Comments
Transcript
Page 1 Page 2 文学部論議 第72号 地域科学篇 1~15 2001
熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System Title チュチカハウの肖像 : マヤ系先住民の祭司に関する民族 誌的覚書(1) Author(s) 池田, 光穂 Citation 文学部論叢, 72(地域科学篇): 1-15 Issue date 2001-02-20 Type Departmental Bulletin Paper URL http://hdl.handle.net/2298/12714 Right 文学部論叢 第72号 地域科学篇 1∼15 2001 チュチカハウの肖像 −マヤ系先住民の祭司に関する民族誌的覚書(Ⅰ)− Un Retrato de Chuchiqqjaaw: Notas sobre los Sacerdotes Mayas en Momostenango, Guatemala. 池 田 光 穂 IKEDA,Mitsuho 1. はじめに グアテマラ西部高地モモステナンゴ(Momostenango)ではマヤ系先住民 話語の主要なひとつであるキチェ語が話される。そこはグアテマラ西部高地の なかでも比較的集中的な民族誌学的調査がおこなわれてきた地域である (Carmack1995)。その中でもマヤの口頭伝承や説話(Tedlock1996)や祭 1I 司(priest)であるチエチカハウ(chuch叩如aw)がとりおこなう儀礼や披/ 彼女らの宇宙観に関する民族誌については豊富な資料がすでに報告されている (Tedlock1992[1982])。しかしながら、】980年代初頭に激化する内戦によっ て祭司がおこなう諸儀礼は、恥部ならびに自営団組織によって、少なくとも公 式的には破壊的活動と見なされ、その活動は一時的に社会の表面から姿を消し た。その数年後に再び公衆の前に姿を現した時には、一棟に儀礼の規模は拡大 し参加者は増大したといわれ(Tedlock1992:Xiv−XV)、儀礼をめぐる社会の 理解と位置づけにも変化が生じたことが示唆される。 儀礼は社会の要請にもとづいて挙行されるものであり儀礼を取り巻く社会的 環境が変化すれば儀礼は、その内容を柔軟に変化させる可能性と融通性を具備 しているものであるが(eg.ブロック1994;田辺1997)、他方で儀礼研究は 集合表象の反映として儀礼内容を保守的で普過的な表現行為としてとらえると −1−