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情報通信産業におけるインフラ輸出を成功させるために ~認識すべき
11 年 1 月号 情報通信産業におけるインフラ輸出を成功させるために ~認識すべきマーケティングへの投資判断の重要性~ 株式会社野村総合研究所 情報・通信コンサルティング部 上級コンサルタント 石綿 昌平 いかに多くの良質なアプリケーションを提供されるかが重 要となる。アップルは、アプリケーションを作成する専門 企業に投資するファンドである iFund を 100 億円で組成 している。このような投資活動は、iPhone というエコシステ ムを展開するための、マーケティング活動の一つといえ る。 各社とも、開発や生産部分での独自性や優位性もさる ことながら、マーケティング面に大きな投資を敢行してき た。日本企業がマーケティング、とくにグローバルマーケ ティングに弱いという評判は、今に始まったことではない。 そこには、マーケティングに対する投資の重要性を認識 し意思決定することすらできてこなかった日本企業の実 態があり、単なる手法の巧拙の問題に留まらないだろう。 1.グローバル市場での競争優位の変化 1)日本の情報通信関連機器の海外展開 日本の情報通信関連機器は、「ガラパゴス問題」の発 信地である。携帯電話端末のグローバルでの市場シェア は数%にまで下落し、低迷している。また、パソコンのシ ェアも長年低いままである。 その理由は多くあるが、デジタル化の流れで、日本企 業が得意としてきたアナログ技術、ものづくり単体での差 別化ができなくなったことが大きい。AV 家電は、ビデオ デッキやブラウン管テレビの時代には、日本企業のシェ アが高かった。携帯電話端末も、小型化技術が競争優 位性の核になっていた時代には、海外でもある程度のシ ェアを占めていた。しかし、近年、日本企業の海外市場 からの撤退が相次ぐ事態となった。それは、市場での勝 敗を決める競争優位性が変わったことを意味する。 2.パッケージ型社会インフラの輸出に おける情報通信産業の役割 2)マーケティングへの投資判断の重要性 携帯電話端末のグローバル競争においては、大規模 な広告投資や販売チャネルのマネージメントが重要な要 因であった。サムスンは、半導体・液晶では生産に、携 帯電話端末では広告に多額の投資をすることで、日本 企業を引き離した。また、ノキアは、中国市場の開拓にあ たり、数千人の販売人員を確保している。 直近では、アップルの iPhone が、シェアの増加が著し く、端末としての独自性が高く評価されている。ただし、 そのアップルにおいても、ブランドや販売チャネルに対し て多大な投資を行っている。例えば、アップルストアを 2001 年に開店すると、全米各地で店舗数を急拡大させ、 現在 230 店舗を展開する。これが、iPhone のブランディ ングやマーケティングに大きな効果を発揮している。海 外でも、2003 年の日本の銀座店の開店を皮切りに、各 地に出店している。 また、iPhone の成長を支えたのは、App Store を中心と した、アプリケーション市場におけるエコシステム1の構築 である。アプリケーション市場では、世界中の人々から、 製品単体で勝負することが困難な環境の中、「パッケ ージ型社会インフラ」の輸出(海外展開)が注目されてい る。2010 年 6 月に経済産業省が発表した新成長戦略で も、これが主たる戦略分野に位置づけられている。前後 して、首相官邸において「パッケージ型社会インフラ推 進実務者会議」なども設定されており、日本政府は支援 体制を整えている。 とくに、近年、パッケージ型社会インフラとして、水、発 電、送電、原子力、鉄道、リサイクル、宇宙産業などの分 野で先行的な取り組みがなされ、これらの試みは軌道に 乗りつつある。インドの「デリー・ムンバイ産業大動脈」構 想においては、経済産業省が、日本企業から成る4件の コンソーシアムを選定し、積極的な支援を行っているとい う事例もある。 社会インフラの中に、通信インフラそのものは含まれて いない。携帯電話は、加入者がすでに全世界で 40 億人 を超え、地球規模の社会インフラとして定着している。 むしろ、情報通信としては、M2M コミュニケーション2を 2 1 市場の健全かつ安定的な発展を促進しようとする理念 Machine-to-Machine のコミュニケーションの意で、人に端末が紐 づくのではなく、機械などに無線モジュールが接続されるというコン セプト -1当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyrightⓒ2010 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 11 年 1 月号 信用保証を行った事例もある。 こうした支援により、各国の携帯電話キャリアがグロー バル市場に羽ばたいた。機器導入等に支払ったコストを 大きく超えるサービス収入を享受でき、自国産業の発展 につながった。まさに、官民が Win-Win の関係を築いて きた成果といえる。 利用した様々な社会インフラの提供、および EC 決済や SMS 送金(携帯電話のショート・メッセージ・システムを利 用した送金)等の金融・決済インフラとしての機能が注目 されている。スマートグリッド、ワイヤレスヘルスケア、IT 農業など、あらゆる分野での応用が期待されている。実 は、M2M というキーワード自体は、もう 10 年来提唱され ているものである。地震や地滑りに関連したソリューショ ン等、日本ではいくつかの応用例があり、世界中で注目 されている。 新興国では急速にネットワークが広がっており、その 上で展開される EC も着々と普及しつつある。ベトナム等 においても、毎年利用者数が一桁増加している状況で ある。日本の楽天が牽引しているモール型の EC サイト は日本独自の構想であり、まさに社会インフラといえるレ ベルにまで成長している。 4.今後の情報通信産業の輸出に向けて 3.パッケージ型社会インフラ輸出に おいても重要なマーケティング投資 このようなパッケージ型社会インフラの輸出の試みは、 日本の情報通信産業にとって初めての経験ではない。i モードの輸出が代表的な例である。日本のシステムをパ ッケージ化して海外に展開することを目指していたもの であり、社会インフラといえるだろう。ただし、最終的には この試みは道半ばであきらめざるをえなかった。日本製 の端末を中心に展開を図ったが、ラインナップを揃えるこ とができず、現地の消費者の支持を獲得できなかった。 成功例としては、ISDB-T の中南米展開がある。これは、 技術的な優位性に加え、日本の政府関係者の現地政府 に対するたゆまない働きかけによって実現された。土曜 日の朝に、翌週火曜日の中南米でのミーティングが設定 され、これに政府高官が対応したこともあったという。 ちなみに、この ISDB-T の展開においては、日本の方 式は導入されたが、送信機や受像機などの分野では、 ほとんど日本企業が恩恵にあずかることができなかった。 この結果については、最終的な機器のマーケティングで は十分な力を発揮できなかったという考え方もある。しか し、自国の産業を守りたい当該国の立場を踏まえれば、 それほど簡単な話でもない。日本の機器の使用を前提 にシステムが組まれていたならば、日本の方式を導入で きなかった可能性もあっただろう。 そもそも、携帯電話のインフラを世界各国に販売した ノキアやエリクソンは、各国の通信キャリアに対して、機 器、ファイナンス、サービス等の様々な面で支援を行っ た。例えば、エリクソンは、海外キャリアが通信機器を購 入する際の融資を、ベンダーファイナンスという形で実施 した。また、スウェーデン政府が、海外キャリアの負債の 産業輸出とは、当該国の産業が活性化され、国民が 豊かになることが期待される分野に積極的に投資し、関 係者が一致団結することである。それは、まさにマーケテ ィング投資であり、得られた成果・利益を、関係者が少し ずつ分け合うモデルである。 例えば、M2M コミュニケーションに基づくサービスのア イデアは、多岐にわたると考えられる。実際に、日本でも、 これらを利用してサービスを提供しているのは、大手の 携帯電話キャリアやシステムインテグレーターではなく、 中小のプロバイダーである場合が多い。今後の発展に 向けては、これらのプロバイダーがどれだけ多く登場し、 活性化されるかが重要となる。 情報通信産業の海外展開に向けては、先述した Apple の iFund のように、“M2M のソリューションファンド” を設立し、世界各国でソリューションの提供を志向する ベンチャー企業の育成を図ることが重要である。i モード の例においては、コンテンツや端末の開発に際してファ ンドを立ち上げ、現地のメーカーやコンテンツプロバイダ ーを育成する方法も有効だっただろう。また、あらゆる場 や形での人材交流は必須だろう。 M2M だけではなく、EC 決済や SMS 送金のプラットフ ォーム等、日本から輸出できる情報通信分野での社会イ ンフラは、まだ多く存在するはずである。これらの海外展 開に向けては、マーケティングに対する投資の意思決定 を適切に行う重要性を肝に銘じた上で、今後も官民が協 力して取り組んでいくことが望まれる。 -2当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyrightⓒ2010 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.