円安に依ると
ころが大きい。仮に国際金融市場に混乱が生じ、円安が大幅に修正される場合の影響が
懸念される。
最後に、日銀による積極的な金融緩和に関してお話しさせていただく。金融緩和の実
施は、理屈では円安に働くが、直近では目立った効果が得られていない。これは各国が
自国通貨高を嫌気して同様の金融緩和を行っているためであると考えられる。通貨安は
グローバルでみるとゼロサムなのである。一方、マイナス金利政策は金融機関の収益悪
化、金融仲介サービスの減少を招き、長期的な潜在成長率の上昇には寄与しないと思わ
れる。
鵜田総務研究部長:河野エコノミストからは、日本経済の課題について、興味深いご意
見を頂いた。
バブル経済崩壊後、日本経済は「失われた20年」と言われる経済の停滞を経験し、企
業が直面する六重苦(円高、高い法人税率、自由貿易協定への対応の遅れ等)など日本
経済は様々な課題を抱えていた。しかしながら、2012年12月の安倍政権発足後、アベ
ノミクスの「三本の矢」の取組みにより、企業業績は顕著に改善し、2014年度に過去
最高水準を記録。企業部門の回復が雇用情勢の改善を後押しし、2016年1月には有効求
1余剰人員や遊休設備など
2
人倍率は1.28倍と24年振りの高水準になるなど、着実な成果が見られる。
他方、河野氏からご指摘があったように、実質輸出の伸び悩みや労働力不足といった
課題も見られる。国際面では、中国を始めとするアジア新興国や資源国等の景気が下振
れし、日本の景気が下押しされるリスクも考えられる。
政府は、新3本の矢、日本再興戦略などの諸施策を着実に実施し、好調な企業収益を
投資の増加や賃上げ、雇用環境の更なる改善等につなげるなど、経済の好循環の更なる
拡大を目指している。
日銀の金融政策におけるマイナス金利に対しては様々な見方があるが、日銀は物価安
定の目標を実現するために必要な行動をとることにコミットしており、政府としても日
銀がデフレ脱却に向けた努力を継続することを期待している。
プレゼンテーション2:「外的要因を踏まえたインド経済情勢」
イクリア所長
ラジャット・カスリア氏
インドが抱える財政の構造的問題、及び、外的要因を踏まえ、同国の経済情勢につい
て述べる。日本は生産性の低下の問題に直面しているが、インドは逆に上昇中である。
2016年におけるインドのGOP成長率は7.5%と見込まれており、他国のそれと比して伸
び率が顕著である。また、インド経済はGDPにおける3分の2を内需型消費である。つ
まり消費は同国経済の基盤を底堅く支えているといえる。ここ数年の交易条件の改善も、
成長にプラスに働いている。さらに、インドは豊富な若年層を抱える大きな人口ボーナ
スがある。これは、インドの経済成長を下支えする大きな要因となると強く信じている。
加えて、競争的連邦主義の考えも浸透してきており、成長要因として考えられる。
次に消費を促す為の投資に関して、述べる。まず、インド及び日本における1人当た
りの所得を見ると、大きな差が確認出来る(2014年、インド:1,500ドル/人、日本:36,000
ドル/人)
。また、GDPに占める貿易比率を見た場合、インドは38%と日本のそれよりも
比重が大きい(日本:33%)。更に、インドは経済開放を押し進めており、
(過去の中国
の様に)世界の工場を目指している。ここ数年の間に現在の17%から25%までGDPに占
める製造関連比率を高める事を目標としている2。ここに日印関係の重要性があり、メ
イク・イン・インディアのポイントもここにある。製造業を強化する為にはインフラ投
資が必要であり、新幹線はその良い事例である3。一方で、インド経済の成長の鍵とな
る資本投資があるが、GDP比率で投資比率を見た場合、ピーク時の約40%(2011年)
Make in India における National Manufacturing Policy において、GDP に占める製造業
の割合を 2022 年までに 25%を目標とすることを vision として掲げている(参照:
http://www.makeinindia.com/policy/national-manufacturing)。
3 昨年のデリーでの日印首脳会談では、
インド初の高速鉄道計画に新幹線方式を導入するこ
とで正式合意(2015 年 12 月 12 日)
。西部マハラシュトラ州ムンバイ~グジャラート州ア
ーメダバード間の約 500km を結ぶ。総事業費 9,800 億ルピー(約 1 兆 8,000 億円)。
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から現在は約31%(2014年)まで減少しているのが懸念点であり、今後投資増加の必要が
ある。
1990年代初頭はインドにて自由化改革が始まった時期であり、投資こそが成長の牽
引力であった。しかし、公共投資主体では成長が見込めず、民間投資が成長の牽引力に
取って代わっている。そして90年代後半のポスト自由化の時代には、
「投資の伸長、及
び、投資そのものの内容変化(民間投資の増加)」の二つが起こる。
(インドを含め)世
界で共通していることは、公共投資より民間投資の方が生産性は高く、成長を促す牽引
力となる。当然ながら政府よりの投資はもはや必要ではないということではなく、政府
の役割に変化が生じており、今後はより良い制度・体制を提供すると事にシフトしてい
くという意味である。
民間投資を促進するには、財政再建が必要である。2016年度予算の策定において、
当初、成長促進のために財政赤字を対GDP比3.5%に抑制するという目標を緩和すべき
か、という議論が聞かれた。投資がやや低下してきている状況では、目標の緩和により、
投資促進をした方が良いのではいう意見が根強かった。他方、目標を下げる場合の政府
の信用度の低下懸念から、財政再建目標は堅持された。
財政再建を進めるには、まず、政府補助金の対GDP比率を下げることが必要である。
他方、インドはでは、社会インフラが十分整備されておらず、直ちに補助金を止める事
は不可能である。従って、不要な補助金を削減しつつ、必要な部分を残し、効率的に全
体の比率(補助金の対GDP比)を下げるべきである。
2つ目として、税収の増加など、歳入面の取り組みも必要となっている。歳入の対GDP
比率をみると、インドは他の先進国や新興国と比較しても低い。税務当局は、税の徴収
や紛争処理のプロセスを改善するべきである。さらにもう一つ重要な改革分野として、
財・サービス税(GST)4の導入が挙げられる。全国一律の税率導入は、インド全体を
ひとつの魅力ある市場に進化させる。
投資に関しては、なお歳出面について1点付言すると、政府は、特に農業部門を中心
に、地方インフラへの投資増加を決定した。インドでは農業部門に関わる人口比率が高
く(労働人口の約50%と言われる)
、農業部門が好調は経済成長に大きく寄与すると言
われている。
コモディティ価格、特に石油価格の下落は、すべてが良いニュースという訳ではない
が、エネルギー需要の70%を輸入している国ではプラスの側面が大きい。経常収支赤字
は改善してきているが、外的要因のみに依存するばかりでは持続可能とは言えない。そ
のため、投資環境や輸出改善の取り組みは急務である。経常赤字の改善のカギとなるの
は、外国直接投資(FDI5)と海外証券投資6である。日本等からのFDIは歓迎され得る
Goods and Services Tax の略。
Foreign Direct Investment の略。海外における事業活動に対する経営参加を主な目的と
した投資。
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4
ものである。他方、機関投資家からの株式・債券市場への投資は、金融市場の変動によ
りすぐに逃避する恐れもあり、脆弱と言える。事実、インドでは毎年240億ドルもの投
資額が引き揚げられている。直近7か月の間では70億ドルである。つまり、原油等の消
費価格の下落の結果、より安全な米国市場へ資金が逃避するリスクがある。他方、幸い
にも、FDI・間接投資ともに現在のところは好調である。2015年4月から2016年1月の
期間(10ヵ月間)における新規FDIは317億ドルであった。また、日本はインドへ今後
5年間で3.5兆円の投融資をする事を実行する予定である7。さらに、経常赤字の改善す
るためには、輸出競争力を強化し、製造業の拠点を拡大することにより、輸出そのもの
を増やす取り組みも言うまでもなく重要である。
インドの輸出は、貿易相手国の所得の減少と需要の減退、ルピー高(通貨の過大評価)
などにより、直近15ヵ月で減少しており、この点は懸念される。現在インフレ率は下落
傾向であるが、これまでは貿易相手国と比較すると高く(7-8%)、輸出が伸びづらい環
境があった。
今後の経済見通しについて、インド財務が公表した「政策不透明性インデックス」を
見ると、足元は低い値となっている。他方、不透明性は低いとは言え、今後を占う上で、
重要な施策である、GSTの導入、土地収用法の改正、労働市場改革の実現は急務である
と言わざるを得ない。インドにおける労働人口の90%は無契約労働者である。安定的か
つ継続的な労働力確保の為には、労働法改正が必要である。
上記の課題の数々は、モディ首相がここ数年間訴え続けているインドにおけるビジネ
ス環境の促進を図るものである。同首相は、世銀が毎年公表する「ビジネス環境の現状
(Doing Business Indicator)」において世界トップ 50以内を目指している。順位自体
はそれほど重要なことではないが、ビジネス環境の質的改善が重要である。インドは次
の10年で7.5%以上のペースで成長すると言われている。インド経済が伸びなければ何
百万人という荒廃地区に住む人々の暮らしを改善することは不可能である為、このペー
スでの成長はこれからのインドにとって不可欠である。その為には、世界中からより多
くの投資家に来て頂く事が重要であり、我々は今後もより魅力的な成長環境への整備を
進めるべきである。
鵜田総務研究部長:カスリア所長からは、財政赤字や経常収支赤字の改善が続くなど、
ここ数年のインド経済の好調なトレンドを紹介頂いた。他方で、貿易、特に輸出面で課
題を抱えていることも明らかにされた。モディ政権は「メイク・イン・インディア」キ
ャンペーンなどで国内製造業の活性化に注力しているが、国内の輸出産業の競争力低下
などの懸念も残ることが示された。さらに、モディ政権は、着実に経済政策を進め、政
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元本の値上がり益や利子・配当収入を主な目的とした投資。間接投資ともいう。
2014 年 9 月 1 日の東京での日印首脳会談において、直接投資額や進出企業数を倍増させ
る事を目標とした共同声明が公表。
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治の不確実性を減少させる一方で、財・サービス税(GST)、土地収用法などの主要な
改革の先行きは、依然として不透明であるという課題も明らかにした。これらの主要な
改革の実現は、インド経済のさらなる成長につながるだけではなく、国内外のビジネス
の活性化を促し、日本を含む関係国の経済にも好ましい影響を与えるものであり、今後
に期待したい。
【質疑応答】
参加者:日本のサプライサイドを強化し改善するため、インドとどういう関係を築くべ
きか。インドは生産性高い分野と遅れている分野が併存するという構造問題を抱えてい
るが、どういう所を強化し、どういう関係を構築すれば両国にとって共にメリットのあ
る関係が築けるのか。また、日本のサプライサイド強化の為に、インドとの関係をどう
経済関係を築けばよいか。
河野エコノミスト:インド含めた新興国との関係で申し上げると、日本はあまりに製造
業にこだわっていると言える。ブレトン・ウッズ体制崩壊後、日本は、割安な為替レー
トにより輸出を拡大させていたが、これは持続可能ではなかった。資源配分を歪め、輸
出部門に過剰ストックや過剰雇用を抱えさせ、一方で、非製造部門の成長を阻害するこ
とになってしまった。歪みをもたらしている輸出偏重型の政策を止め、製造業にも非製
造業にもより中立的にすべきだろう。そうなれば、経済の大半を占める非製造業分野の
生産性上昇率を高めることに繋がる。日本全体の生産性が高まり、経済全体のパイが拡
大すれば、日本にとってもインド始め新興国にとっても双方メリットがあるのではない
だろうか。
カスリア所長:日印関係を、投資と貿易の両面からみて、どのように改善できるかがに
ついての考えを述べる。インドの対日本輸出の主要品目は、鉄鉱石、宝石貴金属であり、
日本からの主要な輸入品目は工作機械、精密機械。インドは、これら輸入品目について、
特に製造業振興の観点からも今後、国内で促進したいと考えている。
日本の対インド投資において、労働面よりも、インフラや税制が課題になっている。
無論、このような課題に対する対応は、日本のみならず、世界全体から投資を呼び込む
上で重要になっている。
日本が直面しているのは人口問題、高齢化である。(日本が高齢化社会における労働
力不足の課題に対応する場合)インドが強みを持つ、サービス部門、特にIT部門でのサ
ービスの活用は協力強化の一つの活路でもある。日印包括的経済連携協定(CEPA)の
状況をみると、両国の貿易は総じて促進されているが、サービス部門での拡大ペースは
緩慢である。他方、インドからのサービス輸出の増加は、日本の高齢化社会が抱える課
題に対する一つの対応になり、互いにウィンウィンの関係が築けるのではと考えている。
6
参加者:インドでは、現在GDP成長率が7%台であり、大きな数字となっているが、現
地の人と議論すると、2009年までは9%成長で、以前は10%成長も可能という意見も聞
かれる。7.5%という成長率をどのように見ているか。モディ政権が色々と掛け声をか
けているが、過去に比して、足元ではインド国内で実際は景気が良いという声は聞かれ
ないという意見もあるが、その点の考えを聞きたい。
カスリア所長:確かに2004年から2009年の期間と比較すると、成長率は低下している。
高成長の背景をみると、過去の中国の高成長と同様に、投資が大きく貢献していた。成
長が起こる要因は、資本蓄積、生産性向上、経済成長の3つあると思うが、上記の期間、
インドでもこの3つによりに高成長が実現した。そして、現在の成長が、以前よりも原
減速した要因は、投資の減少や輸出の減少に求められる。
現在、成長を促進するために何か必要だろうか。消費、投資、政府支出、輸出の各項
目の増加がカギとなろう。
インドは再び投資の好循環サイクルを実現し、成長率を9、10%台に戻す必要がある。
仮に今、皆さんがインドを訪問され、地方の市町村に行けば、インドはまだまだ長い道
のりを経なければならないという点がご理解頂けるだろう。マクロレベルでは、財務大
臣が中銀総裁に対し、金利引き下げによる投資の活性化の重要性につき明言している。
中央銀行が金利引き下げを検討するには、前提としてインフレの懸念があってはならな
いが、足元では物価は低下しつつある。個人的には、次回の中銀による金融政策の決定
において、25bpの利下げの決定がなされるのでは、と思っている。
インドの企業部門と銀行部門のストレスをみると、高いレバレッジ、銀行負債が、ス
トレスを抱えた企業のバランスシートにも反映されている。金利の引き下げ、銀行部門
改革、株式市場、特に年金基金による資金投入などを実施すれば、長期的なインフラ投
資に繋がり、それが成長の糧となるだろう。
河野エコノミスト:経済には、所得水準が低いから高い成長が可能である、というコン
バージェンスの法則があり、所得水準が高まると成長率が下がる。その法則に伴い成長
率が低くなっていく際、社会や経済が受け入れることができず、誤った政策をとってし
まうことがある。90年代、日本のトレンド成長率が4%から2%、 1%へと鈍化した段階
で、サプライサイドの影響をあまり認識しなかった。総需要ばかりを重視した結果、大
規模な財政政策等を実行し、結果として、過剰債務問題を拗らせたのではないか。また、
中国は、2000年代終盤に高度成長が終焉を迎えた際、リーマンショックによる一時的
な低成長だと思ってしまったために、GDP比で10%規模の大規模な財政政策を実行し、
同様に過剰債務問題を抱えた。実はこうした問題は、70、80年代の欧州でも見られて
いた。潜在成長率が高いに越したことはないが、それでも中長期的には成長率が落ちて
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行くということを社会が受け入れることがなければ、その後の政策判断が難しくなるの
ではないか。
セッション2 「貿易・地域経済連携」
モデレーター:みずほ総合研究所調査本部アジア調査部上席主任研究員
小林 公司 氏
貿易・地域経済連携に関しては、例えば2015年10月、TPPが大筋合意に至り、こう
いった地域経済連携が世界の貿易構造にどういう影響を与えるのかに関心が高まって
いる。なお、日本とインドの二国間では既に包括的経済連携(CEPA)が結ばれており、
また多国間の枠組みでは、両国は、交渉中の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)にも
含まれている。
パネリストについて、まず、浦田秀次郎、早稲田大学大学院太平洋州研究科教授にお
越し頂いた。浦田教授は財務総研のインドワークショップの座長も務めており、地域連
携が専門である。次に、国際貿易経済連携が専門のニシャ・タネジャ・イクリア教授に
お越し頂いた。最後に、高田財務総合政策研究所副所長よりTPPについて発表頂く。
プレゼンテーション1:「日本とインドの貿易・投資関係:増大するCEPAとRCEPの
重要性」
早稲田大学大学院太平洋州研究科教授
浦田秀次郎
日印貿易・投資関係の中で重要性を増しているCEPAと、交渉中のRCEPの二つに焦
点に当てて説明したい。ここ数年インドは高成長が続いているが、潜在的成長率にはま
だ達していない。また、両国間の貿易・投資も拡大傾向にあるが、潜在的な水準にはま
だ達していないだろう。この意味で、相互経済関係を更に向上させるため、両国の貿易・
投資関係をより一層拡大する必要があり、そのためにCEPA、RCEPの活用は重要であ
る。
1991年からの日本とインドの経済成長率の推移をみると、(低成長の日本に比して、
高成長期を迎えるインドであり)両国は対照的である。最近の国際貿易(輸出入)の
GDP比率を見ると、両国間で違いはあまりない。他方、直接投資(対内、対外)の対
GDP比率を見ると、違いがはっきりしている。日本と比べると、インドは対外投資比
率が低く、対内投資比率が高い。ただし、対内投資比率が高いと言っても、米国、中国、
韓国といった国との比較では低水準に留まっている。
1980年以降の日印の貿易関係の推移をみると、日本の対インド輸出は、2000年以降、
顕著な拡大が見られるが、対世界の輸出額でみると、依然1.4%(2012年)に留まる。
インドから日本への輸入も、拡大はみられるが、対世界では0.8%(2012年)と低い。
8
両国の投資関係の推移をみると、日本の対インド直接投資額は2007年頃から急速に
拡大し、その後低下はみられるが、以前よりは高い水準にある。日本から対世界の直接
投資額でみると、インドは2007年に5%という高水準にあり、足元では2-3%の水準に
ある。日本の対インド投資を部門別にみると、製造業では輸送機器、非製造業では金融
保険部門への投資が大きい。
直接投資はサプライチェーンの構築という重要な役割も担っている。他方、インドは、
日本企業のサプライチェーン・ネットワークには、まだ入り込んでいない。ゆえに、い
かにインドが、日本企業あるいは多国籍企業のサプライチェーンに入り込むかという点
については、今後のインド経済成長を占う興味深い論点になるだろう。
国際協力銀行(JBIC)の「我が国製造業企業の海外事業展開に関する報告書」をみ
ると、2014、2015年の調査ではインドが有望事業展開国・地域で1位となっている。
インドが有望である理由は、将来市場の潜在的大きさ、安価な労働力、さらに現在の市
場の大きさが挙げられる。他方、同調査では、インフラ未整備、法制度運用の不透明さ
などの課題も指摘されている。また、世銀の報告書「ビジネス環境の現状」(2013年)
では、事業環境の適性について、インドは189カ国中142位となっており、インフラの
未整備も含め、依然として課題が多いことが分かる。
日印経済連携協定(CEPA)は2011年8月に発効した。日本にとっては11番目のFTA
であり、内容は包括的で、意欲的なFTAであると評価して良い。協定発効後の効果につ
いて、免税措置を受けるための原産地証明の発給件数の推移をみると、2011年8月以降、
月次の発給件数が大きく伸びていることが分かる。
次に、東アジアにおけるFTA、特に大きなFTA(メガFTA)について説明する。アジ
ア地域では、いくつかのメガFTA,地域レベルFTAが交渉中あるいは発効している状況
である。アセアンを中心とした「アセアン+1」は既に5つが発効済。この5つを束ねる
形で16か国によりRCEP交渉が行われており、また、RCEPに属する日中韓においても
日中韓FTA交渉が行われている。TPPは今年2月署名された。そして、アジア太平洋地
域統合の一つの最終目標としてアジア太平洋自由貿易圏(FAAP)がある。
TPPとRCEPを比較すると、TPPは非常に包括的な協定である言える。他方、RCEP
は、交渉中のため詳細は把握していないが、TPPと比べると、それほど包括的ではなく、
貿易投資の自由化も踏み込んだものではないとも言われている。
次に経済協力を取り上げる。経済協力は貿易・投資を拡大し、活性化する意味で非常
に重要である。インドは、2007年から2013年の期間でみると、日本のODAの最大の供
与先である。日本からのODAは、インフラ構築、貧困解消、環境問題、人材育成支援
に向かっており、これらは直接投資の誘致に効果的である。JBICによる資金供与や、
独立行政法人・日本貿易保険(NEXI)による貿易保証も、日系企業による対外直接投
資を支援している。更に、研究開発など分野での民間企業間の協力も重要である。両国
政府は、民間部門の協力を促進するような環境作りに取組んでもらいたい。
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日本とインドは様々な側面において対照的で補完的である。例えば、貿易と投資にお
いても補完的であり、また人口動態においても補完的である。日本企業にとって、国内
の人口動態の問題もあり、海外市場の重要性は増している。企業戦略として、海外で収
益を上げ、収益を国内に持ち帰り、研究開発等を行い、競争力を高めるという戦略も考
えられる。インドは、投資資金を受け入れるだけではなく、外国の高度な技術やノウハ
ウを獲得ができれば、更なる経済成長を実現できる。そして、そのためには、インフラ
を含め、開放的なビジネス環境の整備や人材育成が重要である。
注目しているのは、交渉中のRCEPである。当初は2015年末までの合意を目指してい
たが、今は、2016年末を合意目標としている。日印両国は、RCEP協定合意に向けて協
力して欲しい。最後に、様々なレベルの人の交流、特に大学生、留学生だけでなく、高
校生くらいでも活発な人材交流ができれば、両国の更なる発展にとって望ましい。
プレゼンテーション2:「インドにおけるFTA・EPAの進捗状況と今後の展望」
ニシャ・タネジャICRIER 教授
インドは、アジア太平洋地域、南アジアにおいても幾つかの地域貿易協定を締結して
おり、東アジア地域とも多くのFTAを結んでいる。現在、東アジアには包括的な経済連
携を目指す動きが活発化している。TPPは12ヶ国で合意され、全世界のGDPの40%占
める。米国とEUとのFTAであるTransatlantic Trade and Investment Partnership
(TTIF) 交渉の動きも見られ、実現するとこれは全世界のGDPの50%を占める。こうし
た広域経済連携は、現在のWTOの枠組みがサポートしきれていないグローバル・サプ
ライチェーンの構築と台頭により必要とされてきている。インドはRCEP交渉に参加し
ており、これはASEAN+6か国の枠組みである。RCEPは、TPPと比較するとはるかに
限定的である。
インドの包括的経済協定を見ると単に物品だけではく規制の問題も含まれているが、
それぞれ対象範囲にばらつきがある。インドでは関税は総体的に高いため、地域協定で
は、関税引き下げ率が、他国と比して大幅に大きくなる。近年、インドとRCEP交渉国
との間で、貿易不均衡が拡大している。中韓を除くRCEP交渉国に対するインドからの
輸出は、消費財が一番多い。中国については、RCEP発行は、ある面でインドにとって
中国に対する最大の譲歩を与えることを意味するだろう。現在も、対中貿易の不均衡は
非常に大きい。インドへの輸入の内訳をみると、韓国からは中間財、中国・日本からは
資本財、アセアンからは中間財が多い。原産地規則は、重要な関税優遇策に関する規則
である。他方、グローバル・サプライチェーンは、こうした原産地規則なく機能するも
のである。ゆえに、広域経済連携を創設するということは、原産地規則の撤廃まで踏み
込む必要がある。RCEPは原産地規則なく機能することを検討している。グローバル・
サプライチェーンにおいて、
「基準(Standards)」は中核でもある。TPPは、基準の調
10
和を目指しているおり、このために適合性承認、適合性評価機関の指定などが必要であ
る。インドは、マレーシアとの協定を除き、そういった規定を貿易協定の中で持ってい
ない。ゆえに、インドは、低コストの適合性評価、検査低減、国際基準の導入などを実
施する必要がある。
グローバル・バリューチェーン(GVCs)における投資には、投資のライフサイクル
全般において内国民待遇や最恵国待遇(MFN)を受けることや、紛争時の国内法廷で
提訴せずに国際的な仲裁が可能であることが重要である。インドは84の二か国間投資協
定(BIT)を結んでいるが、内国待遇、MFNは、投資のライフサイクルにおいて適用され
ていない。CEPAではモード3(サービスに関する規定)の下でのコミットメントが謳
われているが、複数の協定が網の中で、各国は紛争の都度、自身にとって都合の良い協
定のみを利用する「ショッピング」を行うようにもなってきている。2003年のBITモデ
ルは批判があり、国と投資家の権利をインバウンド、アウトバンド両方バランスの取れ
たアプローチを持つ新しいBITモデルが3か月前に策定された。そして、新BITモデルに
は紛争解決の規定も含まれている。
競争政策に関して、インドでは、1969年にMRTTP法が施行され、独占的な取引慣行
等を規制しているが、参入価格規模や場所等には触れていなかった。そこで2002年に
競争法が改正がされ、反競争的協定、支配的地位の乱用、企業結合、競争の提唱といっ
た近代的な側面が導入され、競争委員会も設置された。競争法は2007年に更に改正さ
れ、国際カルテルの規制権限が強化され、さらに競争委員会の権限も強化された。ただ
し、知的所有権(IPR)など、非競争的な合意に関して例外規定はあるが、明確に規定
されていないなど、依然課題も多い。
知的財産権に関して、インドには、TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する)
法があるが、他方で、知的所有権の保護は十分とは言えない。インドとEUではTRIPS
プラス協定を交渉中であるが、特に適切な執行において、インドは合意できる準備が整
っていない。政府調達に関して、まず、インドはWTOの政府調達協定には署名してお
らず、オブザーバーの立場である。インドでは公的調達規模が大きく、GDP比20-30%
に上り、多くは中小企業また公共部門からの調達に寄っている。中央政府の調達は、財
務省の規則で規定されており、州政府は、州レベルの規則を規定している。このため、
中央政府、州レベルで規則に基づく実務が異なっている点や、透明性の欠如、入札書式
も各省庁により異なり、150以上の契約書式が政府や省庁で使用されているなど、課題
も多い。2012年に公共調達に関する法律が改正されたが、多くの課題は解消されてい
ない。また、紛争処理に関しては、これまで効果的な制度が存在しなかったが、国連国
際商取引委員会のモデルに基づき、透明性の強化や健全な競争入札の促進を目的として、
2015年に新しい紛争処理法が2年導入された。ただし、まだ適用できる範囲は限定的で
あり、州や市町村はカバーされていない。規制上の問題は、FTAを目標として、インド
がどの程度準備が出来ているのか、更にどの程度改善が必要かなどを知る手がかりとな
11
るだろう。
プレゼンテーション3:「TPPの概要と日本経済への影響」
財務総合政策研究所副所長
高田潔
2015年10月、アトランタでTPPについて大筋合意した際の声明の一文に「各国の国
民に利益をもたらす、野心的で、包括的な、高い水準の、バランスの取れた協定」とあ
る。この中の「バランスの取れた」という箇所は、各国のセンシティビティのある分野
を踏まえた上で、野心的で、包括的な、高い水準の協定することを含意している。TPP
は2010年に、NZ、シンガポール、チリ、ブルネイの4ヶ国で交渉が開始され、その後
参加国が増加した。日本は2013年7月から交渉に参加した。
TPPは、21世紀のアジア太平洋にフェアでダイナミックな「一つの経済圏」、そして、
全世界GDPの約40%、全世界人口の10%を占める巨大な経済圏を構築する試みである。
また、物品関税だけでなく、サービス・投資の自由化を進め、更には知的財産、電子商
取引、国有企業など幅広い分野で新しいルールを構築する取組みでもある。TPPにより、
日本のFTAカバー率は、現在の22.3%から37.2%に拡大する。
TPP協定は30章で構成され、第1章に冒頭規定と一般的定義、第2章に内国民待遇お
よび物品市場アクセス、市場アクセス改善に対する基本的ルールが定められている。各
国の関税引き下げは、付属文書に記載されている。第9章は、例えば、投資先の国が投
資企業に対し技術移転要求することを禁止するなど、投資に関する特に幾つかの禁止事
項を明記している。そして、違反した場合の救済措置として「投資家・国家間の紛争解
決措置(ISDS)」というものが設けられている。税関・貿易の円滑化については、例えば、
急ぎの貨物に関して6時間以内の引き取りや、関税分類に関する事前教示制度がある。
電子商取引については、デジタルコンテンツには関税をかけてはいけない、コンピュー
ター・プログラムのソースコードの移転やアクセス要求をしてはいけないという規定が
ある。原産地規則については累積ができる。TPP 国の中でAという国で部品作り、Bで
組み立て、複数国間のバリューチェーンを作った場合、各国での付加価値を足し上げ、
合計数字が何パーセントを満たしているという所で、原産地規則を満たせる。12か国の
中で、日本企業や外国企業がネットワークを組み、自国を含めてネットワークが組める
ルールである。
日本経済にどういう影響を与えるかという点にてついては、応用一般均衡(CGE)
モデルが一般的に使われている。昨年12月の内閣官房の公表の試算では、実質GDPが
2.6%増加とされ、今年1月の世銀の試算では実質GDPが2.7%増加となっている。
TPPに関する今後の動向については、今年2月4日NZのオークランドで署名式が実施さ
れた。そして、TPP協定を発効させるために、手続きは各国が行うことになっており、
各12か国が国内で承認手続きをすることになる。12か国全てが手続き終えれば発行す
12
るが、手続き終了しない国がある場合、6か国以上かつ全体のGDPの85%以上の国で手
続きが終了できれば、協定は発行することになっている。2年以内に発行の条件を満た
せば、2年後に発行する。2年超えた場合には、6か国以上かつ全体のGDPの85%以上の
国で条件満たされた時からになる。日本では、国会でTPP協定と関連法の承認を得る必
要があり、政府は、3月8日に関連法案を閣議決定し、国会に提出している。国によって
は国会の承認不要など、条件が異なるが、多くの場合は、手続きは国会を通じて進めら
れている。
【質疑応答】
小林モデレーター:浦田教授に伺いたい。RCEPの将来像に関して、TPPは包括的内容、
RCEPは限定的という指摘があった。関税撤廃率は、TPPは95-100%、RCEPは報道ベ
ースでは最終的な撤廃率80%であり、交渉過程でインドが40%を主張している。ゆえに、
2つの格差は大きい。格差が大きいものが、長期的なゴールであるFTAAPの形で収斂
していくシナリオとして、どのようなものが考えられるのか。RCEPがTPPに収斂する
のか、TPPがハードルを下げRCEPとの合意点、着地点を探るのか、あるいは第三の形
態としインドのような国がハードルの低いRCEPに入り、その中で経済の熟成度を高め、
TPPに卒業していく、そういったシナリオを考えるのか。
浦田教授: RCEPは交渉中で内容はまだ不明な点が多いが、ひとつの見方として、
FTAAPが最終的統合の形だとするならば、次のような道筋も考えられる。RCEPは、
TPPと比べそれほど高い自由化レベルではなく包括的ではないかもしれないが、加盟国
間の経済協力の進展を促す枠組みともなる可能性を秘めている。カンボジア、ラオス、
ミャンマーといった国は、RCEPに入って、加盟国間の経済協力を得つつ、経済発展を
進めていくこともできる。TPPは先進国企業にとって重要な枠組み、ビジネス環境を提
供するものであり、RCEPに入れる国でもTPPに入れない国も出てくる。ゆえに、まず
RCEPに入り経済発展を遂げた後、TPPが求めるようなハイレベルな条件を受け入れい
れられるようになる、という道筋が考えられる。そして、TPPのメンバーが増え、最終
的にはFTAAPにつながると見ている。つまりRCEPからTPPへ行き、TPPからFTAP
に辿り着く。
小林モデレーター:タネジャ教授に伺いたい。モディ政権は経済連携に積極的なのか。
同政権は「メイク・イン・インディア」キャンペーンにより、インドを製造ハブにした
い方針を示しているが、2014年にはWTOの貿易促進協定に反対していた。今年2月頃に、
モディ政権は同協定を受託したとされており、腰が重いという印象もある。モディ政権
における経済連携協定の取り組み姿勢、さらには今後どういう方向に具体的に進んでい
くのかの見通しについてお聞きしたい。
13
タネジャ教授:まず、モディ政権は、全ての経済連携協定の評価を行う必要があると考
えている。適正な評価が実施されなければ、誰も協定後の経済的な効果や影響を知り得
ることはない。政府は、本年度の経済調査報告書を公表したが、ここには地域経済協定
の章が含まれている。そこには、インドがこれまで何に署名したのか、もしインドが
TPPに入れなかったらどうなるのかといった分析が記載されている。同時に、FTAに関
する評価を実施し、そのための国内の改革が急務になっているとも結論付けている。仮
にインドがRCEP交渉を進展させるならば、どのようにインドはRCEPを強化できるか
とともに、インド国内の改革をどの程度進展できるかという点は非常に重要である。そ
して、このような姿勢は、協定自身をより意味のあるものに高めていくだろう。
小林モデレーター:高田副所長に対しては、仮にインドがTPPに入る場合、その課題と
メリットについて伺いたい。インド政府資料では、関税撤廃をすれば先進国との競争が
激化すること、小売業等サービス業関連の自由化問題、知的財産権を先進国とどう合わ
せていくのか、などが指摘されている。TPPはベトナムも入っているが、ベトナム事例
を参考に、新興国がTPPに入る際のチャレンジは何になるのか、また入ったらどういう
利点があるのか、について伺えれば幸いである。なお、世銀の試算では、TPPによる経
済効果が一番高いのはベトナムであると示されている。
高田副所長:各国との交渉次第とも言えるが、高い水準の市場開放が求められているの
は確実だろう。恐らくインドは、加盟に向け相当程度努力をする必要があると思う。メ
リットについては、TPPによる影響の各国毎の大きさを見ると、世銀の試算では、日本
や米国に比べ、開発途上国のベトナムやマレーシアの方が大きい。これをみると、イン
ドのメリットは大きいかと思うが、世銀の試算は、インドが入った場合の試算ではない。
参加者:浦田先生に伺いたい。TPPについて、12か国での国内手続きの完了、批准の見
通しをどの程度楽観的に考えているのか。今後2年で発行すると考えているか。
浦田教授:TPPの発行には、 全体のGDP 85%以上の国が承認する必要がある。GDPを
みると、日本は約17%、米国約60%であり、日本と米国が承認しなければ発行しない。
そして、今問題になっているのは、米国の承認あるいは批准が実現である。先週、ワシ
ントンDCで専門家の話を聞いたが、米国議会は米国にとってのTPPの重要性を理解し
ているとして、かなり楽観的であった。米国議会の中には、金融サービス、知的財産権、
薬、たばこといった各論において、不服としている議員も多いのも確かである。他方、
TPPの重要性を多くの人が認識しており、最終的には批准するだろう、とみている。問
題は何時という点だが、可能性としては大統領選挙後レームダック・セッションで合意
14
というのが一番あり得るという話だった。
セッション3 「インド投資環境の展望:州間の相違と競争力」
モデレーター:イクリア所長
ラジャット・カスリア氏
このセッションでは、まず、インドでのビジネス展開について、ポテンシャルも課題
も含めて、インド・ビジネス・センター島田社長に発表頂く。次に、パドマナブアン・
ミント副編集長より、財政面も含めたインドの連邦政策について発表頂く。
プレゼンテーション1:「インドビジネス―課題と驚異の潜在力」
インド・ビジネス・センター代表取締役社長
島田卓氏
私はインドビジネスに25年近く関わっており、その経験から見解を述べていきたい。
先日、マルチ・スズキのバルガバ会長と話をしたが、「インドの2016年度予算をはじめ
モディ政権の取り組みは評価できるので」と話を向けたところ、「どんなに良い政策で
も実行できなければ役に立たない」と言われた。メイク・イン・インディア、スキル・
イン・インディアなど美しいスローガンが並ぶが、具体的にどう実行できるのか、とい
う点に尽きる。イアン・ブレマー氏8の著書「Gゼロの世界」では、世界経済不均衡、気
候変動、サイバー攻撃、テロ、食料や水の安全保障への脅威など大きな問題が起こる時
に、どのような国際協調が出来るか、という点に議論が行きつく。同氏が日本について
「日本が、アジア諸国と通商や安全保障上の関係を深めれば、中国や米国が日本を犠牲
にしてアジアを支配しようとする事態を確実に防ぐことができる」とも付言している。
私のライフワークの1つは、いかにインドの方の社会生活改善に貢献できるか、である。
日印の人口構成をみると、日本が1億5千万人、インドが12億5千万人であり、インド
の全人口は日本の10倍と言われる。他方、25歳以下の人口比は更に拡大し20倍になる。
少子高齢化を迎える日本の二十歳の人口は120万、インドは同2,400万人である。最近
のニュースでは、日本と同じく少子高齢化を迎えるタイにおいて、ホンダの2輪販売が
前年度比マイナスになったとあったが、これは驚くべきことではない。若者層の減少で、
一部が4輪に移ると2輪人口が減少するため、タイの2輪販売は伸びないのは自然であろ
う。
レディ元インド中央銀行総裁は、インドでは日本の20倍の若者層がいるとは言っても、
十分な雇用創出がなくしては「demographic dividend」が「demographic nightmare」
地政学分析に関するコンサルティング会社「Eurasia Group」(本社:NY、米国)代表。
主な著書は “Every Nation for Itself: Winners and Losers in a G-Zero World”(2012 年 5
月)。
8
15
になると言及しているが、まさにこの一言に尽きる。
経済学者のアンガス・マディソン教授はご著書9で、200年前の世界GDPの51%は中国、
インド、日本で占めており、200年後の現在、その状況に戻りつつあるという点を統計
で示されている。この実現は、今後の中国とインドに寄るところが大きい。そして、こ
の指摘においても、今後、主要国の中で最も成長期待が高いのは、インドである。中小
企業も含め日系企業は、所有する技術を活用し、インドに進出し、インドでは雇用拡大
に貢献するなど、両国がウィン・ウィンの関係になれるか、が問われている。
企業にとっては「社会的責任(Corporate Social Responsibility (CSR))だけではな
く、マイケル・ポーター教授10の言う「共有価値の創造Creating Shared Value(CSV)」
も重要である。それではどのように価値を創造するのか。日本には資金やインフラ技術
があり、それを、その需要が大きいインドで供給することで、利益を得つつ、価値を共
有すれば良いのではないだろうか。そして重要なのは、マルチ・スズキのバルガバ会長
が指摘するように、「具体的にどう実行できるのか」である。
日本の中小企業にとって、インド進出は、言語を含め多くの課題があり簡単なもので
はない。更に、日本の場合「1を聞いたら10を知れ」と言われるが、インドの場合は「指
示をされた以上の事は、責任範囲を超えるためやっていけない」とされ、メンタリティ
が異なる。この異なるメンタリティに注目して、インドでの販売を検討しているソフト
ウェアがある。「KIZUKI」というもので、自ら見出すとことを含意しているが、画像で
専門家が作業方法を示し、それを作業員が実践する。そして、専門家と同じ品質のもの
を作るにはどうするか、という点を学ぶことができる。スズキ自動車の鈴木会長も「メ
イク・イン・インディアはあるが、中国や米国との競争では、質とコストをより改善し
ないと勝てない」と言っていたが、これは同社の関わるマルチ・スズキが、今後、世界
市場での競争で成長するには不可欠な言葉である。
技術者育成について、モディ首相は、日本から技術者を招聘したいと言っているが、
技術者1人が教えられる生徒数は限られている。ゆえに、インドは、自身が持つIT技術
や資本を活用し、質を上げコスト下げる方法を検討すべきだ。日本は、そのためのツー
ルを提供するという活動を行うべきではないだろうか。以下に例を示す。日本の中小企
業で、高周波を利用してモーターの性能を改善する技術とその特許を持つ会社がある。
言語などが障壁あり、インドでのビジネス展開を躊躇していたため、当社がインドでの
販売をサポートできればと考えている。また、別の中小企業は、炭を特殊技術で加工し、
河川の浄化に活用できる技術を持っており、インド進出について相談にきている。日本
とインドが協力し、価値を共有する環境を作って行く必要がある。そして、大企業だけ
ではなく、双方の中小企業同士の協力を官民で築くことができれば良い。
Angus Maddison “The World Economy: A Millennial Perspective/ Historical Statistics”
(2007 年 12 月)
10 Michael Porter ハーバード大学ビジネススクール教授
9
16
プレゼンテーション2:「インドの新連邦主義、州が経済の新たな戦略増幅要因」
ミント紙副編集長
アニル・パドマナブアン氏
国際貿易では、インドを始めとする新興国も含め、主要国間での競争が顕著になって
いる。そうした競争に晒されているのは、国家だけではない。最近、インドでは州の役
割が注目され、政治・経済に新風が起こりつつあり、国内の州間の競争に関しても議論
されてきている。2014年に発足したモディ政権は、これまでのどの政権よりも親ビジ
ネスであると言えるが、インドはポピュリズムの影響が強く、ビジネス寄りのコミット
メントを行うことが難しい国でもある。インドには多くの課題があるが、それは進化す
べき機会も多いということを意味する。
インドの連邦制による政治体制は、最近になって加速的に根付き始めている。これま
での体制はピラミッド体系であり、州の権限よりも中央の権限がより強いものであった
ため、問題の改善に向けて財政委員会(Finance Commission)が設置されるようになっ
た。インドには29の州があり、各州は、経済成長率、人口動態などに違いがある。5年
に1度開催される財政委員会は、財源の分配において、中央と州政府、そして29の州間
の適正な分配を行うことになっている。今次の第14回財政委員会は、昨年(財源分配に
関する)勧告を公表した。この勧告では、各州に配分する財源を、税収の32%から42%
へと上げているが、これにより、インドの歴史上初めて、各州に対する税収からの財源
が、中央政府の財源を上回ることとなった。また、財政委員会は、ODA支援のような補
助金(grants)も廃止した。そして、このような取り組みにより、中央政府と各州政府
が平等なステークホルダーの関係にある協力的連邦制の実現を目指している。
日本の「アベノミクス」のように、インドにはモディ首相が主導する経済政策として
「モディノミクス」がある。Mint紙の調査によると、モディ首相の支持率は、2014年に
74%であり、ちょうど2週間前(2016年)の調査でも74%を維持していた。モディ首相
は、メディアで芳しくないことが言われているが、国民からの信任は失っていない。
2015年度予算は、第14回財政委員会の勧告を取り入れたものとなっており、私はこれ
を、インド初の真の連邦予算と考えている。そして、今後、財・サービス税(GST)が
導入されることになると、中央政府と州政府が適切な関係を持った協力的連邦制の実現
は加速することになるだろう。
なお、15年度予算において州政府への財源の移転が実現し、これまでの中央政府よる
歳出が減少したが、(増加した財源を効果的に活用できるように)各州政府が変化に対
応できるようになるには依然として時間が必要であろう。
資料(P5)には、2016年度に関する6つの州政府予算と、それらの8つの主要な歳入
項目に関する歳入の成長率が示されている。以前とは異なり、現在、州政府は歳出項目
について優先順位の決定が可能であるなど、裁量を持っており、例えばテランガナ州は
17
灌漑に関する歳出を増加させており、また経済改革の推進ではフロントランナーと目さ
れているラジャスタン州は社会部門に注力している。ビハール州は、エネルギー不足が
深刻であり、エネルギー関連支出を増加させている。このように州政府が、裁量的な財
源を持ち、人材開発や保健の分野に注力し始めているという側面をみると、海外投資家
にとっても、(有用な人材の確保が容易になるなど)かつてない(ビジネス)チャンス
が広がり始めていると言っても良いだろう。
新しい環境の中で、エネルギーパラダイムが変わりつつある。かつては、夏の灼熱時
などには、いつも停電があり、昼は電気が無い状態が続き、夜になって電気が戻ってく
るのが常態であった。しかし、現在、新政権は、経済改革の観点から(エネルギー政策
に関する)新しい制度を打ち出している。
仮に政治家や政府が集票を期待して、有権者に無料で電力供給を行う場合、誰かが費
用を負担しなければならない。インドでは、州政府による公営の送電会社(DISCOM)
がその負担を負うこととなり、結果、負担が積み重なり、DISCOMは最終的に足元で6
兆ルピーの巨額の負債を抱えるようになった。また電力(発電)会社は民営化されたこ
ともあり、(収益に過敏になったおかげで)財政状況に苦しむDISCOMに対し、支払
能力の疑義から電力の販売を拒むようになっている。結果として、電力供給に支障が出
るなど、悪循環が起こり得ている。加えて、銀行は政治的な圧力もあり、財務状況の悪
化したDISCOMに融資を行うことを余儀なくされていたが、そのような融資が不良債権化
する事態も懸念されていた。
このため、政府は、DISCOMの累積した債務を州政府に移転する形で解消し、電力部門
の改革を加速する方向に舵を切った。この措置は、「ウデイ(『sunrise』という意)」
と呼ばれているが、強制的なでものではなく、州の自主性により実行されている。既に、
9つの州政府がこの実施に参加しており、最近加わったのが、ウッタラ・プラデシュ州
である。結果として、州政府が引き受ける形で、足元ではDISCOMの60-70%の累積債
務の処理が行われている。
このように州政府も現在、様々な取り組みを行い始めている。ゆえに、インドを訪れ
る投資家は、首都ニューデリーのみならず、加速度的に進化しており、そのためビジネ
スチャンスの生まれる州を訪問するべきである。財政面で裁量性を持ち始めている州は、
インフラ整備も促進され、前例のないチャンスを提供しつつある。
【質疑応答】
カスリア所長:インドでは、非常に最近まで政策立案とその実施は、別々のものとして
扱われていた。他方で、政策はその実施も含めて一体として検討し実現されるべきであ
ると考えている。このことは日本ではよく浸透している事である。ゆえに、我々、イン
ドにおいても、政策設計には、その現実的な実施まで含めて検討する時が来ていると考
える。
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かつてインドは、社会主義的な経済政策を続け、競争の促進ということが難しい社会
でもあったが、パドマナブアン副編集長も言っていたように、現在の、インドでは、ビ
ジネスや市場に優しいアプローチをとっている。つまり、インドと日本とが協力するこ
とで、多くのビジネス機会が生まれてくるようになっている。そこで、ビジネス経験の
豊富な島田社長に伺いたい。日本の中小企業は、インドでのビジネス活動において、ど
のような付加価値を生み出し、共有できる価値の創造(CSV)が可能になるのか。
島田社長:日本の中小企業は経済発展の中で工夫し、生活改善のための技術を沢山作り
出してきた。インドも同じことが可能であると思うが、先駆者の技術を取り組むことが
有効だ。日本の状況を見たいというインドの中小企業には、例えば訪日を促し、産業を
支えている日本の中小企業の状況を把握し、納得してもらうのも一案。日本は共有する
意識を持ち、インドは真摯に自分達にない技術を学ぶ姿勢が必要である。柔軟なマイン
ドセットを持った、日本の20倍の人口を持った若い世代に期待している。
カスリア所長:アニル副編集長に伺いたい。どの州、もしくはどの地域の各州が、ビジ
ネスや投資を行うのに魅力的と考えるか。
パドマナブアン副編集長:伝統的にはマハラシュトラ州やハリヤナ州が(ビジネスや投
資に)良いとされてきたが、最近では、ラジャスタン州やマリブレッシュ州も魅力的な
州として注目されてきている。
参加者:留学生学生に関し、島田社長も日本からインドへの留学生は現状多くないと言
っていたが、日印相互の留学生数をどのように増加することができるのか。
もう一つ質問がある、経済の自由化により経済成長が見込まれると、結果として所得
格差が広がるだろう。その点に関し、インドではどういう議論や政策が考えられている
のか。
島田社長:留学生問題においては、日本の学生にとっては、インドで大学を出ても自分
のビジネスプランや将来設計が描けないと聞く。また、インドの学生にとっては、日本
で学んだとしても日本企業で活躍する場が与えられていないのが現状。つまり、知識を
得る場所を提供するだけでなく、活かす場所を明確化し、企業も大学と連携していく必
要があると思う。日本は、(英語圏と違って言語面で)ハンディがあっても、優秀人材
が日本に来るというシステムを産官学が連携し作って行くべきであろう。
パドマナブアン副編集長:所得格差においては元々の格差がかなり軽減され、現在22%
となっており、そこまで悪い数値でない。また、アドハー(Aadhaar)という任意の個別
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認識番号登録制度は、これに登録することで政府から助成金をもらう際に有利に働くこ
ともある。このような公共政策は短期ではなく、長期的解決が必要であることは誰もが
認識している。近年富裕層に対する課税を強化しており、その点について、国民から不
満の声は上がっていない。
島田社長:所得格差に関して、全国民に占める貧困者の割合は下がっていても、格差自
体が拡大しているのであれば、注意が必要だろう。また、CSRについては、資金が無く
なれば、停止されるため限界がある。これからはCSVを促進させ、地方での雇用の機会
を増やすべきである。また、今年度の政府予算も、地方の農業部門に力を入れて入る。
農業も含め、物流効率化などについて、地方の人々がどのようにすれば良いか自ら考え
るよう慫慂していくべきである。その上で、もし必要な情報・技術・ツールがあれば、
提供すればよい。
以上
20
Fly UP