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エンジニアリング・ブランドにおける技術の学際的意味論 − 実理融合化の

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エンジニアリング・ブランドにおける技術の学際的意味論 − 実理融合化の
エンジニアリング・ブランドにおける技術の学際的意味論
− 実理融合化の研究 −
小平和一朗*1
*1
株式会社イー・ブランド21
志郎*2
代表取締役
(芝浦工業大学大学院工学研究科
*2
嶋矢
博士課程)
芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科
教授
ル・ポリテクニックである。同校は、王制を市
はじめに
民が倒し、貴族制を破壊し、人民主権の国家を
− B2B市場のブランド −
ブランドは、主に一般消費財の市場、つまり
構築しようとした時、技術が国家を支えること
B to C(B2C)マーケットを対象にして議
に気づき、国家のために有益、有用な技術を人
論されてきた。一方、エンジニアリング・ブラ
民の中から職業的な技術者の育成に取組んだ。
ンドは、資本財や生産財を売り買いする市場、
やがて 18 世紀末から始まる産業革命は、エンジ
つまりB to B(B2B)マーケットを対象に
ニアが革命を推進し、新しい産業社会の構築の
したブランドである。そのマーケットの買い手
中心的な役割をはたした 4) 。
は、技術者であることが多く、通常の一般消費
− エンジニアが理論と実際を融合 −
者を相手にする売り買いとは異なる。
エンジニアリングの歴史は浅い。技術者であ
B2Bマーケットという市場でエンジニアリ
るエンジニアは、科学者と職工の中間層に登場
ング・ブランドを構築する利点は、ブランドを
し、市民権を得てきた。近代文明は、産業革命
構築する利点と共通点がある。ブランドが構築
をはじめとして、技術が文明をつくり、生活の
されると、買い手は購入する製品の品質水準が
向上を助け、社会変革を実現してきた。社会が
特別な調査をしなくても分ることや、ブランド
要求するニーズに応えることで、科学者とはい
が知れ渡っていることで、売り手は特別な宣伝
えない、まさにエンジニア(技術者)集団が、
をしなくとも買い手はブランドを見るだけで安
「理論」と「実際」を融合し、人類が求める快
心して購入できるなどの利点がある。それは売
適な生活の実現を先導した 3) 。
り手にとっても、ブランドが確立されているこ
本論文は、エンジニアリング・ブランドにお
とによる買い手の信用が確保できる、リピータ
ける技術とは何かの概念規定とともに、融合化
ーが増え受注処理が容易になる、製品固有の特
の研究に関する考察を実理融合、文理融合の学
徴を保護できる―などの利点がある
1)2)
際的観点で整理した。
。
技術のブランドである、エンジニアリング・
ブランドにおける技術について、改めてその意
Ⅰ
味を技術経営(MOT)の観点から考察する。
1.事業計画を立案する
− エンジニアが社会変革を支える −
技術マーケティング活動
エンジニアリング・ブランドの構築は、長期
3)
『技術と文明』 によると、14 世紀になって
的視点で事業計画を立案し取組むことになる。
城壁、運河、武器などを設計するエンジニアリ
短期的な取り組みでは、ブランドを構築するこ
ングが一つの術として鮮明になってきた。フラ
とはできない。中期(3年)を組立て、長期(5
ンス革命の末期、技術者養成のために作られた
年)を検討する。中長期の事業計画の中に、開
最初の学校が、1794 年にパリに作られたエコー
発対象とする技術要素を書き込む。中長期の事
1/11
業計画の 基 本は技術 開 発戦略を 明 示したエン
工事中の過程で、その強度維持の確認が工事現
ジニアリング・ブランド構築方針として定義さ
場の技術者によって行われる。技術者によって
れる。
品質規準を満足していることの保護と保証がで
きるので、ビルや橋が強度不足で崩壊すること
経営方針に技術のブランド構築方針を定義し、
技術的基盤確立の方向を明示する。研究開発、
はない。
商品開発、事業開発を中期や長期という期間で
(2)電気通信の分野
定義する。長期的な視点で技術を捉えられてい
電気通信の分野でも、工学的理論に基づいて
ないマーケティング戦略は、技術開発において
安全を確認するための計算が行われる。発熱量
遅れを生じる。市場のニーズは現存する商品の
や電圧耐力を考慮して部品を選択し、回路設計
改良的な意見が主になるため、常に後追い企画
をして、発熱が原因で火事は起こらない。技術
となる。市場に依存し過ぎるマーケティング戦
者は科学的な知識をもって、リスクを予測する。
略は、長期的な視点に立った戦略商品を開発で
さらに試作した段階で、計算結果とのずれがな
きない。
いかを評価し、安全な装置が開発される。
(3)線路の磨耗
鉄道の線路のように継続的に使用することで
2.技術で未来を予見し、安全を保護する
磨耗するものは、あらかじめ計算された交換規
科学的根拠を持った技術が安全を支えている。
技術は、工学、科学という学問の裏づけのもと
準に従って保守を行う。予防保全の基準に基づ
に存在する。技術者は、その特定分野において、
いて定期的に交換し、安全なシステムが生まれ
机上計算をして予測をする。可能な限りの予測
る。科学的根拠に基づいて、定期交換時期が予
が出来て技術者の仕事となる。以下に技術者の
測できる。
エンジニアリング事例を報告する。
(4)技術者のエンジニアリング活動
技術者が取組む安全確認予見行動は、技術者
(1)建築構造物の安全を保障
技術者は計算をして、高層ビルを建築する。理
が取組むエンジニアリング活動である。エンジ
論に基づいて強度計算をして、実際に建物を建
ニアリング・ブランド構築は、このような地味
てる前に地震に耐えることを確認する。また
な作業から始まる。
商品を見てからニーズが分かる
商品の提供
Customer(顧客)
Customer(顧客)
Customer(顧客)
Customer(顧客)
Customer(顧客)
情
•
•
•
報
顧客ニーズ
競合社情報
市場動向
Product(商品・サービス)
Functions (機能)
Chractor (性能)
Price (価格)
図1
Place 市場
顧客ニーズを創造する
Promotion 販売促進
商品
属性
顧客ニーズの創造
2/11
技 術
むことが必要だ。その時、ニーズの把握は必要
しかし、技術者が科学技術的理論だけで予見
することの危険性も理解しておくことは重要な
だが、顧客志向でニーズのみを追ってしまうと、
ことである。計算にのらない世界が常に存在し、
技術開発が後追いとなり、後手を踏んでしまう。
想定外の条件が生まれてくることを忘れてはな
従って、エンジニアリング・ブランド構築のた
らない。
めの技術開発は、ニーズを予測し開発を先行す
る。そこには、市場を見通すことができる経営
クレームや障害発生時には、真摯な態度でそ
の分かる技術者が必要となる。
の原因を特定し、対策を立てることが必要とな
る。その調査を怠ると、技術の蓄積が出来なく
なり、やがて大きな事故に繋がる。
Ⅱ
技術というと知的財産などを含めた知識創
技術ブランドの構築方針
1.技術は商品作りの手段
造活動が注目されるが、技術は保守・メンテナ
技術は商品作りのための手段である。技術は
ンスなどの地味な作業が、それを支えているこ
直接的な売り物ではない。付加価値ある商品を
とを忘れてはいけない。保守・メンテナンス作
企画して、商品の中で技術が生きている。
業もエンジニアリング活動である。
技術開発構想段階から、仮説であっても商品
企画書を作る必要がある。お客様は、商品企画
3.経営の分かる技術者
書を見てニーズ判断をする。供給側が顧客ニー
顧客重視のマーケティング戦略は、シーズ指
ズを創造する気構えが必要だ。ニーズは創造す
向で進めてきたバブル期のマーケティング戦略
るものと考えたい。
を大きく見直すきっかけとなった。そのマーケ
顧客だけを向いても、市場を新たに創生する
ティングの基本に顧客志向がある。
ようなヒット商品は作れない。顧客は具体的商
エンジニアリング・ブランドにおける顧客志
品を見て判断する。顧客に商品を提供して顧客
向とは何かを考えてみる。(図 1 参照)
の真のニーズがはっきりする。この商品サイク
技術開発には時間がかかる。死の谷議論以前
ルといわれる循環を早いスピードを回すことで
に、常に商品開発を想定した技術開発に取り組
リスクの少ない商品を創造できる。ニーズとシ
技術戦略
商品開発戦略
販売戦略
3年∼5年
工程区分
1年∼3年
商品企画
商品企画
営業部門
生産部門
マーケティング
マーケティング
設備構築
設備構築
技術開発
研 究
マーケティング戦略
販
販売
売
製
製造
造
開
開発
発
研
研究
究
時
図2
商品開発モデル
3/11
間
ーズ情報を同時に分析し、その結果から商品企
という流れになり、ものづくりのプロセスは、
画書を何度か作成し、新市場の創生活動を行う。
「開発」→「設備構築」→「製造」→「販売」
市場は最後に見えてくる。
となる。
商品化プロセス過程では、技術戦略、商品開
2.商品開発モデル
発戦略、マーケティング戦略、販売戦略が作ら
(1)長期戦略に基づいて研究、開発に取組む
れ、戦略に基づいて組織的な取り組みがされる。
(3)実理融合と文理融合の相関
商品を開発するプロセスをモデル化してみる。
開発に必要な計画は、3年以内で組み立てる
融合化の観点から商品開発プロセスを考察し
ことが多い。それを事業化して、投資資金の回
てみる。図3に、X軸に文理融合の度合いを、
収を行なうための事業収益見通しは、5年間の
Y軸に実理融合の度合いを表現するための2次
長期計画で立案する。
元のポジショニング図を作成した。
図には、MOTおよびMBAを図中にプロッ
(2)商品化プロセスを時間軸で整理
トした。MOTおよびMBAは、実理融合型の
研究、開発について、時間軸で事業戦略に基
学問である。
づく活動を評価し、検討を進める。商品開発に
至るまでには、技術と商品との結びつきにおい
次に、実理融合軸(Y軸)を基本に曲線α(点
て、さまざまな技術融合があり、複雑な技術開
線)を引いた。次に文理融合軸(X軸)を基本
発に取組んで、商品化へと進む。技術開発につ
に曲線β(一点鎖線)を引いた。この両曲線で
いて、エンジニアリング・ブランド事業戦略と
囲まれた領域にMOTやMBAの研究テーマが
のかねあいで、製品化プロセスを時間軸で整理
多く存在する。図中に商品化プロセス工程とエ
し、その構造を再認識してみる。商品開発には、
ンジニアリング・ブランドをプロットしてみた。
5)
研究とは、理工学系が 100、理論が 100 の位
時間がかる。図2に商品開発モデル を示す。
置にある。技術開発とは、理工学系が 80、理論
商品が生まれるプロセスは、「研究」→「開発」
と実務が 50/50 の実理融合の位置にある。商品
→「商品企画」→「マーティング」→「販売」
A点
実務
販売
曲線α
商品企画
曲線β
エンジニアリング・ブランド
マーケティング
技術開発
MBA
MOT
実理融合
曲線β
理論
B点
図3
研究
理工学系
曲線α
学際領域
融合化の研究
4/11
C点
人文社会科学系
企画は、理工学系と人文社会学系が 50/50 の文
た。この時期、パソコンは成長分野と見られて
理融合の位置にあり、実務 80 の位置にある。マ
いた時期であり、驚きの目で見られたという。
ーケティングは、人文社会学系が 80、理論と実
撤退理由は,基礎技術が不足しているとの判断
務が 40/60 の実理融合の位置にある。販売は、
だ。技術不足の理由は、キーコンポーネントを
実務が 90、理工学系と人文社会学系が 30/70 の
もっていないからだという。6) しかし、そのパ
位置にある。
ソコンに関する技術と技術者が、デジタルカメ
この図から見ても研究、技術開発に従事する
ラやプリンターの開発に向けられ今日の地位を
技術者が、マーケティング担当や販売担当に変
築いた。
わるのは実務経験や人文社会科学系の知識を持
キヤノンの技術は、現状持っている技術をベ
って臨む必要がある。そこに至るには、大変な
ースに次に進出する分野の技術開発を手がけて
ことだということが分かる。
きた結果だ。この取り組みが今日の成功をもた
約10名の社長や事業責任者に対してインタ
らしたキヤノンの技術開発の多角化戦略につな
ビューを試みたところ、同じような意見や問題
がっている 7) 。
意識を持っていてくれており、技術者が経営を
(2)液晶のシャープという技術ブランド
担当するには、社会学的な観点での捉え方や判
シャープは、コアコンピタンスである液晶を
断力の能力向上を養うための訓練が必要である
一層進化させるとともに、液晶テレビやモバイ
ことに賛成してくれた。
ル機器などの液晶搭載商品の拡充に取り組み、
液晶のシャープとしての技術ブランドを構築し
ている。 8) シャープは、液晶技術をキーテクノ
3.技術を大切にする経営
エンジニアリング・ブランドは、特徴ある技
ロジーとし、明確なエンジニアリング・ブラン
術のブランドだ。企業を支える特徴ある技術を
ド戦略を掲げている。液晶技術の開発を20年
保有してこそ成長を支えてきた。つまり差別化
以上も前から手掛け、液晶技術開発に経営資源
技術を持つには、戦略に基づいて取組む必要が
を集中化し、付加価値の取れる物づくりに取組
ある。技術を持つには、戦略に基づいて取組む
んできた。コンポ―ネット技術として液晶技術
必要がある。
開発を研究開発の中枢において、他社に先駆け
長年取組んできた。
著者が評価するエンジニアリング・ブランド
(3)世界のソニーを作ったのは技術
育成事例を次に示す。
日本型ベンチャー企業の代表と言われるソニ
(1)技術重視のキヤノン
1933 年の研究所開設当時、キヤノンはカメラ
ーを、世界のソニーにまで構築できたのはなぜ
を作ろうとするとライカの特許に抵触し、高額
か。ソニー発展の経緯を調べると技術を育てて
な特許料を支払うことになった。今日の独自技
きたソニーの姿がみえる。「ソニーの技術者た
術を重視する方針は、開設当時に生まれた。
6)
ちは井深氏の無理難題に難色を示しながらも、
今日キヤノンは、プリンター、デジタルカメ
最後にはソニー独自の画期的な製品を生み出し
ラなどで成長している。キヤノンのエンジニア
ていった」 9) という。井深大というリーダのも
リング・ブランド事業戦略について、技術的な
とで、技術に裏付けされた特徴ある商品が開発
事業視点から評価をする。もともとキヤノンは、
された。
アナログカメラのメーカであった。デジタル化
ソニーには、技術をベースとしたソニースピ
時代の優等生となっているキヤノンの今日の姿
リッツがある。「ひと真似をするな。他人がやら
は、新規事業創生成功モデルとしてみることが
ないことをやれ」 9) と言い続けてきた技術者魂
できる。
が、それである。
キヤノンは、1996 年パソコン事業から撤退し
(4)研究開発優先のサムスン電子 10)11)
5/11
サムスン電子は、現場社員まで技術の重要性
1.技術者に求められる資質
を理解させる取組で成長路線を維持している。
サムスン電子の成功要因を調べると、技術を尊
技術者に求められる条件を整理した。
重した技術経営戦略をとってきたことがわかる。
遅れた技術を取り戻すために、技術重視の方針
(1)技術に嘘をつかない
嘘も方便というが、技術の世界では許されな
をとり、日本や米国の技術者を三顧の礼で迎え、
い。時間がたてば間違いは間違いとなる。それ
必要な技術の獲得をおこなった。
が技術だ。技術は科学に裏付けされたものであ
IMF通貨危機の時、全社員の 3 人のうち 1
り、技術は科学によって普遍性を保証される。
人をリストラすることを行った時期でも、サム
嘘偽りの無い技術は、後世に伝えることが可能
スングループの中央研究所の研究者をリストラ
な貴重な財産となる。
の対象にはしなかった。その時、李会長は、「研
(2)お客の信頼を勝ち取る
究と開発をろくにしないのは、腹のすいた農夫
客先との打ち合わせで、できない可能性があ
が、蒔かなくてはならない種を食べるようなも
るにもかかわらず「検討します」と答えてしま
のだ」
10)
との経営方針を打ち出し、今日のサム
うことを避けたい。お客さまは「検討します」
スン電子を築いた。サムスン電子の成長は技術
を「やります」、「出来ます」と受け止める。「検
重視の政策にあった。
討します」とは、できる方法を検討するのであ
(5)要素技術の選択で誤らない
って、できない方法を検討するのではないと思
いたい。お客の信頼を裏切らないようにしたい。
今日の大競争時代に成長を続けている成功事
(3)問題には正面から取組む
例を見ると、長期的な視点に立って技術を、技
客先との打ち合わせで「・・・と思います。」
術者を大切にしてきた企業像が浮かび上がる。
技術を大切にしてエンジニアリング・ブランド
を連発するときは、要注意だ。自分から発した
を構築してきた。事業運営は、いつでも順風、
言葉を自分の耳で改めて聞き直す余裕を持ちた
満帆とはいかない。事業収益改善のために事業
い。十分に考えずに「感じ」や「感覚」で答え
の集中と選択を繰り返すとき、技術の選択を誤
てしまうことを避けたい。曖昧な回答をせずに
らないことである。成功企業は、その選択で大
「現状ではこう考えていますが、不明点がある
きな間違いを犯してはいないという点が、共通
ので、次回までに検討してきます」と答えるべ
項である。
きである。問題に対しては、真正面から取り組
む姿勢が求められる。
Ⅲ
技術戦略を構想できる人材の育成
2.実理融合型の MOT 人材
人の育成は、企業戦略の要となる。グローバ
エンジニアリング・ブランド事業戦略との関
ルな社会の出現で、それにあわせた人事システ
ムや教育システムを構築することが必要となる。
連で技術経営(MOT)を考えてみたい。実理融合
その場合であっても、日本企業においては、
を研究するとき、エンジニアリング・ブランド
日本的なシステムの良さを追求しその良さを最
と技術経営を切り離して検討することはできな
大限に生かすことができる育成計画が必要だ。
い。
日本的企業風土は、ブランド作りに適している。
MOT教育の目的として①経営の分かる技術
エンジニアリング・ブランド構築には、組織
者、②技術の分かる経営者、③技術経営の分か
を構成する技術者の個性を伸ばし、技術者が自
る経営者と3者3様の答えがある。芝浦工業大
発的にベストを尽くすような文化を企業内に醸
学大学院 1 期生からのアンケート結果を図4に
成し、業界のスターを育成する心構えが必要だ。
報告する。多くの修了生が「経営の分かる技術
足の引っ張りあいがあってはならない。
者」と答えている。 12)
6/11
3.技術経営者に求められる戦略思考
技術の分かる管理者
1名
2.9%
8.8%
日本人はもともと戦略思考に弱い。農耕民族
その他
3名
の血統を引いているからと思われる。奪い取る
ことを以って食を得る生活をしてきた狩猟民族
26.5%
と比較して、農耕民族は戦うことを日常として
61.8%
いないためか、戦略を組み立てる能力に弱い。
農耕民族は、最善を尽くして天命を待つような、
神頼み的な精神論がどうしても先行する。日本
技術の分かる経営者
9名
人は、とくに戦後、教育の場で闘うことを悪と
経営の分かる技術者
21名
して戦略を考える訓練を受けてはこなかった。
しかし、ビジネスは戦いである。それも世界
図4
を相手した戦いの世界である。エンジニアリン
MOTを学んだ目的
グ・ブランドの構築にかかわる技術者は、戦い
に挑んでいることを前提に戦略を意識して学び、
日本電気の最高技術経営者でもあった植之原
訓練を受けなければならない。
道行は、技術経営に取り組む人材について「市
場と技術の相関が読める人材」
13)
(1)戦略と戦術の違いを理解
でなければならな
戦略とは、 What"であり、戦術とは、
いと定 義して、MOT教 育 の重 要 性 を主 張 してい
to
る。
How
である。つまり戦略とは、目的、考え方、
日本で最初にMOT教育に取り組んだ芝浦工
ビジョンを言い、戦術とは、手段、オペレーシ
業大学の教育方針を見る。当時、学長であった
ョンなどを言う。西村克己は、
『よくわかる経営
江崎玲於奈は、「変革の時代に必要な人材は、
戦略』 17) の中で「戦略は軍事から生まれたもの
『戦術』を実行できる人材ではなく『戦略』を
であり、『敵を知り己を知る』、『戦わずして勝
14)
という。同大
つ』、『敵の不意を撃て』を日本の戦国時代の戦
学務担当理事の岡本史紀は、「MOTは実務経
略の事例」としてあげている。この戦略は、競
験の科学的分析を通して、普遍的な知識として
合との戦いにおいてすぐにでも使える。
構想できる人材の育成が必要」
15)
(2)戦う相手を明確にする
体系づけられる『技術経営』である。」 とMO
玄場公規は、
「すばらしい戦略があっても、戦
T教育を実理融合化の取り組みであると説明し
ている。同大MOTの研究科長である児玉文雄は、
う相手を明確にできないとき、それを戦略とは
「戦略を構想できる未来への挑戦者を育ててい
言わない」 18) という。日本人は、敵を明確にす
きたい」14) としている。著者の一人である嶋矢
ることが苦手である。商いの世界では、まさに
は、「MOTとは、技術と経営を戦略的に結ぶ、
生きるか死ぬかの戦いが展開されるのに、戦う
いわば文理融合型の経営革新の一種であるが、
相手を曖昧にする。戦略構築段階で曖昧である
それ以上に実務と理論を有機的に融合した、い
と、組織は戦う目標を失う。
新しい会社を立ち上げるベンチャーであれ、
わば実理融合型のMOT人材による知の集積効
16)
すでに事業を成功させている企業が新規事業に
果であり、その応用展開を意味する」 という。
進出する場合であれ、進出する市場でトップに
以上のように経営の分かる技術者を育成する
なるためには、競合する会社が握る市場シエア
教育目標は、「戦略を構想できる人材の育成」、
を奪い取らなければならない。その場合、敵を
「実理融合型のMOT人材の育成」の 2 つに整
明確にして、組織が一丸となって敵に立ち向か
理できる。
う必要がある。
7/11
(3)オペレーション改善は戦略ではない
(5)戦略は長期的な展望を与える
マイケル・E・ポーターは、「オペレーション
の改善に取り組むことは戦略ではない」 19) と
伊丹敬之は、戦略を市場と組織の2つの観点
して、日本企業の多くは戦略を持っていないと
で長期的な展望を持って取り組むべきだとい
指摘している。それは、オペレーションの改善
う。21) 一つは、戦略は市場の中での企業の行動
にだけ取り組んでいても、やがて競合に模倣さ
や意思決定の基本的指針であるとし、二つ目は、
れてしまうとの指摘だ。やがてコスト競争に陥
企業の行動は、組織という人間集団によって実
ることになり、事業採算が悪化して、開発費や
行されるので、その集団を率いるための構想あ
設備投資資金の回収もできなくなるとの予測
るいは基本方針が戦略であるとの見方である。
だ。あらゆる企業にとって、オペレーションの
改善は、競争力の源泉であり、改善作業のなか
4.理系と文系の思考の比較
から、差別化技術が生まれているからである。
エンジニアリング・ブランド思考の分析は、
ポ ー タ ー は 、『 What Is Strategy? 』 20) の 中
融合化の研究でもある。表1に理系と文系とい
で
う2つの対立する思考の特徴を整理した。
Competitive strategy is about being
different.
(1)理系の思考
とも言っている。
技術開発の分野、つまり理系の世界では、正
(4)手段を分散し、強みを集中する
解は1つに限られ、それ以外はない頂上を極め
植之原道行は、「選択と集中だけでは成長に
る、収斂思考を前提としている。
限界がある」といい、持っている資源などを分
散し、自己の強みを集中することを技術経営の
何度実験しても、製造しても再現性があるこ
基本的な要諦としている。つまり、植之原のい
とが科学技術であることの前提条件となる。た
う経営戦略とは、「経営上の諸目的を達成する
またま1回起きた現象は、科学と言わない。
ために、企業の諸資源、手段を分散し、事業展
(2)文系の思考
一方、マーケティングの分野、つまり文系の
開に適用する方策であり、また競争相手の相対
13)
世界では、正解は1つとは限らないため、多様
的弱点に自己の強みを集中する方策」 だとい
う。
理
系
文
比較項目
系
正解は1つに限られる
基本思考
正解は1つとは限らない
谷間から頂上に登る
目標へのアクセス
谷間から地表に出る
2+3 =
問題の組立て
答えは1つの問題設定
5 =
+
答えが複数の問題設定
意見を収斂させる
解法プロセス
総意をまとめる
論理思考力
能 力
判断力
あ り
再現性
な し
(常に同じ回答を導ける)
エンジニアリング思考
(常に同じ回答に成らない)
エンジニアリング・ブランド
の視点
表1 理系と文系の思考の比較
8/11
マーケティング思考
極端に狭くなるからだ。
性を容認する発散思考を前提としている。
(2)発散思考
ビジネスを検討するとき、発散思考で可能性
を広げ、検討を重ねた段階で収斂思考に切り替
市場創生を考える時、谷を上る気持ちで思考
え、よりよい正解へ整理を進める。回答のない
を組み立てるような発散思考で、市場を広げ、
課題が多い。多様化されたお客さまの要求は、
組み立てることが望ましい。(図6参照)市場
論理的な思考だけでは整理がつかない。エンジ
創生を考えるとき大切なことは、答えが複数出
ニアリング・ブランドの視点で考える時、理系
てくるような問題設定をすることだ。
の収斂思考と文系の発散思考の2つの思考方法
発散思考で市場創生を考えるとき、思考方法
を使い分けながら、正解への接近方法が求めら
にブレインストーミングの4つの基本ルール
れる。
22)
を組み込むことが必要だ。次の 4 項目に整理
した。
Ⅳ
考察
①アイディアを引き出すことに専念する。
1.技術者が陥りやすいワナ
②自由奔放に意見を交換する。
− 収斂思考と発散思考の使い分け −
③「質より量」を重視する。
市場を見通すことができる技術者に求めら
④出てきたアイディアに便乗する。
れるのは、収斂思考と発散思考の両方を理解し、
経営の分かる技術者に求められるのは、状況
事象に応じて使い分けができることだ。
に応じて以上のような柔軟な思考能力をあわ
(1)収斂思考
せ持つことだ。実務では、収斂思考と発散思考
もともと技術者とマーケティング部門の担当
を使え分けることができる動的判断力や、思考
者では、思考方法が異なる。技術開発は、高い
の切替をできる能力が技術者に求められる。
山に登るような思考の繰り返しで再現性のある
つまり、融合とは迎合することではない。相
科学的な方法や手段を見つける。(図5参照)
手の立っている位置を理解し、冷静な意見の交
戦略議論では方法論に陥ってはならないとい
換や、議論をして、新しい知見を生み出しょう
うが、特許で対象とするのは製造方法などの新
いう姿勢がエンジニア(技術者)には求められ
しい具体的な実現手段が対象となる。再現性を
る。エンジニアが、安易な妥協に基づいた、同
求めて繰り返し確認作業に取り組む。
質化した意見交換のみに固執していては、社会
ところが、マーケティング分野の市場創生を
を変えるような創造を生み出すことはできな
考えるとき、技術者には必要な要件である収斂
い。
思考が邪魔をすることになる。ものの見方が、
収斂思考
発散思考
技術開発
市場創生
頂上を極める
谷を上る
図5
収斂思考
図6
9/11
発散思考
2.エンジニアリング・ブランドにおける技術
分かっていないことに気づく。技術を言葉で論
エンジニアリング・ブランドにおける技術と
理的に定義することの難しさにも気づく。本論
は何かの概念規定に取組んできた。
文ではエンジニアリング・ブランドにおける技
それを以下の 3 項目に整理した。
術をマーケティングに対比して、学際的な視点
①技術は商品作りの手段
で整理を試みた。
また、エンジニアリング・ブランド技術の捉
②長期戦略に基づいて育成した技術
え直しは、実理と文理の2つの融合化の研究で
③企業を支える特徴ある技術
もある。MOTを議論する場で今まで言われて
きた谷や海を渡るというより、お客様に向かっ
3.融合化の観点
エンジニアリング・ブランド構築活動は、技
て役立つものを開発して、社会が求める商品開
術活動とマーケティング活動の融合化を実践的
発をしたいという一念が、結果的にエンジニア
に取り組むことを意味する。ブランド構築の作
リング・ブランドを構築し、市場を創生してい
業は、実務経験の重みが大きい。エンジニアリ
くように見える。
ング・ブランドに関する融合化の研究は、実務
エンジニア(技術者)が、ものづくりを安定
面でのケースを整理し、分析することで、より
的に実現できる手段を提供する。その手段は、
融合化の体系づけが進む。
エンジニアが作成する作業マニュアルや図面な
エンジニアリング・ブランドは、技術とマー
どだ。
エンジニアリング・ブランドに始まる融合化
ケティング概念を結ぶ文理融合型の研究である
の研究は、まだまだ不十分である。MOT(技術経
と見ることもできる。
この融合化の研究は、図3に示す曲線αと曲
営)という視点で捉えたとき、科学者とものづ
線βで囲まれた斜線領域に融合化の研究テーマ
くりを担当する現場との間に『実理融合』があ
が潜在していると考える。
り、エンジニアがそこにいる。
エンジニアが技術者として、その実現手段を、
理工学の世界と人文社会科学の世界が融合化
術といわれる領域まで昇華して初めて、『技術
する部分に研究すべき課題が山積している。
融合化の分野の可能性を加藤秀俊は、『取材
学』
23)
の中で「学際的」な専門化の交流を取り
(エンジニアリング)』と呼ばれるのにふさわし
い価値順序の入れ替えが生まれる。
上げている。専門業者同士の対話の内容という
のは、あまり多くの発展を伴わないと指摘する。
参考考資料
学際的な対話は、例えば文学者と電子工学者の
1)フィリップ・コトラー、ゲーリー・アームストロング
ように異質の人間が、共通の問題を探し求める
(和田充夫。青木倫一 訳) 『マーケティング原理』、
ときに生まれる。発展的な思索のためには、で
ダイヤモンド社(1996)
きるだけ多くの、異質な人びとからの情報に触
2)小平和一朗 『エンジニアリング・ブランドの市場
れることだという。まさに融合化の観点から捉
戦略とその展開』、開発工学、vol.23, (2005.3)
えるところに、革新的で、発展的な解決策があ
3) ルイス・マンフォード著、生田勉訳『技術と文明』、
る。
美術出版社(1978)
4) 村 上 陽 一 郎 『 文 明 の な か の 科 学 』 、 青 工 社
(1994)
まとめ − 術といわれる領域まで昇華 −
エンジニアリング・ブランドを早稲田大学の
5)小平和一朗、児玉文雄 『エレクトロニクス産
亀井先 生に 提案し たと きに、 エン ジニア リン
業の経営モデル』ビジネスモデル学会(2006.1)
グ・ブランドにおける「技術とは何か」を問わ
6)坂爪一郎著『御手洗冨士夫
れていた。技術を分かっているようで、技術を
場主義』、東洋経済新報社
10/11
キヤノン流現
7)Suzuki,J., Kodama,F., Technological diversity of
persistent innovators in Japan. , Research Policy
1673, 1-19.
8)SHARP アニュアルレポート 2004』、シャープ
株式会社(2004)
9) 立石泰則編著『井深大とソニースピリッツ』、
日本経済新聞社(1998)
10) キム・ソンホ/ウ・インホ『サムスン高速
成長の軌跡』ソフトバンクパブリッシング
(2004)
11) 福田恵介訳:『サムスン電子』、東洋経済新
報社(2002)
12)芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科
MOT形成支援プログラム開発室『MOT 修了生の
ロールモデルに関するアンケート 』,2005.10.18
13)植之原道行『戦略的技術経営のすすめ』、日刊
工業新聞社(2004)
14)芝浦工業大学『芝浦工業大学大学院工学マネ
ジメント研究科紹介パンフレット』(2003)
15)岡 本 史 紀 『MOTイノベーション』、森 北 出 版
(2004)
16)嶋 矢 志 郎 『実 理 融 合 型 の演 習 教 材 開 発 を推
進』、情報管理、Vol47,No.12,March 2005
17)西村克己『よくわかる経営戦略』、日本実業
出版社(2002)
18)玄場公規『理系のための企業戦略論』、日経
BP社(2004)
19)マイケル・E・ポータ著、竹内弘高訳『競争戦略
論Ⅰ』、ダイヤモンド社(2005)
20 ) Michael E. Porter,
What Is Strategy?
,
Harvard Business Review, November-December
1996
21)伊丹敬之『経営戦略の論理』、日本経済新聞
社(2004)
22) 高 橋 誠 編 著 『 新 編 創 造 力 事 典 』 日 科 技 連
(2002)
23) 加藤秀俊『取材学』、中公新書、中央公論新
社(2004)
11/11
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