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後 沢 昭 範

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後 沢 昭 範
後 沢 昭 範
「落花生」前田和美著
じかと思います。海外の短期・長期派遣専
法政大学出版局、平成23年7月発行、
門家としての現地経験が豊富で、インド・
301ページ、3000円
東南アジア・南米・中国等で、落花生や豆
類の栽培利用と伝統農法の調査・研究をし
て来られ、著書に「マメと人間…その一万
年の歴史」、「熱帯の主要マメ類」など、ま
た、大学農学系の教科書でお馴染みの「食
用作物学概論」などの共著があります。
さて、本書は、落花生の科学的知見から
歴史や文化まで、広くカバーします。
まず、前半の〔第1章:変わり者のマメ
…ラッカセイ〕、〔第2章:ラッカセイの
生まれ故郷と野生の仲間たち〕、〔第3章:
久々に落花生関係の専門書が、それも2
ラッカセイの考古学〕です。
冊、続いて出版されました。先ずは「もの
落花生は地下結実性という、かなりの
と人間の文化史」シリーズ第154巻「落花
“変わり者”です。ここでは、日頃の疑問
生」からご紹介しましょう。
に答えてくれます。
このシリーズは“人間がものとの関わり
例えば、落花生が土の中でどんな風に
を通じて営々と築いてきた暮らしの足跡を
育っているのかです。落花生は閉花受粉で
具体的に辿りながら、文化や文明の基礎を
すが、気が早くて、日の出の時刻には既に
問い直す”という趣旨で、昭和42年の第1
受粉が終わっています。受粉後、数日経つ
巻「船」以来、連綿と百科叢書的に多くの
と、縮れた花から、先端に受精胚を持った
ものを主題に刊行されています。
子房胚が伸び始め、やがて地向性を顕して
著者は高知大学の名誉教授で、長年、落
地中に貫入します。その際の土壌の抵抗、
花生を始め世界の豆類の調査や研究に携
つまり機械的刺激で受精胚周辺の細胞に生
わって来られ、特に落花生関係の方はご存
理的な変化が起き、暗闇の中で生長ホルモ
あらわ
- 54 -
さかのぼ
ンが生成されて組織の発育が始まるのです。
ています。更に、今から1万年前に遡る可
数 cm 潜ったところで伸長が止まって水平
能性を示唆する発見もあるそうです。
方向に屈曲しますが、そこで受精胚は母体
ところで、落花生!と聞くと、私達は、
から栄養をもらいながら莢実に発育しま
莢付きか剥 き身かはともかく、“食べるマ
さや
む
す。普通のマメ類は未熟な間は莢も光合成
メ”を連想しますが、FAO など国際的な
をしますが、地中の落花生の莢は光合成を
作物生産統計では、落花生や大豆は、ナタ
しない代わりに、表面の毛状細胞で、土壌
ネやゴマ等と一緒に「油料種子作物」に分
から養・水分を吸収します。数十日で成熟
類されます。国際的には油脂産業の原料と
しますが、私達が目にする落花生特有の莢
しての用途が大きいのです。
の網目模様は、子実が母体から養・水分を
この落花生の需要と言うか有用性が、西
もらっていた時の維管束の跡です。何やら、
欧諸国をして自国への輸出用に、植民地化
土の中の落花生の様子が目に浮かびます。
した熱帯地域の国々で落花生を強制的に栽
落花生の原産地は、野生種の分布状況等
培させることになり、その影響は、今日に
から、南米大陸のブラジル高原が最も関係
至るも色濃く残っています。
が深いとされますが、興味深いのは、地下
後半に移り、世界の主要生産国における
結実性の落花生がどうやって広がって行っ
〔落花生の歴史と文化〕へと、話は展開し
たのかです。要は地中における種子の結実
ます。
最外周が移動限度ということになります。
まず第4章では、植民地政策と奴隷貿易
年1m なら、100万年かけてやっと1000㎞。
とに深く関わり合いながら、落花生が西欧
人間が伝播に関わる以前の、気の遠くなる
諸国にとって重要な油料作物として西アフ
ほ ふく
様な匍匐ならぬ埋伏?前進です。
リカに導入され、特に英仏植民地で大生産
ヨーロッパへの伝播ですが、コロンブス
地が形成され、様々な背景の下、盛衰を経
の書簡や航海記録には出て来ないそうで
て今日に至る過程が明かされます。続く第
す。16世紀に入って、新大陸の珍しい食物
5章では、西アフリカの落花生栽培が、更
のひとつとして紹介され始めます。例えば
に英国東インド会社の手によってインドに
「指の半分ほどの大きさで小さい子実を持
導入され、18世紀以降、栽培が本格化して
ち、二つの部分に分かれている。地下で成
欧州市場に輸出され、一時は世界第1の生
長する果実を…生のまま、または乾燥した
産国にまでなります。ここでは、日頃、馴
ものを食べるが、煎ると最も味がよい…」
染みの薄いインドやアフリカ諸国の厳しい
などで、紛れもなく落花生のことです。落
自然立地条件と、そこで営まれる農業の変
花生の考古学的遺跡はペルーに集中してお
遷を知ることが出来ます。同時に、植民地
り、古いものでは紀元前2000年の遺跡から、
支配の下での過酷な収奪振りは、今も残る
トウモロコシやインゲン豆とともに出土し
豪華で洗練された西欧諸国の歴史的遺産の
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偉容と二重写しになります。なお、今日に
を明らかにします。この辺り、著者の膨大
至るもインドやアフリカ諸国の生産力は低
な文献学的調査に驚くとともに、読み進む
く、中国や米国の単収の1/4程度に止まっ
につれ、学術的な謎解きに引き込まれて行
ています。
きます。今日、日本向け落花生の大産地と
第6章に移り、西アフリカの落花生栽培
もなった山東省半島部の伝統農法や今の栽
は、奴隷の輸出とともに、再度、大西洋を
培体系も興味深いものがあります。
渡って米国に伝わって行きます。食用を考
最終の第8章は日本です。落花生の日
えなかった英仏と違って、米国での落花生
本への伝播は、中国経由と推察されます
は、人が食べることから始まります。当初
が、渡来時期や最初の栽培地は定かではあ
は“奴隷の食べ物”とか“豚の餌”などと
りません。17世紀の書籍に「落花生と云う
言われた落花生ですが、安くて、味が良
ものあなたより渡る松の子の類なり近来渡
く、栄養価も高く、手軽なことから、次第
る、相伝ふ この花の露が地に落ちてその
に庶民のスナックとして定着します。そし
処へ此実なると云つたふ 日本にて種 も生
て食用油、ピーナッツ・バター、スナック
るなり」とあり、“落花生”という言葉の
菓子は勿論、種々のレシピの定番にも入り、
出て来る最古の記録だそうですが、幾つか
うえて
はゆ
「ピーナッツ食文化」と言われるまでにな
の江戸の農書では、他のマメ類と混同した
ります。また、栽培面でも、地下結実とい
り、絵が別物だったりで、どうも江戸の本
う面倒な特性を、機械による掘り起こし&
草学者は本物の落花生は知らなかったよう
株の反転でクリアし、仕上げの通風乾燥ま
だと著者は推測します。この辺りの農書読
で、一連の効率的な栽培体系を40年掛かり
み解きも興味深いものです。
で確立して行く過程も紹介されます。
我が国で本格的な落花生栽培が始まるの
第7章では、現在、世界一の生産国と
は明治になってからです。明治7(1874)
なった中国に移ります。ここで興味深いの
年、時の政府は、大阪勧業場で増殖したカ
は、同国で根強い“落花生の中国原産説”
リフォルニア産の落花生の種子を県に配
です。古代遺跡からの出土や古代農書にあ
布して栽培を奨励しています。千葉県で
る“落花生”や同義語の“花生”の記述を
は、明治10年に県令(知事)が希望農家に
根拠とするものですが、著者は、中国に伝
種子を貸渡し、秋に現物返納させています。
わるコロンブス以前・以後の年代の膨大な
「…初めて試作の者ども未だ食用、製造の
農書や地方誌等を次々と読み解きながら作
方法等相心得ず、あるいは販売に差し支え、
物学的検討を加えて行きます。最終的に、
そのまま陳敗せしめ候様にては惜しむべき
中国で古くから“落花生・花生”と呼ばれ
次第…」とスタートは大変だった様子が窺
た作物は、同じマメ科で、根が数珠状に肥
えます。その後、神奈川県、千葉県を中心
大して食べられる「ホドイモ」であること
に、後世にも名を残す何人かの先覚的な篤
うかが
- 56 -
農家の働きで、乾燥に強く・痩せ地でも育
「ラッカセイ」鈴木一男著
つ換金作物として栽培が広がって行きます。 (社)農山漁村文化協会、
明治中期になると煎豆業者も増え、明治末
平成23年3月発行、101ページ、1300円
期から大正期には、地方産業の花形とも言
える状況になります。その後、太平洋戦争
の勃発とともに、落花生は戦時下の不急物
資であるとして作付が減らされますが、終
戦後、昭和26年に、大豆や小豆等と一緒に
統制が解除されます。昭和40年には7万ヘ
クタール近くまでになりますが、高度経済
成長下で減少に転じ、残念ながら、現在は
8000ヘクタール程です。これと輸入落花生
や調製品等とを合算してみると、全体では
10万トン程の国内需要はあると思われます
今ひとつは、農業関係ではお馴染みの農
が、その中で、国産落花生はプレミアムの
文協「新特産シリーズ」の一冊です。この
付く特産嗜好品作物としての地位を確保し
シリーズは、“直売所向けにもう一品目!”
ています。著者は、国産落花生の今後を気
と銘打つハンディな実用書として、黒ダイ
遣うとともに、その活路にも触れ、本書を
ズ、ダダチャマメ、エゴマ等の地域特産的
締め括ります。
な作物10数種類を次々と採り上げ、由来、
読み進むにつれ、落花生の作物学的・植
特色、エピソードから始まって、栽培技術
物学的な視点は勿論ですが、落花生の考古
を中心にしながら、加工・販売・食べ方・
学、地理学、落花生を通して見た世界の近
種々の活用までを分かり易く紹介・伝授す
現代史への洞察等々、話は広く、そして深
るものです。
く進みます。著者の長年にわたる調査・研
著者は、ごく最近まで、千葉県農業試験
究成果と知見の集大成とも言うべき大作か
場で畑作物の試験研究や落花生の育種に従
と思います。当然、学問的・専門的な内容
事して来られた第一線の研究者です。茹で
を含みますが、著者自らの目で確認した世
落花生で知られる“郷 の 香 郷の香”、最近
界各地の落花生、そこでの歴史と文化、ま
注目のジャンボ新品種“おおまさり”等の
た裏付けとなる豊富な文献の分かり易い紹
育成に関わって来られました。著書に、学
介等々、学術的であると同時に、読み物の
童や一般向けに易しく解説した「ラッカセ
様に読ませる面白さがあります。これから
イの絵本」や、共著の専門書「地域生物資
先、落花生に関する、これだけの本は出て
源活用大事典」、「豆の事典」等があります。
来ないのでは…と思われます。
本書は4章から成ります。構成とポイン
ゆ
さと の
か
やさ
- 57 -
トを、キーワードでご紹介しましょう。
拡大への取組とヒントを紹介・提案します。
まずは〔1:落花生の魅力〕ということ
本書からですが、落花生の嗜好品需要を
で、最近登場の新品種や、茹で落花生など
刺激する新しい情報として、まだ絶対量は
売り方の多様化、作り易さ、色々な食べ方
少ないものの、直売所の旬の地元特産品と
や高い栄養価など、多くの人に関心を持っ
して“茹で落花生”の人気が出ていること、
てもらうように、落花生の長所や可能性を
ジャンボサイズの期待の新品種“おおまさ
PR します。
り”や“種皮が黒い変わり種の品種”の登
次いで、関心を持った人に、〔2:落花
場などが紹介され、興味を惹きます。
生ってどんな作物?〕と、来歴や種類、地
また、作り易さや輪作体系上のメリット
下結実生という風変わりな特性も含めた生
を分かり易く説明します。落花生が、乾燥
育の特徴、品種選びや作型、生育の概要、
にも強く、痩せ地にも育つ外来の換金作物
必要な装備や経営指標など、導入する際の
として、我が国で本格的な栽培が始まった
ポイントや要領を紹介します。
のは明治になってからですが、政府の後押
そして、いよいよ取り組もうとする人に
し、地元の熱心な先駆者達の存在もあって、
対しては、ここが本書の中心になりますが、
まずは神奈川県、千葉県、そして茨城県等
ひ
〔3:ラッカセイ栽培の実際〕として、作
に導入されて行きます。特に千葉県の場合
業暦や標準技術体系図、知っておく必要の
は、九十九里の海岸地帯や火山灰土の北総
あるデータのグラフや生育モデル、写真、
台地の畑地帯等で広く栽培されていますが、
イラスト等を駆使しながら、分かり易く、
特に今日の様に灌漑施設の整っていなかっ
かつ本格的に技術の伝授に入ります。ま
た時代には、他作物に較べて作り易い作物
ず、落花生の年間の管理と栽培のポイント
であったことは想像出来ます。落花生が乾
を語った上で、具体的に、品種の特性と選
燥に強いのは、主根が垂直に1㍍近くも伸
び方→種子の準備→圃場の準備→播種→管
びて下層の土壌水分を吸収したり、葉の
こんにち
理作業(除草、マルチ、中耕・倍土、灌水、 “貯水細胞”で水分をキープ出来ることに
病害虫防除)→収穫(収穫の見極め、掘り
よるとのことですが、風変わりな“地下結
取り、乾燥、脱莢)→貯蔵、と手解きをし
実性”と併せ、落花生独特の生命力の様な
てくれます。
ものを感じさせられます。それでも、近年
そして最終章は〔4:ラッカセイの利用
の記録的な夏の猛暑と干ばつの中で、流石
と加工〕について、乾燥した莢付き、煎り
の落花生も灌漑の有無で、花の数や豆の肥
莢、茹で落花生、レトルト加工など、落花
大に極端な差が出たと聞きます。
生商品の種類や販売方法、さらに直売所や
また、落花生の美味しさの決め手は“甘
産直販売、掘り取り体験やオーナー制、家
み・食感・風味”と言われます。“食感”
庭で出来る色々な食べ方や料理など、消費
は、煎り落花生のカリッとした歯ごたえ。
さすが
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“風味”は、あの香ばしい独特の香りです
燥させて行くことがポイントになるのがよ
が、非常に多くの微量な香り成分が微妙に
く分かります。この他、一粒重・莢実重・
混じり合っており、どの成分が風味を高め
退色粒歩合・粒の品質等々、栽培管理の方
ているのか特定するのは難しく、現在も明
法や生育日数に伴う種々の要素の変化の
らかになっていないそうです。
データがグラフ等で分かり易く示されてお
“甘み”はショ糖によるものですが、本
り、解説文と合わせて、何故、この作業が
書掲載の「落花生の収穫後のショ糖・デン
この時期なのか、いちいち納得がいきます。
プンの推移」を見ると、ショ糖含量は、収
落花生に関心を持ちそうな人、作ってみ
穫後1日くらいの間は、一旦、直線的に減
ようとする人を対象に、ポイントを絞り、
少します。そこで底を打ち、今度は増加に
順序だった、分かり易く、巧みな構成と説
転じて→掘り取り3日後→野積み時→乾燥
明になっています。また、ベテランの方に
終了時と、ゆっくり、時間とともに増えて
とっても、今一度、ご自身の考え方や技術
行きます。乾燥期間中にマメの中のデンプ
を確認することが出来るでしょう。
ンがショ糖に変わることによります。この
少しでも多くの人に落花生という作物を
ため、茹で落花生の場合は、掘ってから出
知ってもらいたい、作ってもらいたい、美
来るだけ早く茹でるのがポイントであり、
味しく食べてもらいたい、という著者の思
一方、煎り豆にする場合は、じっくりと乾
いが伝わって来ます。
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