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東京工業大学キャンパス構想21 「時―空を緑でつなぐ大岡山キャンパス
大岡山キャンパス沿革 明治14(1881) 東京職工学校設立 東京工業大学キャンパス構想21 「時―空を緑でつなぐ大岡山キャンパス」将来計画 ji ku 2006 年 12 月 大正12(1923) 大正13(1924) 大岡山駅開業 浅草区(現:台東区)蔵前より大岡山に移転 昭和4 (1929) 東京工業大学へ昇格 中丸山駅(現:緑が丘駅)開業 昭和9 (1934) 本館完成 昭和24(1949) 新制大学へ移行 昭和50(1975) すずかけ台キャンパス(横浜市)の開設 平成元 (1989) 「東京工業大学の将来計画」 策定 平成5 (1993) 「東京工業大学の将来構想」 策定 平成9 (1997) 平成12(2000) 平成13(2001) 大岡山駅の地下化、方向別ホーム化完成 大学院重点化への対応完了 「国立大学等施設緊急整備5か年計画」 を文部科学省が策定 平成16(2004) 平成18(2006) 平成20(2008) 国立大学法人化 「第2次国立大学等施設緊急整備5か年計画」 を文部科学省が策定 大岡山駅前広場整備完了(予定) 平成22(2010) 緑が丘駅周辺整備(予定) 「東京工業大学の将来構想」 策定 未来へ 東京工業大学企画室施設整備専門班 大岡山キャンパスWG 目次 1.本報告書の位置付け ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 1-1.キャンパス計画の重要性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 1-2.大岡山キャンパスの沿革 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 2.大岡山キャンパスの現状と問題点 2-1.キャンパスの狭隘化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 2-2.施設の狭隘化・老朽化 2-3.計画なき新増改築と建て替え ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 2-4.空間利用の混乱 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 2-5.貧弱な外部空間 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 2-6.総合交通計画の欠如 2-7.地域への閉鎖性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 2-8.品格なき正門周辺環境 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2-9.大学キャンパスに不可欠な「文化の香り」の希薄さ ・・・・・・・・・・・ 8 ・・・・・・・・・・・・・・・ 9 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 3.大岡山キャンパスのめざすべき方向と基本理念 3-1.キャンパス計画のめざすべき方向 3-2.大岡山キャンパス将来計画の6つの基本理念 4.大岡山キャンパスの基本方針 ・・・・・・・・・・・・・・ 11 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 4-1.基本理念達成のための 3 つの基本ルール ・・・・・・・・・・・・・・・・ 4-2.理念達成のための 6 つの空間計画コンセプト 5.大岡山キャンパス基本計画 7 ・・・・・・・・・・・・・・ 12 13 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5-1.大岡山キャンパス将来計画における 3 つの主要計画 ・・・・・・・・・・・ 5-2.キャンパス将来計画を構成する個々のプロジェクトの概要 6.評価とキャンパス計画の見直し ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 略 東京工業大学キャンパス構想21 「時―空を緑でつなぐ大岡山キャンパス」将来計画 東京工業大学企画室施設整備専門班 大岡山キャンパスWG 「時―空を緑でつなぐ大岡山キャンパス」将来基本計画 ○125年の歴史と伝統により培われたテクノロジーが知と創造の最先端領域を切り拓く。 ○地域・国際交流を推し進め、人・街にやさしい空間を形成する。 ○緑のネットワークで地域をつなぎ、ゆとりあるキャンパスを育成する。 大岡山キャンパスの歴史資産と緑に代表される自然環境を活かして、大岡山のこの地に 世界に 誇る知的創造環境 を築きます。 1. 本報告の位置付け 本学は平成 17 年度中期目標において、 「施設設備の整備・活用等に関する目標」のひとつに 「キャンパス環境の充実をはかる」を掲げており、そのための措置として同年度中期計画にお いて、 「キャンパス環境の調和、個性化及び長期的な視点に立ったキャンパス計画を策定し、推 進する」ことを定めている。このため、平成 17 年 10 月に本学企画室施設整備専門班内に、大 岡山、すずかけ台、田町の 3 つのキャンパスの将来計画策定グループを設置することが決定さ れた。本報告書は、大岡山キャンパス WG(主査:理工学研究科安田幸一助教授)における委 員の意見を包括的にとりまとめたものである。 1-1.キャンパス計画の重要性 大学におけるキャンパス環境の重要性は、言うまでもなく、学生と教職員が日常的に教育・ 研究活動を行い、 「最も多くの時間を過ごす場」であるという点にある。大学の第一義的使命が 「知の創造と蓄積、そして世代を越えた継承」にあるとするならば、大学キャンパスはそれを 可能とするような空間でなければならない。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ハー バード大学のような街と一体化したキャンパスから、スタンフォード大学のような研究と教育 用途に特化したキャンパスまで、その形態は様々ではあるが、世界の一流と呼ばれる大学は、 わずかな例外を除いて、キャンパス環境、すなわち建物を主とした研究教育のための施設とそ れを取り巻く外部空間環境も、一流と呼ぶに足るだけのものを有している。 近年、我国の大学もキャンパスの整備に力を入れ始めている。東京大学、北海道大学、早稲 田大学、慶應義塾大学、九州大学を始め、多くの大学がキャンパス整備の方針やビジョンを策 定し、それに従って整備を進めるようになってきた。このことは、多くの大学が、キャンパス を「知の探求のための重要な空間」と認識し、魅力あるキャンパス空間の整備は、 「優秀な学生 -1- と研究者を集めるための有力かつ有効な戦略」であり、ひいては大学自身の「パフォーマンス とステータスの向上」に繋がることに気付き始めたからに他ならない。 また、すでに始まっている少子化社会において、限られた人材の中から、将来性も高く優秀 な学生や教職員の人材の確保することに対してもキャンパスの魅力が大きく貢献できることも 明らかになってきている。 ひるがえって本学は、中期目標において「世界に通じる人材の育成」 「世界に誇る知の創造」 「知の活用による社会貢献」の 3 点を高らかに掲げているにもかかわらず、大岡山、すずかけ 台、 田町の 3 キャンパスを貫くビジョンや整備方針はなく、 いずれのキャンパス空間の現状も、 中期目標の実現に貢献するものとは言い難い状況である。既に 1995 年に掲げられた Tokyo Tech Now において、大岡山、すずかけ台キャンパスの狭隘化、建物の老朽化等の問題が指摘 され、 「本学の卒業生が社会に出て仕事をするとき、東京工業大学でのキャンパスライフがその 規範となるべきである。最先端科学技術と人間性溢れる社会生活の高度な次元における融合が 自然に図られるキャンパスこそがその目的にかなう」として、 「魅力あるキャンパス作り」を将 来構想のひとつとしている。国立大学法人化が果たされた今、 「世界最高の理工系総合大学」た るにふさわしいキャンパス環境を創造・整備するための長期的戦略を有するキャンパス・ビジ ョンの策定は、喫緊の課題である。 1-2.大岡山キャンパスの沿革 本学の前身である東京高等工業学校が、関東大震災を契機に蔵前より大岡山にキャンパスを 移転したのは大正 13 年(1924 年)4 月である。昭和 4 年(1929 年)東京工業大学へ昇格、同年に 中丸山駅(現:緑が丘駅)が開業した。昭和 24 年(1949 年)新制大学へ移行、理工系分野の急 激な拡充により大学院を含め学生定員の増加により大岡山キャンパスは急速に狭隘化となった。 そのため横浜市長津田(現:すずかけ台キャンパス)に新たなキャンパス用地を確保し昭和 51 年(1976 年)に研究所を含む一部組織の移転を行った。平成 9 年(1997 年)大岡山駅の地下化、 平成 12 年(2000 年)大学院重点化への対応が完了した。翌年から文部科学省による「国立大学 等施設緊急整備5か年計画」が策定され、建物整備が急速に進められることとなった。 「東京工 業大学の将来構想」策定に併せて「施設長期計画」が策定された。平成 16 年(2004 年)国立大 学法人化に移行し、今日に至っている。 以来 80 年余にわたり、大岡山キャンパスは本学の顔としての位置付けを有するキャンパスで ある。現在の大岡山キャンパスの課題は多岐に渡るが、主要な課題としては以下の点をあげる ことができる。 昭和25年頃の本館 昭和34年頃の70周年記念講堂 -2- 2. 大岡山キャンパスの現状と問題点 大岡山キャンパスの現状では、様々な問題が指摘されている。本キャンパス将来計画では、 それらの問題や課題を具体的に改善する方策を提案するが、まず、以下では主要な課題を幾つ かの関係主体に対応させて示す。 2-1. キャンパスの狭隘化 昭和 36 年頃の写真を見ると、本館および本館の後ろ(現在の大岡山南地区)に低層の校舎 群が建ち並んでいるほかは、建物がまばらに存在するだけだったようだが、昭和 40 年代半ば に学生数が 4,500 名を突破するころには、石川台地区を中心に大岡山キャンパスは急速に狭隘 化していった。その結果、すずかけ台キャンパスが開設されたわけだが、学生定員の増大と施 設の拡充によって、キャンパスの狭隘化は一層深刻化することとなり、さらには、国策により 既存施設をリニューアルして有効活用する方向に変わったため、再開発が難しくなり、長期計 画の大幅な見直しを余儀なくされた。 2-2. 施設の狭隘化・老朽化 改めて指摘するまでもないが、知的創造環境の中心である各種建物施設の狭隘化・老朽化も 甚だしい。大岡山西 8 号館、大岡山西 9 号館など近年建て替え、新築された建物もあるものの、 キャンパス全体を見れば、極めて不満足な状況といえよう。 一例をあげれば、 本学の附属図書館は大学の基準とされる床面積の6割程度に留まっており、 理工系の最先端技術研究を中核戦略に置く大学の知的創造環境として許されざる状態である。 また電気・ガス・水道といったキャンパスを支えるインフラ施設の老朽化も深刻な状況である。 これら施設の老朽化は、キャンパスの安全環境にも大きな不安を投げかけている。キャンパ ス内には、1981 年の建築基準法改正(新耐震基準)以前の建物で構造耐震指標(Is 値)が文 部科学省の目標値(Is=0.7)未満の建物でも耐震補強が未だ実行されていない建物も少なくな く、このことは本学の学生や教職員の安全のみならず、大岡山キャンパスが震災発生時の広域 避難場所指定がなされている事実を考慮すれば、広域避難場所としての観点からも大きな問題 と認識すべきである。 実験室と研究室が混在する状況例 縦方向に積み上がる実験器材の状況例 -3- 2-3. 計画なき新増改築と建て替え もちろん、このような各種施設の狭隘化・老朽化に対して、いままで何もなされてこなかっ たわけではない。むしろ、毎年のようにキャンパスのどこかで新増改築や建て替えが行われて きている。それにもかかわらず、全体としてのキャンパス環境が改善されてきているとは決し ていえず、依然として、ここで指摘されているような課題が継続している理由は、それらの新 増改築や建て替えが、長期的なビジョンが無いままに、その時々のアドホックな意思決定によ って行われてきた点にある。 大岡山キャンパスには、これまでキャンパス計画が策定されなかったわけではない。かつて 平成元年発行の 「東京工業大学の将来計画」という冊子の中でキャンパス計画が存在していた。 また近年では、キャンパス内に緩やかなゾーニングを定めた大岡山団地施設整備計画(平成 13 年発行の「東京工業大学の将来構想」p.110 参照)も存在した。しかし、これらの計画が大学 の公式な計画として位置付けられ、建物の新増改築・建て替えにあたって十分にその内容が尊 重されてきたとは言い難い。 平成 12 年度長期計画図 その結果、新築建物の位置については、それまでキャンパス環境にゆとりをもたらしていた 空間であったかなどは一切顧みられることなく、また議論されることもなく、単にキャンパス 内で建物の建てやすさのみから決定され、新築建物と引き替えに貴重な外部空間が失われて行 ったことも少なくない。建て替えや増改築にあたっても、既存建物の歴史的な価値やデザイン が配慮されることはあまりなかったと言えよう。 長期的なキャンパス・ビジョン無くして行われてきた建て替えと新増改築の結果、現状の大 -4- 岡山キャンパスの建物景観は、極めて混乱している。さらに言えば、魅力あるキャンパス環境 とは、建物景観のみならず、道路や広場を含めた建物を取り巻く外部空間と、さらにはキャン パスの外側と関係付けられた眺望景観などが、統一的な理念の下に一体的に計画された環境で ある。過去のキャンパス整備は、残念ながら、そのような総体としてのキャンパス環境の実現 に貢献するようなものではなかった。 2-4. 空間利用の混乱 上記のような計画なき新増改築と建て替えもあり、現在の大岡山キャンパスの空間利用は混 乱している。 講義室のような教育用途と研究室に代表される研究用途の空間は、必ずしもユーザーの利用 勝手を考えて配置されていない。研究用途については、研究室やゼミ室と実験室の用途の整序 も必要であろう。また、必ずしも近い専門・専攻が近い場所に立地しているわけでもなく、そ れどころか、ひとつの専攻・組織が学内に点在しているようなケースもある。もちろん、本学 の組織構成は決して固定的でなく、進化に応じた流動性をもつことが期待されている以上、常 に1つの専攻・組織が 1 箇所にまとまっている必要はなく、またそのようなことは現実にも不 可能ではあるが、それにしても、キャンパスの広い範囲に関連研究室が点在しているような状 態は、教職員の立場からも学生の立場からも決して望ましい状況ではない。 さらに、学生の課外活動のための空間と、教員の教育研究のための空間が秩序だって配置さ れていないため、双方にとって好ましくない状況も見られる。 このような混乱した空間利用の改善のためには、利用目的と機能の観点からのキャンパスの 緩やかなゾーニング計画と、計画の実行と空間利用のルールを長期にわたってマネジメントす る体制の確立が不可欠である。 2-5. 貧弱な外部空間 過去のキャンパス整備は、国立大学という予算制度上の理由も関係し、基本的には建物(施 設)の整備に留まり、建物の外部空間については、建物に付随・隣接する小空間を除いて、ほ とんど整備の対象になることはなかったと言ってもよい。2-3 で述べたアドホックな新築工事 によって外部空間が失われてきたとはいうものの、幸いなことに、大岡山キャンパスにはまだ まだ良好な外部空間が残されている。 特に、本館前桜並木とスロープは、コアとなる外部空間として、大岡山キャンパスのみなら ず、本学を代表する象徴的な外部空間となっている。また、近年は、大岡山西9号館第2期棟 前の空間(旧水力実験用プール跡地)など、良好な外部空間を整備する試みも行われるように なってきている。 しかし、キャンパス全体としては、良好な外部空間のポテンシャルを有しつつもそれが生か されていない場所(たとえばひょうたん池とその周囲)は少なくない。長い歴史を有した大岡 山キャンパスには、成熟した樹木も多いが、これらも減少の傾向にある。また、何よりも学生 や教職員がゆとりを感じながら集える外部空間が不足している。キャンパスの外部空間は、施 設の整備にあわせてその周辺を整備すればよいというものではなく、キャンパス全体を見据え た良好な外部空間の総合的計画の策定は極めて重要である。 -5- 本館前プロムナード整備前の桜並木とアスファルト道路 人を寄せ付けないひょうたん池 (人と車が混在する状況) 2-6. 総合交通計画の欠如 大岡山キャンパスでは、現在、入構を禁止された自動二輪を除いて、歩行者、自転車、自動 車が構内の移動空間である道路を共用している。しかしながら、その共用は必ずしも秩序だっ たものと言うことはできず、歩行者、自転車、自動車間の接触事故に代表される交通上の危険 性は高くなっている。特に大岡山キャンパスは、主たるアプローチが正門に集中していること から、正門付近での歩行者、自転車、自動車の動線の交錯が激しくなっている。 交通動線に加え、キャンパス内の駐車場、駐輪場不足も課題である。ただし駐車場について は、大岡山キャンパスが鉄道駅前という好立地であることを踏まえて、今後慎重に計画される べきであろう。自転車については、駐輪場の問題は単に施設建設の問題というよりは、自転車 の利用マナーの向上と共に総合的に解決されるべき問題であると考える。 いずれにしろ、キャンパスの交通計画として必要なことは、自動車は自動車の計画、自転車 は自転車の計画というように別々に扱われるのではなく、あくまでも歩行者を最優先とした上 で、それぞれの交通モードを統合的に見据えた総合的なキャンパス内の交通のあり方を考慮す べきである。 乱雑な自転車駐輪状況 2-7. 地域への閉鎖性 英語に Town and Gown という表現があり、これは大学と地域の緊張・対立関係を表すもの としてオックスフォードやケンブリッジで用いられた表現であるが、これからも明らかなよう に、大学と地域というのは、従来から、決して親和的な関係ではない。しかし、近年では、地 域との良好な連携の構築が、キャンパス環境、ひいては大学にとって極めて重要であり、かつ 有益であることが広く認識されるようになってきた。我が国においても、例えば、日本大学や 明治大学による御茶の水駅周辺エリアのカルチェラタン構想など、多くの大学が地域貢献の名 -6- の下に、地域社会との良好な関係を模索している。 大岡山キャンパスは基本的に住宅地に立地しており、本学では理工系大学として危険物等も 日常的に取り扱われることを考慮すれば、大岡山キャンパスと周辺地域との関係は、元々かな りデリケートな性格を有するものである。しかし、それはどちらかというとこれまで行われて きたような、キャンパスを塀で囲い込み、地域から隔離すれば解決するというものではない。 本学の立地がなければ、大岡山が現在のように発展することはなかっただろうが、同時に、 本学の学生・教職員も大岡山という地域によって育まれてきたことを忘れてはならない。地域 との良好な関係ということで言えば、例えば学生のキャンパス外における行動マナーのような ソフトな問題も大きいが、キャンパスの物的要素に限れば、何よりもキャンパスの地域に向け た顔の大部分が万年塀であり、地域を拒絶したイメージを与えていることが課題である。既に 桜花の季節のキャンパス開放など、 地域との良好な関係の構築に向けた試みは行われているが、 キャンパス計画としての観点からは、日常的に地域に開放されたキャンパスに向けた整備を行 うことが今後肝要であろう。 キャンパス外周部(右側が大学敷地) 2-8. 品格なき正門周辺環境 外部から本学への来訪者が最初に目にする正門周辺は大岡山キャンパスの顔であり、本学に おける大岡山キャンパスの位置付けを考えれば、まさに「本学の顔」でもある。それにもかか わらず大岡山駅からのアプローチから見た際に、正門周辺の環境は劣悪といっても過言ではな い。まず、附属図書館が不自然な角度で正門の背景をさえぎっている。また、正門外側で本学 敷地内にある三角形の空間は貧弱な植え込みで囲い込まれた結果、管理が放棄されたかのよう な死空間となってしまっている。正門自体を構成する門柱と鉄扉は、威厳があるかもしれない が、外部からの侵入者を寄せつけないかのように、周辺地域に対して権威的で閉鎖的なイメー ジを与えてしまっている。 現在、大岡山駅及び駅前広場は整備工事の途上であるが、平成 19 年度末には工事が完了し、 新しい駅前として生まれ変わる。 本学にとっても正門周辺環境の整備を行う絶好の機会であり、 駅前広場と一体化された環境整備が強く望まれるところである。 また、これに関連して、大岡山北地区、特に旧体育館跡地の整備も重要な課題である。この 場所は、まさに大岡山駅改札口とは駅前広場をはさんで正面に位置するため、将来的には新し い大岡山キャンパスの顔となるポテンシャルを有した敷地である。 地域への開放性を配慮し、積極的に学外者の利用も前提とした施設計画の早急な策定が必要で あろう。まさに今、平成 18 年度に具体的な地域国際交流プラザ(仮称)の計画策定が始まろ うとしている。 -7- 大岡山駅から見た正門周辺 2-9. 大学キャンパスに不可欠な「文化の薫り」の希薄さ 最後に、上記のような個別課題群に加えて、全体として大岡山キャンパスには大学キャンパ スには不可欠な「文化の薫り」が希薄であることを重要な課題として指摘しておきたい。大岡 山キャンパスへの来訪者がよく抱く印象は、 「大学のキャンパスというよりは、 研究所のようだ」 というものであり、その理由こそが「文化の薫り」の希薄さではないかと推測する。 大学は企業の研究所とは異なり、その最終的な使命は、人類の知の蓄積への貢献という極め て文化的な行為である。大学キャンパスには、単に機能一辺倒ではなく、豊かな文化性を感じ させるものが必要である。しかしながら、現在の大岡山キャンパスは、科学技術研究の長い歴 史を有しながらも、その膨大な知的資産を本学内の関係者や多数の来訪者が共有できるような 博物館もなければ、芸術性を感じさせるアート作品も存在しない。百年記念館の地下の一部の みがその機能を持っている現状である。国立大学法人化後、ようやく百年記念館の企画展など の活動や Art at Tokyo Tech のような芸術を強調するような動きが生じてきており、このこと は本学の外部評価においても高く評価されているところである。大学が発祥した中世のヨーロ ッパにおいては、 科学と芸術は一体として啓発されていた。 本学のキャンパス整備においても、 文化性の付加を重要なテーマとして位置付ける必要があるものと考える。 -8- 3. 大岡山キャンパスのめざすべき方向と基本理念 3-1. キャンパス計画のめざすべき方向 上記のような大岡山キャンパスにおける現状の課題を踏まえて、 「大岡山キャンパス」将来計 画のめざすべき方向として次の5項目を確認し、提案する。 a)知的創造環境の改善 知的創造環境の改善のため、研究費の確保、奨学金の給付、研究設備の充実、老朽化した建 物及び IT 化に対応した建物内設備の更新など種々の方策を挙げられるが、特に、建物および 外部空間から構成されるキャンパス空間の適切な利用計画とその長期的マネジメント体制の確 立、と同時に過去に統一的な考えのもとで更新されていない「キャンパス外部空間」を中心と したキャンパスの環境整備を体系的に行うことをめざすべきである。世界各国の優秀な人材が 本学で学びたいと思い、将来再び戻ってきたいと思うような、キャンパス環境を短期間に造り あげることが、世界最高の理工系総合大学を標榜する本学における前提条件としての喫緊の課 題である。 外国のキャンパス例(M.I.T.) 他大学のキャンパス例(T.U.F.S.) b)歴史と文化を感じるキャンパス整備 大岡山キャンパスには 80 年余りの歴史の蓄積がある。これらの歴史的資産を生かし、歴史 によって培われた本学の文化性を最大限発揮することができるようなキャンパス空間の整備を めざすべきである。また、大岡山キャンパスには、緑や水も多く、自然環境も比較的豊かに残 されており、キャンパスが置かれた都心近郊という立地にあっては、これらの自然環境は、キ ャンパスに文化性を添えるという意味でも、後述する地域貢献という意味でも、今後、より一 層貴重なキャンパスの資源となることは明らかである。 また、本館前プロムナードを取り囲むように、諸先輩名誉教授等が設計した名建築群(本館 / 1935 年・東京工業大学復興部、70 周年記念講堂 / 1955 年・谷口吉郎、事務棟 / 1967 年・ 清家清、百年記念館 / 1987 年・篠原一男等々)が建ち並び、これらを保存することも歴史的 遺産としてたいへん重要である。 歴史環境と自然環境を保全・活用し、文化性を強調することによって、大岡山キャンパスの 魅力を高めることが急務であるといえる。 -9- ワグネル記念碑 c)本学の「顔」の構築 正門周辺および旧体育館跡地の整備を、現在進行中の大岡山駅駅前広場の整備と整合する形 で行うことによって、世界最高の理工系総合大学にふさわしい本学の「顔」を構築すべきであ る。駅前広場の整備スケジュールを勘案すれば、このことは短期的には最重要課題として位置 付けるべきである。 模型写真(駅上計画) 駅前整備と一体化した正門廻りの計画パース d)安全性と安心の向上 現在の大岡山キャンパス内の混乱した交通状況に鑑み、キャンパス内の歩行者、自転車、自 動車の各々の走行環境を整え、日常の交通安全の確保をめざすべきである。また同時に、近い 将来予想される 24 時間開放されたキャンパスをにらみ、夜間の歩行者等の安全性やセキュリ ティの向上を図る必要がある。一方、大地震に対する現状のキャンパスの備えは、極めて不十 分であり、建物やインフラの老朽化に早急に対応し、キャンパスライフ全般の安全性を確保、 向上させることが緊急の課題である。 e)地域貢献の達成 大岡山キャンパスでは、既に桜花の季節に地域住民に本館前空間を開放するなどの試みが行 われている。また芝生スロープでは、子供連れの周辺地域市民が散策していることを見かける ことも少なくない。将来的には、建物のセキュリティを高めることと並行して、地域住民への 日常的なキャンパス空間の開放をめざし、また、学童への教育機会の提供、避難場所の確保と 提供等を通し、地域と共生するキャンパスとして、一定の地域貢献と責務を果たすことをめざ すべきである。 -10- 大岡山西9号館周辺広場 本館前芝生スロープ広場 3-2. 大岡山キャンパス将来計画の6つの基本理念 以上に示した将来めざすべき方向性に照らし合わせて、東京工業大学大岡山キャンパス将来 計画として、以下に挙げる6つの基本理念を定める。 理念1:歴史と伝統、自然環境の保全・活用 「東工大の顔」としての大岡山キャンパスつくり ゆとり感、無駄空間の有用性の強調 理念2:知の創出と継承 知的活動の場 テクノロジーの重視(工学、技術、ものつくり) 理念3:人の重視 学生、教職員、地域住民、それぞれへの配慮 国際社会への対応 理念4:安全・安心の向上 耐震、防災、情報セキュリティ 理念5:地域・社会貢献の向上 地域共生キャンパスの実現 理念6:持続性・発展性の向上 経営の視点に立脚した活力の創造 -11- 4. 大岡山キャンパスの基本方針 4-1. 基本理念達成のための 3 つの基本ルールと6つの空間コンセプト 上記6つの基本理念を具体化し、それらを達成するために、 「時間軸」 、 「空間軸」 、 「緑軸」と いう3つのルールを中心にして、本学における短期・中長期・長期整備計画を提案し、計画期 間に継続的に守るべき基本方針として、以下の 4-2 に示す6つの空間コンセプトを定める。こ れらを基本方針として確定した後、公開し学内外に対して周知を図るとともに、改訂が必要と されない限り、恒久的に厳守することが全ての関係者に要求されると考える。 a)「時間軸」のルール 歴史と伝統の継承及び保管 本学は開校以来 125 年もの歴史を有し、長年に渡りその伝統と歴史を継承し続けて来た。特 に本館前の桜並木や芝生スロープはキャンパス空間における「余白」としてのゆとり空間であ り、本学が地域住民へ解放することができる財産でもある。平成 17 年度に実施された「東京 工業大学本館前屋外環境整備工事」により、老化した桜の木を再生するとともに歩行者優先の キャンパス交通計画の先駆けとなる「本館前プロムナード」が完成した。この財産が新しい形 で将来へと継承されようとしている。また、職員や学生により培われてきた「知的財産」は世 界に誇れるものである。"世界最高の理工系総合大学"という長期目標の実現に向けて、以下の ことに重点を置き推進されるべきである。 a-1) 世界に通用する人材の育成 国際的リーダーシップを発揮できる、創造性豊かな人材の育成 a-2) 世界に誇る知の創造 世界に誇る強い研究分野の重点推進 次世代を切り拓く新規分野の先導的推進 a-3) 知の活用による社会貢献 知の活用と創造の産学連携プラットフォームの形成 大学の研究力や教育力の進化に伴い、その成果も多様化、高度化、複雑化してきている。その ため、伝統や歴史の継承および保管の方法については将来にわたり大いに検討の余地がある。 本館前プロムナード 本館 -12- b) 「空間軸」のルール 本学大岡山キャンパスは駅前に立地し、その周辺を住宅地に囲まれている。キャンパス内に は桜並木や芝生スロープなどの良好な環境があるものの、大学と周辺地域との関係は希薄であ る。そのため、大岡山の駅前空間から本館へと続くエリアは開かれたキャンパスを具現化する 重要な場であり、 「東京工業大学の顔」となりうる重点的な整備が必要な場でもある。本館前の 桜並木周辺の環境整備が前年度に終了したものの、図書館の大壁面が正門からの視線を遮るこ とで空間的な連続性が断たれているというのが現状である。このことからも、全体と個のバラ ンスを考慮した整備が将来にわたり必要であることが分かる。キャンパス開放とセキュリティ の関係、キャンパス内の安全・安心の確保、災害時など緊急時での避難場所としての機能確保 など、先ずは基盤であるインフラストラクチャーの再整備を優先して行い、次に構内の各要素 をバランスよく再配分していくことが重要である。 b-1) キャンパス開放とセキュリティの関係 b-2) 安全・安心の獲得 b-3) インフラ整備と空間・配置のバランス整備 c) 「緑軸」のルール 大岡山駅から緑が丘駅にかけては、高低差のある豊かな緑地や水面が広がっており、一部は 都から都市計画公園にも指定されている。しかし、不十分な整備や塀や柵によって閉鎖性が高 いため、そのほとんどが有効に活用されていないというのが現状である。そこで、この大岡山 ̶緑が丘軸と芝生広場や旧水力実験棟広場を含めた緑地軸を新たに再定義し、その整備を行う ことで呑川本流緑道、九品仏川緑道とともに緑のネットワークを形成し、ゆとりあるキャンパ ス空間づくりをめざす。また、キャンパス内交通は出来る限り、歩行者最優先に向けた整備と し、車両交通は将来には業務用車両のみキャンパス内へ進入可能とする。すなわち一般車両は 全て、外部道路から直接各地区に将来設けられる駐車場等への出入りを行い、キャンパスへは 乗り入れない交通計画とすることが理想である。 c-1) 周辺地域の緑と連結する緑軸の再整備 c-2) 歩行者優先の交通計画 富士山の眺望 銀杏並木 4-2. 理念達成のための 6 つの空間コンセプト 「大岡山キャンパス」将来計画の基本理念は、 「教育・研究」、 「歴史・伝統」、 「緑」、 「安全・ 安心」 、 「貢献」 、 「持続」に関わるが、これらの理念を具体化し、実現するためには長い時間を -13- 要する。そこで、理念を実現するために必要と考えるキャンパス空間・施設整備に関わるコン セプトを策定し、そのコンセプトを先の 3 つのルールと共に、 「基本方針」として将来に亘り 遵守することによって、理念の実現をめざす。 1)コンセプト 1…駅前広場空間と密接に関連した多層的機能空間 現在「大岡山クラシック」をコンセプトに進められている大田区による大岡山駅前広場整備 が、平成 19 年度に完成する。本学の駅上計画である「 (仮称)地域国際交流プラザ」整備が、 平成 20 年の完成予定である。百年記念館とともに本学の「顔」として、広場からキャンパス に、更に本館へと続く一連のデザイン統一が望まれる。また、図書館、情報棟、事務棟、サー ビス施設を含めての総合的な多層的機能空間計画が最終的な本学の「顔」としての整備目標と なる。 2)コンセプト 2…緑地軸と広場空間のネットワーク化 図書館から石川台へと続く銀杏並木緑道、九品仏川緑道から続く原子炉研前の銀杏並木、桜 並木、そして大岡山駅前を抜け環七導入路への緑道、緑が丘地区を抜ける呑川緑道、本館前の 桜並木緑道、4 つの代表的な緑道を中心にキャンパスの軸線を形成し、この緑道に沿って各所 に公園、ポケットパークを、地域住民への開放を視野に入れた整備とする。 3)コンセプト 3…歩行者専用ゾーンと駐車場配置 キャンパス内は出来るだけアスファルト舗装を無くし、歩道を主体とした形状と空間の広が りを感じさせる素材による舗装に切り替えていく。そのため駐車場等はキャンパス外の公道か ら直接できる駐車場を必要台数分整備する。 4)コンセプト 4…歴史と伝統に培われたテクノロジーと文化が薫る空間 本館並びに本館前プロムナードを中心とした、歴史的記念施設や広場空間を保存継承する本 館周辺を初め、駅前を中心とした交流ゾーン、福利、体育、サークルなどの福利・運動施設ゾ ーン、石川台、大岡山南地区、大岡山北地区、緑が丘地区の機能的な最先端研究実験施設や、 西地区の講義棟などによる教育・研究ゾーンと、特に大岡山北地区、緑が丘地区は自然環境を 重視する。 なお、現在の原子炉研エリアは将来計画検討予定地区として残しておく。 5)コンセプト 5…地域と大学との関係の親密化 大岡山キャンパスは住宅地に立地していることから、本学とともに発展してきたことを考慮 して、キャンパスの閉鎖性を地域に開放する部分と地域から隔離する部分を明確にしていく。 そのための本学の顔の部分である本館周辺を含む交流ゾーン、サービスゾーン、福利・運動施 設ゾーンは、周辺地域へ積極的に開き、外へ顔を向けていく。一方、教育・研究ゾーンはセキ ュリティとセーフティを充分考慮した空間整備を行う。 6)コンセプト6…持続可能なインフラネットワーク 大岡山キャンパスは共同溝が充分配されていないことから、インフラの維持管理、更新に苦 -14- 慮している状況である。建物整備と併せて共同溝を先行整備した上で、順次基幹的なインフラ 整備を進める。 ゾーニング計画図 -15-