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抗原ELISAを用いた牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)検査
15 抗原ELISAを用いた牛ウイルス性下痢ウイルス検査の検証 倉吉家畜保健衛生所 1 ○増田恒幸 足羽朋子 はじめに 牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)による疾病は多岐にわたり、畜産経営に大きな経済 的被害を及ぼす疾病と考えられている。BVDVはフラビウイルス科ペスチウイルス属のウイ ル ス で 、 遺 伝 子 型 の 違 い に よ り BVDV1及 び BVDV2が 定 義 さ れ て い る ( 1)。 牛 群 内 の BVDVの 流行で最も問題となるのが持続感染(PI)牛の存在である。BVDVワクチンを使用していな い預託育成牧場などにPI牛が侵入すると、免疫を持たない妊娠牛にBVDVが感染し、胎児が 免疫寛容となり、結果として多くのPI牛が産出される(2)。 鳥取県では酪農場のバルク乳検査を中心にBVDVのPI牛の摘発を進めており、2012年まで に 8頭 の BVDV1の PI牛 を 摘 発 し て い る ( 3)。 し か し 、 2014年 に 多 く の 酪 農 家 が 利 用 す る 県 内の公共育成牧場でBVDV2のPI牛が摘発されて以降、育成牧場関連の多くのBVDV2のPI牛が 摘発 さ れ て い る 。 育 成 牧 場へ の 預 託 牛 は 入 牧 前 に呼 吸 器 病 対 策と し てBVDV1を 含 む生 ワ ク チン を 接 種 さ れ て い た が 、BVDV2を 含 むワ ク チ ン は 未 接種 で あっ た 。こ の ため 育 成牧 場 内 の多 く の 妊 娠 牛 は BVDV2に 対 す る 免 疫 が十 分 に賦 与 され て おら ず 、牧 場 内の 同 居PI牛 に よ りBVDV2に 感 染し 、 育 成 牧 場 を 介し て 、PI牛 の入 牧 、育 成 牧場 汚 染、 新 たな PI牛 産出 、 そ のPI牛の入牧という負の連鎖が起こり、PI牛の大量発生に繋がったと考えられた(4)。 PI牛の主要な発生源となり得る育成牧場の清浄化を図るため、現在は入牧予定牛に対し て入牧前にBVDV1及び2の生ワクチンの接種とBVDVの抗原検査を義務付けている。入牧前検 査は 年 に 6回 実 施 して お り 、 1回 の 処理 検 体 数 は 約200検 体 であ る 。抗 原 検査 は 10頭を 上 限 とし た プ ー ル 血清 を 用い た RT-PCR( 5) を 実施 し てい る 。し か し、 RT-PCRは精 密 検査 の た め多検体処理には不向きであり、またプール検体で偽陽性が確認された場合には、再度、 個体ごとの検査を実施しなければならず、最終判定までに多くの時間と労力を要する。こ のため代替の抗原検査法として2014年4月よりアイデックスラボラトリーズ株式会社(IDE XX(株))から発売された抗原ELISA(抗原ELISA)の使用を検討し、検証試験を実施したの でその概要を報告する。 2 検証試験 1.特異性の検討 病性鑑定室(当所)においてBVDVの持続感染(PI)牛と診断された牛血清22検体および BVDV急性感染牛のペア血清(2検体)を用いて抗原ELISAを実施した。なお抗原ELISAはIDE XXの 指 導 によ り 実 施 し た。 そ の結 果 、PI牛 と 診断 さ れた 牛 血清 22検 体は 全 て抗 原 ELISA陽 性となり、急性感染牛のペア血清は陰性であった(表1)。 2.抗体陽性血清による被検血清希釈の影響の検討 あ ら かじ め 中和 抗 体価 を 測定 し てい た BVDV抗体陽 性血 清( 抗体価 はBVDV1:1024,BVDV2: 4096) を用 い て、 BVDV2の PI牛血 清 を2倍 階段 希釈し 抗原 ELISAおよび BVDVのRT-PCRを 実 施した。中和抗体価は常法により測定し、使用細胞はMDBK-SY細胞、攻撃ウイルスにはNos e株 ( BVDV1)、 KZ91-CP株 ( BVDV2) を 用 い た 。 抗 体 陽 性 血 清 で 希 釈 し た PI牛 の 血 清 は 2倍 希釈 か ら抗 原 ELISA陰性 と なっ た が、 RT-PCRでは 16倍希 釈 血清ま で陽 性と なった (表 2)。 3.野外検体での検証試験 野 外 検 体 で の性 能 を検 証 する た め平 成 26年4月か ら 7月 に採 材 し た入 牧 予定 牛 の血 清 437 検体を用いた。抗原ELISAでは437検体中1検体で陽性となった。その後、陽性となった1検 体についてはPI牛の確定診断を行った。血清を用いてRT-PCRおよびウイルス分離を実施し た。ウイルス分離については MDBK-SY 細胞を用いて 37 ℃で 4 日間静置培養し、分離ウ イルスの同定には BVDV Direct FA Conjugate(VMR)を用いた直接蛍光抗体法を実施し た。また 2 週間後に採血し、同様の検査およびペア血清を用いた中和抗体検査を実施し た。2 週間隔をおいて BVDV 抗原が検出され(RT-PCR 陽性、ウイルス分離陽性)、ペア 血清とも BVDV1 および BVDV2 に対する中和抗体を保有していなかったため、この牛を BVDV の PI 牛と確定診断した。 3 考察 抗 原 ELISAを用 い て 特 異 性 の 検証 を 行っ た 結果 、 当所 で PI牛 と 確定 診 断さ れ た22検 体 の 血清は全て陽性となった。しかし、PI牛でない急性感性症例のペア血清ではウイルス抗原 が検 出 さ れ な か っ た ポ ス ト血 清 の み な ら ず 、 抗 原が 検 出 さ れ たプ レ 血清 で も抗 原 ELISA陰 性となった。またキット添付説明書には移行抗体を保有する若齢牛では検出感度が低下す る可 能 性 が あ る と 記 載 さ れて い た が 、 本 試 験 で は移 行 抗 体 を 高 い 保 有 し てい た 2検体 に つ いても抗原ELISAで検出可能であった。このため抗原ELISAはPI牛血清に対する高い特異性 を有することが示唆された。 キ ッ ト 添 付 説 明 書 に 記 載し て あ る 【 移 行 抗 体 】に よ る 抗 原 ELISAの検 出 感度 へ の影 響 を 確認するために実施した血清希釈試験では、高い中和抗体を保有する野外感染血清で希釈 したPI牛血清(抗原陽性血清)は、2倍希釈検体から抗原ELISA陰性になったのに対して、 16倍 希 釈検 体 まで RT-PCRでは 検 出が 可 能で あ った 。 この 抗 原ELISAは BVDVの 構造タ ンパ ク であるE rns 領域 を標的とし ている。E rns 領域 はウイルス の中和反応 に関与する 部位であるた め、抗体陽性血清で希釈した場合、中和抗体によりE rns 領域がマスクされてしまい、2倍希 釈検 体 でさ え 抗原 ELISAで 検出 が でき な かっ た と考 え られ る (6)。一 方、 今回実 施し たRT -PCRの 標 的部 位 はBVDVの 5’ 末 端非 翻 訳領 域 (5’UTR)の た め、 中 和抗 体 の影 響 を受 け に くく16倍希釈検体からもBVDV遺伝子が検出できたと考えられた。検証試験1.で移行抗体を 保有 す る若 齢 牛血 清 2検 体に 対 して も 抗原 ELISAで 陽性 と なっ た が 、血 中 抗体 が 抗原 ELISA の検出感度の低下を招く可能性が示唆された。このため移行抗体を保有する若齢牛の検査 や抗 体 保 有 状 況 が 分 か ら ない 血 清 の プ ー ル 検 体 を検 査 す る 場 合、 抗 原ELISAは 注 意し て 使 用する必要がある。 野外検体での検証試験では437検体中1検体で陽性となり、この個体は後の確定検査でPI 牛と診断された。その他の血清では偽陽性反応は認められず、野外への応用は十分可能で あると考えられた。 抗原ELISAは検査開始から約3時間で結果の判定が可能で、特殊な機器を必要としないた め簡易性や多検体処理性能に優れていると考える。検査コストは約500円/検体であり、年 間コストは約1200頭の入牧前検査を実施すると仮定した場合、約600,000円となる。一方、 RT-PCRは 材料 か らの RNAの 抽 出、 RTお よび PCR反 応 、PCR産 物 の電 気 泳 動、 エ チジウ ムブ ロ マイド染色による結果の判定と検査手技が複雑で簡易性、多検体処理性に優れているとは 言え ず 、 使 用 す る 機 器 も 多い た め 特 殊 な 施 設 で しか 実 施 で き な い 。 ま た 判定 ま で に 約7時 間と時間も要する。検査コストは約1,500円/検体であるが、検体プールが可能なため、10 頭プールで検査し、5%の割合で陽性または非特異反応が出ると仮定した場合、上述の入牧 検査 に かか る コス ト は約 450,000円 であ る (表 3)。 特 異性 が 高く 、 簡易 性 、迅 速 性で 優 れ てい る 抗 原 ELISAは 多 検 体 の 検 査 を 実 施す る 場 合 の ス クリ ー ニン グ 検査 に 非常 に 有用 で あ るが、その一方、少数検体の検査や剖検材料を用いた検査等ではRT-PCRが有用であると思 われる。それぞれの検査法の特徴を理解し、検査目的によって使い分けることが効率的な BVDVの診断に繋がると考える。 多くの妊娠牛が飼養されている預託育成牧場でのBVDV清浄性の維持はBVDV蔓延防止にお いて非常に重要である。その清浄性維持の鍵となるBVDVの入牧前検査を始めとする、BVDV に関わる全ての検査は当所で実施してきたが、特殊な機器を必要とせず、手技が簡易な抗 原ELISAは 預 託元 の 農 場 を 管 轄 す る 現 地の 家 畜 保 健 衛 生 所( 現 地家 保 )で も 十分 実 施可 能 である。今後はスクリーニング検査としてBVDVの入牧前を現地家保で実施し、陽性検体の み当所に搬入し精密検査を実施し、確定診断を行うというような検査体制を整備していく 予定である。このように検査の迅速化、効率化を図りながら、今後も預託育成牧場の清浄 性を維持していく。 4 謝辞 本 稿 を 終 え る に あ た り 貴 重 な ご 助 言 を 頂 き ま し た IDEXX(株 )の 相 澤 早 苗 先 生 な ら び に (独)動物衛生研究所の亀山健一郎先生に深謝いたします。 5 引用文献 (1)田島誉士:日獣会誌, 65, 11-117 (2012) (2)田島誉士:家畜診療, 62巻1号, 5-10 (2015) (3)増田恒幸:平成24年度鳥取県畜産技術業績発表会集録, http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/831113/h24_20.pdf (2013) (4)増田恒幸:平成25年度鳥取県畜産技術業績発表会集録, http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/916963/25-19.pdf (2014) (5)Vilcek S, et al : Arch Virol, 136,309-323 (1994) (6)Weiland E, et al : J Virol, 66, 3677-3682 (1992)