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和紙と有機農業のまち ―小川町

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和紙と有機農業のまち ―小川町
vol.29
和紙と有機農業のまち
―小川町
まちづくりアナリスト
池袋から東武東上線の急行で7
0分。周囲を
外秩父の山々に囲まれ、まちの中央に清流「槻
川(つきがわ)
」が流れる伝統と文化のまち
埼玉県「小川町」
。
1
3
0
0年の歴史を誇る小川和紙を始め、酒造、
工芸建具、絹織物などの伝統産業で栄え「武
蔵の小京都」と呼ばれてきた。最近は、有機
農業のまちでも知られる。まちは盆地のため、
コンパクトで居心地がよい。まちなかには歴
史を偲ばせる史跡や蔵の街並みが随所に残る
が、総じて衰退の印象もぬぐえない。人口も
平成7年の国勢調査で3
7,
8
2
2人をピークに約
5,
0
0
0人(1
3.
0%)減少し、平成2
2年の国勢
調査では3
2,
9
0
0人になった。しかし、一方で
新しい地域づくりの芽も育ちつつある。そん
な和紙の町「小川町」の今をお伝えする。
観光案内所「楽市おがわ」
小川町駅は、東武東上線と JR 八高線が乗
り入れるが、駅と駅前は至って平凡で魅力に
乏しい。辛口をお許しいただければ、来訪客
をおもてなす雰囲気や設えは殆どない。ちょ
っとした駅であれば、駅に案内所があり、少
なくても観光やまち巡りのパンフレットなど
が置いてあるが、そうした類は見当たらない。
コインロッカーもないと言う。
また、駅前も殺風景で、でこぼこのアスフ
ァルト舗装が街なかに続くだけである。そん
なことを思いながら、駅前の土産物屋に入り、
小川町駅前の景観
松本あきら
まちの第一印象を伝えると「そりゃ、遠くか
ら来たのにがっかりだねー」と言って、荷物
を無料で預かると言う。善意に甘えて鞄を預
け、まち歩きを始めた。
駅前を少し歩くと、廃業したガソリンスタ
ンドの建物を活用した観光案内所「楽市おが
わ」がある。平成1
8年4月、まちなか再生に
資するため、観光情報の発信拠点としてオー
プン。町の観光協会が運営する。役場の臨時
職員を務める平田さんは「小川は和紙のまち。
今でも紙の卸問屋が3
3軒ある。また城跡も1
1
箇所あり、歴史と資源に恵まれている。春秋
の行楽シーズンには、ハイキングを楽しむ人
が多数訪れるが、もっとまち巡りもしてほし
い。そして、東武鉄道ともっと協力して、ま
ちの PR ができたら…」と話す。
誠実で熱意を感じる説明に感心して、小川
が好きになった。
和紙のまち
小川と言えば「和紙」
。日本への製紙技術
の伝来は6
1
0年とされ、公式記録として日本
書紀で確認できる。小川にも、天平の時代、
武蔵の国に移住した高麗人がその技術を伝え、
正倉院文書にも小川の和紙を奉じた記録があ
る。江戸時代には、小川は、江戸から最も近
い紙の一大産地として、1,
0
0
0戸にも及ぶ職
工が大量の和紙を漉いて江戸の需要に応えて
いた。とりわけ、丈夫で手の温もりが伝わる
観光案内所「楽市おがわ」
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まちなかの景観
蔵の残るまち並み
まちなかの資源
手漉き和紙は、江戸商人の大福帳として人気
を博したという。手漉きの小川和紙の中で、
楮(こうぞ)1
0
0%で漉かれた「細川紙」は、
1
2
0
0年の歴史を有し、上品かつ素朴で丈夫な
ことから、その高い工芸技術は、1
9
7
8年、国
の「重要無形文化財」に指定された。
近年、和紙製造にも機械化が進み、手漉き
和紙の生産量は大きく減少したが、その素朴
さと風合い、柔らかな光を通す美しさは、工
芸や建築素材として大きな可能性を秘めてい
る。そんな和紙づくりを体験できるのが、小
川和紙体験学習センター。案内サインが殆ど
ないため、迷いながら何とか辿りつく。旧県
立製紙工業試験場をそのまま活かした施設で
昔の診療所のような趣で懐かしい。受付も何
もなく、内部は自由に見学ができる。奥の作
業場で原料の仕込みから紙漉きまでを体験で
きる。
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0
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まちなかの万葉歌碑
埼玉伝統工芸会館
まちなかから車で5分程行くと、
「道の駅
おがわまち」に併設された埼玉伝統工芸会館
がある。町が「生活に潤いと美しさを」とい
う願いを込めて建設。伝統技法の保存と継承、
異業種交流と新製品の開発、生活を豊かにす
る工芸という三つのコンセプトのもと、!埼
玉伝統工芸協会が運営管理を行う。ここには、
小川和紙をはじめ、岩槻の人形、春日部の桐
箪笥、鴻巣のひな人形、秩父銘仙、熊谷の友
禅染、本庄絣、行田の足袋、飯能の大島紬な
ど、埼玉県指定の伝統的手工芸品2
0産地3
0品
目が全て展示されていて実に楽しい。館内の
和紙工房では、自らデザインした生花などの
絵ハガキ、色紙、短冊を「小川和紙」で創る
手漉き体験が人気で、作品は後日郵送で送ら
れる。料金は、花葉入りの絵ハガキ1セット
(8枚)が8
4
0円(送料別)でお手頃感があ
まちづくり診断の旅
和紙体験学習センター
り、夏休みの課題研究に取り組む親子で賑わ
っていた。
3つの酒蔵があるまち
小川のまちの財産は、今もまちなかに3軒
の造り酒屋があることである。秩父山麓を源
とする槻川は、小川和紙とともに、小川独特
の水質と気候の良さで銘醸地を育ててきた。
小川の良さは酒の良さと言われ、古くから関
東灘の異名をもつ。まちの中心には、地元の
有機米や和紙を利用して酒造りに取り組む
「晴雲酒造」と2
0
0年近い伝統と歴史のある
酒蔵「武蔵鶴酒造」があり、少し離れて創業
1
6
0年、仕込み水に地下1
3
0!のミネラル豊か
な深層水を使って銘酒帝松を生みだす「松岡
酒造」がある。赤煉瓦の煙突と酒蔵のある景
観は、小川のアイディンティティの一つにな
っている。
晴雲酒造(内部)
有機農業による農商連携のまちづくり
小川町は、有機農業を通して、地域の絆を
埼玉伝統工芸館
強め、農業と商業が連携して地域の活性化を
図るまちづくりにも取り組む。
下里地区で農業を営む金子美登さん、友子
さん夫婦が、米と野菜を化学肥料や農薬を使
わずに栽培して直接消費者に届けよう、有機
農業で地域づくりを進めようと一歩を踏み出
したのは4
0年前の1
9
7
1年。1
9
7
5年からは1
0軒
の消費者と提携して本格的に有機農業をスタ
ート。その後提携先も3
0軒に増え、地域も有
機農業の良さを理解して、地元の晴雲酒造が、
有機米をキロ6
0
0円で買い支え、商工会も有
機小麦を使った乾麺をつくり、隣町の豆腐工
房は、大豆を全量買い取って豆腐をつくるな
ど、有機農業と地域の結びつきができていっ
た。平成1
3年には、地元の集落リーダーが有
機農業をしたいと金子さんを訪れた。これを
きっかけに平成1
5年からは「水稲−小麦−大
豆」の2年3作のローテーションで集団有機
栽培が始まった。その後も有機農業に転換す
る農家が一軒また一軒と増え、平成2
1年、日
本で初めて集落全体が1
0
0%有機農業に転換
した。
折しも、平成1
8年には、超党派の議員立法
で有機農業推進法が制定され、有機農業を「化
学的に合成された肥料及び農薬を使用しない
こと、並びに遺伝子組換え技術を利用しない
ことを基本として、農業生産に由来する負荷
をできる限り低減した農業」と定め、その推
進を後押しする。農業と地域商業が連携して、
生産と消費の仕組みを整えた時、農業は本当
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月曜日 霜里農場の卵かけごはんセット
4
0
0円
火曜日 ミロランチ Yokko Cake の
ケーキセット
5
0
0円
水曜日 パークヒル更科の
天付そば・うどん
6
0
0円
木曜日 ホームベーカリー小川の
手作りパンランチ
8
0
0円∼
金曜日 カフェ
「来い菜」
のランチセット
8
0
0円∼
コミュニティカフェ「ベリカフェ」
土曜日 よし田さん家の台所
に元気になり、村は美しくなるという。そし
て、地域経済も自立循環して活性化される。
日曜日 マクロビオティック料理
「グリーンサム」
ランチプレート
7
8
0円
べリカフェ
小川町では、有機農業の輪が拡がって、農
家と地域住民、消費者、商工業者の連携によ
るまちづくりの芽が育つ。その一つがコミュ
ニティ・カフェ「ベリカフェ」
。地元の有機
農業をまちの人に知ってもらおう、地産地消
の地域づくりを進めようと NPO 法人生活工
房つばさ・遊が始めた。平成2
1年1
1月、まち
なかにある空店舗を居抜きで借りて、小川の
野菜が主役の日替わりシェフレストランを開
設。曜日毎に7人のシェフが腕をふるう。メ
ニューは、卵かけごはんから、マクロビオテ
ィック(玄米菜食)料理まで実に多彩。ベリ
カフェの「ベリ」とはおしゃべりのベリ、そ
して very good のベリで、地産地食のたま
り場にしたいとの願いが込められている。
「忠七めし」と「女郎うなぎ」
まちなかで堂々たる構えの割烹旅館二葉に
は、
「忠七めし」という五大名飯の一つに数
えられる名物料理がある。五大名飯とは、代
表的な米中心の郷土料理で、他に、深川めし
(東京・深川)
、さよりめし(岐阜・山岳地
方)
、かやくめし(大阪・難波)うずめめし
(島根・津和野)がある。
「忠七めし」は、炊きたてのご飯に、薬味
のさらし葱・わさび・柚子をのせ、その上か
ら、土瓶の熱いおつゆをかけて、お茶漬のよ
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うにさらさらと召し上がるもので、二葉家の
気骨ある料理人八木忠七と幕末・明治の偉傑、
山岡鉄舟との出会いから生まれたという。山
岡鉄舟は、江戸城無血開城の立役者で知られ
る。鉄舟は、十五代将軍徳川慶喜の名代とし
て、命がけで駿河(静岡)に馳せ参じ、官軍
総大将の西郷隆盛に江戸城無血開城を直談判。
その後の西郷隆盛、勝海舟の会談にも同席し
て、江戸を戦火から守った。そんな鉄舟は、
父の知行地が小川町竹沢にあったことから、
たびたび二葉に立ち寄り、ある日、忠七に向
って「調理に禅味を盛れ」と示唆されたとい
う。これを受けた忠七は、鉄舟が極めた「剣・
禅・書」の三道の意を料理に取り入れ、剣(わ
さび)
、禅(海苔)
、書(柚子)による風味と
清淡の食を献上。鉄舟は「我が意を得たり」
と喜んで「忠七めし」と名付けた。二葉の本
館と茶室を兼ねた「六六亭」は登録文化財に
指定され、歴史的な風情と景観を醸し出して
いる。
また、もう一つが割烹旅館福助の「女郎う
なぎ」
。江戸時代末期、吉原の花魁が訳あっ
て福助の当主に身受けされ、安住の喜びを手
に入れた恩返しにと、生家深川に伝わるうな
ぎの蒲焼の秘伝極意を伝えたという。花魁が
伝えた鰻料理ということで少々艶めかしい名
前だが「女郎うなぎ」と称する。
まちづくり診断の旅
二葉の「忠七めし」
二葉の庭園と「六六亭」
まちづくりの処方箋
小川町は、今流で言えば、スローライフを満喫できそうなコンパクトなまちである。ロハス(健康と持続可能
性を大切にした生活スタイル)の町とも言える。都心から7
0分で行ける山里で、和紙、酒、絹織物、蔵、建具な
ど日本文化の神髄がこれほど凝縮されたまちはない。歴史と文化の蓄積度は NO1だろう。しかし、オンリーワ
ンにはなっていない。正直、まちの魅力の磨き方が少し足らないと思う。それ故、磨けば大化けする可能性を秘
めた魅力的なまちだ。まちの資産や資源を上手に磨いて、日本一の山紫水明の文化都市をめざしたい。これが交
流人口を増やし、定住人口減少の歯止めになると考える。
多くの地方都市は、高度経済成長、流通革命、産業構造の変化の波に飲み込まれ、グローバルがローカルの素
晴らしさを奪ってきた。小川は国土の発展軸から外れたこともあり、固有の文化的蓄積が色濃く残っている。こ
れこそ小川の財産である。そんな小川のまちづくり・まち育てに幾つかの提案を試みたい。
!提案1 東武鉄道などと連携して、駅と駅前の魅力を高めよう。
駅を降りた第一印象は、そのまちのイメージを決定づける。東上線で武蔵嵐山駅を過ぎれば長閑な山里の景
観に小川町への期待が高まるが、駅を降りた途端に小川町への期待は萎んでしまう。
ぜひ、小川の良さを予感させ、武蔵の小京都に恥じない駅前を創ろうではないか。電車やバスの利用客やま
ち巡り・ハイキングの観光客が、心地よく休憩し、観光情報や小川の名品を提供できるような「交流ビジター
センター」を整えたい。これには房総の小京都「大多喜」駅前の観光本陣が大いに参考になるだろう。
そして、歩道や魅力的な広場を整備して、居心地のよい駅前空間の整備を期待したい。
そのためには、まちがリーダーシップを発揮して、東武鉄道や JR と連携協議し、その実現を図りたい。
!提案2 まちなかの魅力づくりを本腰で取り組もう!
小川のまちの中心は、戦災を受けていないため、道は狭いが、昔のまち割りや風情が残る。酒蔵の煉瓦造り
の煙突、随所に残る蔵や町家の家並み、神社の社、自然豊かな槻川、人間スケールの街路や路地など、まちの
魅力になる資源はたくさんあるが、総じて、手が加わっていない。朽ちるのを待っているようにも見える。ま
た、派手な色彩の建物が、まちの風情を壊しているのも気になる。まちの資源を磨き、あるいは、和紙のもつ
魅力をまちに展開し、景観を乱す建物を抑止する取組みが必要である。
そこで、景観法や歴史まちづくり法を活用した景観まちづくりをまちと市民の協働で始めよう。合わせて、
まちづくり交付金や中心市街地活性化補助金等を活用したまちなか再生事業を実施したい。
!提案3 自転車で巡るまちづくりを進めよう!
まちなかから少し離れた伝統工芸館、カタクリとニリンソウの里、見晴らしの丘公園などを巡るには自転車
がぴったりである。家族やグループでサイクリングを楽しみながら、小川町の自然と歴史・文化に触れられた
ら、小川町の魅力が一つ増えるだろう。
観光案内所「楽市おがわ」と伝統工芸館に無料のレンタサイクルを直ぐにでも置くことを提案したい。近傍
では、行田、桐生、古河が無料のレンタサイクルを置いて、まちなか観光に大いに役立っている。
小川は、鎌倉時代の僧侶仙覚律師が万葉集の注釈を著した地でもある。自然と歴史、人々の暮らしがかけが
えのない風土になって、本物の魅力を醸し出し続けることを期待する。
(取材協力 小川町役場 小川町観光協会)
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