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『伝わるスピーチ A to Z 口語表現ワークブック』の 実践指導方法と留意点

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『伝わるスピーチ A to Z 口語表現ワークブック』の 実践指導方法と留意点
実教出版「専門基礎ライブラリー 伝わるスピーチ A to Z 口語表現ワークブック」付録
『伝わるスピーチ A to Z 口語表現ワークブック』の
実践指導方法と留意点
荒木晶子・藤木美奈子
目
次
Ⅰ.指導をするにあたって (荒木 晶子)
1.はじめに
2.実習の流れ
3.実践授業の進め方と留意点
4.教員に求められる資質と役割
Ⅱ.授業の実際
(藤木 美奈子)
1.基礎クラス(
『伝わるスピーチ』第 1 章)
2.上級クラス(
『伝わるスピーチ』第 2 章)
Ⅰ.指導をするにあたって (荒木晶子)
1.はじめに
『伝わるスピーチ A to Z 口語表現ワークブック』(以下『伝わるスピーチ』)は筆者達の長年
の授業実践をもとに,広く実習できるよう改良したものである。ただ,誌面の構成上,実習を受
ける側が読む内容になっているため,
『伝わるスピーチ』で指導をしていただく方のための「指導
方法とその留意点」を,筆者達の所属する桜美林大学での授業をモデルにして紹介したい。
※
桜美林大学での授業形態(2014 年度)
「口語表現Ⅰ」・・・1年生必修,半期2単位,1クラスの学生約 25 人で 2,000 人を春,秋学
期に分け,21 名の教員で担当。
『伝わるスピーチ』の第 1 章の内容を実
習。
「口語表現Ⅱ」・・・「口語表現Ⅰ」を履修後に選択履修,半期2単位,1 クラスの定員 15 名,
4 名の教員で担当。
『伝わるスピーチ』の第 2 章の内容を実習。
「その他の実習」・・・博物館実習,教育実習事前研修で,
『伝わるスピーチ』の第 3 章の内容
を実習。
2.実習の流れ
『伝わるスピーチ』は,従来の知識集積型教育を行うのではなく,少人数制を取り入れた実習
を通して最終的には情報発信型人間の育成をめざすことを目的にしている。
『伝わるスピーチ』を使った実習では,学生が自らスピーチを行い,クラスメートからのアド
バイスをもらい,ビデオに録画された姿から自分自身の話し方をチェックし,自分の声を聴いて
1
それを分析する。これらの作業を通して,学生が今まで気づかなかった自分に気づくことができ
る授業形式になっている。授業時間は 90 分。授業運営の仕方は以下の通りである。
※授業の一般的な流れ
①
教員はビデオと IC レコーダーを用意しておく。学生は USB メモリを持参する。
②
学生(スピーカー)は,与えられたトピックにそって,一人約 3 分(
『伝わるスピーチ』第 2
章では 7 分以内)のスピーチをする。
教員は,学生がスピーチをしている姿をビデオカメラに録画する(一人につき正面 20 秒,横
③
から 20 秒で合計約 40 秒)
。できるだけ顔の表情がよくわかるように,胸から上の顔の部分を
中心に録画する。また、IC レコーダーに録音したスピーチ音声を、学生が各自持参した USB
メモリに移す。
(録音担当は,学生でもよい)
。
④
ほかの学生は,スピーカー(発表者)のスピーチを聴き終えてからコメント用紙に評価を書
く。ただし,スピーチを聞いているときは,必ず発表者へ顔を向けて話をよく聴くよう注意を
うながす。
全員のスピーチが終わると,ビデオを再生し(15 人の場合は約 10 分)
,録画を見ながら,今
⑤
度は,各自,自己チェックを行い,評価をコメント用紙に記入する。
⑥
自己評価をしたコメント用紙は教員に提出。それを出席票とする。クラスメートからのコメ
ント(評価)は学生が各自持ち帰り,次回の参考にする。
⑦
学生は,自宅では音声データを聴きなおし,あらためて自分のスピーチの自己分析を行い,
1週間後にレポートにして提出する。
3.実践授業の進め方と留意点
(1)授業運営上の留意点
授業は,もちろん学生主体ではあるが,90 分の時間内に教員が行うことは多々ある。
※教員の授業での役割
①
機材,資料の準備:授業開始までに,ビデオカメラ,IC レコーダー,マイクロフォン,コメ
ント用紙などを用意する。
② IC レコーダーの録音の確認:学生のスピーチが IC レコーダーにきちんと録音ができている
かを確認すること。録音されていないと,せっかくのスピーチの自己分析とレポート提出がで
きなくなり,スピーチをやり直さなければならなくなる。
③
学生スピーチのビデオ撮影:学生のスピーチをビデオに録画(一人あたり約 40 秒)する。
④
学生スピーチの評価:ビデオの録画を行いながら,同時に,それぞれの学生のスピーチの評
価も記録しておく。評価はコメント用紙のポイントを中心に特に気をつける点をメモ書きにす
る。限られた時間内(約 1 分)での評価なので,評価方法を各教員が工夫する。
例:笑顔が良い=SF+(Smiling Face+)
声が大きい=V+(Voice+)
声が小さい=V-(Voice-)
【評価項目:良い=プラス(+),良くない=マイナス(-) など】
2
教員は,授業中に記録した評価やアドバイスを,毎回提出されるレポートに細かく書いて指導
している。ただし,良かった点はできるだけみんなの前で取り上げて励ます。
「口語表現I(伝わ
るスピーチの第 1 章)
」の第一の目的は「話すことへの苦手意識の克服」である。一生懸命スピー
チした学生の努力を評価し,個人の小さな欠点などの指摘は,教室内ではコメントせず,その学
生へのレポートに個々に書いて指導する。問題点を指摘するときもその学生のスピーチの良かっ
た点は必ず書き添えること。アドバイスも「こうすると,さらに良くなります」というように,
肯定的な言い回しで指導することを心がけてほしい。
授業内では,学生への個人的な問題点のアドバイスは極力避けて,3~4人の学生のスピーチ
が終わるごとに,そのグループ全体の感想や,それらのスピーカー全員に共通の問題点について
コメントをするとよい。そうすることで,グループ全体に対してのコメントになり,個人を無用
に傷つけることもなく,指導しやすく教育効果も大きい。口語実習の基本は,ほめて認めて,自
分に自信をつけさせることにある。
(2)時間配分
授業中は,常に時間配分に気をつけなければならない。教員は,学生の人数を把握し,それに
よって発表や評価にかける時間を配分して,授業を円滑に進行させること。
たとえば,90 分の授業で 12 人に 3 分間のスピーチを行わせる例を考えてみよう。
①
一人の発表に約 3 分,そのスピーチの評価をほかの学生が書き,集める作業を一人あたり 2
分でやると,12 人では 5 分×12 人で 60 分(残り時間 30 分)
。
4 人が終わったところで,その 4 人に共通したアドバイスを 3 分前後話す。約 3 分を 3 回で
②
約 10 分。
③
ビデオを見せる時間は,一人あたり 40 秒の 12 人分で,約 8 分。
④
残りの 12 分は,まとめのコメントや次回のトピックの説明などにあてる。
上記のように,1 分刻みのスケジュールで進むため,やり直しなどしている余裕は無い。した
がって,ビデオの録画時間を間違えないように注意しながら録画する。
また,教員が必要以上にアドバイスをしていると,学生のビデオを見る時間がなくなってしま
うので,最優先で学生がスピーチをしたビデオの再生を行い,残った時間でアドバイスをするな
ど,時間を調整すること。
(3)ビデオなど機材の管理
授業を円滑に進行させるためにも,機材の使用方法には習熟しておいた方がよい。授業前の準
備も欠かせない。
①
ビデオや IC レコーダーのバッテリーは大丈夫か。
②
ビデオの録画可能容量は十分あるか。
③
ビデオを見せるときのプロジェクターへの接続方法は理解しているか。事前にテストしたか。
これらの準備を授業前に済ませて,すぐ授業に入れる体制を作っておくことが重要である。
3
(4)コメント(評価)用紙を活用する
『伝わるスピーチ』を使った授業では,自分が発表するだけではなく,ほかの学生のスピーチ
を客観的にかつ批判的に聴く態度を養うことも重要な課題のひとつである。この「聴く態度の養
成」に,コメント用紙は大いに役立つ。
コメント用紙は,10 センチ四方程度の大きさで,短時間で簡単に評価が記入できるよう,以下
のチェック項目が記されている。1は 5 段階評価で記入,2と3は簡潔な文で記入させている。
※コメント用紙の項目
1
話の内容と話し方(プロセス)
① 目線
② 声の大きさ
③ 話す速度・間のとり方
④ ハキハキとした話し方(話し方の明瞭性)
⑤ 表情の豊かさ
⑥ 話しているときの姿勢
⑦ スピーチに適した言葉遣い
⑧ 誠意が感じられる
⑨ 聴き手に話しかけている
⑩ 自分の考えが出ている
⑪ 筋道を立てて話をしている
2
良かった点
3
今後のアドバイス
上記のコメント用紙に学生が記入する時間は,一人のスピーチが終わってから次の人が始める
までの1~2分である。学生にとって,限られた時間内に評価を記入するのは大変な作業のよう
だ。学期初めのころは,コメントに手間取っていた学生も学期中に段々短時間でポイントを絞っ
た簡潔なコメントが書けるようになってくる。
このコメントを書く作業のおかげで,発表者のスピーチを建設的に批判的に見る目が養われて
くる。さらに,他人のスピーチの長所を参考にすることもできる。また,スピーチに対する評価
を,教員側からではなく,クラスメート全員からもらえるということが,学生にとっては大きな
学びであるとともに励みにもなっているようである。
4.教員に求められる資質と役割
(1)資質について
ほとんどの学生は,人前で話すことについて強い苦手意識を持っている。これらの学生に授業
4
でスピーチをしてもらうためには,安心して自由に自分自身を表現し,自ら積極的に授業に参加
していると実感できる開放的な学習環境が必要である。
教員には,このような学習環境を作れる能力と,その環境に柔軟に対応できる「ファシリテー
ター(導く者)
」としての能力が求められる。あくまで「教える」のではなく,学生を「自ら学べ
るよう導く」のである。
(2)授業内での教員の役割(心構え)
口語の実習では,教員が教えるのではなく,学生が自らスピーチをし,体験することで自分で
学んでいく授業であることを常に心に留めておく必要がある。教員は,授業全体の流れを常に把
握しながら,時間内に授業を進め,学生を励まし,学生が自ら気づき学んでいけるように支援す
る「ファシリテーター(授業の進行役であり学生の導き役)」に徹することである。ここでもう一
度,ファシリテーターとしての留意点を以下にあげる。
①
教室内で,スピーチを終えたばかりの学生にすぐ注意を与えるのは厳禁である。教員の不注
意な一言が,せっかく努力をしている学生を傷つけ,スピーチの意欲とやる気をなくさせる。
まずは,一生懸命スピーチをした学生をねぎらうこと。
「よくやったね。ありがとう」の一言で
学生は救われる。また,教員がわざわざ指摘しなくても,ほとんどの場合,スピーチをした本
人が一番スピーチの出来不出来はわかっているし,クラスメートからも様々な指摘やアドバイ
スがあるはずである。同じ授業に参加している学生同士がお互いにコメントやアドバイスしあ
いながら,協力して学んでいくのが口語表現の実習科目の特徴である。教員は,学生のスピー
チを批評するのではなく,学生に自信を持ってスピーチができるようになってもらうために,
何ができるのか,どんなサポートをしてあげるのが良いのかを第一に考えて授業に臨んでほし
い。
②
実際に,スピーチの実習では,学生の立場に立った教員側のきめ細かなサポートが欠かせな
い。たとえば,提出されたレポートは,授業中にメモしておいた学生のスピーチ評価をもとに,
アドバイスとコメントを書き添えて必ず返却をしてあげる,というサポートである。教員が学
生一人一人のレポートをきちんと読み,コメントをつけ添削をしてレポートを返却することで,
学生の学びはより大きくなる。そのために,教員自身が,ビデオカメラで録画しながら,同時
に,短時間でスピーチをしている学生の長所,短所を手早くメモできる評価能力も大いに求め
られる。
(3)教室外での指導:レポートによる指導方法
『伝わるスピーチ』でスピーチ実習を行う場合,前述のように,自分のスピーチを聴いた自己
分析をレポートとして提出させることをお奨めする。自分がどんな声で,どんな話し方で,どん
な内容の話をしているのかを客観的に観察することで初めて,今までまったく気づかなかった新
しい自分自身を発見することができる。しかし,この自分自身を知る作業は,決して楽しいこと
ばかりでなく,落ち込んだり,嫌な思いをすることも多いが,自分のスピーチに責任を持って自
己分析ができなければ,自己発見や学習にはつながらない。知らない自分を知るつらい体験から,
向上心も生まれてくる。自分の声を分析することも,ビデオで自分を知ることと同様に大切な学
5
習である。
レポートを書かせるときには,次の四つの作業を行いながら作成するように指導するとよい。
①
自分の声を聴き,一語一句耳にした音はすべて書き取る。
②
書き取った自分のスピーチに赤ペンを入れながら、自己添削する。
③
発表映像と音声データをもとに、スピーチを振り返って、良かった点、反省点などを自己分
析をする。
④
分析・反省をふまえて,次回の目標を立てる。
桜美林大学では,上記の 4 点を A4 のレポートにまとめて提出することで、1 回のスピーチ課題
の完了とみなす。提出されたレポートは,担当教員が授業中に記録しておいたそれぞれの学生の
評価や感想をレポートに書いて返却することで,授業中にできなかった個人的なアドバイスが可
能になる。これまでの経験から,学生もレポートを通して,いろいろな質問をしたり個人的な感
想を述べたり,課題レポートを積極的に活用してくる。
このレポートによる指導方法は,学生と教員の相互のコミュニケーションがはかれるうえ,学
生の取り組みや進歩の過程が理解でき,同時に教員自身の指導方法を振り返るよい機会を与えて
くれるものである。
(4)教員の責任と学生の責任
『伝わるスピーチ』を使った実習は,これまで述べたように学生主体であるため,学生に積極
的に参加する意欲が無ければ学びは無い。どれだけ学ぶことができたかは,実習者つまり学生の
責任になる。
しかし,同時にファシリテーターである教員も積極的に取り組まなければ,学生を満足させる
ような指導は難しい。教員の授業に対する姿勢を,学生は敏感に感じ取るものである。たとえば,
筆者の経験では,一度でも教員側のレポート返却が遅れたりすると,それだけで学生の授業への
取り組み方が変わってしまったということがあった。
「学生主体」の授業を行い,学生に責任を持って授業に臨むことを期待するのであれば,教員
にも授業に対する責任と義務が求められるものである。筆者の実践では,学生は授業を通して人
前で話すことへの苦手意識を克服し,確実に口語表現能力を身につけていった。
『伝わるスピーチ』
での実習は,学生と教員が双方で意欲的に授業に取り組み,互いに課された責任を果たしていく
ことで,従来の授業では得られなかった大きな学習効果が期待できるのである。
6
参考文献
筒井洋一 「大学生に日本語を教える授業が広がっている」
『大学と教育』第 22 号 1997 年
吉倉紳一 「大学生に日本語を教える」
『言語』Vol.26,No.3,1997 年
荒木晶子 「日本語口語表現法の実践指導方法と留意点」『大学教育学会誌』第 21 巻
第 2 号(通巻 40 号)
,1999 年
荒木晶子 「大学教養教育における日本語口語表現法の意義」『大学教育学会誌』第 20 巻
第 2 号(通巻 38 号)
,1998 年
荒木晶子 「日本語口語表現法-指導方法の開発とその成果」『国際学レビュー』第 5 号
1993 年
荒木晶子,筒井洋一,向後千春『自己表現の教室』情報センター出版局,2000 年
畑山浩昭,荒木晶子他『自己表現の技法』実教出版,2003 年
7
Ⅱ.授業の実際
(藤木美奈子)
1. 基礎クラス(
『伝わるスピーチ』第 1 章)
(1) 「口語表現Ⅰ」の授業目的
ここからは、2009 年度より桜美林大学の「口語表現」プログラムのコーディネーターを務める
筆者が、教育現場の実態を踏まえ、授業運営上の注意点等述べていく。
桜美林大学で全学共通の 1 年次の必修科目となっている「口語表現Ⅰ」の授業目的は、大きく
2 つ挙げられる。 (1) 人前で話すことへの苦手意識を克服し、自然体であがらずに、落ち着いて
自己表現できる「口語表現能力」の開発を目ざすとともに、(2) 筋道を立て、聞き手にわかりや
すく伝えるコミュニケーション能力を身に付ける、というものである。
具体的な到達目標として、以下の 5 点を掲げている。

苦手意識を持たずに、人前で 3 分間のスピーチができる。

スピーチの基本的な組み立てを知り、筋道を立てて発表できる。

表情、目線、姿勢、声の調子など、発表態度を意識しながらスピーチできる。

レポートを通して自分のスピーチを客観的に振り返り、反省点を次回のスピーチに生かすこ
とができる。

他者の発表を集中して聴くことができ、適切なアドバイスができる。
(2) 授業の進め方とスピーチテーマ
授業の流れについては、既に本稿の 1 章で述べられているが、再度まとめると、学生は与えら
れたテーマに沿って、クラスメートの前で 3 分程度のスピーチを行う。通常、クラスは A、B の
2組に分けられ、各組が交互に発表する。スピーチの様子はビデオ撮影され、音声は IC レコーダ
ーに録音される。聞き手であるクラスメートは、発表者のスピーチに対して、良かった点やアド
バイスを評価シートに記入していく。評価シートは回収され、授業の最後に発表者に渡される。
発表者は、自分の発表映像や録音を振り返り、自分のスピーチについて自己分析する。クラスメ
ートからの評価シートも参考にしながら、今まできづかなかった自分の話し方の癖にきづき、良
いところは伸ばし、反省点はどうしたら改善できるのかを探る。その内容をスピーチレポートと
してまとめ、翌週提出する。
口語表現の授業は、このようにスピーチの実施とレポート作成を交互に行ない、学生自らが主
体的に学んでいけるよう構成されている。
1 学期 15 回の授業の中で、5 回のスピーチ発表を行い、それに伴うスピーチレポートを提出す
る。授業内でのスピーチ発表と、そのスピーチに関するレポートを翌週提出することで 1 回の課
題が完了するため、レポートが未提出の場合には、次のスピーチに進めない。自分のスピーチを
振り返らずして、ただ回数をこなしただけでは、上達に繋がらないためである。
この授業は学生中心の演習形式で行われる。学生がスピーチを発表し、他のクラスメートは、
それぞれのスピーチに対するコメントを評価シートに書いていく。全員参加型の授業であり、ス
ピーチすることはもちろん、クラスメートのスピーチを聴いてコメントを書くことも、大切であ
る。他者の発表を真剣に聴くことで、聞き手の立場から見た印象に残るスピーチとはどういうも
のであるかが体験的に分かってくるようになる。また、お互いのスピーチを評価し合う相互評価
8
を取り入れることで、クラス全体の一体感が高まり、皆で一緒に上達していこうという空気の醸
成にも寄与する。
授業に遅刻すると、授業の進行やクラスメートの発表の妨げになるだけでなく、他の人のスピ
ーチを聴いて評価シートを書くことができなくなるため、遅刻は厳禁である。
スピーチ発表 5 回のテーマと各回の狙いは以下の通りである。
①「自己紹介」
(スピーチの基本構成を知り、人前で話すことに慣れる)
②「とっておきの情報を伝える」
(情報を具体的・客観的・正確に伝え、感情表現も豊かに盛り
込む)
③「忘れられない思い出・体験」
(テーマを明確にし、非言語表現にも注意しながら、情景・心
理描写を効果的に行う)
④「新聞記事についての自分の意見」
(自分の意見を論理的に述べる)
⑤「就職の面接会場で」
(将来ビジョンを考え、進路に即した自己アピールを行う)
尚、使用機材のビデオカメラについてだが、昨今は IT 技術の進歩により、携帯情報端末や通信
機器にも録画機能が付いたものが大半である。大学によっては、携帯端末を学生に支給している
ところもある。そこで、教員が準備したビデオカメラを利用する代わりに、学生が所有する携帯
端末に、本人のスピーチ映像を収録する方法もある。ビデオカメラを使う場合、撮影者は教員で
あり、録画映像を教室で再生することになる。対して、学生所有の携帯端末を利用する場合、そ
の映像を本人が持ち帰れるため、自宅でゆっくり発表映像を振り返ることが出来る。また、日常
使っている携帯端末の扱いは、教員よりも学生のほうが詳しい場合が多いため、スピーチ発表が
終わった学生が、次の発表者の携帯端末でその人のスピーチを撮影するなど、学生の手を借りて
撮影役を回していく方法も考えられる。その場合、3 分間のスピーチを全部収録できるなら、発
表者は自分の発表映像を最初から最後まで自宅で点検できるため、より緻密な自己分析ができる
であろう。もっとも、携帯端末を授業の中で使用することの是非もあろうから、この点は、それ
ぞれの教育現場での方針や事情に依ることは言うまでもない。
(3) 授業予定
以下は、授業が週 1 コマの場合の 15 週間の授業スケジュールの一例である。
第 1 週 オリエンテーション(授業の進め方についての説明)
第 2 週 1 回目のスピーチ発表「ユニークな自己紹介」(全員)
第 3 週 2 回目のスピーチ発表「とっておきの情報を紹介する」(A 組)
第 4 週 2 回目のスピーチ発表「とっておきの情報を紹介する」(B 組)
第 5 週 3 回目のスピーチ発表「忘れられない思い出・体験」
(A 組)
第 6 週 3 回目のスピーチ発表「忘れられない思い出・体験」
(B 組)
第 7 週 講義及びエクササイズ(論理的に意見を述べるとは)
第 8 週 4 回目のスピーチ発表「新聞記事についての自分の意見」
(B 組)
9
第 9 週 4 回目のスピーチ発表「新聞記事についての自分の意見」
(A 組)
第 10 週 講義(将来のビジョン作り、面接の受け方)
第 11 週 5 回目のスピーチ発表「就職面接の会場で」(B 組)
第 12 週 5 回目のスピーチ発表「就職面接の会場で」(B 組、A 組)
第 13 週 5 回目のスピーチ発表「就職面接の会場で」(A 組)
第 14 週 スピーチ応用編(即興のスピーチ)
第 15 週 振り返りとまとめ
(4) 初回授業で留意すること
初回の授業では、学生のスピーチに対する抵抗感をなくすよう、クラスの雰囲気づくりを心掛
ける。スピーチと聞いただけで拒絶反応を示す学生もおり、特に春学期は初対面の人ばかりで、
クラスにも緊張感が漂っている。そこで、学生をリラックスさせ、スピーチに対する嫌悪感を取
り除くためにも、なぜこの授業が必要なのか、自己表現力を磨いていくことが社会の中でどのよ
うに役立つのかなど、授業目的とスピーチ実習の意義をしっかり理解させると共に、学生たちが
嫌々受ける授業ではなく、積極的に取り組もうと思えるような動機付けを図っていく必要がある。
また、スピーチは自己開示を伴うが、このクラスの中では、安心してありのままの自分を曝け
出してもいいと思えるような雰囲気作りが非常に重要となってくる。同時に、2 週目からは早速
スピーチ実習に入っていくため、授業の進め方や約束事など細かいルールを学生に理解させるこ
とも大切である。
このように、初回授業でやらなければならないことは多いのだが、授業の進め方の説明だけに
終始してしまえば、それでなくとも苦手意識が強いスピーチの授業がますますつまらないものに
なりかねない。そこで、多くの教員が、初回授業では、自己紹介ゲームや仲間作りのアクティビ
ティなど、学生に楽しく参加してもらえるような工夫や仕掛けを随所に凝らしている。
学生は、スピーチといえば、政治家の演説や校長先生の朝礼での挨拶のように堅苦しいもので
あり、畏まって話さなければならないと捉えていることが多い。従って、授業では、うまく話そ
うとするのではなく、聞き手に分かり易く伝えられる基本的な話の組み立てを知り、それぞれの
個性が伸び伸び発揮されるようなスピーチが出来ればいいのであり、何よりも自己表現の楽しさ
を知ってほしいことを伝える。
筆者の授業経験から述べれば、実に 8 割の学生がスピーチに対して苦手意識を抱いている。そ
こで、自己表現とは本来、自分を他者に知ってもらう喜びを味わえる行為であり、人前で話すこ
とが苦手なのは、これまでの学校教育で話し方を教わってきていないからであって、各自の能力
の問題ではないことを強調する。多くの学生が、スピーチ力は生まれつきのものであり、自分に
はそんな力はないと思い込んでいるため、訓練次第でいくらでも伸ばしていけるものであること
を説明する。長い人生を一生人前が苦手という状態で終わらせることのないよう、訓練の機会を
得ることで、苦手意識から自分を解放していくことがこの授業の一義的な目的であることを伝え
る。
筆者の研究によれば、
「口語表現Ⅰ」のスピーチ訓練を終えた学生を対象に、この授業が人前で
話すことに対しての苦手意識の克服に役立ったかどうかについて意識調査したところ、
「大いにそ
10
う思う」
「ややそう思う」を合わせて、94.2%の学生が役立ったと回答している(有効回答数 139
名)1。また、授業を通して、スピーチに対する自信がどう変化したかについて調べたところ、授
業最終回では自信の度合いが大きく上昇したという結果がみられている 2。こういったデータを初
回授業で紹介することも、学習意欲を高めるうえで効果的である。
(5) スピーチ時間
スピーチ時間は 3 分間を基本とするが、1 回目のスピーチではその半分の 1 分半程度のスピー
チ時間にして、肩慣らしをさせている。いきなり 3 分のスピーチでは、学生にとって荷が重いか
らである。
授業内でのスピーチでは、メモを持たずに発表することを原則としている。メモを持ってしま
うとどうしても手元のメモに頼りがちで、目線が落ちたり、原稿を読み上げるような一本調子の
話し方になってしまったりするからである。それでは気持ちが届くスピーチにならない。基礎ク
ラスの段階では、スピーチの正確さや完成度を追求するのではなく、自己表現の楽しさを味わい
ながら伸び伸びと自分らしいスピーチが出来るようになることが狙いであるため、メモを持たず、
気持ちを大切にしたスピーチをするよう指示している。
これまで、スピーチといえば原稿を読み上げることと思っていた学生にとっては、最初からメ
モなしスピーチで 3 分というのはハードルが高く感じられるものである。恐怖心を和らげる意味
でも、まず 1 分半に挑戦させ、段階を追って 3 分間スピーチに慣れさせていく。
また、15 週の授業スケジュールの都合上、1 回目のスピーチ発表は、A 組・B 組の 2 組に分け
て 2 週掛けて実施するのではなく、1 コマの授業で終わらせたほうが、あとの重要課題のスピー
チ発表にじっくり時間を掛けることが出来るという運営上の都合もある。
5 回目のスピーチ発表は面接スピーチだが、この授業の集大成ともいえる発表のため、発表時
間を長く取るケースが多い。詳細は後述する。
(6) 面接発表の方法
5 回目の発表は、
「就職面接の会場で」というテーマである。学生にとって最も難しい課題であ
るため、前週に 1 コマを丸々使ってやり方を説明する。現在の就職戦線の概況や、面接の受け方
などを説明し、模擬面接の DVD を見せながら、面接試験のイメージを持ってもらう。
やり方としては、皆の前で自己 PR をスピーチ形式で話す方法と、数人の学生に面接官役をや
ってもらい面接官とのやり取りで進めていく模擬面接の 2 通りの方法がある。後者の場合は、椅
子に座っての質疑応答となり、面接官役はクラスメートが順番に担当していく。
以下、模擬面接の進め方について説明する。発表者(面接受験者)は予め志望企業と希望職種
を考えておく。その上で、1)志望動機、2)学生生活、3)自己 PR の、面接でよく聞かれる三大
テーマについて、話す内容を準備しておく。模擬面接は大学 4 年次を想定して行われるため、4
年生の春はこういう自分になっているであろう、その理想の状態になり切って質問に答えていい
ものとする。こうすることで、未来の自分の理想像を仮体験する楽しさも出てくる。面接官は 3
名立てておき、三大テーマについて順次質問していく。それが終わると自由質問に入り、質疑応
11
答を既定の時間まで続ける。25 名のクラスの場合、ひとりあたり 6 分程度の面接時間とすれば、
1 コマで 8 名前後が発表することになり、3 週間で全員終了する。
面接官役は、クラス内の全員が当たるようにするが、これまでは面接を受ける立場しか経験し
ていないため、逆の立場に立って企業の視点から受験者を見る経験は、学生にとって大いに刺激
になるようである。入室時の態度や、名乗りの第一声、質疑応答時のアイコンタクトなど、受験
者の発表態度によって、相手に抱く印象が大きく左右されることに驚き、人事の人のものの見方
がよく分かったという声が多く挙がってくる。
ところで、1 年次からなぜ面接スピーチがあるのかと疑問の声もあるかもしれないが、早い段
階で職業観を養ったり、将来ビジョンを見据えたりしながら、そこに行きつくには学生時代やっ
ておかなければならないことは何か、自己表現の面からは何が必要とされるかなど、自分の進路
と自己表現のあり方について考えるというのが狙いである。たとえば、将来接客業に就きたいの
であれば、それに相応しい表情や話し方とはどういうものかを考える機会となる。決して、就職
活動のマニュアル本にあるような、面接に受かるテクニックを習得することが目的ではない。ま
た、模擬面接のスピーチでは、志望動機のほか、学生時代に力を入れたことや自己 PR などを話
さなければならないが、そのためには、準備段階で深いレベルの自己分析が欠かせない。こうし
た発表準備を通して、自己洞察や自己理解が進み、学生の精神面での成長も期待できる。
面接発表を経験することで、それまで漠然と大学に進学し、これといった将来像もなく授業を
受動的に受けていた学生たちが、社会に巣立つとはどういうことなのか、卒業したらどんな人生
を歩んでいきたいのかなど、自分の生き方を見つめるようになる。今の延長で毎日をだらだら過
ごしてはいけないと思ったなど、自分への戒めを抱く学生も多い。
5 回のスピーチ発表の中で、学生にとって最も大変な課題であると同時に、最も為になったと
いう声が圧倒的に多いのもこのテーマである。
(7) 指導上の注意点
「口語表現Ⅰ」の授業では、教員はファシリテーターとして、授業の進行や学生の発表を手助
けするに過ぎない。教員が良いスピーチのあり方を知識として伝授するのではなく、学生自らが
自分の発表を点検し、長所を発掘し、改善すべき点を自分自身で探っていく自己発見型の授業で
ある。
こうした自己発見型スタイルが成立するのは、自分がスピーチしている時のビデオ映像と、音
声の録音データという、自身を客観的に振り返ることが出来る材料があるからである。視覚、聴
覚両面から自分の発表を分析することで、学生は、自らの話し方の癖にきづく。その癖の背景に
あるものを掘り下げていくことは、スピーチに留まらず、自分という人間の自己分析に他ならず、
これまで知らなかった自分と対面していくことにも繋がる。
教員は、ここをこうすべきと事細かに教えるのではなく、学生自らのきづきを促すよう、サポ
ート役に徹する。学生が自身のきづきによって成長軌道に入っていくことが出来れば、自己成長
を自分の力で掴み取ったという喜びに繋がり、それは、学生に大きな自信を与える。この授業を
通して、数週間で別人のように表情が明るくなっていく幾多の学生を見てきた。人前で話すこと
が苦でなくなった学生は対人コミュニケーションにも自信を持つようになり、そのことは引いて
12
は、さまざまなものへの積極性やチャレンジ精神へと発展していき、性格をも変えるほどの原動
力となる可能性を秘めている。実際、
「口語表現の授業を受けてから、大学生活が楽しくなった」
と口にする学生は多い。
授業では、クラスメートが評価シートを記入するが、この相互評価形式が為になったという声
もよく聞かれる。学生は、教員に評価される以上に、クラスメートから認められたいという思い
を強く抱いている。スピーチを終えて、意気揚々と席に引き上げてくる学生はまずいない。うま
くいかなかったところばかりを拾い集めて落ち込んでしまう学生がほとんどである。そんな時で
も、クラスメートが評価シートに何かしら良かった点を書いてくれているのを見ると、学生は勇
気づけられたり、自分が知らなかった長所を友達が見つけてくれることで、大いに励まされたり
するのである。
このように、お互いがお互いを認め合い、良かった点を褒め、更なる成長を願ってアドバイス
を伝えるというチームプレイが、仲間同士の信頼関係やクラスの一体感、成長を支えあう空気を
作り出す。学生の成長は、教員のアドバイスではなく、こういったクラスダイナミズムから生み
出されることが多い。従って教員は、お互いを高め合うことが出来るような活気あるクラスの雰
囲気作りの形成に力を注いでいく必要がある。
2.上級クラス(
『伝わるスピーチ』第 2 章)
(1) 「口語表現Ⅱ」の授業目的
「口語表現Ⅰ」を履修済みの学生を対象に、更にスピーチの応用力を磨いていくために設けら
れた上級科目が「口語表現Ⅱ」である。
授業目的としては、
「口語表現Ⅰ」で培った基礎的なスピーチ能力をもとに、国際社会で通用す
る論理的な話し方、効果的な情報提供の仕方、説得力のある伝え方、ユーモアを交えた話の進め
方などを学び、総合的な自己表現能力の向上を目指す。
基本的な授業の進め方は「口語表現Ⅰ」と同じであるが、スピーチ時間は 5 分から 7 分と長くな
る。また、写真やグラフ、手書きのイラストなど、ビジュアルエイド(視覚補助材)を使用しな
がら、視覚効果を狙って発表していく点や、毎回構成シートを作成する点が異なる。少人数制を
採用しており、1 クラスの定員が 15 名のため、教員やクラスメートと密な意見交換が出来るのも
特長のひとつである。
「口語表現Ⅰ」が人前で話すことへの苦手意識の克服を目指しているのに対して、「口語表現Ⅱ」
では、自分の言いたいことが言えるだけではなく、聞き手に正確に分かり易く伝えるためにはど
うすればいいか、より聞き手を意識したスピーチへと、考えるべき範囲が拡大していく。聞き手
に効果的に分かりやすく伝えるための技術を、トピックの選定や、構成の立て方、聞き手を引き
付ける話の入り方、発表態度など、様々な角度から身に付けていき、社会で通用するスピーチや
プレゼンテーションの実践力を養っていく。
到達目標は以下の通りである。

スピーチの目的に沿った構成が立てられる。

内容を正確に分かりやすく聞き手に届けることができる。

論理的で説得力のあるスピーチができる。
13

レポートでの自己分析を通して、自分の話し方の癖を知り、自ら改善できる。

他者の発表を分析的に聴き、適切なフィードバックができる。
(2) 指導内容と主な留意点
一般的に、スピーチは、1)情報提供のスピーチ、2)説得のスピーチ、3)聴き手を楽しませる
スピーチ(ユーモアのあるスピーチ)、以上 3 種類に大きく分類できるが、授業では、これらのす
べてに取り組むことになる。また、これに即興のスピーチを加えれば、あらゆるタイプのスピー
チの基本をマスターすることが出来ると言える。
人数の多い「口語表現Ⅰ」に比べて、上級クラスである「口語表現Ⅱ」は、ひとりひとりの状
態に合わせた丁寧な個別フィードバックが特長である。個人の主体性を重んじ、自らのきづきに
よって自己成長を促した「口語表現Ⅰ」に比べて、
「口語表現Ⅱ」では、積極的に教員が学生のス
ピーチ指導に関わっていく。上級クラスでは、本人のきづきだけに委ねていては、成長に限界が
あるからである。
「口語表現Ⅰ」で自己表現の楽しさを体感したあと、上級クラスでは、社会で通
用するスピーチやプレゼンテーション能力を確実に身に付けてもらうため、教員にも専門的な知
識や経験、指導力が求められる。
各学生が抱える問題は多種多様だ。ある学生は、内容構成は充実しているが、非言語表現が極
端に弱々しかったり、また別の学生はその逆で、表情やアイコンタクト、姿勢など見た目は好印
象なのに話の中身が支離滅裂だったりする。また、特に目立った癖はないが、綺麗にまとめよう
として印象に残らないスピーチをする学生がいたり、スピーチの授業を自ら履修しながらも自分
は絶対にうまくならないと頑なに決め込んでいる学生など、さまざまである。こうしたあらゆる
悩みや問題点に教員も一緒に向き合い、適切なアドバイスを出していくだけの力量が求められる。
技術指導と意識作りについての指導、その双方が必要である。桜美林大学の「口語表現Ⅰ」の教
員数は 21 名だが、
「口語表現Ⅱ」になると 4 名に絞られてくる。担当教員のバックグラウンドは、
2 名がアナウンサー出身であり、残り 2 名はコミュニケーションの専門家である。
「口語表現Ⅱ」は、
「口語表現Ⅰ」に比べて発表時間が長く、ビジュアルエイドや構成シートを作
る必要があるため、事前準備およびレポート作成に要する時間は「口語表現Ⅰ」の比ではない。
学期中の履修科目で最も労力を要したという感想がよく聞かれる。一方でそれだけ熱心に取り組
む分、成長度合いも著しい。少人数制で、教員もひとりひとりが抱える問題点にじっくり向き合
えるため、緻密なアドバイスが出来る。発表準備は大変だったが、学期中、最も為になり且つ楽
しい授業だったという声も多い。概して、学生の満足度は高く、中でも、就職活動の際、授業で
学んだことがそのまま役に立ったり、内定に繋がったりしたというケースも少なくない。
「口語表現Ⅰ」で基本的な話し方と自己表現の楽しさを知り、「口語表現Ⅱ」でより実践的にスピ
ーチの技術と心構えを身に付けていくことで、段階を追って高度な自己表現能力を養っていくこ
とが出来る。自己表現能力を本格的に伸ばしていくのは、「口語表現Ⅱ」こそがそのステージとし
て相応しいとも言える。スピーチの総合力を高めるためにも、より多くの学生に履修して欲しい
授業であるが、その為には、「口語表現Ⅰ」の授業の中で「口語表現Ⅱ」を積極的に紹介するなど、
学生が自らのモチベーションで上級クラスをスムーズに受講できるような連携を図っていくこと
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が求められると同時に、上級クラスを適切に指導できる教員育成も考えていかなければならない
であろう。
1
藤木が 2009 年春学期から 2010 年秋学期に担当した 7 クラスの学生を対象に調査。
「この授業は苦手意識の克服に役立ちまし
たか」の問いに対しての回答は以下の通り。
「大いにそう思う」37.7%、
「ややそう思う」56.5%、
「どちらともいえない」4.3%、
「あまりそう思わない」1.4%、「まったくそう思わない」0.0%。この結果は「しごと能力研究学会第 4 回全国大会」
(2011 年
10 月 15 日~16 日、桜美林大学で開催)で『大学教育における自己表現能力の養成』と題して発表された。
2
藤木(2009)は、スピーチに対する自信レベルを 5 段階に分け(5:非常に自信がある、4:少し自信がある、3:どちらと
も言えない、2:あまり自信がない、1:全く自信がない)、アンケートを実施した結果、自信レベルの平均値は、初回授業での
1.9 から最終授業では 3.4 へと 1.5 段階上昇したとしている(有効回答数 278 名)
。
また、後続研究として、これ以降のクラスを対象とした藤木の調査では、アンケートの分析をより精緻なものとした結果、ス
ピーチに対する自信レベルの平均値は、初回授業では 2.3 だったのが、最終授業では 3.3 となり、t 検定の結果、この差は 1%水
準で有意であった(有効回答数 158 名)。この結果は、
「大学教育学会第 35 回大会」
(2013 年 6 月 1 日~2 日、東北大学で開催)
で『初年次教育におけるスピーチの実践授業を通して-その意義と成果』と題して発表された。
参考文献
荒木晶子・藤木美奈子(2011)
『自分を活かすコミュニケーション力-感性のコミュニケーション
と説得のコミュニケーション』 実教出版
藤木美奈子 (2007)「スピーチに対する自信の変化―口語表現法の授業を通して」
『Obirin Today』
第 7 号 pp.49-68
藤木美奈子 (2009)「日本語口語表現教育の現状-『口語表現法』の授業から」『第 25 回関東地区
大学教育研究会(大学教育学会関東支部)いまだからこそリベラルアーツ-学士教育課程の
構築に向けて- 総会・研究会報告集』 pp.47-57
藤木美奈子・前川志津・勝又恵理子(2010)
「スピーチに対する自信は何によってもたらされるか
-授業内容との関係から-」
『OBIRIN TODAY』第 10 号, pp.49-64
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