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脾臓摘出後重症感染症(OPSI)の予防 - JHospitalist Network
Clinical Question 2015年10月26日 JHospitalist Network 脾臓摘出後重症感染症(OPSI)の予防 洛和会音羽病院 総合内科 野本英俊 監修 総合内科 神谷亨 分野:感染症 テーマ:予防医学 症例 25歳男性 現病歴 1日前から軽度の咽頭痛と39℃の発熱を認めた。翌日も解熱し ないため近医を受診したところ、肝障害・腎障害を認め緊急入院 した。その後収縮期血圧60mmHgとショックバイタルになり、精査 加療目的で当院へ転院となった。 既往歴 10歳 脾梗塞(詳細不明)に対して脾臓摘出術 内服 なし アレルギー なし 生活歴 sick contactなし ワクチン接種 14歳 ニューモバックス接種 Vital sign 意識清明 BP 60/40mmHg(DOA 6ml/h) HR 130回/分(整) 呼吸数20回/分 SpO2:100%(室内気) BT 39.5℃ 身体所見 球結膜充血あり 出血斑なし 項部硬直なし 頸部リンパ節腫大なし 呼吸音清 心雑音聴取せず 腹部平坦・軟 圧痛なし 肝脾叩打痛なし 背部 CVA叩打痛なし 脊柱叩打痛なし 四肢 末梢冷感あり 出血斑・紫斑なし 血液検査 Na 140mEq/L, K 3.5mEq/L, Cl 107mEq/L, BUN 30.2mg/dL , Cre 1.8mg/dL WBC 23800/μL(Neu 85.9%,St47.0%),Hb 14.6g/dL, Plt 40.0×103/μL AST 101 IU/L, ALT 83 IU/L, γ-GTP 89 IU/L, ALP 349 IU/L, CPK 1065 IU/L, CRP 23.6mg/dL PT-INR 1.40sec, APTT 61.2sec , Fib 197mg/dL 尿検査 UA Protein(-),Blood(3+),RBC 30-49/HPF, WBC <1/HPF, bacteria(-) 尿中肺炎球菌抗原(-) 入院後経過 脾臓摘出後患者の敗血症であり、S. pneumoniaeやH. influenzae の感染を念頭においてCTRX 2g q12h、VCM 1g q12hで抗菌薬 加療を開始した。 Day2 血圧が安定し、昇圧薬を中止。 Day4 前医での血液培養からS. pneumoniae(PISP)が検出され た。 Day8までには臓器障害も改善し、Day9に退院となった。 最終診断 PISPによる脾臓摘出後重症感染症(OPSI) Clinical question ⒈ なぜ脾摘後にはOPSIが起こるのか ⒉ OPSIの効果的な予防法はあるのか Clinical question ⒈ なぜ脾摘後にはOPSIが起こるのか ⒉ OPSIの効果的な予防法はあるのか 脾臓の機能について 脾臓は人体で最大のリンパ組織である。 脾臓には白脾髄、赤脾髄、辺縁帯がありそれぞれ働きが異なる。 白脾髄 ・特異抗体の産生 ・オプソニン化 辺縁帯 ・IgMメモリーB細胞 による自然免疫 赤脾髄 ・マクロファージ による貪食の場 Lancet 2011; 378: 86–97を改変 莢膜をもつ細菌に対する免疫応答 細菌が体内に侵入すると抗体や補体が結合することでオプソニ ン化され、マクロファージによって貪食されやすくなる。 莢膜をもつ細菌(S. pneumoniae、H. influenzae、N. meningitidis 等)は抗体や補体が結合にしくく、オプソニン化されにくい。 これらの排除には、脾臓の辺縁帯に存在するIgMメモリーB細胞 が大きな役割を担う。 IgMメモリーB細胞は自然抗体を産生する。自然抗体とは、病原 体に遭遇する前から体内に用意されている免疫グロブリンであり、 莢膜をもつ細菌が初回感染した際にも効果的に免疫応答する。 脾臓が正常に機能していれば、莢膜をもつ細菌 への免疫応答が保たれる。 脾摘による免疫機能の変化 体内のB細胞の約半分は脾臓に存在する。脾摘により、オプソ ニン化に必要な免疫グロブリンの産生量が減少する。 さらに、脾臓の辺縁帯に存在するIgMメモリーB細胞を失うこと で自然抗体が産生できなくなり、莢膜をもつ細菌に対する抵抗力 が減弱する。 脾臓摘出後重症感染症(OPSI)のリスク 参考①脾摘と感染症の発症時期について 脾摘からOPSI発症までの時間は報告によって様々であるが、 少なくとも感染のリスクは終生存在する(下図)1,2) 1)J Clin Pathol 2001; 54: 214–18. 2)Lancet 2011; 378: 86–97. 参考②無脾症における感染症の特徴 莢膜を有する細菌の感染頻度が高い OPSIの原因菌のうちS. pneumoniaeが最も多い1)。 次に多いのはH. influenzae type b(Hib)であり、N. meningitidisが それに続く。 動物咬傷後のCapnocytophaga canimorsusやC. cynodegmiによ る感染のリスクも上昇。Bordetella holmesii感染の報告もある2)。 寄生虫の感染について 脾臓での感染赤血球の除去が行えないため、重症化する可能 性がある。 バベシア症は重症例や再発する難治例の報告がある3)。 マラリアの感染リスクも上昇すると考えられている。 1)Br J Surg. 1991;78(9):1031. 2)Clin Infect Dis. 2004;38(6):799. 3)Clin Infect Dis. 2008;46(3):370. Clinical question ⒈ なぜ脾摘後にはOPSIが起こるのか ⒉ OPSIの効果的な予防法はあるのか OPSIの予防 ⒈ 患者教育 ⒉ ワクチン ⒊ 予防的抗菌薬 脾摘された患者のうち、OPSIの危険性を認識している患者は 11−50%程度と多くはない1)。 OPSIのリスクと予防法(ワクチン、抗菌薬、発熱時の早期受診等) についての理解が正しいほど、発症のリスクは低下する。 エジプトで行われた318人の脾摘後患者(5〜16歳:平均14歳)を対象とした 質問シートを用いた研究では、脾摘による感染リスクを正しく認識している 患者ほど、OPSIの頻度は低下した。 各質問の理解度に応じて0−2点をつけ合計する Good:15−20点 Fair:6−14点 Poor:5点以下 Knowledge 人数 OPSI(%) Good 2/142 1.4 Fair 3/96 3.1 Poor 13/79 16.5 χ2=12.99 P<0.01 1)Hematol J 2004; 5: 77–80.を改変 OPSIの予防 ⒈ 患者教育 ⒉ ワクチン ⒊ 予防的抗菌薬 日本でOPSIの予防に使用できるワクチン • 肺炎球菌ワクチン PPSV23(ニューモバックス®NP)、PCV13(プレベナー13®) • Hib(Haemophilus influenzae b)ワクチン ActHIB® • 髄膜炎菌ワクチン Menactra® それぞれのワクチンの特徴について説明します 肺炎球菌ワクチン 本邦で使用可能なワクチン PPSV23(ニューモバックス®NP)、PCV13(プレベナー13®) PPSV23 23種類の莢膜型の肺炎球菌から抽出された莢膜多糖体を混合 したワクチン。5年間ごとの再接種が必要。2歳未満に対する免 疫原性は低く有効でない。 PCV13 13種類の莢膜多糖体に無毒化したジフテリア蛋白(キャリア蛋 白)を結合させたワクチン。キャリア蛋白に反応するT細胞がB 細胞による抗莢膜抗体の産生を助けることができるため、T細 胞免疫系の未熟な2歳未満の小児においても免疫記憶を誘導 することができる。 ※日本での脾摘患者への保険適用があるのはPPSV23のみ。 米国予防接種諮問委員会(ACIP)の推奨 以下の患者にはPCV13とPPSV23の併用を推奨している。 2−18歳でIPDの高リスク群(解剖学的または機能的無脾、 先天性免疫不全、HIV感染など) 19歳以上でIPDの高リスク群(解剖学的または機能的無脾、 HIV感染、担癌、髄液漏、人工内耳、進行した腎不全)1) 65歳以上の成人全例2) ✳︎IPD: invasive pneumococcal disease 併用が有効な根拠として、PCV13の投与後PPSV23を投与する方 が免疫原性が高かったとする複数の研究がある3)。 2つのワクチンの投与間隔についても検討が不足している。 接種後の抗体価等を参考に次ページに示す投与間隔 (8週間以上)が提案された。 1)MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2012;61(40):816 2)MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2014;63(37):822. 3)MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2015;64(34);944-947. 脾摘前後での肺炎球菌ワクチン接種について PCV13→PPSV23の順に接種、接種の間隔は8週以上空ける ACIPの推奨する投与スケジュール1) 脾摘のタイミング PCV13未接種 PCV13接種済み 予定での脾摘の場合 PCV13を接種 ↓ PPSV23を8週以降かつ 脾摘2週以前に接種 ↓ 5年毎にPPSV23を接種 PPSV23を脾摘2週以前 に接種 ↓ 5年毎にPPSV23を接種 緊急での脾摘の場合 脾摘後にPCV13を接種 する ↓ PPSV23をPSV13接種か ら8週以上空けて接種 ↓ 5年毎にPPSV23を接種 PPSV23を脾摘後2週以 降に接種 ↓ 5年毎にPPSV23を接種 ※PPSV23のみ、脾摘前後2週間の接種を避けることが推奨されている。 1)N Engl J Med 2014;371:349-56.を改変 侵襲性Haemophilus influenzae b(Hib)感染症 Haemophilus influenzaeは莢膜の有無によって有莢膜型と無莢 膜型に区別され、有莢膜型にはa-fの6血清型が存在する。 中でもb型(Hib)は最も毒性が高く、小児の侵襲性感染症の 95%はHibが原因である。 感染経路はヒト-ヒト感染であり、保菌者からの気道分泌物の飛 沫または直接接触によって伝播する。 Hibワクチン Hibの莢膜多糖体を破傷風トキソイドと結合させたワクチン (ActHIB®)が日本で使用されている。 本邦では2008年12月19日から接種可能になり、2013年4月1日 からは予防接種法の改正に伴い小児に対する定期接種が開 始された。 日本では脾摘患者、脾機能不全患者への保険適用はない 脾摘患者でのHibワクチン ACIPの推奨するHibワクチン接種の対象1) 無脾症、HIV感染、免疫グロブリン欠損症、補体欠損症、造血 幹細胞移植後、悪性腫瘍に対する化学・放射線療法 一般的に5歳以降ではHibへの抗体保有率が高く、Hib感染のリ スクは低いとされるが、Hibワクチン未接種の場合は、脾摘患者 への接種が推奨されている。 脾摘患者ではHibへの抗体反応は正常より低く、健常者より抗 体保有期間も短い可能性がある2)が、特に再接種に対する推 奨はない。 1)MMWR Recomm Rep. 2014;63(RR-01):1. 2)Clin Infect Dis. 2014;58(3):e44-e100. 侵襲性髄膜炎菌感染症(IMD) 髄膜炎菌は莢膜多糖体の抗原により13種類の血清型に分類さ れるが、感染のほとんどは5種類の血清型(A,B,C,Y,W−135)に よって生じる。 一般的に3〜4日の潜伏期の後に発症し、適切な治療が行われ ても死亡率は10〜15%である。 生存者にも11〜19%には難聴、神経学的後遺症、四肢切断と いった後遺症が残る。 感染のリスクには、宿主の因子(解剖的または機能的無脾症、 補体欠損、HIVなど免疫不全)と環境因子(喫煙、喫煙、寮での 集団生活、流行地域への渡航など)がある。 MMWR Recomm Rep. 2013 Mar 22;62(RR-2):1-28. 髄膜炎流行地域 サハラ砂漠以南の髄膜炎ベルトと呼ばれる地域で乾季 (6〜12月)に流行する。 Vaccine.2009 ;27(Suppl.2) :B51-63 髄膜炎菌ワクチン 多糖体ワクチンと結合型ワクチンが流通している 日本では2015年5月より4価の結合型ワクチン(Menactra®)のみ 承認された。 Menactra®はPCV13に干渉し抗原性を弱めるという報告があり、 ACIPはPCV13接種後に4週間空けるよう推奨している。 PCV13との同時接種はMenveo®またはMenHibrix®であれば 可能だが、いずれも国内では未承認である。 MMWR Recomm Rep. 2013 Mar 22;62(RR-2):1-28. 髄膜炎菌ワクチンの接種法 待機的脾摘と緊急脾摘で接種回数が変わる。 Menactra®を下記のスケジュールで接種する。 脾摘前に接種 ↓ 5年毎に再接種 脾摘後に8〜12週あけて 2回接種(日本の添付文書 に2回接種の記載はない) ↓ 5年毎に再接種 N Engl J Med 2014;371:349-56.を改変 日本における髄膜炎菌感染症 発症頻度 1999年〜2013年3月までは毎年7〜21例の報告 2011年5月に宮崎の高校でB型株による集団発生例 国内発症例はB型株とY型株が圧倒的に多い 1974年〜2003年までに国内で単離された髄膜炎菌性髄膜炎 182株の血清型の解析1) →B型103株、Y型39株、W−135型1株、判別不能39株 2005年〜2013年までに国内で単離された髄膜炎菌性髄膜炎18 株の血清型の解析2) →B型22株、Y型18株、C型2株、W−135型3株、不明5株 1)IASR Vol.26 p 35-36 2)IASR Vol. 34 p. 361-362 髄膜炎菌ワクチンの国内での使用について 問題点 国内での髄膜炎菌感染症の発症頻度は低いが、 Menactra®は国内で頻度の高いB型株をカバーしていない。 ACIPは解剖学的または機能的無脾症に対してワクチン接種を 推奨している。しかし日本でのメリット・デメリットや費用対効果 については十分検討されていないため、個々の患者ごとの状 況を考慮して接種するかどうかを決定する。 OPSIの予防 ⒈ 患者教育 ⒉ ワクチン ⒊ 予防的抗菌薬 予防的抗菌薬の適応について統一された見解はない。 小児では脾摘患者や鎌状赤血球症での感染症の発症率・死亡 率低下を示した研究がある。 米国小児科学会では脾摘後5歳まで、かつ術後1年間の抗菌薬 内服を推奨している。 成人ではルーチンの予防は推奨されないが、IPDの罹患歴があ るヒトや高度の免疫不全者には予防内服を考慮してもよい。 ✳︎IPD: invasive pneumococcal disease 投与例: アモキシシリン 小児:10mg/kg 2回/日 成人:250−500mg 2回/日 UpToDate. Prevention of sepsis in the asplenic patient 本症例での対応 脾摘後で感染症のリスクが高いこと、発熱、悪寒戦 慄などを生じたら早めに医療期間を受診すること、 予防接種の必要性について説明した。 11年前にニューモバックスの接種を受けているが、 退院後外来でPCV13とHibワクチン、Menactraを接 種、その2ヶ月後にPPSV23を接種した。 予防的抗菌薬は投与しなかった。 Take home message 解剖学的・機能的無脾症は、莢膜をもつ細菌による 重症感染症のリスクを上げる。 OPSIの予防には、患者教育、ワクチン接種が有用で あり、状況により予防的抗菌薬を考慮する。