Comments
Description
Transcript
67~72
第 7 節 蚕のその他の器官とその生理 67 を通じて 20 数個の細胞で構成され,この細胞から分泌される物質は幼若ホルモンといわ れ脱皮ホルモンとともに幼虫脱皮に関与する(3‐14 図) 。 第 7 節 蚕のその他の器官とその生理 頭部 第 1.神経系 2 蚕の神経系は中枢(中央) 胸部 神経系・末梢神経系及び交感 3 15 7 8 4 神経系からなっている。 14 5 中枢神経系は 13 対(外観 腹部 は 13 個に見える)の神経球 と,これを連ねる神経索から 3 9 6 7 8 なり,体の腹面正中線を縦走 6 1 4 13 9 している。このうち,第 1 と 14 10 第 2 神経球は頭部内にあり, 11 第 1 神経球を脳,第 2 神経球 5 2 12 を食道下神経球と呼び,他の 神経球より大きい。第 3~11 1 10 11 12 13 3‐13 図 蚕の神経系 3‐14 図 蚕の頭部神経系 神経球は胸部及び第 6 腹節ま 1.脳 1.脳 2.食道下神経球 3.前額神経球 4. での各体節に 1 対ずつあり, 2.食道下神経球 咽腔側神経球 5.アラタ体 6.胃背交感神 第 7 腹節には第 12・13 神経 3~13.各神経球 経 7.上唇神経 8.触角神経 9.視神経 球が接合している。神経索は 14.交感神経 10.下唇神経 11.小あご神経 12.大あご 第 1~5 神経球の間は 2 本が 15.末梢神経 神経 13.側心体神経 14.アラタ体神経 認められるが,それ以降は合 一して 1 本に見える(3‐13 図) 。 末梢神経は中枢神経から派出して,体内の各組織・器官に分布する神経で脳から 3 対, 食道下神経球から 3 対,その他の各神経球から 2 対ずつ出されている。 交感神経系は中枢神経の支配を受けずに独自に働く神経で,頭部交感神経と腹面交感神 経の 2 種がある。頭部交感神経は脳と前額神経球と連絡し,さらにそこから前後に派出さ れて消化管,背脈管に分布するものと,脳と側心体(咽腔側神経球)と連なり,さらにア ラタ体と連なって分枝し,消化管に分布する二つがある。腹面交感神経は,胸腹部の各神 経球の後端中央から出て,次の神経球の中間で左右に 2 分し,気門の内面を通り,さらに 68 第 3 章 蚕体の構造と各器官のはたらき 背脈管に分布する(3‐14 図) 。 第 2. 循環系 蚕の循環系は背脈管(心臓)と血 大動脈 1 液に分けられる。背脈管は体の背面 10 背脈管 正中線の皮膚直下を縦走する管状器 2 (心臓) 官で, 頭部の脳の下側前方で開口し, 11 3 後端は第 9 腹節の前端で盲管となっ 11 ている。第 2 腹節から第 9 腹節の管 4 扇状筋 壁には,各節に 1 対ずつの扇状筋が 5 弁孔 付着しており,第 2 胸節から末端ま 11 での管壁背面には,血液の流入口で ある 1 対ずつの弁孔がある。また, 6 3‐15 図 蚕の背脈管 7 ここには管腔後方から前方に向かう は く ど う 弁膜があり, 血液の循環を助ける。 背脈管の後部には搏動の 8 自動能があり,この働きによって背脈管は搏動し,血液を 9 後部より前方に送って循環させる(3‐15 図) 。 ね ん 血液は粘ちょうな液体で,血しょうと血球からなり 90 ~95%の水分を含む。血球は 6 種類の血球細胞,すなわち 原白血球,顆粒細胞,小球細胞(及び成虫型小球細胞) ,プ ラズマ細胞,エノシトイドに区別され,その数は蚕品種, 発育の時期によって異なるが,1mm3 中におよそ 3,000~ 3‐16 図 蚕の気管分布 (腹面) 1~9.気門 10.退化気門 11.灰色部 8,000 個ある。血液の色は一般に黄繭種では黄色,白繭種のでは無色または薄い黄色であ るが,これは血しょうの色による。 第 3. 呼吸系 蚕の呼吸系は 9 対の気門と気管からなる。気門の内面には開閉する 2 枚の膜と,これを 動かす 2 種類の筋肉がある。また,気門の内側は膨らんで室を作っている。 中腸の両側には前後に走る左右 1 本ずつの縦走気管がある。各体節には気管の集まりで そ う ある気管叢があり,その部分は気門と連絡している。左右の縦走気管は対をなす気管叢ご とにはしご状に連絡されている。気管は気管叢から分岐するに従い細い管となり,体内の あらゆる器官に分布する。気管は外側より固有膜,皮膜細胞層及び内膜の 3 部からなる。 第 7 節 蚕のその他の器官とその生理 69 ら せ ん 内膜の内面には螺旋状のキチン質からなる黄褐色の螺旋糸(デニディウム)があり,気管 の内腔を一定に保っている。この内膜は脱皮の際に更新される(3‐16 図) 。 蚕においては気門・気管を通して呼吸が行われ,皮膚呼吸はほとんど行われない。 第 4. 排泄器 9 蚕に消化吸収された物質は,貯蔵され,また 1 生活のために利用される。利用された物質は分 解されて,マルピギー管で排泄される。マルピ 7 7 2 9 8 ギー管から排泄される主な物質は尿酸及びしゅ う酸石灰である。 幼虫のマルピギー管は小腸と結腸の境界部に 8 3 6 4 1 対開口し,後端は直腸壁内で盲管で終わる黄 5 色の細い管である。これは開口部の近くで枝分 小腸後端部の 直腸より出る 3 本の かれして左右それぞれ 3 本の計 6 本となり,そ 開口部 マルピギー管 3‐17 図 蚕のマルピギー管 れぞれが中腸壁に沿って上・下行し,結腸付近 で複雑に屈曲した後,直腸壁に入る。なお,開 1.中腸 2.マルピギー管 3.小腸 4.結腸 口部近くのマルピギー管は膨れており,この部 5.直腸 6.ぼうこう 7.背面管 8.側面管 ぼ う こ う 分を膀胱と呼んでいる(3‐17 図) 。 9.腹面管 第 5. 脂肪組織 体内に広く分布する白いへん平柔軟な葉 1 2 状・紐状または帯状の組織で,脂肪体ともい う。これは多数の脂肪細胞の集合体で,細胞 中にタンパク質・脂肪・グリコーゲンなどを 3 4 たくわえ,また代謝に関係する重要な器官で ある。 5 第 6. 筋肉 歩行運動・大顋の食桑運動・消化管のぜん 3‐18 図 筋 肉 の 構 造 動運動・排糞動作・吐糸の際の頭胸部運動な 1.筋しょう 2.筋しょう核 3.筋肉線維 どは筋肉の働きによってなされる。蚕は堅い 4.筋 核 5.筋原形質 キチンを含む皮膚を骨格として体形を保持しており, 筋肉は骨格または体内器官に付着し, 70 第 3 章 蚕体の構造と各器官のはたらき その伸縮によって運動する。 蚕の筋肉は,主に筋肉線維が集まった横紋筋である(3‐18 図) 。 第8節 蛹 及 び 蛾 第 1. 蛹 外形は褐色の紡錘形をしており,蛹期間中ほとんど外形には変化が見られない。体は頭 部,3 体節の胸部及び 10 体節の腹部からなる。頭部には発達した触角と目(複眼)が見ら れるようになるが,口器は退化して小さい(3‐19 図) 。 6789 腹部 ⅠⅡⅢ 12345 胸部 触角 前翅 気門 7 8 9 10 (雌) (雄) 3‐19 図 蛹の外形(鶴井) Ⅰ~Ⅲ.胸部体節 1~10.腹部体節 は ね 胸部は前・中・後胸からなり,各体節には 1 対の胸脚と中胸及び後胸には 1 対の翅が生 じ,体に固着している。中胸の翅を前翅,後胸の翅を後翅といい,後翅は前翅と重なって 被われているために見ることはできない。 腹部の第 1 体節は小さいが,後方になるに従い大きくなり,第 5・6・7 体節が最も大き く,さらに後方は小さくなる。雌蛹の腹部は太く末端が円形をしており,第 8 腹節の腹面 中央には縦に走る溝がある。一方,雄蛹の腹部は雌よりも細く末端が尖っていて,第 9 腹 節の腹面中央に小点がある。これらの特徴は蛹の雌雄鑑別に用いられる。 蛹の体内では幼虫組織が解離し,新たに成虫組織が形成される,きわめて変化の激しい 時期である。 糸繭生産では蛹は殺され乾燥されるが,種繭生産では蚕種製造上重要な時期であって温 第 8 節 蛹及び蛾 71 度 24℃内外,湿度 80%前後に保護される。 第 2.蛾(成虫) よ う ひ 早朝に蛹皮を破り,次いでアルカリ性の液を口から出して繭層を湿し,繭糸をかき分け り んも う て繭から出てくる。体の頭部・胸部・腹部が明瞭になり,体表は全面白色の鱗毛によりお おわれ,鱗毛が乾き翅も十分に伸びるとまもなく雌雄は交尾する。 頭部の背面両側には,六角形をした多数の個(小)眼によって構成された複眼があり, 赤褐色の半球状をしている。複眼の上方には羽毛状の 1 対の触角があり,触覚及び嗅覚を つかさどる感覚毛が密生している。口器は頭部の腹面にあるが,退化してこん跡の様相を 示している。 胸部は前・中・後胸の 3 節からなるが,前胸は他に比べて非常に小さい。胸部の各部に はほとんど同型の 1 対ずつの胸脚があり, 中胸及び後胸には 1 対ずつの翅がある。 しかし, この翅で飛ぶことはできない。 腹部は雌が 7 節,雄は 8 節からなっている。雌雄 とも腹部の末端には複雑な構造の生殖外器 (交尾器) 精巣 があるが,これは消失した腹部の末端節の変化によ って生じたものである。生殖外器の主なものは,雄 付属腺 では陰茎及びかく握器,雌では産卵管・側唇及び誘 引腺である。 1. 雄の生殖器 精巣・輸精管・貯精のう・射 輸精管 精のう・付属腺・射精管及び陰茎からなる。輸精管 貯精のう は幼虫の導管が変化したもので,貯精のう・付属腺 及び射精管はヘロルド腺から作られたものである。 射精のう 射精管 精巣は腹部第 5 体節の背面に 1 対あり,内部は四つ の精のうに分かれており,この中には精子が充満し 陰茎 ている。貯精のうは精子を貯える所で,精巣中の精 子は輸精管を通ってここに貯えられる。射精は射精 3‐20 図 雄蛾の内部生殖器 のう・射精管を通り,陰茎から行われる (3‐20 図) 。 2. 雌の生殖器 雌蛾の生殖器は卵管・輸卵管・膣・交尾のう・受精のう及び粘液腺 からなる。輸卵管は幼虫の導管に相当し,幼虫の石渡前腺は交尾のう・受精のう及び膣の 前半部を,石渡後腺は粘液腺と膣の後半部に,それぞれ発達して作られたものである。粘 液腺は膣の両側にあり, 粘液物質を貯えており, 産卵のときにこの物質を卵の表面に出し, 72 第 3 章 蚕体の構造と各器官のはたらき 卵が物に付着する役目をする。交尾のうは交尾のときに雄から精液を受け入れる。この精 液はさらに小管を経て受精のうに運ばれ,産卵の際には再び膣まで戻って卵中に入る(3 ‐21 図) 。 卵管 受精のう付属腺 受精のう 粘液腺 輸卵管 直腸 交尾のう 膣 産卵管 3‐21 図 雌蛾の内部生殖器 3. 交尾及び受精 雌蛾の腹部末端にある誘引腺から性フェロモン(ボンビコール) が発散されると,雄蛾は触角によって これを感じて雌蛾の位置を知り,雌蛾 に向かって激しく翅を振るわせながら 移動して交尾する(3‐22 図) 。 交尾後 20~30 分以内に第 1 回の射 精があり,第 2 回の射精はそれから 60 ~90 分以内に行われる。受精すなわち 卵子と精子の合一は,蚕では交尾と同 時には起こらず,産卵後 1~2 時間後 に行われる。 発蛾した日の夕刻から翌朝までに産 卵し,そのまま何も食べないで数日の 後には死ぬ。 3‐22 図 交尾(左:雌,右:雄)