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就学前児童による描画プランニングの発達 ―平面における構成手がかり

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就学前児童による描画プランニングの発達 ―平面における構成手がかり
就学前児童による描画プランニングの発達
-平面における構成手がかりとスペースの観点から-
心理教育実践専修 修教 09-010
進藤将敏
問題
就学前児童は,知覚した対象が何(what)であるのかを表現するため,その対象の形態
や性質に関する特性を積極的に描く(Freeman, 1980)。本研究では,そのような描画を「対
象特性に基づく描画」と見なす。それだけでなく,幼児期後半になると対象が観察位置か
らどのような(how)向きで見えるのかについて描くことも,文脈によっては可能となる
(Picard & Durand, 2005)。この発達的な描画をするためには,空間内での対象の向きに注
意を向ける必要があり,本研究では「空間特性に基づく描画」として定義する。
上記の文脈依存的な描画図式(対象特性 vs. 空間特性)の決定(depiction decision)には,
視知覚による対象分析(visual analysis)が主に関与している(van Sommers, 1989)。とこ
ろが,実際に対象を見て描く過程では,対象をどのように知覚するかだけでなく,それを
どうすれば平面に描けるのかという「知覚と平面」を対応付けるプランニングが想定され
るだろう。最近ではそのような描画プランニングの発達に,平面における「構成手がかり
(描かれた“跡”)」と「スペース(余白)」の要因が関わることが示唆された(Bouaziz
& Magnan, 2007)。
そこで本研究では,就学前児童による描画プランニングの発達を捉える目的から,平面
における「構成手がかり」と「スペース」の要因に光を当てる。そして,それらの平面上
の要因が知覚(実際の見え)との対応を通じ,就学前児童の描画プランニングに関与する
こと,さらに,それらの要因が平面上で競合する中,対象特性あるいは空間特性に基づく
描画プランニングのうち,どちらが形成されるのかを検証したい。
実験Ⅰ
はじめに,「構成手がかり」の要因が描画プランニングへ関与することを確認する。こ
こでは,遠近感を表す手がかり(輻輳)を記した条件(輻輳有り条件)と,何も記さない
条件(輻輳無し条件)を設定し,奥行配置した 2 つの球体(共に同じ大きさ)を描く課題
を実施する。幼児期後半の子ども達は平面に記された手がかりによって,観察位置からの
視点を強調した描画をすると推察される(岩木・吉田・中村, 2003)。よって,幼児期後半
に該当する年長児で,手がかり(輻輳)を利用した空間特性へ捉え直した描画(2 つの球
は見かけ上,手前が大きく後ろが小さいという遠近描き分け)
が予想されるだろう(仮説)
。
方法
参加者 輻輳有り・無しの各条件へランダムに参加者を割り付けた。参加者は幼稚園の
年中児 39 名(輻輳無し 19 名,輻輳有り 20 名,平均 5 歳 3 ヶ月),年長児 44 名(輻輳無
し 20 名,輻輳有り 24 名,平均 6 歳 3 ヶ月),大学生 31 名(輻輳無し 15 名,輻輳有り 16
名,平均 20 歳 5 ヶ月)である。
刺激・装置 2 つの球体模型(共に直径 7.5cm)を描画対象とした。それらは観察箱(H12cm
×W15cm×D135cm)の中に設置される。箱の床面には平行線が奥行方向へ引かれており,
それを箱の窓から単眼で覗くと輻輳の印象を受ける。
手続き 参加者には観察箱の窓から中を覗いてもらい,床面に示してある平行線を確認
させた。その後,輻輳有り条件のみ,窓から見える平行線の眺め,すなわち,輻輳が描か
れている用紙(A4 サイズ)を渡した。一方,輻輳無し条件には白紙を渡した。その後,両
条件共に 2 つの球が同じ大きさであることを確認させた後で,それらを窓がある側面から
それぞれ 20cm,123cm の距離で奥行配置した。この時,観察者の前額平行面上に投影され
る 2 つの球の理論的直径比は,手前:後ろ=6:1 となる。そして,配置後の見えを窓から
確認させ,渡された用紙にその見え通りに描くよう教示した。
結果と考察
描画データの測定としては,描かれた 1 つの球体領域の内接円と外接円の各々の直径を
求め,それらの平均を球の直径とした。そして手前の球の直径 D と後ろの球の直径 d の比
(D/d)を産出した。その結果,輻輳無し条件における 2 つの球の直径比平均は年中児,年
長児,大学生の順に 1.23(SD=0.41),1.26(0.35),2.21(0.53)であり,輻輳有り条件
では順に 1.61(0.35),4.43(2.40),4.22(1.24)であった。分散分析(年齢×条件)の
結果,年齢と条件それぞれの主効果,及び交互作用が有意(いずれも p<.01)であり,年
齢の単純主効果では,年長児と大学生が有意(共に p<.01)だった。このことから,年長
と大学生による描画は輻輳の影響を受けたと言えよう。また,条件の単純主効果では,輻
輳の有無の両方で有意差が示された(輻輳無し p<.05,輻輳有り p<.01)。特に輻輳有り条
件では,年中児と年長児の間,及び年中児と大学生との間で有意差が見られた(多重比較
の結果,共に p<.01)。つまり,年長児になると輻輳の手がかりを利用することで,大学
生と同程度に遠近を描き分けている。よって,仮説が支持された。
年長児になると,描画には視点を強調する目的があることを知識として備えており
(Bremner & Andreasen, 1997),そのような知識は文脈依存的に発揮される(DeLoache,
Miller, & Pierroutsakos, 1998)。それ故,文脈に応じて空間特性に基づく描画ができるのだ
と思われる。そして,球の遠近描き分けには,輻輳幅としてのスペースの広さに応じて球
の見えの大きさを対応付けて描くプランニングの発達が反映していたと推察されるだろう。
すると,年長児は対象の見え(知覚)とスペース(平面)との対応関係によって,対象特
性あるいは空間特性のいずれかに基づく描画プランニングを形成すると考えられる。
実験Ⅱ
知覚対象の見えと平面上のスペースに応じた描画プランニングの発達を仮定した場合,
構成手がかりとスペースの要因が平面上で競合する中,就学前児童の描画プランニングが
発達的影響によって変化することを検証する。そこで,手がかりの位置や大きさを変える
ことで,スペースの比を操作した条件を設定する。そして,就学前児童が対象の見えとス
ペースとの対応関係に応じて,対象特性あるいは空間特性に基づく描画プランニングのう
ち,どちらを形成するのかを検討したい。
方法
参加者 幼稚園の年中児 75 名(平均 5 歳 4 ヶ月),年長児 75 名(平均 6 歳 4 ヶ月),
大学生 60 名(平均 21 歳 5 ヶ月)
である。そして,各年齢群の参加者は 5 つの描画条件
(Figure
1)へ均等に参加できるよう割り付けられた。
刺激・装置 構成手がかり(楕円)を記した用紙(A4 サイズ)を 5 つの条件で提示する
(Figure 1)。この楕円は観察箱(Figure 2)の窓における視点②のコップ開口部,あるい
は視点③のコップ底面部のいずれかに解釈できる。視点②は見慣れたコップの眺めに近い
見えであり,開口部分が確認できることからもコップの形態を比較的よく表している。そ
こで視点②を「対象特性優位」な見えとする。また,視点③はコップの取っ手部分が正面
を向いており,且つ斜め下方から見上げるような「特殊な眺め」と言える。この描画図式
を形成するためには空間内のコップの向きへ注意を向ける必要があるだろう。そこで視点
③を「空間特性優位」な見えとする。各条件では,平面上のスペース比(楕円上方と下方
の余白の比)を,楕円の位置や大きさを変えることによって数量的に操作した(Figure 1)。
T・L 条件から B・L 条件にかけては楕円の位置によって,B・L 条件から B・S 条件にかけて
は楕円の大きさによってスペース比が操作されている。コップの見えとスペースとの対応
関係は以下のようになる。T・L 条件及び M・L 条件のスペース比は視点②の見えと対応し,
M・L 条件に関しては視点③の見えとも対応する。また,B・L 条件と B・M 条件は視点③の
み対応し,B・S 条件は視点②及び視点③と対応可能である。なお,楕円の大きさ L(長軸
12cm,短軸 3cm)に対し,M,S はそれぞれ 2/3,1/3 スケールとした。
視点①
T・L
M・L
B・L
B・M
B・S
視点②
視点③
(位置・大きさ)
Figure 1
描画条件(楕円を記した用紙)
Figure 2
観察箱とコップの見え
手続き 参加者は最初に視点①を覗く。続いて視点②,視点③(または視点③,視点②)
の順で覗く。次に実験者は各条件に割り当てた参加者へ条件に応じた用紙(Figure 1)を提
示する。この時,用紙の向きは固定するよう伝える。そして,用紙に記された楕円が実験
者によって描かれたコップの表現の一部であることを説明し,それがどの窓から描かれた
と思うかを探し,その続きを描くよう教示した。
実験仮説 楕円が手がかりとして関与しない場合は視点①(コップの典型)が描かれる
と予想される。実験Ⅰの結果より,この反応は年中児で見られるだろう。一方,手がかり
が関与する場合は,窓から眺めたコップを視点固定的に描く描画が期待される。実験Ⅰよ
り,その反応は年長児で予想される。この時,楕円はコップ開口部(視点②)か,底面部
(視点③)として解釈されるだろう(Figure 2)。そして,対象の見えとスペースの関係に
応じた描画プランニングを仮定すると,年長児の描画プランニングは,各条件で以下の発
達的影響を受けると予想される。まず,コップの見えと楕円の大きさとの関係から,T・L
条件では楕円下方スペースに視点②が描かれるだろう。また,就学前児童の描画は本来,
対象特性に基づいて描かれ易い(Freeman, 1980)ことから,M・L 条件においても,視点
②が予想される。そして,文脈によっては空間特性的に描くことも可能(Picard & Durand,
2005)なことから,B・L 条件になると,視点③へ捉え直した描画が予想される。また,B・
M 条件は,視点③の見えだけが対応する条件(Figure 1)だが,楕円がより小さくなったこ
とで,視点②を描くためのスペースの自由度が B・L 条件よりも高い。知覚対象が対象特
性的に描かれ易い(Freeman, 1980)ことを踏まえると,B・M 条件では視点③の他に,視
点②の反応も見られ始めるだろう。すなわち,視点③と視点②が同程度の割合で描かれる
だろう。そして,B・S 条件になると,楕円下方のスペース比が視点②(対象特性優位)の
見えと物理的に対応可能となる(Figure 1)。その条件下では,視点②の描画が優勢になる
と予想される。
結果と考察
描画表現の分類基準(コップの片側に取っ手を描いた場合を視点①,楕円下方へコップ
の側面領域のみ描いた場合を視点②,楕円上方へコップの側面領域を描き,且つその内側
に取っ手領域を描いたものを視点③)に基づき,各条件で描かれた視点及びその人数割合
を年齢別に算出した。
その結果,年中児は全ての条件において,他の年齢群よりもコップの典型的見え(視点
①)を多く描いた。特に年中児が描いた視点①のうち,楕円とコップ領域を分離させた描
画が 84%(49/58 名)を占めた。したがって,楕円が手がかりとして関与しない場合は視
点①(典型的向き)が描かれる,という仮説が支持された。一方,年長児になると楕円を
平面上方,及び中央に配置した T・L 条件,M・L 条件で視点②の描画が年中児よりも有意
に多く(p<.05)認められた。特に楕円を中央に配置した M・L 条件の結果は,対象特性的
な描画が支配的であることを示している。そして,楕円を平面下方へ配置した B・L 条件
になると,年長児の視点③の描画が年中児よりも有意に増加(p<.01)した。つまり,楕円
の位置関係だけでスペースを操作した条件を通じて,対象特性優位から空間特性優位の描
画へのシフトが年長児になって示されたと言えよう。この発達は,幼児期後半における表
象操作の柔軟性(representational flexibility: Karmiloff-Smith, 1990)と関係するだろう。以上
の反応傾向は大学生も同様だった。また,B・M 条件では,年長児の視点②と視点③の描
画間に有意差が見られなかった。つまり,楕円を小さくし,楕円下方のスペースへ描く自
由度を高くすると,本来支配的である対象特性的な描画(視点②)が見られ始めた。それ
故,空間特性的な描画(視点③)の優位性が減じられたと考えられる。以上の年長児の結
果から,T・L 条件から B・M 条件にかけての仮説が支持された。なお,B・M 条件の大学
生は視点②よりも視点③を有意に多く(p<.05)描いた。これには,見積もった見えの大き
さをより正確に平面へ対応付けたことが反映していたと考えられるだろう。
ところで,年長児の B・S 条件の結果は予想に反し,B・M 条件と同様の結果となった。
すなわち,年長児による視点②と視点③の描画間には有意差が無かった。対象特性的な描
画が支配的であることを考えれば,それを描くための物理的なスペースが確保された文脈
では,視点②の描画が顕著になると予想された。しかし,その仮説は支持されなかった。
確かに,年長児の描画プランニングは,視点②の見えに対応付けて描ける文脈ではその図
式に影響され易いが,単純にそれだけに支配されるとは言い切れない。むしろ B・S 条件
で視点③が描かれた背景には,平面全体を眺めた際,より広い楕円上方スペースの位置へ
注意を向けたことが関与したのかもしれない。これは,大学生が年長児よりも視点③の描
画を有意に多く(p<.05)描いたことからも示唆される。
以上より,就学前児童の描画プランニングとしては対象特性に基づく表象が支配的だが,
対象の見えとスペースとの対応関係によっては,空間特性に基づく描画プランニングが形
成されると言える。さらに,本研究では,就学前児童が平面全体におけるスペースの位置
へ注意を向けたプランニングをする可能性が示唆された。
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