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リスボン条約から EUの現状と将来を考える

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リスボン条約から EUの現状と将来を考える
経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
リスボン条約から
EUの現状と将来を考える
式」である。この方式の適用は、エネルギー
付与や、EU外交安全保障政策担当上級代表
政策と気候変動、対テロ金融面の措置、知的
が設置され、対外的なEUの顔ができ、EU
財産権保護、国境管理、司法・警察への協
としての外交の体制が強化されていく。
力、健康、観光など40以上もの新たな分野
リスボン条約は、テロ、気候変動と持続可
へ拡大される。さらに、欧州理事会はEU機
能な開発、エネルギー安全保障、共通通商政
関としての地位が確立され、EUの中ではサ
策などの重要課題を処理するため、より明確
2007年12月13日に調印された「リスボン条約」をテーマに、12月14日にセミナーを
ミット的位置付けとなり、常任議長職が設置
な責任と正統性をEUに付託している。これ
開催した。2004年に調印された「欧州憲法条約」は、2005年、フランスとオランダの国
される。これは主権国家の大統領職に匹敵す
で、EUがグローバル化へ舵取りをする体制
るもので、2年半の任期で1回の再選が認め
が強化される。例えば、国際基準の設定であ
られており、目に見える大きな変更点といえ
る。携帯電話のGSM基準、食品の安全性、
る。
CO₂の排出、海運の安全など、様々な分野で
民投票で批准を否決されたが、EU(欧州連合)加盟国は2年間の熟慮期間を経て、2007
年12月、EUの制度の効率化、民主主義や対外発言力の強化を目的として、新たにリスボ
ン条約を採択した。この条約を通してEUが持つ強みや問題点を、駐日欧州委員会代表部
のヒュー・リチャードソン大使、東京大学社会科学研究所の平島健司教授、日本経済新聞
リスボン条約に、どういう価値観が付加さ
EU基準が採り上げられ、また、EU自身が
れたかを考えたい。まず、エネルギー安全保
非常に積極的に規制づくりに関与してきてい
社論説委員の太田泰彦氏の3名が議論した。
障を重視した結束条項が挙げられる。次に、
るが、リスボン条約によって、このプロセス
雇用や社会的保護に関わる社会規定、そして
がさらに継続し強化されていくであろう。
個人の権利を強調する基本権憲章が法的拘束
リスボン条約の意義
体は生まれた。以降、経済共同体、単一市場
この新条約の批准手続きは、1年から1年
力を持つこと(英国とポーランドは適用除外)
半内には完了し、予定通り2009年に発効さ
などである。対外政策も、EUへの法人格の
れると見込まれている。
が誕生し、何度かの条約改正を経て現在に
至っている。こうして、欧州大陸において安
リスボン条約の効果と問題点
定と民主主義が確立された。
機能維持、そしてワンボイスで語る対外的な
り組むため、より良い制度・政治基盤を整え
発言力の強化という3点になる。EU市民に
ることを目的としている。これにより、EU
とっては、民主的正統性の強化が一番重要な
の民主的正統性が強化され、立法過程の透明
要素となる。
性もさらに向上する。新しい仕組みとして、
今日に至る統合の道のりを振り返ってみ
加盟国議会がEUの問題に関与する機会も増
ると、リスボン条約の狙いがよく分かる。
加し、閣僚理事会での審議の透明性の向上、
1980年代末に東西冷戦が終焉した後、西欧
そして100万人の市民の署名により政策提案
の共同体は、旧社会主義諸国の加盟問題に直
を求めることが可能な「市民イニシアチブ」な
面し、2004年の東方拡大へと至った。すな
ヒュー・リチャードソン どがある。
わち、第二次世界大戦後の西欧に始まった統
駐日欧州委員会代表部 大使
理化されたものになる。最も重要な制度改革
EUは、現在27の加盟国、約5億人の人
は、欧州理事会の全会一致制から多数決制
口と23の公式言語を有している。発足の源
への移行である。これは、迅速な政策決定を
であるECSC
(欧州石炭鉄鋼共同体)は、戦
図ることが目的である。このため、より公平
争に関わる基幹産業をフランスやドイツから
な特定多数決方式を2014年以降に閣僚理事
取り上げ、より高いレベルの権限下に置いた
会は採用する。加盟国数の55%以上の賛成
「リスボン条約」の狙いについて主な点をま
に、さらに新しい政策を共通化するというこ
ものである。2つの惨憺たる世界大戦後に欧
とともに、賛成国の人口がEU全人口比で
とめると、より市民に近い政治を目指して民
とであり、統合を深化させたわけである。加
州を立て直そうとする中で欧州石炭鉄鋼共同
65%以上の場合に可決される「二重多数決方
主的正統性を強化すること、制度の効率化と
えて、先に述べた加盟国の拡大も達成し、E
(写真提供:ジャパンタイムズ)
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「リスボン条約」は、EUが新たな課題に取
EUの意思決定手続きも、より効果的で合
経済広報 2008年3月号
合は、80年代末に大きな分 水嶺を迎えたと
考えることができる。1992年に調印された
(写真提供:ジャパンタイムズ)
平島健司
東京大学社会科学研究所 教授
経済広報 2008年3月号
「マーストリヒト条約」以降、EUは全く新し
い局面に置かれてきたのである。マーストリ
ヒト条約は、ユーロ導入を重要な目標のひと
つとして進めた。これは域内市場の完成の上
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経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
Uは大きな課題を背負うことになった。この
れたのが、2005年のフランスとオランダに
あることを強調している。外交や安全保障政
をつくり上げてい
ような状況において、マーストリヒト条約か
よる「欧州憲法条約」の批准否決であった。移
策について、基本的には各国が最終的な決定
くEUのソフトパ
らリスボン条約に至るまで、条約の締結を積
民流入に対する極右勢力の警戒感、雇用や福
権限を留保することを明記したのも同じであ
ワーは、米国に勝
み重ね、経済的自由を中心とする様々な政策
祉政策が脅かされるといった左翼勢力の不安
る。これは、EU市民が、EUと各加盟国双
る面がある。米国
分野がEUの権限に取り込まれてきた。域内
感が、否決という結果を招いたと思われる。
方に対して二重のアイデンティティーを保持
式のデファクトス
市場、競争秩序、対外通商、ユーロ、移民な
従って、各国の政治リーダーは、リスボン
することを意味しており、当面の現実的選択
タ ン ダ ー ド( 事 実
どはEUの政策として執行されている。その
条約がEUの政策システムをどのように変え
肢であると考える。
上の標準)方式と、
一方で、福祉や雇用、教育、文化などに関す
ていくかについて、国民が正確に理解するよ
る政策は、加盟国の担当に残されている。E
う働きかけていく必要がある。ここで、
“デュ
リチャードソン リスボン条約で、欧州に何
つくって産業界や
Uは、加盟各国が歴史的・伝統的に有する政
アル・レジティマシー”というキーワードを
が与えられようとしているのかを考えると、
市民が受け入れる
策システムを包み込むように、欧州レベルの
挙げたい。つまり、欧州議会をはじめとする
これは国旗とか国歌のような形式上の変化
という欧州的デジュール(公的標準)方式の戦
政策形成システムを発展させてきた。その意
EU諸機関を通じた市民コントロールと、各
ではないということである。欧州憲法条約で
いが世界で激化していると感じるが……。
味で、二重構造を備えているといえる。
国レベルの伝統的・歴史的民主主義システ
の外務大臣という格付けはリスボン条約では
公的機関が基準を
欧州レベルでの政策決定の仕組みを考える
ム、という二元的正統性が重要であり、その
なくなり、オプトアウト(適用除外)も認めら
リチャードソン 多くの日本人と話して感じ
と、デモクラシーを確保するための手段とし
相互関係を正確に認識することが政治家には
れ、強大で大袈裟になることはやめて、でき
るのは、日本の外交政策は多極化が不十分で
て欧州議会という代議制がある。そこに、直
求められている。
るだけ控えめな方向を取っている。2つの条
あった、ということである。日本は米国に
約は、政治的には全く違うものであるといえ
依存せざるを得ないことに不安感があるよう
る。
に思われる。世界には、他にも大きなプレー
接民主制的な制度として市民イニシアチブが
最後に、リスボン条約によって、対外発言
加えられ、さらに、NGO、企業などの様々
力が強化されると述べたが、これは、欧州理
な主体が、欧州委員会を筆頭とする政策立案
事会常任議長に誰が選ばれるかで、大きく変
者であるEUの機関に働きかける構図があ
わってくると思う。さらに、具体的な政策の
太田 EU内の人の移動は、リスボン条約以
課題や基準設定で世界をリードしていること
る。リスボン条約によって加盟国の国民議会
中身の決め方は、今までと同様に、27カ国
降どう変化していくのか。
は興味深い点だ。欧州型の予防原則ベースの
の役割が強化されたことを考え合わせると、
間での調整が必要であり、これが困難な作業
欧州レベルでは、デモクラシーの制度的仕組
であることに変わりはない。しかし、他方
リ チ ャ ー ド ソ ン 人 の 自 由 移 動 を 定 め た
るのは、確実性が与えられるからである。E
みは相当改善されたといえる。
U基準を満たせば、恐らくどの国・地域でも
ヤーがいることを認識する中、欧州が様々な
基準へのアプローチが、多くの企業に選ばれ
で、いったん決定された政策は、対外的に大
「シェンゲン協定」を2007年12月21日に9カ
ここで問題にしたいのは、加盟国レベルの
きな発言力を持ってくるのも事実である。E
国が実施する(注:これによりシェンゲン協
話である。雇用や社会福祉政策などについて
Uは、アジアやアフリカをはじめ世界の諸地
定実施国は24カ国となる)。リスボン条約の
は、各加盟国が国民に対し責任を負ってい
域、ないし地域機構との連携を強化してい
下、共通通貨ユーロと1つの地理的スペース
平島 EUは、中長期的にはさらに強い発言
るが、加盟国の政策はEUレベルの政策から
る。また、地域間の話し合いの場において、
が拡大し、欧州的意識がますます広がってい
力を持っていくと思う。また、アジア、アフ
様々な影響を受けざるを得ないのが現状であ
環境や食品安全などの様々な争点に関し、E
くだろう。その一方で、フランス人はフラン
リカ諸国などが地域的な枠組みをつくろう
る。しかし、各国の国民が、複雑なEUの政
Uの主張を強めてくるのは当然であり、日本
ス人のまま、ドイツ人はドイツ人のまま維持
とする上で、有形無形の手を差し伸べてもい
策決定の仕組みを理解した上で、欧州議会の
もこれを無視することはできない。
されていく。これは矛盾ではなく、多様性を
る。他面において、EUが、その欧州的価値
備えた欧州の豊かさだと考えてもらいたい。
観を背景として、国際交渉の場で大きな力を
選挙や条約批准の国民投票に参加している
受け入れられるだろうと思われている。
発揮しているのは必然的な結果だと思う。米
か、というと疑問である。それが典型的に表
パネルディスカッション
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(太田泰彦氏 写真提供:ジャパンタイムズ)
太田 リスボン条約により、EUは内部の結
国一極ではなく、各地域でまとまりを持つ地
束力と対外的な影響力を増す。共同体と加盟
域主義によって構築される世界秩序が、今後
国の統治という二重構造を保ちつつ、徐々に
の見取り図になるのだと思う。日本にとって
太田 2005年にフランスとオランダが否決
平島 その内実はあまり変わっていないとい
市民の意識レベルでも一体感が形成されるよ
は、アジア地域の国々との協力関係をより緊
した
「欧州憲法条約」と今回調印された「リス
う見方が多数かと思う。リスボン条約では、
う巧みにデザインされている。
密化していくことが、EUなどと協調してい
ボン条約」
との違いは何か。
EUという仕組みの中で、国家性のシンボル
米国の影響力低下に伴った、EU発の価値
を表立って認めておらず、加盟国の集合体で
観の影響力増加に言及したい。特に国際標準
経済広報 2008年3月号
経済広報 2008年3月号
く上でも必須だと考える。
(文責:国際広報部主任研究員 竹内利理子)
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