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歴史に溶け込む 「紬」と「蔵」のまち―結城

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歴史に溶け込む 「紬」と「蔵」のまち―結城
歴史に溶け込む
20 「紬」
と「蔵」のまち―結城
vol.
まちづくりアナリスト
松本あきら
茨城県結城市。結城は、紬で知られる伝統
開け、桑の生育に適して蚕産が盛んであった
と歴史のまちである。栃木県小山市から JR
ため、絹粗布が織られた。常陸国の特産物と
水戸線に乗り換えて1
0分。まちなかは、高度
して朝廷に上納されていたこの絹粗布が紬の
経済成長時代の残影を映すコンクリートの塊
ルーツと言われ、室町時代には、結城家から
が少し残るが、総じて小綺麗で長閑な街並み
幕府にも献上されたことから「結城紬」と呼
が続く。かつては県西随一の商業都市として
ばれるようになった。以後、多くの先達によ
栄えた時代の蔵造りの商家があちこちに残る。
り創意工夫が重ねられ、日本を代表する紬に
まちの歩みは、鎌倉時代、初代結城朝光が、
成長した。紬には、表面がふんわりとした平
源頼朝よりこの地を与えられたことに始まる。
織りとちりめん状の縮み織りがあるという。
以後、結城家・水野家の城下町として発展し
一反織り上げるのに約5
0日も要する糸つむぎ
てきた。現在も見世蔵や神社・寺社が点在し、
を始め、多くの工程と時間をかける結城紬は、
歴史の面影が残るまちである。そんな風土に
優れた機能性と深い味わいをわれわれに与え
溶け込む紬と蔵のまち「結城」の今をお伝え
てくれる。紬は、袖を通すごとに味わいが深
する。
まり、正しい手入れにより、親から子へ、子
から孫へと受け継がれるという。現在も昔か
紬(つむぎ)を織りなすまち
らの手作業での技法が脈々と守り継がれ、そ
全国にその名を知られる高級絹織物・結城
の高い品質は、和のステイタスとして不動の
紬。その歴史は奈良時代まで遡る。鬼怒川の
地位を築いた。そして、結城紬は、着物に限
清流をたたえる結城地方は、古代から農耕で
らず、バック、ネクタイ、財布、眼鏡ケース、
つむぎの館(全景)
蔵の街並み(奥順!)
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紬資料館「手緒里」
名刺入れなどの和の生活小物を生んでいる。
古民家を移築した紬陳列館(内部)
ているという。
結城紬は、昭和3
1年には国の重要無形文化
しかしながら、結城紬の生産高は、景気の
財、昭和5
2年には伝統工芸品に指定されてい
低迷や生活様式の洋装化に伴い、大きく減少
る。そんな結城紬の本物の素晴らしさを伝え
している。約2
5年前の昭和5
9年には2
1,
6
8
9反
る展示施設が「つむぎの館」である。つむぎ
あった生産高は、四半世紀後の平成2
0年には、
の館は、明治4
0年の創業以来、本場結城紬の
1/3以下に減少していると言う。多くの人に
製造卸問屋として地元で商いをしてきた奥順
着物を着る機会を提供し、本場結城紬の素晴
!がその想いを集約させた施設である。ホー
らしさを知って頂く取り組みに期待したい。
ムページによれば、奥順!は、
「結城紬」を
世界最高の絹織物として後世に伝承し、創る
人々と着る人々の間に立って、真の美を求め、
見世蔵巡り
歴史的な街並みを色濃く残す結城。市内に
そこに関わる全ての人の幸せを願い、誇りを
は、北関東の都市によく見られる様に、明治
持って歩んでいく企業であるという。
から昭和初期に建てられた蔵造りの建物(見
今も変わることのない技術と伝統、全行程
が手作業による高度な職人技術、そして、紬
の製造工程である「織り」や「染め」を実際
に体験して紬の素晴らしさを知っていただき
たいとの想いで、結城紬の全てを紹介してい
る。登録文化財5棟を有する敷地内に、資料
館「手緒里」
、草木染体験と機織り体験がで
きる織場館、豪壮な古民家を移築した紬陳列
館、小物のショップである「結の見世」など
を配する。また、ギャラリー&カフェ「壱の
蔵」も手掛けている。つむぎの館は、のんび
りと結城のまち巡りを楽しむ中心的な施設だ
が、最近は観光バスでの立ち寄り観光も増え
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登録文化財指定の建物案内
まちづくり診断の旅
世蔵)が多く残る。見世蔵とは、商いを営む
(ギャラリー&カフェ壱の蔵)
商店形式の蔵造りの建物で、結城でも江戸末
明治初期の見世蔵(登録文化財)を改装し
期から昭和初期にかけて有力な商人が建築し
たギャラリー&カフェ「壱の蔵」。蔵ならで
た。壮麗な鬼瓦を頂き、黒や濃茶を基調とし
はの重厚さと上品なインテリアが融合した和
た外観は重厚そのものである。現在、市内に
の空間が、非日常の寛ぎを与えてくれる素敵
は3
1棟の見世蔵が残り、1
5棟が国の登録文化
な場所だ。スタッフの応対も親切で、結城紬
財に指定され、建物の前には案内プレートが
や芸術作品を眺めながら、ゆったりとした時
設置されている。
間を過ごしたい。結城ならではの桑茶なども
文化財保護法に基づく登録文化財制度は、
ある。平成1
6年1
0月の開業以来、まち巡りの
緩やかな規制により、建造物を活用しながら
粋なお休み処として貴重な存在である。また、
保存を図る制度である。登録文化財は、5
0年
演奏会、講演会、作品展示会など市民と観光
以上経過していて、!国土の歴史的景観に寄
客が交流し、融合する場としても活用できる。
与しているもの
もの
"造形の規範になっている
#再現することが容易でないものとの
(あくとの里)
基準を満たすことが必要である。登録文化財
つむぎの館の近くには、見世蔵を保存活用
として結城らしい街並みを醸し出す建物を紹
した地産地消の農産物直売所「あくとの里」
介しよう。
がある。明治4
5年築の見世蔵は登録文化財に
カフェ壱の蔵
あくとの里の蕎麦
ギャラリー&カフェ壱の蔵
あくとの里
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駅前に建つ
市民情報センター
お洒落な結城駅
駅前の観光案内所
指定され、実に堂々の構えである。地元の農
久福」や地酒「武勇」を生みだした。ここは
事組合法人の直営店として、所有者から見世
内部の見学も可能である。
蔵を借用して平成2
1年秋にオープンした。市
内の契約農家から直送された地場産のレタス
や白菜、イチゴ、トマトなどの新鮮野菜の他、
結城観光物産センター
駅前の市民情報センター内にある観光物産
有機米、豆腐、味噌、醤油などが並ぶ。食事
館は、結城の観光情報の発信拠点と特産物を
処が併設され、二階の和室では、手打ちの蕎
展示販売するほか、ボランティアガイドによ
麦が楽しめる。天ざるが7
0
0円という良心的
る観光案内も行っている。ここには紬ととも
な価格で味も上々だ。
に結城の特産である桐たんす、桐下駄、桐の
小物入れなどの桐製品が並ぶ。
(結城酒造)
西町にある結城酒造は、安政6(1
8
5
9)年
食のまちづくり
の酒造鑑札を持つ老舗の酒蔵である。安政年
結城の食は、新鮮な野菜と果物に尽きる。
間と慶応年間に建てられた二棟の酒蔵と明治
秋から冬にかけては鍋物に欠かせない白菜。
3
6年築造と伝えられる高さ1
0!の煉瓦造の煙
筑波山を背景に広大な白菜畑が拡がる。また、
突は、登録文化財に指定され、昔ながらの酒
首都圏の生鮮野菜供給地として、白菜の他、
造りの伝統を脈々と守り続けた伝統を感じる。
レタス、きゅうり、なす、トマト、干瓢、と
敷地内の井戸水を使用し、酒米の代表とされ
うもろこしなども生産が盛んである。フルー
る山田錦を自家栽培しながら、酒造り、米づ
ツでは、豊水や幸水などすっかり高級果物に
くりを行ってきた。その日々の努力の積み重
なった梨の産地でもある。
ねが、辛口好きにはもってこいの大吟醸「富
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まちづくり診断の旅
まちづくりの処方箋
結城は、コンパクトで小綺麗、そして素朴さを備えたまちである。何といっても、駅前に市民情報センターが
ドーンと構え、図書館、多目的ホール、子育て支援センターなど市民の暮らしを支え、文化を発信する施設があ
るのは嬉しい。人口約5
2,
0
0
0人、四輪の自動車所有台数約4
3,
0
0
0台の町で、一日乗降客数約5,
0
0
0人の結城駅前
に市民の拠点施設を設けたまちづくりの哲学に敬服する。それだけ、結城はコンパクトシティであるということ
だろう。平成1
6年に開館したこの施設は、市民が自由に学び、楽しみ、交流して発表する場を多様に用意してい
る。また最上階には国内で3台しかないフローライトレンズを使用した天体ドームが設置されていて、無料で星
空観察が楽しめる。また、駅前にはレンタサイクルもあり、5
0
0円でまち巡りができるのも嬉しい。飛び込み取
材にも快く応じてくれた市役所の職員へのエールも兼ねて幾つかのまちづくり提案を行いたい。
#提案1
歴史的な町割を大切にしたまちづくり
結城は、都市計画道路を新設して旧来の町割を壊してきた都市と異なり、城下町としての町割が維持され、
辻や路地、神社や寺社が持つ原風景を大切にしてきた。多くの城下町は、政治経済の中心地であり続けたため、
自動車社会に対応した都市への改造を余儀なくされてきた。しかし、結城は、幸か不幸か、その圧力が小さか
ったため、あるいは先人の先見性により「町割の維持」という貴重な財産が今に残っている。この町割を大切に
して、蔵の活用など歴史を活かしたまちづくりを行うことこそ、まちの魅力化と元気アップに繋がると考える。
#提案2
和のまちづくりを進めよう
!着物で巡るまちづくり
「紬の着物でまち巡り」を恒常的なイベントにできないだろう
か。現在は、年1回、秋の2日間、先着5
0名限定で着物を着て結
城のまちを歩く「きもの day 結城(着付料込3,
0
0
0円)
」を行っ
ているが、紬の素晴らしさをもっと実感してもらうため、和のイ
ベントとして充実させたい。また、ちょっと贅沢かもしれないが、
紬を羽織って仕事をする日を設けたり、着物で歩く観光客には、
ユニークな特典をプレゼントしたり、和の生活スタイルを発信す
るまちづくりをしたらどうだろう。
紬の着物でまち歩き(観光協会 HP より)
"暖簾で素敵なまちづくり
結城のまちを歩くと、暖簾が街並みに彩りを添えている。紬の問屋、醤油醸造の商家、呉服屋などの風格
ある暖簾が風情ある街並み景観を演出している。金沢の英町商店街では、伝統的な暖簾を店頭に出すまちづ
くりルールを定めている。和の伝統を持つ結城だから、暖簾で素敵なまちづくりを思い切り進めることを提
案したい
#提案3
地産地食のまちづくり
結城は、地産地食のまちづくりの好適地である。ベジタブルコミュニティ(地場産の新鮮野菜や果物を媒介
にした地域づくり)に本格的に取り組みたい。まちなかにある蔵を活用して、野菜ソムリエによる「野菜コン
ビニ」や「ファーマーズマーケット」を展開することをお薦めする。
「旬の野菜」を食する魅力的な空間が提
案できる筈だ。
「旬の地元野菜」の持つ可能性を追求し、生産者と消費者の交流と食の情報発信を図りながら、
地域を元気にする試みに挑戦したい。豊かな緑、美味しい食べ物,そして温かい人々により、地産地食を楽し
むまち「結城」に高めたい。
結城は、鬼怒川の清らかな流れのもと、筑波山と日光連山の二つの山なみを望む風情豊かなまちである。最近
は、河川の流域単位でまちづくりを捉えることも盛んになりつつある。結城も茨城県という枠を超えた文化圏で
まちづくりを考える必要がある。そうした文化的風土を背景にして、地場産業である「紬」と「蔵の街並み」が
融け込み、新しい活力が醸し出されることを切に願いたい。
(取材協力
結城市・結城市観光協会)
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