Comments
Description
Transcript
液体水銀 ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動
日本金属学会誌 第 74 巻 第 3 号(2010)179183 液体水銀 ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動1 伊 丹 俊 夫2 水 野 章 敏3 北海道大学大学院理学研究院化学部門 J. Japan Inst. Metals, Vol. 74, No. 3 (2010), pp. 179 183 2010 The Japan Institute of Metals The Variation of Absorption Edges of X rays for Liquid Hg Rb Alloys 2 and Akitoshi Mizuno 3 Toshio Itami Division of Chemistry, Graduate School of Science, Hokkaido University, Sapporo 0600810 The L and L edges of Hg and the K edge of Rb in HgRb alloys were measured by the absorption spectroscopy of Xrays. On increasing the Rb concentration, the absorption edges of Hg show an opposite behavior from each other, a decrease of L and an increase of L compared with the case of pure liquid Hg. This difference was discussed from the polyanion formation of Hg atoms on alloying. With the increase of alkali concentration, the p like state of polyanion seems to be situated on the lower energy side than that of the s band. The electronic structure of this polyanion was discussed based on a simple LCAO analysis. Such an existence of polyanions may be responsible for the curious phenomena of liquid Hgalkali alloys, the maximum of the electrical resistivity at 60 at alkali and the positively enhanced tendency in the intermediate alkali concentration range of the magnetic susceptibility in the overall negative deviation. (Received September 16, 2009; Accepted November 30, 2009) Keywords: liquid metals, mercury, alkali, the absorption edge, compound formation ウム,ルビジウム,およびセシウムをそれぞれ溶質として含 1. 緒 言 む液体水銀合金において出現する.これらの系の状態図10) は溶質濃度 20 at以上の濃度域の固相に多くの金属間化合 アルカリ多価金属合金においては,液体合金中において 物の存在を示している.しかし,熱電能極小の出現する数 も,ある特定の組成において化合物形成が存在する1,2) .そ atの溶質濃度領域には特徴的な様子は何も見られない.し の典型的例は液体カリウム鉛合金である.この系において たがって,熱電能極小の起源の原因を解明する手がかりは存 は,カリウム 50 at ( at 原子)の組成において,電気 在しなかったため,以前の教科書( Faber 1972 )11) では「神 抵抗の急激な増加が発生し,四面体状の Pb44- 多原子陰イ 秘的な現象」と記されている. オンの形成がその急激な増加の原因とされている.この多原 これまで,溶質希薄領域に見られる熱電能極小について 子陰イオンの化学結合は p 軌道の重なりに由来する結合軌 は,著者等のグループにより以下の事が明らかにされている. 道と考えられる14).多原子陰イオン,Pb44-,の存在は液体 a. 熱電能極小は混合熱が負の液体水銀合金に出現する5). の構造因子においてその第一ピークの直前の波数域に出現す b. この現象は,電気陰性度(あるいは仕事関数)の大きな る巨大なプレピークの存在で確かめられる.液体水銀合金, 原子を溶質として含む液体水銀合金系において見られ 特に液体水銀アルカリ合金もまた色々な奇妙な性質を示 る5). す.たとえば,数 at アルカリ濃度における熱電能極小現 c. この現象には物理量の温度(あるいは圧力)依存性の異 象(以後“熱電能極小”と呼ぶFig. 1 参照)5),アルカリ金 常が伴われる.たとえば,電気抵抗,熱電能,磁化 属の種類を問わずに 60 atアルカリ濃度に見られる電気抵 率,原子体積,粘性,部分モルエントロピーの温度依 抗の極大6) ,磁化率に見られる“ W 型”79) の傾向などであ 存性および熱電能の圧力依存性の異常5,713)である. る.この磁化率の“ W 型”傾向は,磁化率の組成依存性が 上記 a および b は熱電能極小が水銀原子から溶質原子へ 全体として負の偏倚傾向を示すが,中間濃度域では増加傾向 の電荷移動により引き起こされている事を示している.よく を示す傾向(Fig. 2 参照)を意味している.熱電能極小はガリ 知られているように,液体の二体分布関数の温度係数や圧力 ウム,インジウム,タリウム,リチウム,ナトリウム,カリ 係数の理論表現は,三体や四体の高次相関関数を含んでい 1 Mater. Trans. 49(2008) 2254-2258 に掲載 2 現在独立行政法人 宇宙航空研究開発機構(Present address: Japan Aerospace Exploration Agency), Corresponding author, Email: itami@sci.hokudai.ac.jp 3 北海道大学大学院生,現在学習院大学( Graduate Student, Hokkaido University, Present address: Gakushuin University) る.従って,上記 c は電荷移動効果のため,ある種の局所構 造が出現している事を示している.著者らは,熱電能極小の 見られる液体水銀合金の数 at の溶質濃度域に溶媒和構造 が存在するという描像を提案してきた.この濃度域では,正 に帯電したアルカリ(溶質)原子が部分的に負に帯電した水銀 180 第 日 本 金 属 学 会 誌(2010) 74 巻 (溶媒)原子に取り囲まれていると推定される.この状況は, れた水銀原子間距離から支持されている.この距離は固体状 例えば, Na+ などの陽イオンが,分極効果のため部分的に 態の X 線構造解析から得られた多原子陰イオンの原子間距 負の電荷を持つ水分子中の酸素原子に囲まれる構造(溶媒和) 離と良く一致している.さらに,この形成は中性子回折から を持つ電解質水溶液の場合14)と類似している. 得られた液体構造因子16) に小さなプレピークが見られるこ このように,液体水銀合金の物理的性質の理解には電荷移 とからも支持されている.この液体構造因子に対する RMC 動効果を考えることが不可欠である.この電荷移動効果は, 法(逆モンテカルロ法)解析16) もまたそのような多原子陰イ 液体水銀アルカリ合金の溶質中間濃度領域における以下の オンの存在を支持している.本論文では,このような液体水 物理的性質の異常な挙動を引き起こしていると考えられる. 銀アルカリ合金中の多原子陰イオンの形成を欧州放射光実 a. b. アルカリ金属の種類を問わずに 60 at アルカリ濃度 験施設で得られた X 線吸収端の挙動に基づいて議論する. において電気抵抗の極大が見られる. さらに,この形成を, LCAO 法(原子軌道の線形結合法)を 磁化率の組成依存性は W 型の挙動を示す. 加味して議論する. 以前の論文において7),多原子陰イオン,Hg4 構造単位,の 形成が 60 atアルカリ付近の液体水銀アルカリ合金中に考 2. 実 験 えられた.今日まで,そのような液体水銀アルカリ合金中 の多原子陰イオンの形成は,液体水銀ルビジウム合金につ 液体水銀ルビジウム合金の X 線吸収スペクトルは欧州放 いての EXAFS(X 線吸収端微細構造)15)の振動挙動から得ら 射光実験施設の BM29 ビームラインで得られた.測定エネ ルギーレンジは吸収端エネルギー,14.839 keV(Hg L 吸収 端), 12.284 keV ( Hg L 吸収端)および 15.200 keV ( Rb K 吸収端)17) ,よりも小さなエネルギーから 15.6 keV までの 範囲である.実験の予備的な段階において,Fig. 3 に示す光 学経路に相当する石英ガラスセルの直径 4 mm の円形窓を X 線の長方形の全断面積が通過していることを確認している. 本実験においては, X 線の吸収端は吸収 X 線強度のエネル ギー依存性の変曲点により決定された. 厳密に言えば,測定されたスペクトルは石英ガラスセルの 寄与を含んでいる.しかし, X 線吸収スペクトル測定の予 備的段階において実施された石英ガラスセル単独の吸収測定 すなわちブランク測定では,吸収スペクトルは,エネルギー の増加とともに非常に小さな値で単調に減少している.おそ らく,これは,石英ガラスセルに含まれる Si 原子および O Fig. 1 The concentration dependence of the thermoelectric power, Q, for liquid Hgalkali alloys. Fig. 2 The concentration dependence of the magnetic susceptibility for liquid HgNa, HgRb, and HgCs alloys. For liquid HgCs alloys, the total magnetic susceptibility, which is derived from contribution of the conduction electros(electronic part) and the ion core, is depicted and, for liquid HgNa and HgRb alloys, only the contribution of electronic part is shown. Fig. 3 The assembly of glass (quartz) cell; (a): sample ampoule port; (b): furnace; (c): cock for Ar gas inlet; (d): glass (quartz) cell part; (e): window (aluminum) for the X ray; (f): glass (quartz) cell part containing liquid HgRb sample. 第 3 号 181 液体水銀 ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動 原子の K 吸収端がそれぞれ 1.838 keV および 0.531 keV17) と,それぞれ,測定エネルギー範囲から遠く離れているため であると考えられる.液体水銀ルビジウム合金の吸収端の 挙動に関心のある本研究では,石英ガラスの吸収の影響はそ れほど重要ではないと考えられる. 合金試料はアルゴンガス循環式グローブボックスの中で秤 量作成された後,ガラスアンプル中に真空雰囲気の下で密封 された.このガラスアンプルは,この後,20~150 mm 長さ, 4 mm 直径の光学経路部が装着されたガラスセルに導入され た.固体状態の合金試料が充填されたガラスアンプルは,真 空保持されたこのガラスセル中において,ネジによる力によ り破壊された.この破壊されたガラスアンプルを含んだガラ スセル全体図を Fig. 3 に示す.この図のガラスアンプルに は,固体状態の試料が充填されている状況が模式的に描かれ ている.この全体図は,ガラスアンプル破壊操作部を真空下 で溶断除去したあとの状態を示している.Fig. 3 において省 略されているガラスアンプル破壊操作部は真空装置へ回転可 能な状態で接続可能なジョイント,外部から回転を加えるこ との可能なネジ部,およびガラスアンプルの破壊部分を収容 するトラップ部が具備されている.固体試料の充填されたガ ラスアンプルの真空部分をネジによる加圧力を加えて破壊し た.このときのガラス破片は落下させトラップ部分に収納し た.残された固体試料が充填されたガラスアンプルはその後 の回転操作により Fig. 3(a)部に示す試料アンプル部へ導入 された.ガラスアンプル破壊操作部を真空下での溶断により 除去したあと,試料を溶解保持(均一液相温度において 2 時 間保持)し,試料濃度の均一性を確保した.最終的に,液体 試料はアルゴンガス圧により光学経路部へ導入された.実験 温度としては融点よりも 50 K 高い温度が採用された. 3. 結 Fig. 4 Concentration dependence of the normalized xray absorption spectra of liquid HgRb alloys; (a): Hg L edge; (b): Hg L edge; (c): Rb Kedges. Positions of the absorption edges were indicated by arrows only in Fig. 4(a). 果 得られた吸収スペクトルを Fig. 4 に示す.これらのスペ クトルは,合金化とともに Hg の L 吸収端および Rb の K 吸収端は低エネルギー側へ,逆に, Hg の L 吸収端は高エ ネルギー側へ移動する,という興味深い挙動を示している. 吸収端の決定のためにはいくつかの方法がある18,19) . Lee ら19)にしたがって,この研究では,Fig. 4(a)の Hg の L 吸 収端の場合に示すように,変曲点を吸収端として採用した. たとえ,吸収端が Fig. 4 に示す吸収エネルギー曲線の立ち 上がりのエネルギーや最初の極大のエネルギー18) によって 決定されても,合金化による吸収端の挙動には同様な傾向が 見られる. 吸収端の変化は入射 X 線のエネルギーと比較して非常に 小さい. Table 1 に示すように,ここでは,吸収端につい Table 1 Concentration dependence of the energy shift of the Xray absorption edges in liquid HgRb alloys. Rb at 0 35 37 48 48 53 57 59 70 75 82 92 100 Rb K -0.53 -0.42 -0.25 -0.26 -0.21 -0.17 -0.41 -0.06 -0.18 0.12 0.02 0 DE0 (eV) Hg L Hg L 0 -1.64 -1.23 -1.17 -1.27 -1.11 -1.23 -1.39 -1.23 -1.48 -1.29 -1.16 0 1.82 2.06 2 2.29 2.18 2.39 2.13 2.42 2.41 2.56 2.54 て,液体水銀 ルビジウム合金と液体水銀の純粋状態との差, DE0,に着目した.すなわち,DE0=Eedgealloy EedgeHg であり, Eedgealloy および EedgeHg はそれぞれ液体水銀ルビジウム合金 DE0=0.00188x-1.403, (Hg L 吸収端) (2) および液体水銀の純粋状態の吸収端である.得られたエネル DE0=0.0114x+1.574, (Hg L 吸収端) (3) ギーシフト DE0 は, 35 ~ 92 at Rb の濃度域において,以 下のように表された. DE0=0.00797x-0.698. (Rb K 吸収端) (1) ここで x は atRb を表す. 182 日 本 金 属 学 会 誌(2010) 第 74 巻 60 at(Hg4(Alkali)6),の存在に注目する.Hg46- タイプの 4. 議 論 多原子陰イオンが電気抵抗の最大をもたらしていると考える 事はもっともらしく思われる.おそらく,この多原子陰イオ Table 1 に見られるように,合金にすることで水銀の L ンはすべての水銀原子のうちの一部により形成されると推定 吸収端が低エネルギー側へ,L 吸収端が高エネルギー側へ される.液体水銀ルビジウム合金系の電気抵抗は 250 mQ・ 移動しているのは非常に興味深い現象である.著者等の知る cm 程度6)と,金属非金属転移の Mott 基準23),3000~5000 限り,このような興味深い吸収端の挙動は,これまで,合金 mQ ・ cm ,と比較して遙かに小さい.したがって,液体水 の固体状態についても液体状態についても報告されていな 銀アルカリ合金における電子伝導は,まだ金属的であり, い.この電子遷移の選択則は Dl =± 120) である.これは, オーバーラップした sp バンドに空のエネルギー準位が存在 電子の方位量子数の始状態と終状態の差が±1 であるべきで することによって担われている. 60 at アルカリにおける あることを意味している. L 吸収端は内殻 2s 電子の初期 電気抵抗最大は,多原子陰イオン Hg46- が伝導電子に対す 状態から p 電子タイプの終状態への電子遷移に対応してい る強い散乱中心になっていること,これに加えて,この多原 る. L 吸収端は内殻 2p 電子の始状態から s 電子タイプの 子陰イオンの形成がオーバーラップした sp バンドの伝導電 終状態への電子遷移に対応している.原理的に,吸収端は始 子の数を減少させることにより,引き起こされている. 状態と終状態両方のエネルギー状態に依存している.しか すでに述べたように,液体水銀アルカリ合金の奇妙な物 し,今回の実験で得られた吸収端の場合には,伝導バンド付 理的性質を理解するための最も基本的な因子はアルカリ原子 近の終状態の方が,非常に低いエネルギー状態の内殻電子の から水銀原子への電荷移動である.アルカリ濃度の増加とと 2s 電子や 2p 電子より合金化の影響を顕著に受けていると考 もに起こる電荷移動の進展,すなわち,アルカリ原子から放 えられる.したがって,水銀原子の吸収端の合金化による変 出された電子の水銀原子における蓄積にともない,液体水 化挙動は,アルカリ原子との合金化の進展とともに p タイ 銀アルカリ合金の液体構造の特徴は,微小な負電荷を持つ プの終状態のエネルギーは下降し,s タイプの終状態のエネ 水銀原子が正電荷を持つアルカリ原子を囲む溶媒和構造か ルギーは上昇することを意味している.この推論は,Table ら,水銀原子 6 個の原子団で 4 個の電子を共有する多原子 1 に見られる Rb 原子の K 吸収端(内殻 1s 電子の始状態から 陰イオン,Hg46-,の存在へ変化する.このような多原子陰 p 電子タイプの終状態への電子遷移)の合金化による低エネ イオンの液体アルカリ14 族合金(KPb 系など)における存 ルギー側への移動と矛盾するものではない. 在は,これまで,液体構造因子の巨大なプレピークとして明 水銀へのアルカリ原子の添加にともない,水銀同士の原子 瞭に確認されている1,2) .しかし,これと比べて,液体アル 間距離は増加すると考えられる.正電荷を帯電した一価のア カリ水銀合金系中の存在の証拠は,プレピークも小さく, ルカリイオンは 6s 状態のエネルギーバンド構造への寄与は それ程,明瞭ではない15,16) .今回の吸収端から判断される なく,単に試料体積や水銀間の原子間距離の増加をもたら 6p 状態の安定化は,後述するように,多原子陰イオン, す.バンド形状の原子間距離依存性に議論は若干依存するも Hg46- ,を形成する 6p 軌道の重なり状態のエネルギー的な のの,s 電子タイプの終状態あるいは s バンドの合金化によ 安定化を意味している.液体アルカリ多価金属合金系の多 るエネルギーの上昇は,水銀同士の原子間距離の増加により 原子陰イオンの存在の研究は,従来,主に液体構造研究から 理解される.しかし,p 電子タイプの終状態のエネルギーの 実施されてきた.したがって,今回の吸収端の実験結果か 減少は,この p 電子タイプの状態が 6p バンドに由来するの ら,少なくとも液体 Rb 水銀合金について,多原子陰イオ であれば,単なる原子間距離の増大で理解することは困難で ンの存在をエネルギースペクトル的研究からはじめて検証し ある.通常,6p バンドは,たとえ 6s バンドとオーバーラッ たと考えることができる. プしていても, 6s バンドより高いエネルギー状態にある. この多原子陰イオンの形成は,原子半径の大きなアルカリ 著者等は,この p 電子タイプの終状態のエネルギーの下降 原子と小さな水銀原子が合金状態を形成するための寸法因子 はアルカリ原子の添加にともない終状態の 6p 状態が大きく 的制約を,多原子陰イオンという大きな構造単位を形成する 変化し,水銀原子団,多原子陰イオン,が形成されることが ことで取り除いているとも考えられる1,2) .この観点で,ア 原因であると考える.この多原子陰イオンの存在は,固体の ルカリ原子の添加は終状態の 6p 状態の電子の局在化をもた 金属間化合物 Hg4Na6 の X 線回折により見いだされた平面 らしている.Hg46- の構造については,平面四角形および四 状 Hg4 構造単位21)や金属間化合物 Rb5Hg19 に対して同様に 面体の二つの可能性が存在する. pz 軌道の平面四角形の配 5 )構造単位22) により,確認され 置に対する簡単な LCAO 法の解析は 1 個の pp 結合軌道,1 ている.液体水銀アルカリ合金に対して,著者らは,6s バ 個の pp 反結合軌道, 2 個の pp 非結合軌道を与える24) .し 見いだされた Hgn ( n = 4 or ンドと Hg46- 多原子陰イオンの 6p 状態の間に「逆分離」が たがって,p 軌道の平面四角形の配置に対する結合軌道は 4 出現することを強調する.通常の sp バンドの s バンドとそ 個の ps 軌道と 1 個の pp となる. Hg46- 単位は,アルカリ れより高いエネルギーの p バンドへの分離の場合とは逆に, 原子からの電荷移動による 6 個の p 電子を持つ.したがっ Hg46- 多原子陰イオンの 6p 状態のエネルギー準位は 6s バ て,これら結合軌道の電子占有率は 0.6 である.一方,四面 ンドのそれと比較して低いエネルギー側に位置していると推 体配置に対しては, 6 個の ps 軌道が存在し23),その電子占 測される.ここで水銀アルカリ合金の電気抵抗について, 有率は 0.5 となる.そのため,厳密にはエネルギー的に議論 アルカリの種類を問わずに電気抵抗最大を示すアルカリ濃度, されなければならないとは言え,平面四角形の配置の方が四 第 3 号 液体水銀 ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動 183 面体より安定と考えられる.さらに,部分的な電子による結 アルカリ希薄濃度領域の EXAFS 吸収端の実験的な研究が 合軌道の占有は常磁性的寄与を与えると考えられるため,こ 望まれる. の部分的な結合の存在は, Fig. 2 に示す W 型の磁化率によ っても支持される.最近の量子化学的計算25) は,計算自体 5. 結 論 は凝縮相ではなく Hgalkali 二原子分子について行われてい るものの,水銀アルカリ合金における Hg4 構造単位の存在 の可能性を指摘している. 今回の中間濃度域の吸収端は, 6p 軌道の重なりにより形 液体水銀アルカリ合金に対する X 線吸収スペクトルの測 定から,アルカリ中間濃度域における奇妙な性質の原因であ る多原子陰イオンの存在を支持する結果が得られた. 成される多原子陰イオンを反映したものと考えられる.この 中間濃度域の多原子陰イオン,Hg46- ,の存在率は Rb 濃度 著者らは University Claude Bernnard Lyon I の J. F. Jal の変化とともに変化し,電気抵抗が最大を示す 60 atRb で 教授,A. SanMiguel 教授,G. Felat 博士に感謝します.ま 最大となっていると推定される.しかし, 6p 状態のエネル た,著者等の研究提案を受け入れて実験機会を与えて下さっ ギーに由来する吸収端エネルギーは,多原子陰イオンがある た欧州放射光実験施設(ESRF)にも感謝いたします. 限り,Rb 濃度の変化に対してそれほど変化しないと考えら れる.その結果,吸収端の Rb 濃度依存性は,式( 1 )~( 3 ) 文 献 に示されているように,中間濃度域では小さいと考えられ る.さらに,溶媒和構造を持つ希薄濃度域の Hg 原子の L 吸収端および K 吸収端の挙動は,6p 軌道の重なりによる多 原子陰イオンの形成が見られないため,中間濃度域の多原子 陰イオン形成領域とは異なると期待される. 本研究において, X 線吸収端の挙動から中間濃度域にお ける多原子陰イオンの存在を支持する結果が得られた.これ まで, X 線吸収スペクトルの解析からもそのような多原子 陰イオンの形成に関する重要な情報が与えられている.実 際 , 液 体 水 銀 ア ル カ リ 合 金 に 対 す る EXAFS の 振 動 解 析15,16)から得られた水銀原子間距離 295 pm は,Hgn 構造単 位が報告されている Rb5Hg1922) についての X 線回折から得 られた 292 pm と非常に良く一致している.このように, EXAFS の研究からも,液体水銀アルカリ合金の中間濃度 域における多原子陰イオンの形成が支持されている.本論文 の議論では最も進んだ液体構造の実験的研究手段, EXAFS,中性子回折,および RMC 法(逆モンテカルロ法) が使用されているにもかかわらず,この多原子陰イオンの存 在は,回折法による固体状態の構造研究と比較して,明瞭で はないように思われる.これは,今回の研究対象の液体水 銀アルカリ合金における多原子陰イオン形成が著しく顕著 なものであるとは言えないことのためである.さらに,回折 実験において Bragg ピークが明瞭に見いだされる固体の場 合とは異なり,構成原子が常に移動を繰り返す液体の場合 は,ハローパターンの回折像に典型的に見られるように,確 率論的な様相が構造の議論に含まれるためでもある.このよ うな状況でさらに描像を明瞭にするには,多原子陰イオンの 存在率とその組成依存性を決定すべきである.このために は,核磁気共鳴のナイトシフトや混合熱の温度依存性につい て,組成依存性の実験的な決定とそれらについての理論的解 析が期待される.今回の吸収端の研究対象は,多原子陰イオ ンの形成が見られるアルカリ中間濃度域に限られた.熱電能 極小を引き起こしているアルカリ希薄領域の溶媒和構造の描 像をいっそう明らかにするためには,これまで測定例の無い 1) W. van der Lugt and W. Geetsma: Can. J. Phys. 63(1987) 326 339. 2) W. van der Lugt: J. Phys. Condens. Matter 8(1996) 61156125. 3) C. A. Coulson: Valence, 2nd ed., (Oxford University Press, 1961). 4) R. M. Hart, M. B. Robin and N. A. Kuebler: J. Chem. Phys. 42 (1965) 36313638. 5) T. Itami, S. Takahashi and M. Shimoji: J. Phys. F 14(1984) 427435. 6) A. Mizuno, T. Itami, A. SanMiguel, G. Ferlat, J. F. Jal and M. Borowski: J. NonCryst. Solids 312314(2002) 7479. 7) T. Itami, K. Sugimura and Y. Yasuhara: J. NonCryst. Solids 205207(1996) 455458. 8) T. Itami, T. Sato and M. Shimoji: J. Phys. Soc. Jpn. 55(1986) 28232829. 9) T. Itami, K. Shimokawa, T. Sato and M. Shimoji: J. Phys. Soc. Jpn. 55(1986) 35453551. 10) ASM International Binary Phase Diagram, 2nd ed., (The Materials Information Society, Material Park, OH), (on CD ROM). 11) T. E. Faber: Introduction to he Theory of Liquid Metals, (Cambridge University Press, Cambridge, 1972). 12) T. Itami, T. Wada and M. Shimoji: J. Phys. F 12(1982) 1959 1970. 13) M. Shimoji, T. Itami and Y. Morikawa: Zeit. f äur Physik. 156 (1988) 557561. 14) P. Atkins and J. de Paula: Physical Chemistry, 7th ed., (Oxford University Press, 2002). 15) A. SanMiguel, G. Ferlat, J. F. Jal, A. Mizuno, T. Itami and M. Borowski: Phys. Rev. 65(2002) 144203, 14. 16) A. Mizuno, T. Itami, G. Ferlat, A. SanMiguel and J. F. Jal: J. NonCryst. Solids 353(2007) 30223026. 17) J. A. Bearden and A. F. Burr: Rev. Mod. Phys. 39(1967) 125 141. 18) T. Oota(ed.): Xray absorption spectroscopyEXAFA and its Applications, (ICP press. 2002, ISBN4901493213 C3054). 19) P. A. Lee, P. H. Citrin, P. Eisenberger and B. M. Kincaid: Rev. Modern Phys. 53(1981) 769806. 20) T. Ishii: Principles of The Theory of EXAFS, (Shokabo, Tokyo, 1994). 21) W. Nielsen and N. C. Baenziger: Acta Crystallogr. 7(1954) 277 282. 22) E. Biehl and H. J. Deiseroth: Z. Anorg. Allg. Chem. 625(1999) 389394. 23) M. Shimoji: Liquid Metals, (Academic Press, London, New York, SanFrancisco, 1977). 24) W. L. Jolly: The Principle of Inorganic Chemistry, (McGraw Hill, 1976). 25) E. Kraka and D. Cremer: Int. J. Mol. Sci. 9(2008) 926942.