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気管支喘息の発症・増悪と呼吸器感染症

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気管支喘息の発症・増悪と呼吸器感染症
アボット感染症アワー
2006年1月13日放送
気管支喘息の発症・増悪と呼吸器感染症
市立岸和田市民病院呼吸器アレルギー科部長 加藤 元一
●気管支喘息急性増悪とウイルスの関係●
本日は気管支喘息における呼吸器感染症の関与についてお話いたします。
まず、小児における気管支喘息の発症と呼吸器感染症についてお話いたします。
乳児期における RS ウイルスによる下気道感染が、年長児期における喘息発症のリスクを
高めることが、2000 年に Sigurs によりアメリカ胸部疾患学会・ATS の機関紙である
AJRCCM に丁寧に報告されました。それによると、1歳までに入院を要する重症の RS ウ
イルス下気道感染症に罹患した小児では、追跡調査の結果、7歳時に 30%で気管支喘息を
発症し、明らかな喘息の発症を認めなくても 68%の年長児に喘鳴を聴取したと報告されて
います。これに対して RS ウイルスに罹患しなかった小児では、気管支喘息発症は3%に過
ぎず、乳児期における RS ウイルス感染が気管支喘息を発症する危険性について考察してい
ます。言い換えると、乳児期におけるウイルス感染が将来の疾病を規定してしまうような
危険性をはらんでいることが考えられます。
RS ウイルスだけではなく小児期のライノウイルス感染も気管支喘息発症に関与すること
が報告されています。季節要因を加味した疫学的な検討では、RS ウイルスよりもむしろラ
イノウイルス感染がより気管支喘息の発症に関与すると言われています。乳児期に喘鳴に
て入院した小児に対し長期にわたる経過観察を行い、小学校低学年時に鼻咽頭からウイル
スを RT-PCR 法で同定した報告では、52%でライノウイルスが単独に同定されています。
RSV やアデノウイルスは単独では同定されず、気管支喘息の発症に関与するウイルスとし
てはライノウイルスの関与の高さが推察されます。
一方、気管支喘息急性増悪に関与するウイルスの約半数はライノウイルスであると言わ
れ、RS ウイルスの関与はそれ程多くないと考えられています。その他にコロナウイルス、
インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルスの関与が報告されていますが、気
管支喘息の急性増悪に RS ウイルスの関与が証明された患者は5%程度にすぎません。
●ライノウイルス感染と気道過敏性●
ライノウイルス感染では、感冒症状が重篤なほど気道過敏性が悪化することが報告され
ていますが、これらウイルス感染が気管支喘息発症に関与するメカニズムは十分解明され
ていません。
実験的にライノウイルス 16 を感染させた個体では、①気道過敏性の亢進、②気管支粘膜
における接着因子 ICAM-1 発現の増加、③粘膜固有層における CD3 陽性細胞と CD8 陽性
細胞の増加が報告されています。
逆の立場からの議論にハイジーンハイポテーシスがあります。あまりに清潔な環境で生
育することによって、逆に気管支喘息などのアトピー性疾患が発症するという考えです。
これは、乳児期にデイケア施設に入所した小児では気管支喘息の発症がむしろ少なく、乳
児期の何らかの感染が Th1 細胞系を誘導し喘息の発症を少なくするという疫学的検討に基
づいています。しかしながらこの報告は母親がアトピー素因を持たない小児においてのみ
成立し、母親がアトピー素因を持つ群では、デイケア施設への入所はむしろ気管支喘息発
症が増加すると言われ、いまだ議論の多いところです。
●成人における気管支喘息とウイルスの関与●
次に、成人における気管支喘息増悪時の呼吸器感染症の関与について申し上げます。
成人における気管支喘息の発症及び増悪にもこれらウイルスの関与は証明されており、
成人の場合もライノウイルスの関与が最も大きいと推察されています。実験的にライノウ
イルス 16 を感染させた個体では吸入ステロイドは炎症細胞浸潤を十分に抑制することがで
きませんでした。このことは、気管支喘息の急性増悪において吸入ステロイドがそれほど
効果を示さないことを反映しています。成人における気管支喘息の急性増悪時には全身性
のステロイドの投与が必要なことを裏付けるデータであると考えられます。
(AJRCCM.2001;164:1816.)
一般的な感冒罹患における気管支喘息の増悪については、
少し古いですが 1994 年に BMJ
(British Medical Journal)にまとめられています。それによりますと、感冒に罹患した気管
支喘息患者の 80%で喘鳴、胸の重い感じ(chest tightness)や息切れを生じ、89%の患者
で何らかの喘息症状を生じています。これら患者の 24%でピークフロー値はパーソナルベ
スト値に比べ 50L/min 以上の低下を示し、48%の患者で 25L/min 以上の低下を示しました。
一方 50L/min 以上のピークフロー値の低下を示しました患者の 44%で何らかの病原微生物
が証明されました。同定された病原微生物は、ライノウイルス、コロナウイルス OC43 と
229E、インフルエンザ B ウイルス、RS ウイルス、パラインフルエンザウイルス、そして
肺炎クラミジアでした。
●気管支喘息における細菌感染●
ウイルス感染と同様な性質をもつ、非定型病原体であるマイコプラズマやクラミジアニ
ューモニエでも種々の興味深い報告がなされています。気管支喘息患者における抗体価を
調べてみると、急性感染、慢性感染の区別はできませんが、クラミジアニューモニエの抗
体検出率の高いことが報告されています。これも少し古いデータですが、1993 年の Ann.
Allergy に載った報告では、0歳から 31 歳までの気管支喘息患者の咽頭スワブから検出さ
れたマイコプラズマが対照群に比べ有意に多かったことが報告されています。一方、JACI
の 2001 年の Martin らの報告では 55 例の安定した気管支喘息の患者で、25 例にマイコプ
ラズマ、6例にクラミジアニューモニエ、計 31 例が PCR 法で証明されています。これに
対して非喘息患者 11 例では1例にマイコプラズマが証明されたのみで、気管支喘息の発症
にマイコプラズマまたはクラミジアニューモニエの関与を推察しています。これら PCR 法
で菌が証明された患者では、気管支粘膜に有意にマスト細胞が多く認められたことが報告
されています。
●気管支喘息患者におけるクラリスロマイシン投与●
クラミジアニューモニエ IgG 抗体が陽性の気管支喘息患者では、交感神経β刺激薬吸入
後1秒率の経年的低下がクラミジアニューモニエ IgG 抗体陰性の気管支喘息患者に比べ大
きく、毎年の低下率が4倍にも達することが報告されています。このことはクラミジアニ
ューモニエの持続感染が気管支喘息の気道閉塞を助長し悪化を生じていることが推察され
除菌の是非が議論されます。気管支喘息患者にクラリスロマイシンを2か月間投与し1秒
量の推移を検討した報告では、喘息患者全体では有意の改善が認められなかったものの、
PCR 法にてマイコプラズマまたはクラミジアニューモニエが検出された群では、クラリス
ロマイシンの投与により有意に1秒量の改善が認められています。この結果からすぐに気
管支喘息患者に抗菌薬投与を行うことは危険ですが、今後も丁寧な検討を継続する必要が
あると考えます。
一般細菌の気管支喘息急性増悪への関与はウイルスや非定型病原菌に比べ大きいもので
はありません。しかしながら、気道感染は粘膜浮腫、気道線毛輸送能の障害を招き、増悪
に関与することが推察されます。特にインフルエンザシーズンにおける細菌二次感染には
注意が必要であると考えます。
以上、気管支喘息と呼吸器感染の関係につきましてお話をさせていただきました。
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