...

欧州中銀が各国 CSD に T2S への参加を提案

by user

on
Category: Documents
19

views

Report

Comments

Transcript

欧州中銀が各国 CSD に T2S への参加を提案
2008 年 5 月
欧州中銀が各国 CSD に T2S への参加を提案
~証券決済機能と保管サービス機能の分離は実現するのか~
欧州中央銀行(ECB)の政策理事会は5月23日、汎欧州的な証券決済システムとして検討する
TARGET2-Securities(T2S)構想への参加を、欧州各国のCSD(証券保管振替機関)に提案した。
提案には、T2Sの意義を訴える書簡に加え、T2Sのスペック等の意思決定態勢、非常に詳細なユ
ーザ要件、経済的インパクト分析の結果などが添付された1。これを受け取った各国CSDは、その
ユーザ等や中央銀行(英国など非ユーロ圏の場合2)と協議した上、7月4日までに、参加するかど
うか、ECBに意思表明することが求められた。提案から締め切りまで1ヶ月というタイトな日程であ
るが3、ECBが今夏にT2S推進の是非を判断するためとされている。
どれだけのCSDがT2Sに参加表明するかは、T2Sが成功するかどうかの大きな試金石となる。
T2SはCSDが担ってきた、資金・証券決済機能と保管サービス機能を分離して、前者をT2Sにアウ
トソースすることを基本とするため、参加表明すれば、CSDは自らの内部機能を、権利配当処理な
ど保管サービスを中心としたものに大きく舵を切ることになる。そうなれば、これまで保管サービス
で大きな役割を担ってきたカストディ業界とCSDが競合する場面も増える可能性がある。
経済的インパクト分析の結果
ECBが各国CSDに宛てた提案の内容は全て公開されている。このうち、経済的インパクト分析4
では、どれだけのCSDが参加するかにより、①ユーロ圏のCSDが全て参加、②ユーロ圏と非ユー
ロ圏の欧州CSDが全て参加、③ユーロ圏のCSDの50%のみ参加の3つのシナリオを想定している。
そして、CSDコストの低減など直接的なT2S導入効果(Static Impact)として、①のシナリオで少なく
とも1億4500万ユーロ、③のシナリオでも少なくとも3200万ユーロあると見積もり、間接的な経済効
果を含めなくとも5、T2Sの導入意義を十分に証明する結果が出たと主張している。
証券決済機能と保管サービス機能の分離
それにしても、ECBが主張する、欧州証券取引のコスト削減が目的であれば、証券決済機能と
保管サービス機能をなぜ分離するのだろうか6。これには、T2S構想の起源が大きく影響している
1
他に添付された文書は、法的アセスメントと、T2S プロジェクトから各国当局への制度調和働きかけの方針。
非ユーロ圏の場合、当該中央銀行が、証券決済にかかる資金口座の管理を T2S に委託することになるため。
詳しくは次頁の囲み記事参照。
3 「この日程では間に合わない場合には、2008 年末までに表明すればよい。」との但し書きを付けている。
4 マンスリー・レポート 2008 年 1 月号「TARGET2 Securities の経済的インパクト分析」参照。
5 ECB は、T2S による市場統合の促進など間接的な経済効果(Dynamic Impact)として、①のシナリオで少なく
とも 11 億 1900 万ユーロを見積もっている。
6 実際、欧州証券取引のポスト・トレード・サービスのコストのうち、CSD に係るコストは 2002 年時点で 14 億ユー
ロであるのに対し、カストディ銀行に係るコストは 160 億ユーロに上ると推計されている(Deutsche Boerse Group
2005 “The European Post-Trade Market”)。後者のコストが合計の 9 割にも上るのは、それだけ、各国市場
の差異への対応や保管サービス等に手間がかかることを示唆している。そのため、ユーロクリア・グループは、傘
下の各国 CSD とユーロクリア・バンクの機能統合を図る戦略を採った。
2
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2008 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
1
2008 年 5 月
と見られる。ECBによれば、T2S構想の起源は、欧州証券取引のコスト削減に直接結びつくもので
はなく、証券決済に係る資金口座管理についての、CSDと中央銀行の役割分担の見直し議論で
あったという。その経緯を、ECBディレクターのJean-Michel Godeffroy氏が、ECBとEU委員会が
2008年4月21-22日に開いた合同カンファレンスで詳しく説明しているので以下に抄訳する7。
1.T2S 検討の背景: 中央銀行から CSD への資金口座管理のアウトソース
・
フランスでは、証券決済において、フランス中央銀行にある参加者資金口座の管理を CSD で
あるユーロクリア・フランスにアウトソースするという、決済モデルが実施されている。(訳者注:
これは、取引1件あたり金額の大きな国債取引決済を効率よく行うため。)最近ではオランダや
ベルギーの CSD が(ユーロクリア・グループとして)統合するにあたり、両国の中央銀行も、証
券決済用の資金口座管理をアウトソースすることに合意した。
・
他の CSD も、ユーロクリア・グループとの CSD 間競争に負けないために、自分も資金口座管
理のアウトソースを受けたいと、それぞれの中央銀行に要求するようになってきた。
・
証券決済に限られるとはいえ、中銀口座の管理を、民間企業の CSD にアウトソースすることに
ついては、ユーロ圏の中央銀行間で激論が交わされた。
2.T2S の着想: 中央銀行による CSD の証券口座管理のインソース
・
ECB は、中銀口座管理のアウトソースを避けながら、資金・証券決済の効率を確保するため、
発想を逆転し、中央銀行による CSD の証券口座管理のインソースという考え方を打ち出した。
TARGET2-Securities という名称は、米国連邦準備制度が財務省証券などを決済する
Fedwire Securities にちなみ、中銀による決済インフラという印象を得るため付けられた。
3.T2S の対象拡大: 株・社債を含めた全ての証券をカバー
・
時を経ずして T2S 構想は、(主眼としていた)国債・政府機関債の決済だけでなく、株や社債を
含めた全証券の証券決済をカバーしなくてはならないことが明らかとなった。「新しい構想が、
既に 25 もある欧州の CSD に、26 番目を加えるだけなら全く価値が無いが、25 を1つにまとめ
るのであれば莫大な価値を持つ。」という強い要望を受けたためである。
4.ECB の限界: 株や社債の発行体対応、高度な証券保管機能の提供を避ける
・
ECB は各国の CSD を丸ごと代替しようと考えたことは一度も無く、CSD の決済エンジンとして
技術的ソリューション提供を行いたかっただけである。
・
CSD は引き続き、T2S で決済する顧客の最終的な口座管理機能や、保管および発行関係の
サービス、担保管理や貸株の支援機能を提供することが想定されている。これらの業務につい
て、ユーロシステム(ECB および欧州各国の中銀)は専門性を持ち合わせておらず、法的な業
務権限も無い。そして T2S が欧州証券市場の統合に貢献する上で、ECB がこれらの機能を提
供することは必要では無いと判断された。
このような経緯から、ECBがT2Sを、中央銀行が資金・証券口座の両方を管理する技術的プラッ
トフォームと位置づけ、保管サービスなどの証券特有の機能については各国CSDに残すと判断し
たことが理解される。
7
”Is T2S on track?”と題した講演。
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2008 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
2
2008 年 5 月
カストディ業界からの批判や意見
しかし、詳細な検討が進むにつれ、T2S構想に前向きとされるカストディ/銀行業界からも、証
券決済機能と保管サービス機能の分離について批判や意見が数多く出された8。例えば、T2Sの
ユーザ要件について、グローバル・カストディ協会は「決済と保管サービスの分離を続けることは、
コーポレート・アクション処理における、オペレーショナル・リスクや仲介者のコストを増大させる。
参照データベースをT2SとCSDの二階層で管理されることになるため、同期に十分配慮すべき。」
という声明を出した。また、大手カストディのBNY Mellonは、「ストック(記帳されたポジション)への
コーポレート・アクションと、フロー(決済途上の証券)へのコーポレート・アクションの分別が鍵であ
る。前者は特に問題ないが、後者は取引決済プロセスに密接に関係した処理となる。T2Sはこの
ような処理を想定していない。買い手の保護がどう図られるのか不明確である。」と指摘した。
また、経済インパクト分析についても、2007年12月に開示された分析手法に対するパブリック・
コンサルテーションの過程で、次のような批判や意見が出された
・ 市場参加者は、T2S導入後のクロスボーダー証券決済および関連サービスに係る、T2Sの
コストやCSDのコストだけでなく、カストディや証券会社のコストを含めた、エンド・ツー・エン
ドの総費用を知る(算出する)必要がある。関連サービスには、保管サービスや各国市場の
特殊性から必要不可欠であるがT2Sでは提供されない機能が含まれる9。
・ ECBの分析では、T2S導入後も、グローバル・カストディアンが、各国CSDやサブ・カストディ
アンとの数多くのネットワーク接続を維持し続けなければならない状況が看過されている。
コーポレート・アクションや税対応など付加価値サービス提供にこれらは不可欠である10。
・ 英国とアイルランドにおいては、ユーロクリアUK&Ireland(CREST)が、国内取引およびクロ
スボーダー(ユーロ建ておよび非ユーロ建て)取引の多通貨決済を担っている。もし、T2S
がユーロと非ユーロ決済を分離すれば、現在享受しているシナジー効果が失われる11。
CSD が回答する上での業界議論は十分か
ECBは、このような批判や意見は、これまでの会議や個別の議論で既に表明されてきたもので
あり、分析手法の調整や、複数のシナリオ分析を行ったことで考慮したとしている。もっとも、ECB
が開示した分析結果を見る限り、基本的には、T2Sが提供する資金・証券機能による直接的なイ
ンパクトの分析に限られ、例えば、エンド・ツー・エンドのコストなどの分析は示されていない。
このように、CSDのユーザであるカストディ業界の懸念にはまだ十分に応えていない段階で
ECBは、今回の、CSDへのT2S参加提案に踏み切った。提案を受け取ったCSDがカストディ等と協
議する中でどのような反応を受け、ECBに回答するのか、今後の動向が注目される。
本レポートは、日本証券業協会証券決済制度改革推進センターからの委託に基づき、㈱野村総合研究所
金融市場研究室が作成したものである。
8
カストディ/銀行業界は、欧州で独自の決済インフラ統合戦略を進めるユーロクリア・グループと競合している関
係から、競争条件の平準化を促進することが期待される T2S 構想を支援する姿勢をとってきた。
9 Association of Global Custodian のコメントより抜粋・仮訳。
10 State Street のコメントより抜粋・仮訳。
11 同上
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2008 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
3
Fly UP