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保険仲介者の法的地位から導かれる責任について

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保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
生命保険論集第 171 号
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
― 保険法による規律と保険業法による規制との交錯問題 ―
梅津 昭彦
(東北学院大学法務研究科教授)
Ⅰ 保険仲介者の類型と検討対象
Ⅱ 保険法による規律と保険業法による規制
1 告知制度における保険媒介者
(1)旧商法678条1項但書と保険媒介者
(2)保険法に基づく保険者の解除権と保険媒介者
2 保険募集人の募集行為規制
(1)禁止行為として告知妨害と不告知教唆
(2)所属保険会社等の責任との関係
Ⅲ 保険仲介者の責任
1 保険仲介者責任の検討視点
2 保険者に対する責任
(1)保険媒介者の告知妨害・不告知教唆による責任
(2)所属保険会社等の求償権の行使
3 保険契約者・被保険者に対する責任
(1)保険媒介者の告知妨害・不告知教唆による責任
(2)保険業法違反による責任
Ⅳ 今後の課題
―37―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
Ⅰ 保険仲介者の類型と検討対象
「保険仲介者(Insurance Intermediaries)
」とは、
「一般公衆(見
込客)に対する保険に関する様々なサービスの提供を含め、保険者と
の間に保険契約が締結されるよう代理または尽力する活動に従事する
者」と一般に定義づけるものとしたい1)。そして、かかる保険仲介者
は、保険者または保険契約者等との関係において種々に分類すること
が可能であろう。法律上の根拠を有する保険仲介者の類型として、以
下のような定義がある。
保険法(平成20年法律第56号)では、告知制度の枠組みの中で、特
に保険者が保険契約者または被保険者による告知義務違反があったと
しても各保険契約を解除することができない場合(解除権阻却事由)
において「保険媒介者」を規定している。すなわち、
「保険媒介者」と
は、
「保険者のために保険契約の締結の代理を行うことができる者」を
除く、
「保険者のために保険契約の締結の媒介を行うことができる者」
である(保険法(以下、保険)28条2項2号)
。したがって、保険者と
なる者から保険契約の締結代理権が与えられていない保険仲介者が
「保険媒介者」である。他方、保険業法(平成7年法律105号)では、
その募集行為規制の枠組みにおいて「保険募集人」をその対象として
いる。すなわち、
「保険募集人」とは、
「生命保険募集人」
(保険業法(以
「損害保険募集人」
(同20項)3)または「少
下、保険業)2条19項)2)、
額短期保険募集人」
(同22項)をいう(同23項)
。さらに保険業法の規
制対象として、「保険仲立人」(保険業2条25項)4)、ならびに「特定
少額短期保険募集人」(同275条1項3号)5)がある。以上のように契
約法が規律する場面と監督法が規制する場面とで保険仲介者の定義が
異なること自体は、不自然ではないとも考えられる。それでも、保険
システムにおける告知制度が各保険「契約の締結に際し」
(保険4条、
37条、65条)機能することが認められ、募集規制が「保険契約の締結
―38―
生命保険論集第 171 号
の代理又は媒介を行う」という「保険募集」
(保険業2条26項、275条
以下)の問題として取り上げられるとき、告知制度と募集規制の両者
は保険契約締結過程において保険仲介者をめぐる法的問題を惹起する
という意味で共通する。
本稿では、
保険仲介者の責任を検討するにあたり、
「所属保険会社等」
(保険業2条24項)を有しないため保険契約者または被保険者に対し
単独で責任を負担しなければならない「保険仲立人」および銀行等が
保険募集を行う場合以外の保険仲介者をその対象とし6)、また、とり
わけ保険契約の締結または募集において告知制度との関係で重要な保
険仲介者が具体的検討対象の中心となる。そこで、最初に保険法、保
険業法それぞれの規律ないし規制内容を整理したうえで、保険仲介者
の損害賠償責任に関して両法にわたる交錯問題を検討してみたい。そ
のことにより、保険契約締結過程における保険仲介者の法的位置づけ
に基づく責任の在り方が模索できるのではないかと考えている。
注1)その機能、意義あるいは規制の必要性については、梅津昭彦『保険仲介者
の規制と責任』中央経済社(1995年)2-4頁を参照されたい。
2)
「生命保険募集人」とは、次の者で、その生命保険会社のために保険契約の
締結の代理または媒介を行う者をいう。イ)生命保険会社の役員、ロ)生命
保険会社の使用人、ハ)生命保険会社の役員または使用人の使用人、ニ)生
命保険会社の委託を受けた者、ホ)生命保険会社の委託を受けた者の役員、
ヘ)生命保険会社の委託を受けた者の使用人。
3)
「損害保険募集人」とは、イ)損害保険会社の役員(代表権を有する役員な
らびに監査役および監査委員会の委員を除く)、ロ)損害保険会社の使用人、
ハ)損害保険代理店(保険業2条21項)
、ニ)損害保険代理店の役員、ホ)損
害保険代理店の使用人をいう。また「損害保険代理店」は、損害保険会社の
ための代理商に相当するので、両者の間の法律関係は、代理店委託契約上の
特約がなければ会社法の代理商に関する規定(会社法16条〜20条)が適用さ
れる。
4)
「保険仲立人」とは、
「保険契約の締結の媒介であって生命保険募集人、損
害保険募集人及び少額短期保険募集人がその所属保険会社等のために行う保
険契約の締結の媒介以外のものを行う者(法人でない社団又は財団で代表者
又は管理人の定めのあるものを含む)
」をいう。
―39―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
5)
「特定少額短期保険募集人」とは、
「少額短期保険募集人のうち、第3条第
5項第1号に掲げる保険その他内閣府令(保険業法施行規則212条の3:筆者
註)で定める保険のみに係る保険募集を行う者で、少額短期保険業者の委託
を受けた者でないもの」をいう。
6)
「保険仲立人」は、商法上の仲立人としての規整(商法543条以下)
、そして
保険業法上の規制(保険業286条以下)があり、別個の考察が必要であると思
われる。
「保険仲立人」については、梅津昭彦「保険仲立人の誠実義務」文研
論集126号(1999年)97頁以下を参照されたい。また、保険募集人が大規模乗
合代理店である場合の、所属保険会社等の責任につき、遠山聡「銀行等の預
金金融機関による保険販売と保険仲介規制」生命保険論集163号(2008年)165
頁以下、181頁以下参照。
Ⅱ 保険法による規律と保険業法による規制
1 告知制度における保険媒介者
(1)旧商法678条1項但書と保険媒介者
旧商法678条1項(同法644条1項)はその但書において、保険契約
者または被保険者が告知すべき重要事実・事項を保険者が知りまたは
過失により知らなかったときは契約を解除することができない旨を定
めていた。そこで、かかる保険者の知・過失による不知と保険仲介者
の関与との関係について、特にそれらの者が告知義務者による告知義
務の履行を妨げたり、不正確な告知を行うようしむけたりしたことが
原因で告知義務違反が認められた場合に、保険者が契約を解除するこ
とができるかについて議論があった7)。この点に関して、代理権を有
しない補助者(契約の勧誘に従事する外務員)がそのような行為を行
った場合には、
「かかる補助者の対外的な代理権の有無とは直接関係が
なく、むしろ業務上の補助者の過失による不利益を本人がいかなる程
度まで負担しなければならぬか、
という問題として考えるべきである。
従って、
この場合には、
補助者が事実を知りながら保険者に報告せず、
または補助者が過失により知らなかったため保険者に報告せず、その
―40―
生命保険論集第 171 号
結果保険者が事実を知りえなかった場合において、それが保険者の補
助者の選任・監督についての過失にもとづくものとみとめられるかぎ
り、保険者の過失による不知として、解除権を行使しえないものと解
すべきであろう(民法七一五条参照)
」8)との理解が支持を得ていたと
思われる9)。
保険法成立前の具体的事案に対しては、とりわけ告知受領権を有し
ないと考えられる募集人が上述のような行為を行った場合について、
裁判所の態度はいくつかの考え方を示していた。それらの事案におい
ては、そのような保険募集に携わる者の行為が保険者による当該者の
選任および監督についての過失に起因するものであり、その結果とし
ての告知義務違反については保険者が当該告知事項を過失によって知
らなかったものとして扱う10)、告知義務者の告知義務違反行為におい
て募集人の果たした役割の重要性から保険者が解除権を行使すること
は信義則上許されない11)、または保険業法300条1項1号違反により保
険者の使用者責任を認める12)、といった法律構成がなされていた13)。
旧商法にはいわゆる保険募集人が告知義務の履行に関与することによ
り生ずる問題について直接的な規定を置いていなかったために、告知
義務違反者または保険契約者側の利益を保護することに裁判所は苦心
していたことが伺える。
(2)保険法に基づく保険者の解除権と保険媒介者
保険法は、告知制度の中で保険契約者または被保険者がその告知義
務を履行する際に保険媒介者が関与する対応に応じ保険者の契約解除
権が阻却される場合を、次のように規定する。保険媒介者が保険契約
者または被保険者が事実の告知を行うことを妨げた(以下、告知妨害)
とき、あるいは保険契約者または被保険者に対し事実の告知をせずま
たは不実の告知を行うよう勧めた(不告知・不実告知教唆。以下、併
せて不告知教唆)ときは、保険者は告知義務違反を理由として当該保
―41―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
険契約を解除することはできない(保険28条2項2号3号、55条2項
2号3号、84条2項2号3号)
。告知妨害は保険媒介者が告知書を改ざ
んした場合を典型として、保険媒介者により保険契約者等の意思が抑
圧された場合であり、また不告知教唆は、告知すべき事項を保険媒介
者が知っていたと否とにかかわらず申込者に対し告知書にはすべて
「なし」
と記入してくださいと言って勧誘するケースを念頭に置いて、
告知書には保険媒介者による働きかけはあったが保険契約者等の意思
が介在する場合であると整理されている14)。
このような立法の趣旨は、保険仲立人のような独立した保険仲介者
ではなく、所属保険会社等(保険業2条24項)を有する保険仲介者に
ついては、その指揮・監督を行うべき責任を当該所属保険会社等に課
すことによって、また保険契約者等が保険契約の締結過程においてか
かる保険仲介者の言動を信じて告知義務を履行するという事情を考慮
するならば、保険媒介者が告知妨害または不告知教唆を行った場合の
不利益を、それを受けた保険契約者または被保険者にではなく、保険
者側に負わせることは適切であるとの判断が働いた15)。
さらに、保険媒介者の告知妨害または不告知教唆の行為と告知義務
違反との間に因果関係がない場合16)、保険者の解除権行使は認められ
る(保険28条3項、55条3項、84条3項)17)。そこで、保険者の解除
権を阻却すること(保険28条2項2号3号、55条2項2号3号、84条
2項2号3号)を主張する保険契約者側が、保険媒介者の告知妨害ま
たは不告知教唆の存在について、かかる保険媒介者の行為と告知義務
者の告知違反との間に因果関係が存在しないことにより契約を解除し
ようとする(同各3項)保険者がその不存在について、それぞれ証明
する責任を負うことになる18)。したがって、保険法の規律枠組みは、
「一方で保険媒介者の告知妨害という要件を解除権阻却事由として規
定し、他方で告知妨害と不告知の間に因果関係がないことを解除権阻
却事由のさらに例外事由として規定したことから、各要件は段階的に
―42―
生命保険論集第 171 号
判断される」19)構造ということができる。
なお、代理権を有する募集人、すなわち保険媒介者でない募集人に
ついては、その者が行った告知妨害や不告知教唆は、民法101条1項に
基づく代理行為の瑕疵として代理人について決せられ、それは保険者
の故意・過失(保険28条2項1号、55条2項1号、84条2項1号)と
評価されることになる20)。
2 保険募集人の募集行為規制
(1)禁止行為としての告知妨害と不告知教唆
保険業法300条1項は、
保険募集人が行うことを禁止される行為を列
挙し募集行為規制の内容としている。そこで、上述の保険媒介者が保
険契約者または被保険者による告知義務の履行に関連して問題となる
告知妨害または不告知教唆に該当すると考えられる同項所定の禁止行
為は、その2号と3号である。すなわち、告知妨害は、保険業法によ
り保険募集人が禁止される行為として挙げられている「保険契約者又
は被保険者が保険会社等又は外国保険会社等に対して重要な事実を告
げるのを妨げ・・・る行為」
(保険業300条1項3号)に、そして不告
知教唆は「保険契約者又は被保険者が保険会社等又は外国保険会社等
に対して重要な事実を・・・告げないことを勧める行為」
(同)または
「保険契約者又は被保険者が保険会社等又は外国保険会社等に対して
重要な事項につき虚偽のことを告げることを勧める行為」
(同2号)に
該当すると考えられる。これらの行為が禁止される趣旨は、当該禁止
行為を原因として告知義務が正当に履行されないならば、契約成立後
に告知義務違反を理由として保険者が契約を解除することにより当該
保険契約者が不利益を被ること、他方で、不良契約が混入することに
より保険団体に損害が生じるまたは保険会社の経営の健全性が害され
ることを阻止することにあるといわれる21)。かかる禁止行為違反の効
果として保険業法は、
保険募集人に対して1年以下の懲役もしくは100
―43―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
万円以下の罰金またはその併科を規定している
(保険業317条の2第7
号)22)。そして、同条のいう「重要な事実」ないし「重要な事項」に
は、保険法が告知義務の対象として規定する「告知事項」
(保険4条、
37条、68条)が含まれると解される23)。また、保険業法上の「告知の
妨害行為には、保険契約者等に働きかけて適正な告知を妨げる行為の
ほか、保険契約者等による適正な告知を保険会社等に取り次がない行
為や、保険契約者等による告知を偽造・改ざんする行為等も含まれる」
とも指摘されるところである24)。
(2)所属保険会社等の責任との関係
イ)「保険募集について」
保険業法上、
「所属保険会社等は、保険募集人が保険募集について保
険契約者に加えた損害を賠償する責任」を負わなければならない(保
険業283条1項)。所属保険会社等と保険募集人との関係は、様々な法
的関係で形成されることがあり(任用関係、雇用関係、委託関係など)25)、
また、損害保険代理店の役員あるいは使用人のように所属保険会社等
とは直接的な法的関係がない場合もありうるので、
民法がその715条に
規定する「使用者責任」では担保できない責任について、所属保険会
社等が当該法的関係を理由に責任を回避することがないよう保険業法
が責任の所在を明確にしたものである26)。かかる所属保険会社等の責
任規定において本稿との関係では、まず「保険募集について」の適用
が問題となる。保険契約者または被保険者によるその告知義務の履行
が各「保険契約の締結に際し」行われなければならないのであるから
(保険4条、37条、66条)、所属保険会社等が責任を負わなければな
らない保険募集人の「保険募集」、すなわち「保険契約の締結の代理
又は媒介を行うこと」
(保険業2条26項)
「について」の時期と一致す
るからである。ただし、規制対象あるいは所属保険会社等の責任が認
められる「保険募集について」という要件の方が、特に生命保険につ
―44―
生命保険論集第 171 号
いて保険募集人が見込客と接触することから始まり、
契約内容の提案、
設計、やり取りを繰り返し契約の締結に至る長いプロセスが認められ
よう。
また、保険業法が保険契約者等の保護を目的とするものであるから
(保険業1条)
、所属保険会社等の責任規定を解釈・適用する場合には
保険募集人の代理行為または媒介行為を厳格に解すべきではない27)。
その意味では、
「保険募集について」の適用は、民法715条における「事
業の執行について」という要件に関する最近の理解より28)、緩やかに
解されていると思われる。
ロ)所属保険会社等の免責事由
そして、保険業法283条2項は、所属保険会社が責めを免れる場合を
規定する。すなわち、①所属保険会社等の役員である保険募集人(生
命保険会社にあっては、当該役員の使用人である生命保険募集人を含
む)の「選任」について、②所属保険会社等の使用人である保険募集
人(生命保険会社にあっては、当該使用人の使用人である生命保険募
集人を含む)の「雇用」について、③所属保険会社等の委託に基づく
特定保険募集人またはその役員もしくは使用人である保険募集人の
「委託をする」について、
「相当の注意」し、かつそれぞれの者が行う
保険募集について「保険契約者に加えた損害の発生の防止に努めたと
き」には、同条1項の規定は適用されない。かかる規定も、民法715条
1項ただし書が使用者の免責事由として「使用者が被用者の選任及び
その事業の監督について相当の注意をしたとき」を定めていることが
参考となる。
民法715条1項ただし書が、使用者が被用者の「選任」を問題として
いるので、両者の間に「使用関係」があることを前提としているよう
であるが、委任契約や請負契約のようなある程度は受任者(請負者)
の自主性が尊重される契約類型を除外し厳格な意味での雇用契約の存
在を要求するものではなく、一方が他方を実質的に指揮監督する関係
―45―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
が残されている場合にもかかる「使用関係」の要件を満たすと考えら
、
「雇
れている29)。したがって、保険業法283条2項各号所定の「選任」
用」ならびに「委託をする」について「相当の注意」の理解は、民法
にいう「選任」についての「相当の注意」の理解が参考となる。そこ
で、
「相当の注意」の内容は、例えば、職種により一定の免許を要求さ
れる場合にその免許を取得していることを確認して選任したというだ
けでは足りず、従事すべき職務についてのより積極的な適性、性格、
「その事業の監督につ
経歴等をも審査しなければならない30)。そして、
いて」は、平素の一般的な訓辞や指導の類を行う程度では過失がない
「一般論としていえば、選任・監督上払われる
とはいえず31)、そして、
べき注意の程度は、具体的には、事業の種類によって(危険性の高い
事業か否かなどによって)ちがうであろうし、また、きめ細かい現実
の監督が充分に行われうるか否かも、事業体(使用者)の種類によっ
て(特に、その規模の大小によって)異なる」と考えられている32)。
そこで、保険募集人についても所属保険会社等の「相当な注意」の有
無・程度について具体的判断がなされるところであるが、それは「単
に生命保険外務員試験の合格証、損害保険代理店の資格証をもつ者を
選任しただけでは、
『相当の注意』をしたとは言えず、その者の募集活
動についての具体的な適格性の有無などについても調査しなければな
らない」33)ところとなる。また、保険募集人の「選任・雇用・委託の
時に相当の注意をしたというだけでは足りず、
役員の場合は別として、
日常の教育・指導をしているかどうかも一つの判断の材料にな」34)る
とも指摘されている35)。
さらに、保険業法283条2項は、所属保険会社等が「損害の発生の防
止に努めたとき」を挙げているが、「これは、保険契約者に損害が発
生することを未然に防止するようにつとめる趣旨に解さねばならない。
けだし損害の発生を未然に防止することこそが重要であり、そのこと
を所属保険会社に要求しなければ、到底保険契約者の保護をはかると
―46―
生命保険論集第 171 号
いう本法の目的(法一条)が達成されないからである」36)と「保険募
集の取締に関する法律」
11条2項について述べられていた。
すなわち、
保険募集人に対する所属保険会社等の日頃の教育・指導・監督に「相
当の注意」を払うことを要求するものとして、民法715条1項ただし書
所定の「その事業の監督について相当の注意」の理解と同じと考えて
よいであろう37)。
ハ)所属保険会社等の求償権
保険募集人が保険契約等に加えた損害について所属保険会社等が賠
償責任を果たした場合には、保険業法は、所属保険会社等から保険募
集人に対して求償権を行使することができると定めている
(保険業283
条3項)。不法行為が行われた場合、不法行為者が最終的な責任を負
担することは本来当然であろう。所属保険会社等の責任制度は、保険
契約者が資力のある所属保険会社等に対して賠償請求ができることを
定めているのみであり、後述するように保険募集人の賠償責任がなく
なる訳ではない。保険契約者が損害を与えた保険募集人に損害賠償請
求を行うことができることはもちろん、かかる規定により損害賠償を
した所属保険会社等が保険募集人に求償を求めることは妨げられな
い38)。それでも、民法715条3項の理解と同様に、「募集を行う者は、
所属保険会社の補助者として会社のために活動しているのであり、そ
れによって会社は利益を得ていること、
他方、
これら募集を行う者は、
資力の十分でない者も多いことなどを考えると、会社と募集を行う者
との具体的関係に応じて、求償権を制限することも認められるべき」
39)
である、あるいは「特に生命保険募集人のうちたとえば営業職員が
保険契約者に損害を加えて保険会社がこの損害賠償の責任を負う場合
であっても営業職員が所属保険会社の補助者として会社のために事業
活動をする者であることを勘案するならば、事情によっては、所属保
険会社等から保険募集人に対する求償権の行使が制限されると解され
る場合もありうる」40)という。
―47―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
注7)特に保険募集人の告知受領権の有無との関係を中心として、小林道生「保
険募集人の権限と保険契約者保護 ─ 生命保険募集人の告知受領権をめぐっ
て ─」静岡大学法政研究9巻1号(2004年)57頁以下。
8)大森忠夫『保険法〔補訂版〕
』有斐閣(1985年)132-33頁。
9)石田満『商法Ⅳ(保険法)
【改訂版】
』青林書院(1997年)51頁。また、保
険者と保険契約との間の負担の公平の点から解釈論としても、一般的募集人
の告知受領権を肯定する立場からも、
「募集人の選任・監督について保険者に
過失があり、そのために重要事実についての保険者の不知が生じたとみられ
る場合には、保険者の過失による不知となるため解除権が制限される」と主
張されていた。西島梅治『保険法〔第3版〕
』悠々社(1998年)344-45頁。
10)岡山地判平成9・10・28生命保険判例集9巻467頁、仙台高裁平成12・2・
15(矢作健太郎・事例研レポ163号11頁以下)
。なお、大阪高判平成20・7・
29(最判平成20・11・25)(小野寺千世・事例研レポ234号1頁以下、岡村啓
正・事例研レポ241号9頁以下)では、
「通常の生命保険募集人が、当該事実
が告知すべき重要なる事実であるかどうかについて判断に苦しむような場
合」であるとして、保険者の過失を認めなかった。なお、山下友信『保険法』
有斐閣(2005年)314-16頁。
11)東京地判平成10・10・23生命保険判例集10巻407頁。
12)水戸地判昭和61・3・28文研生命保険判例集4巻329頁(保険者の解除権を
認めながらも、保険勧誘員としての地位の悪用による不法行為責任を認めた。
山近道宣「告知義務の意義と義務違反の効果」塩崎編『現代裁判法大系25〔生
命保険・損害保険〕
』新日本法規(1998年)69頁以下、86-88頁)
、大阪高判平
成16・12・15(清水耕一・事例研レポ202号1頁以下、國司英樹・事例研レポ
203号14頁以下)
。
13)判決例の総合的分析として、河森計二「生命保険募集人の告知妨害に関す
る一考察」生命保険論集160号(2007年)123頁以下。
14)法制審議会保険法部会第19回会議議事録(平成19年11月14日(水)
)30頁。
木下孝治「告知義務・危険増加」ジュリ1364号(2008年)18頁以下、22頁、
同「告知義務」竹濵=木下=新井編『保険法改正の論点(中西先生喜寿記念)
』
法律文化社(2009年)37頁以下、45-46頁、松澤登「告知義務違反による解除」
甘利=山本編『保険法の論点と展望』商事法務(2009年)32頁以下、37-40頁。
15)萩本修編『一問一答保険法』商事法務(2009年)50頁、大串=日本生命保
険生命保険研究会編『解説保険法』弘文堂(2008年)99頁。
16)例えば、①保険媒介者が、保険契約者から告知書を手渡されたにもかかわ
らず、保険契約者名義の虚偽の告知書を保険者に提出することによって告知
妨害を行ったが、実は保険媒介者によって隠匿された保険契約者作成に係る
告知書がもともと虚偽のものであり、告知義務違反が認められるものであっ
た場合、②保険媒介者が、自己の親族に不告知の方法について教示をするこ
―48―
生命保険論集第 171 号
とによって不告知教唆を行ったが、もともと当該親族は、自己の病歴からす
ると保険に加入できないことを知りながら、保険媒介者と共謀して、加入が
認められるような虚偽の告知書を作成して保険者に提出する意図を有してい
た場合、が例示されている。萩本編・前掲書註15)55頁。
17)大串=日本生命保険生命保険研究会編・前掲書註15)100頁。
18)大串=日本生命保険生命保険研究会編・前掲書註15)100頁、木下・前掲註
14)22頁、同・前掲註14)47-48頁。
19)山下友信「保険法と判例法理への影響」自由と正義60巻1号(2009年)25
頁以下、26頁。そして「因果関係の有無の判断は、契約締結時の諸事情を間
接事実として総合的に判断しなければならないのが通例となると思われ、そ
こでは保険媒介者がそのような事実を告知義務者から告げられ、それに対し
てどのように対応したかといったことも当然に考慮に入れられることになろ
う」と指摘されている。同27頁。
20)したがって、損害保険募集人として典型的な損害保険代理店は、損害保険
会社の委託を受けてその損害保険会社のために保険契約の締結の代理を行う
限り(保険業2条21項)
、保険媒介者にはあたらない。落合監修・編『保険法
コンメンタール(損害保険・傷害疾病保険)
』(財)損害保険事業総合研究所
(2009年)91頁(山下)
。
21)鴻監修『
「保険募集の取締に関する法律」コンメンタール』
(財)安田火災
記念財団(1993年)
(以下、鴻・コンメンタール)225頁(江頭)
、安居孝啓『最
新保険業法の解説』大成出版社(2006年)
(以下、最新保険業法の解説)969
頁。また、
「告知妨害行為は、募集人にとっては、保険契約の成立を可能ない
し容易ならしめることによって募集手数料の獲得、募集成績の向上を図るこ
とができ、これにより損害をうけるのは保険契約者または保険会社であると
いうきわめて好ましくない結果を生みだす」ことも指摘されていた。青谷和
夫『コンメンタール保険業法(下)
』千倉書房(1974年)559頁。
22)また、
「特定保険募集人」
(保険業276。生命保険募集人、損害保険代理店、
特定少額短期保険募集人を除く少額短期保険募集人)は、
「保険募集に関し著
しく不適当な行為をしたと認められるとき」には、登録の取消し、または6
ヶ月以内の期間を定めて業務の全部もしくは一部の停止が命ぜられる(保険
業307条1項3号)
。なお、
「保険募集の取締に関する法律」の下で、刑罰まで
予定しているのが適当かどうか、立法論として疑問が提示されていた。生命
保険新実務講座編集委員会=生命保険文化研究所編『生命保険新実務講座7
法律』有斐閣(1991年)358頁(中島)
。
23)石田満『保険業法2009』文眞堂(2009年)
(以下、石田・保険業法)636頁。
24)最新保険業法の解説969-70頁。なお、監督指針における保険法対応の指摘
につき、
「保険会社向けの総合的な監督指針」Ⅱ-3-3-2(11)保険法対
応、「少額短期保険業者向けの監督指針」Ⅱ-3-3-2(9)保険法対応、
―49―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
参照。嶋寺=仁科「新しい保険法に対応した監督指針の改正」NBL907号(2009
年)38頁以下。
25)例えば、生命保険に関する募集人について、生命保険新実務講座編集委員
会=生命保険文化研究所編『生命保険新実務講座3マーケティングⅠ』有斐
閣(1990年)14頁以下(堀井)
、小林雅史「代理店業務委託契約について」生
命保険経営78巻1号(2010年)145頁以下。
26)東京海上火災保険株式会社編『損害保険実務講座[補巻]保険業法平成3
年度施行法解説』有斐閣(1997年)229-30頁(小林)
、最新保険業法の解説936
頁。当該募集人が保険会社の使用人である場合には、民法715条の責任との関
係が問題となるが、法条競合説として鴻・コンメンタール153頁(落合)
、請
求権競合説として山下・前掲書註10)159-60頁。
27)最新保険業法の解説936-37頁。
28)かつては、いわゆる「外形理論」を最高裁は採用していたと解されていた
が(最判昭和40・11・30民集19巻8号2049頁)
、その後の最高裁判例は「職務
との密接な関連性」を要求すると理解されている。最判昭和44・1・18民集
23巻2号2079頁、最判昭和46・6・22民集25巻4号566頁。平井宜雄『債権各
論Ⅱ不法行為』弘文堂(1992年)235頁、國井和郎「事業執行」山田編集代表
=國井編『新・現代損害賠償法講座4使用者責任ほか』日本評論社(1997年)
37頁以下。
29)幾代通(徳本伸一補訂)
『不法行為法』有斐閣(1993年)196-97頁、我妻他
著『我妻・有泉コンメンタール民法総則・物権・債権(第2版)
』日本評論社
(2008年)1362-63頁。なお、最判昭和56・11・27民集35巻8号1271頁では、
兄が弟に自宅まで送り届けるよう兄所有の自動車を弟に運転させ両名が同乗
中、その途中で自動車事故が発生した事案において、当該兄弟間に一時的に
せよ兄が弟を指揮監督して仕事に従事させる関係を認め、民法715条1項にい
う使用者・被用者の関係の成立を認めている。
30)大判明治40・10・29民録13輯1031頁、大判大正6・10・20民録23輯1821頁。
31)大判大正4・4・29民録21輯606頁。なお、加藤編『注釈民法(19)債権(10)
』
有斐閣(1965年)262頁以下、294-95頁(森島)参照。
32)幾代・前掲書註29)209頁。
33)鴻・コンメンタール158頁(落合)
。
34)石田・保険業法601頁。
35)
「保険会社向けの総合的な監督指針」Ⅱ-3-3-1適正な生命保険募集態
勢の確立、Ⅱ-3-3-5適正な損害保険募集態勢の確立、
「少額短期保険業
者向けの監督指針」Ⅱ-3-3-1適正な保険募集態勢の確立、参照。
36)鴻・コンメンタール158頁(落合)
。さらに「民法715条1項に比べ、所属保
険会社等に『損害の発生の防止に努め』ることが求められており、損害賠償
責任を免れるためには、個別の事例に応じて所属保険会社等において積極的
―50―
生命保険論集第 171 号
な行動が必要とされている」
、また「損害発生の未然防止といっても結局保険
募集人に対する教育・管理・指導をしているかどうかに還元されるのである」
とも言われる。最新保険業法の解説937頁、石田・保険業法601頁。
37)なお、民法715条1項ただし書は「使用者が・・・相当の注意をしても損害
が生ずべきであったとき」
、すなわち使用者の選任・監督上の過失と損害発生
との間に因果関係がないときにも免責としているが、保険業法283条はそのよ
うな規定を有していない。
38)最新保険業法の解説937頁。
39)鴻・コンメンタール159頁(落合)
。
40)石田・保険業法602頁。
Ⅲ 保険仲介者の責任
1 保険仲介者責任の検討視点
保険仲介者の責任という場合、保険法および保険業法のいずれにお
いても、保険者の補助者としてとらえられる保険仲介者が契約締結過
程において関与し、その結果としての保険契約者等の不利益を保険者
に負担させるという枠組みにおいて問題となる。そのような枠組みの
中でも、本稿Ⅱでは、告知義務の履行に保険仲介者が関与した場合の
これまでの議論と保険法の規律内容、そして保険業法における規制内
容を整理したが、それらは、保険契約者等の利益保護を念頭においた
ものであったと考えられる。保険契約者等の利益とは、保険契約等が
自己にとって最も相応しい保険が何であるかを認識することができ、
かつその保険を選択し入手(締結)することの実現・確保であるとす
る理解は41)、保険募集規制を司る保険業法においてはもちろん、告知
義務違反に際して保険媒介者の関与の効果を規定した保険法において
も妥当すると考えられる。
他方で、保険仲介者の保険者との間における法的地位の視点から、
また保険仲介者自身の保険契約者等に対する関係から、民事上の基礎
―51―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
理論に基づいたそれぞれに対する責任を検討することも必要であると
思われる。
2 保険者に対する責任
(1)保険媒介者の告知妨害・不告知教唆による責任
保険法における「保険媒介者」の規律は、告知制度の中で、告知義
務者がその義務を履行するに際してその者の関与が告知義務違反の効
果にいかなる影響を与えるかという問題であり、保険法は、保険媒介
者の告知妨害または不告知教唆による告知義務違反があった場合に保
険者には解除権の行使を認めないとする(保険28条2項2号3号、55
条2項2号3号、84条2項2号3号)
。一方でそのことは、告知妨害ま
たは不告知教唆を保険媒介者が行ったことにより、保険者は告知義務
違反を理由として保険契約を解除することができるはずだった、ある
いは正しい告知がなされていれば保険者は保険契約の申込に対してそ
れを拒絶することができたまたは割増保険料を徴収することができた
という意味で本来行う必要のなかった損害てん補・保険給付を保険者
は行わなければならないことを意味する。かかる被保険者または保険
金受取人に対する損害てん補・保険給付は、それ等に対する使用者責
任という不法行為責任ではなく、解除権が阻却されることにより保険
者が約定された責任(保険2条6号7号8号9号)を履行しなければ
ならないということである。そしてそれは、保険媒介者の告知妨害ま
たは不告知教唆という不適切な行為、保険業法が禁止している行為を
行った限りにおいて違法な行為を行ったことを原因とする保険者の出
捐であり、それをもって保険者の損害であるということができる。そ
うだとすると、かかる損害についての保険媒介者自身の保険者に対す
る責任が認められる余地がある。それは、保険者の指導・教育内容と
は異なる行為を行ったことによる保険者と保険媒介者との間の契約上
の義務違反(民415条)ということになろうか。すなわち、かかる保険
―52―
生命保険論集第 171 号
仲介者は、保険者による指導・教育内容に従った募集行為を行わなけ
ればならない義務に違反したことによる責任を負担することになろう。
ただし、このような保険者の保険媒介者に対する損害賠償請求権の
行使は、理論的には独立した保険仲介者の責任と位置づけられるが、
次にみるような使用者としての求償権の行使に吸収されていくものと
思われる。
(2)所属保険会社等の求償権の行使
保険業法は、保険募集人が保険募集について保険契約者等に加えた
損害の所属保険会社等の賠償責任について、所属保険会社等の保険募
集人に対する求償権の行使を認めている(保険業283条3項)
。それが
民法の使用者責任に関する規定とその趣旨を同じくするものであると
考えると42)、かかる求償権の行使は制限的に解されるものである。す
なわち、民法715条3項の規定は、それが報償責任あるいは企業への責
任集中が適切であると解する考え方を基礎として43)、その行使は制限
される必要があるとするのが判例の立場である44)。ただし、判例の定
立した求償権行使制限の基準自体は、
「一般条項的表現を多用する上、
判断の根拠となる事情をあまりにも多く挙示していて、はなはだ有用
性を欠くものとなっている」45)とも指摘されているところである。
そこで、使用者の被用者に対する求償権行使の問題は、使用者およ
び被用者の内部関係(指揮監督関係)に着目して解決すべきであると
の主張がある。それによれば、①被用者が法令・契約(事務管理)上
の義務の履行行為の過程において、または②一般的義務ではないが、
使用者の具体的な指揮監督を受けた行為の過程において、それぞれ第
三者に損害を生じさせた場合には、求償権はすべて否定されるとする
ものであり、これに対して、③加害の意思をもってする行為に何らか
の保護を与える理由はないのであるから、被用者が法令または契約上
の義務に故意に違反した場合には(私益を図る行為で相手方が善意無
―53―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
過失の場合や仕事場での暴行など)
、
求償権は全額認められるべきであ
るとする考え方である46)。また、使用者責任の類型論を前提として、
危険業務でない営利事業については、被用者に故意・過失がある場合
にのみ求償が認められるとする見解もある47)。
それでは上記Ⅱ(2)ハ)において指摘されている所属保険会社等に
よる保険募集人に対する求償権を制限しなければならない「会社と募
集を行う者との具体的関係に応じて」あるいは「事情によっては」と
はいかなる場合であるかを整理しなければならない。それはまさに、
所属保険会社等と保険募集人との間の内部関係において、所属保険会
社等と保険募集人との間の法的結びつきの強さ
(任用関係、
雇用関係、
委託関係)
、そして指導・教育内容の程度が問われることになろう。保
険者が保険媒介者・保険募集人に対し告知妨害または不告知教唆を行
うよう明確に指導することは考えがたい。結果として、保険仲介者に
対する監督(指導)不足(相当の注意を尽くしていない)と認定され
ることはありうる48)。他方で、保険募集人が自己の利益を図ることを
主たる目的(動機)として告知妨害または不告知教唆を行った場合に
は、保険募集人を保護する必要はない。具体的にかかる目的(動機)
の内容は、保険契約の締結手数料(歩合部分)獲得をもっぱらの目的
(動機)とすることが考えられるが、その場合には、保険者は保険業
法283条1項に基づき保険契約者に賠償した額について保険募集人に
求償することができると考えられよう49)。
3 保険契約者・被保険者に対する責任
(1)保険媒介者の告知妨害・不告知教唆による責任
保険媒介者の告知妨害または不告知教唆と保険契約者または被保険
者の告知義務違反との間に因果関係がない場合には、保険者は各保険
契約を解除することができる(保険28条3項、55条3項、84条3項)
。
告知妨害または不告知教唆との間に因果関係がない場合とは、保険媒
―54―
生命保険論集第 171 号
介者による告知妨害または不告知教唆が「なかったとしても」告知義
務者に元々告知義務違反を行う意図があった場合50)、すなわち、自ら
が積極的に不実告知・不告知を行うことによって本来得られないはず
の損害てん補・保険給付を保険契約者等が得ようとする場合であり、
保険者に当該保険契約が解除されたとしてもそのような保険契約者等
を保護する必要はない51)。したがって、この場合には、保険仲介者の
保険契約者等に対する責任を観念する必要はない。
保険媒介者による告知妨害または不告知教唆が認められ、かつ当該
告知妨害または不告知教唆と告知義務違反との間に因果関係がある場
合には、保険者の解除権は阻却され、保険者は損害てん補・保険給付
義務を負い、被保険者または保険金受取人は当該保険契約による満足
を受けられる。その限りで、保険契約上の権利義務関係は正常に終了
する。ただし、告知妨害または不告知教唆は保険業法が禁止する違法
な行為に該当すると考えられるから(保険業300条1項2号3号)
、そ
のことを理由として保険契約者等に損害が発生した場合には保険募集
人の保険契約者等に対する不法行為責任(民法709条)が生じる余地が
ある。かかる点につき、告知妨害によって保険契約者等に損害が生じ
た場合には所属保険会社等の賠償責任(保険業283条)が生じる可能性
があることが指摘されている52)。たとえば、保険仲介者による不告知
教唆が行われ告知書に虚偽の記載を行ったため本来受給できたはずの
額を保険金受取人が受けることができなかったということを想定する
ことができるだろうか53)。そこで、保険者が保険業法に基づく保険契
約者等に対する賠償責任を果たした場合には、それは上記のような保
険者による保険募集人に対する求償権の行使の問題として保険媒介者
の保険者に対する責任としても捉えられる。
(2)保険業法違反による責任
上述したように、保険業法により保険募集人の禁止行為違反につい
―55―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
て所属保険会社等は保険契約者等に対し賠償責任を負わなければなら
ないが(保険業283条1項)
、かかる違法行為を行った保険募集人も不
法行為者として保険契約者等に対し責任を負担しなければならないの
であろうか。すなわち、所属保険会社等の責任と保険募集人自身の不
法行為責任との関係をいかに理解するかの問題である。民法学におけ
る使用者責任(民715条)は、被用者に基本的不法行為責任(民709条)
が成立していることが前提である54)。そして、通説判例は両者の関係
を不真正連帯債務(全部義務)と解することによって、被害者保護を
厚く考えている55)。したがって、被害者は、使用者または被用者のい
ずれに対しても損害の賠償を請求することができるのであり、保険募
集人は「保険募集について」保険契約者等に損害を与えた場合には、
それが一般不法行為責任の成立要件を充たしている限り損害賠償責任
を負担しなければならない56)。
そこで、例えば、保険募集人が保険契約者等に対し「保険募集につ
いて」
与えた損害を自ら賠償した場合に、
その額を保険者に求償する、
いわゆる「逆求償」することはできるであろうか57)。いわゆる「逆求
償」の問題は、民法学においても議論のあるところである。それは使
用者責任の根拠を報償責任または企業責任に求める立場からすれば、
最終的・全面的責任を使用者に負わせるべきであり、使用者の求償権
を制限する理解にも調和すると思われる。保険業法における所属保険
会社等の責任が民法学における使用者責任を基礎としていると考えら
れ、その根拠を報償責任に求めているのであれば、少なくとも保険募
集人が自己の利益を図ることを専らの目的(動機)として禁止行為に
該当する行為を行った場合でない限り、また、保険者の求償権が制限
的解釈に服する限り、最終的な責任負担を保険者に帰せしめることは
あながち不当ではないと考えられる58)。
―56―
生命保険論集第 171 号
注41)落合誠一「募集制度」竹内編『保険業法の在り方下巻』有斐閣(1992年)
211頁以下、214-15頁。
42)求償権の法的性格は、共同不法行為ないし不真正連帯債務の属性として内
部求償を定めたもの、あるいは代位責任にもとづく求償規定であるとする理
解もあるが、被用者の債務不履行ないし不法行為を理由とする使用者の損害
賠償請求権と解するのが多数説である。田井義信「求償」山田編集代表=國
井編『新・現代損害賠償法講座4使用者責任ほか』日本評論社(1997年)109
頁以下、133頁、田上富信「使用者の被用者に対する求償権の制限」民法の争
点Ⅱ(1985年)168頁以下。
43)加藤一郎『不法行為法〔増補版〕』有斐閣(1974年)165頁、四宮和夫『不
法行為』青林書院(1988年)680-81頁。
44)最判昭和51・7・8民集30巻7号68頁は、
「使用者が、その事業の執行につ
きなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損
害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その
事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、
加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配
慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義
則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の
請求をすることができるものと解すべきである」と述べている。本件では、
「営
利のため危険な事業活動を行う者」を前提として、以上のような判断をし、
原審判断を是認し求償額を損害額の4分の1を限度として認めている(田上
富信・民法判例百選Ⅱ[第5版]
(2005年)176頁以下)
。なお、使用者の求償
権制限の背景について、神田孝夫「使用者責任における求償権について」
『不
法行為責任の研究』一粒社(1988年)115頁以下。
45)平井・前掲書註28)239頁。
46)平井・前掲書註28)240頁。また、
「問題になるのは、被用者が使用関係上
の職務の執行という主観で行動した過程において、故意によらずして第三者
に対して加害行為をなした、という場合であ」り、
「被用者の行動をとおして
使用者(特に大企業)はしばしば大きな収益をあげる反面、被用者の労働条
件は必ずしも良いとはかぎらず、しかも対外的に危険を伴いやすい業務にも
服さないわけにはいかない、という事情がみられる場合が多いからである」
ともいわれている。幾代・前掲書註29)213頁。
47)加藤雅信『事務管理・不当利得・不法行為(第2版)
』有斐閣(2007年)345-46
頁。
48)山下・前掲書註10)161-62頁。
49)ただし、保険募集人の契約締結手数料の獲得目的が、保険者による求償権
行使を認めるほどに悪性の強いものであるかどうか評価しなければならない。
50)前掲註16)の例示、参照。
―57―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
51)萩本編・前掲書註15)54頁、竹濵修「共通事項(2)─ 告知義務、他保険
告知、重大事由解除、危険の増加・減少 ─」『新保険法の制定と今後の展開
─ 保険契約者と保険会社の対応 ─』明治大学法科大学院(2010年)47頁以
下、59頁。
52)岡田豊基「告知義務」落合=山下編『新しい保険法の理論と実務』経済法
令研究会(2008年)76頁以下、82頁。
53)また、保険者が告知義務違反を理由として損害てん補・保険給付の履行を
拒絶したために、被保険者あるいは保険金受取人がその履行を求めて訴訟を
提起せざるを得なかった場合の訴訟費用または慰謝料を損害として保険仲介
者に請求することが考えられると、研究会の席上でご指摘を受けた。
54)加藤編・前掲書註31)292-93頁(森島)
。
55)加藤・前掲書註43)188-89頁、平井・前掲書註28)238頁、幾代・前掲書註
29)211頁。
56)例えば、
「保険募集について」以外の場面で保険募集人が保険契約者等に損
害を与えた場合にも、一般不法行為責任(民709条)が成立する余地がある。
保険代理店についてかかる責任の内容・判決例を「保険代理店固有の賠償責
任」として分析するものとして、山野嘉朗「保険代理店の責任」
『損害賠償法
と責任保険の理論と実務(平沼先生古稀記念)
』信山社(2005年)279頁以下。
57)ただし、使用者の求償権の性質を被用者の債務不履行ないし不法行為に求
める理解(前掲註42)
)とは異なり、被用者の「逆求償」の性質・根拠は別異
に考えなければならないが、筆者には本文で述べるようなアイディアしかな
い。それらの整理として、田上・前掲註42)169頁、神田・前掲註44)132頁
以下、田井・前掲註42)135頁以下。なお、共同不法行為責任が認められた一
部の被用者が他の被用者の使用者に対する求償を求めた事案として、最判昭
和63・7・1民集42巻6号451頁がある(浦川道太郎・民法判例百選Ⅱ債権[第
6版](2009年)174頁以下)
。最高裁は、「被用者がその使用者の事業の執行
につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合において、
右第三者が自己と被用者との過失割合に従って定められるべき自己の負担部
分を超えて被害者に損害を賠償したときは、右第三者は、被用者の負担部分
について使用者に対し求償することができるものと解するのが相当である」
と判断した。その理由として、民法715条1項の規定の趣旨が「利益の存する
ところに損失をも帰せしめる」ことにあることをあげ、
「被用者が使用者の事
業の執行につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合に
は、使用者と被用者とは一体をなすものとみて、右第三者との関係において
も、使用者は被用者と同じ内容の責任を負うべきものと解すべきである」と
述べる。
58)保険会社の外務員が保険契約者等に与えた損害を自ら賠償することが実際
にありうるのか、という意味で非現実的な議論であるとも考えられるが。
―58―
生命保険論集第 171 号
Ⅳ 今後の課題
保険仲介者、そのうち保険者から独立した存在でなく、保険者と法
的に密接な関係にある者を取り上げ、また新しい保険法において「保
険媒介者」という保険仲介者がその規律枠組みの中に組み込まれたこ
とから、保険法と保険業法との交錯問題にかかる保険仲介者の責任を
その賠償責任の観点から取り上げた。当該交錯問題とは、保険仲介者
が保険契約の成立に至る過程で保険契約者等に重大な影響を与え、そ
の成立内容を左右する存在として保険業法がその規制対象としている
こと、そして保険法が保険契約に基づく保険者の具体的給付をかかる
保険仲介者の行為を基礎としてその成否を判断する規定を設けたこと、
その両者は密接な関連性をもって整理しなければならないという問題
である。契約法と監督法との違いを強調するならば保険仲介者の責任
のあり方も保険法、保険業法それぞれに差異が生ずるとしても、保険
契約の締結過程において重要な役割を担っていると認められる保険仲
介者については、その責任問題は民事法理論を基礎とした統一的理解
が必要であると考えたことが出発点である。また、契約法の規律枠組
みの中では当然に、私法上の効果としての賠償責任問題が惹起される
と考えられるが、契約法である保険法において保険媒介者の地位は保
険者とは何らかの法的関係があるにしても、各「保険契約の締結に際
して」
(保険4条、37条、66条)行為する者であり明確な意味で契約が
成立している状態とは言い難い場面である。また、保険募集人の監督
法違反が直ちに何らかの私法上の効果を発生させるものではない。そ
れでも、保険法が保険媒介者の契約締結過程における関与を正面から
認めそのことの効果を規定した以上、そして保険業法所定の禁止行為
を保険募集人が行ったことにより保険契約者等に損害が発生した場合
には、それを奇貨として賠償責任問題を検討しなければならない。か
―59―
保険仲介者の法的地位から導かれる責任について
かる意味において、保険法と保険業法が平仄を合わせた保険仲介者の
責任問題を検討する意味があると思われる59)。
しかしながら、本稿は以上の問題意識を克服しているとはいえない
かもしれない。例えば、損害賠償責任を論ずる場合において、その対
象となる損害、賠償額の問題が残されている。すなわち、保険媒介者
による告知妨害または不告知教唆によって保険契約者等が被った損害、
保険業法所定の禁止行為を保険募集人が行ったことによって保険契約
者等が被った損害を確定しなければならない60)。さらに、保険仲介者
の責任問題は、保険募集実務の観点から検討する作業も残されている
と考えている。
注59)保険仲介者の保険契約締結過程におけるルールの立法上のあり方について
も、今後の課題である。例えば、落合誠一「新しい保険法の意義と展望」落
合=山下編『新しい保険法の理論と実務』経済法令研究会(2008年)4頁以
下、11-12頁では、保険法の成立にともない、保険業法所定の保険会社の保険
募集人の行為に関する損害賠償責任規定も含めて、包括的に保険募集の補助
者全般にわたるその民事上の位置づけを明確にする一連の民事上のルールの
必要性を指摘されている。
60)保険募集における保険仲介者の情報提供義務違反を基礎とした損害賠償責
任の賠償額については、山下・前掲書註10)188-95頁、清水耕一「保険募集
に関わる損害賠償責任の内容」保険学雑誌607号(2009年)159頁以下、参照。
(本稿は、2010年2月12日(金)に開催された生保関係法制研究会(東
京)における報告原稿に加筆・修正したものである)
※本稿脱稿後に、山下=米山編『保険法解説生命保険・傷害疾病定額
保険』有斐閣(2010年)に接した。保険法における保険媒介者の告知
妨害・不告知教唆と保険者の解除権との関係については、同書
538-44頁(山下)を参照されたい。また、安居孝啓『最新保険業法の
解説【改訂版】』大成出版社(2010年)をも入手したが、本稿引用の
改訂版該当頁については修正はない。
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