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大人の味、親の味
シリーズ・身近な物質 タンニン② 大人の味、親の味 東京農業大学短期大学部醸造学科教授 中西 載慶 あっちの水は苦いぞ、 こっちの水は甘いぞ 渋 柿 は 甘 い なかにし ことよし 東京農業大学前副学長。醸 造学科食品微生物学研究室。 応用酵素学、バイオプロセ ス学。東京農業大学第一高 等学校・中等部校長。 共著『インターネットが教 え る日本人の食卓』東京 農大出版会、『食品製造』・ 『微生物基礎』実教出版など タンニンの2回目は味の話です。渋柿や未熟な柿を食べたときの苦味や渋 味を思い出していただければタンニンの味が想像しやすいと思います。あの 「苦い」 「渋い」感覚は、タンニンが舌や口腔粘膜のタンパク質と結合し、タ ンパク質の変性が引き起こされることにより生ずると考えられています。こ れを収れん作用といい、舌や口腔内がしびれたり、刺すような感覚を伴いま す。生理学的には同じ味覚作用ですが、タンニンの種類や濃度、混合比率、 共存物質との関係などにより、渋味と苦味の微妙な味の違いが生じます。と ころで、渋柿は、「渋抜き」したり、干し柿にすると甘くなります。渋抜き といっても柿からタンニンを取り除くわけではなく、干してもタンニンが無 くなるわけでもありません。では、なぜ甘くなるのでしょうか? 実は、タ ンニンが強い渋味や苦味を呈するのは、タンニンが水に溶けている状態(水 溶性タンニン)のときです。水に溶けないタンニン(不溶性タンニン)に変わ ると渋味や苦味を感じ難くなります。渋抜きは、渋柿にアルコールを吹き付 けポリ袋に密閉したり、あるいは、ドライアイス(炭酸ガス)を入れたポリ 袋に密封して1週間位保存します。すると、柿の果肉内ではアセトアルデヒ ドという物質が増加し、それが容易に渋柿中の水溶性タンニンと結合して不 溶性のタンニンが生成されます。渋柿にも、元々多くの糖分が含まれている ので、渋味や苦味が感じなくなれば、当然甘さが際立ってくるのです。干し 柿が甘くなるのも基本的には同様のメカニズムです。 味の基本的要素は、甘味、塩味、酸味、苦味の 種類です(旨味を加えて 5種類と言う場合もあります)。甘味、塩味、旨味は人体に必要な栄養成分を 含んでいるので、必然的に皆が好ましい味と感じます。酸味は、食物の腐敗 とも関係する味なので注意信号として認識します。一方、多くの毒物には苦 味があるので、人は苦味を有害物として本能的に避ける傾向があります。人 が味の物質を感知する最低の濃度を「閾値(いきち)」と言いますが、苦味1) の閾値は、甘味2)や塩味の1000分の1の値です。言い換えれば、苦味は甘味 に対して1000倍も感度が高いということになります。つまり、苦味のある食 物を口に入れたとき、極微量でも、その味を感知して、有害(毒物)か否か の判断ができるようになっているのです。これは人間の本能、生体防御機構 の1つでもあります。食経験の乏しい乳幼児が、酸っぱい食べ物や苦い食べ 物を好まず避けようとするのはそのためです。従って、腐敗ではない酸味の 美味しさ、 有害ではない苦味の美味しさは、様々な飲食経験の積み重ねによっ て培われるのです。特に、苦味を好ましい味として感じるのには、安全であ るという情報が必要です。親が食べている様子をみて子供は安心して苦い食 物を口にして、やがて美味しいと感じるようになるのです。苦味、渋味は、 まさに大人の味、親の味でもあるのです。飲食物の苦味物質は、タンニン以 外にも沢山あります。その話は、いずれまた。 ビールの美味しい季節。ほろ苦い味3)、爽快なのど越し、沸き立つ微細な 白泡、透き通った輝く黄金色、仕事の後の一杯はたまりません。とはいえ、 仕事をしなくとも、遊んだ後でも美味しいから始末が悪い。飲みすぎ、脱ぎ すぎ、騒ぎすぎには、特に、注意を。微酔、半酔、ほろ酔いが理想の飲み方 です。次号、タンニン③ワインの渋味につづく。 1) 8 苦味の標準物質キニーネの苦味 2)砂糖の甘味 3)イソフムロン 新・実学ジャーナル 2009.7・8