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労働者における精神障害の有病率と生産性損失

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労働者における精神障害の有病率と生産性損失
Web公開の許諾取得済
日社精医誌. 2
1
:535-540. 2
0
1
2 535
r
-第 3
1回日本社会精神医学会(東京) :コアシンポジウム I 精神疾患の疫学・国民意識調査からみた
日本の現状と将来に求められるもの」
労働者における精神障害の有病率と生産性損失
土屋政雄
1.はじめに
ようにするため. WMH調査やその他の疫学調査
から様々な精神障害の有病率を示す。次に,生活
近年,様々な国での一般地域住民を対象とした
機能障害が大きく有病率も高い精神障害であるう
精神障害についての疫学研究により,一般地域住
つ病による労働生産性の損失について紹介しわ
民 3)や働く者 14)の問で多くの者において精神障害
が国における種々の精神障害の労働生産性への影
が該当する状態であり,生活機能にも大きな障害
響について述べる O 最後に,今後の職場メンタル
をもたらすことが明らかになってきている 15)。た
ヘルスで考えられる対策について紹介する O
とえば WHOが 主 導 す る , わ が 国 を 含 め た 世 界
2
8カ国の国際共同研究である WHO世界精神保健
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.WMH;
調査 (WHOWo
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I
. 働く者および一般地域住民における精神
障害の有病率
以下 WMH調 査 と 略 , ま た こ の 内 日 本 で の 調 査
は WMH]調査と略)では,各国で共通の方法論
疫学調査に基づく精神障害の頻度は,ある一時
を用いているため,結果を相互に比較することが
点においである集団の中で当該の疾患を有してい
できる o WMH調査では,診断方法として ICD-
p
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n
c
e
)が用いら
る者の割合である有病率 (
1
0や DSM-IVの多くの精神障害について診断を
2カ月有病率は過去
れることが多い。たとえば 1
作成できる WHO統合国際診断面接第 3版 (WHO
1
2カ月間において診断基準に該当した者の割合
Composite I
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(%)を示している。ここでは,職場メンタルヘ
.
0;CIDI)を用いて構造化面接が行われ
V
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n3
ルスの現場で出会う可能性のある精神障害につい
ている O
て紹介する。働く者のみのデータが見あたらない
ここではまず,働く者においてどのような精神
場合は一般地域住民全体が対象となるが,たとえ
障害がどの位見られるかについて概要をつかめる
ばわが国では 15~64 歳(生産年齢人口)の就業率
は 69.8%(総務省「労働力調査」平成 24年 1月分結
英文タイトル・ P
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著者連絡先 士屋政雄(独立行政法人労働安全衛生総合研
究所作業条件適応研究グループ)
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5 神奈川県川崎市多摩区長尾 6
21
1
TEL:0
4
4
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5
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1
1
1(PHS:8
2
3
5
) FAX:0
4
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→
果)と比較的高いため,働く者で見られる頻度に
近いものとして捉えることとする O
1 不安障害,気分障害,衝動統制障害,物質使用
障害
まず一般地域住民における主な精神障害の有病
4カ国(コ
率について WMH調査をもとに示す。 1
ロンビア,メキシコ,米国,ベルギー,フランス,
独立行政法人労働安全衛牛ー総合研究所作業条件適応研究
グループ
MasaoTsuchiya:H
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ドイツ,イタリア,オランダ,スペイン,ウクラ
イナ,
レバノン,ナイジエリア,
日本,中国[北
2カ月
京,上海])における DSM-IV精神障害の 1
5
3
6
日本社会精神医学会雑誌
第
2
1巻 4号 2
0
1
2年 1
1月
盤
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特定の恐怖
大うつ病性障害
2
.
1
2
.
6
1
.
6
**
アルコール乱用事
1
nU41
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41nE
全般性不安障害
1
.
4
社会恐怖
間歌性爆発性障害
外傷後ストレス障害*
る者
いの
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さび:
用よヨ
者地
曜ぉ虻
労一
働li般
騎口
気分変調性障害
アルコール依存*
者ー
パニック障害
パニックのない広場恐怖
双極性障害 E型
0
.
0
1
.
0
1
.
5
2
.
0
2
.
5
3o%
目
図 1 日本において一般地域でよくみられる精神障害の 12カ月有病率
川上 (
2
0
0
7
);一般地域住民は生 1
3
4名,労働者
労働者:T
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.(
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s;一般地域住民
は5
3
0名 の 疾 患 の み 一 般 地 域 住 民 で 1
.
7
2
2名ゾ*依存の有無は問わない,十乱用あり,土 (
1型 .II型,関値下)
有病率は,不安障害で 2.4 ~18.2%,気分障害で
化面接による調査ではうまく特定できないという
0.8~9.6% ,衝動統制障害で 0.0~6.8% ,物質使用
限界があるため, WMH調査では有病率は報告さ
障害で O
.
l~6.4%,何らかの精神障害で 4.3~26.4
れていない。参考のために統合失調症の有病率に
%であった 3)。それぞれ国によっては測定してい
ついてのメタ分析を紹介しておく
ない精神障害が含まれる場合もあるが,固により
0
0
に基づいた時点有病率の中央値について, 1
.0
有病率がぱらついていることが報告されている。
人あたり 4
.
6人 (80%信頼区間は 1
,
0
0
0人あたり1.9
1
3
)0
2
1の研究
わが国における一般地域住民および働く者の各
人から 1
0人
)
, 3
4の研究に基づいた期間有病率(1
精神障害について, WMH]調査の結果より得ら
年以内)の中央値については, 1
.0
0
0人あたり 3
.
3
れている 1
2カ月有病率を図 1に示した 5
.問。なお
人 (80%信頼区間は1.0
0
0人あたり1.3人から 8
.
2
これまでの研究では,働く者として,雇用されて
人)であった。なお,現在働いている者の中での
いる者に加え自営の者が合わさって報告されてい
有病率は不明である O
るため,比較できるように当該研究もその定義を
ノtーソナリテイ障害
(PD)については,わが国
用いている O 両方の結果を並べてみると明らかな
は含まれていないが WMH調査から世界 1
3カ国
ように,多少の違いはあるが大きな希離は見られ
(中国,ナイジエリア,南アフリカ,コロンビア,
ないことがわかる O 立森がまとめた WMH]調査
メキシコ,米国,レバノン,ベルギー,フランス,
の報告によっても,各精神障害と雇用状態(就業
ドイツ,イタリア,オランダ,スペイン;n=
者
v
sその他)の聞に有意な関連が見られていな
いことが分かつている 16)。
21
.
162)の一般成人地域住民における PD有病率
)。これによれば,何らかの
が報告されている 4
PD を持つ者は 2.7~7.9% と国によりばらついて
2 統合失調症,パーソナリティ障害
統合失調症を含めた精神病性障害は,これまで
述べてきたような一般地域住民を対象とした構造
おり,総合すると 6
.
l%とされている O 有病率は
クラスター
A(妄想性,統合失調質,統合失調
型),クラスター B(
演技性,自己愛性,境界性,
日本社会精神医学会雑誌
反社会性).クラスター
C(回避性,依存性,強
迫性)ごとに報告され,各国の有病率はクラスタ
ー A で1.1~5.3%.
クラスター B は 0.3~2.l
第
2
1巻 4号 2
0
1
2年 1
1月
5
3
7
職者で1.6%であったが,就業状態について統計
学的な関連は見られていない。
%.
クラスター C は 0.9~4.2% の範囲で分布しそれ
E 精神障害による労働生産性の損失
ぞれ総合して 3
.
6
%
.1
.5%. 2
.7%であった。就業
状態との関連については,クラスター
C
. 何らか
働く者において,精神障害によってもたらされ
の PDについてのみ見られ,無職または障害のあ
る機能障害として労働生産性の損失があげられ,
る者に比べて就業している者のオッズ比はクラス
これまで様々な研究が行われ金額換算もされてき
ター Cで 0
.
6(
9
5% 信 頼 区 間 0
.
40
.
9
). 何 ら か の
ている O 労働生産性の損失の内容は,大きくアブ
PDで 0
.
7(
0
.
6
0
.
9
)であった。つまり,これらの
センティーイズムとプレゼンティーイズムに分類
PDが該当する者については,一般地域住民より
される O アブセンティーイズムとは,仕事を休ん
就業者の方で PDの割合は低いことが推測される。
だ日数,遅刻・早退の時間数などで測定される O
一方,プレゼンティーイズムは,仕事中の生産性
3
. 成人発達障害
低下として測定され,仕事をするのに余分に努力
職場で見られる成人発達障害として最近注目が
を要した日数や,能率があがらなかった日数の自
集まっているものに,注意欠陥・多動性障害
己報告として測定されてきている O 他にも実際の
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ADHD) と 自 閉 症 ス ペ ク ト ラ ム 障 害 (
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r:ASD) が あ る 。 特 に ,
ADHDについては,国際共同研究の大規模調査
による知見が報告されており. WMH調査では成
人の労働者における ADHDの有病率が明らかに
調査では頻度が少なくなってしまいなかなか換算
0
されているヘわが国は含まれていないが世界 1
カ国(ベルギー,コロンビア,フランス,ドイツ,
イタリア,
レバノン,メキシコ,オランダ,スペ
ができないが,
ミスや事故の回数なども生産性損
失の内容として考えることができる 8)。ひとたび
大事故が起きれば雇用主にとっても相当な損失に
なることは明白であろう。
1.わが固におけるうつ病による社会的費用
わが国におけるうつ病の社会的費用に関する英
0
1
1年に 2本報告されているので,こ
文論文が 2
イン,米国)において,調査時点で雇用されてい
こではまずそれらを紹介する 11
.1
2
)。労働生産性の
るか自営者である 18~44 歳の 7.075 名について,
損失は,うつ病による社会的費用の中でも大きな
成人 ADHD の有病率は1.2~7.3% の範囲で見ら
割合を占めていることを示すことが目的である。
れ,総合した有病率は 3.5%(標準誤差 0
.
4;男性
両者とも費用計算に用いた指標は大枠で等しい
4
.2%.女性 2
.5%)であった。
が,細かい違いがあるので以下に詳細を述べる。
自閉症,アスペルガー障害(症候群).高機能
S
a
d
oらは 2005年における 20歳以上の成人のう
自閉症,広汎性発達障害など様々な用語が用いら
つ病における費用を推計している 12)。内訳の分類
れているが,これらの状態を統括的に示した用語
として. (1)直接費用(入院および外来の医療費)
として,疫学研究では自閉症スペクトラム障害
2
)死亡費用,および (
3
)疾
と,間接費用である (
(
A
S
D
)が用いられることが多い。 ASDについて
病状態費用に分けている。まず直接費用につい
は,最近になり初めて,成人における大規模な一
て,厚生労働省の患者調査と社会医療診療行為別
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般地域住民の疫学調査が英国で行われた (
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y2007)1
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)。これに
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よると,成人における ASDの有病率は1.0%(
8
0億円,外来医療費
調査から入院医療費用が約 4
.2%)であった。また,就業者で 0
.
9
性1.8%. 女性 0
生じる生涯賃金の損失で定義されており,警察庁
%.無職者で1.6%. 学生・主婦・長期病欠・退
の自殺統計から得られた自殺者数に,自殺の心理
用が約1.30
0億円と,合わせて約1.8
0
0億円と推計
された。次に死亡費用はうつ病による自殺により
-唱
圃
‘
5
3
8
日本社会精神医学会雑誌 第 2
1巻 4号 2
0
1
2年 1
1月
学的剖検研究から得られた自殺者におけるうつ病
ズムにより失われた収入で定義されている。アブ
0
0
9
),厚生労働省
者の割合 53%を乗じ(加我, 2
センティーイズムおよびプレゼンティーイズムに
の賃金構造基本統計調査と総務省の労働力調査か
よる損失は,先行研究におけるうつ病による損失
ら 生 涯 の 賃 金 を 計 算 し 計 約 8,
8
0
0億円の損失と
日数を参考にしてわが国のうつ病有病率に当ては
推計された。 3つ日に疾病状態費用はアブセンテ
めて算出している。これらを合計し,賃金構造基
ィーイズムとプレゼンティーイズムにより失われ
本統計調査から得た平均日収を用いて計算した結
た収入で定義されている O アブセンティーイズム
9.
12億米ドル (
8,
0
8
7億円)の損失と推計
果,約 6
による損失は,うつ病により失われた総労働日数
された。以上を合計してうつ病の杜会的費用は約
を WMH]調査のデータを参考に算出している O
1
1
0億米国ドル (
1兆 2
,
8
7
0億円)と推計され,この
一方プレゼンティーイズムは参考にできる情報が
内労働生産性の損失は約 63%の割合を占めてい
なかったため,先行研究から得られたアブセンテ
i
g
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c
h
iの推計では,労働生産
るo Okumura& H
ィーイズムに対する比(アブセンティーイズムの
性の損失においてプレゼンティーイズムによる損
2
.3倍)を用いて算出している。これらを合計し
失の割合は約 2割と少なく,アブセンティーイズ
厚生労働省の賃金構造基本統計調査と毎月勤労統
ムの方が多いことが特徴である O
計調査から得た平均日収を用いて計算した結果,
約9
,
2
0
0億円の損失と推計された。以上を合計し
てうつ病の社会的費用は約 2兆円と推計されてい
るO この内労働関連の損失は特に疾病状態費用が
該当し,約 47%の割合を占めていた。
2,わが国における精神障害による労働生産性の損
失
上述の通り,うつ病の社会的費用の中で労働生
産性の損失の占める割合はかなり多いことが推測
i
g
u
c
h
iは 2
0
0
8年における
次に, Okumura& H
される。しかしこれまでのわが国の報告では,実
20歳以上の成人のうつ病における費用を推計し
際に働いている者における精神障害のアブセンテ
ている1I)。内訳の分類として, Sadoらと同様に
ィーイズムおよびプレゼンティーイズムを用いた
(1)直接費用(入院および外来の医療費)と, (
2
)
推計はされていない。そこで筆者らの行った労働
うつ病に関連した自殺による費用.および (
3
)労
生産性の損失における推計を紹介する O
働生産性の損失費用に分けている o Okumura&
Tsuchiyaらは, WMH]調 査 の デ ー タ を 用 い
H
i
g
u
c
h
iは米ドルで報告しているため,同時に掲
0歳から 60歳で週 2
0時間以上働いており,
て
, 2
載されていた為替レート(1ドル=1
1
7円:2
0
1
0
雇用されているまたは自営の者 5
3
0名の下位集団
年 7月 1
4日)で換算した日本円も以下に示すこと
2カ月有病率と労働生産
を対象に,精神障害の 1
とする O まず直接費用は Sadoらと同じく患者調
7
)。労働生産性の損
性の損失との関連を検討した 1
査と杜会医療診療行為別調査から計算され,入院
失は, WHO Health and Work Performance
.
18億米ドル(1,074億円),外来医
医療費用が約 9
Q
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o
n
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r
e(HPQ)という,最近労働生産性の
5
3億米ドル (
7
6
4億円)と,合わせて
療費用が約 6,
損失計算でよく用いられている質問票が WMH
5
,
7億米ドル(1,8
3
7億円)と推計された。次に
約1
調査で用いられていたため,これを使用した o
うつ病に関連した自殺による費用は,警察庁の犯
HPQでは,過去 3
0日間の欠勤日数と, 0
1
0点の
罪統計書からうつ病が原因による自殺者数を得
自己評価による仕事の出来の程度をたずねてお
て,賃金構造基本統計調査と労働力調査から生涯
り,これらをそれぞれアブセンティーイズム,プ
5,
4
2億米ドル (
2,
9
7
4億円)
の賃金を計算し計約 2
レゼンティーイズムの指標とした。線形回帰分析
の損失と推計された。 Sadoらとの推計金額の差
により,各精神障害の有無と欠勤日数および仕事
は,特にうつ病による自殺者の割合の違いが大き
の出来の関連を検討した結果,全ての精神障害と
いものと考えられる o 3つ目に労働生産性の損失
欠勤日数に統計的に有意な関連は見られなかっ
費用はアブセンティーイズムとプレゼンティーイ
た。一方仕事の出来については,大うつ病性障害
日本社会精神医学会雑誌 第 2
1巻 4号
とアルコール乱用/依存において負の関連が見ら
2
0
1
2年 1
1月
5
3
9
N. 職場メンタルヘルスにおける対応策
れた。プレゼンティーイズムについて,先行研
究 91を参考にすると回帰係数は約 11%の生産性低
これまで紹介してきた働く者における精神障害
下であると解釈でき,これらの関連の程度を個人
の現状から,職場メンタルヘルス対策としては,
8日間
の年間損失日数に換算すると,両者とも 2
休業に至る一部の者だけでなく,従業員全体に目
の損失日数と推計された。これを年間の給料で換
を向けた総合的な取り組みが重要であることが理
5万円であり,大うつ病性障害とア
算すると約 4
解いただけると思う
ルコール乱用/依存の有病率を考慮して回全体で
と職場メンタルヘルス対策に関わる流れは,ス
,
080億円,アル
計算すると,大うつ病性障害で 5
トレス要因となる職場環境への対策を中心とした
320億円の損失にのぼると
コール乱用/依存で 3,
メンタルヘルス不調の一次予防が活発になってお
推計された。
り,わが国もこうした動向を踏まえて実情にあっ
O
国際的な動向に目を向ける
以上の結果を W M H調査における米国での調
た対策を行っていくことが重要であると考えられ
査に該当する Na
t
i
o
n
a
lComorbiditySurveyRep-
る6
1。代表的な例をあげると,職業性ストレス対
l
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s(NCS-R)での気分障害と生産性損失の
o
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策の欧州枠組み(EuropeanFrameworkf
関連の研究7lと比較すると,米国では個人の大う
c
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lRiskManagement:PRIMA-EF) や
,
つ病性障害の年間損失日数は,アブセンティーイ
英国国立医療技術評価機構 (NICE)のガイドライ
.
7日,プレゼンティーイズムで 1
8
.
2日で
ズムで 8
ン「生産的で健康な職場環境による心の健康の推
あった。 2つの指標を合計するとわが国の結果と
進:雇用者向けガイダンス」がある O これらに共
同程度になるが,わが国ではアブセンティーイズ
通している考え方として,
ムには反映されず,ブレゼンティーイズムのみで
産,経営活動の中に対策を組み込んでいくことが
大きな損失を生じさせている状況が考えられた。
重要視されている。また,こうした取り組みがよ
また,他の先行研究と比較すると,アルコール使
いビジネスや企業業績の向上につながるともいわ
用障害がうつ病と同程度に強く生産性損失と関連
れている O
日常のビジネス,生
しているという結果はわが国特有のものであっ
まだ多くの研究があるわけではないが,最近の
た。こうした結果は,わが国では休みがとりにく
働く人を対象にした介入研究では,生産性の指標
い職場環境であることや,アルコールに寛容な文
も同時に評価し,ストレスや抑うつ症状の改善に
化であることを反映している可能性が考えられ
加え,生産性も向上したかどうかを評価するもの
るo W M H調査の結果から,働き盛りの年代にお
が出てきている O たとえば,従業員参加による職
ける物質使用障害での受診についてわが国のみで
,
場環境改善活動 18)や
有意な負の関連が見られたこともこれと関係して
の,ガイドラインに従った受診勧奨または電話に
うつ症状のある従業員へ
いると考えられる加。したがって,わが国におけ
よる認知行動療法 19)などで,介入群への効果が示
る職場での精神障害を考える上で次の 2点が示唆
されてきている O
される。(1)実際に休むようになるうつ病の従業
員は氷山の一角であり,その背後に多くの者が仕
事の能率をさげながら働きつづけていること,
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に基づいている.
と,である。
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540
日本社会精神医学会雑誌
文 献
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