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マイクロデシック・ネットワーク - Nomura Research Institute
07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 4 NAVIGATION & SOLUTION マイクロデシック・ネットワーク 新しいネットワーク技術の台頭と通信事業へのインパクト 篠原 健 Ⅰ ユビキタス・ネットワーク時代に向けて Ⅴ 南国市における無線 LAN システムの事例 Ⅱ 近距離を結ぶ自律分散型ネットワーク Ⅵ 重要性を増すベンダーモデルとユーザーモデル Ⅲ ネットワークの進化と集中のメリットの崩壊 Ⅶ 政策課題としての周波数スペクトラム問題 Ⅳ フーバーのジオデシック・ネットワーク概念 Ⅷ 新しいビジネスモデルへの挑戦 要約 1 ユビキタス・ネットワーク時代に向けて、ネットワークの分散化が本格的に進 展し始めている。ネットワークの構造は、この分散化によって、「マイクロデ シック・ネットワーク」というメッシュ型に向けて進化を始めている(その典 型としては、数メートルないし数百メートルの至近距離を小型で低出力の無線 機器で接続した、比較的小さな地域コミュニティレベルのネットワークがあげ られる) 。 2 この背景には、最近の無線LAN(ローカルエリア・ネットワーク)の普及にみ られるように、近距離における無線技術の急速な進化がある。近距離領域ほど 能力向上の速度が速いという現象は、ちょうどコンピュータの世界で、1980年 代に出現したマイクロプロセッサーに起きたこととのアナロジーが成り立つ。 3 このようなネットワークの分散化はまた、通信における伝統的なビジネスモデ ルの常識を覆す可能性を秘めている。伝統的な集中志向の「キャリアモデル」 に対して、通信機能を含めた機器ビジネスの「ベンダーモデル」、あるいはユ ーザー自身が通信事業を行う「ユーザーモデル」が出現しつつある。 4 ユーザーモデルの例として、高知県南国氏における無線LAN構築の事例を紹 介し、その意義について分析を行う。この事例は、技術の進歩とコストダウン により、住民参加型の開発が可能になったケースとして興味深い。 5 ユビキタス・ネットワーク時代の市場創造のためには、このような新しいモデ ルの果たす役割を認識し、電波スペクトラム政策を含めた通信政策の発想を変 えてゆく必要があろう。 4 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 5 Ⅰ ユビキタス・ネットワーク時代 に向けて クロデシックとは、マイクロ+ジオデシック の意味である。ジオデシックとは「測地線」 であり、2地点を最も短距離で結ぶことを意 近年、近距離無線の技術進歩が激しい。無 線とLAN(ローカルエリア・ネットワーク) 技術の組み合わせによる無線 LAN が出現し、 味する。またマイクロとは、比較的近い距離 (おおむね数百メートル以下)を意味する。 マイクロデシック・ネットワークでは、各 駅などの公共的な場所やホテル、レストラン 個人や家庭に配置される無線端末は自律的な 等におけるスポットサービスが出現するな ノード(中継点)の機能を持つ。このノード ど、いつでもどこでもネットワークを利用で は、複数の隣接するノードを自動的に探索し きるユビキタス・ネットワーク時代に向け て通信リンクを張る機能を持ち、また情報の て、高速通信環境が進化しつつある。特に無 ルーティング(伝送経路選択)機能を持つ。 線 LAN は、性能対価格比が携帯電話などよ このようにして、ジオデシックな構造を持つ り優れているため、既存の通信事業者の経営 自律分散型のデータネットワークが構成され モデルに対する脅威とも受け取られている。 るわけである。 このような動きは何を意味するのか。本稿 マイクロデシック・ネットワークの典型と では、ネットワークが今後、分散化の進展に しては、数メートルないし数百メートルの至 よって「マイクロデシック・ネットワーク」 近距離を小型で低出力の無線機器で接続し と呼ぶ構造に変化しつつあることを述べる。 た、比較的小さな地域コミュニティレベルの ネットワークの分散化は今に始まったことで ネットワークがあげられる(図1)。 はなく、長期にわたる変化の途上にある。 ジオデシックという言葉は、建築家、科学 また、このような変化は、これまでの通信 者にして思想家で、「宇宙船地球号」の提唱 事業者のビジネスモデルに見直しを迫ってい 者でもあった米国人バックミンスター・フラ る。今までの「キャリア(通信事業者)モデ ーが設計したジオデシックドームで有名であ ル」に替わって、ユーザーが自前で通信シス テムを保有するという意味での「ユーザーモ 図 1 マイクロデシック・ネットワーク デル」や、ベンダーが通信機能を含めて機器 を販売するといった「ベンダーモデル」など が、現実のものとなってきている。本稿では、 そのような実例として南国市におけるコミュ ニティネットワークのケースを紹介したい。 Ⅱ 近距離を結ぶ自律分散型 ネットワーク 「マイクロデシック・ネットワーク」のマイ マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 5 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 6 る機能のことである。交換機能は、情報をス 図2 フラーのジオデシックドーム イッチング(交換)する機能である。電話局 には電話のトラフィック(通信)を交換する ための交換機が設置されている。 図3に集中型のネットワークと分散型のネ ットワークを示す。一般に、分散型ネットワ ークと集中型ネットワークとを比較すると、 その得失は伝送路の性能対価格比と交換機能 の性能対価格比とによることがわかる。この 関係を見るために、伝送と交換の性能対価格 る(図2)。このジオデシックドームは、最 比の進歩をそれぞれ横軸、縦軸にとり、ネッ 少の材料で最も強度の高い建築物を実現でき トワークの構造の進化を示す(図4)。 ることで知られている。このジオデシックと いう言葉をネットワークとの関連において最 今日までのネットワーク構成は、図4の左 下の状態である。その理由は以下の通り。 初に述べたのはMIT(マサチューセッツ工科 ①交換機のコストが高く、かつ大型のもの 大学)のピーター・フーバー教授であり、そ ほど単位回線当たりのコストが安くなる の意味合いについては第Ⅳ章で述べる。 という、集中化のメリットが働く。 ②伝送のために回線を新規に敷設するコス Ⅲ ネットワークの進化と 集中のメリットの崩壊 トが極めて高い。このため、償却済みの 地上回線の利用が経済的である。 ③無線を使うにしても、その周波数スペク 1 ネットワーク機器の進化 ネットワークは、伝送機能と交換機能とか ら成り立っている。伝送機能は、電話線やケ ーブル、無線などを媒体として情報を伝送す トラム(帯域)に限界があり、伝送の性 能を上げることが難しい。 しかし、現在の技術進歩を前提にすると、 これらの前提はすべて逆転し始めている。こ 図 3 集中型ネットワークと分散型ネットワーク 集中型ネットワーク 6 分散型ネットワーク 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 7 図 4 ネットワーク構造の進化 高 リング型 ジオデシック型 交 換 機 の 性 能 対 価 格 比 ハブ型 階層型 進化の方向 交換ノード 端末ノード 交換機能を 持つ端末 … 低 低 … … 伝送ライン 高 伝送の性能対価格比 れは何を意味しているのだろうか。 1985年頃から90年初頭にかけてパソコンやワ ークステーションが台頭し、それまでの大型 2 交換機能の進化 機の集中化のメリットを破壊したのと同じこ 上記①の前提に対しては、デジタルデータ とが起きているといえよう。一般に、大型機 の交換を前提にしたとき、交換機能はコンピ の計算機の速度を上げるためには、並行処理 ュータ機能そのものであり、ルーター(中継 により一度に計算できる量を増やすととも 機)で実現される。ルーターは、コンピュー に、CPU(中央演算処理装置)回路のサイズ タチップとソフトウェアとで構成される。 を小さくして光の速度で制約されるサイクル コンピュータチップは、半導体の集積密度 タイムを短縮し、さらに駆動する電流を増や と能力は18ヵ月で倍増するという「ムーアの してスイッチングの速度を上げるといった対 法則」により極めて安くなる。ソフトウェア 策がとられてきた。当然のことながら、発生 は、その開発コストが台数に関係なく一定で する熱量が激増し、性能向上は熱の壁に阻ま あり、市場規模が桁違いに大きいルーターで れてしまった。 は1台当たりのコストは非常に小さくなる。 パソコンやワークステーションのCPUは、 つまり、分散した小型交換機の方が、大型の RISC(縮小命令セットコンピュータ)と呼 交換機よりもはるかにコストパフォーマンス ばれる簡略化された命令セットを持ち、電流 が良くなる。 をあまり消費しないCMOS(相補型金属酸化 これはちょうど、コンピュータの世界で 物半導体)技術によって構成されていた。当 マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 7 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 8 初はスピードが遅かったが、熱の壁が低く、 ために、横軸にネットワークのスケールをと プロセス技術の発展に伴って集積度を上げる り、縦軸に速度をとったものを図5に示す。 ことが容易で、大型機よりも速いスピードで 大まかにいえば、102∼107メートルがWAN 性能の向上が進展したのである。また、パソ (ワイドエリア・ネットワーク)と呼ばれる コンやワークステーションのCPUは、市場 範囲であり、102メートル以下はLANと呼ば 規模が大型機のそれより桁違いに大きく、さ れている。WANのうち、102∼104メートル らに製品のライフサイクルが短いことも、こ のあたりがアクセス網と呼ばれており、それ の進化のスピードを後押しした。 以上はバックボーン(基幹網)である。この バックボーンの内部も、スイッチングシステ 3 伝送機能の進化 ムの階層をなしている。10 7メートルはほぼ 一方、前記②の前提に対しては、高性能で 大陸間の伝送システムに相当する。 低価格の無線系の伝送システムが出現しつつ 幹線の上位にいけばいくほど高性能の伝送 あり、今後、新規敷設コストの方が安くなり 能力を持っている。しかし、同時にそのシス うる。また③に対しては、システムの稠密度 テム数は少なくなり価格は高くなる。例えば を上げることにより、高い周波数と広い帯域 大陸間の太平洋通信ケーブルについていえ の利用が可能となり、伝送の容量をより大き ば、その数は10本程度であり、コストは1本 くできるシステムが存在する。 当たり1000億円台である。 通信のスケール(距離)と全体構造を見る 近距離の分野では、LAN 技術の屋外展開 図 5 通信のスケールと規模 通信速度 (bps) (テラ)1012 光バックボーン 光ケー ブル (ギガ)109 ウルトラワイド バンド 無線 LAN (メガ)106 赤外 (IrDA) ブルートゥース 衛星 光 ADSL ISDN PAN (キロ)103 IMT−2000 WLL セルラー PHS LAN WAN アクセス網 幹線 大陸間 マイクロデシック・ネットワークの対象 1 −1 10 1 101 10 2 10 3 (1km) 104 105 106 (1000km) 107 距離 (m) 注 1)↑は、ここ数年の高速化 2)ADSL:非対称デジタル加入者線、IMT−2000:次世代携帯電話、IrDA:赤外線通信の規格、ISDN:総合デジタル通信網、LAN:ロ ーカルエリア・ネットワーク、PAN:パーソナルエリア・ネットワーク、WAN:ワイドエリア・ネットワーク、WLL:ワイヤレス ・ローカルループ 8 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 9 図6 無線 LANによるスポットサービスの例 バックボーン(基幹網) ADSL、光ファイバーなどの 高速アクセス回線を使用 駅、ホテル、レスト ランなどの半公共空間 無線ルーター 無線 LAN カード ノートパソコン PDA 電話局 道路などの公共空間 無線ルーター 無線 LAN カード 無線LAN 対応 携帯端末 PDA 無線LAN 対応 携帯端末 ノートパソコン 注)PDA:携帯情報端末 や、ブルートゥース(近距離の無線通信規 (図6)。最新の第3世代携帯電話網の基地 格)をはじめとする機器相互間の通信技術の 局は1億円程度の費用がかかるといわれて 進歩が顕著である。特に、近年の LAN 機器 おり、なおかつ達成できるスピードは数百 の価格の低下と性能の向上が著しい。 Kbps(キロビット/秒)程度にすぎない。 とりわけ無線 LAN については、最近の規 携帯電話は、その広域性によるメリットはあ 格(IEEE〈米国電気電子学会〉による事実 るものの、無線 LANシステムとの競合が現 上の業界標準「IEEE802.11a」「IEEE802.11b」 実のものとなりつつある。 など)の制定と帯域の割り当てにより、数 さらに、近距離無線において超広帯域無線 Mbps(メガビット/秒)で1万円以下の製 (ウルトラワイドバンド)などのより高速の 品が登場しており、今後さらに急速な性能対 技術が出現し始めている。数メートルから数 価格比の向上と普及が見込まれている。無線 十メートルの分野では、ブルートゥースが携 LAN における基地局ともいえる無線ルータ 帯電話や情報家電に搭載され始めている。 ーについては、数万円までに価格が低下して 0.1メートルから数メートルまでの範囲では、 いる。 IrDA(赤外線通信の規格)がノートパソコ 2001年頃から、この無線 LAN ルーターを ン、カメラ、時計、家電、携帯電話などさま 安価になったADSL(非対称デジタル加入者 ざまな情報機器に実装され始めており、潜在 線)回線に接続することにより、駅の構内や 市場は膨大である。この伝送速度は、現在 街角などのスポットに高速の無線アクセス 115Kbpsまたは4Mbps が可能となってお サービスを提供する事業者が出現し始めた り、さらに高速化と長距離化の方向にある。 マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 9 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 10 これらの動きを整理すると、交換機能と同 この定理は、情報伝送の能力は、それを伝達 様に、より小さい領域の伝送システムほど、 する周波数の帯域幅と、信号と雑音の電力の 技術革新によって性能対価格比が高くなると 比率とにより決定されることを示している。 いえる。この理由は、より小さい領域の伝送 シャノンの定理によれば、 システムほど市場が大きく、かつライフサイ 伝送容量=周波数帯域× log2(1+信号電力/雑音電力) クルが短いために、技術革新の恩恵を受けや すいことにある。 このようなネットワーク機能の進化は、 一方で、受信機での信号電力は、信号が発 信機から自由空間を伝搬してゆくために、発 1985年からの10年間にコンピュータの分野で 信機と受信機との距離の2乗に反比例する。 起きたこととよく似ている。この期間、パソ つまり、 コンの性能対価格比が約1000倍に向上したの に対し、大型機はこのような速度で進歩しえ 信号電力=常数×発信電力/距離2 このことは、同じ周波数帯域を使用しても、 ず、結果的に、大型機を中心とした集中アー 距離が短ければ短いほど情報伝送の能力が上 キテクチャー(設計思想)は崩れ、分散アー がることを意味している。これはちょうど、 キテクチャーが出現したのである。 携帯電話において多数のセル(無線ゾーン) 筆者の主張は、これと同じことが現在、通 を設定し、隣接するセル間では異なった周波 信の分野に起こりつつあり、ネットワークの 数を使用して、離れたセルで同じ周波数を繰 形はマイクロデシック・ネットワーク化して り返し使用することで、多数の携帯端末を収 ゆくというものである。とりわけ無線技術の 容し、なおかつスピードを上げる方式を説明 進歩によって、基幹網から家庭までを結ぶラ している。セルの大きさが小さいほど、端末 ストワンマイルの回線は、既存の電話回線の のスピードは上がり、全体の収容端末数は増 くびきから解放され、進化を始めたことが大 加する(厳密には背景雑音の増加を考慮する きい。 必要があるが、ここでは省略する)。 また、より近距離になれば、より高い周波 4 近距離ほど高くなる 数領域を使うことで大きな帯域幅を利用する 無線通信の伝送能力 ことができ、「近距離ほどより伝送能力が高 近距離における無線の技術進歩が急速に進 くなる」ことになる。 み始めていることを述べた。ここで、この問 題にかかわるより本質的な特性を明確にする 必要がある。それは、距離の短い領域ほど無 Ⅳ フーバーのジオデシック・ ネットワーク概念 線通信の能力は高くなるという原理である。 このことは、マイクロデシック・ネットワー クが出現するより根源的な力ともいえる。 10 無線を中心としたネットワークの性能が、 本質的に近距離において進化が激しく、マイ 情報通信の分野における基本的で極めて有 クロデシック・ネットワークが出現しつつあ 名な定理として「シャノンの定理」がある。 ることを説明してきた。前述したように、ジ 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 11 オデシックという言葉をネットワークとの関 地域ごとに分割するとともに、情報処理など 連において最初に述べたのは、当時 MIT の の新規サービスに対する進出は規制するとい 教授だったフーバーである。1987年および93 う方策がとられた。 年に出された「電話産業の競争に関する報告 電気通信事業のこのような大幅な革新に際 書」がそれであり、本章ではその考え方を説 して、司法省は3年ごとに MFJ の見直しを 明したい。このようなネットワークの本質的 することを同時に決定した。それに基づき司 な変化は、すでに1985年頃から起きているの 法省は、フーバー教授に分析資料の作成を依 である。 頼した。この報告書の第1章「ジオデシッ ク・ネットワーク」において、全体的な事実 1 報告書の背景となった AT&T分割 の把握とレビューが述べられている。その中 でフーバー教授は、技術革新によって通信網 この報告書が出された背景には、当時の米 の相互接続が容易になる結果、電話交換網の 国におけるAT&T分割という通信分野の大 ピラミッド構造が崩壊を始めていることを指 きな政策がある。1982年のMFJ(修正同意審 摘し、さらに電気通信市場が水平方向に階層 決)の成立によって司法省とAT&Tの間で争 化されつつあるとのビジョンを提示してい われてきた10年に及ぶ独禁法訴訟が決着し、 る。 それに基づき、84年1月1日にAT&Tは7 当時の中心的な課題は、地域通信会社に対 つの地域電話会社と新AT&Tに分割された。 する前述のような事業規制の例外をどこまで 地域電話会社は、全米に設定された164の 認めるかということだった。司法省は、FCC LATA(電話サービスエリア)内のローカル (連邦通信委員会)、国防省など関係政府機関 通信と電話番号案内サービスを独占的に提供 の代表者からなる検討グループを結成し、こ することになった。一方、新AT&Tは、長 の報告書の検討を進めた。その結果、地域電 距離通信サービスと通信機器の製造販売を行 話会社の事業多角化に向けての規制緩和を勧 うこととなった。 告したのである。 このような分割の背景には、長距離通信の 分野では、MCIコミュニケーションズがマイ 2 市内通信は競争、 クロ波を用いて新規参入したのに代表される 長距離通信は独占 ように、競争状態が出現しつつあり、それま 2回目のフーバー報告書は、1993年に「ジ で「自然独占」と考えられていた電気通信の オデシック2」としてまとめられた。この第 分野に競争原理を導入することが狙いとして 2回報告書は、第1回報告書と異なり、司法 あった。しかし同時に、地域電話通信の分野 省の委託によるものではなく、民間の財団な では、膨大な市内回線というボトルネックが どの支援を受けてとりまとめたものである。 存在することから、自然独占性が強く競争が 報告書は、AT&T分割は「市内通信は独占、 起きにくいと考えられたため、この分野では 長距離通信は競争」という前提でなされたも サービスの独占を許容する代わりに、会社を のだが、これは完全に間違っていたと断定し マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 12 ている。そして、市内通信では、技術の進歩 ターネットは本質的に分散ネットワークであ によって競争が活発化していると分析してい り、その構造はジオデシックである。フーバ る。 ーの基本的な考え方とその方向は、今日に至 その例としては、①セルラー電話サービス、 っても真理を突いているといえよう。技術の ②自営業者が提供する構内交換機や屋内配 進歩による競争の進展は長距離通信よりも市 線、③CAP(競争アクセス事業者)のバイ 内通信で起き始めているという指摘は、ユビ パスアクセス回線、④CATV(ケーブルテレ キタス・ネットワークの時代を迎え、より現 ビ)の通信サービス、⑤CATV事業者や 実性を帯びているし、また情報家電のように CAP、無線通信事業者などの連携による新 よりミクロなレベルでも、より速いスピード しいサービス――などをあげている。 で通信の進化が始まっている。 一方、長距離通信市場では、光通信などの フーバー以降の最も大きな環境変化は、こ 技術革新によって伝送容量が大幅に増加し、 のインターネットと、無線通信技術の飛躍的 AT&T、MCI コミュニケーションズ、スプ な進歩である。インターネットは、当初は既 リントなどの大手の設備が過剰になっている 存の電話網の上に間借りしていた状況である と分析している。通信システムの費用のほと が、現時点では技術の進歩により、基幹網が んどが固定費用であり、したがって競争より インターネット化し、電話網がそれに収斂す も1社に統合した方が経済合理性があり、そ る方向が見えてきた。無線通信技術の進歩に の意味で長距離通信こそ自然独占性があるの ついていえば、携帯電話のデジタル化が進ん だと指摘したのである。 だ1995年以降の技術進歩と世界的普及は目覚 ましい。 3 フーバー報告書の今日的意義 また、無線とインターネットとの融合によ インターネットが爆発的な普及を始めたき り、すでに述べたように、電話網に閉じ込め っかけは、1993年にイリノイ大学で、「モザ られていたネットワークの構造が大きく変化 イク」と呼ばれるブラウザー(ウェブの検 し始めている。しかも、近年大きな話題とな 索・閲覧ソフト)が開発され、引き続き94年 っている無線LANの進化は、より小さな領 にこのウェブブラウザーの商用化を狙ったモ 域の無線がより速く進化を遂げることを示唆 ザイク・コミュニケーションズ(後のネット している。マイクロデシック・ネットワーク スケープ・コミュニケーションズ)が設立さ の概念は、このような変化によって起こされ れたことにある。1995年にはインターネット る革命を示しているのである。 の加入者が急増し始め、96年には国際回線に おける電話のトラフィックをインターネット のトラフィックが凌駕する状況となった。 Ⅴ 南国市における無線 LAN システムの事例 フーバー報告書は1993年に発表されたもの 12 なので、インターネット爆発の前夜ともいう このようなマイクロデシック・ネットワー べきタイミングで出されたことになる。イン クの進化は、単なる技術の問題ではない。ネ 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 13 ットワークをだれがつくるのかという問題を クセスが可能だったが、それ以外のネットワ 投げかけている。ここでは、そのような事例 ークにはアクセスできなかったのである。 注1 の1つを紹介する 。 2 自助への動きと試行錯誤 1 南国市での導入のきっかけ 人々がインターネットに接続するために 南国市は、高知県第2の市である。面積は は、既存の電話線を用いる以外の選択肢は存 約125平方キロメートルであり、人口は約5 在しなかった。そして、これらのインターネ 万人、1万7000世帯が居住する。南国市では、 ットユーザーは、お互い同じ自治体に住んで 13の小学校、4つの中学校、18の公共施設な いるにもかかわらず、相互に連絡をとるとい ど、市の主要な建物は無線 LAN で接続され うことさえできない状況になった。災害とい ている。 う非常事態のゆえに、重要通信のために地域 一般に、加入者(ユーザー)を無線で収容 する形式をWLL(ワイヤレス・ローカルル 内のトラフィックに制限が課されたことが、 この状況を悪化させた。 ープ)と呼び、ルーラル(地方)域において インターネットのヘビーユーザーからなる よく行われ、これ自体は目新しいものではな あるグループは、この状態に非常に失望した。 い。しかし、南国市のこのケースは、技術の 「なぜ、ローカルな情報を集めることが重要 進歩とコストダウンにより、住民参加型の開 だったときに、長距離通話が優先されたの 発が可能になった事例として興味深い。 か」「なぜ、ローカルなアクセス制限が解除 1998年9月24、25日、巨大な台風が南国市 されるまでにそんなにも時間がかかったの を直撃した。1時間120ミリメートル以上、 か」――これらの疑問を抱いて、電話局に嘆 一晩に800ミリメートル以上の雨量が観測さ 願したものの、それが無駄な努力に終わった れた。車両は流され、1600もの家屋が浸水し 後に、彼らがたどり着いた結論は、「自助の た。経済的損失は50億円以上に達した。被害 ために自らのネットワークを構築しなければ は甚大で、土地、建物の破滅にとどまらず、 ならない」ということだった。 電話線を含むライフラインも壊滅した。 最初は、大学および高等専門学校に属する その際、幸いにもインターネットに接続で メンバーが集まり、さまざまな、そして最適 きた人々は、その優位性を感じた。インター な技術的解決を模索するワーキンググループ ネット上での情報の交換は、さまざまな点で を設立した。なかにはパケット無線技術の存 電話での通話よりも優れている。彼らはイン 在を知るメンバーもいたため、パケット無線 ターネット上の社会に状況を訴え、日本中に に関する講演会を開催し、NPO(民間非営利 援助を求めることができた。しかし、彼らは 組織)のパケット・ラジオ・ユーザー・グル もう1つ重大な問題に直面した。インターネ ープの専門家を招致した。スペクトラム拡散 ットへのアクセスである。 SINET(学術ネットワーク)にアクセス できた者は、災害時もインターネットへのア (信号を拡散符号により広い帯域に拡散させ たうえで送信する方式)無線についても膨大 な知識を得た。 マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 13 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 14 ネットワーク開発の開始直後は、試行錯誤 のである。 の連続であった。2.4ギガヘルツの ISM バン ド(産業・科学・医療用帯域と呼ばれる。比 3 財政面の課題の解決 較的自由な利用が認められており、電子レン グループはまず、高知県から合計50万円の ジ、無線 LAN などに使われている)を用い 助成金を得て、スペクトラム拡散無線機を購 た設備を採用したところ、全体的な接続の性 入した。助成金の50万円では明らかに不十分 能は利用可能な水準に達したものの、電気器 だったので、手元にあるものは何でも持ち寄 具からの雑音は時に厳しい問題となった。ア った。ボルト、ナット、ポール、アンテナ、 ンテナを適切な方向にセットすることは、も 労働力、等々。結果として、彼らは大学と自 う1つの問題であった。一般的に、計算では 宅の間に無線接続を実現することができた。 いかんともしがたいところが多く、試運転を 次年度には、国の遠距離通信研究助成金を 繰り返すことでやっと適切な解決を見ること 合計2500万円受けることができた。グループ ができた。 は、ネットワークの拡大に一層の努力を払い、 ネットワークが突然停止したこともあっ アクセスポイントと中継機を設置した。その た。ネットワーク担当のメンバーが原因を調 次の年にも同額の助成金を得ることができ、 査したところ、南国市の同じ地域でISMバン 通信ポイント数の増加とその品質向上に用い ドを利用している他のグループのあることが た。 わかった。干渉が起こっていたのである。こ グループは、2000年3月までに3台の交換 のような場合、彼らはあらゆる原因をチェッ 機と、それを通して接続される20のアクセス クして対策を講じる必要があった。 ポイントを設置し、南国市だけでなく近隣の 重要なのは、常に、予測できるエラーと予 市もカバーするに至った。グループは、高知 測できないエラーとが存在するということで シティ・サイズ・エリア・ネットワーク協議 ある。予測できるエラーは、多くの場合、シ 会(略称KCAN)へと発展していった。 ステムの再起動だけで解消できる。しかし、 今日までに、およそ5000万円がネットワー これにはユーザーの関与とマンパワーが必要 クの構築に費やされた。その内訳を見ると、 となってくる。予測できないエラーの場合は、 主に設備の購入とソフトウェアの開発に充て 通常、メンバーでは直感的にはわからないの られている。 で、専門家の知識が必要となってくる。 特筆すべきは、メンバーが、試行錯誤をし た期間は自分たちの大きな財産になったと信 じていることだろう。問題への対処を通じて、 14 4 無線 LAN災害対策システム、 南国市フリーネットの構築 KCANの運営は順調であり、無線ネットワ ネットワーク維持のスキルだけでなく、新た ークによって加入者に高品質のサービスを提 なネットワークを構築するスキルが向上した 供している。KCANが達成したことはこれに という。エラーに取り組むことで技術と知識 尽きるわけではないが、地方の情報インフラ を得て、グループは全体として能力を高めた に与えたインパクトは大きかった。南国市は 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 15 この成功に刺激を受けて、インキュベーショ ンのための制度を立ち上げた。 災害対策および洪水の無線監視システムに 5 無線 LANシステムの長所と短所 このケースから、無線 LAN の長所と短所、 費用対効果などをまとめてみたい。 おける有用性が認められたので、南国市議会 は無線 LAN によるイントラネットの導入を (1)長所 決定し、南国市は KCAN に無線 LAN 災害対 ①高品質 策システムの構築を依頼した。現在、南国市 スペクトラム拡散無線と、2.4ギガヘルツ の災害対策システムは、1999年に KCAN の 帯を使用する IEEE802.11bシステムとを用い メンバーの参加により設立された会社、シテ た無線 LAN システムによって、ユーザーは ィネット高知が運営している。 高速接続が可能になる。2キロメートル以内 加えて、南国市は、無線 LAN の有用性を 評価し、「南国市フリーネット」の設立を決 ならば、通信速度5Mbpsでの接続が可能で ある。 めた。1999年度の政府助成金を利用して、す ②低コスト べての小学校と中学校を無線 LAN で接続す スペクトラム拡散無線システムを導入する ることに成功したのである。南国市フリーネ ことによって、遠く離れた無線局でも最高40 ットは、自治体所有の無線ネットワークであ 万円以内(現時点ではもっと安い)で接続で り、シティネット高知がメンテナンスしてい きる。この無線局の周りに LAN を構築する る。 費用は、個人のコンピュータの費用を除けば シティネット高知の社長曰く、「フリーネ ットは一石二鳥」だという。 数万円である。 ③技術の習得 第1に、生徒たちは、日々のインターネッ メンテナンスの経験は、デジタルネットワ ト接続にイントラネットを使う。イントラネ ークの技術を習得するのを助ける。その専門 ット以外の方法でインターネットに接続する 知識は極めて有用であり、新規の起業を可能 場合にかかる、アクセス料金や通信料金は不 にしうる。 要である。彼らは、WLLから利益を享受し ④雇用の創出 ている。 南国市が LAN を所有し、多くの人々がそ 第2に、毎日設備が利用されるということ のシステムを利用し始めたために、メンテナ は、日々テストを行っていることと同じであ ンスは独立したビジネスとなり、雇用が創出 る。思い返せば、WLL導入の本来の目的は された。 災害対策であった。それゆえ、日々、回線設 備の状態をテストするということは、予測で (2)短所 きない瞬間に備えるという意味で、非常に効 ①メンテナンスの必要性 果的である。加えて、学校は災害時の避難場 今日の IEEE802.11bシステムやスペクトラ 所でもある。 ム拡散無線システムは、メンテナンスから逃 れられない。システムの動作を維持するため マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 15 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 16 には、かなりのマンパワーが必要である。 者とユーザーとの境界が変化しつつあるとい ②干渉問題 うことである。このようなモデルは、キャリ 現在のシステムでは、アクセスポイントま アモデルに対して、ユーザーモデルともいえ での接続手段としてスペクトラム拡散無線を よう。 用いている。これによって、電波局を敷設す るときに干渉問題が生じる可能性がある。し かし、今後、中継リンクを複数とりうるよう Ⅵ 重要性を増すベンダーモデルと ユーザーモデル な、マイクロデシック・ネットワークの形に 進化すれば、干渉はあまり大きな問題とはな らないだろう。 1 伝統的な集中志向の キャリアモデル 元来、通信のような公益事業は、自然独占 6 費用対効果とミクロ経済的効果 プロジェクトの総予算は3年間で1億円以 からみるとサービスが必要不可欠で代替性が 内であり、KCANはおよそ5000万円を利用し ない、供給側からみると規模の経済や範囲の た。対照的に、小中学校の生徒、住民、行政 経済が働き、少数の事業体による提供が合理 官を含むユーザーの数は1000人以上に達して 的である、という考え方に立っていた。しか いる。彼らは、災害に備えられると同時に、 し、技術の発展がこの前提を変化させ、その 数 Mbpsの速度のブロードバンド(高速大容 結果、通信事業が競争の時代に入ってきたこ 量回線)を楽しむことができる。1000人が利 とは周知の事実である。 益を得ていると計算すると、1人当たりのコ ストは1日約100円にすぎない。 コストパフォーマンスが良い理由の1つと かつてのAT&TやNTTは通信のすべての 要素を統合管理していたが、まず起こったの は電話機のような宅内機器の自由化である。 しては、利潤追求が至上命題である通信事業 ユーザーが自由に電話機を購入するというこ 者に頼らないことで、運営経費が削減されて とに対し、通信事業者は当然抵抗した。しか いることがあげられる。経費はネットワーク し、自由化が行われ、結果として多様な端末 のユーザーに分散される。言い換えると、こ とそれによるサービスの出現により通信産業 のタイプの方法論は、伝統的な通信事業者が、 は大きく発展することとなった。また、通信 潜在的なユーザーからの期待収入では今まで の規制緩和によって競争事業者が出現し、通 の投資をカバーできないために、新たな投資 信産業全体を大きく発展させてきた。 を行うのを躊躇するような地域でこそ、適し ているのである。 重要なのは、技術の進歩により、交換機や 16 性が高いと考えられてきた。これは、需要側 伝統的な通信事業者のビジネスモデルは、 通信サービスのすべての要素をできるかぎり 統合的にユーザーに供給し、また、できるだ 伝送手段の集中化による規模のメリットが薄 けすべてのトラフィックを集中し、さらに、 れてきており、このことを前提とすれば、ネ できるだけ多くの機能をユーザー側ではなく ットワークの建設と所有について、通信事業 ネットワーク側に集中するという考え方に基 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 17 づいている。これは「キャリアモデル」と呼 ユビキタス・ネットワークの時代は、新し ぶことができよう。当然のことながら、この い機器やサービス、産業を生み出すベンダー ような集中型の考え方に反するモデルは、で モデルの果たす役割が大きい。通信全体の発 きるだけ排除しようとする。 展のためには、ベンダーモデルとキャリアモ しかし、技術の進展と普及により、このよ うなキャリアモデルにそぐわないモデルの重 デルの競争を促進する政策をとる必要があろ う。 要性が増している。 3 ユーザーが通信事業を行う 2 通信機能を含めた機器ビジネス のベンダーモデル その第1のモデルは、「ベンダーモデル」 ユーザーモデル また、南国市の例で見たように、ユーザー が通信設備を保有し通信を行うという「ユー ともいえよう。通信機能が安くなり分散化す ザーモデル」も同様に重要である。しかし、 るのに伴って、機器の機能の一部として通信 これも伝統的なキャリアモデルからすると、 機能が装備されるようになることを意味す マイナーな例外事象とみなされるであろう。 る。 この分野の発展の可能性を考えれば、キャリ 情報家電の分野では、このような機能が当 アモデルとユーザーモデルが相互に競争しう たり前になってくる。また、ITS(高度道路 ることも、政策目標として考慮する必要があ 交通システム)の分野で、車と料金ゲートの ろう。 間で取り交わされるDSRC(狭域通信)と呼 分散技術の発展は産業全体に起きている現 ばれる通信機能も、この2つの間で直接通信 象である。例えば電力の分野では、小電力分 が成り立ち、通信事業者の交換機を経由する 散発電がトータルな環境負荷を減らしてエネ わけではないので、通信サービスではない。 ルギー効率を高めるために重要である、とい これをベンダーモデルというならば、ベン う認識が高まってきている。小電力分散発電 ダーモデルとキャリアモデルの間はグレーで を推進するために、小型の発電装置を保有す ある。この分野の通信モデルは大きな可能性 ることに関する認可や資格制度などの見直し があり、その発展のためには通信政策上の配 が進められている。それと同様に、通信の分 慮が必要となる。できるだけ多様な製品やサ 野でも、無線局の保有の認可や資格の問題を ービスの出現を促進することが求められるの 解決する必要がある。ベンダーモデルやユー である。 ザーモデルによる新しい産業の創出をできる 現在の通信政策の力点は、通信事業者に置 だけ促進するという立場である。 かれているといってよいだろう。通信事業者 ベンダーモデルやユーザーモデルでは、そ の新規参入や発展を促進するという行政の立 の性格から容易にわかるように、伝統的な料 場からみると、ベンダーモデルはどちらかと 金規制は無力である。機器やその利用に関す いうとマイナーで、場合によっては邪魔者と る認可は、注意して行わないと、成長の芽を みなされる可能性も高い。 摘んでしまう。通信自体の技術の進歩を促進 マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 17 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 18 し、なおかつ全体の完全性を保つために、技 の重要性と困難さがある。マイクロデシッ 術や製品、サービスをどこまでコントロール ク・ネットワークの時代には、特にそれが重 すべきかということは、政策上の重要な課題 要である。無線 LAN などには ISM バンドが である。 割り当てられ、周波数が決められているが、 これに対する1つの考え方は、「限定的レ 元来このような周波数は極めて限定的な利用 ッセフェール(自由放任主義)」の仕組みで を前提にしたものであり、その割り当てが十 ある。限定的とは、例えば地域を限定すると 分とはいえない。例えば5ギガヘルツ帯につ いうことである。 いては、日本では気象レーダーとの干渉があ もう1つの考え方は、「モジュール認証」 るため、無線 LAN への割り当てが不可能で という考え方である。多様な製品やサービス あることが問題となり、その解決策について の出現を促進しながら、技術と利用に関する 議論が行われている。 最小限の規制を行うという考え方に立てば、 また、ISMバンドの出力の許容範囲につい 通信を司るソフト・ハードをモジュールとい ても、米国と日本では基準が異なる。電波出 う考え方で規制することが考えられる。モジ 力の測定の基準も異なっている。電界強度の ュールとは、ソフトウェア工学でいうとオブ 最大値で規制する日本の方式は、それなりの ジェクトに相当するもので、具体的な実体と 合理性はあるものの、電波の発射方向を絞る しては、無線通信用の IC(集積回路)チッ ダイバーシティ制御の技術開発のインセンテ プなどがあげられよう。電波の出力や制御の ィブが米国のそれと比べて低く、技術開発が 基本的なところだけをコントロールし、それ 進まないという問題点もある。また、電波方 を自由に使って多様な機器やサービスの開発 式だけでなく、信号方式も含めて認可するか が可能できるようにするのである。 どうかという基準の相違もある。 マイクロデシック・ネットワークに向けた Ⅶ 政策課題としての周波数 スペクトラム問題 技術の変化を前提にすれば、基本的な政策と して、ベンダーモデルやユーザーモデルを促 進するような電波スペクトラムの割り当てと マイクロデシック・ネットワークを実現す その利用制度の見直しが求められる。現在の るための周波数スペクトラムも、政策上の大 ところ、このような制度に対するガバナンス きな課題である。電波は本質的に貴重な資源 (統治)上の問題は、既存の放送通信事業者 であるために、その利用は ITU(国際電気通 の力が強く、ベンダーやユーザーの力は弱い 信連合)を頂点とする国際的、国内的な取り ことである。このようなガバナンスを変える 決めにより管理されてきている。放送と通信 メカニズムが求められる。 の周波数スペクトラム問題も、大きな課題を 抱えている。 Ⅷ 新しいビジネスモデルへの挑戦 すでに述べたように、技術や利用の進歩に 対応した周波数スペクトラム配分を行うこと 18 本稿では、ネットワークの分散化の問題を 知的資産創造/2002年 7月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 07-NRI/p4-19 02.6.19 11:04 ページ 19 述べた。最近の近距離無線技術の進歩は原理 復活したプロセスが、その参考になろう。 的に、小さいものほど、また距離の近いとこ ろほど、より安くより高性能のネットワーク が出現することを示している。そしてネット ワークは、マイクロデシック・ネットワーク 注 ――――――――――――――――――――――― ● 1 南国市の事例は松山大学経営学部の上杉志朗助 教授に負うものであり、ここに感謝の意を表す る。 と呼ばれる稠密でメッシュのような形に進化 し始めている。 参● 考● 文● 献 ―――――――――――――――――――― ● また、通信機能の低価格化と分散は、従来 1 篠原健、上杉志朗、真田英彦「マイクロデシッ のキャリアモデルと異なる通信のビジネスモ クネットワーク――21世紀のコミュニティネッ デルを出現させつつある。コミュニティが自 律的な通信網を立ち上げるユーザーモデルな トワーク」『信学技法』OFS99−3、電子情報通 信学会、1999年5月20日 2 上杉志朗、篠原健、真田英彦「マイクロデシッ どがそうであり、本稿ではその事例を紹介し クネットワークの経済効果に関する一考察」 た。通信行政は、このようなユーザーモデル 『信学技法』OFS99−4、電子情報通信学会、 やベンダーモデルを含めた競争政策を考える 時代に来たといえよう。 このようなモデルは、現在のキャリアモデ ルに大きな影響を及ぼすことは間違いない。 1999年5月20日 3 Shiro Uesugi, Takeshi Shinohara and Hidehiko Sanada,“Micodesic Networks,” Information and Knowledge Management in the 21st Century INFORMS-KORMS Seoul 2000, June 18, 2000 ユビキタス・ネットワーク時代の新しい市場 4 Takeshi Shinohara and Shiro Uesugi, “Micro- は、今までの常識を超えた新しいモデルによ desic Network as the basis of WLL,” ITU って創り出される可能性が高い。そして、こ のような新しいモデルは、現在のキャリアモ Telecom Africa 2001, Nov.15, 2001 5 ジェイ・ボールドウィン『バックミンスター・ フラーの世界――21世紀エコロジー・デザイン デルに大きな影響を及ぼし、通信事業者の経 への先駆』梶川泰司訳、美術出版社、2001年 営に大きなインパクトを与えることになる。 6 Peter W. Huber, Michael K. Kellogg and John すでに電話とインターネットが収斂すること によるVoIP(インターネット電話など)は、 経営の基幹である電話収入を減少させ始めて いる。 それでは、ネットワークの分散化によって Thorne, “The GEODESIC NETWORK Ⅱ: 1993 Report on Competition in the Telephone Industry,” U.S. Government Printing Office, 1993(谷 田敏一訳「ジオデシック・ネットワークⅡ―― 電話産業の競争に関する1993年報告書」『海外 電気通信』1993年7月号) 既存の通信事業者は衰退するのだろうか。こ 7 高知シティ・サイズ・エリア・ネットワーク協 の点については今後、十分な分析と議論が必 議会(http://www.kcan.ne.jp/aboutus.html) 要だが、結論からいって、そのようなことは 著● 者 ―――――――――――――――――――――― ● ないと断言できる。ちょうど米国IBMが、い 篠原 健(しのはらたけし) ったんは分散コンピューティングの波により 研究創発センター主席コンサルタント 苦境に陥ったものの、再び強力な企業として 専門は情報通信技術戦略 マイクロデシック・ネットワーク 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 19