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日本における過剰適応研究の研究動向

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日本における過剰適応研究の研究動向
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 60 集・第 2 号(2012 年)
日本における過剰適応研究の研究動向
浅 井 継 悟
本研究は,日本における過剰適応研究に対し系統的レビューを行ったものである。研究の特徴を
示すために 5 つの変数に関してコード化基準を設け,それぞれの研究をコード化した。分析の結果,
過剰適応に関する研究は 2000 年以降急激に増えており,手法としては質問紙法が多く,対象者は中
学生と大学生が最も多かった。また,42.9%の研究は連続した変数で測定した過剰適応尺度を離散
化していた。さらに,過剰適応には一律の定義がないことも明らかとなった。これらの結果から,
今後の研究の方針について考察した。
キーワード:過剰適応研究,コード化,系統的レビュー
心理学において適応とは,
「個体が生後の発達のなかで遺伝情報と経験をもとに,物理・社会環境
との間において,欲求が満足され,さまざまな心身的機能が円滑になされる関係を築いていく過程
もしくはその状態」と定義されている(根々山,1991)
。すなわち,人と環境との「関係」を示す概念
であると言える(福島,1989;大久保,2010)
。
これまで心理学において,この「適応」
を測定,予測するための研究が数多く行なわれてきており,
その範囲も,学校(例えば,内藤・浅川・高瀬・古川・小泉,1986),職場(例えば,Lodahl & Kejner,
1965)
,家族(例えば,Oleson,Sprenkle,& Russell,1979)など,多様な場面へと広がりを見せて
いる。しかしながら,学校適応一つとってみても,適応を友人関係,教師との関係,学業などの分野
の集合として捉えるもの(戸ケ崎・秋山・嶋田・坂野,1997)や,学校全体に対する意識を測定してい
るもの(岡田,2006)
,個人と環境との関係を前提として扱っているもの(大久保,2005)など様々な
ものが存在しており,適応を測定することの難しさが伺える。
また,表面的には与えられた環境に適応しているように見える人々が,実は個体の基本的欲求や
自己実現の可能性を断念した「過剰適応」や「順応」に陥っている危険性も指摘されており(福島,
1989),一言に適応しているといっても誰からみた「適応」を表しているのかが問題となってくるで
あろう。
そこで本研究では,これまで他者からは「適応している」と見なされているものの,本人には「適
教育学研究科 博士課程後期
― ―
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日本における過剰適応研究の研究動向
応している」感覚はなく,研究としても十分に注目されてこなかった,行き過ぎた適応を示す過剰
適応に焦点を当てる。本邦において,過剰適応は心理臨床領域,医学領域で用いられており,その
特徴は「真面目,頑張り屋,頼まれると嫌といえない,相手の期待に沿う,周囲に気を使う,いい子」
と捉えられている(久保木,1999;桑山,2003)
。
過剰適応に関する多くの研究は,臨床場面での印象を元にした主観的な記述がなされていたが
(例えば,大嶽・五十嵐,2005;杉原,2001 など)
,近年,量的な調査も行われるようになり(例えば,
石津・安保,2008)
,心理学の実証研究の土台に上がってきたといえる。
そこで,今後の過剰適応研究の方向性を示すためにも,本研究では国内の過剰適応に関する先行
研究を概観し,過剰適応研究に用いられる手法や研究の対象者,過剰適応の定義,分析方法,過剰適
応と関連のある変数を整理した上で,今後の研究の方針を示すことを目的とする。
なお,海外おいては,個人的な欲求を過度に抑制する方略を適応的であると見なさないため,過
剰適応の概念は日本特有の概念であると考えられること(石津・安保・大野,2007)
,過剰適応に類
似した概念である “Subjective overachiever” は,課題に対する過剰な努力を示しているが,本邦に
おける過剰適応は対人関係おける過剰な適応努力が含まれていること(石津・安保,2008)を考慮し,
本研究では日本における過剰適応研究のみを扱うこととする。
方 法
抽出方法
石津ら(2007)
と同様に,
日外アソシエーツ社の MAGAZINEPLUS を使用した。キーワードは「過
剰適応」
,
検索対象の時期は1975年から2011年
(論文の検索は 2012 年 2 月 29 日に行った)までである。
次にこれらの論文のうち,心理学,教育学,精神医学に関する学術誌,各大学の紀要,研究所の報告
書に対象を限定した。
コード化
上記の手続きで抽出した研究の特徴を捉えるため,奥村・亀山・勝谷・坂本(2008)を参考に,研究
手法,調査対象者,定義,分析方法,関連のある変数という観点からコード化の基準を設けた。
研究手法 各研究ごとに,研究法を調査研究(自記入式質問紙研究,他者記入式質問紙研究,実験
研究,質的研究)
,事例研究,レビュー・論説に分類した。
調査対象者 各研究ごとに,小学生,中学生,高校生,大学生,成人健常者,病院患者,未就学児,
その他に分類した。
定義 過剰適応の定義に関して分類を行った。
分析方法 連続変数を離散化しているもの(平均値を境に上位群,下位群に分ける手法,四分位
を用いた手法,クラスタ分析を用いた手法,カットオフポイントを設定した手法)と,連続変数とし
て扱っているもの2つに分類した。
関連のある変数 過剰適応に関連のある要因としてあげられているものを,過剰適応に影響を与
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える変数と,過剰適応が影響を与える変数の 2 つに分類した。
結 果
過剰適応研究の年代別推移と研究手法
検索を行った結果,101 件の論文が抽出された。これらを,心理学,教育学,精神医学に関する論
文とそれ以外の分野の論文に分類し,年代別,研究手法別に Figure 1 と Table 1 に示した。分類方
法としては,内容及び,論文を掲載している雑誌,紀要,報告書が心理学,教育学,精神医学の分野
であるかどうかで判断した。上記以外の分野としては,経済学,法律学,言語学などの分野のもの
があり,これらの中には,学術雑誌というよりも一般の読者を想定したものも多く含まれていた(例
えば,日経ビジネス,エコノミストなど)1。
年代別の推移をみると,心理学,教育学,精神医学の分野の論文は 2000 年以降急激に増えており,
特に,2006 年から 2011 年までの間に全体の半数以上が出版されていた。
研究手法としては調査研究が一番多く行われていた。
ϯϱ
ϯϬ
Ϯϱ
論 ϮϬ
文
数 ϭϱ
心理・精神医学・教育
他分野
ϭϬ
ϱ
Ϭ
ϭϵϳϲͲϭϵϴϭ
ϭϵϴϮͲϭϵϴϳ
ϭϵϴϴͲϭϵϵϯ
ϭϵϵϰͲϭϵϵϵ
ϮϬϬϬͲϮϬϬϱ
ϮϬϬϲͲϮϬϭϭ
出版年
Figure 1 過剰適応研究の年代別の推移
Table 1 年代別にみた論文数
論文数
年代別論文数
1976-1981
1982-1987
1988-1993
1994-1999
2000-2005
2006-2011
調査研究
22(22)
0(0)
0(0)
0(0)
1(1)
3(3)
18(18)
事例研究
9(10)
0(0)
1(1)
0(0)
0(0)
4(5)
4(4)
論説・レビュー
11(66)
0(4)
0(7)
1(10)
1(11)
3(19)
6(15)
その他
合計
1(3)
0(0)
0(0)
0(0)
0(0)
0(2)
1(1)
43(101)
0(4)
1(8)
1(10)
2(12)
10(29)
29(38)
注 ( ) 内は心理学、教育学、精神医学分野以外の論文も含めた論文数
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日本における過剰適応研究の研究動向
過剰適応研究の調査対象者
続いて,心理学,教育学,精神医学に関する 43 編の論文のうち,調査研究と事例研究を扱った 31
編の論文の調査対象者について分類を行った(Table,2)2。なお,論文によっては,1つの論文中に
複数の研究を行っている場合は,各々を独立の研究として扱った。事例論文に関しても,複数の事
例を1つの論文としてまとめているものは,各々を独立の事例として扱った。その結果 31 編の論文
から 38 の研究を抽出した。
調査対象ごとに見ると,中学生と大学生を対象にした研究が 11 研究と一番多いことが明らかと
なった。また,実験研究に関してはどの対象者に対しても一度も行われていない。
Table 2 対象別の研究手法の数
研究数
自記入式質問紙
他者記入式質問紙
実験研究
質的研究
事例研究
小学生
2
0
0
0
0
2
中学生
11
8(2)
0
0
0
3
高校生
8
5(1)
0
0
0
3
大学生
11
9
0
0
1
1
成人健常者
1
1
0
0
0
0
病院患者
1
1
0
0
0
0
未就学児
3
0
1
0
0
2
その他
1
0
0
0
0
1
合計
38
24
1
0
1
12
注 自記入式質問紙の( )は投影法を用いている研究
過剰適応の定義
調査研究と事例研究を扱った 31 編の論文を対象に,過剰適応の定義についての記述があるものを
分類し,その定義を引用した論文数を明記した(Table 3)。過剰適応とは何かについての言及がな
い論文や,過剰適応の定義として「よい子」
を用いている論文は除外した。
その結果,13 個の定義を抽出した。最も引用されている定義としては石津(2006)が 8 編の論文で
引用されていた。
過剰適応の分析方法
過剰適応尺度をどのように分析しているのかを明らかにするため,調査研究を行った 22 編の論文
を対象に,分析方法について分類を行った(Table 4)。論文中に複数の統計的分析を行っているも
のが見られたため,各々を独立の分析として扱った。その結果,22 編の論文の中から 35 個の分析を
抽出した。過剰適応を離散変数として扱っている分析は 15 個(42.86%)あることが示された。
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Table 3 過剰適応に関する定義
過剰適応
過剰適応傾向
論文
定義
被引用回数
福島(1981)
内的に疎外するものが多すぎることによって,自己システム自体が枯れてし
まい,外側の殻だけの存在になってしまうこと
2
宮本(1989)
適応のいきすぎた状態であり,うまく適応できない状態を表す不適応ととも
に,適応の異常として考えられるもの
1
加藤(1993)
対人関係を含む社会環境への適応の仕方において,必要以上に過度に適合し
た状態
1
小林ら(1994)
自己主張を抑制したり,他者の期待に沿おうと努力したり,自分の欲求を犠
牲にしてでも他者に配慮したりする行動
1
桑山(2003)
外的適応が過剰なために内的適応が困難に陥っている状態
3
石津(2006)
環境からの要求や期待に個人が完全に近い形で従おうとすることであり,内
的な欲求を無理に抑圧してでも,外的な期待や要求に応える努力を行うこと
8
石津・安保(2008)
いわゆるよい子に特徴的な自己抑制的性格特性からなる「内的側面」と他者
志向的で適応方略とみなせる「外的側面」から構成されるもの
1
益子(2008)
他者の人々の要求や期待に完全に近い状態で従おうとした結果,対人関係上
の適応は良好となりながらも,内的適応が損なわれてしまった状態
0
齊藤(2010)
自己の意思を主張することに自信をもてず,他者に影響されやすい状態を保
ち自律せずにいること
0
益子(2010b)
他者にどう思われているのかを気にかけ,他者に気を遣い,自分の欲求を抑
える行動が行き過ぎて心理的な負担が大きくなった状態
0
益子(2009a)
自身の内的な適応を損なおうとも,外的には過剰に適応的に振る舞おうとす
る傾向
0
益子(2009b)
自分の気持ちを後回しにしてでも,他者から期待される役割や行為に応えよ
うとする傾向
0
益子(2010a)
対人関係や社会集団において,他者の期待に過剰に応えようとするあまり
に,自分らしくある感覚を失ってしまいがちな傾向
1
注 複数の定義を 1 つの論文で引用している場合は,それぞれの定義を引用するごとに引用論文数として計算した
Table 4 過剰適応の分析方法
分析数
離散化
平均値
2(5.71)
4 分位(3 分位)
5(14.29)
クラスタ
6(17.14)
カットオフ
2(5.71)
連続変数
20(57.14)
合計
35
注 括弧内の数値は分析方法の総数に対する百分率を表す
関連のある変数
調査研究に関して,過剰適応に関連のある変数を,過剰適応に影響を及ぼす要因と過剰適応が影
響を与える要因の2つに分類した(Table 5)
。その結果,過剰適応に影響を及ぼす要因よりも,過
剰適応が影響を及ぼす要因についての研究が多くなされていた。また,過剰適応が与える影響とし
― ―
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日本における過剰適応研究の研究動向
ては,個人の状態や精神的健康にネガティブな影響を与えているという結果が多くみられるが,過
剰適応の一側面が適応を支えているという結果も見られた。
Table 5 過剰適応に関連のある変数
要因
親子
関係
具体的な変数
母子関係
母親の養育態度
幼少時の気質
性格
過剰適応に
影響を及ぼ
す要因
性格特性
個人の
特性や
状態
生理的
要因
個人の
特性や
状態
狭心症の症状の類型
年齢
幼少期の自己主張的・自己制御的な気質は
石津・安保(2009)
過剰適応の自己抑制的な側面を弱めてい
る。また,性格特性のうち,神経症傾向は
自己抑制的な側面を高め,外向性は自己抑
制的な側面を弱めている。一方,誠実性は
益子(2008)
過剰適応の適応方略的側面を高めている。
狭心症の病変枝数が多いほど過剰適応得
殿岡ら(1994)
点が高い。年齢については,大学生の方
が高校生や,壮年期,中年期の成人よりも
益子(2010c)
過剰適応得点が高い。
強迫観念・強迫行為
益子(2009b)
全般的な精神的健康
金築・金築(2010)
対人恐怖
桑山(2003)/石津・安保(2008)
個人の精神的健康にネガティブな影響を /小野・宮本(2005)
与える。特に抑うつやストレスとの関連
は複数の研究で行われており,過剰適応 益子(2009b)
の自己抑制的な側面が抑うつなどの精神
石津(2007)/加藤ら(2011)
的健康や攻撃反応を高めている。
/益子(2009b)
ストレス
石津・安保
(2008)
/加藤ら(2011)
見捨てられ抑うつ
山田(2010)
自尊心
齊藤(2010)
自己価値の随伴性
益子(2009a)/齊藤(2010)
集 団 ア イ デ ン 概して,個人の状態にネガティブな影響
を与える。自己価値の随伴性と本来感と 尾関(2011)
ティティ
の検討は複数の研究で行われており,過
不合理な信念
剰適応得点が高いほど,自分らしくある 金築・金築(2010)
感覚(本来感)は低下する。
益子(2009a)/益子(2010a)/
本来感
齊藤(2010)
アイデンティティ
鈴木(2008)/柏原(2008)
不登校傾向
益子(2009b)
学校ぎらい感情
石津・安保(2011)
社会適応能力
適応
共に過剰適応の自己抑制的な側面を弱め 齊藤(2010)
る一方で,母親からの信頼は過剰適応を
石津・安保(2009)
高める。
承認欲求は過剰適応の自己抑制的な側面を
高め,見捨てられ不安は過剰適応の適応方
益子(2008)
略的な側面を高める一方で,承認欲求と繋
見捨てられ不安
がることで自己抑制的な側面も高める。
抑うつ
過剰適応が
影響を及ぼ
す要因
論文
承認欲求
攻撃反応
精神的
健康
影響
勉強適応
学校適応感
山田(2010)
過剰適応の適応方略的な側面は個人の適
応を支えているものの,自己抑制的な側 石津・安保(2009)
面は適応を弱めている。
石津・安保(2008)
友人適応
石津・安保(2009)
ソーシャルサポート
石津・安保(2011)
注 過剰適応尺度の信頼性・妥当性を確認するための目的で用いた変数に関しては記載していない
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考 察
本研究では,国内の過剰適応に関する先行研究を概観し,年代ごとの出版数の推移について検討
した後,心理学,教育学,精神医学に関する 31 編の論文を中心に,研究手法,調査対象者,定義,分
析方法,関連のある変数について整理を行った。
年代ごとの出版数の推移と研究手法,調査対象者
まず,
先行研究と比較し,
本研究では過剰適応という検索用語で101件の論文が抽出された。一方,
石津ら(2007)では 1975 年から 2005 年度までの文献を調べた結果,53 件の論文を抽出している。し
たがって,約 7 年間で検索結果が倍近く増えていることから,近年の過剰適応という用語は注目さ
れていると捉えることができるだろう。また,年代ごとの推移から,心理学,教育学,精神医学分野
における過剰適応研究が進んだのは,2000 年以降ということが明らかとなった。2000 年以前は,事
例研究や総説が数編出されているが,2000 年以降は統計的手法を用いた,実証的研究が多い。
この理由として,桑山(2003)
や石津(2006)
などの過剰適応そのものを測定する尺度の開発が進ん
だことが挙げられるだろう。
2000年以前で唯一,
過剰適応に関する調査研究を行っている殿岡・大島・
湯浅・谷口・内田・渡辺・桂(1994)では,エゴグラムの各要素(CP・NP・A・FC・AC)から過剰適応
指数を割り出しているが,2000 年以降は桑山(2003)や石津(2006)などの過剰適応尺度を用いた研
究が多く見られる。
尺度が開発されたため,研究手法としても自記入式質問紙調査が多く行われるようになった。こ
のことに関連してか,調査対象となる年代も,自ら質問紙に回答できる年代である中学生と大学生
が一番多く,次に高校生が多かった。一方,事例研究では未就学児や小学生を対象にした研究も見
られた。質問紙調査は,実施が比較的容易である反面,回答する項目の内容が社会的望ましさの影
響によって歪められる可能性も指摘されている(例えば,Crowne & Marlowe,1960 など)。特に,
過剰適応している者は,他者からの評価を強く気にしているため社会的望ましさの影響を強く受け
ることが想定される。今後は,社会的望ましさの影響を考慮した自記入式の質問紙調査や,社会的
望ましさの影響を受けない客観的指標を得るために,過剰適応者の普段の様子やコミュニケーショ
ンを観察・分析するなど,先行研究では行われていない研究手法を用いることが求められる。特に,
客観的指標の作成は,未就学児や小学生など自ら質問紙に回答できない年齢を調査対象にすること
ができるため,幼少期からの過剰適応の発達的変化を追うことが可能になると考えられる。
過剰適応の定義・分析方法・関連のある変数
過剰適応に関して一律の定義がなされていないことは先行研究でも指摘されているが(石津ら,
2007)
,本研究においても,多くの定義が抽出された。福島(1981),宮本(1989),加藤(1993)では,
内的な適応や外的な適応のどちらか一側面の過剰さを定義として取り上げていたが,それ以降の研
究では,過剰適応を内的側面の不適応と外的側面の過剰さの両方の側面について言及している。ま
た,定義の引用も石津(2006)が一番多い。したがって,今後は石津(2006)の定義を中心とし,内的
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日本における過剰適応研究の研究動向
適応と外的適応の2つの観点から過剰適応を捉えていくという方向は変わらないと考えられる。
過剰適応の分析方法に関しては,半数近くの分析が過剰適応尺度を離散化し分析していた。
MacCallum, Zhang, Preacher, & Rucker(2002)は,連続変数で測定している尺度を離散化するこ
とにより,検出力と分散説明率が減少し,研究結果に歪みが生じる可能性を指摘している。しかし,
過剰適応はその定義からも,内的適応と外的適応の 2 つから捉える必要がある概念であるため,両
方の適応状態を捉え,より過剰適応の特徴に近づけるためには尺度得点を離散化する必要もあるだ
ろう。今後の研究においては収集したデータが離散化するための条件を満たしているか否かについ
て十分に検討する必要がある。
過剰適応と関連のある変数として,様々な変数が挙げられたが,概して,過剰適応は精神的健康
や個人の状態にネガティブな影響をもたらしているといえる。一方,過剰適応に影響を及ぼす要因
は,養育態度や性格など,長い時間をかけて形成されたものが多い。したがって,今後は,過剰適応
することによる長期的な影響について調査を行うとともに,過去の養育態度など介入することが難
しい要因だけでなく,現時点において介入可能な要因を検討していく必要がある。齊藤(2010)は,
母親からの信頼・承認を受けていると感じている女性はそうでない女性よりも過剰適応得点が高く
自律性が低いことを明らかにしている。したがって,子どもの発達段階に応じ,適切に現在の家族
関係へ介入する家族療法のアプローチが有効であるかもしれない。効果的な介入を検討するために
も,
家族関係も含めた様々な変数と過剰適応との関連について研究を行っていく必要があるだろう。
本研究の限界
本研究では石津ら(2007)との比較を行うためにも,論文の検索方法として,日外アソシエーツ社
の MAGAZINEPLUS を使用したが,検索では抽出されない文献も存在する(例えば,浅井,2010 な
ど)
。本来であれば,
学会発表,
学術書などさまざまな情報源から研究を収集しなければならないが,
本邦は欧米と比較し文献検索のデータベースの構築が遅れており,特定の資料を検索・収集するこ
とが困難であると言われている(奥村ら,2008)
。今後は,可能な限り文献を収集し過剰適応研究の
動向を調査する必要がある。また,過剰適応研究は増加傾向にあるとはいえ,基礎的な研究も他の
研究分野と比べ圧倒的に少ない。したがって,基礎的な研究も含め多くの研究を行いつつ,継続的
に研究動向を調査し,今後の研究の方向性について考えていく必要がある。
付記
本研究を行うにあたり,東北大学大学院教育学研究科の若島孔文准教授,ならびに,黒澤 泰氏
に貴重な意見を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。
引用文献(分析に用いた論文と重複する論文は引用文献では割愛した。)
浅井継悟 (2010) 子どもからみた家族構造と過剰適応との関連性―回顧法を用いた質問紙調査から―Interactional
Mind Ⅲ 37-53。
― ―
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 60 集・第 2 号(2012 年)
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Olson, D. H., Sprenkle, D. H. & Russell, C.S. (1979) Circumplex Model of marital and Family Systems I:
Cohesion and Adaptability Dimensions, Family Types, and Clinical Applications. Family Process, 18, 3-28.
岡田有司 (2006) 該当カテゴリー直接測定法による包括的学校適応感尺度の作成―性差・学年差の検討―中央大学
大学院研究年報 36,149-152。
戸ケ崎泰子・秋山香澄・嶋田洋徳・坂野雄二 (1997) 小学生用学校不適応感尺度開発の試み ヒューマンサイエン
スリサーチ 6, 207-220。
資料 分析の対象とした調査研究・事例研究
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廣井いずみ (2000) 「居場所」という視点からの非行事例理解 心理臨床学研究 心理臨床学研究 18,129-138。
広川律子 (2006) 障害児通園施設におけるきょうだい支援の実態について―大阪府下の施設へのアンケート調査報
― ―
291
日本における過剰適応研究の研究動向
告―障害者問題研究 34,154-159。
堀 恵子 (2006) 過剰適応の背景にある対象関係 精神分析研究 50,135-142。
木戸 晶 (2001) 摂食障害をおこしたアメリカ人女性への心理援助―異文化における過剰適応の破綻とジェンダー
―アディクションと家族 18,380-386。
石津憲一郎・安保英勇 (2007) 中学生の抑うつ傾向と過剰適応―学校適応に関する保護者評定と自己評定の観点を
含めて―東北大学大学院教育学研究科研究年報 55,271-288。
石津憲一郎・安保英勇 (2008) 中学生の過剰適応傾向が学校適応感とストレス反応に与える影響 教育心理学研究,
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石津憲一郎・安保英勇 (2009) 中学生の過剰適応と学校適応感の包括的なプロセスに関する研究―個人内要因とし
ての気質と環境要因としての養育態度の影響の観点から―教育心理学研究,57,442-453。
石津憲一郎・安保英勇 (2010) 知覚されたソーシャルサポートと学校ぎらい感情は常に関連するか―過剰適応の視
点から 学校心理学研究 10,73-82。
金築智美・金築優 (2010) 向社会的行動と過剰適応の組み合わせにおける不合理な信念および精神的健康度の違い
パーソナリティ研究 18,237-240。
柏原博子 (2008) 過剰適応の子どもにおける研究―投影法のスクリーニングの可能性―首都大学東京東京都立大学
心理学研究 18,29-35。
加藤智子・神山貴弥・佐藤容子 (2011) 中学生の過剰適応傾向とストレス反応における影響モデルの検討 宮崎大
学教育文化学部附属教育実践総合センター研究紀要 19,29-38。
小海富美子 (2011) 解離を呈する思春期女性の心理療法過程 多摩心理臨床学研究 5,3-15。
桑山久仁子 (2003) 外界への過剰適応に関する一考察―欲求不満場面における感情表現の仕方を手がかりにして―
―京都大学大学院教育学研究科紀要,49,481-493。
益子洋人 (2008) 青年期の対人関係における過剰適応傾向と,性格特性,見捨てられ不安,承認欲求との関連 カ
ウンセリング研究 41,151-160。
益子洋人 (2009a) 青年期における過剰適応傾向に関する研究―外的適応行動と自己価値の随伴性,本来感との関
連―文学研究論集 30,243-251。
益子洋人 (2009b) 高校生の過剰適応傾向と,抑うつ,強迫,対人恐怖心性,不登校傾向との関連―高等学校 2 校の
調査から―学校メンタルヘルス 12,69-76。
益子洋人 (2010a) 大学生の過剰な外的適応行動と内省傾向が本来感に及ぼす影響 学校メンタルヘルス 13,1926。
益子洋人 (2010b) 過剰適応的な青年とのカウンセリングにおける葛藤解決スキルと内省の意義 文学研究論集 33,165-172。
益子洋人 (2010c) 過剰適応傾向の発達的変化 文学研究論集 34,137-144。
西園 マーハ 文・吉川 悟・阪 幸江 (2003) 反社会的行動を繰り返した女子中学生―虞犯グループでの過剰適応
によるエスカレーションという視点から 児童青年精神医学とその近接領域 44,161-163。
大谷哲朗・松永昌子 (2004) 過剰適応と無気力の関係に関する研究 比治山大学現代文化学部紀要 11,183-196。
小野由衣子・宮本正一 (2005) 親・教師・友達が関わる欲求不満場面での過剰適応と攻撃性の関連 東海心理学研
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尾関美喜 (2011) 過剰適応と集団アイデンティティとの関連 対人社会心理学研究 11,65-71。
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292
東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 60 集・第 2 号(2012 年)
齊藤香恵子 (2010) 大学生の捉える母子関係と自尊感情,過剰適応との関連 生涯発達心理学研究,2,33-40
杉原保史 (2001) 過剰適応的な青年におけるアイデンティティ発達過程への理解と援助について 心理臨床学研究
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鈴木優美子 (2008) 青年期における過剰適応研究―いわゆる「よい子」とアイデンティティとの関連について―心
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谷 俊治 (1982) 障害児に見られる過剰適応について 東京学芸大学紀要第 1 部門教育科学 33,209-221。
殿岡幸子・大島茂・湯浅和男・谷口興一・内田栄一・渡辺東也・桂戴作 (1994) 狭心症患者に対する心身医学的観察(第
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鳥越ゆい子 (2006) 学校に過剰適応する中学生に関する考察 大阪大学教育学年報 11,129-140。
山田由希子 (2010) 青年期における過剰適応と見捨てられ抑うつとの関連 九州大学心理学研究 11,165-175
【註】
1 心理学,教育学,精神医学以外の雑誌の中にも,本研究が対象にしている個人の心理的な過剰適応について事例
をあげて解説しているものも見られたが,事例の記述が不十分であったため,本研究からは除外した。
2 31 編の論文に関しては巻末の資料に掲載している。
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293
日本における過剰適応研究の研究動向
Review of Studies on Over-Adaptation Conducted in Japan
Keigo ASAI
(Graduated Student, Graduate school of education, Tohoku University)
A systemic review of Studies on over-adaptation conducted in Japan was undertaken and five
characteristics of over-adaptation studies were identified and coded. Result indicated that research
on over-adaptation increased after 2000. The most popular research method has been questionnaire
surveys and the most common participants have been junior high school and university students.
Of the studies using over-adaptation measures, 42.9% have divided participants by using arbitrary
boundaries. Furthermore, there is an absence of a consistent definition of over-adaptation. Major
issues and future directions for studies on over-adaptation are discussed.
Key words:Over-adaptation studies, Coded characteristics, Systemic review
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