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産業革命をどう教えるか
「明解世界史図説 エスカリエ」活用例 産業革命をどう教えるか 岡山県立岡山一宮高等学校 藤澤 晃 展開 ①繊維工業の技術革新 1 はじめに ひ 18世紀後半のイギリスからおこった技術革新と 技術革新の端緒となったジョン=ケイの飛び梭 それに伴う社会の変化は、21世紀におけるグロー の発明の革新性を、口頭の説明だけで生徒に理解 バリゼーションの進展、世界各地の経済発展(開 させることは難しい。「エスカリエ」p.134「時代 発)やその波及に伴う格差、資源の争奪・環境破 の扉」の②の絵に描かれた手織り機の様子と飛び 壊の本格化など今日的な問題に結びつく。そこで、 梭の構造図の両者を視覚で生徒に比較させるとよ 「産業革命(工業化)は私たちの世界や生活にど り実感できるだろう。その後の技術革新の展開も のような影響を与えているのか?」という問いを 4つの図と説明でおさえると大変わかりやすい。 生徒に投げかけている。 飛び梭の出現が糸不足を招き、その解消に水力・ 現行の教科書記述でも「近代世界システム論」 ミュール紡績機で糸の生産力を格段に上げたこと、 に基づいたヨーロッパを「中核」とした世界の一 力織機とワット改良の蒸気機関との結合で、今日 体化をいっそう進めた過程として産業革命をとら の「工場制機械工業の基本型」が完成したことを える内容が多く見られる。世界史Aでは、産業革 説明すると、この展開を簡潔に理解できる。 命の背景から工業化の進展、資本主義社会の確立 ②蒸気機関と交通革命 までをおよそ2時間であつかうことを前提に、 「明 ①で取り上げたワットの改良は、繊維工業にと 解世界史図説 エスカリエ 初訂版」の活用例を紹 どまらず多くの産業に利用された(動力革命)点 介したい。 を生徒に強調したい。その例として交通革命を取 り上げ、馬車と帆船に代表される陸上および海上 2 1時間目 イギリスが産業革命を達成さ 交通で、大量かつ高速に人や物を輸送できるよう せた背景とその影響が動力・交通革命へと及んだ になり、世界の一体化を促進した。例としてp.32 経緯を理解させる。 〜 33の19世紀ごろの世界の図ではすべて蒸気船 導入 と蒸気機関車が関わっている点を挙げることは有 時代の扉( 「エスカリエ」p.134)を活用し、さ 効だろう。 らに「産業革命」の過程が手工業の工業化である まとめ 資本主義社会と機械文明の出発点 ので、教室に持ち込んだモノを活用したい。 「エスカリエ」では、資本主義社会の構造は割 現代の日本で「キャラコ」とよばれる目の詰ん 愛されている。本校では、1学年に現代社会と世 だ白木綿地を見せて、この名前を問うことにして 界史Aを履修しているので、現代社会の授業担当 いる。本校生徒は、これを体育祭でゼッケンの生 者との協力で、重複する内容を精選して指導した 地として利用しており、18世紀のイギリスで用い い。世界史では、歴史的考察から、農業中心の社 られたインド綿布の名称とのつながりを実感でき 会から工業中心の社会に移行した転換点であった るからである(しかし18世紀当時は平織りの生地 点を強調したい。 -現在ではボタンダウンシャツなどによく用いら 3 2時間目 産業革命がもたらした資本主義 れる-をキャラコと呼んだ) 。Try 2でこの生地 と毛織物を比較させて、 「生活革命」と呼ばれる 経済と社会主義運動など社会の変化を考察させる。 ほどアジアの物産を熱望したイギリス庶民の立場 導入 各国に広がる産業革命 を実感させたい(詳しくはp.134を参照のこと) 。 「エスカリエ」p.135⑧の図より仏・独・米など − 11 − についで、日本の産業革命が始まっており、世界 入を得て消費財を購入する「消費共同体」(川北 史と日本史を結びつける例として、地域の紡績業 稔氏)に変容した。こう捉えると今までは戸主の の歴史を示して生徒への関心を高めたい。日本の もとで補助労働的な存在だった女性や子どもが家 産業革命の開始時期が1890年代であることを確認 庭内での地位を高めたことは確かであろう。ただ させ、岡山ではいち早く、明治14(1881)年に岡 し、都市の下層民衆は「エスカリエ」p.135図⑪ 山紡績所がイギリスからミュール紡績機を購入し にある劣悪な環境にあったことはふれておきたい。 て設立した。ついで明治21(1888)年に倉敷紡績 2点目は、19世紀半ばまで職人の雇用に存続し 所(現クラボウ)が設立され、全国でも有数の紡 ていた給料の出来高払いや「聖月曜日」の習慣が 績業が発達したことを紹介したい(なお、大阪を なくなり、工場労働の効率化から、経営者は時間 中心とする日本の紡績業は1933年にイギリスを抜 給で賃金を支払うようになった。つまり現在、 学校・ いて世界1位になった) 。また、先述の内容から オフィス・工場などですべての人々が決められた 日本も工業化を進めるためにイギリスからの機 スケジュールに基づいて活動を始めるようになっ 械・技術の供給を必要とし、依存したことを強調 た。これは、高校生に「なぜ時間を守らなければ したい。19世紀に各国で産業革命が進展した状況 いけないか?」という問いかけもできる教材である。 でも、イギリスが「世界の工場」として君臨した 4 まとめ 世界の一体化と環境問題 点を、生徒に実感させたい。 展開 産業革命の進展による諸問題の発生 産業革命は、西欧を中核とする世界システムを ①児童・女性、低賃金、長時間などの労働問題 背景に成立し、アジア・アフリカ・ラテンアメリ 産業革命の進展に伴い、機械の利用と製品の生 カなどの諸地域を原料供給地と大量生産された製 産を円滑に進めるために、現在の工場における生 品の供給地にかえ、国際分業体制に組み込んだ。 産と労働のシステムが形成された。このシステム 典型例として、「エスカリエ」p.137の主題図「工 は資本家(経営者)にとって大量生産のための効 業化と世界の一体化」 率化を意味し、手工業の熟練工にとっては失業を、 からイギリスは広大な また未熟練労働者にとっては長時間に及ぶ危険・ 海外植民地を確保した 不衛生な環境での労働を強いられることとなった。 が故に、19世紀に「世 そのため、18世紀末から19世紀初めにおこったラ 界の工場」として繁栄 ダ イ ト 運 動(p.135図 ⑩ ) や 炭 坑 で 働 く 子 ど も できた点を生徒に読み (p.135図⑨)を紹介し、この劣悪な環境改善のた め、労働運動が19世紀に高まったことを理解させ 取らせたい。 人間の生産に関する る。運動の成果として、いち早くイギリスでは 革命は約1万年前の 1833年に工場法が制定され、9歳未満の児童労働 「食料生産革命」につ 「エスカリエ 初訂版」p.137 の禁止、それ以上の人々の労働時間が制限された。 ぐ「産業革命」であり、いずれも自然界に対して また、ヨーロッパ各国で労働・社会主義運動が発 大きな負荷をかけるという負の影響ももたらした。 生し、国際的協力も進んだ点にふれたい。 先述の都市のスラムにおける公衆衛生の問題から ②労働形態の変化が社会にもたらしたもの 石炭の燃焼による煤煙や工場・鉱山からの排水、 「エスカリエ」では割愛されているが、産業革 さらに地球温暖化の一因とされる二酸化炭素排出 命における労働の変化はすべてが労働者にとって 量の増大も、この産業革命が出発点であり、生徒 悪いものだったわけではない。1点目は、工業化 とともに考えてみたい題材である。 の過程でイギリス全体の所得が増え、多くの世帯 の所得は増えたこと。農村や家内工業では一般的 であった家族が1か所で共同作業する形態から、 都市に住み、家族がそれぞれの場所で雇われ、収 参考文献 『岡山県の歴史』藤井学ほか著 山川出版社 2000 『イギリス近代史(改訂版)』村岡健次・川北稔編著 ミネ ルヴァ書房 2003 − 12 −