Comments
Description
Transcript
寄稿 100 年後のクルマ
寄稿 100 年後のクルマ 堀 洋 一 Yoichi HORI 東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 教授 1978 年東京大学工学部電気工学科卒業,1983 年同大学院博士課 程修了.助手,講師,助教授を経て,2000 年 2 月電気工学科教授. 2002 年 10 月生産技術研究所教授.2008 年 4 月より現職.専門は制御工 学で,モーションコントロール,メカトロニクス,電気自動車などの 分野への応用研究.最近はワイヤレス給電の研究と普及に注力.電気 学会産業応用部門元部門長,自動車技術会技術担当理事,日本能率協 会モータ技術シンポジウム委員長,キャパシタフォーラム会長,日本 自動車研究所理事などを勤める.IEEE Fellow,電気学会フェロー. 今年(2016 年)3 月,経産省自動車課がとりまとめた「E V・P H V ロードマップ」では, 2030 年の新車販売に占める EV・PHV の割合を年 20~30% まで引き上げるという大目標 を受けて,2020 年の目標として最大で 100 万台という具体的な目標値を出した.現在の累 計販売台数は 14 万台であるが,他の EV・PHV 先進国の積極的な姿勢等も踏まえ,多くの 業界のコンセンサスを得た現実的な台数である.これに関連して充電設備などの目標や取 り組むべき課題も要領よくまとめられている.評判もよいと聞いているので,是非一読し ていただきたい.これは真面目な話. 一方,ガソリンと電気のエネルギー形態はまったく違うのに,なぜ電気自動車に「止まって」 「短時間で」 「大きな」 エネルギーを入れようとするのか,依然として不思議である.ガソリンを 道路に噴霧し,クルマはそれを吸い込んで走るなどというのはまず無理だろう.しかし電気は 実質同じことができる.クルマにエネルギーを供給する手段と,どう使うかとは関係ないはず であるが,電池を使うと両者は強くリンクされて, 「航続距離」という概念ができてしまう. (2) 妹尾堅一郎氏(1) によれば,世界は 100 年ごとのパラダイムシフトを経験してきたとい う.18 世紀のコンセプトは「物質」 である.モノを作るために産業革命が起こり,モノを運ぶ 鉄道,船舶などのネットワークが構築された.19 世紀のコンセプトは「エネルギー」 で,石油 を中心とするエネルギー革命が起こり,エネルギーを運ぶネットワークが世界を席捲した. そして 21 世紀は,20 世紀に生まれたコンセプト「情報」を具現化する時代であって,今 までとは異なる新しいビジネスモデルが必要だという.Google,Amazon,Apple など勝ち 組のやり方を見れば,ユーザは単なるインターフェースである安価な端末を持つだけで あって,肝腎の知能はネットで接続された Cloud にある. 18世紀 19世紀 20世紀 21世紀 コンセプト 物質 エネルギー 情報 世界観 - 革命 - ↘唯物史観 ↘宇宙観 ↘情報世界観 →産業革命 →エネルギー革命 →情報革命 ネットワーク →モノを運ぶ →エネルギーを運ぶ →情報を運ぶ 100 年ごとのパラダイムシフト(妹尾堅一郎の講演から筆者作成) -2- ケーヒン技報 Vol.5 (2016) iTunes で買うのは音楽そのものであって CD は必然ではないのと同じように,クルマが 提供するのが運転の喜びと快適な移動というサービスだとすれば,また,クルマを所有す る欲望が現代の若者から消え去りつつあるとすれば,少なくとも大きなエネルギーを持ち 運ぶ,エンジン車,電池電気自動車,燃料電池車はすでに時代錯誤の商品である.クルマが ナビによってインフラに接続され,I o T によってますますネットにつながる時代には,ク ルマは「エンジン」 「Li イオン電池」 「急速充電」に代わって, 「モータ」 「キャパシタ」 「ワイヤ レス」で走るだろう.これは,妹尾のいう産業構造論の流れに沿った,歴史の必然である. 電車のように,電気自動車に電力インフラから直接エネルギーを供給すれば,一充電「航 続距離」は意味を失う.停車中の「ちょこちょこ充電」と走行中の「だらだら給電」によって, クルマは大きなエネルギーを持ち運ばなくなり,最後の数mを担う「ワイヤレス給電」と, 寿命が長く短時間の大電力の出し入れに優れる「キャパシタ」が重要な役割を果たすだろ う.光ネットワークの大幹線はすぐそこまで来ており,最後の数mを高速 WiFi が担うこ (4) ととよく似ている(3) . ワイヤレス給電のインフラを普及させる方が,大容量電池を積んだ電気自動車を普及さ せるより社会コストははるかに小さくなり(脚注),資源問題に左右されるリスクもうんと小 さくなるはずである.さらに言えば,クルマ会社がクルマを売るためには,給電インフラ を整備しメンテすることになるかもしれない.鉄道では,饋電インフラもそこを走る車両 のどちらも同じ会社のものであるのと同じように.これは夢物語だろうか. いま,9 月 4 日に京都で開催された「永守賞」授賞式から帰ってきたところである.式典 の中でカーネギーメロン大学の金出先生の対談があり, 「自動運転は 20 年も前の先生の研 究にさかのぼる.素晴らしい先見の明ですね」という質問に対し,先生は「先見の明などな い.そのときは明日にでもできると思ってやっていた」と答えられた.これは正しい.自分 の情熱のなさを恥じた.モータ/キャパシタ/ワイヤレスは,100 年後ではない,明日に でもできる,と言い方を変えようかと思う. 参考文献 (1)妹 尾 堅 一 郎・生 越 由 美:社 会 と 知 的 財 産 ,放 送 大 学 教 育 振 興 会 ,p p . 1 6 0 - 1 7 0 , ISBN4595308396 (2008) (2)経 済 産 業 省・特 許 庁 : 事 業 戦 略 と 知 的 財 産 マ ネ ジ メ ン ト ,発 明 協 会 ,p p . 1 0 - 2 4 , ISBN4827109699(2010) (3)堀:100 年後のクルマとエネルギー(巻頭言),電気学会誌,Vol.134, No.2, p.1 (2014) (4) 「モータ」 「キャパシタ」 「ワイヤレス」というパラダイム,電気雑誌 OHM,3月号,p.4 (2016) (脚注)走行中ワイヤレス給電のインフラを作るためは膨大な費用がかかるだろうという人は少なく ない.そこでこういう話はどうだろう.2012 年 4 月に 162km が部分開通した新東名高速道路 は人件費などすべて含めて 2.6 兆円かかった.割り算すると 1km あたり 160 億円,1m あたり 1,600 万円である.3m も走れば家が建つ.東京湾アクアラインや最近の地下鉄は 1m あたり約 1 億円という.その中にワイヤレス給電の設備を含めることはそれほど難しいことだろうか. -3-