...

バイオセンサー開発支援:センサー部の構造解析と相互作用解析

by user

on
Category: Documents
17

views

Report

Comments

Transcript

バイオセンサー開発支援:センサー部の構造解析と相互作用解析
The TRC News、
201608-03 (August 2016)
バイオセンサー開発支援:センサー部の構造解析と相互作用解析
バイオメディカル分析研究部 中野 隆行
要 旨 バイオセンサーは様々な分野で注目されており、開発が盛んに進められている。弊社では長年に亘
り医薬・バイオ分野の分析業務で培った高度なタンパク質分析機能、分子間相互作用解析機能を用いて、バ
イオセンサーの開発支援を行っている。
質量分析計を用いたセンサー部における表面タンパク質の構造解析
事例及び検出対象物質との相互作用解析に利用できる SPR、STD-NMR、ITC の各分析手法を紹介する。
て解析したところ、グルコースオキシダーゼを同定す
1. はじめに
ることができ、抽出方法などを工夫することにより、
アミノ酸配列を高いカバー率で決定することができた
バイオセンサーは、酵素や抗体などの生体由来の物質
(図 1)
。さらに、データの解析方法を工夫することで、
の高い反応選択性を利用した化学センサーの総称であ
タンパク質の酸化体や分解物の分析、文献等で知られ
る。現在、健康・医療、食品、環境、セキュリティな
ていない未知の化学修飾についても解析が可能である。
ど様々な分野で注目されており、各社において開発が
グルコースオキシダーゼの分析では、分解物や酸化体
盛んに進められている。検出対象となる物質を、酵素
が検出され、これまでに知られていない箇所に糖鎖が
や抗体などの生体由来の分子識別子で認識し、それに
付加されていることが新たに分かった。この様に弊社
伴う物質の濃度変化や物理的変化を最終的に電気信号
ではバイオセンサー表面のタンパク質などの様々な生
に変換して検出する。弊社では、長年に亘り医薬・バ
体分子について、構造・物性を分析することが可能で
イオ分野の分析業務で培った高度なタンパク質分析機
ある。
能、分子間相互作用解析機能を用いて、バイオセンサ
ーの開発支援を行っている。本稿では、分子識別素子
にあたるセンサー部表面のタンパク質の構造解析事例
及び検出対象物質との相互作用解析に利用できる分析
手法を紹介する。
2. バイオセンサー表面のタンパク質の構造解析
現在までにバイオセンサー表面に塗布または結合した
タンパク質などの生体分子の構造解析手法を構築した。
バイオセンサーから抽出したタンパク質については、
アミノ酸配列解析、アミノ酸組成分析の実施が可能で
ある。ある血糖値センサーの表面に結合しているタン
図 1 構造解析の流れと同定されたグルコースオキシ
パク質を質量分析計及びタンパク質同定ソフトを用い
ダーゼのアミノ酸配列(赤:観測されたアミノ配列)
1
The TRC News、 201608-03 (August 2016)
とにより、生体分子に親和性を示す最適な材質のスク
3. 検出対象物質との相互作用解析
リーニングや、吸着性の評価等が可能になると思われ
る。
次に分子識別素子と測定対象物質との相互作用解析に
利用できる手法を紹介する。分子間相互作用を定量的
3.2 飽和移動差 NMR(STD-NMR)
に解析する代表的な手法としては表面プラズモン共鳴
STD-NMR は NMR の数ある測定手法の内の一つであ
(SPR)
、飽和移動差 NMR(STD-NMR)
、等温滴定カ
る。試料溶液中のタンパク質に対して選択的にラジオ
ロリメトリー(ITC)の 3 つが挙げられる。以下、そ
波照射すると、相互作用部位の近くのリガンドにも磁
れぞれの手法について原理、特長を示す。
化の飽和が伝わり、相互作用部位に近いプロトンほど
シグナル強度が減衰する。そのため、ラジオ波照射し
3.1 表面プラズモン共鳴(SPR)
ていないスペクトルからラジオ波照射したスペクトル
SPR はレセプターを固定化するセンサーチップとリガ
を差し引くと、相互作用部位の近くにあるリガンドの
ンドを流すフローセルから構成される。センサーチッ
プロトンほど強度の強いシグナルが観測される。これ
プに固定化したレセプターにフローセルに流したリガ
が STD-NMR スペクトルである。STD-NMR は ITC や
ンドが結合すると、
センサーチップ上での質量変化
(屈
SPR など他の手法と異なり、原子レベルでリガンド側
折率変化)に伴い、表面プラズモン共鳴による SPR シ
の相互作用部位の構造情報が得られることが大きな特
グナルの位置がシフトする。シフトする量、すなわち
長である。解離した状態のリガンドを観測するため、
センサーチップ表面での質量の時間変化から反応速度
比較的弱く相互作用した低分子量のリガンドの系に適
定数、結合親和性を求めることができる。SPR は必要
している。弊社では一般的に測定されるタンパク質と
試料量も少なく、網羅的に化合物の結合を見るハイス
低分子リガンドの系の他に、親水性ポリマーと吸着水
ループット性に優れている。一方、センサーチップへ
との相互作用についても、STD-NMR で解析する手法
の固定化などの試料の前処理が必要であり、偽陽性が
を開発している。
糖鎖結合性タンパク質コンカナバリン A(ConA)と
観測されやすい懸念もある。
SPR の測定例として、糖結合性タンパク質レクチン
α-メチルグルコースの相互作用解析を行った例を図 3
とガラクトースを用いた糖クラスター効果の評価実験
に示す。α-メチルグルコースの 3、4、5 位のシグナル
を行った例を紹介する。センサーチップにレクチンを
の強度が相対的に増大しており、3、4、5 位の付近が
固定化し、そこにガラクトースモノマーまたはポリマ
相互作用部位の中心であることが分かる。また、
ーを流した。図 2 にガラクトースモノマーモデルとガ
STD-NMR はリガンドが混合物の状態でも標的タンパ
ラクトースポリマーの構造を示した。
ク質と相互作用するリガンドを特異的に検出できる。
これは SPR や ITC と異なる特長の一つである。一方で
他の手法に比べて必要試料量が多いことが難点である。
H OH
6
4
HO
HO
図 2 ガラクトースモノマーモデル(左)とガラクト
3
H
ースポリマー(右)
H
O
5
H
2
1
H
OH
O
CH3
その結果、ガラクトースポリマー(解離定数
Kd=2.88×10-7 M)はモノマー(解離定数 Kd=2.77×10-5 M)
よりも約 100 倍強い親和性を示し、解離も非常に遅い
という結果が得られた。これは、ガラクトースポリマ
4.8
ーが形成する糖クラスターが親和性の増強に寄与する
糖クラスター効果を示している。本技術を応用するこ
4.6
4.4
4.2
1
4.0
3.8
3.6
3.4
ppm
図 3 STD-NMR(上)と H NMR のスペクトル(下)
2
The TRC News、 201608-03 (August 2016)
3.3 等温滴定カロリメトリー(ITC)
弊社では、最新の高感度 ITC 装置を導入して受託分析
を実施している。ITC の装置構成を図 4 に示した。相
互作用する 2 種類の物質の溶液を滴定シリンジとサン
プルセルにそれぞれ入れ、滴定シリンジからリガンド
を滴定する。すると相互作用に伴う熱の発生または吸
収がおこり、サンプルセル中の溶液温度が変化し、水
図 5 特異的結合と非特異的結合
を入れたリファレンスセルとの間に温度差 ΔT が生じ
る。その温度差 ΔT がゼロになるようにヒーターで制
自由エネルギー変化が同じ、つまり反応の進み具合
御し、それに要した電力を相互作用に伴う吸発熱、ΔH
が同じである相互作用でも、ΔH と ΔS の内訳をみるこ
として検出する。熱力学的解析により ΔG、ΔH、ΔS、
とにより結合様式を判別することが可能になる(図 6)
。
結合親和性、結合比を導出することができる。弊社が
ΔH が優勢の場合は水素結合や静電相互作用など特異
保有する装置は高感度であり、従来機種よりも少ない
的な結合が支配的であり、ΔS が優勢の場合は疎水性相
試料量で測定が可能である。セル側は解離定数の 10
互作用による非特異的結合が支配的である。
倍程度の濃度で 300 μL、シリンジ側は解離定数の 100
倍程度の濃度で 100 μL が目安になる。
図 6 熱力学的パラメータと結合様式
図 4 ITC の装置構成
タンパク質のカルモジュリンとミツバチの毒である
ペプチドのメリチンを使った ITC の測定例を図 7 に示
試料は溶液である必要があるが、ナノ粒子のコロイ
した。
メリチン溶液をカルモジュリン溶液に 20 回滴定
ド溶液も測定可能である。また、試料の分子量制限は
し、各滴定における熱量変化を検出した。得られた滴
ない。タンパク質-低分子化合物、タンパク質-タン
定プロファイルを結合モデルにフィッティングするこ
パク質、ポリマー-タンパク質など適用例は多岐にわ
とにより、熱力学的プロファイルが得られる。分析の
たる。バイオセンサーの開発において、分子識別素子
結果、結合定数の値が大きく非常に強い結合であり、
の評価にも利用できる可能性がある。
ΔS 優勢の疎水性相互作用が主に働いている推測がで
ITC は ΔH を直接観測している。そのため、ギブス
きた。分析の結果、結合定数の値が大きく非常に強い
の自由エネルギーの式(ΔG=–RTlnKa)から ΔG を ΔH
結合であり、ΔS 優勢の疎水性相互作用が主に働いてい
と ΔS に分離することが可能である。
ΔH が負の場合は、
る推測ができた。
発熱を伴う特異的結合が、ΔS が正の場合は分子間の脱
溶媒による非特異的結合が起きていると考えられる
(図 5)
。
3
The TRC News、 201608-03 (August 2016)
3.4 分子間相互作用解析のまとめ
分子間相互作用解析は各々特長があり、得られる情報
は相補的である。分析目的、試料の性質、試料量等の
条件により適した手法を選択する必要がある。各手法
の特長を表 1 に示した。
表1
図 7 カルモジュリンとメリチンの相互作用解析
分子間相互解析の手法と特長
SPR は結合親和性や速度論的解析が可能である。生体
滴定プロファイル(上)と熱力学的プロファイル(下)
分子に親和性を示す最適な材質のスクリーニング、吸
着性の評価などへの利用が考えられる。STD-NMR は
バイオセンサーの話からは少し逸れるが、医薬品開
原子レベルでの相互作用部位の同定が可能である。構
発の現場では、近年、ITC による化合物のエンタルピ
造に基づいた相互作用機序の理解、構造設計などへの
ースクリーニングが注目されている。図 8 の左側に過
利用が考えられる。ITC は熱力学的解析による結合様
去に FDA に承認された HIV-1 プロテアーゼ阻害剤の
式の推定が可能である。特異的な結合か非特異的結合
熱理学的プロファイルの変遷を年代順に示した (1)。右
かの判別、特異性の検証に利用できる。
側には同様にスタチンの熱理学的プロファイルの変遷
を年代順に示した (1)。両者とも年代が進むほど、ΔS 優
4. まとめ
勢の薬から、ΔH が優勢の薬に変わってきていること
がわかる。つまり、結果的に ΔS 優勢の非特定的結合
弊社ではバイオセンサーの要となる生体由来の分子認
が支配的な副作用の多い薬から、ΔH 優勢の特異的相
識機構の研究・開発支援として、様々なタンパク質分
互作用が支配的な副作用の少ない薬に改良されてきた
析と分子間相互作用解析の技術を取り揃えている。分
ことが分かる。ITC から得られる熱力学的プロファイ
子識別素子の評価や検出対象物質との相互作用解析な
ルを利用すれば、開発初期段階で、より効率的に活性
どバイオセンサーの研究・開発に、長年、医薬・バイ
の高い医薬品候補化合物をスクリーニングできるので
オ分野の分析で培ってきた弊社の高度な分析技術を是
はないかと注目されている。
非ご活用頂きたい。
引用文献
1) E. Freire, Drug Discov. Today, 13, 869-874 (2008).
中野 隆行(なかの たかゆき)
バイオメディカル分析研究部
図8
バイオメディカル第 2 分析室 研究員
HIV-1 プロテアーゼとスタチンの
熱力学的プロファイルの変遷
4
Fly UP