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「学校気象台」の構築と地域連携ネットワーク
科教研報 Vol.24 No.1 「学校気象台」の構築と地域連携ネットワーク On Construction of a School Meteorological Observatory and Network for Regional Collaboration in Research and Education ○名越利幸*,梶原昌五*,藤崎聡美*,井上祥史*,中西貴裕*,田中吉兵衛* 野田 賢*,黄川田泰幸**,高橋長兵**,及川 敏***, 石川浩治**** NAGOSHI Toshiyuki, KAJIWARA Shogo, FUJISAKI Satomi,INOUE Shoshi, NAKANISHI Takahiro,TANAKA Kichibee, NODA Masaru, KIKAWADA Yasuyuki, TAKAHASHI Chohei, OIKAWA Satoshi,ISHIKAWA Kouji 岩手大学*,岩手大学教育学部附属小**,盛岡市立仙北小***, 東大海洋研**** Iwate University, Elementary School attached Faculty of Education Iwate University, Senboku Elementary School, ORI attached University of Tokyo 「要約」近年,「地球環境」の変化は急激な気候変動として捉えられ,科学者だけでなく国民の中 でも正確な科学データに基づいた予測情報公開への要求が高まってきた。本事業は,地域の学校と 大学との連携事業として,大学が盛岡地域のいくつかの地点における局地気象情報をリアルタイム で提供しながら継続的に記録することにより,急激な気象変化の要因を探るデータを提供し,地域 社会構築のためのセンター的役割を果たすことを目標としている。また,データは各学校の教育課 程でも使用することが可能となり,大気環境に対する実証的な教育効果を高めていくことも目標と している。 「キーワード」 学校気象台,地域連携,情報ネットワーク,局地気象,大気環境 1.はじめに また,教育への普及を視野に入れ,附属小学校 岩手大学の平成20・21年度部局戦略経費による地 教諭,盛岡市立小学校教諭にも協力を要請した。 域貢献活動,及び環境に関する事業としてスタート 一方,気象学的な見地から技術部の気象予報士に した。従って,メンバーは全学から募り決定した。 も参加頂き総合的視野から事業展開をしていると さらに,必要な方々が順次加わり現在に至っている。 ころである。 学校気象台の基本構想は,財団法人日本気象協会 が実施した「これからの気象教育」というテーマの 2.事業の目的 懸賞論文で入選した“「学校気象台」の構築と夢の 自動気象観測装置を,大学施設や盛岡市内の学 ネットワーク構想”(名越,2005)をもとに計画さ 校に設置する。各自動気象観測装置のデータがイ れた。地域の学校に総合気象観測装置を設置し,そ ンターネットを利用して専用サーバーに収集さ こで得られたデータを,大学サーバーに吸い取り, れ,さまざまな気象要素に関する分布図が GIS(作 そこで処理し,ホームページで公開する地域連携の 画ソフト)を利用して自動作成される。この大学発 ネットワークを構築しようというものである。 信情報を,Web および大学構内に設置する大型モ 従って,地域の学校を所管とする盛岡市教育委員 ニターで公開する。このことで,例えば盛岡市内 会の協力,各盛岡市内の小中学校の協力が必要で, のヒート・クールアイランド現象の状況や冷気湖 これには教員養成機構所属教員にお願いした。また, 現象などを,画像により,リアルタイムな情報と 気象測器のデータをマイクロサーバーに保存しLAN して大学から地域市民に提供することが可能とな 経由で大学サーバーに送信するプログラムの開発, る(図1)。 リアルタイムディスプレー表示プログラム,HPの 3.「学校気象台」の総合気象観測装置 デザインなどは,東京大学海洋研究所技術職員,技 設 置 し た 総 合 気 象 観 測 装 置 は , ㈱ VAISALA 術教育科情報担当教員,情報処理センター教員の WXT520 である(図2)。これはフィンランド製で, 方々に開発して頂いた。 43 北欧の平均気温が氷点下 20℃台で動作する機種 を選んだ。冬季雪が凍結した場合でもヒーターに よって融解する仕組みになっているため,盛岡市 内の厳冬にも十分耐えられると考えた。また,こ の測器は,超音波風向・風速計,衝撃センサーに よる雨量測定など,駆動部分が一切ないので,耐 久性が非常に良い。そのセンサー部分のデータを 保存し,ネッワーク上に送り出す OMS(オープン マイクロサーバー)も耐久性のある駆動部分の一 切ないものを選定した。これらサーバー内のプロ グラムは,大学サーバーからリモート可能とし, 設置校の方々に迷惑がかからない用に配慮した。 例えば,何かの影響で電源が切れても,電源が投 入されると同時に自動的にデータを取得するよう に自動起動のプログラムが入っている。随所にメ ンテナンスフリーの思想が浸透していることも特 徴の一つである。 図2.自動気象観測装置一式 図1. 「学校気象台」地域連携ネットワークの全体構成 44 4.設置箇所の一例(岩手大学附属小学校) 気象情報が表示されているので,休み時間ごとに 「学校気象台」の設置例を図3,4に示す。こ 児 童がデータを閲覧することができる。 れは,附属小学校の例で,3 階屋上に設置し,理 5.リアルタイムデータ表示プログラムの開発 科室にケーブルを取り込み,センサーコントロー ルボックスとOMSを設置した。また,職員室内 教育学部2号館に設置している気象観測則器の にPCを置き,その画面を職員室入り口上に設置 データを5秒ごとに受信し,リアルタイムで表示 したディスプレーで表示することを考えた。常に している。 プログラムは,JAVA アプレットによ り実現した。各気象要素を表示すると同時に,風 力・風向と温度の情報を表示する工夫を行った。 △の数が風力,矢印の方向が風向を示している。 風力は,12まで表現できるようになっている。 温 度のグラディエーションは,表の通りである。 6.達成による波及効果など 1 )大学及び大学 Web への訪問者 に適切な情報を 提供でき,利便性が上がる。 2 )教育面では,知識の伝達のみに終わりがちな気 象の教育を収集したデータを情報処理すること で,身近なものとして生きた教育に転換できる。 3 )各種カメラやセンサーを取り付けることで,環 境・景観・防災等の様々なモニター活動が可能 である。今後,岩手大学の 各分野における研究 への展開が期待できる。 4 )地域との連携により,気象庁や文部科学省が 行っているような広 い地域での同様な事業との 差別化が図れる。 5 )降雨強度や最大風速などの表示が可能な こと から,防災教育への波及が予想される。 図3 附属小学校屋上設置の様子 6 )この記録データは,教育の みならず,基礎科 学の研究にも用途がある。 7 )アメダスよりも細かいメッシュを形 成できる ため,予報精度の向上に繋がる。 7.今後の展開 1 )学校授業教材としての展開 小学校理科気象領域4年生・5年生、中学校2 年生~3年生が関連する学習領域の対象学年とな る。これまで,気象の教育というと,どちらかと 言えば,知識の伝達のみになっていた。「学校気象 台」によるリアルタイムのデータや蓄積された情 図4 報を利用して,より身近な学習として生きた教育 職員室入り口のディスプレー設置の様子 への転換が図れる。現在、附属小学校職員室前に 45 図5 教育学部2号館入り口の表示画面 の理解にも繋がる。その他、降雨の積算値や降雨 強度を記録して,盛岡市とその周辺の土砂災害発 モニターを設置し,リアルタイムで気象情報を閲 生や 増水の様子と比較してみることで,防災教育 覧できる環境を提供しており,その蓄積データに の一環となりうる。 よる研究授業(4年生対象)を実施した。 また, 4)研究対象としての展開 理科だけでなく,算数のグラフのデータとしての 気象学的な観点から考えると,盛岡市内にアメ 利用など,教育利用への意義は大きい。 ダスの観測網よりも細かな観測点が形成される。 2)地域連携としての展開 これら観測点の気象要素を統合することで,盛岡 大学及び大学Webへの訪問者に,適切な盛岡 市内の水平気温分布や水平湿度分布図が描ける。 市内の地域気象情報を提供することが可能となる。 それら分布図から,盛岡市内のヒートアイランド 最も近いアメダス観測点は,盛岡地方気象台であ やクールアイランド,盆地の冷気湖などの局地気 る。このデータは盛岡市を代表しているが,地域 象学的な研究が可能になる。また,そのデータを 連携ネットワークとして,市の各地域に6観測点 蓄積することにより,各気象要素の経年変化を調 を設置することで,それぞれの地域の大気環境を 査することも可能となる。環境科学の研究や産 代表するデータが得られる。そのデータから冬の 業・ビジネスなどの大気環境基礎データとしても 最低気温の変化などを,盛岡地方気象台のデータ 利用が可能になる。 と比較することで,地域の生活に役立つ情報とな 8.おわりに り得る。これら気象情報を地域に向けて発信して 現在,教育学部及び附属小学校に設置作動して いきたい。 3)防災教育への展開 いる。盛岡市内の小中学校4校に測器設置完了, 「学校気象台」による測定間隔が1分~10分 ネットワークへの接続を待っている。同時に,公 程度の観測値を利用して,気象災害についての学 開に向け大学サーバーの構築とHPの作成に取り 習が可能となる。台風や温帯低気圧に伴う寒冷前 掛かっており,年内にシステム構築の完了を目ざ 線が盛岡を通過する際,激しい気象の変化を実測 している。 値から実感してもらうことで,気象災害への児 ●引用・参考文献 童・生徒の興味・関心を高めることができる。 現 下村紀夫ほか(2002):地域気象教育プロジェク 象の発生時,比較的短時間で気象が激しく変化す ト「e-気象台&“こんにちは予報官です”」, るため, 「 学校気象台」で観測している気温、気圧、 天気,49巻4号,303-308. 風向・風速の急激な変化や,激しい降雨や雷など 名越利幸(2005):「学校気象台」の構築と夢の の気象現象として記録・体験できる。 これらは、 ネットワーク構想,気象に関する懸賞論文入賞 自然環境の理解に繋がると同時に、発生する災害 論文集「これからの気象教育」,51-60. 46