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健康心理学における評価の問題 -心身の適応と不適応

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健康心理学における評価の問題 -心身の適応と不適応
健康心理学における評価の問題
-心身の適応と不適応をめぐって-
同志社大学文学部
健康心理学は二〇世紀末の数十年間に、わが国
を含む世界諸国で飛躍的に発展してきた分野です。
余語真夫
研究と臨床応用をリンクさせる立場で仕事をされ
ている点で共通しています。
臨床心理学や精神病理学では精神的な不適応や異
冠動脈系心疾患を主たるターゲットにして心理
常に焦点が置かれているのに対して、健康心理学
学ならびにスポーツ・リハビリテーションの立場
では身体的な健康・病気に焦点が置かれています
から研究・臨床に取り組んでおられる心理学者の
(島井、1997)。米国では医療・保健場面におい
石原先生は、「虚血性心疾患患者に対するスポー
て心理学者に対する要請が年々強まっており、心
ツ・リハビリテーション・プログラムを実施した
理学者がリハビリテーション、心臓外科、小児科、
結果、不安および抑うつ症状の軽減は認められた
腫瘍学、麻酔科、地域医療、歯科、その他の医学
が、虚血性心疾患の危険因子とされているタイプ
領域の臨床・研究チームの実質的な構成員として
A 行動や怒り表出の抑制に関する改善効果は認め
活躍する機会が増えています。
られない」という現段階での研究成果を発表され
医学領域においても心理学領域においても、二
ました。そして、健康心理学者を含む心理学者が
〇世紀の科学の進歩は生体現象の測定・解析、診
医学臨床に貢献するためには「健康心理学に隣接
断技術の進歩に負うところが大きいことは言うま
する分野(医学・薬理学・栄養学・運動生理学な
でもありません。また、大脳、神経系、内分泌系、
ど)に関する理解が必要である」ことを強調され
免疫系などの身体の主要な回路の働きの解明が進
ました。
むにつれて、心の領域と身体の領域の境界線、あ
自律神経系指標ならびに免疫指標を活用して認
るいは心の病気と身体の病気の境界線が曖昧にな
知・感情の諸問題に実験的・理論的アプローチを
りつつあります。健康心理学研究は今後どうある
進めておられる心理学者の大平先生は、
「ストレス
べきなのでしょうか? 医学領域の専門家や心理
曝露時に見られる複雑な免疫系の変動は、有限な
学領域の専門家は、人々の心身の健康維持・増進、
資源を最適に配分して生体機能を維持する仕組み
病気の予防を促進するために、今後どのようなパ
であり、侵略に対する自衛の戦争が祖国を防衛す
ラダイムやアプローチ、方法論をとるべきなので
る代わりに国土を疲弊させるように、各々の反応
しょうか?
が適応的か否かはトレードオフの関係にある」と
昨年八月二十九日に早稲田大学国際会議場で行
の考えを述べられました。また、
「~をすると免疫
なわれた日本健康心理学会研究推進委員会企画シ
力が向上した!」という研究結果や健康関連情報
ンポジウムでは生物学的な側面を中心に、心身の
が巷に氾濫していますが、
「免疫力が上がったとい
適応・不適応に関する診断・評価法の現状とその
うだけでは健康状態が増進した証拠にはならな
問題点、疑問点などについて、本学会正会員の石
い」ことについても忠告されました。
原俊一先生(医仁会武田総合病院臨床運動心理科)、
認知・感情機能障害について基礎研究・臨床に
高橋良斉先生(滋賀医科大学精神医学講座)、大平
取り組んでおられる精神科医の高橋先生は、
「心的
英樹先生(名古屋大学文学部)に話題を提供して
外傷後ストレス障害(PTSD)にともなう大脳
いただきました。三名の討論者はいずれも健康・
辺縁系の海馬萎縮の機序」について解説されまし
病、あるいは認知・感情・ストレスの生物学的な
た。心理社会的なストレスが原因で、大脳の認知・
過程と心理的過程の相互関係に造詣が深く、基礎
感情中枢である海馬が萎縮するという話です。さ
らに、精神科臨床における認知行動療法的アプロ
ーチに関して、
「認知の歪みの修正が比較的容易な
患者と非常に困難な患者が存在する」こと、
「その
ような個人差は遺伝的に、あるいは後天的に獲得
された海馬機能異常に由来する生物学的ストレス
脆弱性によるものである」という仮説を提唱され
ました。
討論者には新たなアイデアや枠組みなどを提言
していただきましたが、私がこのシンポジウムで
学んだことを数点挙げておきます。
●「病気=不適応」「健康=適応」「免疫力が向上
した=健康」といった単純な理解はもはや通用し
ない。
●精神的健康に注目するだけでは、健康心理学は
従来の臨床心理学や精神医学におけるメンタルヘ
ルス研究と変わらない。健康心理学者の焦点は「身
体健康」に向けられるべきであり、心理的・物理
的環境要因と身体の生物学的過程(大脳・神経系・
内分泌系・免疫系)との関連を解明することが課
題である。
●ストレスや感情の適応的意義を検討するために
は、生体の制御という観点から中枢系-自律神経
系-内分泌系-免疫系の各要素間の関数関係を記
述するモデルを作成して、工学的なシミュレーシ
ョンを行うことが求められる。そのために健康心
理学者は、医学、薬理学、栄養学、運動生理学、
工学など学際領域の研究者との共同作業に参加す
べきである。
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