Comments
Description
Transcript
江戸時代に製造された火縄銃の非金属介在物の 組成と構造 - J
日本金属学会誌 第 74 巻 第 4 号(2010)250257 江戸時代に製造された火縄銃の非金属介在物の 組成と構造 1 田中眞奈子 北 田 正 弘2 東京芸術大学大学院美術研究科 J. Japan Inst. Metals, Vol. 74, No. 4 (2010), pp. 250 257 2010 The Japan Institute of Metals Composition and Microstructure of Nonmetallic Inclusions of Japanese Matchlock Gun (Hinawa ju) Fabricated in the Edo Period 1 and Masahiro Kitada 2 Manako Tanaka Graduate School of Arts, Tokyo University of the Arts, Tokyo 1108714 The composition and microstructure of nonmetallic inclusions of a Japanese matchlock gun, called Hinawaju in Japanese, fabricated in the Edo period have been investigated. The purpose of this work is to study the composition and microstructure of nonmetallic inclusions of the barrel and to obtain modern materialsscience data of the raw materials of the Japanese matchlock gun. Test pieces are cut from the center and the male screw of the barrel. Nonmetallic inclusions of the barrel are observed using an optical microscope and scanning electron microscope (SEM). The smallarea concentration of a nonmetallic inclusion is obtained by electron dispersive Xray analysis (EDS). The electron backscattering pattern (EBSP) is analyzed using an ultrahighresolution scanning electron microscope. Fe, Si, Al, Ca, K, Mg, P, Na and Ti are detected from nonmetallic inclusions of the center of the barrel. As Ti is detected from many parts of the nonmetallic inclusions, iron sand is inferred to have been used as the raw iron material of the barrel. Nonmetallic inclusions of the center of the barrel are classified into two groups. One is a plural phase and is consisted of FeO (wustite), FeSiO grains, multielement grains and glassrich matrix oxide. The other type is a single phase of aluminum silicate glass. Fe, Si, Al, Ti, Ca, Mg, K, Na, P, Mn and S are detected from nonmetallic inclusions of the male screw of the barrel. As Ti is detected from many parts of the nonmetallic inclusions, iron sand is again thought to have been used as the raw iron material of the male screw. Nonmetallic inclusions of the male screw are of the plural phase and consist of FeTiO grains, aluminum silicate oxide and aluminum silicate glass matrix. (Received October 30, 2009; Accepted December 28, 2009) Keywords: matchlock gun, Hinawaju, nonmetallic inclusion, composition, microstructure, carbon steel, Edo period, iron sand, electron backscattering pattern, wustite, fayalite. 在していたことが挙げられる. 1. 緒 言 日本は元来地質的に砂鉄が豊富であり,各地に砂鉄の産地 があるが,出雲,播磨,石見および安芸などが砂鉄の主要な 鉄砲は室町時代後期の 1543 年にポルトガル人により種子 産地として知られている.その中でも特に出雲地方は,良質 島に伝来した.伝来した銃は,当時の西欧の主流であった銃 の真砂砂鉄(磁鉄鉱主体)が産出するので,鉄(特に玉鋼)の原 とは形状が若干異なり,東南アジアで製造されたものではな 料として多量に使われたと伝えられている.当時のわが国の いかとの説もあるが1,2) ,基本的には西欧様式の火縄銃であ 製鉄法は,原料に塊状の鉄鉱石と石炭を用いて高炉方式を使 った.この鉄砲伝来を契機に,海外からの銃の輸入や,日本 った西欧の製鉄法とは大きく異なり,原料に細粒の砂鉄と木 国内での銃の製造が行われるようになる.国産の火縄銃の製 炭および平らな炉を用いるたたら製鉄法で行われた.たたら 造地として,近江の国友,和泉の堺および肥前の有馬などが 製鉄は,幕末から明治時代初期に最盛期を迎えるが,高炉方 有名である.戦国時代の武器の需要の高まりも影響し,銃の 式による近代製鉄業の本格的な成立により,大正時代末には 製造は上記地域の鉄砲鍛冶から,徐々に全国的に広がった. 衰退し,消滅した.現在は伝統技術として継承・生産されて 銃の製造が日本国内で拡大したその他の理由として,当時の いる. 日本には鉄の原料となる砂鉄が豊富であったことと,刀鍛冶 西欧の鋼3) を含め, 19 世紀末までの鋼には光学顕微鏡ス をはじめとする優れた鍛造技術を有する職人が日本各地に存 ケールで観察できる非金属介在物が多く含まれている.著者 らは前報で火縄銃の金属組織と非金属介在物のマクロな分布 1 東京芸術大学大学院生(Graduate Student, Tokyo University of the Arts) 2 東京芸術大学名誉教授(Professor Emeritus, Tokyo University of the Arts) について報告した4) .これらの非金属介在物の組成や構造 は,原料である鉱石と加工プロセスの情報を含んでおり,非 金属介在物の分析を通して様々な情報を得ることが可能と考 第 4 号 江戸時代に製造された火縄銃の非金属介在物の組成と構造 えられる.しかし,日本の鉄原料およびその製錬法に関する 251 70)で観察した. 従来の研究においては,製鉄遺構から発掘された鉄淬の分析 を通した鉄原料の考察5,6) と,たたら製鉄の再現実験を通し た製錬環境の考察7,8) などが主である.加工された鉄製品に 含まれる非金属介在物の詳しい分析はわずかで,ナノスケー ルまでの詳細な研究は北田によるものが唯一である911).火 結 果 と 考 察 3. 3.1 銃身部の非金属介在物の組成 前報4)で述べた銃身中央部の銃身の長手方向に垂直な断面 縄銃の非金属介在物の分析は数例で12,13)不明な点が多い.ま (Fig. 1 の(a))における非金属介在物のマクロ像では,大小 た,火縄銃の原料としては,国内産出の砂鉄製錬によるもの 様々な形の非金属介在物が同心円状に分布していた.光学顕 だけでなく,鉄鉱石由来の輸入鋼も使われていたと伝えられ 微鏡および SEM で観察された非金属介在物のサイズは,大 ている14) .例えば,南蛮鉄はその代表例である.また,国 きいもので 100 ~ 700 mm ,小さいもので 3 ~ 30 mm であっ 産銃も東南アジアへ輸入され,幕末になると海外産銃の輸入 た.大きなサイズの非金属介在物は,結晶粒界近傍に存在し も盛んに行われた. ているものが多いが,数個の結晶粒を横断しているものもあ 本研究の目的は,上述の江戸時代火縄銃に使われた鋼中の った.小さなサイズの非金属介在物は,結晶粒界だけでなく 非金属介在物の組成と構造を明らかにし,火縄銃の原料に関 結晶中にも観察された.典型的な非金属介在物の SEM 像を する基礎データを得ることである. Fig. 2 ( a )( b )に示す.用いた SEM の分解能の範囲では, (a)に示すように非金属介在物の内部に複数の粒子および相 2. 実 験 方 法 が観察される介在物と,(b)に示すように内部に粒子が観察 されない介在物の 2 種に大別される.(a)は複雑な形状をし 研究に用いた江戸時代の火縄銃(北田正弘蔵)は前報4)で用 ているものが多く,それらの内部に,楕円形状粒子やそれら いたものと同じである.Fig. 1 に銃身の全体像を示す.銃身 が凝集したような内部組織が観察される.一方,(b)は直線 は全長が 1.07 m ,八角形の角筒,銃尾は尾栓で塞がれてい 的な単純な形状をしているものが多い. る.照準具の形状から寛永年間( 1624 年から 1644 年)以降 非金属介在物の内部構造と組成との相関を明らかにするた に製造された銃である15).前報4)で報告したように,銃身中 め,火縄銃の銃身中央部の垂直断面において,代表的な非金 央部の炭素量は 0.03 ~ 0.1 mass で,一枚の平らな鋼板を 属介在物粒子 8 個のそれぞれの全領域を EDS で分析した. 筒状に鍛接した「饂飩張り(うどんばり)」15)の筒である. 結果を Table 1 に示す.No. 1~4 は Fig. 2(a)で示した複数 Fig. 1 の(a )に示す銃身中央部の銃身に垂直な断面試料お の相からなる非金属介在物であり,No. 5~8 は Fig. 2(b)で よび,(b)に示す尾栓部の雄ねじより銃身に平行な断面試料 示した内部に粒子が観察されず,単相に見える非金属介在物 を切り出した.非金属介在物の形状は光学顕微鏡および走査 である.これらの非金属介在物に含まれる元素は, Fe およ 型電子顕微鏡( SEM )で観察した.非金属介在物の組成はエ び O の他,含有量の多い順に Si, Al, Ca, K, Mg, P, Na およ ネルギー分散型 X 線分光装置( EDS )を用いて分析した.非 び Ti である. 金属介在物内部の微細構造および後方散乱電子回折パターン (EBSP)は超高分解能走査型電子顕微鏡(日立 FESEM SU Table 1 のそれぞれの平均値が示すように,複数相からな る非金属介在物 No. 1~ 4 と単相に見える非金属介在物 No. Fig. 1 Barrel of Japanese matchlock gun fabricated in the Edo period. (A property of one of the authors: M. Kitada.) (a) and (b) show parts of the specimen taken from the steel barrel. Fig. 2 SEM images of (a) plural phase nonmetallic inclusion and (b) single phase nonmetallic inclusion. 252 日 本 金 属 学 会 誌(2010) Table 1 Compositions of nonmetallic inclusions observed in cross section normal to the barrel. (mol) 第 74 巻 金属介在物 No. 6 の 0.8 molである.Ti は一般的に砂鉄の 指標元素として知られており,日本刀などの鉄製品の非金属 介在物に含まれる Ti は,主に原料として使った砂鉄に由来 Nonmetallic inclusion No. Fe Si Al Ca K Mg P Na Ti する911).産地によって含有量は異なるが,日本産砂鉄には 1 86.2 7.0 3.0 1.3 0.7 0.5 1.0 0.2 0.1 イルメナイト( FeTiO3 )が含まれ(主要な国内産砂鉄精鉱の 2 95.4 2.7 1.1 0.4 0.2 0.0 0.3 0.0 0.0 TiO2 含有量は 1 ~ 14 mass 16) ),近隣諸国の鉄鉱石に含ま 3 72.8 14.3 6.2 1.9 1.2 1.3 1.6 0.7 0.2 れる Ti の量は極めて少ない3) .本試料の非金属介在物から 4 83.4 9.1 3.6 1.0 0.7 0.7 1.1 0.5 0.0 Ti が検出されたことから,原料として砂鉄が用いられてい Average 84.5 8.3 3.5 1.2 0.7 0.6 1.0 0.4 0.1 ると推定される.単相介在物において Fe よりも多く検出さ 5 11.8 50.2 18.5 6.0 7.0 3.8 0.8 1.4 0.6 れた Si も,砂鉄中の Si(主要な国内産砂鉄精鉱の SiO2 含有 6 19.7 44.6 16.8 6.4 7.0 3.3 0.4 1.0 0.8 量は 3~14 mass16))に主に由来すると考えられるが,たた 7 9.8 52.3 19.3 5.2 5.9 4.3 0.9 1.8 0.5 ら炉壁の粘土に含まれるケイ酸,鉄を鍛接する際にフラック 8 12.1 49.9 18.5 6.1 7.1 3.7 0.7 1.3 0.7 スとして用いられる藁灰にも含まれ12) ,これらが高温鍛造 Average 13.4 49.3 18.3 5.9 6.8 3.8 0.7 1.4 0.7 時の酸化物スケールとともに混入した可能性もある.ただし, Ti が含まれているのでこれらの影響は少ないと考えられる. 5~ 8 では構成元素の含有量に相違がある.複数相の非金属 介在物の Fe の平均含有量は 84.5 molと非常に多く,その 3.2 銃身部の非金属介在物の微細構造 上述のように,非金属介在物は組成と組織で 2 種に分け 他 Si, Al および Ca が比較的多く,P, K, Mg, Na および Ti られ,これらの相違を調べるため,Fig. 2 で示した非金属介 を微量含んでおり,Fe に富む酸化物である.一方,単相に 在物の内部組織と組成について詳しく観察した.(a)および 見える非金属介在物は, Si の平均含有量が 49.3 mol と最 ( b )は,それぞれ Table 1 で組成を示した非金属介在物 No. も多く,Al, Fe, K, Ca および Mg を比較的多く,その他 Na, 4 および非金属介在物 No. 8 である.銃身中央部で観察され P および Ti を微量含んでいる.単相に見える非金属介在物 る複数の相からなる非金属介在物の代表例である非金属介在 は,複数相からなる非金属介在物と比べて Si, Al, K, Ca, 物 No. 4 の内部は,細長い楕円形状粒子と明るく見えるマト Mg, Na を多く含む酸化物で,これらはガラスを構成する元 リックスから構成されている.楕円形状粒子はその配列と形 素である.また,複数の相からなる非金属介在物に比較して 状から判断して,デンドライト(樹枝状晶)とみなされ,非金 SEM で観察した場合,非常にチャージアップし易く,絶縁 属介在物は高温の鍛造時には融解し,鍛造後の冷却過程で凝 性が高い酸化物とみなされる.室町時代の刀匠,信國吉包作 固したものと考えられる. の日本刀の非金属介在物にも同様の相が観察される10) .こ 非金属介在物 No. 4 の元素分布を観察した.得られたマッ れらの結果から,複数相の非金属介在物は Si, Al, Ca, P など ピング像を Fig. 3 に示す.マッピング像では,明るい領域 を少量含む Fe 酸化物,単相に見える非金属介在物はガラス ほど対象元素の検出量が多いことを示している.酸素のマッ 質の酸化物である. ピング像では,介在物全体から多量の O が検出され,酸化 銃身中央部の大部分の非金属介在物から,濃度のばらつき 物であることを示す.Fe のマッピング像では,Fe が介在物 はあるが Ti が検出された.Ti 含有量が最も高かったのは非 内部の楕円形状粒子の領域に多く含まれ,マトリックスでは Fig. 3 Elemental mapping of nonmetallic inclusion shown in Fig. 2(a). Brightness indicates relative signal intensity. 4 第 号 江戸時代に製造された火縄銃の非金属介在物の組成と構造 253 少ない.一方,Si, Al, Ca および K は楕円形状粒子以外のマ る.これらの領域の分析組成(O を除く)を Table 2 に示す. トリックス領域に多く存在している. Fig. 4 の 1~ 3 に示す楕円形状粒子領域から検出される元素 楕円形状粒子およびマトリックスの組成を詳しく知るため は Fe と O だけであり,楕円形状粒子は酸化鉄結晶で,後述 に EDS 分析を行った.非金属介在物 No. 4 内部の楕円形状 するようにウスタイト(FeO)である.一方,4 と 5 に示す楕 粒子は, Fig. 4 の高倍率 SEM 像で示すように長径が 4~20 円形状粒子を囲む環状領域からは Fe が平均で 57.6 mol , mm である楕円形状の領域と,その周囲を取り囲む幅 0.5~1 Si が 30.7 mol検出され,組成的には FeSiO 系の結晶で mm の環状の領域および細かな不定形のマトリックスから成 あり,組成比から考えてファイヤライト(Fe2SiO4)と推定さ れる.ファイヤライト結晶は日本刀の非金属介在物中にも見 出されている9). 非金属介在物 No. 4 内部の楕円形状の FeO 系粒子を同定 するため,電子線後方散乱図形である EBSP 解析を行っ た . 非 金 属 介 在 物 No. 4 の バ ン ド コ ン ト ラ ス ト 像 を Fig. 5 ( a )に, Normal Direction ( ND )から観察した結晶方位マッ ピング像を(b)に示す.結晶方位マッピング像において,明 るい色の領域が FeO 系粒子となっている部分であり,赤, 緑および青色で結晶方位が表わされている. Fig. 5 ( b )に示 す明るい領域(楕円形状結晶部分)より得られた EBSP 像の 例を Fig. 6(a)に,その方位解析結果を(b)に示す.これらは ウ スタ イト( FeO )に一 致し, 楕円 形状 粒子 はウス タイ ト (FeO)である. 次に,Fig. 2(a)の矩形(A)で示した非金属介在物のマトリ ックス領域を詳しく観察した.観察領域の高倍率 SEM 像を Fig. 4 Higher magnification SEM image of spherical particles and the surrounding area in the nonmetallic inclusion shown in Fig. 2(a). Fig. 7 に示す. Fig. 2 ( a )でマトリックスと述べた領域の内 部には,更に細かい多角形粒子とこれを囲むマトリックスが 存在する.多角形粒子の寸法は 0.2~4.0 mm である.これら の粒子とマトリックスについて EDS 分析した結果, Table Table 2 Compositions of spherical particles and the surrounding area in the nonmetallic inclusion shown in Fig. 4. (mol) Fe と Si が多い Fe Si O 系粒子 3 で示すように粒子は,◯ Fe, Si および Al が同程度含まれる粒子( No. ( No. 1, 2 ),◯ 3, 4 )に分けられ,マトリックスは Si を主成分とし, Fe お No. Fe Si Al Mg Ca P K よび Al の他に Ca, P, K, Na, Mg などを含む相(No. 5, 6)で 1~3 100.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 ある.マトリックス領域はガラス質を構成する元素が多く, 4 60.0 31.1 2.9 3.2 1.2 1.6 0.5 ガラスが主体と考えられるが,日本刀および古代鋼の介在物 5 55.2 30.2 5.4 2.0 3.1 2.2 2.0 中のガラスには様々な析出物が存在するので,さらに微細構 Fig. 5 (a) Band contrast map and (b) phase identification map (normal direction) of nonmetallic inclusion shown in Fig. 2(a). 254 日 本 金 属 学 会 誌(2010) Fig. 6 第 74 巻 (a) EBSP image from the phase shown in Fig. 5(b). (b) Conformed index on wustite (FeO). 前述の SEM 観察の範囲で単相とみられる非金属介在物の 代表例として, Fig. 2 の( b)で示した非金属介在物 No. 8 の 元素分布を観察した.得られたマッピング像を Fig. 8 に示 す.酸素のマッピング像では,介在物全体に O が均一に分 布している.介在物中の Fe の信号強度は非常に低いが分布 は均一である. Si, Al, K および Ca の分布も Fig. 8 で示す ように均一である.高倍率 SEM 観察でも粒子などはみられ ず,均一相であった.これらの元素分布および Table 1 に No. 8 で示した EDS 分析結果から,観察した装置の分解能 の範囲(約 10 ~ 30 nm )では均一な物質になっている.以上 の結果から,単相とみなされる非金属介在物の主たる物質は AlSi(アルミノシリカ)系ガラスと考えられる. 前述のように,複数の相からなる非金属介在物と単相から Fig. 7 Higher magnification SEM image of fine particles in the nonmetallic inclusion of area A shown in Fig. 2(a). なる非金属介在物の両方に Ti が含まれているので,いずれ も砂鉄由来の介在物とみなされる. 3.3 雄ねじの非金属介在物の組成と微細構造 Table 3 Compositions of fine particles and matrix areas in the nonmetallic inclusion shown in Fig. 7. (mol) なっており銃身部と同じ素材である.一方の雄ねじは銃身と No. Fe Si Al Ca P K Mg Na S 一体ではないため,雄ねじの非金属介在物を詳しく確認し 1 57.7 33.0 3.4 0.9 1.2 0.6 2.1 0.5 0.3 た.尾栓部の銃身に平行な断面(Fig. 1 の(b))における雄ね 2 59.4 31.7 2.8 1.5 1.1 0.6 2.3 0.6 0.0 じの非金属介在物のマクロ像(前報4) の Fig. 11 )では,非金 3 32.5 21.1 31.0 3.9 3.9 4.4 1.1 1.5 0.8 属介在物は銃身方向にほぼ平行に分布していた.非金属介在 4 43.5 26.5 19.9 2.2 2.3 1.8 2.0 1.6 0.2 物のサイズは 3~1000 mm で銃身部の非金属介在物より若干 5 26.8 28.2 11.0 12.8 11.0 6.6 0.9 2.3 0.3 大きかった. 6 24.9 25.9 14.4 13.4 11.0 7.9 0.6 1.4 0.5 尾栓部は雌ねじと雄ねじから成る.雌ねじは銃身と一体と 雄ねじ の非金 属介 在物 の内部 構造 を光学 顕微鏡 およ び SEM で観察した.雄ねじにみられる多数の非金属介在物を 観察したが Fig. 2(b)に示したような単相の非金属介在物は 造があるものと考えられる9,10). 観察されず,Fig. 9 で示すように,複数の相からなる非金属 以上の分析結果から, Fig. 2 ( a )で示した非金属介在物 介在物だけが観察された.雄ねじの非金属介在物はねじの長 No. 4 はデンドライト状の初晶ウスタイト(FeO)の周囲にフ 軸方向に伸びた形状のものが多く,それらの内部に,多角形 ァイヤライト(Fe2SiO4)が晶出し,さらに FeSiO 系結晶や の粒子および非常に微細な球状や線状の相およびマトリック 多成分系結晶が晶出し,これらを晶出後,最後に残った液相 スが観察される. がガラス質を多く含むマトリックス酸化物として凝固したと 推定される. 雄ねじの代表的な非金属介在物粒子 6 個それぞれの全領 域について EDS 分析を行った結果を Table 4 に示す.これ 第 4 号 255 江戸時代に製造された火縄銃の非金属介在物の組成と構造 Fig. 8 Elemental mapping of nonmetallic inclusion shown in Fig. 2(b). Brightness indicates relative signal intensity. Fig. 9 (a) SEM image and (b) higher magnification SEM image of nonmetallic inclusion in the male screw. Table 4 Compositions of nonmetallic inclusions observed in the male screw. (mol) Nonmetallic inclusion No. Fe Si Al Ti Ca Mg K Na P Mn S 1 23.8 43.7 13.0 4.9 3.5 3.2 2.9 2.3 1.6 0.5 0.0 2 60.2 22.1 6.9 3.1 1.9 2.0 1.6 1.2 0.8 0.3 0.0 3 34.0 37.1 11.8 4.4 3.1 2.4 2.6 2.2 1.7 0.4 0.5 4 33.6 36.1 10.8 6.2 4.1 2.4 2.9 2.0 1.0 0.7 0.3 5 77.2 12.6 4.5 1.5 1.2 1.1 1.0 0.6 0.2 0.1 0.0 6 57.7 20.9 6.4 6.6 2.7 1.8 1.8 1.0 0.5 0.4 0.3 Average 47.8 28.8 8.9 4.5 2.8 2.2 2.1 1.6 1.0 0.4 0.2 らの非金属介在物からは,含有量にばらつきはあるが Fe お と S が検出され, Ti の検出量も多い.雄ねじ部の非金属介 よび O の他,Si, Al, Ti, Ca, Mg, K, Na, P, Mn および S が検 在物の Mn の含有量は平均値で 0.4 molであり, S の含有 出された.Table 1 で示した銃身部の非金属介在物から検出 量は 0.2 mol である. Table 1 で示した銃身部の複数相か された元素に比較すると,銃身部で検出されなかった Mn らなる非金属介在物の Ti の平均含有量は 0.1 mol ,単相 256 第 日 本 金 属 学 会 誌(2010) Fig. 10 74 巻 Elemental mapping of nonmetallic inclusion shown in Fig. 9. Brightness indicates relative signal intensity. Table 5 Compositions of fine particles and matrix areas in the nonmetallic inclusion shown in Fig. 9. (mol) No. Fe Ti 1 58.9 26.2 2 45.1 21.2 3 14.2 1.6 4 14.6 5 11.4 6 11.7 Si Al Mg Mn Na K Ca 2.2 6.3 16.0 9.2 52.0 2.3 2.6 1.9 P S 2.9 0.9 3.7 1.0 0.3 0.2 1.0 1.3 0.2 0.2 0.1 1.4 0.0 13.7 5.1 0.6 1.1 0.0 2.5 8.1 1.1 0.0 50.6 14.3 54.6 16.5 4.8 0.6 1.8 0.5 1.2 2.6 7.1 1.6 0.3 1.5 4.1 5.4 1.6 0.2 54.9 15.5 2.3 0.9 1.3 3.4 6.4 1.4 0.1 非金属介在物の Ti 平均含有量は 0.7 mol であった.これ Ti O 系のウルボスピネル( Fe2TiO4 )と推定される.一方, らと比較すると,雄ねじ部では平均 4.5 mol の Ti が含ま No. 3 と No. 4 に示す非常に微細な球状や線状の相からは, れ,銃身部の介在物に対して約 6.5 倍の量である. Ti を多 Si が最も多く検出され, Fe および Al も比較的多く,その く含んでいることから,雄ねじも砂鉄を原料として製造され 他 Ca などが検出された.一方, No. 5 と No. 6 に示すマト たものとみられる.ただし,砂鉄原料から製造した鋼の S リックス領域からは, Si, Al, Fe ,その他 Ca と K が比較的 の含有量は一般に低いので,今後,検討が必要である. 多く検出された.組成から考えて両者とも AlSi 系物質であ 次に,元素分布を調べるため, Fig. 9 ( b )で示した非金属 るが,球状や線状のものは結晶で,前述の形状と組成から, 介在物の元素マッピング分析を行った.結果を Fig. 10 に示 No. 3 と No. 4 で示す粒子は Al Si 系結晶と考えられ, No. す.酸素のマッピング像では,多角形粒子部分の O 量がマ 5 と No. 6 のマトリックスはアルミノシリカガラスと推定 トリックスより若干低い.Fe と Ti は多角形粒子に多く存在 される. し,多角形粒子は Ti を多く含む Fe 酸化物である.一方, 銃身部の非金属介在物と雄ねじ部の非金属介在物を比較す Si, Al および Ca は,非常に微細な球状や線状の相およびマ ると,組成と微細構造に明らかな差異がみられることから, トリックス領域に多く分布している.これらの元素分布は 雄ねじは銃身の素材とは異なった原料を用いて製造された鋼 Fig. 3 で示した銃身部の複数の相からなる非金属介在物のマ と考えられる.ただし,前述のように雄ねじの非金属介在物 ッピング像と同様であるが,Fe 酸化物中に存在する Ti 量が からも Ti が検出されたので,雄ねじの原料も砂鉄である. かなり異なる. 多角形粒子,球状および線状の相およびマトリックスの組 結 4. 言 成を知るために,これらの領域の EDS 分析を行った.結果 を Table 5 に示す.多角形粒子(No. 1~2)からは Fe が平均 江戸時代に製造された火縄銃の銃身部および雄ねじ部に使 で 52.0 mol , Ti が 23.7 mol 検出された.その他 Si, Al われている鋼中の非金属介在物の組成と構造について検討し および Mg が比較的多く,Mn, Na, K, Ca, P および S が微量 た.得られた結果を以下にまとめる. 検出された.組成比から,多角形粒子は Al 等を含む Fe 銃身部の非金属介在物に含まれる元素は Fe および O 4 第 号 江戸時代に製造された火縄銃の非金属介在物の組成と構造 257 の他,含有量の多い順に Si, Al, Ca, K, Mg, P, Na および Ti 大学金属材料研究所ナノ支援室の西嶋雅彦氏ならびにご助言 である. Ti が検出されたことから,銃身は原料として砂鉄 戴いた東京芸術大学大学院桐野文良准教授に感謝の意を表す が用いられていると推定される. る. 銃身部の非金属介在物粒子は,組成と構造から以下の 2 種に大別される. 文 献 複数の相からなり,楕円形状のデンドライト状のウスタ ◯ イトを初晶として,その周囲に FeSi O 系結晶および多成 分系結晶が晶出し,残った液相がガラス系マトリックス酸化 物として凝固した非金属介在物. ◯ 単相からなり,多数の元素を含む AlSi 系ガラスとみな される非金属介在物. 雄ねじの非金属介在物に含まれる元素は,含有量にば らつきがあるが, Fe および O の他, Si, Al, Ti, Ca, Mg, K, Na, P の他,銃身の非金属介在物からは検出されなかった Mn および S が検出された. Ti は比較的多量検出された. これらの結果から,雄ねじには銃身部とは異なる素材が使用 されている. 雄ねじ部の非金属介在物は複数の相からなり,多角形 の FeTiO 系結晶を初晶として,残った液相が楕円形や長 方形の AlSi 系結晶および AlSi 系ガラスマトリックスとし て凝固したものである. 株 本研究を進めるにあたり,SEM 観察にご協力を戴いた 日立ハイテクノロジーズの多持隆一郎氏,伊藤寛征氏,東北 1) S. Tokoro: Hinawaju, (Yuzankaku, Tokyo, 1964). 2) T. Hora: Teppou, (Shibunkaku, Tokyo, 1981). 3) The Iron and Steel Institute of Japan: Seisen Seikouhou, (Chijin Shokan, Tokyo, 1959) p.13. 4) M. Tanaka and M. Kitada: J. Japan Inst. Metals 73(2009) 778 785. 5) M. Sasaki: Tetsu no Jidaishi, (Yuzankaku, Tokyo, 2008). 6) Tatara Kenkyukai: Nihon Kodai no Tetsuseisan, (Rokkou Shuppan, Tokyo, 1991). 7) Tokyo Institute of technology: Kodai Nihon no Tetsu to Shakai, (Heibonsha, Tokyo, 1982). 8) K. Nagata and T. Suzuki: TetsutoHagane 86(2000) 6471. 9) M. Kitada: Bulletin of the Faculty of Fine Arts Tokyo National University of Fine Arts and Music 46(2009) 532. 10) M. Kitada: Bulletin of the Faculty of Fine Arts Tokyo National University of Fine Arts and Music 45(2007) 556. 11) M. Kitada: JFE 21st Century Foundation Study Report, (2007) pp. 7180. 12) T. Saito, H. Takatsuka and T. Udagawa: Bulletin of the National Museum of Japanese History 136(2007) 237261. 13) The National Museum of Japanese History: The Introduction to Guns in Japanese History, (2007). 14) M. Sasaki: Hinawaju no Denrai to Gijutu, (Yoshikawa Kobunkan, Tokyo, 2003) pp. 103155. 15) S. Tokoro: The Study of Old Guns, (Yuzankaku, Tokyo, 1970). 16) The Iron and Steel Institute of Japan: Seisen Seikouhou, (Chijin Shokan, Tokyo, 1959) p. 87.