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警 告 書 - 日本弁護士連合会

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警 告 書 - 日本弁護士連合会
日弁連総第117号
2015年(平成27年)3月11日
警視総監
高
綱
直
良
殿
日本弁護士連合会
会長
警
第1
告
村
越
進
書
警告の趣旨
申立人らは,2011年(平成23年)9月11日午後3時から,東京都新宿
区の新宿駅東口広場アルタ前を出発・解散地点として,原子力発電の廃止を求め
ることを目的とする集団示威運動(デモ行進)を実施することを計画し,東京都
公安委員会に許可の申請をしたところ,同公安委員会は,新宿駅西口の新宿中央
公園を出発・解散地点とする場所・進路に変更する旨の条件を付して,本件デモ
行進の許可をした。その上で行われた本件デモ行進において,貴庁は,デモの先
頭集団とデモ参加者との間に警察官多数を割り込ませてデモ行進を分断させるよ
うな警備体制を行ったり,各デモ集団の両側に警察官を多数配備するいわゆるサ
ンドイッチ規制を行い,デモ参加者と一般市民とを分断する措置を行った。更に
貴庁は,このような警備体制に抗議したデモ参加者と警察官との接触等があった
状況の下で,同条例違反又は公務執行妨害の容疑で計12名のデモ参加者を逮捕
した。しかし,これら被逮捕者のうち6名は勾留請求も行われずに釈放され,1
名については勾留請求が却下されて釈放され,残る5名も勾留されたものの処分
保留で釈放され,起訴された者はなかった。
以上の事実経過の下で,次のとおり人権侵害が認められる。
1
集団示威運動は,集会の一態様として表現の自由の一環をなすとともに,政
治的意見の表明として参政権的要素も含む重要な基本的人権であり,これに対
する警察による警備は,規制する必要性の存在及び目的と手段の比例・均衡の
原則が厳格に求められるところ,本件デモ行進は多くの一般市民が参加する全
体として平穏なものであったと認められ,上記のようなデモ行進を分断する規
制やサンドイッチ規制を行うことはその必要性及び均衡を欠き,デモ参加者を
威圧して萎縮効果を及ぼす過剰な警備活動として,申立人及びデモ参加者のデ
モ行進の自由を侵害するものであったと判断される。
2
上記の逮捕の中には,少なくとも1名について不当な逮捕行為が存在したと
認められ,同人を含め合計12名にも及ぶ逮捕がなされたが,その後の勾留及
び不起訴の経過に照らしてもこれら逮捕の適法性に疑義があり,これらの逮捕
行為は,不当に逮捕された者のデモ行進の自由を侵害するとともに,全体とし
てデモ参加者を威圧して萎縮効果を及ぼす過剰な警備活動として,申立人及び
デモ参加者のデモ行進の自由を侵害し,又は侵害のおそれの極めて強いもので
あった。
よって,当連合会は,貴庁に対し,集団示威運動の警備に関し,かかる人権
侵害となる過剰な規制行為及び不当な逮捕を今後行うことのないよう,警告す
る。
第2
警告の理由
別紙「調査報告書」記載のとおり。
日弁連総第117号
2015年(平成27年)3月11日
東京都公安委員会委員長
仁
田
陸
郎
殿
日本弁護士連合会
会長
村
越
進
警告及び要望書
第1
警告及び要望の趣旨
申立人らは,2011年(平成23年)9月11日午後3時から,東京都新宿
区の新宿駅東口広場アルタ前を出発・解散地点として,原子力発電の廃止を求め
ることを目的とする集団示威運動(デモ行進)を実施することを計画し,同年8月
29日に貴委員会に対し許可の申請をしたところ,貴委員会は,同年9月9日に
なって,
「進路周辺の交通秩序への重大な支障等を防止して公共の秩序を保持する
ため」として,東京都の「集会,集団行進及び集団示威運動に関する条例」
(昭和
25年7月3日条例第44号)3条1項ただし書に基づき,新宿駅西口の新宿中
央公園を出発・解散地点とする場所・進路に変更する旨の条件を付して,本件デ
モ行進の許可をした。
その上で行われた本件デモ行進において,警視庁は,デモの先頭集団とデモ参
加者との間に警察官多数を割り込ませてデモ行進を分断させるような規制による
警備体制を行ったり,各デモ集団の両側に警察官を多数配備するいわゆるサンド
イッチ規制を行い,デモ参加者と一般市民とを分断する措置を行った。更に警視
庁は,このような警備体制に抗議したデモ参加者と警察官との接触等があった状
況の下で,同条例違反又は公務執行妨害の容疑で計12名のデモ参加者を逮捕し
た。しかし,これら逮捕者のうち6名は勾留請求も行われずに釈放され,1名に
ついては勾留請求が却下されて釈放され,残る5名も勾留されたものの処分保留
で釈放され,起訴された者はなかった。
以上の事実経過の下で,次の人権侵害が認められるので,当連合会は,貴委員
会に対し,次のとおり警告及び要望をする。
1
集団示威運動は,集会の一態様として表現の自由の一環をなすとともに,政
治的意見の表明として参政権的要素も含む重要な基本的人権であるところ,本
件デモ行進に対する上記の条件付許可は,申立人が申請したものと大きく異な
った出発・解散地点,進路等を指示するものであって,そのデモ行進としての
同一性が失われるほどのものであったこと,その変更の理由も「進路周辺の交
通秩序への重大な支障等を防止して公共の秩序を保持するため」という極めて
抽象的なものにすぎず,その許可は,デモ行進実施日の2日前という直前にな
されたものであったことから,これらの許可内容及び手続は申立人及びデモ参
加者の憲法で保障されたデモ行進の自由を侵害するものである。よって,デモ
行進の許可に際して条件を付する場合でも,かかる場所・進路等についてデモ
行進の同一性を侵害するような大きな変更を行わないよう,また,条件を付す
る具体的な理由を明示するよう,さらに,場所・進路等の相当程度の変更を伴
う条件付許可をする場合には実施日までに相当の期間を置くよう,それぞれ警
告する。
2
本件デモ行進に対する警視庁の上記警備及び逮捕は,次の点で人権を侵害す
る違法な行為であったと判断されるので,警視庁を指導監督する立場にある貴
委員会に対し,今後,かかる過剰な警備活動及び違法な逮捕が行われることが
ないよう,管理権限を行使するよう要望する。
(1) 集団示威運動に対する警察による警備は,規制する必要性の存在及び目的
と手段の比例・均衡の原則が厳格に求められるところ,本件デモ行進は多く
の一般市民が参加する全体として平穏なものであったと認められ,上記のよ
うなデモ行進を分断する規制やサンドイッチ規制を行うことはその必要性及
び均衡を欠き,デモ参加者を威圧して萎縮効果を及ぼす過剰な警備活動とし
て,申立人及びデモ参加者のデモ行進の自由を侵害するものであったと判断
されること。
(2) 上記の逮捕の中には,少なくとも1名について不当逮捕行為が存在したと
認められ,同人を含め合計12名にも及ぶ逮捕がなされたが,その後の勾留
及び不起訴の経過に照らしてもこれら逮捕の適法性に疑義があり,本件逮捕
行為は当該不当被逮捕者のデモ行進の自由を侵害するとともに,全体として
デモ参加者を威圧して萎縮効果を及ぼす過剰な警備活動として,申立人及び
デモ参加者のデモ行進の自由を侵害し,又は侵害のおそれの極めて強いもの
であったと判断されること。
第2
警告及び要望の理由
別紙「調査報告書」記載のとおり。
反原発デモへの警察の不当介入に関する
人権救済申立事件
調査報告書
2015年(平成27年)2月19日
日本弁護士連合会
人権擁護委員会
事件名
反原発デモへの警察の不当介入に関する人権救済申立事件(2011年度
第23号)
受付日
2011年(平成23年)10月26日
申立人
「原発やめろデモ!!!」実行会議(申立人代表:X)
相手方
警視庁,東京都公安委員会
第1
結論
相手方らに対し,別紙「警告書」及び「警告書及び要望書」のとおり警告及び
要望するのが相当である。
第2
申立の趣旨
申立人らが企画した,実施日を2011年(平成23年)9月11日午後3時
出発とする原子力発電の廃止を求める趣旨でのデモ行進「原発やめろデモ!!!」
(以下「本件デモ」という。)について,申立人らと行った協議に際し,警視庁警
備連絡係が受理拒否の意向を示し,その後申立人らが本件デモ行進の許可申請を
行ったところ,東京都公安委員会は,本件デモ直前である同月9日に,
「公共の秩
序」という理由を付けて,突然,デモコースの変更を求め,申請していた東京都
新宿区のいわゆる新宿アルタ前集合,解散というコースから,新宿中央公園集合,
解散のコースに変更するよう指示したこと及び本件デモ開催中において,警視庁
が過剰な警備体制をしき,本件デモを妨害するとともに,本件デモ参加者12名
を東京都の「集会,集団行進及び集団示威運動に関する条例」
(昭和25年7月3
日条例第44号,以下「東京都公安条例」という。)違反あるいは公務執行妨害の
容疑で逮捕したことは,本件デモの主催者,参加者に対する人権侵害に当たるの
で,警視庁及び東京都公安委員会に対して,しかるべき勧告を求める。
第3
調査経過
2011年(平成23年)
10月
1日
申立て受領
10月26日
予備審査開始
12月20日
申立人代表X氏からの事情聴取を行う。申立人側に対し,
事実確認及び確認結果の報告並びに追加の資料の提出を求
める。
2012年(平成24年)
1月11日
申立人側からの追加資料(デモの様子等の画像を含む制
1
作映画の録画DVD)受領。
1月31日
申立人側からの追加資料(デモ参加者作成の報告書)受
領。
3月22日
本調査開始。
4月13日
申立人に関係する弁護士からの事情聴取。逮捕勾留され
た5名につき勾留状(うち1通は被疑事実の記載部分な
し),3名につき不起訴処分告知書を確認。その後更に申立
人に確認したところ,全ての逮捕者について起訴されてい
ないことを確認。
4月18日
東京都公安委員会委員長宛てに照会書を発信。
5月18日
東京都公安委員会からの回答書を受領。
6月14日
申立人に関係する弁護士に対する照会書を発信(回答な
し)。
9月
5日
12月13日
本件デモ参加者1名に対する照会書を発信(回答なし)
申立人に対する照会書を発信。
2013年(平成25年)
1月
第4
5日
申立人からの回答書を受領。
6月13日
東京都公安委員会委員長宛てに2回目の照会書を発信。
6月13日
警視総監宛てに照会書を発信。
7月
5日
警視総監からの回答書を受領。
7月
9日
東京都公安委員会からの回答書を受領。
東京都公安委員会及び警視総監への照会及び照会に対する回答
関係機関への照会については,東京都公安委員会に対し2回,警視総監に対し
1回行った。次が,各照会及びそれに対する回答である。
1
東京都公安委員会への1度目の照会及びそれに対する回答
東京都公安委員会に対し,2012年(平成24年)4月18日付け照会書
を発信し,本件デモに関し,コース変更を求めた理由等について照会した。
これに対し,東京都公安委員会は,2012年(平成24年)5月16日付
け回答書により,下記のような回答を行った。
記
本件デモの申請者が2011年(平成23年)6月11日に主催したデモに
おいては,進路周辺の交通秩序に重大な支障が生じる等しており,警備第一課
員は,同年8月25日及び同月29日,申請者に対し,当該事実を説明した上
2
で,本件デモにかかる申請進路等の変更を検討するように要請していた。
当公安委員会は,2011年(平成23年)9月9日,進路周辺の交通秩序
への重大な支障等を防止して公共の秩序を保持するため,集会,集団行動及び集
団示威運動に関する条例(昭和25年東京都条例第44号。以下「本件条例」と
いう。)第3条第1項ただし書きに基づき,申請経路等を変更する条件を付した
上で,本件デモに係る申請を許可し,本件条例第3条第2項に基づき,本件デモ
が行われる日時の24時間前までに条件を付した許可書を交付した。
2
東京公安委員会への2度目の照会及びそれに対する回答
東京都公安委員会の2012年(平成24年)5月16日付け回答書では,
本件デモの申請者が2011年(平成23年)6月11日に主催したデモにお
いて進路周辺の交通秩序への重大な支障が生じたとされている。そこで,具体
的にどの場所でどのような態様の支障が生じたのか,その支障を重大と評価し
た理由及び根拠等について東京都公安委員会に対し,2013年(平成25年)
6月13日付け照会書によって照会した。
これに対し,東京都公安委員会は,2013年(平成25年)7月5日付け
回答書により, 警備実施上の着眼点や警備手法に関する質問であり,これを明
らかにすることにより,今後の警察活動に支障を及ぼすおそれがあることから,
回答を差し控える旨の回答を行った。
3
警視総監への照会及びそれに対する回答
警視総監に対し,2013年(平成25年)6月13日付け照会書を発信し,
本件デモに関し,警備のために動員された警察官の人数,デモ行進に対し,隊
列の分断,警備の警察官がデモ集団を左右から挟み込む,いわゆるサンドイッ
チ規制といった措置を執ったか否か,本件デモの際の逮捕者12名それぞれに
ついての逮捕に至る具体的状況や逮捕が必要と判断した理由,申立人らが20
11年(平成23年)6月11日に新宿で開催した反原発を趣旨とするデモに
おいて,特別な支障等があったか否か,あったとすれば,その具体的内容等に
ついて照会した。
これに対し,警視総監は,2013年(平成25年)7月5日付け回答書に
より,2011年(平成23年)6月11日に新宿で開催されたデモでは,進
路周辺の交通秩序に重大な支障が生ずる等した旨回答したが,その具体的な場
所,態様,支障の重大性等については,これを明らかにすることにより,今後
の警察活動に支障を及ぼすおそれがあることから,回答を差し控える旨の回答
を行い,他の質問に対しても,概ね同趣旨の理由を挙げ回答を拒否した。
3
第5
1
当委員会の判断
事実認定
当委員会が認定した事実の概要は次のとおりである。
(1) 本件デモ申請から本件デモ実施日までの経過
申立人らは,インターネット等で不特定多数の者にデモへの参加を呼びか
け,反原発デモを行う等の活動をしており,本件デモ以前にも,高円寺(2
011年(平成23年)4月10日),渋谷(同年5月7日),新宿(同年6
月11日)及び銀座(同年8月6日)において反原発デモを企画し,実行し
てきた。申立人らからのヒアリング及び新聞報道等によっても,これらの高
円寺,渋谷,新宿及び銀座でのデモ行進については,交通等に特段の支障が
生じたり,逮捕者が出る等の特段の危険な事態が発生したとは認めがたい。
東京都公安委員会は,2011年(平成23年)6月11日に主催したデモ
においては,進路周辺の交通秩序に重大な支障が生じる等したと回答するが,
具体的な状況については回答を拒んでおり,前記認定を覆すには至らない。
申立人らは,2011年(平成23年)8月25日及び同月29日に,同
年9月11日午後3時から,新宿東口広場集合・解散の,原子力発電の廃止
を求める本件デモを実施することについて,新宿警察署の警視庁警備連絡係
に協議を申し入れたが,同所での集合,解散は認められないとして同意を得
られなかった。本件デモの参加者で上記各デモ申請を行ったY氏(以下「Y
氏」という。)が,別件の民事訴訟の証拠として裁判所に提出した,本件デモ
の申請や警備の状況について説明する陳述書(以下「Y氏陳述書」という。)
及び前記東京都公安委員会への1度目の照会に対する回答等によれば,申請
の際の具体的状況等については次のとおりである。
①
申請のための協議
Y氏は,本件デモの申請を行うため,警視庁警備連絡係と事前に日程調
整を行った上で,同月25日,新宿警察署に赴き本件デモ申請を行いその
協議を行った。その際,Y氏は,別紙1記載のコースでデモを行いたい旨
伝えたところ,警備連絡係は,まず,新宿東口広場での集合・解散につい
ては,広場から人があふれ車道を埋めてしまうので認められない,新宿通
りの通行については,同通りが歩行者天国であることからやめてもらいた
いといい,併せて,JR中央線の大ガードの下を抜けて新宿駅西口駅前に
出ることについても難色を示した。これに対し,Y氏は,
「コースをある程
度変更することは可能であるが,集合・解散場所を新宿東口広場とすること
については,新宿でのデモ行進でよく行われていることでもあり,前例も
4
あるので維持したい」と述べたが,警備連絡係は新宿東口広場を集合・解散
場所とすることを頑なに拒んだため,再検討した上で同月29日に再度折
衝を行うことになった。
②
申請までの経緯(コース変更の検討等)
同日以降,同月29日までの間に,Y氏は,本件デモの主催会議参加者
と協議し,集合・解散場所を新宿東口広場とすること,新宿通りを通行する
ことはそのままであるが,警備連絡係の要請に配慮し,大ガード下を通ら
ず,新宿駅西口駅前に至らないコース案(別紙2)を作成した。
③
申請
同月29日,Y氏は,再度,新宿警察署に赴き,本件デモ申請のための
折衝を行った。この際,Y氏は,変更後のコース案(別紙2の図面)に基づ
くデモの申請を認めるよう交渉したものの,新宿東口広場を集合・解散場所
にすることについては結局同意が得られなかった。しかし,同日,Y氏は,
警備連絡係の同意は得られなかったものの,変更後のコース案(別紙2)
を添付した集合示威運動許可申請書(別紙3の図面)を提出した。
④
コース変更を伴う条件付許可
本件デモ実施日の2日前である同年9月9日になって,東京都公安員会
は,
「公共の秩序を保持するため,申請に係る集合場所,集団示威運動の進
路及び解散場所を次のとおり変更する。」という理由を示し,デモコースの
変更(集合・解散場所を新宿中央公園とし,新宿中央公園から甲州街道,明
治通り,靖国通りを回るコースを指示)という条件(以下「本件条件」と
いう。)を付し,本件デモ実施の許可をした(別紙4)。
(2) 前回のデモにおける交通秩序への重大な支障の不存在
東京都公安委員会は,コース変更を求めた理由に関する当連合会からの照
会に対し,「本件デモの申請者が平成23年6月11日に主催したデモにおい
ては,進路周辺の交通秩序に重大な支障が生じる等しており,警備第一課員
は,同年8月25日及び同月29日,申請者に対し,当該事実を説明した上
で,本件デモにかかる申請進路等の変更を検討するように要請しました。」と
回答しているが,警視総監及び東京都公安委員会は,当該支障が生じたとす
る具体的な場所及び態様並びに当該支障を重大と判断した理由・根拠等につい
ての照会に対しては,具体的な回答を拒否しており,公安委員会がどのよう
な状況をもって「支障」と評価しているのか不明である。この点に関し,申立
人代表は,当連合会からの照会に対し,
「本件デモの当初の申請進路の変更を
求める理由に関しては,警察から『前回の6月11日のデモでけが人が出た
5
から』などという理由を挙げられたが,本件デモ実行委員会は,6月11日
のデモでけが人が出た旨の報告は受けていないし,警察からもその旨の通報
等はなかった」と説明している。また,同年6月11日のデモを報じた新聞
記事等を閲覧すると,交通秩序への重大な支障があった,あるいはけが人が
出た等の記事は見当たらない。以上により,本件デモ実施を許可する際にお
いて本件条件を付与する必要性があるほどの重大な交通秩序への支障等が,
同年6月11日のデモにおいて発生していたとは考えにくい。
(3) 警察のデモ規制等
本件デモの様子が録画されているDVD(以下「録画DVD」という。)や
Y氏陳述書からは,警視庁は,本件デモのデモ行進において,デモ行進開始
当初から,デモの先頭集団と他のデモ参加者との間に強引に警察官多数を割
り込ませて,デモ参加者を分断する規制による警備体制をとったり,各デモ
集団に対して,その両側に警備の警察官を配備するいわゆるサンドイッチ規
制を行い,デモ参加者と一般の見物人を分断する措置を行っていたことが認
められる。
(4) デモ参加者逮捕に至る経緯
上記のような警備体制から,見物人が本件デモに参加することや,本件デ
モ参加者が休息等のためデモ集団から抜けること等もできないような状態と
なってしまった。
そのような中,警備体制が過剰である等として抗議,抵抗をした本件デモ
参加者と警察官との接触等があり,この接触等について警察官が公安条例違
反あるいは公務執行妨害であるとして,計12名の逮捕に及んだ。特に,上
記録画DVDには,これらの逮捕者の中で,白い防護服に似せた衣装を着た
人物(以下「防護服姿の人物」という。)に対する逮捕行為の全容が録画され
ており,この録画された映像によると,本件デモに反対する趣旨で集合した
者(以下「反対者」という。)との間に入った警察官が防護服姿の人物を押し
た行為が認められ,この人物が警察官に押されながらジャンプをして反対者
にアピールする姿が映し出されている。そして,防護服姿の人物が警察官に
押し戻された直後に,反対者から「税金を払っているんだぞ,逮捕しろ。」と
の掛け声があり,その後いきなり警察官3~4人が防護服姿の人物を押さえ
つける行為が映し出されている。
(5) 被逮捕者の処分内容等
逮捕された12名について,うち6名(上記防護服姿の人物を含む。)につ
いては勾留請求が行われず同月13日に釈放され,残り6名については勾留
6
請求がされたものの,うち1名については勾留請求が却下され同月14日に
釈放され,残り5名についても同月22日処分保留により釈放され,逮捕勾
留等に引き続いて起訴された者は皆無である。
2
デモ行進の自由と公安条例による本件条件付許可の人権侵害性
(1) 民主主義社会における集会の自由の重要性と憲法の保障
集会の自由については,伝統的な言論・出版の自由とは区別される独立の
権利でありながら,言論・出版の自由と同じ性質の,かつ,同じ機能を果た
す権利として,広く表現の自由の一環をなすものとして,憲法21条が保障
するところである。この場合の集会の自由としては,
「動く集会」としての集
団行進等のデモ行進の自由を含むことも,憲法が規定するところである。特
に,これらの集会の自由は,マス・メディア等の大衆に情報を伝達する機関
を容易に利用できない一般市民が,その思想,特に新しい意見や,少数派の
意見,又は一般的な世情に反すると理解される意見を大衆に伝達する手段を
提供するものであり,すぐれて民主制の過程を活性化する役割を果たすもの
として位置付けられる。これらの点から,多数意見を背景として行われる代
議政治とあいまって,選挙権を補う参政権的要素があり,民主政において不
可欠な権利である。
ただし,デモ行進は,公共用物ないし公共の場所を使用して行われるもの
であることから,一般人による道路・公園等の利用という社会生活上不可欠
な要請と衝突する可能性が存在する。このため,一般の表現の自由とは異な
り,特別の規制に服する必要性がある。このような,規制について法律的な
根拠を与える法規範としては,各都道府県で制定されている公安条例が存在
する。この公安条例については,その違憲性が過去争われてきたところであ
るが,たとえ法令そのものが違憲であるという立場をとらないとしても,こ
れらの公安条例の解釈・運用については,上記のデモ行進の自由の民主主義
社会における重要性及び憲法上の保障を十分考慮して行われなければなら
ず,実質的にデモ行進の自由を侵害する場合には,人権侵害行為に該当する
というべきである。
当連合会も,デモ行進の自由の重要性を強調しており,これを制限するた
めには,他の基本的人権が侵害され,公共の福祉が損なわれる具体的な危険
がある場合に限定されるという立場をとっている(当連合会2012年(平
成24年)11月9日付け「デモ行進等における公園等公共用物の利用の制
限に反対する会長声明」)。
(2) 東京都公安条例の憲法適合性
7
①
東京都公安条例の規定
本件デモに対する規制の根拠とされる東京都公安条例は,デモ行進につ
いては,場所のいかんを問わず一律に東京都公安委員会の許可を得なけれ
ばならないとし,許可の申請については,
「主催者の氏名」,
「デモ行進の日
時・場所」,「参加予定人数」等を記載した書面をデモ行進予定日時の72
時間前に提出しなければならないとしている。申請の許否については,
「公
共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」に
は,これを許可しないことができるとし,許可する場合には,原則として
デモ行進予定日の24時間前にその旨を記載した書面を申請者に交付しな
ければならないが,
「交通秩序維持に関する事項」,
「集会,集団行進又は集
団示威運動の秩序維持に関する事項」等について条件を付することができ
るとしている。また,公安委員会は,
「公共の安寧を保持するため緊急の必
要があると明らかに認められるに至ったとき」は,許可を取り消し又は条
件を変更できることとしている。更に,不許可の処分をし,又は許可を取
り消したときは,詳細な理由を付けて,速やかに都議会に報告しなければ
ならないとしている。
②
東京都公安条例についての最高裁の合憲判決
この東京都公安条例の憲法適合性は,かつて争われたところであるが,
最高裁判決昭和35年7月20日刑集14巻9号1243頁(以下「東京
都公安条例判決」という。)は,次の理由によって,その合憲性を肯定した。
ア
東京都公安条例1条及び3条を見ると,『
「 公共の安寧を保持する上に
直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合』の外はこれを許可しなけ
ればならない(3条)。すなわち許可が義務づけられており,不許可の場
合が厳格に制限されている」ことから,実質的には届出制である。
イ
これを違憲とした原判決は許可基準が不明確であるというが,
「公共の
安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」には
許可されないことになるのは,
「法と秩序の維持について地方公共団体が
住民に対し責任を負担することからしてやむを得ない」。許否の認定が公
安委員会の裁量に属することも,事柄の性質上「当然である」。
ウ
原審が許可推定条項等の不存在を理由にして,本条例の趣旨が許可制
により表現の自由を制限するにあると考え,条例全体を違憲とするのは
「本末を転倒する」判断である。
エ
原判決は,本条例が規制対象とする場所が一般的で具体性を欠くとす
るが,
「集団行動を法的に規制する必要があるとするならば,集団行動が
8
行われ得るような場所をある程度包括的にかかげ,またはその行われる
場所の如何を問わないものとすることは止むを得ない」。集団示威行動が
「場所のいかんを問わず」一般的に制限されているにしても(条例1条),
「かような運動が公衆の利用と全く無関係な場所において行われること
は,運動の性質上想像できない」のでこれを議論することは全く実益が
ない。
ただし,同判決は,
「本条例といえども,その運用の如何によっては憲法
21条の保障する表現の自由を侵す危険を絶対に包蔵しないとはいえな
い。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し,公共の安寧の保持を
口実にして,平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒
心すべきこともちろんである。」としている。
③
東京都公安条例判決を支えた最高裁のデモ行進についての認識
このような東京都公安条例判決を導き出した社会的立法事実として挙げ
られているのが,いわゆる「暴徒論」である。すなわち,同判決は,デモ
行進について,
「平穏静粛な集団であっても,時に昂奮,激昂の渦中に巻き
こまれ,甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し,勢いの赴くところ実力
によって法と秩序を蹂躙し,集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てし
ても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在する」としている。
④
東京都公安条例判決に対する批判
このような,許可制を合憲とする東京都公安条例判決に対しては,厳し
い批判がある。
ア
新潟県公安条例判決
東京都公安条例判決は,それ以前の新潟県公安条例判決(最判昭和2
9年11月24日刑集8巻11号1866頁)の原則を覆し,デモ行進
の自由に対して厳しい態度で臨んだものである。新潟県公安条例判決は,
①「単なる届出制」と「一般的な許可制」を区別し後者によるデモ行進
の事前抑制は違憲であるとし,②「一般的な許可制」ではない場合でも,
合憲と認められる条件として,
「公共の安全を保持し,又は公共の福祉が
著しく侵されることを防止する」目的で,
「特定の場所又は方法につき,
合理的かつ明確な基準」の下に予め許可を受けさせ,又は届出をさせる
場合とした。その場合,
「公共の安全に対し明らかな差し迫った危険を及
ぼすことが予見されるとき」には,不許可にしたり,禁止してもよいと
するものである。更に,いわゆる許可推定条項が存在していたことが,
合憲である条件であるとしていた。
9
この新潟県公安条例判決は,第1にデモ行進について許可推定条項を
定め,第2に一般的な許可制を違憲とし,第3に公共の安寧の保持とい
う観点からの制限であっても,規制の方法・場所についての特定性を必
要としている。この判例の基準は,東京都公安条例判決と比較すると,
デモ行進の自由及び憲法の保障に十分な配慮をした利益の調整であっ
た。これに対して,東京都公安条例判決は,表現の自由の規制を広く許
容するものとして妥当性を欠くとの批判がある。
イ
社会的立法事実の変化
東京都公安条例判決の支えとなっていた「デモ行進=暴徒」論につい
て見ても,東京都公安条例判決が行われた当時と現在の社会情勢は大き
く異なり,近時,デモ行進が「暴徒」と化した事態は社会的事実として
見当たらない。現在の社会情勢の下では,東京都公安条例判決の認識の
前提となる立法事実の存在も疑わしく,東京都公安条例は,その社会的
立法事実との関係においても,その法令の定め自体が違憲とされる可能
性を否定できない。
(3) 本件における東京都公安条例の適用についての検討
以上のように東京都公安条例は,法令自体に違憲の疑いがあり,仮にその
法令の合憲性を前提にしても,同条例の適用においては,デモ行進の自由・
表現の自由との関係で,具体的な他の権利利益を守るために,必要最小限の
規制を行う場合にのみ許容されるというべきである。これを前提として,以
下,本件における東京都公安条例適用に関する問題点を検討する。
①
本件における東京都公安条例の適用に関する問題点
本件における東京都公安条例の適用については,デモ行進の自由を確保
し,憲法の保障を実質化するという観点から,以下の点が問題となる。す
なわち,実体的な問題として,第1に本件デモの場所の変更を条件として
許可したのは,実質的な不許可処分ともいいうる強い規制として許容され
ないのではないか,第2に実質的な不許可処分であるかはさておくとして
も,デモ行進のコース変更には合理的理由がなく本件デモの場所の変更は
許容されないのではないかとの問題が存在する。手続的な問題としては,
第1にデモ行進予定日直前になって場所の変更を指示したのはデモ行進の
自由を侵害するものではないか,第2にデモ行進の場所の変更についてそ
の理由が十分に開示されていないことがデモ行進の自由を侵害し,市民の
表現の自由への萎縮効果を及ぼすものではないかとの問題がある。
ア
デモ行進の場所の変更を条件として許可したことは,申請したデモと
10
の同一性を実質的に失わせる強い規制であること
東京都公安委員会は,新宿東口広場集合・解散コースを新宿駅の西口
側にある新宿中央公園集合・解散コースに変更する条件を付して,本件
デモを許可している。このようなコースの変更は,集合・解散地を変更
し,元の申請が新宿駅付近の中心街を通過するものであったのに対し,
変更された行進のコースは,この中心街の外側の周囲と新宿駅西口のビ
ル街を行進するものであった。したがって,実質的には新宿東口広場集
合・解散コースとの同一性すら失わせる程度の条件変更である。デモ行
進では,どこで,その場所にいるどのような者に訴えかけるかというこ
とは重要な要素であり,このような集合・解散地の変更,コースの変更
は,デモ行進自体の性質すら変更させるものである。したがって,実質
的には不許可処分とすら評価できる。仮に東京都公安条例の合憲性を肯
定したとしても,このような強度の規制を行うことは,その3条1項本
文が不許可としうる場合として規定している「公共の安寧を保持する上
に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」でなければ認められな
いというべきである。
本件デモは,いわゆる原子力発電に対する反対の意思を表明する趣旨
であり,老人や車いすの者,子ども等を含む一般市民が数多く参加して
いたものである。また,本件デモの前に本件申立人らが主催した高円寺,
渋谷,新宿及び銀座でのデモ行進については,何ら危険な事態も発生し
ていなかったと認められる。したがって,本件デモについては,公共の
安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合とは到
底認めがたい。
イ
仮に,本件条件の付与が実質的な不許可処分とまではいい得ないとし
ても,本件条件によるデモ行進のコース変更には何らの合理性がないこ
と
(ア) 本件コース変更の東京都公安条例上の根拠
本件コース変更の条件の付与は,東京都公安条例3条1項のただし
書の,「次の各号に関し必要な条件をつけることができる。」との規定
に基づき,その6号の「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためや
むを得ない場合の進路,場所又は日時の変更に関する事項」について
条件を付したものである。そこで,本件のコース変更の条件付与が,
「公
共の秩序」を維持するために「やむを得ない」場合といえるか等が問
題となる。
11
(イ) コース変更の条件付与についての理由に合理性が認められないこと
「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない」事情(東
京都公安条例3条ただし書6号)が存在したかを検討すると,警備連
絡係は,主催者側との最初の協議で,歩行者に混乱をもたらすこと等
を懸念して,新宿東口広場を集合・解散場所とすること,歩行者天国
である新宿通りを通行すること,新宿駅西口駅前を通行することを拒
んだ。照会に対する東京都公安委員会の回答でも,過去のデモ行進に
おいて,進路周辺の交通秩序に重大な支障が生じた旨の理由が説明さ
れている。主催者側は,新宿東口広場を集合・解散場所とするデモ行
進はよく行われており,前例もあることから,新宿東口広場を集合・
解散場所とすること,新宿通りを通行することは維持した上,警備連
絡係の要請にも配慮して,新宿駅西口駅前を通行しないコースで許可
申請を行った。しかし,東京都公安委員会は,それでもなお,集合・
解散場所を新宿東口公園から新宿駅西口の新宿中央公園に変更し,か
つ,新宿通りを含む新宿駅付近の中心街を通過させないようコース変
更を条件とした。前述したように,本件デモの主催者が新宿東口広場
で同年6月11日に主催したデモ行進について,交通秩序に重大な支
障を及ぼした事実は認定できず,更に,本件デモの主催者による他の
デモ行進についても,
「交通秩序に重大な支障」が生じた事実は認めら
れない。東京都公安委員会の照会回答も,いかなる交通秩序の重大な
障害が発生したのか,具体的な指摘をしていない。許可通知書におい
ても,条件を付した具体的な理由は記載されていない。したがって,
本件新宿東口広場を集合・解散場所とし,新宿駅付近の中心街を通過
することによって交通秩序に重大な支障を及ぼすような具体的な危険
は認められず,そのような具体的な危険は許可通知書中の条件付与の
理由にも示されていない。他の場所の警備が必要であるので人員が不
足している等の事情があればともかく,そのような事情もうかがい得
ないことからして,コース変更の指示は,東京都公安条例の適用にお
いて,デモ行進の自由を過度に制約したものといわざるを得ない。
ウ
申請者への条件付許可の通知時期について
東京都公安条例は,その規定において,デモ行進の申請は72時間前
までできるとし(2条本文),条件の付与について,申請人に対してその
予定日時の24時間前までに通知することを定める(3条2項)。本規定
の文言上は,いつ申請がされたとしても,デモ実施の24時間前までに
12
条件を付したり許否を決めて通知すればよいこととなるが,デモ実施の
24時間前に条件が通知されるというのは,デモ実施時刻まであまりに
も短時間であり,申請者側に一部不許可の理由の検討や,処分者側にそ
の再考を促す行動をとる等の時間的余裕を与えていない。更に,変更を
前提としてデモ行進の参加者を募る等の時間的余裕もない。現に,本件
デモでも,変更許可処分の前の告知しか見なかった多数の者が,新宿東
口広場が集合場所であると誤解して混乱が生じたりしている。
他方,規制する側としては,その許可や条件等を検討するについて,
申請から多くの時間を費やす必要はなく,東京都公安条例の規定ですら,
72時間前に申請が行われた場合であっても,48時間以内に検討して
24時間前までに許否や条件を決定できることを前提としている。
このように考えると,デモ行進の自由の重要性に鑑みれば,上記法令
の規定の合憲性は,これを限定的に解釈すべきであり,申請があった場
合には,その許否や条件の通知を,原則として申請から24時間ないし
48時間程度の範囲で可能な限り早く行うことが必要であり,そのよう
な運用がなされていない場合には,少なくとも上記法令の適用上違憲の
問題が生じるというべきである。
本件においては,デモ実施日の17日前である8月25日から申請者
側において警察の窓口で協議を行っており,同月29日には許可申請を
行っている。したがって,本件においては,遅くとも9月1日頃までに
は許可及び条件付与に関する通知を行うことが可能であったはずであ
る。しかるに,協議後17日,申請から11日が経過し,デモ実施予定
日の2日前となった時期になって,条件を付した許可を行ったことは,
本件デモ参加者や参加しようとした人々のデモ行進の自由を事実上侵害
したものといわざるを得ない。
エ
申立人に対するコース変更の理由開示について
本件コース変更の措置は,申立人に対する不利益処分であることから
して,その理由の開示は具体的かつ明確なものでなければならない。申
請のコースでデモ行進が行われた場合,どのような「公共の秩序」を害
するか,すなわち具体的な交通秩序に重大な影響を及ぼすものであるか
が,明らかにされていなければならない。しかし,本件においては,単
に,過去のデモ行進において,
「進路周辺の交通秩序に重大な支障が生じ
た」という漠然不明確なものであり,具体的な理由の開示が行われてい
ない。このような漠然不明確な理由での条件の変更は,今後デモ行進を
13
行うとする申立人らを含む市民の予測可能性を妨げ,萎縮的な効果を与
えて本件デモ行進の許可申請者や市民の権利を侵害している。
②
小括
以上のとおり,本件では,条件付許可という東京都公安条例の適用にお
いて,コース変更が必要な具体的かつ合理的な理由が認められないにもか
かわらず,デモ行進の同一性をも実質的に失わせるともいい得るような集
合・解散地点の変更,その他のコース変更という条件を付したこと,しか
も,コース変更等の条件を付した許可の通知をデモ行進の直前になって行
い,そのコース変更の条件を付した具体的理由の明示も行われていないこ
とは,憲法21条によって保障される申立人を含むデモ参加者のデモ行進
の自由を侵害したと評価できる。
したがって,東京都公安委員会の上記措置は,本件デモ行進の申請者や
参加者の表現の自由という重要な人権等を侵害しており,東京都公安委員
会に対し,前記のとおり警告を行うべきと考える。
3
過剰警備の人権侵害性
(1)警備についての憲法上の原則
警察活動については,基本的人権の擁護のために,比例原則の適用が憲法
13条から導かれる憲法上の原則として認められており,単に刑罰の制限と
いう刑事処分上においてのみならず,権利・自由の制限一般に及ぶ警察活動
全般においてこの原則が妥当する。すなわち,比例原則は,権利・自由を制
限する権力活動において,その権力活動が濫用にわたることを防止し,その
限界を設定するために認められた原則であり,立憲主義の重要な要素をなす。
この比例原則の適用にあたっては,当該権利・自由の制限について,①目的
が正当なものであるか,②目的達成のために規制手段が必要なものであるか,
③規制によって得られる利益とこれによって侵害される権利・利益が均衡し
ているかが常に吟味されなければならないとされている。特に,本件のよう
に憲法21条の表現の自由が問題となるような場合には,表現の自由が立憲
民主制の維持の根幹に関わる権利であることから,比例原則も厳格に適用さ
れなければならない。
(2) 本件デモの際の警備状況と人権侵害性
①
本件デモの警備状況
Y氏陳述書及び録画DVDに録画された本件デモの様子等によれば,本
件の警備状況については,特に,デモ行進を分断させる措置をとり,更に
は,デモ行進について,その周囲を取り巻く等のいわゆるサンドイッチ規
14
制が行われたことが認められる。このような状態の中で,デモ行進が分断
され,また参加者と沿道の公衆の分断が図られ,沿道の公衆にはデモ行進
の主張が十分に伝わらず,また,そのものものしい警備によって,沿道の
公衆には本件デモに対する畏怖心や警戒心すら抱かせるおそれがあった。
更には,デモ参加者が集団から離脱することさえも困難な状況となったと
判断できる。
②
本件の警備状況の人権侵害性について
表現の自由は,極力尊重すべきことはいうまでもないところであり,更
に,その規制については,厳格な比例原則によるべきであることは前述の
とおりである。本件の警備状況を判断するに,過去に行われた高円寺や新
宿での同種のデモは平穏に行われたこと,本件デモの参加者が老人や車い
すの障害者,子どもも含めた市民が参加するものであること等から,概し
て平穏なデモ行進であることが予想でき,公衆に危険を及ぼすような態様
は予想しがたいものであった。このようなデモ行進に対して,前記認定の
ような規制行動をとることは,デモ参加者以外の者の通行の安全の確保等
という警備の目的との関係において,著しく均衡を欠いていると判断でき,
本件警備は過剰であった。
したがって,本件警備は過剰であり,憲法上の立憲主義の要請としての
比例原則に著しく反し,申立人らの表現の自由を侵害したと判断せざるを
得ない。
4
本件逮捕行為の人権侵害性
(1) 不当逮捕行為の存在
本件については,申立人らが撮影した映像がDVDに録画されている録画
の中には,前述の防護服姿の人物に対する逮捕行為(以下「本件逮捕行為」
という。)が録画されており,その状況は第5の1(4)の事実認定のとおりで
ある。
前記事実認定によると,防護服姿の人物は,沿道でデモに対してマイクを
使って反対の意思表明をしていた者に近づこうとしたところ,間に入った警
察官と接触し,警察官に押し戻されつつ反対者にジャンプしてアピールする
行為をしていたが,警察官に押し戻され後退をしていき,そこで警察官の指
導に従って立ち止まったことがうかがえる。そして,一呼吸あったのちに,
反対者から警察官に対する「税金を払っているんだぞ,逮捕しろ。」との掛け
声があった後,警察官がいきなり逮捕行為に及んでいる。この一連の動きを
見ると,防護服姿の人物が警察官に対して暴行に及んだとは認めがたい。
15
なお,録画DVDの後半には,防護服姿の人物と付き添いの女性とのイン
タビューが収録されており(このインタビューの時には,当該人物は防護服
姿ではなく,また,外国人であることがわかる。),その女性は「(防護服姿の
人物は)警察官が押してきたので押し返したら逮捕された」と述べている。
しかし,逮捕時の映像には,その女性の発言にかかわらず,防護服姿の人物
が,ジャンプして反対者にアピールする様子と,警察官の指導に従って後退
する様子が映し出されている。
この防護服姿の人物は,デモへの反対者との間に入った警察と接触した後,
警察官の指導に従って後退しているから,その指導に従っているのであり,
これら一連の行動を見ると,防護服姿の人物が公務の執行を妨害していると
は評価しがたい。
以上によると,逮捕時に,防護服姿の人物による,現に警察官に対する積
極的な有形力の行使があったとは認めがたい。また,防護服姿の人物と警察
官の間で接触があったとしても,デモ行進において,警備を行う警察との接
触は一定の場面では避けられず,その一時の接触を捉えて公務の執行を妨害
しているとして形式的に現行犯逮捕を行うことは,デモ行進が表現の自由に
よって保障されるものであり,逮捕による表現行為に対する萎縮効果が大き
いことに鑑みれば慎重であるべきである。
以上を前提とすれば,本件逮捕行為は過剰な警察権の行使として明らかに
不当な逮捕行為というほかない。このような逮捕行為は,逮捕者に対する人
権侵害であるとともに,本件デモの主催者のデモ行進の自由を侵害し,ひい
ては,申立人のデモ行進の自由のという人権を侵害していると評価せざるを
得ない。
(2) その他の逮捕者について
その他の本件デモにおける逮捕行為については,当委員会としても調査を
進めたが,被逮捕者が,本件逮捕によって平穏な日常生活を送れなかったこ
とから,静かにしておいてほしいという希望が強く,各々に当たって調査す
ることができなかった。したがって,当委員会としては,その他の被逮捕者
については,個々の状況を全て把握することはできない。しかし,第1に,
本件逮捕について,逮捕された12名のうち6名については勾留請求が行わ
れず,残り6名については勾留請求は行われたものの1名は却下され,残り
5名についても処分保留により釈放されている。結局,逮捕・勾留に引き続
いて起訴された者は皆無である。第2に,(1)で述べたように,公務の執行を
妨害していないと評価できる者に対して,いきなり制圧行為に及んでいる事
16
実が存在している。以上の事実を総合的に勘案すると,本件デモにおける1
2人に及ぶ逮捕行為は,その全てについて適法性が疑われる。
また,このような逮捕が行われたことにより,今回のデモ参加者や一般市
民は,自分が逮捕されることをおそれ,同種のデモには参加したくないとい
う心理状況に陥る可能性が高いことは明らかである。デモ行進は,多数の参
加者が行進その他の一体的行動によってその共通の主張,要求,観念等を一
般市民等に強く印象付けるために行う表現行為であることからすれば,デモ
行進への参加者が減ることは,そのような印象付けが弱まること,すなわち
表現行為としての効果が低下することであるから,本件逮捕は,表現の自由
を委縮させる効果を生じさせる。
12名に及ぶ多数の者を逮捕した行為は,防護服姿の人物に対する明らか
な不当逮捕の存在と併せて,全体として申立人及び本件デモ参加者や市民の
デモ行進の自由を侵害し,又は侵害するおそれが極めて強いものというべき
である。
第6
まとめ
以上のとおり,本件デモについては,許可申請に対する東京都公安条例の適用
の点で,本件デモの集合地点と解散地点の変更を含むコース変更の条件を付し,
デモ行進の同一性を実質的に失わせるほどの強い規制を,具体的かつ合理的な理
由のないままに行ったものであった。更に,デモ実施の17日前から協議が行わ
れ,13日前に行われた許可申請に対して2日前に上記の条件を付加した許可を
デモ主催者に通知したことは,デモ参加希望者の参加の機会を実質的に奪うこと
となる可能性のあるものであり,条件付加の理由を具体的に示さなかったことは,
本件デモ申請者ら市民に萎縮効果をもたらすものであった。このように,本件デ
モの許可申請にかかる東京都公安委員会の条件付許可の処分は,違憲であり,本
件デモ申請者ら,デモ参加者等のデモ行進を行う自由を侵害したものである。
更に,本件デモ当日の警備のあり方は,比例原則を順守しない,過剰な警備で
あったと評価でき,結局,本件デモ申請人である申立人及び本件デモ参加者のデ
モ行進の自由という人権を侵害した。
また,本件デモに際しての逮捕行為についても,防護服姿の人物の逮捕は不当
な逮捕であり,当該逮捕を含む多数の逮捕行為についても,その後の勾留及び不
起訴の経過を見ると,全体としてその適法性につき疑義があり,デモ参加者を威
圧して委縮させる効果を及ぼすものとして,申立人及びデモ参加者や市民のデモ
行進の自由という人権を侵害し,又は侵害するおそれの極めて強いものであった。
17
よって,警視総監に対しては,別紙警告書記載のとおり警告するのが相当であり,
東京都公安委員会委員長に対しては別紙警告及び要望書記載のとおり警告・要望
するのが相当である。
以上
18
別紙4
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