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Title 不正咬合者における食べにくい食品とその物性
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不正咬合者における食べにくい食品とその物性
阿部, 友里子; 宮谷, 真理子; 茂木, 悦子; 野村, 真弓;
河野, みち代; 柳沢, 幸江; 石井, 武展; 末石, 研二
歯科学報, 110(6): 767-774
http://hdl.handle.net/10130/2194
Right
Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,
Available from http://ir.tdc.ac.jp/
767
原
著
不正咬合者における食べにくい食品とその物性
阿部友里子1)
宮谷真理子1)
茂木悦子1)
野村真弓1)
柳沢幸江2)
石井武展1)
末石研二1)
河野みち代2)
抄録:食育基本法では食物の提供に主眼がおかれ食
コントロールによる肥満と糖尿病の予防3)4)5),骨代
物摂取側の口腔,咬合,咀嚼器官にあまり言及がな
謝の増進6)などが考えられているが,これらは咬合
い。そこで本研究は,不正咬合者が食べにくいと感
が良好であることが条件である。
じている食品とその物性を明らかにするため行っ
齋藤ら7)は,12∼45歳までの不正咬合者と正常咬
た。対象は,東京歯科大学千葉病院矯正歯科来院の
合者を比較して,不正咬合者に食べにくい食品が多
不正咬合者で治療開始前患者43名(平均年齢23.
1歳)
く 認 め ら れ た こ と を 報 告 し て い る。広 瀬 ら8)の
とした。食品55品目についての食品アンケート調査
チューインガムを用いた研究によれば,叢生と反対
を行い,不正咬合者が食べにくいと回答した食品を
咬合の咀嚼能力は正常咬合より低いことを示してい
調査し,その物性を計測した。不正咬合別にみると
る。食品と咀嚼機能に関しては,嶋谷ら9)10)11)が顎
開咬,反対咬合の患者が食べにくい食品を多く挙げ
関節症患者に食品摂取アンケートを行い,顎関節症
ていることがわかった。食品別にみるとフランスパ
患者,特に筋痛・関節痛がある患者で咀嚼困難スコ
ン,牛ステーキ,イカの刺身,もち,とんかつを選
アが高く,食べにくい食品が多いこと,さらにその
択する患者が多く,それらの食品はかたさ,弾力
食品はフランスパン,ガムなどであり,食品と咀嚼
性,凝集性,付着力で高い値を示した。不正咬合者
機能に関連があることを報告している。これらの報
は食べにくい食品をバランス良く摂取するために摂
告に示されるように,不正咬合と咀嚼機能は咀嚼能
取時の工夫と,さらに咬合の改善が必要であると示
力と関連があることは明らかなようである。井村
唆された。
ら12)は19∼20歳の女子大生20名,5∼6歳の幼児20
名を対象に,9種の食品を用いて,「かみごたえ」
緒 言
のアンケート調査とその食品の物性を調査した。そ
良好な食生活を営むためには,良好な咀嚼機能を
持つことが必要である。咀嚼は食を営む機能であ
の結果,成人,小児共に食品物性と咀嚼感覚(かみ
ごたえ)
との間に関連があることを報告している。
り,摂食行動により体内にエネルギーを取り込むと
柳沢ら13)は口腔機能の発達並びに口腔における健
いう生命維持に関わる基本的な機能のひとつであ
康維持のため,日常的な食品の物性上の特徴を,同
る。近年,咀嚼に関する研究が進み,その重要性が
一基準で測定することによって,それらを客観的に
明らかになってきた。唾液の分泌促進による粘膜保
把握,比較し更に分類している。また,柳沢ら13),
護や活性酸素の除去1),脳内血流の増加2),肥満中枢
田村ら14)は食品物性として「かたさ」
,「弾力性」
,
「凝集性」
,「付着性」の4パラメーターを測定して
キーワード:不正咬合,食品アンケート,食品物性
1)
東京歯科大学歯科矯正学講座
2)
和洋女子大学総合生活研究科
(2010年6月17日受付)
(2010年11月9日受理)
別刷請求先:〒261‐8502 千葉市美浜区真砂1−2−2
東京歯科大学歯科矯正学講座 阿部友里子
いる。このように咀嚼力が食品物性によって異なる
ことが報告されている。しかし,食品物性と不正咬
合者の咀嚼能力との関連を詳細に検討した報告は認
められない。
― 17 ―
平成17年に制定された食育基本法に従い,平成18
768
阿部,
他:不正咬合者における食べにくい食品と物性
15)
年3月に内閣府から「食育推進基本計画」
が提示
咬合,連続して3歯以上オーバーバイトが0mm 未
された。「食育推進基本計画」では,食育推進活動
満のものを開咬,同顎歯列内に連続して−5mm 以
の実践に関する事項において,「何を」「どのくら
下のアーチレングスディスクレパンシーがみられる
い」食べるかという栄養中心の課題や食文化の伝
ものを叢生,同顎歯列内に連続して+5mm 以上の
承,食物への感謝などが推進課題の中心になってい
空隙がみられるものを空隙歯列とした。以上6群に
る。このように,食育基本法では食物の提供に主眼
分類されないもの(切端咬合,交叉咬合,上下顎前
がおかれ食物摂取側の口腔,咬合,咀嚼器官にはあ
突,上記6群の軽度症状など)
はその他として分類
まり言及がない。
した。なお,同一被験者で2種類以上の不正咬合を
そこで本研究は,不正咬合者が食べにくいと感じ
呈するものは齋藤ら7)を参考に重複して選択し,延
ている食品の種類とその物性を明らかにすることを
べ人数とした。
目的として行った。
3)機能的問題の調査
機能的な問題として,鼻呼吸に関する問題がある
資料および方法
もの(鼻疾患,口呼吸,アデノイド・扁桃の肥大な
1.調査対象者
ど)
,顎関節に問題があるもの(顎の痛み,関節雑
1)被験者
音,関節頭の変形など)
,舌癖等の口腔習癖の有無
東京歯科大学千葉病院矯正歯科の来院患者のうち
を調査した。
永久歯列を有する,治療開始前不正咬合者43名(平
2.食品アンケート
均年齢23.
1±9.
1歳)
を無作為に抽出した。内訳は男
1)アンケート対象被験食品
義歯装着者や顎関節症患者の咀嚼能力評価に用い
性10名(平均年齢は19.
4±6.
6歳)
,女性33名(平均年
られている食品アンケート16)17)18)19)と食品物性と摂
齢24.
3±9.
5歳)
であった。
対照群は,①矯正経験がない,②第三大臼歯以外
取機能に関する研究で測定されている食品分類を基
に欠損歯がない,③咬耗など,歯質の欠損が極めて
に選定した。図1に被験者への食品アンケート表を
少ない,④歯周疾患などによる歯の動揺がない,⑤
示す。これらの食品に対し,質問に対する答えは5
顎関節に疼痛,開口障害などの異常がない,⑥側貌
段階で,①普通に食べられる,②食べにくいが,工
は E-plane より判断して良好である,⑦叢生がほぼ
夫をすれば食べられる,③食べにくいため食べられ
ない(アーチレングスディスクレパンシーで−4
ない,④嫌い,またはアレルギーのため食べられな
mm 以上)
,⑧歯列弓が正常であり中心咬合位で安
い,⑤よくわからないについての5段階とし,1つ
定していること,以上の条件を満たす,いわゆる個
の項目を選択させた。
性正常咬合者25名(平均年齢25.
1±3.
5歳)
で,うち
2)アンケートの実施方法
男性13名(平均年齢25.
5±3.
5歳)
女性12名(平均年齢
平成19年9月から平成20年7月までの期間,不正
24.
6±3.
6歳)
である。表1に被験者の内訳を示す。
咬合群,正常咬合群ともに矯正歯科の外来におい
2)不正咬合の分類
て,アンケート調査を実施した。アンケートの主旨
連続して3歯以上オーバージェットが5mm 以上
を説明し,調査者が被験者本人に聞き取り調査を
の も の を 上 顎 前 突,連 続 し て3歯 以 上 オ ー バ ー
行った。なお,被験者には本研究の目的ならびに方
ジェットが0mm 未満のものを反対咬合,連続して
法に関する説明を十分に行った上で承諾を得,ヘル
3歯以上オーバーバイトが5mm 以上のものを過蓋
シンキ宣言および臨床研究に関する倫理指針を遵守
し行った。
表1
3.各被験食品の物性測定と分類
被験者の内訳
各被験食品の物性として,「かたさ」
,「弾力性」
,
男性(名) 女性(名) 合計(名) 平均年齢(歳)
「凝集性」
,および「付着力」を,図2に示す物性測
不正咬合群
10
33
43
23.
1±9.
1
定器(テクスチャーアナライザー TA-XT plus. Sta-
正常咬合群
13
12
25
25.
1±3.
5
ble Micro Systems 製,英国)
を 使 用 し 測 定 し た。
― 18 ―
歯科学報
Vol.110,No.6(2010)
図1
769
食品アンケート
表2
測定項目
プランジャー
速度
サンプルサイズ
測定条件
1回圧縮テスト
2回圧縮テスト
かたさ
弾力性・凝集性・付着力
V型
20mm 径円柱型
10mm/s
15×15×10mm
図2
物性測定器(テクスチャーアナライザー TA-XT plus.
Stable Micro Systems 製,英国)
(この写真は,販売元の英弘精機から転載許可を得て掲
載しております。
)
解 析 に は ソ フ ト ウ ェ ア(Texture Expert32, Stable
図3
Micro Systems 製,英国)
を用いた。測定は食品サ
ンプルをそれぞれ,15×15×10mm の大きさに設定
― 19 ―
1回圧縮テストの食品物性の特性曲線(95%圧縮)
「かたさ」は,圧縮荷重時の破壊荷重もしくは,95%圧
縮時の最大荷重
770
阿部,
他:不正咬合者における食べにくい食品と物性
表3
不正咬合の種類とその内訳 (単位:名)
不正咬合の種類
図4
2回圧縮テストの食品物性の特性曲線(60%圧縮)
「弾力性」は1回目の60%圧縮時に要した時間と2回目
圧縮時に要した時間の比率
「凝集性」は1回目の圧縮時に要したエネルギーと2回
目のエネルギーの比率
「付着力」は,最初に圧縮したときのマイナスの力
し,1種の試料につきVプランジャーによる1回圧
各人数
延べ人数
上顎前突
5
5
反対咬合
5
5
過蓋咬合
1
1
開咬
3
3
叢生
3
3
空隙歯列
0
0
その他
10
10
上顎前突+過蓋咬合
8
16
上顎前突+叢生
2
4
反対咬合+叢生
2
4
過蓋咬合+叢生
1
2
上顎前突+開咬+叢生
1
3
反対咬合+過蓋咬合+叢生
1
3
反対咬合+開咬+空隙歯列
1
3
43
62
合
縮テストと,20mm 径円柱型プランジャー(圧接棒)
計
による2回圧縮テストを行った。それぞれの測定条
件を表2に,図3に1回圧縮テスト,図4に2回圧
縮テストの荷重―時間曲線食品物性の特性曲線を示
正咬合の内訳は上顎前突16名,反対咬合9名,過蓋
す。
咬 合11名,開 咬5名,叢 生10名,空 隙 歯 列1名 で
Vプランジャーによる1回圧縮テストでは,測定
あった。2種類以上の不正咬合を呈するものは重複
速 度10mm/s,圧 縮 率95%を 用 い,か た さ を 測 定
して選択し,その種類と被験者数は上顎前突かつ過
し,20mm 径円柱型プランジャー(圧接棒)
による2
蓋咬合8名,叢生かつ上顎前突2名,叢生かつ過蓋
回圧縮テストでは,測定速度10mm/s,圧縮率60%
咬合1名,叢生かつ反対咬合2名,叢生かつ上顎前
を用い,弾力性・凝集性・付着力を測定した20)。
突かつ開咬1名,反対咬合かつ過蓋咬合かつ叢生1
測定温度は,加熱調理したものは加熱後室温にて
名,空隙歯列かつ反対咬合かつ開咬1名であった。
放冷し,25℃で測定を行った。イカの刺身,まぐろ
また機 能 的 な 問 題 の 調 査 で は 不 正 咬 合 者 の43名
の刺身,かまぼこ,豆腐,パイナップル,プリンに
中,21名が鼻呼吸に問題があり,これは不正咬合者
ついては冷蔵庫より出して15℃で測定した。「かた
全体の48.
8%であった。また顎関節に問題がある者
さ」は,圧縮荷重時の破壊荷重もしくは,95%圧縮
は17名で不正咬合者全体の39.
5%であった。舌癖が
時の最大荷重,「弾力性」は1回目の60%圧縮時に
ある者は15名で不正咬合者全体の34.
9%であった。
要した時間と2回目圧縮時に要した時間の比率とし
表4に不正咬合者の種類と食べにくい食品を示
た。「凝集性」は,1回目の圧縮時の圧縮に要した
す。不正咬合の種類別に,55品目の中から,②食べ
エネルギーと2回目のエネルギーの比率とした。
にくいが工夫をすれば食べられる,③食べにくいた
「付着力」は,最初に圧縮したときのマイナスの力
め食べられない,を選択した人数を示した。
で,サンプルからプランジャーを引き剥がす力とし
た。
食品アンケートでは,不正咬合群で食べにくいた
め食べられない食品,または,食べる際に工夫が必
要な食品としてフランスパン,牛ステーキ,とんか
結 果
つ,もち,イカの刺身,アーモンド,にら,串だん
表3に不正咬合の種類と内訳を示す。被験者の不
ごが多く選択された。また,不正咬合別では反対咬
― 20 ―
歯科学報
表4
Vol.110,No.6(2010)
771
不正咬合の種類と食べにくい食品(名)
上顎前突
反対咬合
過蓋咬合
②
③
②
③
②
③
②
③
②
③
②
③
②
③
②+③
トースト
1
0
1
0
1
0
1
0
0
0
0
0
4
0
4
フランスパン
1
2
2
0
1
1
2
0
2
1
0
0
8
4
12
スパゲティー
0
2
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
0
1
もち
0
1
1
0
0
0
1
0
0
1
0
0
2
2
4
鶏のから揚げ
1
0
0
0
1
0
1
0
0
0
0
0
3
0
3
とんかつ
1
0
2
0
0
0
2
0
2
0
0
0
7
0
7
牛ステーキ
3
0
3
0
2
0
3
0
2
0
0
0
13
0
13
ハンバーグ
1
0
0
0
1
0
0
0
0
0
0
0
2
0
2
イカの刺身
0
1
1
0
0
0
1
0
0
1
0
0
2
2
4
焼きホタテ
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
1
大豆水煮
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
1
アーモンド
1
0
1
1
1
0
1
0
0
0
0
0
4
1
5
きゅうり
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
1
きんぴらごぼう
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
1
たくあん
0
0
1
0
0
0
2
0
0
0
0
0
3
0
3
にら
1
0
0
0
1
0
1
0
0
0
0
0
3
0
3
もやし
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
1
パイナップル
1
0
0
0
1
0
1
0
0
0
0
0
3
0
3
みかん・オレンジ
0
0
1
0
0
0
1
0
0
0
0
0
2
0
2
りんご
0
0
1
0
0
0
1
0
0
0
0
0
2
0
2
串だんご
0
1
0
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
2
2
クッキー
0
0
1
0
0
0
1
0
0
0
0
0
2
0
2
グミ
0
0
1
0
0
0
1
0
0
0
0
0
2
0
2
11
5
17
1
9
1
25
0
6
4
0
0
68
11
79
合
計
②食べにくいが,工夫をすれば食べられる人数
開咬
叢生
空隙歯列
合計
合計
③食べにくいため食べられない人数
合,開咬患者において食べにくい食品が多く示され
弾力性0.
62±0.
19,凝集性0.
56±0.
13)
さ20±2N,
た。正常咬合群ではアンケート調査の選択項目のう
で,かたさ,弾力性,凝集性で高い値を示した。と
ち,②食べにくいが工夫をすれば食べられる,③食
んかつはかたさ(24±3N)
,弾力性(0.
63±0.
07)
で
べにくいため食べられない,を選択した者はいな
高い値を示した。もち(付着力−729±143×10−3N,
かった。また,機能的問題がある者もいなかった。
弾力性1.
16±0.
25)
,串だんご(付着力−1037±181
図5∼8にアンケート調査で不正咬合者が食べに
×10−3N,弾力性0.
71±0.
06)
は付着性,弾力性で特
くい食品に挙げた食品物性(かたさ,弾力性,凝集
に高い値を示した。イカの刺身(かたさ44N±8,
付
性,付着性)
を示す。それらの食品の物性はフラン
着 力−54±21×10−3N)
,
ア ー モ ン ド(か た さ63±14
スパン(かたさ118±19N,弾力性0.
96±0.
04,凝集
N,付着力−19±5×10−3N)
はかたさ,付着力で高
性0.
84±0.
05)
,牛ステーキ(かたさ46±9N,弾力
い値を示した。
性0.
68±0.
06,凝集性0.
45±0.
05)
,にら炒め(かた
― 21 ―
不正咬合者は食べにくい食品として,かたさ,弾
772
阿部,
他:不正咬合者における食べにくい食品と物性
図5
アンケート調査で不正咬合者が食べにくい食品に挙げ
た食品のかたさ
図6
アンケート調査で不正咬合者が食べにくい食品に挙げ
た食品の弾力性
図7
アンケート調査で不正咬合者が食べにくい食品に挙げ
た食品の凝集性
図8
アンケート調査で不正咬合者が食べにくい食品に挙げ
た食品の付着力
力性,凝集性,付着性のいずれか,または幾つかが
いるのか,その自覚程度を知る必要があると考えら
高い食品を多く選択した。
れる。
1.方法について
考 察
今回,日常摂取していると考えられる55品目の食
日本歯科医師会,日本歯科医学会,日本学校歯科
品について,食品アンケート調査を行い,不正咬合
医会,日本歯科衛生士会の歯科系4団体は平成19年
者はどのような食品を「食べにくい」と感じている
21)
6月に「歯科推進宣言」 を発信した。この宣言は,
か主観的要因を知るため本研究を行った。またアン
食が健全な心身の糧となり,豊かな人間性を育むこ
ケートから抽出された「食べにくい」食品の物性に
とができる,としている。安全で心の和む美味しい
ついて計測検討した。
食べ方が,歯科領域からの食育の大きな柱として明
V型プランジャーによる95%圧縮では,ほぼ全て
確に位置付けられた。矯正科を訪れる患者の多くは
の食品が破断するため,破断応力が得られる。これ
「食べにくい」など,咀嚼機能についての不満を主
は,
官能評価による「かたさ」との相関がR=0.
928
訴のひとつとして来院する。国民の食育に関する関
と高く,かたさの測定では95%圧縮を選択致した。
心が高まる現在,不正咬合に対する咀嚼機能評価が
弾力性・凝集性・付着力について60%圧縮を使用
必要であり,どのような食品を食べにくいと感じて
した根拠は,これらの測定が,食品を破断させない
― 22 ―
歯科学報
Vol.110,No.6(2010)
773
条件で測定することが望ましく,厚生省の嚥下困難
なった。唯一,グミキャンディーで「かたさ」の値
者用食品の凝集性測定条件(66.
7%圧縮)
に準拠し
が,本研究では145±13N と最大であったのに対し
た。尚,予め66.
7%相当である60%圧縮と70%圧縮
て,齋藤ら7)研究では「かたさ」が小さい食品に分
で比較した結果,60%圧縮が口腔内での咀嚼性(筋
類されている。グミは種類などによりその物性が異
電図による測定)
との対応が良好だったため60%圧
なり今回との値の違いが生じたものと考えられた。
縮を選択した。
また,かたさで大きな値を示したグミが,アンケー
8)
22)
23)
などは,
トにおいて少数しか挙げられなかったのは,食べる
幼児から成人まで適応でき,測定精度も高いという
頻度が少なく,経験上食べにくいという実感が薄い
特徴がある。しかし,これらの試験は咀嚼能力を客
のではないかと考えられた。
チューインガム法 や粉砕能力試験
観的に評価する実験であり,被験者が何を「食べに
今回の検討により,正常咬合者に比べ,不正咬合
くい」と感じているか主観を評価することは困難で
者は実際の食生活でより多くの食品を「食べにく
ある。本研究は,食品アンケート調査により患者の
い」と感じていることがわかった。また,不正咬合
主観を調査し,さらにその食品物性調査から2つの
者の「食べにくい」と感じている食品,さらにその
相関関係を導くことができる有意義な方法と考えら
物性は,不正咬合の分類に関係なく,かたさ,弾力
れる。
性,凝集性,付着力のいずれかまたは幾つかが高い
2.結果について
値であることが明らかとなった。
本研究では,不正咬合者において,食べにくい食
健全な食生活を保つためには,食品をバランス良
品が多く示された。特に反対咬合と開咬で食べにく
く摂取する必要があり,不正咬合は食べにくい食品
い食品を選んだ人数が多かった。本研究の結果,食
が多く調理法の工夫と基本的に咬合の改善が必要で
品別ではフランスパン,牛ステーキ,イカの刺身,
あると考えられる。
もち,とんかつを多く挙げている。それらの物性は
結 論
かたさ,弾力性,凝集性,付着力で高い値を示し
た。特にフランスパンを選択した人数が多いのは,
不正咬合者はどのような食品を食べにくいと感じ
フランスパンのかたさ,弾力性,凝集性が高いため
ているか,またそれらの食品の物性等を知るために
食べにくい食品として選択されたと考えられる。ま
本研究を行った。その結果,不正咬合者は正常咬合
た,牛ステーキでは他の食べにくい食品として挙げ
者と比較し,フランスパン,牛ステーキ,とんか
られた食品と比較して平均的にかたさ,弾力性およ
つ,もち,イカの刺身,アーモンドなどを食べにく
び凝集性が平均的に高いことから多くの人が選択し
い食品として多数挙げた。また,それらの物性は不
7)
たと考えられる。これらの結果は,齋藤ら の結果
正咬合者の分類に関係なく,かたさ,弾力性,凝集
とほぼ同様の値であった。しかし,本研究において
性,付着力のいずれかまたは幾つかが高い値である
重度の開咬,反対咬合患者の中に食べにくいと感じ
ことが明らかとなった。
ている食品が少ない被験者がみられ,食品を丸呑み
している可能性が高いと推測された。このことか
ら,アンケートにおいて「丸呑みしている」などの
選択肢を追加する必要があると考えられる。
菅原ら24)の ATP 吸光法を用いた研究では,顎矯
正治療が適応された骨格性反対咬合31例の被験者に
初診時 ATP 顆粒材を咀嚼させ,正常咬合群と咀嚼
能力を比較した。それによると,正常咬合群に対し
て反対咬合群の咀嚼能率が40%と報告されている。
食品物性は,フランスパンで,かたさ,弾力性,
凝集性が高いなど齋藤ら7)の研究とほぼ同じ結果と
― 23 ―
文
献
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17)栗田 浩,倉科憲治,小木曽 暁,藤森清一,岩原 謙
三,大塚明子,小谷 朗:顎関節機能障害患者の咀嚼機能
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Characteristics of foods of individuals with malocclusion according
to presence or absence of difficult-to-chew food
Yuriko ABE1),Mariko MIYATANI1),Etsuko MOTEGI1)
Mayumi NOMURA1),Michiyo KAWANO2),Sachie YANAGISAWA2)
Takenobu ISHII1),Kenji SUEISHI1)
1)
Department of Orthodontics, Tokyo Dental College
2)
Wayo Women s University
Key words : malocclusion, a questionnaire survey, physical properties of the food
Fundamental law for food education was aimed chiefly at promoting better understanding of food not
at oral function such as occlusion and chewing ability in human being. It is necessary for occlusion to be
good for the healthy chewing. This study was conducted to examine physical properties of the foods
perceived to be difficult to chew by individuals with malocclusion. The subject were 43 pre-orthodontic
patients presenting to the Orthodontic Department of Tokyo Dental College Chiba Hospital
(mean age 23.1
years)
. A questionnaire survey on 55 foods was carried out to have the subjects rate the difficulty of
chewing each food. French bread,beef steak,squid,rice cake,pork cutlet,etc. were picked up by
many patients,especially open bite and reversed occlusion. The physical properties of those foods
showed high hardness,elasticity,aggregability and adhesion values. These results suggested that the
patients with malocclusion need to improve their occlusion rather than cutting food into small pieces for bal(The Shikwa Gakuho,110:767∼774,2010)
anced eating.
― 24 ―
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