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Untitled - Metamaterials Laboratory, RIKEN
524 〒104―0061 東京都中央区銀座7―12―4(友野本社ビル) 電話(03)3546―1337 FAX(03)3546―6306 URL: http://www.meihosha.co.jp E-mail: [email protected] *1 M. Faradayが合成し た金コロイド溶液は、今で もファラデー博物館(ロンド ン)に展示されている。 による。SPR は通常は起こりにくいが、金 自由電子の集団運動 “プラズモン” 属に照射する光の波長をプリズムなどの誘 日本伝統の切子や、ヨーロッパの教会で 電体を使って調節したり、金属表面をナノ 見られるステンドグラスの色彩の豊かさに 加工したりすることで人工的に起こすこと 。こうした色のいくつ は、驚かされる (図 1) ができる(図 2)。 かは、金属がつくり出している。金属は通 常キラキラと輝いて見えるが、ガラスの中 でコロイド状に分散すると、特定の波長の 研究の長い歴史 身近に利用されながら、正体のわからな 光を吸収して呈色する。 金はワインレッド、 かった SPR は、いったい誰がどのように 銀は黄色、銅は暗い赤色だ。このとき金属 して発見したのだろうか。 「今から約 150 表面では何が起こっているのだろうか。 年前に、ファラデー定数でも知られる M. 金属表面は、自由電子の海にたとえられ Faraday が金コロイドの分散溶液が赤紫色 る。静かな海面に石を投げ入れると、波が を呈することを論文に記載しました*1」と 立つ。 自由電子の海に投じられる石は光だ。 北海道大学電子科学研究所の三澤弘明教 光は、電場と磁場の相互作用で伝わる電磁 授。1908 年 に は、G. Mie が、 光 の 波 長 波である。光が当たると、金属の自由電子 ほどのサイズの金属微粒子に光を照射し は、光の電場の振動の影響を受けて集団運 た際の光の散乱について理論的に明らか 動を起こす。これがプラズマ振動という現 に し た。1968 年 に な っ て、A. Otto と E. 象で、特に、粒子として扱う場合をプラズ Kretschmann がそれぞれ金属表面上で人工 モンと呼ぶ。 的に SPR を起こすことに成功。2 人が考 光と金属表面に起こるプラズモンが共鳴 案した装置は、どちらも光の波長を調節す を起こして、特定の波長の光が強く吸収さ るプリズムと、金属から構成されている。 れることがある。これが、表面プラズモン 1990 年代に入ってからは、SPR を利用し 共鳴(SPR、Surface Plasmon Resonance)で、 たバイオセンサーなどの分析装置が開発さ 切子やステンドグラスの色も実はこの現象 れ、プラズモンが積極的に利用されるよう OVERVIEW 図1:日本伝統の切子と金のコロイド溶液。上:切子の徳利とぐ い呑み(写真提供:東京カットグラス工業協同組合) 下:同じ金 のコロイド溶液でも、ロッドの長さが変わると異なる色を呈する。 (F.Kim, J.H.Song,P.Yang, J. Am. Chem. Soc., 2002, 124 (48) , 14316よりACSの許可を得て転載) CHEMISTRY & CHEMICAL INDUSTRY │ Vol.62-4 April 2009 457 図2:表面プラズモン共鳴が起こる条件。1. オット配置。 光をプリズムなどの誘電体に通して、波長を調節する。 プリズムには入射角を調整する役割もある。 2、 3. 金 属ナノ構造体をつくると、入射光と自由電子の相互作 用が起こり、光が金属にまとわりつくような現象が見 られる。これによりSPRが起こる。λ0:入射光の波長。 n1:プリズムの屈折率。d:微細構造のサイズ。θ:入 射角。 「ナノオプティクス・ナノフォトニクスのすべ て」 ( (株) フロンティア出版) を参考に作成 *2 現在、GEヘルスケアバ イオサイエンス になった。特に、図 3 のようなクレッチマ 一般に、DNA やタンパク質などの生体 ン配置は、現在も SPR センサーの光学配 分子や薬候補化合物の検出には、蛍光色素 置として広く用いられている。こうして始 を使った標識法が使われている。しかし、 まった SPR の応用は、急激なナノ加工技 標識物質が立体的な障害になり、検出精度 術の進展にともない、その範囲を著しく広 を下げてしまうことがある。SPR センサー げている(表 1) 。 の場合は、SPR が起こる金属薄膜上に、リ ガンド(目的とする生体分子などと結合す 実用化されているSPR センサー る物質)を固定化しておく(図 3)。リガ SPR は光と金属表面の自由電子との共 ンドに目的の分子が結合すると SPR の共 鳴現象であるから、金属表面の状態が変わ 鳴角度が変わる。この変化を反射光の中の れば、共鳴波長も変わる。この変化は、ご 暗線として検出するため、立体障害を起こ く微量の分子の有無を検出できるほど敏感 す標識物質は必要ない。さらに、「SPR セ だ。これを、検出センサーに利用しようと ンサーが優れているのは、分子の着脱がリ いう動きが、1970 年代に始まった。1990 アルタイムにわかる点です」と富士フイル *2 が ム・先端コア技術研究所の納谷昌之主席研 世界で始めて、クレッチマン配置を応用し 究員は話す。例えば、同社が 2007 年に発 た Biacore(ビアコア)を実用化した。現 売した非標識創薬スクリーニングシステ 在は、他にも数社が参入し、それぞれ特徴 ム「AP-3000」は、特に薬の候補物質を探 をもたせた製品を販売している。SPR をセ すことを目的としたシステムだ。薬効の強 ンサーに使うメリットはどこにあるのだろ さや持続時間には、薬が結合する速度や量 うか。 はもちろんだが、解離の速度も大きくかか 年には、ファルマシア・バイオテク わってくる。着脱がリアルタイムでモニ 表1:プラズモニックデバイスの例 ターできる意義は大きい。 SPR センサーは、今も基本的にはクレッ チマン配置を利用しているが、検出速度や 感度を上げるために周辺技術開発が続けら れている。例えば、光が全反射するように 入射角を調整するために使われるプリズム は高価で、使い捨てにできないため、試料 の交換のたびに洗浄していた。AP-3000 で は、プラスチック製プリズムとリガンドを 固定化する金属薄膜を一体化したディス 「プラズモンナノ材料の設計と応用技術」 ( (株) シーエムシー出版)を参考に作成 ※1 光ファイバーで試料表面に光を当て、その発光、散乱、吸収などを観察する。 ※2 LEDの輝度を高めたり、弱い光からレーザー光を発生させる研究が進んでいる。 ※3 透過する光の振幅や位相を変化させる機能をもつ素子。 ※4 100 nm以下の大きさの物体を光で識別可能なレンズ。光記録システムへの応用が期待される。 458 化学と工業 │ Vol.62- 4 April 2009 ポーザブルタイプのセンサーチップが使わ れている。レンズ付フィルムのために開 発したプラスチックレンズをさらに改良し て、ガラス並みの性能のプリズムをつくっ 計の自由度が大きくなる。さらに、金属ナ たことで実現した。他にも、リガンドの固 ノ構造の形状、サイズなどを調整すること 定化法や画像解析装置の改良によってシグ で SPR の共鳴波長を制御すれば、太陽光 ナルの検出感度があがり、これまで測定困 に含まれる光のほとんどを捕捉できる。東 難だった結合力の弱い低分子化合物の検出 京大学生産技術研究所の立間徹教授は、こ も可能になった。こうして、AP-3000 は 1 うした SPR の様々な光学特性を利用して、 日に薬の候補となる物質 4000 検体を調べ 光から電気エネルギーや力学エネルギーを ることができる。Biacore シリーズの場合 得たり、光エネルギーで物質の形状や色を も、タンパク質、核酸、ウイルスなど検出 変えたりする研究を行っている。 したい対象ごとに最適なバイオチップを提 一方、三澤教授は、化学反応の駆動力と 案するなど改良が続けられており、多くの して光エネルギーを利用しようと、さまざ 研究施設で使われている。 まな基礎研究を行っている。 「光が駆動力 *3 電解液に酸化チタンと 白金をつなげて浸し、紫外 線を照射すると水の分解が 起こる現象。この強い酸化 作用を利用すると、殺菌や 有害物質の分解が可能。 として使われる化学反応としては、酸化チ 光エネルギーを捕えて離さない タンの本多−藤嶋効果* 3 を利用した光触 SPR の応用はセンサーに限らなくなって 媒反応がよく知られています。しかし、有 きている。 「プラズモンが脚光を浴びるよ 機光反応に関しては、残念ながら工業的に うになった大きな理由は、光のエネルギー 応用された例はほとんどありません」と嘆 を捕捉し、 そのエネルギーを“光電場増強” く。かつて、シクロヘキサノンオキシムが という性質を使って、金属表面の特定のナ 光で合成され、その転移反応で得られるカ ノ空間に局在化させることができるからで プロラクタムが 6- ナイロンの原料として す」と話す三澤教授をはじめ、光のエネル 用いられたが、エネルギーコストに見合わ ギーを余すところなく使いたいと考える研 なかったためか今は行われていない。しか 究者は多い。 し、SPR によって光エネルギーを効率よく 光のエネルギーを利用するといえば、太 捕え、局在化させれば、十分大きなエネル 陽電池だろう。新たな太陽電池として期待 ギーを得ることができる(図 4)。三澤教 される色素増感太陽電池では、色素が光を 授はすでに、入射光の 105 ∼ 106 倍にも及 捕える。しかし、色素 1 分子が光を捕える ぶ著しい光電場増強を実現して、通常なら 能力は限られ、色素を積み重ねた複雑な構 レーザーのような強い光でなければ誘起す 造を用いなければならない。 これに対して、 ることができない現象を、ハロゲンランプ 金属ナノ構造が光を捕える能力は高く、設 で達成した。“制御された金属ナノ空間内” 図3:SPRセンサーの仕組み。クレッ チマン配置(図2のオット配置と似 ているが、金属薄膜を使うことで、 プリズムのない側の金属表面に SPRが起こるのが特徴。図2とは上 下が逆) を採用している点など、原 理は1970年代から変わらないが、 周辺技術の向上により高感度かつ 高速になっている。 CHEMISTRY & CHEMICAL INDUSTRY │ Vol.62-4 April 2009 459 光工学はどう変わるのか ? SPR を利用して光の性質を操ろうという 研究も進んでいる。理化学研究所の田中拓 男准主任研究員は、「プラズモニック・メ タマテリアル」を用いて、自然界には存在 しない“負の屈折率”という現象を起こす 仕組みをつくり出した(コラム参照) 。こ うした SPR の利用について田中氏は、 「光 工学の教科書を書き直さなければならない ほど、光学の世界を根本から覆すことにな るでしょう」と話す。さらに、同氏がつく り出した仕組みでは、光の反射という性質 図4:SPRの光電場増強による2光子光重合反応。100 nm四方の金属片が捕えた光 のエネルギーは、光電場増強により金属片の角に集められる。入射光が弱くても、光 重合反応が起こるほどのエネルギーになる。 (提供:三澤弘明教授) を制御することも可能になってきた。 屈折率が異なる 2 つの物質の境界面で は、光は必ず反射される。これは、光の一 という限られた条件下ではあるが、これを 駆動力に 2 光子重合反応 *4 (エポキシモ ノマーの開環重合)を成功させている。 部が失われるということで、光通信のよう に光を効率良く伝搬させたい場合に不都合 だ。この反射を防止するために、ブリュー 透明マントをつくる !? 透明マントは可能か? こんなことを考えたことのある人 もいるだろう。透明マントを着れば、その人物はまるで存在 しないかのように、向こう側の景色が見える。そのためには、 向こう側から来る光が、物体を迂回して届くようにしなくて はならない。光の屈折率は、光がある物質から別の物質へ入 る際に、どのような曲がり方をするかを表している。透明マ ントが存在しない理由は、物体を迂回するように光を巧みに 曲げ、かつ反射を起こさない物質がないからである。しかし、 プラズモニック・メタマテリアルを使えば、それも可能にな るかもしれない(図 6)。 メタマテリアルとは、2000 年 3 月のアメリカ物理学会年会 のシンポジウムで初めて公に使われた言葉で、通常の物質の 限界を超えた物性・機能をもつように“設計された物質”一 般をさす。プラズモニック・ メタマテリアルは、特にプラズモン を応用するために、緻密に設計された金属のナノ構造体だ。 屈折率が負の液体では、その中に入った光は逆戻りする。 鉛筆を浸せば、浸したはずの鉛筆の先が液面から空気中に飛 び出してくるように見えるはずである。しかし、このように 光を曲げる物質はどこを探しても見つからない。2005 年、田 図6:負の屈折率を示すプラズモニック・メタマテリ アル。上:ガラスやプラスチックなど母材となる樹 脂の中にナノサイズの金属コイルを多数つくり込む。 光を照射すると、SPRが起こって電流が流れ、磁界 ができる。全体としてガラスやプラスチックとは全く 異なる屈折率をもつ物質のように振舞う。こうして、 光を自在に曲げられれば、負の屈折率も透明マント も実現する。右:金でつくったコイル構造。このよ うなものをナノサイズでつくることが、加工技術の 課題だ。 (提供:田中拓男准主任研究員) 中氏は、可視光域での負の屈折率の実現につながる研究成果 を発表した。それまで負の屈折率といえば、マイクロ波での 研究がほとんどで、銅を材料にナノ構造体がつくられていた。 同氏は、母材となる透明樹脂中に、直径数百 nm 以下のコイ (田中氏以外に、海外でもこうした研究が行われている)、透 明マントも実現するかもしれない。 ル状の銀のナノ構造体をつくり込む方法を提案した。このメ 負の屈折率をもつ材料をつくったことは単に、今まで自然 タマテリアルに光を照射すると、コイルの自由電子が SPR を 界に存在しなかった現象をつくり出したというだけでない。 起こして電流が流れる。コイルの直径が可視光の波長に比べ 光の波長の限界を超えてナノスケールの物体をイメージング て十分小さいため、電流がつくり出す磁場が、入射光の磁場 できるレンズや、光強度を増幅する光機能素子を可能にして に働きかける。これで負の屈折率をつくり出せる。研究がさ くれると期待されている。 らに進んで、光路を自在に変えることができるようになれば 460 化学と工業 │ Vol.62- 4 April 2009 図5:さまざまなナノ構造体。この ような構造体がいつか応用に使わ れるようになるだろう。 アルミナナノホールアレーをもとに作製 されたナノ微粒子の2次元、3次元規則 配列構造(提供:首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 益田秀樹教授) 巨大Auナノ正八面体(50∼300 nm) (提供:筑波大学大学院数理物質科学 研究科 寺西利治教授、李村成博士) スター現象の利用が考えられている。これ とつ描いているようでは、透明マント(コ は、物質の境界面に光が入射する際に、電 ラム参照)を 1 枚つくるのに 30 年かかり *5 場の振動方向が入射面 に平行で、かつあ ます」と量産できる方法を探っていく必要 る特定の入射角度の時に光の反射がゼロに を感じている。量産の必要性は、この分 なるという現象だ。しかし、電場の振動方向 野の研究者なら誰もが認識しているところ が入射面に垂直な光にはこの現象は発現せ で、田中氏も納谷氏も、最初に均一な基板 ず、必ず反射される。金属ナノ構造体を駆 をつくり、それを金メッキすることで、一 使すれば、どんな光も反射されない光学素 度に多量のナノ構造をつくる手法に取り組 子が実現する。実用化されれば、今後の光 んでいる。プラズモニクスを大規模に利用 通信技術は飛躍することだろう。 できるようになるには、微細構造をつくる *4 2光子分のエネルギー を吸収して起こる重合反応。 通常は、レーザー光を使う など非常に短い時間の間に 高密度の光子を系に照射す る必要がある。 *5 物質界面と垂直の関係 にあり、入射光線と反射光 線を含む面。 技術の進展が欠かせない(図 5)。 プラズモニクスを支えるナノ技術 「プラズモニック・メタマテリアル研究 プラズモニック・メタマテリアルをつく において、欧米の研究者の多くは負の屈折 るには、ナノ構造を 3 次元に積み上げる技 率に注目しています。だから私はほかに目 術が必要だ。田中氏らはレーザーを使った を向けて、これまでに知られていない光学 新しい手法の開発を進めている。樹脂など 現象を見つけていきたい」と物理的アプ の透明材料に、硝酸銀などの金属イオンを ローチをしている田中氏は、自身の研究の 含む物質を加えておき、これに発光時間が 方向性を語る。一方、三澤教授は「SPR の 数 fs から数百 fs のごく短いレーザーパル 化学への応用研究は、欧米に比べて日本が スを照射すると、硝酸銀の中の銀イオンが さかんです。他の研究者と連携しながら、 還元され、レーザーパルスの軌跡通りのナ 日本におけるプラズモニクス研究を盛り上 ノ構造をつくることができる。このような げていきたい」と話す。ナノ加工技術の向 フェムト秒レーザー加工法は、自由自在に 上にともなって、注目度を増しているプラ ナノ構造を描くことができるので、さかん ズモニクスという新しい光工学は、日本が に行われるようになっている。 世界をリードしていく分野になりそうだ。 しかし、三澤教授は「ナノ構造を一つひ (サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子) CHEMISTRY & CHEMICAL INDUSTRY │ Vol.62-4 April 2009 OVERVIEWは 化 工 誌 編集幹事会の企画・監 修により制 作されてい ます。 461