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成果報告書全てを見る - 明治安田厚生事業団

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成果報告書全てを見る - 明治安田厚生事業団
ご 挨 拶
事業団創立20周年を記念して昭和59年に発足したこの研究助成制度は、健康
科学に携わる40歳未満の研究者を対象として、広く一般の健康増進に活用でき
る研究に助成を行っております。
制度創設以来、第31回までの助成件数は552件、助成総額は 5 億4150万円に
達しました。昨今は、ヒトを対象とした研究のみならず、動物を用いた研究の
申請も増えています。深化拡大する健康問題を反映し、バリエーションに富む
独創的な研究テーマの応募が多数あり、関係各位からは健康科学研究の登竜門
としての評価をいただいているものと自負しているところでございます。
このたび、第31回の助成対象として選ばれた研究の成果を報告書にまとめ発
刊いたしましたので、ご高覧ご高評を賜れば幸甚に存じます。
刊行にあたり、選考委員の諸先生、ご後援いただいた日本体力医学会および
明治安田生命保険相互会社、ならびに公募に際しご協力いただいた関係各位に
は心からお礼を申しあげるとともに、今後も一層のご指導とご支援をお願いす
る次第です。
平成28年 4 月
公益財団法人 明治安田厚生事業団
理事長 猪 又 肇
選 考 委 員
委員長 鹿屋体育大学学長
福 永 哲 夫
委 員 同志社大学大学院
井 澤 鉄 也
委 員 日本女子体育大学教授
定 本 朋 子
委 員 公益財団法人 健康・体力づくり事業財団
下 光 輝 一
委 員 東京都健康長寿医療センター研究所
新 開 省 二
スポーツ健康科学研究科長
理事長
研究部長
委 員 公益財団法人 明治安田厚生事業団
体力医学研究所所長
永 松 俊 哉
(敬称略・五十音順)
*職務は公募時
目 次
優 秀 賞
指定課題
運動トレーニングが脳内ストレス適応機構に及ぼす影響
とその分子メカニズムの解明
内 田 周 作 他
1
指定課題
85歳超高齢者のメンタルヘルスの確保に必要な70歳代
の10年間の日常身体活動に関する研究―加速度計を用
いた日常身体活動のタイミングの客観的評価に基づいた
後ろ向き調査―
綾 部 誠 也 他
6
運動習慣によるストレス反応の緩和―主観評価と自律神
経活動評価による実験的検討―
伊 藤 真利子 他
11
抑うつ症状の発症予防にかかわる運動要因の解明に関す
る職域コホート研究
桑 原 恵 介 他
17
認知機能低下高齢者に対する 3 年間の長期運動介入が有
酸素能力、認知機能および脳容積に及ぼす効果
古 瀬 裕次郎 他
23
運動が抗うつ効果や記憶学習能力の向上をもたらす分子
メカニズムの解明
近 藤 誠 他
30
高齢者における運動仲間の存在と抑うつとの関連性
―地域在住高齢者を対象とした悉皆調査による検討―
神 藤 隆 志 他
37
高齢者における日常的な身体活動の増加がメンタルヘル
スおよび新規うつ病バイオマーカーに及ぼす影響
高 橋 将 記 他
43
児童期のメンタルヘルスの変化と体力・身体活動量に関
する縦断研究―高体力と活動的な生活は成長に伴うメン
タルヘルスの変化に影響するか?―
飛 奈 卓 郎 他
48
インターバル速歩トレーニングは中高齢者の認知機能低
下予防に有効か?―Trail Making Test による検討―
吉 田 翔 他
55
一般課題
上肢の低強度運動時における一過性の血圧上昇に有酸素
性トレーニングが及ぼす影響―中高齢者の身体活動時に
おける過剰な血圧上昇の予防を目指して―
大 槻 毅 他
61
水中トレッドミル歩行が肥満者の血管内皮機能および心
臓副交感神経系活動に及ぼす影響
小 野 くみ子 他
67
骨由来の骨格筋増強作用をもつ新規蛋白質の同定
榊 原 伊 織 他
73
リアルタイム機能的 MRI・脳波ハイブリッドニューロ
フィードバック(NF)システムによる脳活動の自己制御
および運動学習の強化
設 楽 仁
77
関節周囲筋における筋張力バランスの新たな評価―運動
パフォーマンスとの関連性―
建 内 宏 重
81
短期間の絶食による減量が全身および骨格筋の糖代謝能
に及ぼす影響の検討―“プチ断食”は糖尿病予防に本当
に効果的なのか?―
寺 田 新 他
86
頭部外傷後の高次脳機能障害に対する運動トレーニング
効果の検討とそのメカニズム解明
藤 田 幸 他
93
伸張性および短縮性トレーニングが腱の特性に及ぼす影
響
前 大 純 朗 他
99
骨格筋収縮が脳機能に及ぼす影響―脳由来神経栄養因子
BDNF に着目して―
前 川 貴 郊 他
104
虚弱高齢者に対するトレーニングは、サルコペニアの改
善および筋内脂肪の減少を同時に引き起こすか?
吉 子 彰 人 他
110
(1)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.1∼5(2016.4)
〔優 秀 賞〕
運動トレーニングが脳内ストレス適応機構に及ぼす影響と
その分子メカニズムの解明
内 田 周 作*
芳 原 輝 之*
樋 口 文 宏*
THE EFFECTS OF EXERCISE ON STRESS ADAPTATION IN THE BRAIN
AND THE ELUCIDATION OF ITS MOLECULAR MECHANISM
Shusaku Uchida, Teruyuki Hobara, and Fumihiro Higuchi
Key words: exercise, stress, brain, depression, epigenetics.
とが示唆されている5)。また、低中等度のうつ病
緒 言
患者に対しては、運動療法が有効であることも示
近年の神経画像学的研究の発展に伴い、うつ病
唆されている。しかしながら、運動トレーニング
患者の脳に機能的変化のみならず形態的変化が生
の脳機能、特にストレス反応性に対する影響とそ
じていることが確認されつつある 。うつ病脳に
の分子基盤は不明である。そこで本研究では、運
みられる形態異常の発生機序については、ストレ
動トレーニングが慢性ストレス負荷後の精神的安
ス適応機構の構成要素である神経可塑性障害が想
定性に与える影響とその分子機構を検討した。
2)
定されている。
方 法
神経可塑性には脳内の遺伝子発現調節機構が重
要な役割を担っている。遺伝的要因やストレスな
A.動物
どの環境要因によって脳内遺伝子発現調節機構に
8 週齢の雄性 BALB / c(BALB)マウスを使用
異常が生じると、細胞機能更には生理機能が変化
した。飼育環境は、12時間の明暗周期、環境温
し、脳高次機能に影響を及ぼす。最近、ストレス
23℃が保たれ、水と餌は自由摂取とした。すべて
や食生活などの環境要因が DNA 配列の変化を伴
の実験は山口大学動物使用委員会の承認を受け
わない後天的なゲノム修飾によって遺伝子発現を
(承認番号:14-050)、動物実験ガイドラインを遵
制御するといったエピジェネティクスが注目され
ている。実際に、うつ病患者やうつ病モデルマウ
守した。
B.慢性ストレス負荷
スにおけるエピジェネティクス制御因子の発現異
マウスへの慢性ストレス負荷は先行研究に則っ
常が観察されている
。
て行った7)。 1 日に 3 回さまざまなストレッサー
一方、運動トレーニングは記憶やストレス反応
(傾斜ケージ,湿った床敷,狭い部屋,酢酸臭など)
性に重要な脳海馬領域において、神経細胞の産生
を負荷し(chronic ultra-mild stress; CUMS)、これ
を促進すること(神経新生)で脳機能を高めるこ
を 6 週間にわたって行った。
3,6,7)
山口大学医学部附属病院精神科神経科 Division of Neuropsychiatry, Yamaguchi University Graduate School of Medicine, Yamaguchi, Japan.
*
(2)
C.運動トレーニング
内在性コントロールには β-actin を使用した。
運動トレーニングは、自発的に運動したいとき
G.アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
に自由に回転ホイールにアクセスできる回転式運
定法に従って8)、AAV-Helper システムを用いて
動装置で 4 週間トレーニングを行った。
アデノ随伴ウイルスを作製した。作製した AAV
D.行動解析
ウイルスを脳定位固定装置によりマウス mPFC 領
社交性試験は、テストマウスと 4 ∼ 6 週齢の幼
域に投与した。
若マウスを同一ケージに入れ、 5 分間でのテスト
H.統計解析
マウスによるインタラクション時間を測定した。
統計解析は SPSS ソフトウェアを用いた。群な
インタラクション時間が短いほど、うつ・不安レ
らびに介入の効果について二元配置分散分析を
ベルが高いと判断できる 。スクロース嗜好性試
用 い て 検 定 し、 有 意 差 が 認 め ら れ た 場 合 に は
験は、通常水と1.5%スクロース水の入っている
Fischer 法による多重比較を行った。各項目の平
ボトルを同時にマウスに提示し、スクロース水を
均値の群間比較には対応のない t 検定を使用し
飲んだ割合(sucrose preference)を測定した。Su-
た。有意水準は危険率 5 %未満とした。
7)
crose preference の低下は anhedonia(無感症)を
結 果
意味し、うつ状態の指標の 1 つと考えられてい
A.運動トレーニングがストレス反応性に与え
る7)。
E.RNA 実験
る影響の解析
マウス内側前頭前野(mPFC)を取り出し、総
はじめに、運動トレーニングによってストレス
RNA を抽出した。逆転写 PCR 反応により cDNA
に対する反応性が異なるかを行動レベルで検討し
を調整し、SYBR Green Master Mix を用いたリア
た。マウスに 4 週間の運動トレーニングを行い、
ルタイム PCR 法にて目的 mRNA 発現量を定量解
その後 6 週間の慢性ストレス(CUMS)を負荷し
析した。内在性コントロールには GAPDH mRNA
た(図 1 A)。これらのマウスを用いて、うつ様
を使用した。
行動を評価する行動学的試験を行った。マウスの
F.ウエスタンブロット
社交性を評価する試験において、コントロール群
蛋白質の定量にはウエスタンブロット法を用い
では CUMS 負荷マウスは社交性の有意な低下を
た。50 μg のマウス mPFC 由来蛋白質を用いた。
示したものの、運動トレーニングを経験したマウ
*
*
図 1 .運動トレーニングが慢性ストレス負荷後のうつ様行動に与える影響
Fig.1.The effects of exercise on chronic stress-induced depression-like behaviors.
(A)Schematic of the experimental design for assessing the effects of exercise on chronic ultra-mild
stress(CUMS)-induced depression-like behaviors. Mice were subjected to exercise for 4 weeks.
Then the mice were received a 6-week of CUMS. Stressed and non-stressed(NS)mice receiving
exercise or control were tested in behavioral assays. SI; social interaction test, SPT; sucrose preference test.
(B)CUMS exposure decreases the social interaction time in controls, whereas this effect is prevented
by exercise. n = 10-14 per group. *P < 0.05.
(C)CUMS exposure decreases the sucrose preference in controls, whereas this effect is prevented
by exercise. n = 10-14 per group. * P < 0.05.
All data are presented as mean ± SEM.
(3)
*
*
図 2 .運動トレーニングは HDAC4リン酸化レベルを増加させる
Fig.2.The effects of exercise on pHDAC4 levels.
(A)Schematic of the experimental design for assessing the effect of
exercise on pHDAC4 levels. Mice were subjected to exercise for 4
weeks. Then the mice were euthanized to quantify the total and
phospho-HDAC4 levels.
(B)Representative images for western blotting.
(C)Exercise does not affect the levels of total HDAC4 in the mPFC.
n = 6 per group.
(D)Exercise increases the levels of pHDAC4 in the mPFC. n = 6
per group. *P < 0.05.
(E)Exercise reduces the levels of nuclear HDAC4 in the mPFC. n =
6 per group. * P < 0.05.
All data are presented as mean ± SEM.
スにおいて、この CUMS 負荷による社交性の有
いう仮説をたてた。この仮説を検証するために、
意な低下は観察されなかった(図 1 B)。また、
マウスに 4 週間の運動トレーニングを負荷し、ス
無感症を評価するスクロース嗜好性試験において
トレス反応に重要な脳部位の 1 つと考えられてい
も、コントロール群では CUMS 負荷マウスは su-
る mPFC における HDACs の発現量を定量解析し
crose preference の有意な低下を示したものの、運
た(図 2 A)。 そ の 結 果、 運 動 ト レ ー ニ ン グ は
動トレーニングを経験したマウスにおいて、この
HDAC4の発現量に影響を与えないものの(図 2 B
CUMS 負荷による sucrose preference の有意な低
と C)、そのリン酸化レベルは有意に増加してい
下は観察されなかった(図 1 C)
。以上の行動学
た(図 2 B と D)。リン酸化された HDAC4は、細
的解析により、運動トレーニングは慢性ストレス
胞の核から細胞質へ移行することが知られてい
負荷によって惹起されるうつ様行動の増加を阻止
る4)。そこで、運動トレーニングを経験したマウ
することが示され、運動トレーニングがストレス
スの mPFC における核内 HDAC4発現量を定量解
に強い脳を形成することが示唆された。
析した。その結果、運動トレーニングによって核
B.脳内分子機構の解析
内 HDAC4の発現量は、コントロール群に比して
脳内ストレス適応機構には遺伝子発現制御が重
有意に減少していた(図 2 E)。これらの結果から、
要な役割を担っている。近年、ヒストン脱アセチ
運動トレーニングは mPFC における HDAC4を核
ル化などを介したエピジェネティックな遺伝子発
から細胞質に移行させることで遺伝子発現を制御
現制御とストレス反応性との関連が示唆されてい
し、これがストレス抵抗性の形成に寄与している
る
ことが示唆された。
。そこで、運動トレーニングがヒストン脱ア
6,7)
セチル化酵素(HDACs)の発現あるいは活性を
制御することでストレス抵抗性を形成していると
(4)
*
*
*
図 3 .HDAC4の機能を増強させたマウスにおける運動トレーニングのストレ
ス反応性に与える影響
Fig.3.The effect of exercise on chronic stress-induced depression-like behaviors in
mice overexpressing mutant HDAC4.
(A)Schematic of the experimental design. Mice were given either AAV-HDAC4-3SA
or AAV-GFP. Then mice were subjected to exercise for 4 weeks and subsequently
were received a 6-week of CUMS. SI; social interaction test, SPT; sucrose preference
test.
(B)A representative image showing the expression of HDAC4-3SA in the mPFC of
mice given AAV-HDAC4-3SA.
(C)Increased social interaction time by exercise is suppressed in mice given AAVHDAC4-3SA. n = 11-13 per group. *P < 0.05.
(D)Increased sucrose preference by exercise is suppressed in mice given AAVHDAC4-3SA. n = 11-13 per group. *P < 0.05.
All data are presented as mean ± SEM.
C.運動トレーニングによる HDAC₄リン酸化
の亢進とストレス反応性との関連
最後に、運動トレーニングによる HDAC4の核
から細胞質への移行がストレス抵抗性の形成に必
ティックな遺伝子発現制御機構が重要であること
が示唆された。
考 察
須の分子イベントであるかを検討した。AAV ベ
本研究では、運動トレーニングがストレス適応
クターを用いて、細胞質に移行することができな
機構へ及ぼす影響ならびにその分子機構を検討し
い HDAC4 変 異 体(HDAC4-3SA) を マ ウ ス の
た。運動トレーニングの施行により、慢性ストレ
mPFC に過剰発現させた。このマウスに運動ト
ス負荷後のうつ様行動の亢進は消失したことか
レーニングと CUMS を負荷し、行動学的解析に
ら、ストレス耐性を獲得していることが示された。
供した(図 3 A)。AAV ベクターによる HDAC4-
分子メカニズムの解析では、運動トレーニングは
3SA の mPFC への過剰発現は免疫染色により確
mPFC 領域においてエピジェネティクス関連分子
認した(図 3 B)。社交性試験において、HDAC4-
の HDAC4のリン酸化を亢進させることで遺伝子
3SA 過剰発現マウスは運動トレーニングによる社
発現を調節し、ストレス適応機構に影響を及ぼす
交性の回復が認められなかった(図 3 C)
。また
ことが示唆された。
スクロース嗜好性試験においても、HDAC4-3SA
適度な運動は脳機能に対してポジティブな影響
過剰発現マウスは運動トレーニングによる su-
を及ぼすことが指摘されている。先行研究におい
crose preference の回復は消失していた(図 3 D)。
て、運動トレーニングは抑うつ症状を緩和させる
以上の結果から、運動トレーニングによるストレ
こと、ならびにうつ病の薬物療法と同等の効果を
ス抵抗性の形成には HDAC4を介したエピジェネ
有することが示唆されている1)。また、運動トレー
(5)
ニングはうつ状態の改善のみならず、認知機能や
示唆された。このことは、うつ病予防や抑うつ状
免疫機能の亢進に繋がることも指摘されている。
態の改善における運動トレーニングの介入の効果
このように、ヒトにおいては運動トレーニングの
を動物レベルで示した強い科学的エビデンスとな
心身に対する有益な効果が示されている。しかし
る。今後、HDAC 4 阻害薬等がうつ病の予防・治
ながら、げっ歯類などの動物モデルにおいて、運
療になり得るかを検討することで、創薬に繋がる
動トレーニングと脳機能、とりわけストレス反応
ことが期待できる。
性に対する役割の解析は進んでいなかった。本研
究において、ヒトと同様にマウスにおいても運動
トレーニングが精神的安定性の維持に重要である
ことが明らかとなり、精神疾患の予防・治療に対
謝 辞
本研究の実施に対して助成を賜りました公益財団法人
明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
する運動療法の介入を支持するより強固な科学的
エビデンスを提示できたことは意義深い。
一方、ヒトにおいては運動トレーニングによる
抑うつ状態の回復効果が示唆されていたものの、
そのメカニズムは全く不明であった。本研究では
その分子機構の解明に取り組み、その成果として
1)Adamson BC, et al.(2015)
: Effect of exercise on depressive symptoms in adults with neurologic disorders: a
systematic review and meta-analysis. Arch Phys Med
Rehabil, 96, 1329-1338.
2)Duman RS, et al.(2012)
: Synaptic dysfunction in depression: potential therapeutic targets. Science, 338, 68-72.
1)運動トレーニングが HDAC4のリン酸化を促
3)Hobara T, et al.(2010)
: Altered gene expression of histone
進すること、2)HDAC4を核から細胞質へ移行さ
deacetylases in mood disorder patients. J Psychiatr Res,
せること、3)HDAC4の機能亢進は運動トレーニ
ングによるストレス耐性効果を消失させることの
3 点を明らかにした。このような運動トレーニン
44, 263-270.
4)Sando R 3rd, et al.(2012): HDAC4 governs a transcriptional program essential for synaptic plasticity and
memory. Cell, 151, 821-834.
グによるストレス適応の脳内メカニズムを詳細に
5)Stranahan AM, et al.(2006)
: Social isolation delays the
解析した例はない。今後は、HDAC4の標的遺伝
positive effects of running on adult neurogenesis. Nat
子を同定することで、運動トレーニングによるス
トレス適応の分子基盤の更に詳細な理解が期待で
きる。
Neurosci, 9, 526-533.
6)Tsankova NM, et al.(2006): Sustained hippocampal
chromatin regulation in a mouse model of depression and
antidepressant action. Nat Neurosci, 9, 519-525.
総 括
本研究により、運動トレーニングはストレス耐
性を形成することを明らかにした。更に、HDAC4
を介したエピジェネティックな遺伝子発現機構が
ストレス反応に重要な分子イベントであることが
7)Uchida S, et al.(2011)
: Epigenetic status of Gdnf in the
ventral striatum determines susceptibility and adaptation to
daily stressful events. Neuron, 69, 359-372.
8)Uchida S, et al.(2011): Impaired hippocampal spinogenesis and neurogenesis and altered affective behavior in mice
lacking heat shock factor 1. Proc Natl Acad Sci U S A,
108, 1681-1686.
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(6)
2014 年度 pp.6∼10(2016.4)
85歳超高齢者のメンタルヘルスの確保に必要な70歳代の
10年間の日常身体活動に関する研究
―加速度計を用いた日常身体活動のタイミングの
客観的評価に基づいた後ろ向き調査―
綾 部 誠 也 *
吉 武 裕 **
田 中 宏 暁 ***
宮 崎 秀 夫 ****
HABITUAL PHYSICAL ACTIVITY DURING SEVENTH DECADE OF
LIFE AND MENTAL HEALTH AGED OVER 85 - RETROSPECTIVE
STUDY BASED ON THE OBJECTIVE MEASUREMENT OF
HOUR-BY-HOUR PHYSICAL ACTIVITY USING
AN ACCELEROMETER Makoto Ayabe, Yutaka Yoshitake, Hiroaki Tanaka,
and Hideo Miyazaki
Key words: physical activity, aging, frail, elderly.
緒 言
知症などの介護が必要な状態にならずに、自立し
て健やかな生活を送れる期間(健康寿命)をでき
日常生活のなかの身体活動水準を高めること
るかぎり延ばすような仕組みづくりが必要とされ
は、体力の維持向上や各種疾病の予防治療などの
ている。これまで、多くの研究者により高齢者が
さまざまな健康づくりへの好ましい効果を示す研
自立して生活するためには、身体的要因、社会的
究成果が集積されている。更に、運動の影響は年
要因、環境的要因などのさまざまな要因が関係す
齢や運動開始年齢と無関係であり、高齢者におい
ることが明らかにされている6)。なかでも、体力
ても若年者と同等の効果が明らかになっている。
や運動器の機能を維持することは、自立した生活
我が国においては、高齢者を対象とした運動のガ
に密接に関係することが明らかになっている3)。
イドラインが新たに策定され、日本人高齢者を対
このような背景から、高齢者が維持するべき体
象とした更なるエビデンスが求められている。
力水準、また、そのために必要な身体活動につい
我が国は、他に類をみないスピードで高齢化が
ては、応用健康科学分野として取り組むべき課題
進んでおり、医療費増大などの高齢者人口の増大
である。第二次健康日本21でもライフステージに
に伴う諸問題が喫緊の課題である。寝たきりや認
応じた健康づくりが重視されており、「健康づく
*
**
***
****
岡山県立大学
鹿屋体育大学
福岡大学
新潟大学
Okayama Prefectural University, Okayama, Japan.
National Institute of Fitness and Sports in Kanoya, Kagoshima, Japan.
Fukuoka University, Fukuoka, Japan.
Niigata University, Niigata, Japan.
(7)
りのための身体活動基準2013」においても、新た
すべての対象者は、医師により研究に参加可能
に基準値が策定されている 。しかしながら、こ
と判断された。対象者には、研究参加前に内容を
れらの基準策定に引用された 4 編の研究論文は、
十分に説明し、同意を得た。なお、本研究は、岡
いずれも欧米の研究成果である。日本人のロコモ
山県立大学倫理委員会の承認を得て実施した(承
ティブシンドロームや認知症をはじめとする高齢
認番号:394)。
4)
期で深刻となる諸疾患の発症リスクを軽減し、自
B.生活習慣メンタルヘルス調査
立した生活のための身体活動については、更なる
本研究は、平成 9 年に実施したコホート研究参
研究成果が必要である。平均寿命が90歳に届こう
加者600名について、平成27年の時点における現
としている我が国においては、90歳でも自立して
状(住まい,生存,在宅・入院,など)を調査し
活力のある生活を過ごすための支援方法が求めら
た。平成27年 5 月より、対象者の選定作業を行い、
れる。
死亡者、転居者、要介護・支援の者、その他、質
これまで、身体活動と心身の健康を検討した研
問の回答に支援が必要な者は、対象者から除外し
究においては、身体活動を 1 日の総量として、歩
た。調査は同年 6 月中に自記式質問紙を郵送した。
行量(歩数)、消費カロリー、強度別活動時間と
調査項目は生活習慣(起床就寝時刻,食事状況,
して評価することが一般的であった 。近年の科
身体活動の状況)
、健康状態(身長,体重,疾病
学技術の進歩により、加速度計から得られる情報
の有無,服薬の有無)、既往(治療済みの重篤な
量は増加し、その扱いも容易になった。加速度計
疾病など)、健康関連 QOL(身体機能,日常役割
の時系列データを分析することにより、いつ、ど
機能(身体),体の痛み,全体的健康感,活力,
のような運動をしたのかが推定できる。ヒトを対
社会生活機能,日常役割機能(精神),心の健康)、
象とした実験研究においては、運動の量や強度の
自己効力感、睡眠尺度、ストレス度などであった。
重要性が明らかにされており、更に、運動のタイ
健康関連 QOL は、信頼性と妥当性が証明され
ミングなどの理解も進んでいる。早朝と夕刻の運
た尺度 SF-36によって評価した。本研究において
動では、その効果や安全性が異なることが明らか
は、オリジナルの SF-36(日本語版は version1.2)
になっている。
を改良した SF-36v 2 を用いた。前述の健康関連
本研究は、85歳超高齢者のメンタルヘルスの確
QOL スコアに加えて、「身体的側面の QOL サマ
保に必要な70歳代の10年間の日常身体活動を明ら
リ ー ス コ ア(physical component summary score;
かにすることを目的とした。本研究の特徴は、第
PCS)」、「精 神 的 側 面 の QOL サ マ リ ー ス コ ア
一に、85歳超の高齢者に着目した点である。すべ
(mental component summary score; MCS)」、「役割/
ての対象者は、同じ年齢で同一地域に在住する男
社 会 的 側 面 の QOL サ マ リ ー ス コ ア(role/social
女である。第二に、加速度計を用いた客観的な日
component summary score; RCS)」を算出した。
2)
常生活の身体活動の量と質の10年間にわたる調査
C.身体活動測定
済みの連続的データについて、身体活動のタイミ
日常身体活動は、多メモリ加速度計付歩数計
ングを再分析しメンタルヘルスとの関連性を検討
5)
(Lifecorder,スズケン)
を用いて測定した。対
した点である。
象者は、14日間にわたり、起床から就寝まで、
方 法
A.研究対象者
Lifecorder を腰部に装着した。Lifecorder は、歩数
や身体活動強度の評価法としての妥当性が明らか
にされている 1,5)。身体活動のデータは Lifecorder
本研究の対象者は、新潟県新潟市に在住する昭
に蓄積後、PC にダウンロードした。すべての
和 2 年生まれ(平成27年時点で88歳)の高齢者で
対象者は、装着期間中の Lifecorder 着脱時刻を記
あった。対象者は、平成 9 年コホート研究に参加
録した。 4 秒ごとの身体活動強度データと着脱記
した男女600名のうち、平成27年 5 月時点で新潟
録に基づき、装着時間が10時間/日以上を有効デー
市内およびその近郊に在住している者であった。
タとした。本研究で用いた Lifecorder は、 2 分ご
(8)
とに 9 段階の活動強度を得ることができる。Life-
表 1 .対象者特性
Table 1.Characteristics of subjects.
corder のデータは、先行研究に基づき、活動強度
を低強度、中強度、高強度に分類した。更に、24
強度、強度別活動時間、 1 日の総量のうちの各強
度が占める割合を算出した。本研究では、これら
の強度について、 1 時間ごとにその合計値を算出
し、便宜上、 6 ∼10時、10∼14時、14∼16時、16
∼20時に分類し、それぞれ朝、昼、夕方、夜と定
義した。
D.データ分析
本研究の対象者は、平成 9 年から平成18年(70
歳から79歳)に身体活動測定を完了していた。88
歳時点でのメンタルヘルスの実態に基づいて対象
者を分割し、身体活動の素指標の比較を行った。
本文中の数値は、平均値±標準偏差にて示した。
SF-36のスコア別の身体活動の比較は、二元配置
分散分析(年齢× SF-36スコア)を行い、交互作
用が得られた場合に、同一年齢にて 2 群間の比較
は対応のない t-test を行った。P < 0.05を有意差あ
りとした。
結 果
n
Men
Women
253
119
134
Height(cm)
153.9±9.2 160.5±5.8 146.4±6.2
Body weight(kg)
50.7±9.3
55.4±9.2
45.3±6.1
BMI(kg/m )
21.3±2.9
21.5±3.1
21.1±2.6
2
BMI; body mass index.
Physical activity at morning (%, 0600-1000)*
時間の時系列データを分析し、 1 時間ごとの活動
All
30
28
26
24
22
20
18
16
MCS Low
14
MCS High
12
10
70
72
74
76
78
80
Age (yr.)
図 1 .高齢女性における88歳時点でのメンタルヘルス
と70歳代の朝の時間帯の身体活動の縦断的変化
Fig.1.Longitudinal changes in physical activity at morning
from 70 to 80 yr. by mental health at 88 yr. in older
women.
MCS; mental component summary score.
*Time spent distribution of physical activity from 0600 to
1000 of total physical activity for 24-hour.
70歳でのコホート開始時点で600名のコホート
のうち、本調査の88歳時点にて253名から回答が
方、時間帯別の身体活動( 6 ∼10時,10∼14時,
得られた。対象者の身体特性を表 1 に示した。回
14∼16時,16∼20時の各時間帯別の身体活動が 1
答が得られなかった理由は、死亡、移動、回答不
日の身体活動に占める割合)に関して、朝( 6 ∼
可(要介護,認知機能低下)などであった。
10時)の身体活動量は、女性では、MCS 群分け
有効回答が得られた253名の健康関連 QOL(SF-
と年齢の交互作用が認められ、MCS スコアの高
36)は、次のとおりであった。身体機能:男性65
い群は、MCS スコアの低い群に比して、78歳か
20(以下同順)、日常役割機能(身
ら80歳までの朝の身体活動の割合が有意に大き
24、女性70
体)
:70
19、68
18、体の痛み:60
18、全体的健康感:68
18、75
20、70
26、活力:65
19、 社 会 生 活 機 能:80
17、PCS:37
22、RCS:42
19、39
16、45
19、62
19、MCS:55
19、75
19、60
19であった。すべて
かった(P = 0.002)。一方、昼(10∼14時)、夕方
(14∼16時)、夜(16∼20時)の身体活動について
は、有意な差は認められなかった。
考 察
の項目で男女間に有意な差は認められなかった。
本研究の目的は、85歳超高齢者のメンタルヘル
対象者をメンタルヘルスの指標の 1 つである
スの確保に必要な70歳代の10年間の日常身体活動
MCS にて、男女それぞれ、スコアの大小によっ
を明らかにすることであった。その結果、女性で
て 2 群に分類した。二元配置分散分析の結果、歩
は88歳時点で精神的 QOL スコアの高い者は、 1
数、強度別活動時間、消費カロリーには、MCS
日のすべての身体活動のうち、午前中に行う身体
群分けと年齢の交互作用は認められなかった。一
活動の割合が高いことを明らかにした。本研究は、
(9)
我々が知る限り、後ろ向き研究において、客観的
あることを鑑みれば、より詳細なデータ分析が望
に評価した身体活動とメンタルヘルスの関連性を
ましい。最後に、本研究で用いた Lifecorder は、1.7
示した初めての知見である。これらの結果は、高
METs 未満の低強度活動の測定感度が低いことが
齢者は、超高齢期のメンタルヘルスの確保に際し
明らかになっている。他の方法により評価された
ては、午前中の身体活動が推奨される可能性を示
身体活動が本結果と異なる可能性を否定できない。
す。
健やかに年齢を重ねるための高齢期の生活習慣
本研究においては、高齢女性において、朝方の
のあり方に着目した本研究の成果は、我が国にお
積極的な身体活動がその後の良好なメンタルヘル
いて今後も一層深刻になると予測される高齢者問
スの確保に有効であることを示した。これまでに
題の解決に役立つと思われる。平均寿命が伸び続
も、早朝の身体活動が心身の健康に有効であるこ
けている我が国において、更なる延伸も期待し、
とは示されている 。朝方の運動は、日照時間の
“人生90年時代”にも耐えうるエビデンスとして、
確保に有効であることから、メンタルヘルスの確
85歳以降を生き生きと過ごすために必要な70歳代
保に関係することが明らかになっている。また、
の生活習慣のあり方を提案した。また、本研究で
我が国においては、ラジオ体操や犬の散歩など、
は、メンタルヘルスを維持するための身体活動の
早朝の運動がコミュニケーションや運動習慣形成
タイミングを明らかにした。これまでの研究では、
に関与することが推測される。これらのことから、
健康づくりのための身体活動の量や強度の基準値
本研究の結果は、高齢者の独特の生活習慣に起因
が明示され、疾病の罹患率や体力などとの関連性
すると考えらえる。ただし、早朝の身体活動と精
が示されている。一方で、身体活動のタイミング
神的 QOL の関連の生理的背景は不明なままであ
(時間帯)は、身体活動の量や質から独立した効
8)
る。先行研究においては、早朝の運動については、
果がある。好ましい運動時間を選択することによ
血液粘性の高まりや血圧上昇の観点から危険性が
り、日照時間の延長、体温上昇、食欲増進、睡眠
指摘され、また、夕刻の運動に伴う体温の上昇が
の質の向上などが期待でき、これらは、メンタル
快眠を導くとの知見もある
ヘルスの保持に貢献できる。
。メンタルヘルス確
2,7)
保のための好ましい身体活動のタイミングについ
ては、引き続きの検討が必要である。
総 括
本研究のストロングポイントは、身体活動を加
本研究は、85歳超高齢者のメンタルヘルスの確
速度計により客観的に評価し、それを70歳から79
保に必要な70歳代の10年間の日常身体活動を明ら
歳まで継続した点である。更に、本研究の対象者
かにするために、88歳時点での健康関連 QOL を
は、すべてが昭和 2 年に生まれ、同一地域に在住
質問紙にて調査し、調査済みであった加速度計よ
していた。したがって、本研究の結果は、特に身
り評価した日常身体活動との関連性を検討した。
体活動の測定精度とコホートに有意性がある。
そ の 結 果、 女 性 に お い て、88 歳 時 点 で 精 神 的
本研究には、いくつかの限界がある。第一に、
QOL スコアの高い者は、 1 日のすべての身体活
本研究は70歳代の身体活動と88歳時点での精神的
動のうち、早朝に行う身体活動の割合が高いこと
QOL の関係を示したが、70歳代の精神的 QOL ス
を明らかにした。これらの結果は、高齢者は、超
コアを測定していない。したがって、本研究にて
高齢期のメンタルヘルスの確保に際しては、午前
群分けした 2 群について、精神的 QOL と身体活
中の身体活動が推奨される可能性を示す。早朝の
動パターンの因果関係を説明するまでには至らな
身体活動のタイミングとメンタルヘルスの関係に
い。第二に、本研究において、身体活動の時間帯
ついては、その因果関係が不明であり、男性での
分析は、Lifecorder の 2 分ごとのデータを用いて
追試験も必要である。
行ったが、このデータは 4 秒ごとのデータの最頻
謝 辞
値を採用しているという難点がある。日常生活の
本研究は、公益財団法人明治安田厚生事業団(若手研
身体活動の多くが断続的で短時間(30秒以内)で
究者のための健康科学研究助成)
の支援によって行われた。
(10)
参 考 文 献
1)Ayabe M, et al.(2008): Pedometer accuracy during stair
climbing and bench stepping exercises. J Sports Sci &
Med, 7, 249-254.
5)Kumahara H, et al.(2004)
: The use of uniaxial accelerometry for the assessment of physical-activity-related energy
expenditure: a validation study against whole-body indirect
calorimetry. Br J Nutr, 91, 235-243.
6)Nelson ME, et al.(2007)
: Physical activity and public
2)Di Blasio A, et al.(2010): Effects of the time of day of
health in older adults: recommendation from the American
walking on dietary behaviour, body composition and aero-
College of Sports Medicine and the American Heart
bic fitness in post-menopausal women. J Sports Med Phys
Association. Med Sci Sports Exerc, 39, 1435-1445.
Fitness, 50, 196-201.
3)Kaminsky LA, et al.(2013): The importance of cardiorespiratory fitness in the United States: the need for a
national registry: a policy statement from the American
Heart Association. Circulation, 127, 652-662.
4)厚生労働省
(2013): 健康づくりのための身体活動基準
2013.
7)Trine MR, et al.(1995)
: Influence of time of day on psychological responses to exercise. A review. Sports Med,
20, 328-337.
8)Veasey RC, et al.(2015)
: The effect of breakfast prior to
morning exercise on cognitive performance, mood and
appetite later in the day in habitually active women.
Nutrients, 7, 5712-5732.
(11)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.11∼16(2016.4)
運動習慣によるストレス反応の緩和
―主観評価と自律神経活動評価による実験的検討―
伊 藤 真利子*
林 明 明**
金 吉 晴*
THE ROLE OF EXERCISE HABITS IN PSYCHOLOGICAL AND
AUTONOMIC NERVOUS RESPONSE TO MENTAL STRESS
Mariko Itoh, Mingming Lin, and Yoshiharu Kim
Key words: exercise, mental stress, autonomic nervous response, quality of life.
素運動訓練群を設けた別の研究では、実験室での
緒 言
ストレス負荷(暗算)への心拍数反応や回復に、
心理社会的ストレスによる精神・身体の不調
運動群と統制群の差は認められなかった1)。この
は、生活の質を低下させ、社会経済的にも無視で
ように、運動習慣がストレス負荷への反応緩和に
きない損害をもたらす。ストレス・マネジメント
つながらないとする研究もある。各研究間で、指
の重要性は社会的にも広く認識されており、その
標、参加者の特徴、ストレス負荷、要求特性、運
具体的方策の 1 つとして身体運動が注目されてい
動訓練の定義などが異なっていることも統一的な
る。身体運動の有用性をより実証的かつ詳細に検
解釈を難しくしており7)、この他にも、ストレス
討できれば、維持費用負担が小さく副作用の危険
負荷が個々の参加者にとってどのように評価され
性が低く効果的なストレス対処法の提案につなが
たか、運動介入の場合には運動訓練がどのように
る。
評価されたか、という心理的側面も結果に混乱を
しかし、メンタルヘルスに運動が有効であるこ
招いていると推測される。よって、要因を体系的
とは経験的には知られているものの、実証的研究
に分類・整理し、焦点を絞って更に知見を蓄積し
において一貫した知見は得られていない。例えば、
ていく必要がある。
大学生の参加者で11週間の有酸素運動訓練を行う
本研究では、健常成人女性において、運動習慣
群を設け、実験室でのストレス負荷(数列逆唱)
が主観的な精神健康評価および自律神経ストレス
を受ける直前、直後、回復期の生理指標測定を行
反応がどのように関連するかについて検討した。
った研究では、どの時点においても統制群に比べ
女性は、ある特定の状況をストレスとみなすかと
て運動訓練群の心拍数が低かったが、群による心
いう認知的評価やその対処において男性とは異な
拍ストレス反応の違いは認められなかった 。ま
るストレス反応過程を辿ると考えられ、実際、心
た、健康な中年成人男女の参加者で 6 か月の有酸
的外傷後ストレス障害の発症率も高いが6)、運動
3)
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 Department of Adult Mental Health, National Institute of Mental Health, National Center of
成人精神保健研究部 Neurology and Psychiatry, Tokyo, Japan.
** 東京大学大学院総合文化研究科
Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
*
(12)
習慣とストレス反応の検討は多くない。本研究で
の杯数合計)、服薬の有無、飲酒習慣、喫煙習慣、
は女性に注目し、自発的な運動習慣を尋ねる相関
最終教育歴、婚姻状況、閉経についても尋ねた。
研究デザインとした。ストレス反応の生理的指標
C.自律神経活動測定の装置と測定手続き
としては簡便で非侵襲的な測定ができ、従来多く
1 .装置
用いられてきた脈拍数、および心臓の自律神経緊
貼付け型ウェアラブル生体モニタ Silmee Bar
張の指標として理解の進んできた脈波間隔変動を
type(WERSL10000,東芝)を用いた。本研究では、
利用した。
脈波(光電式, 1 ch)センサによる脈波間隔デー
タ(サンプリング周波数125 Hz)を分析に用いた。
方 法
装着に先立ち、モニタの貼り付け位置である左側
A.参加者
鎖骨下をアルコール綿で拭き、規則的な波形が確
参加者は、Web サイトや地域情報誌広告等を
認できるように貼り付け位置を微調整し、専用の
通じて募集した、心身ともに健康な成人女性36名
粘着性ゲルパッドまたはサージカルテープを使っ
(平均37.64歳,SD = 13.89)であった。精神的な
てモニタを固定した。Android 端末上で付属の計
疾患の有無については精神科医が簡易構造化面接
測用設定ソフトウェア(WERSL10090)を動作さ
法(Mini-International Neuropsychiatric Interview 日
せて計測を開始し、以下に示す測定を順番に行っ
本語版5.0.0)で確認し、該当する場合には参加者
た。計測中はモニタにデータが蓄積され、計測終
から除外した。本研究は国立精神・神経医療研究
了後に Android 端末へとデータが転送された。
センター倫理委員会の承認を得て行い(承認番
2 .安静条件での測定
号:A2014-060)
、各参加者から書面での参加同意
すべての参加者は個別に検査を受けた。適温の
を得た。
静かな実験室において、実験者同席のもとで測定
B.尺度
を行った。参加者は午前10時頃に来室して質問紙
運動習慣に関しては、Bae et al. を和訳・改変
調査等を受け、実験室に慣れた状態で午後 2 時頃
して使用した。質問は 5 項目であり、 1)過去 1
から10分間(うち連続 5 分間を分析に使用)の測
か月間の仕事以外での定期的な運動習慣の有無
定を受けた。測定中、参加者は机に向かい、背も
(
「はい」または「いいえ」
)
、 2)1 週間の運動頻
たれ付きの椅子に深く腰掛けてなるべく姿勢を変
度(
「なし」を 0 ,「ほとんど毎日」を 4 とする 5
えずに自然なペースでの呼吸を心がけた。机上
段階で得点化)
、3)1 日当たりの運動時間(「なし」
の PC 画面には、呼吸ペースの目安として円の拡
を0,
「60分よりも長い」を 3 とする 4 段階で得
大・収縮アニメーションを表示した。測定直前に
点化)
、 4)毎回の運動強度(
「なし」を 0 ,
「息が
は息の上がる動作はせず、精神的な動揺を招く質
上がる激しい運動」を 3 とする 4 段階で得点化)、
問も行わなかった。
5)運動の継続期間(
「なし」を 0 ,
「 1 年よりも
3 .認知的負荷条件での測定
長い」を 4 とする 5 段階で得点化)についてであ
本研究では、ワーキングメモリ検査として広く
った。
用いられている 2 back 課題4)(画面上に 1 つずつ
精神健康に関する主観的評価としては、 1)状
表示される数字について, 2 つ前に見た数字と同
態・ 特 性 不 安(State-Trait Anxiety Inventory-Form
じかどうかを判断する)を広義の認知的負荷とみ
JYZ ; STAI)
、 2)抑うつ(Beck Depression Inventory
なして使用した(所要時間は約 3 ∼ 5 分,うち 2
Second Edition; BDI-II)
、 3)精神疾患(K6/K10)、
分30秒間を分析に使用)。参加者は練習試行で課
4)生活の質(WHO Quality of Life 26; QOL26)、
題を十分に理解した後、安静条件と同様に PC に
5)睡眠の問題(Athens Insomnia Scale; AIS)に関
向かった姿勢で、手元に設置された反応用のキー
する尺度を用いた。
を押して課題に取り組んだ。
その他、年齢、BMI(body mass index)、カフェ
4 .測定データの解析
イン摂取量(コーヒー,緑茶,紅茶の 1 日当たり
分析対象とする脈波間隔データを心拍変動解析
2)
(13)
ソフト Kubios HRV9) に読み込み、測定エラー値
結 果
に対するアーティファクト補正(Level: medium)
をした後で解析を行った。本研究では、 2 back
A.参加者の特徴
課題中に体動等によると思われる測定エラー値が
過去 1 か月間で運動習慣をもつ者は16名、もた
多く観測されたため、エラー値の補正による影響
ない者は20名であった(表 1 )。群間で生活習慣
を比較的受けにくいと考えられる脈拍数、および
や基本属性に違いがあるかを検討したところ、月
副交感神経を反映する RMSSD(root mean square
経に関してのみ運動習慣の有無による分布に違い
of subsequent differences)のみを分析に用いた。
2
が認められ(χ(5)
= 11.33, P < 0.05)、運動なし
D.統計的分析
群では閉経後の人数が少なく(1 / 20名)、運動あ
まず、参加者を運動習慣のある者とない者に分
り群では閉経後の人数が多かった(5 / 16名)。そ
け、群間で生活習慣や基本属性に違いがあるか否
のため、閉経の前後という要因が運動習慣の影響
かを対応のない t 検定、またはχ 検定で調べた。
に交絡する可能性があったが、運動なし群では閉
次に、運動習慣の有無が精神健康に関する主観的
経後の参加者は 1 名のみであったために閉経を要
評価に違いをもたらすかを明らかにするため、対
因とした分散分析は難しいと考え、計画どおりの
応のない t 検定で群間を比較し、それらの得点や
分析を行った。
2
指標が運動の水準(頻度,時間,強度,継続期間)
B.精神健康に関する主観的評価
と関連を示すかを明らかにするため Spearman の
主観的評価の平均値はいずれも、運動あり群の
相関係数を算出した。加えて、運動習慣が自律神
ほうがなし群に比べて健康上好ましい値であった
経活動評価でのストレス反応に違いをもたらすか
(表 2 上段)。t 検定の結果、生活の質に関して有
を明らかにするため、運動習慣の有無を参加者間
意差が認められ(t(34)= 2.52, P < 0.05)、なかで
要因、自律神経活動の測定条件を参加者内要因と
も社会的領域の生活の質に関する差が有意傾向で
する 2 要因混合分散分析を行った。統計処理には
あった(t(34)= 2.03, P = 0.05)。また、睡眠の問
統計解析ソフト IBM SPSS Statistics version23を用
題は運動あり群において低く評定された(t(34)=
い、統計的有意水準は 5 %とした。
2.15, P = 0.05)。
次に、運動の水準(頻度,時間,強度,継続期
間)との有意な相関がいくつか認められた(表 3
表 1 .参加者の特徴
Table 1.Characteristics of participants.
No-Exercise
(n = 20)
Exercise
(n = 16)
Age, years
(SD)
34.80
(13.81)
41.19
(13.58)
BMI, kg/m(SD)
20.43(2.11)
21.82(3.80)
3.88(4.89)
2.91(1.76)
No-medications, (
n %)
16
(80.00)
(56.25)
9
No-drinking habit, (
n %)
16
(80.00)
(43.75)
7
No-smoking habit, (
n %)
18
(90.00)
13
(81.25)
1(5.00)
(25.00)
4
Variable
2
Caffeine, cups/day
(SD)
Education, (
n %)
High school/2-yr college
4-yr university or technical college
14
(70.00)
11
(68.75)
Postgraduate school
(25.00)
5
1(6.25)
Married, (
n %)
(40.00)
8
(56.25)
9
Postmenopausal, n(%)
1(5.00)
(31.25)
5
SD; standard deviations, BMI; body mass index.
(14)
表 2 .運動習慣別の精神健康に関する主観的評価・自律神経指標の平均
(標準偏差)
Table 2.Means(standard deviations)
of subjective ratings on mental health and cardiac indices
between exercise and no-exercise group.
No-Exercise
(n = 20)
Exercise
(n = 16)
t-value
STAI-S
41.00(9.07)
36.75(7.54)
1.50
Subjective ratings
STAI-T
44.05(9.57)
38.94(8.33)
1.69
BDI-II
8.40(4.79)
6.94(5.00)
0.89
K6
3.90(3.19)
2.13(2.60)
1.80†
K10
6.35(4.84)
3.38(3.84)
2.00†
QOL26
3.08(0.61)
3.53(0.43)
2.52*
AIS
4.75(3.01)
2.81(2.23)
2.15*
pulse rate
76.69(6.37)
76.20(7.26)
RMSSD
88.29
(18.04)
95.96
(20.46)
pulse rate
79.00(6.66)
78.51(8.08)
RMSSD
94.02
(15.93)
98.08
(18.47)
Cardiac indices
Resting
Cognitive load
†
*P < 0.05 ; P < 0.10
STAI-S; State-Trait Anxiety Inventory-Form JYZ, State, STAI-T; State-Trait Anxiety InventoryForm JYZ, Trait, BDI-II; Beck Depression Inventory-Second Edition, QOL26; WHO Quality of
Life 26, AIS; Athens Insomnia Scale, RMSSD; root mean square of subsequent differences.
表 3 .運動あり群における運動習慣の頻度、時間、強度、継続期間の水準と他の指標と
の相関(Spearman の ρ)
Table 3. Correlation coefficients(Spearman s ρ)between levels of exercise habit(frequency,
time, intensity, and duration)
and scores on other measures in the exercise group.
Exercise habits
Frequency
Time
Intensity
Duration
STAI-S
­0.14
­0.12
­0.13
­0.03
STAI-T
­0.25
­0.30
­0.30
­0.19
BDI-II
­0.05
­0.15
­0.20
­0.07
K6
­0.35*
­0.42*
­0.44**
­0.31
K10
­0.37*
­0.42*
­0.42*
­0.33*
Subjective ratings
QOL26
0.35*
AIS
0.38*
0.35*
0.32
­0.32
­0.29
­0.30
­0.33*
­0.11
­0.04
­0.12
­0.09
RMSSD
0.20
0.14
0.19
0.18
pulse rate
0.01
0.10
0.00
0.02
RMSSD
0.06
0.05
0.09
0.09
Cardiac indices
Resting
Cognitive load
pulse rate
**P < 0.01, *P < 0.05.
STAI-S; State-Trait Anxiety Inventory-Form JYZ, State, STAI-T; State-Trait Anxiety InventoryForm JYZ, Trait, BDI-II; Beck Depression Inventory-Second Edition, QOL26; WHO Quality of
Life 26, AIS; Athens Insomnia Scale, RMSSD; root mean square of subsequent differences.
(15)
上段)
。精神疾患に関しては、週間の運動頻度が
動量(代謝量)の低さと抑うつ症状増大の関連が
高いほど、 1 日当たりの運動時間が長いほど、運
示されたが、本研究では新たに、運動習慣を長期
動強度が高いほど、運動習慣の継続期間が長いほ
間継続するほど精神面の問題が少ない可能性が示
ど、低い値であった。また、生活の質は、週間の
唆された。これは既に運動習慣のある人の動機づ
運動頻度が高いほど、 1 日当たりの運動時間が長
けを高める意味でも興味深い。この結果が男性や
いほど、運動強度が高いほど、高い値であった。
異文化集団にも一般化されるか、また、運動習慣
更に、睡眠の問題は運動習慣の継続期間が長いほ
の維持にかかわる心理特性や長期的な生理変化と
ど低かった。
精神保健の関連についても検討が望まれる。
C.自律神経ストレス反応
自律神経ストレス反応については、女性を対象
2 back 課題の正答率は M = 0.85(SD = 0.11)で
とした本研究では運動習慣の効果は認められず、
あり、運動習慣による差は認められなかった。内
運動介入を行った先行研究 1,3) に一致する結果で
省報告ではほぼ全員の参加者がこの課題を難しい
あった。ただし、本研究の運動あり群には、なし
と回答し、安静時よりも負荷時における脈拍数が
群に比べて閉経後の女性が多く含まれていたこと
有 意 に 高 か っ た こ と か ら(F
(1 , 29)= 5.59, P <
から、閉経に特有の要因が運動の効果を覆い隠し
0.05)
、負荷状態であったと確認された。
た可能性も否定できない。本研究では、閉経と運
しかし、運動習慣(有,無)×測定条件(安静,
動習慣を要因とした検討を行うにはサンプル数が
負荷)の 2 要因混合分散分析の結果、RMSSD(F
不十分であった(なお,年齢が上がるほど閉経女
(1 , 32)= 1.16)と脈拍数(F
(1 , 29)= 0.04)のい
性が多いため,年齢,およびその他変数〔BMI,
ずれにおいても運動習慣の効果は認められず(表
睡眠満足度〕を制御して運動の程度〔頻度等〕と
2 下段)
、運動の水準(頻度,時間,強度,継続
心拍数上昇の偏相関係数を求めたが,有意な相関
期間)との関連はいずれも有意ではなかった(表
は認められなかった)。閉経後の女性では閉経前
3 下段)
。
の女性に比べて心的ストレス負荷時の大きな昇圧
考 察
反応が見いだされているが5)、その一方で、多種
類のストレス負荷に対する心拍数反応を調べた研
精神健康に関する主観的評価について、第一に、
究では、若年女性よりもむしろ閉経女性において
運動あり群ではなし群に比べて睡眠の問題が少な
反応は小さく、閉経女性において運動はストレス
かった。運動習慣をもつ者は日中の活動性が高く、
反応に影響しなかったとする報告 10) もある。閉
夜間の睡眠に問題を抱えにくいと考えられる。運
経と運動がストレス反応に及ぼす影響については
動習慣の継続期間は睡眠の問題と負の相関があっ
研究が少なく、今後は個人特性(性格特性や体質
たことから、運動習慣を続けるほど覚醒・睡眠リ
など)も考慮した検討が必要である。
ズムが安定し、好ましい睡眠習慣につながる可能
本研究の限界の 1 つとして、相関研究であった
性がある。第二に、運動あり群では生活の質(な
ことから運動習慣と指標の因果関係については明
かでも社会的生活)を高く評価した。仕事以外に
らかではない。運動習慣が精神健康や生活の質を
運動時間を設けていることが社会生活の充実感に
高めるのか、精神健康や生活の質が高い者ほど運
関連することが示された。運動の頻度、時間、強
動習慣をもつのか、相互関係が存在するのかにつ
度が生活の質と正の相関を示し、運動習慣をもつ
いては更なる検討が待たれる。
だけではなく体力が上がる傾向であるほど生活の
質が高く評価された。第三に、運動の頻度、時間、
総 括
強度、継続期間は精神疾患の問題と負の相関を示
健康な女性において、運動習慣と生活の質、睡
し、体力が上がりそれが維持される傾向であるほ
眠、精神健康の主観評価との関連が確認され、更
ど、精神保健上好ましいことが示された。類似の
に、運動習慣の継続期間が長いほど精神保健上の
研究 では、若年男女において自己報告された運
問題が少ない可能性が新たに示唆された。ストレ
8)
(16)
ス負荷への自律神経反応では運動習慣による差は
ing psychological stress. J Psychosom Res, 32, 469-474.
認められず、今後は閉経や個人特性を考慮した検
4)Jansma JM, et al.(2000)
: Specific versus nonspecific brain
討が必要であると考えられた。
謝 辞
本研究課題を進めるにあたり、多大なる研究助成を公
益財団法人明治安田厚生事業団から賜りました。ここに
深く感謝申し上げます。また、研究に参加していただい
た方々に心より御礼を申し上げます。
参 考 文 献
activity in a parametric N-back task. Neuroimage, 12, 688697.
5)Morimoto K, et al.(2008)
: Mental stress induces sustained
elevation of blood pressure and lipid peroxidation in postmenopausal women. Life Sci, 82, 99-107.
6)Olff M, et al.
(2007)
: Gender differences in posttraumatic
stress disorder. Psychol Bull, 133, 183-204.
7)Plante TG, et al.(1990): Physical fitness and enhanced
psychological health. Curr Psychol, 9, 3-24.
1)Albright CL, et al.(1992): Effect of a six-month aerobic
8)Suija K, et al.(2013): The association between physical
exercise training program on cardiovascular responsivity
fitness and depressive symptoms among young adults:
in healthy middle-aged adults. J Psychosom Res, 36, 25-
results of the Northern Finland 1966 birth cohort study.
36.
BMC Public Health, 13, 535.
2)Bae JC, et al.(2012): Regular exercise is associated with a
9)Tarvainen MP, et al.
(2014)
: Kubios HRV - heart rate vari-
reduction in the risk of NAFLD and decreased liver
ability analysis software. Comput Methods Programs
enzymes in individuals with NAFLD independent of obesity
in Korean adults. PLoS One, 7, e46819.
3)Holmes DS, et al.(1988): Effects of aerobic exercise training and relaxation training on cardiovascular activity dur-
Biomed, 113, 210-220.
10)Traustadóttir T, et al.(2005): The HPA axis response to
stress in women: effects of aging and fitness. Psychoneuroendocrinology, 30, 392-402.
(17)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.17∼22(2016.4)
抑うつ症状の発症予防にかかわる運動要因の解明に関する
職域コホート研究
桑 原 恵 介*,** 本 多 融***
山 本 修一郎*** 林 剛 司***
中 川 徹***
溝 上 哲 也**
PHYSICAL ACTIVITY AND RISK OF DEPRESSIVE SYMPTOMS
IN A JAPANESE WORKING POPULATION
Keisuke Kuwahara, Toru Honda, Tohru Nakagawa, Shuichiro Yamamoto,
Takeshi Hayashi, and Tetsuya Mizoue
Key words: physical activity, depressive symptoms, prevention, cohort study, Japanese.
緒 言
方 法
余暇の身体活動は、うつ病発症リスクの低下と
A.研究デザインおよび対象者
関連することが主に欧米のコホート研究を対象と
本 研 究 は Japan Epidemiology Collaboration on
したメタ分析によって報告されている 。しかし
Occupational Health(J-ECOH)Study の参加施設の
ながら、余暇の身体活動とうつ病発症との量−反
うち、定期健康診断時に余暇、仕事、および通勤
応関係についてはよくわかっていない。また、余
時の身体活動を把握している 1 社を対象とした。
暇以外の領域である仕事や通勤時の身体活動とう
本研究は国立国際医療研究センター倫理委員会の
つ病との関係についてはいくつかの断面研究があ
承 認 を 得 て 実 施 し た(承 認 番 号:MCGM-G-
るものの、縦断的に検証した研究はほとんどな
001140-6)。対象者は2006年度(ベースライン)
い 。そこで、本研究では、日本人労働者を対象に、
に健診を受診した、20∼64歳の労働者50246名(う
定期健康診断データを用いて、余暇運動、仕事中、
ち女性9207名)である。追跡は最長で2014年 3 月
および通勤時の身体活動と抑うつ症状発症との関
まで行った。このうち、ベースライン時に精神疾
連について検討を行った結果について、Interna-
患や抑うつ症状、循環器疾患、がんに罹っていた
tional Journal of Behavioral Nutrition and Physical
者、身体活動や交絡要因に関する必要な情報が欠
Activity に発表した内容 に基づき報告する。
損していた者、ベースライン調査後に抑うつ症状
6)
3)
5)
に関する情報が 1 度も得られなかった者を除外し
た、20∼64歳の29082名(うち女性4406名)を解
析対象とした。
*
**
***
帝京大学大学院公衆衛生学研究科
国立国際医療研究センター臨床研究センター
疫学予防研究部
株式会社日立製作所日立健康管理センタ
Teikyo University Graduate School of Public Health, Tokyo, Japan.
Department of Epidemiology and Prevention, Center for Clinical Sciences, National Center for Global
Health and Medicine, Tokyo, Japan.
Hitachi Health Care Center, Hitachi, Ltd., Ibaraki, Japan.
(18)
B.身体活動の評価
平 均 4.7 年 の 追 跡 期 間(135747 人 年) 中 に、
身体活動として、余暇運動、仕事および通勤時
6177名が新規に抑うつ症状を発症した。週当たり
の身体活動を自己申告によって評価した。余暇運
の余暇運動量が多いほど、徐々に抑うつ症状発症
動は、余暇での運動の実施の有無について尋ね、
リスクは低下し、週16.5∼ < 25.5メッツ時の余暇
更に運動を実施している者については、20の活動
運動量で最もリスクは低くなったが、25.5メッツ
項目(ジョギングなど)から最大 3 項目まで実施
時以上ではリスクは上昇する方向に転じた(表
している項目を選択し、その実施時間(分 / 回)
2 )。仕事中の身体活動などを調整後のハザード
と頻度(回/ 月)を回答した。該当する項目がな
比(95%信頼区間)は、 0 メッツ時、> 0 ∼ < 3.75
い場合は、同程度の強度の種目を選択するよう教
メッツ時、3.75∼ < 7.5メッツ時、7.5∼ < 16.5メ
示した。運動種目、実施時間、および実施頻度か
ッツ時、16.5∼ < 25.5メッツ時、25.5メッツ時以
ら週当たり運動量を計算し、世界保健機関などで
上では、それぞれ、1.00(参照カテゴリ)、0.90
推奨されている身体活動量に基づき、対象者を以
(0.82-0.98)、0.84(0.77-0.92)、0.82(0.76-0.89)、
下の運動量ごとに分類した。 0 メッツ時(運動実
0.72(0.63-0.83)、0.80(0.70-0.91)であった(モ
施なし)
、> 0 ∼ < 7.5メッツ時、7.5∼ < 16.5メッ
デル 2 ,傾向性 P 値 < 0.001)。ベースライン時点
ツ時、16.5∼ < 25.5メッツ時、≥ 25.5メッツ時。
での抑うつ得点を調整すると、関連は弱まったも
仕事中の身体活動は、主な作業形態に関する 1 問
のの、負の関連は統計学的に有意であった(傾向
(選択肢:座位,立位,歩行,かなり動く作業)
性 P 値 = 0.031)。追跡期間が 2 年未満であった
で評価している。通勤活動として往復の通勤徒歩
4966名(うち抑うつ症状発症者は3069名)を除外
時間(分)を評価し、< 20分、20∼ < 40分、≥ 40
後も、ハザード比は大きく変わらなかったが、関
分の 3 群に対象者を分類した。
連は統計学的に有意ではなくなった(傾向性 P
C.抑うつ症状発症の確認
抑うつ症状の有無は、抑うつにかかわる自覚症
値 = 0.078)。
図 1 に余暇運動量と抑うつ症状発症リスクの量
状についての13問の質問項目から算出したうつ病
得点について、上位25%(26点以上)であれば、
1.4
抑うつありと判定した。
1.2
抑うつ症状発症のハザード比(95%信頼区間)
は Cox 比例ハザードモデルを用いて計算した。
余暇運動量と抑うつとの量−反応関係を示すため
に、三次スプライン補間を用いた。統計解析には
Stata 13.1(Stata Corp, College Station, Texas)を用
いた。両側 P 値が0.05未満であれば、統計学的に
有意であるとみなした。
結 果
表 1 にベースライン時点での余暇運動量別の対
象者の属性を示した。余暇運動量が多いほど、抑
うつ得点が低く、body mass index(BMI)は高い傾
向を認めた。また、男性や非喫煙者、未婚者、職
位が高い人や往復通勤徒歩時間が20分未満の人の
割合が高く、一方、残業時間が月45時間以上の人
や交替勤務従事者の割合は低くなる傾向を認めた。
Hazard ratios
D.統計解析
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0
10
20
30
40
50
MET-hours per week
図 1 .余暇運動量と抑うつ症状発症リスクの量−反応
関係
Fig.1.Dose-response relationship between leisure-time
exercise and risk of depressive symptoms.
Knots were placed at 7.5, 16.5, and 25.5 MET-hours per
week. The reference value is 0 MET hours per week of
leisure-time exercise. The solid line shows hazard ratios for
depressive symptoms and the dashed line shows the 95%
confidence intervals. Data are adjusted for age, sex, body
mass index, smoking, alcohol consumption, shift work,
overtime work, job position, marital status, occupational
physical activity, commuting physical activity, and depression score at baseline. The figure was cited from Kuwahara
et al., 20155).
18.4 ± 3.7
7666(43.3)
1517(8.6)
12728(71.9)
2970(16.8)
3394(19.2)
Smoking
Drinking alcohol of ≥ 2 go/day
Married
High job position
Shift work
9487(53.6)
Sedentary work
< 20 min of walk to and from work
843(30.6)
1613(58.6)
1554(56.4)
1400(53.3)
1599(60.9)
827(31.5)
439(16.7)
469(17.9)
1843(70.2)
191(7.3)
1040(39.6)
18.2 ± 3.7
23.5 ± 3.3
42.1 ± 10.9
2321(88.4)
2627
3.25 - < 7.5
1876(54.8)
2174(63.5)
1094(32.0)
567(16.6)
727(21.2)
2429(71.0)
271(7.9)
1345(39.3)
18.1 ± 3.7
23.6 ± 3.1
42.7 ± 11.1
3049(89.1)
3422
7.5 - < 16.5
733(57.1)
815(63.5)
365(28.4)
189(14.7)
307(23.9)
941(73.3)
120(9.3)
469(36.5)
17.9 ± 3.6
23.5 ± 3.1
43.5 ± 11.0
1168(91.0)
1284
16.5 - < 25.5
a
Data are shown as mean ± standard deviation for continuous variables, and number(%)for categorical variables. BMI; body mass index.
P values for trend were calculated using linear regression for continuous variables and logistic regression for categorical variables.
5736(32.4)
10284(58.1)
Overtime work of ≥ 45 hours/month
612(22.2)
397(14.4)
1882(68.4)
188(6.8)
1170(42.5)
23.3 ± 3.4
23.3 ± 3.4
18.9 ± 3.7
2
Depression score
40.7 ±10.6
43.1 ± 10.2
Age(year)
BMI(kg/m )
2355(85.5)
14608(82.5)
Men
2753
17704
> 0 - < 3.25
No. of participants
0
Weekly dose of leisure-time exercise(MET-hours)
表 1 .ベースラインにおける余暇運動量ごとの対象者の属性
Table 1.Baseline characteristics of participants according to leisure-time exercise.
730(56.5)
699(54.1)
337(26.1)
232(18.0)
181(14.0)
871(67.4)
106(8.2)
483(37.4)
17.6 ± 3.8
23.3 ± 3.0
42.4 ± 12.2
1175(90.9)
1292
≥ 25.5
0.011
0.20
< 0.001
< 0.001
0.005
0.02
0.91
< 0.001
< 0.001
0.002
0.28
< 0.001
Trend-P
a
(19)
0.72(0.63 - 0.83)
0.79(0.69 - 0.90)
16.5 - < 25.5(n = 1284)
0.86(0.81 - 0.92)
0.90(0.82 - 0.99)
Standing or walking(n = 9579)
Physically fairly active(n = 2378)
1.02(0.96 - 1.08)
0.97(0.90 - 1.05)
20 - < 40(n = 9180)
≥ 40(n = 4063)
0.74
0.95(0.88 - 1.03)
1.01(0.95 - 1.07)
1.00
0.91(0.82 - 1.00)
0.86(0.81 - 0.92)
1.00
0.82(0.76 - 0.89)
0.84(0.77 - 0.92)
0.38
< 0.001
< 0.001
Trend- P
a
Data are shown as hazard ratios(95% confidence intervals)
.
Adjusted for age, sex, body mass index, smoking, alcohol consumption, shift work, overtime work, job position, and marital status.
b
Further adjusted for mutual relations for physical activity.
c
Additionally adjusted for depression score at baseline.
1.00
0 - < 20(n = 15839)
Walking to and from work, min
1.00
Sedentary(n = 17125)
Occupational physical activity
< 0.001
0.80(0.70 - 0.91)
0.82(0.76 - 0.90)
7.5 - < 16.5(n = 3422)
≥ 25.5(n = 1292)
0.72(0.63 - 0.83)
0.84(0.77 - 0.92)
3.75 - < 7.5(n = 2627)
0.90(0.82 - 0.98)
0.89(0.82 - 0.97)
1.00
1.00
b
Model 2
> 0 - < 3.75(n = 2753)
< 0.001
Trend-P
0(n = 17704)
Leisure-time exercise, MET-hrs/week
Model 1
a
表 2 .身体活動の領域別にみた抑うつ症状発症リスク
Table 2.Association of domain of physical activity with risk of depressive symptoms.
1.03(0.95 - 1.11)
1.01(0.95 - 1.07)
1.00
1.01(0.91 - 1.12)
0.98(0.92 - 1.04)
1.00
0.95(0.83 - 1.08)
0.85(0.74 - 0.98)
0.92(0.84 - 0.99)
0.90(0.82 - 0.98)
0.97(0.89 - 1.05)
1.00
c
Model 3
0.54
0.81
0.031
Trend- P
(20)
(21)
−反応関係について、スプライン補間を行って推
すると2)、これらの結果は、余暇の身体活動を促
定した図を示した。余暇運動量は抑うつ症状発症
進することで、うつ病の予防に寄与できる可能性
リスクとは U 字型の関連を示し、週当たり16.5
を示している。
メッツ時付近で最もリスクは低く、約15%のリス
本研究では、主に座って仕事を行う労働者は、
ク低下を示した。
そうでない者と比べて、抑うつ症状発症リスクが
仕事中の身体活動では、BMI 等を調整後も、
高かったが、ベースライン時の抑うつ状態を調整
座位群と比べて、立位・歩行作業群では14%、活
するとこの関連はなくなった。この結果から、
動的な作業群において 9 %の抑うつ症状発症リス
座って行う仕事は、ベースライン時の抑うつ状態
クの低下を認めた(表 2 )。しかし、ベースライ
とは独立して抑うつ症状発症リスクを高めないこ
ン時の抑うつ得点を調整するとこの関連はなく
とが示唆される。これまで、仕事中の身体活動と
なった。通勤徒歩時間は、いずれのモデルにおい
抑うつ症状との関係について検証を行った研究は
ても、抑うつ症状発症リスクとの明確な関連を示
少なく、また、縦断研究は 1 件もなかった。過去
さなかった(表 2 )
。
の断面研究では対象者の属性や身体活動、抑うつ
症状の測定方法や結果も異なるため8)、これまで
考 察
の研究結果から仕事中の身体活動と抑うつとの関
日本の労働者を対象とした本研究では、余暇運
係について結論づけることは困難である。した
動量と抑うつ症状発症リスクとの間に U 字型の
がって、仕事中の身体活動とうつ病との関係につ
関連を認めた。主に座って仕事を行う者は、身体
いては、更なるコホート研究による検証が必要で
的に活動的な仕事を行う者と比べて、抑うつ症状
あると考えられる。
発症リスクは高かったものの、ベースライン時の
今回の検討では、通勤徒歩時間は抑うつ症状発
うつ状態を調整するとこの関連はなくなった。本
症リスクとは明確な関連を認めなかった。この結
研究は、アジアにおいて身体活動と抑うつ症状発
果は日本の先行研究とも一致している3)。研究数
症リスクとの関連について検討を行った数少ない
は少ないものの、これらの研究結果からは、通勤
コホート研究の 1 つであり、仕事中の身体活動と
時に歩くことは抑うつ症状の発症と関連しないこ
抑うつ症状発症との関係について検証を行った世
とが示唆される。
界で初めての研究である。
本研究の強みは、多数の労働者を対象として、
今回、余暇運動量は抑うつ症状発症リスクと U
定期健康診断データを用いて縦断的に対象者を追
字型の関連を示したが(図 1 )、週当たり25.5メッ
跡している点である。一方、本研究の弱みとして、
ツ時を超えるような多量の運動を行う人は人数が
第一に、抑うつ症状に関する質問票は臨床診断に
少なく、リスクの信頼区間は広くなったため、多
基づくうつ病によって妥当性が検証されていない
量の余暇運動に関する今回の結果については、慎
点が挙げられる。しかしながら、本研究で用いた
重 に 解 釈 す る 必 要 が あ る。 し か し な が ら、 約
調査票によって計算した抑うつ得点は Self-rating
35000名の女性を対象とした米国のコホート研究
depression scale(SDS)の得点と高い相関がある
では、高強度の運動は抑うつ症状発症リスクと U
ことが報告されている10)。第二に、本研究で用い
字型の関連を示したことが報告されており、週 3
た身体活動調査票は妥当性が検証されていない点
∼ 4 時間の高強度運動で最もリスクが低く、約
が限界として挙げられる。しかしながら、本研究
18%のリスク低下を示した 。一方、約7000名の
の調査票は、妥当性と再現性が担保されている身
女性を対象としたオーストラリアからの報告で
体活動調査票と類似している4,7)。第三に、食事な
は、中程度の身体活動量まで抑うつ症状発症リス
どの測定していない要因による交絡や、残差交絡
クは低下し、それ以上の量になると抑うつ症状発
が結果に影響している可能性は否定できない。最
症リスクは一定になることが示されている 。一
後に、本研究の対象者は大企業の従業員であり、
般的に余暇に運動を行わない者が多いことを考慮
その大部分は男性であったため、労働者以外の集
9)
1)
(22)
団や中小企業の労働者、女性に対する結果の一般
化は慎重に行うべきである。
総 括
余暇運動量は抑うつ症状発症リスクと U 字型
physical activity, and depressive symptoms in young
women. Obesity, 17, 66-71.
2)Dumith SC, et al.
(2011): Worldwide prevalence of physical inactivity and its association with human development
index in 76 countries. Prev Med, 53, 24-28.
3)甲斐裕子ら
(2011): 余暇身体活動および通勤時の歩行
の関連を示すことが示唆された。主に座って仕事
が勤労者の抑うつに及ぼす影響.体力研究,109, 1-8.
をする労働者は、ベースライン時の抑うつ得点が
4)Kurtze N, et al.(2007): Reliability and validity of self-
高く、抑うつ発症リスクが高かったことから、抑
うつ予防のためには、身体活動の増進を含む職場
介入が必要かもしれない。通勤徒歩時間は抑うつ
との関連を示さなかった。本研究では、自己申告
に基づく抑うつ症状を評価したが、今後の課題と
して、うつ病を含む精神疾患による長期疾病休業
と身体活動との関連について検討していきたい。
謝 辞
本研究への助成を賜りました公益財団法人明治安田厚
生事業団に深謝いたします。職域多施設研究の実施にあ
たり、大久保利晃会長(一般財団法人労働衛生会館)、山
reported physical activity in the Nord-Trondelag Health
Study
(HUNT 2). Eur J Epidemiol, 22, 379-387.
5)Kuwahara K, et al.(2015): Associations of leisure-time,
occupational, and commuting physical activity with risk of
depressive symptoms among Japanese workers: a cohort
study. Int J Behav Nutr Phys Act, 12, 119.
6)Mammen G, et al.(2013)
: Physical activity and the prevention of depression: a systematic review of prospective
studies. Am J Prev Med, 45, 649-657.
7)Matthews CE, et al.(2003)
: Reproducibility and validity
of the Shanghai Women s Health Study physical activity
questionnaire. Am J Epidemiol, 158, 1114-1122.
8)McKercher CM, et al.(2009): Physical activity and
depression in young adults. Am J Prev Med, 36, 161-164.
本雅裕理事長(一般財団法人労働衛生会館)、今川隆志所
9)Wise LA, et al.(2006): Leisure time physical activity in
長(産業医科大学東京事務所)から多大なるご支援をい
relation to depressive symptoms in the Black Women s
ただいており、心より感謝申し上げます。
参 考 文 献
1)Ball K, et al.(2009): A prospective study of overweight,
Health Study. Ann Behav Med, 32, 68-76.
10)Yakura N
(2009)
: Verification of the validity of depressive
symptom scale based on the existing health questionnaire.
Asia Pac J Dis Manag, 3, 21-26.
(23)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.23∼29(2016.4)
認知機能低下高齢者に対する 3 年間の長期運動介入が
有酸素能力、認知機能および脳容積に及ぼす効果
古 瀬 裕次郎*
池 永 昌 弘**
山 田 陽 介***
森 村 和 浩**
武 田 典 子**** 合 馬 慎 二*****
坪 井 義 夫*****山 田 達 夫*****松 田 博 史******
清 永 明**
桧 垣 靖 樹**
田 中 宏 暁**
EFFECTS OF 3 -YEARS EXERCISE INTERVENTION ON AEROBIC FITNESS,
COGNITIVE FUNCTION, AND BRAIN VOLUME IN COMMUNITYDWELLING OLDER ADULTS WITH COGNITIVE IMPAIRMENT
Yujiro Kose, Masahiro Ikenaga, Yosuke Yamada, Kazuhiro Morimura, Noriko Takeda,
Shinji Ouma, Yoshio Tsuboi, Tatsuo Yamada, Hiroshi Matsuda,
Akira Kiyonaga, Yasuki Higaki, and Hiroaki Tanaka
Key words: aerobic exercise, aerobic fitness, brain volume, cognitive function, cognitive impairment.
緒 言
知症高齢者数は現在の約1.5倍である約700万人に
達すると予測されている。現時点においては、認
我が国は世界でも有数の長寿国であり、我が国
知症の根本的な治療方法が明らかにされていない
の65歳以上の高齢者は3384万人、総人口の26.7%
ことから、認知症治療方法の確立のみならず、発
に上ると報告されている(2015年 9 月20日時点)。
症予防法を確立することが喫緊の課題である。認
しかしながら、平均寿命の延伸による高齢化に
知症のなかでもアルツハイマー型認知症は、記憶
伴って、要介護や疾病に伴った社会保障費の高騰
を司る脳の領域である海馬周辺領域が萎縮し、更
が社会問題の 1 つとなっている。介護が必要と
にその予備軍である MCI においても海馬周辺領
なった原因疾患のうち高い割合を示す認知症にお
域の萎縮が観察されることが報告8)されている。
いては、厚生労働省によると65歳以上の有病者が
MCI は認知症ではなく社会的に通常の生活を送
約462万人、その予備軍である軽度認知障害(mild
れる状態にあるが、将来の認知症発症率は年間約
cognitive impairment; MCI)は約400万人と推計さ
12%、 5 年間で約50%と認知機能障害のない者と
れている(2013年 6 月 1 日時点)
。2025年には認
比べ極めて高いこと7)が知られている。したがっ
*
**
***
****
*****
******
福岡大学大学院スポーツ健康科学研究科
Graduate School of Sports and Health Science, Fukuoka University, Fukuoka, Japan.
福岡大学スポーツ科学部
Faculty of Sports and Health Science, Fukuoka University, Fukuoka, Japan.
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
National Institutes of Biomedical Innovation, Health and Nutrition, Tokyo, Japan.
工学院大学教育推進機構基礎・教養教育部門
Division of Liberal Arts, Kogakuin Univesity, Tokyo, Japan.
福岡大学医学部神経内科学
Department of Neurology, Faculty of Medicine, Fukuoka University, Fukuoka, Japan.
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター National Center of Neurology and Psychiatry, Tokyo, Japan.
(24)
て、MCI を有する高齢者に対して積極的な認知
その73名に専門医の診断を促したところ、47名が
症予防策を講じることが介護予防におけるハイリ
福岡大学病院神経内科を受診した。医師による診
スクアプローチとして重要である。2009年に有酸
断の結果、認知症や精神疾患高齢者を除外し、
素能力が、記憶能力および海馬容積と正相関する
MCI 26名および認知機能低下者10名の高齢者に
ことが報告 された。更に、同研究グループでは、
有酸素運動介入プログラムの参加を呼び掛けた。
地域高齢者に 1 年間の有酸素運動による介入を行
参加意思を示した20名に頭部 MRI および自転車
い、海馬容積が増加することを報告 した。この
エルゴメータを用いた運動負荷試験を実施した
介入研究においては、海馬容積の増加率と有酸素
が、 介 入 参 加 前 に 2 名 が 脱 落 し た た め 18 名
能力の増加率との間に正の相関関係が認められ、
(MCI 12名,認知機能低下者 6 名)で介入を開始
有酸素能力の向上が海馬容積増加へ寄与すること
した。24週間の RCT(randomized controlled traial)
が示唆される結果であった。これらのことから、
を経た後 3 年間の有酸素運動介入を行い、10名が
高齢者における有酸素能力向上を目的とした運動
3 年後の脳 MRI 撮像を完了した。しかしながら、
介入が、認知症の予防に効果的である可能性が考
介入 1 年目に認知機能低下者 1 名が脳梗塞を発症
えられる。Nakayama et al. は、要支援または要介
したため解析から除外した。そのため、本研究の
護高齢者を対象に、乳酸閾値強度での踏み台昇降
解析対象は 9 名(MCI 5 名)とした。本研究は
運動を用いた有酸素運動プログラムを12週間実施
対象者からインフォームドコンセントを得て行
したところ、前頭葉機能および総合的な認知機能
い、福岡大学倫理審査委員会の承認を得て実施し
1)
2)
(Mini-Mental State Examination; MMSE)が有意に
た(承認番号:11-04-01)。
B.有酸素能力
向上したことを報告 している。
6)
しかし、 1 年以上の長期的な有酸素運動介入が
対象者は、自転車エルゴメータによる漸増運動
海馬容積に与える影響については明らかにされて
負荷試験を行った。この試験は、10 W で 1 分間
いない。我々の研究グループでは、MCI を対象
ウォーミングアップを行った後、 1 分ごとに10
とした 6 年間の長期的な有酸素運動を含めた包括
W 漸増させた。自転車エルゴメータの回転数を
的な介入プログラムが認知症発症を遅延させるこ
60 bpm に合わせるよう教示し、運動中は継続的
とを明らかにしている 。しかし、上記研究にお
に血圧、心電図、酸素摂取量(VO 2 )および二酸
いて脳容量の測定は行われていない。そこで本研
化炭素排出量をモニタリングし、主観的運動強度
究は、認知機能低下高齢者を対象にした 3 年間の
(rating of perceived exertion; RPE)を評価した。運
有酸素運動介入が有酸素能力、脳容積および認知
動は、対象者が自主的に運動を継続できなくなる
機能に及ぼす効果を明らかにすることを目的とし
か、RPE が15(きつい)以上に該当するまで実
た。本研究は、2011年度から福岡県筑紫郡那珂川
施した。対象者は運動負荷試験 3 時間前から絶食
町の地域在住高齢者を対象に行われた縦断研究
し、水の摂取のみ許可した。運動負荷試験に先立
(福岡那珂川研究)
の参加者を対象として実施した。
って、すべての対象者は安静時心電図を計測し、
10)
方 法
●
専門医の評価またはかかりつけ医の診断の下運動
許可を得ている。
C.有酸素運動介入
A.対象者
福岡那珂川研究では、一次調査の面談による
すべての対象者は運動負荷試験を実施し、V-
MCI のスクリーニング検査として、厚生労働省
Slope 法を用いて換気閾値(ventilatory threshold;
の指針に従い精神状態短時検査(MMSE)27点未
VT)を決定し、VT 強度に相当する酸素摂取量
満 お よ び 臨 床 認 知 症 評 価 法(Clinical Dementia
(VO 2 , ml/kg/min)を算出した。VT 強度の VO 2
Rating; CDR)0.5点以上に該当する者を認知機能
を至適運動強度と定義し、アメリカスポーツ医学
が低下している者と判別した。その結果、認知機
会(ACSM)における換算式に従って踏み台昇降
能が低下している者に73名(6.8%)が該当した。
の酸素摂取量に換算したのちに個人ごとの運動処
●
●
(25)
方(踏み台の高さおよび昇降回数)を決定した。
性の設問および文章や図形を描く動作性の設問が
運動介入24週間は RCT であったため、至適運動
ある。30点満点で全般的な記憶機能を評価する検
強度群は、踏み台昇降運動を用いた運動介入を週
査である。本研究では、100から 7 ずつ引き算し
1 回の運動教室を含めた週180分を目標に実施し
ていく計算課題(シリアル 7 )と単語の逆唱課題
ており、至適運動強度未満の軽強度運動群は、ご
を含んでいる。
当地体操を取り入れた比較的低強度の運動を週 1
CDR は、認知症の程度を測定する検査法とし
回の運動教室で実施した。その後、両群とも至適
て用いられており、記憶、見当識、判断力と問題
運動強度を用いた運動介入群に統一し、週 1 回の
解決、地域社会の活動、家庭および趣味、身の回
運動教室によるフォローアップを行いながら 3 年
りの世話の 6 項目を評価する検査である。評価は
間有酸素運動を継続した。
0 点が正常、0.5点以上で認知機能低下とされて
D.頭部 MRI および脳萎縮度評価
すべての対象者は頭部 MRI 撮像を実施した
いる。
F.統計処理
(1.5T, MAGNETOM ESSENZA, Siemens, Germany)。
統 計 解 析 に は SPSS v23(Statistical Package for
脳 容 積 は、MRI 画 像 を も と に 脳 萎 縮 度 を 評 価
Social Science 23.0, IBM, Armonk, NY, USA)を 用
で き る 早 期 AD 診 断 支 援 シ ス テ ム(Voxel-based
いた。認知機能および対象者特性の比較は対応の
Specific Regional analysis system for Alzheimer s
ある t 検定、脳萎縮度の比較は Wilcoxon の符号
®
Disease; VSRAD advance) を用いて評価した。
3,5)
®
VSRAD は、あらかじめ組み込まれている54∼
付き順位検定を用い、介入前と介入 3 年後の変化
を評価した。
86歳の健常者80例のオリジナル脳画像データベー
結 果
スと統計学的に比較し萎縮度(Z-score)を評価
することで、脳萎縮における複数の指標を算出し、
本 研 究 で は そ の う ち 2 つ の 指 標 を 用 い た。
®
A.対象者特性(表 1 )
対象者は 9 名(MCI 5 名)であり、介入前の
VSRAD はアルツハイマー型認知症の識別に優
平均年齢は76.9±3.5歳であった。MCI と認知機
れており、嗅内皮質、偏桃体、海馬を含む内側側
能低下者に分類すると、MCI の平均年齢は77.6±
頭葉(medial temporal areas; MTA)に関心領域を
3.8歳であり、認知機能低下者は76.0±3.4歳であっ
設定している。
た。 3 年後において体重および BMI(body mass
1 .内側側頭葉(MTA)Z-score
index)が有意に減少した(P < 0.01)。
MTA の萎縮の強さを示す指標であり、萎縮度
B.認知機能の変化と認知症発症(表 2 ,図 1 )
が大きいほど萎縮が強いと評価する。スコアが 1
3 年後の MMSE は介入前に比べ有意に高値を
∼ 2 であると萎縮がややみられる、 2 以上で萎縮
示した(P < 0.01)。MCI、認知機能低下者にかか
がかなりみられると評価される。
わらず 9 名すべての認知機能が介入前より高い値
2 .全脳灰白質萎縮領域の割合(%)
を示していた。 3 年間の認知機能の変化率は16%
脳全体の萎縮の状態を示す指標であり、スコア
であった。MCI と認知機能低下者に分類すると、
が大きいほど萎縮領域が広いと評価する。萎縮度
MCI の変化率は13%、認知機能低下者の変化率
が10%以上であると萎縮が強いと評価される。
は20%であった。 9 名のうち認知症を発症した者
E.認知機能
認知機能の測定は、MMSE、CDR を実施した。
はいなかった。
C.脳萎縮度の変化(表 2 ,図 2 ab)
測定は、プライバシーの守られた空間において、
3 年後は介入前に比して MTA 萎縮度および全
被検者と検者が 1 対 1 の面接方式で実施した。
脳灰白質萎縮領域の割合のいずれの指標において
MMSE は、世界的に広く用いられている認知
も有意に高値を示した(P < 0.01)。変化率にする
症スクリーニング検査法である。時間や場所の見
と MTA 萎縮度は40%、全脳灰白質萎縮領域の割
当識、記銘、計算、語想起などの項目による言語
合は28%増加していた。MCI と認知機能低下者
(26)
表 1 .対象者特性
Table 1.Subjects characteristics.
All, n = 9
Variables
MCI, n = 5
pre
3y
Sex, M/F
pre
non-MCI, n = 4
3y
5/4
pre
3y
3/2
2/2
Age, years
76.9 ± 3.5
80.3 ± 3.6
77.6 ± 3.8
81.2 ± 3.9
76.0 ± 3.4
79.3 ± 3.5
Height, cm
156.4 ± 4.5
157.1 ± 5.8
155.9 ± 4.5
155.1 ± 4.4
156.9 ± 5.0
159.5 ± 7.1
Weight, kg
56.4 ± 8.0
53.3 ± 8.5
58.4 ± 9.2
54.2 ± 10.4
53.9 ± 6.5
52.3 ± 6.6
BMI, kg/m2
23.1 ± 3.0
21.6 ± 3.3
23.9 ± 2.7
22.4 ± 3.2
22.0 ± 3.4
20.7 ± 3.6
Mean ± SD. BMI; body mass index.
表 2 .認知機能および脳萎縮度の変化
Table 2.Effects of 3-years exercise intervention on cognitive function and brain atrophy.
All, n = 9
Variables
MCI, n = 5
non-MCI, n = 4
pre
3y
%
change
pre
3y
%
change
pre
3y
%
change
22.9 ± 1.5
26.6 ± 2.1**
16
22.8 ± 1.1
25.8 ± 2.4
13
23.0 ± 2.2
27.5 ± 1.3
20
Cognitive function
MMSE, score
Brain atrophy
MTA, Z-score
0.81 ± 0.44 1.20 ± 0.94**
40
0.85 ± 0.55
1.40 ± 1.20
54
0.75 ± 0.34
0.95 ± 0.51
21
Whole gray matter, %
2.94 ± 1.53 3.81 ± 2.44**
28
3.27 ± 1.65
4.67 ± 2.87
41
2.52 ± 1.47
2.75 ± 1.46
11
Mean ± SD, **P < 0.01 vs. pre. MTA; medial temporal areas.
は、MCI 1 名(Vo2, pre-3y: 8.6-8.5 ml/kg/min)、認
●
P < 0.01
30
non-MCI
MCI
MMSE, score
29
28
27
知 機 能 低 下 者 2 名(Vo2, pre-3y: 13.1-13.7; 10.2●
10.9 ml/kg/min)であった。
26
25
考 察
24
A.認知機能
23
22
21
20
本研究対象者の介入前の MMSE は22.9±1.5点
pre
3y
図 1 .認知機能の変化
Fig.1.Effects of 3-years exercise intervention on cognitive
function.
であり、26点以下を早期認知症疑い、23点以下を
認知症疑いとする MMSE のカットオフ値から判
断すると比較的認知症に近い集団であったと考え
られる。 3 年間の運動介入の結果、 3 年後の認知
機能は介入前に比して有意に高値を示し、 9 名す
別の変化率をみると、MCI の MTA 萎縮度変化率
べての対象者が介入前より高い認知機能を維持し
は54%、全脳灰白質萎縮領域の割合における変化
ていた。認知機能は加齢とともに低下することが
率は41%であった。認知機能低下者の MTA 萎縮
知られているため、本研究で実施した有酸素運動
度変化率は21%、全脳灰白質萎縮領域の割合にお
介入は加齢変化に抗って認知機能をより正常に近
ける変化率は11%であった。
い状態まで改善させたと考えられる。本研究と同
D.有酸素能力の変化(表 3 ,図 3 )
様の方法を用いた Nakayama et al. は、要支援また
3 年後測定にあたり、有酸素能力を計測する運
は要介護高齢者に12週間の有酸素運動介入を実施
動負荷試験での脱落者およびデータ欠損者が増
したところ MMSE で評価した認知機能が改善し
え、 3 年後測定を完了できた者はわずかに 3 名で
たことを報告 6) しており、本研究は MCI を含む
あった。有酸素能力のデータが採用できた 3 名
認知機能低下者を対象に実施した長期的な有酸素
(27)
Atrophy of MTA, Z-score
表 3 .有酸素能力の変化
Table 3.Effects of 3-years exercise intervention on aerobic fitness.
P < 0.01
3.5
3
Variables
2.5
1
11.0 ± 2.6
3.1 ± 0.4
3.2 ± 0.7
MCI, n
5
1
Mean SD. METs; metabolic equivalents, MCI; mild cognitive
impairment.
0.5
0
pre
3y
17.5
図2a.内側側頭葉萎縮度の変化
Fig.2a.Effects of 3-years exercise intervention on atrophy of
medial temporal areas.
non-MCI
MCI
10.5
●
9
8
7
6
7.0
3.5
5
4
3
non-MCI
MCI
14.0
VO2, ml/kg/min
P < 0.01
10
Atrophy of whole gray
matter, %
3y, n = 3
10.9 ± 1.4
●
1.5
pre, n = 9
METs
VO2, ml/kg/min
2
pre
3y
図 3 .有酸素能力の変化
Fig.3.Effects of 3-years exercise intervention on aerobic fitness.
2
1
0
pre
3y
図2b.全脳灰白質萎縮度の変化
Fig.2b.Effects of 3-years exercise intervention on atrophy of
whole gray matter.
研究を実施して、有酸素運動介入による認知機能
改善効果を検証していく必要があるだろう。
B.脳萎縮度
脳萎縮度は、VSRADⓇを用いて定量化し、アル
運動介入が、認知機能を改善させることを明らか
ツハイマー型認知症に特徴的に認められる嗅内皮
にした。一方で、MCI と認知機能低下者別の変
質、偏桃体、海馬を含む MTA 萎縮度、全脳灰白
化率をみると、MCI の変化率は13%、認知機能
質萎縮領域の割合の 2 つの指標を介入前と 3 年後
低下者の変化率は20%であり、MCI の改善率が
で比較した。その結果、いずれの指標においても、
やや低値となっていた。そのため、長期的な有酸
3 年後の萎縮度が有意に高値を示しており、変化
素運動介入における認知機能改善効果は、MCI
率は MTA 萎縮度が40%、全脳灰白質萎縮領域の
において低い傾向があると考えられた。本研究か
割合が28%であった。MCI と認知機能低下者別
ら MCI と認知機能低下者の変化率の違いについ
の変化率をみると、MCI の MTA 萎縮度変化率は
て明らかにすることはできないが、MCI の認知
54%、全脳灰白質萎縮領域の割合における変化率
症発症率は認知機能障害のない者と比べ極めて高
は 41 % で あ っ た の に 対 し、 認 知 機 能 低 下 者 の
いこと が報告されていることから、MCI では年
MTA 萎縮度変化率は21%、全脳灰白質萎縮領域
月の影響がより大きいことが予想される。そのた
の割合における変化率は11%であった。MCI を
め、MCI の認知機能変化率がやや低値であった
3 年間の観察した児玉および川瀬は、VSRADⓇの
のかもしれない。しかしながら、認知症発症率の
MTA 萎縮度が2.0未満であった MCI の MTA 萎縮
高い MCI においても 3 年前より高い認知機能を
度変化率が約25%であったことを報告 4) してい
保っていることは極めて重要な知見であり、 3 年
る。先行研究と比較すると、本研究の認知機能低
間の長期的な有酸素運動介入を実施した研究は極
下者の MTA 萎縮度変化率は先行研究とほぼ同等
めて希少であると考えられる。今後大規模な介入
であり、MCI の MTA 萎縮度変化率は高値であっ
7)
(28)
たと考えられる。そのため、MCI では脳萎縮度
D.有酸素能力の変化
の変化がより大きい可能性があることが示唆され
本研究は 3 年間の有酸素運動介入を実施した
た。本研究の MCI の脳萎縮度の変化を個人別に
が、残念ながら 3 年後の有酸素能力計測において
みると、 1 名のみ他の MCI の変化に比べると極
は体調不良や自転車エルゴメータによる運動負荷
めて顕著な変化を呈していた。その 1 名は介入 2
試験を十分な時間実施できないという理由で 6 名
年目にして病気による約半年間の運動中止期間が
のデータが欠損し、介入前からの有酸素能力の変
存在しており、中止期間の存在が脳萎縮度の増加
化を比較することはできなかった。しかしながら、
になんらかの影響を与えたのかもしれない。また、
データを採用できた 3 名の有酸素能力は維持され
MCI を対象にした先行研究では、MCI は海馬容
ており、短期間で本研究同様の運動様式にて有酸
積の萎縮度がより大きいことが報告 されてお
素運動介入を行った Nakayama et al. の報告6)を追
り、MCI は他の認知機能低下者と異なり、脳萎
認する結果であると考えられた。データが採用で
縮度の変化や個人差が大きいという特徴があるの
き な か っ た 6 名 に お い て は、 そ の う ち 4 名 が
かもしれない。高齢者の有酸素運動介入における
MCI であった。本研究の介入前の年齢において
先行研究では、長期的な有酸素運動介入によって
は、認知機能低下者は約76歳、MCI は約78歳で
前頭葉の容積の減退を抑制したと報告 されてお
あり MCI は認知機能低下者より高齢な集団で
り、脳容積の変化は、本研究で着目した内側側頭
あった。 3 年後計測時には MCI は平均で約81歳
葉や全脳灰白質ではなく、他の局所的部位におい
となっており、運動負荷試験を十分な時間実施で
て引き起こされているのかもしれない。今後の研
きなかった理由として年齢の影響が示唆される。
究で、海馬周辺領域以外にも視野を広げ有酸素運
今後、認知機能低下者の有酸素能力を評価する場
動の影響を検証していきたい。
合には、年齢を考慮した測定方法が必要かもしれ
8)
9)
C.認知症発症率
ない。しかしながら、認知機能低下高齢者の有酸
本研究の脳萎縮度の変化においては、残念なが
素能力を運動負荷試験において長期的に評価して
ら長期的な有酸素運動介入の効果を明らかにする
いるデータは知る限りほとんどなく、少数ではあ
ことはできなかったが、驚くべきことに脳萎縮度
るが極めて貴重なデータであると考えられる。
が介入前より高値であったにもかかわらず認知症
を発症した者はいなかった。先行研究では、MCI
総 括
の認知症発症率は年間約12%、 5 年間で約50%と
本研究は MCI を含んだ認知機能低下高齢者を
認知機能障害のない者と比べ極めて高いこと
7)
対象に 3 年間の長期的な有酸素運動介入を行い、
や、 3 年 間 の 観 察 で は、 観 察 前 に VSRAD の
有酸素能力、認知機能および脳容積に及ぼす影響
MTA 萎縮度が2.0未満であった MCI の認知症発症
を検討することを目的とした。その結果、有酸素
率が約20%であったことが報告 されている。認
能力においては特に MCI におけるデータに欠損
知症予防を目的とした介入研究として、吉田らは
が多く、介入前後の比較をすることができなかっ
MCI を対象とした 6 年間の長期的な有酸素運動
た。しかしながら、データを採用できた 3 名の有
を含めた包括的な介入プログラムが認知症発症を
酸素能力は維持されていた。認知機能においては
遅延させたことを報告
しており、本研究の結
介入前に比べて有意な改善が認められ、 9 名すべ
果は有酸素運動に重点を置いた介入で、先行研究
ての認知機能が改善していた。脳萎縮度における
と同様に認知症予防効果が得られることを示唆し
有酸素運動の効果は明らかにできなかったが、認
た。本研究における対象者は少数であるが、MCI
知症を発症した高齢者はいなかった。これらより、
および認知機能低下者の認知症発症を予防するこ
認知機能低下高齢者を対象にした長期的な有酸素
とは極めて重要であり、認知症の予防効果を示唆
運動介入は、高齢者の認知機能を改善させ、認知
した貴重なデータであると考えられる。
症を予防できる可能性があることを示した。認知
Ⓡ
4)
10)
症高齢者は年々増加しており、その増加は社会問
(29)
題となりつつある。そのため、高齢者の認知症発
症を遅延させ、認知機能や脳萎縮度を悪化させな
いことは極めて重要であると考えられ、本研究の
結果は少人数ながらも長期的に介入を実施した大
discriminate early Alzheimer s disease from controls.
Neurosci Lett, 382, 269-274.
4)児玉直樹ら(2011): 健忘性軽度認知障害からアルツ
ハイマー型認知症への進行に関する研究.老年精神
医学雑誌,22, 717-722.
変貴重なデータであると考えられる。今後も介入
5)Matsuda H, et al.(2012): Automatic voxel-based mor-
を続け、有酸素運動介入の効果を検証していきた
phometry of structural MRI by SPM8 plus diffeomorphic
い。
anatomic registration through exponentiated lie algebra
謝 辞
improves the diagnosis of probable Alzheimer Disease.
AJNR Am J Neuroradiol, 33, 1109-1114.
本研究を行うにあたり多くのご助力をいただきました
6)Nakayama F, et al.(2011)
: Home based exercise effects
福岡大学運動生理学研究室の皆様、那珂川町の対象者の
on cognition in the semi-independent elderly. J Phys
皆様および那珂川町役場の皆様に厚く御礼申し上げます。
Fitness Sports Med, 60, 379-386.
また、本研究は公益財団法人明治安田厚生事業団第 31 回
7)Petersen RC, et al.(1999): Mild cognitive impairment:
若手研究者のための健康科学研究助成の支援を賜りまし
clinical characterization and outcome. Arch Neurol, 56,
た。ここに記して深謝いたします。
参 考 文 献
1)Erickson KI, et al.(2009)
: Aerobic fitness is associated
with hippocampal volume in elderly humans. Hippocampus, 19, 1030-1039.
2)Erickson KI, et al.(2011): Exercise training increases size
of hippocampus and improves memory. Proc Natl Acad Sci
U S A, 108, 3017-3022.
3)Hirata Y, et al.(2005): Voxel-based morphometry to
303-308.
8)Raz N, et al.(2004)
: Differential aging of the medial temporal lobe: a study of a five-year change. Neurology, 62,
433-438.
9)Tamura M, et al.(2015)
: Long-term mild-intensity exercise regimen preserves prefrontal cortical volume against
aging. Int J Geriatr Psychiatry, 30, 686-694.
10)吉田香織ら(2005)
: 安心院地区の独居老人における
認知障害調査結果.地域保健,36, 80-85.
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(30)
2014 年度 pp.30∼36(2016.4)
運動が抗うつ効果や記憶学習能力の向上をもたらす
分子メカニズムの解明
近 藤 誠*
島 田 昌 一*
STUDY OF THE MOLECULAR MECHANISM OF EXERCISE-INDUCED
ANTIDEPRESSANT EFFECTS AND LEARNING ENHANCEMENT
Makoto Kondo and Shoichi Simada
Key words: exercise, serotonin, 5-HT3 receptor, hippocampal neurogenesis, antidepressant effects.
緒 言
体である。5-HT3受容体は、脳において海馬や扁
桃体などの辺縁系領域に発現していることが知ら
運動は、動物の脳に対して分子、細胞レベルか
れていたが3)、海馬神経新生や記憶、情動とのか
ら行動レベルに至るまでさまざまな変化をもたら
かわりについての詳細は、分かっていなかった。
すことが知られている 。そしてこれまでに、運
本研究で我々は、運動による海馬神経新生の促進
動には海馬神経新生の促進効果やうつ病の予防・
効果や抗うつ効果、記憶学習能力の向上効果と
改善効果、記憶学習能力の向上効果など多くの有
5-HT3受容体とのかかわりについて検討を行った。
10)
益な効果があることが、実験動物やヒトで報告さ
方 法
れ て き た 2,9)。 脳 内 神 経 伝 達 物 質 の セ ロ ト ニ ン
(5-hydroxytryptamine; 5-HT)は、運動により海馬
A.実験動物
などの脳部位で遊離が増加し、運動が引き起こす
実験には、7 ∼ 9 週齢の C57BL/6J 雄マウス(野
脳の神経細胞・組織の形態的変化や記憶・情動な
生型マウス : WT)および5-HT3受容体欠損雄マウ
どの高次脳機能の変化に関与していることが示唆
ス(5-HT3受容体ノックアウトマウス : KO)を用
されていたが、その詳細な機序は明らかでなかっ
いた。すべての実験は、大阪大学遺伝子組換え実
た 。一方で、運動による抗うつ効果や記憶学習
験等安全委員会および動物実験委員会で承認を受
能力の向上効果は、うつ病や認知症などの精神・
けている(承認番号:遺03838-001,動医27-010-
神経疾患の病態解明や新たな予防法、治療法の確
007)。
4)
立の観点から大変注目されていた。
セロトニン受容体は、 7 種類のサブファミリー
B.海馬歯状回における分裂細胞の数と神経新
生の評価
からなり、現在14種類のサブタイプが同定されて
マウスの腹腔内に BrdU(bromodeoxyuridine)
いる 。そのほとんどが G 蛋白共役型受容体であ
を投与し、分裂細胞の標識を行った。マウスは、
るが、5-HT3受容体は唯一イオンチャネル型受容
深麻酔の後、 4 % パラホルムアルデヒド・リン
1)
* 大阪大学大学院医学系研究科神経細胞生物学講座 Department of Neuroscience and Cell Biology, Graduate School of Medicine, Osaka University, Osaka,
Japan.
(31)
C.うつ様行動テスト
酸緩衝液で灌流固定した後、脳を摘出し、 4 ℃で
一晩浸漬固定を行い、スクロース溶液で置換した。
1 .強制水泳試験
マウスの脳は、クリオスタットで厚さ20 µm の冠
円筒状容器(直径16 cm)に深さ10 cm まで水(24
状切片を作成した。BrdU の免疫組織化学的検出
∼25℃)を張り、容器の中にマウスを 6 分間入れ
は、2M HCl(37℃)30分、0.1M ホウ酸緩衝液(pH
た。 6 分間のうち、最後の 4 分間についてマウス
8.5)10分で行った。ブロッキングは、 3 % ウシ
の無動時間を計測した。
血 清 ア ル ブ ミ ン・ リ ン 酸 緩 衝 液(0.1% Triton
2 .尾懸垂試験
X-100含有)にて行い、抗原抗体反応では、以下
粘着テープを用いて、マウスを尻尾から逆さに
の抗体を用いた。抗 BrdU 抗体(ラット,Abcam
吊るし、 6 分間の無動時間を計測した。
D.自発活動の評価
社)
、 抗 NeuN(neuronal nuclei) 抗 体(マ ウ ス,
Millipore 社)
、抗 DCX(doublecortin)抗体(ヤギ,
マウスの自発活動は、スーパーメクス自発運動
Santa Cruz 社)
、Alexa 488 標 識 2 次 抗 体 お よ び
量測定システム3)を用いて計測した。
Alexa 568標識 2 次抗体(Invitrogen 社)。海馬冠
E.文脈条件付け恐怖記憶テスト
状切片について、連続する 4 枚(図 1 ∼ 3 )もし
恐怖条件付けとして、初日にマウスを床に電線
くは 8 枚(図 4 )の切片のうちの 1 枚の切片の陽
を敷いたチャンバーの中に入れ、150秒後に電気
性細胞の数を数え、ここで得られた数値を、各々
ショック(0.6 mA, 2 秒間)を与え、更にその
4 倍もしくは 8 倍した値を、海馬の全陽性細胞の
120秒後に 2 回目の電気ショックを与えた 3)。文
個数とした。海馬歯状回の蛍光画像は、共焦点顕
脈条件付け恐怖記憶テストでは、条件付けを行っ
微鏡(FV1000D,オリンパス社)で得た。
た24時間後に、マウスを同じチャンバーに 5 分間
D
WT
KO
Proliferation
C
B
Neuroɡenesis
A
図 1 .5-HT3受容体は定常状態で海馬歯状回における細胞増殖や神経新生に必要でない
Fig.1.The 5-HT3 receptor is not required for baseline cell proliferation or neurogenesis in the hippocampal dentate gyrus.
(A)The time course of the experiment for baseline cell proliferation and neurogenesis.(B)Representative images of the
hippocampal dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for wild-type(WT)and htr3a-/-(KO)mice are
shown. Arrows indicate the BrdU/NeuN-double-labeled cells. Scale bars, 50 µm.(C, D)Quantification of the BrdU-labeled
cells(C)
(WT: n = 9 mice, KO: n = 8 mice)and the BrdU/NeuN-double-labeled cells(D)
(n = 5 mice)in the entire hippocampal dentate gyrus. ns; not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
(32)
入れ、電気ショックを与えない状態で、マウスが
差はみられなかった。これらの結果は、5-HT3受
フリージングを示した時間を測定した。
容体は、定常状態で海馬歯状回における細胞増殖
や神経新生には必要でないことを示している。
結 果
2 .運動による海馬歯状回の分裂細胞の増加と
A. 運 動 に よ る 海 馬 神 経 新 生 の 促 進 効 果 と
5-HT3受容体
5-HT3受容体
次に、運動による海馬歯状回の分裂細胞の増加
1 .海馬神経新生と5-HT3受容体
と5-HT3受容体の関連について検討を行った。マ
まず、海馬の神経新生と5-HT3受容体の関連を
ウスを、運動用の回転車輪のある運動環境(図
調べるために、5-HT3受容体ノックアウトマウス
2 A)で 6 日間飼育し(Day 1∼7 の 6 日間)、海
の海馬の神経新生について組織学的に検討した。
馬 歯 状 回 の 細 胞 増 殖 を 組 織 学 的 に 解 析 し た。
BrdU による分裂細胞の標識法を用いて、海馬歯
BrdU は Day 6 に 3 回投与し、Day 7 に脳を回収
状回の顆粒細胞下帯(subgranular zone)における
した(図 2 B)。野生型マウスでは、 6 日間の運
細胞増殖と神経新生を免疫組織化学法により解析
動によって、運動していないマウスと比較して、
した。マウスに BrdU を 4 日間投与(Day 1∼4 )
海馬歯状回における分裂細胞(BrdU+ 細胞)(図
し、 5 日目(Day 5 )もしくは29日目(Day 29)
2 D, E)や神経前駆細胞(BrdU+/DCX+ 細胞)の
にマウスの脳を回収し、各々、海馬歯状回におけ
増加(図 2 F, G)がみられた。一方で、5-HT3受
る分裂細胞(BrdU+ 細胞)もしくは BrdU 陽性の
容体ノックアウトマウスでは、運動後に分裂細胞
成熟顆粒細胞(BrdU+/NeuN+ 細胞)を定量的に
(BrdU +細胞)や神経前駆細胞(BrdU+/DCX+ 細
解析した(図 1 A, B)。その結果、5-HT3受容体ノッ
胞)の増加はみられなかった(図 2 D∼G)。また、
クアウトマウスの海馬歯状回における細胞増殖
野生型マウスと5-HT3受容体ノックアウトマウス
(cell proliferation: BrdU+ 細胞)(図 1 C)や神経新
で、 6 日間の運動量(回転車輪の総回転数)に差
生(neurogenesis: BrdU+/NeuN+ 細 胞)(図 1 D)
はみられなかった(図 2 C)。これらの結果により、
の程度は、野生型マウスと比較して同じ程度で、
5-HT3受容体が、運動による海馬歯状回の分裂細
D Non-exercise
Exercise
F
WT
A
B
E
C
***
G
KO
***
図 2 .5-HT3受容体は運動による海馬歯状回の分裂細胞や神経前駆細胞の増加に必要である
Fig.2.The 5-HT3 receptor is required for exercise-induced cell proliferation in the hippocampal dentate gyrus.
(A)Exercise condition.(B)The time course of the experiment for exercise-induced cell proliferation.(C)Total number of revolutions
of the running wheel for 6 days(wild-type; WT: n = 16 mice, htr3a-/-; KO: n = 15 mice)
.(D)Representative images of the hippocampal
dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for WT and KO mice with or without exercise for 6 days are shown. Scale bars,
50 µm.(E, G)Quantification of the BrdU-labeled cells(E)
(n = 8 mice)and the BrdU/DCX-double-labeled cells(G)
(n = 4 mice)in
the entire hippocampal dentate gyrus.(F)A representative image of a BrdU/DCX-double-labeled cell(arrows indicated)
. Scale Bars, 20
µm. ***P < 0.001. ns; not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
(33)
C
B
Saline
SR 57227A
(5 mg/kg)
BrdU
NeuN
WT
A
**
**
BrdU
NeuN
D
KO
**
図 3 .5-HT3受容体刺激は海馬の神経新生を促進する
Fig.3.Stimulation of the 5-HT3 receptor promotes neurogenesis.
(A)The time course of the experiment for cell proliferation with or without SR 57227A treatment.(B)Representative
images of the hippocampal dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for wild-type(WT)and htr3a-/-(KO)
mice after saline or SR 57227A(5 mg/kg)treatment are shown. Scale bars, 50 µm.(C, D)Quantification of the BrdUlabeled cells(C)and the BrdU/DCX-double-labeled cells(D)in the entire hippocampal dentate gyrus(WT: n = 5 mice,
KO: n = 4 mice)
. **P < 0.01. ns; not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
胞や神経前駆細胞の増加に必要であることが明ら
海馬の神経新生を促進することを示しており、
かとなった。
5-HT3受容体が海馬の神経新生を制御しているこ
3 .5-HT3受容体刺激が海馬神経新生に及ぼす
とが明らかとなった。
影響
5-HT3受容体作動薬(アゴニスト)投与による
4 .運動による海馬歯状回の神経新生の増加と
5-HT3受容体
5-HT3受容体刺激が、海馬の神経新生にどのよう
海馬歯状回の顆粒細胞下帯で誕生した新生細胞
な 影 響 を 及 ぼ す か 検 討 を 行 っ た。 マ ウ ス に、
は、数週間かけて成熟神経細胞となり、神経ネッ
5-HT3受容体アゴニスト SR 57227A を腹腔内投与
トワークに機能的に組み込まれる。そこで、マウ
し、その 2 時間後に BrdU を投与した。BrdU 投
スを 3 週間(Day 1∼22の21日間)運動環境で飼
与の24時間後に、マウスの脳を回収し、海馬歯状
育した後に、海馬歯状回の神経新生を解析した。
回における細胞増殖を組織学的に解析した(図
BrdU は、 初 め の 4 日 間(Day 1∼4 ) 投 与 し、
3 A)
。その結果、SR 57227A の投与により、海
Day 22に脳を回収した。そして、 3 週間運動した
馬 歯 状 回 に お け る 分 裂 細 胞(BrdU+ 細 胞)(図
マウスの海馬歯状回における BrdU 陽性の成熟顆
3 B, C)
、および神経前駆細胞(BrdU+/DCX+ 細胞)
粒細胞を定量的に解析した(図 4 A)。 3 週間の
の増加(図 3 D)がみられた。一方で、5-HT3受
運動後に、野生型マウスでは、運動していないマ
容体ノックアウトマウスに SR 57227A を投与し
ウ ス と 比 較 し て、BrdU 陽 性 の 成 熟 顆 粒 細 胞
ても、分裂細胞(BrdU+ 細胞)や神経前駆細胞
(BrdU+/NeuN+ 細胞)の増加がみられた(図 4 C,
(BrdU+/DCX+ 細胞)の増加はみられなかった(図
D)。一方で、5-HT3受容体ノックアウトマウスで
3 B∼D)
。これらの結果は、5-HT3受容体刺激が
は、運動後に BrdU 陽性の成熟顆粒細胞(BrdU+/
(34)
C
Non-exercise
Exercise
WT
A
B
***
KO
D
図 4 .5-HT3受容体は運動による海馬歯状回の神経新生の増加に必要である
Fig.4.The 5-HT3 receptor is required for exercise-induced hippocampal neurogenesis.
(A)The time course of the experiment for exercise-induced hippocampal neurogenesis.(B)Total number of revolutions of
the running wheel for 3 weeks(wild-type; WT: n = 10 mice, htr3a-/-; KO: n = 12 mice)
.(C)Representative images of the
hippocampal dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for WT and KO mice with or without exercise for 3
weeks are shown. Arrows indicate BrdU/NeuN-double-labeled cells. Scale bars, 50 µm.(D)Quantification of the BrdU/
NeuN-double-labeled cells in the granule cell layer of the entire hippocampal dentate gyrus(n = 5 mice). ***P < 0.001. ns;
not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
NeuN+ 細胞)
の増加はみられなかった(図 4 C, D)。
水泳テスト(図 5 A, B)と尾懸垂テスト(図 5 D)
また、野生型マウスと5-HT3受容体ノックアウト
において無動時間の減少がみられ、運動による抗
マウスで、3 週間の運動量(回転車輪の総回転数)
うつ効果を認めた。一方で、5-HT3受容体ノック
に差はみられなかった(図 4 B)
。これらの結果
アウトマウスでは、強制水泳テストと尾懸垂テス
により、5-HT3受容体が運動による海馬の神経新
トともに、 3 週間の運動後に無動時間の減少はみ
生の増加に必要であることが明らかとなった。
られなかった(図 5 A, C, D)。また、 3 週間の運
B.運動による抗うつ効果や記憶学習能力の向
上効果と5-HT3受容体
動の有無にかかわらず、野生型マウスと5-HT3受
容体ノックアウトマウスでは、自発活動量に差は
1 .運動による抗うつ効果と5-HT3受容体
みられなかった(図 5 E)。これらの結果から、
まず、運動による抗うつ効果と5-HT3受容体の
5-HT3受容体は、運動による抗うつ効果に必要で
関連について検討を行った。マウスを 3 週間運動
あることが明らかとなった。
環境に入れた後に、強制水泳テストと尾懸垂テス
2 .運動による記憶学習能力の向上効果と
トを行い、マウスのうつ様行動を解析した。強制
5-HT3受容体
水泳テストでは、水を入れた円筒形の容器にマウ
次に、運動による記憶学習能力の向上効果と
スを 6 分間入れ、最後の 4 分間の無動状態の時間
5-HT3受容体の関連について検討を行った。記憶
を測定した。また、尾懸垂テストではマウスを尻
学習行動は、海馬依存的な学習テストである文脈
尾から逆さに吊るし、 6 分間の無動時間を測定し
条件付け恐怖記憶テストによって解析した。マウ
た。 3 週間の運動後に、野生型マウスでは、強制
スを 3 週間運動環境に入れた後に、恐怖条件付け
(35)
A
**
B
E
C
F
G
D
*
**
*
図 5 .5-HT3受容体は運動による抗うつ効果に必要であるが、記憶学習能力の向上効果には必要でない
Fig.5.The 5-HT3 receptor is required for exercise-induced antidepressant effects, but not for learning enhancement.
(A-C)The forced swim test for assessing antidepressant-like behavior. Duration of the immobility time in the last 4 min
(from the third to sixth minute)
(A)and across the 6 min in the forced swim test of wild-type(WT)and htr3a-/-(KO)mice
with or without exercise for 3 weeks(B, C)
(WT: n = 10 mice, KO: n = 9 mice)
.(D)The tail suspension test. Duration of
the immobility time in the 6 min test session of WT and KO mice with or without exercise for 3 weeks(WT: non-exercise, n
= 11 mice, exercise, n = 10 mice, KO: n = 10 mice)
.(E)Spontaneous activity of WT and KO mice with or without exercise
for 3 weeks.(F, G)Contextual fear conditioning test.(F)Freezing responses immediately after the foot shock.(G)Contextual freezing responses 24 h after conditioning of WT and KO mice with or without exercise for 3 weeks(WT: nonexercise, n = 9 mice, exercise, n = 8 mice, KO: n = 10 mice). *P < 0.05, **P < 0.01. ns; not significant(two-tailed t test)
.
Means ± SEM are shown in all histograms.
を行い、その翌日に文脈条件付け恐怖記憶テスト
の神経新生を阻害すると抗うつ薬による抗うつ効
を行った。その結果、 3 週間の運動によって、野
果が消去されることが報告されており、抗うつ効
生型マウスと5-HT3受容体ノックアウトマウスと
果発現には、海馬神経新生の促進が重要であると
もに、運動していない各々のマウスと比較して、
考えられている8)。しかし、現在用いられている
フリージング時間が延長しており、文脈記憶学習
抗うつ薬では、投与後に神経新生の増加や臨床効
の能力の向上がみられた(図 5 F, G)。これらの
果が表れるまでに数週間を要し、効果の発現が遅
結果から、5-HT3受容体は、運動による記憶学習
いことに加え、治療抵抗性の患者が少なくないこ
能力の向上効果には必要でないことが明らかと
とが問題点として挙げられる。
なった。
一方、運動には、マウスやラットなどの実験動
考 察
物やヒトにおいて、海馬神経新生の促進効果や抗
うつ効果があることが知られている。運動により
うつ病は、生涯有病率が10%を超える我々に
脳内でセロトニンの遊離が増加し、海馬神経新生
とって身近な疾患であり、うつ病のもたらす社会
の促進効果や抗うつ効果に関与していることが示
的損失は大変大きい。厚生労働省による「21世紀
唆されていたが、運動した動物の脳でセロトニン
における国民健康づくり運動(健康日本21)」に
がどのように作用しているのか、その機序は明ら
おいても、うつ病の対策は、「こころ」の健康の
かでなかった4)。我々は、マウスを用いた本研究
点で、予防や早期治療の必要性が重要視されてい
により、運動による海馬神経新生の増加や抗うつ
る。現在、うつ病の薬物治療には選択的セロトニ
効 果 に 5-HT3 受 容 体 が 必 須 で あ る こ と、 更 に
ン再取り込み阻害薬(SSRI)を主体とする抗う
5-HT3受容体作動薬が投与24時間後の早期に海馬
つ薬が用いられているが、うつ病患者の約 3 分の
神経新生を促進することを明らかにした5)。一方
1 では十分な治療効果が得られていない。また、
で、 運 動 に よ る 記 憶 学 習 能 力 の 向 上 効 果 に は
抗うつ薬は海馬の神経新生を促進することが示さ
5-HT3受容体は必要でないことが明らかとなっ
れており、この促進効果が臨床効果と同じ時間経
た。本研究により、運動がもたらす脳の形態的変
過で認められること、更に X 線照射により海馬
化(海馬神経新生の増加)や、動物の行動レベル
(36)
の変化(抗うつ効果)に必須の役割を担う5-HT
たらすことが明らかとなった。運動にうつ病予
受容体が明らかとなり、運動時の脳内におけるセ
防・改善効果があることは実験動物やヒトで報告
ロトニンの作用機序が初めて明らかとなった。こ
されており、本研究成果は、うつ病に対する新た
の結果は、これまで明らかでなかった運動が脳の
な予防・治療法の確立に貢献できる発展性をもつ
形態や機能に与える影響の分子メカニズムの解明
と考えられる。本研究は、原著論文5)および総説6,7)
につながるものと考えられる。更に、本研究成果
として発表した。
から5-HT3受容体を標的とする薬剤が、うつ病の
新しい治療薬の候補となりうることが示唆され
る。しかし、5-HT3受容体が抗うつ効果に重要と
考えられる海馬神経新生にどのようにかかわり、
謝 辞
本研究への助成を賜りました公益財団法人明治安田厚
生事業団ならびに関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
その刺激が抗うつ効果をもたらすのか、詳細な機
序は明らかでない。一方、BDNF や IGF-1などの
神経栄養因子は、海馬の神経幹細胞を刺激して神
経新生を促進し、また抗うつ効果をもたらす重要
因子であることが知られている。現在我々は、運
動により海馬で神経栄養因子が増加することに着
目し、更に研究を進めている。そして、薬理学的
および組織学的な解析から、神経栄養因子の分泌
が5-HT3受容体を介して制御されていることを示
唆する結果が得られている(論文準備中)。この
研究は、運動による海馬の神経新生促進作用のメ
カニズムの直接的な証明につながるものである。
今後は更に、5-HT3受容体を介する海馬神経新生
の制御機構の解析を進めていき、「運動の抗うつ
効果」の詳細な機序の解明から、うつ病の効果的
な新しい治療法や予防法の確立を目指した研究へ
と展開していきたいと考えている。
総 括
本研究により、運動によってマウスの海馬で遊
離が増加したセロトニンは、5-HT3受容体を介し
て海馬神経新生を増加させ、更に抗うつ効果をも
1)Barnes NM, et al.(1999)
: A review of central 5-HT receptors and their function. Neuropharmacology, 38, 10831152.
2)Kondo M, et al.(2012)
: Motor protein KIF1A is essential
for hippocampal synaptogenesis and learning enhancement
in an enriched environment. Neuron, 73, 743-757.
3)Kondo M, et al.(2014)
: The 5-HT3A receptor is essential
for fear extinction. Learn Mem, 21, 1-4.
4)Kondo M, et al.(2015): Serotonin and exercise-induced
brain plasticity. Neurotransmitter, 2, e793.
5)Kondo M, et al.(2015): The 5-HT3 receptor is essential
for exercise-induced hippocampal neurogenesis and antidepressant effects. Mol Psychiatry, 20, 1428-1437.
6)Kondo M, et al.(2015)
: Exercise-induced neuronal effects
and the 5-HT3 receptor. Neurotransmitter, 2, e764.
7) 近 藤 誠(2016)
: ブ レ イ ン サ イ エ ン ス・ レ ビ ュ ー
2016.初版,237-262,クバプロ,東京.
8)Santarelli L, et al.(2003): Requirement of hippocampal
neurogenesis for the behavioral effects of antidepressants.
Science, 301, 805-809.
9)Strawbridge WJ, et al.(2002): Physical activity reduces
the risk of subsequent depression for older adults. Am J
Epidemiol, 156, 328-334.
10)van Praag H, et al.(2009)
: Exercise and the brain: something to chew on. Trends Neurosci, 32, 283-290.
(37)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.37∼42(2016.4)
高齢者における運動仲間の存在と抑うつとの関連性
―地域在住高齢者を対象とした悉皆調査による検討―
神 藤 隆 志*
大 藏 倫 博**
ASSOCIATION BETWEEN THE PRESENCE OF EXERCISE BUDDY AND
DEPRESSION IN COMMUNITY-DWELLING OLDER ADULTS
Takashi Jindo and Tomohiro Okura
Key words: individual exercise, group exercise, social network, population density.
うつ予防は、閉じこもりや社会的な孤立を防ぐた
緒 言
めに地域全体の普及啓発が重要であるといわれて
運動は抑うつを軽減させることが知られている
いる6)。運動仲間の存在が良好な心理状態と関連
が2)、この理由についてはいまだ不透明である。
することを明らかにできれば、地域でのうつ予防
社会交流と精神的健康は密接に関連するため 、
の 1 つの重要な情報となることが期待される。
運動を介した社会交流が運動により抑うつが軽減
本研究の目的は、地域在住高齢者における運動
される理由の 1 つであると推察される。しかし、
実践と抑うつとの関連性が、運動を一人で行って
これまでの報告では運動の内容や期間に着目した
いる者と他者と一緒に行っている者とで異なるか
検討が多く 、運動の社会交流的側面の効果に着
を明らかにすることとした。また、どのような他
目した検討は少ない。
者と一緒に運動する場合に低い抑うつ傾向を示す
Kanamori et al. は、高齢者における運動によ
のかを検討した。更に、地域の特性を考慮に入れ
る機能障害の予防効果は、運動を一人で行う場合
るために人口密度の高低で対象者を 2 群に分け、
よりスポーツ組織のなかで実践するほうが高ま
運動仲間の存在と抑うつの関連性が地域間で異な
り、この効果の上昇は社会交流の充実度によって
るかを検討した。
7)
1)
4)
説明できることを報告している。また、Takeda et
方 法
al. 10)は、50∼59歳の中年者における運動・スポー
ツの実践は、他者と行う場合のみ 5 年後のメンタ
A.対象者
ルヘルスと有意な関連を示すことを報告してい
茨城県笠間市岩間地区で実施された、二次予防
る。しかし、このような他者と行う運動と一人で
事業対象者を把握するための悉皆調査のデータを
行う運動の違いを示した研究はいまだ少なく
、
用いた。対象者は当該地区に在住する要介護認定
更なるエビデンスの蓄積が必要である。高齢者の
を受けていない全高齢者である。調査は自記式質
5,9)
筑波大学大学院人間総合科学研究科 Doctoral Program in Physical Education, Health and Sport Sciences, Graduate School of Comprehensive Human
(博士後期課程)体育科学専攻
Sciences, University of Tsukuba, Ibaraki, Japan.
** 筑波大学体育系
Faculty of Health and Sport Sciences, University of Tsukuba, Ibaraki, Japan.
*
(38)
問票の郵送により行った。郵送対象数は3549名、
う相手と抑うつ傾向の有無についてカイ二乗検定
回収数は2020名(回収率:56.9%)であった。こ
を行い、効果量としてφ係数を算出した。運動仲
のうち、医師から運動を制限されている73名と分
間の存在と抑うつの関連性の検討にはロジス
析に必要なデータが欠損している520名を除き、
ティック回帰分析を用い、目的変数に抑うつ傾向
1427名(73.6±6.3歳,男性701名,女性726名)を
の有無、説明変数に運動実践状況を投入し、抑う
分析対象とした(有効回答率:40.2%)。なお、
つ傾向「あり」に対する相対危険度を算出した。
本研究は筑波大学研究倫理委員会の承認を得て実
共変量には年齢、同居有無、経済状況、既往歴(脳
施した(承認番号:体26-31)
。
血管疾患,心臓疾患,関節痛・神経痛)、困った
B.調査項目
ときに相談できる親族および友人の数を投入し
た。男女合計の分析では性を共変量に投入した。
1 .抑うつ傾向
抑うつ傾向は、基本チェックリスト のうつ予
更に、地域特性を考慮するために、人口密度の高
防・支援に関する 5 項目で評価した。本研究では
位群と低位群に 2 分位して、それぞれ同様のモデ
2 項目以上に該当する者を抑うつ傾向ありとし
ルのロジスティック回帰分析を行った。女性にお
た。抑うつ傾向は「あり= 1 、なし= 0 」にダミー
ける人口密度別の分析では、脳血管疾患の既往歴
変数化した。
該当者が少なかったため、共変量よりこれを除い
2 .運動実践状況
て分析した。統計解析には、IBM SPSS Statistics
運動実践状況は、「現在、週に 1 回以上、誰か
23 for Windows を使用し、有意水準は 5 %とした。
3)
と一緒に運動をしていますか」という質問に対し
て、
「運動していない、一人で、配偶者、息子・娘、
孫、同性の仲間、異性の仲間、運動の専門家」の
結 果
A.対象者の特徴と運動実践状況
選択肢(複数回答可)を設けて回答を求めた。運
対象者の特徴を表 1 に示した。男女間で複数の
動実践状況の群分けは、運動していない者を「非
項目において有意差が認められた。対象者の運動
実践群」
、一人でのみ実践している者を「一人で
実 践 状 況 の 内 訳 は、 男 性 で は 非 実 践 群 277 名
実践群」
、
他者と実践している者を「他者と実践群」
(39.5%)、一人で実践群214名(30.5%)、他者と
とした。運動を一緒に行う相手はそれぞれ「該当
実践群210名(30.0%)、女性では非実践群255名
= 1 、非該当= 0 」にダミー変数化した。
(35.1%)、一人で実践群197名(27.1%)、他者と
3 .人口密度
実践群274名(37.7%)であり女性は男性よりも
人口密度は、政府統計の総合窓口で公開されて
他者と運動を行う者が多かった。他者と実践群に
いる平成22年国勢調査(小地域500 m メッシュ)
おける運動を一緒に行う相手は、男女とも「同性
の「男女別人口総数及び世帯総数」データを用い、
の仲間」が最も多かった(男性:103人,14.7%,
対象者の自宅より半径1000 m 内の人口密度(人 /
女性:160人,22.0%)(図 1 )。 2 番目に多かっ
km )を算出した 。
たのは、男性では「配偶者」(77人,11.0%)、女
4 .共変量
性では「運動の専門家」(62人,8.5%)であった。
年齢、同居有無、経済状況、既往歴(脳血管疾
また、運動を一緒に行う相手と抑うつ傾向の関
患,心臓疾患,関節痛・神経痛)、困ったときに
連性を検討したところ、男性では「配偶者」(φ
相談できる親族および友人の数を調査した。
=−0.10)
、
「異性の仲間」
(φ=−0.09)
、女性では
2
8)
C.分析方法
「同性の仲間」(φ=−0.13)、「異性の仲間」(φ
すべての分析は、男女別および男女合計で行っ
=−0.11)、「運動の専門家」(φ=−0.13)と実践
た。対象者の特徴について、t 検定およびカイ二
している場合に低い抑うつ傾向と有意な関連を示
乗検定により男女間の比較を行った。また、どの
した(P < 0.05)。
ような他者と一緒に運動する場合に低い抑うつ傾
向を示すのかを検討するために、運動を一緒に行
B.運動仲間の存在と抑うつの関連
ロジスティック回帰分析の結果、男性において、
(39)
表 1 .対象者の特徴
Table 1.Characteristics of participants.
Male
(n = 701)
Female
(n = 726)
Total
(n = 1427)
Age(year)
73.8 ± 6.4
73.5 ± 6.2
Depressive symptoms, n(%)
151
(21.5)
146
(20.1)
Non-exercise, n(%)
277
(39.5)
255
(35.1)
532
(37.3)
Individual exercise, n(%)
214
(30.5)
197
(27.1)
411
(28.8)
Group exercise, n(%)
210
(30.0)
274
(37.7)
58(8.3)
100
(13.8)
Poor, n(%)
158
(22.5)
111
(15.3)
269
(18.9)
Average, n(%)
474
(67.6)
555
(76.4)
1029
(72.1)
69(9.8)
60(8.3)
129(9.0)
115
(16.4)
79
(10.9)
Exercise
*
73.6 ± 6.3
297
(20.8)
*
Living alone, n(%)
Economic conditions
484
(33.9)
*
158
(11.1)
*
Good, n(%)
Clinical history
Heart disease, n(%)
*
194
(13.6)
Stroke, n(%)
38(5.4)
16(2.2)
*
54(3.8)
Joint pain, nerve pain, n(%)
93
(13.3)
141
(19.4)
*
234
(16.4)
The number of reliable relatives
*
Non, n(%)
43(6.1)
31(4.3)
74(5.2)
One, n(%)
134
(19.1)
101
(13.9)
235
(16.5)
Two or more, n(%)
524
(74.8)
594
(81.8)
The number of reliable friends
1118
(78.3)
*
Non, n(%)
161
(23.0)
106
(14.6)
267
(18.7)
One, n(%)
91
(13.0)
127
(17.5)
218
(15.3)
449
(64.1)
493
(67.9)
942
(66.0)
Two or more, n(%)
*Significant sex-difference, P < 0.05.
(n)
180
160
140
120
100
80
60
*
The number of exercise buddy
The number of depression symptoms
X
(X)
X%
Φ =X
□ Male
■ Female
The effect size
103(17)
14.7%
Φ=-0.05
*
55(5) 56(3)
7.7%
7.8%
Φ=-0.09† Φ=-0.11†
*
18(3)
12(1)
9 1)
(
2.5%
1.7%
1(0) 1.2%
Φ=-0.01
0.1% Φ=-0.03 Φ=-0.04
Φ=-0.02
20
Spouse
Depression symptoms
The proportion of the exercise buddy
in each sex
77(8)
11.0%
Φ=-0.10† 58(7)
8.0%
Φ=-0.06
40
0
160(19)
22.0%
Φ=-0.13†
Child
Grandchild
62(2)
8.5%
Φ=-0.13†
12(3)
1.7%
Φ=0.01
Friend of the
same sex
Friend of the
opposite sex
Exercise
expert
(Multiple answers allowed)
図 1 .運動仲間の内訳
Fig.1.Detail of the exercise buddy and depression symptoms.
*Significant sex-difference in the number of each exercise buddy, P < 0.05.
Φ Indicates the effect sizes of association between presence of each exercise buddy and depression symptoms.
† Significant association, P < 0.05.
(40)
抑うつ傾向の該当に対し、他者と実践群は非実践
低くなる傾向がみられた(一人で実践群:OR =
群に比して有意に低いオッズ比を示した(一人で
1.77,95% CI =0.87 - 3.59,他者と実践群:OR
実践群:OR =0.66,95% CI =0.42 - 1.04,他者と
=0.64,95% CI =0.30 - 1.36)。男女合計の分析
実践群:OR =0.48,95% CI =0.29 - 0.79)
(表 2 )。
では、他者と実践群のみにおいて、有意に低いオ
女性においても同様に、他者と実践群は非実践群
ッ ズ 比 を 示 し た(一 人 で 実 践 群:OR = 1.10,
に比して有意に低いオッズ比を示した(一人で実
95% CI =0.69 - 1.75,他者と実践群:OR =0.45,
践群:OR =1.15,95% CI =0.71 - 1.85,他者と実
95% CI =0.27 - 0.74)。
践群:OR =0.61,95% CI =0.37 - 0.997)。男女合
2 .人口密度高位群
計の分析においても同様の結果が得られた(一人
男性では、非実践群に比して、一人で実践群お
で実践群:OR =0.84,95% CI =0.61 - 1.16,他者
よび他者と実践群の両群は、オッズ比が低くなる
と実践群:OR =0.51,95% CI =0.36 - 0.72)
。
傾 向 が み ら れ た(一 人 で 実 践 群:OR = 0.51,
C.人口密度別にみた運動仲間の存在と抑うつ
95% CI =0.26 - 1.02,他者と実践群:OR =0.68,
の関連
95% CI =0.34 - 1.38)。女性においても、一人で
1 .人口密度低位群
実践群および他者と実践群の両群は、オッズ比が
男性では、他者と実践群は、抑うつ傾向の該当
低くなる傾向がみられた(一人で実践群:OR =
に対し、非実践群と比べて有意に低いオッズ比を
0.75,95% CI =0.38 - 1.46,他者と実践群:OR
示した(一人で実践群:OR =0.83,95% CI =0.44
=0.53,95% CI =0.27 - 1.07)。男女合計の分析
- 1.57,他者と実践群:OR =0.38,95% CI =0.18
では、非実践群に比して、他者と実践群は有意に
- 0.77)
(表 3 )
。女性においても同様に、有意で
低いオッズ比を示したが、一人で実践群において
はないものの、他者と実践群においてオッズ比が
もオッズ比が低くなる傾向にあった(一人で実践
表 2 .運動仲間の存在と抑うつの関連
Table 2.Association between the presence of exercise buddy and depression.
Variable
Non-exercise
Male
OR
95%CI
1.00
Total †
Female
OR
95%CI
1.00
OR
95%CI
1.00
Individual exercise
0.66
(0.42 - 1.04)
1.15
(0.71 - 1.85)
0.84
(0.61 - 1.16)
Group exercise
0.48
(0.29 - 0.79)
0.61
(0.37 - 0.997)
0.51
(0.36 - 0.72)
Bold numbers indicate P < 0.05. Odds ratios and 95% confidence intervals were adjusted by age, living alone, economic conditions, clinical history, the number of reliable relatives and friends. † Additional adjustment for sex.
表 3 .人口密度別にみた運動仲間の存在と抑うつの関連
Table 3.Association between the presence of exercise buddy and depression in each population density group.
Male
OR
95%CI
Total †
Female
OR
95%CI
OR
95%CI
Low population density
Non-exercise
1.00
Individual exercise
0.83
(0.44 - 1.57)
1.77
(0.87 - 3.59)
1.10
(0.69 - 1.75)
Group exercise
0.38
(0.18 - 0.77)
0.64
(0.30 - 1.36)
0.45
(0.27 - 0.74)
1.00
1.00
High population density
Non-exercise
1.00
Individual exercise
0.51
(0.26 - 1.02)
0.68
(0.34 - 1.38)
Group exercise
1.00
1.00
0.75
(0.38 - 1.46)
0.64
(0.40 - 1.02)
0.53
(0.27 - 1.07)
0.57
(0.35 - 0.93)
Bold numbers indicate P < 0.05. Odds ratios and 95% confidence intervals were adjusted by age, living alone, economic conditions, clinical history, the number of reliable relatives and friends. † Additional adjustment for sex.
(41)
群:OR =0.64,95% CI =0.40 - 1.02,他者と実
抑うつ予防の観点からは、特に人口密度が低い地
践群:OR =0.57,95% CI =0.35 - 0.93)
。
域では一人で運動するのではなく、他者と運動す
ることが重要であると示唆された。本検討は、 1
考 察
つの市の一地区という狭い地域で行ったため、対
本研究は、運動実践と抑うつの関連性が、運動
象地域を広くすることでより顕著な差異が認めら
を一人で行っている者と他者と一緒に行っている
れるかもしれない。
者とで異なるかを検討した。また、どのような他
以上より、地域在住高齢者における運動仲間の
者と一緒に運動する場合に低い抑うつ傾向を示す
存在は低い抑うつ傾向と関連することが明らかと
のかを検討した。更に、運動仲間の存在と抑うつ
なった。また、特に人口密度が低い地域の高齢者
の関連性が地域特性によって異なるのかを明らか
において、抑うつ予防として、他者と運動するこ
にするために、人口密度別の検討を併せて行った。
とが重要であると示唆された。なお、本研究は横
その結果、運動実践と低い抑うつ傾向の関連は、
断研究であるため、他者との運動実践と良好な心
男女とも他者と実践している者においてのみ認め
理状態の因果関係を明らかにできていない。今後
られた。先行研究では他者との運動実践について、
の課題は、運動を介した社会交流の有効性を確立
高齢者における機能障害の予防効果 や中年者に
するために、他者との運動実践と良好な心理状態
おける良好な心理状態の保持に対する効果
を
の因果関係を縦断研究で明らかにすること、運動
報告しているが、本研究では新たに地域在住高齢
実践の目的や人数、運動実践中の身体活動量を考
者において、他者との運動実践と良好な心理状態
慮した検討を行うことが挙げられる。
4)
10)
に関連が認められることを示した。また、運動を
一緒に実践する相手は、男女ともに同性の仲間が
総 括
最も多く、女性では同性の仲間との運動実践は低
本研究では運動実践と抑うつの関連性が、運動
い抑うつ傾向と有意に関連した。同性の仲間との
を一人で行っている者と他者と一緒に行っている
運動実践が多い理由として、同性の運動仲間を作
者とで異なるかを検討した。その結果、一人より
りやすいことや、同様の運動種目に取り組んでい
も他者と運動することが良好な心理状態と関連す
る場合が多いことなどが考えられる。男性におい
ることが分かった。また、抑うつ予防としての運
ては、配偶者と実践している者が 2 番目に多く、
動仲間の存在の意義は、特に人口密度が低い地域
配偶者との運動実践は低い抑うつ傾向と有意に関
において大きいことが示唆された。
連した。男性にとって配偶者は比較的一緒に運動
謝 辞
を実践しやすい相手であると考えられる。一方、
本研究にご協力いただきました地域住民および笠間市
女性では、運動の専門家と実践する者が多く、運
高齢福祉課の職員の方々に厚くお礼を申し上げます。ま
動の専門家との運動実践は低い抑うつ傾向と有意
た、本研究の遂行にあたり、助成を賜りました公益財団
に関連した。女性では、自治体等が運営する運動
法人明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。
教室や民間のスポーツクラブに通っている者が多
いと推察され、専門家の指導を受ける場合、運動
実践に対してより積極的な姿勢を有している可能
性がある。
地域特性を考慮した分析では、人口密度にかか
わらず、非実践群に比して他者と実践群は低い抑
うつ傾向を示した。一方、人口密度が高い地域に
おける一人で実践群は非実践群よりオッズ比が低
くなる傾向がみられたのに対し、人口密度が低い
地域では非実践群と同程度のオッズ比を示した。
参 考 文 献
1)Bridle C, et al.(2012)
: Effect of exercise on depression
severity in older people: systematic review and metaanalysis of randomised controlled trials. Br J Psychiatry,
201(3)
, 180-185.
2)Cooney GM, et al.(2013)
: Exercise for depression.
Cochrane Database Syst Rev, 9.
3)Fukutomi E, et al.(2013)
: Importance of cognitive assessment as part of the“Kihon Checklist”developed by the
Japanese Ministry of Health, Labor and Welfare for prediction of frailty at a 2-year follow up. Geriatr Gerontol Int,
(42)
13
(3), 654-662.
4)Kanamori S, et al.(2012): Participation in sports organizations and the prevention of functional disability in older
Japanese: the AGES Cohort Study. PLoS One, 7( 11),
e51061.
5)Kanamori S, et al.(2015)
: Group exercise for adults and
depression among people 65 years and over living in rural
and urban areas of Quebec. Int J Geriatr Psychiatry, 24
(11), 1226-1236.
8)相馬優樹ら(2015)
: 介護予防運動の認知と関連する
要因の検討 活動拠点までの物理的距離と社会交流状
況に着目して.日本公衛誌,62(11), 651-661.
elderly : Determinants of participation in group exercise
9)Street G, et al.(2007)
: The relationship between organised
and its associations with health outcome. Jpn J Phys Fit
physical recreation and mental health. Health Promot J
and Sport, 4(4), 315-320.
, 236-239.
Austr, 18(3)
6)厚生労働省「うつ予防・支援マニュアル」分担研究
10)Takeda F, et al.(2015)
: How possibly do leisure and
班(2009): う つ 予 防・ 支 援 マ ニ ュ ア ル(改 訂 版)
.
social activities impact mental health of middle-aged
http://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1_09.pdf
adults in Japan?: An evidence from a national longitudinal
7)Mechakra-Tahiri S, et al.,(2009): Social relationships and
, e0139777.
survey. PLoS One, 10(10)
(43)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.43∼47(2016.4)
高齢者における日常的な身体活動の増加がメンタルヘルス
および新規うつ病バイオマーカーに及ぼす影響
高 橋 将 記*
宮 下 政 司**
EFFECTS OF INCREASED DAILY PHYSICAL ACTIVITY ON
MENTAL HEALTH AND EMERGING DEPRESSION
BIOMARKERS IN OLDER ADULTS
Masaki Takahashi and Masashi Miyashita
Key words: physical activity, mental health, oxidative stress, BDNF, aging.
メンタルヘルスとうつ病バイオマーカーの因果関
緒 言
係については十分に検討されていない。そこで、
近年、ストレスに起因するメンタルヘルスの悪
本研究では、高齢者における日常的な身体活動量
化が深刻化しており、心疾患、動脈硬化症をはじ
の増加がメンタルヘルスおよび酸化ストレスを含
め、生活習慣病など種々の疾患の発症に関与する
めたうつ病バイオマーカーに及ぼす影響について
ことが示唆されている 。特に高齢者では、身体
検討した。
6)
機能の低下やその他の生理機能の低下が顕著とな
方 法
り、メンタルヘルスの問題も増える。したがって、
身体活動量の増加を含めた生活習慣の改善により
A.対象者
メンタルヘルスを改善することは重要と考えられ
対象者は、早稲田大学所沢キャンパス、所沢市
ている。実際に、運動トレーニングや身体活動量
シルバー人材センターに募集要項を配布し募集し
の増加により、メンタルヘルスおよびうつ病状態
た。60歳以上の高齢女性を対象とし、慢性的に服
が改善すると報告されているが 、生理・生化学
薬のある者、健康診断等において糖尿病(高血糖)、
的メカニズムは不明な点が多い。
脂質異常症の指摘を受けたことのある者を除外し
先行研究により、客観的なうつ病バイオマー
た40名を対象とした。なお、介入前の評価に不参
カーとして、セロトニンや脳由来神経栄養因子
加の 1 名、また介入後の評価に不参加の 1 名を解
1)
(brain-derived neurotrophic factor; BDNF)などが報
告されている
。近年、うつ病患者では、内分泌、
2,4)
析対象から除外した。したがって、解析対象者は、
対照群19名と介入群19名とした。また、介入前評
免疫および神経系の機能が低下し、生体内の酸化
価により、運動を医師から禁止されている者ある
ストレスを高めている可能性が指摘されてい
いは既に別の研究介入プログラムに参加している
る
者は含まれていなかった。対象者にはあらかじめ、
。一方で、身体活動量の増加に伴い変動する
5,9)
* 早稲田大学理工学術院
Faculty of Science and Engineering, Waseda University, Tokyo, Japan.
** 早稲田大学スポーツ科学学術院 Faculty of Sport Sciences, Waseda University, Saitama, Japan.
(44)
研究の目的、方法および実験に伴う苦痛、危険性
た。 2 週間の介入前評価および 8 週間の介入終了
などについて十分な説明を行い、書面による研究
後、歩数(歩/ 日)データを得た。また活動強度
参加の同意を得た。本研究は、早稲田大学のヒト
別( 9 レベル: 1 ∼ 9 METs)の実施時間より、
を対象とする研究倫理委員会の承認を得て実施し
中強度以上( 3 METs 以上)で実施された活動時
た(承認番号:2014-271)
。
間(分/日)を算出した。
B.介入内容
4 .採血項目
すべての対象者に対し、介入前の身体活動量を
上腕静脈より得られた血液から、血清酸化スト
把握するために 3 ∼ 4 週間前から加速度計の装着
レス指標として活性酸素代謝産物濃度、初期の脂
を依頼し、介入前評価の 2 週間を解析対象とした。
質酸化を評価するヘキサノイルリジン濃度を測定
加速度計は、 3 軸加速度計(Active style Pro HJA-
した。また、血清 BDNF 濃度ならびにセロトニ
750C,オムロンヘルスケア株式会社,京都)を
ン濃度も合わせて評価した。
用いた。その後、介入前評価を実施し、対照群と
D.統計解析
介入群に無作為に割り付けた。介入群には、強
すべてのデータは、平均値±標準誤差で示した。
度・時間・頻度を問わず日常的な身体活動を増加
すべてのデータについて Kolmogolov-Smirnov 検
させ、身体不活動の時間を減らすように教示した。
定により正規性の検定を実施し、正規性が認めら
対照群には、現在の生活習慣を維持してもらった。
れたため、 2 群間と介入前後における値の変化に
また介入群には活動記録日誌の記入を依頼した。
ついては、二元配置分散分析〔群(対照群と介入
介入期間は 8 週間とし、両群に加速度計の装着を
群)×時間(介入前と介入後)〕を実施した。有意
指示した。
な交互作用が認められた場合は、介入効果ありと
C.測定項目
判定し、介入前後の変動を Bonferroni 法による多
介入前後で身体特性、質問紙調査によるメンタ
重比較検定を post-hoc 検定として用いた。なお、
ルヘルスの評価、加速度計による身体活動評価、
有意な交互作用が認められなかった場合には、各
採血を実施した。なお、測定日前日22時以降は、
群における介入前後の比較に、対応のある t 検定
水以外の摂取は禁止とし翌日の朝 8 ∼ 9 時に空腹
を実施した。検定の有意水準は P 値が 5 %未満
時採血を行った。また、測定日前日および介入後
とした。すべての統計処理は Predictive Analytics
評価前日の食事は、介入前評価と同じ食事を摂取
software(SPSS Statistics version 21.0,IBM 社製)
するように指示し、激しい運動は控えるように依
を用いた。
頼した。
1 .身体特性
結 果
身体特性として、身長、体重、BMI(body mass
8 週間の介入前後の身体特性、GDS スコアの
index)
、収縮期血圧、拡張期血圧を測定した。
変化を表 1 に示す。身体特性、GDS スコアに有
2 .質問紙調査によるメンタルヘルスの評価
意な介入効果は認められなかった(表 1 )。
メンタルヘルスを評価するために高齢者抑うつ
A.介入前後における身体活動量の変化
尺度(Geriatric Depression Scale; GDS)簡易版を用
介入前後の身体活動量の変化を図 1 に示した。
いた。GDS スコアが、 5 点以上の者を抑うつ傾
二元配置分散分析の結果、歩数に有意な交互作用
向あり、10点以上の者をうつ状態と判定したが、
が認められ、介入群において約2000歩/ 日の歩数
本研究対象者に10点以上の者は含まれていなかっ
の 増 加(交 互 作 用 P = 0.001,post-hoc 検 定 P =
た。
0.001)が認められた。 3 METs 以上の身体活動
3 .加速度計評価
量は介入群において約 8 分/ 日の増加(交互作用
対象者には、加速度計の取り扱い方について十
P = 0.231,t 検定 P = 0.047)が認められた(図 1 )。
分な説明を行い、入浴時間を除く起床から就寝ま
また、活動記録日誌より身体活動量増加に寄与し
での終日、腰部の斜め前方に装着するよう依頼し
たとされるものとして、徒歩での移動、家事、階
(45)
表 1 .介入前後における身体特性、GDS スコアの変化
Table 1.Changes in physical characteristics and Geriatric Depression Scale
(GDS)score between the
baseline and 8 weeks values in each group.
Control
(n = 19)
Baseline
Height(cm)
8 weeks
152.5 ± 1.2
Active(n = 19)
Baseline
8 weeks
152.5 ± 5.2
ANOVA(Interaction)
P
ns
Body weight
(kg)
51.9 ± 1.6
51.6 ± 1.6
57.3 ± 2.0
57.2 ± 2.0
ns
BMI
(kg/m2)
22.1 ± 0.6
22.8 ± 0.9
24.7 ± 0.8
24.7 ± 0.8
ns
SBP(mmHg)
146.7 ± 5.9
135.0 ± 4.6
140.2 ± 4.5
134.5 ± 4.8
ns
DBP(mmHg)
84.6 ± 3.2
81.3 ± 1.9
84.3 ± 2.4
82.5 ± 2.7
ns
3.6 ± 0.7
2.9 ± 0.6
3.7 ± 0.6
2.9 ± 0.4
ns
GDS
Values are mean ± standard deviation.
BMI; body mass index, SBP; systolic blood pressure, DBP; diastolic blood pressure, GDS; Geriatric Depression Scale, ns; not significant.
(a)
(b)
***
8 weeks
8000
6000
4000
100
Baseline
MVPA (min / day)
Steps(steps/day)
10000
Baseline
8 weeks
90
80
70
60
2000
0
#
50
Control
Active
Control
Active
図 1 .介入前後における歩数、MVPA の変化
Fig.1.Changes in steps(a)and MVPA(b)between the baseline and 8 weeks values in the Control and Active groups.
Data represent mean SE values. Main effect of time
(P = 0.014)
, interaction for group time
(P = 0.001)
for steps. Main
effect of time
(P = 0.032), interaction for group time(P = 0.231)
for MVPA. ***Significantly different from the baseline
value in the same group(post hoc comparisons for Bonferroni, P < 0.001)
, #Significantly different from the baseline value in
the same group
(paired t-tests, P < 0.05).
MVPA; moderate to vigorous physical activity.
(a)
(b)
8 weeks
420
390
360
Baseline
210
8 weeks
180
150
120
90
60
330
300
240
Baseline
HEL (nmol/l)
d-ROMs(U/CARR)
450
30
0
Control
Active
Control
Active
図 2 .介入前後における血清酸化ストレス指標の変化
Fig.2.Serum derivatives of reactive oxygen metabolites(d-ROMs)
(a)and concentrations of hexanoyl lysine(HEL)
(b)
measured at baseline and 8 weeks in the Control and Active groups.
Data represent mean SE values.
(46)
(a)
(b)
8 weeks
BDNF(pg/ml)
25000
20000
15000
10000
Baseline
8 weeks
18
*
16
14
12
5000
0
20
Baseline
Serotonin (ng/ml)
*
30000
Control
Active
10
Control
Active
図 3 .介入前後における血清 BDNF、セロトニン濃度の変化
Fig.3.Serum brain derived neurotrophic factor
(BDNF)
(a)and concentrations of serotonin(b)measured at baseline and 8 weeks
in the Control and Active groups.
Data represent mean SE values. Main effect of time
(P = 0.374)
, interaction for group time
(P = 0.019)
for serum BDNF concentrations. Main effect of time(P = 0.240), interaction for group time
(P = 0.003)for serum serotonin concentrations. *Significantly different from the baseline value in the same group
(post hoc comparisons for Bonferroni, P < 0.05)
.
段の利用などがみられた。
B.介入前後における血清酸化ストレス指標の
変化
体活動量の増加によりメンタルヘルスの改善やう
つ病発症リスクの低下が報告されているが1)、本
研究では GDS で評価した抑うつ状態に介入効果
介入前後の血清酸化ストレス指標の変化を図 2
は認められなかった。その要因の 1 つとして、本
に 示 し た。 二 元 配 置 分 散 分 析 の 結 果、 血 清 d-
研究の対象者のメンタルヘルスの状態が良好で
ROMs 濃度、血清ヘキサノイルリジン濃度ともに
あった可能性が考えられる。実際に、介入前評価
交互作用は認められず、群内での介入前後の変化
において GDS スコアが 5 点以上で抑うつ傾向あ
も有意差は認められなかった(図 2 )
。
りと判定された者は、各群 7 名(37%)であった。
C.介入前後における血清 BDNF およびセロ
トニン濃度の変化
したがって、今後はメンタルヘルスの低下した対
象者に対し、日常的な身体活動量増加の影響を検
介入前後の血清 BDNF およびセロトニン濃度
討する必要があると考えられる。ただし、介入前
の変化を図 3 に示した。血清 BDNF およびセロ
評価において抑うつ傾向ありと判定された各群 7
トニン濃度に有意な交互作用が認められ、介入群
名の GDS の変動について検討したところ、対照
において増加した(血清 BDNF 濃度:交互作用 P
群では 8 週間後の評価においても 6 名が GDS ス
= 0.019,post-hoc 検定 P = 0.023,血清セロトニン
コア 5 点以上だったのに対し、介入群では 3 名で
濃度:交互作用 P = 0.003,post-hoc 検定 P = 0.040)
あった。したがって、抑うつ傾向のある高齢者で
は、日常的な身体活動を高めることによりメンタ
(図 3 )
。
考 察
ルヘルスを改善できる可能性が示唆される。
本研究では、介入前後における血清中の酸化ス
本研究では、高齢女性における 8 週間の日常的
トレス指標、BDNF 濃度ならびにセロトニン濃度
な身体活動量の増加は、メンタルヘルスおよび酸
を評価した。多くの先行研究において、運動ト
化ストレス指標に影響を及ぼさないものの血清
レーニングや身体活動量の増加に伴い血清酸化ス
BDNF 濃度ならびにセロトニン濃度を増加させる
トレスが低下することが示されている7)。近年で
ことが示された。これらの結果は、日常的な身体
は、血清酸化ストレス指標がうつ病バイオマー
活動を高めることにより神経系ならびに内分泌系
カーとして有効となる可能性が示唆されている
を改善させ、高齢女性におけるメンタルヘルスの
が5,9)、本研究では GDS スコアと酸化ストレス指
悪化抑制の可能性を示唆している。
標として用いた血清中の活性酸素代謝産物濃度な
先行研究では、定期的な運動トレーニングや身
らびにヘキサノイルリジン濃度との間に有意な関
(47)
連は認められなかった。また、日常的な身体活動
ンタルヘルスおよび血清酸化ストレス指標に影響
量の増加により血清酸化ストレス指標に有意な変
は及ぼさないものの、血清 BDNF ならびにセロ
動は認められなかった。運動トレーニングが酸化
トニン濃度の増加が認められた。これらのことか
ストレスを改善することを報告した先行研究では、
ら高齢期において日常的な身体活動を高めること
より高強度かつ高頻度の運動トレーニングが用い
により神経機能や内分泌機能を改善することで抑
られている 。本研究では、介入群における歩数
うつ発症リスクを低下させる可能性が示唆された。
3)
の増加は、 1 日当たり平均で2000歩程度であった
こと、また中強度以上の身体活動量も有意な介入
効果を示さなかったことから介入量の低さが酸化
ストレス状態を改善しなかった要因と考えられる。
血清 BDNF ならびにセロトニン濃度は、介入
後に有意な増加を示した。先行研究では運動ト
レーニングにより、海馬における BDNF 発現増
加や血清 BDNF 濃度の増加が報告されている2)。
運動が血清 BDNF 濃度を高めるメカニズムは不
明であるが、うつ病患者やアルツハイマー病患者
において血清 BDNF 濃度が低下することが示さ
れている
謝 辞
本研究を進めるにあたり、ご協力いただきました被験
者ならびに協力者の皆様に厚く御礼申し上げます。また、
本研究を実施するにあたり多大な助成を賜りました公益
財団法人明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
1)Cooney GM, et al.(2013): Exercise for depression. Cochrane Database Syst Rev, 9, CD004366.
2)Erickson KI, et al.
(2012)
: The aging hippocampus: interactions between exercise, depression, and BDNF. Neuroscientist, 18, 82-97.
。したがって、高齢者の日常的な身体
3)Fatouros IG, et al.(2004)
: Oxidative stress responses in
活動量の増加は、血清 BDNF 濃度を増加させ、
older men during endurance training and detraining. Med
2,8)
メンタルヘルス改善ならびにうつ病発症リスクの
低下に寄与する可能性がある。また、血清セロト
ニン濃度は、介入後に有意な上昇を示した。血清
セロトニン濃度の生理学的意義は明らかになって
いないが、脳内のセロトニンがうつ病発症リスク
に関与することや自律神経系の調節に寄与してい
ることが示唆されていることから4)、運動や身体
活動量の増加による血清セロトニン濃度の増加に
関するメカニズムならびに生理学的意義について
今後、詳細に検討する必要がある。
総 括
本研究では、高齢女性における 8 週間の日常的
な身体活動量の増加がメンタルヘルスおよびうつ
病バイオマーカーに及ぼす影響について検討し
た。その結果、 8 週間の身体活動介入に伴い、メ
Sci Sports Exerc, 36, 2065-2072.
4)Meeusen R, et al.(2006): Central fatigue: the serotonin
hypothesis and beyond. Sports Med, 36, 881-909.
5)Milaneschi Y, et al.(2013)
: Lipid peroxidation and
depressed mood in community-dwelling older men and
women. PLoS One, 8, e65406.
6)Pan A, et al.(2012): Bidirectional association between
depression and metabolic syndrome: a systematic review
and meta-analysis of epidemiological studies. Diabetes
Care, 35, 1171-1180.
7)Peternelj TT, et al.(2012)
: Antioxidant supplementation
during exercise training: beneficial or detrimental? Sports
Med, 41, 1043-1069.
8)Weinstein G, et al.(2014): Serum brain-derived neurotrophic factor and the risk for dementia: the Framingham
Heart Study. JAMA Neurol, 71, 55-61.
9)Yager S, et al.
(2010)
: Depression and oxidative damage to
lipids. Psychoneuroendocrinology, 35, 1356-1362.
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(48)
2014 年度 pp.48∼54(2016.4)
児童期のメンタルヘルスの変化と体力・身体活動量に関する
縦断研究
―高体力と活動的な生活は成長に伴うメンタルヘルスの変化に影響するか?―
飛 奈 卓 郎*
峰 松 和 夫**,*** 石 井 聡****
綱 分 憲 明*
THE ASSOCIATION BETWEEN PHYSICAL FITNESS, PHYSICAL ACTIVITY,
AND MENTAL HEALTH IN CHILDREN - HIGHER PHYSICAL FITNESS
AND ACTIVE LIFESTYLE AFFECTS AGE-RELATED
ALTERATION OF MENTAL HEALTH ? Takuro Tobina, Kazuo Minematsu, Satoshi Ishii,
and Noriaki Tsunawake
Key words: longitudinal study, junior school, extra-curricular activity, sports.
中学校への進学時期を境に変化する精神的な問題
緒 言
を克服できるよう、小学生の頃から支援をする必
思春期を迎える子ども達は精神的にもさまざま
要がある。
な悩みをもち、学校教育においても大きな影響を
ところで、座りがちな生活は不安感を増加さ
与えている。例を挙げると、不登校の児童・生徒
せ8)、日常身体活動量が高い児童ではストレス反
は小学校 6 年生の8,515名に対して、中学 1 年生
応が低いことが報告されている10)。高い日常身体
では23,960名、中学校 3 年生では38,242名と 4 倍
活動量と良好なメンタルヘルスの関連が示される
以上に増加し 、この理由として、不安な情緒的
一方で、運動部での競技活動に起因する対人関係
混乱(29.8%)
、無気力感(25.9%)、いじめを除
の軋轢の増加などネガティブな面も存在した
く友人関係をめぐる問題(14.5%)などが報告さ
り 9)、それらの問題がソーシャル・サポートに
れている4)。
よって回避できる可能性2)が示されたりと、身体
学校生活においてみられるさまざまな児童生徒
活動に伴う間接的な因子がメンタルヘルスへ影響
の逸脱行動を生み出す原因の 1 つとして、学校生
を与えていることも報告されている。児童の課外
活のなかで感じているストレスの増大があげら
活動として実施される運動クラブへの所属は、メ
れ、特に先生や友達との人間関係、学業成績、授
ンタルヘルスに影響を与える因子になりうるであ
業中の発表などが共通した項目となっている
ろうか。
4)
。
5,7)
*
**
***
****
長崎県立大学看護栄養学部栄養健康学科 Faculty of Nursing and Nutrition, University of Nagasaki, Nagasaki, Japan.
長崎大学教育学部
Faculty of Education, Nagasaki University, Nagasaki, Japan.
順天堂大学医学部
School of Medicine, Juntendo University, Tokyo, Japan.
長崎県立大学大学院人間健康科学研究科 Graduate School of Human Health Science, University of Nagasaki, Nagasaki, Japan.
(49)
本研究では小学生を対象に、まずメンタルヘル
別で T スコア化したものを用いた。なお50 m 走
スと体力レベル、日常身体活動量や運動クラブへ
は記録を T スコア化したため、数値が低いほど
の参加に関連があるのかを横断的に調査した。そ
成績が良くなる。
して進級に伴いメンタルヘルスがどのように変化
E.メンタルヘルスの評価
するか、その変化に体力レベル、日常身体活動量
児童用メンタルヘルス診断検査6)を用いた。こ
や運動クラブへの参加がどのように影響するかを
れは全30項目から構成される自記式の質問紙で、
縦断的に調査した。
本研究では怒り感情、疲労、引きこもりとその 3
方 法
A.対象者と調査時期
因子から算出するストレス反応次元(negative aspects)、目標・挑戦、自信と生活の満足感とその
3 因子から算出するやる気次元(positive aspects)
対象は長崎県内の小学校に通う 4 ∼ 6 年生423
名である。2014年の学年と性別の構成は、 3 年生
男子68名、 3 年生女子61名、 4 年生男子80名、 4
の計 8 項目で評価するものである。
F.運動クラブへの参加と TV・パソコン・ス
マートフォンの使用時間
年生女子65名、 5 年生男子77名、 5 年生女子72名
対象者の運動クラブへの参加状況と、テレビの
で同一の児童を 2 年間にわたり調査した。調査は
視聴時間、パソコンやスマートフォンの使用時間
2014年と2015年の 6 ・ 7 月に実施した。
について質問紙を用いて調査した。質問紙調査は
測定の実施にあたり、研究の目的と測定内容を
すべてクラスごとに実施し、児童が理解しやすい
記載した説明文書を児童に配布して研究への同意
ようにスタッフが各設問の説明をして複数のス
を呼びかけた。同意書に児童の氏名と保護者の署
タッフが補助をしながら進めた。
名が確認できた者を対象者とした。本研究は順天
G.データ処理
堂大学医学部研究等倫理委員会による承認を受け
本研究では2014年と2015年の縦断研究を行うた
て実施した(承認番号:順大医倫第2014019号)。
めに、測定値の変化量を用いて統計処理を行った。
B.身体組成の測定
独立変数を身体組成、体力レベル、日常身体活動
対象者の身長は0.1 cm 単位、体重は0.1 kg 単位
量に関する項目、従属変数をメンタルヘルスに関
で測定して体格指数(BMI)を算出した。体脂肪
する項目として相関分析を行った。 2 群の比較に
率、体脂肪量、除脂肪量、筋肉量は生体インピー
は対応のある t-test と対応のない t-test、相関分析
ダンス法(DC-320,株式会社タニタ,東京)で
にはピアソンの積率相関係数を用いて、危険率
評価した。
5 %未満を有意とした。
C.日常身体活動量の評価
結 果
日常身体活動量の評価のために、対象者には加
速度センサ付き活動量計(アクティマーカー,パ
ナソニック株式会社,大阪府) を腰部へ装着さ
3)
A.進級による対象者特性とメンタルヘルスの
変化
せた。 1 週間の測定期間のうち平日 3 日以上、休
本研究の対象者特性とヘンタルヘルスの変化を
日 2 日間のデータが得られている者を解析に用い
表 1 に示した。2014年の測定値に比べて2015年の
た。
身長、体重、BMI、体脂肪率、体脂肪量、除脂肪
D.体力レベルの評価
体重、筋肉量は有意に高値を示した。また新体力
小学校から文部科学省新体力テストの結果の提
テストのすべての項目が有意に増加した。日常身
供を受け、体力レベルの評価に用いた。測定項目
体活動量は 1 日の平均歩数と 3 METs 以上の身体
は、握力、上体起こし、長座体前屈、反復横とび、
活動時間が有意に減少し、 3 METs 未満の身体活
20 m シャトルラン、50 m 走、立ち幅跳び、ソフ
動時間が有意に増加した。
トボール投げである。本研究では異なる学年と性
またメンタルヘルスの評価項目では、ストレス
別を合わせて検討するため、それぞれの学年と性
反応次元の構成因子である怒り感情と疲労が増加
(50)
表 1 .対象者特性と 2 年間の変化
Table 1.Characteristics and changes of the parameters during 2 years.
2014
n(M/F)
2015
423(225/198)
Age(years)
10±1
11±1
Body composition
Height(cm)
134.4±7.6
140.3±8.1*
Body mass(kg)
30.0±6.5
33.9±7.6*
BMI(kg/m )
16.5±2.2
17.0±2.4*
%Fat(%)
14.6±7.5
15.9±8.1*
2
Fat mass(kg)
4.8±3.6
5.9±4.5*
Lean body mass(kg)
25.3±3.8
28.0±4.3*
Skeletal muscle mass(kg)
24.0±3.5
26.6±4.1*
Hand grip(kg)
14±3
17±4*
Sit-ups(times)
16±6
18±6*
Sit and reach(cm)
29±7
33±7*
Side step(steps)
39±7
41±7*
20 meter shuttle run(times)
43±20
47±22*
Physical fitness
50 meter run(sec)
10.0±1.2
9.9±1.2*
Standing long jump(cm)
146±22
153±19*
16±7
18±8*
Anger
8.6±3.1
9.0±3.3*
Fatigue
7.9±2.7
8.4±3.1*
Softball throw(m)
Mental parameter
Withdraw
7.1±2.5
6.7±2.2*
Negative aspect score
23.6±6.7
24.0±7.1
Goal/Challenge
14.2±3.6
14.0±3.5
Self-confidence
11.9±3.4
11.3±3.3*
Life satisfaction
14.6±3.7
14.3±3.8
Positive aspect score
40.6±9.2
39.6±8.9*
Physical activity
15353 ±3589
14601±3585*
Physical activity under 3 METs
(min/day)
Step count(steps/day)
1278 ±57
1299±41*
Physical activity over 3 METs
(min/day)
144 ±35
127±34*
Values are expressed mean ± SD. *P < 0.05 vs. 2014.
し、引きこもりが減少した一方で、やる気次元と
戦に関するものが最も多く、握力、上体起こし、
その構成因子である自信が減少した。
反復横跳び、20 m シャトルラン、50 m 走、立ち
B.体力レベル、日常身体活動量、TV・パソ
幅跳び、ソフトボール投げ、 1 日の平均歩数、
コン・スマートフォンの使用時間とメンタル
3 METs 未満の身体活動時間と 3 METs 以上の身
ヘルスの関係
体活動時間の10項目であった。また自信とやる気
2014年と2015年に測定した体力レベル、日常身
次元では、上体起こし、20 m シャトルラン、50
体活動量、TV・パソコン・スマートフォンの使
m 走、立ち幅跳び、ソフトボール投げ、 1 日の平
用時間とメンタルヘルスについて、各年ごとに相
均歩数と 3 METs 以上の身体活動時間の 7 項目に
関関係が認められたものを表 2 に示した。 2 年間
関連を認めた。
の測定で共通して関連が認められたのは目標・挑
(51)
表 2 .体力、日常身体活動量、TV・パソコン・スマートフォンの使用時間とメンタルヘルスの関係
Table 2.Correlations of physical fitness, physical activity, spend time on TV・personal computer・smartphone, and mental parameters.
Anger
2014
Fatigue
Withdraw
Negative
aspect
score
Hand grip
Goal
Challenge
Self
Life
confidence satisfaction
Positive
aspect
score
0.120
0.131
0.120
­0.166
­0.129
0.152
0.142
0.146
­0.124
­0.117
0.150
0.187
0.167
−0.162
­0.204
­0.193
0.182
0.193
0.186
0.209
0.137
0.200
0.170
­0.123
­0.156
­0.157
­0.164
0.098
0.154
Sit-ups
Sit and reach
Side step
20 meter shuttle run
50 meter run
­0.128
Standing long jump
Softball throw
­0.150
Step count
0.175
0.166
0.176
0.137
Physical activity
under 3 METs
­0.120
Physical activity
over 3 METs
0.133
Spend time on electric
devices
2015
0.123
0.145
­0.161
­0.100
­0.145
­0.100
Side step
50 meter run
Standing long jump
0.131
0.167
0.128
0.111
Sit and reach
20 meter shuttle run
0.112
0.113
Hand grip
Sit-ups
0.129
0.210
0.226
0.113
0.148
0.110
0.215
0.100
0.131
­0.122
­0.125
­0.135
0.293
0.265
0.170
0.289
0.127
0.128
0.152
­0.198
­0.198
­0.126
­0.207
­0.121
­0.100
0.180
0.173
0.164
Softball throw
0.252
0.237
0.221
Step count
0.189
0.268
0.219
Physical activity
under 3 METs
­0.147
­0.250
­0.172
Physical activity
over 3 METs
0.147
0.250
0.172
Spend time on electric
devices
0.205
0.225
0.139
0.238
Spend time on electric devices was defined as the times of watching and using TV, personal computer, and smartphone.
C.運動クラブへの参加とメンタルヘルスの変
化
2014年の調査で運動のクラブに所属している児
童と、所属していない児童でメンタルヘルスの評
価項目を比較した結果を表 3 に示した。運動クラ
0.05)。一方、2014年に運動のクラブに所属して
いたが2015年には所属していなかった児童20名は
すべての項目で有意差を認めなかった。
D.体力レベル、日常身体活動量と 1 年後のメ
ンタルヘルス
ブに所属している児童は所属していない児童に比
体力レベルや日常身体活動量が高いことが、そ
べて、目標・挑戦、自信とやる気次元が有意に高
の後のメンタルヘルスの変化に好影響を与えるの
かった。
かを調査するために、2014年の体力レベルと日常
2014年の調査時に運動のクラブに所属していな
身体活動量を独立変数、2014年と2015年のメンタ
かったが、2015年では所属していた児童が32名い
ルヘルスの変化量を従属変数として相関分析を
た。この児童は2014年と比べて2015年の怒り感情
行った。ソフトボール投げと目標・挑戦の変化量
が 有 意 に 低 下 し た(9.8 ± 3.7 vs. 8.6 ± 3.2,P <
(r = 0.101,P < 0.05)、 1 日の平均歩数と 3 METs
(52)
表 3 .運動クラブへの所属と非所属の児童のメンタルヘルスの比較
Table 3.Comparison of mental parameters in children, who belong or not belong to extracurricular activities.
Sports
n = 253
Non sports
n = 166
Anger
8.4±2.9
9.0±3.4
Fatigue
7.9±2.7
8.1±2.8
Withdraw
7.1±2.6
7.0±2.4
Negative aspect score
23.4±6.5
24.1±7.0
Goal Challenge
14.6±3.7*
13.4±3.4
Self-confidence
12.3±3.4*
11.2±3.3
Life satisfaction
14.9±3.7
14.3±3.7
Positive aspect score
41.8±9.2*
38.7±9.1
The sports containing basket ball, valley ball, gymnastics, badminton, baseball, soccer
football, rugby football, track and field, tennis, table tennis, judo, kendo, karate, boxing,
golf, and dance. Values are expressed mean ± SD. * P < 0.05 vs. Non sports.
20
20
r = 0. 112
15
10
ΔSelf-confidence
ΔSelf-confidence
10
5
0
5
0
-5
-5
-10
-10
-15
r = 0. 112
15
0
10000
20000
30000
Step count in 2014 (steps/day)
-15
40000
0
100
200
300
400
Physical activity over 3 METs in 2014 (min/day)
図 1 .初期の日常身体活動量と自信の変化の関係
Fig.1.Relationship between baseline of physical activity and alteration of self-confidence.
15
30
r = -0.187
20
ΔNegative aspect score
10
5
ΔWithdraw
r = -0.130
0
-5
10
0
-10
-10
-20
-15
-15000 -10000 -5000
0
5000 10000 15000
ΔStep count (steps/day)
-30
-15000 -10000 -5000
0
5000 10000 15000
ΔStep count (steps/day)
図 2 .引きこもりとストレスの変化と日常身体活動量の変化の関係
Fig.2.Relationship between the alterations of withdraw, negative aspect score, and step count.
(53)
以上の活動時間は自信の変化量と、それぞれ正の
上の両方に寄与したと考えられる。
相関関係を認めた(図 1 )
。
本研究結果の特徴は、高い体力レベルはストレ
E.体力レベルと日常身体活動量の変化とメン
タルヘルスの変化の関係
スの低下より、やる気を高めることに繋がりやす
い可能性を示したことである。20 m シャトルラ
体力レベルや日常身体活動量の変化と、メンタ
ンの変化量と、やる気次元の構成因子である生活
ルヘルスの変化の関係を調査するために、それぞ
の満足感の変化量に相関が認められたことから、
れの変化量との相関分析を行った。20 m シャト
特に持久力の向上が影響を与えていると考えられ
ルランは生活の満足感と正の相関関係(r = 0.107,
る。持久力が高まることで日常的な疲労の回復も
P < 0.05)
、 1 日の平均歩数は引きこもりとストレ
早まるであろうし、身体的な能力としてできると
ス反応次元に負の相関関係を認めた(図 2 )。
感じることも増えるであろう。また持久力が高い
者ほど学力も高いとの報告から1)持久力の向上が
考 察
セルフ・エフィカシーを高め、生活の満足感を高
本研究では児童の体力レベルや日常身体活動量
めることに寄与したのではないかと考えられる。
とメンタルヘルスの関係について縦断調査を行
学校でのストレス要因として学業成績や授業中の
い、高い体力レベルや活動的な生活習慣がメンタ
発表 5,7) があげられているが、挑戦や自信といっ
ルヘルスに好影響を与えるかを検討した。その結
たポジティブな面を高めることで、これらのスト
果、持久力の向上が生活の満足感の向上と関連す
レスに対抗できるかもしれない。また 2 年間の調
ること、日常身体活動量の増加が引きこもりの得
査期間中に運動クラブに所属した児童の怒り感情
点の減少に関与することを見いだした。
が低下したことは、運動に参加することの効果の
進級に伴って怒り感情、疲労が増加して自信と
1 つかもしれない。
やる気が低下するという結果は、学年が上がるに
高い体力レベルと活動的な生活がメンタルヘル
つれて不登校の児童や生徒が増加するという報
スの変化に好影響を与えるかという疑問について
告 を支持するものである。
寄与率は大きくないものの、本研究では 1 日の平
目標・挑戦、自信とやる気次元は2014年と2015
均歩数と 3 METs 以上の身体活動量が多い児童は
年の調査の両方で多くの体力測定項目との関連を
自信が低下しにくいという関連性を見いだした。
認めた。またこれらは 1 日の平均歩数と 3 METs
更に身体活動量とメンタルヘルスの評価項目の変
以上の活動時間とも関連を認めた。更に運動クラ
化量同士の分析結果から、 1 日の平均歩数が増加
ブに所属している児童は所属していない児童に比
するほど引きこもりとストレス反応次元が低下す
べて、やる気次元の項目が有意に高かった。この
ることを示した。日常身体活動量を増加させるこ
結果は日常身体活動量と体力レベルがメンタルヘ
とでネガティブな精神面を抑制することに繋がる
ルスに関連する因子であることを追認
かもしれない。
4)
10)
するも
のである。
上地ら 10) は身体活動による生体内の生理的変
本研究では調査初年度のソフトボール投げの成
化が直接的にストレス反応に寄与しているだけで
績が良い児童ほど、翌年の目標・挑戦が向上する
はなく、友達との交流、体力の向上や運動技術の
との結果を得た。またソフトボール投げは2014年
習得による有能感が自尊感情の向上に役立つ可能
と2015年の両方で目標・挑戦と正の相関を示し
性を述べている。本研究でも運動クラブに所属す
た。この関係には運動クラブへの参加が影響して
る児童は体力レベルも高いことを確認している
いると考えられる。運動クラブに所属する児童は
が、ポジティブな心理面を高めるために仲間との
非所属の児童に比べて目標・挑戦が有意に高く
交流が重要であるのか、体力を高めること自体が
(表 3 )
、またソフトボール投げと握力の成績も高
必要であるのかを言及するには至っていない。し
かった。運動クラブにおけるスポーツ活動が筋力
かし学校の教育現場でこの両者が別々に行われる
やボールを投げる動作の発達と、目標・挑戦の向
ことは稀であり、運動が苦手な児童でも積極的に
(54)
運動クラブに参加したくなるような環境を作るこ
2)永松俊哉ら(2009)
:青年期における運動・スポーツ
とが重要となる。本研究は体力だけではなくメン
活動とメンタルヘルスとの関係.体力研究,107, 11-
タルヘルスの向上のためにも小学校での積極的な
運動への参加の必要性を示すものである。
総 括
本研究では、高い体力レベルはメンタルヘルス
のポジティブな面を高め、活動的な生活はストレ
スを低下させる可能性を示した。運動クラブに所
属することは特にやる気を高めることに繋がると
の結果から、児童が積極的に運動へ参加するよう
な環境を作ることの重要性を示した。
謝 辞
本研究の実施に対して助成を賜りました公益財団法人
明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。また研究
14.
3)Minematsu K, et al.(2015)
: Physical activity cut-offs and
risk factors for preventing child obesity in Japan. Pediatr
Int, 57, 131-166.
4)文部科学省初等中等教育局児童生徒課(2014)
:平成
26 年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題
に関する調査」について.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/09/1362012
5)長根光男(1991)
:学校生活における児童の心理的ス
トレスの分析:小学 4 ,5 ,6 年生を対象にして.教
育心理学研究,39, 182-185.
6)西田順一ら(2003)
:児童用精神的健康パターン診断
検査の作成とその妥当性の検討.健康科学,25, 5565.
7)嶋田洋徳ら(1992)
:児童の心理的ストレスと学習意
欲との関連.健康心理学研究, 5 , 7 -19.
を遂行にするにあたり貴重な助言をいただきました長崎
8)Teychenne M, et al.(2015)
: The association between sed-
県大村市教育委員会社会教育課の江島英典先生、ご協力
entary behaviour and risk of anxiety: a systematic review.
いただきました小学校の関係者の皆様に厚くお礼申し上
BMC Public Health, 15, 513.
9)土屋裕睦ら(1998)
:大学生新入部員をめぐるソーシャ
げます。
参 考 文 献
1)Aberg MA, et al.(2009): Cardiovascular fitness is associated with cognition in young adulthood. Proc Natl Acad
Sci U S A, 106, 20906-20911.
ル・サポートの縦断的研究:バーナウト抑制に寄与
するソーシャル・サポートの活用法.体育学研究,
42, 349-362.
10)上地広昭ら(2000)
:子どもの身体活動とストレス反
応の関係.健康心理学研究,13, 1 - 8 .
(55)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.55∼60(2016.4)
インターバル速歩トレーニングは中高齢者の認知機能低下予防に
有効か?―Trail Making Test による検討―
吉 田 翔*
中 里 浩 一*
岡 本 孝 信*
須 永 美歌子*
EFFECTS OF INTERVAL WALKING TRAINING ON COGNITIVE
FUNCTION IN MIDDLE-AGED AND OLDER ADULTS:
A STUDY USING THE TRAIL MAKING TEST
Sho Yoshida, Koichi Nakazato, Takanobu Okamoto,
and Mikako Sunaga
Key words: Trail Making Test(TMT), interval walking training, cognitive function, middle-aged and older adults.
緒 言
に65∼80%の高強度運動を実施することにより改
善することが示唆されている6)。また、一過性の
平成27年に我が国の65歳以上の人口は3384万人
有酸素運動が認知機能に与える影響について検討
に達し、総人口に占める割合は26.7%とともに過
した研究では、10分間の無酸素性作業閾値強度の
去最高となり、今後も高齢化が進展すると予測さ
運動中に認知課題を行った結果、注意機能が向上
れている 。このような急激な高齢化に伴い、認
することを報告している5)。以上のことから、有
知症患者数も増大し、2025年には700万人を突破
酸素運動により認知機能が改善したとする報告で
するともいわれている。Hirota et al. は、認知機能
は高強度運動が実施されているが、中高齢者では
は加齢により低下し、複雑な歩行機能テストによ
高強度運動を継続して行うのは厳しいことが予想
る成績と認知機能が関連することを報告してい
される。一方、中高齢者が実施しやすい運動とし
る 。認知機能の低下は高齢者の自立した日常生
て低強度と高強度運動のウォーキングを繰り返
活を困難にし、転倒等のリスクを増加させる。し
し行うインターバル速歩が注目を集めている。
たがって、運動等の実施による認知機能の低下予
Nemoto et al. は、インターバル速歩トレーニング
防は重要な課題である。
は呼吸循環機能の向上、血圧の低下、下肢筋力が
近年、運動トレーニングが認知機能に及ぼす影
増加し、更には通常歩行トレーニングと比較して
響について数多く報告されている。有酸素運動が
それぞれの改善の程度が大きいことを報告してい
認知機能に及ぼす影響について検討した研究で
る4)。このようにインターバル速歩は高強度と低
は、認知機能は予備心拍数の75∼85%の高強度運
強度のウォーキングを繰り返すことから、高齢者
動 や予備心拍数の45∼60%から開始し、最終的
でも取り組みやすい運動であり、認知機能改善に
7)
3)
1)
*
日本体育大学 Nippon Sport Science University, Tokyo, Japan.
(56)
向けた運動としても期待できる。本研究は、イン
MRI を使用し右大腿部を撮像した。大転子か
ターバル速歩トレーニングが認知機能に及ぼす影
ら外側顆間の50%部位を解析対象とし、大腿部前
響について検討することを目的とした。
面(大腿四頭筋)と後面(ハムストリングス)の
研 究 方 法
A.対象
筋横断面積を算出した。
2 .血圧
脈派検査装置を使用し血圧を測定した。測定は
運動習慣や喫煙習慣のない60歳以上の健康な男
ベッドに仰臥位の姿勢で行った。
女を対象とし、生活習慣病や慢性疾患を有するも
3 .血液生化学データ
のは除外した。本研究は日本体育大学倫理審査委
正中静脈より採血した血液から、中性脂肪、
員会の承認を得て実施した(承認番号:015-H32
HDL コレステロール値、LDL コレステロール値
号)
。研究の開始に先立ち、研究の趣旨、内容お
を測定した。
よび注意点について文書および口頭にて説明し、
4 .最高酸素摂取量
研究参加の同意を書面により得た。
最高酸素摂取量は自転車エルゴメータを用いた
B.運動プログラム
最大運動負荷試験にて測定した。被験者は30 W
本研究ではウォーキング開始前に参加者から希
で 2 分間のウォーミングアップの後、 2 分ごとに
望を取り、 3 分間のゆっくり歩きと 3 分間の早歩
20 W ずつ漸増する負荷で疲労困憊になるまで自
きを繰り返して行うインターバル速歩トレーニン
転車運動を実施した。
グ(IWT)群と自身のペースでウォーキングを行
5 .トレイルメイキングテスト(TMT)
う通常歩行トレーニング(NWT)群に参加者を
認知機能を TMT 検査で評価した。TMT は part
振り分けた。振り分けに関しては、すべての参加
A、part B の順に実施した。part A は「 1 ∼25」
者の希望どおりとし、任意に IWT 群と NWT 群
までの数字が書かれており、鉛筆で番号順に線で
の 2 群に分かれた。運動量計測器として IWT 群
つなぎ、part B は「 1 ∼13」までの数字と「あ∼し」
は熟大メイト(KC-JM01J,キッセイコムテック)、
までの平仮名があり、数字と平仮名の順に線でつ
NWT 群は三軸加速度センサー搭載の活動量計
なぎ、その時間を計測した。測定では被験者にで
(HJA-403C,オムロンヘルスケア)をそれぞれ使
用し、ウォーキングを実施するときのみ装着する
きるだけ速く行うように指示した。
D.統計解析
よ う 指 示 し た。IWT 群 は、 最 高 酸 素 摂 取 量 の
本研究におけるデータを平均値±標準偏差で示
40%以下の強度におけるウォーキングと最高酸素
した。IWT 群と NWT 群のウォーキングの活動と
摂取量の70∼85%強度におけるウォーキングをそ
年齢における比較には対応のない t 検定を用い
れぞれ 3 分間繰り返し行った。IWT 群の運動強
た。ウォーキングの介入における両群のそれぞれ
度の設定に関してはウォーキングの開始に先立っ
による群内比較は、一元配置分散分析を実施した。
て、 3 分間の立位による安静、 3 分間のスローペ
群間比較においては、二元配置分散分析により交
ースによるウォーキング、 3 分間の普通ペースに
互作用を検討した。統計解析ソフトは SPSS ver.22
よるウォーキング、 3 分間の全速力によるウォー
を用い、P < 0.05を有意とした。
キングを順次行い、ゆっくり歩きと早歩きのペー
スを算出した。NWT 群は、強度の指定はせず自
身のペースでウォーキングを実施したが、早歩き
結 果
A.ウォーキングの活動(表 1 )
やランニングは避けるように指示した。運動時間
男性は運動頻度、 1 日当たりのエネルギー消費
と頻度は、両群ともに 1 日30∼40分を週 3 ∼ 4 日
量と歩数、週ごとのエネルギー消費量と歩数が
行うように指導した。
IWT 群と比較し、NWT 群が有意に高い値を示し
C.評価測定
1 .筋横断面積(CSA)
た(P < 0.05)。女性は、 1 日当たりのエネルギー
消費量と週ごとのエネルギー消費量と歩数が
(57)
表 1 .インターバル速歩および通常歩行トレーニングの活動状況
Table 1.Activity status during training in interval walking and normal walking.
Men
Women
IWT(n = 20)
NWT
(n = 15)
IWT(n = 14)
NWT
(n = 19)
3.6 ± 1.0
4.7 ± 1.4*
3.7 ± 1.0
4.3 ± 1.3
Energy expenditure per session (kcal)
181.7 ± 52.2
317.2 ± 107.1*
116.8 ± 26.1
175.4 ± 68.8*
Step per session
5363 ± 1305
6979 ± 2106*
4433 ± 603
5248 ± 1446
Walking days per week
(min)
22.9 ± 5.9
19.4 ± 5.9
Slow walking time per session (min)
21.1 ± 6.1
18.0 ± 5.6
Fast walking time per session
Weekly energy expenditure
(kcal)
Weekly step
645.0 ± 229.5
1546.9 ± 917.9*
436.2 ± 145.6
812.3 ± 508.2*
19136 ± 6188
33644 ± 18054*
16484 ± 4805
23462 ± 11225*
Weekly fast walking time
(min)
83.6 ± 34.4
73.6 ± 33.9
Weekly slow walking time
(min)
74.6 ± 23.7
65.1 ± 23.3
Values are means
SD. Significantly different from values in IWT
(*< 0.05)
.
表 2 .インターバル速歩および通常歩行トレーニングにおける身体組成と血圧の変化
Table 2.Change in characteristics and blood pressure on interval walking and normal walking training.
Men
IWT(n = 20)
pre
Age (years)
10 weeks
NWT(n = 15)
20 weeks
71.8 ± 5.5
62.6 ± 6.9
BMI(kg/m )
22.7 ± 1.7
2
SBP(mmHg) 132.2 ± 14.9
DBP(mmHg)
80.2 ± 8.1
10 weeks
20 weeks
63.7 ± 7.0
63.9 ± 7.3
P for interaction
74.0 ± 5.3
Height (cm) 165.8 ± 6.3
Weight (kg)
pre
166.8 ± 5.9
62.7 ± 6.9
62.7 ± 7.0
63.6 ± 6.8
0.717
22.8 ± 1.7
22.8 ± 1.7
22.9 ± 2.2
22.9 ± 2.3
22.9 ± 2.3
0.706
124.8 ± 12.5
128.3 ± 11.4
126.7 ± 17.2
126.8 ± 15.2
129.6 ± 14.7
0.108
74.9 ± 5.6*
78.2 ± 8.0
73.5 ± 10.0
75.1 ± 7.5
76.9 ± 7.8
0.017
Women
IWT(n = 14)
pre
Age (years)
10 weeks
NWT
(n = 19)
20 weeks
pre
71.1 ± 4.5
73.4 ± 5.7
Height (cm) 152.1 ± 6.2
151.5 ± 5.3
10 weeks
20 weeks
P for interaction
Weight (kg)
46.8 ± 7.1
46.8 ± 7.2
46.6 ± 7.1
49.8 ± 5.6
49.5 ± 5.3
49.9 ± 5.1
0.126
BMI(kg/m2)
20.3 ± 3.2
20.3 ± 3.3
20.2 ± 3.2
21.7 ± 2.4
21.6 ± 2.3
21.7 ± 2.2
0.096
121.4 ± 18.9
121.9 ± 15.2
127.8 ± 17.1
125.7 ± 18.0
121.3 ± 12.6
0.303
69.0 ± 11.4
70.4 ± 9.9
72.1 ± 8.6
70.6 ± 8.7
71.2 ± 8.8
0.398
SBP(mmHg) 129.3 ± 17.1
DBP(mmHg)
73.7 ± 10.5
Values are means SD. Significantly different from pre values within group
(*< 0.05)
.
BMI; body mass index, SBP; systolic blood pressure, DBP; diastolic blood pressure.
(58)
表 3 .インターバル速歩および通常歩行トレーニングにおける筋横断面積、最高酸素摂取量、血中コレステロールの変化
Table 3.Change in muscle cross-sectional area, peak oxygen uptake and blood cholesterol on interval walking and normal walking
training.
Men
IWT(n = 20)
NWT(n = 15)
P for interaction
pre
20 weeks
pre
20 weeks
Quadriceps muscle (cm2)
58.0 ± 7.6
58.7 ± 7.6*
58.5 ± 7.6
58.8 ± 7.6
0.229
Hamstrings muscle (cm )
60.5 ± 7.2
60.9 ± 7.2
60.8 ± 5.7
61.0 ± 5.9
0.490
24.6 ± 3.7
25.8 ± 4.2
23.4 ± 4.3
24.9 ± 5.7*
0.723
2
(ml/min/kg)
Peak VO2
●
Triglyceride
(mg/dl)
91.1 ± 41.0
79.2 ± 30.3
99.3 ± 38.0
85.8 ± 49.3
0.897
HDL
(mg/dl)
62.2 ± 17.0
61.4 ± 16.7
56.8 ± 17.4
59.7 ± 14.8
0.132
LDL
(mg/dl)
128.3 ± 20.3
120.0 ± 22.8*
101.6 ± 19.1
105.0 ± 19.7
0.035
Women
IWT
(n = 14)
NWT
(n = 19)
P for interaction
pre
20 weeks
pre
20 weeks
Quadriceps muscle (cm2)
43.3 ± 6.5
44.1 ± 6.5*
41.0 ± 5.1
40.8 ± 5.0
0.067
Hamstrings muscle (cm )
43.3 ± 5.8
43.6 ± 5.8
43.1 ± 4.2
43.1 ± 4.2
0.182
21.9 ± 3.0
24.0 ± 3.5*
19.9 ± 2.7
20.9 ± 2.8
0.240
2
(ml/min/kg)
Peak VO2
●
Triglyceride
(mg/dl)
82.5 ± 40.9
83.7 ± 41.5
81.9 ± 30.1
67.5 ± 23.3*
0.079
HDL
(mg/dl)
70.8 ± 19.7
70.1 ± 18.5
70.8 ± 10.4
70.7 ± 11.0
0.851
LDL
(mg/dl)
136.4 ± 26.9
126.1 ± 32.2
121.9 ± 24.7
112.7 ± 22.9*
0.852
Values are means SD. Significantly different from pre values within group
(*< 0.05)
.
Peak VO2; peak oxygen uptake, HDL; high-density lipoprotein, LDL; low-density lipoprotein.
●
表 4 .インターバル速歩および通常歩行トレーニングにおけるトレイルメイキングテストの変化
Table 4.Change in Trail Making Test on interval walking and normal walking training.
Men
IWT(n = 20)
NWT
(n = 15)
P for interaction
pre
10 weeks
20 weeks
pre
10 weeks
20 weeks
TMT A(sec)
31.9 ± 8.8
25.2 ± 6.4*
25.3 ± 7.4*
36.8 ± 12.2
32.1 ± 8.8
29.0 ± 6.8*
0.479
TMT B(sec)
71.0 ± 15.9
71.6 ± 17.5
65.5 ± 20.2
89.6 ± 24.4
76.7 ± 30.9
71.7 ± 20.5*
0.086
Women
IWT(n = 14)
pre
10 weeks
NWT
(n = 19)
20 weeks
pre
10 weeks
20 weeks
P for interaction
TMT A(sec)
31.0 ± 5.5
25.7 ± 7.1*
26.4 ± 5.3*
37.2 ± 9.0
32.8 ± 14.5
28.2 ± 8.4*
0.158
TMT B(sec)
69.0 ± 19.9
59.4 ± 12.0
65.3 ± 19.5
92.5 ± 36.4
89.3 ± 40.1
78.5 ± 24.6
0.109
Values are means SD. Significantly different from pre values within group
(*< 0.05)
.
TMT; Trail Making Test.
(59)
IWT 群と比較し、NWT 群が有意に高い値を示し
心拍数40∼45%で 1 日10∼15分行い、最終的には
た(P < 0.05)。
予備心拍数60∼70%で40∼45分間のウォーキング
B.身体組成と血圧の変化(表 2 )
を 6 か月間実施した結果、Flanker task の成績が
年齢は男女ともに IWT 群と NWT 群の間で有
有意に向上したことを報告している2)。このよう
意差は認められなかった。体重と BMI は両群に
に、先行研究では、中強度から高強度運動を 1 日
おいて男女ともにウォーキング前後に変化は認め
30∼45分程度実施することで認知機能が向上する
なかった。また、収縮期血圧は男女ともにウォー
ことを示唆している。一方、本研究で実施したイ
キング前後に変化を認めなかったが、拡張期血圧
ンターバル速歩は、高強度運動の時間が 1 日20分
は男性の IWT 群のみウォーキング前と比較し、
程度であった。更に 3 分おきに低強度運動を挟み
10週間後で有意に低い値を示した(P < 0.05)。
ながら行うことで中高齢者にも取り組みやすく、
C.筋横断面積、最高酸素摂取量、血中コレス
テロールの変化(表 3 )
認知機能の向上にも有効であることが明らかにさ
れた。
筋横断面積はウォーキング後、前面のみ IWT
本研究では、通常歩行トレーニングを実施した
群において男女ともに有意に増加した(P < 0.05)。
NWT 群でも認知機能が向上した。先行研究では、
最高酸素摂取量はウォーキング後、男性が NWT
一過性の最高酸素摂取量の50%の運動を10分間
群で有意に増加し(P < 0.05)、女性は IWT 群で
行ったところ、運動後は Stroop 課題の反応時間
有意に増加した(P < 0.05)。また、中性脂肪は女
やエラー率が改善したことが報告されている8)。
性の NWT 群で、LDL コレステロールは男性の
日常的なウォーキング強度である最高酸素摂取量
IWT 群と女性の NWT 群で、ウォーキング後有意
の50%の運動でも認知機能が向上していることか
に低い値を示した(P < 0.05)
。
ら、一般的に実施されている歩行中の強度変化の
D.トレイルメイキングテストの変化(表 4 )
ない通常歩行においてもインターバル速歩と同様
TMT A はウォーキング後、IWT 群は男女とも
に認知機能を向上させる可能性が示唆された。
にウォーキング前と比較し、10週間後と20週間後
本研究では、認知機能は IWT 群のほうがより
に有意に低い値を示した(P < 0.05)
。NWT 群は
効果があると予測していたが、IWT 群と NWT 群
ウォーキング前と比較し、男女とも20週間後にの
の間に差はなく両群ともにほぼ同様の効果がみら
み有意に低い値を示した(P < 0.05)
。TMT B は
れた。ウォーキングの実施に関しては、被験者各
男性の NWT 群のみウォーキング前と比較し、20
自のペースで実施していたことから、運動頻度や
週間後に有意に低い値を示した(P < 0.05)。
時間が NWT 群のほうが多くなり、運動量の違い
による影響があった可能性も考えられる。しかし
考 察
ながら、IWT 群は少ない運動量においても認知
本研究の結果より、IWT 群において TMT A が
機能や筋横断面積、最高酸素摂取量が増加してお
改善されていることから、インターバル速歩トレ
り、本研究の結果からウォーキング中に 1 日20分
ーニングは中高齢者の認知機能向上に効果的であ
程度の早歩きを取り入れることが推奨される。今
ることが明らかになった。運動等による強度の高
後は、運動頻度や時間を調節し、運動強度や様式
い身体活動は、生活習慣病や心血管疾患と同様に
の違いが認知機能に与える影響をより詳細に検討
認知機能低下予防にも重要である。Smiley-Oyen
する必要があると考えられる。
et al. は、 1 日25∼30分間トレッドミルやエルゴ
メータによる運動を予備心拍数の45∼60%で開始
総 括
し、最終的に65∼80%の高強度運動を40週間実施
本研究の結果から、インターバル速歩トレーニ
した結果、stroop word color task の遂行時間が短
ングと通常歩行トレーニングはともに認知機能が
縮し、認知機能が向上したことを報告している 。
向上することが明らかにされた。しかしながら、
Colcombe et al. は、 ウ ォ ー キ ン グ 開 始 時 は 予 備
インターバル速歩トレーニングは少ない運動量で
6)
(60)
通常歩行トレーニングと同程度の効果が得られ
た。以上のことから、インターバル速歩トレーニ
ングは中高齢者の認知機能の向上に有効であるこ
とが示唆された。
Making Test and physical performance in elderly Japanese.
Geriatr Gerontol Int, 10, 40-47.
4)Nemoto K, et al.
(2007)
: Effects of high-intensity interbal
walking training on physical fitness and blood pressure in
middle-age and older people. Mayo Clin Proc, 82, 803-
謝 辞
本研究を遂行するにあたり、多大な助成を賜りました
公益財団法人明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げま
811.
5)織田恵輔ら(2012)
: 運動中の脳血流の増加と注意機能
の関係.体力科学,3, 313-318.
6)Smiley-Oyen AL, et al.(2008)
: Exercise, fitness, and
neurocognitive function in older adults: the“selective
す。
参 考 文 献
1)Baker LD, et al.(2010)
: Effects of aerobic exercise on
mild cognitive impairment: a controlled trial. Arch Neurol,
67, 71-79.
improvement”and“cardiovascular fitness”hypotheses.
Ann Behav Med, 36, 280-291.
7)総務省
(2015)
: : 統計からみた我が国の高齢者
(65 歳
以上).
http://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics90.pdf
2)Colcombe SJ, et al.
(2004): Cardiovascular fitness, cortical
8)Yanagisawa H, et al.(2010): Acute moderate exercise
plasticity, and aging. Proc Natl Acad Sci U S A, 101, 3316-
elicits increased dorsolateral prefrontal activation and
3321.
improves cognitive performance with Stroop test.
3)Hirota C, et al.(2010): Association between the Trail
Neuroimage, 50,1702-1710.
(61)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.61∼66(2016.4)
上肢の低強度運動時における一過性の血圧上昇に
有酸素性トレーニングが及ぼす影響
―中高齢者の身体活動時における過剰な血圧上昇の予防を目指して―
大 槻 毅*
膳 法 亜沙子*
AEROBIC EXERCISE TRAINING DECREASES BLOOD PRESSURE DURING
LOW-INTENSITY RESISTANCE EXERCISE OF UPPER LIMB:
PREVENTION OF EXAGGERATED BLOOD PRESSURE RESPONSE
TO PHYSICAL ACTIVITIES OF DAILY LIVING IN
MIDDLE-AGED AND OLDER INDIVIDUALS
Takeshi Otsuki and Asako Zempo
Key words: arm curl exercise, diastolic blood pressure, pulse wave velocity, systolic blood pressure, walking.
ること、歩行を中心とする下肢の身体活動および
緒 言
高強度の身体活動は加齢に伴い減少することを考
運動時は、活動筋の血流量を増加させるために、
えると、上肢における低強度運動時の血圧を低下
血圧が上昇する。しかし、有酸素性運動
させる方法は重要な研究課題である。
1,2)
およ
び抵抗性運動 のいずれにおいても、運動時の過
血管内皮細胞が血管平滑筋を弛緩させる働き
度な血圧上昇は心血管疾患の危険性を高める。心
(血管内皮機能)は加齢により低下し、有酸素性
血管疾患は、我が国における死亡および寝たきり
トレーニングにより増大する。血管内皮機能を改
の原因の約25%を占めており、運動時の血圧を低
善すれば、運動時の機能的交感神経遮断および中
下させる方法を検討する意義は大きい。有酸素性
心動脈の血圧緩衝能力(コンプライアンス)も改
運動時の血圧が習慣的な有酸素性運動の実施(有
善し、運動時の血圧は低下すると考えられる。本
酸素性トレーニング)により低下することは既に
研究では、 1)有酸素性トレーニングにより上肢
報告されている。一方、抵抗性運動時の血圧につ
の低強度運動時の血圧は低下する、 2)その低下
いては、習慣的にウエイトトレーニングを行って
には血管内皮機能の改善が関連する、という仮説
も、同等強度(%最大筋力)の抵抗性運動時にお
の下で、中高齢者を対象に 6 週間のトレーニング
ける血圧は改善しなかったと報告されているな
実験を行うこととした。
1)
ど 、課題として残されている。日常生活には上
3)
肢における低強度の抵抗性運動が多く含まれてい
* 流通経済大学スポーツ健康科学部 Faculty of Sport and Health Sciences, Ryutsu Keizai University, Ibaraki, Japan.
(62)
には、運動中に呼吸を止めないように指示した。
方 法
血圧は運動開始20秒後から運動終了時の間に 1 回
A.対象者
測定し(DINAMAP,GE ヘルスケア)、 2 セット
本研究の対象者は、運動の実施に支障のない中
の平均値を解析に用いた。
高齢者41人である。対象者は、トレーニング群(n
血管内皮機能の変化を評価するために、頸部お
= 22)または対照群(n = 19)のいずれかを自ら
よび鼠径部の血圧波形を記録し、測定部位間の直
選択し、本研究に参加した。実験開始に先立ち、
線 距 離 を 測 定 し て、 脈 波 伝 播 速 度(pulse wave
対象者に文書および口頭で実験の趣旨および内容
velocity; PWV)を算定した(fromPWV/ABI,オム
等を説明し、文書により承諾を得た。本研究は、
5)
ロンコーリン)
。最大酸素摂取量は、最大下の
ヘルシンキ宣言に従い、流通経済大学研究倫理委
漸増負荷運動を行い、心拍数(LRR-03,GMS)
員会の承認を得て実施した(承認番号:第 2 号)。
と酸素摂取量(AE300S,ミナト医科学)との直
B.実験デザイン
線回帰式を算定し、年齢推定最大心拍数に相当す
トレーニング群は、週に 1 回、年齢推定最大心
る酸素摂取量として推定した。早朝空腹時の血液
拍 数 の 60∼75 %(RS400,Polar) で 約 45 分 間 の
生 化 学 検 査 は、 先 行 研 究 と 同 様 の 方 法 で 行 っ
ウォーキングを、著者らの監視下で実施した(図
た4)。
1)
。また、これと同強度のウォーキングを週 2
D.統計解析
∼ 4 回の頻度で自主的に行い、実施時間と主観的
本文中および表中の測定値は平均値±標準偏差
運動強度(ボルグスケール)を記録するように指
で,図中の値は平均値±95%信頼区間で示してい
示した。対照群は、 2 週間に 1 回の頻度で30∼45
る。統計解析には繰り返しのある分散分析および
分間のストレッチ教室に参加した。対象者には、
フィッシャーの方法による事後検定を用いた。有
実験に参加する以外に生活習慣を変えないように
意水準は 5 %未満とした。
指示した。介入期間は 6 週間とし、その前後に各
結 果
種の測定を行った。
C.測定項目と測定方法
A.トレーニングの実施状況、有酸素性能力、
運動負荷試験として、肘の屈曲伸展運動(アー
血液性状
ム カ ー ル) を、 最 大 筋 力(one-repetition maxi-
有酸素性トレーニングの実施期間、頻度、時間
mum; 1 RM)の20%および40%で、それぞれ10
は、それぞれ6.6±0.3週間、4.6±1.3回 / 週、59.7
回× 2 セット行った。運動のテンポは、エクササ
±26.5分 / 回であった。トレーニング時の主観的
イズガイド2006(運動所要量・運動指針の策定検
運動強度および心拍数は、それぞれ11.4±0.8およ
討会2006)に従って 8 秒間に 1 回とした。対象者
び 114 ± 9 bpm(年 齢 推 定 最 大 心 拍 数 の 70.8 ±
6.3%)であった。ボルグスケールでは、11は「楽」、
Pre test
Post test
ストレッチ教室の参加頻度は、0.4±0.1回 / 週で
Training
(walking)
あった。トレーニング群の最大酸素摂取量はト
3-5 d/wk, 45 min/d,
60-75% maximal heart rate
レーニング前に比べてトレーニング後に増大した
Control(muscle stretching)
0.5 d/wk, 30-45 min/d
0
2
4
13は「ややつらい」を意味する。対照群における
(表 1 )。
6 (wk)
図 1 .実験概要
Fig.1.Experimental design.
Community-dwelling middle-aged and older individuals chose
the control(n = 19)or training(n = 22)group and participated
in this study. Before and after the 6-week intervention period,
blood pressure during resistance exercise, pulse wave velocity,
maximal oxygen uptake, and other indices were measured.
B.抵抗性運動時の血圧
トレーニング群の収縮期血圧(systolic blood pressure; SBP)には、運動強度(安静∼40% 1 RM)
とトレーニング期間との交互作用が認められた
(図 2 )。トレーニング群における20% 1 RM お
よび40% 1 RM の SBP はトレーニング前に比べ
(63)
表 1 .対象者の身体特性および血液性状
Table 1.Subjects characteristics.
ANOVA
(Interaction)
Before
After
6/13
10/12
−
−
−
−
−
−
Sex(male/female)
Control
Training
Age, years
Control
Training
63.9
66.6
5.9
7.0
Body mass index, kg/m2
Control
Training
22.5
23.0
2.7
3.5
22.6
22.9
2.6
3.3
P = 0.14
Maximal oxygen uptake, ml/kg/min
Control
Training
24.3
25.3
7.3
3.5
23.7
27.6
6.0
4.0*
P = 0.002
1RM/body weight, %
Control
Training
10.6
11.3
3.5
3.4
11.2
11.1
4.1
3.5
P = 0.10
HDL cholesterol, mg/dl
Control
Training
66
68
19
18
69
69
19
18
P = 0.30
LDL cholesterol, mg/dl
Control
Training
135
133
32
28
147
130
32*
28
P = 0.01
Triglycerides, mg/dl
Control
Training
107
91
69
32
113
99
66
40
P = 0.89
Glucose, mg/dl
Control
Training
101
100
10
24
103
100
11
15
P = 0.51
Hemoglobin A1c, %
Control
Training
5.8
5.8
0.4
0.5
5.8
5.7
0.5
0.5
P = 0.03
Insulin, μU/ml
Control
Training
7.6
7.7
5.5
9.0
6.6
10.3
4.3
13.5
P = 0.25
Values are means SDs. 1RM; one-repetition maximum of an arm curl exercise, ANOVA; repeated
measures two-way analysis of variance. *P < 0.05 vs. before intervention.
Training
Interaction
P = 0.22
160
Pre
Post
140
120
100
Rest
20%
40%
Systolic blood pressure(mmHg)
Systolic blood pressure(mmHg)
Control
180
180
Interaction
P = 0.004
160
Pre
140
Post
120
*
*
100
Rest
20%
40%
図 2 .抵抗性運動時の収縮期血圧における有酸素性トレーニングの効果
Fig.2.Effects of aerobic exercise training on systolic blood pressure during resistance exercise.
An interaction between intervention period and exercise intensity was identified in
systolic blood pressure(SBP)of the training group: SBP at 20% and 40% one-repetition maximum of an arm curl exercise were lower after the intervention compared
to before the intervention. There was no interaction in the control group. Values are
means 95% confidence intervals. *P < 0.05 vs. pre intervention.
(64)
100
Training
Interaction
P = 0.77
90
Pre
Post
80
70
60
Rest
20%
Diastolic blood pressure(mmHg)
Diastolic blood pressure(mmHg)
Control
100
Interaction
P = 0.01
90
Pre
80
Post
70
60
40%
Rest
20%
40%
Aortic pulse wave velocity(m/s)
図 3 .抵抗性運動時の拡張期血圧における有酸素性トレーニングの効果
Fig.3.Effects of aerobic exercise training on diastolic blood pressure during resistance exercise.
An interaction between intervention period and exercise intensity was identified in
diastolic blood pressure(DBP)of the training group, although differences in DBP
between before and after the intervention did not reach statistical significance both at
20%(P = 0.13)and 40%(P = 0.06)one-repetition maximum of an arm curl exercise. There was no interaction in the control group. Values are means 95% confidence intervals.
15.0
14.0
Control
13.0
12.0
Training
11.0
Interaction
P = 0.03
10.0
*
Pre
Post
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
n = 41
r = 0.445
P = 0.003
-60
-70
-6.0
-4.0
-2.0
0.0
∆PWV
(m/s)
2.0
4.0
∆SBP at 40% 1RM(mmHg)
∆SBP at 20% 1RM(mmHg)
図 4 .有酸素性トレーニングによる脈波伝播速度の改善
Fig.4.Effects of aerobic exercise training on aortic pulse wave velocity.
In the training group, aortic pulse wave velocity decreased after the intervention compared to before the intervention, whereas there was no change in the control group.
Values are means 95% confidence intervals. *P < 0.05 vs. pre intervention.
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
n = 41
r = 0.220
P = 0.16
-60
-70
-6.0
-4.0
-2.0
0.0
2.0
4.0
∆PWV(m/s)
図 5 .介入期間前後における脈波伝播速度の変化量と運動時血圧の変化量との
相関関係
Fig.5.Relationships between changes in aortic pulse wave velocity with the intervention period and those in systolic blood pressure during resistance exercise
Changes in aortic pulse wave velocity(PWV)with the intervention period were correlated with changes in systolic blood pressure(SBP)at 20% one-repetition maximum
(1RM)of an arm curl exercise.
(65)
てトレーニング後に低下した。安静時血圧におい
は変動しなかったにもかかわらず、運動時血圧は
ては、トレーニング期間の前後に有意差は認めら
低下した。第二に、安静時血圧が正常な者では安
れなかった。対照群の SBP に有意の交互作用は
静時血圧によるトレーニング効果の検出が難しい
認められなかった。
が、安静時血圧が正常でも運動時の血圧上昇が過
対 照 群 の 拡 張 期 血 圧(diastolic blood pressure;
度な者は少なくない1)。上肢における低強度運動
DBP)に有意の交互作用は認められなかった(図
時の血圧を、トレーニングの実施・継続支援に用
3)
。しかしながら、トレーニング群の DBP には、
いることについても、研究の発展が望まれる。
運動強度とトレーニング期間との交互作用が認め
本研究は、血管内皮機能を改善すれば、運動時
られた。
の機能的交感神経遮断および動脈コンプライアン
C.抵抗性運動時の血圧と PWV
スの改善により運動時血圧が低下するという仮説
対照群に PWV の変動は認められなかったが、
の下で実施した。トレーニング群では PWV が改
トレーニング群の PWV はトレーニング前に比べ
善し、その改善は運動時血圧の改善と相関関係に
てトレーニング後に低下した(図 4 )。介入期間
あるという本研究の結果は、この仮説と矛盾して
前後における PWV の変化量と20% 1 RM の SBP
いない。ただし、PWV に影響を及ぼす因子は血
の変化量との間に相関関係が認められた(図 5 )。
管内皮機能だけではないので、有酸素性トレーニ
考 察
ングが抵抗性運動時の血圧を低下させるメカニズ
ムについては、更なる検討が必要である。
本研究は、有酸素性トレーニングが、心血管疾
総 括
患の危険因子である抵抗性運動時の血圧に及ぼす
影響を検討した初めての研究である。中高齢者が
運動時の血圧は安静時血圧より優れた心血管疾
6 週間の有酸素性トレーニングを行ったところ、
患の予測因子である。特に、上肢における低強度
上肢における低強度運動時の SBP は低下した。
の抵抗性運動は日常生活に多く含まれており、そ
また、運動中における DBP 変化の傾向がトレー
の際の過度な血圧上昇を抑制する方法を検討する
ニング期間の前後で異なることも、交互作用の検
意義は大きい。本研究では、中高齢者41人をト
定によって示された。これらの結果は、有酸素性
レーニング群と対照群に分けて 6 週間の比較対照
トレーニングは、中高齢者における上肢の低強度
実験を行い、有酸素性トレーニングが、20%およ
運動時の血圧を低下させることを示唆する。
び40%最大筋力でアームカールを行った際の血圧
システマティック・レビューおよびメタ解析を
に及ぼす影響を検討した。トレーニング群におい
行った Schultz et al. の報告では、中強度運動時
ては、トレーニング後に、運動時の収縮期血圧が
の SBP が10 mmHg 上昇すると、心血管疾患の発
低下した。また、トレーニング群では脈波伝播速
症率および死亡率は 4 %増大するとしている。慣
度も低下しており、その変化量は運動時収縮期血
れの影響が含まれるにしても、本研究のトレーニ
圧の変化量と相関関係にあった。これらの結果は、
ン グ 群 に お け る SBP の 改 善 は、20 % 強 度 で 15
有酸素性トレーニングは上肢における低強度運動
mmHg、40%強度で19 mmHg に達した。中高齢
時の血圧を低下させることを示唆する。そのメカ
者の日常生活には、物の持ち運び、雑巾がけなど、
ニズムの 1 つに、血管内皮機能の改善が関与する
上肢における低強度の抵抗性運動が多く含まれて
かもしれない。
6)
いる。有酸素性トレーニングにより生活活動時の
血圧上昇が抑制できれば、心血管疾患の予防にお
ける意義は大きい。
運動時血圧は、安静時血圧よりも、トレーニン
グ効果の指標として優れているかもしれない。第
一に、本研究のトレーニング群では、安静時血圧
謝 辞
本研究は、公益財団法人明治安田厚生事業団第 31 回若
手研究者のための健康科学研究助成により実施しました。
研究実施においては、龍ケ崎市と流通経済大学との連携
協定(龍流連携)に基づき、龍ケ崎市、同市コミュニティ
センターおよび保健センターのご支援をいただきました。
(66)
関係諸氏と研究対象者の皆様に心から感謝いたします。
参 考 文 献
4)Otsuki T, et al.(2015): Association between plasma
sLOX-1 concentration and arterial stiffness in middle-aged
and older individuals. J Clin Biochem Nutr, 57, 151-155.
1)Chaney RH, et al.(1988): Blood pressure at rest and dur-
5)Otsuki T, et al.(2015)
: Changes in arterial stiffness and
ing maximal dynamic and isometric exercise as predictors
nitric oxide production with Chlorella-derived multicom-
of systemic hypertension. Am J Cardiol, 62, 1058-1061.
ponent supplementation in middle-aged and older individ-
2)Matthews CE, et al.(1998): Exaggerated blood pressure
response to dynamic exercise and risk of future hypertension. J Clin Epidemiol, 51, 29-35.
3)McCartney N, et al.(1993): Weight-training-induced
attenuation of the circulatory response of older males to
weight lifting. J Appl Physiol, 74, 1056-1060.
uals. J Clin Biochem Nutr, 57, 228-232.
6)Schultz MG, et al.(2013)
: Exercise-induced hypertension,
cardiovascular events, and mortality in patients undergoing
exercise stress testing: a systematic review and metaanalysis. Am J Hypertens, 26, 357-366.
(67)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.67∼72(2016.4)
水中トレッドミル歩行が肥満者の血管内皮機能および
心臓副交感神経系活動に及ぼす影響
小 野 くみ子*
道 上 可 奈*
石 川 朗*
THE EFFECTS OF UNDERWATER TREADMILL WALKING ON VASCULAR
ENDOTHELIAL FUNCTION AND CARDIAC PARASYMPATHETIC
NERVOUS ACTIVITY IN OBESE ADULTS
Kumiko Ono, Kana Michiue, and Akira Ishikawa
Key words: obesity, underwater treadmill walking, vascular endothelial function, cardiac parasympathetic nervous activity.
能は有酸素性運動によって改善することが多くの
緒 言
研究で示されており、肥満症ならびに動脈硬化性
平成25年国民健康・栄養調査によると、成人の
疾患の治療ガイドラインにおいても有酸素性運動
24.1% が 体 格 指 数(body mass index; BMI)25.0
を主体とした運動療法が推奨されている。有酸素
kg/m 以上の肥満者であると報告されている。肥
性運動の代表的な方法として歩行運動が挙げら
満は心血管疾患、脳梗塞、変形性膝関節症などの
れ、定量的な運動が可能なことやリスク管理を行
発症リスクを増大させ、脂質代謝異常や耐糖能異
いやすいこと等の利点があることからトレッドミ
常などをもたらし、これらの病態を介して動脈硬
ルを用いて行うことも多いが、歩行運動時に膝関
化の進展や動脈硬化性疾患の発症にも関与する。
節にかかる力は体重の 2 ∼ 4 倍であり9)、肥満者
動脈硬化の初期病変として、血管の形態的変化が
では下肢関節へかかる負荷が大きくなる場合があ
生じる以前の機能的障害である血管内皮機能低下
る。一方、水中では浮力による免荷作用が働き、
が存在し、肥満はこの評価に用いられる血流依存
下肢関節への負荷を軽減させた状態で陸上歩行と
性血管拡張反応(flow-mediated dilation; FMD)の
同等またはそれ以上のエネルギーを消費できるこ
障害に関連する因子である。また脂肪細胞から分
とから、肥満者の運動療法として水中運動が勧め
泌されるアディポカインにより肥満者の自律神経
られている。また、静水圧により静脈還流が促進
系機能は低下しており、この機能低下が心血管イ
され、 1 回拍出量増大と心拍数(heart rate; HR)
ベントの発生や心血管死と関係している 。この
低下が生じ、心臓副交感神経系活動の賦活や末梢
ように肥満はさまざまな病態や疾患と相互に関連
血管での交感神経調節の減弱が生じるため、循環
していることから、世界保健機関は2025年までに
器系への負担も軽減させた状態で運動可能である。
肥満者の増加を止めるという目標を掲げている。
水中トレッドミル歩行は通常のトレッドミル歩行
肥満、血管内皮機能や動脈硬化、自律神経系機
に浸水の影響を組み合わせた運動であり、肥満者
2
7)
* 神戸大学大学院保健学研究科 Kobe University Graduate School of Health Sciences, Kobe, Japan.
(68)
にとってより安全で効果的な歩行運動を実施可能
師より運動を制限されている者は対象から除外し
にさせると考えられる。
た。
これまでの研究の多くは陸上における運動の効
本研究はヘルシンキ宣言に則り、対象者には口
果を示しており、肥満者を対象として水中歩行に
頭および書面にて目的および内容について十分に
よる血管内皮機能および自律神経系活動への影響
説明し、書面にて同意を得たうえで実施した。な
を検討した報告はみられない。そこで本研究は、
お、本研究は神戸大学大学院保健学研究科保健学
水中トレッドミル歩行が肥満者の血管内皮機能お
倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:
よび心臓副交感神経系活動に及ぼす影響を、陸上
356)。
歩行との比較により明らかにすることを目的とし
B.測定プロトコール(図 1 )
陸上トレッドミル歩行を行う陸上条件および水
た。
中トレッドミル歩行を行う水中条件の 2 条件を設
方 法
定した。各条件は 1 日以上空け、同一時間帯に順
A.対象(表 1 )
不同に実施した。測定環境は、陸上条件で室温
日本肥満学会が提唱する肥満症の診断基準
23.0±1.8℃、湿度41.4±12.7%、水中条件で室温
〔BMI ≧25.0 kg/m ,11の肥満関連疾患(耐糖能障
26.9±1.2℃、湿度46.2±14.8%、水温31.2±0.3℃、
害,脂質異常症,高血圧,高尿酸血症・痛風,冠
水位は腸骨稜∼剣状突起レベル(身長の65.8±
動脈疾患,脳梗塞,脂肪肝,月経異常および妊娠
2.5% の浸水)であった。運動強度は40%VO2max
合併症,睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群,
とした。
整形外科的疾患,肥満関連腎臓病)のうち 1 つ以
1 .測定手順
上の健康障害を合併する〕を満たす地域在住肥満
ベッド上背臥位にて10分以上の安静後、FMD
者 9 名(男性 7 名,女性 2 名,年齢45.2±14.4歳,
を測定した。その後、ベッド上背臥位安静にて
身長166.2±8.6 cm,体重87.8±19.8 kg,BMI 31.8
心 臓 足 首 血 管 指 数(cardio-ankle vascular index;
±7.0 kg/m ,推定 VO2max 32.2±6.4 ml/kg/min)が
CAVI)を測定した。次に 5 分間の陸上立位安静
対象であった。ただし、歩行運動に支障をきたす
(Base)後、トレッドミル上に移動し 5 分間のト
2
2
●
整形外科的疾患や内科的疾患を有する者および医
●
レッドミル上立位安静(Rest)を設けた。Rest 後、
40%VO2max 強度の歩速にて30分間のトレッドミル
●
歩行(Ex)を行った。Ex 後、再びベッド上背臥
表 1 .対象者特性
Table 1.Subjects characteristics.
87.8
19.8
BMI, kg/m2
31.8
7.0
Obesity index(1/2/3/4)
% fat, %
4/2/1/2
35.4
9.6
% body muscle, %
28.6
5.6
Estimated VO2max, ml/kg/min
32.2
6.4
●
The number of obesity-related diseases
(n)
Impaired glucose tolerance
7
Dyslipidemia
6
Hypertension
3
Hyperuricemia
1
Fatty liver
4
Sleep apnea syndrome
3
Exercise 30 min.
・
40%VO2max
treadmill walking
on land/ in water
Blood Pressure
Recovery 30 min.
FMD
Body weight, kg
CAVI
8.6
supine position
on land
CAVI
166.2
upright position
on the treadmill
Rest 5min.
14.4
Base 5 min.
Body height, cm
9(7 : 2)
45.2
Flow-mediated dilation; FMD
Age, yrs
Cardio-ankle vascular index; CAVI
n(male : female)
位にて30分間の回復(Recov)を行い、Recov 5
Heart Rate, High Frequency
図 1 .測定プロトコール
Fig.1.Experimental protocol of this study.
We set 2 conditions; land treadmill walking condition and underwater treadmill walking condition. The subjects underwent
these 2 conditions randomly. The experiments were performed
with at least 48 hours after the other experiment interval. Blood
pressure was measured 10 minutes interval at Exercise phase.
(69)
分および30分時に CAVI を測定し、その後 FMD
ニタリングした。
を測定した。なお、Base および Rest 5 分間はそ
C.統計処理
れぞれ調整呼吸(呼気:吸気= 2 秒: 2 秒)を行
継時的に測定した HR、LnHF は Base 5 分間、
わせたうえで測定した。
Rest 5 分間および Ex 8 ∼10分時、18∼20分時、
2 .測定項目
28∼30分時の各 2 分間の平均値をそれぞれ算出し
測定項目は、FMD、CAVI、血圧、HR および
た。測定値はすべて平均値±標準偏差で示した。
心臓副交感神経系活動であった。
統計学的解析として、すべての測定値は反復測定
FMD は、血管機能の非侵襲的評価法に関する
二元配置分散分析を用いて比較し、事後検定には
ガイドライン(2011-2012年度合同研究班報告)
Tucky の HSD 検定を用いた。統計処理ソフトは
に準じて以下のように測定し、算出した。まず、
JMP(ver11.0.0)を用い、いずれの検定も有意確
右前腕近位部をアネロイド血圧計にて収縮期血圧
率 5 %未満(P < 0.05)を統計学的に有意な差で
(SBP)+50 mmHg の圧で 5 分間駆血し、その後
あるとした。
一気に駆血を解放した。測定部位は肘窩より中枢
結 果
側の右上腕動脈とし、超音波画像診断装置(フル
デジタル超音波画像診断装置 UF-870AG,フクダ
FMD の結果を表 2 に示した。陸上条件におい
電子)を用いて、心電図および駆血 1 分前から駆
て Base 前8.0±3.9%、Recov 30分後6.6±6.8%、水
血解放 3 分後までの動脈径変化を B モードプロー
中条件において Base 前8.5±5.2%、Recov 30分後
ブにて記録し、キャプチャー(USB 接続ビデオ
7.9±5.2%であった。運動前後および条件間に有
キャプチャー GV-USB 2 ,アイ・オー・データ機
意差を認めず、交互作用も有意ではなかった。
器)を介して PC に取り込み保存した。記録され
CAVI の結果を表 3 に示した。陸上条件におい
た動画を解析プログラム(超音波画像解析プログ
て Base 前7.6±2.0、Recov 5 分7.4±2.0、Recov 30
ラム Version1.0.1,竹井機器工業)を用いて、心
分7.7±2.1であり、水中条件では Base 前7.6±2.0、
電図 R 波に同期させた拡張末期の動脈径を外膜
間径測定法にて測定し、駆血前 1 分間の平均値を
Baseline 径、駆血解放後 3 分間の最大値を Max 径
表 2 .運動前および回復30分後の FMD 変化
Table 2.Alteration of FMD at pre Base and post Recovery 30
minutes.
と定義し、動脈径拡張率(= Max 径 /Baseline 径
×100)
(%)である FMD を算出した。
CAVI は、Base 前、Recov 5 分および30分時に
血圧脈波検査装置(VaSera VS-1000,フクダ電子)
を用いて測定した。
血圧は、アネロイド血圧計を用いて Base、Rest
および Ex 10分、20分、30分にそれぞれ聴診法に
て SBP および拡張期血圧(DBP)を測定した。
HR および心臓副交感神経系活動の測定、解析
はメモリー心拍計(アクティブトレーサー AC391,GMS)を用い、心電図波形より得られた
Post
Recovery
30 minutes
Pre Base
Land condition
8.0
3.9
6.6
6.8
Water condition
8.5
5.2
7.9
5.2
Values are means SD.
(% change from baseline)
2-way ANOVA:
phase P = 0.63, condition P = 0.62, interaction P = 0.83.
FMD; flow-mediated dilation.
表 3 .運動前後および回復30分の CAVI 変化
Table 3.Alteration of CAVI at pre Base, post Exercise and
Recovery 30 minutes.
R-R 間隔から心拍ゆらぎリアルタイム解析プログ
Pre Base
Post
Exercise
Recovery
30 minutes
ラム(Mem Calc/Tarawa,諏訪トラスト)を用いて、
Land condition
7.6
2.0
7.4
2.0
7.7
2.1
最大エントロピー法に基づく時系列解析を行い、
Water condition
7.6
2.0
7.5
2.1
7.7
2.0
0.15∼0.40 Hz の高周波成分(high frequency; HF)
を算出し、HF を自然対数化した LnHF を心臓副
交感神経系活動の指標とした。HR は連続してモ
Values are means SD.
2-way ANOVA:
phase P = 0.96, condition P = 0.93, interaction P = 0.997.
CAVI; cardio-ankle vascular index.
(70)
SBP/ Land condition
SBP/ Water condition
Land condition
Water condition
6
140
5
120
100
4
3
2
80
1
2-way ANOVA
phase P < 0.01
condition P = 0.30
interaction P = 0.56
0
0
Base
Rest
10 min
2-way ANOVA for SBP
phase P < 0.01
condition P < 0.05
interaction P = 0.58
20 min
Exercise
30 min
2-way ANOVA for DBP
phase P = 0.83
condition P = 0.82
interaction P = 0.97
図 2 .血圧の変化
Fig.2.Alteration of blood pressure.
Values are means SD. P values for the two-way ANOVA data
are presented(
“phase,”
“condition,”and“interaction”).
SBP; systolic blood pressure, DBP; diastolic blood pressure.
Base
Rest
10 min
20 min
Exercise
30 min
図 4 .LnHF の変化
Fig.4.Alteration of LnHF.
Values are means SD. P values for the two-way ANOVA
data are presented(“phase,”
“condition,”and“interaction”)
.
HF; high frequency.
DBP は時間経過および条件の有意な主効果を認
めず、交互作用も有意でなかった。
HR の結果を図 3 に示した。HR に交互作用は
120
認められなかったが、時間経過に伴う有意な主効
Land condition
Water condition
110
Heart Rate(bpm)
7
DBP/ Land condition
DBP/ Water condition
LnHF
Blood Pressure(mmHg)
160
果を認め(P < 0.01)、Base および Rest と比較し、
Ex 時は有意に高値であった。Rest から Ex にかけ
100
て、陸上条件と比較して水中条件において低値で
90
推移したが、条件間に有意差は認められなかった。
LnHF の結果を図 4 に示した。LnHF に交互作
80
2-way ANOVA
phase P < 0.01
condition P = 0.27
interaction P = 0.76
70
60
0
Base
Rest
10 min
20 min
30 min
Exercise
図 3 .心拍数の変化
Fig.3.Alteration of heart rate.
Values are means SD. P values for the two-way ANOVA data
are presented(
“phase,”
“condition,”and“interaction”).
用は認められなかったが、時間経過に伴う有意な
主効果を認め(P < 0.01)、Rest と比較し Ex 時は
有意に低値であった。Rest、Ex 20分および30分
時は陸上条件と比較して水中条件において高値で
あったが、条件間に有意差は認められなかった。
考 察
本研究では、肥満者を対象とした30分間の水中
トレッドミル歩行前後において血管内皮機能に有
Recov 5 分7.5±2.1、Recov 30分7.7±2.0であった。
意な変化を認めず、陸上歩行と比較した心臓副交
運動および条件による有意な影響を認めず、交互
感神経系活動において有意差は認められなかった。
作用も有意ではなかった。
メタボリックシンドロームや耐糖能異常の者は
血圧の結果を図 2 に示した。SBP に交互作用は
健康な者と比較して内皮機能が低下しており、
認められなかったが、時間経過に伴う有意な主効
BMI や糖尿病の存在が FMD の独立した危険因子
果を認め(P < 0.01)
、Base と比較し Ex 時は有意
であることが報告されている8)。この機序として、
に高値であった。また陸上条件と比較して、水中
肥満による脂肪細胞の増加やアディポネクチンの
条件において有意に低値を示した(P < 0.05)。
分泌低下、炎症性サイトカインの分泌増加が内皮
(71)
細胞由来の血管拡張物質である一酸化窒素(nitric
陸上歩行時に膝関節にかかる力は体重の 2 ∼ 4
oxide; NO)の産生を低下させること、高血糖状
倍である9)。本研究の水中条件における水位は身
態が酸化ストレスを亢進し NO が不活化されるこ
長の65.8%までの浸水であったことから、水中に
とが挙げられる。更に、BMI や体脂肪率と骨格
おける負荷体重 10) と本研究の対象者の体脂肪率
筋における NO 産生酵素の産生およびその生理活
を 考 慮 す る と、 水 中 で は 陸 上 に お け る 体 重 の
性との間に負の相関がある ことや、肥満者では
61.0%以上が浮力により免荷できたと考えられ
血管収縮作用のあるエンドセリン 1 が非肥満者と
る。また、低強度運動は、血管内皮機能や心臓副
比較して安静時に2.5倍多く放出される ことが
交感神経系活動に影響を及ぼさない可能性がある
明らかになっている。活動的な中年肥満者におけ
一方、エネルギー基質として脂質の利用率が高い
る低∼高強度運動後に FMD が改善することが示
ことから、減量や脂質代謝の改善を目的とした肥
されている 。一方で、非活動的な中年肥満者で
満者の運動療法として適した運動強度であると考
は乳酸閾値レベル以上の強度の運動であっても内
えられる。これらのことから、本研究で用いた
皮機能に有意な変化はないこと や肥満者では
40% VO2max 強度における水中トレッドミル歩行
65% VO2max 強度の自転車エルゴメータ運動後の
が生理学的指標へ及ぼす影響は陸上歩行と同様で
上腕血流量増加は鈍化していること が報告され
あるが、運動時の下肢関節負荷を大幅に軽減し、
ている。また50% VO2max(中等度)強度の有酸素
変形性膝関節症などの二次障害発症リスクを低下
性運動後に NO の生体利用能が増大する ことが
させた状態で実施できる脂質利用率の高い運動で
示されている。本研究の対象者 9 名のうち 7 名は
あることが示唆された。
2 型糖尿病を有していた。これらのことから、
本研究の限界として、対象者数が少ないこと、
NO および NO 産生酵素の活性低下やエンドセリ
対象者の肥満度や合併症にばらつきがあること、
ン 1 による血管収縮が生じていた可能性があり、
服用している薬物の影響を除外できていないこと
40% VO2max 強度という低強度運動では NO の産
が挙げられる。対象者数を増加させることで、肥
生や生体利用能の増大に至る程度の血流増加を得
満度や合併症によるばらつきを減少させ、服薬に
られず、血管拡張の変化や血管壁の硬度変化が認
よる調整を加えたうえで再検討することが今後の
められなかったものと考えられた。
課題である。
5)
3)
4)
4)
●
1)
●
2)
●
●
浸水により水位に応じた静水圧が身体に作用
総 括
し、末梢から中枢への静脈還流が促進され、 1 回
拍出量および心拍出量の増加に伴って HR は低下
本研究では、肥満者が低強度の水中トレッドミ
する 。また、静脈還流の促進によって循環血液
ル歩行を行うことによって、血管内皮機能および
量が増加し、大動脈弓や頸動脈洞の圧受容器が刺
心臓副交感神経系活動に及ぼす影響は陸上歩行と
激され交感神経系活動の抑制と副交感神経系活動
同様であることが明らかになった。
6)
の亢進が生じ、血圧は陸上と比較し水中では低値
となる6)。しかし、肥満は静脈血流停滞の危険因
子である。これらのことから、循環血液量の著明
な変化が生じず、合併症に伴う自律神経系機能の
低下も加わり、立位安静、運動時の HR および
LnHF に運動環境の差異による有意差が認められ
ず、血圧の変化に交互作用が認められなかったも
のと考えられる。また、循環血液量が増加しなか
ったため、動脈内皮に対するずり応力の変化が小
さく FMD に環境の差異による有意な影響が認め
られなかったことが示唆された。
謝 辞
本研究を進めるにあたり、ご協力いただきました皆様
に厚く御礼申し上げます。また、本研究へ助成を賜りま
した公益財団法人明治安田厚生事業団に深く感謝致しま
す。
参 考 文 献
1)Chandrakumar D, et al.(2015)
: Acute exercise effects on
vascular and autonomic function in overweight men. J
Sports Med Phys Fitness, 55, 91-102.
2)Goto C, et al.(2007)
: Acute moderate- intensity exercise
induces vasodilation through an increase in nitric oxide
(72)
bioavailability in humans. Hypertension, 20, 825-830.
out water immersion. J Cardiol, 49, 241-250.
3)Harmelen VV, et al.(2008): Vascular peptide endothelin-1
7)Manfirini O, et al.(2008)
: Abnormalities of cardiac auto-
links fat accumulation with alterations of visceral adipo-
nomic nervous activity correlate with expansive coronary
cyte lipolysis. Diabetes, 57, 378-386.
artery remodeling. Atherosclerosis, 197, 183-189.
4)Harris RA, et al.(2008): The flow-mediated dilation re-
8)Maruhashi T, et al.(2013)
: Relationship between flow-
sponse to acute exercise in overweight active and inactive
mediated vasodilation and cardiovascular risk factors in a
men. Obesity, 16, 578-584.
5)Hickner RC, et al.(2006): Relationship between body
composition and skeletal muscle eNOS. Int J Obes
(Lond), 30, 308-312.
6)Itoh M, et al.(2007): Comparison of cardiovascular autonomic responses in elderly and young males during head-
large community-based study. Heart, 99, 1837-1842.
9)Morrison JB(1970): The mechanics of the knee joint in
relation to normal walking. J Biomech, 3, 51-61.
10)Onodera S, et al.(2013): Water exercise and health promotion. Journal of Physical Fitness and Sports Medicine,
2, 393-399.
(73)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.73∼76(2016.4)
骨由来の骨格筋増強作用をもつ新規蛋白質の同定
榊 原 伊 織*
今 井 祐 記*
SCREENING OF OSTEOKINES TO INDUCE MUSCLE HYPERTROPHY
Iori Sakakibara and Yuuki Imai
Key words: skeletal muscle, bone, hypertrophy, osteokine, RNA-sequence.
肉へ作用する分子の同定を目的とした。
緒 言
方 法
現代は高齢社会の進行に伴い、高齢者に特有な
ロコモティブシンドロームが増加している。加齢
A.細胞培養
に伴い増加する疾患にはさまざまな相互作用が背
マウス頭蓋冠由来骨芽細胞系細胞株 MC3T3-E1
景に存在し、骨粗鬆症と糖尿病に正の相関がみら
細胞は10% FCS、 1
れるなどの多臓器間のクロストークが明らかと
062,Thermo Fisher Scientific 社)を含む MEM Alpha
なってきた 。骨と骨格筋はどちらも環境および
培 地(12571-063,Thermo Fisher Scientific 社) に
年齢に応じて、筋量・骨量が変化するが、その増
て培養し、細胞がコンフルエントになった後、更
減は同調することが多い。栄養、成長ホルモン、
に48時間培養後、分化培地(MEM Alpha,+10%
性ホルモン、運動などは筋量・骨量の増加に寄与
FCS, 1
し、一方、飢餓、加齢、グルココルチコイド、
ルビン酸,10 mMβ グリセロリン酸 2 ナトリウム)
denervation などは筋量・骨量の減少に寄与する 。
に培地交換し、骨芽細胞分化を誘導した。マウス
このことから、外部からのシグナルだけでなく、
筋芽細胞系細胞株 C2C12細胞は10% FCS、 1
筋量・骨量の増減を同調させる骨と筋肉の間のク
Antibiotic-Antimycotic を 含 む D-MEM 培 地(043-
ロストークが存在すると考えられる。既に筋肉か
30085,和光)で培養し、80%コンフルエントになっ
ら骨への作用については、骨格筋の収縮によるメ
た後、分化培地(D-MEM,+ 2% ウマ血清, 1
カニカルストレスが骨量の増大に寄与することが
Antibiotic-Antimycotic)に培地交換し、筋分化を
明らかとなっているだけでなく、骨格筋の分泌す
誘導した。
1)
1)
るマイオカインについても研究が進んでおり、
Antibiotic-Antimycotic(15240-
Antibiotic-Antimycotic,50 μg/ml アスコ
B.MC3T3-E1培養上清分画の作製
IGF-1、IL-6、osteoglycin などの重要性が明らか
分化誘導 3 週間後の MC3T3-E1の培地を、FCS
となっている。しかしながら、骨から骨格筋に作
を含まない MEM Alpha 培地に交換し、24時間培
用する分子には不明な点が多い。そこで、本研究
養後、培養上清を回収した。4000 rpm で遠心し、
では骨と筋肉のクロストークのなかでも骨から筋
上清を Slide-A-Lyzer G2 Dialysis Cassettes(87725,
* 愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門
Division of Integrative Pathophysiology, Proteo-Science Center, Ehime University, Ehime,
Japan.
(74)
Thermo Fisher Scientific 社)を用いて透析した。
結 果
続 い て、 陰 イ オ ン 交 換 カ ラ ム(HiTrap DEAE,
Amersham Biosciences 社)
を用いて分画を作製した。
C.RNA 抽出
培 養 細 胞 か ら の Total RNA は ア イ ソ ジ ェ ン
(ニッポン・ジーン社)を用いて抽出した。
D.qPCR
A.分泌因子のスクリーニング法
骨からの分泌因子を解析するために、骨分化誘
導した骨芽細胞 MC3T3-E1株を骨のモデルとして
使用した。MC3T3-E1細胞株の発現する RNA の
網羅的解析から分泌蛋白質を探索する方法と
cDNA は PrimeScript RT reagent kit(RR037A,
MC3T3-E1細胞の培養上清中に含まれる蛋白質を
タカラ社)を用いて逆転写により合成し、SYBR
解析する方法の 2 つを試みた。
Premix Ex Taq II(RR820L,タカラ社)を用いて
リアルタイム PCR 反応を行った。使用したプラ
B.RNA-sequencing による網羅的分泌因子の
スクリーニング
イマーの配列を以下に示す。
RNA の 網 羅 的 解 析 を 行 う た め に、 未 分 化 な
Actb:
MC3T3-E1細胞と骨分化誘導後 1 週間の MC3T3-
5 -GGCTGTATTCCCCTCCATCG-3
E1細胞から RNA を精製し、MiSeq により RNA-
5 -CCAGTTGGTAACAATGCCATGT-3
sequencing(RNA-seq)解析を行った。各サンプル
Igf1:
当たり720万リードから880万リードのデータを取
5 - CTGGACCAGAGACCCTTTGC-3
得し、一次解析として Tophat を用いてリードさ
5 - GGACGGGGACTTCTGAGTCTT-3
れた配列をゲノム配列へのマッピングを行い、
Igf2:
Cufflinks を用いて発現差解析を行った。骨分化誘
5 - GTGCTGCATCGCTGCTTAC-3
導に伴って発現が統計的に有意(P < 0.05)に 4
5 - ACGTCCCTCTCGGACTTGG-3
倍以上に増加する遺伝子として、143遺伝子が検
Ccl8:
5 - TCTACGCAGTGCTTCTTTGCC-3
5 - AAGGGGGATCTTCAGCTTTAGTA-3
Ccl2:
5 - TTAAAAACCTGGATCGGAACCAA-3
5 - GCATTAGCTTCAGATTTACGGGT-3
Il18:
5 - GACTCTTGCGTCAACTTCAAGG-3
5 - CAGGCTGTCTTTTGTCAACGA-3
Il34:
5 - TTGCTGTAAACAAAGCCCCAT-3
5 - CCGAGACAAAGGGTACACATTT-3
E.RNA-sequence
1 μg の Total RNA から TruSeq RNA Library Preparation kit v2(illumina 社)を用いてライブラリー
を作製し、MiSeq Reagent kit v3(150 cycle)を用
いて75 bp ペアエンドで解析した。
出された。続いて、DAVID の Gene ontology 解析
により、分泌される因子を抽出したところ、32個
0w
1w
Il34
Il18
Islr
Ccl2
Fam20c
Fbln5
Cyr61
Sectm1a
Matn4
Sema3c
Press23
Igf1
Fjx1
C1qtnf5
Igfbp5
Acpp
Vegfc
Sfrp2
Gas6
Kirrel3
Angpl4
Htra1
Agt
Sema3g
Megf6
Fam180a
Ilgbl1
Igf2
Igfbp2
Scg2
F13a1
Ccl8
図 1 . 骨 分 化 誘 導 後 の MC3T3-E1 に お け る 分 泌 因 子 の
RNA-sequencing による解析
Fig.1.A heat map of genes up-regulated in differentiated
MC3T3-E1 cells.
RNA-sequencing analysis was performed with mRNA of undifferentiated(0w; 0 week)or differentiated(1w; 1 week)
MC3T3-E1 cells(n = 3). The genes up-regulated more than
4-fold were indicated.
(75)
***
4
2
0
0w
1w
100
****
80
60
40
20
0
0w
8
**
6
4
2
0w
1w
40
***
30
B
20
10
0
0w
2
1
0w
1w
Relative mRNA expression level
3
6
**
4
Myh4
3
*
2
1
0
NT
FT
me d
B
B
B
B
B
B
B
B
B
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
A
Relative mRNA expression level
**
4
0
1w
Il34
Il18
5
1w
Ccl8
Relative mRNA expression level
Relative mRNA expression level
Ccl2
0
A
Relative expression level
6
Igf2
Relative mRNA expression level
Relative mRNA expression level
Igf1
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9
2
Fraction number
0
0w
1w
図 2 . 骨 分 化 誘 導 後 の MC3T3-E1 に お け る 分 泌 因 子 の
mRNA 発現の変化
Fig.2.mRNA expression levels of secreting factors during
differentiation of MC3T3-E1 cells.
Relative mRNA expression levels were determined by qPCR
experiments(n = 3).
**P < 0.01, ***P < 0.001, ****P < 0.0001. 0w; 0 week, 1w; 1
week.
の遺伝子が得られた。図 1 に各遺伝子の発現量を
図 3 .MC3T3-E1細胞株の培養上清分画の C2C12細胞株へ
の作用
Fig.3.The effect of osteoblast-conditioned medium against
C2C12 myotubes.
(A)Fractionation of differentiated osteoblast-conditioned medium by anion-exchange chromatography. Absorbance at 280
nm is indicated as a blue line, and the concentration of NaCl as
a green line.(B)The expression of Myh4 in C2C12 supplemented with fractions from osteoblast-conditioned medium.
The value of NT is referred as 1.
NT; non treated, med; conditioned medium without fractionation, FT; flow through. n = 3, *P < 0.05.
ヒートマップで示した。これらのなかには、既に
骨格筋の増強作用をもつことが知られている遺伝
C.分泌蛋白質の解析
子 Igf1と Igf2が含まれたことから、骨から骨格筋
骨分化させた骨芽細胞 MC3T3-E1株の培養上清
へ作用する因子の 1 つとして Igf1、Igf2の関与が
中に分泌される蛋白質を解析するために、骨分化
示唆された。また、Ccl8、Ccl2、Il18、Il34といっ
誘導後 3 週間の MC3T3-E1株を、FCS を含まない
たサイトカインの発現も増加することが明らかと
培地で24時間培養し、その培養上清を回収した。
なった。これらの RNA-sequence の結果を確認す
陰イオン交換カラムを用いて塩濃度によって培養
るために、qPCR 解析を行ったところ、qPCR に
上清の分画を作製した(図 3 )。この分画を筋分
よっても Igf1が 5 倍、Igf2が80倍に上昇すること
化した C2C12細胞に添加した。添加後24時間で
が明らかとなった(図 2 )。また、サイトカイン
は C2C12細胞の形態には変化がみられなかった
(Ccl8,Ccl2,Il18,Il34)の発現の上昇も確認す
が、mRNA の発現量を解析したところ、速筋特
ることができた(図 2 )
。
異的ミオシン重鎖 MyHCIIB をコードする遺伝子
Myh4 の発現量が A 1 のフラクションの添加によ
(76)
り増加した。このことから、A 1 フラクションに
あると示唆される。また、Igf1も Myh4の発現を
Myh4の発現を誘導する因子が存在することが示
誘導することが報告されていることから 7)、A 1
唆された。
フラクションには IGF-1が含まれる可能性も考え
考 察
られる。
総 括
MC3T3-E1細胞株の RNA-seq による網羅的な
RNA 発現解析から Igf1および Igf2が検出された。
本研究により、MC3T3-E1細胞株が多くの分泌
IGF-1および IGF-2は既に骨格筋への作用が報告
因子を発現することおよび MC3T3-E1細胞株の培
されているため 骨から分泌される IGF-1および
養上清に C2C12細胞株に作用する因子が存在す
IGF-2が骨格筋の増強に重要である可能性が考え
ることが示された。しかしながら、本研究ではど
られる。IGF-1および IGF-2は生体内においては、
の蛋白質が作用しているのかがいまだ不明である
肝臓など別の臓器で合成させることが知られてい
ため、今後、引き続き因子の同定に取り組む予定
るため、骨から分泌される IGF-1および IGF-2の
である。
1)
骨格筋への作用を解析するためには、骨芽細胞特
異的な Igf1および Igf2の欠損マウスを作製し、そ
謝 辞
本研究は公益財団法人明治安田厚生事業団より第 31 回
のマウスの骨格筋を解析する必要がある。IGF-1
若手研究者のための健康科学研究助成の支援を賜りまし
および IGF-2は既に骨格筋からも産生されること
たことを感謝申し上げます。研究の遂行にあたり、愛媛
が明らかとなっていることから、IGF-1および
大学学術支援センター病態機能解析部門の田中ゆき先生、
IGF-2は骨と骨格筋どちらからも産生され、骨と
骨格筋のクロストークを担っている可能性が考え
徳永順士先生に多大なご協力をいただいたことを厚くお
礼申し上げます。
られる。また、MC3T3-E1細胞株は種々のサイト
参 考 文 献
カインを発現することが明らかとなった。サイト
1)Kaji H(2014): Interaction between muscle and bone. J
カインが骨格筋の再生時に作用することが報告さ
れているが 3,4,6)、IL-18は骨格筋の AMPK を活性
化し、代謝を亢進させることでインスリン抵抗性
Bone Metab, 21, 29-40.
2)Lindegaard B, et al.(2013)
: Interleukin-18 activates skeletal muscle AMPK and reduces weight gain and insulin
resistance in mice. Diabetes, 62, 3064-3074.
を減少させることが報告されており 2)、MC3T3-
3)Lu H, et al.(2011)
: Acute skeletal muscle injury: CCL2
E1細胞株から分泌される IL-18も同様の機能を担
expression by both monocytes and injured muscle is
う可能性がある。本研究で見いだされた分泌蛋白
質のうち多くのものは、骨格筋への作用が不明で
あるため、コムギ無細胞蛋白質合成系5) を用いて
in vitro で蛋白質を合成し、C2C12細胞株および骨
格筋への作用を検討していく予定である。
MC3T3-E1細胞株の培養上清の解析から、A 1
フラクションに C2C12の Myh4の発現を誘導する
因子が存在することが示唆されたが、現時点では、
どのような蛋白質なのか同定することはできな
かった。A 1 フラクションは Myh4の発現を誘導
したことから、骨格筋でも速筋を誘導する作用が
required for repair. Faseb J, 25, 3344-3355.
4)Peake JM, et al.(2015): Cytokine expression and secretion by skeletal muscle cells: regulatory mechanisms and
exercise effects. Exerc Immunol Rev, 21, 8-25.
5)Sawasaki T, et al.(2002): A cell-free protein synthesis
system for high-throughput proteomics. Proc Natl Acad
Sci U S A, 99, 14652-14657.
6)Serrano AL, et al.(2008)
: Interleukin-6 is an essential
regulator of satellite cell-mediated skeletal muscle hypertrophy. Cell Metab, 7, 33-44.
7)Shanely RA, et al.(2009)
: IGF-I activates the mouse type
IIb myosin heavy chain gene. Am J Physiol Cell Physiol,
297, C1019-C1027.
(77)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.77∼80(2016.4)
リアルタイム機能的 MRI・脳波ハイブリッド
ニューロフィードバック
(NF)
システムによる
脳活動の自己制御および運動学習の強化
設 楽 仁*,**
SELF-REGULATION OF BRAIN ACTIVITY AND ENHANCEMENT
OF MOTOR LEARNING USING THE REAL-TIME FMRI AND
EEG NEUROFEEDBACK SYSTEM
Hitoshi Shitara
Key words: fMRI, EEG, neurofeedback, motor task.
緒 言
どが知られている。これらは非侵襲的な手法で、
一時的な筋力の増強、運動課題の成績向上などが
超高齢化社会を迎えた日本において、スポーツ
報告されている。しかしながら、これらの手法は、
活動は健康寿命の向上策の 1 つとしても重要な面
外的な刺激によるもので、効果持続時間が一時的
を担う。スポーツ活動を含む日常生活での運動機
である。一方、内的に中枢神経機能を修飾する方
能の維持や促進には、一般的に適切な頻度かつ負
法として、脳波やリアルタイム機能的 MRI(rt-
荷の運動が勧められる。しかしながら、最近の研
fMRI)を用いたニューロフィードバック法(NF)
究により、外傷や加齢に伴い、筋骨格系の機能低
がある。NF は被験者自身の脳活動をリアルタイ
下のみならず、運動の計画、実行の役割を担う中
ムにフィードバックすることにより、被験者が自
枢神経系の機能が変化していることが、明らかに
分自身の脳活動を認識し、その活動レベルを目的
なってきた
とする脳活動へ自己制御できるようにするトレー
。更に運動の介入のみでは転倒リ
2,4,9)
スクが改善しなかったとの報告もある。そのため、
ニングである。習得には時間がかかるが、一度習
運動機能向上のためには、運動などによる筋骨格
得すると持続効果が長いといわれている。NF は
系(末梢機能)のみへのアプローチでは不十分で、
疼痛軽減、気分障害の改善などに応用されつつあ
中枢神経系へのアプローチも併せて考慮する必要
る1,3,6,7)。しかしながら、運動学習促進のために、
がある。
どのような脳活動が最適かは不明のままである。
中枢神経系に介入し、運動機能を改善する手法
また、運動学習中の脳活動には運動の準備、計画
として、経頭蓋磁気刺激や経頭蓋直流電気刺激な
以外に、実行にかかわる活動が混入してしまうた
米国国立衛生研究所(NIH)神経疾患・ National Institutes of Health, National Institute of Neurological Disorders and Stroke, Human Motor Control
脳卒中研究所(NINDS)運動制御部門
Section, Bethesda, Maryland, USA.
** 群馬大学大学院機能運動外科学
Department of Orthopaedic Surgery, Gunma University Graduate School of Medicine, Gunma, Japan.
*
(78)
B
A
Rest Preparation
15s
Task
10-15s
20s
15s
10-15s
20s
15s
10-15s
20s
図 1 .運動学習課題
(A)
とブロックデザイン
(B)
Fig.1.Motor learning task and block design task.
A: Tracking a target with a joystick using the left hand.
Red circle: target, White circle: cursor controlled by a subject.
B: One session includes 10 trials of rest, preparation and task.
Green cross: rest, Red cross: preparation.
め、運動学習に最適な脳活動を検出するには、運
ターゲットを追跡する課題を行った(図 1 A)。
動学習直前の準備中の脳活動から、最適な活動を
1 セッション当たり、10トライアルを含む課題を、
抽出する必要がある。
3 回繰り返した(図 1 B)。
本研究の目的は、将来 NF を用いた運動学習の
4 .運動課題の評価
促進に使用するための NF の情報源、つまり運動
成績評価には各トライアル当たりのターゲット
学習の促進に最適な脳活動を機能的 MRI(fMRI)
とカーソルの平均距離を用いた。つまり、平均距
および脳波(EEG)の同時計測により明らかにす
離が長いほうが、成績が悪く、平均距離が短いほ
ることである。
うが成績が良いことを意味する。学習効果の判定
方 法
A.対象
では、 1 回目のセッションをベースラインとして、
2 、 3 セッションの変化を検定した。検定には一
元配置分散分析(ANOVA)を用い、P < 0.05を有
右利きで、神経・精神疾患などのない健常者15
意差ありとした。
名(男性11名,女性 4 名,平均31.2歳)を対象と
5 .fMRI データ解析
した。本研究の被験者には、研究参加前に米国衛
統 計 画 像 解 析 パ ッ ケ ー ジ で あ る AFNI(Cox,
生研究所神経疾患・脳卒中研究所の倫理委員会で
1996; http://afni.nimh.nih.gov/afni) を 用 い、Linux
承認(承認番号:10-N-0009)を得たプロトコー
上で解析を行った。fMRI データは、slice acquisi-
ルを口頭および文書で十分に説明して、研究参加
tion timing 補正、アライメント補正、空間的標準化、
の同意を得た。
平滑化の標準的な前処理を行った。個人レベルの
B.方法
解析では安静時と運動準備中の活動の差を比較し
1 .fMRI 撮像条件
3 テ ス ラ MRI 装 置(Discovery MR750, GE
pixels
Healthcare)および32 ch 頭部コイルを用い、T2*-
0.00
weighted single-echo EPI、TR = 1980 ms、TE = 30
P < 0.005
P < 0.001
-0.25
3
ms、1.875×1.875×3.0-mm voxel、Flip angle 70°
の条件で全脳を撮像した。
2 .脳波
脳波信号は MRI 対応の脳波計と32 ch キャップ
(Brain Products GmbH,Gilching,Germany)を用
い、フィルターを使用せず、5000 Hz のサンプリ
ング周波数で記録した。
3 .運動学習課題(ブロックデザイン)
非利き手(左手)にて MRI 対応ジョイスティッ
クを用い、操作するカーソルで、ランダムに動く
-0.50
-0.75
-1.00
1
2
セッション
3
図 2 .運動課題の成績
Fig.2.Performance of the motor task.
Change of the mean distances between target and cursor.
Error bar: standard error mean.
(79)
図 3 .安静時と比較した運動準備中の脳活動
Fig.3.Brain activity during preparation compared to during
rest.
(corrected P < 0.05)
Red: positive activation, Blue: negative activation.
図 4 .運動準備中の脳活動と運動課題の成績の相関
Fig.4.Correlation between the brain activity during preparation and the task performance.
(corrected P < 0.05)
Red: positive correlation, Blue: negative correlation.
た。その後、運動課題の成績と運動準備中の脳活
成績が悪い(ターゲットとカーソル間距離が大き
動の相関解析を行った(各トライアルの成績と脳
い)ことを意味した。また、左補足運動野、小脳
活動の相関)
。corrected P < 0.05を有意差ありとし
に負の有意な相関を認めた。つまり、これらの活
た。
動が大きいほど、成績が良い(ターゲットとカー
結 果
A.運動課題の成績
ソル間距離が小さい)ことを意味した。
考 察
セッション間に有意な運動学習効果を認めた
運動実行前の準備中の脳活動と、その直後に行
(ANOVA P < 0.00001(図 2 ))。また、post hoc 検
われた運動課題の成績の相関を検討した。両側右
定でセッション 1 と比較し、セッション 2 および
小脳、両側視覚野、両側被殻、右視床、両側補足
セッション 3 でそれぞれ有意な改善を認めた(そ
運動野に有意な正の相関を認め、これらの活動が
れぞれ P < 0.001,P < 0.005)
。
大きいほど、成績が悪いことが明らかになった。
B.運動準備中の fMRI 活動
また、左補足運動野、小脳に負の有意な相関を認
運動準備中の脳活動は、左小脳、右帯状回中部、
め、これらの活動が大きいほど、成績が良いこと
左頭頂間溝に有意な正の活動を認めた。また、両
が明らかになった。
側鉤状回、両側紡錘状回、両側視覚野に有意な負
の活動を認めた(図 3 )
。
C.運動準備中の fMRI とその直後の課題成績
の相関
A.運動準備中の脳活動
Nambu et al. は右手のシークエンスタッピング
課題を施行し、その準備中の脳活動が両側一次運
動野、一次体性感覚野、運動前野、補足運動野、
各トライアルの運動課題の成績と運動準備中の
頭頂葉後部、視覚野、小脳に有意な活動を認めた
脳活動では、両側右小脳、両側視覚野、両側被殻、
と報告している8)。本先行研究では、あらかじめ
右視床、両側補足運動野に有意な正の相関を認め
トレーニングを受けた被験者を対象とし、我々と
た(図 4 )
。つまり、これらの活動が大きいほど、
異なるシークエンスタッピング課題を行っている
(80)
ため、運動準備中に、その後に行う運動の想像を
ど、成績が良いことが示唆された。今後の解析を
行っていた可能性が示唆される。これらの活動は、
進め、NF 実験につなげて行く予定である。
先行研究の運動想像による脳活動と一致してい
る5)。本研究ではあらかじめトレーニングを受け
ておらず、非利き手を用いての新規の運動学習で
あり、運動の種類もターゲット追跡課題と、全く
謝 辞
本研究の一部は、公益財団法人明治安田厚生事業団若
手研究者のための健康科学研究助成を受けたものである。
参 考 文 献
異なるため、運動想像を行うことは難しく、結果
が異なった可能性が示唆された。
B.fMRI 信号と課題成績の相関
各トライアルにおける運動成績と運動準備中の
脳活動の相関では、両側右小脳、両側視覚野、両
1)Chapin H, et al.(2012): Real-time fMRI applied to pain
(2)
, 174-181.
management. Neurosci Lett, 520
2)Cunningham G, et al.(2015)
: Neural correlates of clinical
scores in patients with anterior shoulder apprehension.
, 2612-2620.
Med Sci Sports Exerc, 47(12)
側被殻、右視床、両側補足運動野の活動が低く、
3)Escolano C, et al.
(2014)
: A controlled study on the cogni-
左補足運動野、小脳の活動が大きいほど、成績が
tive effect of alpha neurofeedback training in patients with
良いことが示唆された。Strigaro et al. は経頭蓋磁
major depressive disorder. Frontiers in Behavioral Neuro-
気刺激を用い、視覚野と運動野の連結に関して調
査し、視覚野の刺激によって、運動野の活動が抑
制されたと報告しており10)、我々の研究の視覚野
の活動の低下によって、運動野の活動が高まり、
運動の成績を向上させる可能性を支持した。
C.本研究の今後の展望
同時計測した脳波のデータの解析も行い、今回
の fMRI の結果と比較し、信頼性の高い NF 情報
源の決定を行う。また、fMRI の解析として Multi-
science, 8, 296.
4)Haller S, et al.(2014)
: Shoulder apprehension impacts
large-scale functional brain networks. AJNR Am J Neuro, 691-697.
radiol, 35(4)
5)Hanakawa T, et al.(2008): Motor planning, imagery, and
execution in the distributed motor network: a time-course
study with functional MRI. Cereb Cortex, 18(12), 27752788.
6)Jensen MP, et al.(2014): Neuromodulatory treatments for
chronic pain: efficacy and mechanisms. Nature Reviews
, 167-178.
Neurology, 10(3)
voxel pattern analysis などの更なる検討も進める予
7)Jensen MP, et al.(2013)
: Effects of non-pharmacological
定である。そのうえで、NF 情報源を決定し、運
pain treatments on brain states. Clin Neurophysiol, 124
動成績向上に寄与するか、否かを判断する予定で
ある。
(10)
, 2016-2024.
8)Nambu I, et al.(2015)
: Decoding sequential finger movements from preparatory activity in higher-order motor
総 括
健常被験者を対象に、fMRI・EEG 同時計測を行
い、運動学習課題を行ううえで、最適な脳活動を
調査した。fMRI の結果より、両側右小脳、両側
視覚野、両側被殻、右視床、両側補足運動野の活
動が低く、左補足運動野、小脳の活動が大きいほ
regions: a functional magnetic resonance imaging multi(10)
, 2851-2859.
voxel pattern analysis. Eur J Neurosci, 42
9)Shitara H, et al.(2015)
: The neural correlates of shoulder
apprehension: a functional MRI study. PloS One. 10(9),
e0137387.
10)Strigaro G, et al.(2015): Interaction between visual and
motor cortex: a transcranial magnetic stimulation study. J
, 2365-2377.
Physiol, 593(10)
(81)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.81∼85(2016.4)
関節周囲筋における筋張力バランスの新たな評価
―運動パフォーマンスとの関連性―
建 内 宏 重*
NOVEL APPROACH TO THE ASSESSMENT OF BALANCE IN MUSCLE
TENSION: ASSOCIATION WITH MOVEMENT FEATURE
Hiroshige Tateuchi
Key words: shear wave elastography, electromyography, gluteus maximus, biceps femoris.
緒 言
股関節角度は一定でも膝関節角度が異なれば、大
殿筋の筋長は変わらずハムストリングスの筋長の
関節運動を行うためには、筋が張力を発揮して
みが変化する条件を作り出すことができ、一方の
その力が骨に伝わる必要がある。関節運動にかか
筋長が変化し安静時の筋張力が変化した場合に、
わる筋機能の評価は、従来、関節トルクとしての
同筋あるいは共同筋である他筋がどのように筋活
筋力評価、動作時の筋電図評価などが主として行
動を変化させ筋張力が調整されているか、その協
われている。しかし、関節トルクの評価では、筋
調関係を分析することが可能になる。可能性とし
個々の機能評価が行えないこと、また、筋電図に
ては、筋長が変化した大腿二頭筋が筋活動を調整
よる評価では、直接的に筋張力を評価していない
し全体の関節トルクを保つこと、もしくは、筋張
ことや関節角度(筋の長さ)が変化した場合に結
力が低下した大腿二頭筋に対して大殿筋が筋活動
果の解釈が困難であることなどが欠点とされる。
を代償的に増加させて関節トルクを保つことが考
近年、超音波診断装置のせん断波エラストグラ
えられる。なお、股関節運動にはその他複数の筋
フィー機能を利用して組織の弾性率を測定する方
が関与するが、本研究では超音波せん断波エラス
法が開発され、筋を含む生体組織の張力の測定に
トグラフィー機能を用いて測定を行うため、課題
応用されている
実施における被験者の疲労を考慮し、対象筋を大
。本方法は、生体において筋
1,5,7)
個々の安静時あるいは運動時の筋張力を測定する
殿筋とハムストリングスに限定した。
ことができ、従来法の欠点を補う新たな方法であ
また、大殿筋とハムストリングスの協調関係は、
る。
臨床においても注目されている。Sahrmann6)は、
本研究課題では、筋張力の測定対象として、大
股関節伸展運動に際して、大殿筋とハムストリン
殿筋とハムストリングスに着目した。両筋ともに
グスとの筋張力バランスの不均衡が起こる場合が
股関節伸展筋であるが、大殿筋は単関節筋であり
あることを指摘しており、Lewis et al.4)は、シミュ
ハムストリングスは二関節筋である。そのため、
レーション研究において、股関節伸展運動時に大
* 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 Human Health Sciences, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan.
(82)
殿筋の筋張力が半減し代償的にハムストリングス
位の 2 肢位とした。この 2 肢位では、股関節およ
の張力が増加した運動様式では、股関節内で発生
び膝関節から下腿重心線までの距離が一定とな
する応力が増大することを指摘している。した
る。すなわち、負荷量が同じであれば股関節およ
がって、大殿筋およびハムストリングスの筋張力
び膝関節に加わる外的トルクは一定にすることが
を生体で評価する技術を開発することは、運動学
できる。
的基礎研究としてのみならず、臨床における評価
測定課題は、上記 2 肢位において、他動的に下
技術の開発としても重要な課題である。
肢を保持した条件(P)、対象者が自動運動にて
本研究の目的は、筋電図による筋活動量の評価
保持する条件(A)、 3 kg の重錘を下腿遠位部に
とエラストグラフィーによる筋張力の評価を組み
付けて自動保持した条件(3 A)の 3 条件とし、
合わせる新たな手法を用いて、股関節伸展運動時
計 6 課題とした(図 1 )。測定の順は無作為として、
のハムストリングスと大殿筋の制御メカニズムを
各課題を 3 試行記録した。
C.筋張力および筋活動量の測定
明らかにすることである。
筋張力の測定には、SuperSonic Imagine 社製超
研 究 方 法
音波診断装置エラストグラフィー機能を用いた。
A.対象者
測定は、右側の大殿筋上部線維(UGmax)、大殿
対象は、健常若年男性20名とした(年齢:23.0
筋下部線維(LGmax)、大腿二頭筋長頭(BF)の
±2.4歳,身長:171.8±5.5 cm,体重:63.1±7.4
3 部位とした(図 2 )。測定部位は、標準的な筋
kg)
。下肢・体幹に整形外科的、神経学的疾患を
電図の測定方法を提唱している国際組織である
有する者は対象から除外した。なお、全被験者に
SENIAM 推奨の表面筋電図の測定部位を参考に、
対して本実験の目的と方法を事前に説明し、参加
UGmax は上後腸骨棘と大転子の中点、LGmax は
の同意を得た。測定部位の関係で本研究では対象
UGmax の下内側 6 cm、BF は坐骨結節と脛骨外
者を男性に限定した。本研究課題は、京都大学医
側顆の中点とした。これらの部位は、事前に触診
の倫理委員会の承認を得て行った(承認番号:
と超音波診断装置の画像により確認し、ペンで
E1683)
。
マークを付けた。なお、エラストグラフィーの測
B.測定課題
定には、 1 筋につき安定した姿勢保持が最低 5 秒
測定肢位は、腹臥位にて骨盤部をベルトで固定
間は必要であるため、被験者の疲労を考慮し対象
し、右下肢のみ股関節屈曲45°位でベッドから下
筋を上記に限定した。
垂させた肢位とし、膝関節屈曲角度を10°
位と80°
超音波診断装置エラストグラフィー機能は、組
Passive condition
Hip flexion 45°
knee flexion 10°
Active condition
Hip flexion 45°
knee flexion 10°
3kg load condition
Hip flexion 45°
knee flexion 10°
Passive condition
Hip flexion 45°
knee flexion 80°
Active condition
Hip flexion 45°
knee flexion 80°
3kg load condition
Hip flexion 45°
knee flexion 80°
図 1 .測定課題(股関節屈曲45 、膝関節屈曲10 および80 )
Fig.1.Hip extension with knee flexion 10 or 80 .
(83)
Gluteus maximus (upper):passive condition
Gluteus maximus (lower):passive condition
Biceps femoris:passive condition
Gluteus maximus (upper):3A condition
Gluteus maximus (lower):3A condition
Biceps femoris:3A condition
図 2 .超音波せん断波エラストグラフィー(大殿筋上部・下部、大腿二頭筋)
Fig.2.Shear wave elastography of the gluteus maximus(upper and lower)and biceps femoris.
A typical example of the shear elastic modulus in hip flexion 45 and knee flexion 10 position.
3A: 3 kg load condition.
織内に超音波フォーカスビームを送信することに
肢位間の BF および Gmax の筋張力の変化量を算
よりせん断弾性波を発生させ、その波の伝播速度
出し、それらの関連性を分析した。
を計測することで、組織の弾性率を計測する手法
D.統計解析
である。組織弾性率(剛性率:G)は、せん断波
Gmax と BF の 2 筋について、筋張力に関して
の速度(v)と組織の密度(ρ; 1000 kg/m )を用
は 6 課題で、筋活動量に関しては P 条件を除い
いて下記の計算式により求められる。
た 4 課題で、膝関節角度(10°位,80°位)と負荷
G = ρv
量の 2 要因反復測定分散分析および Bonferroni 補
3
2
超音波診断装置のプローブ SL15-4を各筋線維
正による多重比較を行った。
の方向に平行に置き、映し出された筋の画像内に
加えて、A 条件および 3 A 条件において、膝関
設置した関心領域における弾性率を測定した。な
節屈曲10°位から80°位に変化した際の BF の筋張
お、エラストグラフィー機能による筋張力の推定
力変化量と Gmax の筋張力変化量との相関関係
方法に関する妥当性および信頼性は先行研究によ
(Pearson 積率相関係数)を分析した。有意水準は
り確認されている
。
2,3,8)
また、筋活動量の測定は、Noraxon 社製表面筋
電計を用いて行った。筋電図電極は、適切に皮膚
処理を行った後に、筋腹を触診で確認し前述のエ
ラストグラフィー測定部位の直上に貼付した。測
5 %とした。統計解析には、SPSS version 19.0(日
本 IBM 株式会社)を用いた。
結 果
A.筋張力(図 3 )
定に先立って、各筋の 3 秒間最大等尺性収縮時の
Gmax は、膝関節角度による有意な変化は認め
平均筋活動量を記録した。各筋の課題時の筋活動
ず、負荷量の増加に応じて筋張力が有意に増加し
量は、最大等尺性収縮時の筋活動量を用いて正規
た。一方、BF の筋張力には交互作用を認め、事
化した。なお、筋張力および筋活動量に関して、
後検定の結果、P 条件で測定された受動的張力
大殿筋は UGmax と LGmax を平均した Gmax と
(筋活動を生じていない状態での筋張力)は、膝
して算出した。筋張力および筋活動量ともに、 3
関節屈曲10°位よりも80°位で有意に低下した。A
試行の平均値を解析に用いた。
条件および 3 A 条件では、膝関節屈曲角度の違い
加えて、個人の運動特性の指標として、本研究
によって BF の筋張力には有意差を認めなかった。
において評価される筋機能が直接的に反映されや
B.筋活動量(図 3 )
すい同一課題(股関節伸展運動)において、A 条
Gmax は、負荷量に主効果を認め、負荷量の増
件および 3 A 条件における膝関節角度の異なる 2
加に応じて筋活動量が増加した。一方、BF の筋
25
20
15
10
5
0
P
A
3A
Knee flexion 10°
Knee flexion 80°
10
8
6
4
2
0
A
3A
Knee flexion 10°
Knee flexion 80°
100
80
60
40
20
0
*
P
Muscle activity, BF (%MVC)
30
Shear elastic modulus, BF (kPa)
Knee flexion 10°
Knee flexion 80°
Muscle activity, Gmax (%MVC)
Shear elastic modulus, Gmax (kPa)
(84)
A
3A
Knee flexion 10°
Knee flexion 80°
40
*
30
*
20
10
0
A
3A
図 3 .大殿筋と大腿二頭筋の弾性率および筋活動量
Fig.3.Shear elastic modulus and muscle activity of the gluteus maximus and biceps femoris.
There were significant main effect of loading in shear elastic modulus and muscle activity of the gluteus maximus.
There were significant interaction in shear elastic modulus and muscle activity of the biceps femoris.
Gmax; gluteus maximus, BF; biceps femoris.
P: passive condition, A: active condition, 3A: active condition with 3 kg load.
*, Significant difference in post hoc analysis.
活動量には交互作用を認め、負荷量の増加ととも
張力に加えて筋収縮による能動的張力も計測する
に筋活動量が増加し、更に膝関節屈曲80°
位が10°
ことが可能である 1,3,5)。したがって、従来用いら
位よりも有意に筋活動量が増加した。
れている筋電図により神経的制御を評価するとと
C.大殿筋と大腿二頭筋の筋張力変化量の相関
関係
もに超音波せん断波エラストグラフィーにより筋
の受動的・能動的張力を評価することで、関節運
A 条 件 に お い て は、BF の 筋 張 力 変 化 量 と
動にかかわる筋機能を個別かつ非侵襲的に総合的
Gmax の筋張力変化量との相関関係は有意ではな
に評価することができる。この点において、本研
かった(r = 0.16, P = 0.51)
。 3 A 条件においては、
究は新規の試みでありその重要度は高い。
それらの相関関係は有意ではないものの負の相関
本研究課題では、大腿二頭筋の受動的張力を変
関係を示す傾向にあった(r = ­0.39, P = 0.09)。
化させるために膝関節屈曲角度を変えて股関節伸
考 察
展運動を行った。他動的に支持された条件(P 条
件)では、膝関節屈曲10°位よりも80°位で大腿二
本研究の結果、股関節伸展運動において膝関節
頭筋の筋張力は有意に低下することが確認され
屈曲角度が大きい条件で大腿二頭筋の受動的張力
た。しかし、自動運動時(A 条件)あるいは 3
が低下した場合に、大殿筋による代償的な筋活動
kg 負荷での自動運動時( 3 A 条件)では、膝関
の増加は認めず、大腿二頭筋が筋活動を増加させ
節角度の違いによる大腿二頭筋の張力には差を認
ることで能動的筋張力を増加させ、関節トルクを
めなかった。このことは、膝関節屈曲80°位で低
一定に保つ制御が行われることが明らかになった。
下した受動的張力を補うため、80°位では能動的
本研究で用いた超音波せん断波エラストグラ
な筋張力が増加していることを意味している。こ
フィーは、組織の弾性率を算出することが可能で
れは、大腿二頭筋の筋活動量が膝関節屈曲10°位
あり、筋組織においては、筋の伸張による受動的
よりも80°位で有意に増加したことからも裏付け
(85)
られる。すなわち、ある筋の受動的張力が低下し
ニズムを分析した。股関節伸展運動において、膝
た場合には、共同筋の代償的な筋活動増加よりも
関節屈曲角度が増大し大腿二頭筋の受動的張力が
優先的に当該筋の筋活動の増加が生じると考えら
低下した場合、共同筋である大殿筋に筋活動、筋
れる。
張力の変化は認めず、大腿二頭筋が筋活動を増加
また、本研究の被験者内での運動特性の違いと
させて能動的筋張力を増加させ関節トルクを一定
大殿筋、大腿二頭筋の協調関係との関連性を分析
に保つことが明らかになった。本方法を用いるこ
する目的で、膝関節屈曲10°位から80°位における
とにより、複数の筋がかかわる運動時の筋張力バ
大腿二頭筋の筋張力変化量と大殿筋の筋張力変化
ランスの詳細な評価が可能であるとともに、非侵
量の関連性を分析した。その結果、 3 kg 負荷し
襲的な方法であるため今後の臨床応用も期待され
た条件において、有意ではないものの、大腿二頭
る。
筋の筋張力が低下した場合に大殿筋の筋張力が増
謝 辞
加する傾向にあった。前述のとおり、健常者にお
いて、通常は膝が屈曲することによる大腿二頭筋
の受動的筋張力低下は同筋が筋活動を高めること
で筋張力が保たれるが、何らかの原因で大腿二頭
筋の筋張力を保てない場合には、大殿筋が代償的
本研究を遂行するにあたり、京都大学大学院医学研究
科人間健康科学系専攻の市橋則明教授、本村芳樹氏、な
らびに、被験者の皆様に厚くお礼申し上げます。また、
本研究を助成していただいた公益財団法人明治安田厚生
事業団に深く感謝申し上げます。
に筋張力を高める可能性を示唆している。本研究
は健常若年者を対象としているため、有意な相関
関係を得るまでに至らなかったが、大腿二頭筋の
神経的制御に障害を有する患者では、更に明確な
大殿筋の代償的筋張力増加が観察される可能性が
ある。本研究で用いた方法は、非侵襲的であるた
め障害を有する患者でも同様に実施することが可
能であり、今後の検討が必要である。
本研究では、股関節伸展運動時の大殿筋および
ハムストリングスの制御メカニズムを、筋電図と
エラストグラフィーを用いた新たな方法により分
析した。ただし、このような筋の制御メカニズム
が、 ジ ャ ン プ や 着 地 動 作 な ど の 実 際 の 運 動 パ
フォーマンスにどのように影響するか、その関連
性は明らかでない。この点については更なる研究
が必要である。
参 考 文 献
1)Bouillard K, et al.(2012): Evidence of changes in load
sharing during isometric elbow flexion with ramped
torque. J Biomech, 45, 1424-1429.
2)Dubois G, et al.(2015): Reliable protocol for shear wave
elastography of lower limb muscles at rest and during passive stretching. Ultrasound Med Biol, 41, 2284-2291.
3)Eby SF, et al.(2013)
: Validation of shear wave elastography in skeletal muscle. J Biomech, 46, 2381-2387.
4)Lewis CL, et al.
(2009)
: Effect of position and alteration in
synergist muscle force contribution on hip forces when
performing hip strengthening exercises. Clin Biomech, 24,
35-42.
5)Nordez A, et al.(2010)
: Muscle shear elastic modulus
measured using supersonic shear imaging is highly related
to muscle activity level. J Appl Physiol, 108, 1389-1394.
: Movement impairment syndrome
6)Sahrmann SA(2002)
of the hip. Diagnosis and treatment of movement impair-
総 括
本研究では、筋機能の評価として、筋電図によ
る筋活動量の測定に、超音波せん断波エラストグ
ラフィー機能による筋の受動的・能動的張力の測
定を組み合わせた新たな方法を用いて、股関節伸
展運動時のハムストリングスと大殿筋の制御メカ
ment syndromes. Mosby, St Louis.
7)Tateuchi H, et al.
(2015)
: The effect of angle and moment
of the hip and knee joint on iliotibial band hardness. Gait
Posture, 41, 522-528.
8)Umegaki H, et al.(2015): The effect of hip rotation on
shear elastic modulus of the medial and lateral hamstrings
during stretching. Man Ther, 20, 134-137.
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(86)
2014 年度 pp.86∼92(2016.4)
短期間の絶食による減量が全身および骨格筋の糖代謝能に
及ぼす影響の検討
―“プチ断食”は糖尿病予防に本当に効果的なのか?―
寺 田 新*
野 中 雄 大*
EFFECTS OF RAPID WEIGHT LOSS INDUCED BY SEVERAL-DAY
FASTING ON WHOLE-BODY AND SKELETAL
MUSCLE GLUCOSE METABOLISM
Shin Terada and Yudai Nonaka
Key words: insulin resistance, fasting, skeletal muscle, insulin secretion, glucose transport.
緒 言
チ断食」と呼ばれる減量法が近年流行している。
しかしながら、この減量法が長期間のエネルギー
食事などで摂取した糖質の80%以上は骨格筋に
摂取制限と同様に糖尿病の予防・治療に効果的で
おいて処理されている 。一方、糖尿病患者では、
あるのかは必ずしも明らかになっていない。我々
この骨格筋の血糖処理能力が著しく低下すること
は、欧米で流行している間欠的絶食( 1 日おきに
が知られており、糖尿病の主な原因の一つである
絶食を行う)による減量が、内臓脂肪量を顕著に
と考えられている 。更に、この骨格筋における
減少させるものの、骨格筋および全身の糖代謝能
糖代謝能の悪化には、内臓脂肪の過剰蓄積が関与
をむしろ悪化させることを報告しており3)、短期
していることが明らかになっている5)。したがっ
間の絶食により体重が減少し、見かけ上健康な状
て、糖尿病を予防および治療するうえで、内臓脂
態になったとしても、むしろ逆効果となる可能性
肪量を減少させることが重要となってくる。
もある。そこで、本研究では、短期間の絶食によ
先行研究において、毎日のエネルギー摂取量を
る減量が骨格筋および全身の糖代謝能に及ぼす影
20∼30%程度減らすことで、内臓脂肪量が徐々に
響を、エネルギー摂取制限による効果と比較検討
減少し、骨格筋更には全身の糖代謝能が改善する
し、糖尿病の予防および治療に有効であるのか検
ことが報告されている
証することを目的とした。
1)
1)
。しかしながら、毎日継
5,6)
続してエネルギー摂取量を制限することは、満足
方 法
感・満腹感が得にくく、ドロップアウトしてしま
う人も多い。そこで、週末などに数日間だけ絶食
することで大きな減量効果を得ようとする、「プ
A.実験 1
1 .実験動物および飼育方法
* 東京大学大学院総合文化研究科 Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
(87)
実験 1 では、まず短期間( 3 日間)の絶食が骨
化 合 物 で あ る 2-Deoxyglucose(2DG) を 含 ん だ
格筋の糖代謝能に及ぼす影響について検討するこ
Krebs-Henseleit Buffer と と も に 試 験 管 内 で イ ン
ととした。 5 週齢の Wistar 系雄性ラット
(日本ク
キュベートした。2DG は、骨格筋に取り込まれ
レア社)を室温22±2 ℃、午後 9 時∼午前 9 時を
た 後、2-Deoxyglucose- 6 -phosphate(2DG6P) へ
暗期に設定した飼育室において、ステンレス製の
と変換され、それ以上代謝されることなく蓄積す
ケージにて個別飼育した。新たな飼育環境に馴化
る。本研究では、このインキュベート中に滑車上
させるために、 1 週間予備飼育期間を設け、その
筋内にどれだけ2DG6P が蓄積したかを測定する
間、粉末飼料(CE- 2,日本クレア社)と水道水
ことにより、最大インスリン刺激時の骨格筋の糖
を自由摂取させた。予備飼育期間終了後、すべて
取り込み能力(インスリン反応性)を評価した。
のラットに高脂肪食(たんぱく質,脂質,糖質が
また、骨格筋組織を採取した後、腹腔内脂肪(内
それぞれエネルギー比で23,50,27%)を自由摂
臓脂肪)を摘出し、重量を測定した。
取させた。高脂肪食を摂取させ始めてから 2 週間
3 .骨格筋糖輸送体 GLUT-4発現量の測定
後に、 1)コントロール群(CON 群:n = 8 )、 2)
骨格筋で血糖を取り込む際に重要な役割を果た
エネルギー摂取制限群(CR 群:n = 8 )、 3)短
す分子である糖輸送体 GLUT-4の蛋白質発現量を
期間絶食群(FAST 群:n = 8 )の 3 群に体重の
ウエスタンブロッティング法により測定した。
平均値が均等となるように分けた。CON 群には
B.実験 2
引き続き高脂肪食を 2 週間自由摂取させた(高脂
1 .実験動物および飼育方法
肪食を合計 4 週間摂取させた)
。本研究で用いた
実験 2 では、短期間の絶食が全身の糖代謝能に
高脂肪食をラットに 4 週間自由摂取させること
及ぼす影響を検討することを目的とした。実験動
で、インスリン抵抗性が発症することが報告され
物および飼育方法等は実験 1 と同様の方法を用い
ている
た。
。CR 群には、 2 週間にわたり 1 日の高
2,5)
脂肪食の摂取量(エネルギー摂取量)を CON 群
2 .経口糖負荷試験
の70%に制限し、緩やかに減量させた。FAST 群
飼育期間終了日に経口糖負荷試験を行った。実
は、CON 群と同様に11日間は高脂肪食を自由摂
験 1 と同様に、直前の食餌摂取による影響を除外
取させ、最後の 3 日間に絶食を行うことで CR 群
するために、CON 群と CR 群の餌を実験開始の
と同程度にまで急速に体重を減少させた。水はす
6 時間前に取り除いた。体重 1 kg 当たり 2 g のグ
べての群で自由摂取させ、体重および摂餌量は毎
ルコースを経口投与し、投与直前、投与30、60、
日測定した。なお、本実験は東京大学大学院総合
90、120分目に尾静脈から採血を行い、血漿グル
文化研究科・教養学部実験動物委員会による承認
コースおよびインスリン濃度を測定した。血漿グ
を得て実施した(承認番号:26-26)
。
ルコース濃度の測定にはグルコース CII テストワ
2 .骨格筋糖取り込み速度の測定
コー(和光純薬社)を、インスリン濃度の測定に
飼育期間終了日に骨格筋の糖取り込み速度の測
は ELISA キット(Mercodia 社)をそれぞれ用いた。
定を行った。直前の食餌摂取による影響を排除す
糖負荷試験終了後にイソフルランによる完全麻
るために、CON 群と CR 群の餌を実験開始 6 時
酔下において解剖を行い、腹腔内脂肪量を測定し
間前に取り除いた(FAST 群は 3 日前から既に絶
た。
食を開始している)
。イソフルランによる完全麻
3 .血漿アディポネクチン濃度
酔下において、両方の前肢から滑車上筋を傷つけ
アディポサイトカインの 1 つで、糖代謝能に大
ないように丁寧に摘出した。一方の筋は骨格筋の
きな影響を及ぼすことが知られているアディポネ
糖取り込み速度の測定用に用い、もう一方は糖輸
クチン7)の血漿中濃度を、経口糖負荷試験の 0 分
送体 GLUT-4発現量の測定に供した。
目(糖溶液投与前)のサンプルを用いて測定した。
傷つけないよう丁寧に摘出した滑車上筋を、イ
測定には ELISA キット(大塚製薬社)を使用した。
ンスリン(10 mU/ml)およびグルコースの類似
(88)
C.実験 3
し、毎日のエネルギー摂取量を CON 群の70%量
1 .実験動物および飼育方法
に制限した CR 群では、体重の増加が抑えられて
実験 3 では、絶食を 3 日間連続して行った場合
いた。また、FAST 群も最後の 3 日間に急激な体
と毎週 1 日ずつ 3 回に分けて行った場合とで、そ
重減少が認められ、飼育期間終了時の体重は CR
の効果に違いが認められるのか検討した。実験 1
群と同等であった(表 1 )。飼育期間終了時の体重、
および 2 と同様に高脂肪食を 2 週間摂取させた
腹腔内脂肪量および飼育期間中の総摂餌量は、両
ラットを、 1)CON 群(n = 5 )
、 2) 3 D
減量群に比べて CON 群で有意に高い値であった。
1 群(n
3 群(n = 5 )の 3 群に体重の平
また、CR 群に比べて FAST 群では、総摂餌量が
均値が均等となるように分けた。CON 群には、
有意に高いものであったが、飼育期間終了時の体
引き続き高脂肪食を 2 週間自由摂取させた(高脂
重および腹腔内脂肪量には CR 群と FAST 群の間
肪食を合計 4 週間摂取させた)
。3D
に有意な差は認められなかった(表 1 )。
=5)
、 3) 1 D
1 群は、
2 .骨格筋糖取り込み速度および GLUT-4蛋白
実験 1 および 2 の FAST 群と同様に、11日間は高
質発現量
脂肪食を自由摂取させ、最後の 3 日間に絶食を行
3 群には、 1 日間
最大インスリン刺激による骨格筋の糖取り込み
の絶食を週 1 回、 3 回行わせた(群分け当日, 7
速度は、CON 群と CR 群の間には有意な差は認
日目,14日目に 1 日ずつ絶食を行った)。
められなかったものの、FAST 群で CON 群およ
2 .経口糖負荷試験
び CR 群 に 比 べ て 有 意 に 高 い 値 を 示 し た(図
実験 2 と同様の方法を用い、経口糖負荷試験を
1 B)。同様に、骨格筋の主要な糖輸送体である
行い、血漿グルコースおよびインスリン濃度の測
GLUT-4の蛋白質発現量も、CON 群と CR 群の間
定を行った。
には差は認められなかったものの、FAST 群で有
い、急速に減量させた。 1 D
D.統計処理
意に高い値を示していた(図 1 C)
。更に、GLUT-4
データはすべて平均値±標準誤差で表した。群
蛋白質発現量と骨格筋の糖取り込み速度の間には
間の比較には一元配置の分散分析を用い、主効果
高い正の相関関係が認められた(図 1 D)。
B.実験 2
が認められた項目に関しては、Fisher s LSD 法を
用いて多重比較を行った。危険率 5 %未満をもっ
1 .体重、腹腔内脂肪量、摂餌量
て有意とした。
体重、腹腔内脂肪量および飼育期間中の総摂餌
量 は、 実 験 1 と 同 様 の 結 果 で あ っ た(Data not
結 果
shown)。
A.実験 1
2 .経口糖負荷試験
1 .体重、腹腔内脂肪量、摂餌量
経口糖負荷試験時の血漿グルコースおよびイン
飼育期間中の体重の変化を図 1 A に示した。飼
スリン値の変化を図 2 に示した。CON 群と CR
育期間中、CON 群の体重は増加し続けたのに対
群の間には、糖負荷試験時の血漿グルコース値の
表 1 .体重、総摂餌量、腹腔内脂肪量
(実験1)
Table 1.Body weight, food intake and intra-abdominal fat mass in rats.
CON
CR
FAST
Initial body weight
(g)
276
6
276
5
276
5
Final body weight
(g)
362
10
304
4***
305
6***
Food intake(g)
242
6
166
1***
187
4***
§§
28
2
18
1***
16
1***
Intra-abdominal fat mass
(g)
Values are means SEM, n = 8. *** Indicates significant difference from the
values obtained in the CON group at a level of P < 0.001. § §Indicates significant difference from the values obtained in the CR group at a level of P <
0.01.
(89)
P < 0.001
P < 0.001
P < 0.001
P < 0.001
r = 0.6255
P < 0.01
Plasma glucose
(mg/dl)
Glucose AUC(mg-min/dl)
Plasma insulin
(μg/l)
Insulin AUC(μg-min/l)
図 1 . 3 日間の絶食による減量が骨格筋の糖代謝能に及ぼす影響
Fig.1.Effects of slow and rapid weight loss on muscle glucose transport and GLUT-4 content in rats fed a high-fat diet.
(A), Body weight changes in rats during 2-wk intervention. Insulin-stimulated glucose transport activity(B)and GLUT-4
protein content(C)in rat epitrochlearis muscle.(D), Relationship between glucose transport and GLUT-4 content in rat
epitrochlearis muscle. Values are means SEM.
P < 0.001
P < 0.001
P < 0.001
P < 0.001
P < 0.01
図 2 . 3 日間の絶食による減量が全身の糖代謝能に及ぼす影響
Fig.2.Effects of slow and rapid weight loss on glucose tolerance in rats fed a high-fat diet.
Plasma glucose(A)and insulin responses(C)after oral glucose administration. The area under the curves
(AUCs)for plasma
glucose(B)and insulin
(D)during the 120-min period after oral glucose administration. Values are means SEM.
(90)
C.実験 3
変化に明確な差は認められなかったが、FAST 群
では、投与60分目までに血漿グルコース値の大き
1 .体重、腹腔内脂肪量、摂餌量
な増加が認められ、その後120分目まで高い値を
実験 1 および 2 と同様に 3 日間の絶食により
維持していた(図 2 A)
。血漿グルコース値のグ
3D
ラフから曲線下面積(area under the curve; AUC)
一方、 1 D
を算出したところ、CON 群と CR 群の間には差
し、CON 群に比べて飼育終了時の体重が有意に
は認められなかったものの、両群に比べて FAST
低い値を示したものの、毎回の絶食後に大量の飼
群で有意に高い値を示した(図 2 B)
。
料を摂取することで体重の減少量は 3 D
血漿インスリン値は、CON 群に比べて CR 群
比べて少ないものであった(表 2 )。また、腹腔
で低値を示し(図 2 C)
、インスリン AUC 値も
内脂肪量も同様に、CON 群に比べて 1 D
CON 群に比べて CR 群で有意に低い値を示して
よび 3 D
1 群では大きな体重の減少が認められた。
3 群でも絶食を行う度に体重が減少
3 群お
1 群で有意に低い値を示し、更に 1 D
3 群に比べて 3 D
いた。
(図 2 D)更に、FAST 群では血漿インスリ
1 群に
1 群で低い値を示す傾向に
ン値が最も低い値を示し、インスリン AUC 値も
あった(P = 0.06)(表 2 )。なお、飼育期間中の
他 の 2 群 に 比 べ て 有 意 に 低 い 値 で あ っ た(図
総摂餌量は、CON 群および 1 D
2 C,D)
。
3D
1 群で有意に低い値であったが、CON 群と
3 .血漿アディポネクチン濃度
1D
3 群には有意な差は認められなかった(表
CON 群と CR 群の間には血漿アディポネクチ
2 )。
ン濃度の差は認められなかったが、両群に比べて
2 .経口糖負荷試験
FAST 群において有意に低い値を示した(図 3 )。
経口糖負荷試験時の血漿グルコースおよびイン
3 群と比較して
Plasma adiponectin (µg/ml)
スリン値の変化を図 4 に示した。 1 D
び3D
1 群において、投与60∼90分目までに血
漿グルコース濃度の大きな増加が認められ(図
P < 0.001
4 A)、血漿グルコース AUC 値も、CON 群に比
P < 0.001
4.0
3 群およ
べて有意に高い値を示した(図 4 B)。また、 3 D
3.0
1 群の血漿グルコース AUC 値は 1 D
2.0
3 群と比
べても有意に高い値であった。
1.0
血漿インスリン値は、CON 群に比べて 1 D
0.0
CON
CR
群および 3 D
FAST
1 群で低値を示し(図 4 C)、イン
スリン AUC 値も CON 群に比べて両減量群で有
図 3 . 3 日間の絶食による減量が血漿アディポネ
クチン濃度に及ぼす影響
Fig.3.Effects of slow and rapid weight loss on plasma
adiponectin concentration in rats fed a high-fat diet.
Values are means SEM.
意に低い値を示していた(図 4 D)。一方、 1 D
3 群と 3 D
1 群の間に血漿インスリン AUC 値の
有意な差は認められなかった。
表 2 .体重、総摂餌量、腹腔内脂肪量
(実験3)
Table 2.Body weight, food intake and intra-abdominal fat mass in rats.
CON
Initial body weight
(g)
228
3
3D
228
1
3
1D
3
228
5
Final body weight
(g)
316
8
264
5***
292
7*§
Food intake(g)
239
11
194
8**
222
6§
20
1
14
1***
17
1*
Intra-abdominal fat mass
(g)
3
Values are means SEM, n = 5. *, ** and *** Indicate significant differences from the values obtained in the CON group at levels of P < 0.05, P
< 0.01 and of P < 0.001, respectively. §Indicates significant difference
from the values obtained in the 3D 1 group at a level of P < 0.05.
Plasma insulin
(μg/l)
Insulin AUC(μg-min/l)
Plasma glucose
(mg/dl)
Glucose AUC(mg-min/dl)
(91)
P < 0.01
P < 0.001
P < 0.05
P < 0.01
P < 0.001
図 4 .週 1 日× 3 回もしくは 3 日間連続× 1 回の絶食が全身の糖代謝能に及ぼす影響
Fig.4.Effects of weight loss induced by consecutive- or separate-day fasting on glucose tolerance in rats fed a high-fat diet.
Plasma glucose
(A)and insulin responses
(C)after oral glucose administration. The area under the curves
(AUCs)for plasma
glucose(B)and insulin(D)during the 120-min period after oral glucose administration. Values are means SEM.
臓脂肪量を減らすことに加えて、この GLUT-4の
考 察
発現量を増やすことが重要であると考えられてい
毎日のエネルギー摂取量を20∼30%程度減少さ
る。本研究では、FAST 群において滑車上筋の
せることで、内臓脂肪の蓄積を防ぎ、糖尿病をは
GLUT-4発現量と最大インスリン刺激による糖取
じめとする生活習慣病の発症を予防できることが
り込み速度の顕著な増加が認められ、更に両者の
数多くの研究により報告されている
。本研究で
間には高い相関関係が認められた(図 1 )。した
は、 3 日間の絶食を行うことでも、高脂肪食を摂
がって、短期間の絶食には、内臓脂肪量の減少に
取したラットの体重および腹腔内脂肪量を 2 週間
加えて骨格筋の GLUT-4の発現量を増加させるこ
のエネルギー摂取制限を行った場合と同程度に減
とで骨格筋の血糖処理能力を向上させる効果があ
少させることが明らかになった。更に本研究では、
る可能性が示唆された。
CR 群に比べて FAST 群では、飼育期間中の総摂
以上のように短期間の絶食は、骨格筋の糖代謝
餌量すなわちエネルギー摂取量は有意に高いもの
機能に対して好ましい効果をもたらすことが明ら
であった(表 1 )。したがって、体重および内臓
かになったことから、実験 2 では、短期間の絶食
脂肪量を減少させるためには、長期間のエネル
により全身の糖代謝能も改善する、という仮説の
ギー摂取制限よりも、数日間絶食を行うほうがよ
下、経口糖負荷試験を行った。その結果、我々の
り効率の良い方法であるのかもしれない。
仮説に反し、FAST 群では糖負荷試験時の血漿グ
先行研究により、インスリン最大刺激による骨
ルコース AUC 値の顕著な増加、すなわち耐糖能
格筋糖取り込み能力と GLUT-4発現量の間には高
の悪化が認められた。FAST 群では CON 群や CR
い正の相関関係が認められることが報告されてい
群に比べて血漿インスリン AUC 値が低値を示し、
ることから 、生体内における最大の血糖処理器
また全身の糖代謝能に大きな影響を及ぼすことが
官である骨格筋の糖代謝能を高めるためには、内
知られているアディポネクチン7)の濃度も他の 2
2,5)
4)
(92)
群に比べて有意に低い値であったことから、短期
増加することで、骨格筋の血糖取り込み能力が向
間の絶食は、腹腔内脂肪量を減少させ、更に骨格
上するものの、インスリン分泌能力が低下するこ
筋の血糖処理能力を高めるものの、血糖低下作用
とで、全身の糖代謝能・耐糖能は顕著に悪化する
をもつインスリンの分泌能力やアディポネクチン
ことが明らかとなった。更に、絶食期間を分散さ
の血中濃度を低下させることで、高血糖状態を引
せて、 1 回当たりの絶食時間を短くし、その負担
き起こしてしまう可能性が示唆された。一方、
を軽減したとしても、耐糖能の悪化を防ぐことは
CR 群でも CON 群に比べて糖負荷試験中の血漿
できない可能性が示唆された。
インスリン AUC 値が低値を示していたが、血漿
グルコース AUC 値は CON 群と同等の値であっ
謝 辞
た。この結果は、CR 群ではより少ないインスリ
本研究に対して多大な助成を賜りました公益財団法人
ン分泌で血糖を十分に処理できていたことを示し
ており、高脂肪食摂取によるインスリン抵抗性を
改善できていたと考えられる。
明治安田厚生事業団に深く感謝いたします。また、本研
究の遂行にあたり多大なご協力を賜りました東京大学大
学院総合文化研究科の稲井真氏、西村脩平氏、浦島章吾
氏に深くお礼申し上げます。
実験 2 において、 3 日間の絶食により全身の耐
糖能が悪化することが明らかとなったが、絶食を
3 日間連続して行うことで、生体に大きな負担が
かるため、糖代謝能が悪化したという可能性が考
えられる。そこで実験 3 では、絶食を 3 回(毎週
参 考 文 献
1)DeFronzo RA, et al.(1985): Effects of insulin on peripheral and splanchnic glucose metabolism in noninsulindependent(type II)diabetes mellitus. J Clin Invest, 76,
149-155.
1 回, 1 日間ずつ)に分散し、 1 回の絶食に伴う
2)Han DH, et al.(1997)
: Insulin resistance of muscle glu-
負担を軽減することで糖代謝能に対する悪影響を
cose transport in rats fed a high-fat diet: a reevaluation.
なくすことができるのかを検討した。その結果、
Diabetes, 46, 1761-1767.
3 日間の連続絶食よりも効果は小さいものの、絶
食を 3 回に分散させることでも体重および腹腔内
3)Higashida K, et al.(2013)
: Effects of alternate-day fasting
on high-fat diet-induced insulin resistance in rat skeletal
muscle. Life Sci, 93, 208-213.
脂肪量の減少が認められた。しかしながら、 3 日
4)Kawanaka K, et al.(1997): Changes in insulin-stimulated
間の連続絶食と同様に、絶食を 3 回に分散させた
glucose transport and GLUT-4 protein in rat skeletal mus-
1D
3 群においても、糖負荷試験時のインスリ
ン分泌が低下し、耐糖能の悪化が認められた。し
たがって、 1 回の絶食期間(時間)を短くし、負
cle after training. J Appl Physiol, 83, 2043-2047.
5)Kim JY, et al.
(2000)
: High-fat diet-induced muscle insulin
resistance: relationship to visceral fat mass. Am J Physiol
Regul Integr Comp Physiol, 279, R2057-R2065.
担を軽くしたとしても、絶食を繰り返し行った場
6)Weiss EP, et al.
(2006)
: Improvements in glucose tolerance
合には全身の糖代謝能を悪化させてしまう可能性
and insulin action induced by increasing energy expendi-
が示唆された。
ture or decreasing energy intake: a randomized controlled
trial. Am J Clin Nutr, 84, 1033-1042.
総 括
短期間の絶食により、腹腔内脂肪量が大きく減
少し、更に骨格筋の糖輸送体 GLUT-4の発現量が
7)Yamauchi T, et al.
(2008)
: Physiological and pathophysiological roles of adiponectin and adiponectin receptors in
the integrated regulation of metabolic and cardiovascular
, S13-S18.
diseases. Int J Obes(Lond)
, 32(Suppl 7)
(93)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.93∼98(2016.4)
頭部外傷後の高次脳機能障害に対する運動トレーニング効果の
検討とそのメカニズム解明
藤 田 幸*
中 西 徹*
山 下 俊 英*
MECHANISM OF FUNCTIONAL RECOVERY WITH EXERCISE TRAINING
AFTER INJURY OF THE CENTRAL NERVOUS SYSTEM
Yuki Fujita, Toru Nakanishi, and Toshihide Yamashita
Key words: central nervous system, rehabilitation, injury.
緒 言
歯類や霊長類を対象にした動物実験や、脊髄損傷
患者を対象とした臨床研究によって明らかにされ
本研究の目的は、運動トレーニングによるリハ
てきた 5,7,8)。実際に、マウスに細い隙間からエサ
ビリテーションが、中枢神経損傷後の機能回復を
をつかむような課題を繰り返すことで、その上肢
促すメカニズムを解明することである。
機能が改善することや、脊髄損傷患者をハーネス
人間の中枢神経系は脳と脊髄から構成され、全
で吊り上げ、体重を部分的に免荷した状態でト
身の情報伝達の指揮を執る器官である。脳や脊髄
レッドミル上の歩行訓練を行うことで、歩行機能
に存在する神経細胞はネットワークを形成して、
の改善が認められている。しかしながら、その詳
シグナルを伝えている。交通事故や高所からの落
しい回復メカニズムについてはいまだ不明な点が
下により、中枢神経回路が障害されると、情報伝
多く、効果も限定的であるため、科学的な根拠に
達は途絶え、運動機能や感覚機能に障害をきたす。
基づいたリハビリテーションによる治療的アプ
このような障害は、長期にわたり持続して、日常
ローチの開発が求められている。したがって、リ
生活を脅かすものとなりうる。中枢神経回路を構
ハビリテーションによる運動機能回復メカニズム
成するケーブルの役目を果たす神経軸索が、損傷
を明らかにすることは、リハビリテーションの効
により一度切断されてしまうと、元どおりに戻る
果を向上させるための重要な課題である。
ことは困難である。すなわち、中枢神経の再生能
そこで私達は、運動トレーニングによるリハビ
力の低さが、損傷からの機能回復を困難にしてい
リテーションが、一部の運動機能の自然回復に寄
る原因と考えられる 。
与するとされている神経回路の再形成を促す可能
中枢神経損傷後の運動障害や感覚障害に対する
性を考えた。中枢神経損傷後、切断された軸索を
治療法として、これまでリハビリテーションが行
再伸長させて元どおりの回路を再形成させること
われてきた。例えば、脊髄損傷後のリハビリテー
が、最もシンプルな治療戦略であるが、中枢神経
ションによる運動機能の回復効果については、齧
の再生能力が低いためにこのような現象はほとん
10)
* 大阪大学大学院医学系研究科分子神経科学 Department of Molecular Neuroscience, Graduate School of Medicine, Osaka University, Osaka, Japan.
(94)
ど認められない(図 1 )。しかし、たとえ回路が
形成するうえで重要なステップである。リハビリ
元どおりに再生しなくても、損傷を免れた軸索や、
テーションの効果が慢性期にも認められることか
損傷部よりも細胞体側の傷を受けていない軸索部
ら、私達は運動トレーニングが刈り込みのステッ
分から、代償的な側枝が伸長し、神経回路が再構
プに寄与する可能性を考えた。中枢神経損傷後、
築されることで、一部の運動機能回復に繋がるこ
運動トレーニングによるリハビリテーションが、
とが報告されている
。
側枝の刈り込みを促し、神経回路の再構築を賦活
このような代償的な神経回路の再構築において
化することを明らかにすることが本研究の目標で
も、発生期と同様のステップをたどってネット
ある。
1,3,9)
ワークが形成されると想定される
。すなわち、
4,6)
軸索から過剰に側枝が伸長し、標的細胞と結びつ
いた側枝のみが残って、余分な側枝は刈り込みを
方 法
A.中枢神経損傷モデルマウスの作成
受けるという過程を経て、精密な神経回路が形成
中枢神経損傷モデルとして、脊髄損傷マウスを
される(図 2 )
。特に、刈り込みのステップは側
用いた。脊髄損傷モデルでは皮質脊髄路が破綻し、
枝の選択的な投射を可能にし、精密な神経回路を
運動機能障害をきたす。本研究では、下肢の機能
障害をきたす第 8 胸髄の損傷モデルを用いた。こ
のモデルでは、損傷部より細胞体側の頸髄レベル
において代償的な側枝の伸長が認められる。この
側枝は、脊髄前角の運動神経に投射している脊髄
固有神経と接続し、運動機能の回復に寄与する。
C56BL6/ J マウス( 7 週齢,雌)の第 8 胸髄に
メスで背側半切断を施し、脊髄不完全損傷モデル
を作成した(図 3 )。コントロールとして、脊髄
損傷は施さず、脊椎の椎弓切除のみを施した群
(Sham 群)を準備した。損傷後、皮質脊髄路の軸
索から代償的に伸長した側枝を可視化するため、
皮質脊髄路神経細胞の細胞体が存在する大脳皮質
図 1 .中枢神経損傷後における神経回路の再構築
Fig.1.Compensatory neural pathway contributes to spontaneous functional recovery after central nervous system injury.
Compensatory neural pathway is composed of collaterals
sprouted from corticospinal tract
(CST)after injury, propriospinal neurons in cervical cord and motor neurons in lumbar cord,
and compensates for the role of CST by bypassing the lesion
and contributes to motor functional recovery.
運動野第 V 層に順行性トレーサー BDA(ビオチ
ン化デキストランアミン)を注入した。側枝の伸
長と余分な側枝の刈り込みを検証するため、損傷
10日後、28日後にマウスを灌流固定し、頸髄(C4C6)における側枝数をカウントした。
図 2 .中枢神経損傷後における側枝の刈り込み
Fig.2.Axon pruning in compensatory neural pathway.
It has been shown that axon pruning collaterals is an essential step to elaborate compensatory neural pathway.
(95)
図 3 .方法
Fig.3.Methods.
Mice were conducted dorsal hemisection or laminectomy at T8 level, and injected anterograde
tracer, BDA, into the hindlimb motor area to label the collaterals from corticospinal tract. Then
mice were perfused 10 day or 28 day after BDA injection and compared the number of collaterals.
Rotarod test
Grid walk test
図 4 .運動トレーニングと機能評価試験
Fig.4.Analysis for the effect of rehabilitation.
Rotarod test is used to evaluate the motor coordination. Grid walk test is used to evaluate
whether the mice could place their hindlimbs accurately and support their bodies by their
hindlimbs sufficiently.
Rotarod training
・10 min × 2(separated by 10 min break)/day
・5 times / week
B.側枝数の評価
た9)。Sham 群、損傷10日後(側枝伸長の評価)、
損傷10日後、28日後における頸髄薄切組織の
28日後(側枝刈り込みの評価)の値を比較して検
BDA 標識側枝を、蛍光標識されたストレプトア
定を行った。Sham 群、損傷群それぞれ 3 ∼ 6 匹
ビジンを用いて染色し、可視化した。側枝数を定
のマウスを使用した。
量化するため、頸髄 C4-C6レベルの切片30枚から
C.運動トレーニングの方法
側枝数の合計をカウントした。BDA 標識効率に
脊髄損傷マウスに施すリハビリテーションとし
よるバラツキを回避するため、側枝数を頸髄 C3
て、Rotarod による運動トレーニングを行った(図
レベルの皮質脊髄路の軸索数で割った値を算出し
4 )。Rotarod は回転する棒の上にマウスをのせ、
(96)
マウスに回転棒から落下しないようなバランスを
半切断を行い、脊髄損傷を施した後、皮質脊髄路
取らせる運動を課する機器である。Rotarod を用
神経細胞が存在する大脳皮質運動野第 V 層に
いた運動トレーニングを 1 日10分、 2 回、10分間
BDA を注入した。頸髄 C4-C6レベルの側枝数の
の休憩を入れて行い、このトレーニングを週 5 回
合計を、C3における BDA 陽性の皮質脊髄路軸索
施した。運動トレーニングは、側枝の刈り込みが
数で除算し、標準化した。この index は、コントロー
起こると考えられた損傷14日後から損傷28日後の
ルとして用いた Sham 群と比較し、損傷10日後に
期間に行った。
おいて約10倍に増加した。また、損傷28日後では、
D.運動トレーニングによる側枝数の変化
損傷28日後の頸髄では、側枝の刈り込みが生じ、
損傷10日後と比較して、側枝数が有意に減少した
(図 5 )。以上の結果は、損傷10日後から28日後に
損傷10日後と比較して側枝数が減少していた。ト
かけて、皮質脊髄路から代償的に伸長した側枝が
レーニング群と非トレーニング群における損傷28
刈り込みを受けることを示唆している。
日後の側枝数を上述の方法で比較し、運動トレー
ニングにより側枝の刈り込みが促されるか検証し
B.運動トレーニングによる側枝の刈り込みの
亢進
た。刈り込みの定量的な評価にはトレーニング群、
運動トレーニングによるリハビリテーションは
非トレーニング群で各 6 匹のマウスを用いた。
脊髄損傷を含む中枢神経損傷からの機能回復を促
E.運動トレーニングによる機能回復
0.6
マウスの運動機能回復が促されるか、検証した。
0.5
上述 C と同様にマウスに運動トレーニングを行
い、損傷14日後、21日後、28日後におけるマウス
の運動機能評価を行った。運動機能評価にはマウ
スを格子状の網の上を歩かせ、下肢を踏み外す回
数を測定する Grid walk test と、からだのバラン
スをとる必要がある運動機能を評価する Rotarod
test を用いた(図 4 )。行動試験には、トレーニ
ング群、非トレーニング群で各13∼14匹のマウス
を用いた。
結 果
A.脊髄損傷後における代償性神経回路の形成
Collaterals/Fibers of CST
脊髄損傷後、運動トレーニングを施すことで、
白質に侵入し、運動神経に投射している脊髄固有
神経と接続して、神経回路を再構築することが知
られている2)。代償的に伸長した側枝は、中枢神
経系の発生期と同様に、始めに過剰に伸長し、不
要な側枝が刈り込まれて選択的な神経回路が形成
される。中枢神経損傷後の側枝数の変化を評価す
るために、順行性の神経標識剤である BDA を用
いて、ビオチン - アビジン法による染色を行い、
側枝を可視化した。胸髄 T8レベルで脊髄の背側
0.4
0.3
0.2
0.1
Sham
d10
d28
図 5 .損傷後の側枝刈り込み
Fig.5.Quantification of the number of collaterals.
The total number of collaterals from C4 to C6 was divided by
the number of main corticospinal tract fibers. It was increased
by d10 and decreased from d10 to d28. Mean ± SEM
(n = 3-6)
.
**P < 0.01 ,* P < 0.05, one way ANOVA followed by TukeyKramer test.
*
0.4
Collaterals/Fibers of CST
を通る皮質脊髄路から代償的に伸長した側枝が灰
*
0
過去の報告から、マウスの背側半切断による脊
髄不完全損傷モデルでは、頸髄レベルで脊髄白質
**
0.3
0.2
0.1
0
Non-trained
Trained
図 6 .運動トレーニングによる側枝刈り込みの促進
Fig.6.The number of collaterals is lower in trained mice.
The total number of collaterals from C4 to C6 was divided by
the number of main corticospinal tract fiber. Mean ± SEM
(n = 6)
.
* P < 0.05, Student s t-test.
(97)
Duration time(sec)
機能回復
*
*
200
recovery
150
みが起こる時期に、運動トレーニングを行うこと
B と同様に、脊髄損傷後にトレーニング群と非ト
Trained
Non-trained
50
0
35
d14
d21
レーニング群のマウスを作成した。これらのマウ
スで、損傷14日後、21日後、28日後に、格子状の
d28
網の上を歩かせて下肢を踏み外す回数を測定する
Grid walk test
Grid walk test と、バランスの必要な運動機能を評
30
25
recovery
20
15
価する Rotarod test を用いて運動機能評価を行っ
た。Grid walk test では両群の間に有意な差は検出
されなかったが、Rotarod test では、損傷21日後、
10
5
0
皮質脊髄路から代償的に伸長した側枝の刈り込
で、運動機能回復が亢進するか、検証した。上記
100
Pre
Grid walk error
(%)
C.運動トレーニングによる中枢神経損傷後の
Rotarod test
250
Pre
Trained
Non-trained
28日後において有意に運動機能回復が促されるこ
d28
神経回路が再構築される過程のうち、刈り込み期
d21
図 7 .運動トレーニングによる損傷後の機能回復亢進
Fig.7.Trained mice show a better motor function.
In Rotarod test, mice are placed on accelerated rotating rod, and
the time until mice fall off is recorded. Trained mice showed a
better performance at 21d and 28d after injury. In Grid walk
test, there was no significant difference between the trained and
non-trained mice.
とが示された。これらの結果は、中枢神経損傷後、
に行う運動トレーニングが、運動機能の回復に寄
与することを示唆している(図 7 )。
考 察
本研究により、胸髄 T8レベルの脊髄背側半切
断による脊髄損傷モデルでは、損傷10日後までに
すことが、動物実験、臨床研究により実証されて
頸髄レベルで皮質脊髄路軸索から代償的に側枝が
いる。しかしながら、運動トレーニングによる機
伸長することが確認された。損傷28日後には側枝
能回復過程で、どのような神経回路の変化を伴う
数が減少したことから、脊髄損傷10日後から28日
のかは不明のままであった。本研究では、運動ト
後の間に側枝の刈り込みが起こることが示唆され
レーニングが脊髄損傷後の神経回路再構築の過程
た。神経回路の再構築に必要な、側枝の刈り込み
で、代償的に伸長した側枝の刈り込みを促し、精
が起こる期間に、Rotarod を用いた運動トレーニ
密なネットワークの形成に寄与している可能性を
ングを課すると、側枝の刈り込みが促された。ま
検証した。マウスに脊髄損傷を施した後、トレー
た、このマウスでは運動機能の回復が亢進してい
ニング群と非トレーニング群に振り分けた。ト
た。これらの結果は、Rotarod を用いた運動トレー
レーニング群に対して、刈り込みが開始されてい
ニングは、皮質脊髄路からの側枝の刈り込みを促
ると考えられる損傷14日後から28日後まで Ro-
すことで、運動機能の回復に寄与することを示唆
tarod による運動トレーニングを行った。刈り込
している。今回、Rotarod を用いた運動機能評価
みにより側枝数の減少が認められた損傷28日後に
でのみ、回復が検出された。これは、Rotarod を
おいて、トレーニング群、非トレーニング群にお
用いたトレーニングにより課題特異的な機能回復
ける頸髄レベルの側枝数を比較した。その結果、
がもたらされたためと推察される。脊髄損傷後に
トレーニング群において、皮質脊髄路から代償的
は、リハビリテーションによって課題特異的な機
に伸長する側枝の数が有意に減少していた(図
能回復が促されることが動物実験や臨床研究によ
6)
。これらの結果は、Rotarod による運動トレー
り報告されており、本研究の結果も、これらの報
ニングが側枝の刈り込みを促すことを示唆してい
告と同様の傾向を示したものと考える。
る。
本研究の成果は、リハビリテーションによる神
(98)
経回路の変化を明らかにするとともに、科学的根
手研究者のための健康科学研究助成を受け遂行されまし
拠に基づいたリハビリテーションアプローチの開
た。関係者各位に深く感謝申し上げます。また、これま
発に貢献するものになると期待される。
総 括
での研究遂行にあたり、多くのご助言をいただきました
大阪大学大学院医学系研究科分子神経科学教室の皆様に
厚くお礼申し上げます。
参 考 文 献
交通事故や高所からの落下により中枢神経損傷
を生じると、四肢の運動障害や感覚麻痺などが残
り、患者の社会復帰の妨げになることがある。機
能障害が長期間残存する原因は、外傷による中枢
神経回路の破綻にあると考えられる。そのため、
1)Bareyre FM, et al.
(2004)
: The injured spinal cord spontaneously forms a new intraspinal circuit in adult rats. Nat
Neurosci, 7, 269-277.
2)Bradbury EJ, et al.(2006)
: Spinal cord repair strategies:
why do they work? Nat Rev Neurosci, 7, 644-653.
治療には損傷を受けた神経回路を再構築する必要
3)Courtine G, et al.(2008)
: Recovery of supraspinal control
がある。しかしながら、損傷された中枢神経の軸
of stepping via indirect propriospinal relay connections
索は、極めて再生しにくいという特徴をもつこと
から、中枢神経再生の治療法開発は困難とされて
きた。また一方では、損傷を免れた軸索からの側
枝の伸長による代償的な回路の再形成が、運動機
能回復に寄与していることが明らかになってき
た。脊髄損傷後、運動機能を司る皮質脊髄路の再
構築を促すことができれば、機能回復に繋がる可
能性が高い。本研究は、運動トレーニングが中枢
神経細胞の可塑性を引き出し、代償性神経回路形
成を賦活化することを明らかにすることを目的に
遂行した。運動トレーニングは神経回路の再形成
に必要な、余分な側枝の刈り込みを促すことが明
らかになった。また、刈り込み期に運動トレーニ
after spinal cord injury. Nat Med, 14, 69-74.
4)Lang C, et al.(2012): Single collateral reconstructions
reveal distinct phases of corticospinal remodeling after
spinal cord injury. PLoS One, 7, e30461.
5)Lunenburger L, et al.
(2007)
: Biofeedback for robotic gait
rehabilitation. J Neuroeng Rehabil, 4, 1.
6)Luo L, et al.(2005): Axon retraction and degeneration in
development and disease. Annu Rev Neurosci, 28, 127156.
7)Maier IC, et al.
(2006)
: Sprouting, regeneration and circuit
formation in the injured spinal cord: factors and activity.
Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci, 361, 1611-1634.
: Bilateral movement training
8)Nakagawa H, et al.(2013)
promotes axonal remodeling of the corticospinal tract and
recovery of motor function following traumatic brain
injury in mice. Cell Death Dis, 4, e534.
ングを行うことで、運動機能障害の改善が認めら
9)Ueno M, et al.(2012)
: Intraspinal rewiring of the cortico-
れた。これらの効果は、中枢神経損傷による障害
spinal tract requires target-derived brain-derived neuro-
に苦しむ患者の QOL 向上に繋がると期待される。
trophic factor and compensates lost function after brain
謝 辞
本研究は、公益財団法人明治安田厚生事業団第 31 回若
injury. Brain, 135, 1253-1267.
(2006)
: Glial inhibition of CNS axon regenera10)Yiu G, et al.
tion. Nat Rev Neurosci, 7, 617-627.
(99)
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
2014 年度 pp.99∼103(2016.4)
伸張性および短縮性トレーニングが腱の特性に及ぼす影響
前 大 純 朗*
Anthony Blazevich **
山 本 正 嘉***
金 久 博 昭***
EFFECTS OF ECCENTRIC AND CONCENTRIC
TRAINING ON TENDON PROPERTY
Sumiaki Maeo, Anthony Blazevich, Masayoshi Yamamoto,
and Hiroaki Kanehisa
Key words: downhill walking, uphill walking, patellar tendon, stiffness, rate of perceived exertion.
緒 言
で45%、バスケットボール選手で32%であると報
告されている6)。これらの腱障害の発生は、横断
人の身体運動において、腱は筋が発揮した張力
面積やスティフネスを含む腱の特性と強く関連す
を骨に伝達する役割を有し、その特性は、筋機能
ることが明らかになっている6)。例えば、腱の横
や運動パフォーマンスに大きく影響する。例えば、
断面積およびスティフネスの低下はそれぞれ、力
膝蓋腱のスティフネス(弾性)は、等尺性膝関節
発揮中の腱へのストレスおよびストレインを増加
伸展筋力の立ち上がり率(単位時間当たりの発揮
させ、腱障害のリスクを高める6)。それゆえ、腱
筋力: N / s)や跳躍高と正の相関関係を示し 1)、
横断面積およびスティフネスを増加させる運動様
爆発的運動パフォーマンスと強く関連する。また、
式(トレーニング方法)を確立することは、運動・
腱は動作の減速や切り返しを行う際に緩衝材とし
スポーツに伴う腱障害の予防・治療を行ううえで
て作用するため、高い腱スティフネスは、刺激に
重要である。
対する反応時間の短縮や動作の安定性の確保に寄
従来、腱障害のリハビリテーションでは、その
与する 。
予防・治療に最も有効な運動様式は、筋と腱、す
一方、一般人からアスリートを含む多くの運
なわち筋腱複合体が伸ばされながら力発揮する
動・スポーツ実施者において、overload(過度の
「伸張性運動」だと考えられてきた 8)。実際、伸
負荷)や overuse(過度の使用)が原因で生じる
張性トレーニングを実施した多くの研究が腱横断
腱断裂・炎症などの腱障害が頻繁に観察されてい
面積やスティフネスの増加を認めている8)。一方、
る6)。実際、膝蓋腱やアキレス腱における腱障害
筋腱複合体が縮みながら力発揮する「短縮性運動」
は、ジャンプを頻繁に行うスポーツにおいて最も
が腱の特性に及ぼす効果に着目した研究はほとん
多く観察され、その発生率は、バレーボール選手
どなく、その効果は不明である。また、一般的な
9)
*
**
***
早稲田大学スポーツ科学学術院
Faculty of Sport Sciences, Waseda University, Saitama, Japan.
エディスコワン大学運動健康科学部 School of Exercise and Health Sciences, Edith Cowan University, Western Australia, Australia.
鹿屋体育大学スポーツ生命科学系
Sports and Life Sciences, National Institute of Fitness and Sports in Kanoya, Kagoshima, Japan.
(100)
レジスタンス運動では、重りを挙上する局面では
B.トレーニング
短縮性運動、下降する局面では伸張性運動が主体
UWT および DWT 群は、大型のトレッドミル
となるが、このようなレジスタンス運動によるト
(Quasar,HP cosmos,UK)を用いて、上りまた
レーニング後においても、腱横断面積やスティフ
は下り坂歩行トレーニングを 1 回30分、週 3 回、
ネスは増加することがしばしば報告されてい
8 週間実施した。トレッドミルの傾斜は+28%
る 。このことから、
「腱の横断面積やスティフ
(UWT 群)または−28%(DWT 群)、速度は3.5
ネスを増加するうえで、運動様式は重要な要因
km/h とした。トレーニング 1 週目は空身で運動
か?」という点が近年議論されている 。
を実施し、 2 週目以降は体重の 5 ∼20%分の負荷
大腿四頭筋および膝蓋腱は、階段や坂道を下る
をリュックに背負う形で、トレーニングの進行に
際には伸張性運動が、上る際には短縮性運動が主
伴い徐々に増加させた( 2 週目: 5 %, 3・4 週
体となる。近年、動物を対象とした実験で、 5 週
目:10%, 5・6 週 目:15%, 7・8 週 目:20
間の下り坂ランニングトレーニング後に膝蓋腱の
%)
。また、歩行中のストライドやピッチは規定
硬さ(破断強度)が増加し、上り坂ランニングトレ
せず、最も自然に歩けるよう被験者自身が自由に
ーニング後にはそのような変化はなかったことが
選択した。運動の実施中にバランスを失った場合
報告された 。このことは、膝蓋腱のスティフネ
や、何らかの理由により運動の継続が困難になっ
スを増加させるうえで、下り坂ランニングトレー
た場合には、トレッドミルの両側に設置されてい
ニングが上り坂ランニングトレーニングよりも優
るバーにつかまるよう指示をした。しかし、トレ
れていることを示唆するものである。しかしなが
ーニング期間を通して運動実施中にバランスを崩
ら、人を対象にこれを検証した研究はない。また、
す、あるいは歩行動作やペースに明らかな変調を
ランニングは、実施する速度にもよるが、比較的
示す被験者はなく、全員が規定の運動課題を遂行
強度の高い運動であり、実施可能な人は限定され
することができた。
10)
10)
3)
る。一方、ウォーキングは、多くの人にとって容
C.測定項目
易に実施できる最も基本的な運動であり、トレ
1 .トレーニング期間中
ーニングとしての実用性や汎用性が高いと期待で
トレーニング期間を通して、以下の項目を測定
きる。それらの点を踏まえ、本研究では、上り
した。
坂歩行トレーニング(uphill walking training; UWT)
1)心拍数
または下り坂歩行トレーニング(downhill walking
心拍計(RC3GPS,Polar,Finland)を用いて、
training; DWT)が腱の特性に及ぼす影響を明らか
運動中(毎回30分)の心拍数を記録した。30分の
にすることを目的とした。
平均値を各回の代表値とした。
方 法
A.被験者
2) 主 観 的 運 動 強 度(rate of perceived exertion;
RPE)
呼吸および脚について、RPE(Borg s スケール:
腱障害を有しない健常な若齢成人男性26名(年
6 ∼20)を毎回の運動後に確認した。
齢:24±3 歳,身長:173±5 cm,体重:69±4
2 .トレーニング前後
kg,平均値±標準偏差)を UWT 群(n = 13)と
トレーニング期間の前後に、以下の項目を測定
DWT 群(n = 13)に分けた。すべての被験者は、
した。
下肢の運動が中心となるトレーニングを定期的に
1)膝蓋腱横断面積
実施していない者とした。各被験者には、実験の
超音波画像撮像装置(ProSoundα6,ALOKA,
目的と内容、注意事項、および危険性などについ
Japan)を用いて、B モード法により右脚の膝蓋
て説明し、実験参加への同意を得た。本研究は、
腱の横断面積を測定した。測定位置は、膝蓋腱の
鹿屋体育大学倫理審査委員会の承認を受けて行わ
膝蓋骨付着部から脛骨付着部までの直線距離の
れた(承認番号:7-49)
。
50%位置とした。測定位置の目印として、皮膚表
(101)
面に油性ペンでマーキングを施した。皮膚面に接
取り込み、専用のソフトウェア(ImageJ)で分析
触するプローブ(7.5 MHz)には、エコーゼリー
を行った。
を塗布して超音波の伝導性を高めた。測定時には、
D.統計分析
表層部を圧迫することによる組織の変形を避け、
各項目の測定結果は平均値±標準偏差で表し
明瞭な超音波画像を取得するように配慮した。測
た。トレーニング期間を通した運動中の心拍数お
定時の被験者の姿勢は、多用途筋機能測定装置
よび RPE(呼吸・脚)の比較には、二元配置分
(Biodex system 2,BIODEX,US) の シ ー ト 上 で
散分析( 2 群×24回)を用いた。交互作用が認め
股関節角度90度および膝関節角度70度(解剖学的
られた場合、各回における群間の比較を対応のな
正位: 0 度)の座位とした。上体および腰部をベ
い t-test を用いて行った。トレーニング前後にお
ルトで締め体幹を固定するとともに、膝関節用ア
ける膝蓋腱の横断面積およびスティフネスの比較
タッチメントで下肢を固定した。測定の間、被験
には二元配置分散分析( 2 群× 2 時間)を用いた。
者は安静にした。超音波画像は本体機器に保存後
交互作用が認められた場合、各群におけるトレー
PC に取り込み、専用のソフトウェア(ImageJ,
ニング前後の比較を対応のある t-test を用いて
NIH,US)で分析を行った。
行った。有意水準は 5 %とし、分析には統計ソフ
2)膝蓋腱スティフネス
トウェア(SPSS20,IBM,US)を用いた。
同上の超音波画像撮像装置および筋機能測定装
結 果
置を用いて、レビュー論文で推奨されている方
法7)に従い、膝蓋腱のスティフネスを測定した。
A.トレーニング中の心拍数および RPE
被験者は、安静状態から徐々に力を増加させ、 5
心拍数は、トレーニング期間を通して DWT 群
秒かけて最大努力に到達するように膝関節伸展筋
が UWT 群よりも常に有意に低かった(図 1 )。
力発揮を行い、その後 3 秒間最大努力を維持し、
同様に、呼吸の RPE も、トレーニング期間を
その際(合計約 8 秒間)の発揮トルクと膝蓋腱の
通して DWT 群が UWT 群よりも常に有意に低
伸張の度合いを同時に測定した。得られたトルク
かった(図 2 左)。脚の RPE は、トレーニング 1
を膝関節伸展筋のモーメントアーム長 で除し、
∼ 3 回目までは群間に有意な差は認められなかっ
腱 張 力 に 変 換 し た。 最 大 筋 力 発 揮 の 90 % か ら
たが、 4 回目以降は DWT 群が UWT 群よりも常
100%にかけての腱張力の変化(Δ N)を腱伸張
に有意に低かった(図 2 右)。
5)
の変化(Δ mm)で除した値(Δ N / Δ mm)を膝蓋
腱のスティフネスの指標とした 。測定姿勢は腱
7)
横断面積測定と同様の座位とし、最大筋力発揮課
B.トレーニング前後の腱横断面積および腱ス
ティフネス
腱横断面積は、両群で有意に変化しなかった
題の実施に先立ち、被験者は動作の確認および十
200
アップ終了後、約 2 分の休憩を挟み、 2 回測定を
180
行った。 2 回の測定のうち、最大トルクが高いほ
うを採用した。 2 回の最大トルクの差が10%以上
あった場合には、その差が10%以内に収まるまで
測定を繰り返し行った。測定間には 2 分の休憩を
設けた。トルク(サンプリング周波数:2000 Hz)
は A / D 変 換(PowerLab,ADInstrument,Australia)
後に PC に取り込み、専用のソフトウェア(LabChart,ADInstrument)で分析を行った。超音波画
像はトルクデータと同期後に動画として(サンプ
リング周波数:40 Hz)本体機器に保存後 PC に
Heart rate (bpm)
分なウォーミングアップを行った。ウォーミング
UWT
DWT
160
140
120
100
80
60
*
2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24
Training session (number)
図 1 .トレーニング中の心拍数
Fig.1.Changes in heart rate during exercise for the uphill
walking training(UWT: open circle)and downhill walking
training(DWT: closed circle)groups throughout the training
period.
Values are means ± SDs. An asterisk
(*)indicates a significant
(P < 0.05)
difference between groups.
(102)
Respiration
20
UWT
DWT
16
14
14
12
UWT
DWT
18
16
RPE
RPE
18
Leg
20
10
12
10
8
8
*
6
*
6
2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24
Training session (number)
2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24
Training session (number)
図 2 .トレーニング中の主観的運動強度
Fig.2.Changes in rate of perceived exertion
(RPE)
for respiration(left)and leg(right)
during exercise for the
uphill walking training(UWT: open circle)and downhill walking training(DWT: closed circle)groups
throughout the training period.
Values are means SDs. An asterisk
(*)
indicates a significant
(P < 0.05)
difference between groups.
UWT
4000
3000
2000
1000
0
Pre
DWT
5000
Stiffness (N/mm)
Stiffness (N/mm)
5000
Post
*
4000
3000
2000
1000
0
Pre
Post
図 3 .トレーニングによる膝蓋腱スティフネスの変化
Fig.3. Changes in the patellar tendon stiffness before and after the training for the uphill walking training
(UWT: left)
and downhill walking training
(DWT: right)
groups.
Values are means SDs. An asterisk
(*)indicates a significant
(P < 0.05)
difference between pre and post.
26 mm2,DWT
以外の運動条件(傾斜,速度,担架重量,時間)
31 mm ,プレ vs. ポス
は、UWT と DWT ですべて同じとした。UWT と
ト)
。腱スティフネスは、UWT 群では有意な変化
DWT で運動中のキネマティクスは異なることを
はなかったが、DWT 群では有意に増加した(図
考慮する余地はあるものの、本研究の結果は、上
3)
。
述の先行研究の結果 2) を支持するとともに、「同
(UWT 群:108
群:117
21 mm2 vs. 112
2
29 mm vs. 122
2
考 察
じ運動条件で行う場合、DWT は UWT よりも代
謝的負担度は著しく低い」ことを意味するもので
トレーニング中の心拍数や RPE は、DWT 群が
ある。
UWT 群よりも有意に低かった。専用の自転車装
トレーニング後、腱スティフネスは DWT 群で
置を用いて、大腿四頭筋の伸張性運動が主となる
のみ有意に増加した。これは、動物を対象とした
「逆回転のペダリング運動(力発揮は通常回転方
先行研究の結果 3) を支持するものであり、腱ス
向に行っているが,モータにより強制的に逆回転
ティフネスを高めるうえで、DWT は UWT より
となる)
」と、短縮性運動が主となる「通常回転
も優れていることを示唆するものである。腱の重
のペダリング運動」実施中の代謝特性を比較した
要な構造蛋白質であるコラーゲンやそれに関連す
先行研究では、パワー出力は等しいにもかかわら
る遺伝子発現(トランスフォーミング成長因子 β,
ず、伸張性条件では短縮性条件に比べ、酸素摂取
結合組織成長因子)は、短縮性運動よりも伸張性
量は約 1 / 4 、エネルギー消費量は約 1 / 2 程度で
運動後でより増加したという報告がある 3,4)。一
あったと報告されている 2)。本研究では、
「上り
方、伸張性運動に特化していないトレーニング後
坂を歩行するか下り坂を歩行するか」ということ
にも腱スティフネスの増加は報告されている4)こ
(103)
とから、ある程度のトレーニング量(負荷×回数)
から、下り坂歩行トレーニングは上り坂歩行ト
を獲得できた場合、腱スティフネスの変化に寄与
レーニングと比べ、運動中の代謝的負担度は低い
する運動様式の影響は小さくなると考えられ
ながらも、膝蓋腱のスティフネスをより増加させ
る 。すなわち、本研究で実施したものよりもト
ることが示唆された。歩行は、多くの人にとって
レーニング量を増やした場合、UWT でも腱ス
容易に実施できる最も基本的な運動であるため、
ティフネスは増加する可能性がある。しかしなが
下り坂歩行は、腱障害予防として、実用性や汎用
ら、上述のトレーニング中における代謝的負担度
性、そして有用性が高いトレーニング手段になる
の違いを踏まえると、DWT は UWT に比べ、運
と期待できる。
4)
動中の代謝的負担度は低いながらも、膝蓋腱のス
ティフネスをより増加させるといえる。なお、ト
レーニングにより腱スティフネスが増加したと報
告する研究の多くは、高負荷(最大努力の75%以
上)
・低回数( 8 ∼12回, 3 ∼ 5 セット)のレジ
スタンストレーニングを実施しているものがほと
んどである 10)。本研究では、DWT および UWT
の負荷(例:筋活動水準)および回数(歩数)を
計測していないため、その詳細については不明で
ある。しかしながら、予備実験の結果から、トレー
ニング 1 回(30分)当たりの歩数は片脚につき
謝 辞
本研究を実施するにあたり、ご協力いただきました被
験者の皆様に御礼申し上げます。更に、本研究を遂行す
るにあたり、助成を賜りました公益財団法人明治安田厚
生事業団に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
1)Bojsen-Moller J, et al.
(2005)
: Muscle performance during
maximal isometric and dynamic contractions is influenced
by the stiffness of the tendinous structures. J Appl Physiol,
99, 986-994.
2)Isner-Horobeti ME, et al.
(2013)
: Eccentric exercise train-
1800∼2000歩になると推定でき、これが非常に大
ing: modalities, applications and perspectives. Sports Med,
きなトレーニング量の獲得に繋がり、腱スティフ
43, 483-512.
ネスの増加に貢献したと考えられる。また、腱横
断 面 積 は 両 群 で 変 化 が な か っ た が、 近 年 の レ
3)Kaux JF, et al.
(2013)
: Eccentric training improves tendon
biomechanical properties: a rat model. J Orthop Res, 31,
119-124.
ビュー論文10)では、
「トレーニングによる腱スティ
4)Kjaer M, et al.(2014): Eccentric exercise: acute and
フネスの増加は 6 ∼ 8 週間で生じ、腱横断面積の
chronic effects on healthy and diseased tendons. J Appl
増加は12∼36週間必要」と示唆されている。本研
Physiol, 116, 1435-1438.
究のトレーニング期間は 8 週間であった。これら
を考慮すると、トレーニング期間を 8 週間よりも
延長した場合、UWT と DWT の両方で腱横断面
積の増加は生じる可能性はあるが、それは DWT
でより早く生じ、またその程度も DWT がより大
きいと考えられる。
総 括
本研究では、上り坂または下り坂歩行トレーニ
ングが膝蓋腱の特性に及ぼす影響を明らかにする
ことを目的とし、
「上り」か「下り」か以外の運
動条件を同一とした 8 週間のトレーニング実験を
実施した。その結果、運動中の心拍数と RPE は、
トレーニング期間を通して下り群が上り群よりも
有意に低かった。トレーニング後、腱スティフネ
スは下り群でのみ有意に増加した。これらの結果
5)Krevolin JL, et al.
(2004)
: Moment arm of the patellar tendon in the human knee. J Biomech, 37, 785-788.
6)Pearson SJ, et al.(2014): Region-specific tendon properties and patellar tendinopathy: a wider understanding.
Sports Med, 44, 1101-1112.
7)Seynnes OR, et al.(2015)
: Ultrasound-based testing of
tendon mechanical properties: a critical evaluation. J Appl
Physiol, 118, 133-141.
8)Visnes H, et al.
(2007)
: The evolution of eccentric training
as treatment for patellar tendinopathy(jumper s knee)
:a
critical review of exercise programmes. Br J Sports Med,
41, 217-223.
9)Waugh CM, et al.
(2014)
: Effects of resistance training on
tendon mechanical properties and rapid force production in
prepubertal children. J Appl Physiol, 117, 257-266.
10)Wiesinger HP, et al.(2015): Effects of increased loading
on in vivo tendon properties: a systematic review. Med Sci
Sports Exerc, 47, 1885-1895.
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(104)
2014 年度 pp.104∼109(2016.4)
骨格筋収縮が脳機能に及ぼす影響
―脳由来神経栄養因子 BDNF に着目して―
前 川 貴 郊*
小笠原 理 紀*** 蔦 木 新**
中 里 浩 一** 石 井 直 方*
EFFECTS OF LOCAL MUSCLE CONTRACTION ON BRAIN:
CONTRACTION-INDUCED EXPRESSION OF BRAINDERIVED NEUROTROPHIC FACTOR(BDNF)
IN HIPPOCAMPUS
Takahiro Maekawa, Riki Ogasawara, Arata Tsutaki,
Koichi Nakazato, and Naokata Ishii
Key words: skeletal muscle, hippocampus, BDNF, FNDC5, afferent pathway.
緒 言
量負荷を課した比較的高強度なレジスタンス運動
モデルが、より効果的に海馬内の BDNF 発現を
これまで、数多くの研究が運動による認知機能
亢進させるとの報告もなされている4)。
の改善効果を報告している6,8)。運動による認知機
2013 年 に Wrann et al. は 運 動 に よ る 海 馬 内 の
能の改善にかかわっている重要な因子の 1 つに脳
FNDC5(fibronectin type III domain-containing
由来神経栄養因子 BDNF(brain-derived neurotropic
protein5)という膜蛋白の発現亢進が BDNF 発現
factor)がある。特に海馬内での BDNF 発現亢進
を導くことを報告した9)。FNDC5は骨格筋内でも
は神経新生、シナプス形成によるシナプスの可塑
生成され、収縮によってその分断型生成物である
性、およびシナプスにおける長期増強を導く。そ
イリシン(irisin)が循環血中に遊離されること
のため海馬内の BDNF 発現亢進は認知機能の改
が報告されている 2)。この研究で同時に、Wrann
善を示す有用な指標の 1 つと考えられる。
et al. は FNDC5を遺伝子導入によって肝臓内で過
脳内での BDNF 発現はさまざまな運動で亢進
剰発現させ、その分断型であるイリシンを末梢血
すると報告されている。齧歯類を用いた研究では
内に増やすと、海馬内の FNDC5発現が亢進しな
走ホイール上での自発性走運動や、低ストレスで
いにもかかわらず、海馬内の BDNF 発現が亢進
のトレッドミル走など、低∼中負荷程度の全身性
したと報告している。このことは、骨格筋収縮に
運動が海馬内 BDNF 発現亢進に効果的であると
よって末梢血に分泌されたイリシンが脳内 BDNF
報告している
発現の亢進を引き起こす可能性を示している。こ
*
**
***
。更に近年になって、ラットに重
6,8)
東京大学大学院総合文化研究科
Department of Life Sciences, Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
日本体育大学大学院体育科学研究科 Graduate School of Health and Sport Sciences, Nippon Sport Science University, Tokyo, Japan.
名古屋工業大学大学院工学研究科
Department of Life and Materials Engineering, Nagoya Institute of Technology, Nagoya, Japan.
(105)
のことから我々は、骨格筋の収縮自体が海馬内の
D.サンプリングタイムコース
BDNF 発現に重要であり、骨格筋の収縮を中枢の
運動は12時間の絶食状態で実施し、運動終了 3
活 動 と 無 関 係 に 引 き 起 こ す こ と で、 海 馬 内 の
時間後に動物に麻酔をかけ、血液を採取した。そ
BDNF 発現の亢進を誘導できないかと考えた。
の後、頭部を切断し、海馬を氷上で採取した。次
そこで本研究では、無意識下で電気刺激を用い
いで下腿三頭筋から腓腹筋を取り分けた。その後
て骨格筋を局所的に収縮させるモデルを作成し、
筋湿重量を測定し、解析を行うまで−90℃で保存
局所的な骨格筋収縮が認知機能改善にかかわる
した。
BDNF およびその関連因子の海馬での発現に及ぼ
す効果を調べた。
方 法
A.材料
E.坐骨神経遮断モデルおよび群分け
坐骨神経遮断モデルとして、坐骨神経を鉗子で
遮 断 し た Nerve Crush モ デ ル を 用 い た。Nerve
Crush モデルは、皮膚切開後に坐骨神経を露見し
鉗子で30秒間挟むことによって作成した。麻酔下
7 週齢(体重,250∼300 g)の Sprague-Dawley
で坐骨神経遮断個所より筋に近位側に電気刺激を
ラット(日本クレア,東京)を個別に一定気温の
加えた群を坐骨神経刺激+筋収縮あり(NC+MC)
もと、12時間の明暗サイクルで飼育した。食餌と
群(n = 6 )、坐骨神経遮断個所より筋に遠位側
水は自由摂取とした。 1 週間の飼育後に運動を
に電気刺激を加えた群を坐骨神経刺激+筋収縮な
行った。本研究は東京大学動物使用委員会の承認
し(NC+WC)群(n = 6 )とした。NC+MC 群で
を受けた(承認番号:25-11)
。
は電気刺激を与えると骨格筋収縮によるトルクが
B.筋収縮方法
発揮されるが、NC+WC 群では電気刺激を与えて
本研究では独自に開発したラット用の電気刺激
もトルクの発揮がみられなかった。麻酔下で坐骨
装置を用いて、下腿三頭筋を等尺性収縮させた。
神経を遮断し、電気刺激を与えないものをコント
被験動物は運動の15分前にイソフルランによる全
ロール群(NC)(n = 6 )とした。電気刺激条件
身麻酔を行った。被験動物の脚のつま先を鉗子で
とサンプリングタイムコースは R50群と同様にし
つまみ反応がないことを確認し、大腿部の毛をバ
た。
リカンで剃った。大腿骨に沿って皮膚面にメスで
F.ウェスタンブロッティング
切れ目を入れ、坐骨神経を露出させた。その後、
海馬と腓腹筋のサンプルは 4 ℃のプロテアーゼ
坐骨神経に電気刺激装置(SEN-3301,日本光電,
阻害剤とホスファターゼ阻害剤(Thermo Scientific,
東京)とアイソレータ(SS-104J,日本光電)に
USA)を含む RIPA バッファー内(25 mM Tris・
つながった電極を引っかけ、下腿三頭筋を収縮さ
HCl pH 7.6,150 mM NaCl,1 % NP-40,1 % sodium
せた。 1 回の強縮性収縮は 3 秒間でレップ間のイ
deoxycholate,0.1% SDS)でホモジナイズした。
ンターバルは 7 秒とした。セット間のインターバ
血清はプロテアーゼ阻害剤とホスファターゼ阻害
ルは 3 分とした。電気刺激の周波数は100 Hz(矩
剤入りの 1 % Tween-20入りの PBS で 1 : 4 に希
形パルス持続時間 1 ms)とし、発揮張力が最大
釈した。ホモジナイズ溶液は12000 rpm の速度で
になるように電圧( 3 ∼ 5 V)を設定した。
10分間遠心し、その上澄みを採取した。蛋白濃度
C.被験動物と運動プロトコール
の定量は Lowry 法に基づいて行い、サンプルは
被験動物は50回収縮群(R50,n = 5 )
、コント
DTT 入りのサンプルバッファーに混ぜ、95℃で
ロール群(CON,n = 5 )に分けた。R50群は右
5 分間処理した後に解析を行うまで−90℃で保
脚の下腿三頭筋を 1 セット10回を 5 セット、計50
管 し た。 FNDC5、BDNF、SYP(Synaptophysin)
、
回の収縮を行った。CON 群は R50群と同様に右
Phospho-Akt は12.5%の濃度のゲルを用いて等量
脚に偽手術を実施し、電極を坐骨神経に引っかけ
の サ ン プ ル を 電 気 泳 動 に よ っ て 分 離 さ せ た。
た。
Phospho-TrkB(Tropomyosin receptor kinase B) は
7.5%のゲルを用いた。泳動後、ゲルをニトロセル
(106)
C.腓腹筋における蛋白発現
ロースの膜に転写した(25 V, 1 A で 1 時間)。
転写したニトロセルロース膜は 5 %スキムミルク
筋 収 縮 3 時 間 後 の 骨 格 筋 に お け る FNDC5、
を含む TBS-T(0.1% Tween-20を含む Tris-buffered
BDNF の発現を調べた結果、R50群で CON 群と
saline 溶液)でブロッキング後、 5 % TBS-T を含
比べ有意な変化はみられなかった(図 3 A,B)。
む 以 下 の 一 次 抗 体 に 4 ℃ で 1 晩 反 応 さ せ た。
D. 坐 骨 神 経 遮 断 モ デ ル で の 海 馬 に お け る
BDNF および関連因子の蛋白発現
[FNDC5 ab174833(1:1000),Abcam;BDNF
ab109049(1:1000),Abcam; Phospho-TrkA
坐骨神経を鉗子で遮断した後に、遮断個所より
(Tyr490)
,Cell
/ TrkB(Tyr516)C35G 9 (1:1000)
末梢側(NC+MC 群)および中枢側(NC+WC 群)
Signaling Technology;Phospho-Akt(1:1000)
,Cell
に電気刺激を与え、 3 時間後の海馬内での BDNF
Signaling Technology;SYP(1:1000)
,Cell Signaling
発現および関連因子の発現を調べた。電気刺激 3
Technology]
。そして、TBS-T で 5 分、3 回洗浄し、
時間後の海馬における FNDC5、BDNF、リン酸
5 %スキムミルクを含む TBS-T に二次抗体を加
化 Akt 発現を調べた結果、NC、NC+MC、NC+WC
え、室温で 1 時間反応させ化学発光にてバンドを
検出した。バンドの発光強度を化学発光検出器
A
CON
R50
B
CON
R50
Ez-capture と CS analyzer ソフトウェア(ATTO,
Tokyo)を用いて測定した。全蛋白量は Ponceau S
**
*
*
**
**
による全蛋白量で定量化した。
G.統計
データは平均±標準偏差で表記した。統計解析
は CON 群と R50群に対して対応のない t 検定を
行った。坐骨神経遮断モデルに関しての統計解析
は NC、NC+MC、NC+WC 群間で一元配置分散分
C
CON
R50
D
CON
R50
析を行った。統計的有意水準は 5 %未満とした。
結 果
**
**
*
*
**
A.海馬における BDNF および関連因子の蛋
白発現
筋収縮 3 時間後の海馬における BDNF および
関連因子の蛋白発現を調べた。FNDC5、BDNF
発現は R50群で CON 群に比べ有意に増加してい
た(図 1 A,B)
。BDNF の受容体である TrkB の
E
CON
R50
リン酸化も R50群で CON 群に比べ有意に増加し
ていた(図 1 C)
。TrkB の下流のリン酸化 Akt 発
現も R50群で CON 群に比べ有意に増加していた
(図 1 D)
。一方、シナプス蛋白である SYP に関
しては R50群で CON 群に比べ有意に亢進してい
なかった(図 1 E)
。
B.血清における蛋白発現
筋収縮 3 時間後の血清における FNDC5濃度は
R50群で CON 群と比べ増加していなかった(図
2)
。この結果から、FNDC5の血清濃度は筋収縮
3 時間後には上昇していないことが示された。
図 1 .海馬における BDNF および関連因子の蛋白量
Fig.1.Protein expression of FNDC5(A), BDNF(B), Phospho-TrkB(C), Phospho-Akt(D), Synaptophysin(E)in the
hippocampus 3 h after exercise.
Values are expressed relative to the mean of control. Bars indicate SD. ** P < 0.01 vs. the corresponding control.
(107)
CON
R50
図 2 .血清における FNDC5 の蛋白量
Fig.2.Protein expression of FNDC5 in the serum 3 h after exercise.
Values are expressed relative to the mean of control. Bars indicate SD.
A
CON
R50
B
CON
A
NC
NC+MC
NC+WC
C
NC
NC+MC
NC+WC
B
NC
NC+MC
NC+WC
R50
図 4 .坐骨神経遮断モデルでの海馬における BDNF およ
び関連因子の蛋白量
Fig.4.Protein expression of FNDC5(A), BDNF(B), Phospho-Akt(C)in the hippocampus 3 h after exercise using
nerve crush model.
Values are expressed relative to the mean of control. Bars indicate SD.
図 3 .腓腹筋における FNDC5 と BDNF の蛋白量
Fig.3.Protein expression of FNDC5(A)and BDNF(B)in the
skeletal muscle 3 h after exercise.
Values are expressed relative to the mean of control. Bars indicate SD.
き を し て い る 可 能 性 が あ る。 本 実 験 に お い て
Phospho-Akt は R50 群 で 有 意 に 増 加 し て い た。
Akt 活 性 は さ ま ざ ま な 因 子 に よ っ て 亢 進 す る
ことがわかっており、IGF-1(Insulin-like growth
群の 3 群間での有意差は確認できなかった(図
factor I)もその活性化因子の 1 つである。齧歯類
4 A ∼ C)
。
を用いた運動モデルにおいて IGF-1発現は持久性
考 察
運動とレジスタンス運動の両方で亢進することが
報告されており3)、本実験で行った局所的な筋収
本研究では、無意識下で下腿三頭筋を収縮させ
縮によっても、海馬における IGF-1発現が亢進し
たときの海馬における BDNF およびその関連因
ている可能性が考えられる。しかし、IGF-1発現
子の発現を調べた。その結果、海馬内の FNDC5、
は運動直後にピークに達し、 1 時間以内に基準値
BDNF 発現、また BDNF の受容体の活性型であ
に戻ると報告されており1)、本実験のサンプル採
る Phospho-TrkB、Phospho-Akt は CON 群 と 比 較
取時(運動 3 時間後)には基準値に戻っていると
し R50群で有意に増加した。
考えられる。
認知機能の増強に関連すると考えられる BDNF/
活動依存性のシナプス蛋白マーカーとして SYP
TrkB の下流のシグナル伝達経路の 1 つに PI3-K/
が広く使われている。更に、SYP の減少は認知
Akt(Phosphatidylinositol 3-kinase/Akt kinase)経路
機能の低下に相関することが報告されている7)。
がある。TrkB/ PI3-K/Akt 経路の活性化は蛋白合
数週間にわたって持久性運動やレジスタンス運動
成に重要であり、特にシナプス蛋白の輸送に関連
を継続すると、海馬内での SYP 発現は増加する
した蛋白の合成を促すと考えられている。そのた
ことが報告されている3)。本研究では SYP 発現は
め神経細胞の成長、増殖、生存において重要な働
CON 群に比べ R50群で増加していなかった。こ
(108)
のことから R50群で Akt は活性化していたが、単
の両者が含まれる。したがって、電気刺激が運動
回の運動刺激では海馬内での SYP 発現増加には
神経線維とともに求心性神経線維の興奮を引き起
不十分だったと推察される。
こし、後者による神経活動が中枢へと伝達される
中枢における運動指令の生成を伴わない条件で
ことで海馬における BDNF 発現に影響を及ぼし
の骨格筋収縮によって海馬における BDNF とそ
た可能性がある。信号伝達の経路としては、①坐
の関連物質の発現に変化がもたらされたメカニズ
骨神経→筋→筋内受容器→中枢、②坐骨神経→中
ムとして、末梢から中枢への何らかの求心性情報
枢のいずれか、あるいは両者の複合作用が仮定さ
伝達がかかわっている可能性が高い。末梢から中
れる。
枢への求心性の伝達経路としては神経伝達経路と
そこで中枢と末梢神経間の神経伝達経路を遮断
液性伝達経路が考えられる。このうち液性伝達経
した状態で坐骨神経個所より骨格筋側および中枢
路として、海馬内の BDNF 発現を増加させる可
側の坐骨神経に電気刺激を与えたときの海馬内の
能性のある骨格筋由来のマイオカインの一種イリ
BDNF や関連因子の発現に違いがあるか検証する
シン(分断型 FNDC5)について、血中濃度と骨
必要がある。求心性神経伝達経路を遮断する方法
格筋内の発現を調べた。
として Seddons の分類によると神経を完全に切断
イリシンは収縮した骨格筋由来のマイオカイン
する Neurotmesis、神経の軸索や髄鞘は損傷して
の一種であることが報告されている 。また
いるが神経の上膜や周膜などの支持組織は無事な
BDNF も骨格筋の収縮によって骨格筋細胞内で発
Axonotmesis、軸索が一時的に遮断される Neura-
現が亢進し、血液中に分泌されることが報告され
praxia の 3 つに分類される。Neurapraxia は神経の
ている 。BDNF は骨格筋以外にもさまざまな組
伝導を完全には遮断することはできない。また
織で合成されることがわかっており、膵臓、心臓、
Neurotmesis は非常に侵襲的である。そこで、神
腎臓、胎盤などがあげられる。また、ヒトを対象
経の伝導を完全に遮断でき、Neurotmesis ほど侵
とする研究でも、運動によって血清の BDNF 濃
襲的でない Axonotmesis を行うこととした。鉗子
度が増加することが報告されている 。しかしな
で坐骨神経を一定時間挟み、Axonotmesis の状態
がら、運動によって循環血で増加する BDNF の
に近い Nerve Crush モデルを作成した。坐骨神経
産生部位、更には血液内の BDNF の働きに関し
遮断個所より末梢側と中枢側に電気刺激を与えた
てはよくわかっていない。また骨格筋から分泌さ
ときの海馬内 FNDC5、BDNF および下流のリン
れる BDNF は自己分泌、傍分泌による局所的作
酸化 Akt 発現を検証した。その結果、坐骨神経を
用が主な役割であり、循環血の BDNF の発生源
遮断したのみの NC 群に比べ、末梢側に電気刺激
ではないことも報告されている 。本研究の結果、
を与えた群と中枢側に電気刺激を与えた群の両者
運動 3 時間後の血清内では CON 群に比べて分断
において FNDC5、BDNF、リン酸化 Akt 発現に有
型 FNDC5の発現は増加していなかった。また、
意差はなかった。
骨格筋においても FNDC5、BDNF の発現は CON
BDNF はストレスで海馬内発現が抑制される。
群に比べ有意に増加していなかった。これらの結
また末梢神経の損傷は神経障害性の痛みを発生す
果から、本研究で調べたタイムポイントでは骨格
るようになると報告されている。神経障害性の痛
筋から分泌したマイオカインは血清内で確認する
みには痛覚過敏症や異痛症(通常は痛くない刺激
ことができず、海馬の BDNF 発現増加のメカニ
を痛みとして感知してしまう症状)などがある。
ズムにかかわっている可能性は低いと推測され
そのため、本研究では坐骨神経遮断後の電気刺激
る。しかしながら、IGF-1や未知の液性因子など
が痛みとして中枢に伝わり、ストレスとなってい
がかかわっているかどうかは今後の検討課題であ
る可能性が考えられる。よって坐骨神経遮断時の
る。
電気刺激の影響が局所的な骨格筋収縮による何ら
本研究で電気刺激を行った坐骨神経には、遠心
かの求心性情報伝達の効果を上回ってしまい、海
性神経線維(運動ニューロン)と求心性神経線維
馬内での FNDC5、BDNF 発現および下流のリン
2)
5)
10)
5)
(109)
酸化 Akt 発現の亢進を抑制してしまった可能性が
, 463-468.
thermogenesis. Nature, 481(7382)
3)Cassilhas R., et al.(2012)
: Spatial memory is improved by
考えられる。
また、今回用いた神経伝導の遮断方法では、求
心性神経に特異的に大きなダメージを引き起こ
し、刺激部位から中枢側へ向かう神経伝導にも影
aerobic and resistance exercise through divergent molecular mechanisms. Neuroscience, 202, 309-317.
4)Lee MC, et al.(2012)
: Voluntary resistance running with
short distance enhances spatial memory related to hippo-
響を及ぼした可能性も否定できない。こうした問
, 1260campal BDNF signaling. J Appl Physiol, 113(8)
題を解消するためには、今後脊髄背側への求心性
1266.
神経の入路近傍での伝導のブロックなどを試みる
必要があると考えられる。
総 括
本研究において、無意識下での局所的骨格筋収
縮が BDNF とその関連因子の発現に効果的であ
るかどうかを海馬内で調査した結果、発現の亢進
を確認することができた。このことは全身性運動
5)Matthews VB, et al.(2009): Brain-derived neurotrophic
factor is produced by skeletal muscle cells in response to
contraction and enhances fat oxidation via activation of
AMP-activated protein kinase. Diabetologia, 52(7), 14091418.
6)Neeper SA, et al.(1996): Physical activity increases
mRNA for brain-derived neurotrophic factor and nerve
, 49-56.
growth factor in rat brain. Brain Res, 726(1)
7)Sze C-I, et al.(1997): Loss of the presynaptic vesicle
protein synaptophysin in hippocampus correlates with
でなくても、骨格筋を受動的に収縮することによ
cognitive decline in Alzheimer disease. J Neuropathol Exp
り海馬内の BDNF 発現の亢進および認知機能の
, 933-944.
Neurol, 56(8)
向上の可能性を示唆する知見である。
謝 辞
本研究に対して助成を賜りました、公益財団法人明治
安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
1)Berg U, et al.
(2004): Exercise and circulating insulin-like
growth factor I. Horm Res, 62( Suppl 1), 50-58.
2)Bostrom P, et al.(2012): A PGC1α-dependent myokine
that drives brown-fat-like development of white fat and
8)Van Praag H, et al.(1999)
: Running enhances neurogenesis, learning, and long-term potentiation in mice. Proc Natl
(23)
, 13427-13431.
Acad Sci U S A, 96
9)Wrann CD, et al.(2013)
: Exercise induces hippocampal
BDNF through a PGC1α/FNDC5 pathway. Cell Metab, 18
(5)
, 649-659.
10)Yarrow JF, et al.(2010): Training augments resistance
exercise induced elevation of circulating brain derived
(2), 161neurotrophic factor(BDNF)
. Neurosci Lett, 479
165.
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(110)
2014 年度 pp.110∼114(2016.4)
虚弱高齢者に対するトレーニングは、サルコペニアの改善および
筋内脂肪の減少を同時に引き起こすか ?
吉 子 彰 人*
梶 尚 志** 杉 山 祐 喜**
小 池 晃 彦*** 押 田 芳 治*** 秋 間 広***
DOES PHYSICAL TRAINING INDUCE IMPROVEMENTS OF SARCOPENIA
AND DECREASE IN INTRAMUSCULAR FAT CONTENT IN FRAIL
ELDERLY INDIVIDUALS?
Akito Yoshiko, Takashi Kaji, Hiroki Sugiyama, Teruhiko
Koike, Yoshiharu Oshida, and Hiroshi Akima
Key words: sarcopenia, intramuscular fat, physical training, ultrasonography, frail elderly.
緒 言
に日常生活動作が困難になる可能性が高いことが
示唆される。
ヒト骨格筋の機能や形態は、加齢に伴い変化す
骨格筋の萎縮および機能低下を抑制する効果的
る。例えば、加齢に伴う筋量の減少はサルコペニ
な処方としてトレーニングの実施があげられる。
アとして定義されており、日常生活動作や転倒リ
高齢者に対して高強度あるいは低強度のトレーニ
スクとの関連など多くの研究で対象とされてき
ングを行った場合、最大筋力の向上に加えて有意
た。更に近年では磁気共鳴画像装置(MRI)
、コ
な筋内脂肪の減少が認められたとの報告があ
ンピュータ断層装置(CT)や超音波断層装置な
る8)。しかしながら、このような運動処方は健常
どで得られた医用画像を用いて、骨格筋内に霜降
人を対象として検討されており、すべての高齢者
り状に蓄積する脂肪(いわゆる筋内脂肪)を定量
に適応できるか否かは明らかでない。
化できる。筋内脂肪は若齢者に比べて高齢者で高
突然死などを除いてヒトは健常な状態から日常
値が示されており、更に筋内脂肪の過度な蓄積は
生活に介護が必要な状態を経て死に至る。これに
インスリン抵抗性や耐糖能の低下と関連するこ
加えて、健常な状態から虚弱(frailty やフレイル)
と
や、 6 分 間 歩 行 距 離 や TUG(timed up and
を経由して介護状態に至るとの概念が提唱されて
go)などの身体機能と負の関係を示すことが明ら
いる4)。虚弱は、体重減少、疲れやすさ、筋力の
かにされている7)。したがってサルコペニアの発
低下や歩行速度の低下などで評価され、その評価
現と筋内脂肪の増加によって、高齢者は糖尿病な
は介護状態に至る可能性の早期発見と予防を目的
どの生活習慣病を発症するリスクが高まるととも
としている。虚弱に相当するものとして介護保険
5)
*
名古屋大学大学院 医学系研究科
Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Japan.
** 梶の木内科医院
Kajinoki Medical Clinic, Gifu, Japan.
*** 名古屋大学総合保健体育科学センター Research Center of Health, Physical Fitness & Sports, Nagoya University, Nagoya, Japan.
(111)
制度で日常生活に支援が必要である状態(要支援
A
B
SF
状態)
あるいは部分的な介護が必要である状態(要
介護状態)の認定を受けたものがあげられる。
RF
BF
2013年の時点でこれらの認定を受けた高齢者は全
国で約600万人と報告されている 6)。先行研究で
VI
は低強度負荷のトレーニングであっても骨格筋の
形態・機能の改善や筋内脂肪等の筋組成に効果が
Femur
あると報告されている8)ことからも、虚弱高齢者
のトレーニングは筋内脂肪を減少させる可能性が
考えられる。本研究では虚弱高齢者に対する一定
期間の定期的なトレーニングが筋量の減少(サル
コペニア)の改善および筋内脂肪の減少を引き起
こすか否かを明らかにすることを目的とした。
方 法
A.対象者
SF
図 1 .大腿部前面
(A)と後面
(B)から撮影された超音波 B
モードでの筋横断画像
Fig.1.Axial B-mode ultrasonographic images were taken
from anterior(A)and posterior(B)region of the midthigh.
SF; subcutaneous fat, RF; rectus femoris, VI; vastus intermedius, BF; biceps femoris. Scale bar; 10 mm.
で、これらは途中休憩を挟みながら各種約15∼30
分ずつ(休憩を含めて合計 3 時間)行われた。
運動群は高齢者18名(女性11名,男性 7 名:年
C.筋量および筋内脂肪の測定
齢77.5±7.4歳,身長153.7±8.5 cm,体重53.0±9.8
大腿部の前面および後面から筋の横断画像を測
kg, BMI 22.3±3.0 kg/m (平均±標準偏差))で、
定した。測定には超音波断層装置(Logiq e, GE
いずれも介護認定制度によって、要支援 1 、要支
Healthcare 社製)を用いた。大腿長50%位の前面
援 2 、要介護 1 あるいは要介護 2 の認定を受けて
および後面において、対象とする大腿直筋(rectus
いた。これは介護認定制度の全 7 段階のうち軽度
femoris)および大腿二頭筋(biceps femoris)が画
4 段階に該当するもので、日常生活に支援あるい
像の中心に確認できる位置を測定部位とした(図
は部分的な介護が必要な状態のものであった。倫
1 )。得られた画像をパーソナルコンピュータ
理的な配慮により虚弱高齢者が運動を行わないこ
(iMac,Apple 社製)に取り込み、画像分析ソフ
とを避けるため介護認定を受けていない高齢者17
ト(Image J)を用いて分析した。筋厚と皮下脂
名(女性11名,男性 6 名:年齢72.3±7.2歳,身長
肪厚、および筋内脂肪として大腿直筋と大腿二頭
152.5±7.2 cm,体重53.6±12.3 kg,BMI 22.8±3.4
筋の筋内のエコー強度(echo intensity; EI)を測
kg/m )をコントロール群とした。コントロール
定した。
2
2
群には特に介入を行わず、測定のみ実施した。す
D.等尺性最大膝伸展トルク
べての対象者に対して実験の目的および内容を説
右脚の等尺性最大膝伸展トルクの測定は、張力
明した後、参加の同意を書面にて確認した。なお、
計が搭載された膝関節伸展筋力測定器(竹井機器
本研究は名古屋大学総合保健体育科学センターの
社製)を用いて行われた。膝関節角度は90°とし、
「ヒトを対象とする研究審査」の承認を得て実施
検者は対象者の腰部および足部をベルトで固定し
された(承認番号:26- 3 )
。
B.運動プログラム
た。試行は 3 回行い、試行間は 2 分以上の休憩を
設けた。力のデータは AD 変換機(PowerLab,
運動群は、通所リハビリテーション施設にて 6
ADInstruments 社製)を介して1000 Hz で専用の
か月間のトレーニングを実施した。実施頻度は週
ソフトウェア(Chart 5.5)を用いてパーソナルコ
1 ∼ 2 回で、介護認定のレベルによって異なった。
ンピュータ(MacBook,Apple 社製)に記録した。
内容は、体操、ストレッチング、チューブトレー
各試行において発揮筋力の最大値が発現した時点
ニング、リカンベント式自転車エルゴメータや油
の前後0.5秒間、計1.0秒間の平均値を測定し、各
圧式のマシンを用いたレジスタンストレーニング
試行の平均を代表値とした。
(112)
E.身体機能測定
有意水準は 5 %未満とした。
身体機能の測定には、ファンクショナルリーチ、
結 果
いす座り立ち時間、握力、 5 m 通常速度歩行時
A.筋量、筋内脂肪、膝伸展最大トルクおよび
間・最大速度歩行時間および TUG の測定を行っ
身体機能
た 。それぞれのタスクは練習の後に 2 回行い、
7)
表 1 に運動群およびコントロール群の筋量、筋
その平均を記録した。
F.血液検査
内脂肪、膝伸展最大トルクおよび身体機能の結果
運動群のみ上腕静脈から採血を行い、総蛋白、
を示す。本研究では、筋内のエコー強度を筋内脂
アルブミン、総コレステロール、LDL コレステ
肪とした。大腿直筋の筋内脂肪は、運動群で有意
ロール、HDL コレステロール、HbA1c インスリ
に減少した一方で、コントロール群で有意に増加
ン、腫瘍壊死因子(TNF-α)、レプチンおよびアディ
した。更に筋内脂肪の変化率を運動群およびコン
ポネクチンを測定した。
トロール群で比較したところ、大腿直筋および大
G.統計処理
腿二頭筋においてコントロール群で有意に高値が
本研究で得られたすべてのデータは、平均±標
示された。運動群およびコントロール群の膝伸展
準偏差で示した。介入前後における運動群とコン
最大トルクは 6 か月前後で有意な差が認められな
トロール群の値は、繰り返しのある二元配置分散
かったが、 6 か月前後の変化率を両群で比較した
分析を行った。トレーニング前後の変化率の比較
ところ運動群において有意に高値が認められた。
は対応のない t 検定を行った。各パラメータの変
運動群のいす座り立ち、通常歩行、最大速度歩行
化率において、ピアソンの積率相関係数を求めた。
および TUG の結果は 6 か月後に有意に改善した。
表 1 . 6 か月間の運動介入前後における運動群とコントロール群の筋と脂肪のパラメータおよび身体機能
Table 1.Muscle and fat parameters and physical functions of the exercise and control group in before and after a 6-month training.
Exercise group(n = 18)
Before
After
% change
Control group(n = 17)
Before
After
% change
Muscle and fat parameters
SFT anterior(mm)
RF MT(mm)
7.8 ± 3.3
7.1 ± 3.5
10.3 ± 2.6
11.0 ± 3.4
7.6 ± 22.1
9.4 ± 30.5
7.1 ± 2.5
7.1 ± 2.6
1.6 ± 14.7
10.9 ± 4.1
11.6 ± 3.6
12.2 ± 30.5
4.0 ± 10.4
VI MT(mm)
10.2 ± 2.4
9.7 ± 3.3
5.0 ± 22.5
11.1 ± 3.6
10.4 ± 2.8
RF+VI MT(mm)
20.4 ± 4.7
20.7 ± 6.5
1.4 ± 23.0
22.0 ± 7.2
22.0 ± 6.1
SFT posterior(mm)
3.0 ± 15.6
7.4 ± 2.5
7.3 ± 2.1
1.7 ± 14.5
8.7 ± 4.4
8.4 ± 2.9
2.4 ± 19.6
BF MT(mm)
17.7 ± 3.0
18.2 ± 4.5
3.8 ± 25.9
17.5 ± 3.4
16.9 ± 4.5
1.3 ± 32.1
RF EI(a.u.)
79.5 ± 9.6
72.2 ± 14.3**
9.2 ± 16.3
76.1 ± 7.4
84.3 ± 11.3†**
BF EI(a.u.)
††
61.4 ± 10.2
56.5 ± 11.0
6.6 ± 18.9
65.5 ± 7.6
70.6 ± 8.8
Peak torque(Nm)
61.0 ± 36.2
67.9 ± 37.1
15.7 ± 24.1
68.4 ± 31.6
65.7 ± 32.9
Functional reach(cm)
21.3 ± 12.4
24.3 ± 8.1
Chair stand(times)
11.3 ± 4.5
13.5 ± 3.6**
Right hand grip(kg)
23.0 ± 9.5
22.8 ± 9.2
Left hand grip(kg)
22.1 ± 10.6
22.2 ± 10.3
11.1 ± 13.8##
8.5 ± 14.0#
Physical functions
3.1 ± 19.1#
8.5 ± 40.8
25.3 ± 5.7
26.8 ± 8.2
31.1 ± 43.1
22.5 ± 7.0†
19.6 ± 6.4†**
5.1 ± 23.9
0.2 ± 19.8
26.9 ± 9.7
27.3 ± 9.5
2.7 ± 16.3
0.5 ± 14.3
25.5 ± 9.1
26.8 ± 9.7
7.4 ± 25.9
12.4 ± 13.1##
Normal walking(sec)
7.0 ± 3.0
5.9 ± 3.1**
14.7 ± 20.1
3.9 ± 0.5††
4.1 ± 0.6†
Fast walking(sec)
5.5 ± 2.6
4.8 ± 2.7*
12.5 ± 20.2
2.9 ± 0.3††
2.8 ± 0.4†
3.7 ± 7.0
12.3 ± 17.3
††
7.3 ± 1.3†
2.7 ± 13.0
TUG(sec)
11.8 ± 7.2
**
9.8 ± 4.6
7.6 ± 1.3
3.1 ± 11.4##
Values were shown as mean ± SD. SFT; subcutaneous fat thickness, MT; muscle thickness, RF; rectus femoris, VI; vastus intermedius,
BF; biceps femoris, EI; echo intensity, TUG; timed up and go. † P < 0.05, †† P < 0.01, Exercise vs. Control group. * P < 0.05, ** P <
0.01 Before vs. After. # P < 0.05, ## P < 0.01 vs. exercise. The number for % change of functional reach in exercise group is 16 because
two participants scored zero at the before measurement.
(113)
表 2 . 6 か月間の運動介入前後における運動群の血液成分
Table 2.Blood biochemistry for exercise group at before and after a 6-month training.
Before
After
Total protein(g/dl)
7.1 ± 0.3
7.1 ± 0.4
Albumin(g/dl)
4.4 ± 0.3
4.4 ± 0.2
Total cholesterol(mg/dl)
200.9 ± 21.6
203.6 ± 24.5
LDL-cholesterol(mg/dl)
125.8 ± 20.1
126.7 ± 25.7
HDL-cholesterol(mg/dl)
63.2 ± 18.5
65.1 ± 21.2
HbA1c(%)
5.8 ± 0.7
5.9 ± 0.6
Insulin(μU/ml)
7.2 ± 6.8
12.3 ± 14.0
TNF-α(pg/ml)
2.5 ± 6.6
2.4 ± 2.7
Leptin(ng/ml)
10.6 ± 8.6
10.3 ± 7.6
Adiponectin(μg/ml)
19.4 ± 16.3
20.7 ± 16.9
Values were shown as mean ± SD. LDL; low density lipoprotein, HDL; high density
lipoprotein, TNF; tumor necrosis factor.
B.血液検査
および大腿部の複数の筋における筋内脂肪の減少
本研究で測定した血液検査の項目は、運動介入
を引き起こした。
前後に有意な変化がみられなかった(表 2 )。
加齢に伴う筋量の減少はサルコペニアとして定
C.筋内脂肪と各パラメータの変化率の関係
義され、日常生活動作や転倒との関連が指摘され
運動群における筋内脂肪の変化率と各パラメー
てきた4)。更に、超音波断層装置や MRI で得られ
タの変化率の関係を調べたところ、大腿直筋と大
た医用画像を用いることでサルコペニアに加えて
腿二頭筋の筋内脂肪の変化率は TUG の変化率と
筋内脂肪の増加が明らかにされた。本研究の対象
有意な正の相関を示した(大腿直筋 r = 0.65,P <
者よりも年齢が低い高齢者において、同様の方法
0.01,大腿二頭筋 r = 0.49,P < 0.05)
(図 2 )。
で測定された筋内脂肪は本研究の値よりも低値で
Timed up and go (% change)
あった2)。つまり本研究の対象者は、加齢に伴う
Rectus femoris
Biceps femoris
筋内脂肪の増加がある程度進行していたと推測で
きる。筋内脂肪の増加は、身体機能の低下だけで
なく、インスリン抵抗性や耐糖能の低下と関連す
ることからも重要であることが指摘されている。
r = 0.65
P < 0.01
r = 0.49
P < 0.05
Intramuscular fat parameter (% change)
図 2 .大腿直筋と大腿二頭筋における筋内脂肪の変化率
と TUG の変化率の関係
Fig.2.Relationships between % change of intramuscular fat
parameter in rectus femoris and biceps femoris and timed up
and go(TUG).
考 察
我々は、身体機能にある程度ハンディキャップを
もった虚弱高齢者に対するトレーニングが先行研
究8)と同様に筋内脂肪を低下させるか否かを検討
した。その結果、運動群の大腿部の複数の筋にお
いて筋内脂肪の有意な減少を認めた。身体機能も
多少改善したことから、本研究で行われたトレー
ニングが虚弱高齢者を健常な状態に回復させる有
効な手段となる可能性がある。
これまでの研究では高齢者に対するトレーニン
本研究では、介護認定を受けた高齢者に対する
グが筋量を増加させるとの報告がある一方、有意
トレーニングがサルコペニアの改善と筋内脂肪の
な変化がみられないとの報告もあり、トレーニン
減少を引き起こすか否かを検証した。その結果、
グが筋量に与える影響は一致しない1,8)。本研究に
本研究で行われたトレーニングは筋肥大を起こす
おいて筋量に有意な変化が認められなかった要因
ようなものではなかったものの、身体機能の改善
として、対象者の特性上トレーニング強度の設定
(114)
に制限があった点と、筋量の指標に筋厚を用いた
者に対するトレーニングがサルコペニアの改善お
点があげられる。日常生活に支援や介護が必要な
よび筋内脂肪の減少を引き起こすか否かを検討し
運動群のバランスや歩行に関する指標は、同年齢
た。大腿部前面および後面のいずれの筋において
のコントロール群に比べて有意に低値であった
も筋量の有意な増加は認められなかったが、大腿
(表 1 )
。このことからも、本研究のトレーニング
直筋および大腿二頭筋の筋内脂肪は有意に減少し
が先行研究と比較して極めて低い負荷であった可
た。更に、最大膝伸展トルクや身体機能にも有意
能性がある。また、本研究で用いた筋厚は測定が
な改善が認められた。以上の結果から、虚弱高齢
簡易で、多くの研究で確立された筋形態の指標で
者がトレーニングを行うことは虚弱を改善し、糖
あるが、その他の筋形態の指標(二次元的指標の
尿病などの生活習慣病の発症リスクの低下に有効
横断面積や三次元的指標の体積)に比べて変化が
であることが示唆された。
表れにくい点が問題である。しかし、運動群の大
腿部前面および後面の筋厚の変化率がそれぞれ正
謝 辞
の値を示したことからも、トレーニングは筋萎縮
本研究を実施するにあたり、研究助成を賜りました公
進行の抑制に有効であったことが示された。
益財団法人明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。
本研究では握力、バランス能力や歩行に関する
身体機能を測定した。 6 か月間の運動実施の結果、
それらの一部は有意に向上した(表 1 )。これは、
また、本研究の実施にご協力いただいた梶の木内科医院
とトレーニングラボ川合のスタッフの皆様、および対象
者の方々に厚く御礼申し上げます。
参 考 文 献
日常生活動作を容易にすることで、虚弱高齢者の
日常生活の支援や介護が不要となる可能性を示し
1)Abe T, et al.(2000)
: Time course for strength and muscle
ている。更に興味深いことに、機能的移動能力を
thickness changes following upper and lower body resis-
示す TUG の変化率と筋内脂肪の変化率に有意な
正の相関がみられた(図 2 )。すなわち高齢者に
おける筋内脂肪の変化が身体機能と関連する指標
tance training in men and women. Eur J Appl Physiol, 8,
174-180.
2)Akima H, et al.(2016)
: Intramuscular adipose tissue
determined by T1-weighted MRI at 3T primarily reflects
として重要であることが示唆された。Akima et
extramyocellular lipids. Magn Reson Imaging, 34, 397-
al. は高齢者の筋内脂肪の相対的な値と血中脂質
403.
3)
パラメータおよび HbA1c との関係を調べた結果、
両者には有意な関係がみられなかったことを明ら
3)Akima H, et al.(2015): Skeletal muscle size is a major
predictor of intramuscular fat content regardless of age.
Eur J Appl Physiol, 115, 1627-1635.
かにしている。本研究では筋内脂肪の減少と身体
4)Fried LP, et al.(2001)
: Frailty in older adults: evidence
機能の改善が確認されたものの、血中の脂質パラ
for a phenotype. J Gerontol A Biol Sci Med Sci, 56, 146-
メータには有意な変化がみられなかった。筋内脂
肪や血中の脂質パラメータは肥満者や糖尿病患者
に高値が示されることからも、それらを対象とし
たトレーニングでは本研究とは異なる結果が得ら
れる可能性がある。
総 括
本研究では要支援や要介護の認定を受けた高齢
者にストレッチングやレジスタンストレーニング
156.
5)Goodpaster BH, et al.(1997)
: Subcutaneous abdominal
fat and thigh muscle composition predict insulin sensitivity
independently of visceral fat. Diabetes, 46, 1579-1585.
6)厚生労働省(2015)
: 平成 25 年介護保険事業状況報告
(年報)
.
7)Marcus RL, et al.(2012)
: Intramuscular adipose tissue,
sarcopenia, and mobility function in older individuals. J
Aging Res, 2012, 629637.
8)Radaelli R, et al.(2014)
: Time course of low- and highvolume strength training on neuromuscular adaptations
などの複合的なトレーニングを 6 か月間行わせ、
and muscle quality in older women. Age(Dordr), 36,
介入前後に筋形態や筋内脂肪を測定し、虚弱高齢
881-892.
Contents
Outstanding Research Award
Designated Theme
The effects of exercise on stress adaptation in the brain and
the elucidation of its molecular mechanism.
Shusaku Uchida, et al.
1
Designated Theme
Habitual physical activity during seventh decade of life and mental
health aged over 85 - Retrospective study based on the objective
measurement of hour-by-hour physical activity using an accelerometer -.
Makoto Ayabe, et al.
6
The role of exercise habits in psychological and autonomic nervous
response to mental stress.
Mariko Itoh, et al.
11
Physical activity and risk of depressive symptoms in a Japanese
working population.
Keisuke Kuwahara, et al.
17
Effects of 3-years exercise intervention on aerobic fitness, cognitive
function, and brain volume in community-dwelling older adults with
cognitive impairment.
Yujiro Kose, et al.
23
Study of the molecular mechanism of exercise-induced antidepressant
effects and learning enhancement.
Makoto Kondo, et al.
30
Association between the presence of exercise buddy and depression
in community-dwelling older adults.
Takashi Jindo, et al.
37
Effects of increased daily physical activity on mental health and
emerging depression biomarkers in older adults.
Masaki Takahashi, et al.
43
The association between physical fitness, physical activity, and mental
health in children - Higher physical fitness and active lifestyle affects
age -related alteration of mental health? -.
Takuro Tobina, et al.
48
Effects of interval walking training on cognitive function in middleaged and older adults: A study using the Trail Making Test.
Sho Yoshida, et al.
55
General Theme
Aerobic exercise training decreases blood pressure during low-intensity
resistance exercise of upper limb: Prevention of exaggerated blood
pressure response to physical activities of daily living in middle-aged
and older individuals.
Takeshi Otsuki, et al.
61
The effects of underwater treadmill walking on vascular endothelial
function and cardiac parasympathetic nervous activity in obese adults.
Kumiko Ono, et al.
67
Screening of osteokines to induce muscle hypertrophy.
Iori Sakakibara, et al.
73
Self-regulation of brain activity and Enhancement of motor learning
using the real-time fMRI and EEG Neurofeedback system.
Hitoshi Shitara
77
Novel approach to the assessment of balance in muscle tension:
association with movement feature.
Hiroshige Tateuchi
81
Effects of rapid weight loss induced by several-day fasting on wholebody and skeletal muscle glucose metabolism.
Shin Terada, et al.
86
Mechanism of functional recovery with exercise training after injury
of the central nervous system.
Yuki Fujita, et al.
93
Effects of eccentric and concentric training on tendon property.
Sumiaki Maeo, et al.
99
Effects of local muscle contraction on brain: Contraction-induced
expression of brain-derived neurotrophic factor(BDNF)in hippocampus.
Takahiro Maekawa, et al.
104
Does physical training induce improvements of sarcopenia and decrease
in intramuscular fat content in frail elderly individuals?
Akito Yoshiko, et al.
110
第31回 若手研究者のための 健康科学研究助成 成果報告書
発行日
2016 年 4 月 30 日
発行者
公益財団法人 明治安田厚生事業団
〒160-0023
東京都新宿区西新宿 1-8-3
電話
(03)3349-2828
印 刷
東京六法出版株式会社
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