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射出成形金型における樹脂分解ガスの除去機構の開発
福岡県工業技術センター 研究報告 No.26 (2016) 射出成形金型における樹脂分解ガスの除去機構の開発 池田 健一 *1 山本 圭一朗 *1 竹下 朋春 *1 Development of the Removal Mechanism of Resin Decomposition Gas in the Injection Mold Kenichi Ikeda, Keiichiro Yamamoto and Tomoharu Takeshita プラスチックは溶融させるときに,多量の分解ガスが発生し,成形品の外観や精度に影響を及ぼす。これに対処 するため,一般的には金型の製品部にガス抜きを設置するが,凝固した分解ガスが蓄積するため,高頻度の分解・ 清掃が必要となる。そこで,製品部に入るガス量減少を目的として,ホットランナー部に通気性のあるSUS焼結材 を設置してガス抜きを試みた。また,製品部のガス圧力などで,ガス抜き性能を評価した。 1 はじめに プラスチックの射出成形において,分解ガスが原因 となる不良は「焼け」,「白化」,「ウェルドライン」な どがある。これらの不良が生じないように,生産用の 金型では,製品形状部に微細なすき間を作製したり, 通気性の材料を設置したりしてガス抜きを行っている。 効率的なガス抜き方法の既存研究としては,製品部 に多孔質材などを設置し型内ガス圧センサーで評価す る方法 1,2) や射出成形機の電力量により評価する方法 3) などがある。しかし,既存技術である製品部からのガ ス抜きでは,比較的低温な製品部では分解ガスが凝固 し蓄積するため,ガス抜き性能が低下する。このため, 図1 製品形状およびセンサー配置図 高頻度の分解・清掃が必要となり,生産性低下の原因 となっている。 さらに,金型開閉面(パーティング面)に真空グリース そこで,本研究では,製品部に入るガス量減少を目 を塗布し,ガスを逃がしにくい条件で射出成形を行っ 的として,ホットランナー部でのガス抜きを試みた。 た。 金型の全体図を図2に示す。この金型は,射出成形 2 実験方法 機からスプルー,ランナー,ゲートまでが高温で樹脂 2-1 実験装置 が溶けた状態であるホットランナー型である。ランナ 実験に用いた主な装置は以下の通りである。 ー部には,図3のように,通気性のあるSUS焼結材(新 ・射出成形機:J100SSⅡ-A((株)日本製鋼所) 東工業(株)製,ポーセラックスⅡ,平均空孔径:7 ・型内圧温度センサー:6190CA(日本キスラー(株)) μm,空孔率:約25%)を設置することで,そこからガ ・低粘度樹脂用型内圧センサー:6161AA(同 上) ス抜きを行った。 2-2 製品形状および金型 2-3 使用樹脂および成形条件 製品形状およびセンサー配置図を図1に示す。製品 実験に使用した樹脂は,自動車のインテークマニホ 3 体積は約22.0 cm である。最終充填位置に低粘度樹脂 ールドなどに用いられており,分解ガスの発生量が比 用型内圧センサー(6161A)を配置することにより,樹 較 的 多 い ポ リ ア ミ ド ( デ ュ ポ ン ( 株 ) 製 , Zytel 脂による圧縮されたガスを逃がしにくい構造とした。 70G33HS1L)である。主な成形条件は,表1の通りであ る。 *1 機械電子研究所 - 33 - 福岡県工業技術センター 研究報告 No.26 (2016) 3-2 成形品の比較 射出成形機の設定をショートショットとし(射出 量:6.9 cm3 ),ガス抜きの有無の比較写真を図4に示 す。「ガス抜き有り」の方が,奥まで充填されている ことから,流動性が向上していると推察される。 図2 金型全体図 20mm 図4 成形品の比較写真 (射出成形条件は表1の条件3。射出量:6.9 cm3) 3-3 ガス圧力測定 ショートショットの条件で,温度・圧力を測定した 一例とその時の成形品写真を図5に示す。樹脂がセン サー部に到達していない場合でも③圧力が上昇してい ることが分かる。これは,金型内部のガスが圧縮され たことによる圧力上昇である。 0.8 ランナー部の略図 130 ②温度 表1 射出成形条件 条件1 条件2 条件3 射出成形機樹脂温度(℃) 280 290 300 金型ランナー部温度(℃) 280 290 300 金型ゲート部温度(℃) 圧力(MPa) 0.6 295 射出率(cm3/s) 金型製品部温度(℃) 300 168 120 110 0.5 ③圧力 0.4 100 0.3 90 ②圧力 0.2 0.1 80 70 ①圧力 0 60 ‐1 310 0 1 2 3 4 5 時間(s) 112 20mm 約90 3 結果と考察 3-1 ホットランナーからのガス抜き ホットランナー部にガスサンプリングポンプを繋ぎ, 途中 に 設置 し たフ ィ ルタ の 重量 変 化を 測 定し た 。約 200ショットで,32.7 mgから35.7 mgに増加した。こ 図5 の重量増加は,樹脂分解ガスが凝固したためであり, 温度・圧力測定結果(上)と成形品写真(下) (射出成形条件は表1の条件3。射出量:14.9 cm3。 SUS焼結材を通過して,ガスが抜けることは確認でき ①温度の立ち上がりを0sとする。 た。 ①~③は図1の配置図の番号を表す(以下同様)。) - 34 - 温度(℃) 図3 140 ①温度 0.7 福岡県工業技術センター 研究報告 No.26 (2016) 2 3-4 断熱圧縮による評価 ガス抜き無し ガス抜き有り 1.5 測定した③圧力の最大値と非充填部分の体積の関係 1 0.5 PVγ = C ln P を考察する。断熱圧縮のポアソンの式 (1) 0 ‐0.5 ‐1 P:圧力,V:気体の体積,C:定数 ‐1.5 の対数をとり移項すれば, ‐2 lnP = -γ・lnV+lnC ‐2.5 (2) 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 ln V と な る 。「 ガ ス 抜 き 無 し 」 で , ③ の ガ ス 圧 力 の 最 大 値:P(MPa)と非充填部分の体積:V(cm3)の対数との関 図7 係を図6に示す。このときのVは,各条件で完全充填さ ガス抜きの有無によるガス圧力の比較 (射出成形条件は表1の条件3) れる最小射出時を0とし,射出成形機の計量位置で算 出した値である。各条件とも,直線近似できることか 3-6 樹脂圧力の比較 ら,製品部からのガスの漏れは少なく,断熱圧縮状態 成形機の射出量と①圧力の最大値との関係を図8に であると考えられる。また,樹脂温度が高いほど,高 示す。「ガス抜き有り」の方が,無しの場合に比べ, い圧力が測定されていることから,樹脂温度が高い場 射出量が少ない時は低い圧力であるが,充填量が増加 合,分解ガス発生が多いと考えられる。 すると差が減少し,完全充填に近くなると逆転する。 3-5 ガス抜きの有無によるガス圧力の比較 ガス抜きの有無で,③のガス圧力の最大値:P(MPa) 100 ガス抜き無し 3 と非充填部分の体積:V(cm )の対数との関係を図7に ガス抜き有り 最大圧力(MPa) 示す。このときのVは,図6同様,完全充填される最小 射出時を0とし,射出成形機の計量位置で算出した値 である。この完全充填される最小射出時の成形機の射 出 量 の 計 算 値 は , 22.8 cm3( ガ ス 抜 き 無 し ) と 22.0 cm3(ガス抜き有り)であった。この結果は,図3の比較 10 1 0.1 写真のように,「ガス抜き有り」の方が奥まで充填さ 0.01 れる結果とも一致している。また,図7はガス抜きの 5 10 15 20 25 射出量(cm³) 有無に関わらず,同様の結果となっていることから, 図8 非充填部分の体積は,圧縮されたガス圧力と樹脂を押 射出量とゲート近傍の樹脂圧力の関係 (射出成形条件は表1の条件3。 す圧力のバランスで決まることが推察される。 射出量は成形機からの算出値 (以下同様)。) 2 前項の結果から,非充填部のガス圧力と樹脂圧力の ガス抜き無し 1.5 1 ln P 0.5 ゲート温度:295℃,射出率:168cm³/s ゲート温度:300℃,射出率:168cm³/s ゲート温度:310℃,射出率:112cm³/s バランスで充填量が左右されることが推察された。こ y = ‐1.0063x + 1.1788 R² = 0.962 力を比較することは妥当ではないと考え,樹脂圧力 0 ‐0.5 のため,ガス抜きの有無で単純にゲート近傍の樹脂圧 y = ‐1.2307x + 1.1464 R² = 0.9843 ‐1 ‐1.5 (①圧力)の最大値とガス圧力(③圧力)の最大値の y = ‐1.1461x + 1.1695 R² = 0.9726 ‐2 ‐2.5 0 0.5 1 1.5 ln V 図6 差で検討することとした。成形機の射出量に対して① 2 2.5 圧力の最大値と③圧力の最大値との関係は図9であり, 3 射出前 (P=0.1MPa,V=22cm³) ①圧力から③圧力を引いた値を射出量に対してプロッ ガス圧力と非充填部体積の関係 トした結果を図10に示す。図10では,最大圧力の差は, 射出量が約18 cm3 までは正方向に単調に推移している が,それよりも射出量が大きくなると,負方向に変わ - 35 - 福岡県工業技術センター 研究報告 No.26 (2016) る。これは,射出量が約18 cm3 でパーティング面が完 め,射出圧力と金型との摩擦は同一である。図10では, 全に充填され,ガスの漏れがより少なくなり,ガス圧 「ガス抜き有り」の方が,ガス抜き無しの場合に比べ, 力(③圧力)が高くなったためと考えられる。 常に低い値である。この図10での値は,樹脂圧力とガ また,このときの成形条件は,ショートショットで ス圧力の最大値の差であることから,流動先端のガス あり,保圧工程が無いことから,樹脂の流動停止時に 圧力の影響は除去している。したがって,図10におけ 樹脂圧力が最大となる。この樹脂圧力の最大値は,成 るガス抜きの有無による差が生じた要因は,樹脂の内 形機の射出圧力,金型との摩擦および流動先端のガス 部圧力の差と推察される。この結果は,ガス抜きによ 圧力の3要素で主に決まる。成形条件は同一であるた り樹脂内部のガスが減少し,樹脂圧力が減少した可能 性を示唆している。 3 ガス抜き無し ①圧力 最大圧力(MPa) 2.5 4 まとめ ③圧力 2 製品部に入るガス量減少を目的として,ホットラン 1.5 ナー部に通気性のあるSUS焼結材を設置してガス抜き 1 を試み,実験結果から次のような知見を得た。 0.5 (1)成形品の比較および完全充填時の射出量から,ガ 0 5 10 15 20 25 ス抜きを行うと,樹脂流動性が向上する。 射出量(cm³) (2)製品部のガス圧力と非充填部の体積の関係が断熱 3 圧縮のポアソンの式で整理されることから,製品 ガス抜き有り ①圧力 最大圧力(MPa) 2.5 部からのガスの漏れは少なく,金型製品部のガス ③圧力 2 は断熱圧縮状態である。 1.5 (3)樹脂圧力の最大値から非充填部のガス圧力の最大 1 値を引いた値は,「ガス抜き有り」の方が小さくな 0.5 ることから,ガス抜きにより樹脂内部のガスが減 0 5 10 15 20 25 少し,樹脂圧力が減少した可能性が高い。 射出量(cm³) 図9 射出量とゲート近傍の樹脂圧力および非充填 5 参考文献 部のガス圧力の関係 1) 横 井 秀 俊 , 武 末 晋 二 : 成 形 加 工 ’01 , pp.263- [上:ガス抜き無し,下:ガス抜き有り] 264(2001) 2)武 末 晋 二 , 横 井 秀 俊 : 成 形 加 工 シ ン ポ ジ ア ’01, (射出成形条件は表1の条件3) pp.247-250(2001) 3)田中耕平,楢原弘之,是澤宏之: 型技術,30(12), 0.3 最大圧力の差(MPa) ガス抜き無し 0.2 pp.44-45(2015) ガス抜き有り 0.1 0 ‐0.1 ‐0.2 ‐0.3 ‐0.4 5 10 15 20 25 射出量(cm³) 図10 ガス抜きの有無によるゲート近傍の樹脂圧力と 非充填部のガス圧力の差の比較 (図9の①圧力から③圧力を引いた値) - 36 -