...

『百人一首』 の英独語版を通して見る和歌の翻訳 [論文内容及び審査の

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

『百人一首』 の英独語版を通して見る和歌の翻訳 [論文内容及び審査の
Title
Author(s)
『百人一首』の英独語版を通して見る和歌の翻訳 [論文
内容及び審査の要旨]
MAYER, Ingrid Helga
Citation
Issue Date
2016-03-24
DOI
Doc URL
http://hdl.handle.net/2115/61577
Right
Type
theses (doctoral - abstract and summary of review)
Additional
Information
There are other files related to this item in HUSCAP. Check the
above URL.
File
Information
Mayer_Ingrid_abstract.pdf (論文内容の要旨)
Instructions for use
Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP
学位論文内容の要旨
博士の専攻分野の名称
博士(文学)
氏名
マイエル
イングリッド
学位論文題名
『百人一首』の英独語版を通して見る和歌の翻訳
本論文は、翻訳学の先行研究をもとに、和歌翻訳を論じるのに必要となる観点と方法
を検討した上で、『百人一首』の英独語版の書誌、詩形、修辞法を検討したものである。
第 1 章は、翻訳学の観点から『百人一首』英独語版を論じるのに必要となる方法と資料を
検討した。第 2 章は、英独語版の書誌を整理し、多言語の翻訳和歌コーパスの収録資料の内
容を検討した。第 3 章は詩形について、第 4 章は和歌修辞法の飜訳方法について検討した。
第 5 章は、論文全体を要約し、今後の展望を述べた。以下、各章の内容を詳しく述べる。
第 1 章は、翻訳学の観点から『百人一首』英独語版を論じるのに必要となる資料と方法を
検討した。和歌の飜訳を論じるのに必要な方法として、起点言語(ソース言語、Source Language,
SL)、目標言語(ターゲット言語、Target Language, TL)、
「レアリア」
(SL では存在している
概念で、TL では相当語句がないもの、特に「言い換え」や「省略」)、飜訳ストック、「ノ
ルム」(飜訳に対する期待)、詩形、修辞法など用語を検討した。日本古典文学は飜訳ストッ
クが極めて少なく、これまで十分な研究がなされていないことを述べた。
第 2 章は、
『百人一首』英独語版の書誌情報をまとめ、
『百人一首』の 150 年にわたる飜
訳史を明らかにした。1865 年に刊行された『百人一首』のいわゆる Dickins a 訳は、英独
語圏において初めて紹介された日本文学作品でもある。
『百人一首』は、その後、今日に
至るまで次々と新訳があらわれ、日本文学の中でもっとも多く英独語訳された書。英訳
21 種、独訳 5 種の出版事情を見わたして、
日本古典和歌の英独訳の実態を浮き彫りにし、
翻訳和歌コーパスの必要性と作成の方法を述べた。
まず、英語訳の半数以上は日本国内で刊行され、また半分近くが日本語母語話者の手
によって翻訳された。この事実は、日本文化を積極的に他者に紹介しアピールしようと
する努力を物語る。微妙なニュアンスに富んだ文学作品は、母語の方へしか翻訳できな
いとされるが、自らの文学を外国語へ訳すという試みは日本では当初から目立っていた。
また、日本国外の出版地に関して、英訳は戦前イギリス、戦後はアメリカを、独訳は旧
西ドイツを拠点にした。英語が国際言語になるにつれ、有名な翻訳は再版を重ね、世界
中で読まれるようになった。それらをもとに多くの重訳がなされた。ただし、東欧に関
しては、90 年代までは英語ではなく、独語・ロシア語・フランス語が重訳のもとになっ
た。現在は英語からの重訳が大半を占める。
『百人一首』は一般の読者によって広く読まれるようになったのは 1909 年の Porter 訳
で、
現在も再版されている。
また MacCauley 訳の 1917 年の再版は比較的知られているが、
それ以外の訳は一部の読者の手にしか届いていない。
1950 年代になって Keene や Rexroth
による翻訳和歌がアメリカで出版され、日本への関心に応えた。しかし、一般的に入手
しやすい『百人一首』完訳は相変わらず Porter 訳と MacCauley 訳に限られる。また、Keene
訳はアカデミックな視点からも高く評価されたが、完訳ではない。1990 年代に入って、
学問的に質の高く、文学鑑賞にも堪える Carter や Mostow 訳があらわれた。それ以降、
話題になった『百人一首』訳として McMillan 訳(2008)を唯一あげるのみである。
一方、独語 5 訳のうち二つは日本語学習者向けの教科書で、文学鑑賞を目的としない。
他に単行本になっていない 1898 年版の Ehmann 訳と、現在絶版になっている Nambara 訳
および Berndt 訳のみである。独語話者にとっても英語版の方が入手しやすい状況であっ
た。
翻訳和歌コーパスは、調査対象に選抜した 26 種の『百人一首』英独訳をベースにして
構築した。コーパスは、現在、
『伊勢物語』の翻訳和歌や、アンソロジーなどに掲載され
た単独の翻訳和歌も収録され、掲載項目数は 3500 首以上に及ぶ。同じ和歌の複数の翻訳
を対照することによって、様々な翻訳問題に対して行われた翻訳方法を考察できるよう
にした。このコーパスを利用して、翻訳和歌の詩形と修辞法を論じることとした。構築
した翻訳和歌コーパスは膨大な資料であるため、今回検討したのは可能な課題のごく一
部に過ぎないが、翻訳和歌コーパスを利用した分析方法の提示としては十分批判に耐え
うるものとなったと考える。
第 3 章は、詩歌翻訳についての先行研究を参考にして、翻訳和歌の詩形を「目標言語
の詩形」
、
「模倣的詩形」
、
「有機的詩形」、
「散文訳」に分類し、研究対象の 26 訳を分類し
た。分類は、区別しにくいものもあるが、目標言語の詩形(押韻・韻律)では、脚韻の
使用は 5 種のみであり、韻律では弱強律(iambic)が多い。模倣的詩形は、57577、また
はそれに近い音節数にあわせたもので、10 種がこれを採用している。有機的詩形は、既
成の詩形を採用せず自由詩で訳すものであるが、4 種と僅少である。散文訳は 4 種と少
ない。すなわち、和歌翻訳の中では模倣的詩形がもっとも多く採用されることが明らか
になった。
『百人一首』翻訳史の中で、早い段階から試みられ、現在でも人気のある詩形
である。また、独語では、音節数を正確に 31 音節にあわせることが少ないが、やはりあ
る程度行の長さを調整することで、独語でも模倣的詩形が多い。
第 4 章は、和歌の修辞法の中で、掛詞、枕詞、序詞に焦点をあて、レアリアおよび pun
翻訳の先行研究を手がかりにして翻訳方法の分類を試みた。
まず掛詞をかねた歌枕(3 番歌「世をうぢ山」に「世を憂し」
「宇治山」が連鎖型の掛
詞の例など)の翻訳方法を、(1)転写、(2)翻訳借用、(1)+(2)の併用、(3)省略、(4)SL pun
→TL pun に区分し、用例を検討した。全体的に(1)(2)およびその併用が圧倒的に多い。次
に、レアリアが兼用型掛詞になっている例(25 番歌「さねかづら」に植物名と「さ寝」
)
を取り上げ、(2)翻訳借用、つまり植物名を TL で創作する方法(come-sleep vine など)を
浮き彫りにした。さらに連鎖型掛詞の例(「みをつくし」に「澪標」
「身を尽くし」
)を検
討し、掛詞の二重の意味が翻訳では比喩をもって関係性を持たされることが多いことを
指摘した。また、訳語の統一性は低いことを確認した。
枕詞は、
「あしびきの」
「しろたへの」
「ちはやぶる」
「久方の」の四つを検討し、
「しろ
たへの」
「ちはやぶる」は省略が少なく(両者とも 25%程度)、
「ひさかたの」
「あしびき
の」は省略が多い(56%、62%)ことを示した。省略の原因として、語意が曖昧なもの
もあることや、枕詞がかかる語との関係をあげた。また、枕詞は『百人一首』で使用頻
度が低く、訳語が定着していないことを確認した。
序詞は、Ⅰ意味の共通性によるもの(多くは比喩)、Ⅱ掛詞によるもの、Ⅲ同音または
似た音によるものの 3 種に区分して分析した。Ⅰは省略率がもっとも低く、 と は、多
様な翻訳方法が観察された。序詞の省略、関係性の省略、SL pun→TL pun は僅少であっ
たが、接続の補償には多くの用例があった。接続の補償は主として接続詞を補うもので、
時間や空間、逆説や対比、比喩や逆接、構文の工夫によるつながりを観察した。
第 5 章は、論文全体を要約し、今後の展望を述べた。翻訳和歌を比較対照した上で様々
な翻訳方法を検討することによって、和歌翻訳史の一面を明らかにし、日本古典和歌の
翻訳ストックを整理したことって、翻訳ストックは当初予想したより大きいと分かった
点は重要な研究成果である。また、詩形や修辞法の翻訳方法を分類したことによって、
翻訳の際に採用できる方法の選択肢を明確にした点も大きな成果である。今後は、コー
パスを活かして、より多面的に和歌の翻訳方法を考察したい。和歌翻訳は状況に合わせ
て変化するだろうが、その在り様に今後も注視し考察を進めたい。
Fly UP