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第4章 観光地としての関西の魅力から見た 観光戦略のあり方

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第4章 観光地としての関西の魅力から見た 観光戦略のあり方
第4章
観光地としての関西の魅力から見た
観光戦略のあり方
はじめに
関西を2府4県 1 とすると、総面積は 27,334 km 2 、このうち人の住める可住地面
積だけでも 7,841 km 2 あり、さらに人口規模は、2 億 899 万 9,000 人 2 である。この
ように広い関西地域は、面積的にも人口で見ても、一つの観光地や観光スポットと
呼べるものではなく、観光地の集合体と考えるべきであろう。また、その人口密度
を考えると、可住地当たりの人口密度は 2,665 人/km 2 で、この地域は人口密集地 3
でもあることが明らかである。このような関西地域の観光戦略を考えるときには、
数多くの観光地が存在することと多くの人々が暮らしている地域であることを同時
に考慮しなければならない。
1つの参考にすべき研究は、日本全体での観光戦略であろう。近年、国土交通省
を中心に、国土交通省(2002)、観光立国懇談会(2003)や観光立国推進戦略会議(2004)
などの報告書が、毎年のように発表されている。これらの報告書では、
「いかに観光
を振興するのか」といった問題に対する解答として、現状に関する検討と具体的な
観光振興のための提言や施策の提案が行われてきた。しかし、その提言や提案は、
直接的に国内外の観光客を増やすことを目的としており、個々の観光スポットや観
光地にいかに多くの観光客を呼ぶのかといったものが主であった。言い換えれば、
これらの報告書において、個々の観光スポットや観光地の振興の延長線上に日本全
体の観光立国があるという視点が、共通の考え方としてであったと考えられる。も
ちろん、具体的な観光戦略や施策については、これらの報告書に書かれている提言
や提案等が参考になることは間違いない。しかしながら、関西地域の観光戦略を考
える上では、この地域の特徴である人口密集地でという要素を考慮した観光戦略を
検討することが重要である。
これと同時に、本章では、関西地域をある程度閉じた地域 4 に、複数の観光スポッ
トや観光地が存在する地域と捉えて観光戦略を考えることにする。これは、多くの
町づくりに関する書籍、例えば全国町並み保存連盟編著(1999)、都市観光でまちづ
くり編集委員会編(2003)や法政大学大学院エコ地域デザイン研究所編(2004)などが
1
2府4県とは、大阪府、京都府、滋賀県、兵庫県、奈良県、和歌山県である。
面積、人口ともに 2003 年の数値である。
3
人口密度は 765 人/km 2 であるが、可住地当たりの人口密度は、2,665 人/km 2 は、
関東1都6県(東京都、神奈川県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県)の
2,409 人/km 2 よりも高い数字である。(2003 年の数値)
4
ここである程度閉じた地域というのは、観光客は域外から来るが、域内の住民
は域内でのみ移住可能であり、他の地域に追い出してしまうことができない、とい
う意味である程度閉じている、という意味で使っている。ただし、域外からの移住
者は可能であると考えてもよい。
2
107
想 定 す る「ま ち」 の 規 模 よ り も 大 き な 地 域 で あ る 。 こ の 地 域 に 、 比 較 的 狭 い 地 域 を
対 象 と し た 町 づ く り の 手 法 や 、ア ー バ ン ツ ー リ ズ ム 5の考え方を単純に適用して観光
戦略を 立 て て よ い か ど う か に つ い て は 、 い く つ か 検 討 す べ き 問 題 が あ る 。
このように観光地あるいは観光地の集合体としての関西地域の観光戦略を考える
にあたって、関西地域の持っている広さや人口密度といった社会経済的な特徴を考
慮することが必要である。言い換えれば、単純に個々の観光スポットや観光地の観
光振興を考えるのではなく、観光地の集合体としてどのような視点から観光戦略を
考えるべきか、ということが検討されなければならない。
一 方 、 第 2 章 で 行 っ た「観 光 地 と し て の 関 西 の 魅 力 度 に 関 す る 調 査」 の結果から
は 、 観 光 地 の 集 合 体 と し ての 関 西 地 域 は 、 歴 史 的 な 建 物 や 町 並 み が そ の 魅 力 の 最 も
重 要 な 要 素 で あ る こ と が わ か っ た 。歴 史 的 な 建 物 や 町 並 み は 、関 西 地 域 に お い て は 、
その多くが都市部に存在しており、人口の密集地における観光戦略という要素が、
依然として重要なポイントではあるが、一般の観光地の持つ魅力である自然の景観
も、それに次ぐ重要な魅力であることも明らかとなっており、都市観光だけが関西
地域への観光ではないことも明らかである。この他に明らかとなった観光地として
の魅力度や、国内と海外での魅力の認識の違いも、観光政策を立てる上で重要な情
報である。このよ う な 結 果 を も と に 、 評 価 の 定 ま っ て い る 既 存 の 観 光 ス ポ ッ ト や 観
光地がどのように連携すれば、関西地域の観光地の集合体としての魅力を高めるこ
とがで きる の だ ろ う か 。 個 々 の 観 光 ス ポ ッ ト や 観 光 地 、 地 方 自 治 体 が 連 携 し て 観 光
戦 略 を 立 て て 観 光 を 振 興 す れ ば 、 さらな る 観 光 需 要 を 発 生 さ せ る こ と が 可 能 と な る
と考えられる。しかしながら、実際には観光戦略における連携を妨げるさまざまな
問題が存在しており、この問題を解決する方向性すら、ほとんど明らかとなってい
ないのが現状である。
本章 で は 、 具 体 的 に は 、 次 の 2 節 で 、 関 西 地 域 の 広 さ に 注 目 し て 、町 づ く り と し
て提案されてきた多くの観光振興のための手法と観光戦略の関係について検討する。
また3節で、観光戦略における連携のために、現状ではどのようなことが考えられ
るのか、関西の持つ魅力を最大限に利用するための方向性について検討する。最後
の4節は、検討できなかった問題を含め、この章のまとめとする。
第1節
町づくりと観光戦略
観光立国懇談会(2003)の副題でもある 「住 ん で よ し 、 訪 れ て よ し 」の 町 で あ る と
か国であるといった考え方は、もちろん理想的な考え方であり、何の犠牲も払わず
達 成 で き る の で あ れ ば 、 大 変 すば ら し い こ と で あ る 。 町 づ く り を 通 じ て 観 光 産 業 も
振 興 し よ う と い う 考 え の 下 に 全 国 町 並 み 保 存 連 盟 編 著(1999) や都市観光でまちづく
り 編 集 委 員 会 編(2003) に は 、 さ ま ざ ま な 活 動 や 政 策 が 紹 介 さ れ て い る 。 し か し な が
ら、「住 ん で よ し 、 訪 れ て よ し」と い う こ と に 関 連 し て 一 点 注 意 す べ き こ と が あ る 。
5
ア ー バ ン ツ ー リ ズ ム に つ い て は 、 淡 野(2004) 、Page and Hall (2003) や
Shelby(2004) を 参 照 の こ と 。
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経済学の視点に立てば、
「住 ん で よ し 、 訪 れ て よ し」の地域は、その環境の良さから
地価が高い地域となっていなければならない。さらに地価の高騰は、その地域に住
む人々の稼得能力に応じた人口移動を発生させる、ということも経済学が示唆する
社会経 済的変化である 6。
このような経済学的視点に立てば、
「住んでよし、訪れてよし」の 町 づ く り と い う
観 光 戦 略 に つ い て は 、 大 き く 2つ の 疑 問 が 生 じ る 。 そ の 1つ 目 は 、 も し も 地 価 が 高
騰し人口移動が生じたときには、新たに来る人はどこから来るのか、出て行った人
はどこへ行くのか、といった疑問である。観光スポットや比較的狭い観光地という
開いた地域を考えれば、その地域に残った人々と新たに来た人々のことを考えれば
い い の か も し れ な い 7。しかし、関西地域全体を考えると、域内での人口移動の問題
と し て と ら え る べ き で あ り 、 ど の よ う な 地 域 に 移動 す る の か と い っ た 問 題 が 重 要 と
なってくる 8。この問題に関連して、町づくりの手法として、人口を移動させないと
い う 考 え 方 と 、 人 口 を 移 動 さ せ る べ き で あ る と い う 考 え 方 の2 つ の 異 な っ た 考 え 方
が存在しているように見受けられる。前者の考え方に立つのが、全国町並み保存連
盟編著(1999) や 都 市 観 光 で ま ち づ く り 編 集 委 員 会 編(2003)の著者の方々のようであ
る、後者の考え方に立つのはイタリアの事例をもとに町づくりについて述べている
宗田(2000) 9である。このどちらの考え方が、より適切なのかといった問題が 2つ目
の疑問である。
これらの2 つ の 疑 問 に 関 す る 答 え は 、 実 際 の 町 づ く り を 考 え る 上 で は 複 雑 に 絡 み
合っており、2つ の 問 題 を 同 時 に 考 察 す る 必 要 が あ る 。も し も 歴 史 的 な 建 物 や 景 観 、
住民の居住地の移動が費用も無くスムーズに行われるのであれば、町は瞬時にその
経済学的な価値に 基づ い て 地 価 が 決 定 さ れ 、 そ の 地 域 の 住 民 の 所 得 階 層 に 応 じ た 町
並みが形成されるかも知れない。しかしながら、実際には住民が移動するには費用
がかかり、町 が 都 心 か ら 郊 外 へ 広 が る の と 同 時 に 、住 民 の 移 動 が 徐 々 に 生 じ て い る 。
ま た 公 共 財 的 な 要 素 の 高 い 歴 史 的 な 建 物 や 景 観 は 「入 会 地 の 悲 劇」 10と 呼 ば れ る 市
場メカニズムでは解決し得ない問題に直面しているにもかかわらず、住民の移動が
緩慢なため、瞬時にして消滅するわけでもなく、徐々にしか姿を変えないことが、
「町 並 み や 景 観 の 保 存」 と い う 住 民 の 運 動 を 生 む1 つ の 要 因 と な っ て い る 。
住民が移動せず町並みを保存した日本の例も、住民が移動して町並みを整備した
イタリアの例も、住民の参加という要素が重要である事に変わりがない。しかし、
日本では住民が移動しない方が良く、イタリアでは住民が移動した方が上手くいっ
6
国内においても、地域の生活環境水準と地価の間には関連があるとする理論的
な 想 定 の も と に 多 く の 実 証 分 析 が 存 在 す る 。 た と え ば 、 加 藤(1991 、1996)は、地価
水 準 と 地 域 環 境 の 関 係 に も と づ い た 実 証 分 析 を 行 っ て い る 。さ ら に 赤 井・大竹(1995)
は、人口移動も考慮して、地価水準と地域環境に関する実証分析を行っている。
7
経済学の言うところの部分均衡の解である。
経済学的に言えば、一般均衡的な考え方と言える。
9
チェルベッラーティ(1986)や 三 上 禮 次(1991) が 取 り 上 げ て い る ボ ロ ー ニ ャ の 事
例も参照のこと。
10
たとえば Jha(1998)pp.83-85 を 参 照 の こ と 。
8
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た 理 由 は 何 で あ ろ う か 。 そ の 理 由 の1つ は 、 土 地 の 所 有 者 が 持 つ 建 物を 建 て る 権 利
に対する社会的な意識 の違 い で あ ろ う 。 日 本 で は 、 原 則 的 に 土 地 利 用 に 関 す る 法 律
を守ればどのような建物を建てても良いという考え方が主流で、その地域の町並み
との調和といったことは土地所有者の自主性に任されている。このような状況の下
で町並みを維持しようとすれば、ある程度地縁によって結ばれた人々が、町並みに
対する理解を共有し、そのもとで町並みの保存や再構築を行ってゆくことが望まし
いのかもしれない。しかしながら、この手法にも条件があって、町並みが維持され
住みや すい 町 、 す な わ ち「住 ん で よ し 、 訪 れ て よ し 」の町とな っ た と き に 地 価 が 高
騰しても、従来の住民が住み続けられることである。言い換えれば、従来さほど地
価が高くなかった地域で、住環境が改善されてもそれほど地価が上昇しないような
地域にのみ、こ の 手 法 が 適 用 可 能 な の で は な い だ ろ う か 。イ タ リ ア で は 、宗田( 2000 )
によれば、日本とは異なり、土地の所有と土地の利用すなわちどのような建物を建
てるのかといった事柄は別であるという考えが強く、建物の変更には地域住民の同
意が必要という社会的な合意があり、地域住民が変わっても町並みが維持される、
あ る い は 町 並 み の 維 持 に 対 し て 理 解 の あ る 住 民が 移 動 し て く る 傾 向 に あ る 。 土 地 の
所有者が変わる理由としては、家賃の上限を決める法律が、建物を貸して活用する
よ り も 建 物 を 売 っ て し ま っ た 方が よ り 有 効 で あ る 状 況 を 作 りだ し て い た か ら で あ る
と考えられる。イタリアで取られた手法では、都心の地価が高騰しても、その地価
に耐えうる所有者、すなわち高付加価値の商品を売る商店等が新たに登場し、町並
み が 維 持 さ れ る 仕 組 み と な っ て い る 11。
関西地域において観光戦略を考えた場合、観光客の増加は京阪神の都心における
ホ テ ル 需 要 の 増 加 や 商 業 施 設 の 増 加 を 生 じ 、 都 心 を 中 心 と し た 地 価 の 高 騰 に つ なが
る と 考 え ら れ る 。 こ の よ う な 状 況 が 予 想 さ れ る 中 で 観 光 戦 略 を 考 え る と き に 、 第1
に、移動した住民はどこへ行くのか、また新たに移動してくる住民はどこから来る
のか、住民の移動は社会経済的な問題を生じないのか、といった視点を持つことが
重要である。また、第2の問題として、このような住民の移動が生じるときに、い
かにして歴史的な建物や町並みを維持してゆくのか、従来の緩やかな土地利用の慣
習をどのように変えてゆくべきなのかといった問題も、観光戦略を考える上で考慮
しておかなければならない問題である。
こ の よ う な 全 体 的 な 視 野 を 持っ て 観 光 戦 略 を 立 て な け れ ば 、 た と え 自 治 体 や 自 治
体の連携の下に観光戦略が立てられたとしても、それは一部の観光関連業者を利す
る の み で あ り 、 隠 れ た 所 得 再 分 配 政 策 に 過 ぎ な い 12。 ま た 関 西 地 域 に 住 む 住 民 に と
って支持されるものとはならないであろう。
この問題に関しては、現在のところどのような政策を採るべきかという解答はな
いが、経済学的には観光スポットを含んだ閉じた地域において、どのように観光地
へ の 訪 問 が 行 わ れ 、 ど の よ う に 住 民 が 所 得 階 層 や 職 業 に よ っ て 住 み わけ 、 都 市 や そ
11
ジ ェ ン ト リ フ ィ ケ ー シ ョ ン と 呼 ばれ る 現 象 で あ る 。
地価が高騰したときに、旧来の住民に補助金等を与え住み続けられるように政
策を行うことも、所得の再分配政策の一種である。
12
110
の 後 背 地 が 形 成 さ れ る の が 均 衡 で あ る の か を 理 論 的 に 検 討 すべ き で あ ろ う 。 さ ら に
進んで、複数の移動しない観光スポットがある場合には、どのような都市の分布を
生じるのかについて理論的な考察を進めてゆくことも重要である。このような理論
的な検討結果をもとに、住民の効用や生産の効率性について理論的な検討を行うこ
とが一方で必要である。また同時に、実際の関西地域の現状についての実証的な研
究をもとに、観光戦略とその結果生じると予測される社会経済的な変化についての
検討を行い、どのような戦略を採るべきかを決めなければならない。
第2節
観光戦略における連携のために
先にも述べたよ う に 、 関 西 地 域 は 広 い 面 積 を 有 し 、 そ の 中 に は 複 数 の 観 光 ス ポ ッ
トが存在し、観光地の集合体と考えることができる。単に複数の観光スポットがあ
るだけであれば、有限の観光客は、どのスポットを訪れるのか、スポットごとの魅
力をもとに選択するであろう。これを観光スポットの側から見れば、観光客の奪い
合いということになる。このような状況が、観光地の連携を阻害する要因である。
も し も 観 光 ス ポ ッ ト 間 に 補 完 的 な 関 係 、 例 え ば歴 史 的 な 関 連 性 が あ れ ば 、 ど ち ら か
一 方 の 観 光 ス ポ ッ ト を 訪 れ た 観 光 客 は 、も う 一 方 を 訪 れ る 傾 向 に あ る と 考 え ら れ る 。
テ ー マ 性を 持 っ た 、 と い う 形 容 が な さ れ る の が 、 こ の よ う な 関 係 で あ る 13。
第 2 章 で 行 っ た「 観 光 地 と し て の 関 西 の 魅 力 度 に 関 す る 調 査」 の 結 果 か ら 考 え ら
れ る 関 西 地 域 全 体 で の テ ー マ 性 と は 何 か 、そ の 源 泉 と な る の は 歴 史 的 な 背 景 で あ る 。
複 数 の 歴 史 的 な 建 物 や 景 観 を つな ぐ こ と が 、 テ ー マ 性 の あ る 観 光 プ ラ ン の 第1 であ
る 。 こ れ は 、 全 国 町 並 み 保 存 連 盟 編 著(1999) や 都 市 観 光 で ま ち づ く り 編 集 委 員 会 編
(2003) で 紹 介 さ れ て い る町づ く り の 考 え 方 か ら も 明 ら か で あ り 、 歴 史 的 な も の か ら
テ ー マ 性 の あ る も の を 探 し て ゆ く こ と に よ っ て 、 町 並 み の 保 存 や 再 構 築 を 提案 し て
い る 。 も ち ろ ん 、 こ の よ う な 観 光 プ ラ ン は 観 光 業 者 等 に よ っ て 作 成 さ れ 、実際に販
売 さ れ て い る も の で あ る 。さ らな る 組 み 合 わ せ は 、 テ ー マ で あ る 歴 史 的 な 背 景 に 関
連した自然景観の組み入れであろう。これらの具体的な組み合わせについては、研
究者よりも各旅行業者の 方が 詳 し く 、 そ ち ら に 任 せ る の が 効 率 的 で あ る 。
では観光スポットの組み合わせではなく観光戦略における連携あるいは連携可能
な環境とは、どのように考え ればよ いのであろうか。先 に 町 づ く り に は 住 民 参 加 が 、
13
関西地域への観光客の総数を増やすためには、関西地域の観光地の集合体とし
ての魅力度を高めることが必要であり、もちろん個々の観光スポットや観光地の魅
力を高めることが重要である。個々の観光スポットや観光地の魅力を高める方法の
手 が か り と し て は 、 国 土 交 通 省(2002) 、観光立国懇談会(2003) や 観 光 立 国 推 進 戦 略
会議(2004) な ど の 報 告 書 が 、 有 効 で あ る と 考 え ら れ る 。 ま た、 全 国 町 並 み 保 存 連 盟
編著(1999) や 都 市 観 光 で ま ち づ く り 編 集 委 員 会 編(2003) で 紹 介 さ れ て い る 町 づ く り
の手法も有効であると考えられる。この他にも、観光地の間をどのような交通手段
で 結 ぶ の が よ い の か と い っ た 交 通 の 問 題 に つ い て は 、Page(1999) などが参考になる
と考えられる。
111
日 本 で も イ タ リ ア で も 、 重 要 で あ る と い う 内 容 の こ と を 述 べ た が 、 大 き な 自治 体 や
複数の自治体に住む住民、まして関西地域全体で住民が参加して町づくりをするこ
とは、実際上不可能である。関西地域全体での観光戦略を考えるには、地域住民間
の連携をもとに自治体レベルでの観光戦略、さらにその自治体レベルの観光戦略を
も と に 関 西 地 域 全 体 の 観 光 戦 略 を 考 え る た め の 自 治 体 間 の 連 携 、な ど が 考 え ら れ る 。
自治体間の連携という問題を考えるときに手がかりとなる考え方は、地方財政に
お け る 租 税 競 争 の 問 題 14で あ る 。 も し も 各 自 治 体 が 自 由 に 課 税 し 、公 共 財 を 供 給 す
るならば、公共財の供給が過小になるというのが、この問題のメッセージである。
観光戦略を考えるときに問題となるのは、観光資源を持つ自治体と持たない自治体
があること、観光資源は互いに代替的ではなく補完的な要素を持っていること、観
光資源を有する自治体ですら観光資源について情報を充分持っていない可能性があ
ること、などの問題が考えられ、理論的に簡単に解答を得ることができない。情報
に 非 対 称 性 が な け れ ば 、 関 西 地 域 全 体 の 観 光 戦 略 は 、 関 西 地 域 を 統 括 す る 組 織 をつ
くり、 そ こ で 作 成 す る の が 、 最 も 簡 単 な 話 と な る 。 し か し なが ら 、 観 光 地 ベ ー ス の
統計1 つ 取 っ て も 、 自 治 体 ご と に そ の 内 容 が 異 な り 、 観 光 の 実 態 に つ い て の 情 報 す
ら共有されていないのが現状である。これはある意味では、情報の非対称性をわざ
と 生 じ さ せ 、 連 携 を 起 こ り に く く す る こ と に よ っ て 、 観 光 客 を 取 り 合 う 口 実 を つく
っているのかもしれない。
連携を起こりにくくしているのが情報の非対称性ならば、できうる限りその非対
称性をなくすことが肝心である。ここで最も重要なことは、各自治体が共通の情報
を発信することであろう。それも他の自治体との連携を促進するような情報を採り
発 信 す る こ と で あ る 。 具 体的 に は 、 観 光 客 の 入 込 調 査 に お い て 、で きれ ば 同 程 度 の
信頼性の維持された調査法で、少なくとも関西のどの地域あるいは観光スポットを
回 っ て 当 該 地 を 訪 れ た の か を 調 査 し 、 統 計 を 公 表 す べ き で あ る 15。 こ の 情 報 が あ れ
ば 、 斎 藤 他 の 一 連 の 研 究 ( 斎 藤 ・ 石 橋 ・ 王・ 栫井・ 中嶋 ・五十嵐:2002, 斎藤・石
橋・熊田:2001, 斎藤・栫 井・中嶋:2000 、 斎藤・中 嶋:2003、 斎藤・中嶋・栫 井:2001 、
斎藤・中 嶋・田 村・岩 見・王:2003 、 斎藤・山城:2001 、 斎藤・山城・栫井・中嶋:2003 )
をもとに、各観光地間の回遊行動 について推計することが可能となり、観光スポッ
ト 間 の 代 替 関 係 や 補 完 関 係 を 明 ら か に す る こ と がで きる 。 こ の よ う な 情 報 の 共 有 の
後、地域住民や自治体が連携できるかどうかを検討すべきであろう。もちろん補完
関係にある観光スポット間での連携という考え方は難しいかもしれないが、代替関
係にある地域と補完関係にある地域が複数存在することによって、連携による多様
な旅行プランが作成され、関西地域全体での観光産業の振興にプラスの効果が期待
できる。
14
15
堀場(1999)の 10 章を参照のこと。
もちろん中央政府や自治体の広域連携組織が、調査を行ってもよい。
112
まとめ
こ の 章 で は 、 関 西 地 域 の 広 さ と そ の 観 光 ス ポ ッ ト の多 さ と い う 点 に 関 連 し て 、大
きく2 つ の 問 題 を 取 り 上 げ た 。 そ の1つ 目 は 、 町 づ く り の 手 法 と 観 光 戦 略 の 関 係 で
ある。 2つ 目 の 問 題 は 、 観 光 戦 略 に お け る 連 携 を 妨 げ て い る 問 題 で あ る 。
町 づ く り と 観 光 戦 略 の 問 題 は 、 町 と い う 人 が 出 て 行 っ た り、 入 っ て 来 た り す る レ
ベルの地域での観光戦略は、その地域のことだけを考えていればよい。しかしなが
ら、関西地域という広い地域を考えた場合には、出て行った人がどこへ行くのか、
入ってくる人はどこから来るのか、といった問題を無視できない。この人口の移動
と い う 問 題 と 同 時 に 、 町 づ く り の 手 法 と し て 、 住 民 が 移 動 し な い よ う に す べ き なの
か、住民移動を促進すべきなのか、という問題が同時に存在する。前者の手法は日
本の事例があり、後者の手法についてはイタリアの事例が存在する。
この問題に対する本章の考え方は、関西地域において観光戦略を考えた場合、都
心を中心とした地価の高騰が人口移動を生じさせるのは必至であり、住民の移動が
どのような社会経済的な問題を生じるのかという視点を持つことが重要であること
を指摘した。また、住民の移動が生じるときに、観光資源である歴史的な建物や町
並みを保存するのかといった問題について、わが国の土地利用に関する従来の緩や
かな 慣 習 を ど の よ う に 変 え て ゆ く べ き な の か と い っ た 問 題 も 、 観 光 戦 略 を 考 え る 上
で 考 慮 し て お か な け れ ば な ら な い こ と も 指 摘 し てい る。
2つ 目 の 問 題 と し て 取 り 上 げ た 連 携 の 問 題 は 、実 際 に こ の 問 題 を 考 え る と き に は 、
観光資源を持つ自治体と持たない自治体があること、観光資源は互いに代替的では
なく補完的な要素を持っていること、観光資源を有する自治体ですら観光資源につ
いて情報を充分持っていない可能性があること、という問題が存在することを指摘
した。その上で、まず でき得 る 限 り 情 報 の 非 対 称 性 を な く す た め の 方 法 と し て 、 各
自治体が共通の情 報 を 発 信 す る こ と を 提 案 し た 。 具 体 的 に は 、 観 光 客 の 入 込 調 査 に
おいて同程度の信頼性の維持された調査法で、少なくとも関西のどの地域あるいは
観光スポットを回って当該地を訪れたのかを調査した統計の公表である。
最後に本章では取り上げなかったが、観光戦略を何のために作成するのかという
問題についても注意が必要である。自治体や公共の団体が観光戦略を策定するとき
に は 、 し ば し ば 観 光 客 を 増 や す た め の 戦 略 と な る こ と が 多 い 16。し か し な が ら 、 関
西地域は人口が密集する地域 であり、観光客が増えることは地域住民の効用にマイ
ナスの効果を与え る こ と も 考 え ら れ る 。 こ の よ う に 考 え る と 、Page and Hall (2003)
が 考 え る よ う な 、 観 光 客 の 管 理 と い う 発 想 も 重 要 か もし れ な い 。 こ の 問 題 は 、 法 政
大 学 大 学 院 エ コ 地 域 デ ザ イ ン 研 究 所 編(2004) に も 、 ベ ネ チ ア の 問 題 が 取 り 上 げ ら れ
ている。
16
中崎(2002)や 国 土 交 通 省 総 合 政 策 局 旅 行 振 興 課(2004) が取り上げる、観光の経
済 効 果 が 経 済 的 に は 最 も 重 要 であ る 。
113
<参考文献>
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