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小水力利用からみた今後の農村開発
農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 小水力利用からみた今後の農村開発 後藤 眞宏((独)農研機構 農村工学研究所) 1.はじめに 1960 年代前半までは、 農村には、労働力と薪炭、水力、畜力などのエネルギーがあり、 農産物を生産して都市部に送り、お金や物資に交換していた。この時代においては、農村 はかなり自給できていた。しかし、次第に都市より電気や石油などのエネルギーや様々な 物資が入り、現在は、エネルギー購入の代償として食料を都市に送るようになった。 現在、農業・農村生活に関するほとんどの物資が都市からの供給なくしては成り立たな い状況になっている。エネルギーでみると農村は最遠地になり、さらにエネルギーの消費 地点が分散している非効率な地域ともいえる。 もっと広い視点、日本と外国の関係から見ると、農村だけがエネルギーの最遠地ではな く、日本そのものがエネルギーの最遠地といえるであろう。交通機関、食料供給体制、情 報化社会などに代表されるように現在の技術、制度、社会システムなどあらゆるものが化 石エネルギーの利用を前提とした社会構造になっている。 さらに、社会構造だけでなく、たとえば、誰かに連絡するときには携帯を使用し、小腹 が空いたらコンビニに行く、時間のかかる手紙や遠くの店に歩いて行くようなことは面倒 くさい、不便だといって避けようとするなど、このような社会に慣れたわたしたちの感性 までもがエネルギー利用が前提になっている。 本日は、農村地域に賦存する小水力に着目して、今後の農村開発について述べる。小水 力発電は再生可能のエネルギーの一つである。小水力発電を究極まで開発したとしてもわ が国のエネルギー自給が達成されるわけではない。しかし、地域に賦存する小水力発電を エネルギー源としてだけでなく、エネルギー問題、地域資源の利活用、地域活性化など様々 な問題解決への糸口として捉えることが農村の開発につながると考える。 2.小水力発電ブーム? − なぜ小水力発電なのか− 「小水力発電」という言葉が新聞・雑誌やニュースで数多く取り上げられ、注目を浴び ている。ここでは、小水力発電の歴史を振り返るとともに、なぜ小水力発電なのかについ て考えてみる。 わが国の歴史を振り返ると、1878年(明治11 年)の「共武政表」という統計では9,000 台以上の水車が稼働いる1)。1942年(昭和17年)の調査では、精米、タービン等農事用水 車が約78,000台稼働している2)。また、1920年(大正9年)ごろに富山県で考案された螺 旋水車は、全盛期の1935年(昭和10年)には約13,000台が普及している3)。 戦後の1952年(昭和27 年)に、無電地区に電力を供給する目的で、農山漁村電気導入促 進法が制定され、農協、土地改良区、森林組合等が事業主体となり、今日まで200地点以上 の発電所が建設されている4)。 1983年(昭和58年)には、土地改良施設における電力使用料の負担軽減を目的とし、か んがい排水事業の一工種として小水力発電所の建設が可能となった。2009年(平成21年) 時点で全国26カ所の発電所が建設されている(図1)。出力規模でみると500∼1,000kWが 1 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 全国水土里ネットHPより 図1 農水省農村振興局関連事業による小水力発電施設設置地区 多く、平均すると一箇所約850kWである。 農山村地域における農業用水を利用した小水力発電開発が注目された時期は、戦後に限 るとこれまで3回あったといえる。1回目は農山漁村電気導入促進法が制定された 1952 年(昭和 27 年)頃、2回目はかんがい排水事業において建設されるようになった 1983 年 (昭和 58 年)頃、そして、今回である。 今回とこれまでとの違いは、地球温暖化対策、低炭素化社会の実現に向けて、再生可能 エネルギー開発の一つとして注目され、社会全体、地球環境といった大きな視点に立脚し た問題解決の一方策として位置付けられている点である。また、これまでは農業や電力な ど関連分野に限られていたが、今回は、たとえば電気自動車やスマートグリッドなど電気 を利用する分野からも注目され、社会を幅広く巻き込んだ動きになっている。 では、なぜ小水力発電なのか。 第一には、太陽光や風力など他の再生可能エネルギーに比べて、出力変動が少なく、耐 用年数が長いなどの特徴がある。さらに、わが国、特に農山村地域には水田に用水を供給 するための水路、ダムなどの水利施設が整備されており、それらを水力発電施設として利 用できる基盤が整っている。また、地形が比較的急峻であり、年間降水量も豊富であるな ど水力開発に適している。 2 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 第二に開発可能な地点が数多く残っている点である。小水力開発の盛んなドイツと比較 してみる。 2002 年のドイツの再生可能エネルギーに関する報告では、1,000kW 以上の水力発電所は 403 箇所、1,000kW 未満は 5,500 箇所であり、小規模の水力発電所の建設数の方が圧倒的に 多い。一方、わが国では、2005 年の資源エネルギー庁の調査結果によると、1,000kW 以上 の水力発電所の 1,407 箇所に対し、1,000kW 未満は 437 箇所であり、1,000kW 未満の建設数 が少ない。 また、2005 年から 2006 年にかけてのドイツにおける小水力発電所の設置数と出力では、 5,000kW 以下の発電所が 7,201 から 7,524 箇所と増加し、1 年間に約 300 箇所もの発電所 が建設されている。1箇所当たりの平均出力は 160kW である。一方、5,000kW 以上の発電 所数は増加していない。ドイツでは、年間降水量や地形条件が不利であるにもかかわらず、 固定価格買い取り制や環境配慮への助成などの支援があり、わが国より多くの水力発電所 が現在も建設され続けている。 地形条件や降雨条件からドイツより有利と思われるわが国には、まだ多くの小水力発電 の開発可能地点が残っていると考えられる。では、わが国の開発可能地点はどの程度ある と考えられるか。小林は、わが国の開発可能な小水力発電地点を、出力範囲が 100∼1,000kW で数千地点、10∼100kW で数万地点と試算している5)。合計すると発電出力は約 500 万 kW となる。 10kW 以下の開発可能地点について考えてみる。1942 年(昭和 17 年)には精米、タービ ン等農事用水車が約 78,000 台稼働していた。このうち、73,000 台は鉄製の在来型水車で、 出力は数 kW 程度と考えられる。農山村地域における数 kW 以下の小水力利用の地点は、こ の水車台数から 10 万カ所程度であったと推定される。現在のように農業用水路がコンクリ ートで整備されていない時期の数値である。これらの地点すべてが現時点で利用可能では ないが、1988 年(昭和 63 年)時点で受益面積 100ha 以上の農地に送水している基幹的な 農業用水路は約 28,000km に達し6)、現時点において基幹的な用水路に支線、末端用水路 を加えると、数 kW クラスの小水力利用地点はさらに数多く存在するものと考えられる。仮 に、これらすべてで数 kW の小水力発電が可能と考えると、水車性能、発電機効率の向上な どから数十万 kW の発電可能性が見込まれる。 第三に、電力利用を巡る状況の変化である。これまで農山村に数多くかつ広い範囲に賦 存している数十 kW 以下の発電はほぼ電力会社に売電されていたが、電力系統が整備された ことにより、利用価値が少なくなっていった。しかし、2008 年頃から、ガソリン車、ハイ ブリッド車、燃料電池車、EV車へと自動車を巡る状況が大きく変化している。国内の大 手企業だけでなく、地方の中小企業、インドなどの海外も含めて電気自動車の開発、販売 が急速に進んでおり、100 万円を下回る電気自動車も販売されている。また、電気バイク、 小型の電動耕耘機などの農作業機械も販売されている。 電気自動車を例にすると、1kWh の充電で約 10km の走行が可能である。農村地域におい て一日の走行距離は数十 km と考えると、一日数 kWh の電力で十分であり、発電出力が数 kW の発電所で十分対応できる。これまで農村地域の農業用水を利用した小水力発電では経 済性に見合う規模として数百 kW を開発対象としてきたが、今後は農村地域に数多く存在す る数 kW の小水力発電地点の利用価値が高くなってくる。 3 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 3.小水力発電の現状 本年 10 月に、第一回全国小水力発電サミットが山梨県都留市で開催され、約 500 名もの 参加者があり、小水力発電への関心を示す結果となった。サミットでは、各地の事例報告、 パネルディスカッションなどがなされた。ここではサミットでの議論を参考にしつつ、小 水力発電が議論されるときに話題となる、経済性、水利権や電気事業法などの制度、小型 水車開発など小水力発電の現状について述べる。 3.1 経済性 小水力発電の経済性に関して、サミット参加の企業から報告があった。最大出力で 100kW 以上、年間総発電量で 100 万 kWh 以上でないと現状では建設は厳しいとの指摘である。こ れまでも、水車・発電機の費用が1kW 当たり 100 万円以下、流れ込み式発電で kWh 当たり の建設費として 250 円以下が経済性の目安とされてきた。 かんがい排水事業等で建設された全国 26 カ所の発電所を調べた結果、すべての地区で最 大出力が 100kW 以上、年間総発電量は 100 万 kWh 以上であった7)。 電力会社への売電を基本としている現状において、売電価格が経済性に最も影響を与え る。現在、10 円/kWh 以下で交渉されているようである。売電交渉は電力会社との相対交渉 なので、どうしても発電する側が不利になりがちである。また電力会社によって売電価格 は大きく異なり、1/2∼1/3 と極端に低い価格を提示され、買い取り価格が低いために事業 化を断念したケースもある。 現在、固定価格買い取りについて資源エネルギー庁で検討が行われている。太陽光以外 の水力、風力などの買い取り価格は、再生可能エネルギー毎の価格設定ではなく一律で議 論され、おおむね 15∼20 円/kWh 程度で検討されているようである。現状の買い取り価格 と比較するとかなりの前進になるが、100kW 以下の小水力発電ではさらに高い価格での買 い取りが期待される。 3.2 制度 1)河川法 小水力発電の実施者にとって、河川法に関わる水利権の手続きは、時間的、事務的に大 きな障害となっている。現在、農業用水を利用した小水力発電は、農業用水に完全従属す る範囲内で許認可や法手続きに関する議論が行われている。この範囲内であれば、手続き の簡素化など徐々に規制が緩和されてきている。また、水車の設置場所が排水路で、しか も設置地点よりも下流で用水利用のない場合については、手続きが不要となっている。た だし、冬期の水量の増加や水利権の法定化の問題など解決すべき課題は多く、さらなる規 制緩和が求められる。 2)電気事業法 電気事業法に関しては、工事計画書の届け出の基準などは規制緩和の方向にあるものの、 いまだ多くの課題がある。一般電気工作物の範囲に関する検討では、現行の 10kW から 20kW に規制緩和である一方で、附帯事項として流量範囲が 1m3/sec に制限されようとしている。 電気事業法に関する法手続は、主任技術者の選任、保安規定の制定など数多く、大規模水 力と変わらない資料作成の必要がある。小水力発電の規模によって簡素化するなどの緩和 が期待される。 3)土地改良法 4 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 これまでかんがい排水事業等の一工種として事業の範囲内でしか建設ができなかった が、2009 年度(平成 21 年度)から、小水力発電所を単独で新設、改修できる制度が拡充 されるなど積極的な取り組みがみられる。一方で、土地改良法の中には見合い施設問題(発 電出力が地区内の電力使用施設の総出力内に限られる)や施設利用における建設費負担問 題など、農業用水を利用した小水力発電の推進に足かせとなる部分もあり、土地改良法の 改正なくしては、農業用水を利用した小水力発電の大幅な建設は困難といえる。 4)手続き 現在、小水力発電を実施する土地改良区や自治体などの事業者は、図2のように関係者 と個別に許認可や調整を行わねばならず、大きな労力と時間を要している。これも小水力 発電の普及上の大きな障害となっている。 図2 3.3 小水力発電に関する手続きの現状 技術 数百 kW 以上の規模の小水力発電の技術開発に関しては、ほぼ確立しており、同一規格の 量産化やパッケージ化によるコストダウンの課題が残っている。現在、開発のターゲット は、100kW 以下の技術開発である。ここでは、落差工地点に簡易に設置可能な水車発電機 と緩勾配水路の流水エネルギーを利用する水車について紹介する。 1)落差利用水車 農業用水路には流水のエネルギーが過大にならないように段差を設けて、流れのエネル ギーを一定の範囲内に収める落差工・急流工が設けられている。この落差地点に水車を設 置すれば、比較的容易に水力エネルギーが取り出せる。 栃木県那須野ヶ原土地改良連合管内には数多くの落差工があり、連続して落差工のある 幅 2.05m、流量 2.4m3/sec の幹線用水路の落差 2.0m の落差工地点に、最大出力 30kW の立 軸カプラン水車を 4 基設置している(図3、4、5)。 2)流水利用水車8) 農村工学研究所では、民間、大学等の参画する農林水産省の官民連携新技術研究開発事 業において、農業用水路等緩勾配流(非落差流)水力発電技術の開発に取り組み、農業用 水路の流水エネルギーを効率的に電力に変換する水車を開発した。勾配 1/1,500 の農業用 水路に水車を設置して、水車出力、水位変化、長期間の耐久試験等を行い、水車流入流量 5 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 1.8m3/sec、水車上下流水位差 0.15m で、出力 1.4kW の結果を得ている。水路勾配による が、農業用水路への水車設置による上下流水位の影響を考慮すれば、数 km 間に複数台連続 して設置することも可能である。 図3 図4 落差工概要図(側面図) 連続して設置された発電機 図6 図5 水車の設置状況(下流から) 開発した水車の概要 6 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 4.小水力利用からみた今後の農村開発 小水力が賦存する農山村において、小水力利用を核とした農村開発の目指すべき方向と 取り組むべき課題について述べる。 4.1 目指すべき方向 小水力を利用した農村開発の目指すべき方向は、小水力発電による電力を地域で可能な 限り活用する方向であると考えられるが、そこに描かれる将来像は地域によって、事業主 体によって様々である。ここでは、事業主体毎の目指すべき方向について述べる9)。 1)自治体や土地改良区による小水力発電 数百 kW 規模の発電所の建設が可能な自治体や土地改良区などには、小水力発電の牽引役 を期待したい。農業用水を維持・管理している主体が積極的に小水力発電に取り組むこと により地域資源管理、地域社会の核となる組織として重要な役割を担ってもらいたい。ま た水利権や売電交渉、法制度の改正など対外交渉においては、主体的に制度上などの問題 点の指摘、改善点の提示、新たな技術開発の推進など発言、行動されることが求められる。 自治体や土地改良区の活動なくして、小水力発電の進展は図れないと思われる。 2)地域主体による小水力発電 農業用水路には、落差が 2m 以下の落差地点が数多くあり、そこでは数十 W から数 kW の 発電が可能である。このような地点では、個人から NPO など様々な地域主体による小水力 発電が実施されることが期待される。太陽光発電と同じように、個人事業者として小水力 発電を実施することによって、エネルギー問題、食料問題など資源問題への関心が喚起さ れるとともに、多様な主体が持続可能な資源である小水力に関わることによって、地域に おける地域主体による社会が形成されることが期待される。すなわち多様な主体が事業主 体となった小水力発電所が建設されることは、エネルギー、食料問題に留まらず、重要な 地域資源である水、農地、山林、農業水利施設などの維持管理などに対する取り組み方が、 国任せから地域主体へと変革する起爆剤になりうると考える。 3)地域電力によるエネルギー自給 富山市大沢野の土地区の山間地において、沢水を利用した小水力発電で農家一軒の電力 を自給する試験を行っている。この実証試験では、農家一軒で必要な電力の利用状況、出 力 1kW と 400W の水車との需給バランス調整、電気自動車の利用、砂防ダムからの取水方法 などエネルギー自給に向けた検討を行っている。 小水力発電は数十 W から数百 kW まで出力が様々である。個レベルから集落レベルまでの 地域に必要なエネルギー量を把握すること、小水力発電による出力と使用電力との需給バ ランスの効率的な制御方法、電力系統との連携方法などを明らかにすることによって、小 水力発電による地域のエネルギー自給の可能性を追求する。 4)エネルギー生産基地へ 化石燃料を消費して成り立っている現代社会において農山村地域は、化石燃料的最遠地 に位置していると考えられる。このまま化石燃料に依存した状況が続く限り、化石燃料の 価格変動や需給の影響を受け、持続的な存続は困難になることが想定される。 一方で、小水力やバイオマスなどの再生可能なエネルギー資源が農山村地域には賦存し ている。これら再生可能なエネルギー資源の視点に立つと農山村はまさにエネルギーの源 泉地と捉えることができる。そこで地域内、流域内の資源循環を有効に活用する仕組みを 7 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 構築することによって、持続可能な地域社会を構築することは可能と思われる。 このような再生可能エネルギーの中で小水力は、農業用水路、ダム、頭首工、ため池な どの農山村に設置されている農業水利施設において利用可能なエネルギーである。農業用 水路の落差工、ダムなど落差の有する地点での個別の発電利用が可能である。特に扇状地 における農業用水路は、扇状に広がり、発電可能地点も数多く存在する。このような地区 では、小規模な発電を数多く、それらを面的に開発して、つなぎ合わせることによって、 地域全体の電力を賄うことも可能である。 農山村地域は、小水力などの地域エネルギー資源を原資として、持続可能で、エネルギ ーを生産する基地となりうるポテンシャルを有している。農山村の目指すべきはエネルギ ー生産基地である。 4.2 取り組むべき課題 前述したように、現状において小水力発電には多くの課題がある。ここでは研究機関だ けでなく、国や自治体、企業、地域住民などが今後取り組むべき課題について述べる10)。 1)農村におけるエネルギー実態の把握 個々の家における生活、自動車やバイクなどの移動手段、トラクターや耕耘機などの大 型農作業機械から草刈機などの小型機械、農業水利施設の維持管理など、農村地域の維持 には化石燃料の使用は不可欠である。そこでまずは、エネルギーの消費実態を把握する必 要がある。 ①農村地域における生活から農業まで全てに関わるエネルギーの使用実態の把握、②農 村地域におけるエネルギー消費の分布状況の解明、③現状の農業水利施設における消費エ ネルギーの実態把握 2)現状の農業水利施設における取り組むべき課題 財政状況の厳しい中にあって、現状の農業水利施設に賦存する小水力エネルギーをいか に効率的に活用するかが求められる。ここでは、現状の施設の改変なしに取り組める課題 について述べる。 制度に関しては、①河川法、電気事業法、土地改良法など法手続の簡素化、②冬期水利 権の利用等、③農業用水と工水・上水の連携などがある。特に①に関しては、自治体など にたとえば小水力課を設けて、各種法手続きを一括して行えるような仕組み作りが求めら れる(図7)。 図7 小水力開発に関する一括手続きのイメージ 8 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 技術に関しては、①現状の水利システムにおけるエネルギー削減方法の検討、②小水力 エネルギー利用を考慮したダムの貯水運用方法の開発、③農業用水路における数十∼数kW のクラスの小型水車の開発、④農業用水路の数十∼数kW の小水力エネルギー賦存状況の解 明、⑤小型水車の農業用水路への導入技術の開発、⑥ため池を活用した発電システムの開 発、⑦休耕田を活用した小型発電システムの開発などがある。③から⑤については、農村 工学研究所において本年度から3年計画で、農林水産省の「新たな農林水産政策を推進す る実用技術開発事業」において取り組んでいる。 3)農村地域におけるエネルギー安定供給技術の開発 農村地域は、都市部のようなエネルギー消費地点が集中した形態ではなく、分散かつ一 地点の消費量が小さいという特徴を有している。数十∼数kW のクラスの発電は街灯や電気 自動車への供給など小規模小出力需要に単独で利用することも可能であるが、小規模な発 電を多数開発して、これらを面状につなぎ合わせること(マイクログリッド)によって、 電力系統に連携することなく、一定の地域の電力を賄うことも可能となる。そこで小規模 分散電力網を形成して、農村の振興、農村生活、農業生産に十分に貢献するためには以下 の課題が挙げられる。 ①小規模水力の複合利用・安定化技術の開発、②非かんがい期における送水方法の検討、 ③太陽光、風力、バイオマス発電等を活用した安定化技術の開発、④エネルギーの需給バ ランスの安定化技術の開発などがある。 4)小水力エネルギー利用を考慮した新たな水利システムの構築 これまでの小水力利用はあくまで既存の農業水利システムを改変しないで利用する考え 方であるが、今後のエネルギーや食料状況を鑑みたときに、さらなる水力開発、エネルギ ー利用、食料生産など農村の持続性を維持するために、農業水利システムをエネルギー利 用システムへ再構築することが必要であると考えられる。 ここで取り組むべき課題は、①農業用水の利用状況の経年変化の把握、②土地利用状況 の経年変化の把握、③小水力エネルギー利用を考慮した用水路の路線計画手法の開発、④ 小水力エネルギー利用を考慮した用水管理手法の開発、⑤農業水利システムの再構築の開 発、⑥エネルギー利用の視点からの土地利用の最適配置手法の開発などである。 このためには、合意形成、法整備など越えなければならない課題も山積している。これ らの問題に取り組むことによって、エネルギー問題、地域資源の利用、地域活性化などに 役立つものと考える。また、取り組みにおいてはトップダウンで物事を進めるのではなく、 地域にある資源、社会システムを活かし、地域の実情にあった開発を地域が主体的に解決 していくことが重要であると考える。 5.おわりに 小水力が開発されたからといって、農村の持続性が確保されるわけではない。小水力は ただのパーツに過ぎない。しかし、小水力は国や地域社会を巻き込み、農村再構築のパワ ーを秘めている。その核に成り得ると考える。本稿が、多様な主体が小水力に関わるきっ かけになれば幸いである。 9 農村研究フォーラム2010 農業・農村の持続性と再生可能エネルギーの利活用 平成22年11月19日 謝辞 本報告は、科学研究費補助金(基盤研究(B)(一般):課題番号(20380131)「マイク ロポテンシャル分布図作成手法開発と評価」)、科学技術振興機構社会技術研究開発セン ターによる社会技術研究開発事業研究開発プログラム「地域に根ざした脱温暖化・環境共 生社会(プロジェクト名:小水力を核とした脱温暖化の地域社会形成)」、農林水産省官 民連携新技術研究開発事業、交付金プロ「農村資源管理」の一環として実施したものであ る。 参考文献 1)末尾至行(1980):水力開発=利用の歴史地理、大明堂、p.7 2)前田清志(1992):日本の水車と文化、玉川大学出版部、p.43 3)田中勇人(1990):螺旋水車、p.56-61 4)農村開発企画委員会(1983):農村工学研究 33、p.85 5)小林久(2010):小水力発電の可能性、世界(岩波書店)、p.104-114 6)農林水産省構造改善局(1988):農業水利施設整備状況調査結果、p.6 7)後藤眞宏(2010):小水力発電調査地区結果による一考察、第 61 回農業農村工学会関東 支部大会講演会講演要旨、p.64-65 8)後藤眞宏ほか(2010):緩勾配水路における小水力発電技術の開発、農業農村工学会誌、 第 78 号第 8 号、p.7-10 9)上坂博亨ほか(2010):農業用水を利用した小水力発電に関する課題と方向性、農業農 村工学会誌、第 78 号第 8 号、p.3-6 10)後藤眞宏ほか(2009):南ドイツにおける小水力発電の調査報告とわが国の農村地域の 小水力発電の今後の展望、農村工学研究所技報、第 210 号、p.169-178 10