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メラトニン濃度を指標とした牛の卵巣機能解析法に関する研究

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メラトニン濃度を指標とした牛の卵巣機能解析法に関する研究
鹿島ら:メラトニン濃度を指標とした牛の卵巣機能解析法に関する研究
メラトニン濃度を指標とした牛の卵巣機能解析法に関する研究
鹿島悠幹・坪井佑季 1)・根本聡実・足立憲隆
1)農林水産部畜産課
Research on method of ovarian function analysis of cattle as an indicator by melatonin concentration
Yuki KASHIMA,Yuki TSUBOI,Satomi NEMOTO and Noritaka ADACHI
要
約
受精卵移植に用いられるウシの卵品質向上に資するため,メラトニンが卵品質に与える影響を調査した。メラト
ニン添加培地が体外受精に与える影響では培地にメラトニン 0.1ng/ml を添加することにより,卵割以降の胚発生
率が上昇する傾向が認められた。血中と卵胞液中のメラトニン濃度は相関性が認められた。血中メラトニン濃度と
体内胚採取成績については相関が認められなかったが,メラトニン 40mg を過剰排卵処理開始日から人工授精前
日までの 5 日間日没時に投与したところ,正常卵率が有意に上昇した。卵巣中のメラトニン関連遺伝子の定量で
は卵母細胞及び卵丘細胞での acetylserotonin O-methiltransferase (ASMT)の発現は日齢と負の相関があり,卵母
細胞での melatonin-receptor 1A (MTNR1A)の発現は日齢と正の相関が認められた。このことから,体外受精培地
へのメラトニン添加,及び生体へメラトニンを投与することにより卵品質が改善される可能性があり,メラトニン
関連遺伝子の発現は,日齢や血中メラトニン濃度に関連する可能性が示唆された。
キーワード:メラトニン,体外受精,体内胚採取,卵巣
緒
言
材料および方法
近年,乳用種および肉用種とも受胎率が低下し,畜
産経営を圧迫する大きな要因になっている。メラトニ
ンとは睡眠調節を司る体内時計(生体リズム)を担う脳
1 メラトニン添加培地が体外受精に与える影響
食肉処理場由来の卵巣から A ランクの卵子を選抜し
,ヒトにおいては,抗酸化
IVMD101 培地(株式会社機能性ペプチド研究所)中
作用,抗加齢作用,免疫活性化作用,癌増殖抑制作用
38.5℃ 5%CO2 条件で 24 時間成熟培養を行った後,精
および抗癌剤副作用軽減等の効果が明らかとなってい
子数を 2.0×107 個に調整した IVF 培地(株式会社機能
る 3),4),5)。また,卵巣機能との関係も注目され,メラ
性ペプチド研究所)内で6 時間38.5℃ 5%CO2 条件で媒
トニンの投与によって卵の品質と受精率の改善が認め
精した。その後,卵を裸化した後,IVD101 培地(株式
られ,これにより妊娠率が向上することも報告されて
会社機能性ペプチド研究所)にメラトニン(和光純薬)
内ホルモンのひとつで
1),2)
いるが ,家畜での研究は少ない。さらに,近年ウシ
0.1ng/dl,1.0ng/dl,10ng/dl をそれぞれ添加し,卵割
の卵巣からメラトニン関連遺伝子が発現していること
率および胚発生率を調査した。
3)
6)
が報告された 。そこで,本研究ではメラトニン添加
2 血中と卵胞液中のメラトニン濃度の関係
培地が体外受精に与える影響,血中と卵胞液中のメラ
日の入り 4 時間後に得た血清および食肉処理場由来
トニン濃度の関係,黒毛和種繁殖雌牛における血液の
の卵巣から採取した卵胞液それぞれ 20 検体について
メラトニン濃度と体内胚採取成績との関係,メラトニ
ラジオイムノアッセイ法(RIA 法)によりメラトニン濃
ン経口投与が体内胚採取成績に与える影響,および黒
度を測定し,血中メラトニン濃度と卵胞液中メラトニ
毛和種繁殖雌牛における卵巣中のメラトニン関連遺伝
ン濃度の相関を検証した。
子発現の有無について検証した。
3 血中メラトニン濃度と体内胚採取成績の関係
茨城畜セ研報第 48 号(2016)
黒毛和種繁殖雌牛のべ 39 頭から体内胚採取前日の
日の入り 4 時間後に得た血清について,メラトニン濃
度を RIA 法で測定した。
その結果と体内胚採取成績
(回
収卵数,正常卵率,変性卵率,未受精卵率)との相関
について検証した。
表2 リアルタイム PCR のプログラム
1: 95.0°C for 0:30
2: 95.0°C for 0:05
3: 60.0°C for 0:30
×39
Plate Read
5: 95.0°C for 0:15
6: Melt Curve 60.0°C to 95.0°C : Increment 0.5°C 0:30
4 メラトニン投与が血中メラトニン濃度および体内
胚採取成績に与える影響
結果および考察
黒毛和種繁殖雌牛 5 頭について,メラトニン
40mg(溶媒にエタノール 20ml,生理食塩水 380ml を
含む)を過剰排卵処置開始日から人工授精前日までの 5
1 メラトニン添加培地が体外受精に与える影響
体外発生培地へのメラトニン添加試験では,胚発生
日間日没時に経口投与した体内胚採取成績(回収卵数,
率が対照区,メラトニン添加 0.1ng/dl 区,1.0ng/dl
正常卵率,変性卵率,未受精卵率)と直近の成績を比
区,10ng/dl 区でそれぞれ 31.8%,61.1%,31.8%,40.0%
較した。
となり,メラトニン添加 0.1ng/dl で卵割した受精卵の
5 卵巣中のメラトニン関連遺伝子の定量
その後の胚発生率が高くなる傾向を示したが有意差は
食肉処理場由来黒毛和種繁殖雌牛 6 頭の卵巣から 1
認められなかった(表3)
。
頭につき 8~10 個の卵母・卵丘細胞複合体を採取し,
IVMD101 で 24 時 間 成 熟 培 養 し た 後 , 0.1 %
表3 メラトニン添加培地での体外受精成績
hyalronidase IVMD101 中で卵母細胞と卵丘細胞を分
卵子数
(個)
卵割数
(個)
胚発生数
(個)
卵割率
(%)
胚発生率
(%)
対照区
46
22
7
47.8
31.8
0.1ng/dl添加区
46
18
11
39.1
61.1
1.0ng/dl添加区
46
22
7
47.8
31.8
10ng/dl添加区
47
15
6
31.9
40.0
離し,それぞれを DPBS(GIBCO)で 2 回洗浄した後,
Rneasy Micro(QIAGEN)を用いて RNA を抽出し
Prime Script® RT Reagent Kit(TAKARA)を用いて逆
転 写 反 応 を 行 っ た 後 , SYBR Premix Ex Taq
II(TAKARA)を用いてリアルタイムPCRにより相対定
量を行った。プライマーは ASMT,MTNR1A 及び
胚発生率=胚発生数 / 卵割数
melatonin-receptor 1B(MTNR1B)
,Glyceraldehyde
3-phosphate dehydrogenase (GAPDH)に設定し
GAPDH は内部標準として使用した(表 1)
。
2 血中と卵胞液中のメラトニン濃度の関係
図1に血中と卵胞液中メラトニン濃度の関係を示し
リアルタイムPCRのプログラムについては表2に示し
た。血中および卵胞液中のメラトニン濃度には正の相
た。
関がみられた。また,卵胞液中の濃度は血中濃度より
低かった。血液と卵胞液中のメラトニン濃度に相関が
表1 メラトニン関連遺伝子のプライマー設計 6)
認められ,血液中濃度から卵胞液中濃度を推定できる
Gene
GAPDH
ことが示唆された。
MTNR1A
MTNR1B
ASMT
Forward:
Reverse:
Forward:
Reverse:
Forward:
Reverse:
Forward:
Reverse:
Primer sequence
5'-CTCCCAACGTGTCTGTTGTG-3'
5'-TGAGCTTGACAAAGTGGTCG-3'
5'-AGCACGAATTCCCTCTGCTA-3'
5'-GAGCATCGGAACGATGAAAT-3'
5'-GTCTATGGGCTCCTGAACCA-3'
5'-TCATTTTCCTGAGTGCGTTG-3'
5'-CTCCCAGGTTCTCTTTGCTG-3'
5'-AGCTTCAGGGACACACAGGT-3'
鹿島ら:メラトニン濃度を指標とした牛の卵巣機能解析法に関する研究
図1 血中と卵胞液中のメラトニン濃度の比較
3 血中メラトニン濃度と体内胚採取成績の関係
図3 メラトニン経口投与後の血中メラトニン濃度
血中メラトニン濃度と体内胚採取成績(回収卵数,正
常卵率,変性卵率,未受精卵率)との間に相関は認め
表4 メラトニン経口投与時と無投与時の体内胚採取
られなかった。
成績
平均回収卵数
(個)
正常卵率
(%)
変性卵率
(%)
未受精卵率
(%)
無投与
成績
11
27.2A
40.8
32.0
投与
成績
12
78.1B
17.5
4.4
異符号間に有意差有(A-B:P<0.01)
5 卵胞中のメラトニン関連遺伝子の定量
ASMT および MTNR1A は卵母細胞および卵丘細胞で,
MTNR1B は卵母細胞のみで発現していた。また,卵
母細胞及び卵丘細胞での ASMT の発現は日齢と負の
図2 血中メラトニン濃度と体内胚採取成績との関係
相関があり,卵母細胞での MTNR1A の発現は日齢と
正の相関が認められた(図4)
。また,卵母細胞での
4 メラトニン投与が血中メラトニン濃度および体内
ASMT 発現量と血中メラトニン濃度に負の相関があり,
胚採取成績に与える影響
卵母細胞の MTNR1A の発現量と血中メラトニン濃度
メラトニン経口投与では,投与後 1 時間後をピークに
に正の相関が認められた(図5)
。このことから,日齢
血中メラトニン濃度は上昇し,その後低下した(図3)
。
と血中メラトニン濃度がメラトニン関連遺伝子の発現
体内胚採取成績についてはメラトニン投与により正常
に関与する可能性が示唆された。
卵率が有意に上昇(P<0.01)したことから(表4)
,メラ
トニンの経口投与により卵品質が改善される可能性が
示唆された。
茨城畜セ研報第 48 号(2016)
参考文献
1)Lerchl A.,Partsch C-J,Nieschlag E.:Circadian
and ultradian variations of pituitary and pineal
hormones in nomal men.J.pineal
Res.,18:41-48,1995
2)Cavallo A.:The pineal gland in human
beings:Relevance to pediatrics.J.Pediatrics.,
図4 遺伝子発現量と日齢との関係
123:843-851,1993
3)Tamura H,Takasaki A,Miwa I,Taniguchi K,
Maekawa R,Asada H,Taketani T,Matsuoka A,
Yamagata Y,Shimamura K,Morioka H,
Ishikawa H,Russel JR,Sugino N.:Oxidaitive
stress impairs oocyte quality and melatonin
protect oocytes from free radical damage and
improves fertilization rate.J Pineal Res
2008;44:280-287
4)ラッセル・J・ライター(1995)
.奇跡のホルモン
図5 遺伝子発現量と血中メラトニン濃度の関係
メラトニン.講談社出版
5)Ravindra T, Lakshmi NK, Ahuja YR.:Melatonin
今回の試験では体外受精において培地へのメラトニ
in pathogenesis and therapy of cancer..See
ン添加により卵割した受精卵のその後の胚発生率が高
comment in PubMed Commons below.Indian J
くなる傾向があり,体内胚採取では過剰排卵処置時の
Med Sci. 2006 Dec;60(12):523-535.
メラトニン経口投与により正常卵率が有意に上昇した
6)Mohamed El-Raey, Masaya Geshi,Tamas
が,この原因についてはメラトニンの抗酸化作用によ
Somfai, Masahiro Kaneda, Makoto Hirako,Alaa
るものか内分泌的作用によるものかが不明なため,今
E. Abdel-Ghaffar, Gamal A. Sosa, Mahmoud
後解明する必要がある。
E.A. Abou El-Roos, Takashi Nagai.: Evidence of
さらに,ヒトにおいて血中メラトニンは 1 歳から 5
Melatonin Synthesis in the Cumulus Oocyte
歳で最も多く分泌され,その後減少するが 7),ウシの
Complexes and its Role in Enhancing Oocyte
卵巣での ASMT 発現は日齢と負の相関にあった。この
Maturation In Vitro in Cattle. Mol Reprod Dev
点について,ヒトの血中メラトニン濃度の動態と一致
(2011)
するが,血中メラトニン濃度と負の相関が認められて
7)Waldhauser F, Weiszenbacher G, Tatzer E,
いることから,更なる検討が必要である。また,メラ
Gisinger B, Waldhauser M, Schemper M, Frisch
トニンについては動物用医薬品として承認を受けた製
H.:Alterations in nocturnal serum melatonin
剤がないことから,動物用としては流通していないが,
levels in humans with growth and aging. J Clin
将来的にメラトニンが家畜の繁殖成績改善に利用され
Endocrinol Metab. 1988 Mar;66(3):648-652.
るためには更なるデータの蓄積が必要となると考えら
れる。
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