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新優生学
学部共通科目 「科学と人間」 科学の測り方 第二部 新優生学の流行 優生学の展開とエンハンスメント論争 担当:山口裕之 今日の話の流れ • これまでの復習 • まずは、優生学について。 • 新優生学とはどんな思想か? これまでの復習 の前に、レポートの締め切りが近づい てきましたが、準備していますか? 1. 複数の参考文献を読んだ。 2. 少なくとも1冊は文献を読ん だ。 3. 文献は読んでいないがウェ ブ情報は集めている。 4. 何の準備もしていない。 5. 自分なりに考えたことを書く ので、何かを調べるつもり はない。 9% 11% 19% 38% 23% 1 2 3 4 5 第一部 「客観的で共有可能な尺度」の重要性 • 年貢を取る側/取られる側の利害の対立 – 田畑の面積・作物の量の尺度を統一。 – 権力の側に決定権。 • 科学における測定尺度の統一 – 不統一だと、飛行機やロケットが落ちる。 – 国際間の単位の統一は困難だった。 • 論理と数学を駆使すれば、「目に見えないも の」も測定できる – 化学反応における物質の量の整数比 – 浸透圧の方程式と気体の状態の方程式 第二部 「客観的な尺度」を用いて、なぜそれを測定する のか? • 人種概念の恣意性 – 頭蓋容積や顔面角など、厳密に測定できる。 – 知能指数も、測定できる。 • 「人種」概念の虚構性 – 遺伝子レベルでみると人類は非常に均質。 – 遺伝子を調べれば子供の「障害」が予測できる しかしなぜ「人種」や「知能」や「障害」につい て測定しなくてはならないのか? 人間を測定する尺度として 1. 人種も顔面角も脳容量 も知能も重要だ。 2. 顔面角や脳容量はとも かく、人種や知能を調 べるのは妥当だ。 3. さすがに知能は調べた 方がよいだろう。 4. どれを調べるのもダメ 5. 上記以外。 7% 4% 30% 36% 24% 1 2 3 4 5 そこで、今日の話 新優生学の流行 優生学の展開とエンハンスメント論争 まずは、「優生学」について • Eugenics ← Eugene(ギリシア語「よい血 統」) – フランシス・ゴルトン(1822-1911)の造語 (1882)。 – ダーウィン(1809-1882)の自然選択理論をもと に、人類の遺伝的改良を目的とする「科学」。 *ちなみにダーウィンとゴルトンはいとこ同士 自然淘汰説 • ダーウィンは、家畜の品種改良(人為淘汰)からの 類推で、自然淘汰理論を考え付いた。 • 優生学は、ダーウィン説の影響を受けて、人類の 人為淘汰を構想した。 家畜の品種改良 →ダーウィン理論 →人類の品種改良 =人類は家畜!? 「自己家畜化論」 野生動物を家畜化するとは、 • • • • 一定の範囲に閉じ込める。 餌を供給し、自然環境の変異から守る。 繁殖を管理する。 生殖補助医療・少子化対策・・・ 品種改良する。 優生学! 家畜になると、 • 穏やかで服従しやすい気性。 • 生存のために人間の手助けが必要。 • 脳が萎縮する。 →現代人は、「家畜化」しているので はないか。 小原秀雄『ペット化する現代人』NHKブックス 自分は、 1. 家畜じゃない! 2. どちらかというと家畜じ ゃないと思う。 3. どちらともいえない。 4. どちらかというと家畜 だと思う。 5. 家畜だと思う。 25% 36% 14% 11% 14% 1 2 3 4 5 「科学研究」としての優生学 • 1907:「優生教育協会」(会長ゴルトン) • 1910:アメリカ・コールドスプリングハー バー研究所優生学記録局 • 1911:ロンドン大学優生学研究所(所長ピア ソン) • 1927:カイザー・ヴィルヘルム人類学・人 類遺伝学・優生学研究所 →集団遺伝学、統計学の開発と発展 1912:第一回 国際優生学会議 • 会長:レオナルド・ダーウィン:チャールズの息子 • 副会長:チャーチル(当時イギリス内務大臣、 のちの首相) • アメリカ代表:グラハム・ベル(電話の発明者) • 議題: – 人種の改善や衰退についての研究成果の発表。 – 優生法(断種法)の立法の検討。 – 世界の優生学者の協力体制の構築。 断種法の歴史(概略) 1907年:アメリカ合衆国インディアナ州で世界 初の断種法成立 1909年:カリフォルニア州で断種法成立 1913年:カリフォルニア州断種法改定 →抜群に多い実施件数 1928年:スイスの一部の州で,精神障害者に 断種を強制する法を制定 1933年:ナチス断種法の制定と実施 1940年:日本で「国民優生法」制定 日本における「優生法」 • 1940年「国民優生法」制定 – 第一条 本法ハ悪質ナル遺伝性疾患ノ素質ヲ有 スル者ノ増加ヲ防遏スルト共ニ健全ナル素質ヲ 有スル者ノ増加ヲ図リ以テ国民素質ノ向上ヲ期ス ルコトヲ目的トス – ナチス断種法をモデルに。 • 1948年「優生保護法」に改正 – 本人の同意に基づかない「強制断種」が可能に。 – 人工妊娠中絶の容認。 第三条 (医師の認定による優生手術) 1 .医師は、左の各号の一に該当する者に 対して、本人の同意並びに配偶者(届出をし ないが事実上婚姻関係と同様な事情にある 者を含む。以下同じ。)があるときはその同意 を得て、優生手術を行うことができる。(不 妊手術=断種手術のこと。) 但し、未成年者、精神病者又は精神薄弱者 については、この限りでない。 (・・・つまり、本 人の同意なしでやってもいいということ) 一 .本人若しくは配偶者が遺伝性精神 病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝 性奇形を有し、又は配偶者が精神病 若しくは精神薄弱を有しているもの 以上は「国民優生法」と同様。 二 .本人又は配偶者の四親等以内の血族関係に ある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺 伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸 形を有しているもの 三 . 本人又は配偶者が、癩疾患に罹り、且つ 子孫にこれが伝染する虞れのあるもの →「らい予防法」についても調べてみよう。 四 .妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及 ぼす虞れのあるもの 五 .現に数人の子を有し、且つ、分娩ごとに、母 体の健康度を著しく低下する虞れのあるもの 第四条 (審査を要件とする 優生手術の申請) 医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患 に罹つていることを確認した場合において、 その者に対し、その疾患の遺伝を防止するた め優生手術を行うことが公益上必要 であると認めるときは、都道府県優生保護審 査会に優生手術を行うことの適否に関する審 査を申請しなければならない。 別表 一 遺伝性精神病:精神分裂病・そううつ病・てんかん 二 遺伝性精神薄弱 三 顕著な遺伝性精神病質:顕著な性慾異常・顕著な犯 罪傾向 四 顕著な遺伝性身体疾患:ハンチントン氏舞踏病・遺伝 性脊髄性運動失調症(…以下略) 五 強度な遺伝性奇形:裂手、裂足・先天性骨欠損症 →改正されるまでに、約16,000人が強制断 種手術の対象となったといわれる。 日本の「優生保護法」が改正されたのは いつか? 1. 1964年(アメリカ公民権法 と同じ年) 2. 1973年(アメリカで中絶禁 止に違憲判決が出た年) 3. 1986年(男女雇用機会均 等法と同じ年) 4. 1996年(みなさんが生まれ たころ)。 5. いまでもある 8% 12% 22% 31% 26% 1 2 3 4 5 なぜ優生学は「正しい」思想だ と考えられたか? 遺伝病、遺伝的精神病が減れば、 • 社会保障費が減少する。 • 各種産業の生産性があがる。 • 軍隊も優秀になる。 =社会・国家全体の観点から見ると、大きな利 益が得られる。 ・・・実は、今でもこういう考え方の人は多いのでは? 生殖補助医療・少子化対策を肯定する人は多数。 優生思想は、 1. こう言っちゃなんだが、実 は正しい思想だと思う。 2. どちらかというと正しい思 想だと思う。 3. どちらともいえない。 4. どちらかというと間違った 思想だと思う。 5. 間違った思想だと思う。 16% 33% 12% 10% 29% 1 2 3 4 5 では、あなた自身が断種や社会保障 切捨ての対象になったら? 1. 社会全体の利益のた めなので喜んで受け入 れる。 2. やむを得ない。 3. 絶対嫌だ、なんとかし てほしい。 11% 26% 63% 1 2 3 ところであなたは社会にとって? 1. 多大な貢献をなしうる優 秀な人間だ。 2. そこそこ貢献できる。 3. 可もなく不可もなく。 4. ひょっとすると社会の負 担になるかも。 5. 社会にとって負担だ。 14% 20% 18% 17% 32% 1 2 3 4 5 ナチスは「ドイツ民族の改善」の ためにいろいろ「頑張った」。 • ガンの研究とガン集団検診。 • タバコと肺ガンの関係を発見、禁煙運動。 • 自然食品の推奨。 • 優生学やユダヤ人虐殺も、同じ「民族改善」思想の 延長線上に。 • 優生学は、「人種衛生学Racial Hygiene」など とも呼ばれた。 プロクター『健康帝国ナチス』草思社 第二次大戦後、 • ナチスの虐殺が表沙汰になり、「優生学」の 権威は失墜。 • とはいえ、「遺伝病の排除」など、優生学の 「核心」は重視されていた:「修正優生学」 • 1960年代~70年代にかけて、リベラリズム・ 反権威運動の盛り上がりの中で、「優生学」 は「悪の学問」「エセ科学」とされていく。 60年代、70年代の運動 • • • • • • • • 公民権運動 フェミニズム運動 障害者運動 反公害・自然保護運動 フランス五月革命 安保闘争 学生運動(全共闘) ベトナム反戦運動 etc. とはいえ、その後も、 • 1975:E.O.ウィルソン『社会生物学』 • 1994:ハーンシュタイン&マーレイ『ベルカー ブ』 • 彼らの主張は「優生学だ!」というレッテルを 貼られ、論争を呼んだ。 – つまり、1970年代以降、「優生学」は、「ナチ ス」と同じような、ののしり言葉になった。 「優生学」の「栄光と没落の歴史」 について 1. 2. 3. 4. よく分かった。 大体分かった。 あまり分からなかった。 全くわからなかった。 9% 25% 13% 53% 1 2 3 4 しかし近年、 • 「新優生学」の思想が台頭。 • かつての「優生学」は社会中心・国家中心で、 強権的(強制的な優生手術、さらにはユダヤ 人虐殺など)であった。 – 遺伝学的基盤も脆弱だった。 • 現代の「新優生学」は、個人中心。 – 分子生物学の技術を背景に。 新優生学とはどんな思想か? • 子供の遺伝子改造について、アメリカでは、 「個人の自由でやるんだから、干渉 すべきでない」という考え方が、強まってき ています。 • たとえばカプランは、以下のように論じる。 「もしレーザー手術医院にいって眼球を微調 整し、自然な視力以上の視力を得たとしたら、 私は道徳的な悪をなしたことになるのか。(中 略)他の人々が治療を受けない、あるいは受け られないとしたら、それは不平等なのか。」 「私たちが私たち自身を変えるべきでないとい う原理的な理由を、私はまったく見出すこと ができない。より強く、速く、賢くなりたいと いうのは虚栄であるといわれても、私には説 得力が感じられない。自分を改善してみよう ではないか。」 「農業もそういうものだ。配管工事もそういうも のだ。衣服もそういうものだ。交通機関もそう いうものだ。これらはみな、私たち自身の性 質を超えようとする、私たちの試みなのだ。こ ういうものが、私たちを非人間的にしただろう か。」 「変化を望み変化をもたらすという考えそのもの が、進歩するのだ。多分これが真実だ。これ が真実なら、私たちは変化を望むという考 えを、私は受け入れたい。」 「もし私たちが、反改良主義者たちが示唆する ような方法で、私たち自身に制限を加えれば、 私たちや私たちの子孫には、生物学的進化 がもたらす、最もわくわくする可能性のいくつ かが閉ざされてしまうことになるだろう。」 (カプラン「人間性を改善してはいけないのか?」、『エ ンハンスメント論争』社会評論社, 2008所収) こうした考えに対して、 1. 2. 3. 4. なるほど、そのとおりだ! おおむね納得できる。 あまり共感できない。 全く共感できない。 10% 28% 25% 37% 1 2 3 4 ⇒遺伝子改造は、「よくないこと」だろう か?それはなぜ? • 「個人の責任とリスクにおいて漸進 的な遺伝子改良を行うようになると いう全体的な趨勢を、決定的なやり 方で食い止めるだけの論理がな いのだ」(金森修『遺伝子改造』勁草書房, 2005, pp.29-30)。 「やめさせる論理」 • 現代自由主義社会の基本的なスタンスは、 「他人に危害を加えないことはやってもよい」。 • 生命倫理学の「倫理原則」 – 自律性尊重 – 無危害 – 恩恵(Beneficence:利益を与える) – 正義(Justice:配分の公正さ) ビーチャム&チルドレス『生命医学倫理』成文堂, 1997, 原著第3版, 1989. 遺伝子改造は、 • • • • 自分で決めている。 =自律性尊重OK 誰にも危害を加えない。 =無危害OK 改造された子供は利益を得る。 =恩恵OK お金がかかるので、誰でもできるわけではな い。 →正義(配分の公正)原理には抵触するかも。 ・・・それなら、保険などを使えるように すればよいだけでは。 • そもそも、子供に習い事や塾に行かせるのと、 同じことではないのか? 「新優生学」 • 個人の自由と自己責任において、子供の遺 伝子を改良することを容認する立場。 *もちろん、「容認」と「推進」は違う。 • その結果、ある社会(ヒトの個体群)において 特定の遺伝子が淘汰される(ヒトの遺伝的多 様性が失われる)結果になってもかまわない、 と考える。 *もちろん、「そうなってもやむをえない」と 「そうなるべきだ」は違う。 ここまでの話を聞いて、 新優生学の思想について 1. 賛成A(推進):人類の 進歩のために、子ども の遺伝子改変を行うべ きである。 2. 賛成B(容認):子供の 遺伝子改変は個人の 自由である。(やっても よい) 3. 反対:子供の遺伝子改 造は禁止すべきだ。 6% 38% 56% 1 2 3 問い:遺伝子改造は、 • 「よくない」のだろうか?よくないとしたら理由は? • 「社会の利益」中心の優生学の考え方は、どこが間 違っていたのだろうか? • 強制によらないで、社会全体の利益にもなるのなら、 よいことではないのか? • しかし、なぜ自分自身でなく、自分の 子供を改造したいのだろう??? • このへんのことは、『科学技術と倫理』(ナカニシヤ) 所収の原稿に書いておいたので、読んでください。 自分は、 1. 子供を遺伝子改造した い。 2. 自分はしたくないが、他 人がやろうとするのを止 めるべきではない。 3. 子供の遺伝子改造は社 会的に禁止すべきだ。 15% 45% 40% 1 2 3 自分自身を 1. 改造したい! 2. 改造したくない 39% 61% 1 2 今日の分の「メールでコメント」は、 今の質問に対して、「子供を改造したい」「他人 がやるのは止められない」「社会的に禁止す べきだ」と答えた理由・根拠を書く。 反対意見を考慮して、自分の意見を根拠を示し ながら書いてください。 ダメなコメントの例 • 「自分はやりたくないが、他人の行動は自由 なので、止められない」 – 自分の配偶者が「改造したい!」と言ったらどうす るの? • 「人為的な改善は必要ない」 – 「必要ない」は「禁止する理由」にはならない。 • 「生命倫理上問題なのでやるべきではない」 • 「人間の尊厳を冒すのでやるべきではない」 – 具体的に何が問題なのか? – 人間の尊厳とは具体的には何か? 小テスト 問1 • 家畜化された動物はどうなるか。 ① 反抗的になる。 ② 脳が委縮する。 ③ 筋肉が発達する。 ④ 自分は家畜でないと思い込む。 問2 • ナチス・ドイツが行ったことは、 ① がんの研究と集団検診。 ② タバコの奨励。 ③ 障害者の保護。 ④ 工場での食品生産。 問3 • 優生学について正しいのは、 ① チャールズ・ダーウィンが考えた。 ② 第二次世界大戦前、各国で優生法が制定さ れた。 ③ ナチスが優生法の制定で先陣を切った。 ④ 日本では優生法は制定されなかった。 問4 • 日本における優生保護法について正しいの は、 ① ナチスの断種法をモデルに作られた「国民 優生法」をベースにしていた。 ② 戦前に制定された優生保護法は、ナチスへ の反省から戦後廃止された。 ③ 断種手術については本人同意を絶対の条 件としていた。 ④ 人工妊娠中絶を禁止していた。 問5 • ビーチャムとチルドレスが挙げる生命倫理学 における「原則」ではないものはどれか。 ① 自律性尊重 ② 無危害 ③ 恩恵 ④ 人間の尊厳 ⑤ 正義 おしまい