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子育て支援と発達臨床心理学 :発達精神病理学の視点を加えて

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子育て支援と発達臨床心理学 :発達精神病理学の視点を加えて
専修人間科学論集 心理学篇 Vol. 5, No. 1, pp. 31~40, 2015
31
子育て支援と発達臨床心理学 :発達精神病理学の視点を加えて
吉田弘道 1
Parenting support and developmental clinical psychology
: from the viewpoint of psychopathology.
Hiromichi Yoshida
Abstract:発達臨床心理学は,子育て支援活動を行う上で,これまでに重要な知見を明らかにしてきたが,
近年発展している発達精神病理学は,さらに有益な研究を行っている。本小論は,これらの領域の研究を子育
て支援活動に役立てることを目的として書かれた。まず,母親の子どもを脅す行動,および,精神障害の母親
の育児の特徴を紹介し,それらが子どもに与える影響について述べた。ついで,情動制御の発達の面から,ア
タッチメントの安定性が生物遺伝子の影響を緩和する可能性について述べた。さらに,子どもの自己の安定性
について,アタッチメント研究と精神分析学の考え方の貢献について述べた。その後,これらの知見を子育て
支援に役立てる上での応用性と考慮する点について検討した。
Keywords:子育て支援,子どもを脅す行動,精神障害の母親,情動制御,自己の安定性
1 .はじめに
や問題行動について,それが生じた年齢がどの年齢であ
ろうと,あるいは,その原因が何であろうとも,複雑な
発達臨床心理学は,心の発達の個人的差異に注目し,
発達の道筋を見極めながら,それらの行動の起源と変化
その違いがなぜ生じたのかを明らかにする学問である。
の過程について研究する(Sroufe & Rutter, 1984)。忘
しかしそれだけでなく,その違いが心の発達の偏りとな
れられがちであるが,精神分析理論も発達精神病理学に
り,その後の不適応が生じた場合に,それが生じた要因
寄与している(Fonagy & Target, 2003)。また,発達臨
を明らかにするための研究を進め,そのような発達の偏
床心理学は,心理学のなかでも特にこの発達精神病理学
りや不適応が生じないような予防活動につなげるととも
と関係が深いといえる。
に,発達の偏りや不適応の改善に向けて,適切な対応を
行う実践的な学問である。
我が国では,親の子育てを支援し,子どもの心の発達
を助ける活動として,子育て支援活動が行われるように
ところで,子どもの心の発達には,さまざまな相互作
なっているが,この活動を支えるうえで,基礎的な研
用が関与している。例えば,遺伝と環境,子どもと家族
究,あるいは臨床的研究は欠かせない。発達精神病理学
や仲間,地域社会との相互作用がある。また,子どもの
からは,多くの知見が明らかにされており,私たちが子
内部における相互作用として,身体的 ・ 生物学的領域,
育て支援活動を行う上で役立つものも多い。
心理学的領域,運動領域などの領域間の相互作用や,心
本小論では,まず,母親のかかわり方の特徴として,
理学的領域内における情動や認知・知的能力 ・ 記憶,意
子どもを脅す行動,および,精神障害をもっている境界
思間における相互作用がある。このように,心の発達に
性パーソナリティ障害とうつ病の母親の特徴をとりあげ
は多様なレベルにおける相互作用が関与しているので,
るとともに,その特徴が子どもに与える影響について諸
心の発達を総体的に考え,複数の学問領域から検討する
研究から明らかになっていることを紹介する。ついで,
とともに,そこで得られた知見を総合的な視点から解釈
情動制御に関するアタッチメント研究と生物遺伝学の研
する必要がある(Cummings ほか,2000)。これをね
究を紹介し,アタッチメントの安定性が生物遺伝子の影
らって近年発展している学問が発達精神病理学である。
響を緩和する可能性について知見を紹介する。さらに,
発達精神病理学は,発達の正常,異常にかかわらず,生
子どもの自己の安定性について,アタッチメント研究と
涯にわたって,生理学,心理学,社会学的な脈絡の相互
精神分析学の考えの貢献について述べる。その後,これ
作用を解明することを主な目的としている総合的な学問
らの知見を子育て支援に役立てる際の応用性と考慮する
である(Cicchetti,2006)。そのため,行動上の不適応
点について検討する。
受稿日2014年11月18日 受理日2014年11月25日
1 専修大学人間科学部心理学科(Department of Psychology, Senshu
University)
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吉田弘道
以上外向的問題について述べたが,内向的問題(抑う
2 .子どもの情緒的問題と親のかかわり:
特に親の脅し行動について
つ,引っ込み思案,不安,心身症的症状)についても,
乳児期における母親のかかわりとその後の子どもの情
序型の子どもは,内向的問題も呈するとされている
緒的問題行動との関連を扱っている研究は,母親の対応
(Main, Hess & Kaplan, 2005)。このような報告を見る
として,乳児を脅す行動(frightening/frightened be-
と,母親の脅し行動を減らすことにより,子どもの問題
havior),例えば,母親が固まる(身動きすることを止
行動の発現を予防することができると考えられる。
めて放心状態になる),母親の攻撃行動(かみつこうと
する),子どもが怖がるような行動の提案(微妙に距離
母親のかかわり方との関係が明らかになっており,無秩
3 .精神障害を患っている母親の子育て
を取る傾向,子どもがびっくりして危険であると思うよ
子育て支援活動を行っていると,母親が精神障害を患
うなことを提案する)などの対応に注目している。とい
っているケースに出会うことが多い。このような場合
うのは,これらの対応を多く受けている子どもに不安
に,母親の精神障害に関する知識を持って対応すること
定・無秩序・無方向型アタッチメント(disorganized/
はもちろんであるが,子育て支援を行う場合には,子ど
disoriented attachment)と評定される子どもが多く,
もに対する母親のかかわり方の特徴と,母親に対する子
また,母親の乳児を脅す行動と不安定 ・ 無秩序 ・ 無方向
どもの行動特徴の両方を知っていることが重要である。
型アタッチメントは幼児期や児童期における外向的問題
⑴ 母親が境界性パーソナリティ障害の場合
行動(攻撃性,多動,行動制御の悪さ)と関連してお
母親が境界性パーソナリティ障害の場合の乳児に対す
り,特に攻撃性と関係していることが明らかにされてい
るかかわり方の特徴としては,以下のことが明らかにな
るからである(Jacobvitz, Hazen & Zaccagnino, 2011;
っている。すなわち,子どもの行動を模倣して対応する
Main & Hess, 1992)
。例えば,12カ月児の時点で母親か
ことが少ない(White, Flanagan, Martin & Silvermann,
ら脅される行動と侵入的な行動を多く受けていること,
2011),子どもに対して繊細でなく,また,一貫性がな
および,その時点で不安定・無秩序・無方向型アタッチ
く,適切さを欠くなど,構造化されていないやり方でか
メントであったことと, 5 歳のときの外向的な問題行
かわる,あるいは侵入的にかかわる(Crandell, Patrick
動,攻撃的行動との間に関連が確認されている(Ly-
& Hobson, 2003),乳児と時間を共有する能力を剥奪さ
ons-Ruth, Alpern & Repacholi, 1993)。また Main ら
れているかのように,体験を分かち合うことができず,
(Main, Hess & Kaplan, 2005)も,12カ月時点でこのタ
乳児に侵入的に,調子はずれの態度で付き合う,それ
イプのアタッチメントだった子どもは, 6 歳やそれ以降
は,あたかも乳児の情緒的な反応を手がかりとしてそれ
においても仲間関係のなかで脅す言葉を多く使うことを
に合わせるのではなく,自分自身の情緒に合せて,母親
確認している。
の内部にある筋書きに従ってかかわり続けているかのよ
それでは,このような関連がどうして見られるのか。
うである(Apter-Danon & Candilis-Huisman, 2005),
これを明らかにするにはさらなる研究が必要であるが,
子どもの状態を考慮することなく侵入的にかかわる
乳児期にアタッチメントの対象となる人物から脅される
(Hobson, Patrick, Crandell, García-Pérez & Lee,
対応を多く受けた乳児は母親に安心感を求めることがで
2005),分離,再会場面において,脅すことや無方向
きないので,怖くて,混乱した状況であってもその衝撃
的な行動とも違うが,バラバラな,あるいは途切れがち
と情緒を母親との関係で制御することや,鎮めることが
な情緒的交流を行う(Hobson, Patrick, Hobson, Cran-
できないからではないかと考えられている(Hesse &
dell, Bronfman & Lyons-Ruth, 2009)などである。ま
Main, 2006)。また,乳児期に乳児を脅す行動を行った
た,母親は子育ての具体的な世話が難しく(Conroy,
母親は子どもが 2 歳になってからも子どもを脅す言葉が
Marks, Schacht, Davies & Moran, 2010),さらに,母親
けをしているとの報告もあり(例えば,遊びのなかで
自身,子どもとのかかわりにおいて満足できず,効力感
「殺す」
,
「事故にあう」などの表現を多く使う)
,このよ
を味わえず,子どもと接するのが怖いなど,不安が強い
うな母親のかかわり方は持続することが確認されている
ことも確認されている(Newman, Stevenson, Bergman
(Main & Hesse, 1990)
。この点を考慮すると,母親のか
かわり方の特徴は長く続き,子どもに影響を与え続ける
可能性がある。
& Boyce, 2007)。
一方,このような母親に育てられている子どもは生後
3 ~36カ月の時点では,母親に注意を向けることや関心
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を払っていることが少なく,あまり熱心にかかわらず
ナリティ障害の両方を持っている母親の子どもに自我統
(Newman, Stevenson, Bergman & Boyce, 2007),微笑
制の困難さが顕著であるとの報告がある(Conroy, Pari-
みかけることが少なく(White, Flanagan, Martin & Sil-
ante, Marks, Davies & Farrelly, 2012)
。また,母親がう
vermann, 2011)
,母親をぼんやり見つめることが多く,
つ病だけであると,子どもの内向的問題がみられること
情緒表現は少ないとされ(Crandell, Patrick & Hobson,
と(Conroy, 2012),引きこもり気味である割合が高い
2003),12カ月時点では,80%が無秩序型アタッチメン
ことも確認されている(Burtchen, 2013)。母親がうつ
トだったとの報告もある(Hobson, Patrick, Crandel,
病である就学前の幼児については心の状態はより複雑に
García-Pérez, & Lee, 2005)
。
なり,強い罪悪感と,他児の問題に過剰に共感的にかか
⑵ 母親がうつ病である場合
わることや,新規な状況に関与することに対する禁止が
うつ病の母親は,健康な母親と比べて,乳児に対する
報告されている(Liby, 2000)。この内,強い罪悪感
反応や,ポジティブな情緒を向けること,乳児を見つめ
と,他児の問題に過剰に共感的にかかわることについて
ること,話しかけることが少ないことが明らかになって
は,Winnicott(1948)が母親のうつに対する防衛とし
いる(Luby, 2009)。しかし,乳児に微笑みかけること
て記述している。それは,母親がうつであることを自分
や乳児に触ることは,境界性パーソナリティ障害の母
の責任であると考える子どもが,自分自身のうつのもと
親や,うつ病と境界性パーソナリティ障害の両方をもっ
となる罪の意識を軽減するために他者を世話する(この
ている母親よりも多く(White, Flanagan, Martin & Sil-
他者には母親も含まれる)。その企てが他者に役立ち,
vermann, 2011)
,家事がうまくできていないものの,子
功を奏している間はいいが,他者に役立たないことが明
どものケアーはなされていることが報告されている
らかになったときに,子どもがうつになる,という考え
(Conroy, Marks, Schacht, Davies & Moran, 2010)。
である。
一方うつ病の母親に育てられている乳児の特徴として
ではどの時期に母親がうつ病であることが子どもの情
は以下のことが明らかになっている。すなわち,母親に
緒的問題に影響を与えるのか。この点について検討した
対する微笑や発声は,境界性パーソナリティ障害とうつ
研究では, 1 歳半と 2 歳の母親のうつ病と 8 歳の時の子
病の両方を患っている母親に育てられている乳児に比べ
どもの行為障害との関連は高かったが, 5 歳のときの母
て多いものの,視線をそらすことは境界性パーソナリ
親のうつ病と 8 歳の時の行為障害との関連は低かったこ
ティ障害の母親の乳児よりも多い。しかし比較すると,
とが確認されている(Shaw, Bell & Gilliom, 2000)。こ
視線をそらす行動は境界性パーソナリティ障害とうつ病
の研究を受けて,幼児期前半のかかわりが重要であると
の両方を患っている母親の子どもに最も多いとのことで
の考えの下に子どもを 2 ~ 3 歳までと, 3 ~ 4 歳までを
ある(White, Flanagan, Martin & Silvermann, 2011)。
フォローした研究によると, 2 歳の時の母親のうつ病と
このほかに,対面場面では,うつ病の母親の乳児はそう
2 歳, 3 歳, 4 歳の外向的問題,および,内向的問題と
でない母親の乳児に比べて活動性が低く,より引きこも
の相関は有意であり,また, 3 歳の時の母親のうつ病と
り気味で,快の情緒表出が少ないが,無表情の顔をして
3 歳, 4 歳の外向的問題,および,内向的問題との相関
対面する場面(Still-Face Paradigm)では,うつ病の
は有意であることが明らかとなっている。この研究で
母親の乳児は,より抵抗が少ないとのことである。これ
は, 2 歳の子どもが問題を有していたことになり,この
については,そのような対応に慣れているからであると
結果から,家族に対する介入を 2 歳以前から行うことに
考えられている(Luby,2009)。ところでこれは朗報で
よって, 2 ~ 4 歳にかけて生じる外向的問題を減少させ
あるが,うつ病の母親の乳児は,健康な父親や保育士に
ることができるのではないかと考えられている(Shaw,
はそれほど抑うつ的な行動を示さないとする報告もある
Connell, Dishion, Wilson & Gardner, 2009)。
(Luby,2009)
。
⑶ 子どもの情緒的問題との関連
ところでほかの研究では,外向的問題については母親
がうつ病であることだけが関与しているわけではなく,
母親が境界性パーソナリティ障害,あるいはうつ病で
4 歳児では,母親のうつ病と冷淡なとげとげしい敵意を
ある場合の子どもの心の健康状態についても研究が行わ
込めた母親のコントロール行動が,子どもの外向的な問
れている。例えば,18カ月時点での子どもを調べると,
題行動を予測しており,母親のうつ病だけであれば,子
うつ病とパーソナリティ障害の両方がそれぞれに子ども
どもの内向的問題を予測していたということである
の自我統制の困難さと関係しているが,うつ病とパーソ
(Marchand, Hock & Widaman, 2002)。ほかにも, 6 歳
吉田弘道
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児では,母親の冷淡なとげとげしい,敵意を込めたコン
よくできること(van-der-Kolk & Fisler, 1994),怒り
トロール行動が,子どもの外向的な問題行動を予測して
っぽさや傲慢さがなく,素直に人と接すること(Ko-
いたが,母親のうつ病だけであれば,子どもの内向的な
chanska, Clark & Goldman, 1997)が知られている。こ
問題を予測していなかったとする報告もある(March-
のことは30年間の追跡研究によっても確認されている
and, Hock & Widaman, 2002)。これらの研究報告の違
(Sroufe,2005)。母親については,安定したアタッチメ
いを明らかにするには,さらなる注意深い研究が必要で
ントを形成していた子どもの母親は,自分自身のネガ
あるといえる。
ティブな感情を適応的に統制できていることが報告され
⑷ 父親の影響
ている(McCarthy,1998)。
父親の存在はこれらの母親の精神障害と子どもの情緒
これに対して安定したアタッチメントを形成できな
的問題との関連に対して,何らかの予防的効果をもって
かった子どもは,身体的な興奮状態を調節する能力およ
いるのであろうか。この点に関して,うつ病の母親に育
び自己制御の欠陥を抱えており,自己の情緒,感情を分
てられている乳児は,健康な父親や保育士にはそれほど
化して感じることと表現することができず(van-der-
抑うつ的な行動をとらないとの報告がある(Luby,
Kolk & Fisler, 1994),怒りっぽさ,けんか腰,規範の
2009)。また,乳児期から児童期までの縦断的研究によ
内在化の弱さがみられる(Kochanska, Clark & Gold-
ると,父親が子どもと接する時間が短くても子どもに温
man, 1997)とされている。また,このような子どもの
かく対応し,また適度に情緒的にコントロールすること
母親については,怒り,憎しみ,不信感などの陰性感情
が,乳幼児に対するうつ病の母親の影響を弱めることが
が強いとする報告がある(Kochanska, Clark & Gold-
確認されている(Mezulis, 2004)。なおこの研究では,
man, 1997)。以上の知見を見ると,母親が安定してお
父親のかかわりは子どもの内向的問題行動の減少には効
り,自己の制御能力が高く,子どもに対しても情緒的な
果があったが,外向的問題行動には効果がみられなかっ
対応をしていることが,子どもの情動制御の発達に大切
たとされている(Mezulis, 2004)。その一方で,父親が
であることが理解できる。
うつ病ある場合には,母親のうつ病を悪化させることも
情動制御の発達に関しては父親の役割も重要である。
あるので(Mezulis,2004),父親の健康状態によって
体を使って遊ぶことは母親に比べて父親が多い。そのた
は,乳児の危険性を高める効果と,悪影響を防ぐ効果の
め,子どもの体の興奮状態を見極めて,興奮状態が高ま
両方を持っていることになる。なお,父親がサポーティ
り過ぎたらそれを鎮めるようにかかわり方を調整するこ
ブであると,うつ病の母親の子育てもよりポジティブに
とが,特に男の子の相手をする場合に大切であるとされ
なることが確認されている。しかし,このような効果が
ている(Power & Parke, 1983)。
期待されるには,夫婦の結婚関係が良好であることが条
件であることはいうまでもない(Goodman,2009)。
4 .情動制御
ところで,情動制御における遺伝と親子関係との関連
についても少しずつ明らかにされてきている。例えば,
セロトニン伝達遺伝子調整遺伝子(serotonin( 5 -HT)
transporter gene regulatory region( 5 -HTTLPR)
)は
情動制御の発達は,外向的問題行動の出現や予防と大
セロトニンの神経伝達の抑制的な働きをすると考えられ
きく関係している。情動制御は情動(emotion)を感情
ており,このうち short 5 -HTTLPR 対立遺伝子(al-
(feeling)へという,感情発達と関係している。親子の
lele)はセロトニンの伝達軽減と関連しており,long
相互作用において,感情について話をすることが多いこ
5 -HTTLPR 対立遺伝子はセロトニンの伝達を高める
とが,子どもが自己の感情を語る能力と,他者の感情を
ことと関連している。この両方が作用し合って,調節が
理解する能力を高めることが知られている(Dunn,
成り立っている。これらの遺伝子と親子関係について 2
Brown, Slomkowski, Tesla & Youngblade, 1991;園
歳, 3 歳, 4 歳と縦断的に追跡して調べた研究による
田,1999)。安定したアタッチメントを形成している子
と,セロトニン伝達遺伝子調整遺伝子( 5 -HTTLPR)
どもは,母親から情緒的な言葉がけをされながら相手を
の short 5 -HTTLPR 対立遺伝子を持っている子ども
されており,幼児期における情緒理解が高いこと
で,アタッチメントのタイプが不安定であった子どもは
(Steele, Steele, Croft & Fonagy, 1999),身体的な興奮
自己制御が弱い,しかし,short 5 -HTTLPR 対立遺伝
を調節する能力,および,感情の自己制御の能力が高
子を持っている子どもであっても,安定型のアタッチメ
く,また,感情を分化して感じることと表現することが
ントの子どもは,long 対立遺伝子の子どもと同じよう
子育て支援と発達臨床心理学 :発達精神病理学の視点を加えて
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に自己制御は高いことが発見されている(Kochanska,
て,そこに意図があるととらえて話しかける傾向がある
Philibert & Barry, 2009)
。この研究から,アタッチメン
ことが明らかにされおり(Fonagy, Steele & Steele,
トが遺伝子型のリスクの予防因子として作用することが
1991),このような対応は,乳幼児の自己の組織化を助
示唆される。
けるものと考えられる。
5 .自己の安定性
Winnicott(1960, 1962)は,母親の自我が幼児の自我
を補強して強くて安定したものにすること,および,連
ここまでのところで,母親の中に,乳児を脅す行動,
続的な生の営みを基盤に,自我の統合における母親の,
侵入的な対応,乳児と調和していない一方的な対応,無
抱えること(holding)やあやすこと(handling)の意
反応,バラバラで一貫性のなさ,などの対応をするもの
味を強調した。また,Mahler ら(Mahler, Pine &
がいることを述べてきた。このような対応が子どもの無
Bergman, 1975)は,その分離-個体化の研究を通し
秩序,無方向型アタッチメントの形成と関連しており,
て,共生期の重要性とともに,再接近期における子ども
中には情緒的な問題行動を呈する子どもが生じるのであ
の分離を阻害する母親について記した。さらに,これも
るが,このことは自己の安定性の発達とも関係が深いと
よく知られていることであるが,Erikson(1959)は,
考えられる。
幅広い研究を通して,乳児期における基本的信頼の獲得
Sroufe(1989)は自己の形成について次のような考え
を提示している。それによると,自己とは,態度,感
とその後の自律との関係について述べている。
Fonagy ら(Fonagy, Gergely, Jurist & Target, 2002)
情,期待,意味が内的に組織化されたものである。それ
は,このような母親の態度をより整理した上で,映し返
は組織化された養育基盤から生じている。従って,自己
し(reflective function)機能を加えている。映し返し
の組織化の前に,乳幼児-養育者の二者関係からなる組
機能とは,子どもが自分自身の内的状態を理解しやすい
織化があり,それが,子どもの自己の組織化を生み出す
ように母親が言葉や態度で返すことと,母親自身の内的
と考えられている。この考えは Sander(1975)が提示
状態も子どもに理解されやすいように伝えるかかわりの
した自己の内的組織化に向かう二者関係の発達段階モデ
ことをいう。彼らはまた,メンタライゼーション(men-
ルを下に,Sroufe(1977)が提示した自己の発生の過程
talization)の概念を提起して,自己の組織化と情動制
の中に反映されている。また,Srufe & Waters(1977)
御の発達について論じている。メンタライゼーションと
は,乳幼児-養育者の二者関係からなる組織化の核とな
は,子どもが他者の行動,信念,感情,態度,願望,希
る意味でアタッチメントを重視している。Sroufe の自
望,知識,想像,ふり,嘘,意図,計画などに応じるこ
己の発生モデルをかいつまんで示すと,乳児期の組織化
とを可能にする能力,他者の心を読むことを可能にする
は,最初は行動レベルのものであるが, 1 歳半以降にな
能力,他者の行動が意味づけられ,予測可能なものにす
り象徴機能が発達し,そして鏡映自己認識が可能となる
る能力である。またメンタライゼーションは,他者の心
と,子ども自身が自己の組織化を認識することと自意識
だけでなく,子ども自身の心を知ることにも関係してい
を持つことが可能になり,やがて 3 歳頃に内的組織化に
る。従って,メンタライゼーションは,自己の組織化と
至るというものである。
情動制御主たる決定因であるとも考えられている。彼ら
この立場から考えると,乳児期における,母親の脅し
行動,侵入的な対応,乳児と調和していない一方的な対
は,映し返し機能が,このメンタライゼーションの発達
を促す上で重要であると考えている。
応,反応のなさ,バラバラで一貫性がないなどの対応
以上述べたようなかかわりを通して形成される安定し
は,乳児の行動レベルの組織化を阻害していることにな
た自己の組織化は,ストレス状況においても,子どもの
る。その結果として,無秩序,無方向型アタッチメント
精神的安定に寄与する。例えば,高いストレスで不安の
に特有の行動が生じ,自己の組織化がなされないことの
高い生活環境であったにもかかわらず,安定したアタッ
現れとされている情緒的問題が生じることが予想され
チメントを形成していた子どもは,親と一緒にいて情緒
る。これに対して,安定したアタッチメントを形成して
的問題の発現が不安定なアタッチメントであった子ども
いる子どもの母親は,乳児に感度よく応答し,乳児が不
よりも低かったことが報告されている。これに対して,
安になっているときに不安を鎮めるように感度よく対応
無秩序型アタッチメントの子どもは,情緒的問題行動の
し,適度な刺激で相手をし,同期よく調和的に相手をす
発現が顕著に高かったとのことである(Sroufe,2005)
。
る(Belsky, 1999),歩き始めの子どもの行動を見てい
吉田弘道
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6 .子育て支援への応用
⑴ 道具的支援
1981)が知られている。従って,親の表象の変容を目的
としたアプローチでは,①治療関係のなかでの修正愛着
体験を狙って,治療同盟の形成,転移,逆転移状況の利
母親が子育てをする場合に,子どもをあやすのを手
用,自己心理学の共感的応答性を重視するとともに,②
伝ったり,家事を補助するなどの具体的な支援は,道具
親の表象があり,子どもがその表象に同一化するので,
的支援と言われている。例えば,ぐずりやすくて育てに
この点に精神分析的にアプローチする,そのため精神分
くい子どもの子育てをする場合に,母親を手助けする人
析モデルに基づいて解釈による介入を行う。成人のアタ
がいると,アタッチメントの質は安定したものとなるこ
ッチメントが不安定,無秩序型(Disorganized)である
とが知られている(Crokenberg,1981)。また,乳児期
母親を対象とした Slade(2007)のアプローチもこのや
にサポートをよく受けていた母親は,サポートを受ける
り方に含まれるものである。そこでは,子どもとの関
度合いが低かった母親と比べて応答性が高くなることか
係,自分の母親との関係,妊娠,出産に至る間の感情の
ら,サポートによって乳児期の子育てをしている母親の
動き,離婚した人も含めて男性とのそれまでの関係など
態度を変えることができると考えられている(Crocken-
について話し合うとともに,母親が自分自身の内的状態
berg & McCluskey, 1986)。ほかにも,サポートを受け
について目を向けることを重視する。
ることによって,子どもに対する母親の感受性が高ま
⑶ 相互作用行動の変容を目的とするアプローチ
り,子どもの能力の発達と安定したアタッチメントの形
このアプローチは,相互作用行動に焦点を合わせて対
成にプラスの効果があることが確認されている(Juffer
応するもので,ビデオを利用して教育的要素も加えて行
& Rosenboom, 1997)
。
うものである。明確にするなら,母親の表象には注目せ
先に,境界性パーソナリティ障害の母の育児行動の特
ず,母親の行動に対応する支援方法である。Koren-Ka-
徴について紹介したが,このような母親に対しては,子
rie ら(Koren-Karie, Oppenheime & Goldsmith, 2007)
どもに対する母親の感受性を高め,母親が効力感を感じ
のアプローチは,この種類に含まれるが,母親の行動だ
られるような支援が必要であることと(Newman et al,
けでなく,子どもの視点から物事を見て行動の背後にあ
2007),その対応はかなり集中的でなければ効果が少な
る動機を共感的に理解すること,内省力(insightful-
く,週に 1 回ないしそれ以上訪問することが重要である
ness)を重要している。すなわち,母親が,子どもの心
とされている(Apter-Danon & Candilis-Huisman,
の内的な世界を見ること(insight)が,子どもの問題行
2005)。またうつ病の母親は子どものケアーに関心が高
動の軽減に関係するとし,母親の insight 能力に注目
いことも述べたが,上記の具体的なサポートの効果は母
し,母親の insight 能力を高めることを狙っている。ま
親がうつ病であっても確認されているので,母親が自己
た Dozier ら(Dozier, Dozier & Manni, 2002)のプログ
効力感を保てるように道具的サポートをすることは重要
ラムも,このやり方に含まれる。Dozier らは,母親の
であるといえる(Teti & Gelfand, 1991)
。
脅し行動を減らすことを目的としたプログラムを実施し
⑵ 母親の表象への支援
ている。そこでは,養育者に対して,不安になっている
Stern(1995)は,親子の間にみられる行動による相
乳児のシグナルの意味を探り,理解し,解釈することを
互作用と,その行動の背後にある親子それぞれのさまざ
伝え,感度良く対応する養育者 , 里親の能力を高めるこ
まな経験や内的表象があるとの考えを提示した。その上
とに焦点化している。このような支援によって,乳児を
で,親-乳幼児心理療法として,親の表象の変容を目的
脅す行動ではなくほかの行動で対応することを助け,脅
としたアプローチと,相互作用行動の変容を目的とする
し行動を減らすことができるとしている。
アプローチの二つに整理している。母親の表象に関して
ところで,このプログラムでは,母親自身のアタッチ
は,保育室の幽霊(Fraiberg, Adelson & Shapiro, 1975)
メントのタイプが未解決型(unresolved)であり,自分
や,母親が子どもの表象を自分自身の好ましくない側面
自身の親との問題を引きずっており,ほかの対人関係に
に一致させることによって,子どもが彼女の歪めた表象
おいても信頼度が低い養育者の場合には,トレイナーと
に合致するように振る舞うように操作すること(San-
信頼関係を結ぶのが難しく,そのため,乳児との間に信
dler,1994),母親が,自分自身の両親や自分自身に抱
頼関係を形成することができるようになるのに多大な努
いているイメージを子どもに張りつける(投影する)こ
力を要することが報告されている(Korfmacher, Adam,
とによるアイデンティティのレッテル張り(Cramer,
Ogawa & Egeland, 1997)。また,15の介入研究を対象
子育て支援と発達臨床心理学 :発達精神病理学の視点を加えて
37
に行ったメタ分析では,乳児が 6 カ月以降に開始し,ト
まずは私たちと母親が作り上げた理解の組織化の中に,
レーニングを受けたセラピストが対応した場合に,無秩
母親と子どもが包まれるようになることである。やがて
序型の乳児が減ること,それは短期間の実施では困難で
は,母親が子どもを理解できるようになり,その後,子
あり,少なくとも12カ月間毎週訪問する場合に効果のあ
どもの自己の組織化が進むのである。この理解の組織化
ることが明らかにされている(Bakermans-Kranen-
には,発達精神病理学がとなえているように,発達の脈
burg, van IJzendoorn & Juffer, 2005)
。
略のなかで理解を組み立てることが含まれることは言う
Stern(1995)は,上述した二つのアプローチの共通
までもない。
点として,陽性の治療同盟,陽性の転移,陽性の治療的
(本論文は,第10回子育て支援講座:臨床心理士子育
配慮を活用することを挙げている。ここに挙げられてい
て支援合同委員会主催,2014年 6 月15日,神戸,におけ
ることは,私たちが子育て支援を行う上で保持しなけれ
る講演がもととなっている。)
ばならない,基本的な態度であるといえる。
引用文献
⑷ 子育て支援活動を行う際に考慮すること
以上の研究知見を下に,私たちは子育て支援を行う場
Apter-Danon, G., & Candilis-Huisman, D.(2005)A chal-
合にどのようなことを考慮したらよいのであろうか。
lenge for perinatal psychiatry: Therapeutic management
Fraiberg, Adelson & Shapiro(1975)は,母親への対応
として,情緒的な支持的な教育的対応が効果を持たな
かった場合に母親の内省志向的な対応,つまり母親の表
象への支援が導入され,推奨されるとしているが,面接
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の現場では,母親の心理療法は難しいと考えられる。そ
infant disorganization. Attachment and Human Develop-
のため,相互作用へのアプローチが無難であるように思
われる。先に紹介したが Fonagy, Gergely, Jurist, &
Target(2002)は,自己の組織化を促進する映し返し
機能に注目している。映し返しを適切に行っている親に
育てられている乳幼児は,安定したアタッチメントを形
成しており,自己の組織化とメンタライゼーションが発
達するという。この知見に基づくなら,私たちが乳幼児
の行動とその行動の奥にある意図や考え,感情に目を向
けて理解し,これを母親に通訳し,母親が適切な映し返
しができるように支援することは大切なことである。ま
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て考える能力をうまく使えない母親に対しては,私たち
its: results from an at-risk latino immigrant sample with
が母親への映し返しを行うことを通して,母親の
high rates of maternal major depressive disorder. Infant
insight 能力を高める努力が必要な場合もあるであろう。
これらの対応において重要となるのが,親子の相互関
係に関する総合的なアセスメントである。言い換えれ
ば,親子の相互関係についてアセスメントすることが重
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なされるのが望ましい。その上で,アセスメントと親子
ran, P,(2010)The impact of maternal depression and
の理解が進み,その理解を組織化してまとめ上げた上で
私たちは母親に対応することである。これらの理解は,
いずれは母親が自分自身で理解したこととして使えるよ
うになり,私たちの手を借りなくとも母親が一人で対応
できるようになるのが理想である。そうなるためには,
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