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第 3 章 手 術

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第 3 章 手 術
第3章
手
術
● はじめに
手術治療は肝切除および肝移植という手法により悪性腫瘍を除去し,局所制御性におい
て最も確実性が高い治療である。第 18 回全国原発性肝癌追跡調査(2004~2005 年)
(L3H000041))の手術死亡率は 0.7%と報告され,安全性も他の一般消化器外科手術と遜
色ない状況である。今回のガイドライン改訂では 2008~2011 年に発行された英文論文より
肝細胞癌,手術をキーワードに検索した原著論文 2,898 編を基に CQ および解説の見直し
を行った。表に第 3 章手術における CQ の変遷を示す。
手術適応では術前肝機能評価が不同のトップバッターであり,障害肝における肝切除の
安全性を保証するエビデンスが紹介されてきた。肝切除の術式に関して網羅的観点から標
準的肝切除という CQ を新設した。ここでは世界をリードしてきた本邦の肝切除に関する
エビデンスを多角的に紹介している。
予後因子ではいずれの改訂においても CQ の修正はなく,肝切除後の長期成績に関する
エビデンスが紹介されている。しかし,いずれの推奨もグレード B にとどまっており,本
邦初の前向き試験の登場が期待されるところである。
周術期管理では輸血,出血抑制に加えて腹腔内ドレーンの是非について CQ が新設され
た。これは海外文献を基にグレード A の推奨であるが,同解説にも記載されているように
実臨床において本邦の実情に応じた検証が求められている。
今回,治療後再発予防に関する第 8 章が新設されたことより,本章の補助療法は術前後
化学療法に絞って解説した。現在,分子標的治療薬を中心に術後補助化学療法の前向き試
験が進行中であり結果が期待されている。
肝移植はダウンステージングと適応の 2 つの CQ に厳選して解説を行った。従来の予後
因子や肝切除との比較に関しては肝移植適応(CQ31)の項に集約された。詳しくは第 5 節・
肝移植の「はじめに」をご参照願いたい。
ガイドラインは臨床判断を制限したり強制したりするものではなく,各 CQ を参考とし
て適切な治療法が選択されることが望ましい。また,本邦初のエビデンスレベルの高い前
向き試験はいまだ十分とはいえず,今後,手術に関する新知見の登場が期待されるところ
である。
■ 文献の選択
2008~2011 年の英文原著論文より肝細胞癌,手術をキーワードに検索した原著論文
2,898 編を基にガイドラインの策定に有用と思われる文献を抽出した。新規に設定された
CQ では 2005 年版や 2009 年版と同様に文献の再検索を行い採択した。
■ 参考文献
1)L3H00004
工藤 正俊, 有井滋樹, 猪飼伊和夫, 小俣政男, 神代正道, 坂元亨宇, 他.
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(日本肝癌研究会追跡調査委員会).
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80
第3章
表 「第 3 章 手術」における CQ の変遷
2005
2009
2013
●
●
手術適応
術前肝機能評価
●
小肝癌治療
●
拡大切除
●
切除範囲
再発治療
●
●
●
標準的肝切除
●
術前腫瘍条件評価
●
予後因子
切除後予後因子
●
●
●
切除断端距離
●
●
●
系統的切除
●
●
●
周術期管理
輸血
●
●
●
出血量
●
●
●
ドレーン
●
補助療法
術前補助療法
●
●
術後補助療法
●
●
術前補助化学療法
●
術後補助化学療法
●
肝移植
移植前 TAE
●
移植前治療
●
ダウンステージング
●
移植適応
●
移植後予後因子
●
●
肝切除との比較
●
●
再発治療
●
背景肝と移植
●
81
手
術
第3章
第1節
手
術
手術適応・術式
CQ 19
肝切除術を行う際の術前肝機能評価因子は何を用いるのが適当か?
また肝機能面からみた手術適応は?
推 奨
術前肝機能評価としては,一般肝機能検査に加え ICG 15 分停滞率を測定するこ
とが望ましい。手術適応は,これらの値と予定肝切除量とのバランスから決定
するのが妥当である。(グレードB)
■ サイエンティフィックステートメント
術前肝機能評価としての肝予備能分類として,従来から Child 分類*および,その変法で
ある Child-Pugh 分類*が世界的に汎用されている。これはもともと胃食道静脈瘤に対する
手術適応のため考案された分類であるが,基本的な臨床症状と血液検査から得られる 5 項
目を点数化し半定量的に肝予備能を評価・分類できる点が優れている。この 5 項目のうち,
とくに腹水は門脈圧亢進症の程度の指標とされ,コントロール不良であれば手術適応とは
ならない。また,血小板数も従来から門脈圧亢進症の指標とされており,血小板数(術前
15 万/μl 未満)が術後の合併症や肝不全,術後死亡を予測する危険因子となっているとす
る報告がある(L3F013851)Level 3)。さらに Bruix らは,Child-Pugh 分類 A の肝硬変合
併肝細胞癌切除例 29 例を対象に hepatic venous pressure gradient(HVPG)による術前
門脈圧測定を行い,多変量解析の結果,HVPG が術後肝不全に寄与する唯一の因子であっ
たと報告している(LF005142)Level 3)。欧米では従来から Child-Pugh 分類の B,C 症例
は手術適応としないのが一般的であったが,さらに彼らはこの結果を鑑み Child-Pugh 分類
での A の症例でも門脈圧亢進症を併存する場合は肝切除の適応外とする基準を主張してい
る。なお,この基準は欧米の肝癌治療ガイドラインに採用されている(L3H000183))。こ
れに対し Cucchetti らは門脈圧亢進症の有無別に肝切除後成績を比較した検討を行った結
果,術後死亡率,合併症率に差は認めず,門脈圧亢進症は 2 区域以上(Couinaud 分類によ
る)の肝切除の禁忌とはならないと報告している(L3F013214)Level 2b)。また,本邦の
報告においても,門脈圧亢進症を有する肝細胞癌症例でも,ある程度縮小した肝切除術式
を選択すれば術後合併症の増加は認められず,適応禁忌ではないと主張している
(L3F021745)Level 2b)
。
一方,肝切除の定量的な術前肝機能評価法としてガラクトース負荷試験,99mTc-GSA 肝
シンチグラフィー,ICG 負荷試験,アミノ酸クリアランス試験,アミノピリン呼気試験な
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第3章
手
術
どがあげられる。ガラクトース負荷試験では,肝細胞癌 78 例を含む肝切除 258 例(術後死
亡 6 例,2%)を対象に galactose elimination capacity(GEC)が術後合併症,術後死亡
の予測因子として有用であり,肝細胞癌症例に限っても同様の結果を認めている
(LF120846)Level 2b)
。99mTc-GSA 肝シンチグラフィーについては,組織学的肝障害の評
価において ICG 15 分停滞率よりも優れていると報告されている(LF004577)Level 4)
。ICG
負荷試験に関する検討では,術後死亡の予測因子として有用であるとする報告がこれまで
数多くなされており,肝細胞癌切除例 127 例を対象とした検討では,ICG 15 分停滞率が術
後死亡を予測する因子としてアミノ酸クリアランス試験,アミノピリン呼気試験より優れ
ていたと報告されている(LF004418)Level 2a)。また,2 区域以上の広範囲肝切除例を対
象にその安全性を検討した報告では,肝硬変症例で ICGR15 値 14%が入院死亡予測のカッ
トオフ値として有用であったとされている(L3F044749)Level 2b)
。ICG 15 分停滞率は,
日本肝癌研究会による liver damage 評価の際の一因子(LF1208810)Level 5)として採用
されており,術前肝機能評価法の標準的な検査となっている。
手術適応基準として Yamanaka らは,ICG 15 分値,肝切除量,年齢から構成される肝不
全の prediction score を考案した(L3H0003411)Level 4)
。さらに,この基準による自験例
での検証を,肝細胞癌 376 例,転移性肝癌 58 例を対象として行い,この基準合致・非合致
が,術後死亡を正確に予測したと報告している(LF0063212)Level 2b)
。また Takasaki ら
は,ICG 負荷試験の値ごとに異なる許容肝切除量を設定した基準を提唱した(L3H0003713)
Level 4)
。さらに彼らは,この基準を自験例の肝切除例 98 例を対象として検証し,基準内
の肝切除術後の肝不全と死亡は 2%および 0%であったのに対して,基準外の肝切除では,
これらはそれぞれ 23%および 1%であったと,その有用性を報告している(L3F0130014)
Level 2b)
。本邦で広く使用されている幕内基準(LF0185815)Level 4)は腹水,血清総ビ
リルビン値,ICG 15 分停滞率から肝切除の適応・非適応,さらには切除許容範囲を明示し
ており,この基準を遵守した自験例 1,056 例の肝切除では手術死亡 0%と報告されている
(L3H0003616)Level 4)
。
■ 解
説
肝切除に際しては,他の手術よりもより厳密な肝予備能評価が要求されると考えられ,
一般臨床検査による定性的な評価に加え,負荷試験などによる定量的な検査を付加して評
価することが重要であると主張されてきた。しかし,定量的な検査を含むいずれの肝機能
評価方法も,単独では肝機能を正確に把握したものではなく,多岐にわたる機能を有する
肝臓の一側面を評価したものに過ぎない。最終的にはこうした検査に加え,血液臨床所見,
画像所見など,すべての情報による総合的な判断が不可欠である。
手術適応を決定する際の術前肝機能評価法としては,血液検査を含め日常臨床上得られ
る情報に加え,定量的な検査法として ICG 負荷試験に関する報告が多い。実際の肝切除に
際しては,こうした評価から推定される肝障害の程度と,肝切除の範囲(肝切除量)のバ
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第3章
手
術
ランスから適応を決定するのが妥当と考えられ,本邦を中心に肝予備能と許容肝切除量の
関係を示した基準の提案がされている。これらの基準に対する自験例での検証の報告はあ
るものの,外的妥当性の評価はされておらず今後の課題である。また,本邦における肝癌
切除例の手術死亡率は日本肝癌研究会の追跡調査報告によれば 0.8%であるが(LF1208917)
Level 2a)
,DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベースによる肝癌 54,145 例
の解析では肝切除例の在院死亡率は 2.6%と報告されている(L3H0003918)Level 2b)。適
応基準の検討という観点からは,本邦の肝癌切除術の手術死亡が 3%以下であると考えられ
る状況において,術後死亡を end-point として肝機能からみた適応基準を評価・検証するこ
とは実務的・倫理的には現実的ではない。なお,上記の報告では,施設の経験症例数(hospital
volume)による在院死亡率の差も指摘しており,high-volume hospital の死亡率 1.55%に
対し low-volume hospital では 4.04%と高い結果を報告しており,施設の経験値も手術適応
を考慮する際には加味する必要が考えられる(L3H0003918)Level 2b)
。
(脚注)
*:Child 分類と一般にいわれているものは,もともとは Child-Turcotte 分類が正式な名称であ
る。また, Pugh が Child-Turcotte 分類を改訂したものは, Child-Turcotte-Pugh 分類(CTP 分
類)が正式な名称であるが,本書では『原発性肝癌取扱い規約』との統一を図るため,Child-Pugh
分類という名称を用いることとした。
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第3章
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第3章
手
術
CQ 20
標準的な肝切除術式とは?
推 奨
小型の肝細胞癌(5cm 以下)に対しては,小範囲の系統的切除,あるいは縮小
手術としての部分切除(とくに肝機能不良例)が選択される。大型の肝細胞癌
に対しては 2 区域以上の拡大切除(片肝切除を含む)が選択される。
(グレードC1)
■ サイエンティフィックステートメント
肝細胞癌の多くは,肝硬変をはじめとする慢性肝疾患を背景として発症する。これによ
る肝障害のため,許容肝切除量は正常肝の場合に比べて少なくならざるを得ず,左右肝切
除等の拡大肝切除は施行できない場合が多い。これを鑑み肝部分切除(腫瘤核出術を含む)
による肝細胞癌肝切除の方法が提唱された(L3F045991)Level 2b)。また,肝硬変症例で
は肝臓が硬く,肝表からの触診では腫瘤が同定できないことが多いため,肝細胞癌に対す
る肝切除は転移性肝癌等に対する肝切除に比較して困難なことが多い。これに対して術中
超音波を使用して,肝内の腫瘤の位置を同定しながら肝切除を行う方法が考案され行われ
てきた(L3F046932)Level 4)
。
肝細胞癌では経門脈的に腫瘤が肝内転移することが知られており,理論的な根治の観点
からは,当該の門脈支配領域を系統的に切除することが望ましい。慢性肝障害を有する肝
臓に対して小範囲でありながら系統的な切除を行うという目的で開発されたのが,超音波
ガイド下に担癌領域の門脈枝を穿刺し色素を注入して肝表における当該の肝領域を同定し
て切除する術式である(L3F046943)Level 4)
。さらに,動脈-門脈(AP)シャントや門脈
腫瘍栓の存在などにより担癌領域の門脈に対する穿刺・染色が不可能な場合に,隣接する
領 域 を 染 色 ( counterstaining ) す る こ と に よ り 担 癌 領 域 を 同 定 し て 切 除 す る 方 法
(L3F049044)Level 5)も考案された。一方,担癌領域の門脈・動脈・胆管枝を含むグリ
ソン鞘を一括して処理をしてこの領域を同定し,系統切除を行う方法も考案・施行されて
いる(L3F049005)Level 4)
。このほか,肝実質を可能な限り温存する術式としては,下大
静脈に直接流入する S6 の肝静脈枝(右下肝静脈)が存在する場合に,この領域を温存しか
つ右肝静脈を根部で処理をする肝切除術(L3F046956)Level 4),あるいは S2 を温存して
S3/4 を切除する術式(L3F046067)Level 4)も報告され行われてきている。
尾状葉は肝門板の背側に存在し,ここに存在する腫瘤に対しては通常は腹側の肝実質と
ともに拡大肝切除をする方法が採用されてきたが,大半の肝細胞癌症例では肝障害を伴う
ため,この方法は採用できない。これに対して counterstaining 法を駆使して背側から尾状
葉を単独切除する高位背方切除(L3F049068)Level 5)や前方から中肝静脈に沿って肝離
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第3章
手
術
断を行い単独切除を行う経肝前方切除(L3F050129)Level 4)が考案されてきた。
このような,術中超音波を駆使した系統的切除や肝実質温存術式の開発に伴う肝切除術
の向上に伴い,従来から知られていた区域切除以上の手術もより洗練されたレベルで行う
ことが可能になり,中央 2 区域切除(L3F0452210)Level 4),前区域切除(LF0185911)Level
4)などについて,10~20 例の報告がなされている。
これら手術手技全般および安全性の向上により,より進展した肝細胞癌に対する拡大切
除の有効性も報告されてきている。下大静脈に癌が浸潤した症例に対して,必要であれば
血管グラフトを用いた再建を伴う下大静脈合併切除の術式も報告されてきた(L3F0435512)
Level 4,L3F0607413)Level 4)
。一方,右肝切除を施行する際には右肝を脱転した後に肝
切除を行うのが通例であるが,腫瘍が大きい場合には脱転を行うことが困難な場合が多い。
このような場合に前方(腹側)からの肝切除を先行させる方法(前方アプローチ)も提唱
され,通常の脱転先行の方法よりも短期・長期成績とも良好であったと報告されている
(L3F0467114)Level 1b)
。また,肝臓の深部は肝静脈からの出血のコントロールが困難で
あるが,下大静脈前面の肝裏面にテープを通して肝を挙上させながら肝切離を行う方法が
考案され,広く応用されている(L3H0000915)Level 4)。さらにこの方法を,前方アプロ
ーチによる右肝切除と組み合わせる術式の有効性も主張されている(L3F0500616 ) Level
2a)
。
肝細胞癌は,進展するにつれて主要門脈枝に腫瘍栓を形成することが多い。このような
場合に,腫瘍栓を含む門脈を合併切除して当該の肝領域を切除するのが通例であったが
(L3F0609717)Level 2a)
,この方法は拡大肝切除あるいは全肝切除(理論上の)を必要と
し傷害肝での施行は困難であることが多い。これに対して門脈内壁から腫瘍栓のみを除去
する肝切除の方法も報告され,通常の方法と長期成績に差がなかったとその有効性が主張
されている(L3F0180018)Level 2a)。
■ 解
説
肝切除そのものは 1950 年代から記載されており,散発的に行われてきた。しかし CT,
超音波などが使用できない時代に,肝内の脈管構造を個々の症例において把握することは
事実上不可能であった。それゆえに,肝門部で同定できる脈管を処理したうえでの区域切
除以上の肝切除が行われてきたに過ぎず,実際には外側区域切除,左右肝切除,肝辺縁の
楔状切除が行われる術式の大半であった。CT,超音波が開発され臨床へ応用されるように
なったのは 1970 年代後半以降である。また,術中超音波の開発とその肝切除への応用によ
って,肝内の腫瘍と脈管構造との位置関係をリアルタイムに把握しながら手術を行うこと
が可能になり,1980 年代に入ってから肝切除の技術は飛躍的な進歩を遂げた。さらに,障
害肝を有することが大半である肝細胞癌症例に対する肝切除では,肝表からの視触診が不
可能である腫瘤を,小範囲のしかし系統的な術式により切除することが必要となり,この
要求が肝切除の技術的な進歩のもう一つの促進要因となった。これら種々の肝切除の術式
88
第3章
手
術
の開発,発展に対する本邦の外科医の貢献が多大であることは銘記する必要がある。
肝切除は,ほかの臓器の手術に比べて,切除する肝区域,領域の大きさにより,その術
式は多岐にわたり,また,内部の構造が直接見えない実質を術中超音波を駆使しながら切
除するという,技術的に高度な手術が多い。しかしながら,肝切除術の死亡率,出血量は
過去 20~30 年間で大きく減少しており,手術の技術が確立され安定してきたことを示して
いる。
一方で,
本 CQ でも引用した論文のエビデンスレベルは Level 4 のものが大半であり,
種々の腫瘍条件に対する各術式の優劣については,今後のエビデンスの集積を待つ必要が
ある。
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第3章
手
術
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17)L3F06097
Wu CC, Hsieh SR, Chen JT, Ho WL, Lin MC, Yeh DC, et al. An
appraisal of liver and portal vein resection for hepatocellular carcinoma with tumor
thrombi extending to portal bifurcation. Arch Surg 2000; 135(11): 1273-9.
18)L3F01800
Inoue Y, Hasegawa K, Ishizawa T, Aoki T, Sano K, Beck Y, et al. Is
there any difference in survival according to the portal tumor thrombectomy
method in patients with hepatocellular carcinoma?. Surgery 2009; 145(1): 9-19.
90
第3章
手
術
CQ 21
腫瘍条件からみた肝細胞癌切除の適応は?
推 奨
肝切除の適応となる肝細胞癌は,肝臓に腫瘍が限局しており個数が 3 個以下の
ものである。腫瘤の大きさについての制限はない。門脈侵襲を伴う症例では一
次分枝までに進展がとどまるものは手術の適応としてよい。(グレードB)
■ サイエンティフィックステートメント
肝細胞癌の進展度についての分類は,日本肝癌研究会の提唱する取扱い規約を含め,い
ずれも腫瘤の大きさ,腫瘤の数,脈管侵襲の有無,あるいはその程度を構成要素としてい
るのでこれらに沿って記載する。
腫瘤径について 10cm 以上の腫瘤に対する肝切除後の長期成績の報告が複数個あり,5 年
生存率は 20~30%程度と報告されている(L3F061241)Level 2b,L3F062682)Level 2b,
L3F061413)Level 2b)
。これをほかの治療法あるいは自然経過と比較した検討はないが,
この成績は推定される自然経過(L3H000084)Level 1a)よりも明らかに優ることから,腫
瘤の大きさには適応の制限はないとしてよい。
腫瘤数については 2 個以上の腫瘤数の症例に対する肝切除後の成績を,単発症例に対す
る切除成績と比較した検討,あるいは,ほかの治療法の成績と比較した検討が報告されて
いる(L3F021745)Level 2b,L3F000356)Level 2b)。複数個になると単発症例に比較して
長期成績は低下するが禁忌ではなく,また,ほかの非根治的治療法あるいは支持療法に比
較して良好な成績であり,複数個の肝腫瘤は切除の適応外ではない。なお,これらの報告
での複数個の症例の腫瘤数の大半は 2 個である。切除適応という見地から腫瘤数の上限に
ついて検討したエビデンスレベルの高い報告はないが,局所療法などでも受け入れられて
いる 3 個以内までを適応とした。
門脈侵襲は,肝細胞癌の最も強力な予後因子であると一貫して報告されている。これを
伴うような症例に対しての切除成績の報告も多い(L3F060977)Level 2b,L3F060878)Level
2b,L3F018009)Level 2a)
。腫瘍栓の門脈内の進展に伴い予後は不良になるが,一次分枝
までにとどまる場合の術後の 5 年生存率は 10~40%であり,自然経過との比較,ほかの治
療法の適応がないことを考慮すると手術の適応となる。門脈本幹まで腫瘍栓が進展してい
る場合は,予後不良で一般的には手術適応外とされるが,その程度が軽度である場合には
切除後の成績が一次分枝までにとどまる場合と同等であり,手術適応であるとする報告も
ある(L3F018009)Level 2a)
。
91
第3章
■ 解
手
術
説
本 CQ では,肝切除の適応となる肝細胞癌の進展度の上限について記述した。典型的な多
段階発癌の過程を経る肝細胞癌に対しては,どの段階(前癌状態あるいは早期肝癌)から
切除を含む治療の介入の対象となるかという CQ は重要であるが,これについては他項に
譲った。また,ほかの治療法も適応となる腫瘍条件内で,肝切除とほかの治療法とどちら
を選択すべきかという CQ は,とくに手術と局所治療,手術と移植の選択という意味で重
要であるがこれも他項に譲った。
大きさ,数,脈管侵襲のうち,大きさと脈管侵襲については癌の進行の指標であり,ど
こまで進行した癌に対して切除の適応となるかという問題と同義である。一般に,これら
の因子により進行した症例に対しては代替治療がない。したがって,自然経過と比較して
どの程度の生存利得があれば,手術による不利益(合併症,手術死亡等)を上回るかとい
う最適解の問題に帰着する。これら進行した肝細胞癌に対する肝切除は,一般に技術的に
難易度の高い手術となることが多く,したがって適応は各施設の練度によっても左右され
る。これに対して腫瘤数はおおまかには背景肝全体の発癌性の高さを示す指標である(部
分的には肝内転移を表す指標でもある)
。どこまでの腫瘤数に対して切除が適応となるかと
いう CQ は,局所治療である手術の適応はどこまでかという CQ と同義であり,その意味
において腫瘤数に関するラジオ波等の適応基準の議論と同等と考えられる。すなわち,移
植や肝動脈化学塞栓療法(TACE)等の肝全体を対象とする治療法に対する個数からみた局
所治療の適応の上限はいくつか?
という議論となる。したがって,個数の上昇とともに
適応は徐々に TACE 等に移行していくとするのが妥当であり,何個までという閾値の設定
は微妙な問題である。また,4 個以上の腫瘤に対する切除とほかの治療法との比較に関する
エビデンスレベルの高い報告もないが,本 CQ では 3 個以下を良い適応とする,という従
来の基準を遵守して記載した。
少数個の肝外転移(肺,副腎,リンパ節等)を伴う肝細胞癌に対して,これらとともに
肝切除を行う手術治療が推奨されるかについては,散発的な報告があるのみであり,今回
は記載しなかった。
■ 参考文献
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92
第3章
手
術
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there any difference in survival according to the portal tumor thrombectomy method
in patients with hepatocellular carcinoma? Surgery 2009; 145(1): 9-19.
93
第3章
第2節
手
術
予後因子
CQ 22
肝切除後の予後因子は何か?
推 奨
肝切除後の主な予後因子は Stage 分類,脈管侵襲,肝機能,腫瘍数である。
(グレードB)
■ サイエンティフィックステートメント
肝切除後の生存率の検討では,腫瘍径 5 cm 未満,単発,被膜形成あり,脈管侵襲なし,
血清アルブミン値 40g/l 未満,pTNM StageⅠ・Ⅱが予後良好で,このうち pTNM Stage
が最も信頼できる予後因子である(LF000731)Level 2a)。また,無再発生存率の検討にお
いて Stage 分類,腫瘍径,腫瘍数,被膜形成が有意な予後因子として前者と同様であるが,
このうち術後の全期間を通して生存予後に関与するのは脈管侵襲としている(LF007772)
Level 2b)
。術後 2 年未満の早期再発因子は非系統的切除,病理学的脈管侵襲あり,AFP
32ng/ml 以上である(LF114293)Level 2b)
。一方,腫瘍径に関しては予後に影響しないと
する論文(LF006234)Level 2b,LF008535)Level 4,L3F018696)Level 2b)もあり,一
概に巨大肝細胞癌であるというだけで予後不良とは断定できない。また,2cm 以下の腫瘍
においては,早期肝細胞癌の生存率が良好である(LF003787)Level 2a)。一方,門脈本幹
または第一次分枝に腫瘍栓を伴う肝細胞癌切除例では,無腹水,プロトロンビン活性 75%
以上,腫瘍径 5 cm 以下が予後良好であり(LF106198)Level 2b),肝予備能が限られた症
例では,門脈腫瘍栓の引き抜き摘出を伴う肝切除により拡大肝切除と同様に予後が改善さ
れるという報告もある(L3F018009)Level 3)
。
■ 解
説
本ガイドライン 2009 年版までに採用された予後因子関連論文 37 編では,脈管侵襲,肝機
能,腫瘍数,Stage 分類,腫瘍径などが有意な予後因子としてあげられていた。今回の改訂
では,2008~2011 年の英文論文より肝細胞癌,手術をキーワードに調べた原著論文 2,898
編のうち,予後因子に関する論文は 54 編で,このうち信頼度の高い 38 編を検討した。そ
のなかには従来から報告されている因子に加えて肝炎ウイルスマーカー,遺伝子マーカー
の報告が含まれていた。予後因子の内訳は脈管侵襲を有意とするものが最も多く(34%),
次いで,肝機能(18%)
,腫瘍数(16%),腫瘍径(16%)
,Stage 分類(11%)である。そ
のほか,腫瘍マーカー(24%),遺伝子マーカー(18%),肝炎ウイルスマーカー(11%)
94
第3章
手
術
である。肝機能では Child 分類や血清アルブミン値を有意とするものが多い。腫瘍径に関
しては予後に影響しないとするものがあり,いまだ見解が一致していない。Stage 分類のう
ち Stage 0 とされる早期肝癌の生存率は良好で,
早期肝癌は予後因子ともいえる(LF003787)
Level 2a)
。
PIVKA-Ⅱや AFP-L3 分画が再発予測因子であるとする報告や cytochrome P450
1A2(CYP1A2)遺伝子が再発関連遺伝子であるとする報告(L3F0142910)Level 2b)など
分子生物学的検討が増加していた。手術手技に関連する予後因子として低出血量,系統的
切除を有意とする論文も散見された。一方,切離断端距離は有意でないとする論文が多い。
■ 参考文献
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95
第3章
手
術
there any difference in survival according to the portal tumor thrombectomy
method in patients with hepatocellular carcinoma? Surgery 2009; 145(1): 9-19.
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96
第3章
手
術
CQ 23
切除断端距離は予後に寄与するか?
推 奨
肝切除において肝切離断端距離は必要最低限でよい。(グレードB)
■ サイエンティフィックステートメント
肝切除断端の距離が 1 cm 以上と 1 cm 未満の 2 群において,術後再発率に有意差を認め
ない(LF001281)Level 2a,LF007772)Level 2b)
。肝切除断端の距離を 5 mm 以上と未満
で分けた比較検討でも術後再発率に有意差を認めない(LF006233)Level 2b,LF007284)
Level 2b)
。腫瘍と主要脈管が隣接しており断端距離がほとんど確保できない肝切除におい
ても無再発生存,累積生存に有意差を認めない(L3F013895)Level 2b)。また,葉切除以
上の拡大切除と縮小手術とを比較した報告で生存率に有意差を認めない(LF000336)Level
2b)
。2cm を確保したほうが 1cm よりも予後はよいというランダム化比較試験(RCT)が
あるが(LF117667)Level 1b)
,最も適切な距離が何 cm かは不明である。したがって,切
離断端距離は予後に寄与する可能性が低い。
■ 解
説
本ガイドライン 2009 年版では,肝細胞癌,手術をキーワードに調べた英文原著 1,117 編
(1980~2007 年)のうち,予後因子に関する論文は 266 編で,このうち信頼度の高い 74
編が検討されたが,今回の改訂期間内において切除断端に関連する論文は 2 編にとどまっ
た。従来,5mm から 1cm の切離断端距離は予後に寄与しないとされていた。さらに,脈管
に隣接する腫瘍を剥離して肝切除が施行された場合に,ほとんど断端距離が確保できなく
ても無再発生存,累積生存とも有意差を認めないと報告された(L3F013895)Level 2b)。
一方,
香港の Shi らは単発で脈管侵襲のない肝細胞癌を断端 1cm と 2cm に割り付けた RCT
を実施し,2cm 群が予後良好であると報告した(LF117667)Level 1b)が,両群の患者平
均は 51 歳以下,ICG15 分値 10%未満,B 型肝炎が 80%以上と本邦の状況とは大きく異な
っていた。一般に,切離断端は肝機能や腫瘍の位置・大きさにより制限され,2cm 以上の
確保は現実的には困難なことが多い。したがって,肝細胞癌の肝切除において,腫瘍縁か
ら 5~10 mm の距離,脈管と隣接する場合は 0mm をとって切除すればよいと考える。
■ 参考文献
1)LF00128
Poon RT, Fan ST, Ng IO, Wong J. Significance of resection margin in
hepatectomy for hepatocellular carcinoma: A critical reappraisal. Ann Surg 2000;
97
第3章
手
術
231(4): 544-51.
2)LF00777
Arii S, Tanaka J, Yamazoe Y, Minematsu S, Morino T, Fujita K, et al.
Predictive factors for intrahepatic recurrence of hepatocellular carcinoma after
partial hepatectomy. Cancer 1992; 69(4): 913-9.
3)LF00623
Kawasaki S, Makuuchi M, Miyagawa S, Kakazu T, Hayashi K, Kasai
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5)L3F01389
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6)LF00033
Zhou XD, Tang ZY, Yang BH, Lin ZY, Ma ZC, Ye SL, et al. Experience
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98
第3章
手
術
CQ 24
系統的切除は予後に寄与するか?
推 奨
肝切除は系統的に施行することが推奨される。(グレードB)
■ サイエンティフィックステートメント
5 cm 以下の肝細胞癌において,後ろ向き研究で系統的切除が部分切除に比較して生存率
に優位性を示し,とくに結節外転移を示す症例に有意差を認めた(LF001021)Level 2b)
。
無再発生存率の検討も同様に,系統的切除が部分切除に比較して優位性を示す(LF002532)
Level 2b)
。さらに,単発肝細胞癌では系統的区域および亜区域切除が部分切除に比較して
生存率および無再発生存率は有意に良好であり(LF111483)Level 2b)
,日本肝癌研究会の
全国追跡調査を用いた 5,781 例の検討でも同様に系統的亜区域切除の優位性が報告された
(L3F019744)Level 2a)
。また,肝硬変がなく,浸潤のない腫瘍のみにおいて無再発生存
率に相違を認めるとの報告もある(LF007285)Level 2b)。以上より,系統的切除は予後を
向上させる可能性が高い。
■ 解
説
経門脈性に進展する肝細胞癌は門脈侵襲や肝内転移を伴うことが多く,根治性の点から担
癌領域の系統的切除が望ましい。しかし,慢性肝炎や肝硬変を伴う場合の拡大肝切除は過
大侵襲となることがあり,癌根治性と肝機能温存の二律背反を克服する目的で系統的亜区
域切除術が考案された。現在,部分切除術と系統的切除術との比較は,すべて後ろ向き研
究により報告されている。Hasegawa らは,単発肝癌に対する肝切除を系統的切除群(n=
156)
,非系統的切除群(n=54)に分類し予後を検討した(LF111483)Level 2b)。それに
よると 5 年生存率(66% vs. 35%,p=0.01)
,および無再発生存率(34% vs. 16%,p=
0.006)は有意に系統的切除群が良好であった。Eguchi らは,腫瘍径別に系統的切除の意義
を検討し,
2~5cm において系統的切除群の無再発生存率が良好であった(L3F019744)Level
2a)
。16 編の後ろ向き研究を集積した報告でも同様に系統的切除の優位性が指摘されている
が,その内訳は日本から 11 編,フランスと韓国から 2 編ずつ,米国から 1 編と日本発のデ
ータが大半を占めている(L3F019886)Level 2b)。至適な肝切除術式を確立するためには,
本邦の実情を反映し適切に計画された RCT の報告が期待されている。
■ 参考文献
1)LF00102
Yamamoto M, Takasaki K, Ohtsubo T, Katsuragawa H, Fukuda C,
99
第3章
手
術
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100
第3章
第 3 節
手
術
周術期管理
CQ 25
周術期の血液製剤の積極的な投与は推奨されるか?
推 奨
同種赤血球輸血はできるだけ避ける。(グレードB)
凍結血漿は必ずしも必要としない。(グレードB)
■ サイエンティフィックステートメント
癌の再発を促進する可能性や高ビリルビン血症や肝不全を来しやすい,ヘマトクリット
値が低いほうが肝の微小循環に望ましいことなどから,肝切除術周術期の同種輸血はでき
るだけ避けるべきであるとの報告が多い(L3F013631)Level 4,L3F017242)Level 3)
。一
方,輸血の有無により再発率は変わらないとの報告もある(LF000313)Level 3)
。
自己血輸血は安全で,癌の再発を高めることなく,肝合成能を高め,同種赤血球輸血を
回避するために有効な方法であると報告されている(LF000313)Level 3,L3H000034)Level
2a)
。
新鮮凍結血漿の投与は,肝切除後の経過に影響は与えないとの報告があり,とくに肝機
能が比較的良好な症例では,大量出血や低アルブミン血症がなければ,凍結血漿は必ずし
も必要としない(L3F024615)Level 3,L3F024756)Level 2a)
。
■ 解
説
一般に,輸血のない手術が推奨される。とくに癌の手術において,輸血の有無が問題に
なるのは,輸血による免疫抑制状態導入の可能性が考えられるからである。輸血の有無に
よる再発率の違いはさまざまな癌の手術において報告されており,肝細胞癌においても同
様であるが(L3F013631)Level 4,L3F017242)Level 3)
,再発率に差がないとの報告もみ
られる。この際,自己血輸血によって有害事象を起こさずに同種赤血球輸血を回避しうる
可能性がある。
無輸血で周術期を乗り切るため最低維持すべきヘマトクリット値に関しては,循環動態
が保たれる限り 20%までの低下は受容できると報告されている(LF009177)Level 3)が,
エビデンスの高いデータはない。
従来,凝固因子の補充や有効血漿量,血漿浸透圧の維持などのため,新鮮凍結血漿の投
与が推奨されてきた(LF009177)Level 3)。しかし,新鮮凍結血漿の投与が必ずしも術後経
過に影響を与えず(L3F024615)Level 3)
,Child-Pugh 分類 A で術中出血量が 1,000ml 未
101
第3章
手
術
満症例を対象としたコホート研究によって,術後 2 日目の血清アルブミン値が 2.4g/dl より
高値であれば,新鮮凍結血漿を必要とせず(L3F024756)Level 2a),過度の投与は呼吸器
合併症を増加させるとの報告がみられる(L3F017242)Level 3)。なお,一般に大量出血の
ない場合での血漿製剤投与は推奨されていない(L3H000158)Level 1a)
。
■ 参考文献
1)L3F01363
Katz SC, Shia J, Liau KH, Gonen M, Ruo L, Jarnagin WR, et al.
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102
第3章
手
術
CQ 26
肝流入血流遮断や中心静脈圧低下は肝切離中出血量を減少させるか?
推 奨
肝流入血流遮断は肝切離中出血量減少に有効である。(グレードA)
中心静脈圧(CVP)低下は肝切離中出血量減少に有効である。(グレードC1)
■ サイエンティフィックステートメント
肝流入血流遮断に関する RCT によって,間欠的肝流入血流遮断法(プリングル法)は肝
機能に影響を与えずに,肝切離中出血量を減少させることが示されている(LF004341)Level
1b,L3F025302)Level 1b)
。また,片葉流入血流遮断法の有効性を示す報告(LF018623)
Level 2b,L3F024884)Level 1b)や,15 分間と 30 分間の間欠的肝流入血流遮断法では
protease inhibitor の投与により肝機能に対する影響に差がないとの報告がみられる
(L3F025045)Level 1b)
。
肝下部下大静脈遮断や薬剤を用いて肝切離中の CVP を 5cm 水柱以下に低下させること
によ り,出血 量が減少し, 循環動態 が安定するこ と が RCT によって示 されてい る
(L3F025246)Level 1b,L3F025287)Level 1b)
。一方,CVP 低下によっても出血量が減
少しなかったとの報告もみられる(L3F025038)Level 1b)。なお,肝下部下大静脈遮断に
より肺塞栓がみられたとの報告もあり,注意を要する(L3F025246)Level 1b)
■ 解
説
肝切離中の出血を減少させるために間欠的肝流入血流遮断法が広く行われており,その
安全性も確認されている。切除範囲が片葉内に限局される場合は,片葉流入血流遮断法が
勧められる。
肝切離中の出血の多くは肝静脈由来であるため,CVP を低下させることは妥当であると
考えられ,その有用性が報告されているが,否定的な論文もみられる。CVP を低下させる
には下大静脈遮断や薬剤による方法があるが,下大静脈遮断の際には肺塞栓に注意を要す
る。引き続き安全性を含めた検討が必要である。
■ 参考文献
1) LF00434
Man K, Fan ST, Ng IO, Lo CM, Liu CL, Wong J. Prospective
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2) L3F02530
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103
第3章
手
術
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infra-hepatic inferior vena cava clamping on bleeding during hepatic dissection: a
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104
第3章
手
術
CQ 27
肝切除術において腹腔ドレーン留置は必要か?
推 奨
待機的肝切除術において腹腔ドレーンは必ずしも必要としない。(グレードA)
■ サイエンティフィックステートメント
待機的肝切除術の際の腹腔ドレーン留置の RCT によると,ルーチンのドレーン留置は不
必要であるか,禁忌であるとの報告がある。ドレーン留置により,創部合併症,敗血症や
感染性液体貯留の頻度が高くなり,在院日数が有意に増加する(L3F026931)Level 1b,
L3F027772)Level 1b,L3F025633)Level 1b)ことが理由としてあげられている。一方,
門脈圧亢進症を伴う肝硬変症例においては腹腔ドレーン留置により,術後腹水に関連した
合併症が減少し,在院日数が短くなるため,ドレーン留置を勧める報告もある(L3F026344)
Level 1b)。また,ドレーン留置による胆汁漏や腹腔内液体貯留に対する治療上の有用性
(L3F026805)Level 4)
,ドレーン排液中のビリルビン濃度モニタリングによる胆汁漏予測
の可能性(L3F027816)Level 4)や,胆道再建症例や主要グリソン鞘露出例,術中胆汁漏
確認例など胆汁漏の高危険群に限っての留置を勧める報告もある(L3F026567)Level 3)
。
また,生体肝移植ドナー肝切除では,腹腔ドレナージは必須でないとの報告がある
(L3F026928)Level 4)
。
ドレーンの抜去時期に関して,早期抜去が望ましいとの報告が散見される(L3F026567)
Level 3)
。しかし,高いエビデンスに基づいた検証はない。
■ 解
説
CDC(Center for Disease Control and Prevention:米国疾病管理予防センター)の手術
部位感染予防のガイドラインでは,「もしドレーンが必要なら,閉鎖式ドレーンを使用し,
できるだけ早期に抜去する」ことが推奨されている(L3H000149))。しかし,肝切除術は
他の腹腔臓器の手術と異なり,慢性肝障害を伴っていることが多く,胆汁漏や難治性腹水
に留意する必要がある。待機的肝切除術の際のドレーン留置の是非については,1990 年代
から RCT が施行されているが,
症例数が少ないことや評価法に問題がみられる報告があり,
併存する肝障害の程度や切除術式を考慮した検証が必要である。健康人に施行される生体
肝移植ドナー手術にはより慎重な対応が求められ,また近年増加している腹腔鏡下肝切除
においても,ドレーン留置の是非を検討する必要がある。
■ 参考文献
105
第3章
1) L3F02693
手
術
Liu CL, Fan ST, Lo CM, Wong Y, Ng IO, Lam CM, et al. Abdominal
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quiz 279-80.
106
第3章
第4節
手
術
補助療法
CQ 28
術前補助化学療法は肝切除の予後を改善するか?
推 奨
肝細胞癌肝切除後の予後改善を目的とした術前補助化学療法として推奨できる
ものはない。
(グレードC2)
■ サイエンティフィックステートメント
全身化学療法を術前補助化学療法として施行し,その有効性を検証したエビデンスレベ
ルの高い報告はほとんど認めない。術前補助化学療法として肝動脈塞栓療法(TAE)/肝動
脈化学塞栓療法(TACE)を施行した場合,単回では肝機能の低下もわずかで合併症罹患率
も低く,腫瘍壊死や縮小効果により,進行肝細胞癌で切除率を向上させる可能性はあるが,
予後改善効果については一定の見解は得られていない(LF000181)Level 4,L3F009312)
Level 4,LF001423)Level 3,LF003734)Level 2b:有効,L3F028025)Level 3,LF003506)
Level 2b,LF004977)Level 2b,L3F000168)Level 2b,LF005379)Level 1b,L3F0280610)
Level 1b,L3F0280511)Level 1a:無効)
。術前肝動注化学療法についても,再発抑制や生
存率の改善に対する有効性は認められていない(LF1006512) Level 1a)
。
■ 解
説
TAE/TACE を術前補助化学療法として有効とする論文のほとんどが 2000 年前後までに
発表されているが,エビデンスレベルの高い論文は少ない。一方,無効とする論文には,
2000 年以降のエビデンスを伴った RCT やメタアナリシスが含まれており,一定の見解は
得られていないものの術前補助化学療法としては推奨しなかった。
■ 参考文献
1)LF00018
Minagawa M, Makuuchi M, Takayama T, Ohtomo K. Selection criteria
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107
第3章
3)LF00142
手
術
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Choi GH, Kim DH, Kang CM, Kim KS, Choi JS, Lee WJ, et al. Is
preoperative
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chemoembolization
needed
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hepatocellular carcinoma? World J Surg 2007; 31(12): 2370-7.
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108
第3章
手
術
CQ 29
術後補助化学療法は肝切除後の予後を改善するか?
推 奨
肝細胞癌肝切除後の予後改善を目的とした術後補助化学療法として推奨できる
ものはない。
(グレードC2)
■ サイエンティフィックステートメント
術後補助化学療法として全身化学療法は肝機能良好例では有用であったとの報告がみら
れるが,逆に肝機能を悪化させ予後が不良となったとの報告もあり,一定の見解を得るに
は至っていない(LF005021)Level 1b,L3F006452)Level 1b:有効,LF000323)Level 1a,
LF003514)Level 1b,LF105555)Level 1b:無効)
。肝動注化学療法や TAE,TACE などの
経肝動脈的治療も術後補助化学療法として施行されているが,無再発生存では有為差を認
めるものの累積生存では差がなかったとする報告が多い(累積生存に関して,L3H000176)
Level 1b:有効,LF026707)Level 1b,LF005228)Level 1b,LF003514)Level 1b:無効)。
4 編の RCT を含むメタアナリシス(LF100659)Level 1a)では経肝動脈的治療は再発率を
抑制し,生存率を改善したと報告されたが投与薬剤や方法が全て異なっており,慎重な評
価が必要である。特殊な例では,門脈腫瘍栓合併例では術後の経門脈的治療や TACE が有
効であったとする報告が認められる(L3F0049710)Level 3,L3F0282011)Level 1b)
。131Iリピオドールの肝動脈内投与については短期予後の改善が報告(LF0031612)Level 1b)さ
れたが,続報で長期予後に対する効果は否定された(L3F0071713) Level 1b)
。
■ 解
説
術後の補助化学療法として,全身化学療法ではテガフール,carmofur やカペシタビンな
どが,経肝動脈的治療ではドキソルビシン,シスプラチンや 5-FU などを用いた報告が認め
られる。術前補助化学療法と異なり,術後補助化学療法ではエビデンスを伴った報告を認
めるが,投与経路・方法にかかわらず標準的なプロトコールは確立しておらず,有効とす
るプロトコールのさらなる検証が必要である。今後に期待される術後補助化学療法剤とし
て,経口分子標的治療薬であるソラフェニブがあげられる。現在,術後補助化学療法とし
てのソラフェニブの効果を評価する Sorafenib as adjuvant treatment in the prevention of
recurrence of hepatocellular carcinoma(STORM)試験が日本を含む国際共同試験で行わ
れており,結果の開鍵が待たれている。
■ 参考文献
109
第3章
1)LF00502
手
術
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110
第3章
12)LF00316
手
術
Lau WY, Leung TW, Ho SK, Chan M, Machin D, Lau J, et al. Adjuvant
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43-8.
111
第3章
第 5 節
手
術
肝移植
● はじめに
肝細胞癌に対する肝移植は,1980 年代に切除不能な腫瘍に対して行われたが,そのほと
んどの症例が数年以内に再発死亡したという経験から,多くの肝移植施設が肝細胞癌症例
は肝移植の適応外としてきた。その後,1990 年代に入り肝細胞癌に対する肝移植において
ある一定の腫瘍条件(たとえばミラノ基準など)が整えば,末期の良性肝疾患に対する肝
移植成績と遜色のないことが判明し,肝細胞癌は肝移植の適応として受け入れられるよう
になってきた。
一方,肝細胞癌の多くは B 型肝炎ウイルス(HBV)または C 型肝炎ウイルス(HCV)
の持続感染を伴っており,肝細胞癌に対する移植は単に癌治療のみならず,抗ウイルス療
法の適否も合わせて考慮しなければならなくなった。これら抗ウイルス療法を必要とする
肝移植の適応や治療方針は過去 20 年間で急速に変化しており,とくに B 型肝炎に対する移
植の適応は,抗ウイルス薬と中和抗体の導入によりその成績は劇的に変化した。
一般に,新しい治療は実験的な段階から始められ,症例が積み重ねられて大まかなコン
センサスに至るのが常で,RCT の結果によるエビデンスの確立は,相当の時間が経過し治
療法がある程度定着した後の最後の段階に行われる。その意味で肝細胞癌に対する肝移植
は比較的新しい治療であり,Level 1b の論文は皆無である。さらに,肝移植の特殊性から,
肝移植とほかの治療を比較する RCT や異なった移植適応基準を比較する RCT は行いがた
い。こうした意味からは,この領域はエビデンスレベルの高い論文の結果により CQ に対
する推奨に至るという,通常のガイドライン作成の手順がややなじまないことを最初に明
記しておく。
今回の改訂では,前版(2009 年版)と CQ の内容を大きく変更した。2009 年版では,
CQ27「肝移植前の肝細胞癌に対する治療は予後を改善するか?」,CQ28「肝移植後の予後
因子は?またどのような腫瘍条件で肝移植が推奨されるか?(肝細胞癌移植候補患者の選
択基準は何が適当か?)
,CQ29「肝細胞癌症例のうち,手術適応,移植の適応となる症例,
また手術と移植の双方が適応となる症例は,どの程度存在するのか?
さらに双方の治療
が可能となる症例はどちらが良好な成績であるのか?」
,CQ30「背景肝疾患の相違(HBV,
HCV,alcohol,PBC,cryptogenic)により移植後の成績に差はあるのか? また,適応は
変わるのか?」の 4 つの CQ を設けた。今回の改訂では,これらをシンプルに「肝移植前
のダウンステージングは肝移植の予後を改善させるか?」と「肝細胞癌に対する肝移植の
適応基準は何か?」の 2 つの CQ にまとめ,より分かりやすい内容にした。
112
第3章
手
術
CQ 30
肝移植前のダウンステージングは肝移植の予後を改善するか?
推 奨
肝移植前の肝細胞癌に対するダウンステージングが予後を改善する十分な科学
的根拠はない。
(グレードC1)
■ 背 景
肝細胞癌合併肝硬変肝不全症例では肝移植施行の有無が予後を最も大きく左右する因子
である。しかし,脳死ドナーの深刻な不足や生体ドナーのリスクから,肝細胞癌に対する
肝移植は,移植後再発のリスクを規定する主要因である腫瘍進行度(Stage)に制約が設け
られている。以下のステートメントは,移植前治療により肝細胞癌をダウンステージング
した場合に移植後の予後が改善するか,という観点に限局し論じた。
■ サイエンティフィックステートメント
ミラノ基準を提唱した Mazzaferro らの報告中の 48 例のうち,28 例において待機中に治
療〔TACE 26 例,経皮的エタノール注入(PEI)1 例,肝切除 1 例〕が施行されているが,
施行群の 4 年生存率は 79%であり,非施行群の 69%に対し有意差を認められていない
(LF005401)Level 2a)
。ただし,この報告では治療の奏効率には言及されていない。肝移
植前に TACE を施行した 100 例と施行しなかった 100 例を比較した Decaens らによるフラ
ンスの多施設共同後ろ向き症例対照研究によれば(LF108692)Level 2b)
,TACE を施行し
た群と施行しなかった群の 5 年生存率はそれぞれ 59.4%,59.3%であり,移植後 3 カ月以
上生存した症例に限っての無再発生存率の検討においても 5 年の時点でそれぞれ 67.5%,
64.1%と,有意な差は認められなかった。ミラノ基準内の症例に限っての検討では TACE
施行 74 例に対し非施行症例は 68 例であったが,5 年生存率はそれぞれ 68.8%,67.1%で
あり,ここでも有意な差は認められていない。摘出肝における 80%以上の壊死が確認され
た TACE 施行群 30 例では 5 年生存率が 63.2%であり,対照群の 54.2%と比較して若干良
好であるが,統計学的な有意差は認められていない。
ミラノ基準内に対し TACE を施行した 68 例の検討では,良好な反応を示した 62 例の 5
年生存率は 73.3%であったのに対し,不変もしくは進行を示した症例の 2 年生存率は 40%
であり,5 年生存者は認めなかったとしている(LF120913)Level 4)
。本報告では比較群間
の症例数の偏りが大きく,また,肝全壊死を示した症例(24 例)と部分的な壊死を示した
症例(38 例)の間の比較では有意差は生じていない。部分的な肝移植前の選択的 TACE 30
例との効果を,479 例のなかから腫瘍条件を揃え抽出された全肝 TACE 3 例とケースコン
113
第3章
手
術
トロール研究の形で検討した多施設共同研究では,選択的 TACE を施行した群において腫
瘍の肝全壊死の割合が高く,5 年無再発生存率が良好である傾向があったと述べられている
が,統計的有意差は示されていない(選択的 TACE 群 87%に対し,全肝 TACE 群 64%)
(LF108764)Level 3)
。移植適応外ステージの症例に対し補助療法を行い,適応内にダウン
ステージングした後に移植を行う前向き研究の結果も報告されている(L3F018705)Level
4)。一定の腫瘍条件を満たす例を TACE,ラジオ波焼灼療法(RFA)などでミラノ基準内
にダウンステージングした後に移植を行った 35 例で,4 年生存率 92.1%と良好な成績が報
告されているが,対照群との比較は行われていない。一方,ミラノ基準内の肝細胞癌症例
に対し exception points を与える米国の MELD score に基づいた臓器配分方式(HCC
adjusted MELD organ allocation scheme)の下では,臓器配分システムによる肝細胞癌症
例に対する待機期間短縮の効果が,治療の奏功の影響を上回るという報告もある
(LF108726)Level 3)
。脳死肝移植では,臓器配分システムや待機期間の影響を考慮に入れ
たうえでの諸報告の解釈が重要であると考えられる。
本邦では,待機期間を要しない生体肝移植が主体であるが,本ガイドラインが今回対象
とした論文検索の範囲内では,移植前の治療が予後を改善するとする十分な科学的根拠は
示されていない。
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114
第3章
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手
術
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115
第3章
手
術
CQ 31
肝細胞癌に対する肝移植の適応基準は何か?
推 奨
非代償性肝硬変を伴い,他治療で制御不能な肝細胞癌に対し,肝移植が考慮さ
れる。腫瘍条件としては腫瘍径や個数,腫瘍マーカー,脈管侵襲,腫瘍の分化
度が強い再発予知因子であり,術前に評価できる因子は腫瘍径と個数,腫瘍マ
ーカーである。ミラノ基準を超えた拡大適応も多く提唱されているが,現時点
ではミラノ基準が妥当である。(グレードB)
■ 背 景
肝切除や局所療法,TACE などが発達している本邦においては,非代償性肝硬変のよう
な背景肝障害のために他治療が施行不可能,あるいは制御不能となった肝細胞癌に対し,
肝移植が行われることがほとんどである。
肝細胞癌に対する肝移植は,肝内の腫瘍をすべて摘出できるのみならず,術後の異時性
多中心性発癌(secondary de novo cancer)も解決できる理想的な治療法である。しかし,
他治療に比べ高い周術期死亡率や生体ドナーの必要性・リスクという問題がある。したが
って,再発率の低い適応基準であることが望ましく,肝細胞癌に対する肝移植後の予後因
子を知ることが重要となる。さらに,移植適応基準としては,採血や画像診断などにより
術前に評価できる予後因子であることが必須である。
■ サイエンティフィックステートメント
肝細胞癌移植後の再発を規定する因子としては,腫瘍の数と大きさが報告されてきてお
り(LF007391)Level 4)
,現在これらによる適応基準(ミラノ基準:単発腫瘤では径 5 cm
以下,多発腫瘤では 3 個以下で最大径が 3 cm 以下)が広く使用されている(LF005402)
Level 2a)
。これらの因子に加え,摘出した肝臓の病理組織学的因子として,脈管侵襲と腫
瘍の分化度が独立予後因子であると報告されてきた(LF000173)Level 4,LF000654)Level
4,LF003425)Level 4,LF000266)Level 4)。移植後の肝細胞癌の再発は理論上転移による
ものであり,脈管侵襲が一貫した予後因子となるのは医学的に妥当な結果であり,ほかの
因子(数,大きさ,分化度)は脈管侵襲の代替因子であると考えられる。
さらに,腫瘍の生物学的悪性度を反映する AFP や PIVKA-Ⅱが移植後の肝細胞癌再発の
独立予後因子であるという結果が報告されてきた。以前からの報告(LF000947)Level 4,
LF111448)Level 2b,LF116029)Level 4)に加え,Todo らは,日本における 653 例の肝移
植例の解析より,AFP と PIVKA-Ⅱが独立予後因子であったと報告した(L3F0214510)Level
2b)。また Takada らは,腫瘍径と大きさ,PIVKA-Ⅱが独立予後因子であると報告した
116
第3章
手
術
(L3F0214311)Level 2b)
。Fujiki らは,PIVKA-Ⅱ高値例で有意に脈管侵襲と低分化肝細
胞癌が多く,肝移植においても PIVKA-Ⅱがこれらの代替因子であることを報告した
(L3F0204912)Level2b)
。Toso らは,腫瘍の体積の和である total tumor volume と AFP
が(L3F0143313)Level 2b,L3F0214814)Level 2b)
,DuBay らは AFP が独立予後因子で
あるとそれぞれ報告した(L3F0132815)Level 2b)
。移植の適応を決定するという点では,
術前計測可能因子である数,大きさ,腫瘍マーカーの臨床的意義は大きい。
同様に術前評価という点では,移植前の TACE や局所療法に反応した症例では予後が良
いとの報告がある(LF1087316)Level 4,L3F0203217)Level 2b)
。また,移植前 FDG-PET
検査陽性が独立予後因子であったとの報告もある(L3F0137818)Level 2b,L3F0428619)
Level 2b)
。
ミラノ基準発表後,数や大きさを拡大した拡大適応でもミラノ基準と成績に有意差がな
いとの報告が多くの施設からなされてきた(L3F0216520)Level 2a,L3F0205521)Level 2a,
L3F0214122)Level 2b,L3F0145323)Level 2b)
。ミラノ基準を提唱した Mazzaferro らも,
Up to seven 基準(腫瘍最大径と数の和が 7 以下)内であればミラノ基準内と成績に有意差
がないと報告したが,病理学的脈管侵襲陰性例での後ろ向き解析である(L3F0210024)Level
2b)
。さらに,上記腫瘍マーカーを適応基準に組み込むことにより,数と大きさを拡大して
も悪性度の高い肝細胞癌を術前に除外できるという根拠で,拡大適応の有用性も報告され
てきた(L3F0214325)Level 2b,L3F0143326)Level 2b,L3F0208027)Level 2b)
。
肝細胞癌治療後の再発に対する移植成績に関しては,肝切除後再発に対して肝移植を施
行した症例と,肝切除以外の前治療後再発に対して肝移植を施行した症例,前治療なしの 3
群間で,移植後生存率と再発率を比較検討したところ,ともに有意差を認めなかったとい
う報告がある(L3F0167128)Level 2b)。背景肝に関しては,C 型肝炎陽性症例と陰性症例
の移植後生存率,無再発生存率を比較検討した結果,C 型肝炎陽性症例では陰性症例に比べ,
移植後の生存率,無再発生存率とも有意に不良であったとの報告がある(LF1150829)Level
2b)
。
■ 解
説
病理学的な脈管侵襲と腫瘍の分化度は,一貫して強い予後規定因子であるが,これらを
術前に評価することは事実上不可能であり,移植適応症例の選択基準という観点からは,
これらの代替因子としての腫瘍径と腫瘍数の意味は大きい。同様の理由で AFP,PIVKAⅡ,さらには移植前の TACE への反応性も因子として検討すべきかもしれない。最近では,
自験例での成績を根拠に,移植適応をミラノ基準からさらに拡大しようという主張も多く
なされているが,これも代替因子としての数と大きさと腫瘍マーカーに準拠する基準であ
る。ただ,これらの拡大適応の妥当性を立証するためには,大規模な前向き非劣性試験に
おいてミラノ基準と比較して同等であることを証明する必要がある。したがって,現時点
では肝細胞癌に対する肝移植の適応はミラノ基準が妥当といえよう。
117
第3章
手
術
ただ,肝移植の領域でこのような前向き非劣性試験を行うことは困難であり,ましてや
肝移植症例数の少ない日本においては事実上不可能に近い。そもそも,どの程度まで進行
した症例を移植の適応とするかという問題は,医学的な問題というよりも,むしろどの程
度までの生存率と再発率を許容するかという社会的な問題である。また,肝切除や局所療
法,TACE などが発達している本邦においては,非代償性肝硬変のような背景肝障害のた
めに他治療が施行不可能,あるいは制御不能となった肝細胞癌に対して行われることがほ
とんどである。そのため,ほかに治療手段がなく,最後の砦として肝移植が行われている
のが現状である。さらに,脳死肝移植が主体の欧米とは異なり,最近脳死肝移植が増加し
たとはいえ,肝細胞癌に関してはほとんど脳死肝移植が行われることのない日本では,脳
死ドナーの公平分配の問題は考慮する必要がない。したがって,肝細胞癌に対する生体肝
移植適応は,肝移植による根治性と生体ドナーのリスクのバランスで決定されるものであ
り,本ガイドラインとしての推奨はミラノ基準内としても,生体ドナーの安全性と低い再
発率が担保できれば,各施設の適応基準は許容すべきであろう。
肝細胞癌に対する肝移植成績を検討した報告のなかで,前治療後再発例や背景肝疾患の
相違に着目して比較検討したものは少ない。今後,症例数を蓄積し,遠隔成績を比較検討
する必要がある。
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