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家族全体をどのように支えるか
<事例2> ニーズ表出が難しい障害児を中心に、 家族全体をどのように支えるか 事 例 の 概 要 自分から現在のつらい状況を訴えられない、子供(障 害児)を中心に学校、児童相談所、行政、障害者生活支 援センター、ヘルパー事業所(NPO)、病院等が連携し て、家族全体を支援する。 ゾウのようなうんち 「う∼ん、う∼ん・・・」 「ヒロシくん、うんちは出たかなあ∼・・・?」 ヒロシ(仮名)君はもう学校のトイレに30分も座っています。昨日、梅雨が明けたば かりだというのに、その日は朝からとても暑い日になっていました。 「早くしないとお昼休みがなくなっちゃうぞ∼」 ヒロシ君は額にうっすらと汗を浮かべながら、 「まだ∼。もう少しで出そうだけど、お尻が痛くてぇ・・・」 ここのところヒロシ君は、学校での排泄の際に便が異常に硬く太いため、肛門が何度も 裂けて、そのたびに出血していました。 「ヒロシ君。今日もゾウのようなうんちか?」担任の養護学校の先生がたずねると、 「そうみたい・・・」なみだ目で答えました。 筋力が低下してしまう難病 現在、ヒロシ君は小学校の4年生で10歳です。筋肉の力が低下してしまう、進行性の 病気を発病してから、すでに5年が経過しました。病気の発病当初はよく転ぶようになり、 .... かけっこができなくなり、不思議に感じた母親が病院へ連れて行ったところ「筋ジストロ フィー」という病名を医者から告げられました。現在はその病気が進行してしまい、自立 - 13 - 歩行ができず、起きている時は、全て車椅子の生活です。しかし、ヒロシ君は病気など 気にせず、毎日元気に学校生活を送っています。 家族は両親と高校一年のおにいちゃんがいます。 母親に聞いてもわからない その日の午後、お母さんが学校に迎えに来たときに担任の先生が尋ねました。 「お母さん、今日もヒロシ君ゾウのうんちでしたよ。原因に心当たりはありませんか?」 お母さんは一瞬、顔を曇らせ、 「わかりません」とだけ答え、そそくさと帰ってしまいまし た。担任の先生は何か釈然としないので、同僚の先生にヒロシ君の学校全般での過ごし方 について尋ねてみると、 「そういえば、ヒロシ君。午後のおやつのお茶もトイレに行きたくなるから飲まないと言 って、午後はほとんど水分を取らなかったよ。」担任の先生はピンと来ました。 「もしかすると、養育放置か・・・」と、心の中でつぶやきましたが、軽率な判断はいけ ないと、すぐにその日はその考えを打ち消してしまいました。 ゆっくりと時間をかけて、聞き出してみると・・・ 次の日、担任の先生はヒロシ君と給食を取りながらゆっくり、やんわりと自宅での生活 の様子を聞きました。すると、 「内緒だよ」と前置きしてポツリ、ポツリと話し始めました。 ... ヒロシ君の話を総合すると、自宅でいざり(お尻を地面につけながらずり動くこと)がで きていた頃は、一人で置いておかれても、浴室で排泄をしたり、食事もなんとか摂ってい ... ました。いざりができなくなって移動が一人でできなくなってからは、長男が排泄の世話 や食事の世話をしてくれていました。しかし、長男が今年の春に高校へ入学してからは、 母親と長男は母親の実家に行ってしまいました。その日からヒロシ君は、午後3時に学校 から帰宅後、父親の帰宅する午後10時ぐらいまでの7時間、一人で過ごしていたのです。 その間、食事も摂れずトイレもいけない状態で我慢していたので、ゾウのうんちになって いたようです。また、母親にはそのことを、他人に話さないように口止めされていました。 児童相談所へ 担任の先生は自分の推測が、残念ながら当たってしまったことに、がっかりしましたが ヒロシ君の生活環境を早急に改善しなければならないと考えました。また、夏休みが近づ いており、学校に来なくなったら、ヒロシ君はもっとひどい環境に置かれてしまうことに なってしまうだろうと、対応に時間がないことにも気がつきました。 そこで、校長先生等と相談し学校だけでは対応できない問題だと判断した結果、地域の 児童相談所へ相談をすることに決めました。 - 14 - 兄の不登校もあった I市の児童相談所ケースワーカーは学校からの連絡を受け、過去の記録を確認してみま した。すると、今回のヒロシ君のお兄さんの不登校により平成14年頃、自分の前任者が 家庭訪問をしていたこともわかりました。その時にもヒロシ君の存在は調査されて、確認 されており、長男の不登校の原因は夫婦仲の悪さと弟の世話をしなければならないことで はないかと、所感が記されていました。しかし、長男の不登校が比較的短期間で済んでし まったことで、それ以降の家庭訪問等は行われていませんでした。 父親の帰りが、深夜になる日も・・・ 児童相談所の担当ケースワーカーは、在住市の児童課と打ち合わせし、母親との面談を 行いました。担当した二人のケースワーカーはいきなり、ヒロシ君の養育のことは切り出 さず、最近の生活で困っていることはないかなど、遠まわしに聞き始めました。 母親は一瞬、宙を仰ぎましたが意を決めた表情で「実は・・・」と、話し始めました。 ヒロシ君の養育は自分ひとりで行っていて限界が近いこと。特にヒロシ君が大人並みに体 重が重くなってきたことやパート仕事の掛け持ち(2職種)により、体力の限界が来てい ることを話しました。また、父親は毎日の帰りが遅く、早くても午後10時ごろの帰宅で、 お酒を飲んでくると、深夜に及んでいることもわかりました。 母親の想い、爆発! 「父親とは会っていません!ここ数ヶ月間、顔も見ていません!」話が父親のことにな ると、母親は突然、声を荒げ顔を真っ赤にしました。 「顔を見ていないというのは?」ケースワーカーが聞き返すと、 「隣町の私の父(80歳)が病気で入院し、毎日病院へ行ってるんです。長男の学校も 実家も実父の病院の近くだから、長男を連れてそのまま実家で寝泊りしているんです。」 また、母親は離婚の意志があることやヒロシ君が放置されている状況もわかっていました が、気力、体力ともについていけないことを訴え、その日は児童相談所を後にしました。 父親も同じ想い・・・ 数日後、担当ケースワーカーは父親とも面談をしましたが、母親が述べた家庭状況とほ ぼ同様の認識を持っており、自分は仕事が忙しいため、ヒロシ君の養育をどうしたものか と一人で悩んでいたところでした。そこでケースワーカーは両親の承諾を取り、1回目の 個別支援会議を開きました。参加者は両親、学校の担任の先生、児童民生委員、障害者生 - 15 - 活支援センターのコーディネーターです。会議の冒頭、ケースワーカーは会議の趣旨をは っきりと説明し、どのような体制が作れればヒロシ君が今まで通りの健康状態に戻り、人 間的な生活を取り戻せるかということを、参加者が各々の立場を尊重し合い、みんなで検 討する場であることを宣誓しました。 「とにかく、緊張せずヒロシ君のためにみんなでよい知恵を絞りましょう!」 この言葉で会議前の緊張した雰囲気が解け、両親からも多くの本音が出ました。 個別支援会議の成果 会議で確認されたことや決められた方針は以下のようでした。 ・両親の別居はこのままも継続するが、ヒロシ君の養育に関し、両親がやれることは最 大限行うこと。 ・日常生活で困ったことが発生した場合は、自宅に近い児童民生委員や障害者生活支援 センターのコーディネーター、学校の担任、ケースワーカー等、誰でも良いからすぐ に相談すること。 (ただし、ケアマネジメントリーダーは生活支援センターのコーディネーターが行う) ・市内の居宅支援事業者や子育て支援の NPO 等のサービスを利用し、学校からの帰宅後 や夏休みを一人で過ごさせない。 ・長男の生活の場は本人が嫌がらなければ、母親の実家とし、高校生活に専念してもら うように、母親が責任を持つ。 ・母親の実父は病院からの退院が近いため、担当ケアマネジャー等々と今後協議を進め ていく。 ・離婚については、別途生活が落ち着いたら法律家と協議に入る。 家族全体を支援する視点 その方針に沿いケアマネジメントリーダーとなった、障害者生活支援センターのコーデ ィネーターが両親と話し合いを重ね「個別支援計画」を作成しました。夏休みはもう目の 前です。そして、その支援計画に沿って、市内の居宅支援事業所や NPO 団体等との顔合わ せや見学、様々な制度の説明などを行い、みんなでヒロシ君の家庭全体を支える体制が整 いつつありました。 「学校の送迎については、生活サポート事業を利用します。」 「帰宅後はホームヘルパーさんと NPO の託児所。」 「母親の愚痴の聞き役やサービス全体の調整は、障害者生活支援センターね。」 「心配なヒロシ君の病気のことは、難病が専門のJ病院の先生。」 「実父さんは、病院のケアマネジャーさん。」等々・・・ - 16 - コーディネーターからわかりやすく一通りの説明を聞き終えると、母親はこれからの生 活の輪郭が見えてきたようで、 「どこまでがんばれるかわからないけど、これだけみなさんが支えてくれるなら、もう 一度、がんばってみます。」 それまでとは比べ物にならない、明るい表情でコーディネーターに力強く答えました。 よいうんちによい笑顔 「先生!うんち終わったよ!」 残暑厳しい、夏休み明けの学校のトイレで、元気の良い声がヒロシ君から担任の先生にか かりました。 「はいよ!今日もいいうんちか?」 「うん、お尻も痛くないし、いいウンチだよ!」ヒロシ君は満面の笑みで答えました。 「そうか、じゃあお昼休みはみんなで“UNO”やる時間があるな!」 「うん!今日は負けないよ!」いつもの明るい活発なヒロシ君に戻っていました。 - 17 -