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室内空気中の準揮発性有機化合物の定量的評価と個人

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室内空気中の準揮発性有機化合物の定量的評価と個人
平成 25 年度化学物質安全対策
室内空気中の準揮発性有機化合物の定量的評価と個人暴露量推定に関する調査
平成 26 年 3 月 7 日
成蹊大学理工学部
室内空気中の準揮発性有機化合物の定量的評価と個人曝露量推定に関する調査
1.
緒言
室内空気中に存在する揮発性有機化合物(VOCs)は、シックハウス症候群などの健
康影響を引き起こす原因となることから、13 物質について室内空気濃度指針値が示され
るなど様々な対策が講じられている。しかし、VOCs の中でも高分子量、高沸点であり
蒸気圧が非常に低い準揮発性有機化合物(SVOC)は、常温において空気中濃度が非常
に低く、ガス状物質だけでなく粒子状物質(エアロゾルおよび微小粒子付着物質)につ
いても考慮する必要があるため、個人曝露量を推定するために必要である環境中濃度の
定量的評価が困難であるとされている。SVOC に分類される物質として、プラスチック
製品の可塑剤として用いられるフタル酸エステル類(PAE)が挙げられる。PAE は、塩
化ビニル(PVC)製品に広く用いられており、含有割合は用途によって重量比で数%から
数 10%におよぶ。塩化ビニル製品は壁紙など室内で広く使用される素材であり、PVC
に含まれる PAE の放散による室内空気の汚染、さらには個人暴露による健康影響が懸
念される。本調査では、PAE の中でも最も多く使用されている DEHP:フタル酸ビス(2エチルへキシル)に着目した 1)。DEHP は分子量 390.56 沸点 385C、25C における蒸
気圧は 1.0×10-7 mmHg である。
DEHP のような SVOC による個人暴露量推定のためには、
例えば PVC 中に含有されている DEHP からの放散量の定量的な評価を行う必要がある
が、放散速度が極めて小さく、また気相中に放散された物質が固相に再付着する割合が
かなり高くなると考えられる。したがって、通常 VOCs の放散速度の測定用いられるチ
ャンバー法の適用が困難である。JIS では、マイクロチャンバー内で試料から放散した
PAE を捕集したのち、チャンバーを高温(200~250C)で加熱することによりチャンバ
ー内壁に付着した PAE を測定する方法によって放散速度を推定する方法が用いられて
いる。しかし、この方法による測定は高価で特殊な装置を必要とするため、本手法によ
る測定を行える機関は限られる。
フタル酸エステル類の室内空気中濃度指針値は、フタル酸ジ-n-ブチル(DBP)で 220
µg m-3、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)で 120 µg m-3 となっており、また、住
宅内空気中濃度の調査研究結果によると 2)、住宅での最大計測値はそれぞれ DBP:7.22
µg m-3、DEHP:2.38 µg m-3 と報告されている。さらに、最近の研究報告では微小粒子
を介した経皮暴露による相当量の個人曝露量について検討が必要であることが指摘さ
れている 3)。以上の背景の下で、本調査では、室内における代表的な SVOC としてフ
タル酸エステルを対象とし、様々な DEHP を含有する PVC を対象試料として、試料表
面から放散する PAE を直接捕集する拡散型フラックスサンプラー(PFS)による放散
速度の測定法の開発と確立を試みた。さらに、放散速度のモデル化解析、また測定結
果に基づく個人曝露量の簡便で高精度な推定法の開発を試みた。
2.
調査目的
本調査では室内空気中のフタル酸エステル濃度を推定するための基礎的データであ
る、プラスチック製品から放散されるフタル酸エステルの放散速度を測定することを
目的とし、そのための拡散型放散量測定法を開発するとともに、SVOC 放散モデルを
構築し、個人曝露量の推定を行った。
3.
調査概要
3-1
フィールド調査
実住宅において室内空気および壁面、床面付着のフタル酸エステルを捕集、分析し、
評価対象となるフタル酸エステルを抽出した。空気中フタル酸エステルの捕集には、
ファン式サンプラーにガラス繊維ろ紙(Whatman
GF/C:以降 GF)を装着したものを
用いた(図 1)
。居住空間に 2 日間設置した後、GF を加熱脱着チューブに挿入し(図 2)
、
ガスクロマトフィーにより分析した。
図 1 室内空気中 SVOC 捕集用ファン式サンプラー(GF 装着)
図 2 GF 挿入加熱脱着チューブ
3-2
放散速度の測定
放散速度の測定法として、バッグ法とパッシブフラックスサンプラーを用いた拡散型
測定法の 2 種類を適宜用いた。以下に各手法の概要について述べる。
・バッグ法
対象試料より放散されるフタル酸エステルを測定するため、本調査では、プラスチ
ック製品より放散される VOCs の測定方法として用いられているバッグ法 3)を用いた。
10 cm×10 cm の試料をフッ素樹脂バッグに入れ、窒素ガス 2 L を導入して、50C のイ
ンキュベータ内に 24 時間静置した。なおバッグ内壁には、内壁に付着したフタル酸エ
ステルを概算するためガラスフィルターGF(直径 ɸ 42.5 mm)を貼り付けた(図 3 の白
い円板状のもの)。24 時間後、バッグ内空気中のフタル酸エステルを加熱脱着用チュー
ブ(Tenax/Carboxen)に捕集し、GC/MS により測定した。また GF 上に付着したフタル
酸エステル量を測定することによりバッグ内壁に付着したフタル酸エステル量を概算
した。
図 3 バッグ法によるフタル酸エステル放散量測定法
・パッシブフラックスサンプラーによる拡散型放散量測定法
プラスチック製品から放散されるフタル酸エステルの放散速度を測定するため、
ラス製パッシブフラックスサンプラー(以降 PFS)を作製した(図 4)
。
GF または ODS フィルター
ガラス製シャーレ
拡散長変更用ガラスリング
図 4 ガラス製パッシブフラックスサンプラー(PFS)
ガラス製シャーレ(直径 Φ 41 mm, 高さ 30 mm)に 捕集材として GF または ODS
フィルター(Empore Disk C18 3M 製)を装着したものを PFS とし、さらに拡散長を変
化させるために同径のガラス製リングを重ね、3 種類の拡散長(3 mm, 5 mm, 7 mm)を
持つ PFS を作製した。なお、ガラス製シャーレ、リングおよび GF は 300C オーブン
で 3 時間加熱したものを、ODS はアセトンで洗浄したものを用いた。
2 種の PFS を試料の上にのせ(図 5)
、25C および 50C のチャンバーに 2、4、6、10、
15、24 時間静置した後、GF で捕集した場合は、そのまま GF をガラス製加熱脱着チュ
ーブに挿入して TD-GC/MS(加熱脱着―質量分析ガスクロマトグラフィー)により捕
集量を定量分析した。ODS の場合は、まず捕集後の ODS を遠沈管に入れ、アセトン
10 mL を加えて 30 分間超音波抽出を行った後、抽出液を SE-GC/MS(溶媒抽出―質量
分析ガスクロマトグラフィー)により分析した。
図 5 PFS によるフタル酸エステル放散速度測定
3-3
モデル式の構築及び個人曝露量の推定
文献調査等によりフタル酸エステルの物性に関する情報を収集し、フタル酸エステ
ル含有試料からの放散速度測定実験結果から、フタル酸エステルの放散速度および個
人暴露量の推定モデルを構築することを試みた。さらに蒸気圧の異なる SVOC につい
ても本モデルの適用を試みた。
4.
調査結果および考察
4-1
予備的なフィールド調査
予備的なフィールド調査として、居住空間内における気相および床および壁表面での
VOC および SVOC の測定を行った。実際の居住室内空気を対象として、ファン式アクテ
ィブサンプラー(GF を捕集材としてファンにより強制的に通気することで室内空気中の
VOC 成分を捕集するサンプラー)によるサンプリング、また居住空間における床面、壁
面(ともに 0.1 m2)のふき取りよって採取した試料の GC/MS クロマトグラムを図 6 に示
す。
居住空間内で検出された主なフタル酸エステルはフタル酸ジイソブチル(DiBP)
、フタ
ル酸ジ-n-ブチル(DnBP)
、フタル酸ジ-2-エチルヘキシルであった。図 6 より DEHP は空
気中および壁、床のいずれからも検出されたのに対し、DiBP、DnBP は空気中のみで検出
され、壁面や床面では検出されなかった。これは DEHP の沸点が高いため、壁面や床面
に凝結、付着しているものであると考えられる。したがって、DEHP による個人暴露量の
推定には、気相だけでなく固相に付着したものからの放散も考える必要がある。また、
DEHP は生産量、使用量とも大きいことが報告されているため 1)、本調査では DEHP に着
目し、DEHP 添加割合の異なる PVC 製品を入手し、それぞれの放散量測定実験を行なう
ことにした。
CAS Number:
117-81-7
分子量:
390.62
沸点:
38C
融点:
-47C
比重:
0.986
飽和蒸気圧
C
Bis(2 ethylhexyl)phthalate
Pa
20
0.000034
30
0.00013
40
0.00047
50
0.0016
60
0.0057
70
0.011
EU RISK ASSESMENT より
居室 1 (48 hr)
DiBP
DnBP
DEHP
居室 2 (48 hr)
DnBP
DiBP
DEHP
壁 (0.1 m2)
DEHP
床 (0.1 m2)
図 6 居住空間において検出されたフタル酸エステル類
DiBP:フタル酸ジイソブチル、DnBP:フタル酸ジ-n-ブチル、DEHP:フタル酸ジ-2-エチルヘキシル
DEHP
・試料
様々な DEHP 含有割合を持つ PVC シートを入手し、放散速度の測定を行った。表 1
にそれぞれの試料の DEHP の含有割合、トリフェニルフォスフェートの含有割合、密
度データを示す。これらの添加割合および密度データは試料提供者による。
表1
塩化ビニルシート試料の可塑剤添加割合及び密度データ
Sample No.
DEHP
トリフェニルフォスフェート
密度
1
11.0 wt%
-
1.13~1.17
2
18.4 wt%
-
1.22~1.24
3
32.3 wt%
-
1.19~1.21
4
0.16 wt%
3.4 wt%
1.25~1.27
5
5.1 wt%
5.1 wt%
1.24~1.28
6
5.7 wt%
4.0 wt%
1.25~1.27
7
5.7 wt%
5.1 wt%
1.24~1.28
8
5.9 wt%
5.1 wt%
1.24~1.28
9
6.5 wt%
3.9 wt%
1.25~1.27
10
12.3 wt%
6.4 wt%
1.27~1.29
11
15.0 wt%
8.5 wt%
1.26~1.28
12
16.1 wt%
5.9 wt%
1.27~1.29
13
17.2 wt%
5.8 wt%
1.26~1.28
14
17.1 wt%
7.1 wt%
1.26~1.28
試料とした塩化ビニルシートには、DEHP が重量割合で 0.16%から 32.3%の範囲で含
まれている。また DEHP の他、難燃剤としてトリフェニルホスフェート(TPHP)が 3.4
~8.5%含有されている。
4-2
放散速度の測定
・バッグ法による放散量測定
DEHP 添加割合が最も大きい Sample No.3(DEHP 32.3 wt%)を用いて、バッグ法に
よる放散量測定を行った。バッグ内に 10 cm×10 cm の試料 No.3 を入れ、窒素ガス 2 L
を封入し、20C あるいは 50C の恒温槽内にバッグを 24 時間静置した後、バッグ内空
気を加熱脱着チューブ(Tenax/Carboxen)中に全量捕集し、GC/MS により定量、測定
した。その結果、20C、50C の両温度条件共、バッグ内空気中の DEHP 量は検出限界
以下であった。一方、バッグ内に設置した GF 上には、50C の場合で 1183 ng (toluene
換算)の DEHP が捕集されていることがわかった。これから GF 単位面積当たりの放散
速度を求めると 97.6 μg m-2 h-1 となった。以上の結果から、PVC から放散された DEHP
は気相中にはほとんど存在せず、バッグ表面に吸着されたものと推測される。なお、
バッグ表面と GF では材質が異なるため、GF の捕集量とバッグの表面積から DEHP の
全放散量を求める場合、ある程度の誤差を考える必要があると考えられる。
・パッシブフラックスサンプラー(PFS)法による放散速度測定
DEHP 添加割合が最も大きい Sample No.3 を用いて、PFS 法による放散速度測定実験
を行った。放散実験は、試料表面に拡散長の異なる 3 種の PFS(3 mm, 5 mm, 7mm)を
設置したもの(図 5 参照)を 20C もしくは 50C 恒温槽内にて 2 時間、4 時間、6 時間、
10 時間、15 時間、24 時間それぞれ静置した場合の GF 上への捕集量を求めた。図 7 に
PFS(GF、3 mm、15 時間)のクロマトグラムと拡散長が異なる場合のクロマトグラム
を示す。表 2 に測定結果を示す。
DEHP
L: 拡散長
L: 3 mm
L: 5 mm
L: 7 mm
図 7 放散実験後の PFS(GF)のクロマトグラム(上図)と
拡散長が異なる PFS のクロマトグラムの比較(下図)
表 2 PFS に捕集された塩化ビニルシートからの DEHP 捕集量(Sample No. 3)
No.
温度(℃)
時間(hr)
捕集材
拡散長(mm)
捕集量*(μg)
1
25
6
GF
3
0.023
2
25
6
GF
5
0.037
3
25
6
GF
7
0.026
4
25
6
C18
3
N.D
5
25
6
C18
5
N.D
6
25
6
C18
7
N.D
7
50
2
GF
3
1.08
8
50
4
GF
3
2.91
9
50
6
GF
3
4.75
10
50
6
GF
3
4.27
11
50
6
GF
5
1.59
12
50
6
GF
7
0.92
13
50
10
GF
3
-
14
50
10
GF
5
2.19
15
50
10
GF
7
1.81
16
50
15
GF
3
5.35
17
50
15
GF
5
2.68
18
50
15
GF
7
1.45
19
50
24
GF
3
10.7
20
50
24
GF
5
6.38
21
50
24
GF
7
3.44
*捕集量はトルエン換算
24C 恒温槽内で静置した試料では、ブランク値を考慮すると DEHP の放散量を測定
するために十分な捕集量が得られなかった。表 2(50C)の結果より、拡散長の増大に
伴い DEHP の捕集量は減少し、捕集時間の増加に伴い、DEHP の捕集量は増加した。ま
た、GF による捕集法と並行して DEHP に強い親和性を持ち捕集能力が高い ODS を捕
集材とした PFS を作製し、放散実験を行った。しかしながら、捕集後の ODS に捕集さ
れた DEHP のアセトン/超音波による抽出を試みたところ、抽出液中の DEHP 濃度は
GC/MS の検出限界以下であった。この原因として ODS 表面官能基と DEHP の相互作用、
DEHP の変質などが考えられるため、捕集材の選定、抽出方法について再検討する必要
があると考えられた。
全ての試料についてパッシブフラックスサンプラー法(ガラスフィルター捕集)を
用いた拡散長 L=3 mm、50C、捕集時間 15 時間の条件における放散量測定結果を表 3
に示す。
表 3 PFS に捕集された塩化ビニルシートからの DEHP 捕集量
Sample No.
厚さ(mm)
DEHP 添加量
捕集量*(μg)
1
2
11.0 wt%
2.28
2
2
18.4 wt%
6.25
3
2
32.3 wt%
5.35
4
2
0.16 wt%
0.128
5
0.5
5.1 wt%
1.37
6
0.1
5.7 wt%
1.37
7
3
5.7 wt%
1.90
8
1
2
5.9 wt%
2.71
2.25
9
0.3
6.5 wt%
0.14
10
0.15
12.3 wt%
1.04
11
1
15.0 wt%
4.45
12
0.3
0.5
16.1 wt%
1.72
1.75
13
0.3
17.2 wt%
5.87
14
0.5
17.1 wt%
5.70
* 捕集量はトルエン換算
表 3 に示したとおり、DEHP の添加量が多い PVC ほど DEHP の捕集量も多く、厚さ
が 0.5 mm より小さい PVC では DEHP の添加量に
対する放散量が少ない傾向にあ
った。ただし、同一の PVC(No.8,12)では厚さの違いによる捕集量の差はほとんどな
かった。
5.
放散データのモデル化解析
5.1 実験系のモデル化
PFS による放散実験の系は、図 8 のように 1 次元の平面での放散過程としてモデル化
することができる。
図 8 放散過程のモデル
シャーレの片側に設置した SVOC を含むプラスチック素材から SVOC が放散され、シ
ャーレ内の空間を拡散し、シャーレの逆側に設置した捕集剤表面に捕集される。放散過
程は、次の 3 つのメカニズムからなると考えられる。
 放散過程: プラスチック素材表面からの SVOC の蒸発
 移動過程: シャーレ空間内における SVOC の移動(濃度差を駆動力)
 捕集過程: 捕集剤(吸着剤もしくはガラスフィルター)による SVOC の捕集
これをモデル化するにあたって、図 9 のような座標系をとり、SVOC の輸送過程に関し
て以下のような仮定を置くことにする。
図 9 モデルの座標系

放散過程
o
放散源の表面では常に放散平衡が成立している
o
放散源中の SVOC の量は十分に存在する
→表面近傍における気相中の SVOC の濃度 C*は一定(温度のみの関数)

移動過程
o
シャーレ空間内を SVOC は分子拡散(Fick の法則)で移動する
o
拡散係数は濃度に依存せず一定である

捕集過程
o
放散された SVOC を吸着剤がすべて取り込む
o
放散量に対して吸着剤の吸着容量は十分大きい

→吸着剤表面近傍の濃度は常に 0
5.2 基礎式
上の仮定の下で放散過程(x 軸は 0(発生源)から L(捕集剤)まで)の基礎式は以
下のようになる。ただし、C(x,t)は空間濃度分布であり、時間と場所(一次元の拡散長)
の関数である。

拡散方程式:
C
 2C
D 2
t
x
(1)

境界条件 1: C (0, t )  C (発生源の表面近傍の気相中 SVOC 濃度が一定値 C*)

境界条件 2:
*
C ( L, t )  Ce (捕集剤の表面近傍の気相中 SVOC 濃度が一定値 C )
e
D は分子拡散係数

捕集量 M(t) (時間 0 から t まで)
t
t
0
o
M (t )   J ( L, t )dt    D

C ( L, t )
dt
x
(2)
放散速度(発生源表面)
 C 
J (0, t )   D  
 x  x 0
(3)
5.3 基礎式の一般解
基礎式の一般解は、フーリエ級数展開を用いて見出すことができる。以下に捕集剤
表面濃度が一定の場合、またその値が 0 の場合の一般解を示す。
5.3.1 捕集剤表面濃度 Ce = 一定の場合

シャーレ空間内濃度 C(x,t)の時間変化
C ( x, t )  C *  (Ce  C * )
x 2  Ce cos n  C *
nx
Dn 2 2
 
sin
exp(
t)
L  n 1
n
L
L2
(4)
 放散速度(プラスチック素材表面)
C
J (0, t )   D
x
x 0
D *
2D 
Dn 2 2
*
 (C  Ce ) 
 (Ce cos n  C ) exp( L2 t )
L
L n 1
(5)
 捕集速度
C
J ( L, t )   D
x
xL
D *
2D 
Dn 2 2
*
 (C  Ce ) 
 (Ce cos n  C ) cos n exp( L2 t )
L
L n 1
(6)
 捕集量
M (t )  D (C *  Ce )
t
2 L  C * cos n  Ce 
Dn 2 2 
 2 
1

exp(

t )

L  n 1
n2
L2


5.3.2 捕集剤表面濃度 Ce = 0 の場合
 濃度:
*
nx
Dn2 2
 x 2  C
C ( x, t )  C 1     sin
exp( 
t)
L
L2
 L   n 1 n
*
(8)
 放散速度:
C
J (0, t )   D
x
x 0

D *
Dn2 2 
 C 1  2 e x p ( 2 t )
L 
L
n 1

(9)
 捕集速度:
C
J ( L, t )   D
x
 捕集量:
xL

D *
Dn2 2 
*
 C 1  2 C c o ns e x p ( 2 t )
L 
L
n 1

(10)
(7)
t 2 L  C * cos n 
Dn2 2 
M (t )  DC  2 
t )
1  exp( 
L  n1
n2
L2


*
(11)
5.4 基礎式の定常解
5.3 で示した一般解は時間に依存する解であったが、拡散方程式はある条件下で時間に
依存しない定常解を持つ。以下に、それぞれの場合の定常解を示す。
5.4.1 捕集剤表面濃度一定 Ce の場合
 濃度:
C ( x, t )  C *  (Ce  C * )
x
L
(12)
 放散速度:
J (0, t )   D
C
x
x 0

D *
(C  Ce )
L
(13)
D *
(C  Ce )
L
(14)
 捕集速度:
J ( L, t )   D
C
x
xL

 捕集量:
M (t )  D(C *  Ce )
t 2 L  C * cos n  Ce 
Dn2 2 
 2
1

exp(

t )

L  n 1
n2
L2


(15)
(定常になるまでの時間も含む)
5.4.2 捕集剤表面濃度 0 の場合
 濃度:
 x
C ( x , t )  C * 1  
 L
(16)
 放散速度:
J (0, t )   D
 捕集速度:
C
x
x 0

D *
C
L
(17)
J ( L, t )   D
C
x
xL

D *
C
L
(18)
 捕集量:
M (t ) 
DC* 
L2 
 t 

L  6 D 
(19)
図 10、11 は濃度変化の模式図である。
図 10 捕集剤表面濃度が一定の場合
図 11 捕集剤表面近傍濃度が 0 の場合
5.5 実験データの解析
以上の基礎方程式および解析解に基づき、捕集剤表面近傍濃度が 0 であると仮定して、
これらを実験結果に適用し、各種パラメータを求めた。以下にその方法と結果について
述べる。
5.5.1 捕集時間依存性データの解析
拡散長 3 mm で一定とし、捕集時間を変化させた場合の DEHP(PVC)の捕集量データ
を用いた解析を行った。温度は 50℃である。図 12 は捕集時間と捕集量の関係であり、定
常かつ Ce = 0 の場合の(19)式が用いられる。図のプロットを直線近似して、(19)式を用い
ると、
M (t ) 
DC* 
L2 
 t 
  6.06 1013 t  1.50 109
L  6D 
これから、各パラメータは以下のようになる。



L2 
L2
3 103
 t0 
  0, t0  2475, D 

 6.06 1010 m 2 /s,
6
D
6
t
6

2475


0
2
Amount sampled [mol]
C *  3.0  10 6 [mol/m 3 ], p *  8.05  10 -3 [Pa]
2.0x10
-8
1.5x10
-8
1.0x10
-8
5.0x10
-9
0.0
0
10000
20000
30000
Time [s]
図 12 捕集時間と捕集量の関係
上で得られたデータで本質的な意味を持つのは C*あるいは気相中分圧に換算した p*
である。得られた p の値は、この温度の DEHP の飽和蒸気圧 psat= 10-3 Pa と同等程度の
値になっている。(参考図を参照)
5.5.2 拡散長を変化させた場合
捕集時間を 6 h で一定とした場合の、拡散長を変化させた場合の解析結果を図 13 に示
Amount sampled, M [mol]
す。
1.5x10
-8
1.0x10
-8
5.0x10
-9
0.0
0
100
200
300
400
Reciprocal diffusion length, 1/L [1/m]
図 13 拡散長の逆数と捕集量の関係
定常状態であれば、拡散長の逆数 1/L と捕集量 M(t)は比例関係にあり、図 13 は原点を
通る直線になるはずである。しかしながら、原点を大きく外れている。これは、非定常
状態での捕集の割合が大きいものと考え、(19)式(変形して(20)式)に基づき、非線形のフ
ィッティングを行った。図 14 に結果を示す。
M ( L)  DC*t
1 C*

L
L 6
(20)
3.0x10
-8
-11
-7
Amount sampled [mol]
M=3.68X10 (1/L)-4.22X10 (L)
2.0x10
-8
1.0x10
-8
0.0
0.000
0.002
0.004
0.006
0.008
0.010
Diffusion length [m]
図 14 (19)式による拡散長と捕集量のフィッティング結果
(21)式は実験結果を比較的よく説明することがわかる。フィッティング式からパラメータを
算出すると、
6
3
C  2.53 10 [mol  m ] 、これから
*
C*
 4.22 10 7
6
9
2 1
DC*t  3.68 1011 、これから、 D  4.04 10 [m s ]
拡散係数の値は大きく異なるが、C*の値は、捕集時間による結果とほぼ一致していること
がわかる。
5.5.3 捕集時間の効果
捕集時間を最大 6 時間から、24 時間まで変化させた際の捕集時間と捕集量との関係を図
15 に示した。拡散長が 3 mm の場合、捕集時間が 12 時間を超えた場合、それよりも捕集時
間が短い場合に見られたような直線性が失われ、捕集量が直線の延長線より小さくなる。
これは、拡散長が短く、拡散する空間内が DEHP の蒸気で満たされるため、放散速度が減
少するためであると考えられる。拡散長が 5 mm の場合にはあるいは 7 mm の場合には比較
的長時間の場合まで直線性が保たれる。各拡散長の結果を直線近似し、(19)式によって算出
した各パラメータの値を表 4 に示す。拡散長を変化させても、ほぼ一定の拡散係数の値が
得られた。C*の値については、10-6 Pa のオーダーですべての拡散長で一致した。ただし、
拡散長が 5 mm あるいは 7 mm の場合と 3 mm の場合とでは 2 倍程度のずれが見られた。な
お、捕集時間が長い場合には、捕集時間に対する遅れ時間の影響は小さくなる。
Amount captured [mol]
3.0x10
-8
Diffusion length
3 mm
5 mm
7 mm
2.0x10
-8
1.0x10
-8
0.0
0.00
2.50x10
4
5.00x10
4
7.50x10
4
1.00x10
5
Time [s]
図 15 長時間捕集の際の捕集時間と捕集量の関係
表 4 拡散長の異なる捕集実験から求めた各種パラメータの値
拡散長 [mm]
傾き
t-切片 [s]
拡散係数 D
2
[m /s]
飽和濃度 C*
[mol/m3]
3
6.110-13
2500
6.010-10
3.010-6
5
2.010-13
6000
6.910-10
1.510-6
7
1.410-13
14000
5.810-10
1.710-6
なお、以上のデータを拡散長に対して整理すると図 16 が得られる。いずれの場合も図 10
と同様に拡散長と捕集量は双曲線で近似できる関係にあり、式(19)が成立していることがわ
かる。
Amount sampled [mol]
3.0x10
-8
2.0x10
-8
1.0x10
-8
6h
10h
15h
24h
0.0
0.0
5.0x10
-3
-2
1.0x10
Diffusion length [m]
図 16 拡散長と捕集量の関係
5.5.4 含有量の異なるサンプルに対する C*の推算
DEHP の含有量が異なる塩ビシートに対して、拡散長を 3 mm、捕集時間 15 h で固定した
Amount sampled for 15 h [mol]
場合の捕集量の結果を図 17 に示す。
2.0x10
-8
1.5x10
-8
1.0x10
-8
5.0x10
-9
0.0
0
10
20
30
40
Content [wt%]
図 17 DEHP 含有量と 15 h 捕集量の関係
図 17 から、捕集量と DEHP 含有量はほぼ比例関係にあることがわかる。一方、
C* 
M (t ) L
D(t  L2 / 6 D)
が成り立つ。DEHP の拡散係数 D がすべての場合で等しいとして、この結果から、
C*あるいは p*を求めると図 18 および 19 に示す結果となった。
-6
2.0x10
-6
-3
C* [mol m ]
1.5x10
-6
1.0x10
-7
5.0x10
0.0
0
10
20
30
40
Content [wt%]
図 18 DEHP 含有量と表面濃度 C*の関係
P* [Pa]
0.004
0.002
0.000
0
10
20
30
Content [wt%]
図 19 DEHP 含有量と表面蒸気圧 p*の関係
図 18 および 19 の結果は、塩ビシートに含まれている DEHP 含有量 Q が大きいほど、表
面濃度 C*あるいは表面飽和蒸気圧p*がそれにほぼ比例して大きくなることを示す。すなわ
ち、以下のようなヘンリーの関係式が成立することになる。ここで、K は比例定数であり、
シートの材質と含有される物質に依存する。
C *  KQ
5.6 個人暴露量の推定にむけて~今後の課題と展望
本調査では、一次元の放散、拡散、収着モデルに基づいて解析を行い、モデルと実験結
果の一致は比較的良好であった。しかしながら、今回示したような実験データとその解析
結果から精度よく個人暴露量を推定するためにはいくつかの課題がある。
5.6.1 モデルの妥当性の検証
まず、モデルの妥当性について評価、検証する必要があると考えられる。今回のモデル
化解析は、少数のかつ一組のデータに対してのみであり、今後幅広い条件(プラスチック
と SVOC の組み合わせ)の実験データに対して、モデルの妥当性を検証していく必要があ
る。また、モデルの妥当性をあらわすものとして、得られたパラメータの妥当性の検討も
重要である。今回、得られた C*の値は飽和蒸気圧と同程度の値であったが、これが妥当で
あるかは検討を要する。また、ことなる実験によるデータを用いた解析により得られた拡
散係数が大きく異なっており、また、通常のオーダー(気相中の拡散係数は 10-5 ~10-5
m2/s
程度(低分子の場合)ともずれている。また、捕集剤濃度の近傍の濃度は 0 としたが、実際の
グラスフィルターでは C-18 のような強力な吸収剤とは捕集力が異なること、また捕集の容
量が小さく、容量を超えた場合の解析も含めて検討する必要がある。以上のように、今回
おいて仮定を、多くの実験結果に基づいて検証し、修正を加えることでモデルの妥当性を
確認していく必要がある。その際、他のモデルの可能性も検討すべきである。たとえば、
今回は PVC 表面で local な放散平衡が常に成立していると仮定したが、放散速度そのものを
速度仮定に組み込んだモデルも考えられる。
なお、今回の実験では温度はすべて 323 K(50ºC)とした。室温 298 K(25ºC)での実験も行っ
たが、捕集量は 50ºC の 100 分の 1 以下であり、誤差が大きく解析が困難であった。実際は
室温程度の放散速度が重要になるが、今回の結果はあくまで安全サイドを見た値であると
考えることができる。なお、低温での放散量の測定は、捕集時間をこれまでよりも大きく
とることで精度を向上させることができるものと考えられるが、50ºC の場合で数時間の捕
集時間を要しており、週レベルの実験が必要になる。なお、表面蒸気圧の温度依存性につ
いては、近似的には次のようなアレニウス型の関数で表現できるものと考えられる。
C *  C0 exp( 
E
)
RT
(21)
ここで、C0 は温度に関係しない定数、E は定数、R は気体定数、T は絶対温度である。通
常の液体の放散の場合には、E は蒸発の活性化エネルギーになるが、本系の場合には、E は
SVOC と基材の親和性に関係する値となる。C*の温度依存性を温度を変えて何点かで測定す
ることで E を求めることができ、それを用いて範囲にある温度に対する C*、ひいては放散
速度を推算することができるものと考えられる。
同様の考察が、他の SVOC についても可能である。即ち、C*の値は基材となる物質(この
場合は PVC)と放散する SVOC の間の親和性に依存するため、何らかの方法(たとえば他の
物性値から推算)でこれらの値を推算することができれば、広範囲の SVOC の放散速度を
推定することが可能になるものと考えられる。
5.6.2 個人暴露量の推定法について
上にも記したように、本解析で得られるパラメータで最重要なものは発生源近傍の気中
の SVOC 濃度 C*である。これは、PVC と DEHP の組み合わせに対して、常に表面近傍の濃
度が C*に達している(近傍での放散平衡が成立)ことであり、この値を用いることで、任
意の空間にこの素材を設置した際の放散速度を推算することができる。たとえば、厚みの
境界層を考え、境界層の外側での濃度を C とすると、(定常)放散速度は以下の式で推算可能
である。
E
D

(C *  C )
(22)
放散源での放散速度がわかれば、任意の空間での SVOC による空間濃度分布を算出する
ことは、CFD やあるいはもっと単純に BOX モデルを用いることで可能である。これは、ひ
いては、SVOC による個人暴露量の推定、さらには健康リスクの評価に用いることができる
ものと期待できる。本調査の測定とモデル解析によって得られた発生源近傍の気中の SVOC
濃度 C*は様々な条件(SVOC の種類、基材の種類、含有割合、温度)の関数であり、これ
らの依存性を今後実験的に明らかにすることができれば、少なくとも与えられた基材から
の SVOC 放散速度が推定可能である。さらに放散速度データを任意の状況(室内の状況)
に拡散等の数理モデルを適用することで、個人暴露量の推定が可能になる。
なお、以上の解析は空気中からの暴露であるが、室内では、壁紙などの固定発生源の他
に、空気中に存在する微粒子や壁面、床面に付着した SVOC が発生源となることが考えら
れる。この場合、一次発生源から放散した SVOC が微粒子や壁、床面などに付着し、そこ
から再放散されるメカニズムが考えられる。微粒子など固体表面への付着過程は、微粒子
の材質と SVOC の親和性、および微粒子の粒子径(=比表面積)に依存する。微粒子を二
次的な SVOC の発生源と考えると、放散速度は微粒子表面の平衡気相濃度を飽和蒸気圧程
度と考えることで推算が可能であるが、精度良い推定にはさらに広範囲でのデータ収集と
それに基づくモデル化、また放散経路のモデル化などの推定方法の確立が望まれる。
6. まとめと今後の展望
以上述べたように、本報告では、PVC を基材とする DEHP 含有量の異なる試料を用い
てバッグ法、PFS 法を用いて放散速度を測定し、モデルに基づく放散現象の解析を行った。
本調査で明らかになったことをまとめると以下の通りである。
1. 室内空気、壁や床の測定から DEHP が観測された。このことは室内での DEHP 曝露
による健康影響を考慮する必要があることを示すものである。
2. PFS 法と、その結果に基づくモデル解析によって、SVOC では定常放散に達するま
での時間遅れが無視できず、これを用いた解析により基材表面濃度である C*と拡散係数 D
を算出する手法を提案した。これらの値は、居住環境における放散速度推定の基礎データ
となるものである。
3. 様々な試料の放散量測定から、DEHP 含有率と基材表面濃度 C*の間には正の相関関
係があることがわかった。
以上のパラメータと、居住空間における環境及び人間行動のモデルを組み合わせること
で、DEHP あるいは他の SVOC による曝露評価を行うことが可能であると考えられる。居
住空間のモデル化については、既存の曝露モデルを利用可能であると考えられるが、固相
に吸着した SVOC からの二次的な放散についてはさらなる検討が必要である。
なお、測定とモデルの妥当性については、JIS で規定されているチャンバー法との整合性
をとる必要があると考えられる。また、今回の測定法をさらに広範囲の条件に適用するこ
とで、手法の妥当性の確認と曝露量の推定につなげることができる。
【参考資料】
http://onlinelibrary.wiley.com/store/10.1111/ina.2012.22.issue-5/asset/cover.gif?
v=1&s=534dc20bc2649117bbbb49411126284030d72acd
参考図 DEHP の飽和蒸気圧(出典
http://www.toray-research.co.jp/jirei/industrialmaterial/ind_d007.html)
7.
引用文献
1) 経済産業省, 最終製品消費段階におけるプラスチック添加剤の排出シナリオ,2012
2) 斎藤育江, 大貫文, 瀬戸博, 室内空気中フタル酸エステル類の測定, 室内環境学会誌,
5(1), 13-22, 2002
3) C.J. Weschler, W.W. Nazaroff, SVOC exposure indoors: fresh look at dermal pathways, Indoor
Air, 22, 5, 356-377, 2012
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