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医薬品の微生物汚染とその防止法
2006 年 7 月 14 日放送 医薬品の微生物汚染とその防止法 山口大学医学部附属病院薬剤部 助教授 尾家 □ 医薬品に起因する院内感染の多くは、不適切な取り扱いが原因 医薬品に起因する院内感染の多くは、医薬品の不適切な取り扱いが原 因で生じています。従って、医薬品に起因する院内感染を防止するため には、どのような取り扱いで院内感染が生じるかを知っておくことが大 切です。 そこで今回は、医薬品に起因する院内感染について、その原因と対策 例を 7 つのパターンに分けて説明します。 □ 医薬品が院内感染の原因となる事例と対策 まず、医薬品が院内感染の原因になる 1 つ目のパターンは、脂肪乳剤 の分割使用です。脂肪乳剤にはイントラリポス®やイントラリピッド® などの商品がありますが、この脂肪乳剤の投与を受けた新生児 5 名が、 エンテロバクターなどによる菌血症を発症し、うち 2 名が死亡した事例 があります。24 時間にわたり、1 本の製品から 1~20mL ずつを分割使 用したため、分割使用時に注射針とともに汚染菌が混入して増殖し、感 染源となったのです。 脂肪乳剤は培地と同様であり、脂肪乳剤へ混入した汚染菌は急速に増 殖します。従って、血液製剤のみならず、脂肪乳剤の分割使用も望まし くありません。 医薬品が院内感染の原因になる 2 つ目のパターンは、プロポフォール 重治 の分割使用です。ディプリバン®などのプロポフォール製剤のバイアル 剤は、その外観から、分割使用が可能なバイアル製剤、すなわち multiple-dose vial と間違われ易く、実際に、プロポフォールの 24 時間 にわたる分割使用や、プロポフォールに用いた注射筒や点滴ポンプの繰 り返し使用が原因で数多くの院内感染が発生しています。プロポフォー ルは、医薬品の中でもっとも高頻度に院内感染の原因になっている医薬 品といえます。 プロポフォールは脂肪乳剤であり、細菌や真菌にとっての格好の培地 となります。従って、プロポフォールの分割使用や、プロポフォールに 用いた注射筒などの再使用は決して行ってはなりません。また、プロポ フォールの持続注入では、24 時間までの投与としてください。この際 の投与セットも 24 時間までの使用にとどめてください。 医薬品が院内感染の原因になる 3 つ目のパターンは、ブドウ糖液やヘ パリン生食液などの分割使用です。5%ブドウ糖液を 14 日間にわたって 分割使用したために、14 名の患者がセパシア菌による菌血症を生じた 事例があります。分割使用時に、手指からバイアル刺入部位に付着した セパシア菌が、注射針の刺入とともに 5%ブドウ糖液に混入し、増殖し たために院内感染の原因となったのです。 ブドウ糖液やヘパリン生食液などでは、脂肪乳剤ほどの速度ではあり ませんが、セパシア菌、セラチア菌および緑膿菌などのグラム陰性桿菌 が増殖可能です。従って、ブドウ糖液やヘパリン生食液などの分割使用 も望ましくありません。同様に、生理食塩液やソリタ®などの電解質輸 液の分割使用も望ましくありません。 なお、生理食塩液や注射用蒸留水を吸入の目的で用いるのであれば、 分割使用を行ってもよいのですが、この際には 24 時間までの分割使用 にとどめてください。 医薬品が院内感染の原因になる 4 つ目のパターンは、ヒトエリスロポ エチンの残液の使用です。ヒトエリスロポエチン製剤には、エスポー® やエポジン®などの商品がありますが、ヒトエリスロポエチンの使用残 液をプールして再使用していた透析専門病院において、1 ヵ月の間に 10 名ものセラチア感染が生じた事例があります。値段の高い薬で、残った ものを捨てるのはもったいないということで、使用残液をためて使った ことによって、取り返しのつかない院内感染が生じたのです。 ヒトエリスロポエチンやウロキナーゼなどには、安定化剤としてアル ブミンが添加されています。すなわち、ヒトエリスロポエチンは血液製 剤と同様です。従って、ヒトエリスロポエチンやウロキナーゼなどでは、 分割使用のみならず、使用残液のストックも決して行ってはなりません。 医薬品が院内感染の原因となる 5 つ目のパターンは、使用済み注射筒 での局所麻酔薬の分割使用です。もう少し詳しく言いますと、未使用の 注射筒で分割使用を行うべきところを、誤って使用済み注射筒で分割使 用してしまうパターンです。例えば、B 型肝炎ウイルスキャリア患者へ 用いた注射筒でリドカインの分割使用を行ったために、その後にリドカ インを投与された患者 2 名が B 型肝炎を発症した例があります。また、 B 型肝炎キャリア患者のヘパリンロックに用いた注射筒で、へパリン生 食液を分割使用したために、そのヘパリン生食液を投与された 4 名の患 者が劇症肝炎で死亡した例などもあります。 局所麻酔薬、ヘパリン、インスリンおよび副腎皮質ステロイドなどの バイアル剤は、保存剤が含まれており、分割使用が可能ないわゆる multiple-dose vial です。しかし、これらの multiple-dose vial を、誤 って使用済みの注射筒や使用済みの注射針で分割使用することがあっ てはなりません。また、注射針のみを新しいものと交換して分割使用す る方法も、決して行ってはなりません。 B 型肝炎、C 型肝炎および HIV などのアウトブレイクが生じた場合、 感染源としてまず multiple-dose vial を疑う必要があります。 医薬品が院内感染の原因になる 6 つ目のパターンは、細菌汚染を受け た消毒綿での注射剤バイアルの刺入箇所の消毒です。例えば、緑膿菌汚 染を受けた塩化ベンザルコニウム綿で副腎ステロイドのバイアル剤の 刺入箇所の消毒を行ったために、28 名の患者が注射部位に膿瘍を生じ た例があります。塩化ベンザルコニウム綿の汚染菌が注射針の刺入とと もにバイアル内に入って増殖し、その後の分割使用で 28 名の患者に感 染が生じたのです。 オスバン®などの塩化ベンザルコニウムや、ヒビテン®などのクロルヘ キシジンは、細菌汚染を受けることがありますが、特にこれらの消毒薬 の綿球は細菌汚染を受け易いとの認識が必要です。実際に、使用中の 0.025%塩化ベンザルコニウム綿の細菌汚染について調査したところ、 病棟で使用中のものの約 1 割に、また患者が間欠的自己導尿に使用中の ものの約 7 割に細菌汚染がみられました。汚染菌量は、塩化ベンザルコ ニウム綿のしぼり液 1mL 当り千個から 1 千万個でした。従って、注射 剤のアンプルやバイアルの消毒には、細菌汚染を受ける可能性がある塩 化ベンザルコニウム綿やクロルヘキシジン綿の使用を避けてください。 アンプルやバイアルの消毒には、ドロなどの混入による芽胞汚染という 例外を除いて、細菌汚染を受ける可能性がないアルコール綿を用いてく ださい。 医薬品が院内感染の原因になる 7 つ目のパターンは、経腸栄養剤の投 与セットの、水洗いのみでの繰り返し使用です。経腸栄養剤の投与セッ ト、特にバッグ型投与容器と投与チューブは、構造的に洗浄や乾燥が行 いにくく、水洗いのみで繰り返し使用を行うと、微生物汚染を受けて経 腸栄養剤の微生物汚染の原因になります。実際、投与バッグを水洗いの みで 7 日間以上にわたって繰り返し使用した場合での経腸栄養剤の投 与残液を調べてみると、経腸栄養剤 1mL 当り百万個もの細菌汚染を受 けていることはまれではありません。 経腸栄養剤が 1mL 当り 1 万個以上のグラム陰性桿菌による汚染を受 けると、下痢や腹部膨満感などの原因になるのみならず、肺炎や敗血症 の原因になりえることも判明しています。従って、経腸栄養剤の衛生管 理は大切です。バッグ型投与容器や投与チューブを繰り返し使用するの であれば、使用のつど水洗いして、0.01%液、すなわち 100ppm の次亜 塩素酸ナトリウムに次回使用時まで浸漬しておく必要があります。また、 円筒型の投与容器であれば、洗浄が可能なので、使用のつど洗浄して食 器乾燥器などで十分に乾燥させておくことが必要でしょう。 □ 対策のポイント 以上、医薬品が原因の院内感染の典型的なパターンについて述べまし た。脂肪乳剤、プロポフォールおよびヒトエリスロポエチンなどの分割 使用は行ってはなりません。また、ブドウ糖液やヘパリン生食などの分 割使用も望ましくありません。一方、リドカインなどの multiple-dose vial は分割使用が可能ですが、万が一のディスポシリンジの再使用も考 慮して、できるだけ小用量入りのものを用い、1 回のみの使用にとどめ るのが望ましいでしょう。 http://medical.radionikkei.jp/jshp_sp/program.html 表1.輸液中での微生物の動態(30℃) 輸液 5%ブドウ糖 注射用蒸留水 生理食塩水 黄色ブドウ球菌 - - - + 表皮ブドウ球菌 - - - + セラチア・マルセッセンス + + + + 緑膿菌 + + + + カンジダ・アルビカンス ± ± ± + 菌種 液 脂肪乳剤 -:死滅,±:静菌的,+:増殖 図1.局所麻酔薬の分割使用 使用済み注射筒の再使用が B 型肝炎のアウトブレイクを招く 図2.緑膿菌汚染を受けた塩化ベンザルコニウム綿 塩化ベンザルコニウム綿は不適切な使用により細菌汚染を受ける 図3.経腸栄養剤の投与セットの“乾燥” バッグ内壁の湿潤環境が,経腸栄養剤の微生物汚染を招く