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第 5 章 資源の保全と持続的利用

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第 5 章 資源の保全と持続的利用
第
5 章 資源の保全と持続的利用
5-1 資源の維持と形成
5-1-1 資源の維持と形成の考え方
5-1-2 自然生態系の保全
5-1-3 資源としての景観の維持と形成
5-1-4 地域における諸資源の維持と形成
5-1-5 資源管理のための財源と担い手の確保
5-1-6 モニタリング調査
5-2 環境負荷軽減の実施
5-2-1 し尿の処理
5-2-2 大気、水質の保全、浄化
5-2-3 省エネ、新エネの促進
5-2-4 リサイクル
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
228
5-1
当する場所にも及ぶ広範な環境で行われる。対象となる資源も原生的自然
から二次的自然、文化や習慣等の無形のものも含み、幅が広い。資源の維
資源の維持と形成
持・形成や活用を図るためには、地域の再認識を通して資源を把握するこ
5-1-1 資源の維持と形成の考え方
とが必要となる。
生態系の保全は、生物多様性の保全のあり方や土地に合った野生生物管
資
資源
源の
の維
維持
持・
・形
形成
成と
とエ
エコ
コツ
ツー
ーリ
リズ
ズム
ム
エコツーリズム
における「資源」と
は、見る対象や観光
施設などのいわゆる‘傑出した観光対象’だけにはとどまらない。観光志
向が大きく変化しており、ツアー参加者は単に非日常的な景観や活動の体
験を表面的に求めるだけでなく、地域の生態系や景観、祭り等のイベント、
食事等を通して、その背景にある自然の営みや地域の暮らし、文化に触れ
ることを楽しむようになってきた。したがって「資源」も、より幅広くな
り、その地域を構成する自然生態系や景観、祭り、人などのほぼ全ての要
素が資源化する可能性を有している。そしてこうした地域の諸要素は、地
域の風土や生活文化の固有性や特徴との関係がより明確になることで、資
源としての魅力も増大すると言える。
したがって地域における「資源の維持・形成」に際しては、上記のよう
な地域における諸要素の有する資源性を評価し、資源を認識することから
始め、その資源性を維持しあるいは向上させるつまり地域の個性や特徴を
より明確に表現し、象徴させるために、何を行っていく必要があるかを「計
画」し、実施する必要がある。そこで本マニュアルでは、エコツーリズム
における地域資源認識の着眼点や、資源の維持・形成とエコツアーといか
に結びつけるかに力点を置いて記述し、事例紹介を行っている。
こうした一連の行為を通して、地域の人々が地域固有の生活文化を再認
識し、地域に対する誇りや帰属意識を強め、豊かで活力のある地域づくり
に貢献していくことが、わが国におけるエコツーリズムの最終的な目標と
言える。
理等を踏まえた上で、人が訪れる場所での管理方策を計画することになる。
一方、観光地では、地域という「場」がもつ風景や景観、音といった雰囲気
や、祭などのように動態として存在する資源も大きな魅力源であり、地域
らしさの表出するものである。これらもまた保全や創出の対象である。
(2)財源の確保と地域・域外の人材の巻き込み
保全・管理計画を実行に移すためには、財源と担い手の確保が必要であ
る。資金調達の方法として、受益者(利用者)負担、事業者負担、補助金の
活用等がある。また、エコツーリズムの対象資源は共有の財産と考えれば、
地域住民だけでなく、旅行者等の域外住民を巻き込んだ維持・形成の体制
作りも検討可能である。
(3)モニタリング
エコツーリズムは環境に低負荷であることを目標として展開される
が、それでも人が自然環境に入り込むことによる影響は少しづつにして
も累積していくことになる。資源の維持・形成にとっては、こうした人
為の影響等による資源の変容の程度やインパクトの状況等を逐次モニ
タリングし、調整をはかりつつ進めていく必要がある。
(4)環境負荷低減の実施
資源の維持・形成は、単に現状維持だけでなく、今後発生するおそれの
ある環境負荷の発生防止や負荷軽減も射程に入れて考える必要がある。ロ
ー・インパクトからゼロ・ウェイストへ。ゴミ削減やし尿、大気や水、エネ
ルギーなどの使用・処理における環境配慮、リサイクルへの積極的な取り
(1)資源の把握と維持・形成
わが国におけるエコツーリズムは、いわゆる大自然と呼びうる自然地ば
組みなど、エコツーリズムの実践地域こそ率先して取り組み、循環型社会
づくりの見本となることを目指すべきであろう。
かりではなく、人里近くや人里そのものの二次的自然地もしくは都市に該
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
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5-1-2 自然生態系の保全
生
生態
態系
系の
の保
保全
全
生態系とは、「ある場所の生物とそれらの環境
をかたちづくっている物理的要因の複合全体から
なる複雑なシステム」と定義されている。その場
所の気候や地形、地質などの環境から、そこに生きる植物や動物すべてと、
それら全体が複雑に結びついたネットワークのようなシステム全体のこ
とである。
それぞれの地域では、気候や地質、生育する植物の種類や量は異なって
おり、そこで生活する動物の種類や数も異なっている。また、それぞれの
場所の自然の歴史も異なっている。さらに、生態系の一部である人間の活
動や自然とのかかわりの歴史も異なっている。従って、その地域でのこれ
らの生態系の構成要素の間の関係も異なっている。これらのことから、生
態系はそれぞれの地域に固有の特性をもっており、地球上に同じ生態系は
存在しない。
また、地域の生態系は常に変化している。一見変化のないように見え
る植物群落でも、実は微妙に変化が起こっており、それと関係して昆虫相
が変化していることがある。このような変化は相互に関係しあっている
様々な生物に伝搬し、生態系のシステムそのものの変化を生じていること
もある。
生態系の保全は、それを構成する生物の多様性を保証するものであり、
生物多様性条約を基礎とした「生物多様性国家戦略」の重要な構成要素と
なっている。
事例5-1 カヌールール(別寒辺牛川)ができるまで
雄大な原野のなかをゆっくりと流
れる厚岸町のベカンベウシ(別寒辺
牛)川では、カヌーを楽しむ人が増加
していた。カヌーイストからの要望も
あり、町はカヌー・ステーションをつ
くって、エコツーリズムを推進しよう
とした。1992 年のことである。しかし、
自然保護団体からは、カヌーが増えれ
ば特別天然記念物タンチョウに影響
が出ると反対の声が上がった。いっぽう、カヌーイストたちは、何年もここで
カヌーをやっているが、タンチョウなど見たこともないという。そこで 1993
年の 5−7 月に調査を行った。川のすぐそばの小高い丘にのぼり、日の出から日
没まで、望遠鏡で徹底的にタンチョウの行動を観察したのである。タンチョウ
は意外にも川のすぐ背後の湿原で営巣していた。実際にカヌーを走らせてタン
チョウの反応を見ると、カヌーが近づくかなり前から親は警戒態勢に入り、ヒ
ナより自分のほうに関心を引こうと走り出すこと、その際、ヒナが置き去りに
され、キタキツネなどに襲われる危険があることが明らかになった。いっぽう、
この時期にはキタヨシの群落が高く茂り、カヌーにのった人間の目には、すぐ
その背後にタンチョウがいてもまったく見えないことがわかった。この調査に
もとづき、カヌー・ステーションはつくるが、逆にそれによって、カヌーイス
トが他の場所からは川に入らないように規制する。カヌーをする人はステーシ
ョンにまず立ち寄り、川の自然や規制についての情報をもらってから川に入る
よう、観光パンフレットなどで広報する。タンチョウの営巣期である 5−7 月上
旬までは、営巣地の多い、ステーションより下流部へのカヌーの入り込みを規
制する。一度に多くのカヌーが川を下ると影響が大きくなることから、一日あ
たりのカヌーの入り込みを 35 艇までとする、といった方策がとられた。カヌ
ー・ステーションをつくることで、カヌーによるエコツーリズムを推進すると
ともに、営巣地へのカヌーの入り込みをうまく規制できたよい例であるといえ
よう。(小野 有五)
人間はこのような生態系の一部であり、すでに人間は生態系にとって
非常に大きな影響を与える存在となっている。そのような下では、エコツ
ーリズムを含む自然資源の利用は、生態系への影響を常に考慮して行わな
ければならない。オーバーユースや人間活動による生態系の変化は、極め
て深刻な生態系の破壊につながることがあるので、常に人間活動と生態系
のモニタリングが必要である。
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
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植
植生
生の
の管
管理
理
生育している植物の種類と状態は生
態系を特徴づける上で重要である。国
内では、森林生態系、草原生態系、湿
原生態系、それぞれが異なった危機に直面しており、生物多様性の低下が
問題となっている。
森林生態系は、自然林や人間の手の加わった二次林、植林地が含まれる。
自然度の高い植生は限られた地域にしか残されておらず、分断化が進んで
いる。二次林や植林地は、適切な管理が必要であるが、それが行われなく
なっている。
草原生態系は、自然草原と人為的な干渉によって維持された二次草原に
分類される。二次草原は、十分な管理が行われなくなり、遷移が進み草原
が維持されなくなってきた。自然草原は、面積が少なく(国土の 1%)、
固有種などが多く絶滅が危惧される植物も多い。湿原生態系も自然草原と
同じく、一度破壊されると修復が容易でなく、保全が求められている。
植生に対する人為の度合いによって、それぞれの問題点も異なっている。
原生的自然については、人間の手の加え方を充分検討し、保全を第一に考
えなくてはならない。原生的な自然環境や希少な野生動植物はエコツアー
の対象となりやすく、ニーズも高い。しかし、その利用は、常に保全と持
事例5-2 静岡県富士郡芝川町
富士山の南西麓、桃源郷のような農村里山環境に本校のあるホールアース自
然学校は、20 数年にわたる地域密着型の活動によって、里山を活用した多彩な
プログラムを持つ。
静岡県の棚田百選にも選ばれた棚田群や懐かしい庭先家畜の姿など、産業構
造や社会の変化によって失われていった里山景観を現代に残すには、単に農家、
林家の努力に頼るのではなく、積極的に社会の耳目を集め、その魅力を再認識
させるための仕掛けが必要だ。
その役割は農山村に活動の本拠地を持つ自然学校が担うことができる。ホー
ルアース自然学校にある「動物農場」では、農環境にふさわしい家畜たちがた
くさん飼われ、自然学校の参加者や地元の子どもたちのふれあいや飼育体験の
ほか、近隣の農家では「動物農場」製の堆肥が人気で、野菜と交換したり、プ
ログラム参加者向けに無償で特産野菜を作ってくれる農家も複数ある。10 年前
から『動物農場』が作る有機の野菜や卵の無人販売を引き継いだ地元農協が『朝
市』を開始し、今では隣の市からも買いに来る盛況となったが、生産者は有機
で安心な作物を作ることが楽しみな農家のお年寄りたちだ。かつてどの家でも
飼われていたヤギ、鶏などが消えた今、野菜くず、残飯の処理に活躍した身近
な庭先家畜を飼えない農家は「動物農場」に大量の余剰野菜を持ち込むことも
多い。除草剤が一時はやったこの地方でも昔ながらに手刈手入れをしてその草
を田に戻す。秋には一面の彼岸花にカメラマンが列を成す。こうしたことも自
然学校の参加者が田畑のあぜで遊び、地元の子どもも遊ぶような関係があって
だ。農村里山景観は生産の視点からだけでは維持が困難で、こうしたエコツア
ーや自然学校活動によって支えられることも重要だ。(広瀬 敏通)
続可能性を意識しなくてはならない。
二次林など里地里山的環境においては、人間の働きかけが減少している
ことが、これらの環境とそこに生息する動植物の多様性の低下をもたらし
ていると考えられている。このような環境は各地に存在するので、自然と
関わりをもつエコツアー・プログラムの対象となりやすい。また、その地
域で歴史的に行われてきた自然環境を維持する働きかけそのものも、文化
としてエコツアーなどに利用しながら継承してゆくことが求められてい
る。
水田は生物多様性に大きな役割を果たしてきたが、農薬や化学肥料の不
適切な利用や水路形態の改変などから生物多様性は低下してきた。しかし、
環境保全型の生産手法や生産基盤整備によって、生物多様性の再生は可能
である。農業生産活動に対する参加や、そこでの生物との触れ合いは環境
教育としても重要であり、またエコツアーの資源ともなり得る。
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
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環境保全と環境意識の高揚にとって重要である。
日本の動植物は 9 万種以上といわれ
生
生物
物種
種の
の保
保護
護
ており、狭い国土の割には多様性に富
んでいる。しかし、669 種の動物、1994
種の植物が絶滅危惧種となっている。動物では哺乳類や淡水魚の 1/4、
両生・は虫類の 1/5 が絶滅危惧種に指定され、植物でも 7,000 種の維管
束植物の内 1/4 が絶滅危惧種に指定されている。
これらの生物種の中には、水辺や里地里山など従来は身近な存在であった
ものが多く含まれている。
絶滅に瀕する生物種を保護するだけでなく、それらの生息地と生息環境
を保全することが必要である。また、希少種が多く人間活動の影響を受け
事例2-3 鹿児島県屋久島
屋久島ではウミガメが上陸し産卵する海岸がある。ここは観光名所となって
いると同時にウミガメの繁殖にとって極めて重要な産卵場所でもある。NPO 法
人屋久島うみがめ館は、人間によって妨害されることなくウミガメが安心して
産卵し、孵化した子ガメが海に戻って行けるように活動している。産卵場所の
管理によってウミガメを絶滅から救うと同時に、ウミガメの生態やその生存の
危機について展示を行い観光客への情報提供を行っている。ウミガメ上陸時に
ウミガメを混乱・警戒させる光を減らすように周辺ホテルや観光客に協力を要
請するなど、ルールづくりも行っている。屋久島で活動するエコツアー団体や
地元の有志などが、浜の掃除を行うなど、希少種の保護を行いながら観光資源
として利用する試みが行われている。(南 正人)
やすい干潟や湿原などは、生態系の維持が新たな絶滅を防ぐことになる。
里地里山に生息する動植物は、従来「どこにでもいる普通種」であった
が、近年絶滅危惧種が 5 割となってしまった。ここでの生物多様性の維持
のためには、生物相を意識した形で里山管理を復活することである。
シカ・イノシシ・サルなどの哺乳類や、カラス・カワウなど鳥類による
農林漁業被害が深刻である。適切な被害防除策と同時にこれらの動物種に
対する適切な管理が必要となっている。個体数の増加に対しては一定数の
駆除を行い、同時に科学的なモニタリングを行い絶滅も防がなくてはなら
ない。また、これらの動物の生息地の管理も必要である。
移入種(外来種)による生態系への脅威も増加している。マングース、
アライグマ、ブラックバスなどは、在来種の捕食や在来種との競争によっ
て、在来種を駆逐しつつあり、生態系にとって大きな脅威となっている。
特に大きな影響が想定される移入動植物に対しては、侵入初期に生態系か
らの排除を試み、新たな侵入を予防しなくてはならない。小笠原など固有
種の多い島嶼に対する他地域からの種子の持ち込みなども、予防する必要
がある。
エコツーリズムの展開は、盗掘や動物の行動に対する妨害、移入種の持
ち込みや疾病の伝播など、希少種の減少や絶滅につながる可能性がある。
貴重な動植物を対象とする場合、特に留意する必要がある。
農耕地を含む里地里山では、エコツーリズムによる積極的な自然との関
わりは生物多様性の復元に貢献する可能性がある。また、このような活動
を通して、身近な生物種が減少し絶滅の危機にあることを認識することは、
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
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伝える作業を通して、地域の豊かで個性的な自然景観の特徴が明確にされ
5-1-3 資源としての景観の維持と形成
ることから景観管理は始まる。そして景観を支えていた人為(管理作業、
管理技術)を継続する仕組みを景観管理計画として検討する必要がある。
(1)地域には様々なタイプの
特
特徴
徴的
的な
な自
自然
然の
の景
景観
観管
管理
理
自然景観資源がある
地域には山や森、川などの豊
かな「自然」の景観がある。そ
してこれらの自然景観には、地域の気候風土など純粋に自然の条件や営み
によって創り出された原生自然の景観だけでなく、地域に暮らす人々の
様々な営みと深く関係しながら、時間をかけて形成されてきた二次的な自
各々の地域には人が自然と付き合う中で創り上げてきた景観がある。(左から、宮崎
県諸塚村のモザイク林、長崎県雲仙地方のジャガイモ畑、新潟県佐渡市の棚田)
然の景観もある。また、こうした人為の介入程度だけでなく、空間スケー
ルの大きさや、田・畑、樹林・樹木、草地、川などの諸要素の組み合わせ
のあり方等にもバリエーションがあり、各地域には他地域とは異なる固有
の「自然」の景観が存在する。
こうした固有の「自然」の景観が有する様々な地域の情報をツアー参加
者に伝え、「自然」環境を認識し理解する新たなまなざしを提供すること
がエコツーリズムの基本と言える。
(2)二次的自然の景観は地域文化を伝える資源である
そして特に、地域の二次的な自然環境の景観は、地域で暮らす人々が地
域の自然的、社会的条件に応じて自然と関わりながら創出した個性的なも
のと言える。
棚田や石垣は地域の地形とつきあいながら形成されてきた景観である
し、屋敷林やため池は地域の気象条件を雄弁に語っている。そして、里山
事例5-4 青森県横浜町 菜の花畑のトラスト運動
日本一を誇る青森県横浜町の菜の花は、現在も、観光用ではなく、農家の換
金作物として作付けされている。1968 年に 750ha あった菜の花畑は、人口流出
や、外国産の安いナタネの輸入等により 1988 年には 44ha まで減少した。その
後、補助金制度等に支えられ、1991 年には 193ha まで回復し、景観を町づくり
に活用した「菜の花フェスティバル」が開催された。観光客は年々増加し、今
も開花期間中には、10 数万人が訪れている。
しかし、補助金制度も 2005 年には打ち切られる予定で、菜の花畑の激減が予
想される。この現状に危機を感じた町の農家、漁家、公務員、会社員が中心と
なり、2002 年 3 月「菜の花トラスト in 横浜町」を立ち上げて、菜の花を守り
育てる市民運動を全国に呼びかけ、耕作放棄地や会員の休耕地等に菜の花を作
付けしている。初年度に 2ha、2 年目に 4ha を作付け、2004 年度は、6ha の作付
けを予定している。町内の子ども達も一緒に、荒れ果てた農地を菜の花畑に修
復する作業に参加しており、先人の知恵の継承や地域を大切にする心の醸成に
も役立っている。また、夜菜の花畑をライトアップして鑑賞する“夜観菜会”
を行っており、新たな景観的な魅力も創造している。
や草地の景観にも地域の生業に関する情報が様々に詰め込まれている。こ
のように二次的な自然の景観には、地域の暮らし、そして地域の人々が自
然とつき合いながら形成してきた生活文化が内包されている。しかしなが
ら、この景観は地域の人々にとっては身近で当たり前の景観であったし、
域外からの来訪者にとっては地域の文化や生活様式を伝えられてはじめ
て理解し得るものであることから、従来、あまり注目されてこなかった景
観である。
エコツーリズム推進の過程で、地域の人々が地域を再認識し、来訪者に
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
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事例5-5 岐阜県白川村 住民組織を中心とした街並み景観の保全
伝
伝統
統的
的な
なま
まち
ち並
並み
み景
景観
観の
の管
管理
理
(1)住民主体による「保全」中心の景観管理
歴史的な街並みに関しては、保存・保護指定を受けているところが多く、
その景観管理についても、新たに創造していくことよりも、現状を維持し
護っていくことを目標として設定し、景観管理を進めるケースが多い。
護っていくための制度としては法律や条例が用意されており、これら
の制度を活用して保存・保護していくことが中心となるが、これらの制度
では、街並み景観を構成する要素の保存・保護が中心であり、景観をトー
タルに保全し、その特徴を担保していくうえでは十分ではない。
地域住民が主体となって、公的機関と協力しあいながら、ガイドライン
1995 年に世界遺産に登録された岐阜県白川村の荻町集落の特徴的な合掌造
り家屋建築や、それらを取り巻く田畑や水路といった農村景観の保全をリード
してきたのは、地元の住民組織である「白川郷荻町集落の自然環境を守る会」
だと言える。1971 年に「守る会」が設立されるとともに、
「売らない」「貸さな
い」「こわさない」を 3 原則とした「白川郷荻町集落の自然環境を守る住民憲章」
を策定し、その後の開発を牽制する役目を果たした。1976 年の「白川村荻町伝
統的建造物群保存地区条例」の制定で
も、中心的役割を担った。また、1980
年代には「荻町から看板をなくす運動」
を展開して、集落の風景に調和しない
派手な看板を駆逐していった。「守る
会」では、現在でも、毎月 1 回の現状
変更申請の審議、秋の茅刈り講習会、
茅場の育成など様々な活動を続けてい
る。
の作成や景観コードの設定など、住民が協議し、調整しあいながら進めて
いくことが最も重要である。
そして、こうした地域でのルールや振る舞いに関しては、ツアーで訪れ
る域外の人々にも理解を求め、協力して進めていくことが重要である。
(2)地域を伝えることも重要な景観管理である
地域の伝統的な街並み景観を保全していくうえで、その特徴や地域の歴
史・暮らしとの関わりについて、ツアー参加者に伝えるという姿勢を重視
することによって、保全が促進されるという側面も重要である。
伝えるという作業が地域の人々のモチベーションを高めるとともに、地
事例5-6 京都府美山町 都市と地域の交流組織による景観保全の支援
260 余りの茅葺き民家が独特の集落景観を形成している京都府美山町では、
文化財保護条例や美しい町づくり条例の制定、伝統的建造物群保存地区の選定、
かやぶきの里保存組合の結成など、様々な景観保全策が実施されてきた。また、
1993 年には、茅葺き民家の保存と茅葺き職人の育成のための「美山町かやぶき
の里保存基金」が設立されたが、その設立時に基金の一部を提供したのが、阪
神地域の美山町ファンである都市住民が約 120 人集まって結成された「かやぶ
きの里美山と交流する会」である。事務局は、大阪府高槻市に置かれ、年会費
8,000 円のうち半分を美山のふるさと産品の購入に使われるが、残りの大部分
が基金への寄付に充てられている。また、美山町や阪神地域で年に 6∼7 回イベ
ントが開催され、その収益金の一部も基金に寄付されている。
域を再認識するうえでも効果は大きい。京都・美山町北村で見られるよう
に、地域住民が来訪者に直接語りかけ建物や暮らしについて説明するよう
な試みを促進する必要がある。
また、伝統的な街並みの場合には、多くの研究者が入り研究を進めてい
る場合が少なくない。そうした研究者とのネットワークを活用し、ステー
ションを設けその研究成果をツアーによる来訪者に分かりやすく提供し
たり、研究者による解説を行うなど、積極的に協力を行いながら、まちづ
くりや魅力的なエコツアーを実現していくことが重要である。
写真提供:美山町観光協会
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
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事例5-7 山形県金山町 住宅産業、伝統技術、林業と結びついた景観形成
ま
まち
ちの
の景
景観
観形
形成
成
(1)エコツアーの背景としてのまちの景観
魅力的なエコツアーを実現するためには、資源としての特徴的な景観を
管理するだけでなく、ツアーの背景となる、まち全体の景観形成にも配慮
し、まちの豊かな暮らしや自然との関わりについて示すことが重要である。
また、ツアー参加者の滞在・滞留拠点となる場所の景観形成には特に留意
が必要である。
資源としての自然の景観や街並み景観の管理に関しては、保全が中心と
なることが自然であるが、まち全体の景観管理に関しては、保全のみなら
ず、現在の生活様式と自然との豊かな関わりのあり方が創出する魅力的な
景観形成を念頭に置く必要があり、引いてはそのまちの景観が新たなツア
ー資源となっていくことも十分に考えられる。
山形県金山町では、地元産の金山杉を柱や梁などの軸組部材に用い、切妻屋
根に白壁、杉板張りの外壁という特徴をもつ伝統的工法に基づいた「金山型住
宅」を中心とする、街並み(景観)づくり 100 年運動を展開している。金山型
住宅の普及は、周囲の自然風景や歴史的資産と調和した美しい街並み景観を形
成するだけでなく、地元住宅産業の振興、伝統的な建築技術の維持・向上や後
継者の育成、地元林業による金山杉の持続的保全にもつながっていった。金山
町では、この金山型住宅の街並みづくりのために、施主や大工を表彰する金山
町住宅建築コンクール、美しい居住環
境づくりを進めるための指針を定めた
金山町地域住宅計画(HOPE計画)、
金山町街並み景観条例の制定による街
並み形成基準の設定など、様々な施策
を展開している。また、この形成基準
に合致した建築には、助成金が交付さ
れる制度も設けられている。最近では、
年間の新築建物のうち金山型住宅が 8
割程度を占めるほどになり、金山町へ
の来訪者も増加している。
熊本・黒川温泉の事例にも見られるとおり、明確な方針を共有し、住民
が協力しあいながら景観形成を戦略的に進めていくことが重要である。
(2)技術・仕組みは保全型の管理と同様
景観形成の技術的な側面や仕組みづくりの側面に関しては、下記のとお
り資源としての景観管理と同様で、地域住民が主体となって公的機関や地
域の産業と協力して、協議しながら豊かな景観形成を進めていくことが重
要である。山形・金山町のように、まちの様々な営みと連携しあったり、
群馬・新治村のように、多様な推進策を総合的に展開していく必要がある。
・景観形成計画の策定
事例5-8 熊本県南小国町 黒川温泉の街並みづくり
黒川温泉では、京都の庭から樹木の配置などの景色づくりを学んだ後藤哲也
氏の指導のもと、各旅館が中心となって、温泉街全体の景観づくりに取り組ん
で来た。かつては、杉などの針葉樹ばかりで単調だった風景も、ミズナラ、イ
ロハモミジ、ケヤキ、コブシなど、身近な雑木を中心とした広葉樹の植栽を行
って、四季折々の風景の移り変わりを楽しめるようにし、また樹木の配置も細
やかに配慮されて植栽され、「自然よりも自然らしい」雰囲気が演出されている。
また、旅館のを建て直す際は、自然に調和した色合いにすることも義務づけら
れ、風景にそぐわない看板の撤去や川の浄化にも取り組んでいる。こうした努
力により、あたかも温泉街全体が一つの離れ屋式旅館であるかのような統一感
と、くつろげる雰囲気が形成され、数多くの観光客の人気を集めている。
・景観条例、憲章、協定の制定
・ガイドライン、景観コードの検討、設定
・拠点建物や場所のモデルデザイン化
・懸賞制度、景観コンクールの設置
・誘導方策
241
第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
242
事例5-9 尾瀬の「ゴミ持ち帰り運動」
美
美化
化・
・整
整序
序運
運動
動の
の展
展開
開
(1)マイナス要因の除去と修景要素の付加
景観形成において、特徴的な景観を洗練させつつ、地域の営みや特徴が見
える景観づくりを進めることが基本であるが、一方で景観を美しく整える
という観点も重要である。そうした観点からは以下の 2 点が典型的である。
①景観のマイナス要因の除去
景観を煩雑なものにするマイナス要因を除去することも重要である。電
柱・電線や広告看板、案内や交通の標識など、景観を煩雑にしているもの
は多い。そして、散乱するゴミの問題や、川や池などの水質問題も、地域
の清潔な印象にとって重要なポイントである。
②修景要素の付加
一方、草花を植栽したり、樹木を植栽するなど、まちの景観に彩りや季
節感を付与し、アクセントや華やかさを演出することも大切である。しか
しながら、植物を付加するような場合には、地域性の問題、地域の生態系
への影響に関して十分な配慮が必要である。
(2)ツアー来訪者を巻き込んだ運動的展開
こうした景観の美化や整序に関しては、地域住民が主体となって実施す
ることが重要であるが、ツアーで訪れた域外者を巻き込んだ展開も検討す
る必要がある。エコツアーの参加者には環境への負荷軽減や良好な関係形
成に対しての理解を期待することができる。ツアー参加者に十分な説明を
行い、ゴミのポイ捨ての防止や持ち帰りとともに、清掃活動や植栽活動へ
の参加を呼びかけていくことが重要である。
ガイドによる説明、パンフレットや、ポスター、看板の設置などを総合
的に実施し、ツアー参加者に働きかける必要がある。
243
第 5 章.資源の保全と持続的利用
福島・群馬・新潟の 3 県にまたがり年間 50 万人以上の人が訪れる尾瀬では、
1972 年に全国に先駈けて開始された「ゴミ持ち帰り運動」により、ゴミの量が
大幅に減少した。当初は、多数設置されていたゴミ箱周辺にゴミがあふれかえ
っていたが、それらのゴミ箱を撤去し、「ゴミは山小屋まで」持っていく段階、
「ゴミは入山口まで」持っていく段階を経て、最終段階である「ゴミは家まで」
持ち帰る段階にまで達し、今や定
着している。この運動は、ポスタ
ー、立て看板、横断幕等で徹底し
て呼び掛けるとともに、湿原や木
道に落ちているゴミを徹底して拾
うことで、ゴミを捨てにくい環境
をつくりあげている。現在でも、
年に数回、入山口や山小屋でゴミ
袋を配布し、ゴミ持ち帰りを呼び
掛けるキャンペーンを実施してい
る。
事例5-10 島根県松江市 堀川の環境改善と観光振興
島根県松江市の松江城の内堀・外堀を構成し、水上交通にも利用されてい
た堀川は、埋め立ての進行、水の流れの悪化、生活排水の流入増加などにより
水質汚濁が進んでいた。こうした堀川の環境に危機感を持った市民の中から、
昔の堀川を取り戻そうとする動きが始まった。1994 年には行政により水環境改
善緊急行動計画(清流ルネッサンス 21)が策定されたが、そこでは行政機関だけ
でなく、小中学校校長会、商工会議所、公民館協議会などの地域の団体ごとに
「水環境改善緊急行動計画」の策定を呼びかけ、各団体が目標を設定して行う
水質浄化に貢献する活動や啓発活動には、補助金が下りる仕組みがつくられた。
これにより、市民の堀川への関心はさらに高まり、その後、宍道湖からの導水
や下水道の整備等の土木工事により、堀川の水質は大きく改善された。1997 年
に運航を始めた遊覧船は、松江
市の重要な観光資源となって
いる。さらに、「川からまちを
見る」という視線が生まれたこ
とにより、川沿いの道路や河岸
の修景工事などが進むととも
に、堀川沿いに暮らす住民が自
発的に、自宅と堀川の間の草刈
りを行ったり、花壇を設置する
など、環境改善と観光振興の間
の良循環が働き始めている。
第 5 章.資源の保全と持続的利用
244
う実施していくことが重要である。
5-1-4 地域における諸資源の維持と形成
事例5-11 長野県南信濃村 村外客の参加による祭りの存続
地
地域
域イ
イベ
ベン
ント
トの
の維
維持
持と
と演
演出
出
(1)祭り等への参加を長期プログラム化
祭りなど地域イベントは、ハレの場として、日常生活のくびきから解放
し憂さを晴らす装置として位置づけられるが、同時に、地域のコミュニテ
ィの結束を強め、住民の帰属意識を高めていく場としても重要な存在であ
った。したがって、従来は祭りの運営や、場合によると参加に関しても地
域コミュニティの一員に限られているところも少なくなかった。しかしな
がら、近年では長野・南信濃村の事例にも見られるように、祭りの担い手
が不足し、祭りの運営が難しくなってしまっているところも少なくない。
そして、その解決策として門外不出であった祭りの運営等に域外者の参加
を認めるところも出始めている。
エコツーリズムは広義にとらえれば、域外者をも取り込んだ新たな地域
運営の仕組みに他ならない。地縁コミュニティによる地域運営ではなく、
域外者に地域の魅力を伝えることを通してファンを増やし、様々な支援を
受けながら協働して地域運営を行っていく仕組みととられることができ
る。したがって、祭りなどの地域イベントに域外者が参加することも、緩
やかなコミュニティの構成員による運営ととらえれば、あながち不自然な
ことではない。祭りの運営に域外者を参画させ、その練習などを長期プロ
グラム化して、魅力的に演出し、その過程で地域の文化や生活様式を伝え
ていくといったことも試みられるべきであろう。
一方、熊本・清和村のように、祭り等を地域文化紹介のための一種のシ
ョーとしてとらえ、プログラムの中の一つのアクティビティとして位置づ
けていく方策も考えられる。
いずれの方策をとるにしても、最終的には地域の選択であり、地域の人々
の間で方針が共有できれば、後は魅力的な演出をデザインし、祭りを通し
て伝えられる地域の文化が継承され、地域の人々の精神的な支えとなるよ
245
第 5 章.資源の保全と持続的利用
国の重要無形民俗文化財にも指定されている長野県南信濃村の遠山天満宮
の霜月祭りは、鎌倉時代に起源を持つと言われ、毎年 12 月、おもてと呼ばれる
面を付けたさまざまな「神々」が、湯が沸き立つ釜の周りで夜中まで舞い踊る
行事である。しかし、舞い手は 42 人必要なのに対して、集落の住民だけでは半
分にしかならず、存続が危ぶまれていた。そこで、1990 年頃から、祭りの伝承
のために、村外から訪れている参拝客に声をかけ、面をつけて舞い手となって
踊りに参加してもらうようになった。1999 年から実施している 1 泊 2 日の体験
ツアーには、愛知や東京から参加す
る人もいる。さらに、村人と一緒に
社殿の飾りつけ、若水汲み、食事作
りなどを行うボランティアも募集
しているが、特別扱いされずに、お
祭りを始めから終わりまで体験で
きると好評である。村民の方でも、
祭りが存続していくだけでなく、訪
れる客が喜び、村や祭のファンが増
えることで、自分たちの伝統行事に
対する誇りが高まってきている。
事例5-12 熊本県清和村 伝統芸能「清和文楽」と観光振興
江戸時代から 150 年間続く熊本県清和村の
伝統芸能・清和文楽は、農業のかたわら農民の
楽しみとして祭りなどで上演され伝承されてき
た人形浄瑠璃であり、大夫三味線の調べに合わ
せ、三人の遣い手により人形が操られる芝居で
ある。以前は、神社や村内の田畑の中の特設舞
台などで年 5∼6 回上演が行われてきたが、1992
年に専用施設である清和文楽館が整備されると、
好評を呼び、年間 250 回前後も上演されるよう
になった。数多くの公演を、数多くの人の前で
行うことで、練習にも張り合いが生まれ、演じ
手の腕も上がっているという。後継者の育成が
課題となっているが、村出身の若者が、語りと
三味線を学ぶ 2 年間の研修を淡路島で受けて、
「若手大夫」として活躍している。村内の小中
学校でも、清和文楽を学ぶ時間ができ、三味線
のクラブ活動も行われている。
第 5 章.資源の保全と持続的利用
246
事例5-13 熊本県阿蘇地域 「あか牛を食べて草原を守ろう」
特
特徴
徴的
的な
な料
料理
理の
の維
維持
持と
と形
形成
成
(1)料理には地域個性が残されている
人やモノが広域に流動、流通し、景観や技術が均質化していく中で、意
外に料理には地域性が色濃く残っている。特に祝祭日の料理には、その傾
向が顕著である。素材や調味料をはじめ、料理法、そして食にまつわる作
法の中にも、各地域を感じさせるものは多い。こうした地域個性を伝える
料理や食事に関しては、当然のことながらエコツアーのプログラムの中に
は積極的に取り込むべきであろう。
また、様々な地域で料理や酒類の創作開発が進められている。これらに
は「地域」を意識した動きも少なくないことから、こうした動きとは積極
的に連携し、プログラム化していくことが重要である。
また、阿蘇の事例に見られるように、食材の生産が地域の特徴的な自然
景観や資源の保全管理に結びついているケースもある。単に料理の問題だ
けに限定するのではなく、地域の産業や文化等との関係を含めて域外者に
伝える努力もしていくべきである。
(2)地産地消の長期プログラム化
食材を生産することから、料理し、食するまでの一連のプロセスを長期
プログラム化し、比較的近隣の域外者に提供していくことなども試みられ
るべきであろう。食の安全性といった問題を契機に、食材に対する認識も
徐々に変化しつつある。「食」の過程が見えることに対する要求は強くな
世界一の規模を誇る阿蘇山のカルデラの外輪山は、千年以上に及ぶ放牧、採
草、輪地切り、野焼き等によって守られてきた雄大な牧草地景観が広がってい
る。しかし、近年、農山村の高齢化や過疎化、農畜産物の自由化などにより、
農林畜産業は衰退し、赤牛の放牧が少なくなり、放置された放牧地や人工林が
目立つようになってきていた。こうした状況の中、1994 年、グリーンストック
財団が仲介する中で、鹿児島県から広島県までの 13 の生協連合であるグリーン
コープ事業連合が、「あか牛を食べて草原を守ろう」というスローガンのもとに、
畜産農家と「阿蘇あか牛生産直契約」
を結んだ。また、2001 年からは、同
財団により都市住民などがオーナー
となり繁殖用母牛導入の資金を提供
する「あか牛オーナー制度」が導入
された。こうした取り組みにより、
あか牛が放牧されれば、1 頭あたり
2ha の草原が必要とされ、1kg 分の牛
肉で 75 ㎡分の牧草地景観を保全す
ることができる計算となっている。
事例5-14 岩手県久慈市 山根六郷の雑穀と水車の里づくり
北上山地に位置する久慈市山根六郷は、6 つの集落に 600 人あまりが暮らす
山村地域であり、人口流出で活気が失われていたが、1988 年、山村の暮らしの
シンボルとして水車の復元がなされると、住民たちは、かつてを思い出して水
車で雑穀をついて粉を作りはじめ、さらに“雑穀料理”の祭に発展していった。
雑穀料理が健康食ということもあって、この祭りは域外の人にも好評を呼び、
毎月 1 回に定例化した「水車市」には、多くの人が訪れるようになった。元々、
この地域は、ヒエ、アワ、キビ、大麦、大豆、小豆など多彩な雑穀が実る地域
だったが、平地の「コメ中心の食文化」の浸透もあって、栽培されなくなって
来ていた。しかし、水車市の成功を機に、雑穀栽培を再開する人が増え、雑穀
食文化がよみがえり始めている。
っており、「食」を資源としたエコツーリズムの展開も十分に考えられよ
う。「食」に関わる景観を地域の資源として洗練させ、活用するとともに、
市民農園、有機栽培、消費者組合による共同購入、郷土料理の創作・復活
等々、断片的に展開されている関連した動きをとりまとめ、長期プログラ
ムとしてデザインすることも検討されるべきである。食卓に並ぶ料理と、
食材の生産や加工の景観とを結びつけていくことが求められるようにな
ってきた。
247
第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
248
事例5-15 青森県黒石市 こけしの文化を継承する「こけしの森林づくり」
特
特産
産品
品や
や土
土産
産物
物の
の開
開発
発
(1)エコツアーを「かたち」として残す土産物
エコツアーにおいては、魅力的なプログラムを開発し、参加者に自然や
地域を伝えることを通して、新たなまなざしを与えることができれば主眼
である。楽しかった思い出や、新鮮なまなざしが参加者に残れば大成功で
あるが、そうした経験を「かたち」として残すことも一つの演出として考
えられてよい。
以前、JR東日本が福島県とタイアップし、福島県内の各町村に滞在し
て農作業や生活を体験する家族向けのパッケージツアーが実施されてい
たが、その滞在中のプログラムにクラフト作業が組み込まれ、その作品が
土産物として位置づけられていた。各地域には、だいたい伝統的なクラフ
トが存在する。こうした工芸品やクラフトを、アレンジしたり洗練させて、
その制作作業などもプログラムに組み込み土産物とする演出はもっと活
伝統工芸品の津軽こけしで知られる青森県黒石市では、その原材料となる木
材を供給する森林を育てていこうという市の呼びかけに対し、津軽こけし館、
津軽こけしボランティアの会、こけし工人会、PTA などの代表からなる「こけ
しの森林づくり実行委員会」が組織され、市内の国有林でこけしの材料に適し
たイタヤカエデやミズキなどを育てる活動が進められている。2001 年 9 月の「こ
けしの森林づくり植樹祭」では、その年に誕生あるいは誕生予定の赤ちゃんの
家族を対象に募集した「こけしの木のオーナー」のほか市内の小学生など 180 人
余りが参加した。また、2002 年 9
月には人生節目の記念の年にあ
たる人を対象としてオーナーを
募集し、100 人余りが参加して補
植や下刈りなどの作業を実施し
た。その後は毎年 1 回、植えられ
た苗木周辺の草刈りなどの管理
を行いながら、樹木の成長を見守
っていき、25 年後には、植樹した
木の一部で製作した「記念こけ
し」がプレゼントされることにな
っている。
用されるべきであろう。
また、土産物に関しても料理と同様、単に土産物だけに止めるのではな
く、地域の産業や生活、特徴的景観などとの関係を、総合的に地域文化と
して伝えることが念頭に置かれるべきである。
249
第 5 章.資源の保全と持続的利用
事例5-16 岐阜県高山市 地元産品を売る朝市
江戸時代から続く高山の朝市は、現在、陣屋前広場と宮川沿いの 2 ヶ所に、
あわせて常時 40∼50 店が出店され、早朝から正午まで年中無休で開かれている。
朝市では、その朝採れたての農作物や花、餅、団子などの菓子、味噌、漬物な
どの食品加工品、手作りの民芸品「さるぼぼ」、一位一刀彫の置物、わら細工な
どの工芸品などが並べられている。季節感にあふれる品々や、素朴で情緒ある
飛騨ことばで話しかける出店者との会話が、高山を訪れる観光客の人気を次第
に集め、今では高山の主要な観光
資源の一つとなっている。朝市目
当てのリピーター客も多いが、そ
こで買った土産物が美味しかった
という評判は、高山の観光イメー
ジを高めるだけでなく、「高山産」
の農産物や加工品を選択して購買
する行動につながっており、地場
産品振興や地元農業維持の役割を
担っている。
第 5 章.資源の保全と持続的利用
250
ることが重要である。こうした自然環境の維持コストに対する認識は徐々
5-1-5 資源管理のための財源と担い手の確保
に高まってきており、十分な説明があれば、受け入れが可能になってきて
いると考えられる。
受
受益
益者
者負
負担
担の
の仕
仕組
組み
みづ
づく
くり
り
(1)環境の管理にはコストが必要
自然環境への負荷を最小限にすることを目標とするエコツアーにおい
ても、人が自然環境の中に入り込みそのアメニティを享受する限り、必ず
自然環境に負荷を与えることになる。ゴミや屎尿の処理、植生に対する踏
圧、水質の富栄養化など、一人一人が十分に注意するにしても負荷を「0」
にすることはできず、少しづつであったとしても累積していく。この点を
大前提としてエコツーリズムを進めていく必要がある。
また、ツアーの資源となる生物や生態系、景観の中には、二次的な自然
環境も多く、こうした二次的自然環境の資源性を維持していくには、常に
自然環境に対する人の働きかけが必要になる。
エコツーリズムを進めていくうえでは、常に自然環境のモニタリングを
実施し負荷による影響が確認されれば回復に向けて必要な処置を講じた
り、ツアー資源としての二次的な自然環境が維持されるように人の自然環
境への働きかけが維持継続されるような仕組みづくりが求められる。その
ためには環境管理技術を有した担い手と、コストが必要である。
(2)受益者に負担協力を呼びかけ
エコツアー参加者は、自然環境のアメニティを享受しており、受益者と
位置づけられる。そして、その自然環境の維持にコストがかかるとすれば、
享受したアメニティに対する対価を支払うことは受益者負担の原則から
言って当然のことである。
しかしながら実際には、わが国において自然環境に入り込むことに対し
て費用を支払うことことにはまだまだ抵抗があることが予想される。した
事例5-17 岐阜県 環境保全税の導入
中部山岳国立公園内の乗鞍岳周辺は、特別保護地区に指定されており、ラ
イチョウなどの希少生物が生息し、貴重な高山植物の自生している。しかし、
この地域には乗鞍スカイラインなどを利用して車で直接入り込むことができる
ため、観光客に人気がある一方、自動車の排ガスによる貴重な植物への影響な
どが年々深刻化し、2003 年度から予定されていた無料開放で通行量が大幅に増
えることへの不安が高まっていた。そこで、2003 年 5 月 15 日から、マイカー
の乗り入れが禁止され、加えて、観光バスやタクシーを対象に「乗鞍環境保全
税」が導入された。税率は、観
光バス(定員 30 人以上)3,000
円、一般乗り合いバス(同)
2,000 円、マイクロバス(定員
11∼29 人)1,500 円、タクシー
300 円であり、観光会社やタク
シー会社が料金に含めて集め、
納税する方式となっている。税
収を環境影響評価や自然環境
指導員の設置等の乗鞍地域の
自然環境の保全対策に充てる
ものであり、2003 年度におい
ては、3,000 万円ほどの税収が
得られた。
事例5-18 森林レクリエーション施設の利用料金の環境への還元
大阪府高槻市にある森林観光センターは、林間散策路や大型遊具などによる
野外レクリエーションや木工体験、しいたけ狩り、木工体験などができるレジ
ャー施設であり、木工品などの展示施設、飲食施設、喫茶店、売店などのほか、
温泉施設や宿泊施設、キャンプ場なども整備され、年間十数万人の利用客がい
る。この森林観光センターは、私有林、共有林、高槻市有林から構成され、合
計 45ha の土地の管理を委託された大阪府森林組合が経営している。各施設の運
営から得られた純益は、土地を提供している森林所有者に還元され、園内の森
林保全に役立てられている。
がって、まずはツアー参加者に、原生であれ二次的であれ自然環境の維持
管理には費用と担い手が必要であることを十分に説明し、協力を呼びかけ
251
第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
252
がある。
事
事業
業者
者負
負担
担の
の仕
仕組
組み
みづ
づく
くり
り
事例5-19 大分県湯布院町 「藁こづみ」風景への民間業者からの補助金支
出
(1)環境の保全管理を組み込んだ経済活動
環境に対する負荷軽減のための排出削減や循環利用のためのコストを
見込んだ経済活動は徐々に一般化しつつある。エコツーリズムを促進する
うえでも、関連事業者は資源である(自然)環境の保全管理にも配慮した
経済活動を行う必要がある。前項のように、直接受益者に働きかけ協力を
求めることも意識を喚起するうえで重要であり、基本的には受益コストを
ツアーをはじめとする諸活動のための費用に組み込むことが自然である。
しかし実際には、費用が高くなってしまうことから、現時点では必ずしも
容易ではない。
そうした一方で、事例に示すように、地域あるいは全国レベルでの事業
者の集まりである協会組織や組合などが、環境の保全管理のための費用を
捻出する動きが見られるようになってきた。社会での環境保全管理への参
加意識も高まってきていることも事実であり、受益者の理解を得る努力が
重要である。広報、説明作業をも活発に行い、エコツアーへの参加が、環
境の保全管理への協力にも結びついていることを上手く伝えることで、理
解を得ることが可能になると考えられる。
(2)環境の保全管理への技術面での参加
のどかな田園風景は、大分県湯布院町の観光魅力を構成する大きな要素であ
り、稲刈り後の稲ワラが田に積まれた「藁こづみ」が並ぶ様子も秋冬の風物詩
となっていた。しかし、収穫した水稲をかけ干しにして自然乾燥させ、脱穀の
終わった稲ワラを藁こづみにして保存するには手間がかかり、稲作農家が高齢
化し、機械化が進むことにより、こうした風景も失われ始めていた。そこで、
1991 年度から、町が稲作農家に稲ワラ確保と藁こづみづくりの補助金の支出を
始め、毎年 50 戸余りの農家に交付されている。また、藁こづみの風景が重要な
観光資源であるとの認識から、この補助金の財源として、例年由布院温泉観光
協会から 20 万円、由布院温泉旅館組合から 30 万円が町に寄付されている。ま
た、この補助事業は、畜産農家がその稲ワラを稲作農家から購入し、牛の飼料
や敷料として利用し、使用後のワラをたい肥として稲作農家に還元するという、
昔ながらの農業のリサイクルの仕組みを維持するのにも役立っている。
事例5-20 事業者団体による基金設立 JATA 環境基金
観光事業は、開発と訪問者の増加により、貴重な自然や文化遺産に影響を与
えており、これらの資源に大きく依存している旅行業界もリーダーシップをと
って、保全に努めるべきとして、旅行業者の団体である社団法人日本旅行業協
会(JATA)では、2001 年に「JATA 環境基金」を設立し、自然・文化遺産の保護
活動をしているボランティア団体への資金的な助成や表彰を行うなどの環境保
全活動を行っている。これまでには、富士山山頂にバイオトイレを設置したり、
白神山地のブナの森を復元するなどの保全に関する事業や、屋久島のウミガメ
保護・啓蒙活動を行うためのパンフレット作成などの環境教育や普及啓蒙活動、
小笠原のイルカの生態解明や適正なウォッチング体制の整備などの資源管理体
制の整備などの各種活動に助成金が支出されている。
また、自然環境の保全管理に対する負担はコスト面での負担だけに止ま
るわけではない。環境を保全管理していくためには、モニタリングや環境
修復、二次的自然環境の維持作業などへの技術面での担い手として参加す
ることも重要である。モニタリングをはじめ自然環境の保全管理には知見
と技術が必要であり、環境保全管理のための人材の確保・養成も、地域に
とっては重要な課題である。
日々のガイド活動などを通して、地域の自然環境をモニタリングしたり、
軽微な修復を行うことは自然環境への影響を小さく止めるうえで大変重
要である。ガイド事業者は、ガイド技術を高めるとともに、環境保全技術
の向上をもはかり、技術者として環境保全を担うことも促進していく必要
253
第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
254
事例5-21 宮崎県綾町 環境保全型農業への支援
公
公的
的機
機関
関に
によ
よる
る補
補助
助
(1)二次的な自然環境の保全管理に対する補助
エコツアーの資源となる自然環境には、原生自然と二次的自然とがあり、
この両者では現状の保全管理のあり方が大きく異なっている。前者につい
宮崎県綾町は、「照葉樹林都市」や有機農業の町として、豊かな自然環境
のイメージでまちづくりに成功し、人口約 8,000 人の町に毎年 100 万人を超え
る観光客が訪れるようになっている。綾町では、1988 年、全国初の「自然生態
系農業の推進に関する条例」を制定し、堆肥化施設の整備や運営、農産物を格
付けする町独自の認証制度の創設などにより、環境保全型農業の普及を強く支
援している。また、「農畜産物総合価格安定制度」により、農業者が再生産を可
能にする農畜産物の販売価格を維持することで、農業者が安心して自然生態系
農業に取り組める環境を整備している。この制度には、町が 1/2、農協及び農
業者が合わせて 1/2 を拠出して基金を造成している。
ては、人為による影響をできる限り小さく抑える方向で管理していくが、
後者の場合には、田畑や里山、草地に対する現状の人為を継続させること
が大切である。
特に後者の二次的自然環境の多様さは、わが国の自然環境の特徴の一つ
とも言えるものであるが、実際には、第一次産業の経済面、人材面での維
持の難しさを反映して、人為の継続が難しくなって荒廃が進んでいるもの
も少なくない。二次的自然環境が支える地域の景観や生物、生態系はエコ
ツアーの重要な資源であり、地域のエコツーリズムの根幹をなすものであ
る。また、地域住民自身も二次的自然環境のアメニティを享受する受益者
と言える。
したがって、二次的な自然環境としてのエコツーリズム資源の保全管理
に対しても、地域の公的機関による補助が検討されてもよいと考えられる。
(2)補助のあり方
二次的自然環境が有する資源性やアメニティの保全管理に対する公的
機関による補助に関しては、西欧諸国でいくつもの事例がある。国民ある
いは地域住民の理解が得られるようであれば、オーストリアの山岳地域の
農業維持への補助に見られ、またわが国でも事例が見られるようになって
きたように、条件不利地に対して農地の維持・保全を条件として補助する
ことも考えられる。また、英国の農村風景の維持復元助成制度に見られる
ように、資源保全のための具体的な作業群を設定し、実施作業に応じてポ
イントを加算していくといった方式も考えられる。前掲した湯布院の藁こ
づみの風景維持などは、こうした具体的な作業設定の事例として位置づけ
事例5-22 イギリスにおけるアメニティ空間を供給する農家への公的支援
ヨーロッパ各国では、重要な観光資源やレクリエーション資源である農村
地域の環境保全や景観形成に関して、農業に対する公的支援を行っている。イ
ギリス農漁食糧省でも、関連する様々な公的支援を行っているが、その一つと
して、生物多様性の減少により田園地域の自然の豊かさが失われているとの反
省に立ち、「畑作地帯における生物多様性保全助成制度」を発足させた。制度の
目標は、具体的には、①採餌場・繁殖場をつくりだし、ヒバリなど耕地を好む
鳥類の個体数を回復させること、②人里植物を回復すること、③いろいろな種
類の昆虫・クモ・哺乳類の生息地をつくりだすことなどである。この助成金は、
各種の作業ごとに助成金の額が決められている。
られよう。
255
第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
256
・ 人口変化と U ターン、I ターン率
5-1-6 モニタリング調査
・ 雇用創出効果
・ 新聞・マスコミなどでの掲載状況の変化
など
④住民意識の変化
モ
モニ
ニタ
タリ
リン
ング
グ調
調査
査
エコツーリズムが導入されたことによ
る自然環境や地域社会への影響や、効果
の把握と評価のためにモニタリング調査
を行う。
エコツーリズムが地域づくりの一環として持続的に行われ、かつ資源の
保全管理に結びつくためには、自然資源や地域社会、旅行者の印象などの
観点から、常に影響の程度を把握し、問題点や著しいマイナス影響が発見
された場合は解決を図ることが必要である。このように、状況をモニター
する調査をモニタリング調査という。動植物の生態調査等や、公害防止対
策等では一般的に行われている手法である。把握したいものを定めて調査
スキーム(調査目的・調査地点・調査対象・調査方法・調査の頻度や間隔・
分析や評価方法など)を決め、継続的に調査を行う。モニタリング調査は、
ある時間をおいて同じ調査を繰り返すことで変化の状況を把握するタイ
プの調査なので、初期段階のデータをとっておくことと、調査手法を途中
で大きく変更しないことが望ましい。
・ 住民の自然・文化資源に対する意識の変化
・ 観光に対する意識の変化
・ 環境保全に対する意見
など
上記①の自然環境への影響モニタリング調査は現地調査が主な調査法
となるだろう。②∼④については、関係者へのヒアリングやアンケート調
査などが必要となる。
(2)モニタリング調査の実施体制
調査計画や分析手法については専門家のアドバイスを得ることが必要
であるが、調査自体は住民やガイドなどが実施することが十分可能である。
モニタリング調査を地域のエコツーリズム推進組織の事業のひとつに位
置付け、参加型で調査を継続することが望ましい。そのことによって、住
民がエコツーリズムの成長を監視するスタイルを作ることができ、資源の
保全と活用に対する地域の責任意識が芽生えることが期待できよう。
(3)調査結果のフィードバック
調査結果は年次報告などにまとめて、誰にでも見られるようにすること
(1)モニタリング調査の対象と手法の考え方
エコツーリズムにおけるモニタリング調査の項目を例示すると次のよ
うなものである。
が望ましい。結果を踏まえて協議を行い、課題や改善すべき点を抽出し、
著しい問題が発生している場合はすみやかに対策を講じることが必要だ。
サイトの復元のために一定期間ツアーを停止したり、ルートの変更やガイ
①自然環境の状態変化
ドラインの見直しを行うなど、持続可能な資源の利活用のための方策を積
・ 動植物資源の生息・生育状態の変化
極的に検討することが望ましい。
・ エコツアーサイトやトレッキングルート周辺の植生変化
・ トレッキングルートの土壌や線形の変化(地形変化など)
など
②地域社会への影響の状態変化
・ 入込み人数の変化(乗降客数、宿泊者数など)
・ 観光収益の変化
・ エコツーリズム関連事業者数の変化 など
③地域活性化の影響変化
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
第 5 章.資源の保全と持続的利用
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事例5-23 フレーザー島(オーストラリア)
BOX5-1 エコツーリズムのモニタリング
エコツーリズムのもっとも重要な条件は、地域の自然環境や社会環境に悪影
響を与えないということであろう。そのため、エコツーリズムの基本計画策定
にあたっては、最初からツーリズムによるインパクトのモニタリング(監視)
を行い、その調査結果にもとづいて脆弱な自然地域への入り込み人数の制限、
必要な期間の立ち入りの禁止などの柔軟性をもった計画とする必要がある*。
ツーリズムのインパクトのモニタリングを実施している例として、東京都小
笠原の南島、群馬県尾瀬の至仏山の例があげられる。いずれも、東京都、群馬
県が日本自然保護協会に調査を委託して、それにもとづいたビジターコントロ
ールを実施しようとしている。
小笠原の南島は、父島から船で 30 分ほどの小さな島で、南北 1,500m、東西
200m 程度の大きさである。ゴールデンウィーク、夏休みなどの特定の期間に、
ガイド付きの船やシーカヤック等で島に上陸する人の数は、50∼100 人/日ほ
どになるが、お盆などには 200 人/日を記録する日もあり、踏みつけによる植
生の破壊・土壌浸食、帰化植物の拡大が問題となっている。2001 年から小笠原
村と観光協会による自主ルールが実施されていたが、2003 年からは東京都によ
る適正利用ルールにもとづき、1 日の入島人数を 100 人以内と制限するととも
に、自然観察路をはずれないようなガイド付ツアーが行われている。
尾瀬の至仏山は、深田久弥の日本百名山にもあげられ、蛇紋岩地に特有のホ
ソバヒナウスユキソウやオゼソウなどの植物で知られる。そのため東面の登山
道の荒廃がすすみ、とくに高山植物のお花畑であった高天原一帯はすっかり裸
地化してしまった。1988 年から登山道は閉鎖され、登山道の木道化や土壌浸食
防止措置がとられた後、1997 年に登山道は再開された。しかし峠までバスで行
ける鳩待峠から容易にアプローチできるため、残雪の残る時期の登山道をはず
れた行動によって裸地化、土壌浸食が問題となっている。群馬県や尾瀬保護財
団によって、残雪期の登山の自粛、入山時刻の制限などが行われているが、こ
れを守らない登山者もいる。そこで、2002 年からは群馬県が日本自然保護協会
に実態調査を依頼し、その結果にもとづき自然公園法の利用調整地区とする案
も検討されている。(吉田 正人)
*生態学ではこのような方式を、順応的管理(アダプティブマネージメント)
と呼んでいる。
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第 5 章.資源の保全と持続的利用
オーストラリア大陸北東の海に浮かぶフレーザー島は、世界最大の砂の島だ。
南北 123km に及ぶ砂の大地の上には、長い間に森も川も湖も誕生した。幻の犬
ディンゴもフレーザー島にのみ残ると言われる。アボリジニの居住地だったこ
の島は、1992 年に世界遺産に指定されることが決まってから居住は原則禁止と
なり、国立公園に指定された北側半分は一切の開発禁止エリアとなった。現在、
島の南半分建つリゾートが島への来訪者を受け入れ、エコツアーを提供してい
る。その中のひとつ、「キングフィッシャーベイ・リゾート&ヴィレッジ」は、
クイーンズランド州の世界遺産・国立公園管理局と協力してガイドによるモニ
タリングを続けている。ツアー中にガイドが観察した動植物や道の状態等日誌
として記録され、たまったデータが国立公園局に渡り、公園局はデータに基づ
いて保全管理計画を策定する、というしくみだ。リゾートの存在は島への来訪
者を増やし、結果的に公園入園料の増加をもたらす。公園局はツアーの影響を
ホテルの協力によりモニタリングしながら計画と実践に反映する。保全とツア
ーと経済がうまく循環している例である。
「リハビリテーション中だから入らな
いで」
植生の復元を待つトレイルで。
ガイドは案内と同時に自然
のモニタリングの役割も果
たす。
第 5 章.資源の保全と持続的利用
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