...

2006年水害後の川内川における先駆的取り組み

by user

on
Category: Documents
45

views

Report

Comments

Transcript

2006年水害後の川内川における先駆的取り組み
平成 18 年 7 月豪雨災害後の川内川の先駆的取り組みについて
九州大学大学院工学研究院 小松利光・橋本彰博・押川英夫
1.はじめに
近年,多発している比較的狭い地域への集中豪雨は計画規模以上の洪水をもたらし,各地で甚大な被害を
発生させている.ここ数年の気象状況を踏まえると,今後もこの様な超過洪水が起こる確率は高く,新たな
対策が急務と考えられる.
記録的な豪雨となった 2006 年 7 月 19 日∼23 日の梅雨前線による大量の降雨は,
九州南部に甚大な被害をもたらした.なかでも鹿児島県内の被害は著しく,死者 5 名(内訳は土砂災害で 3
名,川内川の河川災害で 2 名)と重傷者 2 名,全壊 240 棟,半壊 631 棟,床上浸水 944 棟,被害総額は鹿
児島県で約 269 億円と見積もられている.
この 2006 年 7 月の記録的な豪雨による甚大な災害について,土木学会では「平成 18 年 7 月豪雨災害緊急
調査団」を組織し, 熊本・宮崎・鹿児島の 3 県で水文調査・被害状況・避難状況など総合的な災害調査を実
施した.また,今回の洪水でただし書き操作(最近は, 計画規模を越える洪水時の操作 と呼ばれることも
あるが,ここでは従来の表現を用いた)による洪水調節を実施した鶴田ダムに関して「鶴田ダムの洪水調節
に関する検討会」が多数の住民代表を委員として国土交通省九州地方整備局により設置され,洪水調節の見
直しならびに情報提供のあり方等の洪水対策について検討がなされた.そこで本報告では,平成 18 年 7 月豪
雨災害後の川内川の取り組みの中で,想定規模を上回る大規模降雨による水害・土砂災害対策として検討さ
れた洪水調節手法ならびに災害時の情報提供のあり方,
またダムと地域住民の共存のための相互理解を深める
意欲的な試み等について報告する.
川内
斧淵・倉野
宮之城・湯田
搾部,栗野盆地,轟狭窄部を経て,伊佐盆地,景勝曽
木の滝から鶴田ダムへ流入しその後,
さつま町中心部,
宮之城狭搾部,川内平野を貫流して東シナ海へ注ぐ 1
川内平野
栗野
吉松・えびの
永山狭窄部
川内川は宮崎県の西諸県盆地を経て西流し,吉松狭
轟狭窄部
2.1 川内川流域の概要
鶴田ダム
推込山間部
2.ダム操作の見直し
大口・菱刈
大口盆地
西諸県盆地
図-1 川内川流域の地形構造
級河川である.図-1 に示すように,川内川は複数の盆
地と狭窄部が連続した地形構造をしているため,それ
ぞれの盆地が氾濫しやすく,下流に対しては遊水地の
役割を果たしているという水害特性を持っている.こ
のため,狭搾部を開削すればそれより上流の被害は軽
減するが,下流での流量増加が生じ下流が氾濫しやす
くなるという上下流問題がおきやすい治水構造をして
いる.
2.2 鶴田ダムのダム操作について
2006 年 7 月の梅雨前線による南九州の集中豪雨は
鹿児島県川内川流域に大きな被害をもたらしたが,中
図-2 洪水時の鶴田ダムの様子(23 日 14 時 58 分、南日
本新聞社 HP より)
流域に位置する鶴田ダム(河口から約
[流量]m 3/s
51km上流地点,図-2)にも大量の洪水
5,000
が押し寄せたため,ただし書き操作に移
4,000
行し,計画放水量 2,400m3/sのところ最
3,000
大放水量 3,572m3/sを流さざるを得ない
4600m 3/s
V3=3500万m 3
流入量
V2=2000万m 3
V1=1000万m 3
2400m 3/s
2,000
600m 3/s
1,000
最大流入量 4,600m3/s
最大放流量 2,400m3/s
900m 3/s
放流量
1400m 3/s
1100m 3/s
状況に追い込まれた.ダムの治水容量が
元々有限であるため,想定以上の降雨に
対してはダムの洪水調節能力に限界が出
[時間]
てくるのは仕方のないことであるが,近
年の災害外力の増加により,今後全国の
図-3 鶴田ダムの計画降雨に対する洪水調節
貯水位(EL.m)
170.0
(m3/s)
5,000
放流量(m3/s)
流入量(m3/s)
ダムでただし書き操作に移行せざるを得
ない状況が増えてくることが予想される.
4,000
このような状況のもと鶴田ダムでは下流
3,000
最大放流量
22日18:16
3,572m3/s
▽満水位(160.0m)
洪水調節開始
20日22:16
601m3/s
▽制限水位(135.0m)
域住民の強い要望に応じて,ダム操作手
2,000
法の見直しのための検討会が国土交通省
最大流入量
22日15:28
4,043m3/s
最大調節量
22日14:40
1,968m3/s
150.0
計画規模を超える
洪水時の操作
22日14:40
▽貯水位
九州地方整備局により設置され,5回の
検討会の開催と3回の技術検討WGの作
業を経て鶴田ダムのダム操作の見直しが
1,000
2.3 鶴田ダムの洪水調節
0 7/20
12:00
7/21
0:00
12:00
7/22
0:00
7/23
0:00
12:00
120.0
12:00
水位(m)
16.0
14.0
約1.3m
約2.5m
12.0
10.0
のように洪水調節が実施される.2006
8.0
年 7 月洪水に対しては,鶴田ダム管理所
6.0
によると図-4 のように洪水調節を実施
4.0
し,22 日午後 2 時 40 分にただし書き操
2.0
効果を図-5 に示す.洪水調節効果により,
130.0
図-4 平成 18 年 7 月の洪水調節
鶴田ダムは計画洪水に対しては図-3
作へと移行した.またその際の洪水調節
140.0
▽洪水調節開始量(600m3/s)
決定され,2007 年の洪水期から実行に移
された.
160.0
0.0
12:00
約4時間
24:00
12:00
24:00
12:00
図-5 鶴田ダムの洪水調節効果(宮之城地点の水位状況)
下流宮之城地点の水位を約 1.3m 低下さ
せ,水位が最高となる時間を 4 時間程度遅らせることができたとしている.
2.4 鶴田ダムの洪水調節手法に対する指摘
今回の鶴田ダムの洪水調節に対し,専門家や地域住民から以下の点が指摘された(図-6)
.
① 下流に被害が出始めるとされる 600m3/sの流入量で操作を開始してダムへの貯水を始めるが,早過ぎるの
ではないか?そのため後で大きな洪水が来たときにダムの貯水容量がもうあまり残っていないという結
果になる.
② 今回の操作では,洪水時には常にダムからの放流量はダムへの流入量と同じかもしくは下回っており,ダ
ムが洪水被害を助長したということは全くないが,ただし書き操作に移行した直後の放流量の増加の勾配
がダムへの流入量の増加の勾配よりも大きくなっている.これによりダム下流域の水位の上昇速度がダム
がない場合よりも早くなったため,被害を受けた下流住民に一層の恐怖心とダムに対する誤解・不信を生
じさせる結果となった.
③ ①の指摘に対しては,限られたダムの治
水容量を頻度の高い中小洪水制御に用
いるか,それとも中小洪水により生じる
被害には目をつむって,大洪水に対して
備えるかでダムの貯留開始時の流入量
が異なってくる.しかしながら一方のみ
に特化するのは難しい.前者に特化する
と,大洪水のときには治水容量を既に使
い切ってしまってダムはほとんど機能
しない可能性があり,一方後者に特化す
ると場合によってはダムは空っぽなの
に中小洪水すら防げないということに
図-6 鶴田ダムに関する新聞報道
もなりかねない.現在の降雨予測の精度
では,今後の洪水予測から臨機応変に両者を使い分けるということも不可能である.
④ 現在はダム貯水容量の8割が貯まった時点で気象情報により今後の流入量を予測しながらただし書き操
作に移行するが,想定以上の大洪水が来た場合残りの2割では吸収できず流入量のピークの到来以前にダ
ムが満杯になるとピークカットが全く不可能となる.またその場合は,ピークカットが全くできないだけ
でなく放流量の不連続的な増加につながるため,ダムにとっては極めて厳しい状況となる.これを避ける
ためにもただし書き操作に移行する時点を早める必要があると思われる.
3.ダム操作の見直しに対する検討結果
多くの時間と労力をかけて技術的な可能性を追求した結果,以下のことが有効と判断され決定されて実行
されることとなった.
3.1 予備放流基準の見直し
表-1 予備放流基準の見直し
現
行
基 準
3
平成 18 年 7 月洪水
見
直
し
鶴田ダムへの流入量
基 準
平成 18 年 7 月洪水
過去 5 日間雨量
※
【 600m /s未満】
266m 3 /s
【 260mm 以上 】
128.6mm ※
該 当
該当しない
当該時刻以前
3 時間雨量
【 40mm 以上 ※ 】
今後の予測雨量
予備放流 (限度 )
【 150 ∼ 200mm 】
180mm
EL130.0m
2.4mm ※
該当しない
該 当
鶴田ダムへの流入量
【 600m 3 /s未満】
当該時刻以前 12 時間雨量
395m 3 /s
93.3mm ※
180mm
該 当
該 当
該 当
【 80mm 以上 ※ 】
今後の予測雨量
【 160mm 】
実施しない
予備放流 (限度 )
EL130.0m
実 施
※鶴田ダム上流域の平均雨量を示す
これまでは制限水位が標高 131.4m までで,特に表-1 の基準を満たした場合のみ水位 130m まで下げるこ
とができたが,この基準のハードルが高過ぎて,2006 年 7 月の豪雨さえも該当しなかった.したがって,
表-1 の見直し欄のように基準を緩め予備放流がし易くなるように改訂した.また更に利水者(発電利水の J
パワー)の了解を得て 130m 以下まで下げられることとなった.但し,排水ゲートの位置の関係で水位が低
下すると排水能力が極端に低下するため,現状では水位の大幅な低下は困難となっている.
3.
2 ただし書き操作時の操作方法の見直
し
流量
流入量
約40m3/s低下
【見直し後】
7割容量水位より操作開始した
場合(放流勾配が緩やか)
a) ただし書き操作開始水位の見直し
超過洪水に対し,余裕を持たせるため,
【見直し前】
8割容量水位より操作開始した
場合(放流勾配が急)
放流量
またただし書き操作移行後の放流水の急激
な増加を抑えるため,ただし書き操作開始
水位を従来の8割容量水位から7割容量水
位に変更する(図-7)
.ただし,7割容量水
操作開始
操作開始
(7割容量水位到達時点) (8割容量水位到達時点)
時間
位に至ったら自動的にただし書き操作に移
図-7 操作開始水位の見直し
行する訳ではなく,今後の降雨予測等を参
考にしながら慎重に判断する.
貯水位
b)
ただし書き操作開始後の操作手法の見直
設計洪水位
し
満水位
qm1,2:現在放流量
Q1,2 :目標放流量(=現在流入量)
Q2 Q1
qm2
従来はただし書き操作移行後は貯水位と
qm1
放流量の関係は固定的でサーチャージ水位
で計画放流量が目標放流量となるように設
現操作ルール
定し,2次曲線を当てはめて操作していた
(図-8 中の赤線)
.しかし,このような固
EL153.3(7割容量水位)
定的な操作手法では時々刻々に変化する流
入量に対し貯水容量を最大限に有効に活用
放流量
するという訳にはいかず,ダムに余裕があ
図-8 貯水位と放流量の曲線
っても必要以上に過大に放流するなどの事
態が起こり得ることとなる.
そこでダムへの流入量がピークを過ぎた
1回目見直し(ピークから1時間後)
流量
ピーク流入量
2回目見直し(1回目見直しから1時間後)
3回目見直し(2回目見直しから1時間後)
ら図-8 のように一時間毎に放流量曲線の
見直しを行うこととする.すなわち,その
時点のダムへの流入量が最悪の場合でその
約170m3/s低下
従来の曲線
ダム流入量
まま継続すると仮定して,サーチャージ水
見直し曲線
位においてその時点の流入量Q1を目標流
入量に設定して2次曲線を作り,その時点
から新たな放流曲線(図-8 中の青線)に沿
って放流量を決定する.この操作を一時間
毎に見直して順次新しい放流量曲線に従っ
て放流量を決定していく.その結果,ただ
見直し区間
計画規模を超える洪水調節操作
(ただし書き操作)
ダム放流量
時間
図-9 放流曲線の見直しの概念図
し書き操作に移行した後もダムへの流入量
に応じて放流量の決定が柔軟に対応できるため(図-9)
,残りの貯水容量をフル活用することによって可能な
限り放流量を抑えることが可能となってくる.
4.検討会の設置とその継続
2006 年 7 月の川内川水害後,流域住民からダムの過放流が洪水の原因とする声があがり,それらの批判
に応えて対策を協議するための「鶴田ダムの洪水調節に関する検討会」が国土交通省九州地方整備局により
設置された.水害から約半年後の 2007 年 2 月 6 日に第一回目の会合を開き,2007 年の出水期に間に合わせ
るために第二回目を 2 月 28 日,引き続き 3 月 27 日,4 月 26 日,5 月 29 日と立て続けに計 5 回開催して検
討を重ねた.その間に具体的なダム操作手法の改善検討のために専門家 5 名による「鶴田ダムの洪水調節に
関する技術検討ワーキンググループ」を検討会の下に設置して 3 回(4 月 23 日,5 月 9 日,5 月 20 日)の
協議を行い,その結果を第 5 回の検討会に答申して協議し,決定した.前章で述べた洪水調節手法の改善は
2007 年の出水期から実施されている.ダムの洪水調節手法について具体的な見直しと改善が行われ,実行に
移されているのは全国的に見ても極めて稀と思われる.
この検討会の構成員14名の内訳は,学識経験者3名(土木2名,経済1名)
,マスコミ関係1名,行政(国,
県各1名)2名で,残り8名は地元の首長2名,住民代表6名であった.実に14名の内8名が地元代表で
ある.もちろんこの検討会は多数決で事を決するような性質の委員会ではないが,地元代表が過半数を占め
ることにより,地元住民に安心感を与えることとなった.当初行政に対する不信感から流域住民の代表委員
は厳しく行政を批判していたが,会を重ねる毎に少しずつ行政と住民の間の信頼関係が築かれていったよう
に思われる.現在では良い形での協力関係が築かれている.
なお,本検討会はダム操作手法の見直し以外にも後述の「情報伝達の改善」や「治水事業に対する住民の
理解」を推進するための提言を行っている.通常はこの時点でこの検討会の役割を果たしたということで解
散となるのであろうが,本検討会は継続されることとなった.これは治水策の改善が色々提案されても,行
政側の担当者が 2∼3 年で転勤して代わってしまえば,なかなかスムーズな継続は望めない.この行政側の
担当者の交代が住民側の不信の原因の一つになっていたと思われる.そこで本検討会を継続させて,行政と
住民を結ぶパイプ役,住民からの意見・要望を受け止める受け皿,行政側のその後の実際の対応に対する監
視役(?)
・・・等の役割を担うこととして本検討会は存続することとなった.毎年出水期の前に一回開催し
て治水について協議し,出水期の終了後にもう一度開催し反省を踏まえて更なる改善を協議することになっ
た.このように年二回開催することとして,2008 年 11 月現在で 8 回を数えている.
また特に川内川では 2006 年度から 2011 年度まで 5 ヶ年間かけて「激特事業」が実施されており,更に引
き続き鶴田ダムの治水能力向上のための「ダム再開発事業」が実施されることになっている.従って,本検
討会の継続は極めて重要な意味を持ってくるものと期待される.今後は,地域住民の協力無しには治水行政
は実施できないことから,本検討会のあり方は新しい時代を先取りしているのではないかと思われる.今後
全国の参考になれば幸いである.
5.情報伝達の改善
2006 年 7 月の豪雨災害後,川内川流域では激甚災害対策特別緊急事業が適用され,ハード対策による防
災対策が実施されている.しかしながら,想定以上の豪雨が毎年のように記録される昨今の気象状況を踏ま
えると,
ハード対策だけで災害を防ぐことは困難なのが実情である.
従って被害を最小限に抑えるためには,
ハード対策だけでなく,防災情報提供,土地利用規制等のソフト対策も併せて推進する必要がある.こうし
た状況の下,川内川河川事務所と鶴田ダム管理所では,流域住民と協議の上ソフト対策である情報提供を以
下に示すように見直し,2007 年度以降の出水に備えている.
5.1 防災無線
今までは自治体からの避難情報等だけを防災無線により地域住民に提供していた.しかし,2006 年 7 月
の豪雨では水位の上昇が予想以上に速く,ほんの数分間で床上まで浸水したとの報告もあった1).
そのため,避難情報だけではなく河川の
水位などの災害状況を伝えることもまた,
流域住民にとっては重要な情報となる.
そこで,川内川では避難情報のみを提供
していた従来の方法を改善し,自治体と
川内川河川事務所ならびに鶴田ダム管理
所が連携してダムに関する情報(流入
量・調節量・放流量等)および河川に関
する情報(水防警報・洪水予報等)を防
災無線により流域住民に提供することに
なった.
5.2 放流警報局(サイレン・スピーカ
ー)
図-10 放流警報の見直し
放流警報局は主にダムの放流に関す
る警報をサイレン及び音声放送により
住民に伝えるもので 25 箇所に設置さ
れている.従来,ダムの放流に関する
警報は①予備放流開始時,②ただし書
き操作開始時の2回実施されていた.
今回,警報回数を見直し,②の前に毎
秒 1,100m3の定量放流操作から放流量
を増加させる定率操作(ダム流入量に
対して一定の割合で放流する)への移
行時,毎秒 1,400m3定量操作から放流
量を増加させる定率操作への移行時の
図-11 ダムと河川に関する情報表示板の表示内容
2 つの段階においても警報を鳴らし,
合計4回の警報を実施する.なお,た
だし書き操作時の緊急性を流域住民に
確実に認識してもらうために,図-10
に示すように半鐘の早鐘の音を約一分
間スピーカーから流すことが現在計画
されている.また,ダムの放流に関す
る警報に加えて,自治体の要請に伴い
避難情報等も放送する.
5.3 情報表示板
図-12 詳細なリアルタイムのダム情報
方法表示板は,従来はダムの放流量
のみを表示していたが,ダム管理所と
河川事務所が河川の水位情報を共有し
(図-11)
,また自治体の要請に伴い避
難情報を表示する.これらの情報はス
クロール形式で表示され(図-12)
,こ
れにより水防情報を一元化して伝える
ことが可能となった.特に洪水時のダ
ムへの流入量と放流量を同時に表示し
続けることでダムの洪水調節状況およ
び上流の水文状況がリアルタイムで流
域住民に情報として提供できるように
なった.なお,情報表示板は従来の 4
図-13 危険度レベル表示板
箇所から 10 箇所に増やす予定で,設
置場所については地元住民と現地で意見交換を実施し,位置や表示する向き等を決定している.また水位に
応じた危険度レベル表示板も図-13 に示すように橋脚を利用したり,表示板を新たに設置したりして,流域
住民が水位から一目で危険度が分かるように工夫している.
情報の入手方法
図-14 川内川流域住民アンケート調査結果
5.4 報道機関との連携
川内川流域住民へのアンケート調査によると,
避難情報などの入手は約 42%がテレビ・ラジオ放
送に依存していた(図-14)
.従ってマスメディア
の役割が非常に大きいことが明らかとなった.そ
こで,川内川水系における洪水時の情報を迅速か
つ正確に伝えることを目的として,マスコミ等の
報道機関と連携し,情報をテレビにテロップで表
示してもらうこととなった(図-15)
.現在,洪水
時等の情報提供について,迅速かつ正確な情報伝
達方法を検討するために河川事務所とダム管理所
図-15 報道機関との連携(テレビにテロップで表示する)
は報道機関 8 社と毎年 2 回出水期前後
に勉強会を行っている.
6.流域住民との連携
国土交通省九州地方整備局が 2007
年 4∼5 月に実施した水防団員への
「治
水ダムの治水効果に関するアンケート
調査」から,50%が「効果はあると感
じる」とする一方で,32%が「被害が
増長することもある」と答え,治水ダ
ムの放流に不安を感じていることが分
かった.洪水時に実際水防活動に従事
し,洪水や治水について比較的理解が
進んでいると思われる水防団員でもこ
図-16 洪水操作時のダム見学
のような状況であることから,ダム下
流域の一般の住民の不安は更に大きい
と思われる.
そこで鶴田ダム管理所では,ダム下
流住民や報道機関に連絡して洪水操作
時にダムを見学してもらい,操作室で
の状況を確認してもらうことを実施し
ている.2008 年の台風 15 号の放流操
作時には 16 名の参加をもって実施さ
れた(図-16)
.なお,下流住民の平常
時のダム操作室の見学も多数回実施し
ている.
また,河川情報モニター(19 名),ダ
ム管理モニター(3 名)制度を新たに
設置して,モニターを流域住民にお願
図-17 モニター制度
いし,洪水時や平常時の河川やダムに
関する情報について,受け手の住民側の立場から意見や希望をモニター会議や勉強会を通じて聴取している
(図-17)
.更に,ここでは詳述しないが,
・CCTV 設備の整備
・河川映像の自治体への提供
・平成 18 年水害で影響が大きかった支川からの流入を把握するための自治体との勉強会
・川内川流域水位・雨量情報のパソコン・携帯に向けての発信
・コミュニティ地デジ放送配信
・水害に強い地域づくりのためのソフト対策
などにも精力的に取り組んでいる.
7.おわりに
本報告ではまず,2006 年 7 月の豪雨災害により被災した鹿児島県川内川の鶴田ダムによるダム操作の概
要を報告した.またこの豪雨災害を貴重な教訓として想定規模を上回る大規模降雨時の水害・土砂災害対策
として,鶴田ダムにおいて検討された新たな洪水調節手法ならびに災害時の情報提供のあり方,地域住民と
行政の連携・協力の仕方などについて述べた.要約すると以下の通りである.
(1) ダムの洪水調節について,計画規模を超える大規模洪水が予想される場合は,新たな基準に基づいて予
備放流により貯水位を 131.4m から下げ,場合によっては 130m 以下まで低下させる.
(2) 計画規模を超える洪水に対するただし書き操作においては,開始容量水位を7割とし,ダムへの流入量
がピークを打った後は一時間毎に目標放流量の見直しを行い,新たな放流量∼容量水位曲線を設定する.
(1)および(2)の改善によりダム操作の柔軟性が増加し,2006 年 7 月洪水に対して最大放流量を約 210m3/s低
下させ,また放流量の上昇時の勾配も現行操作時より緩やかにすることが可能となった.なお,この新たな
設定によりダム操作の開始流量はそのままで中小洪水に対しても機能させ,また想定以上の大洪水に対して
もダムの洪水調節機能を最大限に発揮できることが期待できる.この新たな操作手法は 2007 年 6 月の出水
期から実行に移されている.このような形でダムの洪水調節手法が見直されるのは全国でも初めてと思われ
る.
(3) 「鶴田ダムの洪水調節に関する検討会」はダム操作の見直し作業を終えた後も継続して年 2 回開催され
ている.行政と流域住民をつなぐパイプ役,住民からの意見・要望を受け止める受け皿,行政のその後の
対応に対する監視役(?)を本検討会が担うことで,住民と行政の間の良い形での協力関係の構築に貢献
している.なお,本検討会では地域代表がメンバーの 8/14 を占めており,そのウェイトは大きい.
(4) 災害に関する情報提供について,従来の情報提供のあり方を改善し,自治体,河川事務所ならびにダム
管理所が連携することで水防情報を一元化した.また,住民への情報伝達手法も大きな改善が図られてい
る.例えばただし書き操作への移行時には,半鐘の早鐘の音をスピーカーから流して注意を促すなどの工
夫がなされている.また情報表示板では避難情報など種々の情報が流せるように改善し,特に洪水時のダ
ムへの流入量と放流量を同時に表示し続けることで,
ダムの洪水調節状況および上流の水文状況がリアル
タイムで地域住民に提供できるようになった.
(5) 避難情報などの伝達にはテレビなどのマスメディアが大きな役割を果たすことから,重要な情報はテレ
更に迅速かつ正確な情報伝達のために河川事務所とダム管理所は
ビ画面にテロップを流すこととなった.
報道機関 8 社と勉強会を年 2 回行っている.
(6) ダムによる洪水調節では,ダム流入量以上の放流量を流すことはないが,ダム下流の住民の不安は依然
として大きいことから,ダムを少しでも正確に理解してもらうため,洪水の操作時にダム下流住民やマス
コミ関係者に操作室を見学してもらうという取り組みを行っている.また,河川情報モニター,ダム管理
モニター制度を設置して,ダムや河川に関する情報について受け手の住民の立場から色々な意見・要望を
聴取する仕組みを作っている.
これ以外にも様々な取り組みがなされており,これらの取り組みの経過は「検討会」に報告され,協議さ
れることにより更に改善が図られている.川内川のこれらの先駆的な取り組みは,平成 18 年の大水害とい
う大きな犠牲の代償として得られたものである.今後,全国の河川流域の治水・防災活動の参考になれば幸
いである.
(小松利光・疋
謝辞:本報告の一部は著者らが主要メンバーとなった「鶴田ダムの洪水調節に関する検討会」
田誠)ならびに「技術検討 WG」
(小松利光・杉尾哲・疋田誠・大本照憲)で得られた検討結果を含んでいる.
本検討会の設置ならびに運営に尽力された(当時の)国交省九州地方整備局森北佳昭河川部長,桒野修司河
川情報管理官,田上敏博河川管理課長,鬼塚英文河川管理課長補佐に深甚なる謝意を表します.
参考文献
1) 小松利光,他13名: 平成18年7月豪雨による災害の調査と今後の河川整備のあり方に関する調査研究,河川環
境管理財団,p41,2007.
Fly UP