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液体水銀 ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動

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液体水銀 ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動
日本金属学会誌 第 74 巻 第 3 号(2010)179183
液体水銀
ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動1
伊 丹 俊 夫2
水 野 章 敏3
北海道大学大学院理学研究院化学部門
J. Japan Inst. Metals, Vol. 74, No. 3 (2010), pp. 179
183
 2010 The Japan Institute of Metals
The Variation of Absorption Edges of X
rays for Liquid Hg
Rb Alloys
2 and Akitoshi Mizuno
3
Toshio Itami
Division of Chemistry, Graduate School of Science, Hokkaido University, Sapporo 0600810
The L and L edges of Hg and the K edge of Rb in HgRb alloys were measured by the absorption spectroscopy of Xrays.
On increasing the Rb concentration, the absorption edges of Hg show an opposite behavior from each other, a decrease of L and
an increase of L compared with the case of pure liquid Hg. This difference was discussed from the polyanion formation of Hg
atoms on alloying. With the increase of alkali concentration, the p like state of polyanion seems to be situated on the lower energy
side than that of the s band. The electronic structure of this polyanion was discussed based on a simple LCAO analysis. Such an
existence of polyanions may be responsible for the curious phenomena of liquid Hgalkali alloys, the maximum of the electrical
resistivity at 60 at alkali and the positively enhanced tendency in the intermediate alkali concentration range of the magnetic
susceptibility in the overall negative deviation.
(Received September 16, 2009; Accepted November 30, 2009)
Keywords: liquid metals, mercury, alkali, the absorption edge, compound formation
ウム,ルビジウム,およびセシウムをそれぞれ溶質として含
1.
緒
言
む液体水銀合金において出現する.これらの系の状態図10)
は溶質濃度 20 at以上の濃度域の固相に多くの金属間化合
アルカリ多価金属合金においては,液体合金中において
物の存在を示している.しかし,熱電能極小の出現する数
も,ある特定の組成において化合物形成が存在する1,2) .そ
atの溶質濃度領域には特徴的な様子は何も見られない.し
の典型的例は液体カリウム鉛合金である.この系において
たがって,熱電能極小の起源の原因を解明する手がかりは存
は,カリウム 50 at ( at 原子)の組成において,電気
在しなかったため,以前の教科書( Faber 1972 )11) では「神
抵抗の急激な増加が発生し,四面体状の Pb44- 多原子陰イ
秘的な現象」と記されている.
オンの形成がその急激な増加の原因とされている.この多原
これまで,溶質希薄領域に見られる熱電能極小について
子陰イオンの化学結合は p 軌道の重なりに由来する結合軌
は,著者等のグループにより以下の事が明らかにされている.
道と考えられる14).多原子陰イオン,Pb44-,の存在は液体
a.
熱電能極小は混合熱が負の液体水銀合金に出現する5).
の構造因子においてその第一ピークの直前の波数域に出現す
b.
この現象は,電気陰性度(あるいは仕事関数)の大きな
る巨大なプレピークの存在で確かめられる.液体水銀合金,
原子を溶質として含む液体水銀合金系において見られ
特に液体水銀アルカリ合金もまた色々な奇妙な性質を示
る5).
す.たとえば,数 at アルカリ濃度における熱電能極小現
c.
この現象には物理量の温度(あるいは圧力)依存性の異
象(以後“熱電能極小”と呼ぶFig. 1 参照)5),アルカリ金
常が伴われる.たとえば,電気抵抗,熱電能,磁化
属の種類を問わずに 60 atアルカリ濃度に見られる電気抵
率,原子体積,粘性,部分モルエントロピーの温度依
抗の極大6) ,磁化率に見られる“ W 型”79) の傾向などであ
存性および熱電能の圧力依存性の異常5,713)である.
る.この磁化率の“ W 型”傾向は,磁化率の組成依存性が
上記 a および b は熱電能極小が水銀原子から溶質原子へ
全体として負の偏倚傾向を示すが,中間濃度域では増加傾向
の電荷移動により引き起こされている事を示している.よく
を示す傾向(Fig. 2 参照)を意味している.熱電能極小はガリ
知られているように,液体の二体分布関数の温度係数や圧力
ウム,インジウム,タリウム,リチウム,ナトリウム,カリ
係数の理論表現は,三体や四体の高次相関関数を含んでい
1 Mater. Trans. 49(2008) 2254-2258 に掲載
2 現在独立行政法人 宇宙航空研究開発機構(Present address:
Japan Aerospace Exploration Agency), Corresponding author,
Email: itami@sci.hokudai.ac.jp
3 北海道大学大学院生,現在学習院大学( Graduate Student,
Hokkaido University, Present address: Gakushuin University)
る.従って,上記 c は電荷移動効果のため,ある種の局所構
造が出現している事を示している.著者らは,熱電能極小の
見られる液体水銀合金の数 at の溶質濃度域に溶媒和構造
が存在するという描像を提案してきた.この濃度域では,正
に帯電したアルカリ(溶質)原子が部分的に負に帯電した水銀
180
第
日 本 金 属 学 会 誌(2010)
74
巻
(溶媒)原子に取り囲まれていると推定される.この状況は,
れた水銀原子間距離から支持されている.この距離は固体状
例えば, Na+ などの陽イオンが,分極効果のため部分的に
態の X 線構造解析から得られた多原子陰イオンの原子間距
負の電荷を持つ水分子中の酸素原子に囲まれる構造(溶媒和)
離と良く一致している.さらに,この形成は中性子回折から
を持つ電解質水溶液の場合14)と類似している.
得られた液体構造因子16) に小さなプレピークが見られるこ
このように,液体水銀合金の物理的性質の理解には電荷移
とからも支持されている.この液体構造因子に対する RMC
動効果を考えることが不可欠である.この電荷移動効果は,
法(逆モンテカルロ法)解析16) もまたそのような多原子陰イ
液体水銀アルカリ合金の溶質中間濃度領域における以下の
オンの存在を支持している.本論文では,このような液体水
物理的性質の異常な挙動を引き起こしていると考えられる.
銀アルカリ合金中の多原子陰イオンの形成を欧州放射光実
a.
b.
アルカリ金属の種類を問わずに 60 at アルカリ濃度
験施設で得られた X 線吸収端の挙動に基づいて議論する.
において電気抵抗の極大が見られる.
さらに,この形成を, LCAO 法(原子軌道の線形結合法)を
磁化率の組成依存性は W 型の挙動を示す.
加味して議論する.
以前の論文において7),多原子陰イオン,Hg4 構造単位,の
形成が 60 atアルカリ付近の液体水銀アルカリ合金中に考
2.
実
験
えられた.今日まで,そのような液体水銀アルカリ合金中
の多原子陰イオンの形成は,液体水銀ルビジウム合金につ
液体水銀ルビジウム合金の X 線吸収スペクトルは欧州放
いての EXAFS(X 線吸収端微細構造)15)の振動挙動から得ら
射光実験施設の BM29 ビームラインで得られた.測定エネ
ルギーレンジは吸収端エネルギー,14.839 keV(Hg L 吸収
端), 12.284 keV ( Hg L 吸収端)および 15.200 keV ( Rb K
吸収端)17) ,よりも小さなエネルギーから 15.6 keV までの
範囲である.実験の予備的な段階において,Fig. 3 に示す光
学経路に相当する石英ガラスセルの直径 4 mm の円形窓を X
線の長方形の全断面積が通過していることを確認している.
本実験においては, X 線の吸収端は吸収 X 線強度のエネル
ギー依存性の変曲点により決定された.
厳密に言えば,測定されたスペクトルは石英ガラスセルの
寄与を含んでいる.しかし, X 線吸収スペクトル測定の予
備的段階において実施された石英ガラスセル単独の吸収測定
すなわちブランク測定では,吸収スペクトルは,エネルギー
の増加とともに非常に小さな値で単調に減少している.おそ
らく,これは,石英ガラスセルに含まれる Si 原子および O
Fig. 1 The concentration dependence of the thermoelectric
power, Q, for liquid Hgalkali alloys.
Fig. 2 The concentration dependence of the magnetic susceptibility for liquid HgNa, HgRb, and HgCs alloys. For liquid
HgCs alloys, the total magnetic susceptibility, which is derived
from contribution of the conduction electros(electronic part)
and the ion core, is depicted and, for liquid HgNa and HgRb
alloys, only the contribution of electronic part is shown.
Fig. 3 The assembly of glass (quartz) cell; (a): sample
ampoule port; (b): furnace; (c): cock for Ar gas inlet; (d):
glass (quartz) cell part; (e): window (aluminum) for the X
ray; (f): glass (quartz) cell part containing liquid HgRb
sample.
第
3
号
181
液体水銀
ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動
原子の K 吸収端がそれぞれ 1.838 keV および 0.531 keV17)
と,それぞれ,測定エネルギー範囲から遠く離れているため
であると考えられる.液体水銀ルビジウム合金の吸収端の
挙動に関心のある本研究では,石英ガラスの吸収の影響はそ
れほど重要ではないと考えられる.
合金試料はアルゴンガス循環式グローブボックスの中で秤
量作成された後,ガラスアンプル中に真空雰囲気の下で密封
された.このガラスアンプルは,この後,20~150 mm 長さ,
4 mm 直径の光学経路部が装着されたガラスセルに導入され
た.固体状態の合金試料が充填されたガラスアンプルは,真
空保持されたこのガラスセル中において,ネジによる力によ
り破壊された.この破壊されたガラスアンプルを含んだガラ
スセル全体図を Fig. 3 に示す.この図のガラスアンプルに
は,固体状態の試料が充填されている状況が模式的に描かれ
ている.この全体図は,ガラスアンプル破壊操作部を真空下
で溶断除去したあとの状態を示している.Fig. 3 において省
略されているガラスアンプル破壊操作部は真空装置へ回転可
能な状態で接続可能なジョイント,外部から回転を加えるこ
との可能なネジ部,およびガラスアンプルの破壊部分を収容
するトラップ部が具備されている.固体試料の充填されたガ
ラスアンプルの真空部分をネジによる加圧力を加えて破壊し
た.このときのガラス破片は落下させトラップ部分に収納し
た.残された固体試料が充填されたガラスアンプルはその後
の回転操作により Fig. 3(a)部に示す試料アンプル部へ導入
された.ガラスアンプル破壊操作部を真空下での溶断により
除去したあと,試料を溶解保持(均一液相温度において 2 時
間保持)し,試料濃度の均一性を確保した.最終的に,液体
試料はアルゴンガス圧により光学経路部へ導入された.実験
温度としては融点よりも 50 K 高い温度が採用された.
3.
結
Fig. 4 Concentration dependence of the normalized xray
absorption spectra of liquid HgRb alloys; (a): Hg L edge;
(b): Hg L edge; (c): Rb Kedges. Positions of the absorption
edges were indicated by arrows only in Fig. 4(a).
果
得られた吸収スペクトルを Fig. 4 に示す.これらのスペ
クトルは,合金化とともに Hg の L 吸収端および Rb の K
吸収端は低エネルギー側へ,逆に, Hg の L 吸収端は高エ
ネルギー側へ移動する,という興味深い挙動を示している.
吸収端の決定のためにはいくつかの方法がある18,19) . Lee
ら19)にしたがって,この研究では,Fig. 4(a)の Hg の L 吸
収端の場合に示すように,変曲点を吸収端として採用した.
たとえ,吸収端が Fig. 4 に示す吸収エネルギー曲線の立ち
上がりのエネルギーや最初の極大のエネルギー18) によって
決定されても,合金化による吸収端の挙動には同様な傾向が
見られる.
吸収端の変化は入射 X 線のエネルギーと比較して非常に
小さい. Table 1 に示すように,ここでは,吸収端につい
Table 1 Concentration dependence of the energy shift of the
Xray absorption edges in liquid HgRb alloys.
Rb at
0
35
37
48
48
53
57
59
70
75
82
92
100
Rb K
-0.53
-0.42
-0.25
-0.26
-0.21
-0.17
-0.41
-0.06
-0.18
0.12
0.02
0
DE0 (eV)
Hg L
Hg L
0
-1.64
-1.23
-1.17
-1.27
-1.11
-1.23
-1.39
-1.23
-1.48
-1.29
-1.16
0
1.82
2.06
2
2.29
2.18
2.39
2.13
2.42
2.41
2.56
2.54
て,液体水銀
ルビジウム合金と液体水銀の純粋状態との差,
DE0,に着目した.すなわち,DE0=Eedgealloy
EedgeHg であり,
Eedgealloy および EedgeHg はそれぞれ液体水銀ルビジウム合金
DE0=0.00188x-1.403,
(Hg L 吸収端)
(2)
および液体水銀の純粋状態の吸収端である.得られたエネル
DE0=0.0114x+1.574,
(Hg L 吸収端)
(3)
ギーシフト DE0 は, 35 ~ 92 at  Rb の濃度域において,以
下のように表された.
DE0=0.00797x-0.698.
(Rb K 吸収端)
(1)
ここで x は atRb を表す.
182
日 本 金 属 学 会 誌(2010)
第
74
巻
60 at(Hg4(Alkali)6),の存在に注目する.Hg46- タイプの
4.
議
論
多原子陰イオンが電気抵抗の最大をもたらしていると考える
事はもっともらしく思われる.おそらく,この多原子陰イオ
Table 1 に見られるように,合金にすることで水銀の L
ンはすべての水銀原子のうちの一部により形成されると推定
吸収端が低エネルギー側へ,L 吸収端が高エネルギー側へ
される.液体水銀ルビジウム合金系の電気抵抗は 250 mQ・
移動しているのは非常に興味深い現象である.著者等の知る
cm 程度6)と,金属非金属転移の Mott 基準23),3000~5000
限り,このような興味深い吸収端の挙動は,これまで,合金
mQ ・ cm ,と比較して遙かに小さい.したがって,液体水
の固体状態についても液体状態についても報告されていな
銀アルカリ合金における電子伝導は,まだ金属的であり,
い.この電子遷移の選択則は Dl =± 120) である.これは,
オーバーラップした sp バンドに空のエネルギー準位が存在
電子の方位量子数の始状態と終状態の差が±1 であるべきで
することによって担われている. 60 at アルカリにおける
あることを意味している. L 吸収端は内殻 2s 電子の初期
電気抵抗最大は,多原子陰イオン Hg46- が伝導電子に対す
状態から p 電子タイプの終状態への電子遷移に対応してい
る強い散乱中心になっていること,これに加えて,この多原
る. L 吸収端は内殻 2p 電子の始状態から s 電子タイプの
子陰イオンの形成がオーバーラップした sp バンドの伝導電
終状態への電子遷移に対応している.原理的に,吸収端は始
子の数を減少させることにより,引き起こされている.
状態と終状態両方のエネルギー状態に依存している.しか
すでに述べたように,液体水銀アルカリ合金の奇妙な物
し,今回の実験で得られた吸収端の場合には,伝導バンド付
理的性質を理解するための最も基本的な因子はアルカリ原子
近の終状態の方が,非常に低いエネルギー状態の内殻電子の
から水銀原子への電荷移動である.アルカリ濃度の増加とと
2s 電子や 2p 電子より合金化の影響を顕著に受けていると考
もに起こる電荷移動の進展,すなわち,アルカリ原子から放
えられる.したがって,水銀原子の吸収端の合金化による変
出された電子の水銀原子における蓄積にともない,液体水
化挙動は,アルカリ原子との合金化の進展とともに p タイ
銀アルカリ合金の液体構造の特徴は,微小な負電荷を持つ
プの終状態のエネルギーは下降し,s タイプの終状態のエネ
水銀原子が正電荷を持つアルカリ原子を囲む溶媒和構造か
ルギーは上昇することを意味している.この推論は,Table
ら,水銀原子 6 個の原子団で 4 個の電子を共有する多原子
1 に見られる Rb 原子の K 吸収端(内殻 1s 電子の始状態から
陰イオン,Hg46-,の存在へ変化する.このような多原子陰
p 電子タイプの終状態への電子遷移)の合金化による低エネ
イオンの液体アルカリ14 族合金(KPb 系など)における存
ルギー側への移動と矛盾するものではない.
在は,これまで,液体構造因子の巨大なプレピークとして明
水銀へのアルカリ原子の添加にともない,水銀同士の原子
瞭に確認されている1,2) .しかし,これと比べて,液体アル
間距離は増加すると考えられる.正電荷を帯電した一価のア
カリ水銀合金系中の存在の証拠は,プレピークも小さく,
ルカリイオンは 6s 状態のエネルギーバンド構造への寄与は
それ程,明瞭ではない15,16) .今回の吸収端から判断される
なく,単に試料体積や水銀間の原子間距離の増加をもたら
6p 状態の安定化は,後述するように,多原子陰イオン,
す.バンド形状の原子間距離依存性に議論は若干依存するも
Hg46- ,を形成する 6p 軌道の重なり状態のエネルギー的な
のの,s 電子タイプの終状態あるいは s バンドの合金化によ
安定化を意味している.液体アルカリ多価金属合金系の多
るエネルギーの上昇は,水銀同士の原子間距離の増加により
原子陰イオンの存在の研究は,従来,主に液体構造研究から
理解される.しかし,p 電子タイプの終状態のエネルギーの
実施されてきた.したがって,今回の吸収端の実験結果か
減少は,この p 電子タイプの状態が 6p バンドに由来するの
ら,少なくとも液体 Rb 水銀合金について,多原子陰イオ
であれば,単なる原子間距離の増大で理解することは困難で
ンの存在をエネルギースペクトル的研究からはじめて検証し
ある.通常,6p バンドは,たとえ 6s バンドとオーバーラッ
たと考えることができる.
プしていても, 6s バンドより高いエネルギー状態にある.
この多原子陰イオンの形成は,原子半径の大きなアルカリ
著者等は,この p 電子タイプの終状態のエネルギーの下降
原子と小さな水銀原子が合金状態を形成するための寸法因子
はアルカリ原子の添加にともない終状態の 6p 状態が大きく
的制約を,多原子陰イオンという大きな構造単位を形成する
変化し,水銀原子団,多原子陰イオン,が形成されることが
ことで取り除いているとも考えられる1,2) .この観点で,ア
原因であると考える.この多原子陰イオンの存在は,固体の
ルカリ原子の添加は終状態の 6p 状態の電子の局在化をもた
金属間化合物 Hg4Na6 の X 線回折により見いだされた平面
らしている.Hg46- の構造については,平面四角形および四
状 Hg4 構造単位21)や金属間化合物 Rb5Hg19 に対して同様に
面体の二つの可能性が存在する. pz 軌道の平面四角形の配
5 )構造単位22) により,確認され
置に対する簡単な LCAO 法の解析は 1 個の pp 結合軌道,1
ている.液体水銀アルカリ合金に対して,著者らは,6s バ
個の pp 反結合軌道, 2 個の pp 非結合軌道を与える24) .し
見いだされた Hgn ( n = 4 or
ンドと Hg46- 多原子陰イオンの 6p 状態の間に「逆分離」が
たがって,p 軌道の平面四角形の配置に対する結合軌道は 4
出現することを強調する.通常の sp バンドの s バンドとそ
個の ps 軌道と 1 個の pp となる. Hg46- 単位は,アルカリ
れより高いエネルギーの p バンドへの分離の場合とは逆に,
原子からの電荷移動による 6 個の p 電子を持つ.したがっ
Hg46- 多原子陰イオンの 6p 状態のエネルギー準位は 6s バ
て,これら結合軌道の電子占有率は 0.6 である.一方,四面
ンドのそれと比較して低いエネルギー側に位置していると推
体配置に対しては, 6 個の ps 軌道が存在し23),その電子占
測される.ここで水銀アルカリ合金の電気抵抗について,
有率は 0.5 となる.そのため,厳密にはエネルギー的に議論
アルカリの種類を問わずに電気抵抗最大を示すアルカリ濃度,
されなければならないとは言え,平面四角形の配置の方が四
第
3
号
液体水銀
ルビジウム合金の X 線吸収端の挙動
183
面体より安定と考えられる.さらに,部分的な電子による結
アルカリ希薄濃度領域の EXAFS 吸収端の実験的な研究が
合軌道の占有は常磁性的寄与を与えると考えられるため,こ
望まれる.
の部分的な結合の存在は, Fig. 2 に示す W 型の磁化率によ
っても支持される.最近の量子化学的計算25) は,計算自体
5.
結
論
は凝縮相ではなく Hgalkali 二原子分子について行われてい
るものの,水銀アルカリ合金における Hg4 構造単位の存在
の可能性を指摘している.
今回の中間濃度域の吸収端は, 6p 軌道の重なりにより形
液体水銀アルカリ合金に対する X 線吸収スペクトルの測
定から,アルカリ中間濃度域における奇妙な性質の原因であ
る多原子陰イオンの存在を支持する結果が得られた.
成される多原子陰イオンを反映したものと考えられる.この
中間濃度域の多原子陰イオン,Hg46- ,の存在率は Rb 濃度
著者らは University Claude Bernnard Lyon I の J. F. Jal
の変化とともに変化し,電気抵抗が最大を示す 60 atRb で
教授,A. SanMiguel 教授,G. Felat 博士に感謝します.ま
最大となっていると推定される.しかし, 6p 状態のエネル
た,著者等の研究提案を受け入れて実験機会を与えて下さっ
ギーに由来する吸収端エネルギーは,多原子陰イオンがある
た欧州放射光実験施設(ESRF)にも感謝いたします.
限り,Rb 濃度の変化に対してそれほど変化しないと考えら
れる.その結果,吸収端の Rb 濃度依存性は,式( 1 )~( 3 )
文
献
に示されているように,中間濃度域では小さいと考えられ
る.さらに,溶媒和構造を持つ希薄濃度域の Hg 原子の L
吸収端および K 吸収端の挙動は,6p 軌道の重なりによる多
原子陰イオンの形成が見られないため,中間濃度域の多原子
陰イオン形成領域とは異なると期待される.
本研究において, X 線吸収端の挙動から中間濃度域にお
ける多原子陰イオンの存在を支持する結果が得られた.これ
まで, X 線吸収スペクトルの解析からもそのような多原子
陰イオンの形成に関する重要な情報が与えられている.実
際 , 液 体 水 銀 ア ル カ リ 合 金 に 対 す る EXAFS の 振 動 解
析15,16)から得られた水銀原子間距離 295 pm は,Hgn 構造単
位が報告されている Rb5Hg1922) についての X 線回折から得
られた 292 pm と非常に良く一致している.このように,
EXAFS の研究からも,液体水銀アルカリ合金の中間濃度
域における多原子陰イオンの形成が支持されている.本論文
の議論では最も進んだ液体構造の実験的研究手段,
EXAFS,中性子回折,および RMC 法(逆モンテカルロ法)
が使用されているにもかかわらず,この多原子陰イオンの存
在は,回折法による固体状態の構造研究と比較して,明瞭で
はないように思われる.これは,今回の研究対象の液体水
銀アルカリ合金における多原子陰イオン形成が著しく顕著
なものであるとは言えないことのためである.さらに,回折
実験において Bragg ピークが明瞭に見いだされる固体の場
合とは異なり,構成原子が常に移動を繰り返す液体の場合
は,ハローパターンの回折像に典型的に見られるように,確
率論的な様相が構造の議論に含まれるためでもある.このよ
うな状況でさらに描像を明瞭にするには,多原子陰イオンの
存在率とその組成依存性を決定すべきである.このために
は,核磁気共鳴のナイトシフトや混合熱の温度依存性につい
て,組成依存性の実験的な決定とそれらについての理論的解
析が期待される.今回の吸収端の研究対象は,多原子陰イオ
ンの形成が見られるアルカリ中間濃度域に限られた.熱電能
極小を引き起こしているアルカリ希薄領域の溶媒和構造の描
像をいっそう明らかにするためには,これまで測定例の無い
1) W. van der Lugt and W. Geetsma: Can. J. Phys. 63(1987) 326
339.
2) W. van der Lugt: J. Phys. Condens. Matter 8(1996) 61156125.
3) C. A. Coulson: Valence, 2nd ed., (Oxford University Press,
1961).
4) R. M. Hart, M. B. Robin and N. A. Kuebler: J. Chem. Phys. 42
(1965) 36313638.
5) T. Itami, S. Takahashi and M. Shimoji: J. Phys. F 14(1984)
427435.
6) A. Mizuno, T. Itami, A. SanMiguel, G. Ferlat, J. F. Jal and M.
Borowski: J. NonCryst. Solids 312314(2002) 7479.
7) T. Itami, K. Sugimura and Y. Yasuhara: J. NonCryst. Solids
205207(1996) 455458.
8) T. Itami, T. Sato and M. Shimoji: J. Phys. Soc. Jpn. 55(1986)
28232829.
9) T. Itami, K. Shimokawa, T. Sato and M. Shimoji: J. Phys. Soc.
Jpn. 55(1986) 35453551.
10) ASM International Binary Phase Diagram, 2nd ed., (The
Materials Information Society, Material Park, OH), (on CD
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11) T. E. Faber: Introduction to he Theory of Liquid Metals,
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12) T. Itami, T. Wada and M. Shimoji: J. Phys. F 12(1982) 1959
1970.
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14) P. Atkins and J. de Paula: Physical Chemistry, 7th ed., (Oxford
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