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スーパ~ビジョンを受けて学んだこと

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スーパ~ビジョンを受けて学んだこと
教育相談 センター年報 第 10号 2002
ス ーパ ー ビジ ョン を受 け て学 んだ こ と
∼ バ イジ ー体験者 か らの声 ∼
医療法人 比治山病院 メ ンタルクリエ ック比治山
臨床心理士 演
田
さ つき
I.は じめに
平成 10年に本学大学院修士課程 を修了 と同時 に単科精神科病院 に心理士 として採用 され,臨 床 の
世界 に足 を踏み入れる ことになる。病院では外来及 び病棟 において個人心理療法,心 理検査 ,集 団
精神療法 を担当 して きた。 また,平 成13年10月には,同 病院が数 キ ロ離 れた場所 に医療 と福祉 の総
合施設 をオー プ ンさせ ,ク リニ ック専属 の心理士 として移動す ることにな り現在 に至 っている。入
院施設が併設 されてい る病院か らクリニ ックヘ移行する ことで,病 理水準 も一転 し,支 援的活動 の
ス タンス も変更せ ざる得 な くなった。現在 の面接 の対象 は抑 うつ を伴 う神経症 レベ ルか ら人格障害
などが主であ り,薬 物療法 を併用 してい るクライエ ン トが多 い。 もちろん,面 接単独 で行 っている
ケース もい くつかある。年齢 も低年齢化 し,20∼ 30代が 中心 であ る。
心理臨床家が臨床経験 を積 んでい く上で,訓 練 は必要不可欠なものであ り,訓 練 の一つ にスーパ ー
ビジョンがある。私 は,現 在 ,藤 土先生 のスーパ ー ビジョンを受 けてい るが,こ こでは,こ れまで
の訓練内容か ら現在 の藤土先生 のスーパ ー ビジョンを受けなが ら感 じた ことを私 な りに述べ たい と
思 う。
I.私 がこれまで受けた訓線内容
臨床 の現場 に携 わると当然なが ら即戦力 として求 めて くる。他職種 か らも専門的な意見 を求め ら
れ,心 理士 として採用 された とはい え,そ れ までテキス ト中心 の学習 であ つた私 には現場 の臨機応
変 さに対応することは困難であ り,当 時,同 業者 の上司が いない状況下に置かれていた事情 もあ り,
不安 と焦 りに駆 られる毎 日が続 いてい た。
赴任する前 よ り,他 の精神科病院の臨床心理士 の先 生が当院デイケアの集団精神療法 の為 に週一
度非常勤 として来 られてい る事 を知 り,藁 をもすがる思 いで勤務後 にケース を見 て頂 くことに。 こ
れが,訓 練 の第一歩 であ った と思 う。本来ならスーパ ー ビジ ョンとい う表現 を用 い たいの だが,指
導 の先生 はその表現 を嫌 つた。嫌 った とい うよ りは,「 自分 はまだ若輩者 で ス ーパ ーバ イザ ー と呼
べ るような器 で はな く,一 人の先輩心理士 として少 しで もお手伝 いで きれば」 とい う先生な りの理
由があ ったか らだ。指導 は約 1年 間続 き,先 生の退職 と共 に終了 した。その間,私 は大変お世話 に
な り支 えて頂 いた。専 門書 の紹介か ら事例研究会 の紹介な ど多岐 に渡 つて臨床家 として必要な場 を
与 えて くだ さつた。
臨床経験 1年 を迎 えた頃 に,日 本精神分析 イ ンステ ィテ ュー ト福 岡支部 が精神分析 セ ミナー第 2
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期生 を募集 してい る こと知 り,福 岡大学研修 セ ンター にて 2カ 月 に一度,土 。日開催 の頻度 で 3年
間,精 神分析 に関す る講義 を受講 した。当時,指 導 して頂 いていた先生が精神分析的なス タンスで
あ った為,読 む本 も自然 とその方向へ 向いていた。西園先生や小此 木先生 ,北 山修先生な ど本 の著
者 か ら直接講義 が聴け るとあって,ア イ ドルの コンサ ー トに行 くような ワクワクした気持 ちで毎回
望んでいた思 い出があ る。実際,こ の 3年 間の知的学習 は臨床家 として大 きな基盤 となった。私 は
特 に西園先生が好 きであ った。精神分析家 とい う傍 らSSTの 会長 とい う認知行動療法的な関 わ りの
側面 も携わ ってお られていた西園先生 は,分 析 の有効 な側面 だけではな く,限 界 をも我 々受講者 に
花屋 の花 も綺麗だが,我 々臨床家 は道
伝 え,分 析 を含 め他 の療法全てが万能で は ないこ とを訴 え 「
端 にそっと咲 いてい る草花 にこそ目を向け な くてはならない」 とこれまでの経験 がに じみ出るよう
な深 いお話 であ った。
この 3年 間の間 に,並 行 して半年 ほ どであ ったが,単 科精神科病院の思春期病棟 に実習生 として
集団精神療法 を学 ぶ機会 を得 た。私 はこのグルー プに参加 してい る間,沈 黙 してい ることが多 か っ
た。それは,初 めは継続的 なグルー プを体験す る とい う緊張か らであ ったが,次 第 にグルー プにお
け る独特 の雰囲気 に呑 み込 まれそ うな自己が存在 し,沈 黙す ることで 自分 を守 っていたような気が
す る。沈黙 の意味 が変化 してい く中で,参 加す る度 に様 々な感情 が巡っていた。毎回,実 習 の最後
の 1時 間程 ,実 習先 の臨床心理士 の先生方が 自由 に語 れる時間 を設けて くださり,私 はその場 を用
いて揺 れ動 く気持 ちを言葉 を通 して表現 してい つた。先生方 は私 の複雑 に絡 み合 う気持 ちを汲み取
り,時 には,そ の気持 ちを伝 えてみてはどうか と背中 を押 し,い つの 間 にか癒 しの場 として存在 し
てい た。
その他 にも,勤 務後や休 日は,毎 月 1回 の頻度 にて,定 期的 に行 われる事例検討会や研究会 など
に参加 した り,講 演会や公開 スーパ ー ビジ ョンなど時間が許す限 り参加 してい た。 4年 間は,た だ
ただ走 り続けて来 たような印象が強 か つた。
以前,私 の行動力 を評価す る藤土先生 に対 し,今 にも押 しつぶ されそうな不安が行動へ と突 き動
か してい る胸中をお伝 えする と,藤 土先生 は私 に 「
不安 は生 きるエ ネルギーであ り必要な ものです
よ」 とさとし,不 安 をネガテ ィブに捉 えていた私 には目か ら鱗 が落ちるような言葉 であ り, と同時
に 自然 と私 の気持 ちに浸透 してい くものであ った。確 かに,不 安 がなければ,今 の私 はい なか つた
と思 う。
I.ス ーパ ーバ イザ ー として藤土先生 を選んだ理由
藤土先生 とは,平 成 8年 に広 島文教女子大学大学院 に入学 した時に出会 つた。 この出会い は偶発
的な ものではなか った。鹿児島女子大学人文学部人間間関係学科心理学専攻 (現在,志 学館大学)
に在籍 してい た私 は,大 学4年の頃,指 導教員 に大学院 に進 みたい こと,そ して将来的 には臨床 に
関 わる仕事 に就 きたい と相談 をした。鹿児島女子大学 には,大 学院 はな く進学 したい学生は どうし
て も他大学院 を目指す しか術 はなか った。上 には進 みたい ものの,ど この大学院が 自分 に合 ってい
るのか分 か らず漠然 としたイメー ジと時間 だけが迫 っていた私 に,指 導教員 は広島文教女子大学院
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教育相談 セ ンター年報 第 1 0 号
を推薦 した。藤土先生は指導教員 の大学時代 の恩師 とい う関係 であ った経緯 が背景 にあ つたか らだ。
藤土先生 との交流 は,院 生時代 よ り心理士 として勤 め始 めた頃以降の方 が深 い ように思 う。院生
り
の頃 は,“藤土語録 が理解 で きず ,質 問 されて も四苦八苦 してい たか らだ。それで も何か しら得
体 の しれない魅力 の ようなものがあ り,適 度な距離 を保 ちなが らも先 生 とのや り取 りを楽 しんでい
た。
院修了後,現 場 にて臨床経験 を積み,念 願の臨床心理士資格取得を機 に,本 格的 にスーパ ー ビジョ
ンを受ける こ とを決意 し,藤 土先生 にお願 い し応 じて頂 いた。
臨床家 も精神分析的な立場や行動療法的 な立場や交流分析的な立場 など様 々であ る。臨床家 とし
“
て最終的 に目指す ものは必要 になって くるであろ うが,私 は○○派 であ る前 に 心理士 として どう
"と い
あ るべ きか
う基本姿勢 を学 びた く,以 前 か ら藤土先生 の事例 やお話 をお聞 きし魅力 を感 じて
い た私 は,私 を臨床家 として引 き出 して くれるバ イザ ーはこの先 生 しかい ない と判断 しバ イズ をお
願 い した。
V.ス ーパ ー ビジ ョンで学 んだこと
この頃の私 は,知 的学習 と併せて臨床家 としての経験 を積 んでいたが,あ れ も駄 目これ も駄 目 と
い う姿勢が不 自然な もの とな り,そ れは面接中 にもクライエ ン トに伝染 しお互 いが不 自然なものに
な り,次 第 に中断 してい くとい う経過 を辿 ることが あ った。 クライエ ン トがアクテ イングアウ トと
い う形 でSOSを 発 し,面 接者 であ る私 との関係 の 中で何 がが起 こっているとい う漠然 とした感覚 は
あ って も,洞 察す る域 まで及 ばず, しびれを切 らしたクライエ ン トか ら去 ってい くとう過程 であ っ
た。藤土先 生は,臨 床家 にな りたての頃の私 に 「
手上産 を必ず持 たす よう」伝 えて こられた。肝 に
は命 じてい たものの,テ キス ト的な,ま た,的 外 れ的な技法 だけがむな しく響 き,ク ライエ ン トと
のズレは,私 の不安 を益 々増 し,さ らに専門書 に依存 して しまうとい う悪循環 が巡 り,形 式 ばか り
の面接 だけが続 いていたように思 われる。
スーパ ー ビジョンが 開始 され,面 接者 の不 自然 なまでの姿勢 はす ぐさま見抜 かれ指摘 される こと
になった。 自分へ の 自信 の なさがテキス トに依存 させ ,テ キス トの とお りに してい るのだか らこれ
で大丈夫 とい う安心感 をどこかで求 めてい たことを告げ ると,先 生は気持 ちを汲み取 りなが ら 「テ
キス トはあ る程度 の指標 にはなるであろ うが,い つ かそこか ら脱 しな くてはならない。演田さんに
は演田さん しかない杖 の高 さがある。背伸 びをして も,ク ライエ ン トさんには無意識 の うちに感 じ
取 リバ ラ ンス を崩 します よ」 と,私 とい う存在 を保証 しつつ ,そ の感覚 が臨床家 として何 よ り重要
である ことを教 えて くださった。
藤土先生 のスーパ ー ビジ ョンの進 め方 は,一 つ のセ ッシ ョンに時間 を費 やす とい う,用 意 した レ
ジュメが終了す るまでに数回を要す るものであった。用意 して きた レジュメをその時間枠内で終了
“
"と い 一 つ
する ことを経験 して きた私 には驚 くものであ ったが ,藤 土先生 の 手上産 を持 たせ る
う
一つの面接 を重要視す る基本姿勢 がそ こにはあ つた。毎 回
ー
,バ イザ と疑間点や矛盾点 ,行 動 の背
景 や私が感 じた ことなどについて,と ことん話 し合 われ,相 互交流的 コ ミュニ ケー シ ョンの中か ら
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スーパービジョンを受けて学んだこと
新 たな発見 を見出す作業が行 われた。 このや り取 りは,面 接場面 にお ける予測不可能な気持 ちの揺
れ動 きを上手 にキャッチ し伝 え返す とい う私 に不足 していた部分 を補 うのに十分役立 つ ものであ っ
た。
また,医 学的なモ デルを基盤 に してい た私 は,こ れ まで診断面接 など数回をこな した後 にまとめ
て見立 てを立てる方法 を取 っていたが,バ イザ ー よ りその場その場 での面接 の見立 ての重要性 を学
び,診 断面接 もその後 の 自由違想法的な心理面接 も異 質 なものでは な く,連 続的な一つの繋 が りで
あ ることを教わった。
スーパ ー ビジ ョンを受けてか ら,私 はゆ と りを持 って面接 に望むことがで きた。バ イザ ーがい る
とい う安心感 も手伝 つてであ ろ うが,こ れ まで抱 え こみ過 ぎていたモノを荷下 ろ ししたよう感覚が
そ こにはあ った。拘束 された概念か ら解放 され,そ れは面接 の 中で も面接者 の関 わ りの変化 として
表 れた。あ る程度 の気持 ちを伝 えてみた り,面 接後 に感 じたことを文章化 し,バ イザ ー とのデ イス
カッシ ョンの 中で再検討 しなが ら新 しく見えて くるものが楽 しか った。 もちろん,“楽 しい"と い
う表現 はバ イズ後 の感覚 であ り,ス ーパ ー ビジ ョンの間は感受性や洞察力 を発達すべ き能力 を育 て
てい たため,な れない作業 に疲労感 の方が勝 つてい た。 しか し,回 を重ねる度 に,ま た受けたい と
ル
い う満足感があ り,ま さしく,藤 土先生が重要視す る “
手上産 を私 は持ち帰 っていたのであ ろ う。
私 が勤務 してい るクリニ ックの受付 には様 々な植物 が場 を和 ませてい る。勤務当初 ,育 て方 の分
か らない私 は,毎 朝水 を注 ぐことだけに集中 してい た。 しか し,時 間の経過 と共に植物 の輝 きは失
われ枯 れ始 め,水 の与 えす ぎによる根腐 れである ことはす ぐに判明 した。 しか し,水 の問題 をクリ
ア して も次 の問題が浮上 し,時 間の経過 の 中で ス タッフの助言 を借 りなが ら植物 との対話 の 中で育
てる種類 によって水加減 ,栄 養 が豊富な土壌 ,光 合成 を行 う為 の光,適 した気温な どのバ ラ ンスが
必要な ことを学 んだ。植物 の育 て方 はスーパ ー ビジ ョンと似 てい るように思 う。私 は藤土先生 よ り
自己に持ち合 ゎせてい るエ ネルギー を上手 に発達すべ き土壌 の場 を与 えて頂 い た。そ して,そ の上
壌 を元 に時 に 自由に,時 に ヒン トや助 言 を頂 きなが ら私 に合 つた成長 を促 して くださった。枠 の中
の 自由 とで も表現すべ きであろ うか。 この感覚 は,心 理面接 にお ける面接者 の大切な姿勢 であ り,
私 はバ イジー とい う体験 を通 して感覚的に学 ぶ ことが出来 た。
V. さ いごに
知的学習 と臨床的経験 は,臨 床家が今以上に研鑽 してい くために必 要な要素 である。 しか しなが
ら,そ れだけでは良い臨床家にはなれない と思 われる。その間 に 「
訓練」 の場 が必 要不可欠であ り,
トライア ングル的なバ ラ ンスが求め られて くるであ ろ う。
私 は,藤 土先生 とい うバ イザ ー に支えられ訓練 の機会を得 ることがで きた。その 中で,ク ライエ
ン トの レベ ル に合 わせ た対応 ,相 互交流の 中で感 じることの重要性 ,新 たな物語 を生み出すべ く視
点へ の発見など知的側面か ら感覚的側面 まであ らゆる側面 をフル活動 し自己の もの として取 り入 れ
ることが 出来た。 もちろん,ま だまだ発達段階にあ り,こ れか らもスーパ ー ビジ ョンを通 して自己
の臨床的感覚 を獲得すべ き精進が求 め られるであろう。
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